※作者注意
 この外伝は、本編9話、いわゆるエヴァ編までのキャラクター関係を主軸としたパロディーです。
 本編を未読の方がいましたら、9話まで読み進んでからこちらを読まれることをオススメします。





 どことも知れない空間の中、そこにぽつんと劇場のようなものが空間に浮かび上がる。

 やがて、その劇場が観客で埋まりだし、観客席が満員になるころ、舞台の脇で光と影が浮かび上がり、観客に口上を述べだした。


<それでは皆様、長らくお待たせしました、まもなく開演でございます>

<今回の物語は本編といっさい関係ない番外編やからな>

<ただいまより演じます演目は西遊記、語りは私キーやんと>

<ワイ、サっちゃんでいくでー>

<それでは皆様、開演でございます>


 口上が終わると開演のブザーがあたりに響き、客席のライトは消え。逆に舞台にライトが集まっていった。




二人?の異邦人IN麻帆良 番外編 「世界迷作劇場 西遊記」





<時ははるか昔、中国での出来事や>

<果花山という山に、孫悟空という石から生まれた猿の化生がいました>

<この猿がまたえらく乱暴でなー>

<そうでしたねー、なんせ閻魔帳を書き換えるわ、竜王を脅して如意棒を掠め取るわ、あまつさえ自分のことを斉天大聖と名乗るわ……とにかく好き放題やってましたねー>


 キーやんはため息をつきながら当時の言に思いをはせているのか、遠い目をしながら天空を見つめる。
 だが、すぐに気を取り直して向上を続けた。


<あまりにもその猿が乱暴狼藉を働くので天界は軍を派遣するのですが>

<一瞬で殲滅されたんやったな、たしか>

<情けない……管轄は違うといえども情けない……>

<あんときスカウトしとくべきやったなー>

<ゴホン、ともかく天界の軍が全滅したため、天界はブっちゃんことお釈迦様に救援を願ったんです>


 神と悪魔の解説が終わると、舞台の一部に突如スポットライトが当てられる。
 そこには、金色の髪をした少女が光の中央に立っており、舞台の上から観客を見下ろしていた。

 語部の話からすると、彼女がお釈迦様なのであろう。
 

「おーっほっほっほ。雪広財閥令嬢であるこの私の役がお釈迦様とは、まさに私にふさわしい役ですわ」

<どうでもいいから、話進めてんか>

「あ、申し訳ありませんでした。ゴホン……そこのお猿さん! アナタの乱暴狼藉は目に余ります。おとなしく私の軍門に下りなさい」


 無駄にテンションの高いあやかだったが、すぐに自分の役割を思い出したのか、舞台の反対側に向かってビシィ!とばかりに指を刺す。

 そしてあやかのセリフが終わると同時に、舞台の反対側にライトが集まり、そこにいた人影を観客の前に晒すのだった。

 その影は人ではなかった。
 その身に纏うのは金色の体毛、赤く光る目、頭の上についた耳、しりの先から伸びる尻尾……その全てがそれが人ではないとあらわしていた。
 観客はその異様な姿に息を呑むのだった。







 もっとも、息を呑んだ大多数の理由は、異様にでかい頭やたらファンシーな表情、そして頭のサイズと比してアンバランスな手足が理由だった。



 早い話が三頭身の猿のきぐるみが孫悟空として出てきたことに驚いていたのだ。


「さっきから私のことを猿猿ってなによー! ていうかこの未来を予感させる不吉なきぐるみはなんなのよー!」


 きぐるみの口の部分から顔を出した少女、神楽坂アスナは恐れ多くも神に向かって吠える。


「……まごうことなきお猿さんじゃありませんか」

<まさしく猿やな、はまり役やで、嬢ちゃん>

<猿ですね……それにその格好は手ごろな猿の衣装が間に合わなかったもので、本編で余って物を流用したのですが……>

「あんたらわー! 普通ならもっとこうカッコいい衣装じゃないの?」

<でも他の衣装と言ったら……あ、アレがありましたね>

「あれ?」

<ええ、オレンジ色の衣装で背中に丸が書いてあってその中に『武』という文字が……

「ストーップ! それ以上言わないでー!」

<え、そうですか? 他にもこう『大いなる菜野男』の衣装もあるんですが、どうします?>

「そんなの選択の余地ないじゃない……」


 アスナは神の放つ危ない発言の数々に抵抗の意思をそがれたのか、崩れ落ちるようにその場に膝を着く。
 そしてそれを見たあやかは、崩れ落ちたアスナの肩を叩き、満面の笑顔を見せてアスナを励ました。


「アスナさん、お似合いですわよ。いっそのことそのまま身も心もお猿さんに……」


 ブチ!



 何かがちぎれた音が観客席にまで聞こえた。


「ウッキー! 人事だと思ってー! だいたい委員長がなんでお釈迦様役なのよ、アンタなんか村人Aで十分よ!」

「なんですって、アスナさんだって猿とはいえ、主役の孫悟空じゃないですか、その衣装については色々と思うところはありますが、それでも主役ですよ、主役! アスナさんにはもったいなさ過ぎます!」


 悟空とお釈迦様、いやアスナと委員長は劇をそっちのけで取っ組み合いを始めてしまった。


<……人選まちごーたかな?>


 サッちゃんは大きなため息をつきながら舞台を見た。
 そこでは、アスナとあやかのキャットファイトが続いており、観客の耳目を集中させている。
 そしてあやかの衣装が大きくはだけた時などはさらに大きな歓声と、おひねりが舞台に集まるのだった。


<本来ならここで『釈迦の手のひら』の故事にまつわる話がここで出るんですけど、先にいきますか。このままだとアスナさんはともかく、いんちょさんはさすがにまずいでしょうし」

<せやな、次のシーンいこ>


 サっちゃんが指をパチンと鳴らすと五行山と書いてある巨大な山が悟空の上に落ちてきた。




 釈迦役のあやかごと。




「ちょっと、なんで私までアスナさんといっしょに」

<アナタもいっしょにそこで頭を冷やしてください>

「「なんでよー!!」」


 アスナ達の悲鳴をよそに、幕が下ろされ、場面は移り変わるのだった。





 場面転換


 アスナ達の引き起こした喧騒がようやく静まったころ、再び舞台の脇の語部達にスポットライトが集まる。
 そして語部達は気を取り直すように口上を続けていくのだった。 


<悟空が五行山に封印されてより数百年。そのころの中国には糖という国ができていました>

<えらく甘そうな国やな>

<失礼、唐ですね。唐という国は中国の歴史の中でも屈指の王朝として有名ですね>

<せやな、戦乱の続いた中国が長年にわたって安定した時期で、このころ仏教は中国でかなりの勢力を誇ったんやな>


 語部達の口上は続いていく。


<さて、本題に入るが、唐の時の皇帝は、玄奘っちゅー坊さんに天竺までありがたいお経をとってこいと命じたんや>

<玄奘というのは三蔵法師という名前の方が有名ですね。史実では『大唐西域記』の作者としても有名です。ちなみにこの本や、玄奘の伝記である『慈恩伝』元にして作られたのが『西遊記』です>

<やってることはただのパシリやけどな……>

<ともかく、三蔵はお供を引きつれ天竺へ向かったのですが……おや、三蔵がようやくやってきましたね>


 キーやんがそう言うと、舞台に馬の足音が響き、幕が上がると共に馬に乗った僧服を着た小柄な人物が姿を現した。

 舞台にあられた人物、それはネギだった。

 ネギは馬に乗ったまま舞台の中央まで来ると、天を見上げてため息をつく。


「ふう、お供の人もみんないなくなったし……どうしよう。もう帰ろうかな?」


<挫折はや! ネギ坊主じゃやっぱ無理やったかな>

<まあ、無理もないでしょう。この時代の一人旅は物騒ですから。まして彼のお供は一人は脱走し、二人は発狂して。さらに三人目は神の教えに染まってしまったぐらいですからねー>

<神の教えのどこが物騒なんや?>

<ネギ君と旅をしてたんですよ……想像つきませんか?>

<あっちの神か、でも暗黒のほうならそこまで物騒っちゅーわけでもないんとちゃうか?>

<その従者は己の心を解き放った結果、見事に山賊になったそうですが。禁欲の反動ってヤツでしょうかねー>

<……埋めとけ、そのお供>


 キーやんの説明に絶句するサっちゃんだったが、やがて互いに顔を見合わせると、先ほどの会話をなかったことにしたのか、そのまま解説を続けていく。


<ともかく、三蔵はその後も一人で旅を続け、五行山の前にたどり着きました>

<そこで三蔵はは悟空の声を聞いたっちゅーわけや>

「ちょっとネギー! はやく助けなさいよー!」

「ああ、ネギ先生。こんなところでお会いできるなんて、なんという偶然なんでしょう」


 ネギが五行山と書いてある山のふもとにたどり着くと、地面の中から顔だけを出した状態のアスナとあやかがネギを呼び止める。

 ネギは大慌てで馬から降り、二人の下に駆け寄っていく。


「なんでアスナさんといんちょさんがこんなとこに?」

「そこのナレーションやってるヤツにやられたのよ」

「私はアスナさんのおかげで巻き込まれただけなんです」

「やかましい! 少なくともアンタも私と同罪よ!」

「なんですってー!」


 二人は埋められているため、頭を互いにぶつけながら喧嘩を続けていく。

 ネギはそんな二人を呆れたように見つめていたが、やがて二人を諌めて掘り起こそうとする。
 だが、その土は固く、ネギの力では掘り起こすことは不可能だった。


「うーん、完全に埋まってますね。そうだ! ふもとの街で道具もらってきます」


 ネギはそう言うと馬にまたがり、街へ向かって走っていくのだった。




<あれ?山頂のお札をはがせば助けられるのに>


 ネギの行動を見たキーやんは不思議そうな声を上げる。


<キーやん、それ説明したか?>

<いえ、その説明はブっちゃん役の人がやるはずですよ>

<雪広の嬢ちゃんはアスナの嬢ちゃんと一緒に山の中にうまっとるで……>

<……どうやって助けるつもりなんでしょう?>

<わからん、台本には三蔵が悟空を五行山から助け出すとしか書いてないしな>

<どうやって助けるかは自由と言うわけですか、本気でどうするつもりなんでしょう?>

<見守るしかなさそうやなー>


 ナレーションが戸惑いながらもネギの到着を待っていると、やがてネギがふもとの街から帰ってきた。

 帰ってきたネギは、嬉々とした表情で何か駒のようなものを山の周りに配置していく。
 そして全ての仕掛けが終わったのか、手についた泥をパンパンとはたくと笑顔でアスナの元へやってきた。


「アスナさん、これで助けられますよ」


 アスナはネギが持ってきた道具を胡散臭げな瞳で見つめている。

 その道具はネギの合図で巨大なモノリスの様な物に変化し、そのモノリスを境にして結界が五行山を包み込んでいく。
 ちなみにネギの立っている位置は、結界の外側だ。


「ネギ、これはなんなの? 数字がどんどんカウントダウンされていってるけど」

「あ、これはさっきの街で蛇っぽいお姉さんにもらったヤツで火角結界って言うそうです。これなら結界の内側に山を包みこめば一発だそうですよ」



<<なんですと!!!!!>>



 語部達の焦ったような声が、しんと静まり返った舞台に響き渡る。


「ちょ! 山が一発なら私達もいっしょに……」

「さあ、いきますよー」

「話を聞けー!!」


<ちょ! ネギ君まったー!>

<あかん、もう発動は止められん。総員退避ー!>


 二人の神魔の叫びもむなしく、アスナの目の前のモノリスのカウントは零を表示した。





 ちゅどぉぉぉぉぉぉん!!!







 すさまじい光と爆風があたりを包み、サっちゃんの声に従った観客達はかろうじて吹き飛ばされずにすんでいる。
 だが、その爆心地である舞台中央部ではすさまじい破壊の嵐が吹き荒れていた。

 しばらくたち、視界が広がるとそこには巨大なクレータができていた。


「……あれ?」


 ちゃっかり結界を張っていたネギは、周囲の風景に間抜けな声を上げる。
 どうやら自分のしでかした事をいまいち把握していないようだ。


<あれ? じゃありません! なんということしやがりますか、このお子様は!>

<あかん……雪広の嬢ちゃん助けるので精一杯やった。アスナの嬢ちゃんは助けられんかった>


 サっちゃんがアスナを助けられずに悔やんでいると、突然地面の下から手が生え、ネギの足をつかんだ。
 ネギは突然の事態にビックリしていたが、すぐにその手がアスナのものだと理解すると、周りの地面を掘り返し始める。

 そして、ようやく半分ぐらい掘り起こされたところで、アスナはパチリと目を覚まし、体を地面から引き抜くと悪鬼羅刹もかくやという表情でネギをにらみつけた。


「ネ〜ギ〜」

「あ、あのアスナさん……無事解放されたんですね」

「ええ、解放されたわよ、500年ぶりにようやく自由よ……けどね……」

「けど?」

「物事には限度と言うものがあるでしょうがー! 私は横島さんじゃないのよ、死んだらお終いなのよ! さっきなんか気絶してる時に、なんか高畑先生と雰囲気の良く似た渋いオジ様が川の向こうで必死にこっち来るなって叫んでたのよ!」

「あうーごめんなさーい」


 まことに信じがたいことではあるが……アスナの体は無傷のようだ。

 そしてそのことに気付いた観客は驚愕の視線でアスナを見つめる。
 ちなみにこの時、なぜ観客がアスナが無傷だと気付いたのかを説明しよう。

 それはアスナが怪我をした様子もなくネギを公開処刑しているからか。

 否である。

 ではそれは何故か。
 ここで考えてみよう、人は怪我をしているかどうか判断する時どういうものを基準にするのか。

 この場合手足の動き、仕草の違和感などで怪我を判断する場合もあるのだが、これは極端な話だが精神力の強い人間ならそれを我慢することも可能である。
 では、それ以外でもっともわかりやすい判断材料は何か、それは……







 観客の視線はアスナに集中していた、そのアスナの脇には磔にされたネギがサンドバックの状態でボコボコにされている。
 だが、ほぼ全ての観客はそれを見ることなく、ただ沈黙してアスナを見続けていた。

 ネギにお仕置きをするために振りかぶる真っ白な腕
 ネギを蹴り上げるたびに躍動するカモシカのようなスラリとした足
 そして年齢で考えれば十分に成長した、揺れ動く胸!

 そう、観客達は視覚によりアスナは無傷だと理解したのである。

 ちなみにアスナの今の格好は、爆発の影響できぐるみが吹き飛び、ボロボロの下着のみという格好である。


<あの嬢ちゃん、まだ自分の状況に気付いてないみたいやな……>

<これ以上は不憫ですね、いくらギリギリの状態とは言えショックが大きいでしょうし>

<せやな、じゃあとっとと幕を下ろして次のシーンいくか>

<ですね>


 二人はそう言うと裏方に合図をして幕を下ろした。

 この時、観客席では幕が下りたと同時に残念そうな声が上がったと言う。



「キャー! なんなのよこの格好わー!」

「あ、アスナさん落ち着いてー!」

「ネギー、あんたのせいでしょうがー!」
 

 幕が下りた向こう側でアスナの悲鳴が響き渡るのだった。
 





 場面転換


 幕が下りてしばらくの後、ようやく事態が収拾したのか、幕が上がり始める。

 幕が上がると、そこは険しい岩山に囲まれた谷であり、そこにある道をネギ達三蔵法師の一行が旅を続けていた。

 ちなみにアスナは着替えたのか、京劇などで定番の孫悟空の格好をしている。
 どうやら衣装が間に合ったようである。

 この時、観客達はネギのお供が増えていることに気付いた。
 そしてそのタイミングを見計らったかのように語部は解説を入れる。
 

<三蔵は無事、悟空をお供に加えて旅を続けました。その後、さらに二人のお供を加えることになります。具体的には豚と河童>

<豚は猪八戒、河童は沙悟浄やな>

「貴様ー誰が豚だー!」

「河童……私が河童……あは、あはははは」


 豚の鼻をつけ、自分の慎重よりも長い熊手を振り回しながら金髪の幼女は差叫ぶ。
 その傍らでは、髪をサイドテールにした吊り目がちの少女が膝をつき、うつろな笑い声を響かせていた。


<おや、猪八戒役は不満ですか? エヴァさん>

「不満!? 不満だと!? なにが悲しくて吸血鬼の真祖である私が豚の役なんぞにならんといかんのだー!!」

<じゃあ、牛魔王なんかどうです? 松坂産ですから高級ですよ>

「高級の意味が違うー! それに、そんなやられ役なぞゴメンだ」

<じゃあ、文句はありませんね。それでは次のシーンヘ……>


 キーやんはエヴァの抗議を封殺すると、シーンを進めようとするが、ここで先ほどまでうつろな笑い声を響かせていた刹那が顔を上げ、恐れ多くも神を睨みつける。 
 もはや神への敬意など微塵もないようだ。


「私は同意してませーん! だいたいなんで私がよりによって河童なんですか!」

<それはデコ……ゲフゲフ、いや刹那の嬢ちゃんなら主役を喰う事もなく的確にサポートできるからやな>

<それにいいじゃないですか、一応主役クラスですし。ここで目立てば今後本編での出番が増えるかもしれませんよ>

<本来なら沙悟浄は高畑のおっさんやったからな。なんやったらこのことアスナの嬢ちゃんに教えてもええんやで……その後の光景が簡単に目に浮かぶけどな>

「う……」


 刹那が沈黙したのを確認すると、二人はようやく解説を続けていく。


<では、話を続けますよ。三蔵たち一行は旅を続け。とある山にさしかかりました>

<だが、そこで崖の上から三蔵たちを見る二つの影があったんや>


 三蔵達を見下ろすがけの上、そこでは二人の妖怪の格好をした小柄な少女が岩陰に身を隠していた。
 その少女の一人、神を二つにまとめて下ろした少女は額に『金』の文字が輝き、その傍らにいる髪をお団子にまとめた少女は『銀』の文字を額に描いていた。


「ふわー……三蔵法師の格好したネギ先生ってかわいー! お持ち帰りしたいよー」

「あ姉ちゃ、じゃなくて金角、ちゃんと役をやらないと大変だよ」

「あ、そうだったね史伽、じゃなくて銀角」

<この兄弟は金角、銀角といって。金角は正式な名を鹿苑寺といい、室町時代に足利義満によって建立されました。一方銀角は正式には慈照寺といってやはり同じく室町時代に足利義政により建立されてます。それぞれ室町時代の北山文化、東山文化を代表する……>

「ふーん、西遊記には日本のお寺も妖怪になって出てたんだ」

「それは京都の金閣と銀閣ですー! お姉ちゃんもまじめに受け取らないでください! ていうかそこのナレーションの人、サラリと嘘をつかないでくださーい!」


 生真面目な妹の史伽は勇敢にも語部達に突っ込みを入れていた。
 それを受けてサッちゃんはキーやんから引き継いで解説を続けていく。
 

<ともかく……金角、銀角はここいらのボス妖怪で。金角が持っとる瓢箪で敵をみんな吸い込んでしまうおっそろしい妖怪やったんや>

<まあ、名前呼ばれても返事しなければ大丈夫なんですけどね>


 解説がひと段落つくと、やがて鳴滝姉妹の眼下をネギ達一行が通過していく。
 すると、あわてて史伽が姉の風香を促す。


「お姉ちゃん、ぐずぐずしてるとネギ先生たちいっちゃうよ」

「あ、そうだった。いくよ史伽!」

「うん、お姉ちゃん!」

<<あ!!!!!>>




 この時、観客席も含めて全ての時間がたっぷり10秒は止まった。





 10秒後、そして時は動き出す。




「史伽ー!!」





 風香の絶叫が舞台を埋め尽くす。

 そしてそのころ、語部達は頭を抱え、完璧に予想外の事態にうつろに笑っていた。
 いや、もうこうなっては笑うしかないのかもしれない。


<あは、あははははは……やってくれましたねこの双子>

<ど、どないすんやこの後……>


 観客が絶句し、風香が叫び、神と悪魔がうつろに笑う。

 その事態の原因はというと……





「お姉ちゃん助けてー!!」



 思わず風香の呼びかけに反応して返事をしてしまった史伽の声が瓢箪から聞こえてくる。

 史伽は風香の持つ瓢箪に吸い込まれていた。
 もはやその事態は間抜けとしか言いようがない。

 取り残された風香は瓢箪を抱え、目に涙を浮かべながら天を仰ぎ見るのだった。
 そしてその下では、事態の推移に気付いていないネギ達が順調に山を越え、やがて視界から消えていった。


<……次いこか>

<いきましょう……ハァ>


 二人のため息が舞台に大きく響き、それを合図として幕が下りていく。




 場面転換


 幕の裏での裏方の作業が終わったのか、やがて幕が上がり、そこには燃え盛る山の風景があたりに広がっていた。


<三蔵たち一行は、妖怪の襲撃にあいながらもこれを退け、ついに火焔山のふもとにたどりつきました。これを越えれば天竺です>

<襲撃っちゅーてもほとんどが自爆やったけどな……>

<細かいことはどうでもいいです。火焔山とは、一年中炎に包まれた山で。芭蕉扇でないと火が消えないのです>

<かめはめ波なら消せるけどな>

<悟空違いです! ともかく、三蔵たちは……って何してるんですかあなたたちは!>


 キーやんの声に観客が舞台の上を注視すると、そこではネギ達が水着に着替え、いつの間に用意したのかビーチチェアにゆったりと座りながらトロピカルジュースを飲んでいた。 


「ふう、いい感じの暑さねー」

「肌を焼くにはちょうどいい感じですね、でもアスナさん焼きすぎると後が大変ですよ」

「わかってるって、ネギー! そこのサンオイル取ってー!」

「ぼーや、ついでにそこのジュースをもってこい」


 三蔵法師ことネギ達は火焔山を前に日光浴にいそしんでいた。


<やる気あるんかいな、こいつら>

<焼き豚に河童の甲羅干しですか……シュールな光景ですね>

「誰が焼き豚だー!!!」

「河童の甲羅干しってなんですかー!!!」


 キーやんのあまりのセリフに、刹那は夕凪を抜き放ち、エヴァは魔法薬を構えて呪文の詠唱を始める。


<おや、気に入りませんでしたか? 見たことをそのままオブラートにも包まず表現しただけですが?」

「なお悪いわー!」


 刹那とエヴァは、それぞれ奥義と光の矢をキーやんに向かって放つ。
 だが、その攻撃はキーやんに届くことなく霧散する。

<この程度の攻撃でどうにかなるようでは神なんて腐れ仕事なんてやってませんよ、ささ無駄とわかったでしょうからとっとと話を進めてください>


「「ぐぎぎぎぎぎ!」」


 この時、二人のストレスはまさに頂点へと達していた。




 場面は移り変わり、とある建物の中。
そこではアスナと髪を九本に結んだ金髪の少女が舞台中央で相対していた。


<さて、悟空は芭蕉扇を持つという羅刹女の所に向かったんですが>

<羅刹女相手に完全に気迫負けしとるなー、まータマモの嬢ちゃん相手じゃ無理もないけどな>


 羅刹女役はどうやらタマモのようであり、それを前にしたアスナは微妙に腰を引きながらもタマモに芭蕉扇を貸して貰える様に交渉していた。


「そう、芭蕉扇を貸してほしいのね」

「う、うん。できれば貸してほしいなーって……」

「いいわよ」

「あ、無理ならいいのよ……って本当!!」


 アスナは簡単に事が運んだのが意外なのか、驚愕の表情でタマモに詰め寄った。
 そしてタマモは迫り来るアスナから身をかわすと、妖艶な笑みを浮かべながらその条件を告げていく。

「ええ、本当よ。でも条件があるわ」

「条件?」

「そう条件よ、芭蕉扇が欲しいなら、三蔵を置いていってもらえるかしら」

「な! そんなことできるわけないじゃない!!」


 アスナは決して呑むことの出来ない条件に戦いを覚悟したのか、如意某棒を構えてタマモを警戒する。
 だが、タマモはそれを見ても妖艶に笑うだけである。

 そしてそれを見て警戒するアスナに最後の条件を突きつける。






「今なら私の部下役の高畑先生もつけるわよ」


「売った!!!!」





 アスナの回答は、最後の条件が通達されてより0.03秒後の事であった。


「商談成立ね。はい、これ芭蕉扇と高畑先生」


 こうして悟空は羅刹女から芭蕉扇を受け取ると仲間のもとへと帰っていくのだった。


<……台本とえらいちがう状況やな>

<ま、まあ大筋では間違ってませんけどね、次にいきましょうか>






 場面転換


 場面は移り変わり、ここはどこか山の中の王宮の様な場所。
 ここでは、天井からネギが吊り下げられ、その下ではバンダナをした男が延々と高笑いを続けていた。


<悟空の密約によりゲフンゲフン……もとい、悟空のいない隙に牛魔王の手下によって三蔵は拉致られてしまいました>

「ふははははは! お前達よくやってくれた。これで三蔵の生き胆を食えば俺は不老不死となる!」


<牛魔王役は横っちか、しっかしノリノリやなー、ある意味一番真剣に役に入りこんどるんやないか?>

<そうかもしれませんねー、彼に流れる芸人の血がそうさせるんでしょうけど>


 語部達が話しこんでいると、やがて横島がいる部屋の扉が開き、そこからビリビリに破けた衣装を着崩したタマモが涙を浮かべて横島に抱きついた。 


「おい、どうした羅刹女」

「横島……私、私はもう……さっき孫悟空とかいう猿に芭蕉扇を奪われてしまったわ。その時私も乱暴されて……」


 タマモは着崩した衣装の胸を微妙に開き、それが横島の視界に入るようにしなだれかかる。

 横島はそんなタマモの仕草に煩悩を大いに刺激され、思わず飛び掛りそうになりながらもかろうじてそれを押さえ、タマモから視線を逸らしながら劇を続けていく。


「なに!! おのれ孫悟空、よくも我が妻を!!!」

「そうなの、だから横島……お願い、私を慰めて」


 タマモはそう言うと、横島の手を取り、どこかへ連れて行こうとする。


「もちろんだ、俺の胸で存分に泣くがいい……ってタマモさん、さっきからどこへひっぱって行こうとしてるんですか?」

「どこって……寝室?」

「まてい!! そんなの台本にないぞ!!」


 横島は慌てて懐にしまった台本を取り出し、その内容をつぶさに眺めていくが、その中には今のような状態になる描写など全く書かれてはいなかった。

 横島は台本を見ながら首をかしげる。
 だが、そんな横島にタマモは自分の台本のとあるページを開き、横島に突きつけた。


「私の台本にはちゃんと書いてあるわよ、ほら」

「手書きでかいとるやないかー! しかもお前の字で!!!」


 どうやらタマモは自分で台本を書き換えたらしい。


「いいじゃない、夫婦なんだから」

「それは劇の配役だー! ってこらひっぱるな。イヤー誰か助けてー! このままだとマジに俺の理性が危ないー!」


 横島の悲鳴が舞台に響き渡り、横島は助けを求めるかのように語部達に手を伸ばす。

 語部達は互いに顔を見合わせ、横島に言い放つ。


<<無理!!>>

「いいか、いいんだな? このままこの場で18禁の展開になってもいいんだな? 俺の理性は本当にあと少しで煩悩に寄り切られるんだぞ!」

<そうなったらそうなったで面白いことになりそうですしね>

<大丈夫や、ちゃんと幕を下ろして明かりも消すさかい>

「そういう問題じゃねー!」


 横島忠夫、まさにがけっぷちであった。


「タぁぁぁぁぁぁぁマぁぁぁぁぁぁモぉぉぉぉぉぉちゃぁぁぁぁん!」


 この時、かすかに扉の外からなにかおどろおどろしい声が聞こえてきた。
 それは神の救いか、いや、この場合神ではないことは確実なのだが、横島はそれに一縷の望みをかけ、最後の力を振りしぼってタマモから離れ、そのドアに向かう。



「タぁぁぁぁぁぁぁマぁぁぁぁぁぁモぉぉぉぉぉぉちゃぁぁぁぁん!」


 その声はだんだん大きくなり、やがて扉のすぐ外で聞こえてきた。

 そして横島がタマモを振り切り、扉へたどり着く。


「タマモちゃぁぁぁぁぁん!」

「へぶ!」


 横島が扉に駆け寄ったその瞬間、すさまじい破壊音と共に扉が開け放たれ、横島は扉と壁の間で見事にサンドイッチにされていた。

 横島が崩れ落ちる時に最後に見たものは、鬼気迫る表情でタマモを見据えるアスナだった。 


「タマモちゃん! よくも騙してくれたわね、あの高畑先生はただの枕じゃないのよー!」

「く……高畑先生の幻覚をもう見破ったの? もっと強くかけとくんだったわ」


 アスナはタマモに指を突きつけながら吠える。
 タマモはもう少しで横島を堕とせただけに悔しそうだった。


<<チッ>>


 その時、語部達の悔しそうな舌打ちが響き渡った。


「貴様らは敵だー!!!」


 それに反応したのか、横島は立ち上がって吠える。
 だが、語部達はそれが聞こえないのか、台本を手にして解説を続けるのだった。
 ただし、かなり棒読みであったことを補足しておく。
 

<悟空たちは牛魔王の宮殿にいる数多の妖怪を退け、三蔵がとらわれた牛魔王の部屋へとたどり着きました>


「何事もなかったかのようにナレーション続けてるんじゃねー!」


 横島が語部達に叫んでいると、そこに遅ればせながら刹那とエヴァが舞台に駆け込んできた。
 これでようやく役者がそろうのだった。


「さあ、タマモちゃん、あなたの悪巧みもここまでよ。さっさとネギを返しなさい!!」

「くくくくく、いいところで会ったな横島忠夫。この前コケにしてくれたお礼と、今日の鬱憤晴らしも含めて……遊んでやる!!」

「横島さん、今こそ最高の場面です。ここで目立てば私の出番も増え……いえ、それよりも悲願であるレギュラー昇格のためにもここで戦ってもらいます!!」


 エヴァと刹那は今までのフラストレーションがよほど溜まっているのか、妙にさっきだってそれぞれ魔法薬と夕凪を構える。

 それを見た横島は落ち着いてあたりを見渡し、刹那たちに戦いを告げるセリフを言い放つ。


「よくぞここまで来てくれた。本当に助かった、ありがとう」

<横島さん、セリフが違いますよ。ちゃんと台本を読んで下さい>

<まあ、言わんとしてることはわかるんやけどな>


 横島は語部達の突っ込みを受けると、そそくさと懐から台本を取り出し、それを見ながら改めて朗々と声を張り上げた。


「よくぞここまで来た孫悟空、ついでに豚と河童! 三蔵を返して欲しければこの俺を倒していくがよい!」




 観客席も含めて全てが沈黙した。




 そして10秒後、刹那とエヴァを中心にすさまじい殺気があふれ出し、舞台を包み込んでいく。
観客席の中、特に最前列の観客はその殺気に当てられバタバタと気絶していくものが続出していた。




「「殺す!!!!」」



 只一言、これが死刑宣告だった。



「お、落ち着いて。台本のセリフやないか……ね。だから怒っちゃダメだって、美人が台無しだよ……お願い」


 横島はなんとか二人を落ち着けようと努力するが、もはや溜まりにたまったフラストレーションはそのはけ口を求めて荒れ狂い、もはや誰にも二人を止められない。


「それが最後の言葉だな、それでは冥府へと落ちるがいい!」

「河童……くくくく。横島さん、契約しましょう。あなたは溶かすようにじっくりと切り刻んであげます」


 この時、刹那の目は白目と黒目が反転し、目の周囲が影に覆われると言う、神鳴流剣士がキレた時に見せる特有の目となっていた。




「「URyyyyyyyyyyyyy!」」

「ぎゃぁああああああああああああ!」



 この時、観客達の中にはそのあまりにも凄惨な状況に気絶するものが続出したと言う。



<くくくく、くはっ、く、苦しい。ここまで思い通りに話が進むとは……笑いすぎてお腹が……>

<キーやん、横っちの台本書き変えたの自分やな?>

<もちろんです。このためにずっと豚と河童を強調してたんですから>

<悪いやっちゃなー、せや、いっそ魔族になる気あらへんか? キーやんならワイすら超えるええ悪魔になるで。今なら「神を騙りし者」っちゅー二つ名もつけるさかい>

<つつしんで遠慮します>

「貴様らー! 特にそこの神っぽい悪魔! 人をなんだと思ってるんだー!!」

<<おもちゃ>>

「言い切った!!!」


 横島が語部達に突っ込みを入れることにより立ち直ると、その肩をエヴァが掴み、引き寄せる。


「まだまだ元気そうじゃないか。なあ刹那、トドメを刺したほうが勝ちという条件で賭けをしないか?」

「いいですね、条件は?」

「なに、食券一週間分でどうだ?」

「いいでしょう、受けました」

「ちょっとまて! 俺の意思は!?」


「「そんなもの無い!」」


「いやあああああああ!」


 こうして血の惨劇は再び始まるのだった。
 ちなみに、賭けは結局引き分けであり。観客相手に同じように賭けをしていた死神は親の総取りで終始笑顔であったとそうな。



 そしてそのころの三蔵と悟空はというと

「あのー……ぼく達ってもう行ってもいいんですかね?」

「いいんじゃない? ほっとこうか、タマモちゃんもいい?」

「いいわよ、さすがにああなっちゃどうしようもないわ」


 タマモの視線の先には、悲鳴を上げながら逃げ続ける横島と、それを追う二人の姿が映し出されていた。



<こうして無事に牛魔王を滅ぼし、火焔山を抜けた三蔵たちは。再び天竺へむけて長い長い旅を続けていきました>

<さて、この後は無事天竺についた三蔵たちの話もあるんやが、話はここでおしまいや>

<それでは皆さん、これにて『二人?の異邦人IN麻帆良 番外編 「世界迷作劇場1」』は幕でございます>


「何綺麗にまとめてんのよ、せめてこの事態をさっさと収拾付けなさい!」

<<ぐへ!!>>


 この時、タマモの放ったこんぺいとう1号&2号は狙いたがわず神と悪魔の顔面に突き刺さり、その目標を昏倒させていく。

 こと突っ込みに関しては神と魔王すら凌駕するタマモであった。


 



おわっとけ





 唐の宮殿にて


「ネギ先生速く帰ってこないかなー」

「パルー、いったい何をネギ先生に頼んだの?」

「アスラン×シン本以下30冊だよ、種と運命系を中心にね」

<早乙女さん! 聖なる経典をいったいなんだと思ってるんですか!>

「え、だって聖地にいくんなら当然おさえなきゃ」

<なんの聖地ですかー!!!!>


 舞台の裏で神の悲鳴がこだましていた。


 
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