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二人?の異邦人IN麻帆良 NEXT


及び、斬魔交響曲デモンベイン=グローリー


「もしもデモグロの世界に異邦人のキャラが来たら」





―――最終話(前篇) 「隣り合う世界」
   
   より分岐した、

   「交錯する世界」―――

by みみウラン






「で……ここはドコ?」
 
「横島さんは? お嬢様はドコに? というか他の人たちの姿も見えません!」
 
 木乃香が闇巫女として目覚め、刹那と横島を引き裂こうとするネギへ死と破壊の嵐を振りまこうとした時、タマモ達は急に光に包まれ、気がつくと見知らぬ場所でたたずんでいた。
 正直あまり思い出したくないのだが、木乃香に追い詰められたネギが例の改良型カシオペヤをいじっていたような気がする。
 となれば、カシオペヤが起動し、どこか別の並行世界に飛ばされた可能性が高い。
 タマモと刹那はとりあえず自分達がいる場所を確認しようと周囲を見渡す。
 
「少なくとも麻帆良じゃありませんね……」
 
「……こ、ここは」
 
 ビルの並ぶ都内の一等地に立つ、古めかしいデザインの三階建ての赤いレンガの建物。
 しかし、新築の様な真新しさを常に維持するその建物は、見える人間が見れば文字通り魂が宿っているモノである事に気付くであろう。
 そのあまりに特殊な建築物に、タマモは見覚えがあった。
 
「美神令子除霊事務所……」
 
 見覚えがあったなんてものではない、ここは彼女の嘗ての住いだ。
 ということは、魔改造カシオペアはタマモと横島の故郷といえる世界に彼らを送り届けたということだろう。
 
「とにかく、まずは美神に会ってみましょう。横島もこの世界に来ているなら、真っ先にここに来る筈だし、そうでなくても美神ならこの世界においての影響力はかなりのものだから、世界に散らばった皆もすぐ見つけられるわ」
 
 タマモの提案に刹那は頷く。
 事実、美神令子の影響力と行動力ならば、麻帆良学園から一緒に飛ばされてきた仲間を探し出す事は充分に可能だろう。
 刹那も、以前からタマモや横島から美神令子については聞かされている。
 とんでもなく金に煩いが、世界最高のゴーストスイーパーであり、恐ろしく有能というかあらゆる意味で失礼ながら人外魔境な人物というイメージがある。
 何よりも、“あの”タマモと横島をアゴで使えるばかりか、いくら下っ端とはいえ神様であるヒャクメでさえこき使っていた女傑である。会わなくてもその影響力たるや推して知るべしと言えよう。
 
 
 只、この時点において、今回はあまり関係ない話で終わってしまうが、二人は所詮は世間知らずの女子中学生。それも更に常識の足りない麻帆良学園出身の生徒であり、一般知識にも良識にもかなり乏しい彼女達は、美神令子のガメつさがどれだけのものか、本来の意味でまるで理解出来ていなかった。
 もし、ここに横島がいたら、首を横に振ってタマモの言葉を否定していただろう。
 
「俺達には美神さんに動いてもらえるだけの金は用意できない」と。
 
 
 それはともかくとして、事務所の入り口に立ったタマモと刹那。
 
「久しぶりね、人工幽霊一号」
 
『お久しぶりです。そちらの方は?』
 
 事務所の扉、いや、事務所そのものに話しかけるタマモ。
 遠目からは普通に入り口に備え付けられたマイクに声をかける行為に見えるが、その実はそのようなものを備え付けていない建物に声をかけるという奇行、しかし、更なる実は明確な返答として返って来る。
 
「あ、は、初めまして。桜咲刹那です」
 
 あらかじめ美神令子除霊事務所の事を聞いていた刹那であったが、改めて何気に奇抜とも言える現象を目の当たりにして、多少なりとも驚いたようだが、すぐに気を取り直して人工幽霊一号の憑いている事務所に頭を下げて挨拶をする。
 
『はじめまして。渋鯖人工幽霊一号といいます』
 
「ところで、美神はいる?」
 
『美神オーナーは、現在事務室におられます。どうぞ、お上がり下さい』 
 
 
 
 
 人工幽霊一号によって事務室に通されたタマモと刹那は、オーナーデスクに座って組んだ両手の上に顎をあてて、こちらに訝しげな視線を向ける美女と対面した。
 
「で、桜咲刹那にタマモという謎の組み合わせはいいとして、一体何用なのよ?」
 
 亜麻色の艶やかな髪を後ろに流す彼女の女豹を思わせる切れ目は、心なしか疲労の色が浮かんでいる。
 だが、それでも、二人を見定めようと射抜く様な視線は崩さない。
 この威厳溢れる美女こそ、この世界最高のゴーストスイーパー、美神令子その人である。
 
「え、いや、言うなれば改めてのご報告?」
 
「あ、あ、初めまして。桜咲刹那と申します」
 
 予想していなかった厳しい視線に、思わず竦みあがって声が上擦っているタマモと、そんなタマモに釣られるようにこちらも緊張気味に挨拶がぎこちない刹那。
 
「はじめまして?」
 
(えっと、もしかして怒ってます?)
 
(……そ、そういえば結果的に私って泥棒猫みたいなモノだものね)
 
 そう、横島とタマモが麻帆良に飛ばされる前の世界、つまりは美神令子除霊事務所の女性陣のキヌ、シロ、そして所長の美神の三人とも明らかに横島に好意を抱いており、当時は何気にそういう部分が三人と比べてそれほどではなかったタマモである。
 それが事故で異世界に飛んでしまったかと思うと、半年足らずでノーマークだった少女と見知らぬ少女とをダブルで恋人から婚約まで走り抜けされてしまっては、普通に考えればいい気などする筈も無い事に今更になって気づくタマモ。
 
 というか、常日頃、横島が受けていた制裁というか虐待というか愛情表現というか、とにかく痛そうなソレを思い返したタマモの脳裏には、それらを横島ではなく自身が受けるというあんまりにも恐ろしく、それでいて明確なビジョン。
 
(こ、殺される……私殺される……)
 
 見る見るうちに、血の気が引いていく顔色が悪くなるタマモを見て、隣の刹那も何か凄まじく嫌な予感を受ける。
 だが、二人を睨み続ける美神はそんな二人の態度に取り合わないとばかりに有無を言わせない口調で再度問いかける。
 
「で、何の報告なのよ?」
 
(マズイ……ここでバカ正直に答えた日には、シロに文字通り八つ裂きにされて、おキヌちゃんの呼び出す大霊団に集団レイプされて、トドメに私の魂は美神によって跡形も無く滅ぼされてしまう!)
 
 タマモの脳裏には、八房を手にした赤いメッシュの入った白い髪と白い尻尾がトレードマークの美少女が文字通りに一太刀で八つに切り裂く姿と、黒髪の似合う巫女服の美少女がネクロマンサーの笛を駆使して雪崩の如き大霊団を呼び起こす姿、
 そして、目の前の圧倒的な美しい肢体の亜麻色の髪の美女が神通棍片手に自分の想像しうるありとあらゆる手段及び自分の想像しえないあらゆる手段で自らを魂魄の一片も残らずに滅ぼし尽くす祖明確かつ想像を絶する矛盾を孕むビジョンが映し出される。
 
「わ、私は!」
 
 今更になって自身が哀れな生贄である事に気付いたタマモの隣に立っていた、もう一人の少女が決心をして一歩踏み出す。
 隣にいる麻帆良最強の筈の少女の怯えぶりと、目の前の女性、美神令子の強大なプレッシャーは歴戦の剣士である刹那の心さえ蝕む程であったが、それでも彼女は何物にも変えられない大切な絆が、そして誓いがある。
 
「よ、横島さんの恋人で! 将来を誓い合っています!」
 
「……はい?」
 
 流石に、機嫌悪いですよという表情で問い詰めているのは自分とはいえ、いくらなんでも顔色が蒼を通り過ぎて白くなっていくタマモと、それ以上にいきなり横島との結婚前提の恋人宣言をする刹那の姿に、理解力がおいつかなくなり、頭上にハテナマークを浮かべる美神。
 
「私だって!」
 
 美神令子を知る者にとっては自殺願望としか見えない蛮勇とも言える、刹那の行為を目の当たりにしたタマモは、彼女のそのまぶしいまでの覚悟に勇気付けられ、同じように一歩踏み出して、刹那と同じく高らかに、家族であり恋敵であり恐怖の対象でもある女、美神令子に宣言する!
 
「私こと横島タマモは横島忠夫と将来を誓ったの! それを報告しに来たのよ! と、とりあえずとはいえ、美神は私の元保護者なんだしっ!」
 
「え……と?」
 
 テンションが上がって行く刹那とタマモとは対照的に、美神は全く勢いについていけずに呆然と疑問符を頭に浮かべるだけだ。
 
「例えシロに文字通り八つ裂きにされて、おキヌちゃんの呼び出す大霊団に集団レイプされて、トドメに私の魂が美神によって跡形も無く滅ぼされようともっ! 私と刹那の横島への愛をアンタに奪わせたりはしないわっ!!」
 
「そ、そうです! よくわかりませんけど、私達と横島さんを引き裂こうとするなら!」
 
 勢いに乗って、つにには、意味不明な物騒な台詞と溢れ出す霊力と九尾の狐の幻影を背景にハンマーを構えるタマモと、闇巫女のこのちゃんの加護を背後に受け気を奔らせながら夕凪に手をかける刹那。
 
「いや、だから、タマモ何そのハンマー? そもそも、なんで私達がアンタらを八つ裂きにしなきゃなんないのよ!」
 
 そんな悪鬼も土下座で命乞いしそうな二人の姿に、身の危険を感じた美神は、思わず椅子から飛び退き壁際に張り付いて冷や汗を垂らしながら怒鳴り返す。
 それはそうだ、いくらなんでもわけがわからない言い掛かりでいきなりテンションを上げられ、逆に八つ裂きにしかねない臨戦態勢に入った二人は理不尽にも程が有る。
 
「行くわよ美神! アンタを倒して私はアンタを超える! というか、その黄金率のボディは犯罪なのよ!」
 
「行きます! 格段恨みがあるっわけではありませんが! 私とタマモさんと横島さんの未来の為にっ! というか、横島さんが血の涙を流して惜しんだのを納得せざる得ない身体っ! ここで始末しないと危険です!」
 
 そう、今壁際に張り付く美神の立ち姿を見て、タマモと刹那は同性でさえ納得せざる得ない美の理想体型を目の当たりにして、横島が血の涙を流して惜しむ理由を不本意ながら納得し、ともすれば横島を奪い取りかねない美の化身の打倒を『その場の勢い』で誓い出す。

「その場の勢いかつ見苦しい嫉みで私を八つ裂きにしようとするなぁああああああ!」
 
 対する美神としてはたまったものではない。
 いきなり元従業員との恋人宣言したかと思うと、それを横取りするつもりはない以前に愛する夫と息子がいるというのに、その場の勢いで白昼の美女惨殺事件、若しくは美少女惨殺事件へと発展しそうな修羅場な一コマ。
 
「美神殿、おはようでござる!」
 
 それをぶち壊すのは、空気を読めないというよりいつだってハイテンションマイペースの元気娘の出勤の挨拶だった。
 元気な声と共に部屋の扉をくぐったのは、赤いメッショの入った白い髪とふさふさの尻尾が目に付くカットジーンズの太股が眩しい美少女だった。
 
「あ、おはよ、シロ」
 
 条件反射で挨拶する美神。
 現時刻は昼ではあるが、これは業界挨拶。
 場の空気が一気に軽くなったおかげで、美神はやっと自分のオーナーデスク席に座りなおして、改めて溜息をつく。
 
「久しぶりでござるなタマモ! 元気そ……あれ? 背が縮んだでござるか?」
 
 鼻歌さえ歌いそうな陽気さで、尻尾を振りながら、タマモに挨拶をするシロであったが、彼女の姿を視界にしっかり納め認識すると共に、目に入った違和感をそのまま口に出し、首を傾げる。
 タマモと会うのは自分と雪之丞との結婚式以来であるのだが、その時のタマモの身長は自分よりも少し上、胸は自分のほうが少し上だったという程度のはずだが、今目の前のタマモはせいぜい中学生程度の体型である。
 何か理由があって変化をしているのか、それとも何らかの理由で一時的に体型維持が覚束無いほどの消耗をしているのか。原因が判らない事には想像の域を出無いわけだが、今この場で聞いていいものかと更に悩みだすシロである。
 
「えっと? というか、アンタがデカくなりすぎ………………」
 
 一方、構えたハンマーを気まずそうに仕舞いながら、タマモも目の前のシロの姿の違和感をそのまま口に出す。
 その圧倒的なボディラインは美神に迫る程、まさしく黄金率。
 強敵がまた一人、それも圧倒的な戦力差で現れたせいで、勢いを削がれたばかりか後ずさりさえしてしまうタマモと刹那。
 そして、タマモの脳裏をよぎるのは、かつてシロが語った横島との出会い。
 そう、超回復の副産物、急成長!
 
「…………ま、真逆っ!」
 
 タマモの脳裏には、毎晩毎晩、抱きしめられ、愛と共に霊力を注がれてどんどん成長していくシロの姿。
 そして、そのシロを抱きしめるのは、赤いバンダナのあンチクショウ……。
 
 だが、実際のとこ、タマモのいかがわしい妄想は半分正解半分間違い。
 
「ちぃーっす!」
 
 と、シロに続くようにして入ってきたのは、シロの結婚相手、タマモの妄想の通り毎晩毎晩シロを愛して抱きしめる三半眼の男、伊達雪之丞。
 
「おじゃまします!」
 
 そして、京都の一件から要観察として伊達夫婦宅で居候になっている犬耳少年、犬上小太郎。
 
「雪之丞と小太郎!? なんで一緒にいるの?」
 
 意外な人物が意外な組み合わせで一緒に現れるものだから、脳内の妄想も吹き飛んで思わず叫ぶタマモ。
 タマモは気付いているであろうか? つい先ほどの美神も、タマモと刹那を見て同じ気持ちを抱いたという事実に。
 
「ん? なんだ、お前ら知り合いなのか?」
 
「いんや、そっちの金髪の姉ちゃんとは会った覚えがあらへん」
 
 だが、当の雪之丞と小太郎はタマモの言っている言葉の意味が判らず顔を見合わせて首を傾げる。
 
「やけど、烏族の姉ちゃんとは京都で面識はあるけど、雪之丞兄ちゃんも京都で一緒にいたやないか」
 
「ちゃんと覚えているよ」
 
「それはそうと桜咲殿。また髪を染め直したでござるか? 小竜姫殿からはそういう行為はしてはならぬと釘をさされておるであろう?」
 
 そして、今度は逆に小太郎と雪之丞が刹那を指して京都の一件の話を出したばかりか、それにシロまでが口を出し、なおかつ『烏族』だの『髪を染め直す』などと、かなりピンポイントで刹那の秘密を知らなかれば出てこない単語を並べる。
 
「あ、あの、何の話でしょうか?」
 
 以前の様に、己の身体に対するコンプレックスに押し潰されるような事こそないものの、普通知りえる筈の無い己の秘密を口走る彼らに戦慄を覚えながらも、全く以って事情も増してや彼らが指摘している点も理解できずに首を傾げる刹那。
 
 
 
 だが、時間の運命の悪戯は、そんな混乱の只中にあるタマモと刹那に状況を整理する間も与えずに、更なる加速がかかる。
 
 
 
「お母さーん、おじゃましまーす」
 
 先ほどのシロに劣らない元気さで、部屋の入り口を潜ったのは、実に可愛らしい6歳ほどの男の子。
 
「取り込み中すまないね、令子」
 
 続いて入ってきたのは、白いカッターシャツとカジュアルズボンの紳士風の男性、美神令子の夫である西条輝彦。 
 だが、今の西条、右腕と右足共に接木と包帯でぐるぐるに巻かれており、無事な左腕で松葉杖と左足、そしてここに来るまでに先ほどの少年の手助けもあってやってきたようである。
 
「輝也、えらいわね。お父さん手伝ってきたのね」
 
 いい子いい子と輝也と呼んだ少年を撫でる美神、撫でられた少年も気持ちよさそうに微笑んでいる。
 確かにこの少年、目元あたりに美神の面影を感じる。
 
「お、お母さん?」
 
 タマモの素っ頓狂な声に気付いた男の子は、ニコニコと頭を下げて丁寧な自己紹介をする。
 
「はじめまして、西条輝也です!」
 
 そう、美神令子を母に持ち、西条姓を持つ彼こそは、西条輝彦と美神令子の間に生まれた西条輝也である。
 
「「は、はじめまして」」
 
 子供特有の元気かつ純真なパワーに圧されながらも、なんとかあいさつを返すタマモと刹那。
 
「というか輝彦さん!? なんで部屋から出てるのよっ!」
 
「ちょっと緊急の連絡事項があってね」
 
 可愛い息子に余計な手間をかけながら、わざわざベッドから起き出してこの部屋までやって来た満身創痍の西条に怒る美神であったが、対する西条は苦笑しながらもポケットの携帯電話を取り出すしぐさをしながら自分が部屋を移動した理由を端的に説明する。
 ちなみにおわかりだと思うが、現在、西条輝彦は美神令子の事務所で息子と一緒に家族で生活している。
 
「美神に子供……ですって」
 
「私に子供がいるのがそんなにおかしいんかい!」
 
 まさか、自分の知らない間に、こんなに大きい子供が出来ている事実に眩暈を覚えたタマモの呻きに、思わず美神が怒鳴り返す。
 だが、確かに酷いといえば酷い言い草である。
 
「……子供、いいですね……私達もいずれは横島さんとの子供を……」
 
 一方、最大の脅威であった美神が、既に別の男性と結婚して子供までいる事で、胸をなでおろした刹那は、可愛らしい息子と楽しげなコミニケーションを取る美神の姿を、未来のまだ見ぬ子供と自分を重ねて幸福の妄想の世界に旅立つ。
 
「そ、そうよっ! まだよ! もう少しで危うく行き遅れだった美神なら兎も角! シロより先に横島と子供を作れば、まだ負けたことにはならないのよっ!」
 
 そんな刹那の呟きに、美神に先を越されたという認めがたい事実を、タブーっぽい上にあまりにも意味が薄い言い訳で逸らし、まだシロには完全敗北していないと自我を保つタマモ。
 だが、当の本人の前でタブーを口にする危険性を、永い麻帆良の頂点君臨という生活で忘れた感すらあるタマモは、この世界において、当然の摂理による洗礼を受ける事となる。
 
「誰が危うく行き遅れだぁああああああああああ!」
 
 空間を引き裂き、聞き捨てならない失言を零したタマモの頭に容赦も慈悲も無い銀色の雷鳴が落ちる!
 これぞ、本家本元の対横島用ツッコミ最終兵器、美神の電光石火を超えた、次のコマには血に濡れた神通棍と頭から血をドクドク流して地に伏せる横島という構図が約束される究極の一撃。
 
「タマモの奴、いつの間にあんなに積極的かつ無用心になったんでござろうか?」
 
(……小太郎が来るまであんなに子供欲しいって積極的だった奴の台詞じゃねぇ)
 
 そして、本来は横島がいる位置で、大きなタンコブをこさえたタマモがシクシクと泣きながら頭を抱えている姿を、シロは呆れながら眺め、隣の雪之丞はシロの呟きに内心で突っ込みを入れる。
 流石に雪之丞は子供の前での発言には気を使うくらいには社会的常識は持ち合わせている。
 
「ところでシロ、アンタいつから雪之丞とつきあってんのよ?」
 
 恨めしげに頭を抑えながらシロを睨むタマモは、先ほどから気になっていて疑問を口にする。
 かつて美神令子除霊事務所にいた頃は、毎日のように横島の腕にしがみついていたシロは、今この瞬間雪之丞の腕にしがみ付いているのだ。
 その姿が懐かしさと違和感の不協和音となってタマモの心に少しばかり複雑な感慨を抱かせる。
 
「へ? 何を言っているでござるか? この前、拙者と雪之丞の結婚式に呼んだでござろう」
 
 だが、対するシロはタマモの心情などいざ知らず、それどころかキョトンと首を傾げてタマモの想像の埒外の返答を口走る。
 
「え? け、結婚?」
 
「その歳でカオス殿ばりの“あるつはいまー”はどうかと思うでござるが……」
 
 声が裏返るほどの驚愕を見せるタマモに、シロは「元が古の大妖怪だけに、いよいよ老人ボケが始まってしまったのだろうか?」などと内心で呻きながら、ふと“結婚”という単語で、大切な事を思い出して美神に顔を向ける。

「あ、今のやりとりで思い出したでござるが、美神殿、拙者、近いうちに長期休暇を頂きたいのでござるよ」
 
 しかし、逆にシロ、ここ数年の人間界生活で多少なりとも常識は身につけているものの、ちょっと今回は配慮の足りなさを曝け出す。
 
「あ、もしかしておめでとさん?」
 
 とはいえ、美神は配慮という面はさして気にする事なく、むしろ何を感じ取ったのか少し驚きながらも、何処か嬉しそうにも聞こえる声で、何気にとんでもない一言を上げる。
 そう、美神の研ぎ澄まされた霊感は、シロのお腹のあたりに新しい生命の息吹を感じ取ったのである。
 
「いやー、調子が悪いからと、ここに来る前に病院にいってみたら、妊娠という事でござる」
 
 照れ隠しに両手を頬にあてながらも嬉しそうに尻尾を振るシロは、同性のタマモと刹那が見てもかなりコケティッシュである。
 
「いやー、まいったね」
 
 シロと一緒に後頭部に右手を置いてあっはっはと誤魔化すように笑うのは雪之丞。
 とはいえ、彼も内心ではほんとに嬉しいわけで、もうさっきからニヤけが止まらない。
 
「わかったわ。なんだったら当面は前線には立たないほうがいいでしょうね。でも胎児に悪影響出無い程度には自己鍛錬はちゃんと欠かさないようにね」
 
 本来、お産休暇は確かに相当先になるのだが、ゴーストスイーパーという特殊な職業ではそうも言ってられない。
 ガチで死と隣り合わせの危険度の職業の為に、万が一の事を考慮され協会から強制的に早期の休暇義務が課せられるのは少子化対策の一環との話。
 そのあたり、多少なりともデリカシーが足りなかたっとはいえ、真っ先にこれから生まれる子供の事を考えている姿勢に、美神としても素直に祝福の気持ちで応えているのだ。
 
「かたじけないでござる」
 
 ちなみに、シロが当面抜ける穴埋めの為に雪之丞は今後一年近くに渡り、“かつての横島”でさえ後ずさりしかねないデスマーチライフを満喫するハメになるのだが、これも可愛い奥さんと今後生まれて来る子供の為なので同情は不要である。
 
「……美神だけでなく……シロにまで、完全に先を越され……た?」
 
 完膚までに敗北を重ねたタマモは今度こそ真っ白になって跪く。
 
「……子供………出産……妊娠……………………はうっ!」
 
 刹那は刹那で事情自体がまるで飲み込めないものの、実に幸せそうにこの先生まれてくる子供の話題で盛り上がるシロ達を羨ましく眺めていた。
 ……のだが、それを横島と自分の将来と重ねたのだろう、子供が出来るまでの過程を逆算する中で、初心な女子中学生にはいささか刺激の強い妄想が、それこそ横島が常日頃妄想するような世界を垣間見て、一人勝手に鼻血の池に沈んでしまった。
 
 
 
 
 
「ねー、お母さん。あのお姉ちゃん達どうしたの?」
 
「指差しちゃダメよ? 変なの感染するから」
 
(うん、やはり麻帆良学園にだけは、輝也を入学させられないな)
 
 と地味に酷い奇行に走ったタマモと刹那の姿に首を傾げる輝也に、二人の少女の背後に横島と同質のお笑い系変人の影を感じつつ息子に非常に正しい教育を施す美神令子、そして父親の西条輝彦は頭を抱えながらさりげなく失礼な事を心の中で呟いた。
 
『麻帆良の常識、世間の非常識』
 何気に、巷じゃそう言われているのは仕方が無い事である。
 
 
 
 
「それはそうと、タマモ、桜咲刹那、改めて貴方達の事を聞かせてもらえるかしら?」
 
 
 
 
 タマモから麻帆良学園に横島と二人で飛ばされてからの数ヶ月の出来事を聞き終えると、美神は納得したように軽いため息をついた。
 
「大体理解したわ。輝彦さん、多分彼女達で間違い無いと思うわよ?」
 
「そのようだね」
 
「美神殿、今電話で氷室神社のタマモと、麻帆良学園の桜咲殿を確認したでござる」
 
「へぇ、平行世界の同一存在か」
 
 先ほど、オカルトGメンの事務所から携帯電話に緊急のコールがかかったのは、先日ロンドンで発生した複数の平行世界を跨いだ怪事件の解決直後、日本国内でロンドンでのものと酷似した時空間変動が先ほど発生した事が絡んでいる。
 ただし、それに対する対邪神級警戒態勢引き上げという意味では無い。もしそうならば西条は真っ先にこの身体でオカルトGメンの事務所に直行しているからだ。
 つまり、それが意味する事は、
 
「先ほど神族から連絡があってね。事故によって異世界から来訪者が来るので、発見したら保護して欲しいとの事だったんだ」
 
「で、いい加減気付いているわね? ここはアンタがいた世界じゃない」
 
「え、ええ……」
 
「アンタの知っている麻帆良学園と美神令子除霊事務所が最初から同在する世界と言っていいわね。私からしたら、なんで麻帆良学園が別世界にあるのかっていう妙な感覚になるのよね」
 
 妙な感覚というのはお互い様だと、苦笑しながら美神は言葉を続ける。
 なにせ、タマモ達にとっては、別の筈の世界がここでは同一で存在し、麻帆良学園の面々こそ自分達と同年であるものの、美神令子除霊事務所の面々は更に年を重ねているのだから。
 むしろ、26歳となった美神が全くその美貌に衰えを見せないのはやはり反則ではないかと内心で愚痴を零すタマモであった。
 
「あと、他にも突っ込みたいところ自体は多々あるけど、まぁ、アンタたちが体験した事件のレベルなら仮にこっちで発生しても正直大した問題にもならないからそのあたりはあんまり気にしても仕方ないか」
 
「そ、そうなの? って、でも、これから起こる事件を放置していたら横島がっ!」
 
 そう、タマモ達がいた世界の麻帆良学園では、この世界においては来月に開催される学園祭で、超鈴音が魔法の存在を世界に暴露しようと陰謀をめぐらせ、それと平行して麻帆良学園に侵攻してきたフェイト=アールフェンクスによって、横島とあやかが殺される可能性があったのだ。
 そして、現在のこの世界では丁度修学旅行が終わったばかりの5月始め。
 たしかに、美神にとって魔法の暴露などどうでもいい事ではあろうが、それでも横島やタマモのクラスメイトの命に関わる事を問題ないことと片付けられてはタマモとしてもたまったものではない。
 しかし、美神の回答は、タマモと刹那にとって不可解な固有名詞を孕んでいた。
 
「少なくとも、先ほどの話では、こっちの横島クンが殺されるって状況が想像出来ないわね。第一、フェイト・アールフェンクスは先月、京都での邪神勢力との交戦で、魔術師(マギウス)大十字九郎によって完全に滅ぼされているわ」
 
 そう、この世界のフェイト・アールフェンクスは4月末の京都での事件で運悪く大十字九郎と交戦してしまい、結果として魂魄も残さず滅ぼされてしまったのだ。
 
「大十字九郎? 誰?」
 
「魔法界では随時賞金額最高値更新の、世界最強の魔術師(マギウス)にして、邪神勢力と戦う事が出来る数少ない“抵抗者”のうち一人よ。死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)と言えばこちらでは名前を知らないヤツはいないって程だけど」
 
「ええ、聞いた事が無い名前です」
 
「その反応からして、大十字九郎はそちらでは活動していないみたいね。で、まぁ、この彼だけど……とりあえず具体的にどんだけと言ったら」
 
 と、脳内で大十字九郎と、タマモが語るこれまでタマモと横島達が戦った相手とが対戦した場合を想像して、美神令子除霊事務所の面々は揃って思わず額に青線が降りてしまう。
 
「……あんたらが話してくれた、あちらの麻帆良学園絡みの事件で出てきた連中程度じゃあ……ねぇ……ガチで」
 
「……お気の毒すぎて口では言い表せないでござるな、ガチで」
 
「……相手さん悲惨通り過ぎた滑稽さを更に通り越して一回転したら悲惨の二乗って位だな、ガチで」 
 
 この世界において、先月の京都での大十字九郎をはじめ、魔術師の戦闘に巻き込まれた美神令子除霊事務所の面々は、そのあまりもの人間天変地異発生器の如き所業を思い出し、通夜の様な鎮痛な表情を以って大十字九郎の異常性を表現する。
 
「ガチでなの?」
 
「うん、ガチでだね」

 “あの”美神が真っ青になりながら語る大十字九郎像に、信じられないといった表情で聞き返すタマモに、ハワイでの事件の顛末を思い出した西条も頭を抱えながら追い討ちをかける。
 
「流石にね、京都の関西呪術協会総本山があった場所一帯が時空間ごとえぐれて『京都クレーター』という新名所が生まれる瞬間に居合わせてしまうとねー」
 
 聞いても居ないのに余計な解説まで丁寧に加える美神の言葉を聞きながら、タマモと刹那は戦慄を覚える。
 どうやらこの世界では、ギャグ補正がなくても、自分達にとっての強敵クラスがザコ扱いになる程に一部の人物のパワーバランスが崩壊しているらしい。
 キーワードは“魔術師”。
 
「それに、そもそも横島クンも……」
 
 と、美神がこの世界の横島の事に話題を触れようとした時、オーナーデスクの上の電話が鳴り響いた。
 
「はい、美神令子除霊事務所です……って、なんだお前かよ」
  
 電話に出たのは、ほとんど手持ち無沙汰になっていた雪之丞。
 出た際の話し方は、それなりに慣れたものではあったが、電話の向うからの声の相手が知人である事を知るなり、いつも通りの口調に戻る。
 
「ああ…………ああ。………………丁度良かったな。ここに二人居るぞ………………成る程、判った。美神の旦那と件の娘達には俺から伝えておくわ」
 
「雪之丞、誰からだったの?」
 
「横島の奴から」
 
 そのまま電話を切った雪之丞に美神が問いかけに答えた雪之丞。
 
「横島!?」
 
「横島さん!?」
 
 その一言に、タマモと刹那が反応し、どうして自分達を差し置いて勝手に電話を切ったのかと言わんばかりに雪之丞に詰め寄る。
 そんな二人の必死な表情に、雪之丞は思わず後ずさりするが、それだけ“あちらの”横島が想われている事を同時に実を持って思い知る。
 とはいえ、実際の所、先ほどの話を聞いた雪之丞は、彼女達の意思を無視した行動を取るほど野暮では無い。
 
「あー、待てって。電話に出たのは横島忠夫だけど、お前らの知っている横島忠夫じゃねぇんだよ」
 
「「え?」」
 
 そう、電話をかけてきたのは横島忠夫は横島忠夫でも、タマモと刹那が知る横島忠夫とは別の人生を歩んでいる横島忠夫。
 つまり――
 
「この世界の横島忠夫。ウチの所長と双璧を成す程の一流のゴーストスイーパーにして――」
 
「――世界最強の一角。“魔術師”横島忠夫といえば、”魔術師”大十字九郎と並ぶ“抵抗者”よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ここは誰ですか? 私はドコですか?」
 
「茶々丸さん! それ本来私のセリフっ!」
 
 闇司祭ネギと魔術師ネギが居酒屋で呑みあっている頃、カシオペアによって飛ばされたアスナと茶々丸は同じ麻帆良学園の敷地内にいた。
 その事実はGPSを搭載した茶々丸によってすぐさま確認され、アスナは安堵の溜息をつくのだが、その隣で当の茶々丸が涙目で目前の物体を見て現実逃避を始めてしまったのだ。
 
「在り得ません……私とマスターのスィートな思い出の詰まった、ログハウスが……」
 
 そう、GPSによれば、この地点は桜ヶ丘4丁目29。
 つまりは、木々に囲まれた素敵な小さなログハウス、エヴァンジェリンと茶々丸のスィーツマイピクチャーパレスがある筈なのだ。
 だが、周囲の風景は、木どころかペンペン草一つ生えない瓦礫の地面に、身長を裕に超えるよくわからない機械の残骸らしき塊が城壁の様に周囲を覆っていた。
 その中心に、人類の文明美を真っ向から否定したような冒涜的かつ名状し難い物体は、遠目から見たら寂れた公園の公衆便所にさえ見えるかもしれない。
 
 ――それは、まさにコンクリ小屋であった。
 
「こんな無骨なコンクリ小屋になっているなんてぇええええええええ!」
 
 ゴミ屋敷と大差ないスクラップ置き場の真ん中にポツンと立っている、外壁塗装などという気の効いたものすら無い平屋根のコンクリート壁の小さな小屋を目撃した茶々丸は、あまりといえばあまりの光景にAIに異常をきたして発狂したような絶叫を周囲に響かせる。
 
「茶、茶々丸さんがコワれたあああああああ!」
 
 彼女達は知る由も無い。
 “こちらの”麻帆良学園では数ヶ月前にネギ=スプリングフィールドとエヴァンジェリン=A=K=マクダウェルの交戦により、エヴァンジェリンの住むログハウス周辺半径100メートルが強大な魔術によって跡形も無く吹き飛んでしまった事実など。
 その後、濃厚な呪力により、草一つ生える事も無く、ゴキブリでさえ近づかない死の土地と化したものを、つい先日とある男が住み着いて現在に至ったのが――
 
(ごらんの有様だよ!)
 
 闇の向う、世界の向う、次元の向うから、燃える三つの眸と思ったら、実際は美少女という言葉を侵しかねない背徳的かつ狂気じみたドマンジュウ顔がこちらをありえない角度からそして在り得ない角度で凝視していた。
 
「かくなるうえは、この見るも忌々しい塊を瓦礫に変えて、愛しのログハウスを再び立て直すのです!」
 
 今の茶々丸のメモリを走るのは、愛しのマスター、エヴァンジェリンの数々の秘蔵画像。その愛とも言えるがなんというか結構アレなドス黒い感情は恐らく煩悩とかいう人間の原罪のようなナニカなのかもしれない。
 それはともかく、両手から武装アタッチメントを出現させて、いざ目の前の怪異なる象徴を徹底的に破壊しようと行動を開始する茶々丸。
 ――だが!
 
「やかましぃいいいいいいいいいいい!」
 
 小屋から飛び出した何者かが、鳴らした鈴の音を背後に置き去りに、銃の形をしたトンファーまたはトンファーの様に振るわれる銃のような鈍器を、茶々丸の顔面めがけて、トリガーを絞ってハンマーで叩かれる薬莢内部の火薬の爆発による推進力で加速されたフルスィングで振り抜く!
 見事に特殊合金の銃身もしくは鈍器に顔面を殴り飛ばされた茶々丸の身体は、弧を描いて宙を舞い、そのままきりもみ三回転反で地面と熱烈な接吻を交わすハメになった。
 
「人様が試験勉強中だってのに外で大声で叫びあうばかりか、火器なんか持ち出して実力行使で妨害とか! どんだけ非常識なのよ!」
 
 閃光の如く小屋から出てきて茶々丸を瞬殺した人影の正体。
 右手に見慣れぬ凶器を持ち、ツインテールの左右を鈴のついたリボンで留める、左右異なる瞳の色が特徴的な活発そうな少女。
 
「わ、私? というか、私がこんなところで試験勉強?」
 
 そう、状況に全力で置き去りにされた神楽坂明日菜の目の前に立つトンファー少女は、間違う事なき神楽坂明日菜であった。
 
「アスナさんが自主的に試験勉強? 今の衝撃で私の音声及び映像の認識機能にエラーが出たのでしょうか?」
 
 そして、その背後で、まだ校庭のど真ん中エヴァンジェリンが全裸で盆踊りをするなどという迷い事のほうが、真実味がありそうな(とはいえ、これまでの事態を省みるに全く可能性が無い話ではないだけに比較規準を間違っている感はある)発言に、地面にめり込んだ顔面を勢い良く引き上げた茶々丸が抑制の無い声で、しかし内心で戦慄を抑えきれずに呟く。
 
「そうよ! こんなところで、試験勉強よ! いいんちょに宣戦布告した手前、生半可な覚悟じゃ絶対に無理だってことを早々にして悟った私は、高畑先生の所に転がり込んでマンツーマンで試験勉強を見てもらって、ほのかにドキドキシチュエーションを狙おうと思い立つも、それでは間違いなく試験勉強に身が入らない事に気付いて血涙流しながら心の奥底に計画を破棄して断念。 しかも、いいんちょを超えるとなると、学年トップを争うレベルという事に気付いた私は、それこそバカである私は、紙一重だけど遥か向こう岸にまで渡るしか手段が無い事に気付いて、自らを極限状態を超える領域に叩き落す為に、敢て自ら後先の事を考えずに向こう岸に住んでいるキ○ガイの住まいで試験勉強を開始したの!
 修学旅行から帰ってきたその日の夜からっ!」
 
 茶々丸の呻きが耳に届いたのか、トンファーを持ったアスナは己の語るも涙、聞くも涙の境遇を全力全開で解説し始める。
 
「試験勉強始めるのに早過ぎるわよっ!」
 
「いえ、それでもアスナさんの学力では到底間に合うものではありません。むしろ、学年トップクラス、つまりは全科目ほぼミスも無くとなりますと、それこそ可能性は神楽坂明日菜という人間である以上、絶望的としか言いようがありません」
 
「そこまで言うのっ!? だけど否定できない自分が恨めしいっ!」
 
 そんな目の前のアスナの意味不明寸前の解説に戦慄を覚えるアスナと茶々丸。
 本来、今この瞬間に二人のアスナが同じところに存在するという怪異は、決して無視してはならない大珍事である。
 だが、しかし、アスナが早期から自主勉強を始め、さらには学年トップを目指すなど、それこそ神でさえ想像しえない宇宙の摂理への冒涜であり、無謀にして哀れ過ぎる戦いそのものであった。
 そのような目の前のトンファーアスナ(今命名)の壮絶なる覚悟を目の当たりにしたアスナと茶々丸にとって、同一人物の同在程度、既に意識するにも値しない小言となってしまったのであった。
 
「ところで茶々丸さんばかりでなく私まで、騒音と破壊活動による妨害ばかりでなく、私の能力否定までして私が中間テストでトップを取るのを妨害するの?」
 
 そして、目の前のアスナと茶々丸が投げて寄越す、真理と言う言葉の暴力を受け止めたトンファーアスナは、まじまじと二人の姿を見回しながら、何やら違和感を持ったらしい。
 そして、暫く、その違和感の正体が何なのかを、すぐさまオーバーヒートで機能停止になってしまうスペックの脳味噌をフル回転させ、瞬時に発熱の為に煙まで出すものの、奇跡的に、実に奇跡的に“彼女なりの”解答を導き出す。
 
「はっ……そうかっ! これは万が一に私がトップを取ってしまう可能性を恐れてトップから蹴落とされる可能性に戦慄した超さんとハカセの妨害工作ねっ! いいわ、受けて立つわ! そして頂点から蹴落とされる事によって存在意義を否定しつされた超さんとハカセはバカの悩みを知る事によって人生の世知辛さと現実の重みとちょっぴり甘酸っぱい傷のなめあいを、同じく蹴落とされたいいんちょを加えてトライアングラーへと発展した。同性愛と二股掛けというアンモラルな問題に頭を抱えた超さんは、天才でもどうしようもないと嘆き悲しみ、ハカセといいんちょを祝福して自分は誰もいない所へと旅立っていった。
 待って超さん! そっちは駄目っ! そっちは天才は天才でも紙一重どころか向こう岸に渡ってしまって思考が人間の理解を逸脱した愉快型助演の領域っ! 年頃の美少女でさえ一片の容赦も慈悲も躊躇も背景も設定も属性もフラグも総て無視されて単なる地雷女に認定されてしまう最後の一線っっっっっん!」
 
 挙がっている名前の方々の名誉の為に言って置かねばなるまい。
 これは、あくまで“彼女なり”の解答である。
 とはいえ、無限に広がる平行宇宙にてそのような可能性がゼロとは誰が言えるであろうか。
 
「「むしろアンタが向う行っているわ!!」」
 
 だが、少なくとも、神楽坂明日菜が学年トップを取るよりもは、遥かにありえない話ではあるとは思われる。
 というか、既にアスナと茶々丸の目から見ても、目の前のトンファーアスナは彼女の言う“向こう岸”の住人にしか見えなかった。
 
 だが、しかし、世界の真理は、宇宙の深淵は、彼女達の知覚出来る領域など嘲笑うかのように、とてつもなく向うで、気が遠くなるほど深い。
 それこそ真なる“底なし”の沼。
 一度沈めば、死してなお沈み続け、その死すら死するほどの永劫を費やしてなお足りない。
 
 今この瞬間。
 三人の哀れなる少女達の前に真なる脅威が、コンクリートの小屋の奥の奈落より深い暗黒の中から、這い寄る様にその姿を曝け出した。 
 
 それはシミ一つ無い純白の衣で、表現不能な色合いの紫の胴体を隠すように覆い、在り得ない色彩の緑色の頭髪を持っていた。
 そして、それは耳障りな冒涜的な音を発する棒状のナニかを理解の及ばない動作で触れながら、我々の理解の及ばない支離滅裂な言葉で語りかけた。
 
「なーにやっているであるか怪獣ツインテールこと神楽坂明日菜。
 いい加減テーブルに戻って正座で脚を痺れさせながら睡魔と格闘しつつ回答で埋めた用紙を我輩に渡し、我輩の血潮の如き赤に染まるペンで左斜め下から更に左斜め下に少し下ろして右斜め上に勢い良くストレートに跳ね上げる誤回答確認の印、略してピンハネの数に愕然としつつ、再び教科書を広げて我輩の天竺のありがたいお経よりも更にありがたい講釈込みのエンドレス作業に戻るのである! ちなみにピンハネといっても我輩、一銭すらも利益の先取りなどしていないのであるからして、これはまさしくボランティア!
 これぞ麻帆良の魔法使い達が目指す姿だと、人の為に見返りを求めず懸命に学問を教える我輩の生き様に感動した魔法使い達は、我輩にマギステル=マギの称号を与えようと上層部にかけ合うも、我輩は魔法が使えないのであっさり却下。同じくマギステル=マギと呼ばれる事の無い高畑=T=タカミチと共に、野郎二人の一室でお互いを慰めるように酒盛りをするのであった。だが、しかし、我輩は全くマギステル=マギなどという便所紙のほうがまだ世間の皆々様方に貢献しているであろうよくわからない名称には最初から興味などなく、すぐさま高畑とは思想があいいれないとばかりに関係はこじれにこじれ、ついには我輩と魔法界との戦争に発展するのであった。
 争いとは、当人達にとっては重くとも、第三者から見て非常に些細な、それこそ今晩の献立への悩みにも劣る些細な問題から起こる典型例であった。
 ちなみに我輩、食事の時間すらもったいないので、今晩も買い溜めしているカロリーメイトフルーツ味で我慢するのである」
 
 ――ようするに、本当の“向こう岸”はトンファー持ったアスナが可愛く見えるくらいに強烈だという事である。
 
「つまり、目の前の私は高畑先生諦めて、こんな○○○○を狙いだしたという事なの?」
 
 目の前の、ギターを持った基地GAYと、トンファーを持ったもう一人の自分を見比べて、たどり着いた“彼女なり”の解答に眩暈を覚え、今にも気を失って倒れそうになる自分のこめかみを自慢の怪力で押さえつけながら正気を保つ努力を続ける。
 
「確かに、客観的に評価をした場合、顔の造形自体は決して崩れていないばかりか、むしろネギ先生にも劣らぬ美形。しかも加えてこの肉体美たるや高畑先生に並ぶかそれ以上かもしれません」
 
 その隣では、冷静に頼んでも居ない分析を始める茶々丸。
 確かに、目の前の男、黙っていれば素材は良い。
 
「ですが、致命的なんて言葉が可愛く思える程に崩壊した人格を始め、服装などのファッションセンスから何まで、私の主観から申しましても悪趣味としか評する事が出来ません」
 
 だが、どうしてもこのような解答に辿り着く事は分析などしなくとも即座に理解出来るだけに、茶々丸もすでに何処かおかしいのだろう。
 
「というか誰が見ても悪趣味よ……」
 
 いくら事実とはいえ、悪趣味、悪趣味と指摘されては、誰だって立腹するだろう。
 現に目の前のギターを持った白衣の男は、その目を見開き歯をむき出しにしながら、目の前の女子中学生二人を威嚇するかのように説教を始める。
 
「いきなり人の住いに怒鳴り込んで殴りこみかけに来た挙句に、頼みもしない採点評価で、この宇宙最高の大・天・才! ドクターウェストを、端的に悪趣味と評するとは! 貴様ら、学校で見ず知らずの人にはついていってはいけませんっ! って教わらなかったのであるか?
 あれ? けれど今回はむしろ自分達から人の家に上がりこんだ際は不法侵入になるのではないか? つまりここで我輩が電話一本で1と1と0をプッシュして出前注文したら哀れ年端もいかない少女達はブタバコでカツ丼食ってお腹一杯になったところを代金請求されるも持ち合わせが無かったので泣く泣く皿洗いとしてカツ丼屋で働いているうちに、いつの間にか看板娘となって売り上げに貢献しまくるのであった。そして、看板娘となった神楽坂明日菜はいつしかそのカツ丼屋の亭主と幸せな家庭を築き、物語とは全く関係ない方向で幸せになる事によってフェードアウト!
 そこ、テスト勉強はどうした? え? まだ期間があるだって? そう言って余裕ぶっかましてタイムリミットがあと一日になって涙目になりつつ、タイムリミットが経過してもノルマが終わらずに学校にて晒し者になると思いきや、案外どいつもこいつも終わらせず、担任の先生は富士山の旅行に行きたくなる。丁度、途中で頑丈なロープを買って樹海のほうまで一泊永眠の日程で。
 つまり、それは学生時代の甘酸っぱい夏の思い出。真面目に生きてはバカを見るという痛烈な社会の堕落しきった現実。い、いけないのである少年っ! いくら夏休みの間宿題すら終わらせること無く長期旅行で二学期の存在そのものも綺麗さっぱり忘れたからといって、そこで自分を恥じて首を括るくらいなら、今すぐに職員室で寝泊りしながらテストの採点と二学期中間テストの準備を始めるのである!」
 
 その顔たるやチンパンジーにも見えなくもないドクターウェストを名乗る男の圧倒的に濃すぎるキャラに圧され、一歩引いてしまうアスナ。
 だが、それでもアスナはこれだけは言わなければならないと、そう、ツッコミキャラ属性持ちとして、突っ込まずにはいられない彼女の魂が、このいろいろ突っ込みどころが多すぎて何処から突っ込めばいいのか見当がつかなくなる状況の中、“彼女なりに”一番に突っ込むべき点を指摘すべく咽の奥から、勇気と度胸と哀と怒りと悲しみを込めて叫ぶ。
 
「カツ丼屋の亭主って誰っ!?」
 
「突っ込む所そこですか?」
 
 この狂気の極限状態で突っ込みを入れられる点そのものは賞賛に値するが、どうやら、アスナにはまだまだ荷が思いようであった。
 そして、ツッコミのポイントが悪かったせいか、ウェストは彼女のツッコミを華麗に無視しくさり更にペースを上げて、今度はトンファーを持ったアスナに向かって顔を顰めながら怒鳴り散らす。
 
「であるからして神楽坂明日菜よ、貴様が超天才である我輩のこの目の眩むような美的センスにクラクラになってちょっかいを出しているのは理解出来るのではある。
 だが、こちらは神楽坂明日菜の試験勉強の手伝いで忙しいのである。それこそ、このチンパンジーの脳に数々の口では言えないほどに冒涜的かつ背徳的にして革新的な方法で知識を詰め込んで、それを電気ショックで真っ白にしてやり直しというかもう使い物にならない事確定な状態で教え込んだ方がまだ可能性が見出せるような絶望的な状況を打開すべく、こうやって我輩自分の研究も学園で受け持つ授業も睡眠も食事の時間も全部極限に削って放課後の神楽坂明日菜の試験勉強を観てやっているのである。
 そして、文字通り心身共にというか魂そのもの、ついで人類として大切な尊厳もヒロインとしての慎ましさ……は最初から無かったからヒロインとしてのプリティなオーラまでも鰹節の如く削り切って神楽坂明日菜のテストの成績を学年トップにする事によって、我輩は人類の超えられなかった壁を越えることが出来る事を我輩の手で証明するのである! 具体的にはバカレンジャーとして何をやっても満点には決して届く事の無い作中での『バカ属性』を徹底的にそして完膚に破壊し、神楽坂明日菜を『勉強バカ属性』に仕立て上げるのである!
 ……あれ? 勉強バカでは結局バカではないのか。 ノォオオオオオオ!!!!! ドクターウェスト一生の不覚っ!!
 おのれ、神楽坂明日菜めっ! この大天才ドクターウェストを陥れるとはなんたる不届きかつ恐ろしい女っ! 伊達にシャチホコばって海老反り返っているわけではないのであるなっ!
 だがだがだがだがっ! だがしかしっ!! この事実に我輩が気付いた以上! タダのバカではなく、増してや勉強バカでは終わらせないのである!」
 
 勝手に自分の脳内でダメージを受けて跪くも、すぐさま復活したりして、トンファーを手に持った方のアスナをビシッと指差して宣言する。
 
「目指すは、テストの回答を詰め込んだバカではなく、知識を有意義に使い込んで、気付けば知識を使う事に執着して正常な生活の一切が出来なくなる所謂『研究バカ属性』に!」
 
 ……ちなみにドクターウェストに対しての正しい反応とは次の二通り。
 
 だめ、私もうついていけないとばかりに思考を停止させて気まずそうに目を逸らすアスナ。
 同じく茶々丸も、何処かでしっかりとした突っ込みをいれようとするも、所詮は土台がボケロボである為、あえなくAIの情報処理能力を超えてしまい頭から煙を出しながら機能停止。
 
 ついでに、コンクリートの小屋の奥の奈落より深い暗黒から、勉強中だったアスナを引きずり戻すべく、無数の巨大な蚯蚓の様な形状のくすんだ銀色の軟質節の物体が勢い良く排泄物の如く這い出る。
 それらは、金属特有の冷たさと硬さを併せ持った表皮をした器官で、呆然自失のアスナの手足に巻き付くようにして自由を奪い、そのままズルズルと音を立てて小屋の奥、暗闇の底に引きずり込もうとしていた。
 
 ――結果的にとはいえ、この二人のように徹底無視か、
 
「結局『バカ』入っているじゃない! というか私は身長45メートル 体重1万5000トンの古代怪獣なんかじゃないわよぉおおおおおおおおお!」
 
 いつの間にか、先ほどトンファーを持っていた方のアスナが、何処から持ち出したのか、自分の身長近くの長さと電柱かそのあたりの太さの禍々しいまでに歪な黒色の物体を腰に構えて、奈落の穴の如き砲身をウェストに向けていた。
 これぞドクターウェスト謹製の術式魔砲“我、埋葬にあたわず(Dig me no grave) ”。
 数多の怪異とか魔術師とかにつけたし、建物を始めとする市街地にも多大なる被害を与えまくった曰く付きの凶器である。
 
 ――この手の○○に慣れているならば、徹底抗戦である。
 
 問答無用で相手の反応も周囲の状況も自分の置かれている環境も総て無視してトリガーを引くアスナ。
 放たれた超高密度のエネルギーによる一撃が、アスナの目前にいる総てを根こそぎ吹き飛ばす。
 結果、

「いやぁあああああああああああああ!」
 
「あーれー」
 
「照れ隠しに打撃系はツンデレヒロインの基本なのであるぅうううううううううう!」
 
「無断使用の請求書をつきつけるロボォオオオオオオ!」
 
 あわや触手によって勉強奈落に引きずり込まれる寸前だった魔法無効化能力のある筈のアスナ、絶妙な角度で吹き飛ばされたショックで再起動するまで絶賛エラーフリーズ中だったガイノイドの茶々丸、相変わらずマイペースハイテンションで絶賛暴走中の狂気の天才科学者ドクターウェストの三人に付け足して、自分の武器を無断使用するアスナに文句をつけに来たドクターウェスト謹製の人造人間エルザが、仲良く目前の巨大なドラム缶にドリルを生やしたような残骸と共に麻帆良の遥か向うまで吹き飛んでいってしまった。
 
 “我、埋葬にあたわず(Dig me no grave) ”とはよくいったものである。
 確かに、死体も残らなければお墓も必要無いのだから。
 
 そして、コンクリ小屋に一人残された方の神楽坂明日菜は、そのまま触手によって部屋の奥に引きずりこまれ、何者の干渉も助けさえもない絶対の孤独の中で黙々と独学と言う名の絶望的な戦いを始めるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 存在は無限に拡散し、世界へと融けてゆく。
 対して意識は無限に明瞭になり、世界の総てを感じ取る。
 
『――ゃん――』
 
 二人にして一人である彼(ないし彼女)は時空の魔術師(トラベラー)。
 数多の世界(ルール)と世界(ルール)を渡り、邪悪と戦い続ける、旧き神の仔。
 今、この瞬間、字祷子の乱流の中、実在と非実在のゆらぎの中にいる。
 膨大過ぎる情報の渦、飲み込まれれば人間の精神など瞬時に吹き飛ぶであろう。
 
 だというのに……
 
『――せっちゃんドコやー!』
 
 実在と非実際の狭間、不定形の膨大な情報の奔流の中にいて、その声は確かな力強さを以って響き渡る。
 
「……聞こえたか?」
 
「聞こえたわぁ」
 
 “魔を断つ双剣”の名を持つ鋼鉄の巨(嘘)神の体(胎)内で、人と精霊の間の仔である少年と少女は顔を見合わせ、にわかに信じ難いその現象に居合わせたことを確かめ合う。
 
『せっちゃーん!』
 
 ここは総てが拡散し明瞭となる、所謂情報の大海原。
 
「なるほど、友を想う一念が、世界のゆらぎに居て自己を失わないチカラとなっているのか」
 
 存在を構成する要素とは、つきつめていけば情報であり、それが無限に拡散し融け合っているということは、それらの情報をそこにいる間は共有しているということ。
 
「うーん、どっちかと言えば、百合な薫りがする叫びよねぇ」
 
 ただし、それを“理解”するのはあくまで“個”の処理力に依存するのは当然の話。 
 
「……そうか。人の恋愛にとやかく口出しするつもりは無いが」
 
「歪んでいる気もしないでも無い騎士殿であったが、騎士殿もマザコンでロリコンなんていうぶっちゃけありえない変態嗜好だから、人の事は言えないのであった」
 
「そこ、どの口で誰に解説しているか、この淫売ファザコンめが」
 
「それはどうでもいいとしてぇ、放置プレイもそそるものがあるけどぉ――流石に放っておいたら滅んでしまうわよ? 彼女」
 
 故に、普通ならば幾重もの精神防壁を張る事で自己の意識を保護しなければ、あっという間に矮小な“個”として構成される情報など膨大な情報の渦に呑まれて消し飛んでしまう。 
 
 いつもの間延びした艶の有る声を押し殺し、厳格な事実を突きつける少女。
 普通は在り得ない現象、所謂奇跡という瞬間。
 しかし、それでも、明らかにこのままではいつ消し飛んでもおかしくない状態だ。
 それは少年も理解している所であり、言われるまでも無く、機体を“彼女”の存在情報が漂っているあたりまで移動させる。
 
 と、いざ件の“彼女”の存在を拾い上げる為の術式を検索し、行動に移そうとした時、それは起こった。
 
『せっちゃーん! 今行くからなー!』
 
「まぁ!?」
 
「……んなアホな」
 
 あろうことか、“彼女”はその意志力とカーディスの加護により自らの存在力(リアリティ)を補強し、“手に持った鎌”を、字祷子の濁流の中を漂い実在と非実在のゆらぎの状態のデモンベイン・トゥーソードの特殊魔術合金であるヒヒイロガネ製の胸部装甲に突き刺して取り付いたのだ。
 デモンベイン・トゥーソードに取り付くことで、自らの足場を確保し、急速に顕現化(マテリアライズ)した黒い少女がとてつもなく清らかな微笑みを浮かべる。
 しかし、その気配たるや、死と破壊を振りまく邪神の眷属の微笑みであり、それを現世に解き放つ事はそこに破滅を解き放つ事と同義である事を雄弁に表現していた。
 
 ――そりゃ誰だってビビるわな。
 
「……なぁ、我はアレを今この場で振り落としてこの濁流に叩き落した方が世の為人の為なんて思ってしまったのだが」
 
 直感的にというよりは既視感を抱いた騎士の少年が、誰にともなく何処か申し訳なさそうに呟いた。
 言っては悪いが、今デモンベインに取り付いている少女は、間違いなく周囲に恐るべき破壊をファーストフード並のサーヴィスで提供するタイプだ。
 それも愉快型狂科学者と同質の、無自覚壊滅型被害の方向で。
 
「それは非道いわぁ。あの子はあくまで愛する幼馴染の幸せを傍で護ってあげたい一心で、その手段に邪悪な神様の力を使っているだけよぉ?」
 
 だが、隣に立つ紅の少女は淫質な笑みを浮かべながら少年の提案を一蹴する。
 
 この字祷子の奔流の中にいて、全知なるからこそ解せる事。
 それと同じく、この字祷子の激流の中にいて、“彼女”も全能なるからこそ行える事。
 只、その無限の力も本来は魂の器には一瞬として留まる事無く通り過ぎる。
 いや、後には事実残る事無き空虚な虚構。
 それは眠りを蝕む淡き夢、夜明けと共に消える夢。
 
「我らと同じか」
 
 だがしかし、いや、なればこそ、だ。
 この涅槃寂静にも満たぬ奇跡を成し遂げる熾烈な意思こそは、彼らの信仰する玩具のような輝き。
 それこそ、魔道に生きる身なれど、魂(ココロ)は騎士道(ツルギ)に捧げる彼と何ら変わりなどありはしない。
 
「そうよぉ? だからそんな事言ったらいけないのぉ」
 
 隣の騎士の少年の額を人差し指で軽く小突いて、紅の少女は闇司祭の少女を迎え入れるべく、デモンベインのコックピットハッチを開いた。
 
 これが、決して出会ってはいけない二人(主に貞操系モラル的な意味で)の、近衛木乃香とネクロノミコン血液言語版(紅薔薇)の邂逅であった。      



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