ピピピピ・ピピピピ・ピピピピ
現在の時刻は午前八時、横島の枕元では彼を眠りから覚ますため、今日も律儀に目覚まし時計は仕事を始める。
横島は目覚ましを止めるため、枕元を手探りで探す。
「はいはい、今起きますよ……ってそういえば俺、目覚ましなんかかけたっけ?」
横島は目覚ましをセットした覚えがないため首を傾げるが、いつまでも鳴らしたままでいるのは煩いため、枕元を手探りで探し出す。
そして、スイッチを押した瞬間聞きなれた声が耳朶をうった。
「ふぉっふぉっふぉ、おはよう横島君」
それは学園長の声だった。
「学園長……これはなんの悪ふざけっすか」
横島はさも不愉快と言う感じで答える。朝も早くから美女の声で優しく起こされるならともかく、枯れた妖怪爺さんの声で起こされたのならばそれも無理もないことであろう。
まして、横島が麻帆良学園に来てからというもの、毎朝自分を起こすのはタマモの役目であり、横島は何気にそれが気に入っていたのだからその不愉快さも倍増すると言うものである。
「いや、ちょっとした緊急用連絡回線じゃよ」
「緊急ねー、電話じゃだめだったんすか?」
「ちょっとした遊び心というヤツじゃ。まあ、それはともかく横島君に指令を伝える」
「指令って、どこぞのスパイ映画じゃあるまいし、そもそもいつの間にこんな仕掛けを?」
横島は学園長の悪ふざけに頭痛を感じて頭に手をやった。
「まあ、細かい話はおいといての。指令の内容じゃが、横島君には準備が出来次第京都へ行ってもらいたいんじゃ」
「京都っすか? そこってたしかタマモ達が修学旅行で行ってませんか?」
「うむ、先日刹那君から連絡があっての。どうも木乃香がさらわれかけたらしい。タマモ君の機転で奪還したらしいが、その後も狙われる可能性が高い」
「で、その増援にいけと?」
「そうじゃ、昨日君以外の魔法使いにも当たってみたが、他の魔法先生は動けんのじゃ。とにかくこっちの手札は今のところ横島君だけじゃ、すまんが行ってもらえんかの」
「そういうことならいいっすけど、木乃香ちゃんを守ればいいんすか?」
「むこうの狙いはおそらく木乃香じゃ、すまんが頼む」
横島は、しばしの間、眉間にしわを寄せて黙考する。
(ふむ、京都といえば舞妓さん! 昨日のささくれだった俺の心を癒すためにもこれは是非行かねば!!)
考えていることは実に横島らしくアレではあるが、ともかく横島は学園長の依頼を受けることを決め、通信を終えた。
「ふう、とっとと準備をせんとなー……そういえば襲われたとか言っていたけど大丈夫か? 主に敵が……」
どうやら横島はタマモのことを良くわかっているようである。
「まあ、さすがに命がどうこうとまではいかんだろうが……執行猶予期間であることだし、ウチのお姫さんのご機嫌伺いのためにもお土産に油揚げでも持って行ってやるか」
横島はそうつぶやいて台所に向かおうとした時、再び目覚まし時計から学園長の声が響いた。
「お、そうじゃ。大切なことを忘れとった」
「なんなんすか、突然」
「うむ、それは……」
「それは?」
「この時計はあと3秒後に爆発する」
一瞬の空白の後、目覚まし時計のデジタル表示がカウントダウンされていく。
3
「まてやジジイ!」
2
「やはりこの手の締めはこれでいかんとのー、というわけで後はたのんだぞ」
1
「だからマテやゴルァ! 普通10秒とかだろうが! 3秒なん」
0
ZDUUUM!
カウントがゼロを表示したのと同時に、すさまじい閃光と爆発音が麻帆良の朝に響き渡った。
「あんのクソジジイ! ぜったい復讐してやるー!」
横島は無傷であった、蘇生する必要もないぐらいに……
ちょうど同じころ、京都の片隅にある家で二人の少年が途方にくれていた。
少年達の目の前では、メガネをかけた少女と、和服を着崩した女性がなにやら濃い影を背負って部屋の隅で壁に向かって蹲っていた。
「ウチは何も見ていない、ウチは何も見ていない、ウチは何も見ていない、ウチは何も見ていない、ウチは何も見ていない……」
「あは、あははははは……もう少しや、もう少しでお嬢様を……ヒィ! 来るな! 来るんやない! いや、いややーハンマーはいややー!」
どうやらこの二人は心になにやら重大な傷を負ったようである。
「……なあ、新入り。千草のおばはんと月詠の姉ちゃんにいったい何があったんや?」
「わからない、式神の報告では要領を得なかった」
ニット帽をかぶったいかにも腕白小僧という感じの少年が、傍らにいる無表情な白髪の少年に話しかけるが、彼はそれに淡々と答えるだけだった。
「しっかしこのままじゃなにも出けへんやろ、俺とお前だけじゃ人手が足らんで」
「そう……なんだけどね、かといって彼女たちはこのままじゃ使い物にならないみたいだしね」
「なんとかならへんか?」
「そうだね、記憶を封印するしかないか……」
白髪の少年は何かに疲れたのか、大きくため息をつくと、彼女たちの記憶を操作するためにゆっくりと近づいていくのだった。
ちなみにこの時、無表情なはずのその表情は、何故か妙に嫌そうにしていたという。
やはりこの少年でも、この壊れ空間に挑むのはためらわれるものだったのであろう。
第14話 「決戦シネマ村」
「ほー」
「すごーい!」
「きれいねー」
「似合ってるなー、おっと写真っと」
「本当にお姫様みたい……」
「すばらしいですわー」
上から長谷川、村上、那波、朝倉、ザジ、あやかの発言である。
彼女達は一様にほうけた様に口をあけ、目の前の人物に見惚れていた。
「なんかテレくさいわね、そう見つめられると」
皆の視線の先では、タマモが十二単を着て照れくさそうに座っていた。
彼女達は現在シネマ村に来ており、来てそうそうに朝倉の提案により時代物の服装に着替えていたのだが、タマモの衣装を見て3班の皆は感嘆のため息を漏らした。
そのタマモの周りでは3班のメンバーだけでなく、実際に彼女に着付けをした従業員の女性達も一様に見惚れている。
本来、日本人の黒髪に一番映えるはずの衣装なのだが、タマモが着るとまるでその金髪のためにあつらえたかのように調和するのだ。
まさにかつての傾国の美女がここに復活である。
「タマちゃんいいねー、その感じ。あ、顔こっち向けて、写真撮るから」
朝倉はそういうと手にしたデジカメでタマモの写真を何枚か撮っていった。
「これでよしっと、後でプリントしてあげるからね。家でタマちゃんの兄さんに見せるといいよ」
「ありがとう朝倉。けどやっぱ重くて動けないわ、この衣装。別のにしよっと」
「えー脱いじゃうのー、もったいないー」
「だって動けないし、これじゃあ外歩けないわよ……あ、これにしよっと」
村上の不満そうな声に答えるタマモだったが、そしてしばらく見渡した後、手に取った衣装は巫女服だった。
「あ、それもいいですわね……どうしたんですのタマモさん」
巫女服を手にして何か懐かしそうな顔をしているタマモに、あやかが不思議そうな顔をする。
「なんでもないわ、前にいたところでこの服を着てた人がいたのを思い出したの」
「巫女さんだったんですの?」
「まあ、そんなもんね」
タマモはすこしごまかすように答えた後、再び試着室へと入っていった。
「このかお嬢様を賭けて勝負どすえー」
「お嬢様は絶対に渡さない!」
タマモが着替えて外に出ると、そこでは新撰組の格好をした刹那とお姫さまの格好をした木乃香、そして貴婦人の格好をした月詠剣呑な雰囲気で対峙していた。
「ど、どういう状況なの?」
タマモの目の前で繰り広げられる百合ちっくな光景に戸惑っていると、いつの間にか早乙女達を筆頭にした3−Aのメンバーが集合してきていた。
その彼女たちは、なにやら刹那と木乃香の愛を応援すると息巻いている。
「刹那……私は別に気にしないけど、世間的にレズはどうかと思うわよ」
「ちがいますー!」
「今の状況を見たら、誰だって否定できないと思うけど」
「え?」
刹那はタマモに言われ、改めて自分の状況を見る。
その状況とは、刹那はしっかりと自分の胸に木乃香を抱きしめていた。
たしかにこの状況は百合要素満載である。
「ですからそれは誤解ですー! 私は純粋にお嬢様をお護りするために!」
「はいはい、わかったから。とにかく向こうが指定した場所へ行きましょ。まったく……こんなところで妨害するなんて、つくづくこの前とり逃したのは痛かったわね」
「タ、タマモさん、一般の人もいますので派手なのは控えてくださいね。お願いですから」
刹那は念を押すようにタマモに言い、深いため息をついた。そしてまるで月詠達の冥福を祈るように黙祷を捧げるのだった。
タマモたちは委員長たちを引き連れ、指定の場所である日本橋へ向かっていた。
途中、タマモは朝に分かれて関西呪術協会へ親書を届けに行ったネギの状況を刹那に聞く。
「そういえば、ネギ先生はどんな感じなの? 式神飛ばしてたから状況分かるでしょう」
「ネギ先生ならとりあえず無事です。途中に敵に襲われましたが無事に撃退出来たようですし。もっとも今は動きが取れない状況のようですが」
「ふーんネギ先生もなかなかやるじゃない、たくましくなったもんねー」
「……戦闘中に泣きながら『タマモさんの折檻より温い!!』って叫んでましたけど……いったい何やったんですか?」
「聞きたい?」
「遠慮します……」
刹那たちがネギのことについて話していると、ちょうど話題のネギの式神がタマモ達に近づいてきた。
「刹那さん! いったい何があったんですか?」
「あの女剣士が仕掛けてきたのよ、今決闘場へ移動中よ……おまけが大量にくっついてるけどね」
タマモの説明に、ネギが刹那の影からこっそりと後ろを見ると、あやかを筆頭に3−Aの大部分がついて来ていた。
「あの……ついてこられるとまずいんじゃ……」
「けど、今更追い返すことも無理ですね。派手な技は控えてやるしかありません」
そんな話をしながら歩いていると、やがて決戦の場、日本橋に到着した。
そこにはすでに月詠が橋の上で待ち構えていた。
「これは楽しくなりそうどすな、刹那センパイ」
「せっちゃんあの人、なんか怖い……気をつけて」
「安心してください、このか嬢様、何があっても私がお嬢様をお守りします」
月詠におびえる木乃香に、刹那は笑顔でかえした。
一方、タマモは自分を無視して刹那にむかって喋る月詠に呼びかける。
「月詠とか言ったかしら、この前あんな目にあったのによく敵対する気になったわね」
タマモは氷のような視線を月詠に向けるが、当の月詠はキョトンとした顔をして、不思議そうな顔でタマモを見返した。
「あの〜、どこかでおーたことありましたか?」
月詠はまるで今初めて出会ったかのように、不思議そうな顔をして首をかしげている。
「どういうこと?」
「たぶん、記憶を封印したんじゃないかと……あまりの恐怖に出会うと、人間は自己防衛で記憶を封印するらしいですから」
実際には彼女は仲間の手により記憶を封印されているのだが、そんなことはタマモ達の知る由ではない。
したがって、彼女がタマモのことを覚えていないのは、自己防衛によるものだと認識したようだ。
「なんやよーわかりまへんけど、そろそろいきますえ。ひゃっきやこうー」
月詠が内輪でもめているネギ達を尻目に、式神を大量に召還する。
ただし、外見はだれがどう見てもまごうことなきぬいぐるみの群れであったが。
召還されたぬいぐるみは刹那たちではなく、あやか達に群がりだし服を脱がしていく。
あたりは早くも女生徒の悲鳴がとびかう阿鼻叫喚の地獄絵図……一部男性にとっては眼福の状況となっていった。
そのころ、刹那は騒ぎにまぎれてネギの式神を等身大にしていた。
「ネギ先生、お嬢様をよろしくお願いします。私は月詠を押さえます!」
「私はアヤカ達を何とかしてくるわね、ちょっと見るに忍びない状況だし」
「はい、では木乃香さん行きますよ!!」
ネギは木乃香を引きつれ、騒乱の現場から離れていった。
「それでは刹那センパイ、いきますえー」
刹那と月詠の戦いが始まった。
そのころ、あやかは周囲にあふれるヌイグルミの中に、木乃香をつれて逃げ出そうとするネギを見つけていた。
「あれ、ネギ先生がお姿が……」
「あ、いいんちょ危なーい、なんかでっかいカッパがー!!」
ネギを見かけたことにより視線を敵からはずしたあやかに、人間大のカッパが迫ろうとしていた。
だが、それを警告した早乙女の声に反応したのは意外にもこの人物だった。
「私はカッパじゃありませーん!」
月詠と壮絶な殺陣を行っている刹那が、カッパという言葉に反応して思わず怒鳴り返していた。
「刹那センパイ、どうしたんどすか? 突然叫んで」
「いや、なんか無性に怒りがこう胸の奥から……」
「ともかく、いきますえー」
一瞬、動きが止まった二人だが、再び戦いは加熱していった。
一方、当のあやかは『雪広あやか流 雪中花』などという合気道に近いような技でカッパを撃退していた。
「ホホホ、着ぐるみごときで私のあいてをしようなどとはおろかな! 私とネギ先生の間にはどんな障害も無意味ですわー」
カッパを撃退し、高笑いを続けるあやかだったが、その高笑いは長く続かなかった。
なぜなら、上空に今まさに彼女の上に落ちようとする巨大な招き猫の影が現れたのだ。
「それより、今ネギ先生が……ネコ?……ふぎ!!」
無情にもあやかの上に落ちてくる招き猫、あやかはしばらくもがいていたが、やがてその動きは小さくなり、最後には動かなくなっていった。
「まったく、なにやってんのよアヤカ」
そこに巨大なハンマーを手にした金色の戦士が舞い降りた。
タマモは招き猫を弾き飛ばしてあやかを救出する。
「タ、タマモさんありがとうございました」
「どういたしまして、さて……のこりの着ぐるみちゃっちゃとかたすわよ。ついてこれる?」
「はい、負けませんよ。先ほどの屈辱は倍にして返して差し上げます」
「その意気よ、アヤカ」
昨夜に引き続き、再び結成されたタマモ&あやかコンビは圧倒的な強さで敵を殲滅していくのだった。
しばらくの戦闘の後、周りにいた観客が城の天守閣を指差して声を上げだした。
すると、刹那に向かって天守閣のいる昨夜の猿女こと天ヶ崎千草が叫んだ。
「きーとるか桜咲刹那! この鬼の矢が二人を狙っているのが見えるやろ! お嬢様の身を案じるなら手は出さんとき!!」
「お嬢様!」
「ちぃ、あいつも復活していたの!」
タマモと刹那が天守閣の方を見ると、そこには翼を持った鬼の式神が弓に矢をつがえて木乃香とネギを追い詰めているところだった。
「刹那! 月詠とか言うのは私が抑えるから木乃香を!!」
「お願いします、タマモさん!」
刹那はタマモにそういうと、すぐに木乃香の元へと向かっていく。
「あ、刹那センパイ!」
月詠は刹那に追いすがろうとしたが、月詠の前に巨大なハンマーを手にしたタマモが立ちふさがった。
「さて、アナタの相手はこの私よ。どうやらこの前の事を忘れているみたいだけど、あの時の恐怖、思い出させてあげるわ」
タマモは月詠の目を見、すぐに幻術をかける。
すると、月詠は突然頭を抱えてうずくまり、なにかを叫びだした。
「ひやー! 来る、ハンマーが来るー! 堪忍してーな。ああ、金色の悪魔がー!!」
タマモの幻術にかかった月詠は、あの時の恐怖を追体験しているようだ。
剣の鬼、月詠をしてこれほど脅えさせる幻覚とは果たしてなんであろうか、少なくとも体験して気持ちのいいものではないことは確かであろう。
「タマモさん……この人はいったいどうしたんです?」
あやかがタマモに話しかける。
「すこーし昔のことを思い出してるだけよ、気にしなくていいわ」
「そ、そうですか……」
「というわけでコッチはアヤカに任せるわね。私はあっちで刹那と一緒に天守閣攻略してくるから」
あやかが何か気の毒そうな瞳で月詠を見続けているのを尻目に、タマモは天守閣へと向かって走り出していった。
一方、天守閣に追い詰められたネギは、矢で狙われ動く事が出来ないでいた。
「フフ坊や、一歩でも動いたら撃たせてもらいますえ、おとなしくお嬢様を渡してもらおうか」
「このかさんすみません……それにしてもあのタマモさんの悪夢からこれほど早く回復するなんて……」
「ネギ君、大丈夫や」
「え?」
「せっちゃんが何があっても守る言うたんや、必ずせっちゃんが助けてくれるで」
このかを無事に逃がすことができず落ち込むネギを木乃香が励ます、だがそれでも現状は変わらない。
しかも、状況はさらに悪化する。なぜならちょうど強風が吹き、そのせいでネギたちは足元をぐらつかせてしまったのだから。
この時、鬼の式神に与えられた命令は『動いたら矢を撃て』である、その結果鬼は一瞬の躊躇もなく木乃香に向かって矢を放つことになった。
放たれた矢は、かばおうとしたネギの幻体をつきぬけ、木乃香に一直線に向かっていく。
ドス!
木乃香にあたる寸前人影が矢と木乃香の間に立ちふさがった。
「刹那さん!」
「刹那ー!!!!」
木乃香の前に立ちふさがった人影とは、刹那だった。
木乃香の前に立ちふさがった刹那の肩に矢が命中し、バランスを崩した刹那はそのまま天守閣から落下していく。
「せっちゃーん!!」
落下する刹那を追うように木乃香も天守閣から飛び降り、途中で刹那を抱きとめる。
天守閣に到着していたタマモも追いすがるが、もはやどうにもできない状況であった。
だが、その時地上で刹那たちのもとへものすごい速さで向かう影があった。
その影と刹那達が交差する瞬間、すさまじい光があたりを包み、周囲の野次馬の視界をふさぐ。
「ぐへ!」
同時に奇妙なうめき声も聞こえたが、気にしないでおこう。
光が晴れ、視界が復活してくると、そこには無事に地面に降り立った木乃香と刹那がいた。
どうやら二人とも無傷のようだ。
「せっちゃん……よかった」
「お嬢様、今チカラをお使いに?」
「ウチ今何やったん? 夢中やったから……」
無意識に木乃香が発動した魔法により、刹那の傷は一瞬で癒されたようである。
「しまった、さすがに人が集まりすぎや。しかしアレがお嬢様のチカラか……さすがやな」
屋根の上で千草が悔しそうにつぶやく、だがその千草の肩をポンポンとたたく存在がいた。
ゾクゥ!
千草はこの時言い知れぬ恐怖を、根源から続く原初の恐怖を感じ、背筋を凍らせる。
背後から発せられる気配に覚えは無い、しかし体内の全ての細胞と神経が彼女に逃げろと伝える。
この時の彼女の脳内会議では、何を置いても逃げることを右脳、左脳、大脳、前頭葉、ゲスト出演で心臓他主要臓器の皆さんによって全会一致で採用していたが、何故か身動きができず、そのままギリギリとさびた歯車のような音を立てて背後を振り向いた。
「さて、幸いにも刹那達は無事だったようね。残るはあの時の続きだけど……覚悟はいいかしら?」
千草が振り返ると、そこにはタマモがとてもいい笑顔でたたずんでいた。
千種がタマモと眼を合わせた瞬間、彼女の脳裏には一昨日の夜の映像がフラッシュバックする。
それは迫り来る巨大なハンマーであったり、自分に1mmづつゆっくりと近づいてくるこんぺいとうであったり、多種多様であったが、その映像の行き着く先の全ては血染めの自分と、その前で高笑いを続ける金色の悪魔であった。
「お、お前はあの時の!」
「あら、アンタは私を覚えていたのね。あれだけ痛めつけたのに二日で復活したあなたには正直驚いたわ。誇ってもいいわよ、アンタは横島に追随するだけの能力があるわ。けどね……これでオ・ワ・リ」
「ひぃぃぃー!」
タマモは自らの狐火をハンマーにまとわせ、今まさに千草にむけて振り下ろそうとした。
だが、その直前に白髪の少年がタマモと千草の間に現れた。
「え?」
「キャァァァー!!」
タマモは自分が置かれた状況が理解できなかった。
もう少しであの女に一撃を与えられたのに、気がついたら自分は屋根から転げ落ちるところだった。
千草の前に突然少年が現れたと思ったら、突然猿女が目の前から消え、少年が自分の腕をつかみ放り投げたのだ。
地面に向けて落下していくタマモは、突然の事態で変化して空を飛ぶことすら思いつかない。
それほど現在の状況は彼女にとって唐突であり、予想外の出来事であった。
「横島……ゴメン……」
助からないと悟ったのか、タマモは目をつぶり、横島の名前をつぶやいた。
「タマモー!!!!」
地面に激突する寸前、聞こえるはずのない声を聞いたような気がした直後にタマモの視界は暗転した。
「あたたたた、失敗しちまった……ってこのかちゃん達は無事か」
刹那達が落下した地点で、うずくまっていた青年がむくりと起き上がった。
その青年はジーンズにポロシャツ、頭にはバンダナといった風体をしている。そう、彼こそが横島忠夫である。
横島は学園長の指令により、京都へ急行した後そのまま文珠を使用し、木乃香の位置を探索してシネマ村に来ていたのだ。
先ほど刹那達と交差しかけた影は横島だったのである。
「キャァァァー!!」
横島は起き上がって刹那達の無事を確認してほっとしていたが、突如あがった悲鳴に反射的に上を向く。
するとタマモが白髪の少年の手により屋根から落とされる瞬間が目に入った。
「タマモー!!!!」
横島は即座に文珠を呼び出し、"加""速"と込めた文珠を発動させ、タマモを救出すべく走り出した。
「ちくしょう、もっと速く!!」
横島は空気の壁を掻き分けながらタマモの落下地点にたどり着き、タマモを抱きとめることに成功した。
だが、勢いを殺しきることができず、そのまま転ぶが、タマモを守るべくタマモをかばうように地面とタマモの間にもぐりこんだ。
「あたたた……タマモ、無事か?」
しばらくタマモを抱えたままスライディングした後、ようやく止まりタマモの体を揺さぶる。
「ん……横島?」
タマモがうっすらと目を開けるとそこには心配そうに自分を見つめる横島がいた。
「あれ、なんでアンタがここに?」
タマモが覚醒して自分の状況をよく見ると、彼女は横島の胸に抱きかかえられている状態だった。
「よかった、無事だったか」
「……えっと、横島が助けてくれたの?」
タマモは横島の胸から体を起こし、小首をかしげる。
「ああ、しかしびっくりしたぜ。お前が空から降ってくるんだから……ってタマモ!」
横島はタマモの質問に答えようと改めてタマモを見上げると、急に顔を真っ赤に染め上げ、次いで即座にタマモを自分の胸に強く抱きしめた。
「ちょ! どうしたのよ。みんな見てるわよ……って苦しいってば」
「やかましい、今はヤバイって。とにかくじっとしてろ!」
タマモは突然横島に抱きしめられたため、顔を真っ赤にして横島の腕から逃げ出そうとするが、横島の力強い腕から逃れることはできなかった。
そしてなんとか逃げ出そうとするタマモと、それをさせまいとする横島の攻防が繰り広げられる中、刹那と木乃香がその場に到着した。
「た、タマモさん大丈夫で……大丈夫なようですね。ていうか横島さんあなた一体何をやってるんですか!」
「あややータマモちゃん大胆やなー」
「刹那に木乃香、これは違うってば。そりゃ嬉しいけどこんな真昼間から……」
「やかましい、何を勘違いしとるんじゃ。刹那ちゃんごめんけどその羽織貸してくれー!」
皆が混乱する中、最年長である横島がかろうじて冷静さを取り戻し、刹那に新撰組の羽織を貸してくれるように頼み込むと、刹那は首をかしげながらそれを横島に渡した。
「ありがとう刹那ちゃん。さてっとホレ、タマモ。さっさとコレを羽織って前を止めろ……ていうかいい加減自分の状態に気付け、出ないと俺の理性がヤバイっての!」
横島は手渡された羽織をタマモの上にかけると、顔を真っ赤にしたままそっぽを向く。
「え、状態って……キャアー!」
タマモはここにいたってようやく自分がどういう状態なのか気付いた。
ここで現在タマモはどういう格好をしているか説明しよう。
彼女は今まで巫女服を着て激しい運動をしていたのに加え、先ほどは天守閣から落下しするほどの衝撃を受けたのである。
そしてその結果、タマモの上着は大きくはだけ、しかもブラもずれているため、ほとんど素肌を晒した状態となっていた。
もし横島がタマモの胸を隠すように抱きしめていなかったら、彼女は公衆の面前で素肌を晒すという最悪の事態に陥っていたことであろう。
タマモは自分の状態に気付くと、横島の腕の中で羽織を体に纏わせた。
ちなみにこの時、横島の視界に真っ白な肌と、ピンク色の何かがチラリと飛び込んできたが、理性を総動員してそれを忘却の彼方へと叩き込んだ。
「あううう、横島……ありがとう」
「ま、まあいいって。ともかく無事で何よりだ……で、いったい何があったんだ?」
横島はここで何とか話題をそらせようと、自分がここに来た経緯を説明し、それが済むとタマモに何があったのかをたずねた。
タマモは悔しそうに横島に何があったのかを説明していく。
もっとも、すぐ側に木乃香がいるため、魔法関係の話を極力隠語で済ませるような説明をしていた。
「まったく……不覚をとったわ。あの猿女も逃がすし、白髪のネギ先生と同い年くらいの子どもに叩き落されるし……横島が来てくれなかったら怪我ですまなかったわ」
「くそ、
俺のタマモをよくも……」
タマモが説明をし終わった後、悔しそうにつぶやくと、横島はタマモが落とされた天守閣を憎々しげに見上げながらつぶやくのだった。
「「「俺の?」」」
横島のセリフに思わずネギ、刹那、木乃香のセリフがシンクロした。
「横島……」
タマモは何かを期待するように横島に詰め寄る。
「あ……いや、そのな……なんというか今のは……ハッあれは!!」
タマモに詰め寄られていた横島は、視線をそらした先に、あるものを見つけると、それが天の助けとばかりに即座に行動に移した。
「そこの美人のお姉さまー、僕と京都をまわりませんかー! そしてそのまま一気に!」
横島は、なにかをごまかすように堀の向こう側にいた女性に踊りかかった。
その女性は鳥を肩に止まらせ、緋袴に胴着姿でなにやら長い棒のようなものを持っていた。
「あら、積極的やなー。けど女性にいきなりそんなことしたらいけまへんえ」
その女性は大概の予想に反して横島が抱きついたのに気にした風もなく、むしろ抱きとめて諭すように横島をたしなめる。
「あれ?」
横島は完全に予想外の反応に戸惑い、女性から体を離す。
「ほな、私は失礼しますえ。そこのお嬢さんたちにもよろしう」
そういうと女性は人ごみの中にまぎれていくのだった。
一方、横島はというと、感動に打ち震えるかのように体を小刻みに震わせ、涙を流していた。
「生きててよかった……いい匂いやったー」
「横島……」
タマモは肝心なところで横島に肩透かしを喰らい、しかも目の前で見せ付けられるように女性と抱き合った横島に怒り心頭であった。
だが、横島はあたりに瘴気を撒き散らすタマモにいっこうに気づかない。
「今の人はまさか本家の……ってタマモさん落ち着いてください」
「横島さん、あなたのことは忘れません……これで僕の被害も軽くなります」
刹那はタマモを止めようとしているが、タマモの耳に制止の声は届いていない。
あとはタマモが殺人をしないように神に祈るしかなかった。
<これが見たかったんですよねー>
<せやな、やっぱネギ坊主じゃ締まらんからなー>
「へ!?」
この時、刹那の脳裏にいつぞや聞こえてきた神々しい関西弁と、やたら禍々しい偉ぶったような声が聞こえてきた。
「えがった……ほんとうにえがった。我が人生に一片の悔いなーし!」
「ちょっとは悔い改めろー!」
「ああ、なんか久しぶりのこの感触がなつかしいー!」
某拳王様のごとく天に拳を突き上げた横島にとどろいたものは、雷でなくタマモの放つ『ジェラシー120%』と書かれた巨大なハンマーであった。
「タマモさん、もうそれぐらいで! それに今またなんか変な声が! てか横島さん、なんでそんな恍惚とした表情をしているんですか、しっかりしてくださーい!」
刹那が必死にタマモの制止と横島の介抱を行っているころ、死神はクマのきぐるみを着、横島達の対決の題名を描いたプラカードを手にして横島たちを見守る観客達の間を練り歩いていた。
ちなみにこの日、この映画村で突発的に始まったスプラッターイベントは、後に映画村の看板イベントとなるのだが、それはまったくの余談である。
第14話 end
コーホー、コーホー
薄気味悪い呼吸音が賑やかな街中に響き渡る。
その周囲にいる人々は、その呼吸音が聞こえると不思議そうにその発生源を振り返り、皆一様に硬直し、その後静かに道を空けるのだった。
人々が道を空ける様はまるでモーゼ伝説のごとくであり、人の海は次々と道を開いていく。
コーホー、コーホー
不気味な呼吸音の発生源の人物、それはひどく異様な風体をした少女であった。
まず目に付くものは、似合わない事この上ない金色のアフロヘアー。
次いではその時代錯誤もはなはだしい黒を基準としたセーラー服。ちなみにスカーフは無く、スカートは当然のごとく足首まであるような代物だ。
さらにはその剣呑なる視線を隠すサングラスと、顔を覆うマスク。
そして極めつけはその手に持つ鋼鉄製のヨーヨー。
サングラスとマスクだけならまだ花粉症対策として強弁もできるだろうが、その姿全体を見ればその言い訳は不可能だ。
そして少女の姿を80年代に青春を駆け抜けた人物が見たら、一様に彼女をこう呼ぶであろう。
『スケバンエヴァ』と……
「あの、マスター」
その問題の少女の傍らにいるロボちっくな少女(同じくスケバン風)の茶々丸は、どこと無く恥ずかしそうにオドオドしながら目の前にいる主、スケバンエヴァことエヴァンジェリンに話しかける。
「……なんだ茶々丸」
「いえ、さすがにその格好はいかがなものかと思うのですが……というか先ほどから周囲の視線が正直痛いです」
「ふん、やかましい。コレも貴様らの悪ふざけのせいだろうが。せいぜい周囲の痛い視線を一身に集めるがいい」
どうやらこの格好は自分をいじくり倒した茶々丸への意趣返しのつもりのようである。
だが、その効果はどちらかと言えばエヴァの方に痛い視線が集中しているような気もするが、エヴァはそれに全く気付いていない。
「マスター、昨夜の暴言は大変申し訳ありませんでした。ですからそろそろ……」
エヴァの捨て身の罰は効果的に茶々丸を追い詰めているのか、茶々丸の顔はオーバーヒート気味に赤くなっている。
エヴァはそんな茶々丸を満足げに見つめると、ニヤリと邪笑を浮かべ、茶々丸にトドメをさすのだった。
「ふん、だめだ。さあ、このまま学園長のジジイの所まで行くぞ!」
「あああああ、マスターが本当にグレてしまった」
茶々丸は崩れ落ちるようにその場に崩れ落ちるが、その首にヨーヨーが巻きつき、そのまま茶々丸を引きずりながらエヴァは学園長のところへ向かうのだった。
ちなみにエヴァは第一次、第二次両方のヨーヨーブームにしっかりと熱中した口である。
「さあ茶々丸、このまま市中引き回しだー!」
「いやですー! ああ、姉さん助けてください」
茶々丸の悲痛な声を他所に、麻帆良学園に出現した『スケバンエヴァ』は、高笑いをあげながら町を練り歩くのだった。
後にエヴァのこの姿は80年代からタイムスリップしたスケバンエヴァとして都市伝説に加えられることになるのだが、それは彼女のあずかり知らぬことであった。
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