ここは横島の事務所の玄関先。
 そこでは自分の身長より長い杖を背負った少年が、呆然とした表情で玄関を見つめていた。


「こ、これは……まさか夢?」


 少年、ネギ・スプリングフィールドは見た物が信じられないのか、頬をつねる。しかし、頬に感じる痛みが夢である事を否定していた。
 ネギはこれが現実である事を把握すると、おぼつかない足取りで扉のそばまで歩み寄ると、振るえる手を扉に伸ばす。
 そして、延ばした手の先にある物、扉に貼り付けられた一枚のA4用紙を手に取ると、何度も目をこすりながらその内容を読んでいくのだった。


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お客様各位
                                        横島よろず調査事務所
                                        所長 横島忠夫

                     臨時休業のご連絡


 晩秋の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 このたび、私ども横島よろず調査事務所は下記の日時にて社員旅行のため臨時休業と致します。
 御用の方は下記の番号までご連絡くださいませ。


                          記


        休業期間:平成某年某月某日〜平成某年某月某日

        連絡先 :横島忠夫 tel 090 - **** - ****



 なお、美人もしくは美少女以外の緊急連絡は硬くお断り申し上げます。

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 ネギが手にした一枚の紙、それはよくある定型のビジネス通知文書だった。
 一見どこにでもある通知、しかしその末文を見ればこの真面目なのかふざけているのか判断に苦しむ文書を誰が書いたのか一目瞭然であろう。
 しかし、ネギが注視しているのはそんなものではない。
 ネギが今何度も目をこすりながら確認している事、それは秋も深まる週末から横島達がこの麻帆良学園からいなくなるということであった。

 
「や、やったー! 神様ありがとうございますー!」


 今、ネギは感涙にむせび泣きながら文書を握り締める。
 横島達が出かけるのはわずか一泊二日の小旅行、しかしそれはネギにとって何よりも安らぎをもたらす福音でもある。
 そして、願わくば列車事故なり渋滞なりで横島とタマモの麻帆良帰還が一刻でも遅くなるよう、彼は神へと祈るのであった。



二人?の異邦人IN麻帆良 外伝
『麻帆良に平和が訪れた日』






 秋も深まり、山の紅葉も深まるころ、とある都市の駅舎に横島事務所のメンバーは降り立っていた。


「さあ、皆さん。到着ですわよ」

「えっと、次はどのバスに乗ればいいんだっけ?」

「兄ちゃん、焼き芋! あっちに焼き芋!」

「はしゃぐな、興奮するな、飛び出すな……お前は子供か……って子供だったな。とりあえず、その滝のごとくだだ漏れのよだれを拭け」

「はいはい、後で買ってあげますからね。でも、まずは次のバスを探しましょう」


 あやかは駅に降りると、パンフレットに目を落としながらフラフラしているタマモの手を取り、改札口へと歩いていく。
 その一方で、小太郎は改札口を出たとたんに目ざとく見つけた焼き芋屋へ駆け込もうとしているところを、元の世界との決別以後バンダナを卒業して髪をオールバックにした横島、そして彼の傍らにいた刹那によって強引に連れ戻されているといった微笑ましい光景を繰り広げていた。
 そんな彼らが麻帆良から遠く離れた場所に来た目的はと言えば、別に仕事でもなんでもなく、ただの慰安旅行である。

 発端はほんの些細な事であった。
 ある日、仕事も無くとりあえず事務所でお茶を飲みながら全員でテレビを見ていたところ、ちょうどとある温泉旅館の特集が始まったのである。
 すると、小太郎はその旅館で出された食事の映像を、それこそ最前列かぶりつき&よだれ付でテレビにかじりつく。
 そうなれば当然、小太郎の反応を見たあやかは即座にその温泉旅館へ電話を入れ、ついでとばかりに横島達に社員旅行をと提案するのだった。
 このあやかの提案に反応を示したのは当然ながら小太郎であり、感激の表情を浮かべながらあやかへと抱きついていく。
 そして、タマモと刹那もまたその提案に大賛成であった。
 しかし、意外にもここで横島が難色を示したのである。
 『温泉』『湯煙』『浴衣美少女』『ひょっとしたら混浴』、これだけ煩悩を刺激しまくる単語がそろえば、本来の横島ならばその溢れんばかりの妄想を脳内に浮かべながら二つ返事で了解するはずである。
 しかし、この時の横島は何かに耐えるように、血涙を流しながらあやかの提案をやんわりと拒否したのだ。
 当然ながらタマモは横島の対応を不審がり、ハンマー片手に横島を問い詰めていくのだが、聞いてみればなんとも単純な話である。
 ようは曲がりなりにも社員旅行なのに、その費用を社員が、それもいくらお金持ちとはいえ中学生の少女に出してもらうのはいかに横島といえど、経営者として耐え難かったのだ。
 では、この旅行の費用を横島が出せるかといえば、答えはなんとも微妙なところである。
 なにせ、いかに学園祭の武道会や超との裏取引によって数千万単位の現金が手に入ったとは言え、小太郎が獲得した賞金は内緒で小太郎のために貯金としてあるので手が出せず、タマモが裏取引によって手に入れた現金は借金の返済として右から左へと消えてしまっていた。
 となれば、事務所の利益の中から出さなくてはならないのだが、月々の返済に圧迫されてそんなに儲かってはいないというのが現実の話である。
 そんな悲しい台所事情を踏まえつつ、横島は所長としてのプライドを賭けてなけなしの貯金&へそくりから捻出しようとし、あくまでも善意で招待するというあやかとの全面抗争へと発展していく。
 そして、二人の不毛な論争はまる一昼夜に渡って続く事になり、いいかげんシビレを切らしたタマモによって折半という事で落ち着き、今に至るのであった。


「兄ちゃん、とうもろこし! あっちにとうもろこし!」

「だから落ち着けってのに……む? 美女発見、横島忠夫これより突貫いたします! そっこのオネエさまー!」

「まずはアンタが落ち着けー!」

「横島さぁぁぁん!」

「まあ、皆さん本当に楽しそうですわね。提案してよかったですわ」


 横島が美女に飛びかかり、それをタマモ達が撃墜するのを小太郎やあやかが微笑ましく見つめる。
 それは彼女達にとって極当たり前の、どこにでもある普通の風景である。
 ただし――


「お、おい、今あの男助走もなしで10mくらいジャンプしなかったか?」

「いやそんなことより救急車! なんか血がドバって!」

「とっととそのマンガみたいなでっかいハンマーどけろ! 手遅れになるぞ!」

「なんだこりゃ、100t? いくらなんでも過大広告……って重い、ビクともしねぇー!」


 ――あくまでもそれが普通なのは麻帆良のみであるため、耐性の無いと思われるご当地の皆様は混乱の極みに達していたりするが、それはまあご愛嬌と受取ってもらうとしよう。
 そして一般市民の混乱を他所に、例によってあっさり復活した横島は一行を引き連れ、目的地へ向かうバスへと乗り込むのであった。
 なお、追記しておくが横島の復活を目撃した住民は当初は驚いていたようだが、信じがたい事にそれをあっさりとそれを受け入れ、手馴れた感じで救急車への要請をキャンセルしていたりする。
 麻帆良以外でも豪の者が集う集落というのは、案外日本中に点在しているのかもしれない。





「ふう、やっとついたか……」


 とある駅にで混乱を巻き起こした横島ご一行ではあったが、それに気づくことなくバスに揺られて30分ほどすると、山間にあるひなびた温泉旅館の駐車場へと降り立っていた。
 横島はバスから全員が降りたのを確認すると、改めて旅館を見上げる。
 彼の視線の先にはそこそこ長い階段の上に、新しさと古さが同居する実に趣のある玄関が佇んでいる。そのたたずまいはまさに典型的な温泉旅館といった風情だ。


「なんというか、ずいぶんと年季が入ってるわね……だけど改装でもしたのかしら? 本館みたいなのは新しそう」

「ここはこの辺でも有名な旅館でしたが、後継者問題でやむなく閉館していたそうですわ。ですが、数年前に正式に代替わりして再びオープンしたようですの」

「それにあわせて改装したというわけですか……」

「まあ、そんなのはともかく、とっとと入るとしようか」


 横島は建物を見上げるタマモ達を促し、階段を登っていく。
 特に小太郎にいたっては生涯初めての初めての旅行だけにテンションが上がりまくっているせいか、速くも階段を登りきって玄関へと駆け込んでいった。
 タマモはそんな小太郎を微笑ましく見つめていたが、ふと何かに気づいたように傍らを歩くあやかの方を向く。


「ねえ、アヤカ。さっきこの旅館が有名だって言ってたけど、何が有名なの? 料理? 最高級のお揚げ尽くしがでるとか?」

「さ、さすがにそれは……ありえませんから」


 タマモは脳内でお揚げ尽くしの料理が出される光景でも思い描いているのか、それはもう期待に満ちた目であやかを見つめている。
 だが、悲しいかな日本広しと言えども、お揚げにそこまで情熱と愛情を注げるのはタマモ以外いまい。故にタマモの期待は報われることは無いであろう。
 あやかはそんなタマモに対して少々困惑気味な笑みを浮かべつつ、タマモへきちりと引導を渡すのであった。
 そして、この世の終わりとばかりに悲嘆に暮れるタマモを元気付けるべく、この旅館を選んだ本当の理由を告げようとする。
 ただし、横島に聞こえないように。


「いらっしゃいませー!」


 と、ちょうどそれと同時に、小太郎がつれてきたのだろうか、この旅館の従業員が満面の笑みを浮かべてわざわざ出迎えに来る。。
 その従業員はまだ若く、どことなく風采の上がらない学者といった感じの男で、彼は横島達の姿を認めるとそそくさと荷物を受け取り、玄関へと案内していく。
 そして、改めて玄関に入ると横島達の名前を確認しながら宿泊手続きを行っていくのだった。


「えーっと、ご予約のあった横島様ですね。少々お待ちください……あ、これで……す……ね?」


 従業員の男はメガネを光らせながら宿泊帳をめくり、予約の確認をしていく。
 だが、何故か男は横島の名前を見つけると同時に声のトーンを落とし、顔を何度も宿泊帳と横島達の間で往復させると改めて横島の方を見ると宿泊帳差し出した。
 

「えっと……確認なんですが、部屋割りはこれで本当によろしいんですか?」

「ん? いいも何も、部屋割りなんか特に決めて……ってなんじゃこれはー!」


 横島は差し出された宿泊帳を何気なく見ていたが、そこに書かれた内容を見た瞬間、突如としてどっかの刑事ドラマのごとく叫ぶのであった。
 そしてひとしきり叫んだ後、横島は今回の旅行をプロデュースし、この問題の元凶であろうあやかにジト目を向ける。


「あやかちゃん……」

「どうかしましたか?」


 あやかは横島のジト目に対し、ニコニコと、それはもうなんの邪気も無い笑顔で答える。
 しかし、その頬に流れる一筋の汗が彼女の焦りを表していた。


「この旅館の手配をしたのはあやかちゃんだったよね……」

「え、ええ、そうですけど」

「じゃあさ、コレハナニ?」


 横島は己のうちにあるナニカを押さえつけるかのように歯軋りをしつつ、男からひったくった宿泊帳をあやかの眼前へと突きつけた。


「えっと、横島忠夫、5名様ご宿泊」

「はいはい、誤魔化さない。その下をよく読んで」


 あやかは最後の抵抗だろうか、少し目を逸らしながら書かれた内容を読んでいく。
 しかし、横島はそんなあやかの抵抗をあっさり一刀両断にすると、その問題の部分を指差さすのであった。
 そして、その指の先には―― 


 306:雪広あやか、雪広小太郎

 307:横島忠夫、横島タマモ、横島刹那


 ――やたらと達筆な毛筆でかなり問題のある部屋割りが書き記されていた。
 横島とあやか、根源を同じくしながら双方共に完全に逆のベクトルへ向かって歩む二人は、一冊の宿泊帳を前に無言の対峙を続けていく。
 だが、そんな二人の間にいまいち事態を把握し切れてないタマモ達がひょいと顔を出し、問題の宿泊帳を覗き込む。
 そしてその瞬間、あやかは援軍を得たとばかりに余裕を取り戻し、長い綺麗な金髪を手で書き上げると、どことなく中世の女王のごとく威厳を漂わせながら横島を見据えた。


「なにか問題でも?」

「いや、問題ありまくりだろうが! この部屋割りだと明日の朝どころか今夜あたりで確実に貴金属コース突入やないか!」


 あっさりと言ってのけたあやかに対し、横島は煩悩魔神としてあるまじき事に問題の部屋割りを真っ向から拒否していく。
 だが、あやかはまるで物分りの悪い生徒を諌める委員長のごとくため息をつくと、横島の肩に手を乗せながらため息をついた。


「そう言われましても、小太郎君はもはや私の弟も同然。そして横島さん達はもう……言うまでも無いじゃないですか」


 横島の肩に手を置くあやかの視線はどこか妖しい。


 ――だめだ、早くなんとかしないと。


 横島はこの時、あやかの目の奥に自分と全く同じ煩悩の光を見た。
 それゆえ、あやかの無二の親友であるタマモと、このメンツの中でもっとも常識人である刹那に援軍を頼むべく視線を向ける。
 

「そうね、問題はまったくないわね」

「よ、横島……刹那……じゃ、じゃあそれって……」

「貴金属ってなんや?」

「いや、マテやお前等! 常識的に考えてまずいだろ! というか、確実に俺の理性がぶっとぶぞ!」


 だが、期待していた援軍はむしろ敵側に行ってしまったようである。
 おまけに、唯一の常識人と期待した刹那は何を想像したのか、顔を真っ赤にしながら頬に手を当て、どこかうっとりとした表情で宿泊帳に記載された名前を見つめていた。
 ちなみに、小太郎については最初から戦力外通告である。


「お前等な……俺が常識を語るなんつー事態がどんだけ非常識な状況だと思うとるんだー!」


 宿泊帳を見ながらワイワイと楽しく会話をする少女達。
 そんな彼女たちの背後で、おのれの煩悩を必死に制御しながら天に向かって常識を叫ぶ煩悩の化身が一人。
 ただし、その煩悩の化身の背後に立ち込めるオーラが『もったいねー!』と言う文字を形成しているあたり、彼の本心が窺えるのであった。
 







 


「つ、疲れた……なんで慰安旅行なのに、しょっぱなでこんなに疲れんといけんのだ」

「なあ兄ちゃん、貴金属ってなんなんや?」

「頼むから聞かんでくれ……」


 迷惑極まりない混乱の坩堝と化した宿泊手続きもようやく終わり、横島は早くも疲労感を漂わせながら自分の部屋へ転がり込む。当然ながら部屋の相方は小太郎だ。
 ちなみに、この部屋割りに最後まで抵抗していたのはあやかだったりする。
 彼女は最後まで煩悩を押し隠しながら、理性を総動員する横島に対して真っ向から勝負を挑み、横島に匹敵、いやむしろ凌駕しそうな煩悩を見えないところで燃やしながら小太郎を賭けての争奪戦を繰り広げたのだ。
 結果として横島の勝利とあいなったが、それはあくまでも薄氷の勝利。おそらく、次にまた同条件で戦えば勝敗は分からない。いや、むしろあやかの方が有利であろう。
 なぜなら、時間は刹那とタマモの味方なのだから。
 なお、本来煩悩の化身であり、既にルビコン川を渡った横島が何故このようなおいしい状況を拒否すのかと言うと、それはひとえに『愛』ゆえにというヤツである。
 『愛』、改めて書くと実に横島に似合わぬ言葉だ。
 かつて横島は神父の教会にて美神がミックス戦隊ベジタブルを創生した折、美神に対して『愛』という言葉が世界一似合わない人だと評したのだが、実は自分も人の事は言えない。
 そんな愛の似合わぬ男、横島が何故愛の果ての暴走に至らぬかというと、それは無意識下の制限がかかっているからであった。
 元々横島は熱心な巨乳教お色気お姉様派の信者であったのだが、かといって貧乳教清純美少女派を否定しているかと言えばそうではない。
 横島にとってこの二つの違いは、手を出せるか否か。ただその一点に尽きるのである。
 横島は美神に対してそれはもう思う存分、これでもかというほどセクハラを行える。それに反して、おキヌに対しては同じ行動を犯罪行為として頑なに戒めていたのだ。そして、タマモと刹那の立ち位置はどちらかと言うとおキヌと同じである。だが、かといって煩悩が働かないかと言えばそうではない。
 実際の話、横島は刹那やタマモの普段の何気ない仕草でも十分煩悩を燃やし、思わず飛びかかりかけたことは一度や二度ではない。
 そして、今回はそれに加えて旅行と言う特殊なシチュエーションが加わっているのだ。それだけに横島の煩悩は解き放たれようと大暴れしているのもまた事実だった。
 しかし、横島はそれを完璧に制御して見せた。
 そんな横島の現在の心理状態を端的に表すとすると、妹がドスケベ煩悩丸出しの彼氏を連れてきたところに、「お兄さんは許しませんよ!」と血涙を流しながら妹の彼氏を家からたたき出す兄が同居している言った感じである。


「かなり活発なお連れ様でしたね。妹さん、特に黒髪の子なんか僕の知り合いと似た雰囲気を持ってましたし、なんか昔を思い出すなー」


 横島の内心はさておき、玄関から彼らを案内してきた従業員の男は――話を聞くと意外な事にこの旅館の主人らしい――横島達のやり取りになにか懐かしさを覚えたのか、微笑みを浮かべながら部屋につくなりダウンした横島を見つめる。
 彼らの壮絶なやり取りを間近で見ておきながら、それを懐かしそうにふり返る若主人、何気に壮絶な人生を送ってきたのかもしれない。



「ううう、あの時パーを出さなければ……」


 横島が慰安旅行なのにいきなり疲れを感じているころ、タマモ達の部屋では早くも野望が頓挫した敗戦の原因を作った己の手を恨めしそうに見つめていた。
 だが、あやかと違いタマモ達は横島との同室に特に執着することなく、部屋に着くと窓を開け放ち、市街を一望できる絶景に感嘆の声を上げている。
 そして、ひとしきり景観を堪能するとタマモはあやかの肩をポンと叩いた。


「さて、アヤカ……さっきの事について詳しく聞かせてちょうだい」

「タマモさん、さっきの事とは?」


 どうやらタマモは先ほど中断したこのあやかが旅館を選んだ理由を聞こうと、戸惑う刹那を引き連れてわざわざあやかの前に座布団を持ってくると、そこにチョコンと座る。
 そして、いかにも期待していますと言った感じで目を輝かせながらあやかに詰め寄った。
 すると、あやかもいいかげん自分の醜態に気づいたのか、咳払いをすると改めてタマモ達へと向き直るのだった。


「コホン……失礼しました。では先ほどの続きですが、この旅館にはある言い伝えがあるのです」

「言い伝え?」

「ええ、それこそ麻帆良学園世界樹伝説に匹敵する言い伝えです」

「世界樹伝説に匹敵ですか……それってまさか!」

「まさか……アレなの?」


 タマモと刹那はあやかが言わんとする事に気づいたのか、驚愕の表情を浮かべ、ただ呆然とあやかを見つめる。
 そして、あやかはそんな二人を見つめながら立ち上がると、まるでプロレスラーが相手に真剣勝負を求めるかのように天に向かって人差し指を立て、きっぱりと宣言するのだった。


「そのとおり! この旅館の別館で告白した者は、その全てがゴールイン、結婚式を挙げればまるで呪のごとく100%の幸せを約束するという脅威の伝説が――」

「あ、ごっめーん。ウチの別館は5年くらい前に壊れちゃったのー」

「――あるので……って何故ですかー!」


 今まさにあやかの演説が最高潮に達しようとしたその時、タマモ達を部屋に案内し、お茶の準備をしていた20代半ばぐらいの若女将がいともあっさりあやかの野望を打ち砕くのであった。
 あやかは目の幅の涙を流しながら、自らの野望をへし折った若女将に詰め寄ろうとする。すると若女将も気の毒に思ったのか、どこか申し訳無さそうな顔をしながら弁解するのだった。


「本当にごめんね。以前ちょっとその別館がらみで大騒動があってね、その時の影響で壊れちゃったのよ」

「大騒動……ですか?」

「……興味ある?」


 若女将はここで子供のような顔で悪戯っぽく笑うと、いつのまにかあやかと同じように自分ににじよるタマモと刹那に視線を向ける。
 するとあやかを初めとした全員が無言のまま首を何度も縦に振った。


「じゃあ、話すわね。ある時、冴えない浪人生……いや、その時はもう東大生だったか、ともかくその人が……」


 若女将は興味津々と言ったタマモ達に微笑みながら、かつてこの旅館で起こった騒動を語って聞かせる。
 それは、ある冴えない男が別館の魔力が真実とも知らずに思い人に告白しようとし、あろうことか妹に告白してしまうという大ポカから始まった物語だった。
 そして、別館の魔力もあいまって二人の思いはすれ違い、この街から北海道にいたるまでの壮絶な追跡劇が始まってしまう。
 当然その間に元々兄を慕っていた妹は別館の魔力を存分に使い、猛烈なアタックを開始する。しかし、その男はあくまでも別館の魔力に逆らい続け、思い人を追いかけた。
 そして日本の最北端、宗谷岬でついに二人は友人達の助力のもと、別館の魔力をぶち抜いて結ばれる事となるのだった。


「とまあこんな事があって、後で聞いたらその魔力だか呪だかを強制的にぶち抜いたせいか、帰ったら別館が崩壊してたらしいのよ」

「あの……なんか話の端々で私の良く知る人に似た人の描写があるのですが……まさか姉さま……」

「ううう、やはり真実の愛の前にはいかに強力な魔力であろうと無力なのですね。わかりました、私も別館の魔力などあてにしません。この雪広あやかの全てをもって、必ずやネギ先生と小太郎君をモノにして見せますわ」

「そこでサラリと二人とも手放さない発言をするあたり、やっぱりアヤカもアレよねー」


 若女将のやたらと具体的な昔話が終わると、タマモはどこか呆れながらあやかに視線を向けた。
 その一方で、タマモの隣にいた刹那はなにか思い当たる節でもあるのか、どこか虚ろな表情をしながらなにかを呟いている。


「さて、だいぶサボっちゃったからそろそろ仕事に戻らないとね」


 若女将は話が終わるとおもむろに立ち上がり、仕事に戻るために部屋から出ようとする。
 しかし、彼女は襖を開けようとしたところでその動きを止めると、何かを伝え忘れたのかタマモ達をふり返った。


「あ、そうだ……別館は確かに壊れちゃったけど、この本館にも別館に負けない魔力があるのよ」

「本当!?」

「ええ、ここで結婚式を挙げたカップルはね……みんな幸せになるの」


 タマモ達をふり返り、微笑む若女将の表情は本当に幸せそうであった。




 
 宿に着き、一息ついた横島達はその後この旅館自慢の露天風呂を堪能した後、夕食とあいなった。
 ただし、この夕食においても案の定まともに終わる事は無く、若女将に興奮した横島が飛びかかり、それをタマモがハンマーで昇天させるといういつもどおりの光景が繰り広げられる。
 そして、それとまったく同時になぜか何も無いところで転んだ若主人が、思わず手を伸ばした拍子に若女将の上半身ポロリを見事にやってのけ、若女将の唸る鉄拳によって横島と同高度まで昇天させられる事となるといった騒動が繰り広げられたのだった。


「なんというか、ビックリしたわね」

「横島さんに匹敵する回復力を持つ人がいるだなんて……世の中って本当に広いです」


 タマモ達の部屋で行われた食事の際の大乱闘、その一翼を担ったタマモと刹那は横島を締め落とした後、とりあえず再び露天風呂に入浴中だ。
 二人は少し熱めの湯に浸かりながら、先ほどの大乱闘で横島と同時に復活した若主人の事を思い出し、なんとも微妙な表情を浮かべている。
 ちなみに、今露天風呂には二人しかいない。
 あやかはタマモによって横島から強奪した酒を飲まされ、早々に酔いつぶれている。これでとりあえず小太郎の身の安全は保障されているはずだ。
 万が一、酒のせいで覚醒モードに移行したとしても、その時は横島が命を張って彼女を食い止めるだろう。
 タマモ達はそう判断し、二人で部屋を抜け出すと都会の疲れを癒すかのように湯に浸かった。
 ふと空を見上げれば、ライトアップされた紅葉とともに晩秋の名月が目に映る。


「はあ、本当にいいお湯ね。景色も最高」

「ですね……でも、一ついいですか?」

「なに?」

「そのお酒、どこから取り出したんです?」


 刹那はどことなく呆れたような顔をしながらタマモを見つめた。
 そんな彼女の目の前で、タマモはいつの間に持ってきたのか、背後の岩に日本酒樽がでんと鎮座している。
 そしてタマモはといえば、その酒を狐火でぬる燗にするとお銚子を盆に置いて湯に浮かべ、優雅に月見酒としゃれ込んでいた。


「ん、これはついさっきこの辺の稲荷明神の使いの狐が持ってきたものよ」

「い、稲荷明神ですか?」

「一応私は妖狐の最上位たる九尾の狐だからね。それがわざわざこの土地に来たものだから、ご機嫌伺いに来たんでしょう」

「そうなんですか……というか、これってまさか本当の神酒じゃ」

「そう、飲めば健康、頭脳明晰間違いなし。ついでにお肌もピッチピチになる神酒なのよ。こんないいものもらったんだから、お礼として明日稲荷神社に行かなきゃね……で、飲む?」

「いただきます!」


温泉で一杯


 タマモの視線を受けた刹那は、これまたどこに持っていたのだろうか、間髪いれず杯を取り出すとタマモの前に差し出す。そして、それと同時に酒の匂いに引かれたのか、今まで姿を消していた死神も杯持参で現れる。
 かくして紅葉彩る温泉の中で、タマモと刹那、そして死神の酒盛りは始まるのであった。
 ただし、いかに神酒とは言え酒には違いない。そして、温泉によって血行が促進されているところにあらゆる意味で効能ばっちりな酒を飲んだ者の末路はとして――


「風呂の中で酔いつぶれてんじゃねー! って死神、おまえもかー!」


 ――酔いつぶれるのは当然の帰結と言えよう。
 なお、温泉の中で溺れかけた彼女達を真っ先に発見し、間一髪で救い出した勇者は横島である。
 何故彼がタマモ達の危機を察知でき、第一発見者となりえたのかは永遠の謎であった。





 所変わってここは麻帆良学園、女子中等部女子寮の一室。


「ああ……平和っていいなー」

「本当に心が安ぐぜ……」


 タマモ達が温泉で酔いつぶれているころ、ネギとカモはアスナの部屋でふってわいた貴重な平和な時間を心の底から満喫していた。
 ネギはまだ10歳のくせに、ワイングラス月に向かってかかげてみせると優雅に乾杯する。
 その仕草はまだガキという年齢のクセに、妙に様になっていた。


「ってあんたら、なにやってんのよ」

「ネギ君、10歳なのにお酒のんじゃいけんよー」


 と、そこに風呂上りだろうか、シャンプーの匂いを漂わせたアスナと木乃香が部屋に入り、ネギを見つけると呆れたような視線を向ける。


「あ、大丈夫です。これはジュースですから……ただ、こうやって貴重な平和な時の雰囲気を味わいながらじっくりと楽しんでいただけです」

「そうそう、兄貴にはまだ酒は早いって。まあ、付き合いでオレっちのもジュースだがな」


 カモそういうとアスナ達にグラスを掲げてみせる。すると、たしかに酒の匂いはしなかった。
 そもかく、ネギの飲酒疑惑は晴れたわけなのだが、アスナとしてはネギが何故そこまでリラックスしているのかわからない。
 だから木乃香と共にネギに理由を聞こうとする。


「まあ、それはともかく平和な時間って、横島さん達がいいんちょと一緒に旅行に行ってるだけじゃない。それに、基本的にあんたいつもと変わらないじゃないのよ」

「せやせや、そういつもいっつもタマモちゃんや横島さんに折檻くらっとるわけやないしなー」

「そんなことはありません! たしかに、アスナさんと木乃香さんの言うとおり毎日折檻されてるわけじゃないので、普段と変わらないように見えますが……その精神的負担がぜんっぜん違います!」

「精神的負担?」

「そうです! この麻帆良にタマモさんと横島さんがいる限り、僕はほんのわずかな失敗や失言が死の危険をはらんでいます。だけど、その根源たる横島さん達がいない今、僕は真の意味で自由なんです!」

「……ま、まあ確かに……否定できないわよね。とりあえず、よかったわね、ネギ」

「ううう、ありがとうございます。そしていいんちょさん、タマモさん達を連れ出してくれて本当にありがとうございました、このご恩は一生忘れませーん!」


 ネギは感極まったのか胸の前で手を組むと、まるで神に祈るかのごとく空に浮かぶ月にむかって感謝をささげる。
 きっと今のネギのまぶたには、月を背景に女神のごとく微笑むあやかの顔が映っている事であろう。
 ネギ・スプリングフィールド、英雄サウザンドマスターの息子にして偉大なる魔法使いの候補として故郷の期待を一身に受ける彼の幸せ、そんな彼が望む幸せは本当に些細な幸せであった。





「さてっと……どうもお世話になりました」

「いえ、こちらこそ。是非またいらしてください」


 色々と問題はあったが概ね平和に夜が開け、横島達が宿を引き払う時間がやってきた。
 ロビーに集まった横島達は若主人と若女将の見送りを受け、荷物を片手に階段にむかう。
 そして、タマモ達が玄関を出ようとしたその時、若女将はふとタマモ達に声をかけた。


「それじゃあ3人ともまたね、そして……いつかステキな人を見つけたらウチで結婚式を挙げてね。効果は私が保証するから」


 タマモ達女性陣は若女将の言葉を聞くと、それぞれの結婚式のシーンを思い浮かべたのか、思わず頬を染める。
 その一方で、横島と小太郎は話の意味が分からず、ハテナマークを頭に浮かべていた。


「う、うん……どうやら、その魔力は本当みたいだしね。けど、私達は今でも幸せだからね、これ以上の幸せって言うんだから楽しみにしてるわ」


 タマモは微笑ましく見つめる若女将夫婦を見つめると、傍らにいた横島の腕をとる。
 すると、刹那もまたタマモの負けじと横島の腕を取って微笑んだ。
 そして、あやかもまた気配を消して小太郎の背後に回ると、小太郎をギュッと抱きしめている。
 タマモ達はその体勢のまま、若女将達に元気よく別れを告げると、バスが来たのを察知して慌てて階段を駆け下りるのであった。


「クス、どうやらあの子達はもう見つけているみたいね」

「みたいだね……けど、いいのかい? 片方は下手したらかなりまずい状況になるような気がするけど」

「大丈夫、私達の幸せが一杯詰まったこの旅館で泊まり、式を挙げればそんなの関係ないもの」


 若女将は傍らにいる夫に少しだけよりかかりながら、自分達の青春時代から今までを過ごした建物を見つめる。
 そんな彼らの背後からは―― 


「市内巡回、ひなた駅行き発射しまーす」

「おーい、待ってくれー! 乗ります、乗りまーす!」


 ――未来で幸せになるであろう男の冴えない声が響き渡るのであった。


「ああ、このままじゃ間に合わない! バスよ止まって、必殺横島ミサイル!」

「うっぎゃあああー!」

「横島さはーん!」

「……それにしても、あんたと同じリカバー能力を持つ人っているのね。世界って本当に広いわー」

「……横島君、お互い強く生きようね。というか、君とは本当にいい酒が飲めそうだよ」


 そのすぐ後になんだか先ほどまでこの旅館で止まっていた男によく似た声の悲鳴と、バスの急ブレーキの後に妙に湿っぽい音が響き渡ったが、きっとそれは気のせいだ。気のせいに違いない……たぶん……きっと。


二人?の異邦人IN麻帆良 外伝
『麻帆良に平和が訪れた日』 END



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