「横島……本当にお疲れ様。体は大丈夫?」

「ん、ああ。大丈夫だ、ちょっと思い出すのがアレだっただけで体はなんとも無いぜ」

「まったく……無茶するなってあれほど言ったのに」

「この程度まだ無茶の範疇に入らね……タマモ!!!」


 この時、横島は何かに気付いたのか、突然タマモを突き飛ばすと、そのままタマモをかばうように覆いかぶさった。


 

ザクッ!!!



 タマモの耳に何か柔らかいものを突き抜ける嫌な音が聞こえる。
 そして顔に何か暖かく、水のようなしぶきがかかった。タマモが顔にかかったしぶきを手でぬぐうと、何故かその手は真っ赤に染まる。


「え?……」


 目に映るのは血に染まった真っ赤な手のひら、鼻に感じるものは血のにおい。
 



 タマモが顔を上げると、そこには石の槍で胸を貫かれた横島と、笑みを浮かべた白髪の少年が自分を見据えていた。


「ヨ……コ……シ……マ……」


 気がつくと、タマモの視界は赤いもので埋め尽くされていた――

 終わるかに見えたその戦い。しかし、戦いはいまだ終わらず、その新たなる犠牲者の血で周囲が埋め尽くされていくのだった。




第18話 「The longest night Act4」





「まったく……無茶するなってあれほど言ったのに」


 横島はタマモのセリフに苦笑を浮かべる。
 確かに精神的ダメージはかなりのものがあったが、ギリギリではあるが最後の一線を守り抜いたおかげで致命的なダメージは免れているのだ。
 だから横島はタマモを安心させるためにも、名残惜しくはあるがその魅惑的な膝から身を起こしてタマモの頭に手をやると、話しかける。


「この程度まだ無茶の範疇に入らね……」


 そのセリフを言い終わる直前、横島は突如として自分の霊感がざわめくのを感じた。
 それは横島の卓越した生存本能による警告なのか、時を追うごとにどんどん嫌な感じが増していく。

 タマモは話の途中で突然動きを止めた横島を不思議そうな顔で見上げている。どうやらタマモの超感覚をしても捉えられない何かを横島は感じているようだ。

 横島はどんどん強くなる嫌な予感の原因を探るために周囲を見渡していると、ふとタマモの背後で何かが動いたのに気付いた。
 それは最初はただの水溜りだった。しかし、次の瞬間その水溜りから白い腕が現れ、その全身を現していく。

 その正体は、タマモがエヴァという尊い犠牲を払いながら湖に沈めたはずの白髪の少年だった。
 少年は呪文を唱え終わると、唇の端をゆがめながらその魔法を解き放つ。


「障壁突破『石の槍』」

「タマモ!」


 気がついたときには身体が勝手に動き出していた。横島は少年とタマモの間に覆いかぶさり、背中にサイキックソーサーを展開する。
 しかし、気付くのが遅すぎた。サイキックソーサーを展開するには、あまりに距離も、時間も、そしてなにより霊力が足らなかった。

 横島はタマモをかばいながら、自分の中を貫く硬い何かを感じる。
 その時、横島の脳裏には過去の出来事が走馬灯のように浮かんでは消えていった。

 それは美神との出会い、おキヌとの出会い、GS資格試験、おキヌの復活、そしてルシオラとの出会いと別れ。
 横島が体験した、いくつもの出来事が浮かんでは消えていく。そしてその中で横島が最後に見たものは、本山でのタマモとの会話であった。






「なあ、タマモ。俺はもともと何かを守れる力なんて無かったんだ」

「知ってるわ、ただの荷物持ちだったんでしょ」

「ああ、だけど妙なきっかけで霊能力なんてもんに目覚めて力を手に入れた。けど肝心な時に……一番守りたかったヤツを守れなかった。むしろ手に入れた力、文珠でアイツの生き残る可能性をつぶしちまった」

「うん、知ってる……けど逆にその力があったから横島は私を捕まえる作戦に参加できたんでしょ、荷物持ちのままだったら最後の捕獲は横島じゃなくて他の誰かだったかもね。そして私は確実にここにいなかったわ。横島の力は私を助けてくれたのよ」

「そう……なのかな……」

「そうよ、それにこの世界に来てからもね。ねえ、横島は気がついてる?」

「何を?」

「横島が一緒にいる、これだけで私はものすごく救われているわ。そしてあの時、美神の事務所に行った時、公園で横島が迎えに来てくれてどれほど嬉しかったか……横島は三年前私の命を助けてくれた。そして今、横島は私の心を助けてくれているわ」

「俺もタマモがいなかったらどうなってたかな……もとの世界から飛ばされて、何も出来ずにのたれ死んでたかもな」

「じゃあお互いさまね。私達はたった二人のこの世界の異邦人……一人になるのは……イヤ」
 
「それじゃあ無茶はもう出来ないな、一人で残されるのは悲しいもんな」

「そうね……じゃ約束できる?」

「いいぜ、そのかわりタマモも無茶するんじゃないぞ、俺だって一人はいやだからな」

「うん」







「ヨ……コ……シ……マ……」


 横島はタマモの声で現実に戻った。と、同時に口の中に大量の血がこみ上げ、視界が真っ赤に染まっていく。
 横島が事態を把握するために視線を下に向けると、そこには巨大な石の槍が自分の胸に大きな風穴を開けていた。


「さて、残念ながら計画は失敗に終わったけど、こっちもやられっぱなしで引っ込むわけには行かなくてね……悪いけど君達には相応の報いを受けてもらう!」


 少年はそう言うと横島を貫いた石の槍を消滅させ、もはや自力で動く事も出来ない横島の頭を掴むと、呆然とするタマモの目の前に放り投げる。
 
 タマモはその様子を身動きもせず呆然と眺めていたが、横島の苦しげなうめき声を聞くと、血で汚れるのも気にせず横島を抱きしめた。
 そして少年はそんなタマモに口を歪ませると、タマモに向かって呪文の詠唱を開始する。


「タマモさん逃げてください!!」


 少年は、血だらけになった横島を抱えて動こうとしないタマモに魔法を放とうとしたが、間一髪で刹那が間に入り、少年に切りかかる。
 だが、タマモは刹那の呼びかけにもまったく答えようとしなかった。


「タ……マ……モ」

「喋らないで! 今ヒーリングするから!!」


 タマモは横島の傷口を舐めてヒーリングを行うが、その傷口はあまりにも大きく、ヒーリングの効果はあまり無い。
 その時、タマモは先ほど横島から受け取った文珠のことを思い出した。


「そうだ! 文珠に”癒”って込めれば!」


 タマモはポケットから文珠を取り出し、藁にもすがる思いで念を込めようとしていると、その頬に血に染まった横島の手が弱々しく当てられる。


「悪りい……」


 たった一言、それだけを言うと横島の目は色を失い、その腕は力なく垂れ下がる。
 この時、その垂れ下がった手から文珠が一つこぼれ落ちたのだが、タマモがそれに気付くことは無かった。


「嘘……嘘よ……横島! 目を開けて、お願い!」


 タマモは自分の腕の中でどんどん冷たくなっていく横島にすがりつきながら、最後の望みをその手にもつ文珠に託す。
 そしてその文珠が発動すると確かにその効力を発揮し、光が横島を包みこむ。横島を包み込んだ光が収まると、横島の体は完全に元の体となっていた。
 しかし、タマモが呼べど叫べど、横島が目覚めることは無かった。


 タマモは信じられなかった。横島はいつだってどんなケガをしても必ず帰ってきた。
 いつだって笑いかけ、その笑顔が大好きだった。
 子ども扱いと不満を感じながらも、頭を撫でてくれる手が好きだった。


 だが横島は自分の腕の中で横たわり、その瞳は閉じられ、腕は力なく垂れ下がっている。


「おい、横島タマモ! なにをボヤっとしている! 横島忠夫はどうなんだ!?」


 エヴァが少年と戦いながらタマモに呼びかける。だが刹那のときと同じく、タマモが呼びかけに答えることは無かった。


「ねえ、嘘だよね……起きてよ……横島……ほら、いつもみたいに『あー死ぬかと思った』って言ってさ。それにほら約束……約束したじゃない、私を一人にしないって……無茶しないって……」


 タマモは放心したように横島を抱きしめながら語りかける。だが、横島の目は決して開くことなく、ただ冷たくなっていく体をタマモによって支えられているのみであった。

 横島が死んだ。タマモの心はそれを理解することを必死に拒もうとする。だが、現実に目の前で横たわる横島の呼吸は止まり、その心臓の鼓動すら感じられない。
 そしてタマモはここにいたってようやく理解したのである。
 腕の中で眠る横島が、もう二度と目覚めることも無く、そしてもう二度と自分に笑いかけてくれる事が無いと言うことを。
 そしてそのことを理解した瞬間、タマモの世界から全ての音と色彩と言うものが消えうせたのだった。

 タマモはここでようやく周囲を見渡した。しかし、その瞳は生気を失ったかのように虚ろであり、何も映し出していないかのようである。
 だが、この時タマモは視界の端で何かが動くのを捉えた。

 タマモの虚ろな瞳に映るそれは、白髪の少年と戦う刹那とエヴァであった。

 色彩を失ったタマモの視界の先で、二人は徐々に少年を追い詰めていく。そしてその中でタマモは、色を失った世界で唯一残った色を視界に捉えるのだった。

 それは少年の頬についたシミのようなもの。そしてその色はどこまでも鮮やかで、そして血のように赤く染まっていた。
 そう、そのシミとは横島の返り血であった。そしてタマモがそれを理解すると、色彩を失ったはずのタマモの視界はたった一つの色へと染まっていく。


<力がほしいか?>



 この時、タマモの脳裏に何者かの声が響く。それは普段のタマモなら聞こえるはずの無い声だった。
 しかし、この時のタマモその言葉の言うとおり、何よりも力を欲していた。

 そう、復讐と言う名の刃を持つために。

 そしてタマモは疑うことなくその内なる声に身をゆだね、誓いの言葉を口にする。


「欲しいわ……私は力が欲しい、横島を殺したアイツを殺すために……」


 タマモはこの時、内なる声の哄笑が聞こえたような気がした。しかし、それはもはやタマモにとってどうでもいいことであった。


<力が欲しければ……くれてやる!>



 タマモはその声に身を任せ、その心を閉じる。
 時間にして10秒程度はたっただろうか、タマモがゆっくりと立ち上がり少年を見据えると、その視界に映る全てが血のごとく赤く染まっていた。









 
「……なる程、相手が吸血鬼の真祖と神鳴流の使い手では分が悪い。今日のところは退かせて……」


 少年は冷静に戦況を見極め、このままでは勝ち目が薄いと判断したのかその身を翻そうとした時、何か違和感に気付いた。
 それはほんの些細な違和感であり、本来ならこのままかまわず目の前の二人をけん制しながら離脱するのが正解なのだが、この時は妙に違和感の正体が気になり、その足を止めると周囲を警戒する。
 すると、視界の端に先ほどトドメを刺した青年にすがり付いていたタマモと呼ばれた金髪の少女がその身を起こすのを捉えた。

 その少女については千草や月詠、はてはネギに至るまで異様に脅えていたのだが、少年にとっては正直取るに足らない存在でしかない。
 事実、その少女からから感じる魔力は特筆するものではなく、さらに体術にいたってはまったくの素人同然とも思える。少年にとってなぜそこまで千草達が脅えるのか理解に苦しむ所であった。

 だが、この時の少年は何故かその少女、タマモから目を離すことが出来なかった。
 この中でもっとも厄介な存在である横島と言う男は殺し、ネギはもはや立ち上がる事すら出来ない。残る警戒すべき存在は真祖の吸血鬼と神鳴流、そして魔法完全無効化能力を持つ神楽坂アスナという少女だけのはずなのだが、少年はこの時、何故かタマモに言い知れぬ何か、恐怖と呼んでも差し支えない物を感じていたのだった。


 少年がタマモに注意を奪われているころ、それとほぼ同時に刹那とエヴァもまたタマモに違和感を感じていた。
 刹那とエヴァが背後から感じる戦慄に振り返ると、そこには感情と言うものが消え去ったような表情でタマモが少年を見据えている。
 そしてこの時、エヴァはタマモから感じる違和感の正体に気付いたのだった。


「これは……魔力が……周囲から魔力が消え去ってるだと」


 この時、エヴァにはタマモの周囲がまるで真空であるかのように、魔力の空白地帯となっている事に気付く。
 そしてそれに気付いた一瞬の後、まるでタマモを中心としてブラックホールが発生したかのごとく魔力の嵐が吹き荒れ、周囲の魔力が、それこそスクナが残した膨大な魔力の残滓も含めてタマモに集まっていく。


「エヴァンジェリンさん、これはいったい……タマモさんにいったい何が!」

「わからん、だが尋常な出来事じゃないのは確かだ」


 白髪の少年はもとより、エヴァや刹那、そしてネギ達は突然吹き荒れた魔力の嵐にその身を翻弄されながらも、互いに身を寄せ合い、あるいは地面にしがみ付いて嵐をやり過ごす。

 時間にして1分はたったであろうか、永遠とも思える時間の中、大地の、森の、川の、そして大気に満ちる全ての魔力がタマモに集まり、そしてそれは唐突に終わりを告げ、さきほどまでの魔力の嵐が嘘のように静まりかえる。
 魔力の嵐に視界を奪われていたネギ達は、ここでようやく視界を取り戻し、魔力が集中したその中心、すなわちタマモがいた場所を注視する。
 だが、そこにいたはずのタマモはどこにもいなかった。いや、正確にはタマモとは明らかに違う20歳前後の和装の女性がその場にうつむき加減でたたずんでいたのであった。


 その女性の肌は雪のように白く、その金色の髪は月明かりに照らされ、たなびく長い髪は絹糸のごとく細い。顔はうつむいているため良く見えないが、月明かりに照らされた女性の美しさはまさしく美の女神も嫉妬するほどであった。
 だが、その女性は明らかに人間ではなかった。その女性の腰の辺りには、人間にあるはずの無いものが風も無いのにユラユラとたなびいている。
 それは、9本に分かれた金色の尻尾であった。
 

「タ、タマモさん……」


 この時、皆の中で一番タマモとの付き合いが長い刹那がその女性の正体に気付く。刹那はどんなに姿が変わっても、目の前の女性から感じる気がタマモと同じものである事に気付いたのだ。そしてそれは正しかった。

 タマモは刹那の呼びかけに気付いたのか、その呼びかけに反応してゆっくりと顔を上げた。
 この時、タマモを注視していた全員が息を呑み、そしてそれを呆然と見つめたのだった。





 顔を上げたタマモの瞳は、まるで血のように赤かった。








<憎い……私から大事なものを奪った全てが憎い。壊せ、滅ぼせ、大事なものを奪った全てを、この価値の無い世界全てを無に返せ……>


 タマモは自分の心の中に吹き荒れる憎しみにその身を任せていた。
 そして心地よさすら感じられる内なる声、破壊衝動に身を任せていく。

 目の前に広がる赤い世界には、自分を心配そうに見つめているネギ、アスナ、木乃香、茶々丸、そして驚愕の表情を浮かべるエヴァ、さらには信じられないものを見たかのように肩を抱き寄せて震えている刹那がいる。
 タマモは彼女たちが自分にむかって何かを言っているのに気付くが、タマモにとってそれはまるでサイレント映画のごとく口を動かすだけであり、何も聞こえてこない。
 そしてタマモは無駄を省くかのごとく彼女たちのことを意識から消し去ると、妖艶な笑みを浮かべ、己の魔力を解放しながらゆっくりと少年に向かって歩いていくのだった。
 




 少年は目の前で起こった事態に呆然と意識を囚われていた。
 取るに足らない少女から突然の違和感を感じ、その後その少女を中心として魔力の嵐が吹き荒れ、それが収まると信じられないような魔力を内包した女性が自分に明らかな敵意を向けて歩を進めてくる。
 神鳴流の剣士の言葉を信じるなら、目の前の女性は先ほどまでタマモと呼ばれた少女と同一人物と言う事になる。
 しかし、それを信じるにはあまりにも身にまとう魔力も、雰囲気も違いすぎた。

 この時、自分に近づくタマモを呆然と見据えていた少年はその女性の腰にたなびく9本の尻尾に気付く。
 それは人間が持つはずの無いもの、すなわち自分に歩み寄る女性が妖怪である事を示していた。
 そしてこの時、少年はその女性の正体に思い至ったのである。


「きゅ、九尾の……九尾の狐……」


 それはこの極東の島国について研究した折、とある文献に載っていた大妖の名であった。
 それによれば、九尾の狐とは古くはインド、中国の古代王朝を壊滅させ、ここ日本においてもその猛威を振るった大妖怪である。

 そして少年がタマモの正体に思い至った時、タマモと少年の距離はゼロとなっていた。


 

ぞぶり



 少年が気がつくと、いとも簡単に魔法障壁を貫いたタマモの白く細い腕が、先ほどの横島と同じように自分の胸を刺し貫いていた。


「貴方は人間じゃないわね、人形か何か……」


 タマモは少年を貫きながら妖艶に笑う。


「九尾の狐がなぜここに……」

「私がなぜここにいるかなんて貴方には関係のないこと……そしてさようなら、人形ごと滅びなさい!」


 タマモの瞳がひときわ赤く輝くと、少年は声にならない悲鳴を上げながらその身を炎に包まれるのだった。

 少年を包む炎が消えると、西の本山を壊滅させ、エヴァと刹那の二人がかりでもってしても倒しきれなかった少年は、まるで始めから存在していなかったかのごとく跡形もなく燃え尽きていた。


「こんなヤツに……こんなヤツに横島が……横島のいないこの世界なんていらない、こんな世界なんて滅びればいんだわ。そうよ、そうすれば天国にいる横島も寂しくないはずよ。あは、あははははははは!」


 少年を滅ぼしたタマモは、先ほどまで少年が立っていた場所を見据えると、まるで狂ったかのように笑い続ける。

 刹那はタマモのあまりの変貌に呆然としていたが、やがてゆっくりとタマモに近づき、その肩を叩こうとした。


「タマモさん……」

「馬鹿、よせ!」


 その時、刹那に駆け寄ったエヴァが刹那を突き飛ばす。
 刹那はこの時、自分を突き飛ばしたエヴァの左腕が、タマモによって消し飛ばされるのをその目で見た。


「タマモさん、いったいなぜ……」


 刹那はたった今この目で見たものが信じられないのか、タマモを見据えながら呆然とつぶやく。


「馬鹿者、よく見ろ! アレはもうお前の知っている横島タマモじゃない、あれは古の大妖怪、九尾の狐だ!」 

「そ、そんな……」

「いいか、アレを解き放ったらもはやスクナどころの騒ぎじゃない! だからなんとしてもここでタマモを仕留めるぞ!」 


 エヴァは左腕をもぎ取られながらもタマモのそばから抜け出し、呆然と崩れ落ちる刹那の胸倉を掴む。
 そして忌々しそうにタマモを見つめると、いつでも呪文詠唱が出来るように精神を集中させていく。

 一方、刹那は自分の視線の先で哄笑するタマモを呆然と見上げていたが、やがて意を決したかのように夕凪を構えようとする。
 しかし、どうしてもその刃をタマモに向けることが出来ないでいた。


「チッ……茶々丸、刹那は使い物にならん、お前がなんとしてもソイツの足止めをしろ!」


 エヴァは舌打ちをして刹那を睨んでいたが、刹那が使えないと判断したのか、離れた場所でネギ達を介抱していた茶々丸に命令する。
 茶々丸はエヴァの命令を受けると、無表情のままタマモの下へと向かうのだった。

 一方、それまで呆然と事態の推移を見つめていたアスナだったが、茶々丸がタマモのところに向かった事により、自分も何か出来ないかと必死で考えていた。
 ネギが力の使いすぎで動けない今、この場で戦闘能力の無い木乃香を守れるのは自分だけである。だからこのまま木乃香達を放っておいておく事はできない、しかし、それでもアスナはタマモをそのままにしておくことなど出来なかった。


「アスナ……ウチのことはええから、タマモちゃんとこいってあげて」

「木乃香……ありがとう、私行って来る。私に何が出来るかわからないけど、タマモちゃんをこのままにしておくなんて出来ないわ!」

「うん、ネギ君のことはウチとカモ君にまかしとき、せやからアスナ……」

「ええ、ちゃんと戻ってくるわよ。タマモちゃんも、刹那さんやエヴァちゃん、茶々丸さんと一緒に!」


 アスナが刹那達の所に向かおうと立ち上がった時、ポケットから瑠璃色に光る玉がポトリと落ちる。


「アスナ、何か落としたえ。なんや”護”って書いてあるなー」

「これは……横島さんからもらった文珠……そうか、これがあれば私もなにか出来るかも!」


 アスナは横島からもらった文珠を手に取ると、改めて刹那のもとへと向かうのだった。




 タマモは自分に果敢に攻撃を加えてくる人形をあしらいつつ、冷たい目でそれを眺める。
 もはやタマモはその人形が茶々丸という名のクラスメイトである事など、気にする価値もないこととなっていた。


「つまらないわね、もう飽きたわ」


 タマモは茶々丸が放ったハイキックをいとも簡単に掴むと、そのまま茶々丸を投げ飛ばす。
 そして自らの尾の一つに霊力を通わすと、なんの予備動作もなくその霊力を解き放つのだった。

 解き放たれた力、それは氷。
 茶々丸は一瞬のうちに氷の柱に囚われ、その動きを止めるのだった。


「茶々丸さん!」


 刹那の悲痛な声が周囲に響く。しかし、茶々丸の主であるエヴァはそんなことで躊躇はしない。
 今は茶々丸がその身を挺して作った、血よりも貴重な時間を呪文の完成に注ぎ込むのだった。
 そして茶々丸が氷の柱に囚われた瞬間、エヴァの呪文が完成する。


「良くやった茶々丸……そして横島タマモ、さらばだ。『えいえんのひょうが』!」


 エヴァの放つ魔法、それはほぼ絶対零度の空間を150フィート四方に張り巡らせる広範囲殲滅呪文である。
 この時エヴァはその呪文を一部アレンジして効果範囲を限定し、自分達に影響の無いようにその魔法を解き放つ。そしてその魔法が発動すると、タマモを中心として周囲の空間が瞬時に凍りつき、やがてそれはタマモの体をも覆い尽くそうとしていた。
 しかし、今まさにタマモが氷の世界に飲み込まれようととした時、タマモは少し驚いたような顔をすると、先ほどは別の尾に霊力を通す。すると、先ほどまでタマモを覆わんとしていた絶対零度の空間が、まるでビデオの逆再生を行うかのように元の姿を取り戻していく。


「なに!」


 エヴァは目の前で起こっている現象に驚愕の声をあげる。それは600年を生きてきたエヴァにとっても初めての事態であった。
 エヴァは茶々丸がいない今、この瞬間を逃せば一気に不利になると感じたのか、『えいえんのひょうが』にさらなる魔力を送り込み、タマモを氷の世界に閉じ込めようとする。


「ぐ、くううー!」


 エヴァとタマモの魔力のせめぎ合いが続く。そして永遠とも思える二人の戦いは、唐突に終わりを告げるのだった。


 

パリーン!



 何かが壊れるような音が周囲に響き渡る。
 そしてそれと同時にタマモを覆っていた純白の世界は一気に元の姿を取り戻し、それと同時にエヴァの魔法を打ち破った余波が周囲に吹き荒れた。


「キャアー!」


 その魔力の余波は、二人の戦いを呆然と見つめていた刹那をいとも簡単に吹き飛ばす。
 そして刹那が立ち上がろうとしたとき、刹那は自分の傍らに横たわる横島の冷たい体に気付いた。


「横島さん……私は、私は一体どうすれば……」


 刹那はどうしてもタマモに刃を向ける事ができなかった。刹那にとって、タマモはもはや木乃香と並ぶ大事な友となっていたのだ。
 だが、タマモのことを思えば思うほど、タマモをこのままにしてはいけないこともまた事実である。
 刹那は今、何をする事が最善なのか判断がつかないまま、まるで答えを求めるかのように横島にすがりつくのであった。

 刹那が物言わぬ横島にすがりつき、頬を涙で濡らしていると背後で何かの気配を感じた。
 その気配に反応して振り返ると、そこには死神が静かに刹那を見下ろしていた。 
 

「死神さん……横島さんを迎えに来たんですか?」


 刹那は死神を見上げながら、消え入りそうな声でつぶやく。
 だが、死神は刹那の質問にかぶりを振ると、懐から光る玉のようなものを取り出した。
 死神が取り出した玉は、刹那の見ている前でやがて空に浮かび、刹那の周りをふわふわと回りだす。
 

「これは……まさか横島さんの魂?」


 死神は刹那の質問に小さく頷くと、いつものようにプラカードを取り出して横島の現状を説明していくのだった。


「……つまり、横島さんはまだ完全に死んでいないと言う事ですか?」


 死神は先ほどと同じように小さく頷く。
 死神の説明によれば、横島の魂はまだ体と完全に切り離されているわけではなく、まだかろうじてつながっている状態だと言う事らしい。
 だが、それでも現状は酷く不安定であり、一刻も早く膨大な霊力を注いで魂の繋がりを補強しなければ、やがて横島の魂は完全に切り離され、二度と目覚める事は無いのだと言う。

 そして今このメンバーの中で霊力を自由自在に操れる存在は、エヴァと死闘を繰り広げ、暴走しているタマモ只一人であった。


「じゃあ、タマモさんを正気に戻せば横島さんは助かるんですね!? でもいったいどうやって……」


 刹那はようやく見えてきた光明に希望を見出すが、どうやってタマモを正気にもどせばいいのか、その具体的な手段が思いつかなかった。


 コロ……


 と、その時、刹那の足元に何かが転がってきた。
 

「これは……文珠? ”伝”……横島さんはタマモさんに何かを伝えようとしていた?」


 それは横島が倒れる前、瀕死の状態で作り出した最後の文珠であった。
 そして刹那がそれに気付くのと同時にアスナが刹那の下に駆け寄ってくる。


「刹那さん、大丈夫?」

「アスナさん……私は大丈夫です。アスナさんはどうしたんですか?」

「タマモちゃんを正気に戻そうと思ってね。私のハリセンでタマモちゃんをはたけば、ひょっとしたら元に戻るかもしれないわ」

「でもどうやってタマモさんの所まで? 今のタマモさんには正直とても近づけません」

「大丈夫、私にもちゃんと切り札があるわ。ほらこれ、横島さんの文珠。これならたぶんタマモちゃんの攻撃を防げるわ」


 アスナは視線の先で壮絶な戦いを繰り広げるエヴァとタマモを見据える。
 その瞳には一切の迷いは無く、必ずタマモを元に戻せると信じているかのようだ。

 刹那はそんなアスナを眩しそうに見つめ、絶望にくれて何もしなかった自分を恥じる。
 だが、すぐに気を取り直すと、”伝”の文珠を握り締めて立ち上がる。


「行きましょう、アスナさん。タマモさんのもとにたどり着ければ私が何とかします!」


 刹那はアスナに文珠を見せると再びその羽を広げ、アスナを横抱きに抱えて空へと舞い上がるのだった。

 空に舞い上がった刹那とアスナは、やがてその眼下にタマモ収める。
 そして互いに頷きあうと、タマモのもとへ急降下するのだった。



 タマモは愚かにも自分に抗い続ける吸血鬼を冷めた目で見つめながら、まるで戯れるかのごとく彼女の放つ魔法を打ち落としていく。
 だが、それにももう飽きたのか、やがてタマモはエヴァを殲滅するために二つの尾に霊力を通す。

 その一つは炎。そしてもう一つは雷。この二つの力を解き放てば、いかなエヴァとてその存在を保つ事は不可能なはずである。
 そしてタマモは今まさにエヴァに向かって力を解き放とうとした瞬間、はるか上空から何者かが迫ってくるのに気付いた。

 タマモが空を見上げると、そこには自分に向かって一直線に降りて来る刹那とアスナが、すぐそばにまで迫っていた。
 だが、タマモはその程度の事で焦りはしない。刹那達を見上げながらクスリと笑うと、先ほど霊力を通した尾の一つ、雷の尾を開放する。

 刹那達を襲う雷、それは回避など出来る規模ではなかった。
 刹那達は瞬時に雷に飲み込まれ、荒れ狂う力に目をつぶる。しかし、いつまで待ってもその雷が刹那達に届く事は無かった。それはアスナの持つ”護”の文珠がスクナの時と同じようにタマモの雷を完全に防いでいたからであった。


「すごい……これが横島さんの文珠。これならいける! 刹那さん、私が道を作るわ。だからタマモちゃんをお願いね」


 アスナはそう言うと、刹那が止める暇も無く手から離れ、ハリセンを振り上げながらタマモへ向かって落下するのだった。

 タマモは雷の尾を防いだ二人に目を見開くが、すぐに能面のような表情に戻るとアスナに向けて障壁を展開する。
 そして今、刹那の目の前でタマモの障壁と、アスナのハリセンが交差するのだった。


 

パリーン!



 それはエヴァの魔法が打ち破られた時と同じ音であった。
 だが、今度の音はそれとは逆、タマモの障壁がアスナのハリセンによって破られた音である。
 そして今度こそタマモの顔は驚愕に歪む。

 刹那は障壁が無くなった事がわかると、一気にタマモに向かって加速してタマモに抱きつく。


「タマモさん、お願いです。帰ってきてくださーい!」


 横島の思い、そして刹那の願いも込めて最後の文珠は発動し、あたたかい光が二人を包んでいく。
 刹那はその光に包まれながら、ゆっくりと目を閉じ、意識を手放すのだった。








 刹那が気がつくと、そこは淡い光に照らされた空間であった。


「ここは……タマモさん、それにお嬢様やアスナさんは!?」

「ここはタマモの深層意識。早い話が心の中じゃ」


 刹那が周囲を見渡していると、ふいに何者かの声が周囲に響く。
 刹那は警戒しながら夕凪に手をやろうとした時、その声の主が姿を現す。


「た、タマモさん!」


 それは先ほどまでエヴァと死闘を繰り広げ、白髪の少年をいとも簡単に葬った、あの成長したタマモであった。
 だが、ここで刹那はそのタマモが、先ほどまでのタマモとは違うことに気付く。
 今目の前にいるタマモは先ほどまでの冷たい感じはせず、むしろ暖かい慈母のような雰囲気を纏わせていた。
 
 タマモはポカンと口をあけている刹那に優しく微笑むと、自らの素性を話して聞かせる。
 
 
「確かに我はタマモ……しかし正確には我はタマモではない。タマモの中で眠る前世の記憶と説明したほうが早いかしら」

「前世……ですか?」

「そう、前世での名は玉藻と名乗っておった」

「前世……タマモ……まさかタマモさんの前世とはあの玉藻の前! じゃあ貴方は……」


 タマモ、いや、玉藻と名乗った女性は静かに頷くと、刹那の言わんとしていた事を肯定する。


「そうですか、貴方があの……では貴方ならわかると思います。タマモさんはいったいどうしたんですか? どうやったら元のタマモさんに!」


 玉藻は刹那に詰め寄られると、沈痛な顔ををして刹那に答える。


「あの子は今、私の過去の怨念に心を囚われている」

「過去の怨念?」

「そう、我はその昔大陸で、そしてこの国でも無実の罪を着せられて居場所を追われ、最後には討ち取られた。そして我になまじ力があったために、その怨念は今も消えることなくくすぶっておる。そして今回はその怨念がタマモの絶望と共に現れ、タマモの体をのっとったのじゃ」

「じゃあ、今までのタマモさんは……」

「うむ、あれは我の怨念、捨て去ったはずの負の遺産じゃ」

「どうすれば……どうすれば元のタマモさんに」

「あの子を怨念から解き放てばよい。今、横島という男があの子を説得に向かっている」

「横島さんが!?」


 刹那は横島がここに来ていると聞いて一瞬驚くが、すぐに文珠に思い至って冷静さを取り戻す。


「しかし、あの男が今生の私が選んだ男か……今までとはずいぶん毛色は違うが、なかなかどうして面白そうな男じゃ」

「ええ、横島さんとは短い付き合いですが、それでもあの人が優しくて強い人だとわかります。だからこそタマモさんも横島さんを……でも、今横島さんは……」


 刹那はどことなく誇らしげに玉藻に答えるが、今の横島の状態を思い出し、すぐに沈痛な表情をする。
 玉藻はそんな刹那を気づかうように抱きしめ、そして元気付けるように話しかける。


「安心するがよい、あの子が解放されれば我が力を貸そう。九尾の司る力は決して破壊だけではない、この尾の一つ、九本目の尾に宿る力は命じゃ。必ずや横島は蘇るであろう」

「あ、ありがとうございます」

「礼には及ばん。さて、あらかた説明も終わったことだし、そろそろあの子の元へと案内しよう」


 玉藻はそういってきびすを返すと、刹那に先立って歩いていく。刹那はそれに遅れまいと、あわてて彼女に追いすがるのだった。


 やがて、彼女たちは空間にポツリと浮かんだ扉の前たどり着く。
 玉藻はここで刹那を振り返ると、表情を厳しくする。


「この扉の向こうにあの子がいる……我はここより先には進めぬ。神鳴流の剣士、桜咲刹那。あとは頼むぞ、あの子を助けてやってくれ」

「はい、必ず!」

「うむ、よい返事じゃ。あの子も良い友を持ったものよ。あの子を助け出したらこの扉へもどるがよい、そうすればおぬし達は元の世界に戻れるであろう」


 玉藻は刹那の力強い返事に優しく微笑むとその扉を開き、刹那をタマモのもとへと送り出すのだった。
 そして刹那は玉藻にお辞儀をすると、決意を込めた目でその扉の向こうへ歩いていくのだった。






 扉をくぐると、そこは暗闇に覆われていた。おそらく、この暗闇が今のタマモの心象風景なのであろう。
 刹那は周囲を警戒しながらぐるりと見渡していたが、やがて遠くのほうに小さな明かりを見つけると、そこへ向かって翼を羽ばたかせる。

 刹那の体感時間で10分も飛んだころであろうか、やがて刹那にその明かりがはっきりと見えてくる。
 その明かりの中央には、元の中学生の姿のタマモが、その脇にいる横島に抱き付いてむせび泣いている姿が見える。

 刹那は地面に降り立つと、翼をしまい、タマモのもとへ歩を進める。そしてタマモ達に近づくにつれ、彼女たちの会話が聞こえてきた。



「なあ、タマモ。いいかげん泣き止んでくれねーかなー」


 横島は途方にくれたかのように髪をかきあげ、ため息をつく。一方、当のタマモは横島にしがみ付いたまま子供のように首を横に振る。


「嘘つき、なんで……なんであんたは……無茶はしないって、一人にしないって言ったのに!」

「……悪りい……けどさ、俺はここまでだけどお前は幸せになってくれ……ってなんかこのセリフ、かなり昔にも言ったような気が……」


 横島は自分が言ったセリフが何か記憶の琴線に引っかかったのか、いぶかしげな顔をして首をひねる。
 しかし、その記憶はもやがかかったようであり、一向に思い出せなかった。
 そして今、そんな昔の記憶よりも、目の前の小さなお姫様のほうがずっと大事であった。

 その小さなお姫様、タマモは横島の胸にその顔を埋め、相変わらずイヤイヤと首を振っていた。


「イヤ! いらない! 横島がいない世界なんて私にはいらない!」
 
「そんなこと言うんじゃない、それにそんなこと言ったら刹那ちゃんたちはどうするんだ」


 タマモはここでピクリとその動きを止め、涙で塗れた目で横島を見上げる。


「刹那……」

「そう、刹那ちゃんやアスナちゃん、それに木乃香ちゃんやネギ、それにあやかちゃんだっけ。あとエヴァちゃんもかな? みんな大切な友達だろ、皆をほっぽってこんなところに居ていいのか?」

「アスナ、木乃香、ネギ……それにあやか……」


 タマモは皆の名前を呟きながら、横島を見つめる。この時、エヴァをあっさりとスルーしたことについては気にしてはいけない。


「そう、みんな大切な友達だろ、だから皆のところに帰らないとな」

「でも、横島は……」

「俺はここまでだ。正直未練があると言えば、そりゃーもう東京ドームに収まりきらなくなるぐらい未練はありまくるけど、ま、死んじまったもんはしょうがない。だから皆のところへ早く戻ってやれ」

「でも、私……私は……」


 タマモはうつむき、涙をこぼす。おそらく怨念に囚われながらも、自分が何をやったのか理解しているのだろう。


「大丈夫です、皆さんタマモさんが帰ってくるのを待ってますよ」


 その時、刹那の声が響き渡った。
 タマモは刹那の声に気付くと、顔を上げ、キョロキョロと周囲を見渡す。
 すると、周囲を取り巻く暗闇の中から刹那が姿を現した。

 刹那はタマモの前に立つとその手を伸ばし、タマモに話しかけた。


「さあ、タマモさん。皆さんのところへ帰りましょう」

「でも、私は……」

「大丈夫です、アスナさんも、木乃香お嬢様もみんなタマモさんが戻ってくるのを待っています。それに茶々丸さんはガイノイドですから氷を溶かせばすぐに元通りになるでしょう」

「いいの? 私は……私はみんなと友達で居ていいの?」


 刹那は不安そうに見上げるタマモに微笑む。そしてアスナ達に自分の素性を告白した時を思い出しながらタマモに答えた。


「そんなの当然じゃないですか」



 刹那とタマモ、二人はしばしの間見つめあう。二人のやり取りは、まるで刹那の告白の時の立場をまったく入れ替えたような形になっていた。
 そして、それに気付いた二人はやがて我慢が出来なくなったかのように笑い出すのだった。

 ひとしきり笑いあった二人だったが、一足先に落ち着きを取り戻した刹那がさらにタマモに向かって爆弾を落す。
 それはまるで、告白の時のシリアス空間をぶち壊したことに対するささやかな意趣返しも兼ねていたのかもしれない。


「それと……もう一つお話があります。横島さんはまだ完全に死んでいるわけではありません」

「……本当!」

「マジか!?」


 横島とタマモ、二人はそれこそ予想だにしなかったことに鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたが、すぐに気を取り直すと刹那に掴みかかった。


「ええ、本当です。ですが、死神さんの話ですと一刻も早く強力な霊力で魂を安定させないといけないそうなので、タマモさんの協力が必要なんです。それに先ほどタマモさんの前世、玉藻の前の話ですと、九尾の力には命を司っている力もあるという事です。タマモさんなら必ず横島さんを蘇らすことが出来ます」


 刹那は自分に掴みかかる二人から距離をとると、改めて横島を蘇らす方法を説明していく。
 そしてその説明が終わると、タマモにとってこの場にいることはもはや何の意味も無い事であった。


「では行きましょう、私が来た方角にこの空間からの出口があるそうです」


 刹那はそう言うと、タマモを横抱きに抱えて翼を広げた。


「刹那ちゃん……タマモを頼んだぞ」

「横島さん、あなたは?」

「俺は言ってみれば文珠に込められた横島忠夫の残りカス、だから俺まで行く必要は無いさ。それにここでやることもあるしな」


 横島はそう言うと闇に包まれた奥の空間に目をやった。


「どういうこと?」

「……横島さん……では後はよろしくお願いします、タマモさんは私が必ず……」

「ああ、頼むぞ。ほんで向こうの俺にあったらほっぺたひっぱたいてやってくれ、この幸せもんがーってな」

「はい、必ず……ではタマモさん、行きます!」


 刹那は闇を見据える横島にペコリとお辞儀をすると、タマモを抱えたまま出口を目指し自身の出せる最大の速度で飛んでいくのであった。

 残された横島は、闇に包まれた空間を見据え、サイキックソーサーと栄光の手を具現化させる。
 そしてそれが終わると同時に、まるでタイミングを見計らったかのように周囲の闇が蠢き、巨大な狐の陰になると刹那が飛んでいった方向へ動き出そうとする。


「さて……と。こんなの俺の役柄じゃないんだけどなー。それにせいぜい時間稼ぎしか出来んが、やらんわけにはいかんしなー」


 横島は、ともすれば気を失いそうなほどの怨念を向ける狐の影に目をやりつつぼやく。
 そしてその影の前に立ちはだかると、恐怖を打ち払うかのように声を張り上げた。


「俺はタマモの兄にして横島よろず調査事務所長、横島忠夫! お前なんかにウチの大事なお姫さんをわたしてたまるか、この先に進みたければこの俺を倒してからいきやがれー!!
 

 横島はその叫び声と共に影に向かって突貫していく。決して勝つこと適わぬ相手と理解してなお進むその背中、それはまさしく戦士の姿であった。








「刹那、今の声は……横島!?」


 タマモは先ほど聞こえてきた横島の声に顔を上げ、しがみ付いていた刹那を見つめる。
 そしてそこには唇をかみ締め、涙をこぼす刹那の顔があった。


「刹那……」

「横島さんは今……玉藻の前の怨念と戦っています。私たちがこの空間から脱出する時間を稼ぐために……」

「そんな! 刹那、戻って! いくら横島でも勝ち目が無いわ!」

「ダメです!」


 刹那はなんとか横島のもとに戻ろうとするタマモをぎゅっと抱きしめ、さらに飛行速度を上げていく。


「でも、このままじゃ横島が!」

「大丈夫です、あの横島さんは文珠が生み出したいわば幻影。そして今の私たちにできる事は、横島さんが稼いだ貴重な時間を使って一刻も早くこの空間から抜け出すことです!」


 刹那は心を引き裂かれそうになりながらも、全てを自分に託してくれた横島の背中を思い出し、タマモを改めて抱きしめる。
 そしてそんな刹那の心が理解できたのか、ようやくタマモも落ち着きを取り戻していくのだった。

 刹那は引き返したいという衝動を無理矢理押さえ込むと、出口に向かって飛んでいく。
 そして5分も飛んだころであろうか、ようやく出口が見え始めた。


「タマモさん、見えました。あれが出口です!」

「ええ、私にも見えてるわ。横島を助けるためにも絶対に帰るわよ!」


 二人はさらにスピードを上げ、出口へと向かう。
 そして二人の手が今まさに出口に手がかかるその時、なんの前触れも無く地面から黒い塊が噴出した。

 地面から噴出す塊はやがて一つに集まり、扉の前に立ちはだかると巨大な狐の影となる。
 そしてその影はニヤリと笑うとタマモ達を悠然と見下ろすのだった。


「そ、そんな……あと少しだったのに」

「ここに怨念が居るという事は横島さんはもう……」


 怨念がこの場にいるということ、それは横島の敗北を意味していた。
 そして怨念はその言葉が理解できるのか、ニヤリと笑うと一枚の布キレを口から吐き出す。
 それは赤い布、横島のトレードマークとなっているバンダナであった。


「よ……よくも横島を……」


 タマモは怒りに身を震わせ、いやらしく笑う怨念に攻撃をしようとする。
 しかし、その攻撃を刹那はタマモにしがみ付く事で未然に防いだ。


「刹那、何するの!? アイツは、アイツは横島を!」

「怒りに身を任せちゃダメです! アイツの狙いは怒りに染まったタマモさんを再び取り込もうとしているんです」


 タマモは刹那の身を挺した行動にようやく落ち着きを取り戻す。
 しかし、現実問題で出口をの前に怨念が居座る今、タマモ達にはどうする事も出来なかった。

 
「どうする、刹那? 私たちはここまでなのかな……」

「一つだけ……一つだけ手があります。あの怨念が魔に属する以上、一瞬だけなら道を切り開いて見せます!」


 刹那は夕凪を抜き放ち、怨念を見据えながらゆっくりとそれを上段に構える。
 刹那が放つ技、それはかつて一度だけ師範に見せてもらった技。そして今の自分にそれが使えるのか、それはまったくの賭けである。しかし、ここがタマモの深層意識である以上、使える技はこれしかなかった。

 刹那は怨念を見据えながら精神を研ぎ澄ませ、心を細くしていく。静寂に満ちたその気は、やがて刹那の心を明鏡止水の境地へと押し上げていった。


「神鳴流 斬魔剣弐の太刀」
 

 心満ち、気十分に達した時、刹那はその奥義の名をつぶやく。そして己の全てを賭けた剣を怨念へ向けて振り下ろすのだった。


 刹那の放った技は物理的な破壊を伴うことなく、魔のみを切り伏せる技であった。そしてその技を放った刹那は、確かな手ごたえを感じていた。
 しかし、目の前に立ちふさがる怨念は小揺るぎもせず刹那を見下ろしていく。


「く……これでもダメなのか!」

「ここまでなの……」


 刹那の心に絶望が広がっていく。この技が通じないようでは、刹那にもはや手札は残っていなかった。


 

ピシリ!



 二人の心が絶望に囚われそうになった時、ひびが入ったような音が響き渡る。
 その音に顔を上げた二人の前では、狐の姿をした怨念の体に無数のひびが入っていくのが見えた。
 そしてそのひびが全身にいきわたると、怨念は叫び声を残して四散して行くのだった。怨念を退けた二人の前には、光に包まれた扉がその姿を現していた。


「やった……やったわ刹那!」

「まだです、これは一時しのぎに過ぎません! 今のうちに急いで扉へ!」


 嬉しさのあまり刹那に駆け寄ろうとするタマモを制し、刹那はタマモの手を引くとすぐに扉へ向けて走り出した。
 そして刹那の言うとおり、怨念は再びその形を成し、二人を捕らえようとしていた。

 あと5mそして4mと、二人は扉へ向けて走り出す。そして今にも扉に手がかかろうとしたその時、形を成そうとした怨念の一群がそれを妨害するかのようにタマモのもとへ向かおうとする。
 しかし、その瞬間二人にとって聞きなれた声が響き、その怨念の一群を弾き飛ばした。


「俺の往生際の悪さは天下一品じゃー! 食あたりになってでも貴様を止めちゃるー!」




「横島!」


 それは怨念に飲み込まれながらも、上半身を無理矢理這い出させサイキックソーサーを放った横島だった。


「行けー二人とも! 早くその扉から外に出るんだー!」

「で、でも!」


 タマモは足を止めると振り返り、悲痛な表情で横島を見上げる。
 そしてその横島は再び怨念に飲み込まれそうになるのに必死に抗い、タマモ達を逃がすために怨念に攻撃を加えていく。
 しかし、その勇戦もまた一時しのぎでしかない。横島は時間の経過とともに、再び怨念に飲み込まれようとしていた。


「タマモさん、行きましょう……今は一刻も早く」

「……ええ、わかったわ」


 タマモは唇をかみ締め、血が出るほど手を握り締めながらも横島に背を向けるとその扉に向けて走る。


「横島さん、ありがとうございます……」


 刹那は横島に剣を捧げ、一礼をするとタマモの後を追って扉へ向かうのだった。



「悪霊退治こそGSの華! 女子供を守ってこそ男じゃ! この見せ場は誰にもゆずらへんぞー!」



 二人は横島の最後の声を背に、涙を流しながら光の扉を開け、今度こそ闇の世界を後にしたのだった。













 刹那が気がつくと、自分はいまだにタマモにしがみついた状態であった。
 おそらく文珠を発動してからそんなに時間がたってないのか、アスナがすぐ側で二人を心配そうに見つめていた。


「そうだ、タマモさん!」


 刹那がタマモに気付き、先ほどまで暴走していたタマモを見上げると、そこには涙を流して自分を見つめるタマモがいた。もっとも姿かたちはまだ20歳前後の大人の姿であるが、その表情はあきらかに自分の知るタマモであった。


「刹那……」

「タマモさん、お帰りなさい」

「やったー!!」


 刹那の言葉でタマモが元に戻ったと確信したアスナは歓声を上げ、それによりタマモと壮絶な戦いを繰り広げていたエヴァはどさりと地面に腰を降ろす。
 遠くのほうでもタマモが元に戻ったのに気付いた木乃香が、嬉しさのあまりネギに抱きつき、それが偶然なのか故意なのか不明だが、見事にスリーパーホールドを決めて再びネギを眠りの園へといざなっていった。

 タマモが正気を取り戻してから数分後、茶々丸の氷を溶かすと全員で横島を取り囲んでいた。エヴァも左腕の再生が終わったのか、元通りの姿でその輪の中に加わっている。
 そして改めてタマモが死神から横島の魂を受け取ると、ひときわ金色に輝く尾、命を司る尾に霊力を通していく。すると横島の魂と体が金色に光り輝き、やがてその魂は体に引き寄せられるようにタマモの手を離れていく。

 横島の魂はタマモが霊力を強めるごとにゆっくりと体へ近づいていく。しかし、ある距離まで近づくと、まるでそこに壁があるかのようにそれ以上体に近づく事ができなかった。


「これは……どういうことですか?」


 刹那は傍らにいる死神に事態の説明を求める。


「もしかしてもう手遅れなんじゃ……ぐえええギブギブ小動物虐待反対ー!」

「カモ、あんたは縁起でもない事を言うんじゃないの!」


 不埒な発言をした白いナマモノがアスナの手によって別の意味で天に召されようとした時、刹那の声が響き渡った。


「じ、じゃあ今の状態では横島さんを復活させるのに霊力が足らないと言うことなんですか!?」


 死神の説明によると、どうやら時間が経過しすぎており、いかな九尾の狐の霊力を持ってしてもその魂を安定させることできなくなっているらしい。


「そ、そんな……」

「それじゃあ横島さんは!」


 アスナとネギは絶望の声を上げる。しかしタマモはそれでも諦めようとはせず、己の全ての霊力を横島に注いでいく。


「タマモさん! それ以上は危険です!」

「イヤよ……私は絶対に横島を助ける!」


 刹那がタマモを止めようとするが、それでもタマモは霊力を送り込むことを止めない。

 この時、それをずっと見ていた木乃香が何かを思いついたのか、アスナに話しかけた。


「あんな、アスナ……ネギ君にキスしてもええ?」

「こんな時に何を……」

「あわわ、ちゃうって、ほら、仮契約や」

「え……でもなんで突然?」


 どうやら木乃香はネギと仮契約を結ぼうとしているらしい。
 アスナは木乃香の意図がわからず、頭に?マークを浮かべていたが、相変わらずアスナの手に握られていたカモがその意図に気付いた。


「そうか、仮契約には対象の潜在能力を引き出す力がある。このか姉さんがシネマ村で見せた力ならひょっとして!」


 カモはアスナの手を抜け出すと、即座に仮契約の準備に取り掛かる。そしてこれが彼らにとって横島を復活させる最後の希望であった。


「木乃香さん……」

「ネギ君、横島さんを助けるためや……ウチ、タマモちゃんの泣き顔はもうみとーない」

「はい、僕もです」


 やがてカモは仮契約の魔方陣を書き終わり、二人は目を合わせるとそっとキスをした。

 仮契約の発動とともに光が周囲を包み込み、木乃香の魔力が横島の体を包む。
 すると、今まで横島の魂は壁がなくなったかのように体へと再び近づいていく。しかし、あと少し、ほんのあと3cmと言う所で横島の魂は再びその動きを止めるのだった。


「そんな……これでもダメなんて……」


 アスナのつぶやきと共に周囲に絶望が再び広がっていく。
 しかし、タマモはまだ諦めない。
 タマモは最後の力を振り絞り、それこそ横島の魂を揺さぶる叫びを発しながら全ての霊力を放出していく。


「お願い横島、帰ってきて! 帰ってきたら私の初めてをあげるから!


 

シュポン!



 それは一瞬の出来事であった。
 タマモの叫び声と同時に、今までの苦労が嘘のようにマヌケな効果音を伴って魂が体の中に入り込み、光が周囲に満ち溢れる。


「「「だああー!!」」」


 それと同時に、事の次第を理解したタマモを除く全員が盛大に、それはもう盛大に地面へと見事なダイビングヘッドを決めるのだった。

 横島忠夫、彼は死して尚あらゆる意味で漢であった。


 皆がいかにも気だるげに身を起こし、横島を包み込む光が収まると、そこには全ての力を使い果たしたのか元の15歳の姿をしたタマモが横島を抱きしめていた。


「タマモさん、横島さんは?」

「生きてる……生きてるよう」


 タマモは嬉しさのあまり、ポロポロ泣きながら横島を抱きしめる。


 一方、そのころのネギ達はといえば。


「……えーっと。本来なら感動のシーンのはずなのに何故かしら、ひどく馬鹿にされた様な気がするのは……」

「奇遇だな、神楽坂アスナ。私も同意見だ」

「なんでしょうか、この心にわだかまるモヤモヤとしたものは…・・・ハッこれが殺意」

「茶々丸さん、一応ようやく生き返ったんですから殺しちゃだめですって。気持ちは良くわかりますけど」

「横島の兄貴、あんたこそ本当の男、いや漢だ!」

「ある意味横島さんらしいと言えばそうなんでしょうけど……」

「感動のシーンが台無しやなー」


 上からアスナ、エヴァ、茶々丸、ネギ、カモ、 刹那、木乃香の発言である。
 彼らは本来なら感動のシーンのはずが、なにかこう力が抜けるコメディーを見たような感想を持っていた。




「ん……」


 アスナ達の思いを他所に、タマモに抱えられた横島が身じろぎと共に覚醒する。

「横島!」

「ああ……タマモか……どうした、泣いてるじゃないか」


 横島はまだ完全に覚醒してないのか、ぼうっとした表情でタマモを見上げる。


「バカ、誰のせいだと思ってるのよ」


 タマモは目から大粒の涙を流し、再び横島に抱きついた。


「悪りい……無茶しちまった……けど、これで一応約束はまもったぜ」

「何が約束よ、みんなが協力してくれなかったら死んでたのよ! それに私もみんなに大きな借りを作っちゃったし」

「そっか……心配かけたな、ありがとう……なあ、タマモ。泣き止んでくれ……お前は笑ってるのが……一番可愛いんだ……ぞ……」



 横島はそう言うと、タマモの顔を上げさせるとゆっくりとキスをした。
 タマモは目を見開き、驚きの表情を浮かべたが、すぐに目を閉じると心地よい温もりにその身を任せる。そしてこれがタマモのファーストキスであった

 10秒程度はたったであろうか、タマモは唇を離すと、万感の思いと共に笑顔を浮かべ、涙をぬぐう。
 そしてお帰りなさいと言う代わりに、今の素直な気持ちを横島にぶつけるのだった。


「バカ……」


 その笑顔は今まで見た中で一番美しかったという。










「いいな……タマモさん」


 そんなタマモ達を、顔を赤らめながら見ていた刹那がポツリと漏らした。


「あれ、刹那さんひょっとして……」


 耳ざとく刹那の言葉を聴きつけたアスナが、ニヤニヤと生暖かい目で刹那を見つめる。

「ちょ、アスナさん一体何を……」

「えー! せっちゃん横島さんが好きなんー?」

「おおおおお嬢様! 一体何を! 私は別にそんなことは……確かに横島さんはこう、素敵な男性ですが……ただなんとうかその、羨ましいというか、あああああ!!」


 刹那は最早自分が何を言っているのか理解できていないのか、真っ赤な頬を両手で押さえてうずくまる。
 そんな刹那を木乃香達は面白そうに見つめているのだった。



「刹那達は何をやってるアルか?」

「さあ、しかし刹那殿のあんな表情はなかなか見られるもんではござらんな」

「さて……横島の兄を淫行の現行犯で警察に突き出すべきなのかな?」

「アホばっかです」

「なにをやっとるんや?」


 そして同じころ、ようやく到着したクーフェイ、長瀬、龍宮、綾瀬&捕虜の小太郎が状況を理解できないままたたずんでいた。


 タマモ達のもっとも長い夜は終わり、そして新たなる夜明けを迎えようとしていた。






第18話 end


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