ここは暗闇に包まれたどことも知れぬ空間。そこでは何一つ物音もなく、空気の動きもないまさに死の世界。だが、その死の世界に突如として二つの光が現れ、その空間を光で満たしていく。
 幻想的な光の乱舞はその後5分近く続き、やがてその光はとある方向へと一直線に向かっていく。

 光の向かう先、そこに突如として巨大な劇場のようなものが浮かび上がる。その劇場は暗闇の中でも遠目からもはっきりとわかる程壮麗にライトアップされ、その周りにはおそらく観客であおうか、幾人もの人々が群がり、その脇ではダフ屋のようなものまでいる。
 どうやら本日の演目はかなり人気があるようだ。そして二つの光はまさにその劇場へと向かっていた。

 空を一直線に飛ぶ光はやがて劇場の巨大な門をくぐり、ともすれば音速にも達しようかというスピードで舞台周りの観客を蹴散らし、やがて地響きと共に舞台の脇、語部の席へと突入したのだった。


<ふう、なんとか間に合いましたね>


 光の一つ、前に立てばひれ伏さずにはいられない神々しさを纏い、現実世界においては何故か同じ地域から発祥した別系統の信徒達から絶対的に敵視されている神が姿を現す。


<そもそもキーやんが執務室から逃亡せんかったらこんなに慌てずにすんだんやけどな>


 さらにもう一つの光、その前に立てば思わず上方漫才を披露せずにはいられなくなるような、最上級のボケと突っ込みを併せ持つ関西弁の魔王が姿を現した。


<だってここ最近本当に仕事ばかりだったんですよ、ちょっとは息抜きしないと体が持ちませんよ>

<そりゃ確かにそうやけどな、まあその辺は後で横島の坊主で遊んで息抜きしようや>


 二人は日々の執務の愚痴を言い合いながら、一人の青年を生贄にすることに決めると改めて自分の役割を思い出したのか語部の席に腰を下ろす。
 そしてそれが合図であったかのように劇場内に場を盛り上げる音楽が鳴り響き、観客達が待ち望んだ劇の始まりを告げるのだった。


<さて、それではまもなく開演でございます、皆様ごゆるりとお楽しみください>

<語りは今回もワイとキーやんでいくで>

<今回の演目は皆様おなじみ『ヤマタノオロチ』でございます>

<ほんじゃま、みんなあんじょう楽しんでいってやー>


 二人の口上が終わると開演のベルが鳴り響き、舞台の幕がゆっくりと上げられていく。







<で、時に皆さん何故寝てるんですか?>

<もうすぐ始まるでー>


 二人の語部は幕が上がるのに一向に拍手もせず、ただひたすらに静かな観客席を不思議そうに見渡す。

 二人の視線の先には開演するのが待ちくたびれたのだろうか、大勢の観客達が死屍累々といた感じで横たわっていた。
 しかし、二人の声が聞こえたのだろうか、観客の一人がピクリと体を動かすと、それに連動するかのごとく一人、また一人と起き上がっていく。
 そして全ての観客が目を覚まし、ゆっくりと起き上がった時にそれは起こった。


「あんたらのせいだろうがー!」


「密閉空間でソニックブーム引き起こしてんじゃねー!」



 倒れていた観客達、その原因は二人が音速を超えて劇場内に突入した事により引き起こされたソニックブームだった。

 観客達は手にしていた銃火器はもとより、魔法や霊能を駆使して二人に攻撃を叩き込む。
 
 ここに神魔の最高指導者 VS 観客(魔族、神族のほぼすべて)による最終戦争が勃発したのだった。



二人?の異邦人IN麻帆良 番外編 「世界迷作劇場2」







<時ははるかなる昔、太平洋の西の端にうかぶ弓状列島が形成されたころです>

<そこには高天原っちゅー神の世界に、スサノオという神がおったんや>

<このスサノオという神がまた粗暴な上に、とんでもなく強いもんですから他の神々はほとほと困っていたのです>

<なんせ弓状列島最大にして最強の荒神やからなー、さぞかし大変やったろう>


 二人はスサノオ誕生秘話を語りながら、まるで当時をしのぶかのように目を閉じる。


<そうなんですよ、この前なんか5千年ぶりにスサノオがアマテラス、ツクヨミコンビと壮絶な兄弟喧嘩をやらかして……>

<そんなんあったんか>


 魔王にとっては人事のようだが、もう一人の語部にとっては同じ神界に住む関係上リアルタイムで本当のスサノオと過ごしているため、彼が引き起こす騒動に胃をいためているようだ。


<はい、その喧嘩を収めるためにオオクニヌシを筆頭にタケミカヅチやタケミナカタ、はては毘沙門天と不動明王と阿修羅まで動員してやっと収めたんですから>

<く、国津神の主神と天津神、はては仏教系の武神総動員やないか……ちなみに原因はなんや?>


 魔王こと、サっちゃんは日本神話を彩るまさにオールジャパンと呼んでも差し支えないメンバーに絶句すると共に、それだけのメンバーをそろえなければならなかった騒動の原因に思いをめぐらす。
 なにせ神道と仏教の武神がほぼ総動員されたのだ、下手をすれば神族同士での内乱となり、ひいてはそれを好機と見た魔族が蠢動する恐れもあるのだ。
 それだけに魔王は頭の中でデタント反対派の急先鋒をリストアップしていく。

 だが、それはまたくの杞憂であった。
 なぜなら――


<なんでもオヤツのケーキの分配でもめたらしいですよ……>


 ――あまりにも情けない喧嘩の原因であったのだから。


<……なあ、キーやん>

<なんですか?>

<神の世界も大変やなー、つかむしろ魔界のほうが治安いいんとちゃうか?>

<言わないでください。時々なにもかも投げ出してこう……いっそのことラストハルマゲドンでも起こしてしまおうかと……クククククク>

<は、はよ本編いこか……ほんじゃまスサノオはんでばんやでー>


 魔王は相方のストレスに涙しながらも、これ以上この話題はヤバイと本能的に悟り、強引に話を進めるのだった。







「いや、もういいんだけどね……やっぱりアタシってこういう役柄なわけなのね」


 舞台の上、そのスポットライトの中心には長い髪を二つに纏めた少女が所在なさげにたたずんでいた。


<いいじゃないですかアスナさん、粗暴で乱暴で狂暴なアナタにはピッタリじゃないですか>

「誰が粗暴で乱暴で狂暴なお猿よー!!!!」


 神ことキーやん曰く粗暴で乱暴で凶暴な少女、スサノオ役の神楽坂アスナが舞台の上で剣を抜き放ちながら語部を威嚇する。
 そのさまはまさに凶暴の一言であり、彼女ならばきっとスサノオの粗野さ、獰猛さ、そして凶暴さを余すことなく表現してくれるだろう。


<いや、さすがにお猿までは言うてへんで……否定はせんっちゅーより否定できんけどな>

「ちょっとは否定しなさいよー!」

<せやかてなー、前回はワイらの説明を全く聞かずに雪広の嬢ちゃんと喧嘩するし>

<本編では、ネギ先生やエヴァンジェリンさんのようなお子様相手でも本当に容赦なく蹴りを叩き込んでましたしねー。正直否定する要素が……>

「ちょっと待ちなさい! ネギはともかく、なんで600歳越えてるエヴァちゃんがお子様なのよー!」


 語部達のあまりの物言いにアスナは怒りに震えていた。しかもネギはともかく、見かけは確かにお子様だが600歳を越えているエヴァに蹴りを叩き込んだ事を児童虐待として責められたら正直たまったものではない。
 それだけにアスナは己の存在意義をかけ、手にした剣を振り回しながら語部達に抗議する。


<600歳ってまごうことなきお子様じゃないですか>

<せめて10万年ぐらい生きてから文句言うてや>

「10万年って人間がそんなに生きていられるかー! ていうかそこの神っぽい人は生まれてから2000年ぐらいじゃなかったのー!」

<まあ、些細なことはいいじゃないですか。はい、アスナさんこれ小道具です>


 人間と神の時間間隔の差に打ちひしがれていたアスナに、語部はいい加減話を進めようと考えたのか手を叩き、それを合図として舞台の袖からとある小道具がアスナに手渡された。


「な、なによこれ……」


 アスナは黒子が引っ張ってきた小道具を呆然と見上げながらつぶやく。


<馬やな……しっかし見事な芦毛の馬やなー、後足の筋肉もしっかりついとるし>

<なんでも現役時代はすごかった馬ですからねー、芦毛の怪物って呼ばれたほどですよ>


 語部の片方の沈黙と共に、観客席の中の人々――特に耳に赤鉛筆を挟んでいる集団――がピクリと肩を震わせる。
 そして沈黙していたサッちゃんは、先ほどからアスナに向けてなにやら期待のこもった眼差しをむける相方に恐るおそる話しかけた。


<キーやん、現役時代ってまさかコレはオグリ……>

<いやー、私としては本当はマック君やブルボン君とかディープ君とかが良かったんですけどね、警戒が厳重でこの馬しか……でもこの馬でも十分豪華ゲストです>

<いや、豪華って……つか、この後この馬をどうするのか知ってて言うとるんか?>

<そんなの当然じゃないですか>


 キーやんはサッちゃんの言わんとすることを悟ったのか、サッちゃんのセリフをさえぎると実にいい笑顔を彼に向ける。
 その笑顔には一点の曇りもなく、罪の意識など微塵もないかのようであった。

 一方、普通の女子中学生であるアスナは、つぶらな瞳で自分を見つめている馬の価値などわかるはずもなく、ただものめずらしげにその馬を眺めているだけであった。


「で、なんか知らないけどこれをどうするの?」


 しばらくの後、アスナは馬の毛をいじくりながら、先ほどからなにやらよくわからない競馬談義を行っている語部達を見つめていたが、いいかげん痺れを切らしたのか二人に先を促した。
 そこでようやく喧々囂々の口論を繰り広げていた二人はアスナのことを思い出し、なにやら酷く疲れたような気配の漂う魔王を慰めながらキーやんはアスナに役どころを説明していくのだった。


<あ、すみませんでした、向こうに機織娘たちの小屋がありますから、そこにこれを投げ込んじゃってください。それはもう思いっきり>

「ちょっと! なんでそんなことしないといけないのよ! それにか弱い私がそんなことできるわけないでしょ……ってそこの魔王さん、一体何やってんのよ」


 アスナがジト目で見つめる先には、亜空間からなにやら辞書のようなものを取り出したサっちゃんがいた。


<いやな、ちょっと『か弱い』って言葉の意味をアカシックレコードで調べようと思ってな……もしかしたらワイの知らない寓意でもあるんかと>

<サッちゃん、アスナさんが『か弱い』かどうかなんてこの際些細なことです。それにどうせアスナさんのことは雄々しいとか、勇ましいって書かれてますから調べるだけムダですよ。それよりも時間が押してるんですからやっちゃってください>


 アカシックレコード。それはこの世の過去、現在、未来、それこそこの宇宙の全てが記載されている記録である。
 どうやらサッちゃんはアスナのセリフの中で、どうにも納得できないものがあったようだ。

 アスナは二人のやりとりを聞くとその拳を震わせる。どうやら怒り心頭に来ているらしい。
 そしてその怒りのあまり傍らにいた馬の手綱をむんずと引っつかみ、ジャイアントスイングのように振り回す。

 たぎる怒りは乙女の怒り、あふれる血潮はマグマのごとく、みなぎる力は戦闘力1億、今ならきっとフリーザとすら戦える。目標は乙女の敵、神と魔王の名を騙る不届き者、今ここにターゲットロックオン。
 アスナは馬を振り回す速度を上げ、その遠心力が最高潮に達すると目標に向けて手綱を解き放った。


「……黙って聞いてれば人のことを……もう、こうなりゃヤケよ! ふんぬうりゃあああああああ!!!」

<<げはあー!>>


 アスナの放った馬は狙いたがわず一直線に語部にぶち当たり、そして全く勢いを殺すことなく二人を巻き込んだまま機織小屋をぶち破るのと同時に、まるでタイミングを見計らったかのように幕が下りるのだった。








<スサノオの高天原での乱暴狼藉は目にあまり、とうとう先のオグリ……ゲフゲフ、先の機織小屋へ馬を投げ込んだ事件により、太陽をつかさどる神、アマテラスは嘆き悲しみました>

<むしろ本当に神への狼藉もやっっとったしな>


 しばしの間幕の向こうで衛生兵を呼ぶ悲痛な声がしていたが、その声もやがて静まり、再び幕が上がると語り部達は何事も無く次の場面の説明を繰り広げる。
 そしてその脇、舞台の上ではおそらくアマテラス役なのだろうか、やたら古風な巫女の格好をした那波ちづるがたたずんでいる。
 
 本来ならこの場面でアマテラスはスサノオの乱暴狼藉に恐れおののき、悲しみにくれるのだが――


「あらあら、アスナさんったらオテンバねー」


 ――彼女は慈母の様な笑みを浮かべたまま手を胸の所であわせている。それはまるで弟の悪戯を叱る姉のような気軽さであった。


<ちづるの嬢ちゃん……アレをオテンバの一言で片付けるのはどうかと思うんやが>

「そうなんですか?」

<いや、そこでそうなんですか? と聞かれてもこっちとしては返事に困るんですが……やはり委員長のほうが適任でしたかねー」


 彼女としてはまったく邪気の無いことなのであろうが、役柄にそぐわないこと著しい。
 それだけにキーやんは自分の人選ミスを嘆いたのだが――


「何かいいましたか……」


 ――その余計な一言が眠れる夜叉を呼び起こしたようである。
 そのあまりの迫力に語り部はおろか、観客席も含めて会場全体が水を打ったように静まり返る。
 そしてその静けさを打ち破ったのは、その原因を作った語り部、キーやんであった。


<いえ、なんでもありません! やはりちづるさんしかこの役は無理です!!>

「ほほほ、そんなおだてたってなにも出ませんよ」


 キーやんが思わず直立不動の姿勢をとり、今にも敬礼でもしそうな勢いでちづるの機嫌を取ると、当の本人は何事も無かったようにもとの慈母のような笑みを浮かべる。 
 と、同時に観客席からも盛大なため息がもれるのだった。


<サっちゃん……いまの見ましたか?>

<お、おなごはやっぱおっそろしいなー、一瞬鬼子母神が現界したかと思ったで>

<鬼子母神ですか、言いえて妙ですね。彼女は子供好きでも有りますし……>

「何か?」

<<い、いえ何でもありません! どうか劇を続けてくださいませ!>>


 再び夜叉が降臨しそうな気配を感じたのか、二人はまたも直立不動の姿勢をとり、今度こそ敬礼をしながらちづるを促すのだった。


「そうですか、では……ああ、スサノオよ我が弟ながらなんと言うことを!」


 夜叉の降臨を免れた事に安堵ししている語部を他所に、ちづるは胸のところで両手を組み、膝を突きながら天に向かって嘆き悲しむ。
 その仕草はまさに弟の暴虐に悲しむ一人の女神となり、ちづるはアマテラスの姿を完璧に演じきっていた。








「……ここは姉として責任を取るためにもスサノオのお嫁に」



 最後にまるで名案だといわんばかりに、手を叩きながら笑顔でほざくまではの話であるのだが。


<ちょっとまちーや! なんでそこでお嫁になんつー発言がでるんや!>


 突っ込み一番、ボケ二番、三度の飯より笑いを取る。この世の全ての笑いを司る関西人テイスト著しいサっちゃんが、ちづるのボケに対して光速の突込みを決める。
 だが、サっちゃんにとって敵はあまりにも強大だった。


「いえ、なんとなく、それに責任を取るといえばやはり結婚を前提に……」

<いや責任の意味が違うっちゅーに!>

「では切腹でしょうか? それでは介錯をお願いします」


 ちづるがそう言った次の瞬間、何故か舞台の袖から多数の黒子が現れ、呆然とするサっちゃんの前でなにやらセットを作り上げていく。
 そして準備が整ったのか黒子が一斉に舞台から消え去ると、そこには舞台を埋め尽くす桜吹雪、さらには白州の上に畳一枚、そしていつの間にか白装束に着替えて小柄を腹に当て切腹しようとするちづるの姿があった。
 だが、その中でも極めつけはこれまたいつの間にか陣羽織を纏い、その手にもつ日本刀を大上段に掲げて介錯をしようとするキーやんであった。
 

<その小柄とセットは何時の間に! つーかそもそも切腹も違うやろーが! それにキーやん、なに本当に介錯しようとしとるんやー!>

<突っ込みどころが多いと大変ですねー>

「まったくねー」

<誰のせいやと思うとるんや! 本来こういうのは横っちやタマモの嬢ちゃんの役やで>

「ほほほほほ、それでは冗談はこれぐらいにして天の岩戸へ行って来ますね」

<確信犯かいワレー!!>

「ほほほほほほほほ」

<むう……魔王を手玉に取るとはなかなかやりますねー>


 あまりにも突っ込みどころが多かったせいか、突っ込み終わったサっちゃんはゼイゼイと息を切らせ、傍らにおいていた水を一気に飲み干す。
 だが、そこにまるで追い討ちでもかけるかのようにちづるの残酷な一言が消耗したサっちゃんを貫いた。どうやら今までのちづるのやり取りは完璧に確信犯のようである。
 そして観客達は魔王を手玉に取ったちづるに驚愕と賞賛の拍手を送ると共に、完璧に遊ばれたサっちゃんの哀れさにそっと涙するのだった。





<つ、疲れた……>

<まあまあサっちゃん、ほら場面が変わりましたよ。ナレーション続けましょう>


 あの後サっちゃんは全ての体力を使い果たしたかのごとく地に突っ伏していたが、相方に促されるままよろよろと起き上がる。
 そして自分を見つめる観客を見渡して咳払いを一つつくと、何事もなかったかのようにおもむろにナレーションを続けるのだった。


<せ、せやな……ゴホン、スサノオの暴虐にえろー悲しんだアマテラスは天の岩戸へ駆け込み、出てこなくなったんや>

<今風に言うとひきこもりってやつですね>

<なんちゅーか神秘性の欠片ものーなるな>

<ではニートでしょうか?>


 日本神話に真っ向から喧嘩を売ってるのに等しいキーやんの発言に、観客席の神道系の神々から殺気が叩きつけられるがそこは腐っても鯛、キーやんは気にした風もない。
 そしてもはや物理レベルに干渉し始めた殺気に、サっちゃんは冷や汗を流しながらなんとか場を誤魔化そうとナレーションを続けるのだった。


<……ともかくアマテラスが天の岩戸に引きこもったもんやから、高天原から太陽が消えて永遠の夜の国となっちまったんや>

<そして高天原の神々はアマテラスを岩戸から出そうと、ありとあらゆることをするんやが一向に出てきませんでした>

<ほいで神々は、高天原の知恵袋のヤゴコロオモイカネに知恵を借りようとしたんや>


 観客席の殺気をひしひしと感じながらサっちゃんはなんとかナレーションを続け、その口上が終わると同時に幕があがる。
 その幕の向こうでは、時代考証を完璧に無視したどこか悪の科学者の研究室のような風景が広がっていた。



「ねえねえ、ハカセ……じゃなくてオモイカネ。ちづ姉……じゃなくてアマテラス様を岩戸から出すいい知恵はないの?」

「うーんそうですねー……あ、村上さんそこのスパナ取ってください」

「え、これ? ところで何作ってるの?」


 その研究所では天津神の知恵袋、知恵を司るヤゴコロオモイカネに扮したハカセと、その助手Aに扮する村上夏美がなにやら巨大な装置の前で何かを作っていた。
 そしてハカセは夏美の質問を受けると、嬉々とした表情で夏美に向き直ると片手にドライバーを掲げたまま天に拳を突き上げる。


「フフフフフ、こんなこともあろうかと! そう、こんなこともあろうかと!」

「こんなこともあろうかと?」


 ハカセはこれこそ科学者の本懐と言わんばかりに力を込めると、背後に雷光を映し出しながら叫ぶ。
 その様はまさにマッドサイエンティスト、彼女ならさぞかしGS世界のドクターカオスと息があった事であろう。






「岩戸を爆砕するために、ちょっとウランを手に入れときましたからその爆弾を……」



<何を作るつもりですかハカセさん!>

<核の炎を上げてどうするつもりなんやー! 太古の世界がいきなり世紀末救世主伝説な世界になっちまうやろーが!>

「というか岩戸ごとちづ姉と私達も炎に包まれるー!!」


 ハカセはどうやらアマテラスを封じた天の岩戸を爆砕するつもりのようだ。


「だってこの爆弾は材料さえあればすっごく作るの簡単なんですよ……難しいのは制御と小型化だけですし」


 ハカセは語部達の怒涛の突込みを受け不満そうな表情をする。
 彼女としてはより確実に天の岩戸を爆砕する方法を選んだ結果なのだが、もしハカセの作る爆弾を使用した場合、確実に天岩戸ごとアマテラスはおろか神々の世界が崩壊するであろう。
 これはある意味『目的のためには手段を選ばず、その手段に熱中するあまり目的を忘れる』というマッドサイエンティストの基本を抑えた実に彼女らしい意見とも言えよう。


<ともかくそれは却下です! この前のネギ君じゃないんですから爆破はダメ! というかシナリオ読んでますか貴方?>

「ちぇ、しょうがないな……じゃあ続きは本編で作りましょうか。あ、茶々丸ーウランを研究室まで持って行っといてー」

<<没収ー!>>

「あー高かったのにー!!!」


 その後、ハカセの悲痛な声と共に幕が下りると、なにやら耐放射能防護服を着込んだ集団が慎重に爆弾を舞台から下ろすのだった。





<マッドサイエンティストって怖いなー>

<まったくです、というかどういう入手ルートでアレを手に入れたんでしょうか?>

<気にせんとこーや……後でウチとこのチェルノボーグに命令書だしてルート潰しとくさかい>

<くれぐれもよろしくお願いしますね……ともかく続けましょう>


 幕が下りてより5分後、なにやら幕の向こうでひと騒動があったようだが、それも現在は収まり次の舞台が整ったようだ。
 そしてキーやんの合図と共に幕が上がると、そこにはなにやら宴席のようなものが設けられていた。


<オモイカネの案とは、岩戸の前で飲んで騒げばアマテラスは好奇心に負けて岩戸を開く、その時に岩戸を強引にこじ開けてしまおうと言う案です>

<現実にも使えそうな案やな、というか弓状列島には神代から引きこもり対策が神話として示されとるわけか……>

<まあ、それはともかく神々はその案を聞くとすぐに宴を始めました。豪華な食べ物、美味しい酒、そして扇情的な格好で踊るアメノウズメ、神々はにぎやかに騒ぎ出しました>


 二人の口上が終わると舞台の一角に光が集まり、そこには黒髪を側頭部で一纏めにした少女がなにやら手で体を隠すように抱きしめてたたずんでいた。


「……」


 その少女は舞台が始まっているにもかかわらず、無言のまま語部の二人をまるで親の仇のごとく睨みつけている。
 だが、その視線は仮にも神魔の最高指導者にとってはそよ風にも等しいのか、二人には気にした風もなくその少女に先を促すのだった。


<おや、刹那さん。あなたはアメノウズメの役なんですからはやく踊らないと。恥かしがってる暇はありませんよ>


 刹那はあまりといえばあまりの物言いに顔をうつむかせるとプルプルと震えだす。
 おそらく怒りに必死に耐えているのであろうが、やがて顔を上げるともはや耐え切れないとばかりに猛然と二人に抗議するのだった。


「なんで私がアメノウズメの役なんですかー! それにこの服ほとんど布がない上に透けてますー!」


 刹那のまとう服、それは長い帯のようなもので胸と腰周りを隠し、それに上から羽織るような薄く透き通るような衣を纏っている。
 その姿はまさに女神という感じではある。だが、極めて普通の羞恥心を持つ刹那にとっては、この服はもはや拷問にも等しいとも言えよう。

 
<別にいいじゃないですか、一応配役上回りは全員女性ですし。それに万が一の事も考えてギリシャ神話系の神たちは呼んでいませんから安心してください>


 この場合、確かに人間の女に手を出す事で有名なギリシャ神話系の神々を締め出したキーやんの判断は正しいといえよう。実際もしこの場にその神々がいたら、間違いなく刹那はその場でお持ち帰りされていたことであろう。
 しかし、いくらこの場にいるのが人間に興味のない神魔だけといえども、刹那にとってそれはなんの慰めにもならない。
 それだけに刹那はさらなる抗議を行おうとしたのだが、そこに新たなる爆弾が投入されるのだった。


<なんでしたら横島さんも呼びましょうか? きっと喜びますよ>

「な、なななななな!!!」


 そう、それは横島忠夫という爆弾。今の刹那にとって彼は自分でもどう表現していいかわからないが、とにかく今一番気になる異性の名であった。
 刹那はその名を聞いた瞬間に今まで以上に頬を染める。そしてそこに追い討ちをかけるように二人の声が響き渡るのだった。


<一つ不満があるとすれば、もうちょっと胸にボリュームがあれば確実に横っちが暴走して面白いことになってたんやがなー>

<あ、それは面白そうですね。では横島さんに刹那さんが大人に見える幻覚かけときましょう>

<おお、ナイスアイディア! 刹那の嬢ちゃんもそれでいいやろ? この前横っちとまんざらでもなさそうやったし、ほんでそのまま勢いで告白したらええやん>


 顔を染めてうつむく刹那を他所に、二人は刹那をからかい続ける。そしてそれが最高潮に達した時、うつむいていた刹那からなにやら音が響いた。

 

 ブチ!



 それは何かが切れる音だった。そしてその音が意味するもの、それはまさに女性神鳴流剣士の全てが解放された事を意味する。


「ひ、人の気も知らずにこの人達は……」


 刹那は声を押し殺し、いつの間にか手にした夕凪をゆっくりと抜き放つ。
 舞台の照明に照らされた夕凪は、その主の異様な雰囲気もあいまって血に飢えた妖刀のごとく妖しく光り輝く。
 そして刹那は夕凪をゆっくりと大上段に構えると、いまだに自分を肴に盛り上がってる二人に向けて必殺の剣を叩き込むのだった。


「うふふふふふ、喰らえ乙女の怒り! 神鳴流奥義斬魔剣ー!」

<<ぐはああああああ!!!!!>>


 刹那の奥義をまともに喰らった二人は、もろともに抱き合いながら吹き飛ばされ、キーやんはまるで十字架に磔にされたかのごとく両腕を広げて壁にめり込み、そしてサっちゃんはそのキーやんに体ごと剣を突き刺すかのような体勢で同じく壁にめり込んだ。
 その絵面はまるで神と悪魔の最後を描いた絵画のようであり、そのあまりのすばらしさに観客達からは惜しみのない拍手とおひねりが二人に向けて投げられていくのだった。


「まったく……告白とかせまるだとか、そういうのは私の心の整理がついてから改めて自分の意思でやります! とにかく今はそっとして置いてください」


 刹那は夕凪を鞘に収めると、反応の無い二人に言い放ち、舞台の袖へと消えてゆくのだった。









<あたたた、けっこういい感じの気がこもってたなー>

<なかなかいい素材ですねー、将来が楽しみです>


 しばらくの後、黒子によって救出された二人はいまだにダメージが抜けきっていないのか、点滴を打ちながらナレーションを続けている。
 正直、最初で最後かもしれない観客達へのサービスショットが無くなったのは痛いが、物語はまだまだ続くのだ、これぐらいで根を上げるわけには行かない。
 その責任感、根性はたしかに神魔の最高指導者たるにふさわしいと言えるのだが、どこかベクトルが間違った方向に向かっていると思うのはきっと気のせいだろう。

 ともかく、二人は改めて台本を手にすると次のシーン『岩戸をあけるダチカラオ』を読み上げようとした時、その背後からポンと手を叩く音と共にのほほんとした声が聞こえてきた。


「桜咲さんったら顔を真っ赤にして……可愛いかったわー」

<あの顔で横島さんに迫れば、かなりいけそうなんですけどねー>

<特に最近キーやんの暗躍や、タマモの嬢ちゃんの積極的アタックのおかげで守備範囲が低年齢化しとるみたいやからな、堕ちるのも時間の問題やろう……>


 二人は後ろを振り返ることなく、おもちゃたる横島がどんな騒動を引き起こすのかを想像し、にんまりと頬を緩める。
 だが、二人はその途中で聞こえてきた声の正体に気付いたのか、ゆっくりと後ろに振り返った。


<あー……一つ聞いてええか?>

「なんでしょう?」


 サっちゃんは背後にいた人物を確認すると、まるで頭痛に耐えるかのように片手で頭を抑える。さらにその脇でキーやんは机に突っ伏したまま虚ろに笑い声を響かせていた。


<なんでちずるの嬢ちゃんがここにいるんや? 次のシーンは岩戸の中におらんとダメやろうが>

「いえ、最初は岩戸の中にいたんですが、なにやら皆さんが桜咲さんと楽しそうにしていらしたので気になりまして……ダメでしたか?」


 ちづるは小首をかしげ、右手の人差し指を顎のところに当てると上目遣いでサっちゃんを見上げる。
 その仕草はもしこの場に横島がいたら、例えロリコンという十字架を背負う事になっても迷うことなく彼女に飛び掛っていただろう。事実、その仕草を直視した観客達は一様に萌えつき、観客席で死屍累々の屍を晒している。それほどまでに彼女の視線と仕草は破壊力に満ちていたのだ。
 だが、同じように直視した中でも、サっちゃんとキーやんはその魅了の魔法ともいえる視線を完璧にレジストし、あまりにも邪気の無い彼女に別の意味で燃え尽きていた。


<こ、この人は……>

<シナリオが崩壊してもーたな、どないしよう……>


 二人は気付いていた。この場にちづるがいるということは、この高天原のシーンにおけるクライマックスともいえるアマテラス救出のシーンが崩壊したという事を意味している。
 それがわかるだけに二人は崩壊したシナリオをどのように進めるか頭を悩ましていたのだが、この時キーやんの頭に天啓ともいえるアイディア閃いた。


<サっちゃん、今さっきちづるさんがなんて言ったか覚えてます?>

<ん? なんやワイらと刹那の嬢ちゃんが楽しくしとったからそれで岩戸から出てきたっちゅーとったな。けどそれがどないしたんや?>


 サっちゃんはキーやんの言わんとすることが見えてこないのか、不思議そうな顔をする。


<いえ、それこそが重要なんです。シナリオにはこうあります『アマテラスはアメノウズメと神々が楽しそうにしていたのが気になり、天の岩戸を開けて外を確認する』と……」

<それで?>

<いいですか、ここで言うアメノウズメは刹那さん、そして楽しく騒いでいた神々とは私達、そしてそれが気になって出てきたアマテラスことちづるさん。ほら、こう考えれば……>

<そうか! シナリオはまだ崩壊しとらんのか!>

<そうなんです>


 二人はシナリオの流れがまだ生きている事に気付くと、やおら元気を取り戻し、改めてナレーションを続けようとする。
 しかし、キーやんの示した流れにはたった一つだけ致命的な欠陥があった。それは――


「あのー、ワッシの出番はまだですかノー……」


 ――相撲取りの姿をした影の薄い大男、その色々と矛盾した宿命をもつ虎が扮するダチカラオの出番が無いという事であった。
 そしてその虎は舞台の袖から一向にやってこない自分の出番を待ち続け、期待に満ちた目で二人の語部を見つめている。


<あー……どないしょうか、この虎?>

<まあ、結果としてシナリオが進んでる以上、ダチカラオのシーンは省きますか>

<せやな……ちと不憫やが帰ってもらうか……>

「ちょっとまったワッシの出番<では送り返しますよ、さよーならー>」


 虎の最後の雄たけびを聞かなかったことにした二人は、多数の黒子に神輿のごとく担がれて退場していく虎にそっと涙するのだった。





<さて、アマテラスが岩戸から出たおかげで高天原に太陽が戻ってきました>

<それで神々はアマテラスの引きこもりの原因、スサノオを地上に追放したんや>


 舞台の裏でなにやら出番を求める虎の悲痛な声が響く中、まるでそれが聞こえないかのように語部は話を進めていく。


<しかしそこは歩くトラブルメーカー、その面目躍如のごとく問題にぶち当たります>

<下界に追放されたスサノオは、人間達の村に入ると一組の夫婦が娘をかこんで泣いたのを見つけたんや>


 二人の口上が終わると、スサノオに扮するアスナが舞台の袖から現れ、舞台中央でなにやら小さな女の子を抱きしめながら泣いている夫婦に近付いていく。


「ねえ、そこの人。なんで泣いてるの?」

「おお、これはお侍様、良くぞ聞いてくれました」

「横島……この時代に侍なんていないわよ」


 舞台で泣いている夫婦、それは横島とタマモであった。
 タマモはなにやら時代劇でよく聞くフレーズをのたまう横島に軽く突っ込みを入れつつ、自分達を興味深げに見つめるアスナを見返した。


「あなたは誰? 見たところ人間じゃないみたいだけど」

「ん? タマモちゃん何冗談言ってるのよ、私を忘れたの? もしかして若ボケ?」


 アスナは自分のことを忘れたかのごとく質問してくるタマモに呆れたような視線を返す。
 それを聞いたタマモは額にピキリと青筋を浮かばせながらアスナを睨みつけた。


「い・い・か・ら、とっととセリフを言いなさいアスナ! ていうか誰が若ボケよー!」


 アスナはタマモのあまりの迫力に後ずさりながら、昨夜必死で覚えたセリフ、自分が高天原を追放されたスサノオという神だと答えていく。


「そう、あなたがあの有名なスサノオ様。ああ、これで私達は助かったわ!」

「あ、あのー、助かったっていったいなにが……」

「ああ、実はこの地にはオロチっていう化物がいてな、それが毎年若い娘をよこせと……そして今年は最後の娘の番なんだ。しっかし……神話といえ羨ましいぞー! 毎年若い姉ちゃんを物にしていくだなんてうらやましギャッ!」


 なにやら不穏当なセリフを言いかけた横島の足をタマモは全体重をかけて踏み抜き、その口を強引に閉じさせる。
 そしてアスナはそんな二人を冷や汗をかきながら見つめていたが、ここで先ほどからずっと泣いている少女に目を向けた。

 その少女は小柄で、まるで子供のように先ほどからずっと泣いている。
 おそらく身長から考えるにこの娘は鳴滝姉妹のどちらかであろうが、その演技は実にうまく、まるで本当に泣いているかのようであった。


「ねえ、私がオロチを退治してあげようか?」


 アスナは少女の正面に回りこみながら腰をかがめ、泣いている少女を慰めようと涙に濡れた顔を拭こうとする。


「ううううううう」

「だから泣くんじゃないの……ってアンタ!」


 アスナが涙を拭こうと少女の顔を覆う髪掻き分けると、驚愕の表情浮かべて立ち上がる。


「うううううう、アスナさん……」

「ネ、ネギ……あんたなんでそんな格好を」

「ううう、だって僕の役はもうこれしかないって、クシナダヒメしかないって言われて……それでいいんちょさんや早乙女さん達が無理矢理この格好に……」


 泣いている少女、それは巫女の服を着てカツラをかぶったネギであった。どうやらネギの涙は演技ではなく、少女の格好がイヤで本当に泣いていたようである。
 アスナはそのあまりにも似合いすぎる姿に呆然としていたが、気を取り直したかのようにネギのかぶるカツラを取る。
 ちなみに、この姿の破壊力はあやか以下数名を萌血の海に沈めるほどすさまじかったらしい。


「ま、まあ似合っているからいいじゃない。これで新しい系統のファンも……」

「そんなのいりませーん!」


 アスナの慰めになってない慰めに抗議の声を上げるネギであった。




「で、話は変わるけど……オロチってなに? もしかして八傑衆とか言うのが出てくるとか言うんじゃないでしょうね。風のゲーニッツとか……」
 
「違いますよ、オロチというのはですね正式にはヤマタノオロチ、頭と尻尾がそれぞれ8個もあるとてつもない大蛇なんです」


 ネギの抗議をやり過ごしていたアスナは、ネギの勢いが収まるのを見計らって話題の転換を試みる。
 そしてネギも多少なりともストレスを発散したせいか、元の落ち着きを取り戻して先ほどまでの醜態が無かったかのようにアスナの質問に答えていく。

 アスナはしばらくの間ネギによるオロチの生態について黙って聞いていたが、やがてオロチの全体像が想像できるようになると顔を青ざめさせる。


「あ、そうだ。私はちょっと用事を思いついたからこれで帰るわね」


 アスナはポンと手を打つと、まるで何事も無かったかのように後ろを振り返り、決してネギを見ることなく舞台の袖へ歩を進めるのだった。


「ちょ、アスナさーん助けてくれないんですかー!」

「そんなのに勝てるわけないでしょうがー! というかタマモちゃんや横島さんが戦ったほうがよっぽど勝ち目あるじゃないのよー!!」

「えーそんなこと言わずに助けてくださいよー! 契約執行でパワーアップしますからー」

「そういう問題じゃなーい! それにそんな捨てられた子犬のような目で見るなー!……って横島さんとタマモちゃんは?」


 ネギは逃げようとするアスナの足にしがみ付きながら、アスナを上目遣いで見上げる。
 その仕草はまさに捨てられた子犬のようであり、その目を直視したアスナはどうにもネギを振りほどけなくなってしまう。
 だが、ここでアスナは本来なら自分にオロチ退治を依頼する本来人物、すなわち夫婦に扮している横島とタマモの姿が無い事に気付いた。


「あれ? いませんね……いつの間に」


 アスナに言われてネギもようやく横島達の不在に気付いたのか、キョロキョロ周囲を見渡す。
 そしてそこに、まるで肉食獣に襲われた草食動物のような悲鳴が舞台を揺るがしたのだった。




「いーやー! アスナちゃん、ネギー助けてくれー!」



 その悲鳴の主、それは反対側の舞台の袖、暗幕の影に引きずりこまれようとする横島の声であった。


「なによー最後の娘がいなくなるんだから、これからもう一度新婚気分で楽しむんじゃなかったのー?」


 悲痛な悲鳴を上げて助けを求める横島を引きづる人物、それはもはやこういった騒動の定番となりつつあるタマモであった。
 タマモは無駄な抵抗を続ける横島の腕を掴み、信じられない力で横島を暗幕の影に引っ張り込もうとしている。


「ネギ……いこか、オロチ退治に……」

「行きますか、アスナさん」


 何かもう、全てに疲れ果てたような表情でネギとアスナ互いに目を合わせ、乾いた笑い声を上げながらそっと舞台を後にするのだった。

 残されたものは金色の捕食者に対して無駄な抵抗を続ける一人の男、その表情は助けを求めながらもどことなく恍惚の表情を浮かべている。
 案外心の奥底ではこのまま身を任せても良いと思っているのかも知れない。

 しかし、この混沌空間に新たなる因子が加わった時、舞台は新たなる局面を迎えたのであった。


「誰か助けてくれー! このままじゃや俺はロリコンという十字架をー……って刹那ちゃんその格好は!」

「ななななななんで横島さんがここに!!」


 新たなる因子、それはアメノウズメの格好をした刹那が、まるで誰かに突き飛ばされたかのように舞台の袖から出てきたのであった。


「むう、視覚効果を利用するとは。刹那やるわね……負けないわよ」

「む……よ、横島さん……あの……」


 横島は刹那の扇情的な格好に思わず見とれ、そのほとんどむき出しの白い肌に目を釘付けにしていく。
 タマモは刹那のその格好に危機を覚えたのか、自分も肩の部分、胸元、そしてすその部分をはだけさせて横島の右腕に抱きついて刹那に挑発するような視線をむける。
 挑発を受けた刹那は、この時は何故か羞恥心よりもタマモへの対抗心が上回ったのか、横島の左腕抱き寄せると横島に体重を預けていく。


「マテヤお前ら、んなもんで張り合うなー! ていうか、二人ともくっつくんじゃねえ! このままだと理性がぁぁあああー!……あへ」


 横島の断末魔の絶叫、それは萌え狂う煩悩と共に噴出す萌え血で終わりを迎えたのだった。




 横島が萌え血の海に沈んだのを見届けた後、二人の語部は忍び笑いを浮かべながらお互いの顔を見合わせた。


<まあ、あれや横っちイキロ……>

<刹那さんを煽ったかいがありましたねー、いいものが見られました>


 どうやら刹那をさんざん煽り、舞台の袖から刹那を放り出したのはキーやんの差し金らしい。
 そのあまりの悪辣さに魔族の指導者たるサっちゃんは戦慄と共にキーやんを見つめるのだった。


<キーやん、ほんまに魔族になる気ないか?>

<イヤです>

<まあ、考えといてや……さて、次はっと>


 サっちゃんはさほど期待していなかったのか、形だけキーやんを魔族に勧誘すると、すぐに台本に目を落として先を促そうとする。


<いよいよオロチ退治ですね。スサノオは村人に巨大な酒樽を八つ用意させました>

<その酒でオロチを酔わせて討ち取ろうって算段やな。なんかどっちかっつーと美神玲子や横っちがやりそうな作戦やな>

<まあ、効果的な手段ではありますね。しかし弓状列島最大の荒神のクセに存外コスイですね>

<ま、楽に勝てるんならいいやないか……お、準備が出来た見たいやで>


 二人の口上が終わると、準備が出来たのか幕が上がり、そこには酒が注がれた八つの樽が舞台中央に鎮座していた。
 そして幕が上がりきると同時に、スサノオに扮するアスナ、クシナダヒメに扮するネギが姿を現したのだった。


「じゃあネギ、オロチが酔っ払ったら契約執行で私が突っ込むから後ろで魔法よろしくね」

「任せてくださいアスナさん!」

「頼んだわよ。あ、来たわね」


 二人が物陰に隠れていると、おそらくオロチ役の人物であろうか、何人かの人影が現れて酒樽の酒を飲みだしていく。
 そして酒樽が空になった事を確認すると、二人は物陰から一気に飛び出したのだった。


「今よ、ネギ!」

「契約執行 180秒間 ネギの従者 神楽坂アスナ!!」

「いっくわよー!」


 アスナはネギの支援を受け、アーティファクトであるハリセンを振り回しながらオロチのいる祭壇へ突貫していく。
 その姿はまさに日本最大の荒神、スサノオそのものとも言える迫力をかもし出していた。


「さあ、村人を苦しめるオロチよ! このスサノオが着たからには行く事も引く事も出来ないと心得なさい!」


 アスナはオロチの前に立ちふさがると、ハリセンを構えてオロチを見据える。この時、なぜか観客席から「あー! 私のセリフをー!」とか、「今いいところなんだからだまるのねー」という声もしたが、アスナはそれを気にすることなく油断なくハリセンをオロチに向け――


「おや、アスナ殿とネギ坊主ではござらぬか」

「先にいただいてるアルよー」

「ネギ先生、どうしたんだ? 杖なんか振り回して」



「だああー!」


 ――ハリセンを向けると同時に盛大にずっこけた。


 アスナの目の前には、いつの間にかバーベキューまで始めている長瀬、クー、そして龍宮が不思議そうな顔で自分を見つめていた。


「な、長瀬さんにクーちゃん。それに龍宮さん」

「あの、ひょっとして皆さんがオロチ役ですか? あれ、でもそうすると後の5人は誰なんです?」



 ネギは隠れていた物陰から出てくると、三人しかいないオロチに不思議そうな顔をする。
 だが、龍宮たちは気にした風もなくバーベキューを食べ終わると、三人でアスナたちを正面に見据えると構えを取った。


「へ? でも三人しか……」

「これでいいんだよ……さて、酒も飲んだしいくぞ、楓、クー」

「あいあい」

「いくアルよー」


 三人は不思議そうな顔をするネギ達を他所に、互いにアイコンタクトをすると手にしたステッキのようなものを振り回す。


「「「合体!!」」」


 三人の言葉に合わせてステッキが光り輝き、その光は舞台全体を覆って全員の視界を奪う。
 そしてその光が収まり、視界を取り戻したネギ達の前に現れたものは――


「「こ、ここここ……金色の三つ首ドラゴンー!」」


 ――光り輝く金色の鱗に包まれた巨大な三つ首の竜、それはかつて金星を三日で滅ぼした最凶の竜キング○ドラであった。


「さて、これが私達の真の姿だ。いくぞ!アスナ、そしてネギ先生!!」

「ちょと待ちなさいよー!」

「じ、自衛隊とメーサー車!」

「そんなやられ役呼んでどうするのよ! せめてスーパーXとかが無いと戦いにもならないわよー!!」


 呆然とするネギたちを他所に、龍宮、クー、長瀬の頭を持つキングギ○ラはゆっくりとネギ達へと近付いていく。


「「誰か助けてー!!」」


 我に返ったネギ達はそのあまりの巨大さと、明らかに勝ち目の無い相手に脅え、脱兎のごとく舞台の袖へと向けて逃げ出していく。
 しかし、あと少しで逃げられるというところで二人は何かにぶつかり、大きくしりもちをついた。


「あ、あいたたた。いったい何よ……ヒッ!」


 アスナは突然の衝撃に上を見上げて絶句する。
 そのアスナの傍らには、もはや完璧に気を失ったネギがその体を横たえていた。

 呆然とするアスナの視線の先、そこには巨大な、それこそキン○ギドラに匹敵する巨大な影が自分達を感情の無い瞳で見つめていた。
 アスナの視線の先そこには――


「が……がおー」


 ――両手で顔を隠しながら気の無い声で叫ぶ、怪獣王ゴ○ラのきぐるみを着た茶々丸が自分達を見下ろしていた。


「ガオー! ケケケケ、コレハケッコウ面白イナ」


 さらにその傍らには、おそらくジュニアに扮しているのだろうか、チャチャゼロが小さなゴ○ラのきぐるみを着て茶々丸の足元をヨチヨチと歩いている。


「ネギ先生、アスナさん、私がヤマタノオロチを食い止めます、お二人はすぐにこの場を離脱してください」

「茶々丸さん、あれはどう見てもキング「ヤマタノオロチです」……はい」


 アスナはキングギ○ラをヤマタノオロチと言い張る茶々丸に異様な迫力を感じたのか、まるで振り子人形のように首をカタカタと縦に揺らすとネギを抱きかかえて脱兎のごとく逃げ出していく。

 そして今、舞台に残ったのは東○を代表する二大怪獣、ならば語ることは何も無い。
 しばしのにらみ合いの後、壮絶な戦いが舞台の上で繰り広げられるのだった。

 しかし、混沌はまだまだ終わらない。
 二大怪獣が激突した後、舞台の袖からは羽を生やした妖精に扮する双子、鳴滝姉妹がなにやら歌いながら舞台に登場したのである。


「さあ史伽、いくわよ!」

「うん、お姉ちゃん!」


 二人は背後で壮絶な戦いを繰り広げる怪獣を他所に、平和の使者、そして最後の切り札を呼び寄せるのだった。


「「モ○ラーっや、モス○ーっや」」


 二人の声が劇場に響き渡ると、それが合図であったかのように観客席の背後の天井にスポットライトが集中する。
 そしてそこには巨大な影、平和を愛する蝶の化身、神獣モス○の影が――



「まてー! なんで私が蛾の怪獣の役なんかせんといかんのだー!」



 
 ――小道具係のデッサンのミスであろうか、それは蝶というより蛾の姿をし、その巨大な羽に『モ○ラ』と書かれたきぐるみを着たエヴァがピアノ線で宙吊りの状態になり、なにやら叫んでいた。

 そして自分の配役に不満たらたらのエヴァを無視する形で黒子が、エヴァを空中に固定する糸を切ると、エヴァは死闘を繰り広げるキング○ドラとゴジ○の真っ只中へと落下するのだった。


「むむ、エヴァンジェリンも戦うアルか?」

「マスター、まことに不本意では有りますが今の私と貴方は敵同士、敬意の意味も表して全力で貴方に敵対させていただきます……ちょうどアフロの恨みもありますし

「ケケケ、下克上上等ジャネーカ」

「まて、貴様ら本気か! というか茶々丸にチャチャゼロ、貴様等はそれでも本当に私の従者ヘブゥー!」

「ああ、体が勝手に! マスタ−、本当に申し訳ありません」

「嘘をつけー!」


 舞台の上は今、○映どころか、日本を代表する怪獣の夢の大決戦が行われ、もはや収集がつかない状態となっていくのであった。




<あは、あはははははははは>


 呆然とするキーやんの乾いた笑いが響き渡るが、誰もそれに気付くものはいない。
 ただその傍らにいるサっちゃんのみが壊れたキーやんにそっと涙する。


<シナリオともはや全然違う状態になってもうたな……>

<こ、こんなことはありえない、シナリオはこの空間において絶対なんですよ、多少の齟齬はありますけどここまでシナリオとかけ離れた舞台になるなんてありえるはずがありません!>

<せやかて、実際にもう舞台はメチャクチャやで。もうどうやったってこれをヤマタノオロチと言い張るなんて無理や>

<で、でもこのシナリオの原本にはちゃんとヤマタノオロチをアスナさんが打ち倒して草薙の剣を……あれ?>

<どうしたんや?>

<いえ、大元の台本が……>


 キーやんは先ほどまで手にしていたシナリオの大元、複製ではなくこの空間の事象をすべて決定できる魔法の台本を取り出そうと机を漁るが、いくら探してもその台本が無い事に気付いた。


「あ、探しているのはこれでしょうか?」


 首をかしげながら台本を探していたキーやんだったが、自分に声をかける人物に気付き顔を上げると、そこには探していた台本を手にし、邪気の無い笑顔を浮かべているちづるがいた。


「あ、それです。ちづるさんありがとうございます、これを無くすと大変なことになるところで……」


 キーやんはちづるから台本を受取ると、即座に該当箇所のページをめくっていたが、やがて何かに気付いたのかその声を失っていく。
 サっちゃんが不思議そうに硬直するキーやんが持つ台本を覗き込むと、そこにはやたらと丸みを帯びた女性特有の文字がによって完璧に台本の内容が書き換えられていたのであった。


「こ、こここここここれは!」

「あ、それは私がこうなったら面白いだろうなーと思って、子供たちに人気の怪獣の話を書いてみたんですけどいかがでしょうか?」

「あー、ちょっと確認するんやが、これひょっとして嬢ちゃんが書いたんか?」

「はい、私が書きましたけど?」


 ちづるは全く邪気の無い笑顔のまま、自分を驚愕の瞳で見つめる二人の神魔を見つめ返す。




「ちづるさん、あなたと言う人はー!」




 キーやんの悲痛な叫び声と共に、舞台の上では三大怪獣のキャットファイトが続いている。そのあまりのエキサイトぶりに観客席はもはやプロレス観戦をするかのように熱い声援を送るのだった。
 後日、この日の舞台内容を収めたDVDは初回予約分の200万本が販売開始30分であっという間に完売し、その後も品薄が続くという伝説の舞台となったという。



二人?の異邦人IN麻帆良 番外編 end




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