横島家の朝は早い。
 どれだけ早いのかと言うと、まだ朝日が昇らぬうちに家人の一人が目を覚ますほどだ。
 そんなまだ夜も明けきらぬ暗闇の中、横島家において真っ先に目を覚ます者、それは死神である。
 死神は冬の間は麻薬にも勝る誘惑と悦楽を提供する布団から体を起こし、肌寒い外気に体をさらすことによって脳を活性化させる。
 そして、まるで繁華街の呼び込みのごとくしつこい布団の魔の手から逃れ、ベッドから降りると着替えのためにクローゼットを開けた。
 ちなみに、死神が今着ている服は当然ながら寝巻きであるのだが、ぱっと見たところ普段纏っているボロとそう変わらないように見える。
 であるからして、クローゼットの中身はといえば、定番ともいえる同じ色、形、ほころび具合まで酷似したボロがこれでもかとばかりにずらりと並んでいるが、そこは見なかったふりをするのが大人の対応と言うものだろう。
 ましてや、いかに同じように見えていても、寝巻き型、外出型、作業型、重装甲型、重武装型、核武装型、試作型、量産型(うなぎっぽい)、水陸両用型、遠距離支援型、第三帝国風、帝国陸軍風、カスタムハリセンスペシャル等数々のバリエーションが有る事について突っ込みは厳禁だ。
 ともあれ、そんな数ある服の中から一着を選んで着替えると、彼は家人を起こさないように音も立てずに窓から外へ出るのだった。

 死神が外に出ると、ようやく日が昇ってきたのか、うっすらと東の空が明るくなってきている。
 彼はそのまま屋根の上まであがると、まず東の空にうっすらと光る明けの明星に対してペコリと頭を下げ、次いでどこからともなく取り出した十字架に感謝の祈りをささげた。
 さらに、おもむろに絨毯を敷くと中東にあるとある都市の方向に向かって祈りを捧げたり、出雲大社や伊勢神宮の写真に向かって祈ったり、はては般若心経や法華経等の読経も行っていく。
 そして最後に、何に祈ってるのかは不明だが、ブルーベリーを一粒備えることで死神は朝の祈りを終えることになる。
 この間、約30分。
 すでに朝日は完全に昇り、周囲では春が待ち遠しいと言わんばかりに小鳥たちが囀り始めている。
 そして略式ではあるが古今東西あらゆる神や魔王に祈りを捧げた死神は、自らの魂ともいえる鎌を取り出すと燦然と輝く朝日の中、一心不乱に鎌を研いで行く。
 しばしの時間の後、満足のいく仕上がりになったのか、死神は朝日にきらめく刃に満足そうな笑みを浮かべた。


「ぎやあぁぁぁー!」

「どべらぁぁぁー!」


 そして、ちょうどそれと時を同じくして、家のほうから巨大なハンマーの打撃音とともに小太郎、横島の順で悲鳴が上がる。
 それはもはや横島家において定番ともいえる朝の風物詩。であるからして、ご近所さんたちも特に騒ぐことなく、むしろ目覚まし代わりに横島と小太郎の悲鳴を利用していた。
 げに人間は慣れる生物であると言えよう。


「あのなー、タマモ。いいかげんそのハンマーで起こすのはやめないか?」

「せやで、朝一番で命のやり取りはスリルありすぎや」

「そんなこと言ったって、小太郎は最近フライパンの音でも目が覚めないし、横島は……まあ、なんとなく?」

「ちょっとマテ! なんとなくで俺は毎朝ハンマーを喰らっとるんか! ええ、このキング・ザ・100t!」

「誰がキング・ザ・100tかー!」

「ぶげらぁぁぁー!」

「に、兄ちゃーん!」


 なにやら死神の背後で横島が重力に逆らって空に向かって落下しているが、いつもの事なので特に気にする必要はない。
 ともあれ、定番ともいえる朝の軽い、あくまでも軽い騒動を消化しつつ、死神は横島の自転車を用意し、小太郎の腰に紐を巻きつけていく。
 そして、横島が落下すると同時に合体ロボのごとく正確に自転車のサドルに着席するのを見計らい、タマモが後部の足掛けに足を乗せて横島の肩に手を置いた。


「さあ小太郎、死神、レッツゴー!」

「いっくでぇぇー!」

「まて、まだ回復が途中……ってぎゃぁぁぁー!」


 タマモの合図と共に、小太郎はかつてのシロのごとくいっきに横島とタマモを乗せた自転車を引っ張っていく。
 そんな彼らの頭の上では、死神がやたらと派手な布地に金糸で『御意見無用』と書かれた旗を掲げながら後を追っている。
 素人さんが見れば、エコに気を使う暴走族が出現したのかと勘違いする絵面かもしれないが、あいにくとこれはこのご近所にとって既に日常の一コマだ。
 であるからして、すれ違う人々、はては交番のおまわりさんに至る全ての人々が市中引き回し状態となっている小太郎――横島は回復済み――を微笑ましく見つめていた。


「に、兄ちゃん……もう……ぎぶあっぷ……」

「まだまだ、もう一周いくぞー!」

「んー、まだシロみたいに横島を引きずるには修行が足りないわね」

「正直毎朝のコレより、あの吸血鬼の修行のほうがなんぼか楽やで……ってはや、速いわー!」


 この日の朝、シロによって植えつけられ、麻帆良で覚醒した散歩脳に支配された横島は小太郎の悲鳴を他所に今日も吹きすさぶ風になる。
 横島、タマモ、小太郎、彼らの朝はこうして始まる。
 それを見守る死神にとってこの騒動は日常の風景、なんでもないごく普通の一日の始まりであった。





二人?の異邦人IN麻帆良
外伝 『麻帆良のごく普通の一日』







 散歩を終えて帰ってきた死神は、真っ白に燃え尽きた小太郎を担ぐと風呂場に連れて行く。
 その際、小太郎は土左衛門のごとくうつぶせに湯船に浮かび上がり、ピクリとも動かないが、これもいつもの事なので死神は特にあわてることなく、小太郎の服を洗濯機に放り込む。
 そして、既に洗い終わった洗濯物を籠につめると、それを干すべく庭へ向かうのだった。


 ――パンッ!


 晴れ渡る冬の空に、湿り気を弾く心地よい音が響き渡る。
 死神は洗濯籠から取り出した真っ白いシャツのしわを伸ばし、物干し竿に干していく。
 近年は乾燥機一体型の洗濯機などがあるようだが、あいにくと横島家にはそのような高級なものはない。
 しかし、いかに乾燥機が便利なものであろうと、死神はこの降り注ぐ太陽の光こそが最高であると信じて疑わない。
 事実、太陽の下で乾かしたタオルと、乾燥機で乾かしたタオルの手触りを比べれば、その差は一目瞭然だ。
 この横島家においてタマモと並んで家事を一身に引き受ける死神にとって、乾燥機なるものは邪道でしかない。
 燦々と降り注ぐ太陽の光の下、物干し竿にはためく横島のおパンツをはじめとした洗濯物。この風景こそが死神の家事魂の表れなのである。
 

「小太郎、よせ! まだ手を出すのは早い!」

「いいや、今、今こそなんや! 見てみい、あの隙だらけの背中を!」

「まて、あれは孔明の罠……」

「そこ、つまみ食い禁止ー!」

「「うっぎゃぁぁー!」」


 なにやら背後で夢破れた男たちの絶叫も聞こえてくるが、いつもの事なので気にする必要は無い。
 かくして、こだわりのある死神が全霊を賭して洗濯物を干していると、台所のほうからは横島たちの楽しそうな、それはもう命の瀬戸際に立たされたかのようなほのぼのとした朝の団欒の声が響いて来るのであった。
 なお、繰り返すがこれは本当にいつもの風景である。






「それじゃあ、行って来まーす!」

「ほな行ってくるでー!」


 横島家の扉が開かれると同時に、タマモと小太郎の元気な声が響き渡る。とてもではないが、先ほどまで血で血を洗うおかず争奪戦を繰り広げていたとは思えないほどほのぼのとした空気なのだが、これもいつものことだ。
 であるからして、二人はこれまたいつも通り学校へと向かう。
 タマモはあやかとの待ち合わせの場所へ、小太郎はこのご近所に住む同級生の悪ガキの家へと向かうようだ。
 死神は横島と共に二人を見送ると、流し台の食器を片付け始める。
 そして、片づけが一段落すると横島に挽きたてのコーヒーを振舞いながら、今日のスケジュールを横島に伝えていく。
 どうやらタマモ達がいない間は死神が横島のスケジュール管理を行っているようだ。


「えっと、今日の予定は……学園の警備とあわせて、お隣のチカちゃんから頼まれた犬のコタローの捜索っと……あと、時期的にそろそろかかってるころだな」


 横島は死神の掲げた手帳を見て今日のスケジュールを確認していたが、ふと何かを思い出したのか、目頭を指で押さえながら大きくため息をつく。
 死神はそんな横島を元気付けるかのように、背中をポンポンとやさしくたたく。もはや完璧に横島家のお母さん状態とも言えるだろう。


「まったく、なんでこう次から次へと騒動がやってくるんだろうな? 俺はただ、美人の嫁さんもらって退廃的な生活をしたいだけなのに……」


 横島はがっくりと肩を落としつつ、死神を伴って自身が担当する結界守護地域へと向かう。
 何故横島はこれほどまで意気消沈しているのだろうか。
 それは横島が担当している地域に設置した罠に、やはり定期的に忍者が引っかかっているからである。
 おまけに、夏以降はそれに加えて拳法家にスナイパー、そしてそれらを阻止しようと涙ぐましい努力をする剣士までもが巻き込まれて罠にかかり、苦心の罠を破壊しているのだから気が乗らないのも無理も無いことだろう。
 しかも、最初は罠にかかった時点ですぐに救出に向かっていたが、最近は命の危険も無いことであるし、見せしめの意味も込めて剣士以外の獲物は一日単位で放置プレイの刑を実行しているのだが、いっこうに減る様子はない。
 どうやら彼女達は横島の設置したトラップゾーンを絶好の修行場所としているようだ。
 ともあれ、いつまでも玄関先で肩を落としているわけにもいかないので、横島は死神を伴っ担当地域へと向かうのであった。


 ちなみに本日の獲物はというと――


「えへへへ、なにこれ? アスレチック?」

「こ、この俺が負けた……だと?」


 ――なぜか、本当になぜ彼女がいたのかは不明だが、3−A最強の運を誇る椎名桜子が無傷でトラップゾーンをクリアしていた。
 その結果、横島は自身の罠に対するとプライドをズタズタに引き裂かれ、この後打倒桜子を目指して更なる罠の技術を磨いていくこととなる。
 そして、その過程においてネギと小太郎はもとより、忍者に拳法家、スナイパー、そして吸血鬼までもが極悪な罠の生贄となるのだが、これはとりあえず関係ないだろう。
 ともあれ、死神はプライドを打ち砕かれた横島の世話をちび刹那&ちびタマモのちびーずにまかせ、麻帆良においていまだ誰も達成したこのない偉業を成し遂げた桜子を学校まで送っていく。
 今朝のイベントは日常と少しだけ違っていたが、とくに大騒ぎするようなものでもない。だから死神は太陽の日差しを全身に浴び、桜子の肩に取り憑きながらタマモのいる学校へと向かうのであった。
 




「その時、僕の中で神は言いました。『汝のなしたいようになすがよい』と……つまり、自由なる神は常に僕達の内なる心に……ふべら!」


 死神は学校に到着すると、さよに死後の世界と現世の儚さをテーマに講義をし、早く彼女が成仏できるようにとりはからっていた。
 その一方で、一時間目の授業に突入するなり、ネギはアスナによって黒板にめり込むことになる。


「アスナさん、突然何をするんですか! いくら僕でも少しは痛いんですよ!」

「どうもこうもあるか! というか、アンタ英語の時間にいったい何を教える気よー!」


 普通の学校ならば、教師に対する暴行などとんでもないことなのだが、頭の痛いことにこの学校、いや3−Aに関してはそれこそ日常茶飯事のことだ。
 なにしろ、ちょっと油断するとネギは英語の授業を神学、それも暗黒神の教えを説きだすのだ。
 そのため、ネギを止める立場にあるアスナは授業中に気を抜くことができず、夏以降成績が急上昇したのはうれしい誤算だったりする。
 ともあれ、そんな日常の風景を眺めているクラスメイト達は特に気にすることなく授業を受けているのだが、この時なにかに気づいたのか木乃香が傍らの刹那に話しかけた。


「なあ、せっちゃん。この場合、黒板にめり込むほどすごい打撃を『少し痛い』で済ませるネギ君を褒めるべきなんか、それともそのネギ君に『少し痛い』と感じさせる打撃力を持つアスナを褒めるべきなんか……どっちやと思う?」

「私としては、アスナさんの打撃と、ネギ先生の頑健さをめり込む程度で押さえ込んだ黒板の強度を褒めたいですね。最近のアスナさんの打撃はタマモさんに匹敵してきましたし」

「ネギ君もアスナも、そして黒板も日々強くなってるんやなー」


 死神は思う。二人とも何かが間違っていると。
 死神は天井付近でさよと共に額に一筋の汗を滴らせながら騒乱を見つめていたが、いつまでもこのままだと授業が崩壊してしまう。
 そのため、死神はこのメンバーの中でもっとも確実に事態を収拾できる人物、すなわちいまや横島事務所の会計を一手に握るお嬢様、いいんちょこと雪広あやかに託す。
 あやかはしばしの間呆然としていたようだが、死神に肩をたたかれると我を取り戻し、即座に立ち上がると事態を収拾すべく動き出した。


「ちょ、ちょっとアスナさん! 毎度毎度ネギ先生に暴力を振るってるのですか! この雪広あやかの目が黒いうちにそのような暴挙は許しま……いえ、むしろ傷だらけのネギ先生を手取り足取り介護して……アスナさん、私が許可します。存分にネギ先生をぶちのめして差し上げてください!」
 
「まずアンタも自重しなさいよー!」


 ただし、より混乱を加速させる方向で、ではあるが。
 その後、なぜかアスナとネギの乱闘がアスナVSあやかの超人プロレス頂上決戦へとプログラムが変更され、アスナの放つアスナバスターをあやかが数字の6を9にするかのようにひっくり返して逆襲したり、さらには試合中に覚醒したアスナがツインテールの髪を使い、相手の両足と両腕を同時に固定する改良アスナバスターを開発したりと、とんでもバトルが繰り広げられる事になる。
 死神はそんな風景をクラスの皆と共に見つめつつ、ネギに代わって教卓につくと授業を進めていく。当然ながらこの風景もアスナ達の喧嘩同様、いつものことなので誰の騒ぐことはない。
 ちなみに、死神の素性については彼の弟子であるまき絵を通して伝わっているため、さよと同じようにあっさりと受け入れられていたりする。


「いくわよ、改良アスナバスター!」

「なんの、首のフックが甘いですわよ! 喰らいなさい、雪広ドライバー!」

「あんた達いい加減にしなさーい!」

「ちょ、タマモさん、ハンマーがこっちに……ぶるあぁぁぁぁぁ!」


 なお、この混乱を収拾しようとタマモが乱入した折、流れハンマーがネギに炸裂するという多少のハプニングがあったが、これもいつもの事であるため、誰も騒ぐ者はいなかったと言う。







 ネギの代役で授業をそつなくこなした後、死神は放課後まで学園長の肩に取り憑きながら、この世界の学園長担当の死神と雑談をしつつ、お茶を飲んですごしていた。
 ちなみに、姿は隠しているので学園長は二人を知覚できてはいないが、死神が来た時にふと居眠りをすると、三途の川で一球禅師こと高畑とシンクロナイズドスイミングをする夢を見ることがあるらしい。
 ともあれ、そうこうしているうちに放課後となり、タマモをはじめとして生徒達は部活へ、寮へと向かっていく。
 そして同時に、放課後とはとある特定の人物にとって特別な時間の始まりを意味していた。
 そう、我らがヒーローにして、暗黒神の伝道者、光の暗黒魔法使い、生ける不死者、破壊神でも破壊できない男、オーブクラッシャーの異名を持つネギ・スプリングフィールドに対する修行という名のオシゴキタイムの始まりである。
 死神は横島の下へ合流しようとしているタマモ、刹那、あやかを他所に、ネギから漂う微妙な死の気配に誘われて彼に憑いて行く事を決めた。
 そして30分後。


「はー……心が安らぐねー」

「せやな、心地よい涼しさ、大量の食料、暖かい寝床……最高や」

「そして何より、ここには横島さんとタマモさんがいない」

「慣れると兄ちゃん達との生活も楽しいんやけどな」


 死神の眼下では小太郎とネギが海パンにサングラスといった格好で、ビーチチェアに寝転んだ状態でバカンスを堪能している姿が水晶玉に映されていた。
 そして、その周りには水晶玉を見つめるエヴァ、高音、メイの三人が冷や汗を浮かべている。
 

「……あの、エヴァンジェリンさん。ネギ先生と小太郎君は今どこにいるのでしたかしら?」

「……い、一応極寒の南極と同条件の箱庭……のはずだ」

「あうう、見てるだけで寒いです……」


 水晶玉に写っているネギ達は格好だけを見ればバカンスそのものなのだが、あいにくと周りの状況が全てを裏切っていた。
 なにしろ、気温はバナナどころかトマトで余裕で釘が打てる気温である。もはや氷点下がどうのといった生ぬるい気温ではなく、断じて彼らの言う心地よい涼しさだとか、暖かい寝床といったものがある状況ではない。
 だが、そんな苛酷な環境であるにもかかわらず、ネギ達は普段以上にリラックスしまくっていた。
 海パン一丁で寝るネギ達の背後には、おそらく食料であろうか、大型のシャチとアザラシが倒れており、さらにその隣には寝床として寒風吹きすさぶ実に風通しのよい氷の家が鎮座していた。
 正直、まともな人間なら10秒とて持たない空間であろう。


「で、なんで彼らは南極に匹敵する環境の中で、あんな格好を? いくら咸化法を取得しているとはいえ、ものには限度というものが……」

「一応、あの空間内では咸化法はもとより魔力や気の全てを阻害する結界がはられているはずなんだが……なんで生きてるんだ? あいつら……」

「ちょっと待ってください。ということは、彼らはなんの補助もなしで……」

「ちなみに、既にあの空間内で3日が経過している」

「……」

「ああ! ネギ先生がペンギンと一緒に海飛び込んでます! それに小太郎君が真っ白い大きなクマーに跨ってお馬の稽古をー!」


 ネギと小太郎のあまりにもあまりと言える非常識ぶりに高音達三人は頭を抱える。
 特に、ネギの師匠であるエヴァは試練のつもりで出した極限状態の環境が、あっさりとバカンス空間に変わったことに頭を痛めていた。というか、それ以前に何をどうやったら魔力も気も使わないであの空間で生きているのだろうか。
 エヴァとしては、サバイバル技術の取得とあわせて、魔法や気が使えない状態での生存方法を学ばせるつもりで出した試練なのだが、まさかそれをこんな形であっさりとクリアされるとは思いもよらなかったのだ。
 そんな風に頭を抱えているエヴァ達とは別に、死神は特にあわてることも無く水晶玉を見続けている。
 死神に言わせれば、現在ネギ達の置かれている環境はまだまだ温いと言わざるをえない。
 なにしろネギ達は幾度と無くタマモの打撃に耐え、はては生身で−270度に達する宇宙空間に打ち上げられて来たのだ。
 正直、たかだか南極程度の気温で行う海水浴などネギ達にしてみれば児戯に等しく、その気になれば溶岩の中でシンクロナイズドスイミングも可能なのである。
 そういった事情を知るが故に、死神はネギ達が順調に面白おかしく育っている様子を満足げに眺めていくのであった。




「ナア、妹ヨ……」

「どうかしましたか?」

「ソロソロ梃入レガ必要ト思ワネエカ? アノ二人、ゴ主人ト同ジデスゴクイジリガイガ有リソウダゼ」

「……確かに、なかなか良い素材ですね」

「ダロ? オマケニ大、中、小ト実ニバランスガイイ」

「となれば、ユニット名も早く決めなければいけませんね」

「アア、アノ三人ニフサワシイ良イ名前ヲ考エナイトナ」


 エヴァ達が頭を抱えて困惑しているのと同時刻、彼女達の隣の部屋では茶々丸とチャチャゼロがエヴァ達の様子を水晶玉で覗いていた。
 茶々丸達はエヴァ達三人に何かを見出したのか、二人して妖しく笑い、三人の新たなユニット名を考えていく。
 そして、何かを思いついたのか、茶々丸は目をキラキラと輝かせながらチャチャゼロを見つめた。


「姉さん、いい名前を思いつきました」

「オオ、サスガダゾ妹ヨ。デ、ドンナノダ?」

「芸術の国、フランスの美しき都市の名にちなんで『裸・マルセイエーズ』というのはいかがでしょう」

「オオ、マルデドコゾノAVノゴトクノ名前ダガ、裸ノ一文字ガ実ニ良クゴ主人達ヲ表シテイルナ」

「撮影準備も完了しています。では、許可を……」

「ヨシ、ヤッチマエ……アレ? 何デ水晶玉ノ中ノゴ主人ガコッチ見テンダ?」

「おや? 言われてみれば……」


 二人は新ユニット名前を決め、いざデビューに向けて撮影機材一式と性格改変用の酒を手にしてエヴァ達の下へ向かおうとしたその時、チャチャゼロが異変に気づいた。
 チャチャゼロが気づいた異変、それは水晶玉に映るエヴァ達がなぜか非常に怒りに満ちた表情で自分達を見ていることだ。
 どうやらエヴァ達は茶々丸達が自分達を覗いている事に気づき、その術を逆探知して新ユニット結成の話を余さず聞いてしまったようである。


「茶々丸さんチャチャゼロさん……貴方達見ていますわね!?」

「違います! もう私は裸の文字は背負ってないんですー!」

「貴様ら……今度という今度はただじゃおかんぞ……」

「ヤ、ヤバイ! キヅカレタ!」

「……脱出します!」

「逃がしません! 『魔法の射手 戒めの風矢!』」

「裸って……いったいいつまで私はそんな業を背負ってなきゃいけないんですかー! 『紅き焔』」
 
「こっのどぶ人形ども……今度という今度は我慢ならん、喰らえ! 『永遠の氷河』」


 その後、エヴァの家を中心に半径50mが灰燼に帰す大爆発が起こったのだが、死神は事前にそれを察知し、小太郎達が入った水晶球を抱えて脱出済みであった。
 危険の察知からネギと小太郎の救出、そして脱出とやたら手馴れているようだが、言うまでも無くこんな騒動もいつものことだ。
 だから死神は目の前に浮かぶ巨大なきのこ雲見上げながら、手際よくネギ達を水晶玉から解放していく。
 そして、本日の修行という名のバカンスが終わったことを二人に告げると、今度は小太郎の肩に取り憑きながら家路へと向かうのであった。
 なお、エヴァの家のあった跡地に出来たクレーターの中心では、爆発の余波で全裸となったエヴァ、高音、メイが自棄酒をあおっていたが、何度も繰り返すようで悪いがこれもいつもの事なのである。






 小太郎と死神が家に帰ると、そこではようやく本日のスケジュールを終えた横島が――


「ちょっ! 待てやタマモ、何で俺がこんな目にー!」


 ――地面に埋め込まれた丸太に磔にされ、火あぶりにされていた。そして、その周りでタマモはハンマー片手に未開の蛮族のごとく踊っていたが、小太郎達に気づくと踊りを止めて二人のほうを見る。


「兄ちゃん達ただいまー!」

「あ、二人ともおかえりなさい。冷蔵庫にジュースとドーナツがあるから手を洗ったら食べて良いわよ」

「やった! 姉ちゃんありがとなー」

「ちょっとマテ! 小太郎に死神、お前達この状況見てあっさりスルーするんじゃねー!」


 横島は自分を無視する二人に怒鳴るが、状況はどうあれ、大概いつもの事なので二人は特に気にすることなく冷蔵庫目指して駆けていく。
 そして、冷蔵庫に向かった二人の背後から横島の悲鳴が聞こえるのも、またいつもの事であった。

 小太郎と死神が台所に到着すると、そこではあやかと刹那が手分けをして夕食の準備をしていた。
 あやかは料理の手を止め、小太郎を出迎えると早速冷蔵庫からドーナツを取り出す。すると、小太郎は手も洗うことも忘れてドーナツに飛びつこうとするが、さすがにそれはあやかによって止められ、襟首をつかまれて洗面所へ連行されていく。
 死神はそんな二人を見送ると、あやかの代わりとばかりに刹那を手伝って夕食の準備を進める。
 そしてしばらくすると、横島へのお仕置きを終えたタマモが台所に姿を現す。そのタマモのほほについた血糊がちょびっと怖いが、やはりこれもいつもの事なので刹那はもとより手を洗って帰ってきた小太郎とあやかもスルーしていく。


「ふう、今日はいつもよりいい感じで振りぬけたわね」

「今日はずいぶんと気合が入ってましたしね……それで、今日はどれくらいなんです?」

「んーっと、あと20分といった所かしら?」

「じゃあ、ちょうど夕食に間に合いますね」
 

 タマモは今日の手ごたえに事の他満足したのか、手にしたハンマーをゴルフクラブのように振りながら、先ほど横島にトドメを刺した感触を振り返る。
 すると、刹那は微笑みながら横島が回復する時間を聞き、鼻歌を歌いながら楽しそうに料理を続けていく。
 かわいらしいエプロンを纏い、楽しそうに料理をする刹那。その姿だけを見れば夫の帰りを心待ちにする新妻のようなのだが、話の内容は物騒極まりない。
 だが、コレもまたしつこい様だが日常の風景なのである。


「……なんやろう、ひどく物騒な会話なのに、めっちゃ日常の風景になじんでる会話やな」

「まあ……今更ですわ。横島さんのアレはもうほとんど病気のようなものですし」

「……」

「あら死神さん、なにか?」


 死神は何かを言いたそうにあやかを見るが、あやかに問い詰められた瞬間、その首を全速で横に振る。
 死神にしてみれば、横島と同一存在であるあやかも似たようなものなのだが、曲がりなりにも女であるあやかにそれを言うのははばかられるため、慌ててごまかしたのだ。
 ともあれ、きっちり20分後には横島が復活すると、死神は出来上がった夕食をテーブルに並べていく。
 そして、横島事務所の構成員一同を囲んだ夕食が始まる。それは死神とっても、また小太郎をはじめあやかに刹那、そしてタマモと横島にとっても日常の、とても楽しい日常の風景であった。










「偉大なる我が自由なる神よ、本日もまた無事に生き残り、日々の糧を与えてくださったことを深く感謝……へぶぅー!」

「アンタいい加減食事のたびに、その変なお祈りするのはやめなさーい!」

「そうやで、ネギ君。どうせ祈るなら自由なんてあいまいな神様じゃなくて、死と破壊を司る神様に祈ったがええよー。あ、でもネギ君は破壊神でも破壊できない男って言われとるしなー……」

「木乃香ぁぁぁぁー!」


 ちなみに横島家が幸せな一家団欒をしているのと同時刻、とある寮内で宗教論争が繰り広げられ、一人の少女が心労でダイエットの心配が要らないという恩恵を預かっているのもまた日常の風景である。


End


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