「ねえ、私たちドコに向かってるの?」

「知らん! だいたい今が昼なのか夜なのかすらわからん森ってどーよ」


 人里を目指して歩き出した二人、最初は余裕をもって歩いていたが、さすがに3時間近くもさまよい続けているせいでかなり不安なようだ。


「このまま行くと下手したら遭難ねー、救助を待ったほうが賢明かしら」

「下手しなくても現在進行形で遭難中だ、それに救助を待つって言ってもいったい誰が救助してくれるんだ?」

「美神が助けてくれるんじゃないの?」

「なあ、タマモ……山岳救助ってかかった費用は自腹なのは知ってるよな?」

「え、そうなの? でもそれがなに?」

「”あの”守銭奴の美神さんが、勝手に行方不明になった俺たちを自腹裂いてまで捜索すると思うか?」

「う……」

「あの人に甘い希望を持つんじゃない、自分の命は自分で守らんとあの人の下では生きていけないぞ……だいたい隣で除霊に出かけて妖怪や悪霊が原因で怪我するより、美神さんにドツかれて怪我する方が多いってどうよ」

「あんたの場合は8割がた自業自得のような気がするけどね」


 横島は本人が聞いてたら、間違いなくリアル地獄めぐりツアー(体験版)に送られるであろう事をうかつにも言っている。
 実際はシロの報告を聞いた後に山岳、海洋、はては神族、魔族にまで捜索要請をしているのを知ったらこの二人はどんな表情をするんだろうか。
 まあ、美神の日ごろの行い(横島を盾にしたり、日ごろのガメツさ)を考えれば、至極妥当な判断であるだけに美神令子いとあわれなり。


「とにかく、早く森を抜けるか野宿の場所を見つけるかしないとさすがにやばいなー」

「野宿はいやよ! 私はベッドかふとんの上じゃないと眠れないのよ!」

「タマモ、お前たしか九尾の狐だったよな……」

「当たり前じゃない、もう忘れたの?」

「お前には野生のプライドっちゅーもんはないんかー!」

「そんなもの、今の快適な生活の前にはゴミ箱にまとめて捨ててしまったわよ!」


 横島はタマモのあまりにもキッパリとした物言いに思わず沈黙してしまう。
 だが、横島はすぐに気を取り直すと、呆れたように両手を広げ、さもバカにしたような表情でタマモに迫った。


「タマモ、お前は……本来持つ野生もサバイバル能力も無く、ただひたすらに食っちゃ寝をし、俺がケガをしたらむしろトドメを刺し、俺が喰うためでもないのにキツネうどんを購入させ、挙句に給料日前だというのに秘蔵の非常食まで食っていく……貴様それでも白面の者と恐れられた大妖怪か! 恥を知れ!


「作品がちがうー!」


 たとえ遭難してても元気な二人である、こいつらなら宇宙空間に放り出されても生きていけるんではないだろうか。



第2話  遭遇、新たなる非日常の世界へ




 麻帆良学園のはずれの森の中、真夜中の月明かりを背に小柄な少女が異形たちと戦いを繰り広げていた。


「神鳴流 斬岩剣!」


 髪を片方にまとめたつり目がちの少女が気合の声と共に振るった大太刀が最後に残った異形を両断する。


「ふう、やっと終わったか」


 学園長の依頼を完遂しようやく一息ついた少女は太刀を白木の鞘に納め、背後の木にもたれかかる。そして背後に感じた気配に声をかけた。


「高畑先生、いつからそこで見てらしたんですか?」

「やあ、刹那君。いやね、学園長から刹那君の支援と、この先の調査をおおせつかってね。だけど支援は必要なかったみたいだね」


高畑と呼ばれた男が苦笑しながら木の影から姿を現す。


「調査ですか?」

「ああ、今から数時間前に強力な魔力が感知されてね、その調査とそれが敵の増援だった場合、君の支援をする予定だったんだが……」


 ここで高畑は一度言葉を切り、あたりを見渡す。
 そこにはもはや動く事のない異形の屍がころがるだけだった。


「必要ないみたいだね。じゃあ僕は今から調査に向かうとするよ」

「でしたら、私もその調査を手伝いますよ。」

「ああ、それは助かるよ。ありがとう・・・む!」


 何かを感じた刹那と高畑がその方向に目をやると、新たな異形が20体以上も姿を現した。
 即座に二人は戦闘体勢をととのえ、迎撃する。


「どうやら先生の言ってた魔力はコイツらのことのようですね」

「みたいだね、調査の手間が省けてよかったかな?」

「これだけの数だと私一人では危なかったかもしれませんが、先生もいますし……滅ぼします!」

「いくよ、刹那君」

「ハイ!」


二人は再び戦いの中へ突入する。





一方森の中をさまよう二人はというと。


「ヨ〜コ〜シ〜マ〜……疲れたー、お揚げー」

「おまえ、ほんっきで野生のプライドなくしてるな」

「ねー文珠でなんとかならないのー?」

「そんなもん一番最初に試したよ……」

「どうだったの?」

「いまだに遭難してるという事が答えだ!」

「この役立たずー!」


仲良くケンカしていた。


キィン!

ドカッ!!


その時、タマモの耳に遠くでなにやら複数の足音と金属音が聞こえてきた。
その辺はさすがに野生を捨てても金毛白面九尾の狐である。

「横島、まった! 向こうでなにか音が聞こえる!」

「なに! どんな音だ?」

「静かに!……これはなにかが戦ってる音ね」

「そうか闘っている音か……さて、早く森をでようか」


横島はくるりと180度向きを変え、スタスタと歩き出す。


「ちょっと、あっちには行かないの?」

「んー、聞こえんなー」

「待ちなさいよ、あっちには人がいるかも知れないのよ」

「タマモ、お前はなにか感じないか?」

「なにを?」

「突然こんな場所に投げ出され、さ迷い歩いて数時間。そしてようやくなにか変化あったと思ったら戦闘ちっくな音」


 横島は顔に笑みを浮かべながらゆっくりとタマモに近づき、その手をタマモの肩に乗せる。
 そして笑みを張り付かせたまま、ちっとも笑っていない目でタマモを見据えながら叫ぶのだった。


「こんなお約束満載な状態でそんな場所に行ったら、間違いなく巻き込まれるわー!」

 横島の叫びは、間違いなく今までの経験則から導き出した結論に基づいていたため、横島にしては極めて説得力のあるものだった。


「ちょ……あんた、その発言はまずいんじゃない」

「かまわん! たとえ神にケンカを売ろうがなんだろうが痛いのはいやじゃ! 大体この展開だって「それ以上危険な発言禁止ー!」うわちゃー!」


 危険な発言を繰り返す横島に、タマモは狐火を最大火力で放射した。


「ともかく! 情報を手に入れるためにも音のするほうに行くわよ! それに女の人の悲鳴みたいなものも聞こえたし、急いだほうがいいわ」

「なに! それを早く言え」


 ついさっきまでタマモの足元で消し炭状態だった横島がガバァ!っと跳ね起きる。その体にはすでに火傷の跡は微塵もない。
 ちなみにこの時、タマモは再び横島の背後に死神チックな格好をした影と目を合わせることになった。

 その影は横島の背後で鎌を振り上げ、今まさにその鎌を振り下ろそうと瞬間、横島が復活したため、まるではじかれたように飛び退り、なにやら未練たっぷりの表情で横島を見た後、タマモにペコリと挨拶をしてその姿を消して言った。


「妙に礼儀正しい死神ね……」

「ん? 死神がどうかしたか?」

「なんでもないわ、ともかく早く音のするほうに行きましょ」

「おお、そうだった。で、その女の人は美人なんだな!」

「いや、声だけじゃ……たぶん」

「さあ、なにをやっているんだタマモ君。美女が危機におちいっているこの状況を助けずしてなにが漢か! ぐずぐずしてないでいくぞ!」

「あ、こら!まちなさーい!」


 横島とタマモは100m 5秒を切る速度でタマモが指差した方向に向かって爆走していった。





「…………」

「横島、あんたいつまでほうけてるの?」


 あれから5分後、音の発生地点に到達した横島たちは、目の前で繰り広げられてる戦いを木の陰からぼーっと眺めていた。


「タマモのうそつき、美女だって言ったじゃないか……」

「女の人の悲鳴と言ったけど、美女とは言ってないわ。それに十分美女じゃないの?」


 タマモの発言を聞きながら横島は華麗に戦う少女を見る。そして重いため息を一つはくと悲しそうにタマモを見下ろした。


「あれは美少女であって美女というカテゴリーには年齢がたりない! それにむっさいおっさんもいるし」

「あんた妙なとこで細かいわねー……で、助けないの?」

「助けがいると思うか?」


 タマモはチラッと戦いを繰り広げる少女と男を見る。
 そこでは次々と異形が姿を消していく一方的な戦いが繰り広げられていた。


「まあ、たしかに加勢は必要なさそうねー。」

「しかし破魔札も使わず、剣と素手で妖怪と戦うおっさんと美少女のコンビGSなんて、聞いた事ないけどなー」

「あ、見て、最後の一体みたいね。終わったらあんた交渉してよ」

「うーい」


 そんな話をしている横島たちの耳に。


「斬岩剣!!」


 という少女の澄んだ声がすぐ近くで聞こえてきた。
 そして言葉と共に突然身を隠していた大木の影から刃が横島の目の前に迫って来る。


「ぬわちゃああ!」


 変な声を出しながらブリッジの体勢で回避した横島はふと上を見上げる。


「ぶはっ!!!」


 そこには自分を見下ろすタマモと、そのスラッっとした白い太もも、さらにはその奥に隠れる白い何かが視界に飛び込んできた。
 横島はそれを見て、さすがに鼻血こそ出しはしなかったが、驚いて噴出すと共に、つい視線をタマモに固定してしまった。
 タマモは横島の視線が自分のドコに集中しているか理解すると、顔を真っ赤にそめた。
 ちなみにタマモの格好はミニスカートである。


「見るなー!」


ズベシ!!!!


 タマモは全体重をかけて横島の顔面をふみつぶした。







 太刀をふるう少女が異形の最後の一体を大木の幹に追い詰める。


「これで最後だ、くらえ! 斬岩剣!!」


 気合の声と共に繰り出した技は異形を背後の大木ごと両断する。


「ぬわちゃああ!!!」


 その時、突然奇妙な声が大木の反対側から聞こえてきた。
 警戒しながら裏に回ると、そこには金髪の自分と同い年ぐらいの少女と、ブリッジをしているバンダナをした20歳くらいの青年がいた。
 なぜか青年は真っ赤な顔をした少女に顔面を踏まれていたが、それは謎である。

 先ほどまでの空気とのギャップにしばらく自失していた刹那だったが、気を取り直して少女たちを見た。
 見たところ敵意もなく、異形との関わりはなさそうである事だし、少女に話しかける。
 ひねりも加えられて顔面を踏まれ続けて痙攣している青年が少々気になったが、ここはスルーしておくのが賢明だろう。


「あの、あなたたちは?」

「やっと人にあえたわ、ねえ……ココどこ?」

「ここは麻帆良学園の敷地ですけど」

「麻帆良?」

「はい、あの……そちらの男性はいったい……なんか痙攣がどんどんひどくなっているようですが」

「あ、横島? いいのよ。これぐらいいつもの事だから」

「はあ……」

「いいわけあるかー!」


 ガバァっという擬音を背負いながら横島は身を起こし、叫んだ。
 どうやら怪我もしていないようであり、刹那はすこしホッとした。
 そこへ高畑が現れる。


「刹那君、彼らはどうしたんだい?」

「はあ、まだよく分からないんですが一般人が紛れ込んだみたいですね、ただ異形を見ても全く動じてない様子ですからもしかしたら……」

「ふむ」


 高畑はしばし沈思黙考したあと、自分たちを無視してドツキ漫才を繰り広げている二人を見る。


「あー君たち、ちょっといいかな?」


 高畑に声をかけられようやく横島とタマモはケンカをやめ、高畑のほうを向く。


「あ、いいっすよ。」

「ちょっと質問するけどいいかい?」

「かまわないわ、私たちも知りたい事があるし」

「まず、君たちの名前を聞かせてもらっていいかな? あ、私は麻帆良学園で教師をしている高畑というものだが、こっちの子は桜咲刹那君」

「あ、俺は横島忠夫、こっちはタマモ。二人とも美神除霊事務所のスタッフっすよ。」

「美神除霊事務所?」

「そうっす!ところで、俺達はちょっとした事故で道に迷っちまったんですよ。出来れば電話があるところまで連れて行ってもらえませんか?」

「それはかまわないけど、電話なら携帯が……圏外だね、とりあえずつながるところまで行こうか」

「助かります!」


 横島と高畑が話しているころ、タマモと刹那はというと。


「えっと……タマモさんといいましたよね、さっきは何故あの人を踏んでたんですか?」

「ああ、さっきのこと? 突然横島の目の前に刀が迫ってきたからそれをよけたらね……あの体勢になって私の下着見たからお仕置も兼ねてグシャリとやったのよ」

「はあ、って原因は私ですか! ああああああ、すみませんでした」

「ああ、いいのよ別に。それにたとえ切られたところでアイツなら30秒あれば元に戻るし」

「どういう人なんですかあの人は」

「そーいうヤツよ」

「あの、お二人の関係は?」

「一応今は職場の同僚なのかな、まあ一緒にいて退屈しないしね。」


 何気に和気あいあいと話す二人だった。


「おーい刹那君たち、とりあえず終わったようだから彼らを送って帰るよ」

「あ、ハイ先生」


 刹那とタマモは高畑の呼びかけに答え、彼らの方にむかう。
 その時、横島は刹那の右頬に傷があることに気付いた。


「あ、まった、桜咲……さんだったよね、ちょっとじっとしてて」

「あ、はい」


 突然呼び止められ、なにかわからないうちに横島の手が刹那の頬に当てられる。
 タマモは横島が何をするつもりかわかったので苦笑しながらソレを傍観していた。


(まったく、文珠の使い道間違ってるわよねー、美神に知られたら絶対半殺しね。そうだ! このことをネタに横島をゆすればきつねうどんをおごって……)


 苦笑しながらも心の中はどこか黒いタマモであった。


「これでよしっと、女の子が顔に傷をつけるもんじゃないぞ」

「はあ、ありがとうございます」


 横島が刹那の頬から手を離すと、そこには元の白い肌が浮かんでおり、とてもさっきまで傷を負っていたようには見えなかった。
 刹那は突然のことに頭がついていってこないようだが、高畑はそれを見て彼らが一般人ではないことを確信する。

 そんな中、横島はおもむろに刹那の前にぬずいと顔を近づけ、何か妙に迫力のこもった目で刹那を見ながら口を開いた。


「ときに桜咲さん、君に美人のお姉さんなんかいたりしないかい?」


 あまりにも場違いな質問に周囲は凍りつき、タマモはズベっとばかりに地面に倒れこんでいた。


「え……?」


 刹那は一瞬何を言われたのか理解できないようだったが、横島はそれにかまわず刹那に問いかける。


「そう、お姉さんだ。特に君に似たツリ目がちの美人のお姉さまならなおヨシ!」

「ああああ、あの姉はいませんが」

「……そうなのか」


なんか酷くショックを受けたようにひざまずく横島、刹那はオロオロしている。


「おーい、なにやってるんだい、もう行くよー」

「あ、先生。今行きます」


 刹那はとりあえず横島をほうっておいて高畑のほうに向かう。
 そしてコケたタマモはショックを受けてる横島に呆れながら、近くの木に手をかけて身を起した。


グラリ・・・


 タマモは体重をかけていた木から妙な手ごたえを感じ、木から離れる。
 タマモが手をかけた木は、先ほど刹那が異形ごと切断した木だった。
 あまりにも切り口が綺麗なため今まで倒れなかったようだが、タマモに体重をかけられ、今微妙なバランスは崩壊しかけていた。

 木はメキメキという音を立てながら、周囲の木を巻き込みながらゆっくりとある方向に向かって倒れていく。


「あー横島、ちょっといいかしら?」

「なんだタマモ」


「えーっと……倒れるぞ〜♪」

「へ……」


 横島はタマモの方を向き、大木が自分に向かって倒れてくるのを呆然と眺めていた。


「のおおおおおおお!」


 ズシーンという音と共に、横島は大木の下敷きなる。
 高畑と刹那はあまりの事態に放心していたが、すぐに気を取り直し横島を助けようと動き出した。


「おーい横島……生きてるー?」

「何を落ち着いてるんですか、タマモさん! はやく助けないと」

「刹那君そっちの根元の方を切ってくれ」


 必死に横島を助けようとしている高畑と刹那を尻目に、タマモはどこか落ち着いた風に木を見つめる。
 そしてこの瞬間、この世界の住人が初めて異界の非常識と接触した。
 あとから思えばこの時が全ての始まりであった。


「あー死ぬかと思った!!」


 横島が何事もなかったかのように自力で木の下から這い出してきたのを見て、高畑と刹那は声もなく驚く。
 それはそうだろう、太さ1m以上の大木が落ちてきて無傷なのだから、普通なら重症は免れないはずなのに。


「あー横島君、無事かい?」

「無事ですよ、慣れてますから」

「慣れてるって君はいったい……」

「ねえ、タマモさん……彼は本当にどういう人なんですか?」

「あーいうヤツよ、とにかく心配するだけ無駄なヤツなのは確かね」

「ま、まあ彼に怪我も無いようだしいい加減に帰ろう、そろそろ朝が来るしね」

「うーっす」


 高畑もなにか追及するのをあきらめたような表情で横島たちを促す。
 横島とタマモはようやく人里へ降りれると喜びながら高畑についていった。
 それを見ながら刹那は彼らについて警戒するべきか否か、今だ判断が付けられずにいた。




 本来交わる事のない人々の縁がここに交差した。
 さて、新たなる非日常の世界へいざなわれた横島とタマモ、二人がどのように物語をつむぐかはまだ誰もわからない。






第2話 end









「なあタマモ、今日の俺の命の危機って全部お前が原因じゃなかったか?」

「気のせいよ……」


 新たなる非日常の世界へいざなわれたのは刹那たちのような気もするが、ここは何も言わないでおこう。
 世は全て事もなしである。




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