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 すさまじい爆発音を背に横島達は森を駆け抜けていく。


「横島さん、いまの爆発はいったい? それにさっきの光の剣みたいなものはなんだったんです?」

「さっきのは文珠の能力の一つだよ、それ以外の説明は後でな」

「ちょと横島、アレは!!!」


 その時、タマモが何かに気付いたのか空を指差した。
 そこには山のように巨大な二面四手の巨大な鬼神が現界するところであった。


「な、なによアレ……」

「馬鹿な、スクナの封印が解けたと言うのか!!」

「まずいわ……あの鬼神の霊力はシャレにならない巨大さよ」

「ネギのヤツ、やっぱり木乃香ちゃんの奪還に失敗したということか」


 鬼神の姿を見た横島たちの顔は絶望に染まる。だが、そんな横島たちに刹那が声をかける。


「まだです、アレはまだ完全に現界してません!! 今ならまだこのかお嬢様を取り戻せばなんとか出来ます」


 刹那はそういうと再び走り出した。鬼神召還の祭壇はすでに彼女達の目の前である。


 横島たちの夜はまだ終わらない。






第17話 「The longest night Act3」






 横島達がネギのもとへ急行しようとしているころ、ネギはまさに絶体絶命のピンチに陥っていた。
 目の前には山のように巨大な鬼神『リョウメンスクナノカミ』が表れ、ネギが今現在放てる最大の魔法をもってしてもその鬼の体にかすり傷一つ負わせる事ができなかった。
 そして、ネギの機転により拘束していた白髪の少年も自由を取り戻し、ゆっくりとネギへと迫る。

 ネギにはその少年に対抗する手段などなく、もはや完全な敗北の道しか残されていないかと思われた。
 だが、ネギの瞳にやどるその光は一向に衰えることなく少年を見据えている。

 前に立ちふさがるのは絶望という言葉をを具現化した二面四手の鬼神、背後には本山を壊滅させた白髪の少年。それに対抗する手段は無く、勝ち目など万に一つもありはしない。しかし、それでもネギは諦めない。 
 

「やべえ、なんか……なんか手は残ってないか……」


 ネギに付き従うカモはなんとか現状を打開しようと策を練るが、何も浮かんでこない。
 唯一まだ使っていない仮契約カードの機能で従者を召還するという手があるのだが、刹那も一緒ならともかく、戦いの素人であるアスナだけをこの場に呼んでも到底現状を打開できるとは思えない。
 ここに来て、先ほど刹那と仮契約できなかったのは痛恨の極みであった。


「兄貴、すまねえ……せめて刹那の姉さんと仮契約できてたらなんとかなったかもしれなかったのに」

「カモ君、気にしないで。僕はまだ……そう、僕はまだ戦える!」

「けど兄貴!」


 カモは明らかに強がりを言っているネギを心配そうに見上げている。
 ネギは自分を心配しているカモに心から感謝しつつ、そのカモを元気付けるかのように笑顔を浮かべてカモに答えた。


「大丈夫だよ、僕はまだ立ち上がれる……僕はまだ全身を覆う炎にも、圧殺されそうな衝撃にもさらされていない。だから僕はまだ戦える、こんなことで……たかだか魔力がなくなりそうなぐらいで諦めちゃダメなんだ。そしてなによりも……」


 ここでネギはいったん言葉を切ると、千草に囚われ、鬼神の肩の所に浮かんでいる木乃香を見据える。
 その瞳に宿るのは戦士の光、その決意は不動、ネギは絶望の中にいながらいまだにその絶望に必死で抗っていた。
 その抵抗ははかなく、無駄なものかもしれない。しかし、それでもネギは諦めない。

 白髪の少年は、そんなネギに内心賞賛を送るが、それを決して表に出すことなく、また、同時に警戒する。
 そして少年はゆっくりとネギに近づき、その肩に手が届こうとした瞬間、ネギが唐突に叫んだ。
 
 


「なによりもタマモさんの折檻に比べたらまだまだぬるい!」




 それはネギを中心として半径20mにわたり、音と言うものが消失した瞬間だった。



「き、君は普段いったいどういう生活を……」


 時間にして30秒は優に経過していただろうか、ともかく硬直からいち早く元に戻った少年が後頭部に汗を浮かべている。
 一方、スクナの肩のところにいる千草は、ネギの気持ちが良くわかるのか、涙を浮かべながらネギに同情するような視線を投げかけていた。
 ネギと千草、敵味方に分かれてはいるが、タマモの恐怖を心から味わったと言う共通点がある二人であった。




「ネギー!」


 シリアスな空間がどうにも間抜けな時空に侵されようとした時、ネギ達の下に救世主が現れた
 そう、アスナを先頭にした横島達であった。

 ちなみに白髪の少年は、横島達の到着でようやくシリアスに戻れると、心ひそかに安堵のため息をついていたのだが、それは甘い希望的観測であると言えよう。
 少年は知らない、シリアス空間に戻れると期待した乱入者の50%は、あらゆる意味で真打と言える存在であった事を。



「アスナさん、刹那さん、タマモさんに横島さんも……ごめんなさい僕、木乃香さんを……」

「いいえ、ネギ先生はよくやったわ、それに今はそんな事より一刻も早くあのデカブツをなんとかして木乃香を助けないと」


 ネギは力及ばず木乃香を救えなかった事を悔やむ。しかし、タマモはそんなネギに元気付けるかのように声をかけ、次いで横島を期待を込めた目で見つめた。
 どうやらタマモは現状の打開に、横島の非常識さに期待しているようだ。
 

「あのデカブツをか……手段が無い事もないんだが……正直あまり使いたくねーなー」


 横島はタマモの期待のこもった視線を受けるが、何故か気が進まないといった風にスクナを見上げる。

 そんな時、ネギを追い詰めた白髪の少年が横島達に迫る。
 どうやら横島が何かをしようとしている事に気付き、妨害する気のようだ。
 

「何をするつもりか知らないけど、させないよ」


 少年はそういうと西洋魔法の始動キーを唱えだした。


「な、こいつは始動キー! こいつは西洋魔術師か! やべえ詠唱をとめろ、この呪文は!!」


 カモが呪文の内容に気付き、詠唱を止めるように声をかけるが、すでに呪文は完成していた。


「石の息吹!」

「ぬお! 文珠!」


 横島はとっさに文珠を取り出し”護”の文字を込めて発動させ、間一髪でアスナたちを石化の魔法から護りきる。
 あたりは魔法による石化の煙が立ち込めていた。


「あぶねえ……この煙があるうちに一旦距離をとるぞ、さがれ!!」

「すげえ、石化の魔法を完璧に遮断した。横島の兄貴、今のはいったい?」

「説明は後よ、カモ、さっさときなさい」



 アスナ達は横島の指示に従い、一旦後退して距離をとる。
 今の内に何か作戦を決めなければおそらく勝ち目は無いだろう。


「な、何とか逃げれた、ヤツはまだこっちに気付いていません!!」

「ネギ、あんた大丈夫?死にそうじゃない」


 アスナは魔法の大量使用による疲労で立っているのがやっとであるネギを心配する。


「大丈夫です、ま……まだ戦えます」

「ちくしょう、あのガキは石化魔法を使うのか……正直やっかいだ」

「うかつに近寄ったらアウトね、どうする?」

「俺の取れる作戦はある程度スクナに近づかなきゃならんし、かといってあのガキが黙ってるわけ無いしなー」


 そのころ、スクナと少年への対応策に苦慮する横島たちを見ながら、刹那は唇をかみ締めながら囚われた木乃香を見上げていた。
 自分にはまだもう一つ力がある、それを使えば少年を抜けスクナの元へ向かうことも出来るのである。
 しかし、その力を使うと言う事は、アスナやタマモ、そして木乃香との別れを意味していた。だがそれでも……それでも現状はもはや選択肢を選んでいる余裕など無い。

 刹那はこの時、心の中で皆に別れをつげ、自らの忌まわしい力を使う決心を固めた。


「みなさん……今すぐ逃げてください。お嬢様は私が救い出します!」


 刹那は決断した以上、もう迷う事は無かった。彼女は横島達の元へ一歩進み出ると、自らが木乃香を救い出すと宣言したのだ。
 

「どうやってよ、木乃香はあのデカブツの肩のところにいるのよ?」

「私ならあそこまで行けます……ネギ先生、アスナさん、タマモさん、そして横島さんも。私は皆に秘密にしておいたコトがあります、そしてこの姿を見られたらもう……お別れしなくてはいけません」


 タマモは刹那の瞳になにか悲壮な決意を見た。そして刹那は何かを諦めるような、そして悲しさを隠すような笑顔を浮かべると、体をかがめ何かを解放する様なしぐさをした。


 バサァ


 何か白いものがタマモ達の視界に広がると、それにあわせてまるで雪のように白い何かが舞い散る。


「……は、羽?」


 アスナの呟きが一瞬の静寂の中に響き渡る。アスナ達の周りに飛び交う白いもの、それは純白の羽であった。
 ネギとアスナの視線の先には、純白の羽を広げた刹那が悲しそうな顔で自分達を見つめている。 


「これが私の正体です、私は彼らと同じバケモノなんです……でも、私のお嬢様を守りたいという気持ちは本物なんです。今まで秘密にしてたのは、この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かっただけ……私は宮崎さんのような勇気ももてない情けない女です!!」


 刹那は忌み嫌っていた己の正体を晒すと、おそらく次に来るであろう罵倒や悲鳴に備えるために心の中に防壁を作る。
 その防壁は、刹那が幼いころから己の心を守るために作り出した難攻不落の防壁だった。だが、それはタマモの一言で容易に決壊したのだった。










「あ、それ知ってたわよ」




「「「へ?」」」



 アスナとネギは刹那の告白を聞いて正直ビックリしていた。だが、彼女達はそんなもので刹那を拒絶する狭い了見は持ち合わせていない。
 それに何より、木乃香に対する刹那の思いが本物である事を短い間であるが確信していた。
 だからすぐにアスナは刹那を元気付けようと声をかけようとしたのだが、その目論見はタマモのたった一言で崩壊するのだった。

 そしてそのタマモの一言は、本来なら感動のシーンにつながる場の流れを完璧に崩壊させたのだった。

 
「あああのタマモさん、知ってたってどういうことですか! ていうかいつから!」


 刹那はあまりにも予想外な事態に完全にパニックに陥ったのか、目を見開いてタマモに詰め寄る。


「だからー、刹那が鳥系統の妖怪とのハーフだってのは知ってたわよ、それも初めて会った時から……でしょ、横島」

「ん、ああ。なんか秘密にしてるっぽいんでその話はしなかったんだが……まずかったか?」


 どうやら最初に会った時点で自分の最大の秘密を見抜かれていたいたようだ。しかもタマモだけでなく横島にまで。


「ど、どどどど……」

「どうしてわかったのって言いたいの?」


 刹那はあまりの事態に動揺し、まともに喋れないようだったが、タマモがその意味を汲み取ると刹那はコクコクと何度も頷いた。


「それはまあ、なんか霊力が人間とチョット違うし、それにすこーし妖気もあったしね。まだまだ隠行が甘いわよ」

「まあ自分の素性を隠す気持ちは分からんでもないが……少なくとも俺やタマモは今更そういわれてもって感じだしなー」


 横島達二人にとっては刹那が人間であろうと、妖怪とのハーフであろうとそれは本当に些細な問題、いや問題にすらなっていない事であった。
 なにより横島にとっては、自分と同居している妹がとある世界では国からも追われた大妖怪なだけに、正直刹那が妖怪とのハーフであるか否かなどこれっぽっちも気にする問題ではない。
 ましてタマモにいたっては自身が妖怪である、この状態で刹那の何を気にしようというのだろうか。


「あの……私が怖くないんですか? 人間じゃないんですよ! アイツらと同じバケモノなんですよ!」


 刹那は信じられなかった、自分の正体を知ったものは例外なく自分から離れていくものだと思っていた。
 西の長だけは自分を受け入れてくれたが、それでも自分を、バケモノであるこの自分を受け入れてくれる存在が信じられなった。
 だから刹那は己を否定する。人間とは違う自分を、そしてバケモノであることをタマモ達に強調していく。そしてそうしなければタマモ達に期待してしまう、それは刹那にとって甘い麻薬のような物であった。
 だが、その麻薬は決して手にしてはいけないもの、期待してはいけないものだ、期待すれば必ず裏切られる。この時、そんな恐怖が刹那の心を支配していた。
 

 しかし、そんな刹那に返ってきた答えは彼女の予想を覆し、そしてそれは彼女の心の底、押し隠した心の奥にある希望の扉を開くものだった。


「「だからなんで?」」


 横島とタマモは、刹那の質問に完全にシンクロして答えた。

 期待してはいけない、期待は必ず裏切られる。心の中で刹那が必死に自分に言い聞かせる。だが、開かれた希望の扉から現れたもう一人の自分が凍てついた心をどんどん溶かしていく。
 そしてその心が解放された時、刹那は耐え切れなくなったようにタマモの手を取った。




「私がバケモノでも……人間でなくても友達でいていいんですか?」



「そんなの当然じゃない」

「だな、だから刹那ちゃんが家に来るのは大歓迎だぞ」


 刹那の万感の思いを込めたセリフに対するタマモ達の返答、それは酷く簡単だった。
 だが、刹那はその短い答えから、横島とタマモの本心を余すことなく汲み取った。

 この時、刹那の目から一筋の涙が零れ落ちる。
 それは求めていたもの、心の中で否定しつつもずっと待ち続けていた希望がかなった嬉しさからこみ上げるものだった。

 一方、突然泣き出した刹那に気付いた横島達は何か自分が変な事を言ったのかと酷く動揺していた。


「ああ、刹那ちゃん。もしかして俺、なんか変なこと言っちまったか?」

「刹那、もし横島が何か気に障ったことを言ったのならコレで……」

「ってタマモ、お前何ハンマーなんか渡そうとしてるんだ! ていうか自分が原因とは思わんのかゴルァ!」

「だって私は特に変なこと言ってないし、今までの経験上いつも場をかき回すのって横島じゃない。というわけでレッツDO・GE・ZA!」

「どちくしょぉおおー!」


 なにやら盛大に勘違いをしている二人だが、刹那はそんな二人に慌てて首を横に振る。


「いいえ、違うんです。これは嬉しかったから……バケモノの私を受け入れてくれた皆さんが本当に嬉しくて……」

「そっか、よかったー。なんかまたやっちまったかと思ったよ」


 横島は自分が原因で刹那を泣かせていなかったことに心の底から安堵しているようだ。
 そして刹那はそんな横島を見つめながら最後の確認をする。


「あの、横島さん……でも、本当にいいんですか?」

「ん? ああ、それは本当に大丈夫。俺は刹那ちゃんが妖怪だとかそんなこと意識したことないしな、だいいちそんなこと気にしてたらタマモと一緒に生活なんかできねっての。な、タマモ」

「……それはどういう意味でしょうか?」


 刹那は何故自分のことにタマモが引き合いに出されたのか意味がわからず、不思議そうな顔をする。

 一方のタマモは横島の失言とも言える発言にため息をつくが、やがてアスナ、ネギ、横島、そして最後に刹那を見て自分の秘密を暴露す事を決心したのだった。


「うーん……ま、アスナ達ならいいか。そうね、私も秘密があるのよ、それに刹那の気持ちはよくわかるわ」

「秘密ですか? それにわかるってどういうことです」


 刹那は不思議そうにタマモを見つめ、一方のネギとアスナは、事態の推移について来るのに精一杯なのか、先ほどから呆然とタマモ達を見詰めている。
 タマモはそんな皆を見渡してクスリと笑うと、衝撃の事実を告白するのだった。


「うん……だって私、妖狐だもん」


 時間にして30秒、いや、これは体感時間なのだから実際はもっと短いのかもしれなかったが、少なくとも刹那たちはそれぐらい長い間時間の世界から切り離されていた。






 そして時は動き出す。


「「「えええええええ!!!」」」




 刹那に続いてタマモの衝撃の告白に、ネギ達はすでにパニック状態であった。
 まして刹那は、タマモがハーフどころか、妖怪そのものと聞いてその動揺は隠せない。
 だが、タマモは自分を驚愕の瞳で見つめる皆を気にした風もなく、ゆっくりと刹那に近づき、握手を求めるように手を差し出すのだった。


「ま、そういうことだからさ。これからもよろしくね! それに私だけじゃなく木乃香も、そしてアスナも、ネギ先生も大丈夫、わかってくれるわ」

「あ……ありがとうございます。タマモさん」


 刹那は差し出されたタマモの手をそっと両手で掴み、そして顔を上げた刹那の顔には今まで見た事もないような綺麗な笑顔が浮かんでいた。

 一方、ここに来てようやくパニックから復活したネギとアスナもここぞとばかりに刹那に声をかけていく。 


「タマモちゃんの言うとおりよ! 木乃香がこれ位で誰かのことを嫌いになんかなったりすると思う? そして私やネギもね! そうでしょ」

「そうですよ刹那さん、その姿綺麗ですよ」

「アスナさん……ネギ先生……」


 刹那は長年のわだかまりがどんどん解けていくのを感じる、そしてアスナ達に出会えたことを心の底から感謝していた。
 

「お、ようやく笑ったな、やっぱ刹那ちゃんみたいな美人は笑顔が一番だ」

「え!?  あう、そんな美人だなんて……」


 この時、不意に横島が言ったセリフに刹那は思わず顔を朱に染めるのだが、すぐに顔を上げると決意を込めた瞳で皆を見渡した。


「それでは、行って来ます皆さん」

「ああ、このかちゃんを頼むぞ」


 刹那はそういうと羽を羽ばたかせてスクナの元へ飛んでいった。木乃香を救うために。





「ここにいたのか……」


 刹那が飛び立つのとほぼ同時に、横島達を隠していた煙が晴れ渡り、白髪の少年が煙の奥から姿を現した。


「さーて、どうしましょうかね、このガキの相手は」

「どうしよう、カモ君」

「こっちはもう手は出し尽くしちまったしな……」

「横島、さっき言ってた切り札はコイツには使えないの?」

「使えなくも無いが、連続使用は俺の体がもたん、本当に最後の切り札なんだ」


 
 横島達が少年を前に最後の決戦を決意した時、全員の頭の中に声が聞こえてきた。


<坊や、聞こえるか?>


「こ、この声は!!」


<わずかだが貴様の戦い、覗かせてもらったぞ>

<まだ限界ではないはずだ、意地を見せてみろ! あと1分半持ちこたえられたなら私が全てを終わらせてやる>


「こ、この声ってまさか……」


 ネギはこの声の主がエヴァであると気付くと、皆の顔を見渡した。
 エヴァの話が本当ならあと1分半、なにがなんでも時間を稼げばなんとかなるかもしれない。
 事実、エヴァは強力な真祖の吸血鬼、かつてその力をじかに味わっただけにその期待は大きい。


<それと横島忠夫……貴様の実力、こんどこそ、こんどこそ見せてもらうぞ!!>


「あと1分半か……じゃ、気楽に行きますか」


 一方、頭の中に響く声がエヴァだと気付いた横島は、ネギとは対照的に一気にその緊張感を失っていた。
 どうやらエヴァが来ると聞いた時点で、お得意の観戦モードに移行したようだ。実際はネギ達に渡した文珠で1分程度は持つと判断したからなのだが、エヴァにはそんな事はわからない。
 特に、今までわけのわからなかった横島の能力の片鱗、謎に包まれたその生態、その一部が垣間見えただけにその期待が大きかったのだが、本人に全くやる気がなくなってしまったため、その憤りもひとしおだった。


<ちょっとは真面目に戦わんか貴様ー!>


「そうよ、横島。気を抜かないほうがいいわ!」


 エヴァの怒鳴り声を他所に、観戦モードに移行した横島だったが、そんな彼にまったをかけたのは意外にもその相棒であるタマモだった。


「えー、だってもう少しでエヴァちゃんが来るんだろ、だったら俺の切り札なんか使わんでも……それに正直あれは使いたくないしなー」


 横島はさもイヤそうにタマモに答えるが、タマモはそんな横島に甘いと言わんばかりに大きなため息をつく。


「ねえ、横島……確かにエヴァの力は凄いわ、まともに行けばエヴァの言うとおり何とかできるかもしれない。けど……」

「けど?」

「あのエヴァよ、いくら人質を取られたとは言え、横島ごときにいい様にあしらわれ、あまつさえ最近に至ってはその従者達にすらおもちゃ扱いされているへっぽこお子様吸血鬼よ、エヴァの言葉を鵜呑みにするのはあまりにも危険だわ」


<ちょっとマテ……横島タマモ、貴様どこでそんな情報を……>


「ん、それは秘密」


 タマモは悪戯っぽく笑うと、見えないはずのエヴァに対して悠然と勝ち誇るようにつつましい胸をそらす。
 一方、エヴァはそんなタマモにカチンと来たのか、怒りの波動が横島達に伝わるのだった。

 ちなみに、何故タマモがエヴァの近況、特に修学旅行に行ってからの情報を知っているのかと言うと、何気にチャチャゼロ達と繋がりをもった死神が情報提供者だったりする。
 ある意味一家に一人はほしい、そう思わせるぐらいに死神の情報収集力は偉大だった。


「なるほど、確かにそうだな……」


 横島はここでタマモの説得に大いに理解を示したのか、その表情を厳しくする。
 確かにエヴァの力は強大だ、しかし、ここで考えてみてほしい。横島にとって吸血鬼とはどんなものであるか、それは吸血鬼にカテゴライズしているメンバーの構成が鍵となる。


 1.友人であり、忌むべき美形で微妙にナルシストが入ったピート。

 2.ピートの父親であり、13世紀で脳みそが停滞し、現代においてなお世界征服を夢見る愛すべきボケ親父。

 3.力は強大だが、見た目どう見てもお子様のエヴァンジェリン(愛称キティち○ん)。しかも最新情報では従者におもちゃにされているらしい。
 

 この数少ない構成の中、エヴァを吸血鬼としてくくった場合、いかな横島であっても楽観できると言う答えは出せそうも無かった。
 そして横島は、何か気の毒そうな顔を浮かべ、見えないはずのエヴァに同情の視線を投げかけると、おもむろに立ち上がった。


「さて……俺はスクナを倒す準備をしとくか」

「そうね、それが賢明よ」


<貴様等……気のせいか、とんでもないナニカと私を同列にしてるんじゃないだろうな、ていうかその同情のこもった視線はなんだー!>


 エヴァの叫びを他所に、横島は精神を集中させていくのだった。



 一方、エヴァと横島が漫才を繰り広げている間、アスナとネギは少年と戦いを開始していた。
 だが、やはり戦闘経験の少ない二人では、少年に良い様にあしらわれてしまう。


「小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ その光我が手に宿し災いなる眼差しで射よ」

「まずい、ネギ!!」


 アスナはそう言うとネギに覆いかぶさる。
 そこに完成した石化の魔法がレーザーのようにアスナに命中した。

 ネギが恐る恐る目を開けると、そこには服の一部を石化させたアスナが自分を心配そうに見つめていた。
 しかし、石化したのはその服だけであり、アスナの体はどこにも石化しておらず、もとの瑞々しい肌色を保ったままである。
 どういうわけか、アスナには石化の魔法が効かなかったようだ。


「やはり、魔法完全無効化能力か」


 少年は、再三にわたりアスナへの攻撃において、魔法が無効化されたことにより、アスナの持つ特性を察知する。
 そしてそれは少年にとって脅威の能力であった。


「その能力は脅威だ、まずは君からだ、カグラザカアスナ!!」


 少年はその声と共にアスナへ向かって魔力を這わした拳をアスナに叩き込もうとする。


「そうかんたんにさせないわよ!!」


 タマモは砲台のごとく巨大な狐火を少年に向かって放ち続けた、アスナに近寄らせないために。
 だが、少年はその狐火すらかわし続け、その拳はついにアスナを捉えるかに見えた時、何ものかの影がアスナの前に躍り出た。


 ガシィ!


「なに……」


 少年は突然目の前に出現した強力な障壁に驚愕する。

 アスナの前に立ちふさがり、少年の拳を受けたのはネギだった。ネギはアスナの前に立ちふさがると、その身を挺してアスナをかばい、少年の拳が接触する瞬間にネギの持っていた文珠が彼の身を守ったのである。


「ネギ! 大丈夫なの!」

「大丈夫です、横島さんの文珠が守ってくれました」

「イタズラの過ぎるガキには…お仕置きよ!!」


 アスナは動きの止まった少年にハリセンをたたきつける。これにより、少年の全ての魔法障壁が消滅した。


「今よ!」

「うわあああああ!」


 ネギは最後の力を振り絞り、少年の顔に拳を叩き込むのだった。そしてそれが今ネギが出せる最後の力であった。





 そのころ、刹那はスクナを指呼の距離に仰いでいた。


「天ヶ崎千草! お嬢様を返してもらうぞ!」

「な! いつの間に……だが、スクナの餌食や! やれ、スクナ!!」


 スクナは千草の命令に従い、刹那を捉えようと、その手を刹那に伸ばす。
 刹那はスクナに勝るスピードでそれをかわし続けるが、どうしても木乃香に近づけないでいた。

 刹那とスクナの攻防がしばらく続き、刹那は現状を打開するためにスクナの内懐に飛び込もうとした時、状況が変化した。 
 その状況の変化とは、しびれを切らしたスクナが口に魔力を集中しだしたのだ。


「何! しまった!!」


 スクナは強力なエネルギー光線を刹那にむかって放つ。
 この時、刹那はスクナに飛び込むためにスピードに乗っており、もはやそれを回避する手段は無かった。

 刹那は己の死を覚悟し、ついで助けられなかった木乃香に、そして自らを友人と呼んでくれたタマモ達の顔を思い浮かべ、その瞬間をまった。
 そして次の瞬間、スクナの放った光は刹那を包み込むのだった。




 刹那は自らを光が包み込む瞬間、その圧倒的光量に思わず目をつぶる。
 そして自らが消え去る瞬間を待つが、一向になんの衝撃も、熱も感じる事は無かった。


「……これは?」


 刹那が恐る恐る目を開けると、そこには強力な障壁が展開され、それがスクナの攻撃を完全に防いでいた。


「まさか!」


 刹那は何かに気付いたのかポケットに手をいれ、あるものを取り出した。
 それは横島から受け取った文珠であった。
 文珠は今、淡い光を放っている。それは文珠が発動している証拠であった。


「すごい! これほどの攻撃を完全に防ぐなんて……横島さん、ありがとうございます、これならお嬢様のところへいけます!」


 刹那は自分に文珠を渡してくれた横島に感謝すると、木乃香にむかって一直線に飛ぶのだった。
 そして文珠の守りを手に入れた今、彼女を阻むものは誰もいない。


「な、なんでや! なんでスクナの力がきかんのや!!」



 刹那は勢いを殺すことなく木乃香に向かい、すれ違いざまに動揺する千草が召喚した式神を切り倒すと、ついに念願の木乃香を取り戻すのだった。


「お嬢様、お嬢様! ご無事ですか!!」

「ああ……せっちゃん、やっぱりまた助けに来てくれた」

「お嬢様……」


 刹那は手にした木乃香をぎゅっと抱きしめる。
 それは決して木乃香を手放さないと言う心の現われなのかもしれない。

 そんな中、木乃香は刹那の背中にある白い翼に気付いた。
 そしてそれは刹那にとってある意味審判の時とも言える。


「せっちゃん、その背中の羽は……」

「え、あっ……これは……」


 刹那は顔をうつむかせ、心臓をバクバクと鳴らしながらその時を待つ。
 タマモ達は自分達を受け入れてくれた、そして彼女たちは木乃香もそうだと保障してくれた。
 しかし、それでも刹那は不安だった。

 もし木乃香が自分を受け入れてくれなかったら、自分をバケモノと呼んで脅えたら、それを想像すると刹那は顔を上げる事すら出来なかった。


「キレーなハネ……なんや天使みたいやなー」


 刹那にとって永遠とも言える沈黙の後、木乃香の答えは刹那の闇を完全に打ち払った。


「お嬢様……」

「なんやせっちゃん泣いとるん? だめやで、せっちゃんは美人なんやから笑ってなきゃいかんえー」


 木乃香は刹那の顔にそっと手を伸ばし、刹那の目に浮かんだ涙を掬い取る。
 そして刹那と木乃香、二人の止まった時の歯車は今再びかみ合い、動き出すのだった。








「身体に直接拳を入れられたのは初めてだよ……ネギ・スプリングフィールド!!」


 少年はネギの最後の攻撃もむなしく、完全に無傷であった。
 ネギはもはや少年の攻撃をかわす力は残なく、自分に向けられた攻撃をただ見るしかなかった。

 だが、その時ネギの影から小さな手が出現し、少年の手をわしづかみにした。
 そう、耐えに耐えた一分半、ついにエヴァが到着したのである。


「うちのぼーやが世話になった――」

「させるかー!!!!」

「――なぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!



 と、まったく同時に、ネギを助けるためにタマモが放った極大の狐火が少年を包み込んだ。










 

エヴァごと――



「「「……」」」


 アスナ、ネギ、カモの沈黙が痛い瞬間であった。


「てへ♪」


 痛い沈黙を打ち破るように、タマモはペロリと舌を出してごまかそうとするが、その額に浮かんだ汗は誤魔化せない。


「てへ♪ じゃありませーん! エヴァンジェリンさーん!!」


 ネギがエヴァが消えていった湖へむかって叫ぶと、パシャっという音と共になにかが水の中から這い出して来る。
 それはまるでリ○グに登場する○子の様であったと後にネギは語った。
 そしてその貞○の正体とは、タマモにいい感じで焦がされたエヴァであった。


「よ……横島タマモ、きっさまー!」

「うん、今のは完全に不可抗力よ。まさかあの状態で影から出てくるなんてさ、思いも寄らなかったから……それにほら、アンタが全部終わらせるんでしょ? ほら、遠慮なくぱっぱとやっちゃってよ」


 貞○、もとい、エヴァは湖から這い上がると、親の仇と言わんばかりにタマモに詰め寄るが、さすがに状況が状況でもある上、さらには先ほど自分が全てにかたをつけると言った手前、これ以上タマモを追求するのは賢明ではない。
 もっとも、今回の出来事でタマモと横島が、エヴァの持つ『しかえし手帳』の2位と3位に堂々とランクインすることになったのは余談である。
 ちなみに、最近はベスト10に茶々丸とチャチャゼロを入れるべきか、密かに苦悩しているのもさらなる余談である。


「お、おのれ……後でこのことはじっくりと追求させてもらうからな! 茶々丸やれ!!」

「了解」


 エヴァはタマモへの追求を一時諦め、その上空を見上げると、いつの間に現れたのか、茶々丸がスクナの側で銃を持って待機していた。
 そして茶々丸はその銃身に込められた弾丸、所謂『結界弾』を放ち、スクナの動きを完全に封じ込める。
 あとは呪いから一時的に解き放たれたエヴァが、自身の持つ最大級の魔法を放てばスクナを打ち破る事は可能であろう。

 そして事実、茶々丸はこの時エヴァの勝利を確信していた。いかに最近は自らの主で遊ぶ事を覚えたとは言え、その身は主に絶対の忠誠を誓う従者。
 ましてやエヴァは、あの最強の吸血鬼『闇の福音』の異名を持つ魔法使いだ。その勝利を疑う要素など何も無い。


「マスター、この質量では10秒程度しかもちません。お急ぎを……可能なかぎり、速やかに……」


 疑う要素など何も無い……何も無いはずなのだが、エヴァに早くするように促した後、何故か先ほどから演算していた成功率がどこぞの会社の株価のごとく急落したのはきっと気のせいであろう。

 一方、茶々丸の内部演算結果を知る由も無いエヴァは、力尽きたネギにニヤリと笑みを浮かべると、魔法使いとしてのあり方を講釈していく。
 どうやら、ネギに自分の力を見せ付ける気のようだ。


「さて、ぼーやはよくやったよ、でもまだまだだ。このような大規模戦闘で魔法使いはただの砲台だ。つまり火力が全てだ!!」

「マスター……あと7秒です」

「わかった、今行く! さあ、私が今から最強の魔法使いの最高の力を見せてやる!」


 そういうとエヴァはネギの元から飛び立ち、いざ戦場に向かおうとしたが、ふと途中で止まり振り返る。


「いいな、よーく見とけよ! 特に横島タマモと横島忠夫! この私の力を見て恐れおののくがいい……って横島忠夫はどこだ!!」


 エヴァは、どうにも自分の力をいまいち認識していない横島達に、自分の力を見せ付けようと考えているようだ。
 だが、その当の本人が見当たらず、空中からキョロキョロと周囲を見渡す。

 タマモはそんなエヴァをため息と共に見上げていたが、やがてエヴァに声をかけ、とある一点を指差すのだった。

 エヴァがタマモの指し示す先を見ると、そこには精神を集中するためか、目をつむり瞑想している横島の姿があった。
 しかし、瞑想中なのに全身に脂汗を流し、さらには顔が妙に青ざめているのが少々謎ではあるが、それはエヴァにとっては些細な事である。

 ともかく、エヴァは横島を見つけると、即座に彼の元へ駆けつけ、その耳元で怒鳴りつける。


「こらー! 横島忠夫、ちゃんと見とけー!!」

「あの……マスター……」

「なんだ茶々丸! 今大事な所なんだ!!」


 エヴァが横島のそばで怒鳴り声を上げていると、そのエヴァの下に茶々丸が空から降下し、何故か気の毒そうな表情でエヴァを見つめる。
 エヴァはそんな茶々丸をいぶかしげに見上げていたが、すぐに気を取り直してなんの反応もしない横島に再び怒鳴りつけようとする。
 しかし、茶々丸はそのエヴァの肩をポンと叩くと、多分に同情を含んだ瞳でエヴァに事実を伝えるのだった。


「ですがマスター……すでに結界弾の効力がなくなっていますが……よろしいのですか?」

「なにー!!!」


 それはエヴァの作戦が根底から崩壊したと言う事実であった。

 茶々丸の言葉に振り返ると、そこには結界弾を打ち破り、間近まで迫ったスクナが、何故か誇らしげにフロントダブルバイセップスを決め、悠然とポージングを決めていた。


「「「………」」」


 エヴァにタマモ達が放つ無言圧力、そして痛い視線が突き刺さる。


「あー……茶々丸、予備弾のストックは?」

「予備弾はありません、先ほどご忠告申し上げたのですが、マスターは一撃で決めると張り切っておられましたので……」

「ということは……」

「手詰まりと言う事です」


 茶々丸の残酷なまでの現状報告は、エヴァに打つ手は無いという認識を皆に植えつけるのに十分だった。
 いや、正確ならまだエヴァに打つ手はいくらでもある。しかし、現状ではスクナとの距離が近すぎ、スクナに通用するような呪文詠唱が間に合わない。
 となれば残った手段は出来る限り間合いを取り、呪文詠唱の時間を稼ぐ事なのだが、敵も簡単に間合いを開けさせはしないだろう。


「ちょっとー! どうすんのよー、このままアタシ達負けちゃうのー!」


 アスナは、本来なら明石大橋を吊るワイヤーのごとく太い物に捕まったはずが、実は文字どおり藁にすがっていた事を理解した。
 そしてゆっくりと自分たちに近づくスクナを絶望に囚われながら見上げていく。

 その時、ずっと沈黙して精神を集中させていた横島が目を見開いた。
 横島の周りにはいくつもの光が浮かんでいる、よく見ればその光の一つ一つが文珠である。

 横島は周囲を見渡し、現状を把握すると自分の前に浮かんでいる文珠を一つ掴む。


「さて……やっぱタマモの言う事聞いて正解だったな。というわけで行って来るけど、タマモ、後はよろしくな。多分これが終わったら俺ダウンするから」

「ん、了解。安心してダウンしていいわよ。ことが全部終わったら膝枕付で介抱してあげるからね」

「おう、そんじゃあ張り切って行って来ますか!」


 横島はタマモに笑いかけると、スクナの下へ向かう。
 そしておもむろに先ほど掴んだ文珠に念を込め、何かの文字を浮かび上がらせるとニヤリと笑いながらスクナに文珠を放り投げた。

 すると、今まさにエヴァ達に攻撃を仕掛けようとしていたスクナが急にうずくまり、のた打ち回りだした。


「な、なにが起こったんだ? おい、説明しろ!」

「ま、見てればわかるわよ……ていうか私も横島が文珠を使って何かをしたっていうことしかわからないんだけどね」


 皆が注目する中、横島は脂汗を滴らせながら、さらにもう一つの文珠を取り出す。
 そしてその文珠に念を込めると一息つき、おもむろにスクナを見上げると声を張り上げた。




「むう! さすがに足の小指をタンスの角にぶつけた程度の痛みでは、存在を消しきれなかったか」



「「「「だああー!」」」


 横島の叫び声を聞いた瞬間、タマモを含めて全員がその場で突っ伏した。
 だが、それも無理も無い事だろう、なにせネギの魔法をいとも簡単にはじき返し、エヴァですらスクナを倒すのに足止めを必要とするのに、今呆然と見上げているネギ達の前で足を抱えて蹲っているのである。
 しかもその原因が足の小指をタンスにぶつけた痛みを感じているからなどとは、ふざけているにも程がある。

 エヴァは目の前の光景が何かの幻であることを願った。しかし、スクナの目に浮かぶ涙が、そして自分にかかる茶々丸を筆頭にした荷重がそれを現実だと知らせている。


「ふ……ふ、ふ、ふざけるなー! 足の小指をぶつけただと、なんでそんなものがあの鬼に効くんだ! というかそこの鬼神、貴様も古き鬼ならそれぐらい耐えて見せんかー!」


 皆が一斉に突っ伏するなかで、いち早くエヴァが体を起こし、横島にくってかかろうとするが、その足をすんでのところでタマモが掴む。
 だが、それでもエヴァはおさまることは無く、やむを得ずタマモの合図で茶々丸、アスナ、タマモ、ネギ、カモの順番でエヴァに覆いかぶさり、強引に押さえ込む事に成功していた。

 一方、当の本人である横島は、目の前で蹲る鬼神に自分の力が通用するとわかると、俄然強気になったのか高笑いを上げながら次の文珠を放り投げた。


「ぬはははは! これこそ男として体験できる全ての苦痛を制覇したこの俺だけが使える奥義、名づけて『無限の聖痕』! いかな強大な存在であろうと、これからは逃れられん! さあ、貴様はどこまで俺の痛みに耐えられるか試してやる、くらえ! 美神さんにしばかれた時の痛みだ!!」


 横島がほうった文珠、それにはただ”痛”と込められていた。
 文珠とは、ただ漢字を込めればいいものではない、そこにイメージを正確に込めれば同じ字でも様々な効能があるのだ。
 そして今回の文珠は相手を傷をつけるのではなく、ただ痛みを与えるだけである、その対象は痛覚のないゾンビすらものたうちまわらせ、強大な防御をもつ魔族にすら通用するのである。



 スクナは戸惑っていた、身体はどこにも傷を受けていない、ましてや脆弱な人間ごときにこの身を傷つけるのは不可能であるはずだ。
 しかし、現実には己の身体をさいなむ苦痛に全身をよじらせ、のた打ち回っていた。


「ぬう、これでもまだ動けるか……ではこれならどうだ!! 全ての男にとって禁断の痛み、股間を美神さんの神通鞭で痛打された時の痛みだ!」


 この時、何故かタマモ達にはゴーンという除夜の鐘が鳴るような音が聞こえたと言う。
 そしてその音が鳴り響くと、スクナは一瞬体をビクンと震わせ、内股気味に大地に崩れ落ちた。

 良く見ると何故かスクナは一対の手で股間を押さえ、さらにもう一対の手が腰の辺りをトントンと叩いている。
 その仕草は本当に苦しそうだ。




「なんというか……これが横島の言ってた切り札だったのね……」


 タマモは、先ほどから痙攣しているスクナを呆然と見上げながらつぶやく。
 正直今回のような文珠の使い方は予想できなかっただけに、そのショックというか、あまりのくだらなさに頭痛すらしてくる。
 ましてやその対象であるスクナにいたっては、一種の同情すら浮かびかねない。


「いったいどういうことなんでしょう……タマモさん」


 ネギはこの中で唯一横島のやった事を理解しているタマモに事情の説明を求める。


「たぶん、文珠に”痛”って込めてるんだと思うけど……本当に捨て身の切り札ね」

「おい、文珠とはなんだ! それにあれのどこが捨て身なんだ! というか、貴様等とっととどかんかー!」


 エヴァは、いまだに自分に覆いかぶさっているタマモ達から無理矢理這い出すと、タマモに詰め寄る。
 するとタマモはキッとエヴァを睨みつけ、さも心外だとばかりにエヴァに説明していく。


「文珠って言うのは、横島の切り札で、使いようによってはまさに万能のアイテムよ。文珠に込められた文字をキーワードにしてあらゆる事象を引き起こすの。今横島が込めた文字は”痛”、そして文珠はイメージが全て……横島はかつて自分が味わった痛みを文珠に込めてるみたいだわ。ということは、あの光ってる文珠の数だけ横島はかつて自分をさいなんだ痛みを正確にトレースしたのよ……思い出すのもイヤなものも含めてね」

「なんかすごいんだかすごくないんだか……」

「いや、それがどんなに凄いかは理解できるぜ、特に股間を痛打されたってのは絶対に思い出したくねえ……横島の兄貴は俺たちを救うためにそこまで自分を追い詰めるなんて……」

「そうだね、横島さんってすごいんだ……」


 横島の放つすごいんだか良く分からない技に、アスナ達は戸惑いを隠せなかった。
 ネギとカモは股間の痛みについては、共感できるものがあるのか、涙を流しながら横島の英雄的行動を称えていた。


 一方、横島は痙攣しているスクナを見据えながら、新たな文珠を取り出し、その文珠にイメージを込める。
 もはや横島の顔は蒼白であり、立っているのがやっとという感じなのだが、それでも横島は過去の痛みを正確にトレースしていく。


「さすがに音に聞こえた大鬼神、ではこれはどうだ! 生身で大気圏突入したときのヤツだー!!」


 股間を押さえ、ピクピクと痙攣していたスクナは全身を襲う新たな痛みに、再びのた打ち回りだした。
 その痛みは、まるで血液が沸騰するかのようであり、ついで全身を耐え難い炎が包み込むような錯覚も感じる。
 もはやスクナはまともに立つ事も出来ず、ただひたすら大地でのたうつことしか出来なかった。





「生身で大気圏突入って……冗談ですよね?」

「当時私はいなかったけど本当みたいよ……」


 タマモの答えにネギは横島が人類かどうか、本気で創造主に問い詰めたくなるような気持ちをぐっとこらえる。
 今ならその答えも帰ってきそうな気もするが、何故かこの時はその答えを聞くのが怖かった。


「なんで横島さん生きてるのよ……」

「なあタマモ……ひょっとして横島忠夫はヴァンパイアかなにかとか言わんよな?」

「一応人類……のはずよ、たぶん……きっと……」


 アスナとエヴァは横島を人外とみなしたようである。
 だがそれも無理は無いであろう。実際過去の横島が受けた総ダメージ数は、おそらく初期ピ○コロ大魔王(若ver)ですら軽く死ねるであろう。





「ほほう、これでもまだ正気を保つか……ではこれならどうだ」


 横島はこれで最後とばかりに、自身が経験した最大の痛みを文珠に込めていく。

 もしこれにスクナが耐えたらもはや本当に最後の最後、絶対に思い出したくないアレを思い出さなくてはいけない。
 だが、それを使う事は、横島にとって死と同義である。それだけに横島は最後の望みをかけ、その細部にわたるまでの痛みを念にして文珠に込めていく。

 すると、いつしか横島のむき出しの素肌、その手のひらや顔、首筋の部分に無数のあざや切り傷、そして火傷のようなものが見え始める。
 それは直接見る事はかなわない服に隠れた部分にまで及んでいる。

 どうやら横島はかつての痛みを完全にトレースするあまり、その体が覚えた傷が浮かび上がったようだ。

 横島は全ての念を込め終わると、おもむろに顔を上げ、目の前でのた打ち回るスクナを睨みつける。
 そしてその文珠をスクナに投げつけるのだった。


「さあ、コレが最後だ。俺ですら全治するのに2週間を要した事件……美神さんに、おキヌちゃんに、そしてシロとタマモに1週間にわたってお仕置きをくらった時の痛みだ! そう、あの忌まわしき『火の七日間』、これに耐えたら貴様には天位の称号をくれてやろう!!」


 横島が放った最後の文珠が発動すると、その文珠を中心として光がスクナを包み込む。
 そしてその光の中では、今まででの中でも最大級の痛みを感じたスクナが、それこそ断末魔の痙攣と共にのた打ち回る。

 その永遠とも思える時間の中で、スクナはやがて光の向こうに、かつて共に存在した仲間達、滅びたはずの強敵、そして自らを迎え入れる神々の姿を見ると、ゆっくりとその光に意識をゆだね、溶け込ませていくのだった。


 
 時間にして3分はたったろうか、タマモ達が見つめる先でスクナを包み込む光が徐々に薄れていく。
 そしてその光がまさに消えようとする直前、スクナはオオオーンという声を響かせ、消滅していくのだった。



「えっと……これって勝ったの? ていうかあのデカブツはどこに?」


 アスナは事態を把握し切れていないのか、消え去ったスクナがいた場所をキョロキョロと見回す。


「たぶん、痛みに耐えかねて自らの存在を消し去った……早い話が自殺したということかしら」

「スクナが自殺するほどの痛みっていったい……というか横島さんってそれに耐えきって、さらに2週間で完全復帰って……」

「タマモさん、あなたも参加してたみたいですけどいったい何やったんですか?」


 アスナとネギ、さらにエヴァと茶々丸の白い視線がタマモに突き刺さる。
 するとタマモは、ちょっと焦ったように当時を思い出しながら弁解を始めた。


「あ、あの時は私は普通に燃やしただけよ……ちょっと美神が時給を下げた上に、いつもよりちょっと強めにしばき倒して。そこにおキヌちゃんが霊団を召喚して、トドメにシロが八房つかって切りつけただけよ……1週間ずっと」

「ちょっとマテ、時給を下げてって……そんなんでダメージくらうのか?」

「だって時給300円だったのが日給30円に減らされたのよ、その精神的なショックは今思えばかなりのものだったかもしれないわね」

「時給300円、それに日給30円だと? 下手したら子供のお駄賃以下じゃないか」

「そういえばあの後、横島はレンタルビデオ屋や本屋の前で泣いてたわね……泣いてた理由は容易に想像はつくけど……」

「……………」


 横島のあまりの待遇に心底同情するネギとエヴァであったが、であったが、横島の生態を掴みつつあるアスナは、顔を赤くしながら軽蔑の視線を横島にむける。
 そしてこの時、アスナは横島の異変に気付く。


「え……横島さん!」


 突然のアスナの声にタマモ達はあわてて横島がいた場所を見ると、そこには地面に倒れ伏した横島がいる。そしてそれを確認すると、即座にタマモ達は横島の下へと向かうのだった。


「横島! ねえ横島、しっかりして!」


 横島の下にたどり着いたタマモは、顔面蒼白の横島の頭を抱き抱えると、その頭を揺さぶる。
 やがて横島はゆっくりとその目を開け、自分を心配そうに見つめるタマモ達を見渡した。


「あー、死ぬかと思った。やっぱこの技は封印だな、もう二度と使わんぞー」

「バカ、心配させるんじゃないの。そりゃあダウンするって言ってたけど、いくらなんでも急すぎよ」

「悪りい、なんとかそっちまで帰れるかと思ったけど無理だった。正直もう動けねー」


 タマモは横島が無事であるとわかると、ほっとしたような表情を浮かべ、横島の頭を自分の膝に乗せる。
 どうやら約束どおり膝枕で介抱するつもりらしい。


 そしてそれと同時に、なにやら羽音が背後から聞こえてきたので振り向くと、そこには木乃香を横抱きに抱えた刹那が降りてくるところだった。
 

「皆さんご無事でしたか」


 刹那は地面に降りるとすぐに木乃香に服を羽織らせ、そして横島の元へとやってくる。
 そしてそこには、笑顔を浮かべたタマモが刹那にハイタッチを求めるように手をかざしていた。

 刹那はしばしの間タマモの差し出した手と自分の手を見つめていたが、小さく笑みを浮かべると勢いよくタマモと手を合わせた。

 パチンという二人のハイタッチの音が、静けさを取り戻した祭壇に響き渡る。それは全ての事態が終わりを告げているかのようであった。


「さて、木乃香も無事に取り戻したし、スクナも倒したわ。これでめでたく全部終わり、あとは石化した長達を元に戻したらハッピーエンドね。」


 タマモは横島を膝枕させたまま、全員を見渡しながら事の終わりを告げる。


「そうですね……ところで、スクナはいったいどうやって倒したんですか? それに横島さんはどうしたんですか? まさかケガでも……」

「ん、本当はエヴァがスクナを倒す予定だったんだけどね、まあこのお子様吸血鬼は予想通りヘマをやらかしたから、横島が文珠を使って倒したのよ。で、その時の疲労で横島は立つこともできないってわけよ」

「横島さんがですか!? 凄い、あのスクナを倒すなんて……」


 刹那は、本来なら西の術者が総がかりでも倒す事が難しいスクナを横島が倒したと聞き、尊敬の眼差しで横島を見つめる。


「ちょっと反則じみたやり方だったけどな……」


 横島にとっては、スクナを倒した文珠の使い方はほとんど反則のようなものだけに、その純粋な尊敬の眼差しは正直むずがゆい。
 刹那は本来なら誰にもできない偉業を達成したはずなのに、それを誇ろうともしない横島に更なる賞賛と尊敬の眼差しを送っていくのだった。

 タマモはこの時、横島について盛大に勘違いをしているであろう刹那に、ため息をつきながら、いつかタイミングを見計らって横島の本性を教えようと決意するのだった。
 もっとも、実際は刹那とてある程度は横島の本性の片鱗程度は今までの付き合いの中で知っているために、そんなにショックを受けることは無いだろう。



「横島忠夫、貴様には聞きたい事が山ほどある。そもそも文珠とかいうアイテムは聞いたこと無いぞ! そして何より……私の見せ場を奪うとは何事だー!」


 横島たちが何気にほのぼのとしていると、いいかげんシビレを切らしたエヴァが会話に割り込んできた。 
 彼女としては只さえでも自分の見せ場を奪われ、さらには15年に及ぶ封印状態から一時的にとは言え解放されたことにより、解放のカタルシスを満喫するつもりが、見事にその機会を奪われたのだ。ここで文句の一つでも言わなければ収まりがつくはずもない。


「ま、それについてはおいおいな……ていうか失敗フォローしてやったのにえらい言い草だな」

「な! 私は失敗してない! だいたい貴様が……」

「はいはい、お子様吸血鬼はどいてなさい。いくらわがままが子供の特権だからってやりすぎよ」

「誰が子供だー!!」


 横島に食って掛かるエヴァであったが、タマモの視線を受けた刹那とアスナが即座にエヴァを取り押さえ、まるで荷物のように茶々丸に預る。
 その手際はピッタリと息があっており、実に手馴れているようにさえ感じられたと言う。

 そしてそのころ、タマモは背後の喧騒を他所に膝に抱えた横島を見つめると、その髪を優しく撫で付ける。


「横島……本当にお疲れ様。体は大丈夫?」

「ん、ああ。大丈夫だ、ちょっと思い出すのがアレだっただけで体はなんとも無いぜ」

「まったく……無茶するなってあれほど言ったのに」

「この程度まだ無茶の範疇に入らね……タマモ!!!」


 この時、横島は何かに気付いたのか、突然タマモを突き飛ばすと、そのままタマモをかばうように覆いかぶさった。


 ザクッ!!!



 タマモの耳に何か柔らかいものを突き抜ける嫌な音が聞こえる。
 そして顔に何か暖かく、水のようなしぶきがかかった。タマモが顔にかかったしぶきを手でぬぐうと、何故かその手は真っ赤に染まる。


「え?……」


 目に映るのは血に染まった真っ赤な手のひら、鼻に感じるものは血のにおい。
 



 タマモが顔を上げると、そこには石の槍で胸を貫かれた横島と、笑みを浮かべた白髪の少年が自分を見据えていた。


「ヨ……コ……シ……マ……」


 気がつくと、タマモの視界は赤いもので埋め尽くされていた――

 終わるかに見えたその戦い。しかし、戦いはいまだ終わらず、その新たなる犠牲者の血で周囲が埋め尽くされていくのだった。


第17話 end


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