図書館島、その中でもかなり奥に存在している地底図書室。その一角に少年がいる。

黙々と何らかの書物をめくり、次々にその書物を取り換えて延々と読み進めていく。

そして少年が本を戻し次の本を取るために一歩だけその立ち位置をずらしたとき、少年が淡い翠色の光に消えてしまった。

この時からわずか一時間、少年はこの世界のどこからも消えてしまうことになる。

これはIFの話であり、これは在り得る筈のない在り得たかも知れない話。

さぁ、いまこの時、この場、この瞬間、ほんの一時という時間の流れにおいて、消えた話が綴られる。

二人の異邦人が集った場所に新たな異邦人が辿り着き、ほんの僅かな時間だけ共演する。

片や翡翠色の宝玉を用いて万象を現に彩る男と、九つの尾を用いて三国を廻った神仙に通ずる妖の転生した少女。

片や無駄に適応したために覚悟と信念が他よりも突出してしまった少年と、その心に住まいて万象に最速を認めさせた男。

これより、二人?の異邦人×Doppeltという破滅的な話が開幕を迎える。

注意せよ。

何者も到達できなんだ場所に到達し、更なる先を求め続けたものが新たな異邦人なのだから。

その意味が、いったいなにをもたらす事になるのか。

それを知る者はたとえ神であろうとも、魔王であろうとも、世界であろうともいないのだから。









Ensemble 〜交わる異邦人〜          神鳴神薙


似て非なる世界、異邦人と二重存在









エメラルドよりも柔らかな光、翡翠色の光に包まれて気づいたときには、見たこともない天井を見上げていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・どこ?」

一言声に出して体を起こす、僕の感じる限りでは体に異常は感じられない。

けれども僕の思考は巡る、ここがどこなのか分からずにいるだけではなく、奇妙な違和感を感じているということだ。

あの翡翠色の光も気になるけれど、まずはここがどこなのかを確かめなければいけない。

まずは自分の手元にあるものを確認する、思った以上に大変な状況だということがよく分かった。

「まず・・・・・・・・・・・・・・・・僕の杖がない。メモノートはあるから魔法は・・・・・・かなり苦労しそうだけど何とかできると」

僕自身が風に適性を持っていたから理解できる、この家の中に現状の僕と互角である存在が一、明らかに上である存在がニ、いや三。

場違いだと感じながらいるのは当然だと感じる一般人だろう人が一人、そして・・・・《僕》が一人。

どうすればいいか分からないけれど、とりあえず起きた事を知らせることにする。

知らせる方法は単純明快、これだけの実力者が揃っているのだから異変には敏感なはず。

眼を閉じる、自分の体を想像する、体に十一個の【国】を配置しそれを巡る様にして力を動かす。

王冠(ケテル)からアレフを経て知恵(コクマー)へ、王冠からベートを経て理解(ビナー)へ、知恵からヴァヴを経て慈悲(ケセド)へ。

理解からヘットを経て峻厳(ゲブラー)へ、知恵からヘーを、理解からザインをそれぞれ経て美(ティファレト)へ。

美からヌンを経て勝利(ネツァク)へ、勝利からペーを経て栄光(ホド)へ、勝利からツァディーを経て基礎(イェソド)へ。

そして栄光からはシンを経て、基礎からはタヴを経て王国(マルクト)へ、王国からアビスを経て知識(ダアト)へ、知識から同じアビスを経て王冠へ。

魔力を単純に巡らせる、巡らせる、巡らせる、巡らせる。

この流れは基本的に僕の中にいる彼が制御してくれるからこそできること、いまの僕にはできないこと。

これは僕の魔力に関する形、気に関するのは八つのチャクラだと言う話だった。

そして五分ぐらいだろうか、下で感じていたうち明らかに上である存在の一つが僕の魔力を探知した。

「うっわー、この時点で気づかれるなんて思わなかった。上って言うか僕より三つぐらい上っぽいなぁー」

『正確にはお前の三つ半ほど上だな、あの階梯まで上りたいなら正直お前でも二年ぐらいみっちりやらないと無理だろう』

「冗談じゃないよ、敵対しないに限るねこれは」

ゆっくりと上ってくるのは一般人らしい人が一人だけのようだ、魔力は巡らせたままで待つ。

僕からしてみれば一般人なのかもしれないけれど、魔力がない人であっても、気が使えなくても、魔法使いと戦うことができるということを僕は知っている。

「起きましたのね」

入ってきた人は僕にとってすごく意外な人、ここはその人の家ではないはずなのに現実に目の前にいる。

「さぁ、なぜここにいるのかご説明いたしますわ。とりあえず、下に来てくださいますか、ネギ先生」

躊躇いがあるのは確かで、それでも下に行かなければ理解できないのだろう事は予想できる。

この場所を僕は知らなくて、目の前に居るいいんちょさんこと雪広あやかさんは知っているということ。

そして何よりも、今の僕への対応と《僕がここにいる》ことへの理由の説明があるということから分かること。

おそらく目の前に居るいいんちょさんは、「僕が魔法使いである」ことを知っているだろう、ということ。

これは推測だから、確固たる証明ができるものじゃないことは分かっているのだけれども。

『ネギ、とりあえず下へ。理由だろうがなんだろうが、聞かないことには始まらなそうだ』

(・・・・・・・・・・・・分かった。いざとなったら)

『任せろ。いざとなったら・・・・・』

そう、もしこれが罠であったとしても、それ以外の何らかの危機的状況にあたる場合であっても、最悪であるならば、

――――(『どこまでも逃げてやる』)――――












ネギが寝ている家の一階、応接間に当たる場所では数人の男女がテーブルについて話し合っている最中だった。

テーブルについているのは横島忠夫、犬神小太郎、横島タマモ、桜咲刹那、そして【ネギ・スプリングフィールド】である。

二階で寝ているはずのネギがなぜここにいて、このメンバーと一緒に頭を捻っているかと言うと・・・・単純な事である。

「ネギ先生、やっぱり心当たりはありませんか?」

「はい。そもそもなぜ【僕】がこうしてもう一人居るのかがわかんないので・・・・」

「ネギがわかんないんじゃどうにもならねえか・・・・どうするよ、タマモ」

そこにタイミングよく入ってくる人影が二つ、ネギ・スプリングフィールドと雪広あやかの二名だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、現状について話せばいいんだよねいいんちょさん」

入ってきたネギは僅かにそこにいるメンバーを見渡して側にいる雪広あやかに話しかけた、困惑した様子ながらも頷き返した雪広あやかはなかなかすごいのではなかろうか?

「で、お前はネギ・・・であってるんだな?」

「勿論、と答えさせていただきます。僕が覚えているのは地底図書室で本を読んでいたと言う事と、翡翠色の光に包まれたと言う事ぐらいですが」

「翡翠、色?」

疑問を投げかけたのは横島タマモ、九つに分けられたナインテールと呼称される髪型をした少女である。

そしてタマモの疑問を受けて【ネギ】一人以外が約一名へとその視線を集束させた、無論集束された視線の先に居る人物は冷や汗をダラダラと流しているのだが。

「ねぇ横島? 二時間前、具体的にはそこのネギ先生がこの家に出現した時にあなたは何をしていたのかしら?」

少々の怒気を含めた視線と言葉でタマモが代表する形で横島忠夫を問い詰める、首を捻っているのはこの家に出現したと言われたネギのみだ。

「べ、別段何もしてなかったぞ。文珠を使って刀子先生の精密な五分の一フィギュアなんて作ろうとしてなかったさ!」

正しく墓穴を掘った青年がそこにいた。

その米神に井桁を貼り付け、何時呼び出したのかすら分からないほど自然にその手に取っていた巨鎚を振り上げる。

最近はたれ目がちになっていた少女も、本来のつり目に、否それ以上にその目を吊り上げて抜刀し膨大な気を込めて準備を終えている。

「アンタは何をやってるのよ、このおばかー!!」

「うちらだけで満足でけへんのっ?!」

振り下ろされる巨鎚には〔5Mt〕の文字が表記され、振り下ろされる刃は神鳴流決戦奥義の一つを集束させて撃ち放っていた。

「具gkぁもいあmpらいえwぽいjkに8」

形容しがたき声を挙げつつ閃光の彼方に消える横島忠夫、その場で取り乱す人物はあいにく誰一人として存在していない。

そう、慣れていない筈の【ネギ】ですら落ち着いてその状況を眺めているのだから、ある意味違和感しか存在していないと言ってもいいかもしれない。

(イツリ、今の攻撃を捌いてたよね、あのバンダナの人)

『答えはイエス。ネギの目を通して見えたと言う事は上の下、おそらく無意識下での行動である事を含めて考えれば高畑と同等かそれ以上だな』

(攻撃を受けた瞬間に打点をずらして衝撃を拡散、点に近い攻撃を無理やり自分大の面の攻撃に拡大させて威力を拡散させてたね)

『桜咲の斬撃は面の極大攻撃だったんだが、最大効率での着弾地点を無意識下で把握、ずらした上でわざと位に言ったな。最小限の被害で終わらせるために』

どうやらこの【ネギ】はいつもの事と割り切っている【ネギ】と違って観察しているようだ、見知らぬ人が相手なら当然であるのだろう行為だが。

それを理解しているのは一体何人いると言うのだろう、確実に【ネギ】と小太郎は気付いていないのだが。

その後はなんら特筆に価することはなかった、せいぜい件の青年が、横島忠夫が天誅という名の追撃を受けたぐらいであろう。

そして【ネギ】と桜咲刹那が・・・・・・呼びづらいので呼び名を変更する。

この世界のネギをネギ先生、この世界に来たネギはそのままネギ、桜咲刹那を刹那。

横島忠夫は・・・横島でいいか、タマモはタマモで。それ以外だと一寸呼びにくい、小太郎は小太郎でいっか。雪広あやかはあやかが呼びやすそうだし。

さて改めて、ネギ先生と刹那、あやかがそれぞれ自室としている寮に帰った後であるが、応接間にはネギと横島、タマモ、小太郎の四人が残された。

本題に入ったのはこのときからだったと小太郎はネギ先生に語ったいう、あやかと刹那が思いっきり問い詰めていたのがそのときネギ先生は印象的だったらしい。

「さて、あなたについて話しましょっか」

切り出したのはタマモ、その目をいつもより若干細めて雰囲気が硬く変化している。その時になって横島が僅かに緊張していることに小太郎はやっと気付いた。

「ココに着た経緯は先ほどいったとおりです、僕自身も一寸考えの中で混乱してる部分があるので・・・」

若干顔をしかめつつも答えたネギと、さらに目を細めたタマモ。雰囲気でいえばタマモと横島が警戒していると言う風に受け取れるのだが・・・?

「なら聞くわ。私たちはあなたが言っていた翡翠色の光に心当たりがある、その情報を聞きたいと思う?」

「・・・・・・聞きたいとは思いますが、それはあなた方の不利になるものだということですね?」

「っ!?」

まっすぐに、タマモの目を見返しながら発したネギの言葉、それはタマモにとって予想外の発言。まさかこの程度の言葉で、そこまであっさりとたどり着くとは思わなかったのだろう。

対して横島は溜息を一つ吐いただけに留まった。

この二人の違いを挙げるとするのなら、タマモはかなり強めの警戒をしていたのに対し、横島はネギの持つ雰囲気を見て多少気にかけていたという程度に過ぎないからであろう。

さらに警戒の色を強めたタマモを見て、横島はさらに深く溜息を吐き出し口を挟むことを決めた。

「タマモ、何をそんなに警戒してるのか知らんが杞憂だと思うぞ?」

その言葉に横島を見たのはタマモと小太郎だけではない、ネギがその目を見開きながら横島へと視線を移したのである。

「あー、そんなに驚く事なのか、ネギ」

「僕としてはそんな単純に理解されると思ってませんし、信用されるとは思っていません。かなり例外な発言だと思いますが・・・・・?」

「なるほどな。んじゃ心当たりについて話すが、いいか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・本気ですか?」

「横島!」

既に小太郎はついていく事ができないでいる、寧ろその頭は現状を考えようと煙を出しかねない勢いで頑張っている最中だ。

「タマモ、俺はこのネギを信じても大丈夫だと思ってる。たぶんなんだが、俺が原因だと思うしな」

「う、それは・・・・そうかもしれないけど・・・・・でも!」

そのままあーだこーだと話し始めた横島とタマモを放り出し、ネギはどうするべきかと考える。

(心当たりがあるっていっていたけれど、話の中で僕が気になったのは【文珠】と言う単語だけ。聞いた事のない単語だけど、フィギュアを造るのに使ってアレだけのことをされているのを考えると、手札の中でも切り札に近いものと考えるのが一番、かな?)

『文珠か・・・・どっかで聞いた覚えが有るな?』

(知ってるの?)

『ああ、確か知り合いに使ってたやつが居たはずなんだが・・・・・ちょっと待て』

ネギがイツリと会話を始めている、それに気付いているものは誰も居ない。当然であると言えば当然なのだが、せめて周りの情報を把握するぐらいは普通ではないのだろうか?

『思い出した、神に名を連ねるものの中に使い手が居ると聞いた事がある神器の一種だ。込められたキーワードにより、一定の効果を発揮する万象を表すとまでいわれる万能の神器とか言うやつのはず。天神として崇められた菅原道真が扱うと聞いたな、確か』

(ちょっ、神器って!)

『気にしなくていいぞ? 本当に万能であるわけじゃない、便宜上できない事が少なすぎるから呼ばれているに過ぎない』

(それでも大概の事はできる、ってことだよね?)

『そうだ。文字として込める事ができる概念なら大半が出来る、死者蘇生とかの自然のルールを捻じ曲げるのは不可能ではないが、その域にあるらしいしな』

(攻撃から防御まで、果ては治癒関係も出来るってことか・・・・もしかして空間跳躍も?)

『出来たはずだぞ? 最も、並列処理をして複数同時使用が出来ないといけないというリスクがあるが』

(・・・・・・・・・・・・・・解呪も?)

『できない事はないんだが、大体は一定の力しか出せないからあんまり強力なのには効かない筈』

(そっか、やっぱり自分でできるようになりたいしなー)

『その心がけは殊勝で実にいい事だが、手段と目的を履き違えるなよ? ついでに向こうも終息しそうだ』

(心がけておくよ。ダメならお願いするからね?)

なにやら色々と洒落にならない内容に思えてならないが、まぁ気にしないことにしよう。

「さて、とりあえず区別の意味を込めてネギ君と呼ばせてもらうけど、いいか?」

「構いません。どういった結論になったのか、僕も聞きたいですし」

ネギの言葉に苦笑しつつも話し出す横島、結局は心当たりについて話すことで方針は決まったらしい。

そして話していくのは横島が扱うものの中でもかなり重要な部分である能力について、それに固まるネギの姿は彫像のように見えなくもない。

「横島さん?」

「なんだ、ネギ君」

「あなたアホですか?」

横島の文殊に関する部分の話を聞いていたネギが話の終わりにいった言葉はこれだった。

「文珠と言う能力について、あなた個人にしか並列使用は出来ないし、生み出すのも適正があるかどうかによるけれど殆ど不可能に近い。それを含めてなぜ僕にそこまで教えるのか、聞いてもいいですよね?」

にっこりと微笑みながらの言葉に棘と何かの枷のようなものを感じて動くに動けない横島、周りも微妙に呆れているようだ。

「その能力はおそらくあなた以外の誰にも持ち得ることのできない能力です。だとしたら初対面であり不審人物と呼ぶのが一番近いだろう僕なんかに、軽々しく教えるような内容ではありません。
それを踏まえた上であえて言わせてもらいます、あなたはなぜそこまで人を信用しているのですか?」

ネギの目は力を持つ魔眼のように、横島と目を合わせたまま動かない。

「ああ、別に? ただネギ君を信用できると感じたからなんだが、やっぱまずかったか?」

その言葉を聴いてネギがかすかに震え始める、何かを堪えていると言う表現がぴったり当てはまるだろう光景である。

「横島、アンタは・・・・・」

「兄ちゃん、そないなこと考えとったんか?」

タマモも小太郎も呆れるしかないと言うように、殆どあきれ果てていたのは事実である。

そして、横島が沈黙に耐えられなくなってネギに話しかけようとした瞬間のことだった。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

ネギが三人の前で壊れたように笑い始めたのである。

「はぁ、はぁ・・・・・・すみません」

「い、いや、別に構わないが・・・・・」

ネギ以外の三人には何がどうなっているのかまったく分かっていない、心を読むものですら分からないとさえ思ってしまうほどなのだから。

「横島さん、はっきりと言わせてもらいます。いつか絶対に後悔しますよ、その行動は」

その目が剣呑な光を放ち、今まで彼らが見たことのないほど真剣な瞳が三人を、特に横島を射抜く。

「その考え方は悪くはないと思います、信じることは悪いことじゃないですから。でも、信頼は度が過ぎると依存と甘えをもたらす事になります。依存はその人を堕落させるでしょう、自分が戦わなくても横島さんが居ればどうにかなる、横島さんがいうとおりにすれば何とかなる、と」

一切の妥協を忘れた瞳は誰よりもまっすぐに横島忠夫を射抜く。

「だからこそ行き過ぎた信頼を寄せてはいけません、信用するのも最低限の時間をかけて相手を選んでください。でないと、守るべき人を守れずに死なせた挙句、自分も死にかねません」

横島忠夫にとってトラウマとも言うべき嘗ての出来事が、その脳裏にフラッシュバックする。

IFを望んだ、IFを求めた、そんなものは無いと完全に否定されても探し続けた。

「・・・・・・・・・・・すまん」

「僕も、未熟です。だからこそわかる事もありますから、僕の考えで間違っているのなら指摘してください」

呆然として会話する二人を見るタマモと小太郎、話に入っていくことが出来ないというよりも入ることが許されないと言うような状態だ。

「前にな、一回大事なやつを死なせちまったことがある、なのに信用と信頼の重さと意味を忘れちまってたみたいだ」

懐かしむような、悲しむような、そんな顔で苦笑して言葉を綴る横島。

「全部とはいいませんが、いくらかは分かります。こっちの僕は話しましたか? 僕が住んでた村は悪魔に襲われて、住んでた人は僕とお姉ちゃんと幼馴染一人を除いて石に成ってるって」

「一応、大まかには聞いたことがあるぜ」

「あの時の僕は自分を責めました、僕がお父さんに会いたいと願ったから襲われたんだって」

ネギの脳裏に浮かぶのは父親の悪口を言って少し怖い、自分がおじいちゃんと呼んだ人。

「なくしてから気づくこと、わかることって多すぎますよね・・・・・」

「ああ・・・・・」

大事な人を亡くした共感、会話に入ることの出来ない二人が未だ不完全にしか理解できていない感情。

時間を刻む柱時計の振り子の音がその静寂に響く、ほんの僅かな間だけ。

「ところで横島さん」

「何だ?」

「むかしスタイルのいい女性にほいほいついていってひどい目に遭いませんでした?」

「なぜそれを!?」

ネギの言葉によって、湿っぽい雰囲気が一気におちゃらけた雰囲気に変化してしまった。













それから暫くの間、僕は横島さんの事務所に居候することになった。

基本的には事務所から出ることはなく、出るときも夜に周辺を散歩するぐらい。

イツリは基本的に出てこない、聞くと制約が緩いから何時出ても同じらしい。

どのぐらい緩いのかと聞いたら、時間制限がなくなったといっていた。

正直それってイツリが無敵になるようなものなんじゃないのかと聞いたら、あっさりと言い返された。

『俺は無敵にはなれない。いいか、俺に時間制限がないということは、単純明快に言うと・・・・・逃げる距離と時間の限りがなくなったということだ。
つまりなにが言いたいのかというと、俺が逃げることに徹すればほぼ全ての敵から逃げ切れるということだ』

簡単に訳すと「面倒ごとからいつでも逃げれる」ということらしい、それはそれでよし。

ちなみに僕が休ませて貰っている部屋は最初に起きた二階にある一室、朝起きると毎日周りがデンジャラスなのはいつものことらしい。

そしてココで生活してわかること。

横島さんは万屋というものを経営しているということ、借金があるということ。

タマモさんが妖狐であるということと、刹那さんと一緒に横島さんに嫁ごうとして頑張っているということ。

そうしたことの中で、僕にとって冗談では済ませられないことが幾つか判明。

一つ目、この世界の僕について。

価値観が麻帆良のそれに近く、何よりも魔法が《殺す技術》の一種であることを理解していないということ。

そして心の強さが一段低いところにあるみたいなのに、身体能力だけは無駄に高いと言うこと。もっとも、心については別の意味で強くなっているような気もするけど、僕は絶対に認めない。

大気圏突入を何度か経験してるって言ってたけど、あれって結構きついはずなんだけどなぁ?

まぁ、イツリが間違えた時ほどじゃないからいっか。

二つ目、クラスの大半の人に魔法がばれていて、《一般人》を成り行きで関わらせたということ。

これに関してはもう一人の僕に殺気を大量に込めて睨みつけてしまった、ちょっと反省だね。

とはいえ、宮崎さんとか早乙女さん、綾瀬さんを魔法の世界に関わらせてるなんて、ねぇ?

この中で綾瀬さんの関わった理由が僕の琴線に触れた、それもかなり強く。

―――――――"魔法と言う非日常が知りたい"――――――――

その場でフリーズしたし、他の人が居なかったら無理やり雷の暴風を使ってたかも知れない。

使えたかは正直微妙としか言いようがないけど、ただ興味があるというだけで入ってきた綾瀬さんを僕は軽蔑する。

そして三つ目。

上記二つは一万歩ぐらい譲って目を瞑ろう、それだけならまだいい。

早乙女さんが魔法に関わった理由、これだけはなにがあっても譲らない、認めない、理解しない。

――――――――"ただアーティファクトが欲しかっただけ" ――――――――

元の世界では絶対に関わらせない、関わったなら記憶を消す、だめなら・・・・教えることにしよう。

生憎この世界は僕の世界じゃないからネギに口を挟むつもりはないけれど、それでも僕は怒りを抑えきれない。

とまぁ、こんな感じに許せないこともあるけれど日々ゆっくりと過ごしてる。

最近の趣味は宛がわれた部屋のベッドで寝ること、だって陽が当たってかなり気持ちいいんだよ?

そして気になるのは、夜になると感じる小さな変な気配。一つしかないけど、なんか気になる気配。

夜の間しか感じられない特殊な気配で、横島さん達は感じられないらしい。

もう一人の僕も感じられないと言う、なんで僕だけ?

僕がこの世界に来てから十日、この日の夜が始まりで終わりになる。





その日の夜、僕の何かが警鐘を鳴らした。借りている部屋を飛び出して、家に誰もいないことを確認する。

鳴らされた警鐘は僕に対してではなく、横島さんたちに対する何かの予測。

冷や汗と悪寒で背中が冷たくなり続けている、この感覚は僕が来たことで起る弊害への警告なんだと思う。

すぐさま着替えて飛び出し、懐からメモ帳を取り出してページをめくる。

目的は探査魔法をまとめたページ、そこから現段階で最も広い探査魔法を選択する。

「佇む我が目に洗礼を 吹き行く風に願いを 《見つける風(ウィンディアリンク)》」

体から魔力が減っていく、本来減るはずの量の約五倍近い量が持っていかれたのを確認して魔法が発動した。

この魔法は術式が難しいから半分程度しか暗記できていない、だからこうしてメモしているんだけど。

今回はかなり助かったみたいだ、風が僕の視覚となり聴覚となり、探すべき人を見つけた。

ココから2km先の公園らしき場所で戦闘中、しかも最悪なことに敵対している術者の手の中にコノカさんがいた。














現在横島たちはかなりの苦戦を強いられている、相対している術者の手には既に近衛木乃香が呪符でその口を塞がれ、さらに呪符が貼られたロープで縛られて捕まっている。

嘗て修学旅行で見た光景、近衛の持つ巨大な魔力を無理やり汲み上げ利用した召喚術により既に100近く相関しているにも係わらず、未だに魔物や妖怪が減らないのだ。

寧ろ術者は無差別に呼び出しているらしく、その数は減らないというよりも増えていると言っていいだろう。

「ちきしょう、キリがねぇ!」

「幻術かけようにも距離が離れすぎてるし、何より雑魚が邪魔よ!」

現在の戦闘メンバーの中で力の消費が少ないのはこの二人横島とタマモ、対して小太郎と刹那はと言うと。

「兄ちゃん、俺の体力は持つけど攻撃力がちょい足らなくて手数がかかるわ!」

「はぁ、はぁ、私の気にも、限界がありますし、この数ですと、最後まで持つかどうか、分かりません」

流石にネギと同レベルでいじm・・・ではなく鍛錬をしている小太郎は平気らしい、攻撃力が足らないのは今後の課題のようだが。

刹那は身体能力の強化と気による攻撃によりかなり疲れている、奥義の使用も既に20近いのだから当然だろう。

さらに言えばこの苦戦、術者一人だからではない。それを支援するようにして陽動部隊が複数、かなりの規模で麻帆良に展開しているため、他の魔法先生や生徒がこれないのだ。

そしてこれが近衛が捕まっているのとほぼ同じレベルでの厄介加減なのだが、目の前の術者を護っている巨躯の鬼が一体。

実力で言えば横島の本来の世界のメドーサレベルという実力をもつ、規格外にもほどがある鬼が術者を護っているのだ。

しかも小細工は通じないし、小手先の技でも動じず術者を護り続けている。

術者が召喚する時にいっていた言葉が本当であれば、かなり厄介な鬼と言えるだろう。

「まさか本気で酒呑童子なんじゃないだろうな・・・・・」

横島の言葉がその鬼の名を意味していた。

酒呑童子、かつて京都と丹波国の国境の大枝(老の坂)に住んでいたとされる鬼の頭領(盗賊であったとも)である。他の呼び名として、酒顛童子、酒天童子、朱点童子と書くこともある。
室町時代の物語を集めた『御伽草子』などによると、酒呑童子の姿は、顔は薄赤く、髪は短くて乱れ、背丈が6m以上で角が5本、目が15個もあったといわれる。彼が本拠とした大江山では龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にしていたという。(出典: フリー百科事典『Wikipedia』)

その伝承と違うのは背丈、6m以上と言われたそれは術者と比較してもそれ以下に見える。しかし3mはあろう身体は十分巨躯と言える。

「く、くはははははははは。この鬼は今まで制御できなかった鬼なのだ、御嬢様のお陰で制御できているがな。この力さえあれば・・・・・くくくくくくっ」

横島だけではない、彼ら四人の口からぎりっという音が漏れた。

「てめぇ、このかちゃんをどうするつもりだ!」

多すぎる雑魚と戦いながら横島がその声を張り上げた。

「勿論、こちらの命令に従ってもらうだけさ。関東にいる魔法使いなんて西洋かぶれを日本から追い出し、関西呪術協会の長も追い出し、日本を在るべき姿に戻すのだよ!」

その言葉に絶句する横島たちを放り出し、更に朗々と自分たちの目的と理想を謳う術者の男。

「御嬢様には現長に代わり長になってもらう、当然こちらの言うことには従ってもらうのだから傀儡か? 選ばれた我らの子を成す為の道具にもなってもらうべきだろうなぁ?
何しろ、これだけの魔力を持っているのだから、さぞかし巨大な魔力と才能を持った子が生るだろう。ふふふふふ、ふはははははははははははは!!」

術者の男の高笑いを横目に、横島たちは妖魔に囲まれながら中央で歯噛みしつつ作戦を練っていた。もっとも、その目は怒りを無理やり押し込めたように鋭利な光を宿している。

「横島、文珠はいくつ残ってるの」

「見つけるのに『探』で一個、一気に決めようとして『浄』で一個、最近依頼が多くて結構使ったらストックはあと二個だ」

「このちゃん・・・・・」

「兄ちゃんもタマモ姉ちゃんもなんかいい手はあらへんのか?」

「あの鬼、酒呑童子ってのをどうにかする為にはどんなにしても文珠が一個は必要だ。残り一個でどうやってこの状況を乗り越えるか、だな」

「そうね。あの鬼、かなり強いから刹那や小太郎じゃ相手するのは難しいだろうし」

既に手詰まりに近い状態で尚助けるために必至で考える、雑魚の相手も忘れない。そんな状況でこの世界のネギ先生はというと?

「お姉ちゃん・・・・・・・ふにゃ・・・」

「あ・・・・・・高畑先生・・・・・・ぽっ」

アスナと抱き合いつつ術者のかけた眠りの中にいた、アスナはアスナでその日の超包子での臨時のバイト(時給がいいため偶に請け負う)の疲れで起きる事なし、役立たずめ。

さて、横島たちを囲む妖魔はその数を更に増加させる、すでに500に届くのではないかと思えるほどの数がそこにいる。

周りを取り囲むのは鬼や狐狸の妖魔が、空には烏族を含めた飛ぶことのできる妖魔が、ひしめく様に横島たち四人を取り囲んでいる。

しかしこれでも呼び出された妖魔の3〜4割と言ったところなのだ。

他は陽動となっている術者らを援護するために召喚されてすぐに移動を開始している、指揮を執っているのはもちろん酒呑童子と呼ばれた鬼だ。

横島が、タマモが、考える。現状を打破するための小細工を、策を、美神流ともいうべき戦いの哲学に沿って、ひっくり返し取り返すために。

そんな時だった、少年特有の声がその場に響き渡り包囲の一角が吹き飛んだのは。

「風よ 行く手を阻みし者共を切り裂け 《牙裂斬》」

吹き行くは万物を切り裂く鋭利な風、高らかに響く声の主は異邦人「ネギ・スプリングフィールド」のもの。

「横島さん!」

包囲の一角を切り刻み吹き飛ばした風が、ネギの意思によって横島たちの周囲を回るようにして動き、更に包囲の傷口を広げる。

それを見た横島が即座に動き出し、残る三人が続き、それを見たネギが更なる風を解き放つ。

「目覚めよ大気に眠りし精霊たちよ 魔の力 黒き翼の力を持ちて従え 風魔と化し 彼の敵を滅ぼせ 《魔裂風塵》」

暴悪なまでに圧縮された風が上空で円を描き、鎌鼬となってダウンバースト状に大地へと垂直に振り下ろされる。

まるで断頭台のギロチンのように、それは空にいた妖魔を切り刻み悉くを還していく、その風は地上にも届き触れた妖魔を切り刻んでいく。

しかし杖のないいま、その代償となる魔力は通常の数倍、その一撃だけで残る魔力のほとんどを使い果たしたとはいえ横島たちに体制を立て直す時間を作り出す。

その場に残されたのは地上にいる鬼などの妖魔が数十、横島たちを追いかけるように動いたために殆どがネギの風の餌食となった。

術者に至っては声も出ない、目も口も開きっぱなし、というか顎の骨外れてないだろうな?

集中力も切れたのか召喚も止まってしまっている、この術者は決して有能ではないらしい、いまさらだが。

「ネギ君、今の魔法は?」

残った妖魔を見ながら見たこともない魔法について横島が問う。

「魔法とはちょっと違うもので風術と言うものです。ただ、僕の杖がないのでただでさえ使用魔力が多いのに、数倍近く多めに持っていかれますが」

戦力として換算しようと考えた横島にとって、普段の数倍の魔力を使うと言うのは致命的だ。

「でも、まずやるべきなのは目の前の妖魔を倒すことじゃなくて、コノカさんを助けることなんですよね?」

どうやって鬼たちを掃討するかということを考えていた横島たちにとって、ネギの言葉は忘却していた目的を思い出させる切欠となった。

「そうだった! まずはこのかちゃんを助けてからだった、すまんネギ君」

「目的と手段を取り違えていました、まずはこのちゃんを助けてからでしたね」

タマモと小太郎は一緒になって「あー・・・・」などといいながら頭を掻いている。

そんな横島たちに苦笑しつつ、ネギが前に出る。その眼に覚悟と意思を燈らせて、剣呑で冷酷な光を灯らせて。

「『Key ignition.Shift in Low−Gear.』」

二重の声が響き渡り、ネギの体に変化が起る。

ネギの体が、体を作る筋肉が収縮し一回り細くなっていく。

髪を結んでいた紐が解けていき、髪の色が抜け落ちていく、赤だった色が灰色に近い色へ・・・鈍色へ。

その肌が欧州特有の白人としての肌から病的な白さへ変化していく、色が抜けていくかのように。

閉ざされた眼が啓く、右目はルビーのような紅に、左目はサファイアのような蒼へ、その瞳の虹彩は変化していた。

黄昏に舞い、終焉に踊り、創世に謡い、朝焼けに詠う、純然たる速さの塊がその姿を現した。














ネギが風を使う、己の魔力の減少をものともせずに、殺すために作られた風術を振るう。

ネギの覚悟は揺らがない。迷うほど考えることがあったとしても、覚悟だけは揺らがない。

そして現状において近衛木乃香が浚われただけでなく、利用されているという現状は激昂するに値する状況だ。

堪忍袋の緒が切れる、怒髪天を衝く、どちらの表現・・・・いや、両方を足して二をかけたような状態がいまのネギと言えるかもしれない。

だからこそ、だからこそ近衛の救出を念頭において行動しているのだから。

屑のような考えで動く奴らはどこにでもいるらしい。

嘗て出会ったモノの中には、自らが正義であるとして脳だけになっても生き続け、一国の一治安組織だった組織を腐敗させる元凶となった奴らがいた。

ぶち切れた勢いに任せて組織ごと消滅させたのはちょっと苦い記憶であるが、アフターケアはしたからいいよな?

そんなやつらの同類の筆頭っぽいのが目の前で近衛を縛り上げて魔力を吸い上げている、ネギがぶち切れるのも当然だと思う。

(イツリ、コノカさんをお願い)

『任せろ。そのまま奪い返してやる』

もちろん頭にきているのはネギだけではない、こういった弱いものを楯にしたり無理矢理に利用する奴らは俺にとっても敵だ。

「『Key ignition.Shift in Low−Gear.』」

ネギの声も重なって、ネギの体が変化していく、俺が扱うべき体へと変化していく。

服はネギのもののまま、俺の服を持ってきてないのだから当然だし、持ってきていてもこんな状況で着替えて新しい自分は発見したくない。

後ろを振り返らずとも横島たちが驚いているだろうことが分かる、桜咲あたりが息を呑んだ音が聞こえたのだから。

そして目の前の妖魔を無視してその奥に、術者に声をかける。始まりを告げる言葉を投げかけよう、しっかりと。

「さて、事情も何もどうでもいい。俺にとって最優先なのは、近衛木乃香という名の少女を奪い返すことだ」

言い終わると同時に歩き出す、近衛を奪い返せばあとはどうにでもなるだろうし。

俺の言葉でようやく現状を理解したのか、術者の男が妖魔に対してようやく命令を下した。

「い、行け! あいつらを殺せ!」

俺たちを殺す? つまり、あれはそれだけの覚悟を持って動いていると言うことか・・・・・

突撃してくる妖魔はおよそ三十、五分以内に奪い返さなければ近衛の命に関わる確立72%、術者の隣にいる上級鬼のランクはA−。

だが、それがどうした。

「Shift−up,Second−Gear」

後ろで横島兄妹が戻れと叫ぶ、犬が無茶だと吼える、桜咲が息を呑む、俺はすでに術者の隣に、居る。

「・・・・・・・・は?」

誰の言葉だったのか、その言葉が発せられた時には近衛から呪符を剥がし、桜咲の隣に近衛を抱き上げて俺が立つ。

音など必要ない、大気の壁は意味を成さない、俺はあらゆる状況下で最速として動くことを可能とする。

俺が近衛のロープを外し近衛が桜咲に抱きついたとき、漸くその場の全員が現状を理解した。

次の瞬間、横島の放り投げた文珠が固まっていた妖魔のほぼ中心部分で爆発する。

「くくくくくくくくっ」

堪えきれない笑いが漏れ出る、その場の誰よりも現状把握が早かったのは横島で、ついでタマモと鬼の二人。

桜咲はなぜ近衛が自分に抱きついているのか分からず軽いパニックになっている、見てる分には面白いんだがなぁ?

術者は未だに近衛が居た場所と桜咲の方を交互に見ている、把握できていないらしい。

犬は呆然と俺を見ているが知ったことではない、大方俺の動きが見えなかったからなんだろうし。

『ヌシは、ナニもノダ』

そんな時だった、片言で低い声がそこに染み渡るように響き渡ったのは。

横島たちもまたその声に戸惑いを隠せないのだろう、動きを止めてじっと声を発したものを見ている。

俺たちの視線の先、呼び出したのだろう術者の目すらも惹きつけた異形、巨躯の鬼。

「人間さ、ただのちっぽけな、一人の人間だよ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

鬼は無言のまま目を細めて俺を見る、細められた隙間から覗くその目が「戦いたい」と輝いているようだ。

俺からしてみれば時間制限が取り払われたとしても積極的に戦いたいわけではない、寧ろこのまま逃亡したいのだがどうすればいいのだろうか。

「おい酒呑、さっさとお嬢様を取り返せ!」

術者がわめき散らし始めた、どうやら近衛がこちらの手に戻ったことを理解したらしい。

近衛から剥がし取った呪符、その効力は「魔力を無理矢理引き出す」と言う単純なもの。

単純ゆえに壊れにくく、利用しやすい呪符となる。現に近衛はいいように魔力を利用されていたし、この呪符は下位の術者でも簡単に作れるものなのだ。

だからこそこういった単純で他人に迷惑をかける可能性が高いものは、きちんとした管理の下に作られるはず。

こんな下衆が持ち歩けるような管理体制だというのなら、こんなゴミが作れるように伝承されているのなら、管理する側の怠慢としか言いようがない。

『ワレは、ナンじにしタガウいみはなイ。だが、ヌシとたたカウノハわるくなサソウだ』

酒呑と呼ばれた鬼が、俺を見ながら術者に答える。どうやら近衛の魔力で無理矢理従えていたらしい、アホか。

「俺としてはこのまま帰って寝たいんだが、それを許してはくれないらしい・・・・」

横島たちが俺に視線を向けている、眼が語っている、「あの鬼をぶちのめせ」と・・・・勘弁してくれ、ネギと違って俺が使える術は少ない上に周りの被害がでかいんだから。

酒呑という名と巨躯の鬼という見た目、角の数が五本ということに加えて他の鬼を統率していたという事実。

コレを踏まえて考えると酒呑童子なのだろう、おそらくは。

本当に酒呑童子ならばその霊格はかなり高いし、俺は天下五剣であり酒呑童子の首を落としたとされる『大原安綱(童子切安綱)』なんて所持していないぞ。

ここに来たときネギが使った魔裂風塵を余波とはいえ食らっていながら殆どダメージなし、魔覇の風か霊覇の風が必要ということか。

霊覇の風を使うのに必要な澄んだ風が少ない現状だと魔覇の風を選択するほかない、そこがネックだ。

霊覇は周りへ与える被害が限りなくゼロに近いんだが、なにが悲しくて下手に加減を間違えると山すら消し飛ばす魔覇の風を使わなければいけないのか。

『かぜツカイノチすじが、ゲんだいまデツヅイテイたとはおもッテイナかっタゾ』

「それを知ってるってことは、最低でも一度は敵対したことがあると見ていいんだな、酒呑童子」

『そうダ。いくどカテキタいしたことがある、ワレをうちとったミナモトノよりみつはつちツカイであったワ』

「おいおい」

あの源頼光が土使いだったのか、この世界。というか現代だと使い人は殆どが隠れているようだ、もしくは絶えたか?

なんにしろ、他の場所から澄んだ風が流れてこない上に、風が変わるまで二時間弱ある。

ぶち壊したあとで修理代を要求されるのはちょっと困るんだが、仕方ないか。

見ると取り巻きともいうべき雑魚どもは横島たちにより掃討されてしまったようだ、手が早いものだ。

『コイ、かつてみルコトガデキなんだかぜのチカラ、みせてみヨ』

「はいはい、還ったあとで自慢して来い」

酒呑童子はすでに還る気満々だ、というか術者を放り出すのと嘗て見れなかった風が見たいという興味しかみられない。

溜息を一つ、なんて難儀な鬼だこの野郎。













酒呑童子と呼ばれた鬼以外を片付けて、姿の変わったネギ君に視線を戻す。

最初にネギ君が変わったのを見て驚いたのは確かだが、その上であの速さは尋常じゃない。

超加速とも違うようだし、いったいどうやってこのかちゃんを助けてきたんだろうか。

「横島・・・・」

タマモが不安そうに俺を見る、彼に頼ると決めたのは俺だが・・・・やはり不安があるのだろう。

「大丈夫だ。ネギ君は信じられるし、俺は信じてる」

後ろではこのかちゃんと刹那ちゃんが小太郎と一緒に彼を見ている、特に小太郎は熱心に見ている。

別世界からきたとはいえネギには違いないんだ、ライバル意識が少し出てきているんだろう盡盡。

「目覚めよ 大気に宿りし全ての精霊達よ 風と成りて我が絶対の力と化せ」

静かに、荘厳に、ネギ君がその言葉を発した時、ネギ君の周囲に膨大な霊力と魔力が風となって渦巻いていくのが見えた。

冗談じゃない、なんだこの馬鹿みたいな力は!

「天と地とを従えし魔流と化し 触れるモノ全てを無へと帰せ」

続く言葉にネギ君の周囲に集い渦巻いていた霊力と魔力の風が数倍に膨れ上がり、正しく暴風と化した。

「《魔覇(まは)皇龍盡(こうりゅうじん)》」

そして最後の言葉で、術の名称が言われたことで、暴風はその暴悪な牙を持って巨躯の鬼と術者に襲い掛かる。

いままで多種多様といっていい攻撃を見てきた、それこそ神族や魔族の攻撃も、人間ができる最大の攻撃も。

いま目の前で起っている攻撃をそこに加えたなら、俺の知る限りトップ5に確実に入る。

いや、人間が単独で使える攻撃として最大のものなんじゃないだろうか。

あの隊長でさえ原子力空母の力でバックアップしなければ、最大攻撃とも言うべきものを使うことができなかったのだから。

というか断末魔砲と真正面からガチンコできそうな威力なんだが、本当に人間が使ってるんだよな?

長い、一時間ぐらいに感じたネギ君の攻撃が終わりを告げる。今の今まで吹き荒れていた風が漸く収まってきたからだ。

そして俺たちは見えてきた惨状に眼を見開いた、小太郎は口を開けて呆然としてしまっている。

当然だろう、見えてきた惨状は俺の予想をはるかに超えていたのだから。

一直線に森を抉りながら続く攻撃の爪痕、それはぱっと見た限りでは100mや200mでは足りない。

1km近くは続いているんじゃないだろうかというその爪痕は、幅すらも100m近いのではないだろうか。

それを放ったネギ君は突き出していた右手を戻して頭を掻き、溜息を一つ吐いてつぶやいた。

「抑えたつもりなんだが、なぁ・・・・・」

ぼそりと呟かれたそれは俺とタマモの耳に届いただけで、刹那ちゃんたちには聞こえなかったようだ。

というか、聞こえていたら大変なことになる。

タマモがその眼を輝かせている、なんかいやな予感がするんだが・・・・・・気のせいであってくれ。

「ねえねえネギ、いまのってあたしでも使えるの?」

今まで見たことがないほど眼を輝かせたタマモが、さっきの魔法とすら言いたくなるようなそれを使いたがっていた。

「いや、流石にこれは使えないが」

その一言にほっとする俺と落ち込むタマモ、しかし安心するのは早すぎたらしい。

「風の適正は低いけど火の適正は高いみたいだし、火の方を覚えれば大丈夫だと思うが・・・・」

勢いよくネギ君に掴みかかり教えてと迫るタマモ、これ並みの威力を持った火? 太陽でも落とすつもりか?

「ん、流石に太陽落としはまだ無理だと思うぞ? せいぜい水流を火で再現するぐらいが現状だと限度だと思うが」

有るのか太陽落とし?! というか火で水流を再現するってかなり危ないと思うんだが!

「はっはっはっはっはっはっはっ、なにを今更」

笑い事じゃない! って、なんで地の文と会話してるんだネギ君!

「気にするな、そろそろ代わる」

そういって眼を閉じたネギ君が変化していき、見慣れたネギ君の容姿に戻った。

「すっごい疲れました・・・・・」

「ねっねっ、あたしに火のやつ教えてよ」

「えっと・・・・・教えて大丈夫ですか、横島さん」

「いや、頼むから教えないでくれ。これ以上強くなられると俺が困る・・・・」

ただでさえ借金があるのに!

俺の言葉にタマモが頬を膨らませている、可愛いな。

そんなことを思っていたら現在の最後のストックだった文珠が光り始めた、文字込めた覚えないんですが?

文珠と一緒にネギ君も光り始めてしまった、いやちょっと待て。

「あ、こっちに来たときと同じ光」

ネギ君がそういった瞬間、あっさりとネギ君は消えていってしまった。

別れの挨拶もできなかったな、残念だ。

またいつか、会うことがあったらもっと話してみたいな。殆ど事務所から出歩かなかったんだし、遊びに連れて行きたいもんだ。

「横島、これってあたしたちのせいになるのかしら?」

タマモの疑問はもっともなことだ、せっかく俺が考えないようにしていたのに・・・・
















横島さんたちの世界に行ったときと同じ光に包まれて、気がついたら地底図書室に立っていた。

溜息を吐きながら周囲を見渡すと僕の杖を発見、やっぱりこっちに残ってたんだ。

そして手早く必要な本を抜き出して一緒に落ちていたかばんに放り込み、杖に乗って出口に向かう。

外に出て部屋に戻るとアスナさんが待っていた、3時間もどこに行っていたのかと怒られた。

向うで一週間は過ごしたはずなのに、こっちでは三時間しか経っていない。

とりあえずそのあたりは【世界が違う】ということで考えないことにした、頻繁にあることじゃないんだし別にいいだろうと思って。

コノカさんが作った夕食を食べてアスナさんに無理矢理お風呂に入れられて、いつものように眠りにつく。

(イツリ、夢だったのかな?)

『お前はどっちだと思う、ネギ』

僕は、夢であって欲しくないと思う。あんな人が居てもいいのではないだろうか、そう思ったんだから。








『春原は蛍を秘めた青年と出会った 邂逅は一時 次は誰と なにと出会うのか』








The END...







アトガキ

どうも、へたれ物書きです、すみません

かなり変則的な形、私の文体でもなく九十九さんの文体でもない、なんか変な文章になってしまいました

とはいえ本当は一周年記念に出したかった作品ですorz

150万にも間に合わなかったし、一体うちにどないしろゆうんや?

しかも私が書く一話としては長いし、異邦人の設定もうまく掴めてないし・・・・・・・

否定的意見は大歓迎、肯定的意見はそれホントウデスカ?!状態です

さてさて、イツリの出番がかなり少なくDoppeltのネタバレも含んだ今作、いかがだったでしょうか

こんな三次作品が存在して大丈夫なのか、ちょっと聖祥小学校の体育館裏に来いと冥王さまよりお便り貰いまして心の汗が

次は本編か外伝か、どちらか分かりませんがなるべく早くにがんばる所存です


揃うは四人の異邦人 起こり得るはずのない交差点
交わる路は黄昏色に染まりゆき 暗き願いに敵対する
集いし風は荒れ狂い 大いなる爪痕を残して消えた

かなり駄作と言うに相応しいこんな作品を贈呈して大丈夫なのか、と小一時間ほど冥王さまに問い詰められつつこの度は一つ



追記、風術は元ネタとなる漫画が存在しています、三種類とも一つの作品において使われている術です
火の術も存在していますし、文中にヒントも出ていますので気になったら探してみてください



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