物語を始めるに当たって、まず一つ問おう。
この麻帆良学園において、もっとも過酷な役職はなんであろうか。
この質問に対して、ある者は『学園長』と呼び、またある者は『学園長のおもり』、『女子中等部3−Aの担任のおもり』と答える者がいる。
たしかに前述の三つの役職は過酷と言う言葉では表せないほど過酷な役職だ。
特に『3−A担任のおもり』に至っては、日々の行動の監視、布教活動の妨害、真人間への矯正等と正直ストレスで胃がマッハな状態となるくらいだ
おまけにこれらの行動について、まったく金にならないが実施しないと命と胃、さらにSAN値に係るだけに本当にたちが悪いときている。
以上の事を考慮すると、もっとも過酷な役職は満場一致で『3−A担任のおもり』になるかと思われるのだが、実は表に出ていない過酷な役職があるのだ。
そう、それは『タマモの親友』『横島事務所の秘書』『3−Aの学級委員長』といった災厄トリプル役満的な役職を併せ持つ存在、雪広あやかである。
彼女が持つ三つの役職、事情を知らない人間が見たらどこが過酷なのか首を傾げるしかない。
そこで、彼女がどれほど過酷な役所をこなしているか、具体的な例を上げながら説明していこう。
『タマモの親友』
まず、もっとも無難に見える『タマモの親友』という立場であるが、実はこれも中々にきついのだ。
なにしろ、タマモは自他共に認める美女である。
それはもう、本気だしたら平気で国が傾くくらいの美女である。
重要だから二回言ったが、とにかくそれほどの美女である以上、ナンパはもとより告白騒動は枚挙にいとまがない。
おまけに、ともすれば強引に事を進めてしまおうと言うお馬鹿なやからも出現するため、彼女はそんなお馬鹿者を守るために忙しいのである。
なお、先ほどお馬鹿者を守るためと言ったが、これは決して間違いではない。
なにしろタマモは変幻自在のハンマーを操り、最凶の突っ込みキャラとして麻帆良学園に君臨しているのだ。
その突っ込み加減を間違えれば、リアルで人が死ぬ。
特に、普段突っ込みを入れる対象が不死者を超える不死身ぶりを発揮する『横島忠夫』『ネギ・スプリングフィールド』『犬上小太郎』の三人なのだ。
それに慣れたタマモが加減を間違えたらどうなるか、想像するのは決して難しい事ではない。
故に彼女はタマモに隠れて実家の力を十二分に使い、ともすればハカセと協力して米軍の監視衛星すらハッキングしつつ、ナンパ、告白、不埒者の排除に努めているのだ。
そして、当然ながらその活動に費やされる資金と労力も半端ではない。
しかし、それでも彼女は『タマモの親友』の立場を崩す事は無いのである。
『横島事務所の秘書』
これについては、あくまでもあやかの主観ではあるが、前述よりもいくらか楽である。
なぜならば、所長である横島忠夫が引き起こす騒動及び災厄のほとんどが横島本人に帰ってくるため、実質的な被害が皆無であるからだ。
おまけに、その際の制裁はタマモのハンマーによる肉体的痛撃と、刹那の涙目な無言の圧力による精神的痛撃等があるため、彼女の役目と言えば事の後始末のみである。
故に彼女の仕事は、学園長及び学園警備班等に回す書類や、破損物件の補償、弁済、保険等の事務手続きと言った書類仕事が主となり、優秀な処理能力と相まって比較的楽に終わっているのだ。
もっとも先にも言ったが、それはあくまでも彼女の主観であって、はた目から見ればブラック企業も真っ青な仕事量なのだが、気にしてはいけない。
なお、あくまでも仮定の話であるが、もし仮にあやかが一週間仕事をしなくなった場合、冗談抜きで横島事務所は書類の海に埋もれる事になるであろう。
『3−Aの学級委員長』
さて、いよいよ最後の項目であるが、これについては皆異論はないであろう。
なにしろ、3−Aにはただでさえでも問題児が多く、おまけに問題児と言う言葉を超越している存在までいるのだ。
そんな問題児達をまとめる労力は通常の学級委員長の比ではない。
おまけにそれに加えて、本来なら学級委員長の味方であるはずの担任がアレである。
いかに直接的な被害と労力がとある少女に集中しているとはいえ、その後始末や他のクラスとの折衝、生徒指導たる新田先生の胃への心配りなど、冗談抜きで休む暇が無い位だ。
本来ならこれだけ不穏な要素の詰まったクラスは即座に問題が噴出し、下手をすると学級崩壊にいたるのが通常なのだが、そこはやはり横島事務所と同じく、彼女の手腕でもって現在の所無事運営されている。
故に、問題児に加えて問題担任を完璧に御す彼女に対する教師陣の信頼は厚く、さらにその人望は他のクラスにまで鳴り響いているくらいだ。
もっとも、その弊害として本来なら関わりの無い他のクラスからのもめごとも彼女に舞い込むのだが、基本的に人の良い彼女はそれすらも笑顔で引き受けるのである。
以上より、自覚の有る無しは抜きにして、雪広あやかがいかに過酷な学園生活を送っているか理解してくれたと思う。
正直これだけ過酷な学園生活を送りつつ、それでも本心から笑顔を絶やさない彼女はどこの菩薩か女神様かと言いたくなるほどだ。
そして今日も今日とてそんな女神に難題が降りかかるのであった。
二人?の異邦人IN麻帆良 外伝
『雪広あやかの恍惚』
「だからお願い! こっちを助けると思って」
「そう言われても、こればかりは……」
平和な平和な麻帆良学園女子中等部3−A。
そんな平和なクラスに、今日は珍しく他のクラスの生徒がやってきている。
しかも、何故かその生徒はあやかを前に手を合わせ、なにかを拝むかのように頭を下げ続けて頼みごとをしていた。
あやかは今にもお賽銭すら投げそうな彼女に対し、少々困惑気味であったが、基本的に『いい人』であるあやかはむげに断る事が出来ない。
そんな中、いい加減好奇心を刺激されたのだろうか、刹那と話し込んでいたタマモが二人の会話に割り込んできた。
「ねえ、いったいどうしたの? なにか面倒事なら手伝うわよ」
「いえ、面倒事というわけでは……」
「本当! 手伝ってくれるの!? ああ、助かったわー!」
「え、えっと……どういうこと? というか、今更だけどこの人誰?」
タマモは急に目を輝かせた彼女に思わずひるむ。
そして、困惑したようにあやかを見つめたが、あやかは首を横にふると重いため息をついた。
「この人は3−Jの学級委員長で、ソフト部の部長ですわ」
「そそ、よろしくね」
「は、はあ……うん、よろしく……で、いったいなんの騒ぎなの?」
「ああ、それはですね……」
タマモは困惑気味に差し出された手を握り、3−Jの委員長と握手をするが、その視線は説明を求めてあやかに向かう。
するとあやかは再びため息をつきながら、事の次第を説明するのであった。
「要するに、私達にソフトボール部の試合に出てもらいたいと……でもなんで私達が?」
「いやー、それがねー」
彼女の話によると、今度の試合はなんとしても負けられないらしく、それで3−Aの猛者、もとい、バケモノ達に白羽の矢が立ったようである。
考えて見れば不思議な話だが、数々の天才、超人を多数擁する麻帆良学園において、何故か球技系統は非常に弱い事で有名だ。
故に彼女は、人外の身体能力を持つ者を多数擁する3−Aのメンバーならば強力な助っ人となる。そう考えたのだろう。
「というわけで、お願いだから助けて!」
「ですから、そんなこと私に言われても……」
3−Jの委員長が神を拝むように頭を下げ、何度も頼み込む。
ここまで頼まれると、あやかとしても何とかしてあげたいのだが、いかに頼まれようとこればかりは個人の都合と言うものがあり、はいそうですかとうなずくわけにはいかない。
出来る事としたらせいぜい彼女を超人部隊に紹介するのが関の山だ。
あやかはその事を彼女に伝えようとしたが、その機先を制するように3−Jの委員長がニヤリと頬笑う。
「大丈夫、お礼はちゃんとするからさ」
「ですからそういう問題では……」
「ちなみに、お礼はこの前私達の授業でネギ先生が臨時担当したプールでの盗撮写真で――」
「詳しい話を聞かせてもらいましょう」
あまりにもあまりな展開に呆れているタマモの目の前で、なにやら邪悪な取引が成立した瞬間であった。
「……で、今にいたるっと」
「タマモさん、どうかしました?」
「なんでもない……」
あやかと3−Jの委員長との間で邪悪な条約が締結された週の週末、タマモはさんさんと輝く太陽の下、ソフトボールのユニフォームを着てグラウンドに立っていた。
当然、その隣にはやたらと気合の入ったあやかと、タマモと同じく困惑気味な刹那が並んでいる。
さらに、タマモと刹那以外にも龍宮真名、長瀬楓、クーフェイをはじめ、大河内アキラ、神楽坂アスナ、佐々木まき絵といった3−Aの超人部隊がこのグラウンドに集結していた。
まさに必勝を期したセメントなメンバーである。
正直、参加する程度であるならここまでガチなメンツをそろえる必要はない。
しかし、今回この助っ人を要請した3−Jの委員長はあやかをよく知っているらしく、参加報酬だけでなく、勝利した時の成功報酬として『ネギ先生の水着ハプニング』写真を用意していたのだ。
そのため、気合いの入りまくったあやかは金や賞品に糸目をつけず、まさに正しい金の使い方の見本を見せるかのごとく問答無用で最強メンバーをそろえたのだった。
「ところでアヤカ、対戦相手はまだなの? というか、本家のソフト部の人達は?」
「彼女達でしたら来ませんわ」
「ふーん、そっか……ってちょっと待ちなさいよ! それはいったいどういう事?」
今回あやかの提示した最上級お揚げによって見事一本釣りどころか、真名達と共に地引網で引き込まれたタマモであったが、彼女自身にやる気はあまりない。
今日の試合の主役はあくまでもソフト部であり、自分達はその助っ人、いわば脇役にすぎないのだ。
しかし、あやかの発言によってその前提条件があっさりと覆ってしまっては、彼女も黙ってはいられない
「それはもちろん、勝つためですわ!」
「いや、勝つために本職ハブってどうするのよ」
「タマモさん、残念ながら私達麻帆良学園女子中等部の部活動において、球技系の部活動は弱いのです。特に、このソフト部は言っては何ですが、その中でも最弱かと。ですから、勝つために最強の布陣を敷いたのですわ」
「それでもやりすぎじゃないの? 後で苦情や文句が来ても知らないわよ」
「そんな事はございませんわ、皆さん今回は快く座を譲っていただきましたの。今頃彼女達はバリ島あたりでバカンスを過ごしているころですわ」
「……アヤカ、気のせいか学園祭の後ぐらいから、金を使うのに躊躇しなくなってない?」
「ええ、あの時私学びましたの……やはりお金は使うべき時に正しい使い方をするべきだと! そして今回の勝利にはそれだけの価値が有りますわ!」
あやかは背後に花柄を背負い、やたらと目を輝かせながら恍惚の鼻血を垂らす。
ネギの生写真、それもきわどいポロリ系ハプニング写真を求め、いかなる苦難を乗り越えようとする彼女は実に美しく、煩悩にあふれている。
タマモは横島とあやかが同一存在で有る事を思い知りつつ、思わず天を仰いだ。
「ふふふふ、まさに今回は3−Aのベストメンバー。正直私とアスナさんが見劣りしますが、それでも勝ちは揺るぎませんわ!」
薄暗く笑うあやかにタマモを含めた全員がドン引きする中、アキラとまき絵を除く魔法関係者は思う。
アスナとてこのメンバー、特に魔法関係者から見た戦闘力は尋常ではない。そのアスナと互角の時点で、あやかも十分にバケモノであると。
そして、試合に参加する全員がこのメンバーなら全中大会でも優勝できるであろうと確信したのである。
しかし、運命の神は彼女達に容易な勝利を与えるほど、優しくはないのであった。
あやか達が己の勝利を確信し、それぞれの報酬に思いを寄せてから10分後、ついに彼女達の対戦相手が姿を現した。
彼女達は対戦相手について事前情報はほとんど持ってなく、当然ながら初めて顔を合わせることになる。
まず、相手が専用のバスでやってきた事に驚いたが、そのバスに書かれている文字が視界に入ると、彼女達は一斉に顔色を失うのであった。
「麻帆良東高校……野球部……って野球!?」
「ちょっといいんちょー! いったいどういう事ー!?」
「対戦相手が男子とは聞いていない……」
全員がしばしの間放心していたが、アスナをはじめ、まき絵とアキラがいち早く復活し、あやかを問い詰めていく。
なにしろ、相手は高校生、それも野球部だ。
おまけに、麻帆良東高といえば、夏の甲子園に出場したこともある強豪なのだ。
「ねえ、アヤカ……たしかソフトの試合だったわよね」
「わ、私も何が何だか……」
「ふ、二人ともしっかりしてください! 大丈夫です、たぶんルールはソフトボールだと思いますよ」
あやかとタマモが目を点にし、放心状態になっているのを、刹那は希望的観測を持って立ち直らせる。
しかし、現実はなお彼女達に厳しかった。
「ええ! 野球のルールで試合をするのですか!?」
「あれ、聞いてなかったの? そういう形で試合をするってそっちの部長さんに話したはずだよ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。今確認しますわ」
あやかはバスから降り、こちらに挨拶するやたらとイケメン風な部長と挨拶をかわそうとしたが、その時に告げられた話に驚愕する。
そして、即座に携帯電話を取り出すとソフト部の部長に問い合わせた。
しかし、返ってきた答えは東高の部長の言葉を肯定するもので、あやかはそれを聞くとがっくりとうなだれてしまう。
しかもそこに追い打ちをかけるように、さらなる事実が彼女を襲うのであった。
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 負けたら私達が彼らの専属マネージャーになるってどういう事ですか!? 対戦方法はともかく、そんな重要な話全然ありませんでしたよ!」
「あれ、言ってなかった?」
「そんな話を聞いてたら了承するはずがありませんわ!」
あやかは電話の向こうの相手に向かって、心の底から怒りの声を上げる。
しかし、それも当然のことだろう。
いかに煩悩の海より生れ、煩悩の海を横島と共に漂い歩くあやかであろうと、その身は女、心は乙女だ。
故に彼女は女としての尊厳を踏みにじるかのような行為に心底腹を立てていたのだ。
しかし、相手も伊達に麻帆良学園で一つのクラスまとめあげる委員長をしていない。
真相を知ったあやかが文句を言ってくるのも予想済みであり、それに対処するためのカードも当然準備していた。
「あ、ところで話はかわるけど、私の妹が実は犬上小太郎君と同級生で、ご要望があれば体操服姿の隠し撮りも可能なんだけど」
「………………………そ、そんな取引に私が応じるとでも思いですか?」
しばしの間続いた沈黙の時間、その間にあやかの脳裏には白いソックスと短パン半袖姿の小太郎が校庭を駆け回っている映像が浮かぶ。
そのあまりにも直球ドストライクな映像に、あやかは思わず鼻血が出そうになるのを押さえる。
そして、その鼻血のおかげか危うい所であやかは正気に戻り、しばしの葛藤の後に血涙を流しながらきっぱりと断った。
「えらく長い間があったわね……ともかく、それは残念だわ。せっかく来週は水泳の授業が――」
「さあ皆さん、なにをやっているのですか! 早く試合を始めますわよ!」
「――うん、快く引き受けてもらえて私も嬉しいよ」
しかし、それを見越して用意された最後の罠にあっさりと、実にあっさりと陥落したのであった。
かくして、その場の勢いとあやかの煩悩にまみれた説得の元、ついにあやか達3−A選抜と麻帆良東高野球部の試合が始まった。
「さあ野郎ども! 明日のハーレムを手に入れるためにも死ぬ気で勝つぞー!」
「うおおおおー!」
相手は当初の相手であるソフト部の少女達を明らかに凌駕する美女たちに興奮し、その士気は天にも轟かんばかりだ。
そして、我らが3−Aのメンツの士気もまた負けていない。
なにせ負けたら専属のマネージャーである、先ほどの発言も合わせて、負けたら本気で身の危険を感じるだけに、気合いの入りようもハンパではなかった。
しかし、同時にあやかをはじめとした魔法関係者は少しだけ楽観視している。
なにしろ、あやかは秘密としても、メンバー9人のうち7人が魔法関係者で、肉体的ポテンシャルは同年代どころか、そこらの大学、高校生などへでもない。
たとえ甲子園出場の実績があるチームといえど、それはあくまでも一般人としての枠なのだ。
故に自らの優位を自覚する関係者一同は、はやくもあやかが用意した賞品に思いをはせる。
しかし、その威勢も試合が始まる前までであった。
誰もが楽観視したその試合は、驚くべき事に麻帆良東高優位で進んでいた。
その原因は、今回の選抜メンバーの全員が野球のド素人であったからである。
いかに身体能力に優れ、一部の者にいたっては弾丸の動きすら見切る視力を持つ彼女達であったが、ボールに当てる事は出来きても、いかんせんそこまででしかない。
故に、ごくたまにヒットがある程度で、どうしても連打が続かず、得点にいたる事は出来ないでいた。
その一方で、対戦相手は念願の女子マネージャー獲得の欲望に燃え、一切の手加減も無く彼女達を追い詰めていく。
そして7回の裏の攻撃が終わった今、毎回得点を重ねて『12対0』という大量リードを獲得していた。
「ストラーイク! バッターアウト!」
いい加減事態を把握し、一様に全員が顔を青ざめている中、もっとも攻撃力があるために4番に座ったタマモがいともあっさりと三振した。
そして、普段の強気がどこに行ったというくらい気落ちした表情でベンチへと返ってくる。
「みんな……ごめん」
「これはさすがに……まずいか」
ムードメーカーであり、3−Aの切り札でもあるタマモの意気消沈した姿に、さすがの龍宮も額に汗を浮かべる。
周囲を見渡すと、皆タマモと同じように皆気落ちし、最初のころの威勢などどこにもない。
しかし、その中で一人だけいまだに勝利を諦めていない者がいた。
「さて、そろそろころ合いですわね……」
たとえ敗色濃厚であろうと勝利を諦めぬ者、それは3−Aのリーダーであるあやかであった。
彼女は皆が意気消沈する中に、ただ一人悠然と腕を組み、相手チームを見据えながら微笑んでいる。
敗北を目前にしても、動じた様子も見せぬ彼女の姿を前に、他のメンバーも少しだけ落ち着いて行く。
その一方で、あやかの余裕の姿に疑問を感じたアスナが話しかける。
「ねえ、いいんちょ……ひょっとしてなにか策でもあるの?」
「……ありますわ」
「ほんと!?」
「ええ、本当ですわ。正直これが僅差で負けてたらどうにもなりませんでしたが、ここまで点差が開いた以上、逆に好都合。もはや私達の勝利は揺るぎませんわ」
「えっと……それってどういうこと?」
「まあ見ていてくださいな」
あやかは悠然と笑いながらベンチから立ち上がり、審判へタイムの申請をすると相手チームのベンチへ向かって歩いて行く。
その姿、足取りに不安げな仕草は全く無く、誰もが期待の眼差しであやかを見送るのであった。
「おや? ひょっとしてギブアップ?」
あやかが相手のベンチへ到着すると、そこでは大量得点で勝利を確信し、余裕の表情を浮かべたキャプテンが出迎えた。
「ギブアップだなんてとんでもありませんわ、それよりも……7回以降のルールにつきまして少し提案がございますの」
「提案?」
「ええ、見ての通り私達は全員野球に関しては初心者ですわ。ですから、せめて残りの回は自分達の慣れ親しんだ道具を使わせていただきたいのです」
「ふむ……」
突然のあやかの提案にキャプテンは少しだけ考えるようなしぐさをする。
正直、あやかの提案を受けた所で大勢は変わる事は無いだろう。
なにしろ、野球の道具をソフトボール用に変えた所で、もはやどうにかできる点差ではないのだ。
しかし、それだけに怪しい。
普通に考えれば、何の勝算も無しにこのような提案をするはずがないのだ。
となれば、そこに何らかの勝つための策略があるはずである。
ここで一番かしこい選択は、この提案を蹴り、このまま試合を終わらせることである。
そうすれば、この美女軍団を専属のマネージャーにでき、男くさい部活がそれこそあだ○み○るの世界の様な、清く正しく甘酸っぱいスポーツラブストーリー的空間に変える事ができるのだ。
キャプテンは思わず『タ○チ』や『H○』、『クロ○ゲーム』の世界を思い浮かべ、その鼻の下を盛大に伸ばが、すぐに我に返ると、あらためてあやかの提案を断ろうと顔を上げる。
しかし、その言葉を言わせないとばかりに、あやかは次のカードを切るのであった。
「もちろん、ただでとは言いませんわ。そうですわね……今後私達が失点するごとに、私が一枚づつ脱ぐと言うのはいかがです?」
「OK! その提案のんだー!」
あやかの切った最後のカード、それはあまりにも強力だった。
キャプテンをはじめ、ベンチ入りのメンバーは全員が一斉にあやかを見つめ、そのスタイルの良さを改めて認識しつつごくりと唾を飲み込む。
そして次の瞬間、全員一致であやかの提案が可決されたのであった。
「ちょっとアヤカ! あんな約束していったいどういうつもりなのよ!」
あやかがベンチに戻ると、タマモが眦をつりあげながら彼女に詰め寄る。
どうやらタマモは妖狐故に、あやか達の会話を聞きとる事が出来たようだ。
「あらタマモさん、あんな約束とはどういうことでしょうか?」
「どういうことってアヤカが脱……」
とぼけてみせるあやかにタマモが声を張り上げようとしたその時、あやかは静かに人差し指を唇の前にかざし、タマモを黙らせる。
「大丈夫ですわ……」
「大丈夫って……でも、もし負けたら……というか追加点取られたらヤバイじゃないのよ」
「あら、タマモさんは私の素肌をみすみすあの人達にお見せするつもりですの?」
「いや、そんなつもりは無いけど。でも、正直このままじゃ無理よ。アイツら本職だけあって、私たちじゃどうにもならないわ」
「それについては、心配無用ですわ」
あやかそう言うと、改めて周囲を見渡す。
そして、彼女を不安そうに見つめるメンバーに向かって微笑んだ。
「さ、残す所はあと3回。皆さん、いよいよ反撃の時ですわ」
「いやちょっと待ちなさいよ! さっきのタマモちゃんの話はどういう意味よ! それに素肌をさらすって」
「どういう意味も何も、これから追加点が入るごとに、私が服を脱ぐだけの話ですわ」
「脱ぐだけって……いいんちょ、アンタ本気?」
今まで黙ってタマモ達のやりとりを見ていたあやかであったが、さすがに聞き捨てならなかったのか、タマモと同じようにあやかへと詰め寄る。
しかし、あやかはアスナの追及にも動じず、まるで他人事のようだ。
そんなあやかに、アスナはさらに語気を強めて問いかけようとするが、アスナを制するように龍宮が会話に割り込んできた。
「まあ待て神楽坂……委員長、さっき言っていた策というのこれのことなのか?」
「いいえ、これはあくまでも策を通すために交換条件にすぎませんわ」
「交換条件ね……ではそろそろ策と言うものを教えてもらえないか?」
「もちろんですわ、これで私達の勝利は間違いございませんわ……うふふふふ♪」
あやかは自らの勝利を微塵も疑っていないのか、はやくも勝利後の報酬を思い浮かべて微笑む。
そして、自らの策を改めてメンバーに説明していく。
「あの、タマモさん……気のせいか、今のあやかさんの笑い方、ものすごく横島さんに似てませんでした?」
「似てるどころか、完璧にアイツと同じよ。それも何か悪だくみをした時の笑い方。さすが同一存在……とはいえ、これで私達の負けは無いわね」
「ですね……横島さんの悪だくみは型にはまるととんでもないですから」
もっとも、約2名ほどあやかの頬笑みの裏に潜む煩悩に気付き、同時に別の意味でおのれの勝ちを確信するのであった。
「さて皆さん……準備はよろしいですか?」
「ああ、まかせろ。もう点はやらん」
7回の表、いよいよ3−Aの反撃が始まるかに見えた今回の事件であったが、順番的にあやか達は守備の回となるため、全員が円陣を組みつつニヤリと邪悪笑う。
そして迎えた先頭バッターであったが、以外にもあっさりと捉えられ、打球は美しいアーチを描いてライト方向へと飛んで行った。
「ライトーいったわよー!」
「まーかせてー!」
センターの守備についたタマモの掛け声に答えるのはライトを守る佐々木まき絵、しかし彼女がいかに全力で走ろうと、ボールははるか頭上を飛び越え、フェンスを超えて行こうとする。
確実なホームラン、バッターはボールを捉えた手ごたえからホームランを確信し、ゆっくりと塁を回っていく。
そして脳裏にあやかの下着姿を思い浮かべようとしたその瞬間、フェンスを越えて観客席に落下するボールにリボンが絡みつき、次いでそのボールは引き寄せられるようにまき絵の手の中へと納まったのだった。
「さすがですわまき絵さん! これでワンナウト! しまっていきますわよー!」
「ちょ、ちょっと待てー! 今のはなんだー!」
「なんだと言われましても、彼女は新体操部ですし、彼女が慣れ親しんだ道具を使っているだけですわ」
「ぐ、ぐぬぬぬ!」
当然、相手側から抗議の声があがり、キャプテンが血相を変えてあやかへと怒鳴りこんでくる。
しかし、あやかは慌てず騒がず、さも当然のことであるかのように反論するのみだ。
その結果、相手の抗議は認められずそのまま試合続行となり、すっかり調子を狂わせた野球部はいともあっさりと凡退する事となる。
そして待ちに待った反撃の時がやってきた。
「神鳴流斬岩剣!」
「ってボールが割れた!? どっちを捕ればいいんだー!」
「ネギのお馬鹿ー!」
「ハ、ハリセンでホームラン?」
「遅い!」
「待て、ボールを撃つなー!」
「はじめからこうすればよかたアル!」
「って今度は拳で!?」
「忍法……」
「待て、あんたさんぽ部じゃなかったのかー!」
あやかの策略により完全に解き放たれ、自重しなくなった3−Aのメンバーは100%の実力を発揮し、凄まじいホームラン攻勢を続けていく。
そんな中、次のバッターである大河内アキラは不安げにあやかに話しかけた。
「あの、いいんちょ……私はどうすればいいの?」
「あー、アキラは水泳部だもんね……いっそ水着で悩殺する?」
「それはイヤ」
アキラはタマモの提案に即座に首を振る。
とはいえ、タマモの言うとおり使いなれた道具と言えば水着しかないため、今回ばかりは役に立ちそうもない。
そのためアキラはがっくりと項垂れながら、バッターボックスに向かおうとする。
しかし、そんな不安げなアキラに対し、あやかは対照的なまでに自身に満ち溢れた表情でアキラの肩をつかみ、ひきとめた。
「大丈夫です、大河内さんはそのまま今まで通りでけっこうですわ」
「で、でも……それで大丈夫なの?」
「大丈夫ですわ……だって、大河内さんは今まで全打席出塁してますもの」
言われてみれば、たしかにアキラは何もいじる必要が無い。
なにしろ、長距離ヒッターにもっとも必要なのは握力である。
その握力について、アキラは人一人を握力だけでつかみ持ち上げる事が出来るのだ。
正直、現役大リーガーすら越えているだろう。
となれば後はバットにボールを当てるセンスのみ。
そのセンスもこれまでただ一人の全打席出塁で証明しているため、はっきりいってなんの心配もいらないのである。
「……わかった」
「ふう、ようやくまともなのが出てきたか……とにかくこれでアウト一つ」
その昔、ある評論家が偉大なるホームランバッターを評してこう言った。『彼はホームランの打ち損ないがヒットである』と。
何故今それを言うのか、それはその言葉がアキラにも当てはまるからである。
彼女の今までのヒットは全てホームランの打ち損ないにすぎなかったのだ。
そして今、完全に野球とういう競技を把握し、あやかのヌード阻止という使命感に燃えた彼女に死角はもはや無い。
ピッチャーの投げたボールは、吸い込まれるようにアキラの持つバットに当たり、矢のような打球は天高く舞い上がって場外の彼方へと消えていくのであった。
「う、嘘……」
呆然と空を見上げるピッチャーは、放心したようにつぶやく。
色モノ集団の中でようやく見つけたまともなプレイヤー、しかしその彼女が野球的に一番気を抜いてはいけない相手であった事は不運と言うしかない。
この段階で、3−Aは既に『12対8』その差4点にまで迫っていた。
ここでまだ彼らが落ち着きを見せ、冷静に対処していたのならその後の試合結果は変わったかもしれない。
しかし、そんな未来は次のバッターのインパクトの前に、全て砕け散ってしまったのである。
「さーて、次はいよいよ私の番ね。今度こそ手加減抜きで行くわよー!」
「いやちょっと待て! そのでっかいハンマーはなんだー!」
「同じ打撃武器なんだからゴチャゴチャ言うんじゃないわよ、それに私にとって一番使い慣れた道具と言えばコレなんだから」
「待て、バットは断じて打撃武器じゃない!」
アキラの次のバッターは前の回にあっさりと三振したタマモである。
しかし、その表情は実に生き生きとし、自前のハンマーを振るスイングの鋭さはバットの時の比ではない。
正直、手に持つのがハンマーでなく、バットであったならプロのスカウトすら唸らせる、そんな鋭いスイングであった。
「さあ、来なさい!」
「あは、あははははは……もうどうにでもなーれ!」
この段階でついにピッチャーの精神は限界を迎え、野球とういう競技を冒涜しまくるタマモ達の前にあっさりと膝を屈していく事となる。
そしてその結果、残りの4点差は実にあっさりひっくりかえされ、最終的にこの回だけで50点差という、野球にあるまじき点差をつけられた時点で、野球部全員の心は折れた。それはもう実に盛大に、折れた。
かくして、9回を待たずに力尽きた彼ら野球部は涙ながらにギブアップを宣言し、誰も要求してないのに横島が乗り移ったかのような見事な土下座を披露して、この気の毒すぎる試合は終わったのであった。
「ねえ、ところでアヤカ……今更だけど、あの試合本当に負けてたらどうするつもりだったの? それに失点したらヌードって……」
後の世に伝わる麻帆良東高野球部にとって呪われた試合が終了した後、彼らとは対照的に実に良い笑顔を浮かべた少女達は仲良く帰路についていた。
しかし、その中でタマモは納得できないものがあるのか、少しだけ顔をしかめてあやかを見る。
「大丈夫ですわ、その場合もちゃんと対策をとってましたわ」
「対策?」
「はい、少なくともあのまま試合が進んだとしても、最悪でも負けはありませんでした」
「そうなの?」
「そうですわ……それに、ヌードにしても、ああ言えばタマモさん達は全力でそれを阻止してくださるのでしょう? それを信頼してこその条件です」
「いや、まあそれは確かにそうだけどさ」
タマモはあやかの答えにいまいち納得できないのか、不満そうな顔をしてあやかを見つめる。
しかし、あやかは最後まで『負けない対策』についてタマモに説明する事は無く、そのままあやか主催で祝勝会へと突入していくのであった。
あやか達が勝利の余韻に浸り、祝勝会へと思いをはせているころ、横島調査事務所においてはその家主と、一人の教師が薄暗い部屋の中で目をらんらんと光らせていた。
「さあネギ! 準備はいいか?」
「はい、いつでも行けます!」
カーテンを閉め、灯りは数本のロウソクのみという薄暗い部屋の中、横島はネギの返事を聞くと薄気味悪く笑う。
その笑いは、くしくもあやかが試合中に見せた笑みと同じものであったが、それを知る者は誰もいない。
そしてひとしきり笑った後、彼はネギと目を合わせた。
「そうか、あやかちゃんからの連絡が無いと言う事は、試合には勝ったんだろう。しかし……」
横島はここで懐からある物を取り出し、それを壁に向かって振り上げる。
それと同時にネギもまた横島と同じように、壁に向かってあるものを振り下ろすのであった。
「おのれ麻帆良東高野球部、俺のタマモと刹那ちゃんを専属マネにだと? 許さん、絶対に許さんぞー!」
「僕の生徒の自由を束縛し、専属のマネージャーにするなんて許せません! ファラリス様の名にかけて報いをうけてもらいます!」
霊能者であり、神すら呪える横島。
横島と付き合い、怨嗟の声を上げるうちに神の名のもとに怨念を自由に制御できるようになったネギ。
今や日本どころか世界を凌駕する呪いマスターとなった二人は、私怨と神の名のもとに壁に掛けられたワラ人形に釘を打ち込んでいく。
そしてその瞬間、麻帆良のどこかで麻帆良東高野球部のメンバーの断末魔の声が響き渡ったのであった。
本来、彼らが呪うのはあやかから連絡があった時のみという話なのだが、どうやら怒りが限界を超え、お仕置きモードに移行しているようである。
「なんで東の魔法使いの方が西のヤツらより呪いが上手いんやろうな……というかウチの事務所で一番えげつないの、実はあやか姉ちゃんやったんか?」
あまりにも恐ろしい光景を前に、それを黙って見ていた小太郎は二人から漏れ出る怨念に寒気を覚える。
そして、同時に勝つために手段を選ばず、それこそネギの義憤すら上手く誘導して呪い、勝利を手にしようとするあやかに、言い知れぬ戦慄を覚えるのであった。
勝つために必要とあらば金も努力も、そして霊能と魔法すら駆使するあやか。
横島とタマモにかかわった事によって一番性格が変わったのは、ネギや木乃香ではなく、実は彼女であったのかもしれない。
end
Top
小説のメニューへ戻る