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 どことも知れぬ空間の中、星明りに浮かんだ巨大な劇場がその姿を現した。
 噂によれば、その劇場はある一定期間ごとに出現しており、その出現条件に法則があるのではないかと噂されている。もっとも、出現条件がどうあれこうして現われた以上、娯楽に飢えている神界、魔界の者達は大挙してこの劇場に殺到するのだった。
 余談ではあるが、とある猿神は前回の劇場が消失した瞬間に自分の分身を派遣し、開場一番乗りを果たしている。もっとも、この行為は次回より禁止され、発覚した場合は問答無用で入場禁止となる。そのため、これ以後は魔界、神界の監視班が常設され、劇場の出現が確認されたと同時に凄まじいレースが繰り広げられることになるのだが、それはあくまでも未来の話である。
 ともあれ、今回出現した劇場は早くも満員御礼ののぼりがたち、観客に大入り袋が配られるなど、その盛況ぶりは凄まじい。ただし、視点を転じて劇場外を見ると、そこでは屍山血河が形成されており、入場権を賭けた戦いに敗れた漢達の屍が転がっているのだが、まあ彼ら(彼女ら?)については次回がんばってくれとしか言えないだろう。


「ちょ、ひどいのねー。なんで一番最初に見つけた私が入れないのー!」


 まあ、彼女が貧乏くじを引くのはもはや運命と思って諦めてもらうしかないだろう。
 とにかく、とある女神の端くれに引っかからないでもないと思うのはやぶさかではない程度の神族モドキの涙は置いておいて、劇場内では前回の教訓も踏まえ、重力場制御装置、空間固定装置をも配備した魔界軍の厳重警備の元、開演の時間を今や遅しと待ち構えているのだった。
 そして微妙に緊張をはらんだ厳かな雰囲気の中、ついに待ち望んだ開演のベルがなる。もっとも、この時魔界軍警備担当はその緊張の度合いを一気に臨戦態勢に引き上げたのは前回の事例から言って無理もないことであろう。


<ふう、今回は間に合いましたね。いやー、さすがに10ヶ月も時間が空くとシナリオも事前準備の余裕が出来るってもんです>

<まったくやな。いつまでもリニューアル公演ばっかで新作がちっとも出とらんかったからな。ようやく日の目を見られるっちゅーもんや>


 と、そこに某宇宙戦艦の艦長席にある自動昇降席に座った――もはや説明不要であろう――語部達が屋根の上から下りてくる。前回のドハデな登場と違い、今回はえらく地味な登場だ。それゆえ、魔界軍警備担当は一様にひょうしぬけしたように語部を見つめているだけであった。もっとも、それでも銃口を決して外さないあたり、実によく分かっている。


<ところでキーやん、今回のシナリオはなんなんや?>

<あれ、連絡してませんでしたっけ? 今回はちょっと趣向を変えてあの名作、映画にもなってTV放送もされた有名なものを題材としたんです>

<それは何なんや?>

<ええ、今回は皆さんにちょっと殺し合いをしてもらおうかと……>

<マテやキーやん、それは絶対に違うやろ! つーかお前等、キーやんの言う事鵜呑みにして武器を構えるなや。デタントを崩壊さす気かー!>


 語部の一人、サっちゃんは武器を構えて立ち上がろうとした観客達を慌てて制すると、そのままの勢いでキーやんに怒鳴りつける。だいたいこんなことでデタントが崩壊した日にはあまりにも情けない。情けなさ過ぎる。


<ちょっとした冗談じゃないですか。まったくこの程度のことで目くじらをたてなくても>

<その冗談がたちわるいっちゅーとんのや! だいたいまさか本当にバトロワを題材にするつもりか? 確かに映画化もされ取るし、その映画もTV放映されたから条件にあっとるけど、さすがに新しいんとちゃうか?>

<まあ、バトロワについては冗談ですけどね。本当は日本における古典の名作、日本人なら知らない者のない年末の定番『忠臣蔵』です!>


 キーやんは食うぞゴルァとでも言いそうなサっちゃんの視線を軽く受け流しながら、懐から台本を取り出すとサっちゃんに手渡した。


<ふむ、忠臣蔵かー。配役も流れもよさげやな、四十七士には人数はたらんけどその辺は臨機応変にいこか>

<そうですね……あ、どうやら舞台が整ったようですよ>

<ほな、いよいよ開演や! みんなあんじょう楽しんでってやー>

<それと注意事項ですが、ここでの展開は本編とは一切関わりがありませんので、そこのところよろしくお願いしますね>


 語部達の前口上となっていない前口上を終えると、改めて開演のブザーが劇場に鳴り響く。そして観客達は今回何も騒動がなかったことに安堵しつつ、拍手喝采で開演を迎えたのだった。



二人?の異邦人IN麻帆良 番外編 「世界迷作劇場4」




<さて、時は元禄14年、冬の厳しさの残る3月のことです>

<西暦で言えば1701年、江戸時代の5代将軍、犬公方と名高い徳川綱吉の時代やな>

<ですね。確かに人間の世界では犬公方なんぞと呼ばれてますが、実は妖怪たちは彼のことを史上最大の名君として伝えているんですよ。なにせあの時代は人狼族を筆頭にして、数多の妖怪が人から迫害されずに過ごせた数少ない時代でしたからねー>

<生類憐みの令やったかな? まあ、確かに妖怪も生き物なわけやから、必然的に迫害を受けずにすんだっちゅーことなんやろな>


 二人の語部は当時のことを思い出したのか、遠い目をしながら古き良き時代を懐かしんでいた。しかし、いつまでもそうしていては話が進まない。故に二人はすぐに話の筋を元に戻した。


<ま、それはともかく。この年、江戸幕府は勅使、まあ平たく言えば天皇の使者ですね。これを迎えるために饗応役として赤穂藩主、浅野内匠頭にその任を命じました>

<ほう、勅使の接待か。そら失礼があっちゃいかんし、責任重大やなー>

<実際、これでヘマをやらかそうものなら良くて改易、か切腹。最悪お家断絶ぐらい覚悟しなければいけませんからね。凄まじいプレッシャーでしたでしょう。もっとも、幕府側もその辺はちゃんと理解してますから、接待の作法を教える指南役がちゃんといたんですけどね>

<その指南役っちゅーのが……>

<そう、幕府高家の吉良上野介こと吉良義央です。ちなみに彼は戦国大名の今川義元の息子、今川氏真の玄孫なんですよね>

<その吉良ちゅーのが今回の敵役なんやな?>

<はい、というわけでこの辺で説明を終えましょう。まず最初の舞台は浅野内匠頭が吉良上野介へ挨拶にうかがうシーンからです>


 語部達が一通り舞台背景の説明を終えると、それに合わせて幕がスルスルと上がっていく。そしてその幕の向こうには武家屋敷の一室が広がっており、その中央ではおそらく吉良役の役者であろうか、その人物がいかにも偉そう態度で、浅野役の役者を見おろしていた。


「さあ茶々丸、今回の勅使の饗応役、その作法をこの私自らが教わってやるんだ。ありがたく思え」

「あの、マスター。一応役の上では私が上位者なのですが……というか、何故私が下座に?」

「んん? 貴様はまさか役の上で上位者なら私の上に立てるとでも思っていたのか? いいか、お前はこの私、真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの従者なのだ。それは世界が変わろうと、決して変わらない普遍の法則なのだ!」


 舞台の中央では、何故か浅野内匠頭役のエヴァがが見事なまでにゴーマンかまし、本来なら上位者たる吉良上野介さしおいて上座に座り、あろうことか肘掛まで使用してふんぞり返っている。そして彼女とは対照的に吉良上野介役の茶々丸はと言えば、戸惑ったようにオロオロと首を振り、このまま舞台を進めて良いかどうか悩むのだった。


<……キーやん。今回はのっけからすさまじいミスキャストの匂いがするんやが>

<いえ、今回はいいかげんまともな役をやらせろとエヴァンジェリンさんにねじ込まれましてね。それでしかたなく……>

<まあ、確かに今までろくな役やなかったからな。豚にモスラに鬼門以下の鬼……あかん、なんか涙が>

<もはや吸血鬼の威厳なんてカケラもありませんねー。ただでさえでも本編ではいじくりキャラに成り下がっていると言うのに>

「どやかましー! そもそもの元凶は貴様等だろうがー!」


 語部達がエヴァのあまりにも不憫な境遇に涙していると、そこにエヴァの怒声が飛び込んできた。エヴァにしてみれば、この劇場における配役の全権はこの語部達が握っているのだ。それなのに今更自分を哀れむとは言語道断もはなはだしい。


<と言われましてもねー、エヴァンジェリンさんの扱いについてはもはや業としか言えない領域に……>

<ネギ坊主と比べたら、まだはるかに扱いはいいと思うんやがなー>

<下には下がいますしねー。ま、それはともかく、このままですと話が進まないんでちゃっちゃと話を進めてください。人に者を頼む礼儀としてちゃんとお土産をもってきたんでしょう?>


 語部達はエヴァの抗議をいかにも人事ですと言う感じで流すと、そのまま先を促す。エヴァとしてはその態度には色々と言いたい事どころか、最強レベルの魔法の一つや二つ叩き込みたいところだが、いかんせんこの二人は曲がりなりにも神と魔王、とても通用する者ではない。それゆえエヴァは怒りに顔をゆがめながらも、からくも自制すると話を進めるべく、懐から包みを取り出すのだった。


「ほれ、茶々丸。とりあえず土産だ。一応私が教わる立場なことだし、その程度の礼ははせんとな」

「ああ、マスター。ありがとうございます……ちなみに中身は?」

「鰹節2本だ。まあ、つまらんもんだが受取ってくれ。あ、一応高級品だから後でそれを出汁にした一品頼む、夕食は期待しているぞ」

「お任せください、マスター……ではなくて! もう一人の饗応役、伊達左京亮様からは黄金100枚を頂いておりますが……」

「なにか不満でもあるのか? まさかとは思うが……よもや主たるこの私から賄賂をせしめようなどとは思っていないよな? ん、そうだ足りないと言うならくれてやろうじゃないか、この私の魔力を!」


 エヴァは右手に魔力を纏わせ、ゴゴゴゴとやたらとジョジョちっくな擬音を背負いながらゆっくりと茶々丸へと迫る。一方、茶々丸はそのエヴァの迫力に身の危険を感じたのか、ジリジリと後ずさりながら首をブンブンと振っていた。


「あの、マスター。これは一応配役上のセリフでして……」

「なに、遠慮はするな。この空間でなら私は封印を無視して魔法が使えるんだ。フルパワーでお前のゼンマイを巻いてやる」

「マ、マスター。それは……〒g♪□○△※$д¥%−!」 


 エヴァは一瞬のうちに茶々丸の背後に回ると、手にしたゼンマイを頭に取り付け、両手を魔力の光で輝かせながら一気に巻き始める。すると、茶々丸は口を手で押さえ、くぐもった悲鳴をもらしながらその場でもだえ始めるのだった。


<……あー、なんかこう、これ以上は18禁要素になりそうやな>

<とりあえず、幕を下ろしときましょうか>


 語部達はやたらと背徳的な悲鳴を上げる茶々丸の声を背に、冷や汗を流しながら背後に控える黒子に指示すると幕を下ろさせる。そして幕がすべて下り切った瞬間、もはや手で押さえられなくなったのだろうか、ひと際高い茶々丸の悲鳴が響き渡り、それを最後になんとも微妙な沈黙と共に、荒い息遣いが聞こえて来るのだった。
 いったい幕の向こうで茶々丸の身に何があったのだろうか、それは永遠の謎である。


<と、とにかく。こうして吉良の不興を買った浅野内匠頭は、この後数々の嫌がらせを受けるのでした>

<まあ、これだけのことをやったらそら不興を買うわな>

<実は史実ではこの部分についての記述は無いんですけどね。ですからこの賄賂で鰹節とか言うのは後の世の創作なんです。もっとも、十分にありえる話ではあるんですが>

<まあ、賄賂っちゅーても、この時代はこういったもんは公費やのうて自費でまかなうわけやからな。5万石の城持ち大名の浅野家と、家格が高いだけで安月給の吉良家じゃあ負担の度合いが違うからなー>

<実際吉良上野介としても賄賂というか、謝礼でももらわなければやってられない仕事なんでしょう。なにせ無駄に家格が高いわけですから、うかつに貧乏暮らしをするわけには行きませんし>

<それこそ家名が泣くわな。で、嫌がらせと言うとったが、実際はどんなことされたんや?>

<それについては実際に見てみましょう、はい黒子さんお願いしまーす>


 キーやんが合図をすると、黒子の一人が舞台へすばやく進み出て幕の向こうを確認する。そして手で○を作ってOKサインを出すと、それを合図に幕がスルスルと上がっていく。
 幕が上がりきると、どうやら息を整えたらしい茶々丸がガイノイド特有の無表情でエヴァと対峙している。ちなみに、吉良上野介こと茶々丸の手には何故かピンク色をふんだんに使った非常識なまでにすその短いメイド服が握られているが、それについて気にしては負けである。


「マスター、城外でご勅使をお迎えするに当たっての服装はミニスカゴスロリメイドの格好をするのが作法です。ささ、お着替えを……」

「マテ、ゴスロリは別にかまわんが、なぜメイドなんだ。いや、それ以前にミニスカメイドなどとそんな邪道な格好をなんで私が!」

<<……>>


 二人の語部はなにかこう、全てを諦めたかのようなため息をつくと、二人して茶々丸の攻勢を受けるエヴァを見つめていた。
 

<きゅ、究極の嫌がらせやな……しかも茶々丸のヤツは記録する気満々やで>

<間違いなくお気に入りフォルダ行きでしょうねー。あ、今度はミニスカナース&ネコミミニーソックス……実によく分かってらっしゃる>


 語部達がぼやいているのを他所に、茶々丸によるコーディネートによるファッションショーは続く。エヴァとしては真っ向から拒否して茶々丸ごと服を燃やし尽くしたい衝動にかられるのだが、何故か茶々丸の言う事を拒否できないでいた。


「ささ、マスター。ご勅使を屋敷に迎える際はこの格好で……」

「ちょっとマテ! なんだそのいかにもな魔法少女っぽい服はー!」


 エヴァのファッションショーが続く間、観客席ではフラッシュが途切れる間もなく瞬く。特に、エヴァが魔法少女と化した時は大歓声があがると同時に、突如として現われたマジカルキティに向けてキティコールの大合唱で劇場が揺れるのだった。


<さて……浅野内匠頭はこのように大なり小なり公衆の面前で恥をかかされ、その遺恨は溜まりに溜まっておりました>

<まあ、あれだけやられれば誰だって怒り狂うわな。つーか不憫すぎるで。観客は大喜びやったみたいやが>

<例のHPは有名ですからねー。ま、それはともかく。こうしてフラストレーションが極限まで達した状態でついに運命の日、旧暦でいうところの3月14日を迎えるのです>

<江戸城本丸御殿松之大廊下での刃傷沙汰、それが史実で言う元禄赤穂事件の始まりを告げる鐘の音やったんや>


 語部達が当時をしのぶかのように目を細めて語りだす。そして一通り当時の状況を語ると、それが終わったのを見越したように幕が上がる。その幕の向こうではおそらく江戸城内の松の廊下をであろうか、板張りの廊下が作られ、観客の正面には見事な松の絵が描かれた襖がいくつも立てかけられているのだった。
 幕が完全に上がりきり、大太鼓を模したような重低音のBGMがなる中、両側の袖からそれぞれ式典用の衣装――すそが異様に長い袴と烏帽子を頭にかぶっている――に着替えた浅野内匠頭に扮するエヴァと、吉良上野介に扮する茶々丸が歩み出で、舞台の中央で対峙する。


「おい、茶々丸。勅旨とかいうのをどこで待ってたらいいんだ? 式台の上か? それとも下か?」


 エヴァはどことなく不遜な態度をとりつつも、それでも役柄上しかたがないのか、廊下に跪きながら器用に茶々丸を睨む。そして茶々丸はというと、相変わらず無表情のまま懐から扇子を取り出すと、それをおもむろにエヴァの額へと向けて打ち下ろした。


 ――ペチリ



 その音はシンと静まり返った舞台によく響いた。


「これはこれはマスター。貴方ともあろうお方が、よもやそのようなことすらご存じないとは……」


 ――ペチリ



 茶々丸はシナリオに忠実にエヴァの額を打ち据える。この時、エヴァの額に青筋がクッキリと浮かぶが、エヴァはそれでもかろうじて自制すると自分のセリフを言う。


「ぐ、け……が……こ、これが始めての饗応役だからな……教えてもらわねばその作法はわからん」

「まったく、これだから世間知らずのお子様吸血鬼は……」


 ――ペチリ



「ちょっとマテ、誰がお子様吸血鬼だー! それに額を叩くをやめろ、刹那みたいにデコが広がったらどうする気だ!」


 この時、エヴァのセリフが終わると同時に舞台の袖から凄まじい殺気が膨れ上がったような気がしたが、エヴァはそれを気にした風もなく茶々丸を睨みつけていた。


「だいたい、マスターはタマモさんがこっちに来てからというもの、横島さんにはいいようにあしらわれ、修学旅行では数少ない見せ場をタマモさんにじゃまされ、最近に至っては私が冗談で言った『横島忠夫弟子入り大作戦』を真に受けてのコスプレ三昧。まあ、確かに私も存分に楽しませていただきましたが……あの孤高で凛々しかった在りし日のマスターはいったいどこに……」


 ――ペチリ

 

 ひと際大きな音が舞台に響いた。同時に、もはや我慢の限界なのだろうか、凄まじい殺気がエヴァから噴出し、舞台上の空間をゆがめていく。


「ちゃ、茶々丸……貴様は主たるこの私によくも……」

「い、いえ。今のは私の本意ではなく……何故か体と口が勝手に」


 エヴァは地獄の鬼も裸足で逃げそうな表情で茶々丸に迫るが、茶々丸はなにやら戸惑うような表情で首を振る。その仕草には妙に真実味があり、嘘には見えない。


「なんだと、そんな子供の言い訳に誤魔化されるはずが……ん?」

 
 と、ここでエヴァはこの劇場の法則を思い出した。この劇場の法則、それはシナリオに書いてある事はどこぞのノートと同じように絶対であるということ。そして普段そのシナリオは大雑把に書かれているだけなのだが、こと細かく行動やセリフを指定すれば、それに抗う事は不可能だと言う。
 エヴァはそれを思い出した瞬間、視線を語部達のほうへと向けた。するとそこでは――


<えっと、次は茶々丸さんがムチを取り出し、エヴァンジェリンさんを……>

<どうせなら荒縄とロウソクも加えたほうがええんちゃうか?>


 ――語部達がシナリオになにやらろくでもないことを、やたらと具体的に書き込んでいる最中であった。


「ちょっとマテ、貴様等なにをやっているー!」

<なにと言われましてもねー。どうにもこのシーンでは茶々丸さんが動きそうにないんで、こうやって具体的に書いて強制的に……>

<なにせ役の上とは言え、立場が逆転しとるからなー>

「だからと言ってムチやらロウソクやらはどういうつもりだ! それにさっきのやたらと具体的な茶々丸の暴言といい、貴様等本気で喧嘩売ってるのかー!」

<ん? 確かにセリフは指定しましたが、『横島弟子入り大作戦』のくだりは別に指定してませんよ>

「なに?」


 エヴァはしばしの沈黙の後、グルリと体ごと向きを変えて茶々丸を見つめる。すると茶々丸はしばしの間エヴァと目を合わせていたが、やがて何かを誤魔化すように目を逸らすのだった。


「く、くくくくくく……」

「あの、マスター?」


 茶々丸は不気味に笑うエヴァに恐るおそる近付こうとしたが、エヴァにギロリと睨まれるとその足を止める。そしてエヴァは茶々丸の足を止めると、そのまま語部達に向き直り、怒りを押し殺した低い声で言い放った。


「チェンジだ……」

<は?>

「だからチェンジだ。この松の廊下のシーンからでいい、私と茶々丸の配役を変えろ。さもないと……」

<ほう、私達に脅迫ですか。しかし、こう言っては何ですが貴方の力では、私達にかすり傷ひとつつけることは出来ませんけど>

「確かに私の力ではお前たちを傷つける事は出来ん、しかし……この劇場を崩壊させる事ぐらいは出来るぞ」

<ちょ! エヴァンジェリンさん本気ですか!?>

「くくく、冗談でこんな事が言えると思っているのか?」

<キーやん、あかんで、完璧に目が据わっとる。元々ミスキャストやったんや、ここらで元に戻すのもいいかもしれん>

<まったく……しょうがないですねー。今回だけですよ>


 キーやんはため息をつくと、背後に控えていた黒子に指示すると幕を下ろさせる。そしてしばしの間幕のむこうでなにやら騒がしい音がした後、再び幕が上がるのだった。


「ふむ、これこそ正しい主従のありかたというやつだな」


 幕が上がると、そこでは吉良の衣装を着たエヴァが無い胸をそらしてふんぞり返り、茶々丸は浅野の衣装を着て跪いていた。


<さて、あなたのわがままを聞いてあげたんですから、ちゃっちゃと話を進めてくださいね。今は序盤のクライマックスなんですから>

「わかっている! いいから黙ってそこで見ていろ」


 エヴァは語り部達に一声ほえると、改めて跪いている茶々丸へと近づき、優越感に満ちた表情で茶々丸を見下ろす。


「これこれは茶々丸、この私になんの用かな?」

「あの、ご勅使到着の折に、私は式台の上で待つべきでしょうか、それとも式台の下で待つべきでしょうか?」


 エヴァはここでニヤリと笑うと、先ほどまでの茶々丸と同じように扇子を取り出し、茶々丸の額を打ち据えた。


 ――ペチリ



「その様なことがわからぬほど耄碌しているとはな。貴様の内蔵OSはひょっとしてWind○ws3.1か?」

「さ、3.1……」

「そう、あの某社の黒歴史、Wind○ws未完成とまで揶揄されたMEにすら劣る、使い道のわからないあのOSだ。今の貴様はそれに等しい」


 ――ペチリ



 エヴァはニヤニヤと笑いながら茶々丸の額を打ち据える。その一方で、茶々丸は無表情のままではあったが、その手を握り締めているあたり、その怒りが伺える。


「さて、では私も忙しいのでな。いつまでも田舎侍の相手はしておれん」

「あ、お待ちくださいませ」


 エヴァは数々の言葉攻めと、茶々丸の額を打ち据えた事に溜飲を下げたのか、満足げに頷くと袴のすそを翻しながら右側の袖へと向かおうとする。茶々丸はそのエヴァに対して、すがるように一歩踏み出しながら声をかけるが、無慈悲にもエヴァは振り返ることなかった。

 唐突だが、ここで少し舞台の状況を整理してみよう。
 この舞台は殿中松の廊下、当然その舞台は板張りの廊下であり、事前に設営班がやたらと気合を入れて整備していたため傷一つなく、下手な鏡よりもピカピカだ。そして彼女達の衣装は江戸時代における式典用の礼装、不必要なまでに長いすそを持った袴と、ゆったりとした羽織、頭には烏帽子といういでたちである。
 ここでまず注意してもらいたいのは、何故そのような格好が正装かと言う事だ。
 その理由としてはこの時代の式典用礼装は長いすそを引きずるため、非常に歩きにくく、背筋をしっかりと伸ばし、きちんとすり足で歩かなければ容易に転んでしまうため、必然的に姿勢が正されるという効果を狙ったものがある。また、すり足で動く事によって足音を立てずに移動するという効果も狙っているのだろう。
 しかし、はたしてそれだけの理由で式典用の礼装のデザインが決定されるのだろうか。これは私見だが、この時代において、その礼装を着るのは武士、つまり戦士階級のみである。そして彼らは戦士である以上、常に戦闘が起こりうる事態を想定しなければならない。
 この場合における戦闘とは、式典での席上での狼藉者を討つ事、もしくはその狼藉を未然に防ぐ事に主眼が置かれる。そしてこのことを考慮して今一度この礼装のデザインを見てみると、とあることに気付くのである。
 一つは歩きにくい衣装にすることにより、狼藉者が対象へ跳びかかることができないということ。そしてもう一つ、相手の行動を簡単に封じる事が出来るということだ。


 ――茶々丸がやったように。


 ビタン!


「バマツ!」


 舞台になにやらお子様がぶっ倒れたような音と、お子様の意味不明な悲鳴が響き渡る。
 当然、そのお子様とはエヴァのことであり、先ほどの音の原因はエヴァが盛大にすっ転んだ音だ。そしてエヴァは床に打ちつけた鼻を押さえながら背後を振り返ると、そこには自分の袴のすそを踏みつけている茶々丸が心配そうな顔で自分を覗き込んでいるところだった。


「あの、マスター。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。というか袴を踏むな! さっさとその足をどけろー!」

「こ、これは失礼しました……こほん、何とぞ、何とぞお教え願います」


 エヴァが吠えると、茶々丸は即座に踏んでいた袴から足をどけ、先ほどまでと同じように跪き、改めてエヴァに教えを請う。
 エヴァはそんな茶々丸を忌々しげに見つめていたが、やがて気を取り直したように体についた埃を掃うと、フンと鼻で笑い、先ほどと同じように袴のすそを翻して袖へと向かおうとした。
 それを見た茶々丸はエヴァのすそにすがりつきながら、エヴァを引き止める。しかし、先ほどの事も合って警戒していたエヴァは今度は転ぶ事もなく、片足のすそを掴んで離さない茶々丸を見据えると力いっぱいすそを引っ張り始めた。


「お、お待ちください。何とぞお教え願います!」

「ええいくどいぞ! 貴様に教えるような事はなにもない、離せ、はなせー!」


 エヴァと茶々丸のせめぎ合い、本来ならその力は圧倒的に茶々丸が上なのだが、シナリオの強制力のせいなのか、その力は不思議なほど拮抗している。しかし、その力の拮抗はほんの些細な事で崩れ去るのだった。


 ――茶々丸が手を離した事によって。


 ズベシ!


「バディ!」


 再び舞台にお子様が後頭部を打ちつけた音と、なにやら呪殺されそうな悲鳴が響き渡った。と、同時に観客席からは必死に笑いを押し殺す声も聞こえてくる。


「あの、マスター……」

「やかましい! 大体なんで突然手を離す」

「いえ、マスターが『HA☆NA☆SE』とおっしゃったものですから」

「どこの遊戯王だー!」


 さすがのエヴァも二度にわたる自覚無き狼藉に、バンバンと扇子で茶々丸の頭を打ちつけながら叫ぶ。もっとも、本当に自覚がないかどうかは、はなはだ怪しい所ではあるが、それは気にしたら負けであろう。


「とにかく、もうお前はそこから動くな! 一歩でも動いてみろ、手加減無しで『おわる世界』をかましてやる」


 エヴァはひとしきり茶々丸を打ち据えた後、ゼイゼイと息を切らせながら今度こそ袖へと向けて歩き出す。当然、茶々丸を信用していないので後ろを振り返りながらだ。
 
 
「言っておくが、ロケットアームもダメだぞ」

「チッ……」

「……お前、今舌打ちをしなかったか?」

「とんでもございません、私の音声センサーにはなんの反応もありませんでしたが」

「……」


 エヴァは茶々丸のロケットアームの使用も禁止し、その射程距離から十分に離れた事を確認するとようやく安堵したように息を一つ吐く。そして今度こそ安心したように茶々丸に背を見せると、袖へと向かって歩き出すのだった。


 カパッ



 と、その時、茶々丸のかぶっていた烏帽子が突然ひとりでに滑り落ち、その中から小さな人形、すなわちチャチャゼロが姿を現した。そしてチャチャゼロは足音をたてぬ様に小走りでエヴァのもとへと忍び寄り、じつに清々しいほどの笑みを浮かべると、物々しいナイフをエヴァの袴のすそへと突き刺したのだった。


 ズベシ!

 
「ハマン!」


 三度劇場にお子様が顔面を強打する音と、なにやら1LV分は経験を失いかねない叫び声が劇場を揺るがす。この時、観客席にいた古代バビロニアの魔王がすこし身をすくませたような動きをしたが、それはきっと気のせいであろう。
 そしてチャチャゼロはと言えば、小走りに茶々丸の元へと戻ると、二人してハイタッチを交わし、お互いの健闘をたたえ合うのだった。


「くぉらチャチャゼロに茶々丸ー! お前等いったい何をやっとるかー!」

「何をと言われましても……マスターの言いつけの通り、ここで待機しておりましたが」

「俺ハシナリオ通リヤッタダケダゼ、吉良ヲ三回引キ止メナイトイケナイカラナ」

「やかましい! 引き止めるのにも手段があるだろうが、何故すそを持つ、すそを!」


 エヴァは凄まじい剣幕、それこそ観客席の魔族たちが恐怖を感じるほどの形相で茶々丸たちに詰め寄るが、茶々丸は気にした風もなく小首をかしげてエヴァを見返した。


「そのほうが面白そうでしたので……」

「確信犯か? 確信犯なのか? 貴様等あれほど主で遊ぶなと言ったろうが! ええい茶々丸、貴様の頭はWind○ws3.1ですら生ぬるい、D○Sだ、このD○S頭! それもVer3.0」

「ど、D○S頭!?」
 

 さくすがにD○S頭呼ばわりはショックだったのか、茶々丸の顔は驚愕に染まり、その手は震えだす。もっとも、3.1とて基本はDOS上で動く擬似OSに過ぎないため、あまり差はないような気もする。


「確か使えるHDが32MBまでだったよな? 今時のメモリですら1GBを超えておるわ、貴様のそのおつむのメモリは何Mだ? 1Mか、2Mか? だいたい貴様に比べたらまだWind○ws MEのほうがよっぽど正常に動作するわ」


 エヴァは顔を真っ赤に茹で上がらせながら、何度も茶々丸の頭を打ち据える。しかし、今度はいつもとは違った。そう、茶々丸がエヴァの手をがっしりと掴み、まるで幽鬼のようにゆらりと立ち上がったのだ。


「ちゃ、茶々丸?」

「D○S、あれはパソコンOSの黎明期における最高傑作ですからまだいいです。3.1にしても、MAC−OSに引き続きマルチタスクとマルチウィンド、GUI環境を普及させたその功績はかなりのものです。しかし……あのMEに劣るとは我慢なりません!


 茶々丸は掴んでいたエヴァの手を離し、腰の脇差に手を添える。その表情は無表情ではあったが、怒りのせいかその手がプルプルと震えている。


「抜くのか? この殿中でその腰の物を抜くのか? もしそれを抜けば貴様は切腹、お家は取り潰しは免れんぞ」

「かまいません、この間の遺恨忘れたかー!」

「マテ、むしろ私のほうがよっぽど遺恨がある……ってほんとに切りつけるな! コラー、誰か早くコイツを取り押さえろー!」


 茶々丸がついに覚悟を決め、殿中において武器を振るうと言う禁を犯したため、エヴァは慌てて飛び退くが、茶々丸は逃すつもりはさらさら無いらしく、ロケットアームでエヴァの襟首を引っつかむとそのまま巻き上げてエヴァを自分のもとへと引き寄せる。
 しかし、ここは曲りなりにも江戸城中、ましてやこれから重要な式典を行おうとしているからには、その警備は水も漏らさぬ鉄壁の布陣を敷いている。それゆえエヴァの叫び声を聞きつけた小姓が2名、すぐさま現われるのだった。


「茶々丸さん、ご乱心めされたか!」

「茶々丸、気持ちはわかるけど、からかう相手は生かさず殺さずが鉄則よ。この前教えたでしょ?」

「くぉらマテ、タマモ! ここ最近の茶々丸の奇行、その原因は貴様かー!」


 乱入してきた小姓たち、それは刹那とタマモであった。この時、タマモは即座に状況を把握すると茶々丸を取り押さえ、刹那はエヴァの襟首を掴んでいたロケットアームを手早く外す。そしてそのまま刹那に比して著しく背の低いエヴァの襟首を掴んだまま、満身の力を込めて投げ飛ばすのだった。


「エヴァンジェリンさん、早くお逃げくださいー!」

「ちょっとまてぇぇぇー!」


 ――襖へ向けて


 当然エヴァはそのまま顔面から襖へ叩きつけられ、何度も床で強打した鼻を再び打ちつける。そしてそれが原因だろうか、エヴァは盛大に鼻血を噴出しながら、その意識を飛ばすのだった。


「エヴァンジェリンさん、私の額のどこが広いんですか! どこが! だいたいこのおでこは横島さんも可愛いって褒めてくれて、キスまでしてくれたんですよ。それを貴方は、貴方と言う人はー!」


 刹那はその微妙に広い――いや、可愛いおでこに青筋を浮かべ、すでに気絶しているエヴァの頭をガクガクと揺さぶる。おそらく、つい先ほどエヴァが言及した刹那のおでこについて色々と思うところがあったのだろう。


「ちょっと刹那、横島とキスだなんていつの間に……」

「昨日、横島さんが夢枕に立ってしてくれました! そんなことより、エヴァンジェリンさん聞いてますか!?」


 刹那はタマモの突込みを一刀のもとに切り伏せると、もはや物言わぬ骸と化したエヴァの首を振り続ける。それに伴い、殿中松の廊下には赤い血の雫がポタリ、ポタリと広がっていくのだった。


<んー、いい感じの混乱ですねー。しかし刹那さんもやりますねー、夢の話でさりげなく惚気るなんて>

<まあ、刹那の嬢ちゃんは今までまともな状態でキスしとらんからなー>


 殿中松の廊下のシーンが終わり、幕がいったん下ろされた中でスポットライトが語部達に集まる。そのライトに浮かび上がった語部達はいつの間に用意したのだろうか、枝豆にビールを用意し、すっかりくつろいだ姿勢で舞台の感想を述べている。


<最初は事故でしたし、二度目も事故でしたしね。その辺のこともあって夢でその願望が出たんでしょう。可愛いものです>

<まったくやな。で、この後浅野内匠頭と吉良上野介はどうなったんや?>

<結局この事件によって吉良上野介は額と背中を切りつけられますが、幸い軽症ですんでいます。そして取り押さえられた浅野内匠頭は幕府目付の多門伝八郎重共と近藤平八郎重興の取調べを受け、そこで初めて『吉良上野介に遺恨あり』と正式に訴えるのです。また、もう一方の当事者たる吉良も治療がすみ次第尋問を受け、『遺恨を受けるいわれは無い』ときっぱりと否定したんです>

<双方の意見が思いっきり反しとるな。で、この時代は裁判所なんてない上に、方や大名、方や名門の旗本、誰が判決を下すんや?>

<事がお膝元である江戸城中で起こりましたからね、当然事態の収拾には将軍自ら出張ることになります。では、次はそのシーン行って見ましょうか>


 語部達はその口上を終えると同時に、幕の向こうの準備かが整ったのか、幕がスルスルと上がっていく。その向こうには、江戸城内の謁見の間の様な作りに変わっており、その一段高いところにはおそらく5代将軍綱吉に扮した横島と側用人、柳沢保明に扮した小太郎が気だるげに座っていた。


「兄ちゃん、んで今回の浅野内匠頭と吉良上野介の事件、どうするんや? 喧嘩両成敗で二人とも切腹?」

「さてっと、どうしたもんかねー」

「俺にどうしたもんかと言われてもなー、そもそも兄ちゃんが決めてくれへんとどうにもならんし」

「かといってな、エヴァちゃんにしても茶々丸にしても、女の子を切腹っちゅーのは抵抗があるしなー」


 横島が事態の収拾をつけるべく、普段使わない頭をフル回転させているが、その悩みどころは両方が女の子と言う事であり、二人の立場だとか、大事な式典で面子を潰されたとかそういったことが考慮されていないあたり、実に彼らしい。


「あ、そういえば言うてへんかったな。あの真祖の吸血鬼も茶々丸も帰ったで」

「どういうことだ?」

「なんでも、正しい主従のあり方について、主に拳と魔法で語る必要があるとか言うてエヴァンジェリンが茶々丸の首根っこ引っつかんで帰ってたんやが」

「じゃあ代役は誰なんだ?」

「んー、確か吉良は大石役だったネギを急遽回して、浅野は……誰やったかな。確か兄ちゃんのいた世界からのゲストらしいんやが……」

「俺のいた世界だと!? じゃあもしかして美神さんとか、小竜姫様、いや、武士だからシロかもしれんな。なら今回の判決はネギが有罪ということで決まりだ」


 小太郎は手を顎に当てながら何かを思い出そうとするが、その一方で横島はほぼ一方的な主観でネギを有罪としようとする。しかし、書類にいざ有罪の判子を押そうとしたその瞬間、驚くべき小太郎の一言によりその手を止めるのだった。


「うーん、たしか西、西郷だったような……」


 小太郎の一言に動きをぴたりと止めた横島は、油の切れたぜんまい仕掛けの機械のようにギギギと音を立てながら小太郎へ振り向く。


「小太郎、それ……もしかして西条じゃねえか?」

「せや、その西条や! ってどうしたんや?」

「くくくく、そうか西条か……こっちに来た以上、もう二度と顔を合わせなくてすむと思っていたが、よもやこんな所でこんな形で会うとはな……」

「に、兄ちゃん。その西条ってのは知り合いか?」


 小太郎は不気味に笑う横島から少しずつ距離をとりながらも、律儀にも将軍つきの側用人としての役を果たすべく、勇気を振り絞って声をかけた。すると横島はピタリと笑うのをやめ、はっきり言って彼に似合わないことこの上ないほどさわやかな笑みを浮かべると、おもむろに小太郎に命じたのだった。


「西条……いや、浅野内匠頭に切腹、浅野家は取り潰しを申し渡す!」


 横島が無駄に厳かに判決を伝えると、それを合図に幕がするすると下りる。その背後では、いつまでも横島の高笑いがやまなかった。




<こうして、異例にも大名たる浅野内匠頭の切腹が即日のうちに決まったのでした>

<え、えらいスピード判決やな……つーか私怨入りまくりやないか>

<実際のところ、朝廷との儀式に泥を塗られたわけですから、綱吉の面子は丸つぶれになってますからねー。横島君と同じように私怨はいりまくりで激怒した綱吉は厳重な調査を要求した目付、多門伝八郎の意見も退けています。まあ、それ以前にご法度中のご法度、殿中での刃傷沙汰ですからねー、どう考えても切腹は免れないでしょう>

<ほな、浅野内匠頭の切腹は仕方が無いとして、もう一方の当事者の吉良上野介はどうなったんや?>

<それが……『殿中をはばかり、抜刀して手向かいしなかったことは殊勝である』として何のお咎めもなかったんですよね>

<そ、それはいくらなんでもヤバイんやないか? せめて形だけでも吉良になんらかの罪を負わせんと浅野の子飼が黙っとらんやろう。ただでさえでも、この時代はバトルな連中がてんこもりな時代なんやぞ>

<そうなんですよねー。実際この判決が原因で討ち入りが起こったようなものですし。もし、ここで吉良に切腹とは言いませんが、せめて数ヶ月の蟄居でも言い渡せば討ち入りは無かったかもしれませんね>

<なんちゅーか、ワイらもそうやが、上に立つっちゅーのは難しいな>

<まったくです、替わってくれるというなら喜んで替わりますよ。ま、それはともかく、こうして切腹が決まった浅野内匠頭はその事件当日の酉の刻(午後5時頃)に切腹とあいなったのです>




「ちょっと待ちたまえ、なんで僕がこんな格好をー!」


 語部の背景説明が終わり、幕上がるとそこには白い天幕で三方を覆われ、その中央に置かれた畳の上でなにやら白装束に身をまとった長髪の男が語部達に向かって叫ぶ。


<なんでってゆーても、お前さんが浅野内匠頭の役なんやから、これからいさぎよー切腹をしてもらわなあかんのや>

<あ、安心してくださいね。介錯人は人斬で名高き犬飼ポチさんにお願いしていますし、その刀も人狼族の秘宝、八房ですからけっして討ちもらしはありませんよ>

「安心できるかー!」

<だいたいこれは最大限譲歩しているんですよ。本来なら幕府の顔に泥を塗ったわけですから、罪人として打ち首になってもおかしくないんです。ですが将軍綱吉、この場合は横島さんですけど、あなたの体面を慮って、あくまでも武士として切腹としたんですから>

<ま、どっちがきついかと言えば、すんなり打ち首を食らったほうが楽ともいえなくもないんやけどな。切腹だと文字通り自分で腹かっさばんといけんから、地獄の痛みやろうな>

<案外横島さんもそれを狙ったのかもしれませんねー>


 その長髪の男、浅野内匠頭こと西条は己の理不尽な扱いに叫ぶが、この劇場の大前提、シナリオの強制力には抗うことはできない。それゆえ今にも呪い殺さんばかりに語部達を睨みつけながら、おとなしく畳の上に座るのだった。


「よー、西条。その畳の座り心地はどうだ?」

「よ、横島君!」


 と、そこにタマモと刹那を引き連れた横島がやってきた。横島は自分の左右にタマモと刹那を配すと、西条の正面にどかりと座り、優越感に満ちた表情で西条を見下ろす。
 

「さて、そこの似非紳士。お前の最後、この俺がしかと見届けてやろう……ん、そういえばお前はイギリス紳士とかほざいてたな。なら、ここはやはり切腹の作法にのっとり、日本の侍らしい格好をせんとな」

「なにを言うかと思ったら、僕はちゃんと侍の格好をしてるじゃないか」

「フ……」


 横島は西条の反論を鼻で笑うと、指をパチリと鳴らす。すると舞台の袖から腰元の格好をした柿崎、釘宮、桜子の三人が笑いながらやってくる。


「それじゃ柿崎さん達、手筈どおりお願いな」

「おっけー、任せてよ」

「うー、なんかワクワクするよー!」

「……いいのかなー?」


 どこから取り出したのか、得物を手にジリジリと西条を包囲する3人。柿崎と桜子はやる気満々で腕まくりをし、釘宮は多少の罪悪感があるせいか首を傾げるが、それでもその場のノリを崩す事はない。それゆえ手にした得物、カミソリ、バリカン、ハサミをそれぞれ手にした三人は妖しく目を光らせながら西条の髪の毛をそっと手にとるのだった。


「ちょ、ちょっと待ちたまえ! き、君達はいったい何を……」

「すぐ済むから大人しくしててねー」

「大丈夫だよ、痛くしないから」

「ま、いいか……面白そうだし」

「ま、待ちたまえ。君達はなんであのアホの言う事を聞くんだ! 今こそ勇気をもって反逆の狼煙を……」

「んー、だってこの前パフェおごってくれたし、学祭の設営も世話になった借りがあるしねー」

「カラオケも楽しかったにゃー」

「確かにナンパ男でバカっぽいけど、面白い人だし、意外と面倒見もいいしね」


 西条は己の髪の危機を鋭敏に感じ取り、なんとか彼女達を翻意させようとするが、彼女達は笑顔のまま西条を絶望に叩き落す。故に西条は一縷の望みを託してかつてオカルトGメンで仕事を共にしたタマモに救援を求めた。


「た、タマモ君彼女達を止めて……それがダメなら横島君を討ち取ってくれ」

「却下!」


 が、その西条の懇願はタマモによって一刀のもとに切り伏せられる。


「な、なぜ! 同僚の僕を見捨てるのか!」

「同僚って言われても、ただ単に時々仕事を手伝っただけじゃない。それにその程度の関係のあんたと、義兄で私のことを『大切な人』と呼んでくれる横島とじゃ重要度の度合いが違うわよ」

「こ……け……く、仕方がない。じゃ、じゃあそこの君! 君からも何か言ってくれ、そこの横島君ならともかく、この僕を失うなんて全女性の、いや全人類にとって大いなる損失だと! ましてや僕のこの髪を切るだなんてそんな暴挙は許されない!」


 西条はタマモへ頼んでも無駄だと判断したのか、刹那へ向けて懇願する。この時、数多の女性を落としてきた流し目を忘れないあたり、さすがである。
 だが、それに対する刹那の返答もまた、タマモと同様であった。


「たとえ私とタマモさん以外の女性が貴方を必要としていても、私は……私は横島さんと一緒にいたいですし。その、横島さんもこの前私を……ですから貴方の希望にはそえません」

「な、何故だ! そこの男はバカでスケベでこの世の全ての女性の敵のはず! ましてや地位も名誉も金も兼ね備えた紳士たる僕とは比べ物にならないのに、何故横島君の言う事を聞くんだ! は、そうか君は横島君に弱みを握られてるんだね? でも、もう大丈夫だ。この僕が必ず君を助け出してあげるから!」


 刹那はなにやら自分を可愛そうなもので見るような視線で見つめる西条に呆れたのか、ため息を一つつく。


「別に弱みを握られていませんし、横島さんがどういう人かは十分知ってます。それはもう、十分に……でも、その上で、私は横島さんの隣に立ちたいと思ってます……それに、実際に切腹するわけじゃありませんし。なにもそこまで必死にならなくても」

「い、いや、そんなことはわかってるけど、それ以前に僕の髪が……そしてなにより、女性がらみで横島君が僕より優遇されるだなんて神が許すはずがないだろう?」

<別にかまいませんけどねー、むしろそっちのほうが面白いですし>


 西条の呟きキーやんが答えると、彼は顔を絶望に染め、地面へへたり込むように崩れ落ちる。その一方で、横島は刹那のセリフが気恥ずかしいのか、彼に似合わぬほど顔を赤くしている。もっとも、それは一瞬の事であり、すぐに元の顔に戻すと力なく膝をつく西条に優越感に満ちた表情で話しかけた。


「くくく、残念だったな西条。この場にお前の味方はいない、涙に濡れながら髪へ別れを告げるがいい」

「横島君……まだだ、僕はまだ君に負けていない。君は所詮子供受けがいいだけの男だ。そしてタマモ君を始めとしてこの場にいる子たちはいずれ成長し、本当のいい男は君ではなく僕だと知ることになるだろう。そしてその時こそ僕の復讐ははたされる、けっしてこの屈辱は忘れんぞー!」


 この時、タマモを始めとしてこの場にいる全ての女性陣の額に青筋が浮かぶ。まあ、それも無理もないことであろう、なにせ面前で自分達がお子様だとこきおろされたようなものなのだから。
 故に彼女達、タマモは狐火を浮かび上がらせ、刹那は夕凪を抜き放ち、柿崎、釘宮、桜子の三人はカミソリとバリカン、ハサミを手に神鳴流剣士がぶち切れた時のような目をしながらゆっくりと西条を包囲するのだった。


「ちょ、き、君達……落ち着きたまえ……」

「「「「「問答無用ー!」」」」」

「ぎゃああああー!」




<……キジも鳴かずば撃たれまいに、あれじゃあ髷どころかどこぞの落ち武者やな>


 舞台の上で柿崎達に頭の中央部をそり上げられ、無残にもざんばら髪となった上にタマモに燃やされ、トドメとばかりに刹那の斬魔剣をくらった西条はもはや切腹に向かう武士ではなく、戦場で捕まった落ち武者のような様相で涙ながらに切腹の演技を果たしている。
 そして彼は放心状態のまま黒子によって舞台裏へと連れ去られ、今は場面を変えるべく幕を下ろしている最中であった。


<いい感じで焦げてた上に切り傷ですからね、完璧に落ち武者です。まあ、予想通りの展開でしたが>
 
<キーやん、さては始めから狙っとったな? エヴァンジェリン達が途中で抜けるのを見越して西条を呼んでたんやろう>

<私は西条君を信じていましたよ、あの状況でなら絶対に暴言かましてタマモさん達を敵に回すと……>

<……ちょ、ちょっと不憫になってきたな。お、なんや楽屋から泣き声がと破壊音が、それになにやら怨念めいた念波もでとるで>

<たぶん鏡でも見たんでしょうね、今頃楽屋は壊滅でしょう。ま、請求書は上司の美智恵さんにでも回すとして、念波は適当に送り返しときますか>

<横っちの怨念と比べても遜色ないあたり、さすがといえばさすがなんやが、ああもバレバレじゃあ意味無いわな。お、破壊音が止んだな>

<横島さんの念は本当に直前まで気付けませんからねー、それに比べるにはちょっと……>

<経験者は語るっちゅーヤツやな>


 キーやんはかつて横島の怨念を一身にあび、さんざん苦しんだ挙句に神魔対抗麻雀で惨敗を喫したことを思い出したのか、身震いするようにその体をすくめた。
 神をも呪い、恐れさす横島忠夫、実に恐るべしと言えよう。


<とりあえず、西条君は後で神父愛用の育毛剤を送っておくとして。話を進めましょうか>

<せやな、結局こうして浅野内匠頭が切腹して、その後はどうなったんや?>

<この後、赤穂藩へ藩主浅野内匠頭切腹の第一報が5日後の3月19日に届けられ、それを受けた筆頭家老の大石内蔵助は赤穂にいる藩士に登城を命じます>

<自分達の親分が突然死んだわけやからな、それも罪をおかして……家臣団の驚愕はすごかったやろうなー>

<ましてや当時は情報伝達が遅かったですからね。ともかく、その後第5報まで連絡が続き、事の次第が知れ渡ったところで幕府から開城命令が通達されます。しかし、それに対して藩士達は開城派と篭城派に分かれて凄まじい論争を繰り広げる事になりました。しかし、それに対して内蔵助はあだ討ちを前提とした開城という提案で藩士達を纏め上げ、こうして幕府との戦争は回避されました>

<よく藩士達を纏め上げられたなー、こういう場合必ず暴走する馬鹿が一人や二人出てくるもんなのに。特に自分達の親分は殺られてて、相手の親分はお咎めなしとくれば納得できるもんやないやろう>

<それだけ内蔵助の人心掌握術が高かったということでしょう。それにあだ討ちを前提とした開城ですから、どちらの派閥に対しても納得が出来る落としどころだったんでしょうね>

<それで開城後はどうなったんや?>

<当然藩士達は浪人の身になります。ですからあだ討ち決行までの2年間、彼らはそれぞれ町人などに身をつやして生活していくわけです。その間、吉良邸の間取りの情報を得たりなど様々な内偵工作もありました>

<ほいでついに運命の日、元禄15年12月14日をむかえたんやな>

<そうです、年の瀬もせまる雪の日の未明、江戸に集結した元赤穂藩士四十七士が吉良邸の前に集結したのでした>


 長かった語部達の口上が終わり、スポットライトが舞台へ集まると、そこには雪の江戸城下の町並みが再現され、その中央の武家屋敷には物々しい格好をした少女たちが集結している。おそらく、彼女たちが赤穂浪士なのであろう。
 その中で、おそらく大石内蔵助であろうか、陣太鼓を持ったツインテールの少女は声を張り上げながら自分の背後に続く藩士達に声を張り上げるのだった。


「さあ、狙う首はただ一つ! いくわよ、みんな!」

「ほな、いっくよー!」


 大石内蔵助こと、アスナの鳴らす山鹿流陣太鼓の元、木乃香はタマモより借り受けた1tハンマーを振るい、吉良邸の門を破壊していく。
 当然、その破壊力は凄まじく、わずか数度の打撃音の後、その門は跡形もなく粉砕される。そして門が消えた瞬間、彼女たちは得物を手に吉良邸へと侵入するのだった。
 ちなみに、突入班の中で約1名、時代考証を完璧に無視したアサルトライフルを装備し、防弾防刃ベストを身に纏った大柄な少女がいたが、それについては見なかったことにするのが賢明であろう。さらに余談だが、何故かチャイナ娘と忍者もいたが、これについても深い突っ込みはご遠慮願いたい。


「い、今の音は何?」

「兄貴、大変だ! アスナの姉さんたちが討ち入りに!」


 そのころ、邸内の寝室で惰眠をむさぼっていたネギは、突如鳴り響いた破壊音と剣戟の音に目を覚ます。そして傍らにいたカモに何があったのかを問いただした。


「な、なんでアスナさん達が? 僕何もしてないのにー!」

「いや、兄貴は吉良役だし、それはしょうがないんじゃないか?」

「ねえ、カモ君……宝物庫にキラークイーンが出せるようになる鏃や、死のノートなんかないかな?」

「兄貴、それは吉良が違うって……ともかく、今は早く逃げないと!」


 カモは素早くネギの肩に乗り、ネギを逃がすために庭の一角にある薪小屋へと向かうのだった。




「わるいごはいねがー!」

「……アスナさん、あなたはどこのナマハゲですか」

「そんなこと言ったって、肝心のアイツがいないじゃないのよ! ねえ、長瀬さん本当にこの屋敷にいるの?」 


 アスナは呆れたような視線で自分を見るあやかに罰の悪そうな顔をするが、すぐに気を取り直すと情報収集を担当していた長瀬に目を向ける。すると長瀬は顎に手をやり、元から細い目をさらに細めてなにやら考えるような仕草をした。


「それは間違いないはずでござるが……」

「アスナさん、屋敷内の捜索は全て終えましたですけど、どこにもいませんでした」

「そんな……じゃあ無駄骨だったの?」


 そこに夕映が屋敷内の捜索を終えてやってくると、アスナは陣太鼓を取り落とし、崩れ落ちる。しかし、まだ絶望するには早すぎたのである。なぜなら、傍らにいたあやかが何かを感じ取ったのか、鼻をヒクヒクとさせながら歩き出しのだ。


「ん……これは……ネギ先生の匂い」

「ちょ、あやか! どこにいくのよ?」

「アスナさん、こちらの方からネギ先生の匂いがします」

「匂いって……あんたいつから人間やめて犬になったのよ」

「何を失礼な、半径500m以内ならネギ先生と小太郎君の匂いがわかるだけです。それに横島さんでしたら半径1km以内でタマモさんと刹那さんの気配を感じ取りますわ」

「いや、500mでも十分にすごいから、それ……っていうか、あんた最近横島さんに影響されてない? 妙に勘が鋭くなったりしてるし……」

「そうでしょうか?」


 アスナは小首をかしげるあやかを呆れたように見つめていたが、すぐに頭をふって気を取り直すとあやかの案内の元ネギのいるであろう場所へ向かう。やがて彼女たちが到着した場所は蔵の影に位置する薪小屋であった。
 

「えっと……ここにいるの?」

「間違いありませんわ」


 アスナはあやかに最後の確認を取ると、小屋の入り口へつかつかと歩を進め、その扉を叩く。


「ネギー! あんたここにいるんでしょ? 無駄な抵抗はやめてとっとと出てきなさい!」


 アスナは扉を叩きながら叫ぶが、ネギからの返事は一向に返ってこない。それゆえアスナはその扉に手をかけると、鍵がかかっているにもかかわらず、その鍵ごと扉をぶち開け、中に進入する。
 するとそこには――


「はうう、アスナさん!」


 ――薪ではなく、下着に埋もれたネギが目に涙を浮かべて小屋のすみで脅えていた。


「やっぱりここにいたわね……」

「あああああの、アスナさんこれは僕じゃなくて……」


 アスナは鬼の形相でネギを睨みつけながら、涙を流して弁解しようとするネギの肩に手を置いた。そして無言のままネギの服の中に手を入れると、そこからカモを引きずり出す。


「ふえ……アスナさん?」

「あああああの、姉さんは俺っちに何のようで? 吉良上野介でしたらそこに……ぐえええ!」


 アスナは無言のままカモを握る手に力をこめ、呆然とするネギをそのままに小屋の外へ出ると、やたらと殺気立つ皆の前に放り出した。


「あ、あの……姉さんこれはいったい……」

「エロガモ、今はただ祈りなさい」

「い、いったいなんのことで?」

「オコジョ君、私達はもはや物証も押さえ、知りたい事も全て知っている。そして君にはジュネーブ条約は適用されない、この意味はわかるね?」


 龍宮はアサルトライフルのレーザーポインタをカモの額にピタリと照準を合わせ、感情の一切を廃した冷徹な瞳でカモを見据える。カモは己の命が潰える寸前にいることを意識しつつも、それでもわずかな希望を得るために知らない振りをする。


「い、いったいどういう意味でしょうか。俺っちには心当たりはまったく……」


 ザン!


 カモが何とか言い逃れよと口を開いた瞬間、そのすぐ脇に長瀬の持つ手裏剣が突き刺さった。ここでようやくカモが周りを見渡してみれば、木乃香を除いた全員が顔を怒りに染め、得物を手にカモを見下ろしている。
 唯一の例外である木乃香にしてもいつもどおりの笑顔ではあるのだが、ポンポンと手に打ち付ける1tハンマーが妙に恐ろしい。そしてそんなカモに龍宮は殺気を振りまくでもなく、ただ淡々と話しかけるのだった。


「さて、いまいち事態を把握していないようだし、説明してあげよう。今から1時間前、楽屋で私達の下着が一斉に消え、その場にはオコジョのものと思われる白い毛が落ちていた」

「そ、それだけで俺っちが犯人とは……」

「なに、その辺は抜かりはない。楽屋裏から不法進入しようとしていた神様の調査官とかいう人にその毛を鑑定してもらった結果、100%君のDNAと一致したよ。そして今、消えたはずの下着がこの小屋の中にある……最後に遺言を聞こうか……」


 カモはもはや言い逃れが出来ぬと悟ると、がっくりと雪の大地に崩れ落ちる。そして涙を流しながら最後に絶叫した。


「わ、我が人生に一遍の悔いなーし!」

「その心意気やよし、では地獄で会おうか……」

「ぎゃああああー!」


 カモはその絶叫を最後に、赤穂浪士四十七士の凶刃をその身に受けて沈黙するのだった。そしてそれをカタカタ震えながら見ていたネギは、カモが昇天すると同時に、自分は助かったのだと安堵する。しかし、それは早計にすぎないということをネギはまだ知らなかったのである。


「さて、ネギ……あんた監督責任って言葉はしってるかしら?」


 ネギはポンと肩に置かれた手に硬直する。そしてギギギと音を立てて振り返ると、そこにはハマノツルギを大上段に振りかぶったアスナがネギを見下ろしていた。
 そして3秒後――


「いやあああー!」

「ちゃんとカモを見張ってなさい、こんのバカネギがー!」


 ――アスナ非常なる一撃を受け、吉良上野介ことネギ・スプリングフィールドは冬の夜明けと共に散っていくのだった。

 そしてこの日、江戸城下の町を練り歩く赤穂浪士の行列がそこかしこで見られ、その先頭を歩くアスナの持つ槍の穂先には、服の襟を引っ掛けられたネギと、尻尾を紐で結んで逆さ吊りの状態になったカモが額に『成敗』の札を貼られてぶら下がっていたのだった。



<こうして赤穂浪士達は見事浅野内匠頭の仇を取ったのでした>

<しっかしまあ見事なもんやな、警備も厳重だったろうに……>

<実際抵抗も激しかったようですが、赤穂浪士側に戦死者はいませんしね。これはすごいことです>

<まったくやな。で、この後はどうなったんや?>

<その後、赤穂浪士たちは吉良の首を浅野内匠頭の墓前に捧げ、幕府の沙汰を待ちます。そしてこの知らせを受けた幕府は紛糾するんですよ>

<そらなんでまた?>

<この浪士達の行動を義挙として支持した一派が結構ありましてね、まあそれ以外にもこんな行動は夜盗と同じだと非難した一波もあったんですが、これの対応に将軍は頭を悩ましたんです。ですが、ここでもし赤穂浪士を許したら前回の判決が間違いであったと認めることになり、当時の感覚ではその行動は為政者としてするわけには行きませんでした。ですから、綱吉は吉良邸に押し入った罪は罪としつつも、浪人であった彼らを武士として扱い、切腹を命じたんです>

<罪人としてではなく、武士として責任をとらせたっちゅーことか>

<そうです。そして赤穂浪士たちはその判決に従い、元禄16年2月4日に主である浅野内匠頭のもとへと旅立ったのです>

<これで一件落着っちゅーわけか……>

<はい、これをもって江戸を騒がせた元禄赤穂事件は終わり、その後彼らを基にした歌舞伎や浄瑠璃として仮名手本忠臣蔵が作られ、今に至ってなお伝えられてます>

<ふむー、長い歴史があるもんやな。ま、ともかくこれで今回の演目は無事終了したっちゅーことやな>

<ですね、今回は特に混乱もなく無事に終わりました……4回目にしてやっとですが。とにかく、これにて本日の演目は終了です、皆様お疲れ様でした>

<さて、次回はなんにしょうかなー>

<次回が来るかどうかも怪しいですが、とりあえず準備しておきましょう。それでは、皆様また次回お会いいたしましょう>


 語部の二人が手を突き、深々と頭を下げると、それに伴って会場は満場の拍手で埋まっていく。そして観客たちは何事もなく平和に舞台が終わった事に、なによりも惜しみない賞賛の声を送るのだった。



 番外編 「世界迷作劇場4」 end














 オマケ



「ねえ、横島……あんた将軍ってことは大奥があるんでしょ? じゃあこれから……」

「ちょ、タマモ……お前……」

「よ、横島さん。不束者ですがよろしくお願いします」

「刹那ちゃんまで……おいタマモ、お前何をして……って着物の肩をはだけるんじゃありません!」

「あら、だって私は横島の大切な人なんでしょ?」

「私は横島さんのものなんですよね?」

「そ、それはその言葉のあやというか……」

「いいじゃない、もうこのまま堕ちよう……三人で」

「横島さん……やさしくしてくださいね」

「……の、のきょぉぉぉぉぉ!」


 観客が全ていなくなった後、なにやら舞台の裏で切羽詰った男の悲鳴が上がる。
 そして翌日、みんなの前に現われた刹那とタマモはやたらとツヤツヤとした表情をしたり、横島は妙にやつれたりしていたりは――しなかったそうな。


おわっとけ




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