二人?の異邦人IN麻帆良 NEXT
及び、斬魔交響曲デモンベイン=グローリー
「もしもデモグロの世界に異邦人のキャラが来たら」
―――最終話(前篇) 「隣り合う世界」
より分岐した、
「交錯する世界」―――
by みみウラン
「で、ここはドコだ?」
木乃香が闇巫女として目覚め、刹那と横島を引き裂こうとするネギへ死と破壊の嵐を振りまこうとした時、横島達は急に光に包まれた。
気がつくと横島は一人、エヴァの別荘の広場ではなく、木々が脇に生える歩道の真ん中でたたずんでいたのである。
正直あまり思い出したくないのだが、木乃香に追い詰められたネギが例の改良型カシオペヤをいじっていたような気がする。
となれば、カシオペヤが起動し、どこか別の並行世界に飛ばされた可能性が高い。
横島はとりあえず自分達がいる場所を確認しようと周囲を見渡す。
「あれ?」
その場所には見覚えがあった。
むしろ、馴染みのある場所だ。
そう、ここは麻帆良学園女子寮へと続く桜通りであった。
「なんだ、慌てて作動させたせいで流石に別荘から外に転移しただけか」
ホッと胸をなでおろす横島。しかし、それもつかの間、先程まで一緒にいた筈の面々がいない事に気付く。
「それはそうと、タマモに刹那ちゃん達も何処かそのあたりに飛ばされているんだよなコレ」
そして横島は、とりあえずタマモと刹那を探すなら、まずは彼女達のクラスメイトが住んでいる女子寮にでも行って事情を……常識的に考えて門前払いどころか流石に知人以外に見つかった場合、最悪警察のお世話になる可能性があるので却下。
そもそも、夏休み期間なだけに学園内にいない生徒もそれなりにいるわけで、女子寮に行くメリットはあまり無さそうである。
「あの、この先は女子寮ですが、何の用ですか?」
横島が横島らしからぬ思考で突っ立っている所にかかる声、タマモ達のクラスメイトであり横島とも親しい間柄である朝倉和美である。
だが、今の和美が横島に向ける表情は訝しげなものと、それ以上の嫌悪感であった。
「あれ? 和美ちゃんじゃないか。確かハルナちゃんと一緒にコ○ケに行った筈じゃなかたっけ?」
対する横島は、俺最近で和美ちゃん怒らせるようなことしたっけ? と内心で首をかしげながらもいつもの調子で語りかける。
「はぁ?」
だが、和美の反応は訳が解らないと言わんばかりの、不快さも浮き出た疑問符であった。
「コ○ケどころか即売会の時期でもありませんが?」
「そ、そっか」
コ○ケに行く事になったという話は、直接本人から聞いたものでは無かっただけに、横島はこれ以上の追求をする事は無かった。
だが、ここでもう少し横島が言葉の中にある意味を深く考えていれば、もしかしたらこの先の不運を少しは避ける事が出来たかもしれない。
「それはそうと用が無いのでしたら女子寮に近づかないでくれますか?」
「え? いや用はあるにはあるんだけど、だけど別に近づくつもりは無かったけど……って、どうしちゃったんだよ? 俺が何をしたんだっての」
和美の剣幕にたじろきながらも、言葉を紡ぐ横島であったが、横島が女子寮に近づかないと宣言した所で、和美はこれ以上関わりたくないと言わんばかりに踵を返して女子寮の方に去っていった。
「マジで何なんだよ……」
あまりに酷い和美の態度に、流石の横島も不快な表情を浮かべて、思わず悪態をついてしまった。
「正直向こうでは生きていくだけで精いっぱいなんだ……」
麻帆良学園敷地内の一角の屋台でグダを巻いているのは、10歳という年齢で中学生教師をしているネギ・スプリングフィールド。
その彼は隣に座っている先客が持った酒瓶から注がれる黄金色の酒の入ったグラスを煽りながら更に言葉を続ける。
「君も苦労しているんだね……」
隣の少年の愚痴に相槌をうちながら、自分は手に持った酒瓶をそのまま煽るのは、この地で教鞭を振るう少年教師ネギ・スプリングフィールド
日も落ちていない時間帯だと言うのに、屋台の店主が、『二人の同じ顔の未成年が酒盛りをしている』といういろいろと珍妙な光景を気にもかけず、どでかいどんぶりにおでんを盛って差し出すのは、何も認識魔法の過剰効果に限らず、麻帆良学園都市で生活する事で色々と良識が致命的な欠落を起こしている点は決して小さくない。
「横島さん達がこっちに来てからっていうもの、横島さんとタマモさん絡みで厄介ごとが更に雪達磨式に大きくなって、日常的にも気を抜けばタマモさんのハンマーでヒマラヤ山脈ぶち抜いきつつ世界一周旅行が勢いあまって二週三週やったり、アスナさんのハマノツルギで大気圏を生身で突破するハメになったり! そのうち何割から横島さんへのオシオキのトバッチリなんだよっ!」
一口酒を含んで、酔った勢いで愚痴るネギ。
つまるところ、残り何割かは自業自得であり、ここ最近においては“ほぼ”自業自得だったりもする。
むしろ、そのネギへのオシオキのトバッチリを、小太郎を始めとして他人が盾になって受けてしまう事すらあるあたり、既に同情にすら値しない有様に成り果てている感もある。
「解る、解るよ! それもこれもタダオさんが何かにつけて面倒ごとを引っさげて来るから、僕も睡眠時間どんどん削られていくんだ!」
こっちは一端酒瓶を脇に置いて、目の前に出された山盛りのおでんからゆでたまごを取り出して一口で飲み込むネギ。
しかし、睡眠時間を削られているのはネギだけではなく他の仲間も同じである。
そもそも、邪神絡み面倒事が起こるのは何も横島のせいですらないので、ぶっちゃけ酔った勢いの八つ当たりである。
「そーだそーだ! 横島さん達さえ、横島さん達さえいなければ、僕は安穏の日々を取り戻せるんだっ! だから……だから……僕は横島さん達を彼らの世界に返品しようとしたんだ! だけど此処麻帆良学園じゃないか! タダの空間移動だなんて大失敗じゃないかっ!」
「いや、ちゃんと平行世界に跳んでいるよ? 何より目の前に僕がいるのに気付いてる?」
ちびりとグラスの酒を口に含むネギの嘆きに、おでんのちくわを飲み込むように胃の中に収めて応えるネギ。
どうやら、片方のネギはそのあたりの知識にはかなり聡しいらしい。
「だけど、いくら異世界転移が成功したからって、ここに横島さんとタマモさんだけを置き去りにするにしても、アスナさんと木乃香さんに、刹那さんや茶々丸さんまでついてきてしまったみたいなんだよ!」
だが、もう一方のネギも頭の回転は良いらしい。
異世界移動が成功しているとはいえ、目的はあくまで横島兄妹の返品ないし異世界への投棄である。
しかし、現状は横島兄妹だけでなく他の生徒までこの世界に来てしまっている為、うまく立ち回らないと全員でそのまま帰宅する骨折り損に成りかねない。
「ついでだから全員置いていけば? 話聞いていると既に絡繰さん除いて、皆、君の害になるって感じだし……」
そんなネギの嘆きを何処か呆れるような口調で聞き流すかのように意見を口にするネギは、でんがくを箸で摘んで口に放り込みながら、もう一方の手でスジ串を取ってかじりつく。
実際、このままネギだけがカシオペアを持って元の世界に戻れば少なくとも横島兄妹はこの世界に置き去りになり目標達成となるだけでなく、実情としては目の上のタンコブと化している自分の従者や生徒も一緒におさらばで切り捨てるまたとないチャンスである。
「何気に君って外道!?」
「……失礼な。君の生活安全保障の妨げになっている感がひしひし伝わって来るから、解決案の一つを示してみただけだよ…………だけど流石にそれはちょっと担任として拙いか」
「拙いでしょ!? 下手をするとマギステル・マギ(立派な魔法使い)どころじゃなくなるよっ! ……あ、でも確かに僕の生命を脅かしているのって横島さんにタマモさんだけじゃなくアスナさんやこのかさん、最近じゃ刹那さんもって気がする」
「いっそ、麻帆良学園から出たほうがいいのかもね。そもそも、マギステル・マギとか話聞いているともう無理っぽいし、主に生き方そのもののレベルで」
「うわっ、しまいには僕の存在意義全否定っ!? 君、人でなしって言われない? っていうか本当に人でなし! おでん、僕のぶん全くナシ!?」
二人の目の前にあった山盛りだった筈のおでんは既に空になっている。
勿論一方のネギが酒をちびちび煽って愚痴っているうちに、もう一方のネギが全部食いきってしまったのだ。
「何を今更……食い物は早い者勝ちだよ。それこそ弱肉強食の理だ」
怒るわけでもなく、逆に嘲笑うわけでもなく、息をするかのようにさも当然のようにつまようじで歯を掃除しながら応えるネギ。
そう、彼は外道中の外道の知識に身を堕とした、魔術師(マギウス)ネギ。
デフォルトで後ろ指刺されてしまう人でなし共である。
「それに、そっちも大変そうだけど、これから僕だってインド近辺の超古代文明で関連している旧支配者あたりの資料探しにこれからセラエノ図書館行きだよ! こう事あるごとに蜂蜜酒ガブ飲みしなきゃいけないから、最近肝臓のあたりが傷むんだよ! 栄養だって取れるときに取らないとすぐにエネルギー切れだ!」
「うん、それって肝臓手遅れだと思うんだ。というか、そろそろ遺書の内容に頭を悩ませる時期だよ、うん」
むしろそのまま暴食が祟ったメタボとアルコール肝臓病併合でぽっくり逝けば、そのまま自分が彼と簡単に入れ替わり、あの日々が生死に直結する横島兄妹が住まう麻帆良から逃れた後の生活も保障されると細く微笑むネギ。この世界にわざわざ置き去りにしなくても自分がここに残ればいいのではないかと思い立つのであった。
そう、彼は己の欲望の赴くままに生きる事を教義とする暗黒神ファラリスの闇司祭(ダークプリースト)ネギ。
自由であるが故に腹黒いのがデフォルトなのは、人間の本性が悪である事の証明なのかもしれない。
「うわ! この僕すごくムカつくっ!」
「君に言われたくは無いよ、うん」
一人であてもなく歩き回るには、この麻帆良という場所は広すぎる。
とりあえず、商店街区画に足を運んだ横島はそこでタマモ達でなくとも、誰か知人を見つけることが出来ないかとあたりを見回す。
だが、自分の見知った顔を、それもタマモ達のクラスメイトの姿を幾度か見つけることは出来た事は出来たのだが、その彼女達も横島の姿を見るなり、声を掛ける間も無く避ける始末である。
横島としても、無理に声をかけてお互いに不快な気分を延長する気にはなれず、周囲の目もあり、結局は誰にも声をかける事が出来ずに途方に暮れるしかなくなっていた。
「あー、くそ……一体何なんだよ」
丁度近くにあったカフェテラスが開放してある野外テーブル席の一つで突っ伏しながら横島は深い溜息をつく。
クラスメイトの少女達だけではない、それなりに有名人ではあり、間違いなく麻帆良の住人である筈の自分に対して、心なしか周囲の空気が余所余所しい。
学生然り、教員然り、店員然り、警備員に至っては睨みつけるような視線を向ける者もいた位だった。
“疎外感のような”というよりは、既に“間違いない疎外感”を肌で感じ取りながらもう一度深い溜息をつく横島の耳に、こちらに近づいてくる足音が入ってくる。
「あれ? ガンドルフィーニ先…生……?」
近くで足音が止まったことで、何者が何用かと顔を上げると、眼鏡をかけた黒肌の教師、ガンドルフィーニがそこに立っていた。
横島とガンドルフィーニとは飲み仲間と言える間柄の筈なのだが、今のガンドルフィーニが横島に向けるのは明確な『敵意』だけであり、その明らかな違和感に思わず横島は言葉を詰らせてしまう。
「横島忠夫。用も無いのに学園内を好き勝手に歩き回って欲しくは無いのだが? そもそもこの学園は――」
「え? ちょっと?」
と、横島の態度など気にもとめずに鬱憤を晴らすかのように、次々と苦言を呈するガンドルフィーニ。
やれ、魔法使いのテリトリーで部外者が大きな顔をして仕事を横取りして欲しくないだとか、ネギと関わって彼の将来に悪影響が出るのではないのかとか、給料が少ないのは誰のせいだと思っているのかとか……言い掛かりでありながら、何処か完全否定しきれない文句が次々と飛び出す。
最初こそ、ガンドルフィーニの苛立ちぶりの異様さに、横島は言いたい事はあるにはあったがそこは堪えて、障らぬ神に祟り無しとばかりに黙って愚痴につきあって、何かややこしそうな事情を含んだ会話内容は右から左に聞き流して――
「――正直私としては君達がこの学園内で活動している事自体気に入らないのだ」
――横島以外の身内に言葉の矛先が向かったと同時に、あっさりと脳裏でぶちりと何かが切れた。
「俺はともかく、タマモの何が気に入らないってんスか!」
先ほどの態度から一転し、横島は怒りに任せてガンドルフィーニに掴みかかる。
「は?」
傍から見て、襟首を掴まれても不自然では無い程に理不尽な事をガンドルフィーニはしてはいる。
そして、ガンドルフィーニ自身、魔法使いの体面も関わって来る苦言そのものが目的ではあるものの、“襟首を掴まれる”結果が予想外などというおめでたい思考まではしていない。
「ええ、確かに俺はスケベでお調子者で鼻つまみ者でございますよ? だけどな! だからってアイツの事まで――」
「すまないが、タマモとは誰の事だ?」
ガンドルフィーニの記憶には、そのような名前の人物など、この学園に現れる横島の関係者には存在しない。
それ以前に、ガンドルフィーニの脳裏ではあくまで『ゴーストスイーパーと魔法使い』の対立であり、個人を名指ししているつもりは全く無かったのだ。
「――え?」
全く予想外の一言に、怒り心頭だった筈の横島は、一瞬にして間の抜けた顔をして、ガンドルフィーニの襟首を掴んでいた手の力も緩む。
「君の前で君以外の人間を悪く言った形になった事は謝る。しかし、君も部外者でいる以上、目に余る行動は慎んでもらいたい」
手が離れた襟首を正しながら、流石にバツの悪い顔で一瞬目を逸らすが、正面を向いて頭を下げるガンドルフィーニ。
このあたり律儀な部分は、彼の根が真面目な事の表れだろう。
そして、“そもそも何故ゴーストスイーパーが麻帆良にいる”だとか、”何故学園長はネギ君があの男の所で居候する事を認めたのだ!”とか吐き捨てるように愚痴を零しながら去っていくガンドルフィーニ。
だが、横島の耳にはその台詞は全く入ってこなかった。
「……タマモを知らない、だって?」
今の彼には、ただ一つの――それも到底認める事の出来ない――事態が頭の中を占めていたからだ。
「そもそも昨日まで、ロンドンで平行世界の間に挟まった鏡面世界から生じた虚構世界から復讐と人類奴隷化の為に侵略してきた鉄人兵団相手にルルイエ異本の魔術師と共同で更に人類に代わって牛魔王さんを頭に妖怪達が社会を形成している別の世界で牛魔王さんの軍勢を説得しながらなんとかカオスさんとウェストさんの共同研究で完成した呪法兵装とルルイエ異本の蒼い鬼械神の原子崩壊クラスの必滅奥義でなんとか連中を殲滅したんだよ!
そんな最中にインド神話の文献調べるヒマないかって電話かけないでよ! ヒマなんてあるわけないじゃないかタダオさん!」
今度は魔術師ネギの愚痴を闇司祭ネギが付き合う番になっていた。
そういえば、あれだけのおでんを胃袋に詰めたにも関わらず、まるで堪えていないばかりか、日ごろそれだけ食べているのにまるで肥満の影が無いのはいかなる身体の神秘というか怪異なのだろうかと、ちびちびと甘ったるい癖に異常に度が強いせいでとても一気飲みできない黄色い酒を口に含みながら闇司祭ネギはぼんやりとそんな事を考えていた。
「言っている事がさっぱり理解できないけど、君も苦労しているんだね……だけど、そのロンドンの事件と横島さん自体は関係無いじゃないのかい、それ?」
「関係大有りだよ! 使用した虚数展開カタパルトと呪法兵装はタダオさんの所有だから、正直タダオさんいなければ僕がそこで力尽きて屍晒すだけならまだいいとして、最悪この世界と今回関わった並行世界の全人類と全妖怪がメカトピアの奴隷として脳改造されていた所だよ!」
「……いや、それって横島さんに感謝こそすれ、文句を言う筋合いとか無いように聞こえるんだけど」
「それが大有りなんだよ! その事件解決してロンドンのケディオゲネス=クラブから多額の報酬が振り込まれたのをいい事に、虚数展開カタパルトと呪法兵装の使用料としてまるまるタダオさんにふんだくられたよ!」
「ごめん、既にいろんな意味で僕の金銭感覚では理解出来ない」
確かに、意味はよく判らないが世界を股に掛けた異次元規模の大決戦の報酬がふんだくられれば拗ねてヤケ酒になるのもムリは無いか。
魔術師ネギの足元に転がる数本のビンを見ながら、闇司祭ネギは少しばかり彼に同情するのであるが……
「まぁ、それにおいては、資金は有意義に施設の維持と兵器の研究強化修繕にしっかり還元されるから別にいいんだけど」
兵器が全て横島のデモンベイン=グローリーだけのものなら少々話は変わるが、今回新規に用意された兵装はネギの鬼械神、スプリングウィンドでも使用出来るよう、というか主に広域殲滅呪法や必滅術式が現在の横島一味で一番乏しいネギの使用を前提としたものなので、実質自分の明日の為の有意義な投資と言えた。
「……だったら何が不満なんだい?」
心の中で『こいつ完全に酔っていやがる』と突っ込みながらも、訝しげに次の言葉を促す闇司祭ネギ。
どちらかといえば、よくもまぁこれだけ呑んで呂律が廻るものだと今は感心していたりしている感がある。
「タダオさん宅って食費かかりすぎなんだよ! 給料のほとんどがタダオさん宅の食費に消えているんだ! 主に産地直送ペンギン肉!」
食費といってバカにしてはいけない。
同居人の三人と2冊とも多量の燃料を必要とする為に、一般の数倍の食費が一気に消えてしまうのだ。
その暴食ぶりたるや、来日して暫くは給料が支給されていないせいもあり、本当にどうやって凌いでいたのか思い出せないくらいに必死で、給料振込みがあってそれを食費として収めても、次の給料振込み前に食費が底をついて気付けば得体の知れないモノまで鍋に入る生活を強いられていた程だ。
――先月末まで。
今月からは、同居人の農作物売り上げも食費に加算されるので、やっと極限型雑食そのものの生活から真っ当な食生活にシフトチェンジ出来た横島宅の食生活事情である。
ちなみに費用だけで見た場合はペットのショゴスの食費が一番負担が大きいのはご愛嬌。
「金銭問題の筆頭が食費!? そんなの可愛い過ぎるよっ! タマモさんや横島さんにが暴れて学園の各所にクレーター作るたんびに修理費が担任だからって理由で僕に廻って来るんだよ! というか、そんなに金銭困っているんなら、教師なんかやってないで大人しくロンドンのケディオゲネス=クラブとやらに就職しとけばいいじゃないか!」
だが、流石に食費という不満など聞いている限り、いや、一般から大きく逸脱している実情を正しく理解したとしても、どう考えても闇司祭ネギの生活事情と照らし合わせると不満のうちにすら入らない愚痴には、流石に闇司祭ネギが怒りを露わにして絶叫する。
ちなみに、その破壊活動の回数に規模たるや、一介の教師の給料で払いきれるものではないので、何気に出世払いの借金地獄に片足を突っ込んでいるネギである。
当然、あちらの横島にも賠償請求はしっかり廻ってくるので、彼も働けど働けど借金は減る気配が無い。
彼らの常軌を逸した暴力活動は、下手をしたら状況によってはこの世界の魔術師が一回の戦闘で齎す周辺被害下方平均(地方小都市壊滅レベル、場合により半径数キロメートルの焦土化レベル)に匹敵、若しくは超える場合も有るだけに、収益があくまで一般の公務員と自営業レベルでしかない彼らにとってはまさに借金地獄。
このまま放置していれば、借金は雪達磨式に膨れ上がり、いずれ闇司祭ネギもあちらの横島も借金を苦に一家心中をするしか道が残らない可能性さえある。
もしかしたら、あちらの横島宅か闇司祭ネギの部屋で目を凝らせば、隅でソンブレロを被った何故かメキシカンな貧乏神の姿を見ることが出来るかもしれない。
「うわぁ……借金は無いほうがいいよ? 一度嵌ると大体泥沼化して沈むだけらしいから」
ちなみに、こちらの横島宅にはオッドアイのペドフィリアの神とか、人外ロリのエロ尻の神とかが既に居座って、なおかつゴクツブシを兼任しているせいもあり、他の神様の入り込む余地は無いらしい。
「うわ! この僕すごくムカつくっ!」
「君に言われたくないよ、うん」
「そうだ携帯だよ携帯!」
今更になって携帯電話の存在を思い出し、横島はポケットから携帯電話を取り出す。
何気に先ほどまでの周囲の反応に気が滅入ってしまっていたのが大きいのだが、確実性の高い連絡手段がある事実が示された事で、横島の精神に若干の余裕が戻る。
(こう、アイツの声を聞きたいと思ってしまうと、携帯電話を操作している時間でさえもどかしくなるもんなんだな……)
電話帳からタマモの名前を選択しながら、寂しい時に恋人に携帯電話をかける青少年ってのはこんな気持ちなんだろうなと柄にも無い事を考える。
だが、その甘酸っぱい思考も、ダイヤルボタンを押した瞬間――
『おかけになった電話番号への通話は現在お取り扱いしておりません、もう一度番号を―――』
――電話番号が扱われていない事を通達する定型音声が間髪入れずに返って来る事で、一瞬にして意識がブラックアウトしそうになる。
「ち、ちょっと待て」
何かの操作ミスだろうかと再び携帯電話の表示を見直して再ダイヤル。
「……か、かからねぇ」
悪夢の様な事態に暫し呆然とする横島。
まるで、タマモがこの世界に初めからいないかのような状況に、目の前が暗くなる。
だが、それでも自失しなかったのは、横島にはタマモと同じく大切な少女がいたからに他ならない。
「刹那ちゃん! 刹那ちゃんはどうなんだ!?」
この悪夢を振り払うかのように、いや、追い詰められるようにして刹那の番号にダイヤルをする。
タマモだけでなく、刹那までいないとなれば、それこそ横島は大切なものを両方とも失ってしまったことに他ならない。
呼び出し音が響く中、彼女の声が出ることを縋る思いで待つ事しばし。
『はい、桜咲です』
声で判る。
横島の知る、愛しい彼女の声が電話越しから聞こえてきた。
「ああ、刹那ちゃん!」
刹那の声に、思わず感激の声を上げる横島。
『どちらさまですか?』
だが、対する刹那は声の主が判らないのだろう、訝しげに尋ねて来る。
「俺だよ、横島忠夫!」
その反応に若干嫌な予感がするのを気付かないふりをしながら、努めて明るく振舞って答える横島。
『――何か御用ですか?』
電話の向うの刹那は、横島の名前を聞いた瞬間、一瞬押し黙った後、信じられないほど平坦な声で話し出した。
「い、いや、用ってほどじゃないんだけど、その、今刹那ちゃんどうしているんだって気になって」
『そのような事で携帯電話などかけないで戴きたいのですが。そもそも私と木乃香お嬢様との一件の報告書はそちらにも渡されていると聞き及んでいますが』
電話越しだというのに、思わず身震いすら覚える剣幕のこもった声。
「そ、そうか」
まるで、赤の他人。それも嫌悪の対象だと言わんばかりの刹那の声に、今度こそ横島は茫然となる。
『それでは失礼します――』
「た、タンマ!? そう! タマモのヤツ知らないか? 携帯かけても番号は使われておりませんって……」
刹那から、あしらわれるように通話を切られる寸前、どうしてもこれだけは確かめなければならないと、最後の気概を振り絞り、タマモの事を刹那に問いかける。
しかし……
『タマモ? それはどちらさまですか?』
「え……?」
『これ以上用が無いのでしたら、これで失礼します』
「ち、ちょっと! 刹那ちゃん――」
今度こそ、通話が切られ、無情な回線切断音が流れる。
「冗談……何かの冗談だろっ!」
起こった事が信じられず、受け入れられず、縋るように再びダイヤルをする。
しかし、刹那は二度と電話に出ることは無かった。
迷惑電話着信拒否に登録されたのだ。
「……僕が夜中に神への祈りを捧げるささやかな時間さえも、同室のアスナさんに気付かれないように息を潜めながら音声遮断の魔法をかけてひっそりとしなければいけないんだ。もし気付かれたらアスナさんのハマノツルギでやっぱり空中遊泳! これまで既に4回ばっかり御神体破棄されてそのつど買い直ししているんだよっ!」
そう、闇司祭ネギ、事あるごとにプラモ屋からMGフリーダムガンダムを黒のガンダムスプレーと一緒に購入していて、何気に小さいところから財政圧迫を強いられているのだ。
一個数千円で済むとはいえ、これも塵も積もれば山となる。決して無視できる出費額ではない。
「そりゃ、そんな如何わしい宗教やっていれば誰だって実力行使するよね……仮に、タダオさん宅でそんなマネしていたら、発見次第間違いなくその場で討ち滅ぼされて魂魄も残してもらえないよ? ガチで」
信仰という、ある意味人にとって魂の支えそのものの嘆きに対して、魔術師ネギは心底馬鹿にしたような呆れた表情で首を左右に振る。
彼らは抵抗者。神への畏怖を唾棄する不遜者達だ。
具体的に、世界各地で数多くの邪神教団の御神体を拠点含めて跡形も無く吹き飛ばしてきた破壊者である。
「ううっ、アスナさん……なんで彼女は僕のパートナーなのにファラリス様の偉大さを理解出来ないんだ……あ、そうだ、この際だから君も一緒に自由を司る偉大なる暗黒神ファラリス様に祈りを捧げようよ! 異世界の僕もファラリス様の偉大さを理解したと知ったら、よくよくはアスナさんもきっと判ってくれる筈!」
「いや、だから僕、邪神狩人だよ? 邪神は敵だから、見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だから」
もう一度言おう、
彼らは抵抗者。神の摂理に抗う不届き者達である。
これまで神として崇められた怪異共を討ち滅ぼしてきた神殺しである。
「うわ、バチ当たりここに極めり? そのうち君には絶対ファラリス様の怒りの一撃が脳天直撃するから、絶対!」
「上等、伊達に6年前に外なる神に喧嘩売っっちゃいないよ」
しつこく言うぞ。
彼らは抵抗者。畏れ多き宇宙を統べる神に左手の中指突き立てて、喧嘩を吹っかけている人種である。
しかし、流石に協力者であるこの世界の神魔族連中の仕事までも雪達磨式に増やす暴虐ぶりは、多少なりとも反省すべきではないだろうか?
「というか、そんな心底どうでもいいことより、さっきから気になっていたんだけど、アスナさんがパートナー? というか、一緒の部屋?」
しかもちゃっかり、本気でどうでもいいと話題を変更する所が魔術師ネギの性質をよく表している。
「え? 何かおかしなことでも?」
そう、そしてこれが何年も邪神眷属との闘争を繰り広げてきた魔術師の少年と、最近になって闇司祭として目覚めた少年の致命的な相違。
「ねぇ、向こうの僕。 君は一体何処で寝泊りして、何処でそのふぁらりすとかいう、いかにもクローさんがループしていた世界で戦っていた秘密結社がモットーにしている教義そのまんまな邪神に祈りを捧げているんだい?」
「え? 女子寮のアスナさんとこのかさんの部屋に決まっているじゃないか」
「君はそれについて何か思うところは無いかい? この際、マギステル・マギ(立派な魔法使い)という建前は無視して、主にいち紳士の面子において!」
「そういう君だって、この麻帆良学園の女子中等部で先生やって、女子寮から通勤なんだろ!?」
「何言っているんだ! 僕は麻帆良学園敷地から出て電車で一時間、バスに乗り換えて40分、徒歩20分の農村部の築数十年の木造家屋の狭い部屋で、クローさんとタダオさんの野郎三人でザコ寝だよザコ寝!!」
「ま、まさか朝起きると横島さんに抱き枕にされているとか……」
「されるかぁ! 気色悪いッ! つーか、そういう発想に行き着くってことはアレだな? 『お姉ちゃーん』とか寝ぼけながら神楽坂さんの胸に顔を埋めるような事やっているんだろ!」
「それはたまにしかしないよ!」
「たまにでもやっているんじゃないか! このムッツリ!
君がそんなんだから、僕までムッツリスケベの烙印を押される始末なんだよ! 魔法を使えば服を飛ばしたりパンツを消したり、寮の大浴場で宮崎さんや綾瀬さんあたりに体洗われたり、脚が滑ったら早乙女さんあたりの胸に埋もれてラッキースケベやったり、佐々木さんあたりにイチモツ見られて『まだまだ子供だけどね♪』とか逆セクハラされたりのラブコメ生活満喫なんだろうがこのシスコンムッツリ!」
「そういう妄想に走れるあたり、君だって充分ムッツリじゃないか! この妄想ムッツリ! ……実のとこそういうセクハラ願望ありまくりなんじゃない? 何気に横島さんばりの煩悩っぷりじゃないか? この煩悩ムッツリ!」
会話を知人に聞かせれば、間違いなく評価ガタ落ちエロ紳士ではなく単なるムッツリ変態という評価になるであろう、互いの罵り合いに発展していくダブルネギ。
言葉を重ねれば重ねるほど、何気に一方の問題点がもう一方にも当てはまり、お互いの見苦しい事実が露出する事を気にもせずにお互いの価値をどんどん貶めていく様は傍から見れば滑稽以外の何者でもない。
「ハッ! そんな甘々ウッフンチラリにポロリでストリップもあるよな日常で、たまにタダオさんあたりがドツき漫才系の厄介ごと引っさげる程度で音を上げるなんて正直鍛え方が足りないんじゃない?」
「よく言うよ、君の方こそペンギン肉なんて得体の知れない食材なんかで愚痴垂れるような台所事情とか、案外余裕かました日常過ごしているじゃないか! と言うか、君の敵とかいう邪神とか信者どもなんてじゃコッチまるで聞いた事も見た事も無い位だし、実際マイナー過ぎて口ほどにも無いんだろ!」
僕の信奉する偉大なる暗黒神ファラリス様の威光の前では、『くとるー』とか『はすたー』とか耳にした事も無いマイナー神なんて霞む霞むと強気に高笑いする闇司祭ネギ。
ちなみに闇司祭ネギの頭の中では、魔術師ネギと横島が自力でしかもガチ(ここ重要)で結構あっさりと敵対勢力を撃退しているらしい物言いから、せいぜいがヘルマン以下のレベルと認識しているようだ。
そんなゾウとミジンコの差を越える脅威誤認をする闇司祭ネギの頭を、万力の様な馬鹿力で鷲掴みする手が置かれた。
「そうか、大したこと無いなら問題無いね?」
「……あ、あの、どちらさまですか?」
「あー、ハヅキ。準備いいよ。あ、でも蜂蜜酒またウェールズから取り寄せないといけないや」
二人のネギが振り向くと、そこには紫がかった白髪の、道化の様な珍妙な服装をした少女が無表情に立っていた。
闇司祭ネギの頭には、その少女の爪がしっかり食い込んでいるのだが、顔色から見る限りあんまし痛くはないらしい。しかし、背後の少女から洩れる瘴気たるや、この世のものとは思えない禍々しさである。
というか、実際、異界の魔風なので、ガチでこの世のものではないのはご愛嬌。
そう、彼女こそ、魔術師ネギの魔導書『セラエノ断章』の精霊、ハヅキ。“名状し難きもの”の異名を持つ旧支配者(グレート・オールド・ワン)ハスターの力を享けた存在である。
「あのねぇ……イギリスに戻った際にロンドンでの戦闘前と戦闘後でもそれぞれ受け取っているじゃない。流石にネカネだけでなくエヴァンジェリンまで、『ネギは呑み過ぎなんじゃないか』って、私にクレームつけているんだよ?」
「しょうがないじゃないか……それもこれもタダオさんが厄介ごとを引っさげて来るからなんだし……」
「……なんか、傍から見ていると横島さんを口実に、只呑んだ暮れているだけな気がしてくるんだけど」
闇司祭ネギの言葉に、少し疲れた表情で魔術師ネギに対して溜息を吐くハヅキ。
彼女も魔術師ネギの素行に対して、色々と思う所はあるらしい。
だが、今の彼女はそれよりも優先する事があった。
「まぁ、それはそうとネギ。蜂蜜酒もしっかり飲んだようだし、 出 か け よ う か ?」
「あの、どちらへ? といいますか、一緒に出かけるのは僕ではなく、そちらで酒ビン片手にラッパ飲みしている呑んだくれの方では?」
「忠夫が頼んできた資料を調べに、アルデバラン(地球から65光年の距離)のカルコサ経由でプレアデス星団(地球から400光年の距離)のセラエノ大図書館までの一泊二日」
「カッコトジの数字がシャレになってないんですがっ!? というか、なんでそんなとこに図書館!? ちょっと待って!」
「暗黒神の加護があるから大丈夫なんでしょ? 旧支配者も外なる神もファラリス様の前では怯えて逃げていくんでしょ? ほら、大丈夫じゃないか。それじゃ逝くよ」
唯一の巨人の右手より生まれた暗黒神ファラリス。
フォーセリアと呼ばれる世界ではそれなりの力のある神ではあるのだが、戦争で肉体を失っており更に弱体化が著しいそうだ。
ちなみに、外なる神々といえば、文字通り外なる宇宙に存在する超次元の超存在であり、人間なんぞ塵芥にも値しないわけである。
旧支配者においては、まぁまだ外なる神々と比べればマシといわれているが、それでも普通の人は見ただけで発狂死。最悪“見られた”だけで発狂死確定な超次元の恐怖の存在である。
尤も、弱体化というべきか、現世に及ぼせる影響という点のみに限定して比べるなら、封印されたりしている旧支配者や外なる神々もどっこいどっこいな気もしないではないが、それをさっぴいても到底人類がどうにか出来る次元を逸脱しているのが連中だ。
故にジャンルはコズミックホラー。
そんな、明らかに無駄な抵抗を涙ぐましく愚かしいまでにやっているのが抵抗者。
それを『大した事無い』と言い切れるならばファラリスうとかいう神様の力を見せてみやがれと、ハヅキさんご立腹なわけである。
「うわ! 今逝くって言った! 逝くって言った! 助けて! ホントに助けてっ! アスナさーん!」
哀れファラリスの信者たる闇司祭ネギは、セラエノ断章の精霊の変化した魔翼機バイアクヘーに引きずられる形で、遥か400光年の先まで、ファラリス神の威光を示す布教の旅に出たのであった。
「逝ってらっしゃーい」
あっと言う間に、文字通り夜空の星となったハヅキと闇司祭ネギを見送りながら、手に持った酒ビンを呷る魔術師ネギ。
外なる神々に対する知識はさっぱり無いみたいではあったが、ナニやら力のありそうな異界の神を信奉し加護を得ている彼だ。ハヅキもついているなら、結構名状し難いナニかを目の当たりにして多少のトラウマを負うであろうが、ちゃんと帰って来るだろうとアタリをつける。
具体的には、あまりものおぞましさに、それを二度と見ないように自分から目玉をくり抜いてしまうものの、しっかり脳髄にやきついちゃってやっぱりムダでしたって位のトラウマを抱えての帰還になるであろうが。
「それにしても、生徒に助けを求めるなんて、教師として恥ずかしくないもんかねー」
と、一人になった魔術師ネギにかけられる声。
「そうですね……あ、お酒切れた」
それに返事をする魔術師ネギではあったが、その人物の怨讐に満ちた気配よりも手に持った酒が空になった事に気が向いていたことが災いして、そんなネギの態度に頭の血管をブチリと音を立てて切らせてしまった人物の行動に気付くのが遅れてしまった。
「でだ、あのネギも何か宇宙の果てまで飛んでいったようだからな、ついでにお前も宇宙旅行逝ってみようか?」
「はい?」
気付いた時には既に魔術師ネギは先の尖った鉄塔に鎖で括り付けられていた。
何が起こったか理解する間も与えられず、それを成した目の前の人物を見て納得する。その人物が手に持っているのは、霊力の結晶体であり、その力の方向性を完全に制御する事によって様々な事象を意のままに成し得る神器とまで言われる『文珠』。
そんな芸当が出来る人間など、彼が知る限り一人しか居ない。
「なに、俺は流石に400光年とかは無理だから、せいぜい月面が限度だけどな!」
愉悦など無いのに口許を笑みの形に歪めながら、こめかみをヒクつかせ、目は殺意で暗く濁り、今にも爆発しそうな禍々しい殺気がオーラとして洩れている青いジーンズジャケットの男。
そう、皆さんお馴染みの横島忠夫である。
「というかタダオさん、何をそんなに清々しい笑顔で人を殺せそうな殺気を僕に向けているんですか?」
清々しいと言うには、あまりにも歪んだ笑みに対して、あっけらかんとそんな事をのたまう魔術師ネギは明らかに酔っていた。しかし、それでもそこから洩れる殺意は確かに感じ取っているのだがそれに臆する事が無いのは、在る意味、彼が魔術師として深い所にいる事を端的に表している反応と言えた。
「お前が言うか? 俺とタマモを異世界に置き去りにしようと企んでいたお前が言うのか?」
「え、いや、それは今ハヅキに連れて行かれた方がやった事でして、僕には何の関係もありませんが?」
「ほー、見え見えの言い訳もここまで来ると見苦しいを通り越して清々しいな。 え? オイ!」
確かに、状況を傍から見た場合、二人のネギが一緒にいて、一方が自分の知るネギである事が会話から確定しており、一方のネギが見知らぬ少女にさっくりと連れて行かれる現場を見ていれば、残ったほうが自分の知るネギだと思うのは何もおかしいことではない。
そうなると、疑念と怨讐にまみれた横島が目の前の憎きネギの言葉を虚言と受け取っても仕方の無い事と言えた。
「というか、なんだ! 異世界に飛ばすの失敗したから、今度は俺が麻帆良にいられないように情報工作か? テメェ何処まで外道なんだ? あ?」
「情報工作も何も、タダオさんの麻帆良での悪評なんて元々じゃないですか。特に4月での痴漢怪物の除霊の時なんか、しっかり女体観察して桜咲さんにおっかけられた経緯持ちじゃないですか……あれが原因でタダオさんとこに住んでいる僕も実はムッツリなんじゃないかっていう疑いが出始めているんですよ?」
魔術師のネギにとっては至極真っ当な意見のつもりであり、彼の知る横島ならば、それはそれで納得はしてくれたというか最初っから、こんな支離滅裂な言い掛かりなどする筈は無い。
まぁ、流石に事実とはいっても明らかに喧嘩売っている物言いだけにそのままドツき合いに発展するのであるが、それはそれ。
だが、目の前の横島にとってそれは認められない事である。
なぜならば、麻帆良学園は今や彼にとってかけがえの無い場所であり、そこに住む人達は彼にとってかけがえのない仲間である筈なのだ。
それこそ、かつて自分がいた世界と永遠の別れを覚悟してまで選択した、真に大切な絆なのだ。
「ふざけんなよ……なんだよそりゃ……」
「エヴァンジェリン継母さんや美神さんからも話聞いてますよ? なんでも三年前には京都の神鳴流の道場の大浴場で覗きして、当時小学生の桜咲さんに『あと数年したらええ感じになるのになー』とか言い放っただけでなく、先週の京都での事後処理の際なんかまだ中学生の桜咲の背中に欲情していたそうじゃないですか」
だが、魔術師ネギはそんな追い詰められた横島の心理にまるで気付く事無く、いつもの酔った勢いで彼を追い詰めてしまう。
もし、目の前の横島がネギの知る横島本人でなくとも、彼同等の洞察力や知力を有していれば、ネギだけでなく自分自身の言葉の随所にある明らかに不自然な単語に気付いてすぐさま冷静さを取り戻していた、いや、最初から状況を正しく把握できていた可能性が高い。
しかし、今目の前の横島に至っては、そのスペック差を差し引いても、刹那との愛を失っているという自体のみが頭の中を支配しており、とてもそのような判断が出来る精神状態ではなかった。
「そんなんじゃ、桜咲さんにとってタダオさんの評価が、変態セクハラ変質者になって何の不自然があるんです?」
そして、あくまでこの世界においては建設的な結論でしかないネギの一言は、目の前の横島にとって絶望の刃となって心を突き刺した。
「うわぁあああああああああああああああ!!!!!!!」
実際目の前でつきつけられた、だが、心の何処かで拒んでいた事実を、再び冷徹な言葉のナイフで突き刺された横島は無意識に絶望の断末魔を上げ、その絶叫が生む強烈な霊波は魔術師ネギが括りつけらた鉄塔の頭の文珠を過度に活性化させ、暴走同然の出力を生み出す。
「え、何!? これ、ちょっ、まっ!?」
あれよあれよと言う間に、魔術師ネギを括りつけた鉄塔は頭頂にある『昇』の文珠の力によって噴煙を撒き散らし、凄まじい推進力で上昇していく。
蜂蜜酒の効力により霊的次元にシフトしている状態ではあるが、それでも魔導書の無い現状では脱出する手段は無く、鉄塔もろとも宇宙に向けて旅立つしか無かった。
(ああ、成る程……あれがあっちの僕の言っていた『横島さん』なわけか。流石になんというか言い過ぎたというか、明らかにゲシュタルト崩壊していたと言うか、なんか凄く悪い事したな……ちょっと呑み過ぎたのがいけなかったかな)
そのまま大気圏を突き抜け、遥か月に向かって宇宙を突き進む鉄塔に括りつけられたネギは、それこそ絶対零度に近い温度に文字通り冷やされた頭で先ほどの状況を整理して流石にアレは言い過ぎ――それこそあのまま放置されて誰も助けに入らないと、高確率で手斧持って自分の頭に叩き付けかねない――と反省をする。
「後でちゃんと謝っておこう……“お互い”命があったらの話になっちゃうけど」
このまま月に到達して月神族に回収されるのが先か、蜂蜜酒の効果が切れて体中の水分が蒸発した挙句に放射線と太陽熱に晒されて干物になるのが先かという状況の中、とりあえず、生きて再会出来たならちゃんと謝っておこうと決める魔術師ネギであった。
「う、うう……俺は、俺は……」
地に膝をつき、呆けた顔で呆然と空を見上げる横島の目は、既にこのセカイに焦点など合っていない。
心の中で、自分の生きる『セカイ』が土台から崩壊してしまった今の彼に、既に生きる気力など微塵も残っていなかったのだ。
麻帆良の仲間達の絆を失い、最愛の少女との愛も最初から無かったかのように抜け落ちていた。
それはまるで、かつて自分が居た世界から異世界に飛ばされた時の喪失感に似た感触であった。
それでも、孤独ではなかった。
その時でも、もう一人の最愛の少女が傍らに居たから。
「タマモ……何処にいるんだ?」
だが、いつも隣に居たはずの少女さえも、今は隣にいない。
それどころか出会う人全てがタマモの存在が最初からなかった様に振舞っていた。
それはつまりこのセカイにおいて――
背を折るように地に蹲り、額を地面に擦りながら、うわごとのように呻く。
「刹那ちゃん……」
――横島は孤独である事を示していた。
「タマモ……」
――横島は総てを喪った事を示していた。
否。
この地において、横島との絆を持つ人はいた。
「あの、横島さん? どうなされましたか?」
艶やかな金色の髪を伸ばした中等部の制服の少女が、蹲る横島に声をかけたのだ。
その、何気無いながらも親しみの篭った、少女の声は、横島にとって一筋の最後の光明であった。
ゆっくりと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、その最後の小さな希望を見る。
「あやかちゃん……タマモ……タマモは何処にいるんだ?」
その少女の名は雪広あやか。
タマモの友人であり、横島にとってもかけがえのない恩人でもある少女だ。
彼女は、寮で同じ部屋に住んでいる少女二人と帰路についている途中で蹲っている横島を見つけて、何事かと声をかけたのだ。
「タマモ?」
だが、その少女から洩れる訝しげな声は横島の目から、光を奪う。
「ほら、俺の妹の九本ポニーテールの女の子。あやかちゃんと仲良かったじゃないか……」
焦点の定まらない目を見れば判る。
明らかに正気ではない。
だが、その目の意味をあやかは知っている。
「いいんちょ、もう行こうよ……なんか怖い」
あやかと一緒にいた、そばかすの少女があやかの手を引いてその場から去ろうとする。
「大丈夫です」
だが、あやかはそんな少女の手を易しく振り解き、そして、横島の地をついた手を握り締める。
「あ、あやか?」
そのあやかの行動に、もう一人の泣きホクロの長身の大人びた少女が驚きの声を上げながらも、手を出す事無く彼女を見守る。
「……一緒に探してあげます。ですから、お立ちになって下さい」
あやかは、絶望に蹲っていた男の手を、優しく引きながら、ゆっくりと立ち上がらせる。
それはかつて、目の前の青年が、命懸けで絶望に捕らわれた自分を引き上げてくれた事の恩返し。
「……ありがとう」
横島は、立ち上がる。
総てを失ったわけではないから、自分を想ってくれる人がいるから。
「ありがとう、あやかちゃん……」
「おーい、横島。ここにいたのか」
と、あやかの背後の向うから、場の雰囲気を無視しくさった男の呑気な声が横島に対して向けられた。
「え、えっと? 誰?」
あやかの顔ごし、声の主を見る横島であったが、その見覚えのない男の珍妙な姿に思わず鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまう。
「男の顔をいちいち覚えていそうもない奴ではあるだけに、やはりというか失礼極まりないというか……」
黒のジャケットとジーンズは現在の横島の格好を少々荒っぽくしたような印象で、生意気そうというより威張ったような表情と赤色の髪が更にセンスのずれた不良の様な雰囲気を与えている中学生ほどの少年が、苦い笑みを漏らしている。
だが、それ以上に目を引くのは額につけた鱗の意匠のヘッドバンドと頭の両脇から生える龍の角。
「あら、天龍童子殿下」
振り向いたあやかは、その彼の姿を確かめるなり丁寧なお辞儀で挨拶をする。
「……は、はい?」
天龍童子。
その名前は覚えている。以前、まだ高校生で美神令子の下で荷物持ちのバイトをしていた時に出会った竜神族の子供だ。
よく見れば、確かに目の前の少年にはその面影が見える。
「なんだ、もしかして“そっちのお前”と余は初対面であったか?」
「いや、俺が会ったのって高校の時だけだったからな……つーか、大きくなったな」
「ああ、成る程。『あちら』ではお前と余の接点が希薄であったか。すまぬすまぬ」
と、天龍と横島が和気藹々と会話をしている横で、既に蚊帳の外となっていた村上夏美が同じく蚊帳の外になっている那波千鶴に声をかける。
「な、なんか偉そうな態度の人が来たよ、ちづ姉」
「いえ、実際とても偉い方なんですよ。天龍童子殿下は竜神族の王様のご子息でして、ゴーストスイーパー協会を始め、各地に多大な影響力を持っているお方ですから。勿論、麻帆良学園も例外ではありませんわ」
だが、夏美に即座に返答をしたのは、天龍の事を知るあやか。
天龍が魔術師の後見人である事、麻帆良学園都市が魔法使いの関係組織である事は伏せているが、その単語を抜いてもかなりの大物である事は伝わってくる。
――実際、上位神族だし。
「あ、あれでも神様なのね……」
「ほえ〜〜」
説明を受けた千鶴と夏美は、あやかが反射的に頭を下げてしまうような偉い人物である天龍と、そんな彼とくだけた口調で語り合っている横島を、物珍しく遠巻きで見るだけであった。
「って、んな事よか! なんで麻帆良学園に天龍がいるんだよ!?」
一方、横島からしてみれば問題は天龍童子が麻帆良学園にいる事自体であった。
そもそも、彼は横島がかつていた世界、オカルトが公に存在し、麻帆良学園都市などという都市の存在しない世界の住人であり、今目の前にいる事は不可解極まりない事なのだ。
だが、それでも天龍童子は竜族の王である竜神王の息子であり、成人した上位神族である。
以前、下位の神族であるヒャクメが麻帆良に世界を超えて遣って来た事を省みれば、この状況は不可解ではあっても決して不可能では無い。
「いやな、先程、近衛近右衛門から『“ついに”横島忠夫が狂ってしまったので、後見人としてさっさと引き取りに来て欲しい』などという連絡を聞いたものじゃから、まさかと思い慌てて来てみたが……成る程な」
だが、天龍の口から出るのは、微妙に横島の疑問からはずれた返答であった。
まるで最初から天龍が麻帆良学園と密接に関わっているかのような口ぶりだ。
だが、言葉の奥にあるもう一つの危険な意味には、この横島忠夫は気付く筈も無い。
「あ、あのジジィ……よりによって人をキ○ガイ扱いかよっ! って、そんなことじゃなくて俺が聞きたいのはっ!」
「まぁ、落ち着け。いろいろ大変だったようじゃが、説明は向こうでしよう。余について来い」
イマイチ事情が飲み込めない横島のいらだった態度に、天龍は苦笑しながら宥めるような口調で横島を促す。
「何処行くんだよ」
「このような事態に対してのプロフェッショナル……“この世界”の横島忠夫の所だ」
埼玉の農村部の外れにある広い畑で、タオルを首に巻いた若いオッドアイの男と、頭に犬の耳を生やした10歳くらいの少年が鍬を持って土を耕していた。
「労働って尊いもんなんやなー」
魔改造カシオペアの転移に巻き込まれた犬上小太郎が堕ちた場所は、現在耕している畑のど真ん中であった。
最初こそ、丁度畑仕事をしていた農家の男に怒鳴られ、半ば強制的に桑を持たされて、自分が荒らした部分を耕すハメになったのだが。
「だろ? こうやって土いじっていると、日々の糧を造ているっていう実感が、そして俺達も社会の土台を支えている手助けしているんだなって実感涌くだろ?」
「せやな。兄ちゃんの言う通りや……ううっ」
あまりに長閑なこの時間に、小太郎の頬を伝わる一滴。
気付いたら、小太郎はいつの間にか労働の喜びを見出して、日が暮れるまでその農家の男と一緒に畑仕事につきあっていたのである。
「なんつうか、結構過酷な日常過ごしていたみたいだな」
「……せや。語るも涙、聞くも涙の、ほんま過酷な日常や……」
「……そうか。君も苦労しているんだな」
そう、ここは常に気を張って周囲を警戒しなければタマモのハンマー、ネギの盾役、大気圏突破ロケットその他もろもろの危険に晒される麻帆良ではない。
命の危機を気にする事無く純粋に地道な畑仕事に精を出せるこの場所は、小太郎にとってこれまで体験した事の無い楽園であった。
それこそ、あまりに酷い日常生活のせいで、なまじっかな修行場――それでも一般人では数分ともたないような熾烈な修行――が息抜きになるような人生を過ごしてきた彼は、これが夢では無いのかとすら錯覚するほどであった。
「九郎、小僧、今日はそろそろこのへんにするぞ」
遠くでお寺の鐘が鳴るのを合図に、背は小太郎よりも更に低い見た目10歳くらいの紫髪のポニーテールの少女が、農道から二人に声をかけた。
「あいよ、そんじゃ帰るか。小太郎君は行く当てないんだろ? 先ほどウチの家主に連絡したら泊めてもいいって返事も貰ったから、今晩は泊まっていくといいぜ?」
「メシはご飯と味噌汁の他はおすそ分けで貰った惣菜ではあるが、よければ食っていくがよい」
なんでも、この九郎と呼ばれた男と紫髪の少女は夫婦との事であるが、傍から見たら幼女侍らせた大きなおにいちゃんである。
というか、ぶっちゃけペドフィリア。
「ほんま、ほんま、ありがとうございます……」
しかし、小太郎の目には、二人の姿に後光が見えていた。
まさに、彼にとってこの二人は神と女神であった。
ちなみに、小太郎が目の前の二人が本当に神様だと知る事になるのはもうちょっと後の話である。
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