二人?の異邦人IN麻帆良 NEXT


(エイプリルフールお詫び記念、特別企画シリーズ)

「もしも原作のあの場面に異邦人のキャラがいたら」


※注意:この話に出てくるフェイトは1話のフェイトとは何の関係もありません。



―――第三話 「悪魔の契約」―――






 ここはかつて大戦の主戦場となり、そのあまりの荒廃によって捨て去られた都オスティア。
 しかし廃都であるにも関わらず、この都市は今未曽有のにぎわいを見せていた。
 その理由としては、ここが正確には廃棄された都ではなく、破棄された都市の上空に浮かぶ新しい空中都市であることがひとつ。
 だが、何よりもこの新都市で世界規模の拳闘大会が開かれることが、このにぎわいの最大の理由であることは疑いない。
 周囲を見渡せば、露天商が大会観戦目当ての観光客を相手に己の技術とプライドを賭けた珠玉の商品を売り込み、その声に足を止めた観光客は商品を手に入れるために己の誇りと財布の紐を賭けて値切り交渉を行っている。
 また、ある場所では大会の参加者であろうか、見るからに脳みそキンニクンという感じの二人が乱闘を繰り広げ、警備隊が殺到するという微笑ましい光景もそこかしこで見られていた。
 だが、そんな光と活気のあふれるこの都市において、たった一か所だけ周囲の空気も読めずにどん底ともいえる闇を振りまく空間があった。
 その場所は新都市においてもっとも見晴らしの良いカフェテラス。
 本来なら観光客はもとより地元カップルまでもが利用する光と平和、そして愛に満ち溢れた穏やかな空間のはずだったのだが、とある一つのテーブルに座っている客のせいで暗黒と闘争、そして憎悪に満ち溢れた空間に変わり果てていたのだった。


「なん……だと……」

「聞こえなかったのかい? じゃあもう一度言うよ」


 光溢れる空間がなぜ闇に落とされたのか、その原因はただ一つ。ネギが宿敵であるフェイトと遭遇したからである。
 この運命的な出会いより、周囲は闇の渦に包みこまれ、二人の会話が進む時間に比例して元々いた客達は逃げ出していく。そして現在、人払いの結界を張ったわけでもないのに周囲の人々は本能的な危険を感じてこのこの空間を避け、隣接する商店の店主は涙目となっていた。
 そんな感じで期せずして周囲に経済的損失を振りまく二人であったが、当の二人は涙目の店主達を無視し、紅茶を乗せたテーブルを前に差し向かいで会話を続けていく。その中でも冷静なフェイトと違ってネギの醸し出す怒りは凄まじい。
 そもそも、本来温厚なネギがここまで怒気を表に出すことは珍しいのだが、それにもまた理由がある。
 

「お姫様を引き渡しもらいたい。そうすれば君達を元の世界に戻してあげよう……」 


 ネギが激怒した理由、それはこのフェイトの発言であった。
 だが、ネギの怒りも無理もないことであろう。なにしろお姫様、つまりネギの生徒でもありパートナーでもあるアスナを自分たちの安全と引き換えに引き渡せと言われたのだから。
 これで怒らなければネギは主人公失格である。
 ただし、主人公としての資格は満たしているのだが――


「あの……タマモさんと横島さんに負からない?」

「は?」


 ――教師失格&人間失格であることは間違いないであろう。

 フェイトは予測の斜め上を行くネギの発言に思わず口をあんぐりと開け、呆然とした声を上げる。
 そもそもフェイトの考えでは最初に無理な要求を突きつけ、それをネギが突っぱねた所で本来の要求に関わる交渉をする予定だったのだが、まさかこの段階で交渉に乗ってくるとは思いもよらなかったのだ。
 おまけにアスナを差し出せと言ったら、ネギはアスナはダメだがタマモと横島とか言うフェイトが聞いたこともない人物を代わりによこすと言ってくる。
 ネギのこの提案がフェイトに隙を作らせるための交渉術だとしたら大した物なのだが、あいにくと闇を背負いながら期待に満ちた表情を見る限り、間違いなく本心であろう。
 フェイトとしては、ネギが手を出してこないならそれで充分であるため、先ほどのネギの要求を聞き入れてもいいのだが、要求を聞き入れた場合とんでもない不幸が身に降りかかりそうな予感がひしひしと感じられらためにネギの提案を却下の方向で考えをまとめる。そして襲い来る頭痛を必死にこらえつつ、とりあえず先ほどのネギの発言を聞かなかったことにして話を進めた。


「そ、それはともかく。お姫様がダメだと言うなら……」

「ねえ、アスナさんじゃなくてタマモさんと横島さんじゃダメ? なんなら三か月、いや二か月でいいから引き取ってくれない? 今ならデジャブーランドのパスと洗剤も付けるからとってもお得……」

「ええいうるさい、君はいつから新聞の勧誘員になった!」

「ファラリス教団への勧誘だったら365日、常に行ってるけど?」

「ああ、会話がなんか変な方向にー!」


 フェイトはどうしても会話がかみ合わないネギに頭を抱えて机に突っ伏す。
 本来こういう仕草は彼のキャラに合わないのだが、先ほどまで広がっていたドロドロとした闘争と憎悪の空間が瞬く間に間抜けな空間に変わってしまったため、彼は普段見せない表情をしながらブツブツと何かをつぶやく。
 今この姿を彼の部下が見たらなんと評すだろうか、実に考え深い命題と言えるだろう。
 ともあれ、いつまでもこうしているわけにはいかない。
 フェイトが今回ネギに接触した目的はネギの無力化。
 そのためにわざわざ高価かつ強力なアイテムまで取り寄せたのだから、このままひっこむわけにはいかない。
 だからフェイトは痛む頭と、全身をさいなむけだるさをこらえ、まるで太平洋戦争直前の日本外交使節のごとく悲壮な決意を胸に秘めて交渉を続けた。
 ただし――


「とにかく、話をつづけるよ。お姫様がダメなら、僕たちがこれからすることに手を出さないと約束するなら君達全員を無事元の世界に戻してあげよう」

「あ、いいですよ」


 ――その決意はネギのえらく軽い、軽すぎる答えの前に霧散するのであった。
 フェイトは予想と違いすぎる――最終的にはこちらの条件を飲むと予想していたにも関わらず――あまりにもあっさりと返ってきた返答に呆然としてしまう。


「えっと……正気かい? 僕たち、これからこの世界で混乱を、それこそ戦争を起こそうって計画してるんだよ?」

「けど、僕たちが君達を妨害しなければ『僕の』安全が保障される。まさに正当な取引じゃないか……返答になにか不満でも?」

「いや、確かに君たちが邪魔しないと言うなら……というか、正直手を出す暇がないと言うか……願ったりなんだけどなぜか納得できないと言うか……」


 表情を崩さぬまま、優雅に紅茶を飲みながらフェイトを見据えるネギ、そのブレのないしぐさにフェイトは思わず気押され、言わなくてもいい一言を言ってしまう。
 するとネギはティーカップに隠れた口元をニヤリと歪ませ、カップを静かにテーブルに置くと足を組み、椅子の背もたれに体重を預けながら両手を膝の上で組んだ。
 その仕草は本来あどけなさを前面に出す可愛らしい子供であるにも関わらず、まるでどこかの奇妙な冒険の吸血鬼の様に高潔さと狡猾さ、そして非情さが垣間見えるような気がする。


「ふむ、僕が無条件で君の要求を飲むのは納得できない……と」

「さすがにこんなにあっさりとOKがもらえるとは思ってなかったからね……裏に何かあるんじゃないかと思うのは当然だろう?」

「そうか……ならば納得できるように条件をつけるよ。なに、この要求を飲めば僕達は君に手を出さない事を確約する」

「それは助かるよ……ってアレ? なんで僕が条件を突きつけられてるの?」


 フェイトは今更ながら立場が逆転していることに気づき、首をかしげる。
 しかし、ネギはそんなフェイトにお構いなく、ただ冷然と自らの条件を突きつけた。


「僕の出す条件はただ一つ、横島さんとタマモさんをそっちで引き取ってもらいたい……ただそれだけだ」

「いや、だからなんで君が条件を出してるんだ! というかさっきから言ってるその横島とタマモって誰だよ!」

「そんな些細なことはどうでもいいじゃないか。それにいいのかい? もし君がこの条件を拒否すると言うのなら僕達、主にタマモさんと横島さんが全力で君に敵対することになる。ただでさえでも僕達にかまう暇がないんだろう? それは君にとってかなりの損失じゃないかな?」


 ネギがフェイトに突きつけた要求、それは自らの天敵である横島とタマモをフェイトに押しつけようとするものだった。
 ただし、このネギ発想はなにも横島とタマモの二人の所業に耐えかねて放出するという、外道の思考から生まれたものではない。そう、その考えはせいぜい80%ぐらいしかないのだ。
 確かにネギのこの要求をフェイトが飲めば、ネギ達は無事麻帆良に帰る事ができ、フェイトもネギに気を回す必要がなくなった事によって計画に全力を注げることが可能なように見える。
 しかし、横島とタマモを抱えたフェイトはまず確実に超鈴音の様な目にあい、計画が綿密であればあるほど理不尽かつおバカな理由で物心両面から計画が瓦解していくことは火を見るより明らかだ。
 ネギはこうして一見外道な提案をしているように見せかけつつ、『立派な魔法使い』を目指す少年にふさわしく、この世界の平和と、主に自分の身の安全のために心を鬼にしてフェイトとの交渉を続けているのだった。
 もっともフェイトの弱みに付け込み、自らの障害を取り除きつつ、あわよくば自らの平穏を獲得するという行為が『立派な魔法使い』としてふさわしいかと問われると、いささか首をかしげざるを得ない。
 しかし、麻帆良での生活でで人類としての枠を超えるほど心身ともに鍛え上げられたネギは、自らの安全のためにはストレイッツォでなくても容赦はなかった。
 その一方で、何故か立場が当初と180度変わってしまったフェイトは、自らを見据えるネギのまとう闇の迫力に幻惑され、ネギから出された条件を真剣に検討していた。
 すでにこの段階でフェイトは、完全にネギの手のひらの上でもてあそばれていると言っても過言ではないだろう。
 そして、フェイトの不幸は横島とタマモの存在を知らなかった事である。
 もしフェイトが横島とタマモの存在を、そしてその生態を知っていれば一考することなく拒否していただろう。
 しかし、フェイトは二人の危険さを知らない。
 それ故に彼は最悪の決断をしてしまう。それがネギに誘導された答えであるとも知らずに。


「わかった。君の条件を飲もう……君の言う二人を僕が引き取り、その見返りとして君は僕達に手を出さない……これでいいんだね?」

「いや……まだ足りないよ」


 机の上の紅茶はすでに冷め、湯気も上がらなくなったころ、フェイトはネギの条件を飲むことを告げた。
 しかし、ネギは膝の上で組んでいた両手をテーブルに置き、左手の肘をテーブルにかけた状態で頬杖をつく。そして右手の人差し指ででトントンとテーブルを叩きながらつぶやくのだった。


「どういうことだい? 君の要求は全部飲んだはずだ」

「Pleas(お願いします)……」

「は?」

「人にものを頼む時にはPleas(お願いします)を付ける……それが礼儀だよ」


 ネギはもはやどこの悪の組織の大総統かと言わんばかりに、真黒な闇を背負いながらフェイトを追い詰めていく。
 そして、自らの闇にフェイトが首までつかっていることを確認するとニヤリと口元を歪め、パンと手をたたくと右手の人差し指を立てた。


「さあ、もう一度だ。今度はちゃんとPleas(お願いします)を付けて……そう、親にお小遣いの交渉をする子供のように……Pleas(お願いします)と」


 普段のフェイトであればネギのこんな要求など一蹴していた。
 しかし、今のフェイトは最初のおバカな交渉のおかげで会話の主導権を握られ、今にいたってはネギが醸し出す闇に完全にとらわれてしまっている。
 そのため、彼はしばしの葛藤の末にその言葉を口にする。そしてそれはフェイトが完全にネギに屈したことを意味していた。


「P……Pleas(お願いします)……僕達に手を……手を出さないで」

「結構、大変結構だよ。今この瞬間、君と僕の契約は交わされた」


 ネギはフェイトが屈したことを確認すると愉悦の表情を浮かべながらゆっくりと、ただ単調に手を叩いていく。その姿はまるでファウスト博士と契約する悪魔メフィストフェレスのようだ。
 そしてどこか打ちひしがれたフェイトとは対照的に、ネギが満ち足りた表情で席を立とうとしたその瞬間――


「何勝手に私達を取引材料にしているかー!」

「へぶぅぅぅー!」


 ――目にもとまらぬ速さで金色の影が大上段に振りかぶったナニカに叩きつけられ、石畳をぶち抜いて地面深くめり込んだのであった。
 そして、突然の展開についていけず、呆然とするフェイトの前に20歳ぐらいの青年、横島が刹那を伴って姿を現すと、地面深くめり込んだネギの頭を片手でひっつかみ、まるで野菜を引き抜くかのように無造作に引き抜く。


「くぉらネギ! 貴様美神さんじゃあるまいし俺を勝手に売りさばくとはいったいどういう了見じゃー!」

「ネギ先生……私と横島さんを引き裂くつもりなんですね……そうなんですね?」


 横島はフェイトをそっちのけで掘り出したネギの襟首をつかんだままガクガクとゆさぶり、刹那は抜き身の夕凪を握りしめながら目に涙を浮かべてネギを睨みつける。
 そしてネギの契約に逆らうかのように右手で横島の服の裾をつかんで離さないあたり、実に微笑ましいと言うか可愛らしいのだが、手にした夕凪がザクザクとネギに突き刺さっているのに気づいていないのがちょっと怖かった。
 もっとも、ネギにしても夕凪が刺さる程度で怪我をするほどヤワではないため、流血沙汰になっていないのであまりスプラッターな光景に見えない。
 横島に首を絞められたまま、タマモと刹那に包囲されるネギ。そんなカオスの空間の中、とりあえず真っ先に正気に戻ったのはこのメンツに対してもっとも関わりの薄いフェイトだった。
 フェイトはなんだかよくわからないが、このままここにいたらまずいと本能的に感じ取り、横島達に気取られぬようにこの場を後にしようとする。
 しかし、そんなフェイトの行動の機先を制するかのように、本来あわよくば手に入れられたらと願った少女、神楽坂アスナがこの場に乱入し、それに気づいたフェイトは思わずその体の動きを止めてしまう。
 そしてそれはフェイトにとって致命的なミスであった。


「横島さーん! 持ってきたわよー!」

「おお、ナイスだアスナちゃん」


 アスナは横島達のもとに来ると、肩に担いだ一抱えもある巨大な鉄塔の先端部を地面に置いた。
 そして横島はそんなアスナに一言礼を言うと、手際よく刹那が差し出した呪縛ロープでネギをぐるぐる巻きにし、そのついでとばかりに事態についてこれてないばかりにタマモによって捕えられたフェイトも鉄塔に縛り付けていく。


「ちょ! 横島さん、なんでこんなことをー!」

「貴様がそれを言うか! だいたいこっち来てから事あるごとに俺を亡き者にしようとしたのはいったいドコのドイツじゃ!」

「ちょっと前にはわざわざ私たちの居場所を北の都市で官憲に通報してくれたわよね。しっかりと賞金を受け取って……」

「しかも横島さんが引っ掛かりやすいように、美人に弱いという弱点まで漏らしたようですし……」

「そ、それは……奴隷にされたアキラさんや泉さん達を解放する資金を得るために涙を飲んで! 横島さんたちならきっと無事に逃げだせると信じてましたよ!」

「ああ、その信頼に応えて脱獄した結果、俺とタマモの賞金が跳ね上がり、1km歩くごとに最低3チームの賞金稼ぎが戦いを挑んでくれたぜ」

「ちょっと待て、少し前に北の都市で治安部隊と賞金稼ぎのギルドが壊滅したニュースが流れたけど、まさか……」

「そのまさかじゃ! というわけで今度こそ月面旅行に行ってきやがれ!」

「いやちょっと待って! 月っていったい何? というか何で僕まで?」

「やかましい! 死なば諸共、呉越同舟じゃー!」


 横島は疑問の声を上げるフェイトに構うことなく、鉄塔に埋め込んだ文珠を発動させようとする。
 だが、ネギとてただ発動を待つほど愚かではない。
 幾度も宇宙に打ち上げられたネギは、すでにこの状態からでも逃げ出す切り札を持っていたのだ。
 しかし――


「じゅ、順逆自在の術ー!」

「無駄だ! 順逆自在の術返し!」


 ――ネギの切り札は横島によってあっさりと切り返され、ネギと横島が入れ替わった瞬間、横島の切り返しによって元に戻ってしまう。
 そして、ネギが定位置に戻った瞬間、無慈悲にも横島の仕込んだ文珠が発動し、哀れネギは宿敵であるはずのフェイトともども月へ向けてまっすぐ宙へと飛んでいったのであった。


「よし、悪は滅びたぜ!」

「あ、悪と言う部分が否定できない……」


 煙を吹き出しながら宇宙へと飛び立つネギとフェイト。
 地上ではもはや点になった二人を見上げつつ、アスナが一人頭を抱えるのであった。


「いやぁぁぁぁー! なんで僕までこんな目にー!」

「大丈夫、すぐ慣れるよ……それにほら、僕みたいにファラリス様の教えに帰依すればこの程度平気平気」

「絶対に嘘だろ! というか、燃える、体が燃えるー!」

「うーん、今日は角度がきついせいかちょっと暑いかなー」

「熱い……熱いのに寒い……暗闇が周囲を覆って……」

「さあ、フェイト・アーウェルンクス。今こそ闇の中に光を見るんだ、その光こそ僕の自由なる神ファラリス様だ。耳を澄ませば聞こえてこないかい? 偉大なる神の声が」


 フェイトはネギと共に月の引力に引かれて宇宙を旅していく。
 その過程で宇宙空間であるにも関わらず聞こえてくるネギの説法を聞き、聞きたくなくても聞こえてくるのでやがてフェイトは考えるのをやめる。
 そして、再び地球へと迫り、大気圏に突入する炎の中で、彼ははっきりと声を聞いたのだった。


 『汝の為したいように為すが良い』――と


 


end
    


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