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「そろそろ起きぬか横島殿」

「……ん? ここは?」


 横島が誰かに呼ばれたような気がして目覚めると、そこはなにやら異様な空間が広がっていた。
 周囲を見渡すと、遠くのほうの小川のほとりで子供が石を積んで遊んでおり、その傍らには色とりどり肌の色をしたいかついお兄さん達が微笑ましげにそれを眺めている。時々子供にちょっかいをかけて石を崩しているのは、子供たちにかまって欲しいからなのだろうか?
 そしてさらに別のほうを見ると、先ほどの小川とは違う大河が流れており、豊かな水を湛えて緩やかに流れている。その川には近くにボート小屋でもあるのだろうか、たくさんのボートが浮かんでおり、幾人もの人が水上で水と戯れていた。
 
 実に平和でのどかな午後の風景という感じである。


 ただし、対岸の小川のほとりに『賽の河原』とか、ボート小屋の看板に『渡し賃6文』と書かれてなければの話であるのだが。


「マテや、つー事は何か? 目の前の川は三途の川!?」


 横島はしばしの間呆然として周囲を見渡していたが、やがて自分の状態を理解したのかその場に崩れ落ちるように膝を着いた。


「あはは、やっぱり俺は死んじまったか……」


 地面に膝をつき、うな垂れながら横島はつぶやく。だが、その呟きにはどこと無く安堵したような響きもあった。
 それは自分の大切な被保護者であり、そして今やかけがえの無い相棒と化した存在、すなわちタマモの姿が無い事に安堵したからであった。
 タマモ姿がここに無い、それはタマモが無事である事を意味している。だが、それは同時に横島にとってもう一つの懸念を呼び起こさせるものであった。


「約束……破っちまったな。一人にはしないって言ったのにこのざまか」


 横島は立ち上がりながら自嘲気味につぶやく。確かに横島が死ねばある意味ではタマモは一人だ、それだけに今後のタマモのことが心残りではある。
 しかし、今のタマモには数多くの友人たち、刹那を筆頭にアスナ、木乃香、ネギ、それに修学旅行で仲良くなったというあやかがいる。きっと彼女たちがタマモを支えてくれるだろう。
 横島はそう結論付けると、過去を振り切るように頭を振り、三途の川の渡し守に目を向けた。


「まあ死んじまったもんはしょうがないか、さすがに未練残してGSが悪霊になったんじゃ洒落にならん」


 横島はそうつぶやくと新しい輪廻の輪に入る決意をしたのか、いつの間にか懐に入っていた6文銭を握り締めながら渡し守のところへ向かうのだった。


「そういえば俺の来世ってどうなるんかなー」


 渡し守の所まであと数百mというところまで来たころ、横島はふと自分の来世について思いをはせる。振り返ってみれば、今世の自分はあらゆる意味で波乱万丈な生活を送っていた。
 それは色香に迷って時給250円のバイト生活に始まり、世界を揺るがす大騒動に幾度と無く巻き込まれ、果ては異世界に迷い込んだ挙句に若くして死亡ときている。その人生はまさに『濃い』という一言に集約されているであろう。
 そしてその濃い人生の中で経験した苦労と報酬、はたしてこれのバランスは保たれていただろうか。


 答えは『否』である。


 となれば今世において大赤字を叩き出した幸福度を満たすためにも、来世はそれこそハーレムの一つや二つ作らなければ割に合わないというものである。


「クククク……そうだ、そうだよな。今世はあれほど苦労したんだから、来世ぐらいは報われなきゃやってられないよな」


 横島は暗い笑みを浮かべながら再び歩き出す。
 その瞳は野望に染まり、ともすれば三途の渡しの行列整理をしている鬼すらも脅える迫力をかもし出しながら、モーゼの十戒のごとく死者の群れをかき分けて渡し守に6文銭を突きつけるとおもむろに口を開いた。


「さあ、俺の新しい船出の始まりだ! 目指すは極楽! そしてまだ見ぬ来世のねーちゃん達! もし閻魔が地獄に落そうと言うのなら、全霊をかけて『痛』の文珠を食らわせてやるー!」


 この時、今まで横島に気付かれる事無くその後ろを歩いていた少女の気配が変わった。
 その気配を一言で表すならならば『凍』、全てを凍てつかせるような笑みを浮かべたまま、その少女は手にした得物を掲げる。それを見た周囲の死者や鬼達は、青ざめた顔をさらに青くさせて蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去っていく。
 そして事態の推移に気付かぬまま高笑いを続ける横島に向けてその得物――100tハンマー――をなんの躊躇も無く振り下ろす。

 天を埋め尽くす巨大なハンマーの影、それが横島の見た最後の光景であった。



「お主は地獄でクーデターでも起こすつもりかー!」





 その一部始終を見ていた渡し守は、後に酒の席で同僚に語る――


「あれの前では地獄の責め苦すら天国のようだ……」


 ――渡し守はそう語ると酒を一息にあおり、そのまま酔いつぶれるのであった。







第19話 「祭りの後」







「まったく、この男なら本当に閻魔を脅迫しかねんな……」


 その少女は赤く染まり、動かなくなった横島を引きずりながら三途の川を後にすると、あたり一面が見渡せる小高い丘で横島を無造作に放り投げる。
 すると、その衝撃で目を覚ましたのか横島がうめき声を上げながらその身を起こした。


「いてて、なんつー事をしやがるんだタマモ……ってお前は……」


 横島は微妙に慣れ親しんだ突っ込みの感触から、その下手人がタマモであると睨み、文句を言おうと身を起こそうとする途中でその勢いを失ってしまった。

 目の前にいる少女、それは紛れも無く横島の良く知る人物、彼の義妹であり、また相棒でもあるタマモであった。
 横島はこの時タマモも自分と同じように死んでしまったのかと思ったが、その考えを即座に否定する。
 それは、横島の本能が呼びかけたのだろうか、それともかりそめとは言え兄妹としてすごしてきた絆であろうか。横島は目の前いにいる少女がタマモではないと瞬時に看破したのであった。


「お前は……タマモじゃないな」


 横島は警戒しながらタマモの姿をした少女に呼びかける。そして問題の少女はすこし驚いたような顔をしたが、やがて満足そうに頷きなが横島に話かけた。


「ほう、気付いたか。さすが我が娘が選んだ男じゃの」


 少女は外見にそぐわない妖艶な笑みを浮かべると、横島の頬に手を差し伸べた。
 横島はまるで魅入られたかのようにその場を動く事が出来ず、ただタマモの姿をした少女の瞳を見つめている。
 しかし、ここで横島は少女のセリフの中にに気になる単語があった事に気付いた。


「娘? タマモがお前の娘ってどういうことだ?」


 少女は笑みを浮かべると、意味もわからず目を白黒させている横島の目の前でその正体を晒していく。
 そして次の瞬間、横島の目の前にはタマモよりはるかに大人びた女性――タマモを20ぐらいに成長させ、平安期の服装を纏った美しい女性――がたたずんでいた。


「名乗るのが遅れた事をわびよう。我は玉藻、お主の妹、タマモの前世じゃ」


 玉藻は目の前で呆然と自分を見つめる横島を見ながら、悪戯が成功したような笑みを浮かべていた。
 横島は、その仕草が自分の知るタマモと同じものであると理解すると、目の前の女性がまぎれも無くタマモの前世であると心の中で納得したのだった。


「しかし、お主はよく我がタマモではないと気付いたな。自分でも完璧に化けたと思ったのじゃが……」


 玉藻は不思議そうに横島を見上げる。事実、彼女の前世においても自分の幻術を見破った人間は数少ない、しかも今回化けたのはある意味自分自身でもある。
 それをいとも簡単に見破った横島に、玉藻は惜しげもなく賞賛を送る。しかし、それに対する答えはあらゆる意味で玉藻の予想を覆すものであった。


「ああ、なんか突っ込みの感触がいつもより優しかったからな。アイツは最近美神さんに匹敵する突っ込みを会得したから、本来なら気絶も出来ずに地獄を……」


 横島はタマモの苛烈な突っ込みを思い出し、身震いするように体を振るわせる。


「あ、あれで優しいとは……我が娘ながら本気で恐ろしい」


 横島のあまりにも予想外のセリフに、玉藻は後頭部にでっかい汗を浮かべ、同時に娘と呼んでいる今世の自分に言い知れぬ恐怖を感じたのであった。


「で、その玉藻がなぜに三途の川に?」


 横島は突如苦悩し始めた玉藻に微妙に萌えながらも、現在の自分の状況を知るために話を促す。すると玉藻は嫌な想像を振り払うように頭を振ると、改めて横島を見据えながら事情の説明を始めたのだった。


「ここは正確には三途の川ではない、いわばお主の内面世界の一つなのじゃが……我も正直ビックリしたぞ、内面世界があの世と直通している人間なんて初めて見た」

「は!?」


 横島の思考が一瞬停止した。
 だが、それも無理も無い事であろう、なにせ自分の内面世界があの世と直通していると聞けば、誰でもそうなるというものである。


「お、俺っていったい……」

「おそらく、お主は自分でも気付かぬうちに何度もここに来ておったのじゃろうな。それゆえ繋がったのであろうが……しかしお主本当に人類か?」


 確かに玉藻の言うとおり、横島はそれこそ両手でどころか、下手をすれば3桁に届くほど何度も生死の境をさまよっている。
 それを考えれば、確かに自分の中にあの世との直通回路が出来てもなんら不思議ではない、不思議ではないのだが、彼が益々人類のカテゴリーから離れていっている気がするのは決して気のせいではないだろう。
 まして玉藻が横島を人類かどうか疑うのも無理は無い。


「俺はまごうことなき人間じゃー!」

「この状態で言っても説得力に欠ける、それにアレについてはどう説明するのだ?」
 

 玉藻は横島の抗議を一刀の元に切り伏せると、三途の川のある方角と逆の方を示す。
 そこには、何故か存在している『美女大歓迎、おいでませ横島領へ』と書かれた看板と――






<神魔共同保養施設 煩悩殿>




 ――と書かれている荘厳さと、華々しさ、そして下品さを兼ね備えたピンク色の巨大な城がそびえ立っていた。
 その外観はまるで休憩といいながら、実はちっとも休憩できないとある特殊な目的で使用する建物のようである。


「こ、これは……」

「結構繁盛しとるようじゃのー。しかも利用客はなにやら高位の神魔族のようじゃが……」


 横島は周囲の景観に全くそぐわない建造物を呆然と見上げていたが、ここでふとあることに気付いた。


「ちょっとマテ、以前キーやんとサっちゃんが言ってた別荘ってこれかー! 人の内面世界に勝手に保養施設なんか作ってんじゃねー! しかもこの外観はなんだー!」


 横島の内面世界において建造された巨大な城、それはかつて神魔の最高指導者が総力を上げて作った別荘であった。
 そしてそれに気付いた横島はおもむろに懐から神と魔をかたどった人形を取り出し、全霊を込めて釘を打ち付けるのだった。




 5分後 


「そろそろ話を進めてよいか?」


 しばらく神と悪魔を平等に呪い続けた横島を生暖かい目で見ていた玉藻であったが、いい加減話を進めるために声をかける。一方、当の横島は呪いを完遂したせいか、すがすがしい笑顔を浮かべて汗をぬぐうのであった。
 ちなみに同時刻、執務中であった二人の神魔は原因不明の激痛に見舞われ、病院へ搬送されたことをここに記す。


「さて、まずはここが正確にはあの世ではないと言ったのじゃが……簡単に結論を言えばお主は生きておる」

「本当か!?」


 横島は今の今まで自分が死んでいたと思っていただけに、その驚きはひとしおであった。


「うむ、お主は危うく死ぬ所であったが、タマモの力によって助かったのじゃ」

「そ、そうか……俺は、俺は助かったのか。じゃあこれでタマモを一人にせずに……」


 横島は一瞬安堵したように息を吐いたが、急に何かに思い至ったのかその動きを止める。そして弛緩した顔を一変させると険しい表情で玉藻につめよった。


「タマモの力を使ってだと!? じゃあタマモはどうなったんだ! タマモの前世のお前がここにいるって事は、まさかタマモに何かあったんじゃないだろうな!」


 横島の脳裏には、自分を助けるためにその命を燃やし尽くした一人の魔族、ルシオラを失った時の悲しみがフラッシュバックしていた。
 横島は玉藻に掴みかかりながら、最悪の予想に身を震わす。 

 玉藻は横島の突然の変貌に少し戸惑っていたが、やがて笑みを浮かべると横島の頭にそっと手を回し、自分の胸に愛しそうに横島を抱きしめた。
 横島は突然の事態に言葉をなくし、玉藻のなすがままに抱きしめられたまま時を過ごす。
 

「安心するがよい、タマモは無事じゃ」


 その言葉は荒れ狂った横島の心を徐々に溶かし、横島はゆっくりと本来の自分を取り戻していく。

 玉藻はそんな横島を見ながら、タマモの身を本気で心配している横島に心ひそかに感心し、そして同時にタマモに対してほんのわずかの嫉妬を覚える。
 かつて自分を庇護した男達は確かに玉藻のことを愛していた。しかし、それは人間に化けた玉藻を愛したのであり、自分の正体が妖怪であると知ると例外なくその居場所を追い立てていく。
 しかし、タマモの無事を知り歓喜に震えるこの男はタマモが妖怪どころか、傾国と称された九尾の狐と知ってなお純粋にタマモの身を案じている。
 それを思うと、あのころの自分は生活は満たされていても、心のどこかで正体を暴かれ、愛した男に追われることを恐れていたのではないだろうか。だが、その心配はもう無い。この男は決してタマモを見捨てる事は無いだろう。

 横島忠夫との出会い、それはタマモにとって数千年の時を経て本当の安らぎをもたらすものであった。


「タマモ……我が分身にして愛しき娘よ。この世のどんな宝石より貴重なこの男、決して手放すではないぞ」


 玉藻は横島を抱きしめながら、望外の幸せを手にしようとしているタマモにそっとつぶやくのだった。









「で、時に横島殿……」

「何でございましょう?」


 横島を抱きしめたまま数分が過ぎたであろうか、玉藻は何かを思い出したかのように横島に話しかける。


「この手はいったいなんのつもりじゃ?」


 顔を起こした横島が改めて玉藻の視線を追うと、そこには玉藻の胸をもみしだいている自分の手が決して止まることなくワキワキと蠢いていた。


「……あは、あはははなんか安心したら急にこう、俺の煩悩が体を勝手に……」


 横島は全ての罪を己の煩悩になすりつけながらビクビクと玉藻に顔を向けた。
 すると、自分のよく知る少女とまったく同じ笑みを浮かべる玉藻と目が合う。

 両者が沈黙したまま永遠ともいえる10秒が過ぎたころであろうか、ここに来てようやく玉藻が動き出し、横島の背に回されていた両手を離すと、その手をそっと横島の即頭部に当てる。
 そして玉藻は満面の笑みを浮かべたまま、その手に全身の力を込めたのだった。


 

ブン!



 何かが振動したような音が一瞬響き、それと同時に目の錯覚であろうか、横島の頭がぶれる。そして次の瞬間、横島は顔中の穴という穴から血を流しながら大地に崩れ落ちるのであった。
 彼が意識を失う直前に考えた事、それはこの目の前にいる人物がまぎれも無くタマモの前世であるという確信であった。





「あー死ぬかと思った」

「いや、あの程度の技で死ぬとはかけらも思うてはおらなんだが、いきなり無傷で復活するのもどうかと思うぞ」


 玉藻が横島に『菩薩掌』を決めたその10秒後、横島は何事も無く復活していた。


「あはは、あれに相当する打撃は日常茶飯事だからなー。ま、それはともかく、タマモが無事ならなぜに玉藻がここに?」

「そういえば言ってなかったな、我はタマモが横島殿を生かすために注ぎ込んだ力の残滓じゃ」

「早い話が、タマモの力の残りカスということか?」

「まあ、間違いではないが……もうすこし言いようというものがあるであろうに」


 玉藻は横島の発言に額に微妙に青筋を浮かべるが、いいかげん話を進めるためにぐっとこらえる。


「ともかく、タマモが横島殿を生かすために注ぎ込んだ力の中に、本来タマモの中で眠っていた我の一部が横島殿の中で目覚めたのじゃ」

「そっか……で、話はもどるけど俺やタマモが無事なのはいいんだが、それを知らせるためにわざわざここに?」

「それもあるが……せっかく久方ぶりに我の自我が目覚めたのじゃから、自我のあるうちにちと話し相手にでも思っての。それになによりタマモを通してではなく、じかにお主に礼を言いたかったのじゃ」

「礼? 俺ってなんかやったんか?」


 玉藻はキョトンとした顔をして自分を見つめる横島にそっと微笑むと、自分の額を横島の額に押し当てる。


「不埒なまねをするでないぞ……」


 玉藻は横島にそう念を押すと目をつぶる。そして次の瞬間、横島の脳裏に自分が意識を失った後の情景が次々と浮かんできた。

 それは白髪の少年を意図も簡単に消滅させ、悲しみのまま怨念に囚われ、エヴァ達を追い詰めていくタマモの姿であった。
 その映像は次々と場面を変えて行き、やがて舞台はタマモの深層意識の中へと移って行く。そしてそこでは怨念に囚われたタマモを救うべく、『伝』の文珠に残された横島の思いと、文珠の余波で取り込まれた刹那がタマモを説得していた。
 その後、二人の説得と横島が生きていることを知ったタマモは自我を取り戻し、怨念から逃れるべく出口を目指していく。そして只一人その場に残った横島は、決して適わないと知った上でなおタマモ達が脱出する時間を稼ぐために怨念と死闘を繰り広げるのだった。


「こ、これは……」

「これはお主が意識を失っていた間に実際に起こったことじゃ。この後お主のおかげで二人は怨念の手から逃れ、目出度くお主を復活させたのじゃ。お主は誇ってよいぞ、お主はまさしく世界を救ったのじゃ。あのままタマモが怨念に囚われていたら、間違いなく世界は滅び去っていたであろう」


 タマモは横島から額を離すと、横島の目を見据えながら話しかける。しかし、横島は信じられないというような顔をしたまま、言葉も無く玉藻を見上げるだけであった。


「そんな……これが、こんなことが……」

「どうした、タマモが世界を滅ぼす力を持つと知って怖くなったか?」


 玉藻は横島の心の動きを一瞬でも見逃すまいと、横島の目を見つめ続ける。もしここで横島がタマモに対して怯えるようなら、横島も所詮過去の男達と同じ存在であり、タマモを本当の意味で幸せには出来ないであろう。しかし、玉藻は横島は決してタマモに脅える事は無いであろうと確信していた。
 だが、その玉藻の確信は横島の絶叫で完璧に裏切られるのだった――




「こんな格好いいのが俺だなんて嘘やー!」




 ――いい意味で。



「違う、俺はこんな勇敢な男じゃないんだ! 刹那ちゃん、そんな尊敬の眼差しで俺をみんといてー、現実の俺を見て幻滅されるのは嫌じゃー!」


 横島はあまりにも自分のキャラと違う自分の姿に錯乱したのか、どうやら刹那の幻覚も見えているらしい。
 一方、完璧に予想外のリアクションを受けた玉藻はしばし呆然としていたが、やがて嬉しそうに笑うと錯乱し続ける横島に抱きつき、そのまま唇を合わせるのだった。

 横島は突然の事態に体を硬直させ、目を見開いていたが、やがて落ち着きを取り戻すとタマモと同じ悪戯が成功した時の顔をした玉藻を見つめる。


「な、なにを……」

「なに、タマモを……私を受け入れてくれた礼じゃ。これからも娘を、タマモをよろしく頼むぞ」


 玉藻はそう言うと横島から離れる。するとそれがまるで合図であったかのように、横島の体がだんだんと薄くなっていく。


「え、いったいなにが?」

「落ち着くがよい、もうすぐお主が目覚めるというだけの事じゃ。短い逢瀬ではあったが楽しかったぞ、あちらで娘をよしなにな、婿殿


 突然体が透けだして焦る横島だったが、玉藻の説明に安心する。しかし、それと同時になにやら聞き捨てにできない禁断のフレーズを聞いたような気がしてならなかった。


「マテ……イマナントオッシャリマシタカ?」


 十分に深呼吸し、心を落ち着けると横島は先ほどの発言の真意を尋ねるべく玉藻に話しかける。


「ん? 娘をよしなにと言ったのじゃが」

「その後だ、なんか気のせいか婿とか言わんかったか?」

「たしかに言ったぞ、婿殿」

「なぜにー!」


 横島はどんどん体が透けていく中、天に届けとばかりに絶叫すると玉藻に詰め寄る。
 しかし、タマモはそんな横島をニコニコと笑みを浮かべながら眺めるだけである。


「何故とは心外な、我が娘がお主に初めてをささげ、そしてお主はそれを受けたのであろう? ならばここは潔く責任をとって……」

「ちょっとまて、なんだその初めてとか言うのは! まさか俺は今度こそ本当にタマモに手を出しちまったのかー! おのれ1度ならず2度までも、我が愚息の分際で俺を出し抜きおってー!」


 横島はそう言うと再び憎しみを込めて右腕を振り上げ、己が愚息に向かって必殺の一撃を叩き込もうとする。
 しかし、その直前に玉藻は横島の愚息の危機に見かねたのか、横島に真実を告げるのだった。


「あー、何を勘違いしおるのかたいがい想像はつくが、初めてとは接吻のことじゃぞ」


 玉藻はそういうと、どこからともなくとりだした液晶TVにタマモと横島のキスシーンを何度もリプレイさせて見せた。
 ちなみに、そのキスシーンは様々な角度から撮影されている。


「嘘だぁー! 俺が中学生に手を出したなんてー!」


 横島は別の意味でトドメを刺されたまま、自らのアイデンティティーの崩壊と共に現世へと戻っていくのであった。


「さて、婿殿をいじるのは存外楽しかったな。あとは婿殿と同化するのみか」


 玉藻は先ほどの横島と同じく、少しづつ薄くなってくる自分の体を見おろす。
 今この場にいる玉藻は、横島を救うためにタマモが送り込んだ霊力が形を成したものだ。したがって横島が目覚めることは、自分が完全に横島と同化する事を意味している。

 玉藻は名残惜しそうに横島が消えていった空間を見つめると、改めて横島のことを思い出す。
 本来なら二度と会う事は無い二人であるが、玉藻はこの時もう一度横島に会えると確信していた。それもそう遠くない未来に、そしてそれはタマモと横島が共にいる限りかなり確度の高い予想であった。


「では縁があればまた会おう、婿殿……いや、その時はこう呼ばねばな……父様と」


 横島と同化した玉藻、それはかつてのルシオラと同じく横島の魂と結びつき、もし横島とタマモとの間に子をなせば、それは再び自分が横島の子としてこの世に生を受けることを意味していた。


「父様、どうか私を愛してださいね」


 この時、玉藻は外見どおりの――おそらくこれが本来の――口調でそう言うと幸せそうな笑みを浮かべたままそっとその姿を消すのだった。








 横島の魂が未来の娘と邂逅を果たしているころ、ここ西の本山では再び眠りについた横島を交代で看病している二人の少女の姿があった。
 その一人は横島の義妹であり、古の大妖怪九尾の狐の転生体である横島タマモ。そしてもう一人は美しい黒髪を頭の横で一まとめにした吊り目がちの少女、桜咲刹那であった。

 当初二人は一緒に横島を看病していたのだが、タマモは強力な力を解放したせいで酷く消耗していたため、現在は横島の安否を気遣いながらも奥の部屋で休息を取っている。
 そのため現在横島を看病しているのは刹那只一人であった。

 刹那はなにやら苦しげにうなされている横島を見つめながら、昨夜の出来事を振り返る。


「昨夜は本当に色々なことがあったな。お嬢様がさらわれ、鬼の群れと戦い、スクナの復活、そして……タマモさん」


 刹那は独り言のようにつぶやきながら、昨夜の出来事を指折り数えていく。
 そして全てを列挙し終わると、改めて横島をじっと見つめた。


「昨夜の事件、その全てに横島さんがかかわっていた。そして横島さんがいなければおそらく……」


 刹那にとって、今まで横島はただタマモの兄としか認識していなかった。彼は特別剣の腕が立つわけでもなく、霊力という気とは違う不思議な術を使うようだが、それでも特別に強いという感じはなく、どちらかというとタマモのオマケという感じしかしない。
 しかし、現実にはどうだろう。横島は不意打ちをくらった自分を助け、無数にいた鬼の半数を苦も無く滅ぼし、そして圧倒的な力を持っていたスクナをこれまた滅ぼした。


「そしてタマモさんを取り戻す時……」


 刹那は昨夜の横島の活躍を列挙しながら、その中でも最も印象深い姿に思いをはせる。
 それは自分達を逃がすために、スクナ以上の力を持つ九尾の狐の怨念に対して一歩も引かず、怨念に飲み込まれながらも決して諦めなかった横島の背中であった。


「悪霊退治はGSの華、女子供を守ってこそ男……か」


 刹那はタマモの意識下で聞こえてきた横島の最後の叫び声を思わず口にする。


「横島さんはGSという妖怪や悪霊を退治する身でありながら、妖怪であるタマモさんや私を守ってくれたんですね」


 刹那は横島の額に浮かんだ汗をハンカチでふき取りながらつぶやく。その瞳からは以前あった険は消え、柔らかいそれこそ歳相応の眼差しで横島を見つめ続ける。


「横島さん、早く起きてください。タマモさんも、それにネギ先生やアスナさん、お嬢様やエヴァンジェリンさんもみんな貴方を待ってますよ……そして私も……」

「う……」


 刹那がそうつぶやいた時、まるでそれに呼応するかのように横島がうめき声を上げ、寝言のようなものをつむぎだす。
 そしてそれに気付いた刹那は横島が何を言っているか聞き取ろうと、横島の顔に自分の顔を寄せた時にそれは起こった。


「誰かウソだと言ってくれー!」

「キャア!」


 

チュッ



 横島がなにやら叫びながら目覚め、刹那の叫び声があがる。そしてそれと同時に、刹那の唇になにか柔らかいものが当たる感触がした。


「あれ……ここはどこだ?」

「!!!」
 

 刹那は自分の状態に気がつくと、顔を朱に染め上げたまま一瞬でその場から飛び退いた。
 一方、図らずも再び刹那の唇を奪った当の横島本人は、起き抜けで頭がぼうっとしているせいか刹那とキスをしたことに気付いていないようだ。


「今のは事故、今のは事故、今のは事故、今のは事故、今のは事故……ちょっと惜しいような気がするけど今のは事故」

「あ、あのー……刹那ちゃん?」

「は、はい!」


 横島に背を向けたまま、なにやら意味不明なことをつぶやいている刹那に若干引いた横島だったが、やがて意を決したように刹那に話しかける。すると刹那はその声にビクリと肩を震わせ、何かを振り払うように頭を振ってから横島の方を向く。
 しかし、振り返ったその顔はいまだに赤く染まっており、とても平常心に戻っているようには見えなった。
 そしてこの時の横島は何故か無駄に鋭かった。


「……刹那ちゃん」

「な、なんでございましょうか?」

「俺、ひょっとして刹那ちゃんに何かした?」

「……イエ、ナニモアリマセンデシタヨ……」


 横島は寝起きでぼうっとする頭の中で必死に現状を考える。
 この場所はどうやら本山の一室、目の前にいるのはタマモの友人である桜咲刹那、そして彼女は今何故か顔を真っ赤に染め、自分と決して目をあわせようとはしない。
 いや、正確には先ほどからチラチラと自分の顔を見ている、しかもその目線は横島の目ではなく顔の下の方に向いているようだ。
 そして沈思黙考すること10秒、横島のはじき出した答えは――
 

「俺は一度ならずも二度までもー!」

「なぜ突然に切腹の準備を! ていうかその小柄はいったいどこからー!」


 ――ものの見事に正解を射抜いていた。



 少々の混乱があったものの、刹那の必死の努力の結果、横島の切腹は未然で防がれ、現在二人は元の落ち着きを取り戻していた。
 当初は横島以上の混乱を見せていた刹那も、横島のあまりの混乱を目にした今、元の平静さを取り戻している。人間他人が錯乱するのを見れば帰って落ち着くという事例のいい見本であろう。


「ともかく、さっきのは事故ですから気にしないでください。私も気にしないようにしますし、カウントに入れませんから……それにそんなにイヤじゃありませんし……」
「ん、最後のほう聞こえなかったけど何?」

「いえ、何でも有りません。それよりも横島さん、体のほうは大丈夫ですか? なにやら酷くうなされていましたけど」


 刹那は強引に話題を変え、なんとかこの気まずい雰囲気を一掃しようとする。そしてそれは横島にとっても願ったりの事態であるため、刹那が振った話題に飛びついた。


「体のほうは大丈夫みたいなんだが……それにうなされてたのは夢を見たんだと思うんだけど……思いだせん」


 横島は刹那の質問でどんな夢を見たのか思い出そうとするが、霞がかかったようにいっこうに思い出すことが出来ない。
 そして思い出すのを諦めようとした時、いつもなら自分が起きる時に必ずいる人物がいないことに気付いた。


「そうだ、タマモはどうした! 無事だったのか? それにあのガキは!」


 いつもなら自分が起きる時は、嬉々としてなにか悪戯を仕掛けてくるタマモがいないことに気付いた横島は、事情を知っているはずの刹那に詰め寄る。
 

「タマモさんは無事です、ずっと横島さんの看病をしてたんですけど、今は私と交代してます。それに白い髪の少年はタマモさんが撃退しました……ひょっとしてその後のことも覚えてないのですか?」

「覚えてないって、なにかあったのか?」

「それは……私の口からはちょっと」


 刹那は横島とタマモのキスシーンを思い出したのか、顔を赤くして目を伏せる。そして刹那を見つめていたため、その仕草を直視した横島は微妙に萌えつつもギリギリのところで自分を持ち直し、どかりと布団の上に腰を下ろす。


「そっか……じゃあ後でタマモにでも聞いてみるか」

「それがいいと思います」


 二人がなんとなく押し黙ると、そこには朝の静寂が訪れ、障子の向こうからは柔らかい朝日と小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 刹那はつかの間の静寂に落ち着きを取り戻し、その向かいで落ち着かないといった感じで頬をかいている横島を見つめる。
 ここで本来なら、横島が目覚める事を誰よりも待ち望んでいるはずのタマモを呼びに行かなくてはならないのだが、この時の刹那は何故かもう少し横島と二人で話していたいという欲求に駆られていた。
 そして何より横島に対して聞きたいことがあった。


「横島さん……少しいいですか?」

「ん、なんだい?」

「あの、タマモさんから聞いたのですが、お二人が初めて会ったとき、横島さんはタマモさんが九尾と知っていてなぜ助けたのですか?」


 それは横島が何故九尾の狐であるタマモを、ひいては半妖の自分を普通に受け入れることができたのかという質問だった。
 刹那の15年の人生の中で出会った人々は、ごく少数の人たちを除きほぼ全員が妖怪は問答無用で敵という認識を持っていた。
 確かに今でこそ西の長をはじめ、学園長なども自分を受け入れてくれているが、それでも最初は心のどこかに自分に対する警戒が合ったのではないかと思う。
 しかし、目の前で突然の質問にキョトンとしている青年はそういった気配が全く感じられない。しかも彼はGSという妖怪と戦い、妖怪の恐ろしさを十分に知った上でなお自然にタマモを、そして自分を仲間と言い切ったのだ。それは妖怪の怖さ、そして強さを知らないアスナ、木乃香が受け入れてくれたこととまったく別の意味を持つ事であった。


 刹那は沈黙しながら横島を見つめ、答えを待つ。
 一方、横島は突然の質問に戸惑い頭をかきながらうなっていたが、やがて考えがまとまったのか顔を上げる。


「んー、何で助けたかって言われても理由なんかないしなー、しいて言えば助けたかったから……かな?」


 横島の出した答え、それにはなんの打算も、目論見も無いということを意味していた。


「助けたかったから……ですか?」

「ああ、あの時タマモは子狐の格好をして捕縛結界に囚われててな。そんで俺がトドメをさすはずだったんだけど、どうしてもトドメをさすことなんか出来なくてな……気がついたらタマモをリュックの中に入れて匿ってたよ」


 横島は過去を懐かしむように刹那に答える。
 実際はタマモを助けた後、もう一つ騒動があったのだが、なにやら自分を尊敬の眼差しで見つめる刹那に妙な居心地の悪さを感じながら、横島は真冬の道路でパンツ一丁でクロールを敢行し、挙句の果て風邪をひくというエピソードを封印したのだった。
 もっとも今日から数日後、タマモを経由してその話はしっかりと刹那の知る事になるのだが、今現在の二人には関係の無い話である。

 そんな横島の内心を知らない刹那は、あまりに自然にタマモを受け入れたという横島に驚愕の表情を浮かべる。


「あの……怖くは無かったのですか? 九尾といえば大妖怪ですよ、人間なんか簡単に……」

「あのタマモが? どっからどーみても普通の女の子なんだけどな」

「普通の女の子ですか?」

「そう、友達と一緒に笑ったり、遊んだり。そんで俺に時々強力な突っ込みを喰らわせやがるただの普通の女の子さ。まあ、最近少々悪戯が過ぎるような気もするけどな」


 横島はまるでなんでもないことのように刹那に答える。そしてここで横島は常日頃からは考えられない鋭さを発揮し、刹那が自分に何を聞きたいのか、何を言いたいのか気付いたのだ。
 刹那は妖怪のハーフ、人間でもなく、妖怪でもない不安定な存在。その存在はどちらの社会でも受け入れられることなく、迫害の対象とされると聞く。ならば刹那も幼少のころは酷い迫害を受けていたのではないだろうか。
 横島はこれに気付くと、昨夜の事を思い出す。

 昨夜、刹那が自分のことを人間では無いと告白した時、確かに自分はもとよりあの場にいた全員が刹那を受け入れた。しかし、あれから一夜明け、今の刹那はおそらく昨夜の事が夢ではなかったのか不安になったのだろう。
 もちろん刹那とて昨夜のことは現実の事だと理解しているだろうが、それでも本人以外の誰かからもう一度あの時の言葉を、不安を払拭させる言葉をかけてもらいたい。そう思っているのではないだろうか。

 横島がたどり着いた答え、それはまさしく刹那の内心を射抜いていた。
 そして刹那の不安げな表情からそれを確信した今、横島のなすべき事は只一つ。ましてそれが将来有望な美少女を元気付けるためならば、それこそ清水の舞台から飛び降りる事すら彼はいとはないであろう。


「ねえ、刹那ちゃん。もう一度羽を見せてくれないかな?」

「え?」


 刹那は突然のことに目を丸くする。


「だめかな?」

「い、いえ……別にかまいませんが」


 刹那は横島の意図がわからなかったが、それでも恩人でもある横島の希望通り羽を広げようとする。
 ただし、このまま羽を広げると服の背中が破れるので上着のすそを出し、横島に見えないように後ろを向いてボタンを外していく。
 だが、この行動に横島は焦った。


「ちょ! 刹那ちゃんいったい何を!」

「いえ、こうしないと服の背中の部分が破れてしまいますので……」


 刹那の説明に一応の納得を示した横島だったが、即座に回れ右をして目をつぶる。
 刹那はそんな横島の行動にクスリと笑うと、その純白の羽を広げるのだった。


「横島さん、もういいですよ」


 刹那の声が聞こえ、振り返ると、そこには純白の羽を広げた刹那が両手で胸の部分を隠してこちらを向いていた。

 正直横島にとって刹那の格好はかなり危うく、真っ白な肌を覗かせているおへその部分などにいたっては、最近新設された萌えメーターを振り切るほどである。
 だが、横島は刹那のそんな部分的なものよりも、その羽を含めた刹那の全てを素直に美しいと感じていた。

 横島はまるで誘われるように刹那の羽にゆっくりと手を伸ばす。
 そして刹那の羽にその手が触れた瞬間、刹那は目をつぶり肩をピクリと震わした。
 

「……ん、綺麗な羽だ、手触りもいいし。タマモの狐形態も手触りがいいけどこっちもなかなか……」

「よ、横島さん!」


 刹那は火が出るほど顔を赤く染めるが、横島の手を払いのけるでもなく、優しく羽を触る横島にされるがままその心地よさに身を任せていく。
 そして刹那はこの時、タマモが横島になでられるのが好きだと言っていた意味を理解した。本来なら神経がつながっていないはずの羽の一つひとつが、まるで神経を持つかのように横島が触るたびに暖かい気持ちを伝えてくる。それはまるで幼いころ、ほんのわずかの記憶しかない両親の暖かい手を思い起こさせるものだった。

 そして両親の事を思い出し、横島の暖かさに触れた刹那の頬に、一筋の涙が零れ落ちた。


「しっかし羽を広げているとまるで天使みたいやなー……って刹那ちゃん!?」


 横島はしばしの間刹那の羽の感触を堪能していたが、刹那の様子がおかしい事に気付く。この時の刹那は顔をうつむかせ、何かに耐えるように肩を震わせていた。
 刹那の様子に気付いた横島は即座に刹那の正面に回り込むと、刹那が泣いていることに気付く。

 考えてみれば刹那は男の前で服をはだけさせ、無遠慮にその羽をいじくられたのだ。刹那のような年頃の少女にとって、それはどんなにショックなことだろうか。
 それに思い至った横島は顔を青ざめさせ、神速の速さで土下座形態へと変形していく。
 かつての煩悩魔人としては信じられない思考形態であったが、そんな横島も20歳、まして相手は中学生である。己の存在意義を維持するためにもなんらやましい気持ちはなかったと抗弁する以外、この時の横島には選択肢は存在していなかった。


「も、申し訳ありませぬー! 調子にのってとんでもない事をー! 私めは決してやましい気持ちではなく……」 

「あ、いえ。泣いてたのは横島さんのせいではないのですが……」


 刹那は突然土下座をした横島に目を白黒させていたが、相変わらず土下座をする横島の滑稽さに自然と笑みが浮かぶ。
 この時のその笑みからは、なんの憂いも感じられなかった。それは刹那の心にあった最後のわだかまりが霧散した事を意味している。

 刹那はキョトンとした表情を浮かべる横島を見つめながら思う。
 この人は自分を、人外の象徴である羽を見て綺麗だと言ってくれた。そしてその気持ちに全くの偽りがないことを、彼が触ったその全ての羽が感じ取っている。
 刹那は理解した。横島は自分の不安を見抜き、昨夜のことが夢でない事の証のために、もう一度自分の全てをさらけ出させ、その全てを受け入れたのだと。


「そっか……あーびっくりした。俺はもうてっきり、なにかとんでもない事をやっちまったんじゃないかと……」


 刹那はなんだか安心したような顔を見せる横島に微笑みながら、彼ともう少し話したい、彼のことをもっと知りたいという欲求にかられるが、横島が目覚めてからかなり時間もたっており、いいかげんタマモを呼ばなければ彼女がへそを曲げてしまうだろう。
 刹那はその考えに思い至ると、名残惜しそうな表情をしながらもその羽をしまった。


「気にしないでください……さて、ちょっと遅くなりましたけど皆さんに横島さんが目覚めたことを知らせてきます」

「あ、それなら俺はもう大丈夫だし俺から……のわあ!」

「きゃあ!」
 

 横島は皆に知らせに行こうとする刹那を制し、自分からタマモ達のところに向かおうと立ち上がろうとしたが、まだ本調子でないせいか足がふらついてしまい、お約束のごとく刹那に向かって覆いかぶさるように倒れてしまった。
 そしてこういうお約束がある以上、またもうひとつのお約束があるという絶対法則がここでも例外なく発動した。
 そう、タマモの襲来である。


「刹那ー、そろそろ交代……」

「「……」」


 障子が開け放たれる音が響いた後、その部屋から全ての音が消え、鳥のさえずりすら聞こえない沈黙が場を支配する。

 タマモは障子を開けた体勢のまま、呆然とした表情で室内の惨状を見つめる。そして刹那に覆いかぶさったままの横島も、また刹那もまるで時が止まったかのように微動だにしない。


 タマモは目の前の状況を冷静に考える。
 目の前には、目覚めることをずっと渇望していた横島が目覚めている。そのことはいい、大変喜ばしいことだ。
 だが、横島を看病しているはずの刹那がどうして横島に組み敷かれているような状況になっているのだろうか。
 しかもよく見れば刹那の服は前が大きくはだけ、その下着もあらわとなり、さらにスカートも限界ぎりぎりまでまくりあがっている状態だ。そしてこの時、タマモは刹那の目に涙が浮かんでいるのをはっきりとその目で捉えた。

 ここで状況を整理してみよう。
 横島の看病を刹那と交代するために部屋の襖を開けた、ここまではいい。だが、襖を開けるとそこには刹那を組み敷く横島と、目に涙を浮かべ、衣服をはだけさせた刹那がいる。

 以上のことを総合して考えると、横島が刹那を襲っているという答えが導き出される。
 だが、その答えはあまりにも性急すぎる。ここはも一度深呼吸をして考えよう。

 そう、心は氷結地獄のごとく冷たく、頭の中は地獄の業火のごとく熱く。
 ここですでに何かが致命的に間違っているが気もするが、それは気にしてはいけない。

 そして10秒後、はじき出された答えは――


「こっのケダモノがぁー!!」


 ――横島への死刑執行だった。
 

「まてー、話せばわかるー!」

「問答無用ー!」


 歴史を知るものならばどこかで聞いたことのあるやり取りの後、壮絶な攻防戦が40分にわたり繰り広げられる。
 そして横島は庭の隅で墓石に横島の名前を彫っている死神の姿を見たのを最後に、再び三途の川へと旅立っていくのだった。





「あうー、横島……ごめんなさい」

「まあ、なんだ。激しい誤解があったがようだが、とにかくお互い無事で何よりだ……うん」


 刹那の命がけの説得により、ゴジラ対キングギドラをも上回る怪獣大決戦に終止符をうった横島とタマモは、すでに完全に上りきった朝日を見ながら現実から目を逸らすようにうつろなやり取りを繰り返す。
 そしてその後方では、でかい汗を後頭部に浮かべているネギ達一同がそろっていた。


「だから、さっきの刹那ちゃんとのことは事故なんだ。そしてその後に起こったことも……」

「そうね、これは不幸な事故よね、地震や台風と同じで人間じゃあどうしようもなかったのよ」


 横島とタマモはまるでなにかを誤魔化すように事故という言葉を強調する。
 だが、ここにその言葉に対して突っ込みを入れる勇者がいた。


「確かに被害規模は災害と同じですね……かなりピンポイントですけど」

「その災害っていうか、これってどう考えても人災よねー」

「人間どころか、真祖の吸血鬼たるこの私ですらどうにも出来なかったがな」

「はわわわ、お父様」

「魔法も気も使わずにいったいどうやったらこんな芸当が出来るんでしょうか?」


 勇敢にもタマモ達に突っ込みを入れる勇者、それはまるで示し合わせたかのように順に発言していく刹那、アスナ、エヴァ、木乃香、ネギの5人であった。

 ちなみにそのころ、この西の本山の主である詠春はというと――




「本山が、本山が……あーっはっはっははははははHAHAHAHAHAHAHA! 見よ、本山がまるでゴミのようだー!」




 ――文字通り本当にゴミの山と化したと本山の前で、詠春は虚ろに笑っていた。
 良く見ると詠春の髪の毛がハラハラと抜け落ちていっている。行き着く先は某神父なのかもしれない。
 





「しっかし……なんで横島の兄貴はこれだけダメージを受けて生きてるんだ? あの時はそれこそ本当に死んだってーのに」


 壊れている詠春を出来るだけ見ないようにしながらカモの疑問の声と共に、アスナ達は改めて横島を見る。そこには先ほどまで明らかに許容量を越えた出血と、人間としての形態を完全に逸脱していた横島が何事もないかったかのようにタマモの隣に立っている。


「あの……これは仮説なのですが……」

「なにかわかったの?」


 ここで茶々丸が何かに思い至ったのか、おずおずとその考えを披露していく。


「今までの横島さんの被害と、その復活のデータを検索した結果、この答えに至ったのですが……」

「だからなんだ、早く答えを言え!」


 茶々丸は自分で出した答えにもかかわらず、何故か自身がなさそうにその答えを口ごもる。
 だが、そんな茶々丸に痺れを切らしたのか、エヴァが話の続きをうながした。
 
 茶々丸はエヴァに従い、もう一度確認するかのように内部で横島の事象を検討し、その答えが先ほど出した答えと一致するのを確認すると、おもむろに口を開いた。


「横島さんはひょっとして……」

「「「ひょっとして?」」」


 茶々丸はここで言葉を区切って全員を見渡す。




「横島さんは刺突系に弱いのではないでしょうか?」


 周囲を沈黙が襲う。


「何を馬鹿な事を……」


 周囲を包む沈黙の中、いち早く復活したエヴァが即座に否定する。


「ですが、死神さんから情報も含めて私が持つデータと合わせた場合、横島さんは打撃、斬撃、炎、氷、雷など全ての攻撃から復活しています。そして唯一の例外が昨夜の……」

「石の槍で胸を貫かれた事態だということか」

「はい」


 茶々丸の説明に皆がしんと静まり返る。だが、この時アスナが疑問を口にした。


「でもさ、もしそれが本当だとして、なんで横島さんは刺突系がダメになったの?」

「そこまではなんとも……」


 この時、アスナの質問に茶々丸は答えを返す事が出来なかった。だいたい今の段階でも仮説に過ぎず、データ不足が否めないだけにその原因まで特定するのは不可能だろう。
 だが、いままでネギの肩の上で茶々丸の仮設を黙って聞いていたカモが何かに気付いたように声を上げた。


「そういえば横島の兄貴、スクナとやりあった時に『男として体験できる全ての痛みを制覇した』って言ってたよな……まさか兄貴は……」

「カモ君、なにかわかったの!?」


 カモはある仮説に思い至った。しかし、その仮説を披露する事は、横島にとって封印した記憶を呼び覚ます事になるのではないかと不安になる。
 まして同じ男として、もしこの仮説が事実なら決して誰も知られたくはないはずだ。
 
 カモは壊滅した本山を見つめつつも、こちらの話に明らかに意識を向けている横島を見つめる。
 その横島は何故か唇までも青くさせ、ぶるぶると小刻みに震えている。そしてやがて何かに耐えられなくなったのか、横島は両手で頭を抱えながら絶叫したのであった。


「いややー! 突くのは良くても突かれるのはいややー!」

 

 カモはその絶叫で横島に起こった過去のトラウマを理解した。
 そして涙を浮かべながら、自分が至った答えを永久に封印する。

 残されたのは、突然の横島の奇行にわけがわからず?マークを浮かべているネギと少女達のみであった。





 ここで横島の名誉のためにも真実を説明しておこう。
 それはまだ、横島がかろうじて純真さを残していた小学生であった時におこった事件である。
 
 横島は東京に引っ越してからもその持ち前の明るさからすぐに友達を作り、その日も学校の帰り道に悪友達と公園で遊んでいた。
 晴れ渡る空の中、存分に公園を駆け回った横島はやがて滑り台の上でたむろし、明日のスカートめくりのターゲットを話し合うという実に少年らしいひと時の中、その事件は起こった。
 それはほんの些細な事であった。横島と悪友の一人が、明日のターゲットについて意見を真っ向からたがわせたのである。その結果悪友は憤りに身を任せ、横島を突き飛ばす。そして横島の背後には長く急な滑り台のスロープがあった。
 横島は突然の事態に全く対応できず、うつぶせの状態のまま、自分を突き落とした悪友を睨みつけながら滑っていく。その先にある悲劇に気付かぬまま。

 それは一本のモップだった。そのモップは遊具の清掃に使うものなのだろうが、この時はなぜかそれが出しっぱなしであり、しかもそれは滑り台のスロープに投げ出されたままの状態でしっかりと地に根を張り、その鋭い切っ先を幼い獲物に向けている。

 そして3秒後、隣町まで響いたであろう横島の断末魔の声が響き渡るのだった。








 関西呪術協会本山壊滅後、アスナ達は逃げるようにホテルへと戻っていた。
 ちなみにこの時、横島本人は脱走する寸前に詠春に捕まり、おそらく今頃は彼の放つ神鳴流の奥義を存分に堪能しているころである。
 願わくばこれによって長のストレスが発散され、その髪の寿命がすこしでも延びることを祈ろう。
 ちなみに本山の修繕費用1億円は、横島とタマモの共同の借金として計上されることになったという。



「いやーまたまた大変だったねー……」

「まあ、確かに色々と大変だったけど俺っちの機転でなんとかな。けどこっちはこっちでやばかったなー」

「そうね、こっちに戻って桜咲やタマちゃんの式神がストリップしてた時はどうしようかと思ったよ」


 ホテルへと戻り、何故かストリップを披露していた刹那たちの身代わり式神を回収した朝倉は、カモを肩に乗せ、愛用のデジカメを構えながらホテルの廊下を散策していた。
 彼女の左腕に燦然と輝くその腕章には『3−A撮影班』という文字が白抜きでプリントされている。どうやら彼女は修学旅行において必須である班別写真の撮影を遅ればせながら敢行しようとしているようだ。
 もっとも彼女が狙う被写体、その大本命であるネギは昨夜の疲労を癒すべく、アスナ達に連れられて5班の部屋で休んでいるはずである。そのため、彼女はネギをそっとしておくためにも5班は後回しにして他の班へと狙いを定めていく。
 そして今回彼女が真っ先に選んだターゲット、それは現在麻帆良学園本校女子中等部において話題の的であり、外部の同世代の男子はもとより大学部の男どもにいたるまでその美貌があまねく伝わっている金髪の少女へと定められたのだった。
 



 3班の部屋


「ふふふ、私雪広あやかはこの修学旅行で一回りも、二回りも成長してしまいましたわ」

「なにが成長したの? いいんちょ」


 修学旅行も最終日を迎えた朝、3−A最大の苦労人かつ騒動の原因の3割を担う我らがいいんちょこと雪広あやかは、着替え中にもかかわらずそのブラジャーに包まれた胸をそらしながら無意味に拳を天に突き上げる。
 そして唐突にその発言を受けた班員達は突然の奇行をするあやかに首をかしげていると、あらゆる意味で逸般人が集う3班の中で唯一の一般人たる村上夏美が勇気を持ってあやかに問いただす。


「決まっています! ネギ先生への『愛』がですわ!!」


 この部屋には同性しかいないという気安さもあるせいか、あやかは惜しげもなく下着姿を晒しながらとうとうとネギへの愛を哀れな犠牲者たる夏美に語らっていく。


「バカがきわまったか……」


 そのあまりのバカバカしさに、我関せずとばかりに見ていた我等がネットアイドル『ちう』こと長谷川千雨が頭痛に耐えるように頭を押さえながらつぶやく。
 もっとも、あやかは千雨のつぶやきが耳に入らないのか、だんだんと危ない熱気を放ち、じりじりと夏美ににじりよりながらネギへの愛を語らっていく。

 そして現在あやかの最大の被害者たる夏美は、皆に助けを求めるために皆を振り返る。
 だが、それに返ってきた答えは、わざとらしく視線を逸らした千雨と、何故か自分にむかって仏を拝むように手を合わせて「アーメン」と祈るザジであった。

 しかし、神はまだ夏美を見捨ててはいなかった。
 もはや絶体絶命かと思われた夏美の救いの主、それは中学生としてはありえないバストを持ち、3−Aにおいて名実ともにNo1に君臨する那波千鶴その人であった。


「あやかは最近こっちも成長してるんじゃない?」


 ちづるは誰にも悟られる事なくあやかの背後に回ると、横島にも匹敵する素早さであやかの胸をわしづかみにしたのだった。


「うひゃあああ、ちづるさんいったい何を!」

「うふふふ、あやかったら可愛いわー。そうだ、みんなで比べっこしないかしら」

「な! 誰がてめーらみたいな爆乳と!」

「い、いやー! 只でさえでも薄いのに、ちづ姉と比べたらもっと惨めにー!」

「……」


 ようやくあやかが落ち着きを取り戻したと思ったその時、その張本人によって新たなる爆弾は投下されたのだった。



「あー……これはいったい……」


 3−A撮影班の朝倉がその扉を開いたのは、男にとってまさに桃源郷、女にとっては同姓としてこれでいいのかと幾分か不安になる光景であった。
 目の前には完全に下着姿のちづる、夏美、ザジ、千雨、そしてブラと制服のスカートのみといったある意味マニアックな格好のあやかが傍目からは倫理上かなり問題のある騒動を引き起こしていた。

 朝倉の目の前に広がるのはまさにシャッターチャンス。もし男どもが見たら狂喜乱舞するであろうが、朝倉とて年頃の女の子。この写真の流出はあくまでもクラス内のみと心に決めながらシャッターを切って行く。


「あれ、そういえばタマちゃんは?」


 彼女たちの痴態を心行くまでカメラに収めた朝倉であったが、ここで当初の目的であるタマモが騒乱に加わっていない事に気付く。
 ちなみに何故朝倉がタマモにこだわっているのかと言えば、それはタマモ目当ての後輩からのリクエストがあったからである。なお、そのリクエストをした生徒達は同性であった事を申し添えておく。

 ともかく、朝倉は後輩たちの期待を一身に背負い、被写体を探すべく部屋を見渡した。その目には何故か¥マークが浮かんでいるような気もしたが、それを気にするものはこの場にはいなかった。




「くふ……くふふふ」


 朝倉が周囲の喧騒を他所にタマモを捜索していると、部屋の片隅で異様なものを見つけた。


「くふふふふふ」

「タ、タマちゃん?」


 それはカードのようなもの見つめながら怪しい笑みを浮かべているタマモであった。
 しかも、タマモの周囲には微妙にピンク色のオーラが立ち込めている。

 タマモの持つカード、それは本人でも全くの予想外であった横島からのキスが夢でなかったことの証、いわゆる『仮契約カード』であった。
 あの時カモは誰もが動けない中をほとんど条件反射で魔法陣を描き、二人の仮契約を成立させたのである。


「うふふふふふふふ」


 朝倉はあまりにも怪しいタマモに完全に引いていたが、すぐに気を取り直すとカメラを構え、液晶画面にとろけきったタマモの表情を捉えてシャッターを切る。
 朝倉がシャターを切るたびにタマモの幸せそうな、惚気きったような、そして同姓であるにも係らずドキリとするほど妖艶な微笑が次々とデジカメのメモリーに記録されていく。
 この写真を受取った後輩たちの狂喜乱舞する様を想像して朝倉は頬を緩めるが、それと同時にこの写真を闇ルートに流した場合の莫大な利益が彼女を誘惑する。
 しかし、それを行った場合は間違いなく季節外れの遠泳を三途の川で行う事になるため、朝倉はその考えを即座に却下するのだった。


「で、朝倉さん……そのカメラに収めた私達の下着姿はどうなさるのですか?」

「それはもちろん大判でプリントして掲示板に……」


 一心不乱にシャッターを切っていた朝倉の背後から聞こえてきた声に、彼女は後ろを振り返る事もなく答え、そしてその答えを言い終わらぬうちに凍りつく。
 ここで彼女はようやくシャッターを切る手を止め、背後から感じるプレッシャーに冷や汗を流しながらも背後に向き直った。


「朝倉さん……貴方という人は……」


 そこには、拳をわなわなと震わせながら額に井桁を張り付かせたあやかが自分を睨みつけていた。


「うふふふ、ダメですよ朝倉さん。女の子の下着姿を写真に撮るだなんて……」


 怒りに震えるあやかの隣には、いつもと変わらぬ慈母のような笑みを受かべたちづるがたたずんでいる。
 しかし、その手にもつ『根性』と書かれた巨大なしゃもじはいったいなんだろうか。しかも笑っているはずなのに異様に目が光っているのはきっと気のせいに違いない。


「てめえ……勝手に人の写真を……写真を撮る場合は許可をとるのがカメコとしての最低限の礼儀だろうが!」

「あうううううう」

「……」


 さらにちづるの横には妙に専門的な用語を口走る千雨、さらに涙目になって自分を睨みつける夏美、相変わらず無言のまま何故かネコのように爪を伸ばしているザジが今まさに朝倉を包囲せんとじりじりとにじり寄ってくる。
 まさに絶体絶命の危機であった。


「あは、あはははははは……と、いうわけで他の班の写真もとらなくちゃいけないから私はこれで……」

「「「「朝倉さーん!」」」」

「い、いやああー!」


 必死の逃走もむなしく、部屋を出る直前でザジに取り押さえられた朝倉の断末魔の叫びが部屋にこだまする。


「うふふふふふふ」


 そしてそんな喧騒に全く気づくことなく、死神謹製の1/6スケール横島人形を抱きしめたタマモの幸せそうな声が、朝倉の悲鳴と重なるようにこだまするのだった。









 タマモがいまだに幸せに浸り、その隣で朝倉が地獄を味わっているころ、ここ5班の部屋ではアスナ、ネギ、刹那、木乃香が疲れを癒すかのように暖かい日差しに包まれて寝そべっていた。


「しっかし、こうやって嵐山の旅館で寝っ転がっていると昨日の事がなんだか夢みたいだねー」

「せやなー、ウチとネギ君が仮契約した時の光でアスナやせっちゃんたちの傷も消えたもんなー」

「そうですね、本当に何もなかったかのように平和です。でも……昨日あったこと、あのスクナや横島さん、そしてタマモさんとのことは本当にあったことなんですよね」


 アスナの夢という言葉に刹那は一瞬ピクリと反応するが、自分のそばに木乃香がいることを確認するとともに、今朝の横島とのことを思い出して思わず顔を赤く染める。
 そしてそんな刹那の表情に気付いた木乃香が何かを言おうとした時、それをさえぎるようにアスナが刹那に話しかけた。


「あ、そういえば刹那さん。昨夜と今朝はいろいろとドタバタしてたから聞きそびれたけど、けっきょくあの時タマモちゃんに何をしたの?」

「そういえば説明してませんでしたよね。あの時私はタマモさんに文珠を使った後……」


 刹那はそう言うと、昨夜タマモの意識下であった出来事を説明していく。
 刹那の話はアスナ達にとって驚愕の内容だった。タマモの前世の事、そしてその怨念に囚われたタマモ、文珠に残された残留思念の横島、それにすがりつき少女のように泣き崩れるタマモ、どれもネギ達の想像を超えるものだった。
 そしてその中でもアスナ達をもっとも驚愕させたのは刹那とタマモを逃がすために、只一人その場に残って怨念と戦う横島の行動だった。


「ねえ、刹那さん。それってなにかの幻?」

「横島の兄貴がかー?」

「すみません刹那さん、どうしてもそんな横島さんの背中が想像できないんですけど……」


 上からアスナ、カモ、ネギの発言である。その発言から見るにある意味彼らは横島の事をよく理解しているとも言えなくない。
 ともあれ、アスナ達のある意味当然ともいえる反応であったが、その反応を受けた刹那は心外だと言わんばかりにアスナ達に詰め寄っていく。


「そ、それは確かに横島さんは女性にだらしがない部分もありますが、けど私はあの時の横島さんの背中に戦士の魂を感じたんです。あれは間違いなく引けない戦いを前にした戦士の背中でした」

「戦士……か。でも、エヴァちゃんの時は人質? この場合物質を取っていたけど」

「あの時の逃げっぷりは見事だったぜ……」

「正直エヴァンジェリンさんよりも横島さんの方が『悪』に見えましたけど……」

「う……」


 アスナは何故か顔を赤くしながら迫る刹那から後ずさりしながら、エヴァと横島の戦いを刹那に説明していく。
 そこにさらにカモやネギの援護射撃も加わり、刹那はぐうの音も出ないようだ。


「で、でもそれはエヴァンジェリンさんを害さないようにするため涙を飲んでとか……」

「むしろ嬉々としてやってたわね、あれは」

「あそこまで真祖をおちょくれる男はそうはいねえぜ、そういう意味では横島の兄貴は勇者かもしれねえが」


 刹那の必死の弁護もむなしくアスナは顔をしかめ、さらにカモにいたっては刹那が望む方向とは明らかに違う感心の仕方をしている。


「で、では川原で鬼と戦った時や、スクナとの戦いは? あの時は横島さんがいなければ正直かなり危なかったんですよ」

「タマモちゃんに聞いたけど、川原の戦いは結局散々逃げ回った挙句に、ラストはタマモちゃんの幻術使って谷底に突き落としただけらしいけど……」

「スクナに関してはたしかに凄いんですけど……こう全部終わってから考えると今では逆にスクナが可哀そうな気が……」


 なんとか横島を弁護しようとする刹那だったが、普段の横島の行動が行動だけに、どうしてもアスナ達は戦士としての横島を想像できないようだ。
 しかし、刹那はなんとか横島をアスナ達に認めさせようとした時、刹那の隣に座っていた木乃香がそっと耳打ちする。


「なな、せっちゃん。横島さんが気になるんはわかったけど、下手にアスナ達に横島さんの本質知らせたらライバルになるんとちゃうん?」

「な!」


 刹那は突然の事に一気に顔を赤く染めて黙り込む。そしてそこに追い討ちをかけるように木乃香が刹那だけに聞こえるように話しかけた。


「アスナは渋めの叔父様が好みゆーてるけど、結局好きになった人が好みとも言うし、下手に横島さんのええところを広めたらどうなるかわからんえー」

「え……いえ、私は決してそんな意味では……」


 刹那はもはやトマトよりも赤く染まりながらも、なんとか言い訳をしようとする。しかし、木乃香はまるで全てをわかってるといわんばかりに頷くと、刹那に笑顔で語りかけるのだった。


「うちはせっちゃんの味方やー」

「な、なななな!」 

「きさまらー! 何時まで寝ている、私の京都観光に付き合ってもらうぞー!」 


 刹那が口をパクパクとさせながらなんとか言い訳をしようとした時、扉が開け放たれる音と共に元気の良い少女の声が響き渡る。
 その声の発信源、それは腰に手を当てて仁王立ちするエヴァンジェリンであった。
 どうやら彼女は封印が解かれたこの好機に京都旅行を満喫する気のようだ。

 刹那は突然の乱入者に拍子抜けしたような顔をしていたが、話がうやむやになったことにホッとしながら自分の心を整理していく。
 そして刹那が多大の努力を伴って心を落ち着かせたとき、心に残ったものは今朝感じた横島の手のぬくもりと、横島の事を知りたいという欲求であった。

 その後、エヴァに引きずられるまま京都を観光したメンバーは、ネギの父親の手がかりを求めてネギの父親、ナギ・スプリングフィールドがかつて暮らしていたという家を訪ねるのだった。
 途中、詠春と横島が合流したが、この時妙に晴れ晴れとした長と、力を全て使い切ったかのごとくぐったりした横島の二人に何があったのかは最後まで謎であったという。
 ただ、詠春の頬に血痕らしき赤いしずくが一つ小さくついていたことで全てを察してもらいたい。





 時は進み、ついに修学旅行の全日程が終了した帰りの新幹線の中、タマモは何かを探すように車両を歩いていた。


「あ、いたいた」

「おう、タマモか」


 タマモが探していたもの、それは彼女の義兄にして相棒、そして彼女曰く未来の恋人たる横島であった。
 横島はスーツの上着を脱ぎ、売店で買い込んだ大量の駅弁を前にして嬉しそうに頬を緩めている。

 横島を見つけたタマモはその隣が空いていることを確認すると、その席にちょこんと座ると嬉しそうに横島の腕にしがみ付いた。


「クラスの席にいなくていいのか?」

「大丈夫よ、ネギ先生には言ってあるから」

「そうか……」


 その言葉の後、しばし静かな時が流れる。聞こえるのはただ互いの呼吸音のみ。


「ねえ、横島……」

「なんだ?」


 他の客もいるはずなのに何故か静まり返る車両の中、タマモは十分に横島の匂いを堪能していたが、やがて横島だけに聞こえるようにそっとつぶやく。
 

「約束……守ってくれてありがとう」


 タマモはどことなく潤んだ目で横島を見上げる。そして横島はそんな仕草をするタマモに妙に色っぽさを感じてしまい、内心の動揺を隠し切れぬままタマモを見つめ返す。


「まあ、そのなんだ……こっちこそ助けてくれてありがとうな。お礼に帰ったらなにかおごってやるよ」

「ふふ、私はもうお礼はもらったわよ」


 タマモは動揺する横島を楽しそうに見つめると、ペロっと舌を出しながら懐から仮契約カードを横島に見せる。
 横島はそのカードの意味をがわかるだけに、タマモの仕草の可愛さもあいまってさらなる動揺をみせ、碌に言葉を返せないでいた。
 そしてタマモはそんな横島にさらなる追い討ちをかけるべく、横島のネクタイをつかみ、自分の顔に近づける。


「だからこれは私から……私を一人ぼっちにしないでくれた横島へのお礼。約束の初めてはもう横島に奪われたけど、これは私からの初めてのキスよ」


 タマモはそう言うと、横島の唇へそっと自分の唇を重ねるのだった。


「タ、タマモ……」

「ふふ、じゃあ私はそろそろみんなの所へ戻るわね。じゃあね」


 タマモは呆然とした横島から顔を離すと、いつもの笑顔で横島に告げ、小走りにクラスの皆のもとへと帰っていく。
 横島には見えなかったが、その顔が真っ赤に染まっているところを見ると、彼女も相当に恥かしかったのであろう。

 横島はタマモの姿が消えてからもしばらくは呆然としていたが、やがてそっと自らの唇に手を触れ、新幹線の天井で見えないはずの空を見上げる。


「まったく、タマモのやつ……なあルシオラ、どうやら俺はタマモのことを……いいよな、もう……」


 横島は唇から手を放し、もう会えないはずの女性、かつて心を通わせた魔族の少女の幻影にそっとつぶやく。
 その表情はどこか晴れ晴れとした感じであり、心のどこかに秘めた重石がなくなったかのようであった。

 だが、その表情も長い事ではなく、横島は現実に戻るとすぐに顔をしかめ、腕を組んで考え込む。


「ただ、アイツが中学卒業するまで俺って耐えれるのか? それに刹那ちゃんも可愛いよなー、ええ臭いやったし……ハッ! ちょっとマテ、俺はそもそもロリコンじゃねー!」


 横島はタマモの年齢という壁、それに加えて中学生である刹那を意識したかのような発言に頭を抱えて絶叫した。


「ねーママー。あのおじちゃんどうして叫んでるのー?」

「ダメよまー君。男の人はね、ああなったらお終いなのよ。だからあの人をよく見て決して真似したらダメよ」


 周囲の母親達から見事な反面教師とされたことに気付かぬまま、横島は新たに生まれた己の葛藤に苦悩するのであった。






 第19話 end









 横島が新たなる葛藤に頭を悩ませているころ、席に着いたタマモはその疲れから早くも眠りの園へと旅立っていた。


「うふふふ」


 タマモは隣に座るあやかの腕を抱きしめながら幸せそうに眠っている。
 あやかはそんなタマモの艶やかな金髪をなでながら心ひそかに幸せに浸っていた。


「ああ、ネギ先生のようなかわいらしい少年を膝枕するのもいいですが、タマモさんのような美少女の寝姿もなかなか……」

「いいんちょ、あんたがそれを言うとシャレにならないって、属性のベクトルが違うだけだから下手すると本当に染まっちゃうよ」


 どことなく恍惚の表情を浮かべるあやかに、げんなりとした表情で朝倉が突っ込む。もっとも手にしたデジカメのシャッターを切る手はひと時も休まない。
 前後左右余すことなく全ての角度から無防備なタマモの寝姿をメモリーに収めていく。この写真を持って帰れば、たとえ麻帆良女子中等部のみの販売ルートといえども大幅な利益を見込めるだろう。
 だが、それはまだまだ甘かった。朝倉にとって真の利益を約束する切り札、その決定的瞬間はまさに唐突に訪れたのだった。


「うーん、横島ー。私を離さないでね……」

「ちょ! タマモさ……もがががが!」


 それはタマモの寝言が合図だった。
 タマモは抱きしめたあやかの腕を一気に引き寄せると、あやかの顔を両手で挟み、突然の事態で何も出来ないあやかの唇に自分の唇を重ねたのだった。


「むー!!」

「あむ、くちゅ……」


 あやかのくぐもった悲鳴と、その二人を発信源にした水音が静まり返った車両に響き渡り、二人の金色の髪が怪しく絡み合いながら年齢にそぐわない桃色の空気が周囲を満たしていく。


「うふふ、あやかったらタマモちゃんといつの間にそんな関係に」

「お、お宝ゲットー! この写真は売れる、売れるぞー! 欲しかったデジカメもみんな買えるー!」

「あ、朝倉さん! それに那波さんもふざけてないで助けてくだ……ハウ」


 横島タマモの三度目のキス、そして初めてのディープキスは雪広あやかとであった。


 なお、この時の写真は雪広財閥の圧力、ならびに後のタマモの無言のプレッシャーにより世にでる事は無かった。


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