夕方の麻帆良学園の廊下をスケバンエヴァ……もとい、エヴァンジェリンが茶々丸を引き連れて歩いている。
 そのエヴァの行く手で人々は恐れおののき、常にモーゼのごとく人の海が別れていく。
 その様はまさに『悪』にひれ伏す力なき人々という感じである。

 もっとも、この時代が20年近く前なら確かに『悪』だったのだが、いかんせん21世紀の世の中では『悪』と言うよりも、関わりあいになりたくない痛い人物という描写が適切であろう。
 事実、道を明ける人々の目はどことなく生暖かい。
 まっとうな神経を持つ人物なら、10秒と持たずに駆け出しそうな空間をエヴァは悠然と目的地の学園長室へ向けて歩を進めていた。


 一方、彼女の従者である茶々丸は、人とすれ違うたびに両手で顔を隠してエヴァについていっている。
 どうやら今回の出来事で、ガイノイドである茶々丸に恥かしいという感情が生まれたようである。


「ふははは見ろ茶々丸、人間が脅えて私に道を開けて行く。これこそが悪であるこの私にふさわしい!」

「どちらかと言うと脅えているというより、可哀想な人という烙印を押されているような気がしますが」

「何をバカな……」


 エヴァはそう言うと、前方にいた2年生の生徒の一人をサングラス越しに睨みつける。
 するとその生徒は一瞬顔を引きつらせ、その後しばしの硬直の後、決して振り返ることなくダッシュで駆け出していった。


「ほら見ろ、ちゃんと脅えているではないか」

「………………」


 この時、茶々丸は脅えるベクトルが違うという突込みを入れるかどうか真剣に悩んでいたが、やがて諦めたように大きくため息をついた。
 エヴァはそんな茶々丸を不思議そうに見上げていたが、やがて話題を変えようとするかのように改めて自分の格好を見る。


「しかし、この格好は人を脅えさせるのに効果的だな。もっと早く日本人にあわせて形から入るべきだった……」



「そうですか……マスターはコスプレがお好きなのですか……」


 エヴァが自分の格好を改めて評価していると、それを見ていた茶々丸がボソリとつぶやく。


「ん、何か言ったか? 茶々丸」


 このやり取りが後のエヴァの悲劇につながるのだが、いかなエヴァンジェリンといえども未来を見通す目はなく、この時は不思議そうに首を傾げるだけであった。

 そして後に茶々丸と、その顛末を聞いた横島達はこの時を述懐してこう語った。



 『この時、歴史が動いた』と……



「いえ、何でもございませんマスター。それよりもまもなく学園長のところに到着します」

「む、そうか」


 茶々丸はなんでもないというふうに首を振りながらエヴァに答え、目の前の扉を開ける。
 するとエヴァはその扉をくぐり、ずかずかと学園長室に入っていく。


「おいジジイ、暇だから来てやったぞ。碁の相手でも……」


 エヴァは部屋の中央まで来ると、そこに現れた光景に絶句した。


 そこには、体を怪しい縛り方で拘束された学園長が天井から逆さまで吊るされたいた。
 さらに額に『妖怪ぬらりひょん、横島忠夫の名においてここに封じる』と書かれたお札も貼られている。
 どうやら横島は、京都に行く前にしっかりと爆弾事件の復讐を果たしたようであった。






「さて……ジジイはいないようだ、帰るぞ茶々丸」

「はい、マスター」


 二人は何事もなかったように扉を閉め、帰路に着く。


「ワシ……いつまでこの状態なんじゃろう……いいかげん誰か助けてくれんかのー」


 学園長のか細い声が室内に吸い込まれ、そして誰にも気付かれることなく消えていくのだった。



第15話 「The longest night act1」





「ねえネギ、桜咲さんたちは大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、シネマ村は無事脱出できたみたいですし」

「そうなの?」

「ええ、さて僕も回復してきましたし。行きましょうアスナさん」


 関西呪術協会本部へ向かったネギは、のどかのアーティファクトにより敵の襲撃をからくも撃退し、現在つかのまの休息をとっていた。
 しかし、いかんせんネギの負担が大きく、立ち上がろうとしたネギはふらついてしまう。


「あれ、おかしいな……」

「無理しちゃだめですネギ先生、もう少し休んでないと」

「のどかさん、ありがとうございます。でも……あ、そうだ!」

「どうしたの?」


 ネギは何かを思いつき、杖を掲げると呪文を唱えだした。





「偉大なるファ○リスよ我の傷を……ギャン!」


 怪しい呪文を唱えかけたネギに、アスナは無言で腕を振りかぶると、ひねりもくわえた拳骨を顔面に叩き込んだ。
 その彼女の行動には一切の迷いはなく、また欠片も手加減はなかった。
 

「その魔法禁止ー!」


「で、でもこれならこんな傷一発で……」

「やかましい! エヴァちゃんの時から言ってるけど色々とヤバイというのがわからんのかー! それでも使うつもりならタマモちゃんにイケニエとしてお供えするわよ!」

「モウニドトツカイマセン……オネガイデスカラソレダケハカンベンシテクダサイ」


 アスナの脅しは効果覿面だったのか、ネギはカタカタと小刻みに震えながらアスナに答える。


「おーいアスナー!」


 そんなネギ達に木乃香の声が聞こえてきた。
 アスナはその声に反応して振り返ると、そこには呆然とした表情の刹那と今いち状況が分かってない木乃香、さらに横島の腕に嬉しそうに抱きつくタマモがこちらにやってくるところだった。
 さらにタマモ達の後ろには朝倉、早乙女、綾瀬が続いている。

 どうやら朝倉が刹那の鞄にGPS携帯を仕込み、それにより追跡されてしまったようである。


「朝倉、あんたこの危険さを全然分かってないでしょ、ネギなんかさっき死ぬ所だったのよ!」

「普通にタマモの姐さんと相対してる時の方が命の危機だったようなきもしやすがね……ハッ!」

「カモ……焼き加減はレア、ミディアム、ヴェルダンのどれがいいかしら?」


 カモはタマモの眼光に恐怖し、あわてて朝倉の服の中に逃げ込んだ。
 本来ならこういった失言はネギの役目なのだが、さすがにネギは疲労で失言をかます余裕もないようである。


「あ、見て見て、あれ入り口じゃない?」


 そうこうしているうちに入り口に到着し、入り口に気付いた木乃香達一般組はそこへ走り出した。
 ネギ達はあわてて木乃香達を追いかけ、入り口をくぐる。
 そしてそこで展開された光景は彼女たちの度肝を抜く光景であった。



「お帰りなさいませ、このかお嬢様」



 入り口をくぐると、そこにはズラリと並んだ巫女さんの集団が木乃香を出迎えている。
 さらにその境内らしき場所には一面の桜の花びらが舞っている。それはとても幻想的で美しい風景であった。


「桜咲さんこれってどーゆーこと」


 意表をつかれた状態のネギとアスナは、この場で唯一事情を知っている刹那に話しかける。


「つまり……ここは関西呪術協会の総本山であると同時に、このかお嬢様の御実家でもあるのです」

「ええー!」

 刹那の説明を聞きアスナ達は驚愕の声を上げていた。
 まあ、それも無理のないことであろう。なにせ敵の総本山と思っていた場所が、実は木乃香の実家とは想像の範疇外である。

 一方、そのころの横島は己の全てを賭けて戦っていた。







「ぐおおおおおはなせー! タマモ、後生だから離してくれー!」

「誰が離すかー! 羊の群れに文字通りケダモノを解き放ってたまるもんですか!」


 例によって巫女さん達に突貫しようとした所を、タマモに文字通り押さえ込まれていた。
 現在、彼らは五輪代表選手もかくやというほどの高度な寝技の応酬を行っている。

 横島がタマモの押さえ込みから脱出しようと暴れていると、タマモは後ろ袈裟固めから体勢を入れ替え、上四方固めへと移行していった。

「甘いわ! 軽量のタマモの寝技なんぞすぐに外して……ってマテ! この体勢はヤバイって!」


 横島はしばらく暴れていたが、突然なにかに気付いたように叫びだした。
 ちなみに上四方固めとは、相手の上半身に自分の上半身をかぶせるように押さえ込む技である。
 つまり、現在の横島の状況は、タマモの年相応(外見年齢)のつつましい胸に顔をうずめているという状態である。


「そんなことでごまかされるかー!!」


 タマモは自分がどういった状況になっているのか理解していないのか、必死に横島を押さえ込み続けていた。


「は、はなせー! このままだと理性があぁぁー……あへ……」


 横島の幸せに包まれた断末魔の悲鳴があたりに響き渡った。
 ちなみに押さえ込みから解放され、気絶した横島の顔は至福の表情であったことをここに記しておこう。





「ふう、ひどい目にあった……」

「ひどい目とはどういう意味よ」


 横島はあの後しばらく気絶した状態で放置され、ようやく目を覚ました時には、既にネギは無事に親書を長に渡した後であった。
 そして現在はネギ達の歓迎の宴の最中である。
 

「あはははは、元気を出してください、横島さん」

「ありがとう刹那ちゃん。あやうく禁断の扉が開く所だったよ……最近自分でもその扉の錠前が腐りかけてる気がするし」

「そっちの錠前は腐っててもかまわないけど、それ以外の扉にはちゃんとカギをかけとけばいいのよ」


 横島の言葉に不満そうに口を尖らすタマモであった。




「楽しんでいますか、皆さん」


 横島が不服そうにしながらも、微妙に気絶する直前のタマモの胸の感触を思い出して顔を緩めていると、西の長であり同時に木乃香の父でもある近衛詠春が話しかけてきた。


「誰? このおっさん」


 横島の言葉に場が凍りついた。
 だが、この横島の発言も無理はない。詠春が自己紹介をした時点で横島はまだ気絶していたのだがら。


「バカ! この人が木乃香のお父さんよ」

「それに西の長でもあります!」


 即座にタマモと刹那が横島の頭を二人がかりで取り押さえ、無理やり頭を下げさせるが、詠春は笑みを浮かべて刹那達を制した。


「気にしないでください、二人とも。彼はさきほどいませんでしたからしょうがありません」


 詠春は横島の無礼極まる発言を気にした風もなく、話を続ける。


「あらためて自己紹介します。木乃香の父近衛詠春です。あなたが横島忠夫さんですね」

「そうっす、なぜ名前を?」

「義父からいろいろ聞き及んでおりますので……一度話を聞いてみたかったのですよ、異世界のこととか」


 横島とタマモは詠春の発言により一瞬緊張したように身を固めたが、詠春に害意が無いと悟るとすぐに緊張を解く。
 そして横島は安堵したように息を一つ吐くと、改めて詠春に答えた。


「まあ、異世界と言ってもそこまで違いは無いですよ。こっちとの違いはオカルトがオープンか否かといったぐらいかなー……ところで、一つ質問いいです?」

「かまいませんが、なんです?」

「なぜに巫女さんばかりなんです? いや俺としてはとても嬉しい状況なんですが、本来ならもうこのまま彼女達の中に飛び込んでしまいたくなるくらいに」

「横島……そんなことやったらどうなるか分かっているわよね」


 タマモの怒気をはらんだ言葉に恐怖する横島だったが、その目は些かの揺らぎも無く詠春を見つめている。
 ちなみに横島達から離れた場所では、タマモの怒気を敏感に感じたのか、ネギは周りを見渡して退路の確認をしていた。彼もやはり学習しているのであろう。

 一方、詠春はタマモの怒気に気付かないのか、笑みを浮かべたまま横島に答えた。


「いえ、今日は特別です。本来なら当然男性もいるのですが……」

「なぜに?」

「いえ、義父の話だと横島君は巫女好きで、さらに年下が好みと聞いてましたので……というわけでウチに来る気はありませんか?」


 改めて場を見渡すと、この場にいる巫女さんはどうやら全員横島より年下ばかりである。どうやらこの男、横島を勧誘する気満々のようであった。


「誰が年下趣味じゃー! あのジジイあること無い事言いやがって……帰ったら今度はロウソクの中につけ込んでやる!!」

「横島さん……万が一木乃香お嬢様に手を出したらこの夕凪が黙っていませんよ」

「巫女好きは否定しないのね……まあ、おキヌちゃんのこともあるし間違いではないだろうけど」


 学園長の話を真に受けたのか、刹那が横島の首に夕凪をあてがいながら警告してきた。
 そしてタマモはかつての同僚のことを思い出しながら、この機会に横島を追い詰めるべくその攻撃を加えていく。


「そういえば死神に聞いたわよ、この前ついにナンパ平均年齢が18歳未満に突入したそうじゃない……いい加減諦めてストライクゾーンを低めに広げてみない?」

「やかましい、中学生以下には絶対に欲情せん! それこそがこの俺が掲げるべき唯一無二のジャスティスだ! な、そうだろ死神」


 横島の魂の叫びに死神は気の毒そうな顔をするが、無情にも掲げられたプラカードには『横島忠夫脳内にて、只今ストライクゾーン下方側拡大修正法案 審議中』と、ある意味トドメを指すようなことが書かれていた。


「よかったじゃやない、横島の言うジャスティスとやらが広がるように審議中みたいよ……」

「嘘だー!」


 死神の掲げたプラカードを見た横島は最後の希望を打ち砕かれ、さめざめと涙を流してその場に崩れ落ちるのだった。


「ほう、死神と契約を結んでいるのですか、これは益々ほしい人材ですね」


 目の前の喧騒を他所に、詠春はどうやって横島を引き抜こうか思案し続けていた。






「ふう、ようやく落ち着いたわね」

「ふふ、疲れもよーく洗い流してくださいね」

「広くて気持ちいいわねー、このお風呂」


 宴の喧騒から抜け出したアスナ、刹那、タマモの三人は、刹那の案内で昼間の疲れを癒すべく近衛邸自慢の風呂に入っているところであった。


「しっかし木乃香のお父さんが関西呪術協会の長だったとわねー」

「私もびっくりしたわ、ただでさえでもあの妖怪の孫って聞いてびっくりしたのに……」

「大概の人が学園長のお孫さんと聞いて驚きますからねー、タマモさんの感想も無理ないですね。まあ、私も初めてお嬢様の祖父が学園長だと知った時には本気で似ていなくてよかったと思ったものです」

「刹那、あんたも言うようになったわねー」


 どうやら只今の話題は木乃香と学園長の遺伝的ミステリーについてのようである。しかし、誰も学園長=妖怪という図式を否定しないのはちょっとアレであるが。

 しばらく三人は学園長の話題に華を咲かしていたが、やがてその話題が尽きると、アスナが何かを思い出したのかニヤリと邪笑を浮かべる。


「そういえば刹那さん、聞いたわよ。木乃香のことを身を挺してかばったんですって? まるでお姫様を守る騎士みたいだったそうじゃない。単なる護衛じゃ、あーは出来ないわよねー。やっぱり百合?」


 アスナはまるで刹那をからかうようにシネマ村での出来事について話題をふる。
 そしてその対象である刹那は瞬時に顔を真っ赤に染め、アスナに反論するのだった。


「そそそそれはあの、護衛として当然ですし……ていうか誰が百合ですか! 人聞きの悪い事言わないでください!」


 アスナは刹那の必死の弁明を柳に風とばかりに聞き流していたが、この時予想もしない方向から刹那に援軍が現れた。


「それならアスナはどうなの? のどかに聞いたけどそれこそネギ先生を守って戦ってたじゃない」


 その援軍とはタマモであった。


「そ、それはネギはまだ子供だから心配なだけよ! それにタマモちゃんだって十分に変じゃない、横島さんに助けられた時に顔を真っ赤にしてたってネギが言ってたわよ。 さらにはここに来る時まで横島さんの腕に抱きついてたんでしょ、まるで恋人同士みたいに」

「別におかしくなんか無いじゃない。私は横島が好きよ」


 風呂場に響いたタマモの声に、その場が静まり返った。

 アスナはしばらくの間硬直していたが、やがておずおずと言う感じでタマモに話しかける。


「え、だってタマモちゃんと横島さんは兄妹じゃない。それはまずいんじゃないかなー」

「まずくないわよ、だって横島は私は本当の兄妹じゃないわよ、だから結婚だってできるんだから」

「は……どういうこと?」


 アスナはタマモの発言に思考が停止してしまったのか、間抜けな声を上げる。
 一方、刹那は事情を知っているため、苦笑しながら二人を見つめていた。


「だから、私と横島は戸籍上兄妹になってるだけなの」

「なんでそんなことに?」

「んー3年前にちょっと事情があって私は命を狙われていたの。そこで絶体絶命の危機を横島に助けられて、それからいろいろとあってね。今じゃ何故か兄妹なんて関係になってるわ」

「そ、そうなんだ……って命を!?」

「狙われていたって、タマモさんに何かあったんですか?」

「ごめん、それは話せない……とにかく色々とあったのよ」

「そ、そうですか……」
 

 刹那とアスナは予想外にヘビーなタマモと横島の出会いに驚愕しつつも、やがて気を取り直してタマモの思い出話に耳を傾けていく。
 そしてタマモは、自分を追求してこない二人に心の中で感謝しながら、横島との思い出を話していくのだった。


 ガラララ!


 と、その時脱衣所の扉が開く音が響き、それと同時に男性の声が聞こえてきた。


「ふうーなんか今日は疲れたーなー」

「ははは、横島さんあれだけ凄い折檻を受けたのに疲れたで終わっちゃうんですね」

「まー慣れの問題だな、なーにネギもすぐに慣れるさ」

「そんなものに慣れたくありませーん!」

「ははははお二人とも仲がいいですねー」


 声の主はどうやら横島とネギ、そして詠春のようだ。
 彼らは湯煙のせいでタマモ達に気付いていないのか、その歩みを止めることなくタマモ達の方へ向かっていく。



「なななな、ネギにこのかのお父さん、さらに横島さんまで! なんでなの」

「温泉じゃないですから男女わかれてませんからねー」

「二人とも、そんなところでぼやっとしてないであそこに隠れるわよ!」


 タマモ達は事態を把握すると、そそくさと湯船から死角になる岩陰で身を隠す。
 そしてそれと同時に横島達三人が湯船のすぐそばに到着する。


「おおー広いなー、中途半端な銭湯より広い」

「寮のお風呂みたいですねー」

「我が家自慢の風呂なんですよ、気に入っていただいてなによりです」


 三人は風呂につかりながらなにやら話している、どうやらシネマ村の猿女についての話のようだ。


「この度はウチの者たちが迷惑をかけて申し訳ありません。昔から東を快く思わない人はいたのですが、今回動いたのが少人数でよかった。あとは私たちにお任せください」

「はい、でも……あのお猿の女の人の目的はなんだったんでしょうか」

「サル、天ヶ崎千草のことでしょうか? 彼女には西洋魔術師に対する恨みのようなものがありましてね。その復讐を果たすために木乃香の強大な魔力を利用しようと企んだのでしょう」

「木乃香ちゃんの魔力ってそんなに強いんすか?」

「ええ、サウザンドマスターをも凌駕する魔力を内に内包しています」

「あれ、長さん。父さ……サウザンドマスターのことご存知なんですか?」

「君のお父さん、ナギ・スプリングフィールドと私は腐れ縁でしたからね」


 詠春はビシリと親指を自分にむけ立てて見せのだった。

 やがて、三人の会話が一段落した時、再び脱衣場から話し声が聞こえてきた


「だからあのシネマ村での事件はどー考えても不可思議なのです」

「だからあれはCGやワイヤーアクションだって」

「私を木乃香さんと一緒にしないでくださーい!!」


 どうやら朝倉達が入りにきたようである。
 そしてそれに気付いた横島達は慌てて湯船から立ち上がると、その場を逃げ出すべく周囲をキョロキョロと見渡す。


「おや、これはいけません。裏口から脱出しましょう」

「なんで風呂場に裏口まであるんですか」

「ヤバイ!このままだとまた俺はロリコンと……最近ただでさえでも危ないのに、これ以上はヤバすぎる!」


 横島たちは詠春の案内に従い、裏口のほうへ向かって走り出した。
 だが、その方向にはアスナ達が隠れている岩が有るのだった。


「ま、まずいわ。三人がこっちに来る」

「タ、タマモさんどうしましょう。なんか姿を隠すとかその……」

「任せて、私達が見えないように幻術をやってみるわ」


 タマモはそう言うと、こちらに向かってやってくる三人に幻術をかけ、横島たちに自分達の姿を見えないようにした。
 だが、これは失敗だった。

 なぜなら、幻術をかけるなら自分達を岩として認識させればよかったのだが、見えないようにしたため、横島を先頭にネギ達がタマモのほうへ向かって走りこんできたのだ。


「のわ!!」

「あう!」

「「「キャア!!」」」


 まず横島がなにかにけつまずいて倒れこみ、そして横島の後ろを走っていたネギも何かにつまずいて転んだ。


「あれ、今タマモの声がしたような気が……なんだこれ、地面が妙にやわらかい」

「横島さんもですか? 僕も今アスナさんの声が近くでしたような感じが」


 横島とネギはなんだか妙に生暖かい地面の感触と、手に収まるマシュマロのような感触に戸惑っている。
 特に横島などは両手をワキワキともむように動かしている。

 するとだんだん目の前の光景が変わりだしてきた。
 どうやらタマモの幻術が解けたようである。

 気がつくとネギはアスナの胸に手を当てた状態で固まっていた。
 アスナも顔を真っ赤にしてフリーズしている。

 一方横島はというと……











 やはりネギと同じように片手でタマモの胸をもみしだいた状態で押し倒していた。
 そしてもう片方の手は、刹那の胸をつかんでいた……それはもうしっかりと。

 そして横島達があまりの事態に硬直していると、そこに見つかってはいけない人々、具体的には朝倉たちが扉を開けて入ってきたのだった。


「きゃー!!」

「お父様のえっちー」

「なんで男女別じゃないんですかー!」

 混乱は今まさに佳境へ突入していた。
 ちなみに横島はこの後、鼻血の海に沈んだ事をここに記しておこう。





「俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない……けど刹那ちゃんもタマモも柔らかかったー」


 風呂場での大騒動の後、横島は本山からすこし離れた野原で膝を抱えてブツブツと何かをつぶやいていた。

 そんな横島の背後にタマモが現れ、ストンと横島と背中合わせになるように座る。


「ん、タマモか……」

「ごめんなさい。幻術かけたせいで状況悪化させちゃって」

「刹那ちゃん怒ってなかったか?」

「大丈夫よ、気にしないで下さいだってさ」

「そっか……後でちゃんと謝らないとな」

「それがいいわ……ところで、横島」

「なんだ?」

「ありがとう……」

「胸をもんだ事か?」


 タマモは背中越しの横島のセリフに思わず顔を真っ赤に染めた。
 背中ごしに感じる横島の体が少し震えてるのはたぶん笑いをこらえているからだろう、どうやら横島はタマモと話しているうちに完全に復活したようだ。
 そして今のセリフは横島のささやかな復讐である。


「そっちの責任は後でちゃんと取ってもらうわ」

「マテイ!」


 もっともその復讐は簡単に切り返されてしまったようである。

 タマモは横島の慌てた様子を楽しげに見つめていたが、やがてすっと真面目な表情をして横島に話しかけた。


「とにかくソッチじゃなくてシネマ村で助けてくれた事よ」

「ああ、別に当然のことをしただけだろ」

「それでもね、嬉しかったわ……でも」

「でも?」

「無理はしないでね、横島は何かを助けようとすると必ず無茶をするわ……初めて会った時だって美神に逆らうなんて無謀なことをするし、それにルシオラって人の時も……」


 タマモの言葉に横島の背中がピクリと反応した。
 そしてしばしの沈黙の後、横島はタマモに話しかける。


「知ってたのか?」

「ええ、以前美神に聞いたわ」

「そっか……」


 それっきり沈黙する二人。そして時は静かに二人を見守っている。

 だが、その沈黙は横島の言葉で終わりを告げた。


「なあ、タマモ。俺はもともと何かを守れる力なんて無かったんだ」

「知ってるわ、ただの荷物持ちだったんでしょ」

「ああ、だけど妙なきっかけで霊能力なんてもんに目覚めて力を手に入れた。けど肝心な時に……一番守りたかったヤツを守れなかった。むしろ手に入れた力、文珠でアイツの生き残る可能性をつぶしちまった」

「うん、知ってる……けど逆にその力があったから横島は私を捕まえる作戦に参加できたんでしょ、荷物持ちのままだったら最後の捕獲は横島じゃなくて他の誰かだったかもね。そして私は確実にここにいなかったわ。横島の力は私を助けてくれたのよ」

「そう……なのかな……」

「そうよ、それにこの世界に来てからもね。ねえ、横島は気がついてる?」

「何を?」

「横島が一緒にいる、これだけで私はものすごく救われているわ。そしてあの時、美神の事務所に行った時、公園で横島が迎えに来てくれてどれほど嬉しかったか……横島は三年前私の命を助けてくれた。そして今、横島は私の心を助けてくれているわ」


 タマモは空を見上げながら後ろにいる横島に話し続ける。
 それはこの目の前に広がる桜舞散る幻想的な光景のせいなのか、タマモは横島に己の心の内を打ち明けていく。

 横島は珍しくしおらしいタマモにちょっと意外な一面を見たような気がしたが、やがて笑みを浮かべるとタマモと同じように空を見上げる。


「俺もタマモがいなかったらどうなってたかな……もとの世界から飛ばされて、何も出来ずにのたれ死んでたかもな」

「じゃあお互いさまね。私達はたった二人のこの世界の異邦人……一人になるのは……イヤ」


 タマモは横島のいない状況を想像したのか、肩を震わせた。
 横島はそんなタマモの手に背中越しに自らの手を重ねた。まるで自分はここにいるぞと知らせるように。


「それじゃあ無茶はもう出来ないな、一人で残されるのは悲しいもんな」

「そうね……じゃ約束できる?」

「いいぜ、そのかわりタマモも無茶するんじゃないぞ、俺だって一人はいやだからな」

「うん」


 タマモは背中越しに感じる横島のぬくもりと、重ね合わせた手から伝わる横島の思いに言いようの無い嬉しさを感じていた。

 そして横島はタマモが安心したかのように自分に身を預けるのを確認すると、場を誤魔化すように話題を変えた。


「ま、そういうわけで俺たちは一蓮托生ってやつだ、だからもうチョット突込みをソフトにしてくれるとありがたいんだけどなー」

「それはイヤ。横島の心がけしだいよ」

「即答かい!」


 横島はタマモの無慈悲な回答に涙していたが、この時ふと何かの気配に気付いて顔を上げた。
 すると、そこには死神がなにかを訴えかけるような視線で二人を見つめている。


「死神、お前どうしたんだ?」


 横島が死神に話しかけると、死神はまるで機嫌を損ねたかのようにプイっとそっぽを向く。
 そしてそれを見ていたタマモは死神が何に怒っているのか悟るのだった。


「ごめんなさい、アナタもいたわね。私と横島だけじゃなく、死神、あんたも私達の大切な家族よ」

「まあ、そうむくれるなって。タマモの言う通りお前はもう家族なんだから」


 タマモはそう言うと空中に浮かんでいる死神を膝に抱え、その頭をなでる。
 死神は横島とタマモのセリフに機嫌を直したのか、大人しく抱えられていた。

 死神を膝に抱えてその頭をなでる少女、こう文章に書くと極めてシュールな絵面が想像されるのだが、実際の姿は死神のコミカルな風貌もあいまって何故か微笑ましい。

 そして横島はそんな二人を眺めながら、ふと浮かんだ疑問を確かめるために話しかけるのだった。


「時に死神……前々から疑問に思ってたんだが、なんで俺たちと一緒にこの世界に来たんだ?」

「あ、そういえば私もそれ知りたい」


 タマモはそう言うと改めて死神を見つめた。
 死神はいつの間にか仲間としてなじんでいたが、考えてみるとこの麻帆良に来るまでは死神は横島に憑いてなどいなかったはずである。

 死神は自分を不思議そうに見つめる二人に、手にしたプラカードに絵を描きながら事の顛末を伝えるのだった。





「……つーことは何か、俺は本当ならあの時ダンプの体当たりで天に召されるところだったと。で、俺の命を刈り取る瞬間に俺たちと一緒にここに来ちまったと……」


 横島は死神の描く絵を何とか解読し、その解読した結果を確認するように読み上げた。
 すると死神はいつの間に作ったのだろうか、『大正解』と書かれた扇子を両手に広げて横島の周りを踊りだす。


「結果オーライなんだろうけど、つくづく横島って悪運がいいわねー。というか本来絶対のはずの死神の収穫を逃れるなんて非常識極まりないわ」


 タマモは頭痛がするのか、手で頭を押さえている。


「これって悪運がいいって言っていいのか?」

「それ以外どう表現しろと? まあ、本来なら私も死神もこの世界に来ることも無かったんだろうけど、その場合は横島は死んでたわけだから幸運って言っていいのかな?」


 死神はタマモの発言を肯定するかのようにコクコクと頷いている。
 横島はそんな二人を見ながら、自分の悪運と言うか、トラブル体質に頭を悩ませるのだった。


「……ま、いっか。とりあえず俺は無事なわけだし、こうして死神とじゃれたり、タマモの頭でこうやって遊んだり出来るからな」


 どうやら横島は難しい考えを放棄したのか、気楽そうにつぶやくと、傍らにいたタマモの頭をぐしゃぐしゃとなでる。


「あー、せっかく櫛を入れたのにー!」


 タマモは横島に文句を言いながらも、どこと無く嬉しそうであり、そのまま横島に寄りかかり、離れていた間の時間を埋めるように横島の匂いを堪能するのだった。





 月が中天に上がるころ、横島に修学旅行での出来事を話していたタマモは何か違和感のようなものを感じた。


「それでアヤカったらネギ先生にキスするために……何、この気配は」

「どうした、タマモ?」


 突然タマモが話を中断し、何かを探るように視線をあたりにめぐらせる。


「これは……大変よ、本山でなにか起こってる! 次々と人の気配が消えてるわ」

「なんだって! しまった油断した!!」

「急ぎましょう、木乃香達が危ない」

「ああ、ちくしょう間に合ってくれ!!」



 本山での異変を感じ取ったタマモと横島は木乃香達を救出するため、全速力で走り出した。

 そしてそれが二人の最も長い夜の始まりであった。



第15話 end

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