二人?の異邦人IN麻帆良 NEXT
(エイプリルフールお詫び記念、特別企画シリーズ)
「もしも原作のあの場面に異邦人のキャラがいたら」
―――最終話(後篇) 「隣り合う世界」―――
「で……ここはドコだ?」
「さ、さあ?」
「お嬢様はドコに? というか他の人たちの姿も見えません!」
木乃香が闇巫女として目覚め、刹那と横島を引き裂こうとするネギへ死と破壊の嵐を振りまこうとした時、横島達は急に光に包まれ、気がつくと見知らぬ場所でたたずんでいた。
正直あまり思い出したくないのだが、木乃香に追い詰められたネギが例の改良型カシオペヤをいじっていたような気がする。
となれば、カシオペヤが起動し、どこか別の並行世界に飛ばされた可能性が高い。
横島達はとりあえず自分達がいる場所を確認しようと周囲を見渡す。
「少なくとも麻帆良じゃありませんね……」
「私達がいた世界ってわけでもなさそうね」
「そもそも地球かどうかも怪しいな……」
周囲を見渡すと、そこは明らかに日本とは違う建築様式の建物が建ち並び、空には見たこともない巨大な船が浮かんでいる。
さらにトドメとばかりに、周囲を行きかう人々の中に、明らかに獣耳を標準装備した人々がここは地球ではないと告げていた。
「これは……確定か?」
「確定ね」
「よし、タマモ……今夜はネギ焼きパーティーな」
「おっけ、鉄板も準備して熱しておくわね。なんなら強制土下座装置も作っておくわ」
二人は周囲を検索した結果、ここが日本どころか自分達が全く知らない未知の世界であると結論づける。
つまりは、ネギが木乃香から逃走するためにカシオペヤを暴走させ、現状に至ったのだと看破したのであった。
なお、この推測は説明するまでもなく大正解だ。
そして、正確に事態を看破した横島達は暗い頬笑みを浮かべながら、まるで長年連れ添った夫婦が夕食を決めるがごとく、短いやり取りでお仕置きメニューを決めるのであった。
「ちょ二人とも、顔がなんか邪悪です! というか、ネギ先生よりも今はお嬢様のほうが……あの状態で放置したら周りの被害が想像できません!」
「……正直、関わり合いになりたくなかったが、そうもいかんか」
「私でも笑いながら大鎌を振りまわしてネギを追い詰める木乃香は怖かったしね。元に戻ってればいいんだけど、そうでなかったら最悪街一つ壊滅の可能性もあるわ」
あわやネギが鉄板の上で強制タップダンス、もしくは焼き土下座の刑が確定されかけた時、このメンバーの中で唯一の常識人であり、横島事務所における外付式良心回路である刹那がギリギリで二人を押しとどめる。
だが、あいにくと刹那が心配しているのはネギの身の上ではなく、木乃香の心配がメインのようだ。
そして、横島達はつい先ほどまでの木乃香の様子を思い浮かべ、額に汗を浮かべる。
実際の話、ネギを追い詰める木乃香はトラウマものの怖さであったこともあり、もし木乃香がいまだに覚醒状態であったら洒落にならない。
故に横島はとりあえずネギの捜索を諦め、木乃香を探そうとする。
しかしその瞬間、横島の目の前にネギ本人がいかにものほほんとした表情で表れたのだった。
「……横島、確保ー!」
「おっしゃー! ネギ、覚悟しやがれー!」
「え、ええー!?」
タマモの号令のもと、横島は予備動作もなく空中に飛び上がり、ネギを確保すべく突貫する。
そして、ネギは突然の横島の出現に驚いたのか、ろくに回避行動もとれぬまま、あっさりと横島に捕獲されてしまった。
「さーてネギ、本当にちょうどいいところに現われたな」
「横島ー、鉄板の準備完了したわよー!」
「ええええ!? これはいったい? せ、刹那さん助け……」
「無理です、諦めてください……それに今はそんな些細なことよりもお嬢様やアスナさん達を見かけませんでしたか?」
「え? アスナさん達でしたら街を見て回ってますけど……って今の僕の状況を見て些細な事ってなんですかー!」
ネギは刹那にあっさりと見捨てられ、身動きできない状態であるにも関わらずミノムシのごとく飛び跳ねる。
そして、横島のほんのわずかなスキをつき、ネギは自力で荒縄をぶち破ると逃げ出そうとした。
しかし、付き合いの長さゆえか、タマモはそんなネギの行動を完全に読み切り、あっさりと先回りすると手にしたハンマーで家庭内害虫Gを叩き潰すかの如く無慈悲な一撃を叩き込んだのであった。
――プチ!
タマモの巨大なハンマーがいつものようにネギを襲い、いつものようにネギの断末魔の声が街に響き渡った。
しかし、それを実行したタマモは何故か腑に落ちない表情をして首をかしげる。
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、なんかいつもと手ごたえが違ったような気がしたんだけど……気のせいかしら?」
タマモはハンマーの柄から伝わる手ごたえがいつもと違う事に気付き、じっと手を見つめる。
そして、刹那もまたいつもと違うタマモの様子にただならぬものを感じ、タマモのもとに向かおうとする。
だが、ちょうどタマモのもとへ向かおうと一歩踏み出した時、彼女の背中を誰かが叩いた。
「刹那さん刹那さん……」
「ネギ先生? え? でも今……」
刹那は気配も感じさせずに背後に回られたことに一瞬戦慄したが、聞こえてきた声がネギの声だったためにすぐに落ち着きを取り戻す。
だが、先ほどネギはタマモによって打ちのめされたはずだ。
いかにネギが頑丈とはいえ、タマモの一撃をくらって無傷で済むはずがない。となれば、有史以来初めてネギがタマモの攻撃を回避したのだろうか。その可能性は先ほどのタマモの言動ともあいまって、かなり高い。
刹那は人類初の異業を成し遂げたネギに驚きと称賛の視線を向け、とりあえずこれ以上の被害が出ないようにネギを隠そうとする。
しかし、ネギはそんな刹那の親切を裏切るかのごとく、笑顔のまま悪魔の提案を刹那に述べたのであった。
「今です、横島さん達が気を取られてる隙に帰りますよ」
その瞬間、刹那を中心に明らかに空間の温度が下がった。
しかし、ネギはそれに気づくことなく動こうとしない刹那の手をじれったそうに引っ張るだけだ。
そして、刹那はそんなネギに対して抑揚のない声で呼びかけるとともに、彼の襟首をむんずとつかむ。
「……ネギ先生」
「はい?」
「タマモさーん! ネギ先生、こっちにいましたよー!」
「えええええー!」
自分と横島を引き裂こうとするネギにいい加減腹にすえかねたのか、刹那は躊躇することなくネギをタマモに向かって放り投げるのであった。
そして、タマモも無傷なネギを確認すると状況を完璧に把握し、地面にめり込んだハンマーを引っこ抜くと、その勢いに任せて今度こそ必殺の一撃をネギに叩き込むのであった。
「成敗ー!」
「うっぎゃぁぁぁー!」
この日、二度目のネギの悲鳴が街に響き渡った。
「ふん、私の一撃を避けるとは見事だったわね。けど、すぐに逃げなかったのがネギ先生の死因よ!」
「いえ、まだ生きてまふ……というか、横島さん文珠での回復プリーズ。転移で魔力使いはたして自力回復が不可能なんです」
「地面にめり込んだ状態でそんだけ言えればまだ大丈夫だ。つーか頑丈だなお前は……本当に人間か?」
「よ、横島さんにだけは言われたくありません……」
ネギは地面に大の字でめり込んだ状態のまま、横島に助けを求める。
横島はそんな命冥加なネギに呆れながらも、苦笑しながら文珠をとり出す。そして、いざ文珠を使おうとしたその時、ふと視界の中に赤いなにかを認めた。
「ん? これは……血か?」
横島がふと顔を上げると、タマモが担ぎ上げているハンマーの打撃面にべっとりと真っ赤な血が貼り付いてた。
横島は一瞬ネギが本気でケガをしたのか心配したが、ネギの様子を見る限りケガをしたようには見えない。
そして横島は気付く、血が付いている打撃面は先ほどネギを打ち倒した面とは逆のほう。つまり、最初にネギを打ち倒した面であるということを。
「えっと……まさかな」
横島は嫌な予感に襲われ、ネギがお得意の順逆自在の術を使って一般人を生贄にした可能性に思い至る。
そして、その可能性に思い至った瞬間、彼は一気に顔を青ざめさせると、恐る恐る最初にネギを叩きつけた場所に目を向けた。
そして――
「うわぁぁぁぁー! 潰れ! なんか潰れてるー!」
――真昼間から全米が震撼するほどのスプラッターシーンを目撃することになるのであった。
「危なかった……文珠での回復があと数秒でも遅かったら本気でヤバかった」
「死神さんが無理矢理魂を押さえつけて無かったら間違いなく手遅れでしたね……」
「死神、感謝するわ……本気で……」
あれから横島は間一髪で被害者を救うことに成功し、安堵のため息とともに額の汗をぬぐう。
そして、改めて被害者の顔を確認すると、彼はその場に硬直した。
「なぬ!?」
「どうしたの?」
「何かありましたか?」
「あの……そろそろ僕を出してほしいんですけど……いくら僕でもここまでめり込んだら身動きとれないんですが」
「いや、ちょっと見てくれ」
「へ、へるぷみー!」
横島はネギの願いをあっさりと黙殺し、タマモ達に被害者の顔を見せる。
すると、二人は横島と同じように硬直し、驚愕の表情を浮かべながら大地にめり込んで動けないネギと被害者を見比べるのであった。
「ね、ネギ先生が……二人?」
「ちょ! これっていったいどういう事よー!」
「俺が知るかー!」
横島達は地面にめり込み、助けを求めてシクシクと泣くネギと、文字通り死の淵から復活したネギを見比べながら混乱の極みへと達する。
そして、周囲に増え始めたギャラリーと、何やら官憲っぽい集団の姿を確認するとともにネギを掘り起こし、もうひとりのネギを抱えながらその場を脱出するのであった。
「……う、うーん」
「お、ようやく目を覚ましたな」
「あ、あなたは……」
ここは街の片隅にあるどことも知れない袋小路。
そんな犯罪臭あふれる場所で、もうひとりのネギは横島達の見守る中、ようやく目覚める。
目覚めたネギはどことなく呆けたような表情で横島達に視線を送るが、ふと立ち上がろうとした時に自らが拘束されていることにようやく気付いた。
「あ、あなた達はいったい……って僕?」
ネギはこの不当な拘束に抗議しようと顔を上げる。だがその時、ネギは自分の目の前にものすごく見慣れた顔があるのに気付いた。
そう、毎朝顔を洗うたびに見る人物、すなわち、もうひとりのネギが不思議そうな顔で自分を見つめていたのだ。
「こ、これはいったい……」
「どう思う刹那ちゃん」
「ネギ先生が二人いる以上、どちらかがニセモノであることは間違いないかと」
「せ、刹那さん?」
拘束されたネギはここで初めて刹那の存在に気づき、助かったとばかりに安堵の表情を浮かべる。
しかし、よく見れば刹那は明らかに自分に対して警戒しており、いつでも抜けるように夕凪を構えている。
しかも、今まで自分が見たことない男と親しそうにしているのだ。もうネギは何が何だか分からない。頭の中はただひたすら混乱するばかりだ。
そして、目の前にいる見知らぬ男と、金髪のいかにもキツそうな少女が何やら相談をし始める。
「さて、タマモに刹那ちゃん……どっちのネギがニセモノだと思う?」
「うーん、私としてはそっちの柔らかネギ先生のほうがニセモノだと思うわ。本物だったらあの程度の打撃で瀕死になるなんてありえないし」
「私もそう思います。外見はたしかにそっくりですが、さすがにあの驚異の耐久力まで再現するのは不可能だったのでしょう」
「ちょ! なんで僕がニセモノなんですか! というか、あんなの喰らったら誰だって大ケガで済みませんよ!」
いきなり突きつけられたニセモノ疑惑。当然ながらタマモ曰く『柔らかネギ』は抗議の声を上げた。
すると、タマモはもう一人のネギと共に並ばせ、まるで尋問するがの如く二人を問い詰める。なお、当然ながらその質問の際に彼女はハンマーを振りかぶっているので、嘘、大袈裟、紛らわしいなどJAR○に通報されるようなことを言った場合には即滅殺確定だ。
「じゃあ質問。ネギ先生では絶対に勝てない相手とガチで命のやり取りの状態になったとき、どうする?」
「それは当然、あらゆる努力を尽くして精一杯勝つためにがんばります!」
柔らかネギの答え、それは実にまっとうであり、どこぞの週刊少年漫画に出てくる魔法使いの少年のように純粋で、真っすぐな答えだった。
しかし、そんな模範解答を聞いたタマモはただつまらなそうに首を振り、次いで傍らにいるもう一人のネギに同じ質問をする。
「じゃあ、そっちのネギ先生は?」
「逃げます!」
もう一人のネギの答え、それは少年誌として、特に週刊少年漫画としてはあり得ない答えだ。むしろ10年以上前の週刊少年日曜日あたりで連載されていた漫画に近い。
そして、タマモはそんな非常識な答えを聞き、どこか納得したように頷きながらもさらに続きを問う。
「逃げられなかったら?」
「生き残るために、どんな手段でも使うにきまってるじゃないですか」
「それが卑怯な手段でも?」
「ええ、たとえ人に後ろ指さされようと、生き残る事が何よりも大事です! そのためなら他人を盾にしようが裏取引だろうが、それこそ必要とあらば横島さんのように時給250円で働くことも辞さない覚悟です!」
二人の問答はまさに立て板に水。
打てば響くようにタマモの問いに答えるネギにはまったく淀みがない。特に、最後の時給250円のくだりにいたってはそれを聞いていた横島が感動のあまり涙を流すほど強い決意にあふれていた。
だが、それを黙って聞いていた柔らかネギに焦りはない。
なにしろ常々自分が公言している『立派な魔法使い』とは真逆の方向性を見せているのだ。
ネギとしては目の前いる二人はよくわからないが、少なくともこれで刹那は間違いなく自分が本物であるとわかってくれると信じていた。
そう、信じていたのだ。
「どうやら、間違いなくこのネギ先生が本物ですね」
「なんでですかー!」
しかし、その信頼は実にあっさりと崩れ落ちた。
刹那は柔らかネギが期待の目で見つめる中、実にあっさりともう一人のネギを本物と認めたのである。
当然ながらネギは抗議の声を上げるのだが、その声はむなしく響くだけだ。
しかし、ネギが絶望に染まりかけた瞬間、事態はネギにとってとんでもない方向に流れていく。
「さて、どっちがホンモノ……いや、俺達の知るネギかは分かったんだが、これはやっぱりアレか?」
「その可能性が高いわね。ネギ先生、アレの発動は間違いないんでしょ?」
「ええ、焦って後先考えず使ってしまいまい、横島さん達だけ元の世界に返品するという計画は破綻しましたが、発動事態は間違いなく成功してます。つまり、ここはどこか別の並行世界で間違いありません」
「だとしたら横島さんとあやかさんと同じ理屈ですね。いわゆる同一存在……」
柔らかネギが混乱する中、もう一人のネギ達は急に頭を突き合わせ、何かを密談していく。
その話し声は小さく、あまり良く聞こえなかったが『並行世界』と『同一存在』という二つの単語だけはしっかりとネギの耳に聞こえてきた。
「同一存在か……それにしても違いすぎないか? このネギのパチもん……ビックリするくらい白いぞ」
「それに比べてこっちのネギ先生は真っ黒ですもんね」
「とりあえず、二人の呼称は黒ネギ先生と白ネギ先生に分けるとして……まずやることは決まってるわね」
「だな……」
「あ、あの……横島さんにタマモさん、なんでそんな獲物を見るような目で僕を? というか、そのメガトン単位のハンマーと『笑』のお仕置き文珠はいったい……」
「いやな、ついさっき俺達を返品するとかなんとか聞こえたもんでな」
「そのことについて、ちょーっと詳しく教えてもらえないかしら」
タマモ曰く白ネギが横島達の言葉の端々からこの事件の真相に近づきつつある時、今まで密談を交わしていた横島達の空気ががらりと変わる。
すると、明らかにもう一人のネギ、黒ネギの挙動が不審になり、なにかに怯えるように後ずさる。
見ればいつの間に手にしたのだろうか、タマモと呼ばれた少女が明らかに自分より巨大なハンマーを振りかぶり、今にもそれを叩きつけようとし、横島と呼ばれた男は手にした光る玉を掲げながら徐々に、そして確実に黒ネギを追い詰めていく。
そして、ついに黒ネギが壁を背に追い詰められ、白ネギの目の前で本邦初公開、全米どころか全世界が震撼する恐怖の祭典が今まさに始まろうとしていた。
しかし、その時はついに訪れることはなかった。そう、まさにこの瞬間白ネギにとっても、そして黒ネギにとっても救世主が現われたのだった。
「あんた達、ネギにいったい何をする気よー!」
突如現れた救世主、それはネギの従者であるアスナであった。
「ネギ、無事だった……ってネギが二人ー!」
アスナは横島達に追い詰められたネギをかばうように立ちはだかり、ハマノツルギを構えると横島達に対峙する。
しかし、彼女はすぐに自分が背後にかばった黒ネギのほかに、すぐそばにロープでぐるぐる巻きとなった白ネギの存在を見つけてしまう。
そしてその瞬間、彼女は例にもれずいともあっさりとパニック状態に陥ってしまう。
「アスナさん、落ち着いてください」
「あ、刹那さん……あたしおかしくなったのかな? なんかネギが二人いるように見えるんだけど……」
「いえ、たぶん正常だと思いますよ。私にもちゃんとネギ先生が二人に見えますし」
「あ、そっか。じゃあ問題ないわね……って問題大ありよー! なんでネギ先生が二人いるの? そもそも刹那さんはなんでそんなに落ち着いてるの? それに何より、その見知らぬ女の子といかにもスケベそうな人は一体誰なのよー!」
アスナはネギを助け出したはいいが、肝心のネギがいつの間にか二人に増殖しているという驚愕の事実に混乱してしまう。
このアスナは横島達の事を知らないところをみると、どうやらこの世界のアスナのようだ。
横島達は頭をつつき合わせ、混乱するアスナを妙に冷静な視線で眺めながら、これから要するであろう説明のための労力に頭痛を覚えるのであった。
「……ここは誰? 私はドコ?」
「アスナさん、落ち着きましょう。はい、ゆっくりと深呼吸をして下さい」
白ネギと黒ネギがあり得ない邂逅を果たしているころ、横島達と切り離されてしまったアスナと茶々丸は街の中をえんえんとさまよい、完全に消耗していた。
なにしろ、横島のいた世界に行くはずであったのに、建物は日本とは似ても似つかないわ、明らかに人間以外が街を闊歩するわ、挙句の果てに空の上に船が浮かんでいるわで混乱の極みに達している。
「そ、そうね、まずは落ち着かないと……で、それにしてもここはドコなの? 話に聞いた限りだと横島さんのいた世界は私達のところと変わらないって話だったけど」
「おそらく、完全に別の世界かと思われます。原因についてですが……」
「まあ、原因については言わずもがななんだけどね。おおかた切羽詰まったネギが焦りまくって適当にカシオペヤを発動させたあげく、まったく未知の場所に出たと」
「……99%以上の確率で大正解かと」
アスナと茶々丸はアホらしさ極まる異世界転移の原因に盛大にため息をつく。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。アスナ達は一刻も早く横島達と合流しなければいけないのだ。故にアスナは茶々丸と共に今後の方針を相談していく。
「まあ、とにかく早く横島さんと合流しましょ。ネギのことも心配だけど、今はもっとヤバイのが降臨しちゃってるし」
「ですね、仮に元に戻っていない場合、最悪街一つが闇にのまれかねません」
「かといって私達だけじゃ止められないしね。と言うわけで、私達の第一目標は横島さんとの合流、第二目標はイケニエであるネギの確保、第三目標は木乃香から……」
「なあなあアスナ、ウチがどうしたんー?」
アスナ達が今後の方針を話し合っていると、そこになにやら非常に聞き覚えのある口調で非常に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
そしてそれが誰の声であるか悟った瞬間、アスナと茶々丸は一様に彫像のように固まる。
二人の予測が確かなら、背後にいるのは癒しなす姫君、もしくは頬笑みの闇巫女。
これが前者であったならなんの心配もいらない。ただ自分も微笑み返し、合流を喜びながら抱き合うだけだ。
しかし、もし後者であった場合どうなるだろうか。最悪の場合、顕現した破壊神を見ることになるのは確実である。
アスナは冷や汗を流しながら、ごくりと唾を飲み込む。
そして、いい加減覚悟を決めて振り返ろうとした瞬間、運命の一言が彼女達の耳朶を打った。
「あ、そうや。ネギ君ドコにいるか知らへんかなー。途中ではぐれてもうたんよ」
二人の背後から聞こえる声。それはどこまでも能天気で、柔らかく、春の日射しのごとくさわやかだった。
しかし、アスナ達は知っている。それはまやかしに過ぎないということを。
「……茶々丸さん」
「高加速モード起動、いつでも行けます」
「総員退避ー!」
「あ、アスナー! ドコいくんー!?」
二人はこの段階で自分たちで木乃香を押さえることは不可能と悟る。
何しろ、完全に覚醒した木乃香を物理的に押さえられる存在はタマモか横島しかいないのだ。他に押さえる手段があるとしたらネギをイケニエに差し出すしか手はない。
故に彼女達は周りにどんなに被害が出ようと、涙をのんでそれを黙殺し、何よりも自身の安全のために横島達を探すために逃亡するのであった。
それにしても、自身の安全のために赤の他人を躊躇なく切り捨てるとは、ネギのストッパーでありながらも、彼女もしっかりネギに影響されているようだ。
「茶々丸さん、横島さんのいる場所はわからないの?」
「先ほど、東へ3kmほどの地点に局地的な地震が観測されました。おそらく……」
「震源はタマモちゃんのハンマーね。じゃあ、一気に逃げるわよ!」
二人はタマモ達の居場所に当りをつけ、そこへ向けて一気に駆けていく。
人の波を掻き分け、時には屋根を蹴りながら空を飛ぶ。そんな彼女達は一陣の風であり、誰にも追いつくことはできない。
しかし――
「なあなあ、アスナ。急にどうしたん?」
――あろうことか、木乃香はしっかりとついてきていたのだ。
アスナ達はもはやパニック状態となり、さらにスピードを上げようとする。
しかし、そんなアスナ達に冷や水を浴びせるように、すぐ近くでこれまた聞き覚えのある声が聞こえたのだった。
「アスナさん、なにかあったのですか? 急に駆けだすなんて」
走り続けるアスナ達の近くで聞こえた声、それは刹那の声であった。
二人はそのことに気付くと爆走しながら顔を見合わせ、一気に急停止する。
そして、急停止した二人が見たものは木乃香を横抱きに抱え、なにか事件でもあったのかと焦る刹那であった。
「せ、刹那さん……木乃香と合流していたんだ」
「木乃香さんの魔力反応をスキャン、通常の数値に落ち着いています」
「よ、よかったー」
アスナは木乃香が元に戻っていることを確認すると、一気に気が抜けたのかその場にへなへなと崩れ落ちた。
その一方で、木乃香はいまだに事態を把握していないのか、頭にハテナマークを浮かべている。
そして、木乃香を下した刹那は不思議そうにアスナに問いかける。
「それにしてもアスナさん、なぜお嬢様を見るなり逃げ出したので?」
「そりゃー直前にあんなことがあれば誰だって逃げるわよ。初期段階なら私でも押さえられるけど、あそこまで覚醒した木乃香を相手にしたらただじゃすまないじゃない」
「……は?」
アスナはひどく疲れたような表情で、刹那に同意を求めるように答える。しかし、刹那から帰ってきた答えは困惑した表情だけであった。
「それにしても、あの木乃香を元に戻すなんてさっすが刹那さんね。正直、ネギでもイケニエに捧げなきゃ無理だと思ってたわ」
「ネギ先生ですか? いえ、それよりも今イケニエって……」
刹那はアスナから聞こえるやたらと物騒な発言に困惑気味だ。
しかし、アスナはそれに気付くことなく、安堵したが故の反動なのかやたらと饒舌であった。
「まあとにかく、これで一安心だわ。後はどこかでネギを回収しつつ、横島さんとタマモちゃんに合流すれば完璧ね……あ、ところで刹那さんは横島さん達ドコにいるか知らない?」
「いえ、あの先ほどからアスナさんが何を言っているのかわからないのですが……というか、横島さんとタマモさんってどなたです?」
「……は?」
やたらと饒舌であったアスナを遮るように発した刹那の一言。その一言でもって今度はアスナが沈黙し、困惑する。
「えっと……なにかの冗談?」
「いえ、大真面目なんですが」
刹那はキョトンとした表情でアスナに答える。
そして、刹那の答えの意味を理解したアスナは一気に顔面を蒼白にしつつ、それでも最後の希望とばかりに木乃香へと顔を向けた。
「えっと、木乃香……ちょっとお願いがあるんだけど……」
「んー、なんやの?」
「いや、仮契約カードを見せてもらいたいなーと」
「別にええけど、ほんまにどうしたん? 顔が真っ青やー」
アスナは木乃香から仮契約カードを受け取ると、なにかを探るように太陽に透かしてみたり、カードの隅をカリカリとひっかく。
しかし、どんなにアスナがカードをいじくろうと、カードには何の異常もなく、カードの中の木乃香は扇を手に持ちながら微笑み返すだけだ。
「そ、そんなバカな……そうだ、茶々丸さん。これの中身をスキャンできる?」
「いえ、すでにやってみましたが、ドコにも異常はございませんでした」
「と、ということは……」
「正真正銘、木乃香さんのカードはこのバージョンのみと言うことに……」
二人はカードに視線を固定しながら、完全に沈黙する。よく見ればアスナ、そしてガイノイドであるはずの茶々丸の顔面にすら玉の汗が浮かんでいた。
そして、二人は幾度となくカードの木乃香と実際の木乃香を見比べていたが、やがて大きく息を吸い込み――
「う、嘘よー! 木乃香がこんな驚くほど真っ白だなんてー!」
――心の底から天に向かって絶叫するのであった。
「えっと……ア、アスナさん?」
「なんやよーわからんけど、とりあえずみんなの所へもどろー」
混乱の極みに達し、頭を抱える二人。
そんな二人をわけがわからず見ていた木乃香達であったが、やがてアスナ達の手をとると、迷子の子供を案内するかのように自分達の拠点へと移動するのであった。
「なあ小太郎君、ネギ君ドコへいったんやろなー」
「さ、さあ……でもとりあえず今は……」
さて、アスナが混乱の極みに達しているのとほぼ同時刻、我らの良く知る木乃香は小太郎とともに見知らぬ場所でさまよっていた。
どうやら幸いにも木乃香は転移が原因なのか、それともネギを見失った事が原因なのかは不明だが、とりあえず元の状態に戻っている。
しかし、それに反するかのように小太郎はどこか切羽詰まった状態で、やたらと背後を気にしながら木乃香の背中を押しつつ走っていた。
何故小太郎はそんなに背後を気にするのか、それは――
「いたぞー、テロリストだー!」
「何としても捕まえろ! 賞金が出れば左団扇だぞー!」
――背後に賞金稼ぎの団体さんが大名行列をかましているからであった。
「なんなんにゃこれはー!」
「あはははは、小太郎君舌がまわっとらんで。その言い方だと猫さんやー」
小太郎はいい加減ヤバイと感じたのか、木乃香を抱えながら逃げるのだが、後から湧いて出る賞金稼ぎの集団は増えるばかりで一向に減る様子がない。
それでも小太郎は走り続ける。
麻帆良での生活で培われたタマモからの逃亡技術、その全ての技術を駆使して彼は木乃香を守り続けるのだ。
本来、木乃香を守るのは刹那の役目のような気もするのだが、刹那がここにいない以上、木乃香を、いや木乃香からこの街の住民を守れるのは小太郎ただ一人なのだ。
「それにしても、人をいきなりテロリストやなんて、俺らがいったい何したっちゅーねん」
「うーん、案外ウチらがはぐれてる間にタマモちゃんがなんかやったかもしれへんなー」
「うっわ、ありえ過ぎて否定できへん!」
「おい、今街の東のほうで別の賞金首の女が冴えない小僧とハンマーもった金髪の小娘と一緒にいたぞ。何人かまわせ!」
小太郎は追いすがる賞金稼ぎを突き放し、路地の合間からゾンビのようにわき出る者たちを蹴散らしながら逃亡を続ける。
しかし、そんな彼の耳にものごっつ心当たりのあるフレーズが聞こえてきた。
冴えない小僧とハンマーを持った金髪の小娘。これが誰を指しているのか、その答えは小学生のテストより簡単である。となれば、もう一人の賞金首の女というのはほぼ間違いなく刹那のことであろう。
小太郎は猛スピードで街を走り抜けながらその答えにたどり着くと、これから起こるであろう惨劇を想像して一気に顔を青ざめさせた。
そして、小太郎と同じく会話の意味とその内容を理解した木乃香は、小太郎の予想通りとてつもなく清らかな頬笑みを浮かべると仮契約カードを取り出し、そのカードの表面を力いっぱい引っぺがしたのであった。
「うふ、うふふふふふ」
「こ、木乃香姉ちゃん! ブレイク、ブレイクやー!」
この日、一つの街から全ての賞金稼ぎがその姿を完全に消すこととなる。
そして、その惨劇に立ち会った者は微笑みながら大鎌を振りまわす漆黒の魔女と、その魔女に抱きつきながら泣き叫ぶ子犬の悪夢を見ることになるのであった。
なお、小太郎達はその後無事横島達と合流に成功したのを追記しておく。
あれから横島、タマモ、刹那の三人は白ネギに連れられて彼らの拠点である船に向かった。
そして、その途中で木乃香と小太郎、アスナと茶々丸の二組とも合流を果たすのに成功する。
ただし、アスナ達との合流は特に問題はなかったのだが、小太郎と合流した際に、小太郎は何かに怯えるように耳を垂れさせ、尻尾を股の間にはさんだ状態で発見されたのだった。
ともあれ、こうして紆余曲折の末合流した横島達は改めてこの世界のネギ達に事情を説明したのである。
「は、はあ……並行世界……ですか?」
「なんか反応薄いな、もっと驚くと思ったんだが」
「いえ、確かに驚いたんですが……その、なんというか……もっとインパクトの強い出来事がございまして……」
横島の前で事情説明を受けていた白ネギは顔に脂汗を浮かばせ、ガタガタと震えている。
そして白ネギと同じように事情説明を受けていたアスナ達――この世界のネギパーティー一同――もまた、ネギと同じように脂汗を浮かべながら顔面を蒼白にさせていた。
彼女達はいったい何をそんなに怯えているのだろうか、彼女達の視線は横島の背後のただ一点に固定されている。
だが、横島は彼女達が怯えている理由が理解できないのか、ただひたすら首をかしげるばかりだ。
横島にとって、背後で行われている儀式はいつもの事だ。いや、むしろ今回の儀式はいつもより優しいとすら言える。
なにしろ、誰も宇宙に飛んでいないうえに、誰もハンマーで押しつぶされていないのだ。
しかし、そうであるにもかかわらず白ネギ率いるアスナ達の顔色は優れない。
横島はそんなアスナ達の表情に首をかしげながら、改めて背後を振り返った。
「ぐおおおおお!」
「うん、さすがのネギでも八卦炉級の熱量だと熱いみたいね」
「……この場合、それだけの熱量を出せる姉ちゃんを驚くべきなんか? それともその熱量に耐えられるネギに驚くべきなんかどっちや?」
「むしろ鉄板のほうが溶けずに形を保っていることのほうが驚きなのですが……あ、ネギ先生あと3分ですのでまだ動いては駄目です」
「タマモちゃーん、ついでにさっき市場で買ってきたお肉焼いていい?」
「アスナさん、ネギ先生以外の肉では一瞬で焦げるどころか気化すると思いますよ」
「あ、アスナにせっちゃーん、こっちでなら余熱で十分焼けるえー」
横島の背後では横島事務所並びに、黒ネギパーティーが楽しくバーベキューパーティーをやっているだけだ。
そう、どこにでもある普通のパーティー風景である。
ただし、アスナ達が肉を焼いている鉄板から離れた場所にて、黒ネギが熱く焼けた鉄板の上で土下座をし、文字通り真っ黒に焦げていることを除けばの話だが。
「……なにかおかしなことでもあるか?」
横島は背後を振り返り、ごく自然にそうのたまう。
どうやら横島も含めて、ほぼ全員が麻帆良での生活に慣れ、色々な感覚がマヒしているようだ。
当然ながら白ネギ達は初めて遭遇するどぎつい光景に絶句し、ただひたすら目を点にするばかりである。
そんな中、白ネギパーティーの中でももっとも対応力が高いアスナが一番最初に我に返る。まあ、それでもどこか怯えるように腰が引けているのだが、女の子である以上無理もないであろう。
しかし、腰が引けながらもアスナはなんとか勇気を振り絞り、横島に問いかけた。
「あの、ひとつ聞いていいですか?」
「ん、なんだいアスナちゃん」
「背後のことで何か疑問に思わないんですか?」
「だっていつもの事だしな、今更騒げんよ。それに本来なら順番からいってアステロイドベルトでピンボールの刑だったんだが、まあ今回はこっちのアスナちゃん達もいるからソフト目のお仕置きで済ませたくらいだし」
「ア、アステロイドベルト……」
「む、向こうの僕っていっつもこんな目に……」
白ネギ達にとって想像を絶する答えに、全員が沈黙する。
聞こえてくるのは残り30を切った茶々丸のカウントダウンとネギのうめき声、そして楽しげに焼き肉を楽しむアスナ達の声だけだ。苦悶の声と楽しそうな黄色い声のコラボレーション、実にシュールな光景である。
だが、真に恐るべきはこの後に起こるという事を白ネギ達は知らなかった。
「5……4……3……2……1……時間です、ネギ先生もうよろしいですよ」
5分にもわたる長時間の土下座が茶々丸の号令のもと、ようやく終了する。
白ネギ達は即座に黒ネギの火傷を直すべく、木乃香を促してアーティファクトを起動させようとしたのが、黒ネギはそんなアスナ達の思惑の斜め上を通り過ぎたのだった。
「ぶはー、熱かったー! あ、アスナさーん、僕にもお肉くださーい」
「はいはい、ちゃんととってあるわよ。はい、タレはこれね」
鉄板の上での苦行が終了した瞬間、黒ネギは白ネギ達の見ている前で元気よく跳ね起き、あまつさえスキップしながらアスナのもとへ駆け寄っていく。
そして、何よりも白ネギ達が驚愕したのは、先ほどまで真っ黒に焦げていたにもかかわらず、まるで白粉でも塗ったかのように肌が真っ白になったことでった。
白ネギは先ほどから襲い来る頭痛と目まいに必死に耐えつつ、かろうじてバーベキューパーティーに参加しようとする横島の袖をつかむ。
「……えっと、横島さんでしたよね」
「ああ、なんだ?」
「なんで向こうの僕、火傷してないんです?」
「いや、火傷はしてたぞ。立ち上がった瞬間に自力で回復しただけだ」
「じ、自力で……」
「まあ、アレぐらいできんと麻帆良じゃ生きていけないからなー」
「そっちの麻帆良学園ってどんだけ危険地帯なのよー!」
「ネギ曰く、麻帆良においてエヴァちゃんと修行する時が唯一の息抜きだった……とか言ってたな」
「マ、マスターの修行が……」
「息抜き……」
白ネギは横島の答えに絶句し、アスナはあまりのでたらめさに悲鳴を上げる。
元々彼らはでたらめな事件に慣れはじめ、最近にいたってはラカンという規格外生物と遭遇しているから耐性はあったのだが、もはやその許容量を完全に超えているようだ。
そんな感じで白ネギ一同は完全に放心し、一部の人間は現実逃避の世界か夢の世界へと旅立っていく。
そして、自分の事であるがゆえに黒ネギから目を離そうとしない白ネギに向い、横島は何を勘違いしたのか元気づけるかのようにポンと肩に手を置くのだった。
「ああ、安心しろ。世界は違えど同じネギなんだ。お前も2〜3回くらい生身で大気圏突入すれば、すぐにあれぐらい会得できるぞ。現に小太郎もすぐに慣れたし」
「お、俺もなんか!?」
「というか大気圏突入ってナニ?」
横島が慰めるかのように言った一言。
それを聞いた瞬間、白ネギと小太郎はそれぞれ自分の分身を見つめる。
すると、黒ネギ達はその視線に気付いたのか、振り返るとニコリと笑い、誘うように手招きをする。
だが、それは白ネギと小太郎にとっては人としての境界線、踏み込んではいけない暗黒面へいざなう悪魔の誘いのように見えるのだった。
「「い、いやだー!」」
異世界のネギが初の邂逅を果たした記念すべき日、その始まりは白ネギと小太郎の絶叫で幕を開けるのであった。
「ふむう、基本的にこちらとあちら起こった事件に違いは無いようでござるな……」
「でも、人間関係でドえらい違いがあるです」
「で、その最大の特異点が……あの二人アル」
白ネギと小太郎が絶望の叫びをあげてより数時間後、あれほどネギ達を照らしていた太陽も沈みつつある。
そんな中、ようやく落ち着きを取り戻した白ネギパーティーの面々は頭をつつき合わせながら情報を交換し、白ネギと黒ネギの世界それぞれの最大の相違点である横島とタマモへその視線を集めていた。
「その事件についてですが、どうやら私達が3年に進級するまではほとんど同じ形ですが、3年になってから後、時が経過するにつれて徐々に違いが大きくなっているようです」
「えっと……茶々丸さん、どんな感じに違ってるのかな? というか、なんでそんな細かい事情を知ってるの?」
アスナは小首をかしげ、無表情のまま淡々と説明する茶々丸を見つめる。
すると茶々丸は向こう側の茶々丸へと視線を送った後、改めて事情を説明した。
「はい、あちらの私と先ほど情報交換のために記憶を一部ダウンロードしました」
「なるほど、それなら手っ取り早いわね。で、具体的には?」
「まず4月のマスターとの対戦ですが、この段階でネギ先生の心に巨大なストレスが見受けられます」
「ストレス? でも、あの時こっちのネギもけっこうヤバかったわよ」
アスナはエヴァとの抗争の折、どうにもならなくなって森へ逃亡したネギを思い出して首をかしげる。
しかし、アスナにしてもよもやタマモの人知を超える折檻を目撃し、エヴァの事を忘れるどころか神の声を聞くほどの事態になっているとは思ってもみない。
故にアスナは自分達の知るネギですら乗り越えられたストレスを、あちらのネギは乗り越えられなかったのかといぶかしんだ。
「どうやらそれ以上のストレスだったと思われます。なにしろあちらの私の記憶によると何か強烈なものを目撃し、そのせいでマスターとの抗争を忘却の彼方へと置き忘れるほどの衝撃映像のようです」
「い、一応聞くけどネギは何を見たの?」
「あいにくとあちらの私にとっても強烈だったようで、映像がモザイク加工されて判別がつきませんでした」
「モ、モザイク……」
「まさか18禁?」
「んなわけあるか! で、結局エヴァちゃんとはどうなったの?」
「戦いの結果については、結局こちらと変わりはありません。マスターの時間切れによる敗北です。ただし、横島さんという方に姉さんを人質に取られ、散々おちょくられた末の敗北だったようですが……」
「エ、エヴァちゃんをおちょくるって……」
アスナはモザイクの下りで茶々を入れる朝倉を一喝して黙らせるが、次いで横島がエヴァをおちょくり倒した事実を知り、今度は自分が沈黙してしまった。
そして、絶句するアスナをよそに茶々丸は淡々と話を続ける。
いまやアスナ達はただ静かに茶々丸の話を聞くだけだ。
「次に修学旅行についてですが、これについてはあいにくと向こうの私も参加していないようなので途中経過はよくわかりません。ですが……」
「なんでござるか?」
「こちらのスクナはマスターによって氷結後、再封印されましたが、あちらのスクナは自殺した模様です」
「じ、自殺ー!?」
「い、いったいナニがあったでござるか?」
「あいにくと横島さんという方が何かをした……ということしかわかりませんでした」
「いったいどんだけデタラメな人なのよ……あの人」
エヴァをおちょくり倒し、スクナを自殺に追い込む。
この段階でアスナ達の中で横島の評価は変な青年から、ただ者ではない男へと評価を一気に上げる。
まあ、自分達が手も足も出なかった相手を圧倒したのだから、その評価も無理もないのであるが、現実の横島を知る者からすればへそで茶を沸かせる評価であろう。
ともあれ、彼女達の話はまだまだ続く。
「で、修学旅行の後は何があったんだ? もう何があっても驚けないだろうけど」
「修学旅行後ですと、最大の違いは刹那さんが横島さんと恋仲になったことでしょうか?」
「なんだとー!」
「ええーせっちゃんがー!?」
「わ、私があの人と!? 何かの間違いでは?」
「お気の毒ですが……少なくとも向こうの私の記憶を見る限り、間違いございません。あちらのタマモさんという方ともども、横島さんと実に中睦まじく……」
「そっか、桜咲はあんなのが好みか……」
「正直、刹那殿と釣り合うとは思えないでござるな……見た目からして」
茶々丸よりもたらされた衝撃の情報。
その情報に最も驚いたのは当然ながら本人である刹那であった。
彼女は一瞬のうちに顔を真っ赤にし、もうひとりの自分と横島を凝視する。
そして、そんな刹那をからかうように木乃香を筆頭に朝倉達がはやし立て、千雨と楓にいたっては生暖かくも呆れたような視線を向けてくる始末だ。
たしかに話を聞く限り、横島は只者ではないというのはわかるのだが、あいにくとぱっと見る限り風采の上がらない冴えない青年という印象しかないのだから無理もないであろう。ちなみに、この情報がもたらされた瞬間、彼女達の中での横島の評価はロリコンと確定された。
ともあれ、刹那は朝倉からの追及なんとかかわしつつ、心の中で向こうの世界の刹那に恨み事を言う。
刹那としてはネギならばともかく、木乃香を差し置いてあんな青年との恋にうつつを抜かすなど言語道断だと考えたのだ。
正直、今すぐにでも横島の横で楽しそうに会話しているもう一人の刹那をかっさらい、小一時間説教をかましたいところなのだが、このままでは話が続かない。
故に彼女は話題をそらすことも兼ねて、茶々丸に話の続きを迫る。
「あ、あの……向こうの私の事はもういいですから……修学旅行後の事件といえばまだヘルマンという悪魔や超さんの事が……」
「あ、失礼しました。とは言え、ヘルマン伯爵の事件についてはそう違いはありません。ただ横島さんと小太郎君、そしてネギ先生が協力して倒した程度です……ただし」
「またただしかよ。まあ、今度こそ驚かねえぞこん畜生」
「もう一生分驚いたもんね」
刹那は話題を逸らすことに事に成功し、一息をつく。
周囲を見渡せば今まではやし立てていた朝倉達も話を続ける茶々丸に集中し、どんなとっぴな話が出てきても大丈夫なように身構えている。
「ヘルマン伯爵を倒す際、ネギ先生は横島さんごと魔法を……というかむしろ横島さんを倒すことを主目的で魔法を放って勝利しました」
「……は?」
「それはつまり、横島殿を倒すついでにヘルマンを倒したと、そういうことでござるか?」
「はい……」
茶々丸が話し終わると同時に、皆の視線がネギに集まった。
そのネギは向こうの世界、いわゆる黒ネギと同一人物同士で意気投合したのか、船の舷側で夕陽を眺めている。
アスナ達はそんなネギ達を無言で眺めながら、他人を平気で犠牲にする選択した異世界のネギに戦慄するのだった。
正直、この段階でアスナ達はおなか一杯の状態なのだが、茶々丸の話はまだまだ続く。もはやアスナ達は涙目だ。
「それでは、次に学園祭でのことなのですが……」
「なんだか聞くのが怖いんだが……」
「けど、今更やめられません。さあ、茶々丸さん、最後まで話すです」
「はい、学園祭についてですが、超さんの計画はあちらでも変わらず実行されています。ただし、その実行理由と結末で大きな違いが発生しています」
「大きな違い? まさかアイツの計画が成功したのか?」
「いえ、超さんの計画はネギ先生……いえ、むしろアスナさんの活躍によって頓挫しています」
「私!?」
アスナ学園祭の事件で自分の活躍によって超を倒したと聞かされ、一瞬目を丸くさせる。
なにしろ、このアスナは学園祭の時に超に手も足も出なかったのだ。それだけに同じ自分に対して少しだけ嫉妬を覚えてしまう。
だが、そんなアスナの気持ちは次の茶々丸の発言によって無へと帰るのであった。
「はい、理由は不明ですが怒り狂ったタマモさんと刹那さん、そして木乃香さんを先頭にしてロボット軍団を壊滅させたあげく……」
「ちょっと待った! 今、木乃香の名前がでなかった?」
「はい、間違いなく言いましたが……」
アスナは突如出てきた木乃香の名前に思わず突っ込みを入れる。
ないしろアスナの見る限り、木乃香はもっとも戦いと縁遠い存在であるのだ。そしてそれは向こう側の木乃香も変わらないように見える。
事実、先ほど二人の木乃香が並んでいた折にはまったく見わけがつかなかったのだ。
であるにもかかわらず、向こう側の木乃香はロボット軍団を壊滅させた主力となったというのだ。
これを突っ込まずに何を突っ込めと言うのだろう。
「なんで木乃香なの? 私や楓さん、それにクーちゃんならともかく、なんで木乃香が?」
「ですが、撃墜スコアは全2000機のうち、タマモさんと刹那さんが700体づつ、そして木乃香さんが……300体で撃墜スコア3位です。ちなみに4位以下は100体以下ですが」
「はー、あっちの私は強いんやねー」
「そ、そういう問題なのかしら……なにかすっごく嫌な予感がするんだけど」
木乃香は単純に向こう側の木乃香の撃墜数に感心しているようだが、アスナはどこか釈然としない。
なにかこう、大切なものを見落としている。そんな予感がアスナを捕えて離そうとしない。
しかし、アスナ以外の面々は特に疑問を感じていないのか、はたまた感覚がマヒして疑問に思えなくなったのかは不明だが、木乃香ではなく別の事に疑問を抱く。
「あ、でもそれだと何故アスナさんが超さんの計画を邪魔した主犯になるのですか? というか、あちらの超さんは何故あんな事を?」
「あちらの超さんの目的はこちらと同じく未来を変える事なのですが、どうやらあちらの超さんは……その……」
茶々丸は夕映の質問にどことなく目をそらし、言いにくそうにする。
「なにか言いにくいことなの?」
「いえ、ただ説明がしづらいと言いますか、どうやらあちらのネギ先生を始祖とする宗教勢力と、旧来の宗教勢力との間に勃発した宗教戦争の敗北を塗り替えるためにあの計画を発動したようです」
「……は?」
「どうやらあちらでも超さんはネギ先生の子孫らしく、宗教勢力を伸ばすのに始祖であるネギ先生が自由に魔法を使える環境が必要だった……というのがあの事件の真相だそうです」
「な、なんなのよそれはー! というか、それだとあの騒動の大元の原因はネギじゃないのー!」
「なんというか、恐ろしく馬鹿らしい理由だな……いや、本人にとっては切実なんだろうが」
「というわけで、今のアスナさんのようにあちらのアスナさんはぶち切れ、超さんの野望である強制認識魔法の発動のカギとなる魔法陣が書かれた飛行船をネギ先生ごと突っ込みを入れて撃墜したようです……」
「アスナさん……」
「ちょ、みんな何よその目は! 私は違うわよ、それをやったのは向こうの私なんだから!」
超の起こした学園祭での大騒動。その理由が恐ろしくしょうもない理由であったため、アスナ達一同は頭を抱えてしまう。
特にアスナは騒動の根源がネギにあると知り、天に轟けとばかりに叫ぶ。その上、よりにもよって自らの突っ込みで超の野望を粉砕したというのだ。
その事実を知らされた皆からの視線がアスナに突き刺さり、彼女はその場で頭を抱えて悶絶していく。
ともあれ、これによって夏休みまでの大きな事件は一通り説明され、アスナ達はようやく終わったとばかりに一息をつく。
最初に大まかな話を聞いた限り、向こう側のネギは魔法世界に行っていないとの事だし、そうであるならもうこれ以上大きな事件もないであろう。
そう、誰もがそう思っていた。
しかし、茶々丸はそんな彼女たちを気の毒そうに見つめ――
「以上、いくつかの相違点を上げましたが、やはり一番の相違点としては……期末テストの平均点が30点ほど向こう側のアスナさんのほうが上だった事でしょうか」
「なんですとー!」
――この日最大の爆弾を投下する。
そしてそれは、白ネギがヒローとしてあらゆる面で黒ネギに勝っていても、教師として完膚なきまでに敗北していることを告げていたのだった。
「く、苦労してたんだね」
「正直向こうでは生きていくだけで精いっぱいなんだ……」
「そ、そんなに……」
アスナ達が驚愕の、いや絶望の悲鳴を上げているころ、白黒の二人のネギは舷側で互いの身の上を話しながら夕日を見つめていた。
もっとも、黒ネギの告白があまりにもドギツかったので、白ネギは話について行くだけで精いっぱいであったりする。
しかし、やはり同じネギ同士、辛い日常を生きる黒ネギと、辛い修行を生きる白ネギは互いにシンパシーを感じたのか、すっかり仲良くなっていた。
「それにしても、すごいんだね。タカミチの本気の攻撃にびくともしなかったなんて」
「……打撃には慣れてたからね……慣れたくなかったけど」
「それでもすごいよ! それに、そっちではあのフェイトを倒したんでしょ。僕はまだこれから彼と戦わなきゃならない……そのためにも僕はもっと強くならなきゃいけない!」
白ネギは黒ネギがフェイトを倒していことを聞き、尊敬の眼差しを送る。まあ、実際はそれこそ横島を亡き者にするついでで、結果としてフェイトが巻き添えを食って敗北したというのが正しいのだが、あいにくと白ネギはそこまで知らない。
故に白ネギはただ純粋に、そう、どこまでも純粋にネギを称賛していく。
すると目の前にいる黒ネギがなにかまぶしいものを見るかのように目を細め、手を前にかざしだした。
「……どうしたの?」
「いや、同じ僕なのにあんまり純粋なものだから、思わずまぶしくて……」
黒ネギはこの時白ネギの背後に後光の様なものを見た。
彼はそのあまりのまぶしさに目を焼かれ、同時にかつて――具体的には横島とタマモに出会う前――は自分も純粋だったと過去を懐かしむ。
しかし、ネギは自分が歩んできた道を後悔したりはしない。
日々飛び交う100tハンマー、気を抜けばハマノツルギ、挙句の果てはNの野望天昇記。
以上を表記して三酷使と呼ばれるネギの生活であったが、そんな日常を歩んできた黒ネギは過去に囚われては生きていけないのだ。
そう、彼に後悔する暇などないのである。それが幸せであるか否かは別にしての話だが。
ともあれ、黒ネギは 気を取り直すと改めて白ネギと向き合う。
「僕の事はともかくさ、そっちもすごいじゃないか。闇魔法を会得してるんだし」
「そ、そうかな?」
「うん、僕なんかマスターにダメ出しを食らったしね。絶対に人間辞めるからって」
「……と、ともかくさ。君のほうはなにかそれ以外で新しい魔法か技を会得したの? もしあったら教えてほしいな」
白ネギはなにかとんでもないことを言い出したネギに一瞬絶句したが、とりあえずその事に深く突っ込むことはやめる。
それは実に賢明な判断であったのだが、あいにくと話題をそらすためにふった話題がさらなる混乱を白ネギに呼び込む。
「うーん、僕の技はあまり戦闘向きじゃないよ。お仕置き逃亡用の順逆自在の術とか、小太郎君バリアーとか」
「……き、気のせいかな? 今、小太郎君バリアーって聞こえたような」
白ネギは再び聞こえてきた不穏な内容に絶句し、我が耳を疑う。
だが、それを問いただす前に黒ネギはさらに話を続けた。
「他に魔法だと、マスターからいくつか魔法をパクッったのと、あとは暗黒魔法ぐらいかな?」
「暗黒魔法? 僕の闇魔法とは違うの?」
「ぜんぜん違うよ、僕の暗黒魔法は神の……へぶ!」
白ネギが好奇心に満ちた視線で黒ネギを注視し、黒ネギがそれに答えようとしたその時、突如としてその会話は中断する。
突如として訪れた会話の中断。その原因はネギの頭に振りおろされたアスナのハマノツルギであった。
アスナは剣の平でネギの頭を叩くと、そのそっ首をつかみ自分の目の前にネギの顔を持ってくる。
「ネギ、言っておくけど……まさかこの世界であんたの神とやらを広めるつもりじゃないでしょうね?」
「ま、まさかそんな……だって、こっちで広めたって僕と直接かかわり合いが無いじゃないですか」
「ならいいんだけどね。とにかく、あんたが下手に動くと周りの影響がでかいから気をつけるのよ!」
「いや、そのことならむしろ横島さん達のほうがよっぽど……」
黒ネギとアスナは白ネギをそっちのけで漫才を繰り広げ、完全に置いて行かれた形の白ネギはやや呆然としてしまう。
だが、ネギの襟首をつかむアスナを見て、どの世界でもアスナはやっぱり自分の事を見ていてくれるんだと思わず微笑み、改めて自分の良く知るアスナのもとへと歩いて行く。
そして、ちょうどそんな時、新たなる乱入者が現れた。
「おーう、お前達、なんか昼間ずいぶん面白いことやらかしたみてえじゃねえか」
新たなる乱入者。それはラカンであった。
彼はいつものようにニヤニヤと笑いながら、白ネギ達のもとにやって来る。
「面白い事……ですか?」
「ああ、なんでも街中の賞金稼ぎが謎の少女に撃退されて姿を消しちまったんだが……っておめえ知らないのか?」
「初耳ですけど」
「しかし、発狂した目撃者の証言をかき集めると、その謎の少女ってのが木乃香の嬢ちゃんだって事なんだが」
「木乃香さんですか?」
「え? でも、ウチそんなことやってへんよ」
白ネギ達一同はその話を聞いた瞬間、皆で一斉に木乃香の方を見る。
しかし、木乃香はその視線ただ柔らかく受け流し、首を横に振るだけだ。
ネギ達は木乃香から視線を外すと、わけがわからないという風にラカンを見上げる。
街から賞金稼ぎの一掃、そんな離れ業を木乃香がやってのけるはずがない。というか、むしろそれをやってのけそうなのは目の前にいるラカンである。
白ネギ達は誰もがラカンの発言を酔っ払いのたわごとと思い、次の話題へと移ろうとする。
しかし、その瞬間、どこか能天気で、ぽややんとした声が聞こえてきたのであった。
「あ、それやったのウチやー」
聞こえてきた声、それは間違いなく木乃香の声だ。
しかし、目の前にいる木乃香は首を振る。というか、そもそも声が聞こえてきた方向が違う。
となれば答えはただ一つ。
ラカンを除いた白ネギ達は恐る恐る振り返ると、そこには木乃香と同じで声、同じ笑顔、同じ雰囲気であるにも関わらず、どこか近寄りがたい気配を感じさせる黒ネギ側の木乃香がたたずんでいたのだった。
「えっとさ、木乃香でいいよね? いったい何をやったのか聞いてもいいかな?」
「んー、別に大したことはしとらんよー。ただ、あのおじさん達がせっちゃん達にひどい事しようとしとったから……」
「で?」
「ちょーっとお話して頭を冷やしてもらっただけやー」
一同が凍りつく中、パーティー内随一の勇猛さを誇るアスナが木乃香に問いかける。
すると、木乃香はあくまでも笑みを絶やさぬまま、まるで昨日の晩御飯が何であったかを話す主婦のように、平然と答えたのだった。
アスナは思う。この木乃香はなにかが決定的にこちらの木乃香と違うと。そして、絶対に単純な話し合いではないと考えた。
アスナはそう考えると同時に、木乃香の背後で黒ネギ側の小太郎が何かに怯えるように震えだしたを見て、その予想を確信した。
アスナの目の前には女神のごとく微笑む木乃香。そんな彼女の内面に踏み込むことは地雷原に踏み込むことと同義である。
アスナは戦慄と共に、木乃香越しにもう一人の自分にアイコンタクトを送る。
すると、もう一人のアスナはブロックサインで『触れるな、危険、天地無用。早急に話題を変えろ』と答えを返す。
「なあ、なんで嬢ちゃんが二人? こりゃいったいどういうことだ?」
「いえ、まあ色々とありまして……というか、木乃香さんだけじゃなくて僕やアスナさんに小太郎君、そして刹那さんに茶々丸さんまでいます」
と、その時、事態を把握してないラカンが小首をかしげながら二人の木乃香に視線を送る。
すると、ネギ達は渡りに船とばかりに話題を変え、ラカンにこれまでの事情を説明するのだった。
「なるほど、並行世界の坊主達ね……」
「ええ、それに向こうの僕はすごいんですよ! なんったってあのフェイトを倒してるんですから」
「ほう、それは面白いじゃねえか。興味がわいてきたぜ」
白ネギはまるでわが事のように誇らしげに、黒ネギの偉業をラカンへと話していく。
すると、ラカンも黒ネギに興味がわいたのか、ニヤリと笑うとその黒ネギ達のもとへ向かう。
「えっと……あなたは?」
「ああ、こっちの坊主は俺を知らないのか……俺様の名はラカン。一応こっちではお前のオヤジの仲間だったんだが」
「ええっと……昔日は父が大変お世話になり……アレ? でも僕の所ではどうだったんだろう?」
ラカンは微笑ましく自分に挨拶する黒ネギを見下ろしながら、ふと首をかしげる。
同じネギであるのにドコかが違う。
ラカンの胸にそんな思いがこみ上げる。
確かに外見はそっくりそのまま、服が違わなければ見分けはつかないだろう。
しかし、ラカンはその豊富な人生経験からか、二人のネギ明確な違いを見抜いていた。
そう、彼の目の前にいる黒ネギはどちらかといえばかつての盟友であった白ネギの父親、ナギに近い感じがする。
その上、白ネギのように強さに対する飢え、渇望という物が見えてこない。そうであるにも関わらず、黒ネギから感じる強者としての気配は白ネギに劣るものではなかった。
かつて魔法界を席巻し、その異名を轟かせたナギに近く、なおかつ強さを望んでいるわけでもないのに、スキの見えないたたずまい。
その全てがラカンを唸らせ、興味をそそらせる。
そして、ラカンが興味を持った以上、やる事はただ一つだ。
「さて、坊主……いっちょヤるか!」
「イヤです!」
ラカンはよほど黒ネギと手合わせをしたいのか、実にいい笑顔でネギを誘う。
だが、ネギも伊達に麻帆良で生きてはいない。
ラカンから漂う戦いの気配を感じ取ったネギは間髪いれずラカンの誘いを断り、ラカンに対峙しつつじりじりと後ろに下がる。
ゆっくりとネギを追い詰め、迫るラカン。そしてそのラカンに決して後ろを見せずに逃げるネギ。
二人のやり取りは一見すると、ある特殊な嗜好をもった人が好きそうな状況であったが、ここではハルナが今後の参考までにとスケッチをとる程度済んでいるため、誰もが二人が対峙する様をただ純粋に見届けようとしている。
しかし、その中で今まで肉をむさぼり食っていた白ネギ側の小太郎が、同じように肉をむさぼり食う黒ネギ側の小太郎に不思議そうに尋ねた。
「なあ、なんであっちのネギはラカンのおっさんとの手合わせを嫌がるんや? 願ってもないチャンスやのに」
「……戦いが大好き、つよーなる事が一番……俺らにもそう思ってた時期があったなー」
白い小太郎に言わせれば、ラカンと戦う事はこの上ない修行であり、喜びこそすれ拒否するような事ではない。
事実、白ネギは自ら進んでラカンと戦い、日々研鑽を積んでいる。
そんな白ネギを知るからこそ、白い小太郎はラカンとの手合わせを拒否する黒ネギのことを理解できなかった。
だが、そんな黒ネギの対応は黒い小太郎にとっては当然の事。
朝が来たら東から太陽が昇るかのごとく、決して覆る事のない当たり前の事なのだ。
黒い小太郎は皿の上に特大の肉を載せながら、過去を思い出して遠くを見つめる。
そんな彼の脳裏には、強さを求め、ネギと同じ修行を望んだあげくに成層圏まで飛ばされた過去が浮かぶ。
打ち上げと共にかかるすさまじい荷重、薄れゆく酸素、吐く息すら凍りつく極低温、そして灼熱の炎と共に真っ赤な大地と交わした熱き抱擁。それら全てが文字通り走馬灯になって小太郎の脳裏をかけめげる。
そして、かつての苦行を思い出した小太郎はそっと涙をぬぐいながら、この世界の、まだ穢れを知らぬ真っ白な小太郎の肩をがっしりとつかんだ。
「なあ、そっちの俺……人生平和が一番やで、争いは何も生まへんのや」
白い小太郎は世界は違えど同一人物であるからだろうか、黒い小太郎の一言に抗いがたい不思議な思いを感じる。
だからこそ、本来戦いこそが大好物であった自分がここまで変わった原因を知りたいと思った。
「……えっと、何があったか聞いてええか?」
「人間、知らん方がええこともあるんや……」
黒い小太郎は徐々にラカンに追い詰められつつある黒ネギを眺めつつ、白い小太郎に返す。
だが、白い小太郎はその答えで納得したりはしない。
「せ、せやけど……お前だって俺と同じようにつよーなりたかったから修行したんやろ? せやないと、お前の強さの説明がつかへんで。俺にはわかるで、お前はただもんやない!」
白い小太郎は黒い小太郎に詰め寄りながら、覇気を失った自分を問い詰めた。
なお、その間に黒ネギはついに捕まり、涙目になりながらアスナに助けを求めているが、彼女は見ないふりを決め込んでいる。
「……そっちの俺は自分の意思でつよーなったんやな。けど俺は……俺は気が付いたら結果としてつよーなってたんや!」
「な、なんやそれは! んなふざけた話があるかい!」
白い小太郎はそのあまりにもふざけた答えに激昂し、思わず黒い小太郎の胸ぐらをつかむ。
すると、黒い小太郎はただ悲しそうに目を伏せ、ただ静かにつぶやいた。
ちなみにその頃黒ネギはラカンの攻撃の直撃を食らっていたが、攻撃を食らっている事実にも気付かぬまま、今度はタマモと横島に助けを求めている。
「兄ちゃんとネギの巻き添えで食らう100tハンマー、気を抜けば無装備月面旅行、周囲の警戒を怠ればネギの盾にされ、ネギと一緒に死神に明日の生存確率占ってもらう毎日……」
「は?」
「そんな日常生活の結果が……」
白い小太郎は突然わけのわからない事を言い出す黒い小太郎に目を丸くする。
そして、黒い小太郎は戸惑うもう一人の自分に目で合図を送ると、ついさっきまで黒ネギとラカンが争っていた場所を指差した。
「見たか、これが僕の必殺技『ゴールドラッシュ』だ!」
「アレや……」
黒い小太郎は憂鬱そうに船の一角を指差す。
そこでは無類の強さを誇ったラカンが何故か股間を押さえ、泡を吹き出しながら気絶していたのだった。
「……うん、なんか知らんがよーわかった」
白い小太郎は目を驚愕に見開き、口をあんぐりと開けながら呆然とつぶやく。
そして、文字通りイバラどころか、電流爆破有刺鉄線の道をしたたかに歩み行く、ネギと小太郎の生きざまをその目に焼き付けたのであった。
「嘘よ、なにかの間違い、冗談、夢、幻……」
「えっと……そっちの私はいったいどうしたの? 昨夜からなんか挙動不審というか……」
「あー……うん、ちょっと……いや、かなりショックな事があったみたいでね。立ち直るのにもう少し時間がいるかなーと」
あらゆる意味で衝撃の一日から一夜明け、燦然と輝く気持ち良い太陽の光の中、アスナはなにやらひどいショックを受けているこの世界の自分を見つめていた。
どうやら白ネギ側のアスナは昨夜のショックからいまだに回復していないようだ。
「まあ、うちとこのネギがラカンさんにあんな事しちゃったもんね。ショックを受けても仕方ないか」
「いや、その事じゃないんだけどね。あははははは」
朝倉は完全に勘違いしているアスナに乾いた笑いを浮かべ、ただ誤魔化すのみだ。
まあ、いかに勘の鋭いアスナといえども、よもや自分の期末の成績が原因だとは思ってもみない。
故に彼女は首をかしげつつも、とりあえず気にしない事にし、すでに甲板に集合している横島達のもとへと駆け寄る。
「さて、おまたせ。あとはネギを待つだけね」
「だな、とっとと帰らんとさすがにヤバそうだし」
「この世界にとって私達は異分子以外なにものでもないものね」
横島達は甲板に集合し、まだ来ていないネギを待つ。
そう、彼らは元の世界への帰還を果たそうとしていた。
元々ネギが魔改造したカシオペヤは、霊力と魔力の二つが供給されなければ稼働しないようにできており、ネギの魔力が回復した本日ようやく帰還できる態勢が整ったのである。
とはいえ、まだ肝心のネギが起きてこないので出発することはできないが、その間にそれぞれ別れを済ましていく。
「皆さん、お揃いですかー?」
と、そこにようやく目を覚ましたのか、ネギの声が響き渡った。
「おう、この寝ぼすけめ。みんなもう集まってる……ってどうしたんだ?」
横島達はネギの声を聞くと、船室への出入り口を振り返り、そのまま絶句する。
見れば、白ネギが困ったような顔をしながら気絶している黒ネギを担いでいるのだ。
「えっと、なんだか帰るのがイヤだとか、横島さんがここに残るのなら帰るとか、挙句の果てに横島さんとタマモさんの金銭トレードを……」
「あーうん、皆まで言わなくてもいい。だいたい見当がついた……で、お前さんはネギを強制的に眠らせたと……」
「ハイ……かなりてこずりましたが」
横島達はあまりにも予想通りなネギの行動に思わずため息をつく。
ともあれ、カシオペヤを動かすだけならネギが気絶しても影響は無い。強制的に魔力を吸い出せば済むことだ。
横島は白ネギから黒ネギを受け取り、ため息とともに――
「で、ネギよ……バレないとでも思ったのか?」
――白ネギの手をがっしりとつかんだ。
「えうう! い、いったいなんの事です? ぼ、僕はこっちの僕ですよ……横島さんの事なんか全然知りません」
「その動揺の仕方が何よりの証拠だと思うんだがな……というか、お前ならやりかねんからカマかけてみたらやっぱりかコノヤロウ」
白ネギ、いや白ネギと服を入れ替えた黒ネギは変装を見破られ、完全に動揺してしまう。
横島としては、この手の卑怯くさいやり方手慣れたものであるため、ネギの普段の行動を考慮してカマをかけてみた結果、大当たりだったというわけである。
だが、黒ネギは最後の抵抗とばかりにしらばっくれ続けた。
「あはははは、やだなー横島さん。僕がそんな事をするはずがないじゃないですか、そこで寝てるもう一人の僕じゃあるまいし。ね、アスナさん」
「ふむ……じゃあ確かめてみるか?」
「た、確かめるってどうやって?」
ネギは横島の口調の中に不穏なものを感じ、背筋に冷水を浴びせたかのように嫌な予感に襲われる。
正直、ネギとしては一刻も早くこの場から逃げたいところなのだが、あいにくと横島に捕まっているため逃亡すらできない。
そしてそんな中、タマモとアスナが実にいい笑顔でネギの肩を叩いた。
「簡単なことよ、私のハンマーで打ちのめして、死んだらこっちのネギ先生、生きてたら私達のネギ先生ね」
「ねえネギ、私最近アスナバスターに代わる必殺技を会得したの。地獄の断頭台って言うんだけど……受けてみる?」
「そんな魔女裁判はイヤだー! っていうかアスナさん、それは膝! 膝でやるんですよね!? なんで嬉しそうに剣を取り出してるんですかー!?」
時は現代、されど行われるは中世魔女裁判。
この世界のアスナ達はこの日、中世ヨーロッパの暗黒時代をライブで目撃することになる。
唯一幸いだった事は、白ネギが気絶していたために、この恐怖の宴を目撃しなくて済み、唯一心の平穏を保っていたことであろうか。
なお、他のメンバーについては言及を避ける。ただ、神の声を聞いたものは幸いにも皆無であったとだけ言っておこう。
ともあれ、こうして白ネギ達に騒動とぬぐいがたい傷を与えた黒ネギ達は元の世界へと帰って行った。
そして、横島達を見送ったアスナ達はより結束を固くし、年上のお姉さまとしてネギを正しく導いていく事を誓い合うのであった。
草木も眠る丑三つ時。
日の出と共に起床し、日の入りとともに眠る古の人々は清浄なる深夜をこう表現して眠りにつき、同時にこの時間帯は人ならざるものが蠢く者として恐れてもいた。
しかし、昨今の日本の生活事情においては丑三つ時などまだまだ宵の口、それこそ深夜アニメ、はたまたプロレス関係の番組を見る者は昼間に等しい時間帯となっている。
そしてそれはこの麻帆良でも変わりはない。
それでも絶対数においてこの時間帯に起きているものの数は少数に分類されるのだが、それでもこの麻帆良学園女子中等部女子寮において数人の人間がいまだに起床中であった。
そう、あるものは幽霊となっているが故に、そしてあるものはコミケなるもののネタのために、そしてあるものは神への祈りのために起きていたのであった。
「神よ! 偉大なる暗黒神にして自由なる神よ! 願わくば我の願いを聞き届けたまえ!」
静寂なる女子寮の一室。
一部の例外を除いてほとんどの入寮者が眠る中、今日も今日とてネギ・スプリングフィールドはいつもの如く神への祈りを捧げていた。
「我が願うはひと時の平和! 贅沢を言えば日々の安全保障! というか神様、何故僕の計画は失敗したのでしょうか? 改良型カシオペヤはタマモさんに没収され、もはや僕には打つ手がありません!」
ネギは一心不乱に祈りながら、神の啓示を待つ。
神の啓示を得て万難を排して計画した横島返品計画が失敗した今、ネギは自らの完璧な計画が失敗した理由を神に問う。
そして、そんなネギに再び神の声が聞こえてくる。
<汝の為したいように為すがよい……>
それはネギの信奉する神からの唯一の啓示。
しかし、もはやネギはそれだけでは納得できない。故に彼はさらなる祈りをささげ、時が時ならば聖人として祭り上げられそうなほど自らを昇華させていく。
そして、そんなネギに対してついに新たなる啓示が下りてきたのだった。
<……ただし、自由なるがゆえに責任もまた重し>
あえて意訳しよう。
ようは『自由にやってもいいけど、後は自己責任でね☆』というヤツである。
そしてそれを聞いた瞬間、ネギは真っ白に、それはもう灰よりも真っ白に燃え尽きたのであった。
「うわぁぁぁぁぁん! 神様のバカー!」
その日、ネギの中で絶対と思われた信仰がわずかに揺らぐ。
案外この日を境に未来の何かが変わるのかもしれないが、それはまさに神のみぞ知るというやつであろう。
そしてこの日、ネギは枕を涙に濡らしながら眠りにつく。
そんなネギを空に浮かぶ月は『またおいで』と言わんばかりに、ただ静かに見守っているのだった。
end
ここは魔法界にてネギが拠点とする飛行船の甲板。
そこでは茶々丸がただ一人、静かに月を見上げている。
「……異世界の私ですか、不思議な体験でした」
茶々丸は静かに月を見上げつつ、昨日からの一連の事件を思い出す。
そして、彼女は異世界の自分から受け取ったメモリーの中の一角に大切にしまわれたファイルを再生する。
そのファイルは受け取ったメモリーの中でも最大の容量を誇り、茶々丸のデータベースを圧迫していたが、彼女はそれを破棄しようとは思わない。
そして、彼女はそのファイルを再生し終えるとゆっくりと目を開け、満足そうひとつ息を吐く。
「マスターにはまだこんな可能性が……私はまだ甘かったのですね?」
茶々丸は静かにそう呟き、ぎゅっと拳を握る。
彼女は今、蒙を拓かれ、精神的な革新を果たしていた。
ちなみに、今まで茶々丸が再生していたファイルは異世界の茶々丸秘蔵の『コスプレエヴァ愛蔵版』である。
その厳選されたエヴァのコスプレ、衆人環視の中コスプレを決めた状態の中で正気を取り戻すエヴァの表情。それら全てがこの茶々丸を完全に魅了していたのだ。
「見ていてください、異世界の私……私もまたマスターの素晴らしき姿をこのメモリーに納めていきます」
完全に毒された茶々丸は異世界の自分と、空に浮かぶ月に対して誓うようにつぶやく。
そしてそれと同時刻、麻帆良学園では――
「!?」
「ン、ドウシタ?」
「いや、なんだか非常に嫌な予感がしたんだが……まあ、気のせいだろう」
――未来において悲劇が確定した少女が原因不明の悪寒に襲われていたのだった。
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