「あれ、もうお昼?」


 修学旅行から帰ってきてから最初の日曜日、アスナは配達の後の二度寝から目を覚ました。
 なにやら自分の根幹に係る重要な夢を見たような気もするが、どうにも思い出せないため夢を思い出すのをあきらめ、改めてあたりを見渡すとロフトを自らの城と化したネギがなにやら一心不乱に書き込んでいるのに気付く。
 アスナはロフトに飛び移ると、机の脇においてあったチョコを一つ口に放り込む。舌に広がるチョコの程よい苦味を堪能しながら背後からネギを覗き込むと、なにやらネギは地図のようなものを机に広げてその地図を読み解こうとしていた。


「何をやってるの?」

「うひゃあ! ってアスナさんでしたか。実は長さんからもらった手がかりを調べてたんです」


 地図の解読に集中していたせいか、ネギは一瞬ビクリと体を硬直させたが、声をかけてきたのがアスナだとわかると普段と変わらぬ笑みを浮かべてアスナに地図を広げてみせる。
 その地図はまるで地下迷宮のように、多層からなる地下構造物の断面図と各階の平面図であった。

 
「長さんからもらった地図?……あ、そういえばあんた修学旅行の最終日になにか大きな紙の束をもらってたわね、二つも」

「はい、それです。で、帰ってきてからずっと調べていたんですけど、実はこっちの束はこの学園の地図の束だったんです。それ以外の詳しい事はまだ暗号の解読の途中なんですが、それでもこれは大発見です。これは父さんが麻帆良学園に係っていることを意味してるんです」


 ネギは念願の父親の手がかりに一歩近付いたせいか、少し興奮したようにアスナに詰め寄る。
 アスナはそんなネギにちょっと引きながらも、壁に立てかけてあるもう一つの紙の束に視線を移す。


「で、そっちの……もう一つの紙束はなんだったの?」

「あ、これはですね……」


 ネギは少し戸惑ったかのような表情を浮かべながら、もう一つの紙束を手に取る。


「なによ、ひょっとしてそっちはまだ手をつけてなかったの? それとも暗号が解読できなかったとか」

「いえ、こっちも地図ですし特に暗号らしきものは無かったんですが……」

「だったらなんの問題も無いじゃない」


 アスナは不思議そうにネギの広げる地図に目を落すと、そこには大き目の方眼紙に20×20マス程度の正方形の各所に多数の部屋が描かれ、その地図の右下には1Fと書かれている。
 その地図の束は10枚あり、どうやら1Fから10Fまでの各階層の平面図のようだ。


「これもどこかの迷宮みたいな感じね。で、これはどこの地図なの?」

「いえ、これがさっぱり……文字は英文で書かれていますから読めるんですけど、これがどこの地図かまでは……」

「ふーん、どれどれ?」


 アスナは首をかしげるネギを他所に一枚の地図を手に取り、しげしげと眺める。
 その地図には、そこかしこに宝箱のような絵が描かれ、さらに通路には『trap』という文字や、階段の絵もある。
 一見すると実にわかりやすい地図なのだが、この地図がどこの地図なのかわからなければなんの意味も無い。それだけにアスナは普段使わぬ脳細胞を振り絞って何らかの手がかりを得ようと地図を眺めだした。


「うーん、これはなんて読むのかな、ウェアドナ?」


 アスナは10枚目の地図のとある一室に書いてある文字の発音に自信が無いのか、その場所を指しながらネギに質問をする。
 するとネギはアスナの隣に座り、アスナの指し示す文字を見た。

 この時、アスナは真剣に地図を眺めるネギの表情に少し顔を赤らめ、思わず見入ってしまう。
 真剣に何かを研究するネギの表情、それはアスナの記憶の奥にうずもれた何かを刺激する。やがて霞がかかったかのようなアスナのあいまいな記憶とネギの表情が重なり、ある一人の人物の姿を浮かび上がったその瞬間――


「あ、これはワードナと読みますね」


 ――その映像は一気に霧散した。


 アスナが指し示した場所、そこには達筆な筆記体で『Werdna』と書かれている。そしてアスナにはネギの言ったワードナと言う単語を知っていたのだ、主に綾瀬夕映と早乙女ハルナの手によって。
 アスナは間違っていてくれと天に願いながら地図をめくるが、1Fと書いてある地図の上部に『Wizardry #1』と書いてあるのを見つけると、全ての希望が潰えたかのようにヘナヘナと崩れ落ちるのだった。


「ア、アスナさんいったいどうしたんですか!?」

「い、いえ、なんでもないのよ……(言えない、この地図があの『ウィザードリィ』っていうゲームをマッピングした地図だったなんて私にはとても言えない)」


 アスナはあまりの現実に打ちひしがれそうな自分を無理矢理ごまかし、頭の中に浮かぶTV画面を熱心に見つめながら方眼紙に向かって一心不乱にマッピングを続けるサウザンドマスターの映像を消去するのだった。


「ま、まあこっちの地図はどこかわからない以上後回しにした方がいいと思うわよ……あ、そうだネギ宛で小包が届いていたわよ」

「本当ですか!」


 アスナは自分を不思議そうに見つめるネギから視線を逸らすと、なんとか場を誤魔化そうと話題の転換をはかる。するとネギはその小包を心待ちにしていたのだろうか、アスナの思惑も知らずに躊躇なく話題の転換に飛びついたのだった。
 アスナはネギのロフトから降りると、部屋の隅から2m近い長さのある細長い箱をネギに手渡す。


「ねえ、これはなんなの? なんか妙に重いんだけど……また魔法関係の道具?」

「違います、でもこれこそ僕が待ち望んでいたものであり、そして僕の切り札になる大切なものなんです」

「へー、なんかすごそうじゃない。で、なんなの?」

「今実物を見せてあげますよ、ちょっと待っててください」


 ネギは箱を開封するためにハサミを取り出し、箱をの封を開けていく。その姿はまるでクリスマスにサンタからプレゼントをもらった子供のような感じである。
 アスナはネギの子供らしい一面を微笑ましく見つめていたが、やがてネギが箱から取り出したものを見て絶句する。

 それは少なくとも子供が、いや、それどころか大人もおいそれと持ってはいけないはずのものであった。


「えっと……槍?」


 ネギが箱から取り出したもの、それには長い柄を持ち、先端には鈍い光を放つ刃物があり、その刃物のすぐ下には赤い布のようなものが巻きついている。それは古の昔より戦場を駆け抜け、兵器の王とも呼ばれる武器、槍であった。
 アスナは銃刀法違反とかそういった諸々の突っ込みが頭に浮かぶが、こと銃刀法についてはクラスに約二名ほど真っ向からその法律に喧嘩を売っている存在がいるため、そのことについてついて突っ込むのは諦めた。
 一方、ネギはそんなアスナの葛藤を知るべくも無く、ただ純粋に嬉しいのか槍に頬ずりをしながらアスナに答えた。
 

「そうです、これこそ……」

「これこそ?」


 ネギはまるで自らの発明品を高らかに説明するマッドサイエンティストのように下腹に力を込め、くわっと目を見開いて槍の名を叫ぶ。





「これこそあの『けもの○槍』です! 白面をも打ち倒し、すべての妖怪を屠る無敵の槍、これが……これがあればもうタマモさんに焼かれることはなくなりますー!」


 ネギはよほど嬉しいのだろう、目に涙を浮かべながらアスナに槍の由来を説明していく。


「あのさ、あんたそんな物どこで手に入れたの? というかあんたタマモちゃんとガチで戦う気?」

「ネットオークションで出てましたよ、出品者の名前も確かに蒼○ウシオって出てましたから素性は確かです」


 アスナはめまいを感じながら、ほんのわずかの望みを込めて槍が入っていた箱を見る。そこでアスナは箱の隅に置いてある手紙を発見し、それを読むとなんとも言えない表情でネギを見つめた。


「あのさ、ネギ……感涙にむせび泣いてる所に気の毒なんだけど」

「なんです?」


 アスナはネギがタマモに焼き尽くされる前に、ことを治められることに安堵しながら、箱に入っていた紙を突きつけた。
 そこにはパソコンでプリントアウトした簡素な手紙に槍の由来が書かれていた。




<このたびは我が家の家宝『のけものの槍』をご購入いただき誠にありがとうございました。この槍の名前の由来は、かつて村八分にされた人物がキレてこの槍を振り回し、村人を皆殺しにしようとしたところ、石にけつまずいて転んだ拍子に自らの槍で死んでしまったという事からつけられました。なにぶん年代物のナマクラなので現在では殺傷力は皆無ですが、取り扱いには十分にご注意くださいますよう、よろしくお願いいします。蒼月ウツオ


「「……」」


 なんとも言えない沈黙が部屋を支配する中、一通り手紙に目を通したネギが目に涙を浮かべながらアスナを見上げる。
 その表情は絶望に染まり、まるで生きる全ての希望を失ったかのようであった。


「……これってけもの……でものけもので。ウシオじゃなくてウツオ……あの、これって何かの間違いですよね?」

「残念だけど、早い話がニセモノね……もしくは類似商品ってやつ」


 アスナは手紙を何度も読みふけるネギにトドメをさした。それはもう情け容赦なくバッサリと。


「うわーん、騙されたー! 高かったのにー!」

「そもそもタマモちゃんをどうこうできる様な物がネットオークション出るわけないでしょうがー!」


 類似商品をかなりの高額で買ったらしいネギは打ちひしがれ、膝を抱えてシクシクと泣いている。
 その姿は実に同情を誘うものではあるのだが、ある意味自業自得なだけにアスナはネギを元気付けていいものかどうかに頭を悩ますのだった。

 動乱の修学旅行が終わり、新たなる日常が始まろうとする中、その中心となるはずの少年に対し、世間の風は春だと言うのにどこまでも冷たく乾いていくのだった。




第20話 「史上最強で最低の弟子」









「えぐえぐ、30万円もしたのに……」
 
「30万って……普通の感覚ならとてつもない高額なんだけど、対タマモちゃん用にしてはえっらい安い買い物ね……それに私を連れ出して一体どこに行こうって言うのよ」


 槍のニセモノをつかまされたネギは、いまだにそのショックを引きずっているのか、その足取りに力は無い。しかし、ネギとしてもいつまでもクヨクヨしてはいられず、新たなる切り札を入手するためにアスナを引きつれてとある場所へと向かっていた。


「あ、それはですね……今回のことで僕、力不足を実感しました。それに槍が手に入らない以上、もう後は僕自身を強化するしかタマモさんに対抗する手段が無いんです。ですから僕は強くなるためにあの人に弟子入りすることに決めました」

「へ?……弟子入り?」


 この時、アスナは前向きなのか後ろ向きなのか、いまいち判断のしづらいことをいいながら自分の手を取るネギに、なぜかしらネギの姿が妙に凛々しく見え、微妙に胸をドキドキさせながら、目的地へ向けて歩いていくのだった。







「これはネギ先生、ようこそいらっしゃいました」


 ここはエヴァンジェリンのログハウス。どうやらネギの弟子入り先はエヴァのようである。
 ネギはエヴァの家に到着すると、戸惑うアスナを他所に出迎えの茶々丸の案内で家の中へ入っていく。アスナとしてはいかに修学旅行で世話になったとは言え、エヴァはネギの血を狙う吸血鬼なだけにネギの身を案じたのだが、当のネギは心配ないとばかりにアスナに笑いかけると茶々丸に案内されたエヴァの寝室へと入っていくのだった。

 アスナは少しの間部屋に入るべきか悩んでいたが、ネギを一人にさせるわけには行かないため、表情を引き締めると両手で頬を叩き、気合を入れてエヴァの部屋へと突入する。


「何? 私の弟子にだと? アホか貴様」


 アスナが部屋に突入して目にした光景、それは花粉症で鼻をぐずらせながらベッドの上で胡坐を組むエヴァと、そのエヴァに対してひざまずくネギであった。
 そして入ってきてすぐに聞こえたエヴァの小馬鹿にした様な声から察するに、どうやらエヴァはネギの願いを一蹴したようである。


「一応貴様と私はまだ敵なんだぞ!? それに貴様の父サウザンドマスターには恨みもある、大体私は弟子など取らん。戦い方などタカミチや横島兄弟にでも習えばよかろう」

「でもタカミチは出張でなかなかいないですし……それに横島さん達は……」


 ネギはこの時、エヴァの口から横島兄弟という名が発せられた瞬間にビクリと体を震わせるが、何故かそれを打ち払うかのように頭を一振りしてエヴァに反論しようとする。
 しかし、エヴァはネギが反論する前にまるで厄介払いをするかのように、ネギを横島達の弟子にしようと逆にネギを説得しようとしていた。


「横島忠夫にタマモもそれなりに強いだろう、特に横島忠夫は常に私の意表をつくぐらいだ。なにが不満だ」

「あの……エヴァンジェリンさん……」

「なんだ?」


 エヴァがネギを横島に押し付けようとする中、ネギはしばらくの間何か言いにくそうにしていたが、やがて妙に熱のこもった目でエヴァを見上げる。


「飛び込むとしたら、煮えたぎるマグマと逆巻く大嵐の海とどちらに飛び込みます?」

「は?……」


 あまりにも突然の質問であった。エヴァにしてみれば、ネギはなんの意図があってこんな質問をしたのかわからない。そのためとっととネギを追い返そうと改めてネギに顔を向けると、そこにはベッドに身を乗り出し、妙に熱のこもった目で自分を見つめるネギの顔が、まるでキスを迫るかのごとく至近距離に存在していた。


「……なんだその究極の選択は、どっちも普通に死ぬぞ」

「僕がなぜエヴァンジェリンさんを師匠に選ぶか、その理由を説明するためにも大事なことなんです、お願いですからどちらか答えてください!」


 ネギは妙に力のこもった目でエヴァに答えを促し、当のエヴァはそのあまりの迫力におもわずのけぞりながらその答えを必死に考えた。


「む……どちらかといえば逆巻く大嵐の海だな」

「では、100mの高層ビルから道路へむかって飛び降りるのと、同じく100mのがけから海に飛び込むのとどっちにしますか?」

「そうだな、それならまだ海のほうだな……しかしその高さなら水でもコンクリートと同じ硬さだぞ」

「……エヴァンジェリンさん、二つの選択を選んだ理由はなんですか?」

「まだつづくのか、まあいい。そうだな……理由は私が選んだヤツのほうがまだましだからかな、たとえどちらを選んでも死が待っているとしても、万分の1でも助かる可能性がある選択をするのは当然のことだろう……というか、いったいぜんたいこの答えがなんで私への弟子入りと関係があるんだ?」


 エヴァはいいかげんネギの質問にウンザリしたのか、すこし睨むようにネギにきつい視線を送る。
 しかし、ネギはその視線にもまったく動じることなく、むしろ安堵した表情で一息つく。


「意味ですか? それはその答えこそがエヴァンジェリンさんを師匠に選んだ理由なんですよ」

「この答えがか?」

「はい、エヴァンジェリンさんがさっきの質問で選んだ状況の理由こそが、僕が弟子入りする理由なんです」


 ネギはエヴァから視線をはずすことなく、むしろその幼い顔に笑みを浮かべてエヴァを見つめる。
 一方でエヴァはネギの言わんとする事が理解できたのか、その顔から表情を消す。


「ほう……そうか……」

「そうなんですよ……」

「そうか、私のほうがまだましという意味か……」

「ええ、そうです。タマモさん達に弟子入りしたら、冗談抜きで生身で大気圏突入をやらされかねません。たとえわずかでも強くなって生き残る可能性があるとしたら、エヴァンジェリンさんだけなんです!!」

「そうか……おまえは私をそんなふうに思ってたのか……いい度胸をしているな、フフフフフ」

「いやーそんなに褒められても、あはははは」

「「あーはっはっはっはっはっはっは!!!」」


 先ほどから呆然と事態を見つめていたアスナは驚愕する。それはネギと共に哄笑するエヴァの背中の風景がまるで陽炎のように歪み始め、同時に部屋の温度が確実に5度は下がったのを肌で感じたからであった。
 そしてその元凶であるエヴァは瘴気を撒き散らしながらその目を吊上げ、顔の筋肉だけで強引に笑みの表情を浮かべる。
 その顔はエヴァが人形のように透き通る美貌を持つだけに、まるで呪いの西洋人形のごとくの恐怖をアスナはビシビシと感じるのだった。それに救援を求めようにも、ネギはエヴァと共に哂い、さらに先ほどまで自分の隣にいた茶々丸は危険な気配を察知していち早く避難したのか、その姿はどこにも見えない。アスナどころか主であるエヴァの知らぬ所で、また一つ茶々丸が新アビリティ『さわらぬ神にタタリなし』を会得したのであった。

 一方、逃亡した従者に気付かぬまま、ネギとエヴァはあまりの恐怖で立ちすくむアスナを他所に、お互いの笑い声をログハウスの中で響き渡らせていく。そしてその空気がどこまでも凍りつき、最後にはエヴァの背後になにやら禍々しい悪魔が浮かび、一方でネギの背後には己の危機に気付かぬままエサを一心不乱に食べ続けるハムスターが浮かび上がる。
 そして部屋の瘴気が最高潮に達したとき、ネギはエヴァにむかってガバッと跪いた。





「と、言うわけで消去法であなたの弟子になることに決めました。以後よろしくお願いしますエヴァンジェリンさん」

「喧嘩売ってんのか貴様はー!」


 永遠に続くかと思われた氷結空間、それはネギのあまりの言い草に怒り心頭に来たエヴァの咆哮と共に終わりを告げるのだった。


「喧嘩を売るなんてそんなめっそうもない! お願いですから僕を弟子にしてください! 今なら僕の神様に紹介して特殊な魔法も使えるようになりますからー!」

「そんな異界の魔法なんぞいるかー! といか貴様まだその魔法持ってたのか、とっととそんなスキル切ってしまえー!」

「そんなー唯一の取引材料なのにー『デーモンスクリーム』は本当に便利なんですよー!」

「やかましいわー!」


 アスナは目の前で繰り広げられる漫才にめまいを感じながら、何もかも投げ出して逃げてしまおうという衝動を必死に押さえつけ、エヴァにしがみつくネギをなんとも複雑そうな目で眺めるのだった。





 エヴァとネギが壮絶な戦いを繰り広げているころ、横島忠夫は喫茶店でとある女性と待ち合わせをしていた。


「ちょっと早すぎたか……」

「そうでもないぞ(でござるよ)」

「ちょうどよかったみたいアルね」


 横島が席に着き、ウエイトレスにコーヒーを注文した所で背後から三人の女性が声をかける。横島に声をかけた三人は龍宮、楓、クーであった。


「さて、さっそくだけど突然私たちを呼び出してどういう用件なんだい?」


 龍宮達は横島と同じ席に着くと、メニューを見ながら横島に呼び出した理由を聞く。だが、その目線はメニューから外れることはなく、三人とも年相応の女子中学生らしく甘味どころを存分に味わうつもりのようだ。


「んー……まあ早い話が修学旅行の事件のことなんだけどね。ぶっちゃけ報酬の話」


 横島はそう言うと、懐から封筒を三つ取り出し龍宮達に手渡した。龍宮達は封筒を手にし、その厚みに言葉もなく驚愕の表情浮かべる。重さと厚みからおそらく一人20万は入っているのではないだろうか。


「いやー、あの時アイツらの足止めしてくれなかったら正直やばかったからな。お礼の意味も含めてちょっと多めにしたんだけど……もしかして相場より少なかった?」

「いや、十分だ。学園長からも別途もらっていたからね、正直横島さんからもらえるとは思ってなかったよ」

「けどよいのでござるか? 本山の件でその……大変なのでは?」

「正直多すぎるアルね、私は強いのと戦えれば十分アル。それに横島さんは例の件もあるし大丈夫カ?」

 龍宮は仕事の報酬として素直に受け取ったが、楓とクーはそれを受け取ることに躊躇する。たしかに中学生には大金であるし、もらっても使い道に困りそうである。
 まして横島は西の本山を壊滅させたペナルティで、現在は1億円の借金を抱えているのだ。それもあいまって楓とクーは互いに顔を見合わせて不安そうな表情をする。


「例の件については気にしないでくれ。借金の方はなんとかするさ、うん……きっと……たぶん……めいびー」


 横島は魔法世界で最近噂になっている『関西呪術協会本山消滅事件』を思い出し、冷や汗を浮かべた。
 その噂では自分とタマモは『煩悩の鬼』『金色の鬼姫』等とばれ、さらにはその事件の原因について『夫の浮気を目撃した本妻がその怒りの余波で本山を破壊した』と微妙に歪曲されて伝わっており、さらにこの事件が原因で西の長が一時期病床に臥せったことも伝えられたため、二人の名は西では恐怖の代名詞として夜な夜な泣く子に聞かせ、子供達を恐怖のどん底に陥れていたりする。
 そういった根も葉もないこともない噂が蔓延しているだけに、横島はこの話題を極力意識しないようにしていたのだが、あらためてその件について言われるといろいろとへこむものがあるだけに、その口調はなんとも頼りない。


「それならいいでござるが……」

「クーちゃんも臨時のお小遣いとおもって受け取ってくれ、いまさらつっかえされても困るしな」

「うーん、それじゃあ遠慮なくもらっておくアルね」


 横島の微妙な空気を察知したのか、楓とクーはこれ以上この話題は不味いと考え、不承不承ではあるが今回は横島の好意に甘えることにしたようだ。
 そして三人が三人とも報酬を受け取ったことにより、横島は少し安心したような表情を浮かべ、コーヒーを一口すすると改めて表情を引き締めた。


「ほんで、ここからが本題」

「「「本題?」」」

「そ、ネギのことでさ……じつはネギは魔法のことがばれるとオコジョにされるらしいんだが……」

「つまりこれには口止め料も込みという意味でござるか? だとしたら心外でござる」


 長瀬は自分達がネギの魔法のことを言いふらすと思われたことに少々気分を害したのか、横島のセリフを途中でさえぎり、細い目をあけて横島を見つめる。
 だが、横島はそれこそ心外であるというふうに手を振ると、笑いながら長瀬に答えた。


「まさか、口止め料込みだとしたらもっと多く包んでるさ。さっきのは純粋な報酬とお礼。それ以外の意味はないよ……しかしそれなら俺の心配は杞憂だったみたいだな」

「まったくネ、私たち口は固いアルよ」

「じゃあ、くれぐれもよろしくな……お、やっと注文が来たみ……た……い」


 横島は彼女達がネギのことを言いふらすような人間でなかったことに安堵しつつ、ウエイトレスが持ってきた大量のパフェとケーキを見て絶句した。


「おお、まちかねたよ」

「おいしそうでござるなー」

「実際おいしいネ」


 彼女達は注文の品が来ると嬉しそうに目標に向かって手を伸ばす。横島の座るテーブルは、いまやその面積の大半を大量のあんみつ、だんご、パフェ、ケーキ等に占拠されていた。まさに『机3分に甘味7分』といった感じである。
 横島は普段コーヒーに砂糖を入れるのだが、これでは見てるだけで口の中が甘くなってしまいそうになり、ブラックで喉におしこむ。その視線の先で彼女達は嬉々としてその店の名物を注文してはそれを胃袋に収めて行く。
 もはや手にしているブラックコーヒーすらも甘く感じるようになりながら、横島は目の前の彼女達をじっくりと見つめていた。


(むう、中学生のくせにあの胸は反則やな、中学生でなかったらナンパできたのに……これはやはりめぐりあわせの神を呪うしか……)


 その視線は主に長瀬と龍宮の胸に向かいつつ、彼女達が中学生であることを神に呪う。
 しかし、その呪いが再び天に通じたのだろうか、本来聞こえてはいけないはずの声が横島の脳裏に響いてきた。


<いまさら彼女達相手に何を躊躇してるんでしょうかねー>

<中学生相手はいくらなんでもまずいと本能的に察知しとるんやろうなー>


 その声はもはや定番と化した神と魔王の声であった。


<けどルシオラさんは0歳でしたよ>

<けど見た目が大人やったからな……一部発育がアレな部分があったようやがな>

<でしたら目の前の彼女達も問題ないでしょう、実際長瀬さんと龍宮さんはそんじょそこらの高校生をも軽く凌駕するスペックを誇ってますしね。クーさんにしたってチャイナなカンフー娘ですよ、その筋の人にはたまらんでしょうに>

<ま、そりゃそうやけどなー……で、横っち。正味の話なんで彼女達があかんねん?>

(また貴様らか……いいかげんにしてくれ)


 横島はさすがに三度目ともなると慣れたのか、心の中で会話するすべを身につけたのか、口に出すこともなく自分の脳内でくつろぐニ柱の神魔に突っ込みをいれる。
 だが、すでになにかを諦めているのだろうか、その突込みにはいつものキレが無かった。


<まあまあ、えーやないか。で、なして龍宮や長瀬の嬢ちゃん達はあかんねん?>

(やかましい、中学生に手を出してたまるか! つーか消えろ貴様ら。せっかくしばらく静かで安心してたのに復活しやがって)

<あ、それは横島さんの内面世界に作った別荘がこのたび正式な神魔の保養所になりましてね……それがまた繁盛してまして>

<それが忙しくてちょっかいかけられなかったんや。まあ、たまーに息抜きに刹那の嬢ちゃんやネギ坊主のところにも邪魔しとったけどな>

(まてや! 人の中に勝手に保養所……アレ?)

<どうかしましたか、横島さん>


 横島はしばし沈黙し、何かを思い出そうとする。そう、なにかが引っかかるのだ。横島は普段使わない脳細胞をフル稼働させ、霞の向こう浮かぶ何かを必死に思い出そうとする。するとやがて霞の向こう側からゆっくりとピンク色の巨大な建造物の映像が脳裏に浮かんだ。


(ああ、なんか思い出した! 貴様らあのピンク色の建物はなんだー!)


 どうやら夢の内容を思い出したようであるようだが、玉藻とのやり取りまでは思い出していないようだ。


<なんだと言われても……ただの保養所ですけど?>

(だからってあの外観はねーだろ! あれじゃあまるでラブホじゃねーか!)

<いや、最初は他のデザインで設計して施工してたんや。せやけどな……>

(せやけど?)

<なぜか最後にはあの系統の形で完成してしまうんですよねー。何回か作り直したんですが、アラビアンハーレム風、大奥風、中国後宮風、SM御殿風、さらに究極の完全シースルー御殿にとそれぞれなってしまい、それぞれの部屋の内装もバリエーションに富んでいましたよ。これはもう横島さんの業が原因としか……>

(マテヤ! 最後のSM御殿にシースルーってなんだー!)


 横島は心の中で器用に絶叫する。その突っ込みの意志力はすさまじく、何もないはずの空間に突如としてハリセンが浮かび上がり、神と魔王を打ち据える。
 だが、二人にとってそんなものはまさにそよ風。二人は横島の突っ込みを完璧に無視し、哀れみをこめた視線で横島を見つめるのだった。


<横っちにSMと露出系の素養があるっちゅーことやろうな。まあ、男色系が無かったのがせめてもの救いやな……>

<前々からマニアックだと思ってましたけど、本当に懐が広いですねー>

(お、俺って一体……)


 横島は自分の知らなかった一面をまざまざと見せ付けられ、そのあまりのショックで頭を抱える。
 横島としては必死にその事実を否定したいのだが、今までにもしばき倒される事がわかっていながら、それでも美神に覗きを敢行したり、さらにドッペルゲンガー事件の時には皆の前で全裸になるなど、その素養を裏付ける事実がたくさんあるだけに自分でもどうにも否定できない。
 そしてそんな葛藤を続ける横島に、神と魔王はさらなる試練を与えるのだった。


<ちなみに今の形になる前はなぜか小学校か中学校の校舎みたいな建物になるところやったで……もちろんピンク色の>

<サっちゃん達魔王総がかりで念を込めながら修正して、ようやく今の形に落ち着いたんですから>

<やっぱ魂は正直っちゅーことやな……ロリの素養どころかペドの素養もバッチリあるで横っち、あははは>

<まったくですね、素直になればいいのに、あはははは>

(素直……俺がロリ……あは、あははははははははは)

<<(あーっはっはっはっ!)>>


 あまりの事実に打ちのめされ、己のアイデンティティーが崩壊した横島と、それを面白そうに見つめるキーやん、サっちゃんの三人はやがて心の中で大笑いの大合唱を始める。
 その笑い声は一人の青年の全てを奪う悲しみが含まれ、そして二柱の神魔は心のそこからの娯楽を含み、いつまでも脳内世界に響き渡るのだった。






<<ということで迷わず彼女達にGO!>>


「何がGO! じゃこの脳内神どもー! 俺はこの身のプライドと全存在に賭けてロリとちゃうわー!!」





「どうしたんだい、横島さん。突然叫びだして」

「なにやら難しい顔で考え事してたようでござるが?」

「このパフェ美味しいアルね……モグモグ」

 横島は最後の最後で怒りに耐え切れず、大声を出してしまった。
 当然その声は店内に響き渡り、周囲の耳目を集中させる結果となる。その視線のうち4割は美人三人を引き連れる男の敵と言う視線であった。


「いや、なんでもないよ。ちょっと疲れてるだけ……うん……悪いけど俺はもう帰るね、支払はこれで……あ、お釣りはいいからね」


 横島は机に万札を2枚ほど置くと、ヨロヨロと喫茶っ店から出て行く。よほど先ほどの会話がショックだったのだろう。
 一方、突然のことで顔を見合わせていた3人だったが、横島が手渡した万札と机の片隅に置かれたレシートを見比べ、感嘆の声を上げる。


「ふむ……なかなかいい目利きをしているな」

「そうでござるな、レシートも見てないはずでござるが」

「お釣りが252円アルね」


 この場合デザートだけで19,748円も食べる彼女達の胃袋が脅威なのか、それともほぼピタリの金を渡した横島を賞賛すべきなのだろうか、色々と判断に迷う所である。








「いやーよかったな、兄貴」

「ほんとに、アスナさんが粘ってくれたおかげです」

「い、いや別に……あれはエヴァちゃんが変なことを言い出すから……」


 あの後、ネギはアスナの助力を得てどうにかエヴァから後日弟子入り試験を行うことで双方の合意に達していた。そしてネギ達はエヴァの家を辞した後、次の目的地へ向けて歩いている。


「ところでさ……なんでエヴァちゃんと茶々丸さんがいるの?」

「私がいるとなにか不都合があるのか? だいたい私もお前たちと同じように横島忠夫に呼ばれてるんだ、この際一緒にいてもかまわんだろうが」

「いや、まあ……そうなんだけどね」


 どうやらネギの次の目的地は横島邸のようである。
 アスナとしては別荘で色々と思うところがあっただけに、正直エヴァと一緒に行くのに抵抗があるのだが、ネギはそんなアスナの気も知らずにただ嬉しそうに歩を進めていくのだった。

 

「わざわざ呼び出してゴメンね、アスナ、ネギ先生、それにエヴァと茶々丸。今横島を呼んでくるわね」

「「……」」


 あれから10分後、ネギ達一行は何事もなく横島の家に到着し、メイド服に身を包んだタマモの出迎えを受けていた。
 そのメイド服は黒と白を基調としたオーソドックスなタイプで、最近東京のとある地方ではやりつつある喫茶店モドキの制服のようなすその短いタイプではない。
 そしてタマモはそのメイド服を完璧に着こなし、その金髪とあいまって普段学校で見るタマモとまったく別の清楚でおとなしいイメージをネギ達に与えていた。

 ネギ達はあまりにも予想外のタマモの格好に、しばしの間呆然とタマモの後姿を見つめ続ける。


「アスナさん……」

「なによ……」

「タマモさんのあの格好ってひょっとして横島さんの趣味ですかね?」

「……違うと思うけど、完全に否定できないわね」


 ある意味度肝を抜いたタマモの格好について、ネギとアスナは横島に対する誤解を深めていた。


「甘いです、タマモさん。あなたはまだその服を完璧に着こなしてはいない、所詮付け焼刃では服に着られているに過ぎないのです」


 一方で口をあんぐりと空けて硬直しているエヴァを他所に、茶々丸は密かにタマモへの対抗心を燃やしていた。

 ネギ達一行は視覚的衝撃から立ち直ると、タマモの案内にしたがって居間に到着した。


「横島さん、僕達を呼んでどうするつもりなんでしょうか?」

「そのくらい頭を働かせて考えろ、というかこのメンツが集まるということは修学旅行の件以外ありえんだろうが」

「あれ? でもそうすると刹那さんや木乃香さんはどうしたんですか?」


 修学旅行の件での話なら、刹那と木乃香がいないのは確かにおかしな話である。だが、実際にこの場所には刹那も木乃香もいない。
 それだけにネギは不思議そうな顔をしてエヴァを見上げる。


「そんな事まで私が知るか! 大方二人してどこかにシケこんでるんじゃないのか……ところで神楽坂アスナ」

「な、なによ突然」


 さっきからずっと黙っていたアスナにエヴァが話を振る。アスナは突然話しかけられて驚いているのか、それとも他の理由があるのか、声が妙に上ずっている。


「さっきからずっとぼーやの顔を見ながら百面相をしていたが、何かあったのか?……どうした、顔が赤いぞ」

「え?」


 ネギはエヴァの言葉に改めてアスナを見ると、確かに顔が紅潮し、呼吸も妙に浅い。
 しかも横島の家に来る途中に、なにやら石柱に頭をぶつけるなどという奇行も行っていた。


「あああ、アスナさんやっぱり風邪ですか? 大変だすぐに熱を!」


 ネギは先ほど来る途中にやったのと同じように明日菜の額に自分の額をあてて熱を計ろうとするが、アスナはさらに顔を赤くしてネギから一気に後ずさり、距離をとる。
 その仕草ははたから見たら風邪などではなく、明らかにネギを意識しているように見えた。


「クククク、ぼーや心配するな。そいつは風邪でもなんでもない。いたって健康体だよ」

「そうなんですか? けど熱がありますよ、ほら顔も赤いし」


 ネギは心配そうにアスナを見つめる、だがアスナはそのせいで益々赤くなっていった。


「安心しろ、少なくとも病気ではない……いや、やはり病気か、それも不治のな」

「な、なななな」


 アスナはエヴァの言葉にもはやまともに言葉を返す事も出来ない。


「どうした、神楽坂アスナ。さっき私の家では否定していたが、そのせいで意識したのか?」

「そ、そそそそんなわけあるかー! 私は高畑先生一筋なのよー!」


 アスナは自らに言い聞かせるように絶叫するが、なぜか自分でもその言葉にむなしさを感じてしい、もはやアスナは自分の心が分からず、ただパニックに陥るだけであった。
 そしてパニックに陥ったアスナの取った行動は、エヴァ邸の時と同じようにハリセンを召還して物理的にエヴァを黙らせようとする事だった。
 だが、腐っても鯛、エヴァも弱まっているとはいえ真祖の吸血鬼である。そう何度も同じ手はくわない。


「ふん、そんな攻撃をそう何度も喰らうか!」


 エヴァは笑みを浮かべながらアスナを見据えると、その場から軽やかに飛びのきアスナのハリセンをかわす。もっともさすがにアスナの女子中学生離れした動きを完全にかわすことが出来なかったのか、エヴァの纏う魔法障壁は霧散させられるが、肝心のエヴァの本体には全く影響はない。
 だが、エヴァの魔法障壁が失われ、あざやかにアスナのハリセンをかわしたその瞬間、なんの前触れもなく背後にあった扉が音もなく開いた。


「おう、お待たせ……」


 横島の声と共に開け放たれた扉の角は、吸い込まれるようにエヴァの後頭部へむけてその凶悪な刃を向け、それに気付かぬままエヴァは飛びのいた勢いを落とすことなく、自らその凶刃へ己の身を差し出すのだった。


 ゴメス!!


「あ……」


 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり帰る中、横島のなんとも気まずげな声が部屋に響き渡る。横島の足元では、エヴァがあまりの痛みに後頭部を抑えて声も無くうずくまっている様が実に痛々しい。


「あの、マスター……頭の機能は正常ですか?」

「茶々丸さん、その言い方だとイロイロと誤解を招きそうな気がするんだけど」

「あ、申し訳ありませんでした。ではマスター、頭は悪くありませんか?」


 言い直しても結局あまり変わらない茶々丸であった。


「あーすまんエヴァちゃん。頭悪くなったか?」

「貴様もかー! 横島忠夫ー!」


 横島のセリフにとうとう切れたのか、エヴァは横島に怒鳴りつける。
 後に横島はこの時のことを述懐してこういった。


「目に涙を浮かべて、後頭部にでっかいたんこぶをこさえて叫ぶお子様吸血鬼の姿は妙に可愛かった」



 その後、むくれるエヴァをなだめすかして話をしようとした横島だったが、刹那と木乃香がいないことに気付いた。


「あれ? 刹那ちゃんとこのかちゃんは来てないのか?」

「知らん、そもそもあいつらと一緒に来たわけではないからな」


 いまだにぶんむくれ状態のエヴァに横島は肩をすくめて茶々丸を見るが、茶々丸は何かを諦めたように首を振る。
 どうやらこの状態のエヴァは茶々丸でもどうにも出来ないようだ。


――ピンポーン♪


 横島がどうやってエヴァの機嫌を取るか途方にくれていた時、来客を告げる呼び鈴が鳴り響く。どうやら刹那たちが来たようである。
 タマモはすぐさま玄関へ駆けつけ、来客を出迎えに行ったのだが、しばらくすると困惑した顔で横島の元へと帰ってきた。


「どうしたタマモ、刹那ちゃん達じゃなかったのか?」

「いやなんというかこう……見てもらったほうが早いわね」


 タマモの言葉に一同は首を傾げるが、タマモも困惑した表情を浮かべるだけで一向に要領を得ないだけにその現場に向かう。
 そしてそこで繰り広げられている光景はというと。



「刹那、偏見もあるだろうけど私は祝福してあげるわよ」

「木乃香、いつからそんな積極的に」

「刹那さん、木乃香さん、これはいったい……」

「桜咲刹那、式には呼んでくれ。祝儀ははずんでやるぞ」

「刹那さん、木乃香さんおめでとうございます」

「あーなんというか……美人同士だから俺的には眼福なんだが、なんかもったいないなー」


 上からタマモ、アスナ、ネギ、エヴァ、茶々丸、横島の発言である。
 そしてその発言の元凶はというと。


「せっちゃん好きやー」

「ああああああ横島さん、これはその、違うんですー!!!」


 このかに抱きつかれて困惑した表情の刹那であった。


「なあ、刹那の姐さん。もしかしてこのか姐さんはネギの兄貴の机にあったチョコ食わなかったか?」


 一同が生暖かい目で刹那達を見る中、どうやらカモはこの現象の原因に心当たりがあるのか、刹那に話しかける。


「チョコですか? そういえば食べてたような気がしますが」

「それだ! あれは惚れ薬入りのチョコだからな、それを食べて最初に目を合わせたヤツに惚れちまうんだが……見事に食べちまったみたいだな」


 どうやらこのかの状態はほれ薬が原因のようである。そう考えれば確かに木乃香の常軌を逸した行動にも納得がいく。
 そしてカモは先ほどから続くアスナの行動にも、それが関わっているのではないかと推測する。


「なあ、アスナの姐さん。姐さんもひょっとしてチョコ食わなかったか」

「あ、そういえばおきた時に食べたような」

「じゃあ、姐さんも惚れ薬の影響があったんだぜ。もっとも効果は半日程度だけどな」


 アスナはカモの言葉に、いままでの出来事がホレ薬のせいであると確信し、安堵のため息をついた。


「で、結局どうするの、これ」


 タマモはあまりのアホらしさに頭痛を感じながら横島に尋ねる。


「薬が切れるまで待つってのは……」

「却下ですー! お嬢様は嫌いではありません、むしろ好きですが、決してこのような関係を望んでるわけではありませーん!」

「だ、そうよ」

「はー、しゃあないな。ホレ、使え」


 横島は刹那とアスナに『覚』と入った文珠を放り投げると、刹那は即座にその文珠を使いホレ薬の効果を消すのだった。



「で、時にカモ……お前は今その惚れ薬入りチョコを持っているか?」


 横島は刹那に文珠を渡した後、即座にカモを捕獲すると物陰に隠れる。


「うえ? 確かにサンプルを一個だけ持ってるけどそれがどうかしたのか?」

「お前が持っていると碌なことになりそうもないんでな……俺が処分してやるからよこせ。も・ち・ろ・ん断るつもりはないよな?」


 横島はカモを握る手に少しずつ力を加えながら壮絶な笑みを浮かべる。


「ぐ、ぐえええギブ、ギブアーップ。渡す、渡しますから力を緩めて、お願いプリィィィズ!」


 カモは息も絶え絶えに横島に懇願すると、どこからともなく紙に包まれたチョコを一つ手渡す。それによりようやく横島の手から解放され、カモはフラつきながらネギの元へと逃げるのだった。 
 そして長年追い求めた夢のアイテムを手に入れた横島は、感極まったのか天に向かって拳を突き上げた。


「ぐふふふ、ついに……ついに手に入れたぞ人類の夢と希望! たった半日と言うのが少々惜しいが贅沢は言えん。ともかくこの夢のアイテムを使えば、俺はついに念願のナンパ成功の夢をー!」


 考えてみれば横島は短い間ではあったが恋人も出来たしキスもした事ある。しかし、彼のライフワークと化しているナンパについては成功率0%を誇っており、その記録は今現在も更新中である。
 しかし、ついに手に入れたこの惚れ薬を使えばその記録は確実に止まり、さらにはそれを契機にナンパ成功率が上がるかもしれないのだ。それだけに横島の喜びはひとしおなのだが――


「で、それを誰に使うわけ?」


 ――その歓喜の声は瞬時に絶望の声にとって変わるのだった。

 横島が絶望の表情を浮かべて振り返ると。そこには実にいい笑顔を浮かべたタマモがもはや定番と化したハンマーを振りかぶり、攻撃準備を完了させていた。


「横島、なにか遺言はあるかしら?」


 横島は追い詰められた小動物のごとくガタガタと震えていたが、やがて意を決したかのように顔を上げるとタマモを見据え、きっぱりと言い放った。


「タマモ、安心しろ。少なくともお前には絶対に使わな「こっの大馬鹿者ー!」のぎゃあぁぁー!」


 いろいろな意味で複雑な思いを込めたハンマーは横島のセリフをさえぎり、音速を超えて顔面に突き刺さるのだった。

 と、今までならここで数十秒後に横島が何事もなく復活し、次の話題へと移るのだが、この時はそのハンマーの打撃こそが新たなる騒動の呼び水となる。
 それは横島が手にする男の夢、惚れ薬入りチョコの行方だった。

 横島が手にしていたチョコはハンマーの衝撃により横島の手から離れ、我が身を食すのにふさわしい人物の元へ旅立って行く。
 そしてチョコは己の標的を見つけると、私を食べてと言わんばかりに一直線にその人物の口へと突入するのだった。
 

――ゴクン


 横島の悲鳴とハンマーの打撃音が充満する部屋の中で、何かを飲み込んだ音が不気味に響き渡る。


「え?……」


 タマモが横島への制裁を中止し、その音の発生源に目を向けると、そこには自分の口を押さえて呆然と立ちすくむ刹那が今にも自分の方を見ようと首を動かす所であった。


「刹那、こっち見ちゃだめー!」


 タマモが叫ぶと、刹那は即座に回れ右をしようとする。しかし、その視界の先にネギの着ているスーツを捉えた瞬間、彼女は神速の速さで再び振り返り、ネギを視界からはずす。
 そしてその視界の先で赤く染まって横たわる横島の足を捉えた。

 刹那は何故か緩やかに流れる時間の中で考える。このまま視線を動かせばやがて横島の顔を捉えるだろう。そして下手をすれば目を合わせてしまうことになり、惚れ薬の効果が発動してしまい自分は横島にぞっこんとなってしまう。
 刹那は心の中で早く目を閉じなくてはと必死に考え、それを実行に移そうとする。しかし、その目は自分の意思に反して閉じることなく、またその視界もゆっくりと横島の足から腰、胸、そして首へと移り、やがて刹那は驚愕の表情で自分を見つめる横島と視線を交わすのだった。


「……」

「あ、あのー刹那ちゃん?」


 血の海から復活した横島は、沈黙したまま自分を見つめる刹那を警戒しながら見つめる。その手にはいつ何時刹那が暴走しても大丈夫なように、すでに『覚』の文字が入った文珠が握られていた。
 しかし、刹那はその場を動くこと無く、ただひたすらに沈黙したまま自分を見つめるだけであった。


「刹那、大丈夫なの?」

「……あ、タマモさん……いえ、大丈夫です。どうやら不良品だったみたいですね」


 しばしの間呆然と見詰め合っていた二人に見かねたのか、タマモが刹那の肩を叩くとそこでようやく刹那が反応する。
 刹那曰く不良品とのことだが、確かにぱっと見る限り刹那はいつもと変わっていない。


「どうやら本当に大丈夫みたいね。さすがに刹那が惚れ薬にやられて横島に迫ったらきっと暴走してただけに助かったわ。本気で横島が暴走したら私でも止められないから幸運だったわね」

「おいこら、人聞きの悪いこと言うんじゃねー、誰が暴走するかー! ちゃんと俺用と刹那ちゃん用で『覚』の文珠を準備してたわ!」


 タマモがどこと無くほっとしたような表情で胸をなでおろすと、そこに横島の突込みが炸裂する。
 しかし、こと突っ込みにおいてはタマモは横島のはるか高みに位置していた。


「横島……あんた自分用を準備しているってことは暴走する気満々だったってことじゃないの?」

「……しまったああー! 刹那ちゃん、違う、違うんやー! 確かに刹那ちゃんみたいな美少女ならいつでも来いだけど、決して暴走して刹那ちゃんをどうにかしようなって思ってなかったんだー!」


 タマモの冷静な突っ込みに横島は酷くうろたえ、刹那の肩をつかむと必死にやましい気持ちは無かったと弁解する。
 そして刹那はあまりにも接近した横島の顔に思わず頬を赤らめ、ついで少し、ほんの少しだけ残念そうな表情を浮かべるのだった。


 一方、事態の展開についていけずに取り残されていたアスナ達の中で、刹那の表情を敏感に感じ取った木乃香が肩に乗っているカモに話しかけた。


「……なあカモ君」

「なんだい?」

「せっちゃんが食べたチョコって本当に不良品だったん?」

「んー、確かに不良品って可能性もあるんだが、あのチョコのメーカーは信頼第一って感じで不良品はめったに出ないはずなんだがなー」

「じゃあ、ひょっとしてアレは……」

「ああ、もしかするとある意味惚れ薬の定番の状態ってヤツなのかもしれねえな」

「あ、でもウチの時は変な風になっとったで?」

「木乃香姉さんの場合は同性の壁を薬でぶち抜いたからああなったんだろうな。けど今回は……」

「だとすると間違いなさそうやなー」


 木乃香とカモは示し合わせたかのようにニヤリと笑うと、なんともいえない生暖かい表情で刹那を見つめつづける。


「ねえ、木乃香。今の話はどういうこと?」

「なんでもないんよ。ただ、あのチョコは野暮や無かったってことやー」
 

 木乃香の言っている意味が分からないため首をかしげるアスナを他所に、木乃香は何故か悪の女ボスのような含み笑いを浮かべ、その表情を直視したネギを恐怖のどん底へと叩き落すのだった。





 惚れ薬騒動が一段落した後、横島たちはようやく一息ついたのかお茶をすすっていた。
 この時、タマモが入れるお茶の配膳をさりげなく刹那が手伝い、意識してなのかそれとも意識していなかったのか不明だが、刹那は最後に自分のお茶を横島の隣の席に置き、実に自然に横島の右側の位置を取る。当然横島をはさんでその反対にはタマモが座っているのだが、タマモはそれに何の反応も示すことなくただお茶をすすっていた。
 しかし、そのまったりとした空気の中、先ほどから横島に対して強烈な視線を送っていたエヴァついにシビレを切らしたのか、湯飲みをドンと机にたたきつけると横島に詰め寄る。


「さて、そろそろ説明してもらおうか。横島忠夫、修学旅行の件について呼び出したのだろう」

「あ、そうだったな……さて、なにから話そう」

「そうだな、では横島忠夫、貴様達は何者だ。茶々丸に貴様とタマモのことを調べさせても麻帆良に来る前のデータは何一つ無い。いくらなんでもこれはおかしすぎる」


 エヴァの言葉に横島達の事情を知る刹那は不安そうに横島を見る。だが、当の横島は少々戸惑ったような顔を浮かべるだけだった。


「何者といわれてもだな、俺なんてどこにでもいる普通の男なんだが。まあ、タマモはちと特殊だが」

「貴様のようなヤツが普通にゴロゴロしてたら世界は終末を迎えとるわー!!」

「まあ、確かにコイツがそこらじゅうに増殖したらエライことになるでしょうね……」


 横島の普通の男発言に早速エヴァが噛み付こうとする。そして横島の隣では横島がうじゃうじゃと群れを成しているシーンを想像したタマモが、自分の体を抱きかかえて身震いしていた。


「え、えらい言われようやな」

「だいたいだなこの私を出し抜き、そしてあのスクナを簡単に滅ぼしたお前が普通の男だと? 馬鹿も休み休み言え。そもそも貴様の気は刹那達とあまりにも違う。それにタマモにいたっては九尾の狐と来ているんだぞ。ふざけたセリフも大概にしないと普通という言葉が棍棒もって殴りに来るぞ!!」

「……ま、さすがにもう誤魔化せんか」


 横島はしばらくの間沈黙していた。確かに今日エヴァ達を呼んだ最大の目的は自分達の素性、特にタマモや文珠について説明するつもりだったが、あわよくばこのまま誤魔化そうと思っていただけに少し残念そうに天井を見上げる。
 そしてしばらくの後意を決したのか、横島はエヴァやネギをぐるりと見渡すと今までに無いほど真剣な表情をした。


「最初に言っとくけどこれから話すことは他言無用だ、特にタマモについては学園長にも秘密にしてくれ」


 横島の言葉に一同は小さく頷き、それを見て安心したかのように微笑んだ後、横島は自らの霊能力、そしてタマモのことについて説明していくのだった。ただし、自分達が異世界の住人であるという事は省いていた。この際それも白状してしまったほうが楽なような気もするが、この時は無用の混乱を避けるためにも横島は異世界については沈黙を決め込むのだった。

 横島の説明は実に多岐に渡り、その所々をタマモに補足してもらいながら話を続ける。この時、タマモが九尾の狐の転生体と改めて本人の口から説明されたことで、刹那を除く全員が驚愕の表情を浮かべたが、いまさらタマモを受け入れないという選択肢は彼女達に無いため、特に混乱も無く会話は続いていく。
 そして話が横島の霊能力、特に文珠のくだりになるとエヴァは真剣な表情でそれに聞き入り、やがて不思議そうにつぶやくのだった。


「結局その文珠とかいうのは、使用者のイメージを反映して望む現象を引き起こすということか?」

「ま、限界はあるけどな……けど使いようによってはスクナの時みたいに反則的な使用方法もあるし、使い勝手はいいぞー」

「しかしそのようなアイテムは聞いたことが無いぞ」

「僕も聞いたことありません、これでも日本に来る時はけっこう調べたんですけど」


 600年を生きたエヴァはもとより、魔法アイテムコレクターでもあるネギは自分たちの知らないアイテムの存在に首をかしげる。


「ま、そりゃそうだろうな」

「どういうことだ?」

「だってこれ俺が作ってるからな」

「「「「なにー!!!」」」」

「横島さんってすごいんやなー」


 さすがにあのすさまじい効能を示した文珠を横島が作ったと聞いて、刹那も含めて全員が驚きの声を上げる。ただ、木乃香だけは事情が分かっているのか分かっていないのかのほほんとした表情を浮かべているだけであった。


「貴様がこれを作っているだと! ばかな、洋の東西問わずこんな非常識なアイテムの存在どころか、ましてその製法など聞いたことが無いぞ! この珠の製法を一体どこで学んだ! いや、それよりも教えろその製法を!」


 エヴァは未知のアイテムへの探究心からか、それとも別の理由なのか、横島から文珠の製法を聞きだそうと横島に食って掛かる。
 しかし、横島はなんともいえない気の毒そうな表情を浮かべるだけであった。


「いや、製法つっても……」

「もちろんタダとは言わん。望むだけのをくれてやる、貴様が望むのなら私を好きにしてもいいぞ!!」


 なにかに切羽詰ってるのか、エヴァは自分がとんでもない爆弾発言をかましたのか気付いていない。
 そして、エヴァの発言と同時に横島の両サイドですさまじいプレッシャーが発せられ、そのプレッシャーをまともに喰らったネギとアスナにカモ、そして木乃香までもが部屋の隅ガタガタと震えていた。


「いらんいらん、そんなもん。つーか教えるの無理だし」


 しかし、当の横島はそのプレッシャーに気付いた風も無く、エヴァに対して両手をふると横島は飄々として答えた。
 この時そんなもん扱いされたエヴァは、額に微妙に青筋を浮かべながら再び横島を問いただす。彼女としては、修学旅行でまざまざと見せ付けられた強力なアイテムにかなり執着していただけに納得できないようだ。


「無理とはどういうことだ!」

「だってそれはアイテムっつーより俺の能力だし」

「は?」


エヴァは横島の言っている意味が分からず困惑する。


「ま、見てな。いまその文珠をつくってみせるよ」


 横島はマヌケな顔をして自分を見上げるエヴァの前に手をかざすと目を閉じ、精神を集中させる。するとその手のひらにすさまじい力が集中しだした。


「な……これは……」


 呆然と見つめるエヴァの目の前で、横島の霊力がやがて手のひらに集まり、そして圧縮されていく。やがてその力が珠の形を形成し、力の奔流が収まると瑠璃色の珠が横島の手のひらにポツンと鎮座していた。


「文珠は俺の霊力を圧縮して作り出したものだ、だから俺にしか作れん」


 横島は文珠を作り出した疲労により、額に汗を浮ばせたままそう言うと文珠を意識下にしまいこむ。そして横島の額の汗に気付いた刹那が、ポケットから取り出したハンカチでこれまた実に自然に横島の汗をぬぐうと、そのハンカチを再び大事そうにポケットに戻すのだった。

 一方、文珠を自分で作る事が出来ないと知ったエヴァは、しばらくの間気落ちしたようにうつむいていたが、やがて気劣りなおしたのかその顔を上げる。


「そうか……ではその文珠を一つくれないか? もしかしたらその文珠で私の呪いも解けるかもしれない」


 どうやらエヴァは自らを縛る呪いを文珠の力により解こうと考えていたようである。確かに横島の持つ文珠の非常識な力ならば、自身を縛る呪いを解けるのではないかと考えるのは実に自然な流ではある。


「エヴァちゃんの呪いかー……じゃあちょっと解析してみるな」


 横島はさすがにエヴァが気の毒になったのだろうか、とりあえずエヴァにどんな呪いがかかっているか解析しようと文珠を二つ取り出す。
 そしてエヴァの呪いを見極めるために、どのような文字を入れるのが最適なのかしばしの間沈思黙考し、やがてその目を見開くとおもむろに文珠に念を込めた。

 この時横島が込めた文字、それは――


『百目』



 ――であった。

 ヒャクメ、それは横島の知り合いにして、役立たずの代名詞。されど一流の調査官として名をはせている一人の神族の名である。
 横島としては解析を行っても基本的知識がまだまだ修行中のため、理解できない可能性が高い。そのため『百目』という文字を使うことにより、ヒャクメによる解説もつけてしまおうという考えからこの文字を選んだのであった。

 皆が静まり返り緊張して横島を見つめる中、横島は文珠を発動させてエヴァを解析していく。
 文珠の効力は遺憾なく発揮され、横島の頭の中にはエヴァに関する全てのデータが次々とヒャクメの解説付で浮かんでくる。もっとも、エヴァの身体情報に関してヒャクメが解説していた時、密かに霊力が文珠一つ分補充されたのは横島だけの秘密である。

 ヒャクメの解説は多少の脱線もあったようだが、やがてエヴァの呪いについて解析して行く。
 そしてついにヒャクメがエヴァの呪いの全てを解析し終わり、その答えを横島に伝える。


<……説明するのに術が無いのねー>


「徐栄のセリフぱくってんじゃねー、こんの役立たずがー!」



 どうやらヒャクメ(文珠Ver)でもエヴァの呪いの解析は不可能であったようだ。

 一方、突然叫びだした横島にエヴァを初めとして全員が驚愕の視線を浴びせる。そしてそれに気付いた横島は、何かを誤魔化すように咳払いをするとエヴァに解析の結果を伝える。


「あははは、まあ見たところエヴァちゃんの呪いって無茶苦茶強力で解析できんみたいだわ。たぶん文珠一つじゃ呪いを解くのは無理だろうな」

「一つでは無理だと? それでは複数で使えば解けるということか?」

「ああ、文珠は複数を同時につかえばどんどん強力になるからな。もちろんそれに比例して制御も難しくなるが……たとえば簡単な呪いなら『解』と入れればいいが、『解呪』と入れればより強力になるんだ」

「では二つくれればいいではないか」

「だから無理だって、二つ以上の文珠使用はそれこそ俺にしか出来ないんだから」

「ではお前が解いてくれないか、もちろん報酬は弾むぞ」


 エヴァは横島なら自分の呪いを解けるかと最後の希望も込めて横島を見つめる。
 しかし、横島の答えは無情にもエヴァの最後の希望を打ち砕くのだった。


「あ、それも無理」

「なぜだ! 貴様が使えば強力な解呪も可能なんだろうが!」

「だから言ったろ、文珠はイメージが全てだって……そもそも魔法が分からん俺がその呪いをどうやってイメージしろってんだよ。それにさっきの解析でも結局呪いについて詳しいことは何一つわからなかったしな。俺が魔法のことを知ってれば話は別だろうが、今のところ呪いを解く手はないな」

「ぐぐぐぐぐ」


 最後の、本当に最後の希望を打ち砕かれたエヴァはうなだれ、悲しそうにうつむく。横島はそのあまりの哀れさに罪悪感を感じたのか、エヴァの肩に手をやると優しく声をかける。
 

「あー力になれなくてすまんな。こればっかはどうしようもないんだ」

「エヴァンジェリンさん、気を落とさないで下さい。前にも言いましたが僕がうんと勉強してその呪いを解いてあげますから」

「まあ、気を落とすなって言っても無理でしょうけど。文珠も万能じゃないってことよ、諦めなさい」


 気を落とすエヴァに横島に引き続き、ネギ、タマモが声をかける。だが、エヴァはそれに答えることもなく、ただうつむいているだけであった。

 その後、しばらくの間痛い沈黙があたりを支配する中、横島はそろそろ何かギャグでもやって空気を変えようと思案し始めたころ、唐突にエヴァは顔を上げ、横島を睨みつける。
 そしてテーブルの上に飛び乗ると、横島を指差しながらビシっと宣言するのだった。


「よし、決めた! 横島忠夫、貴様は今から私の弟子だ!!!」


 その後、10秒間時が止る。








 そして時が動き出す。


「「「「「「は!?」」」」」」


 横島を筆頭に全員は、エヴァのあまりに唐突な発言に戸惑う。
 特にタマモにいたっては『何ボケてんだこのお子様吸血鬼は』といった感情を込めてエヴァを睨みつけ、横島の反対側にいる刹那は複雑そうな顔でエヴァを見つめつつ、そっと横島の手を取ろうとしたところで自分の行動に気付き、慌ててその手を引っ込めていた。


「あのー、エヴァちゃん。もう一度言ってくれないか」


 横島が皆の意見を代表してエヴァに問う。その表情にはありありと困惑の表情が浮かんでいた。
 しかし、当のエヴァはさっきまでの意気消沈振りが気の成果のようにハイテンションである。


「ん? どうした、聞きそびれたのか。しょうがないも一度言うぞ、貴様は今からこの私、闇の福音エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの弟子だ! 光栄に思えよ」

「マテ! いったいなぜに俺がエヴァちゃんの弟子にならんといけんのだ!!」

「愚問だ、貴様は魔法のことを知らない、だが魔法を理解し、私の呪いを理解すれば私の呪いを解くことが出来ると言ったのは貴様だぞ!」

「いや、確かにそう言ったけど、だからなぜに俺が弟子に?」

「ええい、わからんヤツだな。貴様が私の呪いを解けるように私直々に魔法を教えてやると言ってるんだ、感涙にむせび泣くといい。なんだったらそのまま私の従者にしてやってもいいぞ」

「マテや、なんで今更勉強なんぞせにゃならんのだ! それに美人のお姉さまの従者なら俺も喜んでなるが、幼女は嫌じゃー!」


 エヴァは何気に爆弾発言をかましながらも、やがて感極まったのか、高笑いをあげる。時間はかかるが確実に呪いが解ける手段が目の前にぶら下がっているだけにその喜びはまさにMAX状態である。
 一方、事態の展開に付いていけない横島は、なんとかエヴァを考え直させようとするが、すでに明日からのスケジュールの検討に入っているエヴァは全く耳を貸すつもりは無いようだ。


「さあ、明日からビシビシしごいてやるぞ!!」

「話を聞けー!」

「あのー……僕の弟子入りの件忘れていませんよね?」


 横島の絶叫も、そしてネギのつぶやきもむなしく、エヴァにその言葉が届くことはなかった。




「あの、タマモさん。いいんですか? アレは……」


 いまだに高笑いを続けるエヴァを尻目にお、大きくため息をついたタマモに刹那が話しかける。


「なんかドっと疲れがでたわ、まあ手札が増えるんならいいんじゃないの。もっともアイツがまともにエヴァの言うこと聞くとは思えないけどね」

「そ、そうなんですか」


 刹那はタマモの答えにどこと無く安心したような表情を浮かべる。それは本人も自覚していない微妙な変化であったのだが、この時のタマモはそれを見逃すことは無かった。


「勉強嫌いだったからねー、アイツ。それに馬鹿だし」

「エヴァンジェリンさん、苦労しそうですね」

「間違いなく苦労するわね。さ、横島たちはもうほっときましょ。いまから夕食作るけど食べていくでしょ?」


 タマモは横島たちを見捨てると、夕食の準備をするために台所に向かおうとする。ちなみにタマモの姿はいまだにメイド姿である。


「あ、私も手伝いますよ」

「じゃあ、お願いね。なんだったらみんなで泊まっていくといいわよ、寮のほうには横島から伝えとくから。あ、けど横島を下手に刺激しちゃダメよ。さっきも言ったけど本気で暴走したら私でも止められないんだから」

「たたたたタマモさん!」


 刹那はいきなりの不意打ちに完璧に動揺し、その顔を朱に染め上げる。
 そしてなんとかその場を誤魔化そうとタマモに対して言い訳をしようとするが、その口にタマモの人差し指があてられ、そのまま押し黙る。


「隠しても無駄、さっきまでの刹那の態度を見れば一目瞭然よ。最初は惚れ薬の効果のせいかと思ったけど、刹那から魔法薬が効いている臭いが感じられなかったから違うみたいだし」

「いえ、その……私は横島さんのことは気になるというか、あの……」


 刹那はあまりの事態に完全に混乱してしまい、その目には涙も浮かんでいる。
 そしてそんな刹那の仕草を見つめていたタマモはやがてニコリと笑うと刹那の肩にその手をそっと乗せた。


「ねえ刹那。あいつって普段は馬鹿でイロイロとアレだけどさ、懐が深いというか……アイツの近くにいてその本質に気づくと例外なく好きになっちゃうのよね。そして刹那もきっと横島のそんな所に惹かれたんでしょ……私もその口だから刹那の気持ちが分かるわ」

「た、タマモさん……」

「刹那、アナタの男を見る目は悪くないわ。たしかに色々と苦労するかもしれないけど、その欠点を補って余りある物がアイツにある。そしてそれこそが私が、そして刹那が惹かれたアイツの魅力なんだと思う」


 タマモは刹那の肩に置いた手をそっと背中に回し、混乱している刹那を落ち着かせるように彼女を抱きしめる。


「今アナタは突然こんなこと言われて混乱しているかも知れない。そしてその自覚も無いかもしれない。けど……もしその心に整理が付いて、横島の事が好きだと自覚したら私に遠慮することなんか無いわ、存分に横島をアナタの魅力で虜にしてごらんなさい」

「で、でもそれじゃあタマモさんが……」

「あら、私も黙って見ているつもりは無いわよ。私は今までどおり正々堂々、真っ向からアイツに私の魅力を理解させて虜にするだけよ。それにもう一つの選択としてさ……」

「もう一つですか?」


 刹那は急に押し黙ったタマモを不思議そうに見つめる。刹那が見つめる中、タマモはやがてその顔を上げると刹那の目を見据え、笑顔を浮かべて刹那に言い放つのだった。
 

「三人一緒って言うのも楽しそうでいいじゃない?」

「な!」


 刹那の目が驚愕に見開かれて硬直している中、タマモはペロリと舌を出すと刹那から離れ、ごまかすように台所に入って行くのだった。
 刹那はしばし、タマモが入っていった台所と、横島がいる部屋の方をキョロキョロと見回していたが、やがて気合を入れるように両手で頬を叩くとタマモに続いて台所に入っていった。


「タマモさん、まだ私は自分の気持ちがよくわかりません。でも……横島さんは嫌いではありませんよ。そしてアナタのことも大好きです」


 それは現在の刹那にとって、全く嘘偽り無い自分の心の内の発露であった。





「で、時にタマモさん……」

「なによ?」

「なんでメイド服なんです?」


 台所で料理をしている最中、刹那はこの家に来たときから思っていた疑問をタマモにぶつけた。


「んー、アイツの嗜好を探ろうと思ってこの格好をしてみたんだけどね」

「そ、それで効果の程は?」

「それがあんにゃろうこの格好を見たとたん文珠に『平静』って入れて使ったから、いまいち効果がわからなかったのよ……そうだ!」


 タマモは何かいい考えが浮かんだのか、指をパチンと鳴らそうとするが、いい音が出なかったために少し不満げな顔をする。
 しかし、すぐに気を取り直すと、サラダの入ったボールをテーブルに置くと自分の部屋へと駆け出し、やがて一着の服を持って刹那の前に立ちはだかった。


「ねえ刹那、これ着てみない?」

「あのーこれはいったい?」


 タマモが差し出した服、それはタマモとおそろいのメイド服であった。


「やっぱ一人より二人、私と刹那のダブルアタックでアイツが使った文珠の防御結界を抜いてやるのよ!」

「え!? あの、それは……」


 刹那が呆然とする中、いつの間にか表れた死神の手伝いの元、気がつけば刹那は完璧にメイド服を着こなしていた。
 そしてその後、タマモの勢いに流されるまま、顔を朱に染めながら横島に手ずから夕食を食べさせようとしたり、タマモと共に横島の腕に抱きついたりする刹那の姿を、同じくメイド服をその身に纏った死神が生暖かく見つめているのだった。

 この時、刹那の言い訳として惚れ薬の効果が遅れてやって来たという説明が彼女の免罪符となっており、ネギとアスナはそれに納得したようだが、カモと木乃香はこの時の刹那の心理を完璧に見抜いていた。

 その後、横島にとって萌え狂いそうなほどの至福のひと時、そして刹那にとって困惑の、そして心の中が暖かくなるひと時は2時間にわたって続いたという。










第20話  end








夕食が終わり、家に帰ったエヴァと茶々丸を除く全員が風呂に入った後、タマモは仮契約の説明をカモから受けていた。


「ふうん、呪文を唱えると専用の道具がでてくるのね……じゃあアデアット!」


タマモが手にしたカードいじりながら呪文を唱えると、タマモの手には突如として虚空から鉄の棒が表れ、タマモは慌ててそれを握りなおす。


「なにこれ?」

「絵と違いますね……でもやっぱりタマモさんてカードの中でもハンマーなんですね」


 ネギは仮契約カードに目を落とすと、そこには巨大な大槌を持ったタマモが描かれ、その絵の視線は挑戦的な瞳でネギを見つめている。
 本来ならこのカードに描かれたものがアーティファクトとなるのだが、タマモの手にはただの棒しかない。ひょっとしたらアスナが大剣ではなく、ハリセンを召喚したように何らかのエラーがあったのかもしれないが、それを調べる術はない。


「棒ねー、これじゃあいつものハンマーとかこんぺいとうの方がいいんじゃない?」

「そんなはずは……あ、もしかして。姐さん、いつものハンマーを思い浮かべてもらえますかい?」


 タマモはカモの言うとおり、いつもの突っ込み用ハンマーを脳裏に思い浮かべる。すると、鉄の棒は見る見るうちに巨大なハンマーへとその姿を変えていくのだった。
 それを見たタマモは、何かに気付いたような表情をし、脳裏にこんぺいとう1号を思い浮かべる。すると今度はいつものハンマーから瞬時にこんぺいとう1号へとその姿を変えるのだった。
 どうやらタマモのアーティファクトは、自分の思い描いた武器の形にその姿を自在に変えていく物のようだ。


「へー、面白いわねー。これなら今まで見たいにハンマーを持ち運ばなくていいわね」


 タマモはアーティファクトが気に入ったのか、様々な形に変えながらその様を楽しんでいる。
 この時、ネギは今までどうやってあの巨大なハンマーを持ち運んでいたのか突っ込みたかったが、何故か禁忌に触れるような気がしたのでそれを押しとどめるのだった。

 そんな中、タマモが手にする武器を青ざめた顔で見つめていた横島が意を決したようにタマモに話しかけた。


「なあ、タマモ……」

「なによ」

「そのハンマー、いつものヤツと書いてある字が違わないか?」


 横島に言われ、タマモはハンマーの先を見る、そこにはいつも『100t』と書いてある場所に『100Kt』と大きくゴシック体で書かれていた。


「ひゃくK?……なにこれ?」

「あの……タマモさん、それってひょっとして100キロtと書いてあるんじゃ・・・」

「あ、ネギ先生意味わかるの? で、これってすごいの?」

「タマモさん、100Ktといったら10万トンという意味なんですが」


 100Kt、それは普段タマモが使っているハンマーの千倍の重量である。


「タマモ……いくらなんでもそれで突っ込みはやめてくれよ、普通に死ねる」


 横島は10万トンのハンマーに押しつぶされる自分を想像し、背筋に冷や汗を浮かべていた。
 そして横島の視線の先では嬉々としてハンマーを振り回すタマモがおり、その威力を体験する日が近いことを覚悟するのだった。
 ちなみに、現在横島の死角となっている場所にあるt数表示は『100Mt』となっている。どうやら重さすら自由に変えられるらしい。


 一方、横島が自分をさいなむ死の予感を死神に愚痴っているころ、アスナ達は木乃香の仮契約カードを見ていた。


「へー木乃香のカードってこんなのなんだ、白ってこのかにピッタリねー」


 アスナが持つカードには、扇子を両手に持ち、白拍子のような格好をした木乃香の姿が描かれていた。その姿はまさに癒しの姫という感じであり、実に木乃香らしいカードでもあると言えよう。


「あれ、なにこれ?」


 この時、アスナはもっとよく見ようとカードをじっと見ていると、ある異変に気づいた。
 その異変とは木乃香のカードの隅がすこしめくれあがっており、しかも、その下にはなにやら別の絵も見えているのだ。
 アスナは好奇心にかられ、誰にもばれないようこっそりとカードをめくっていく。







――3分後




「……なんでこのかがカーディスの巫女……私は何も見ていない、私は何も見ていない、私は何も見ていない」


 アスナはなにやら意味不明なことをつぶやくと、カードが二度とめくれる事のないように強力な接着剤で貼り付け、カモにカードをつき返す。
 そしてアスナは決してこの事を誰にも口外すまいと心に決め、自らの心にも厳重に封印を施すのだった。








<解説>

『ワードナ』

 これは私の大好きなRPG、ウィザードリィの記念すべき第一作『狂王の試練場』に出てきた魔法使い、狂王トレボーからアミュレットを奪ったボスキャラです。
 ゲームはこのワードナを倒してアミュレットと取り戻すのが目的となっています。
 本来ワードナは魔法使いであり、凶悪ともいえる魔法をバンバンと使ってくるのですが、このワードナにはモンティノという魔法封呪文が有効なことに加え、AIがアホなのか、人間に効かない魔法(吸血鬼に効果があるジルワン等)をかけて来たりと、中々に笑いを取ってくれるボスキャラでした。
 その後、#4『ワードナの逆襲』において今度はプレイヤーキャラとして蘇り、悪魔達を従えて再度アミュレットを奪取するという燃える展開なのですが、その難易度はシリーズ屈指となっており、私は途中で挫折しております。


<……説明するのに術が無いのねー>
「徐栄のセリフぱくってんじゃねー、こんの役立たずがー!」

 このくだりは漫画、蒼天航路における董卓軍の猛将、徐栄とその主である董卓との間で交わされた会話です。
 戦場で曹操と合間見えた徐栄は、反董卓連合の明主、袁紹を「語るに及ばぬ」と切って捨てたのに対し、当時一介の武将である曹操についてはその器を語る言葉が無いと曹操の器の巨大さを言い表した名シーンでした。


『カーディスの巫女』
 
 カーディスとはソードワールドRPGにおける破壊の女神です。その教義は邪神の名にふさわしく破壊と死を司り、その信徒たちも生きることは苦痛とし、全てに等しい死と破壊を振りまくために日夜努力をしています。
 この信徒たちはこの世の全てを憎み、それゆえに次の世界こそ本当に理想郷と信じているため自分の死もいといません。またその世界が滅んでこそ次の世界(理想郷)が始まると信じているので、カーディスを復活させるなりなんなりをして、あらゆる手段で世界を滅ぼそうとしています。
 そしてカーディスの巫女とは、カーディスを復活させるカギであり、大体がカーディスの高司祭がそう呼ばれます。
 有名どころでは「ナニール」というキャラがいるのですが、このナニールは後に転生してカーディスと対を成す創造を司る大地母神「マーファ」の高司祭の娘として生まれます。
 そのためこのキャラは敬虔なマーファ信者と、破壊神の巫女としての意識とに苦しむことになります。


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