「なあタマモ、ふと思ったんだが霊能関係の学校って六道女学院だけだったよな。」

「少なくとも私はそこ以外聞いた事ないわ。」

「GS免許を持つことができない中学生と、GSでなく教師の高畑というおっさん。そして霊能関係では聞いた事もない麻帆良学園。どういうことだこれは?」

「情報が少なすぎてなんとも言えないわね。美神ならそのへんのことも知ってるんだろうけど、あんたと私の知識じゃイマイチ断言できないしねー。」

「だよなー、まあ、携帯で美神さんに連絡をとればわかるか。こんな時間に電話したら後で殺されるかもしれんがな」

「後で連絡してもどうせ殺されるわよ、私とアンタとで朝帰りじゃ言い訳する暇あると思う?」

「タマモ……ヒーリングはまかせた」

「きつねうどん三杯で手をうつわ」

「君たちの雇い主って……まあいい、もうすぐ森を抜けるよ」


 横島とタマモの会話が聞こえてきた高畑は、彼らと出会って何度目かの頭痛に耐えながら歩を進める。
 刹那は二人を敵か味方か見極めようとしていたが、自分がなにか酷く無駄な事をしているんじゃないかと葛藤していた。

 横島達の行く手には、森の向こうに朝日が輝いている。その向かう先ははたして地獄か、天国か。それは誰にもわからなかった。



第3話 「帰れない?」




「さ、ここまでくれば携帯もつながるだろう、これで連絡をとるといい。」


 高畑が懐から携帯電話を取り出し横島に渡すと、横島はそれに短く礼を言うとすぐに電話のボタンを押し始めた。
 高畑はそれを横目で見ながら、傍らにいる刹那に話しかける。


「刹那君、彼らのことどう思うかい?」

「わかりません、ですが言葉の端々でこちら側の住人と窺えるんですが」

「意味のわからない、もしくは聞いた事もない単語が出てくる……だね」

「はい。六道女学院、GS、GS免許、美神除霊事務所……どういうことでしょうか? しかも向こうはそれを隠すつもりがないみたいです」

「ふむ、暫く様子を見るしかないかな、ともかく学園長にこのことを連絡してくれないか。」


 刹那はすぐに学園長へ連絡を取ろうと携帯を手にする。
 一方横島はそんな高畑達を気にすることなく、先ほどから何度も電話をかけているようだが、なにかおかしなことがあったのか、しきりに首をかしげていた。


「あれ……おかしいなー」

「どうしたの?」

「いや、つながらないんだ。なあタマモ、事務所の番号は***-****-****で合ってるよな?」

「そうよ、間違いないけどどうしたの?」

「おかしいなー、合ってるはずなのにこの番号は使われておりませんって、携帯にかけても同じだ」

「変ねー、神父のところやエミさんとこは?」

「んーエミさんところっと……やっぱり出ないな。神父の番号は確か財布の中にメモがあったな」


 横島は美神令子の商売敵である小笠原エミの携帯にかけようとしたようだが、これもやはりつながらない。
 そこで横島は神父の番号を入力しようとするのだが、その番号を覚えてないらしく、財布の中にあるメモを探っていく。


「エミさんの所は番号を覚えてるのに、神父の所は覚えてないのね……アンタらしいと言えばそうだけどさ」

「何が悲しくて野郎の電話番号、まして携帯番号を覚えんといかんのじゃ。そんなもんに記憶野を消費するぐらいなら一人でも多くの姉ちゃんの番号を覚えるわ!」

「……で、その記憶野とやらに登録されてる女性に仕事以外の女の人っているの?」


 タマモが胡乱げな視線で横島を突き刺していると、横島はピクリと肩を震わし、沈黙する。


「ないのね……まあ、普段の行動を考えれば当たり前なんだろうけど」

「やかましー! これでも紳士的に番号を聞きだそうとしてるんだぞ、なのに誰もプライベート番号を教えてくれないのはなぜじゃー!」

「ちなみに紳士的にってどんな風に?」

「それはもちろん手を取ってそのままホテルへ連れ込もうと・……」

「そんなやり方で番号を教えてくれる女性がいたら、ぜひともお目にかかってみたいわ」

「何故だ! いったいどこが間違っているというんだ」

「1から100まで全部よ、全部! だいたいアンタはもう少し回りを見なさいよ!」

「だからちゃんと周りを見て、警官がいないかどうか警戒しとるわ!

「周りの意味がちがうー! ていうか犯罪って自覚してるんならやめなさい!」



 横島とタマモが電話もそっちのけで漫才を繰り広げていると、高畑が話しかけてきた。


「横島君達は連絡は取れたのかい?」

「あ、すいません。まだ連絡が取れないんでもう少し待ってください」


 横島は高畑が話しかけてきたことをきっかけにしてタマモとの漫才を打ち切り、あらためて神父の所へ電話する。
 すると、今まで無機質な機会音声しか返ってこなかったものが、初めてまともな呼び出し音が鳴り始めたのである。


「あ、つながった!」

「本当! よかったー」


 タマモはようやく知り合いと連絡が取れると安心したのか、安堵の表情を浮かべる。
 一方、横島は携帯を耳に当てたまま、安堵の笑みを浮かべて神父が電話に出るのをいまや遅しと待ち構えている。
 だが、安心するにはまだ早かった。
 1回、2回、3回、呼び出し音は何度もなっているが、誰も電話に出る気配がない。

 呼び出し音が15回を数えたころ、横島は諦めたように沈んだ表情をうかべ、電話を切ろうと携帯を耳から離した。
 だが、その瞬間に横島の耳に呼び出し音が途中で切り替わった。
 誰かが電話に出たのである。
 横島は留守番電話でないことを神父の残り少なくなった髪、もとい。神に祈りながらじっと相手の反応をまった。




【ハイこちら女神お助け事務所で】


プツッ ツー・ツー・ツー





「…………」


 横島は電話を無言で切った。
 その表情は、なにか触れてはいけない禁断のものに触れてしまったかのように真っ青であった。


「えと……どうだった?」

「いや、気のせいだ、なんか別の時空につながったような気がするけど気のせいだ!!」

「ちょ、どういうことよ! 私にも貸して」


 タマモはなにやらブツブツとつぶやいている横島から携帯を引ったくり、自分の覚えている番号を片っ端からかけていく。
 だが、その結果は横島となんら変わるものはなかった。


【はい、山田です】

【もしもし、浅野ですが……】

【はい、こちら特車2……】

【ワシが男○塾長、江田島……】




 その後手当たり次第に知り合いに電話する横島とタマモ、しかし無情にもどこにもつながる事はなかった。
 一部つながったところにしても全て違う所への電話だった。さらにその中の一部にいたっては、時空を越えた電話もあったような気もしたがそれは気にしないでおこう。


「横島……これはどういうこと?」

「わからん、みんなが一斉に電話番号を変えたなんて有り得るはずがないし」


 その時、途方にくれる横島達に高畑が声をかけた。


「今度こそ連絡はついたのかい?」

「いえ、まったくつながりませんでした」

「ふむ……とりあえず私達と来てもらえないか? 学園長に君たちの事を話したらちょっと話がしたいということでね」

「それはかまわないっすけど……いいか、タマモ?」

「かまわないわ、今はとにかく情報がほしいわ」

「じゃあ、ついて来てくれ」


 高畑と刹那は麻帆良学園に二人を案内するために歩き出した。






学園長室前


 横島とタマモは麻帆良学園都市のあまりの規模に度肝を抜かれていた。
 それは無理もないことだろう、明らかに六道女学院を超えているのだから。
 特に、学園都市の中央にそびえる巨大な木を見たとき、二人は呆然としてその木を見上げたものである。


「なあ、タマモ。こんなでっかい学園の話聞いた事あるか?」

「あるわけないじゃない、明らかにおかしいわよ! それに妙な魔力が集中するあの木も怪しすぎる」


タマモは学園の中心部にある大木に、魔力が集積されているのに気付いたようだ。


「だよなー、あんなのがあればいくら俺でも耳に入るはずだしなー」

「ねえ、私今ものすごくイヤな予感がするんだけど……」

「奇遇だな、俺もだ」


 高畑と刹那は苦悩する横島達を尻目に学園長室の扉をノックする。
 すると即座に中からくぐもった老人の声が聞こえてきた。きっとこの声の主が学園長なのだろう。


「学園長、よろしいでしょうか?」

「うむ、かまわんよ」

「さ、タマモさん、横島さん。入ってください」


 刹那に促され部屋に入った横島たちは、部屋の奥を見渡す。
 すると、部屋の奥に鎮座するいかにも値段の高そうな机の向こうで、椅子に腰掛けたやたらと後頭部に特徴のある老人が、自分達を値踏みするかのようにじっと見つめていた。


「学園長、彼らが先ほど話した人物です」

「うむ、ご苦労じゃった。それではまずは自己紹介からといくかの、ワシがこの麻帆良学園の学園長をしている近衛近右衛門というものじゃ」


 近衛近右衛門と名乗った学園長は、笑みを浮かべながら横島達を出迎えた。


「あ、俺はいえ、私は横島忠夫、こっちはタマモといいます……ってどうしたんすか? そんな驚いた顔をして」


 横島が改めて学園長に自己紹介をしていると、学園長は驚愕のあまり目を見開き、呼吸もままならないのか、先ほどから口をパクパクとさせていた。


「横島、ひょっとしてこの人と面識があるの?」

「いや、ない筈だが……」

「あんたの場合は女の人じゃないと3秒で忘れかねないから信用できないんだけど」

「否定が出来んだけになんとも言えんなー……って今度は泣いてる! お、俺は何もしてませんよ!」


 タマモと話し込んでいた横島が再び学園長の方をチラリと見ると、学園長はその目にあふれんばかりに涙を浮かべていた。
 横島はなにかヤバイ事を言ってしまったのかと焦るが、そこでようやく自分を取り戻した学園長が涙をハンカチで拭きながら横島に話しかける。


「いや、横島君はなにもしておらんよ。ただ……」

「「「「ただ?」」」」


 横島達は刹那と高畑も含めてじっと学園長の答えを待つ。






「ワシの頭を見て普通の反応をしたのは君達が初めてじゃ!」





 よほど感激したのだろうか、学園長は再び目頭に浮かんだ涙をじっとこらえるように顔を上げる。
 一方、高畑と刹那は学園長の行動にようやく納得が行ったのか、ポンと手を打った。


「そ、そういえば学園長を初めて見た人は皆驚くんでしたよね……」

「考えてみたら私も初めて学園長とお会いした時は驚いたんですよね」

「高畑君はワシを見て固まっとったし、刹那君は子供のころいきなり刀をぬいて木乃香をかばったんじゃよな。そういえば、その後ワシが木乃香の祖父と聞いたら涙を浮かべて木乃香に抱きついとったがアレはなんじゃったのかのー」


 学園長はなにやら恨みがましい目で刹那と高畑に視線を這わせる。


(しかし学園長、あなたの骨格は人類としてはありえないのですが……むしろ僕たちの反応が極めて普通かと)

(い、言えない。あの時、木乃香お嬢様が学園長に似ていなくてよかったと心の底から思っていただなんて決して言えない)


 刹那と高畑はその視線に対して、ただひたすらに笑ってごまかすしかなかった。


「あの、皆さんどうしたんすか?」


 部屋の中の空気がなんとも言えない微妙なものに支配される中、横島が恐る恐る学園長に話しかける。
 実際の話、横島達が学園長の特徴のある後頭部に何も突っ込まなかったのは理由がある。
 その理由とは、早い話が最初から学園長が人間であると思っていなかったからだった。
 そして横島達、少なくとも横島にとっては妖怪が校長をしていてもなんら驚く事に値しないのである。

 事実、彼の高校時代にはクラスメイトに吸血鬼や机の九十九神がおり、さらに極めつけとして美術教師が絵の具から作り出されたドッペルゲンガーときているので、学園長が妖怪だろうが人間だろうがそれは些細な事であったのだ。
 むしろ彼にとって重要なのは、今この場に美人のお姉様がいないという事であろう。


「いや、こっちの話じゃ。ともかく、君達は歓迎しよう、どうやら悪意ある人物ではなさそうだしの、特にワシを見ても何も言わなかったし」

「いや、学園長。それはちょっと問題があるのでは? ていうか問題はやはりソコですか!」 

「それに歓迎も何も、彼等の素性を何も聞かずにおくのはいかがなものと思いますが」


 学園長は高畑達に突っ込まれてようやく本来の用事を思い出す。


「おお、そうじゃったわい。というわけで横島君、だいたいの話は刹那君から聞いておるが、いくつか質問したいことがあるがいいかの?」

「かまいませんが」

「まず、こちらに来た経緯を教えてくれんかの?」

「ええ、それは……」


 横島は自分達が異世界に来ていることに気付いていない、いや気付こうとしていないのか、普通に自分達のことを話していった。
 しかし、学園長達にとっては聞いた事もない単語、事象の大量放出だった。


「あー、つまり君達は散歩中に突然現れた魔法陣で転移して、それであの場所に現れたということかの?」

「ええ、ずっと道に迷ってましたし、その後桜咲さんたちに会わなかったらマジでやばかったですねー」

「ふむ……会話の中で気になったんじゃが、美神除霊事務所とかGSとか言ってたが、それはなにかの?」

「知らないんすか? おっかしーな美神さん有名なはずなのに。それにこんなでっかい霊能科のある学校があるのにGSを知らないなんて冗談ですよね」

「霊能科? そんなもんありゃせんぞい。それに美神なんて聞いた事ないがの」


 横島はここで互いの話が通じてない事に気付いた。
 横島の胸の中でイヤな予感がどんどん広がって行き、その背筋に冷や汗が流れ始める。
 そして横島は珍しく、本当に珍しく真剣に考え、そしてある一つの結論に思い至るが、すぐにそれを否定する。
 だがその時、先ほどから黙って横島達の会話を聞いていたタマモが学園長に話しかけた。


「ねえ、あなたたち美神令子、GS協会、アシュタロスの反乱、妙神山この単語のどれか一つでも聞いた事ある?」

「いや、まったく聞いた事もないが」


 その答えを聞いた横島たちはお互いに顔をこわばらせる。
 タマモの質問の答え、つながらない電話、聞いた事もない学校、発動しなかった文珠。いくつもの情報がたった一つの答えにつながっていく。
 そう、自分達が全く知らない異世界に来てしまったことに。


「まいった、なにかの冗談だろ……」

「むこうが冗談を言ってない限りこれは現実よ。それで帰る方法はないの?」

「気が付いてすぐ文珠に"帰""還"といれたが発動しなかったしな……少なくとも俺にはお手上げだ」


 部屋の隅でボソボソと話す横島とタマモと別に、近右衛門たちも横島たちと同じ結論に至っていた。


「話を総合すると彼らは異世界から渡ってきたということかの」

「彼らが嘘をついていなければの話ではありますが、おそらく森の奥で感知された魔力は彼らが転移した時に発生したものでしょう」

「ふむ、刹那君はどうみる?」

「あの、少なくとも嘘をついているようには見えませんでした。横島さんもタマモさんもまるで情報を隠そうとしなかったですし。」

「なんとのー……確かに見る限り悪人には見えんしワシ等を騙そうとする意図も見えん、それに何よりワシを見て驚かなかったことが大きい」

「それはいろいろな意味で同感ですが……学園長、そんなに気にしていらしたんで?」

「高畑君、君にはわかるまい。ワシの娘が生まれた時、その頭を見てどれほど嬉しかったことか」


 高畑は涙を浮かべて自分を見上げる学園長を見下ろしながら、学園町の娘の顔を思い浮かべた。
 ちなみに決して学園長に似ていない、少なくとも頭部の形は似ていない事をここに記しておこう。

 ともかく、高畑はこのままだと話題が進まないと感じ、学園長に話の続きを促す。


「…………で、学園長、彼らのあつかいはどうしますか?」

「嘘にせよ本当にせよ裏を取らねばならん。その間ワシが預るとしよう」


 横島たちの処遇が決まり、それを横島たちに伝えようと彼らを見ようとしたが、そこで繰り広げられてる光景に彼らは言葉をなくす。






 そこでは、うつぶせになった横島の上にタマモが乗り、横島はビー玉を持ちながら「転移ー!!」と叫んでいた。





「「…………」」


 あまりにもシュールな光景に言葉をなくす高畑と近右衛門、なにか今まで真面目に考えてた事すべてが無駄になったような気分である。
 そして暫く自失した後二人は刹那を見る。
 その視線はこう語っていた「おまえ行け」と。

 刹那はその視線を受け、なにかいろいろなものをあきらめたような感じでため息をつくと横島たちに声をかけた。


「あの、横島さん、タマモさん。いったい何をやってるんですか?」

「いや、この体勢でこっちへ飛んだみたいだから同じ体勢でやったら転移できるかなっと……」


 やはり恥ずかしかったのか顔を赤くしてタマモは刹那に答えた。


「あー横島君たちいいかの?」

「あ、どうぞ」

「君達の話を総合すると、どうも君達はこことは違う世界、つまり異世界から渡ってきたということになるようじゃな……」

「たぶん……」

「で、君達はこれからどうするつもりかね?」

「あー、どうしましょう?」

「ふむ、行くあてがないのならしばらくはワシの家で預ろうと思うのじゃがどうかの?」

「え、いいんですか?」

「うむ、いろいろ君達について調査もせねばならんしの。しばらく外出も控えてもらわねばならんが……かまわんか?」

「いろいろと助かります」


 横島達の処遇がとりあえず決まり、家に案内する学園長についていく横島たち。
 横島達は知らない、学園長が二人を引き取る事を決定した最大の要因は、彼等がその頭の形状について最後まで触れようとしなかったことが大きかったという事実を。








一週間後



 再び学園長室に呼び出された横島たち。
 横島たちはこの一週間近衛家の本宅で学園長とお互いの世界の情報交換をしていた。
 特に霊能と魔法関係について重点的に話あっていたが、タマモの素性については妖怪である事はもとより、九尾の狐であるとはあかしていない。


「さて、横島君たちもこちらの生活には慣れたかな?」

「慣れたもなにもほぼ軟禁状態で何を楽しめっていうのよ」

「まあ、すまんかったの。こっちとしても君達の身元がはっきりせん以上、仕方がなかったんでな」

「それはいいっすけど今日はいったい……話なら家ですればよかったんじゃ」

「ああ、君達に会わせたい人物もいるでな、それでじゃよ」

「会わせたい人ですか?」

「そうじゃ、だがその前に君達の調査結果がまとまったんでそれについても話があるんじゃよ」


 どうやら横島たちの処遇についての最終結果のようだ。

「まず、横島君たちの身元じゃが、君達のいう住所には美神除霊事務所という存在は過去も含めて確認できなかった。また同名の事務所の存在も確認できず。横島忠夫、タマモの戸籍も魔法界も含めて調査した結果一切その足跡はたどれなかった」


 学園長の口上に緊張する横島とタマモ。はっきり言って似合わない事この上ない気がするのは気のせいだろうか。


「……等の調査の結果、諸君達は前述の話のとおり異世界からの転移者である可能性が極めて高いと判断される。また両名を元の世界に送り返す魔法の存在は、その世界が特定されない限り不可能である……以上じゃ」

「じゃあ、俺達は帰れないということですか」

「うむ、気の毒だが君達を送り返す術はワシらにもない。そこであらためて聞くが……横島君達は今後どうするつもりかね」

「どうするもこうするも、いく当てもないし」

「横島君たちがよければ、住む所と働き口を提供できるがどうじゃな?」

「本当ですか!」

「うむ、話によると二人とも魔物と十分戦えそうでもあるし、どうじゃなワシが依頼する仕事を請け負ってもらえば1回の依頼で50万、もちろん危険手当、戦闘手当て傷病保険もつけるぞい。さらに家賃も当面の間はこちらで持とう、もっとも収入が安定したら新ためて再契約という形になるがどうじゃ?」

「そんなに! やります!」

「ちょっと、そんなに安請け合いして大丈夫なの?」

「大金を手にするチャンスをみすみす逃せるか! それにタマモ、お前だってそれだけあればキツネうどんだって食い放題だぞ!!」

「横島……私やるわ!!」


 本来GS世界で魔物との戦闘依頼があれば100万でも安すぎるのだが、横島は美神に上限完全固定給、下限歩合制という本来ありえない契約で正社員となったため、月の手取りが馬車馬のように働いて20万、悪い時は10万を切っていたりする。
 近右衛門の提示したちょっと安め金額でも横島達にとっては破格の条件だった。
 この時、学園長は横島たちの反応に(もう少し安くしても良かったかのー)と考えていた。


「まあ普段は横島君には学園の警備でもやってもらうとして、もちろんこれも別に給料を払おう」


 横島は自分にとってあまりの好条件に涙した。


「さて、タマモ君のほうじゃが……タマモ君は見た目がどう見ても中学生という事もあるし、学園都市で昼間から出歩いていたら間違いなく補導されるんでな。タマモ君がよければ中等部に編入という形でどうじゃな?」


 タマモは学園長の提案に戸惑い、横島を不安げに見る。


「いんじゃねーの、タマモ。お前もこれを機会に学校へ行って見ろよ。学費ぐらい何とかなりそうだし」

「いいの?」

「ああ、出来れば美人のお姉さんがいる友達を紹介してくれれば言う事なし!」


 横島は照れ隠しなのだろうか、頬をかきながらタマモに答えた。


「横島……」

「うん、なんだ?」


 タマモは横島の背後に回り、横島の腰の辺りに抱きつき、自らの頬をそっと横島の背中にあてる。
 そしてゆっくりとその両腕に力をいれ、抱きしめるように横島を包み、一気に横島の体を引き抜いた。





「アンタはそれが目的かー!」

「のわああー!」



 全身の力をへそにのせ、虹のような綺麗な弧を描いて横島を床にたたきつける。
 それは若き日のアントニオ猪木を髣髴とさせる、芸術的なまでのバックドロップであった。


「あー……話の続きをしてかまわんかのー」


 血の海に沈んだ横島の姿に、冷や汗を流しながら学園長は話をうながす。


「ええ、うるさいのは黙らせたわ、行ってもいいわよ。私も学校に興味があったし」

「ほほ、よかったわい。実は戸籍も含めて転入手続きは終わらせておるからの。幸い今は春休みじゃし」

「ずいぶんと手回しがいいわねー」

「まあ、気にせんでくれ、とりあえずタマモ君は横島君の妹、横島タマモとして麻帆良学園女史中等部3−Aに1学期から編入というこじゃ」

「へ……妹?」


 タマモは完全に意表をつかれたのか、ちょっと間抜けな顔で横島と学園長を交互に見る。


「そうじゃが、なにか不都合があったかの?」

「なんで?」

「いや、タマモ君の苗字聞いとらんかったし。戸籍を作る段階で苗字は必要じゃからな。それならと兄妹として登録したんじゃが……まずかったか?」

「まあ、必要なら別にいいんだけど、横島と兄妹ねー」

「タマモと兄妹だとー!!!!」


 その時、明らかに致死量を超える出血で沈黙していた横島が突如復活して叫んだ。
 タマモは手加減を間違えたかと思い、再びトドメを刺そうと振り返ると、横島の背後に三度死神が浮かんでいた。 

 その死神は、恨めしげにタマモのほうを見ながら姿を消していくところであった。
 そして死神が姿を消す直前、死神はタマモのみに見えるようにプラカードを掲げた。


 そのプラカードには<ちゃんと最後までトドメを刺しましょう、残心は大切です>と書かれていた。


「…………」

「タマモ君、今横島君の背後に何か見えなかったかの?」

「気のせいよ」

「そ、そうか? しかしなんか妙に禍々しい気配というか、死の気配が部屋に充満してたんじゃが……」

「だから気のせいです! 学園長、あなたは何も見ていないし何も気付かなかった。OK?」


 タマモは今見たものを気のせいであると記憶の奥に封印しつつ、学園長の目の前に巨大な火の玉を召還して見せた。
 その紅蓮の炎は今にも学園長を焼きつくさんと、じりじりと学園長に近づいていく。


「わ、わかった。ワシは何も見ておらんし、何も気付かんかった。じゃからその火の玉を消してくれんか?」


 タマモは学園長が快く説得に応じてくれた事に満足しながら、改めて先ほどから叫び続ける横島を見る。
 その横島はどういう手段を使ったのか、部屋中に散らばった血を完全に回収し、いまや完全復活してタマモの肩をガシっと掴む。


「タマモ、兄妹となるからには当然ある儀式が必要だ!」

「儀式?」

「そう、儀式だ、タマモは俺のことをなんと呼んでいる?」

「……横島だけど、なにか問題あるの?」

「そう、俺のことをタマモは横島と呼んでいる。しかし兄妹である以上この呼び方はいただけない! これからは俺の妹である以上、兄に敬意を表しそれ相応の呼び方をせねばならない!」

「どういうこと?」

「うむ、具体的にはおにいちゃん、兄様、兄君、お兄様、兄貴その他もろもろの呼び方があるが、ここはやはり基本に立ち返っておにいちゃんと呼んでくれる事がベストである!」

「ちょ……あの、横島、アンタマ正気なの?!」

「まったくもって正気だ、さあ!呼びたまえ、おにいちゃんと! ハリー!ハリー!!ハリー!!!(早く!早く!!早く!!!)」

「え……あの……」

「さあ、勇気をもってs〜a〜y(セーイ)」


 あまりの横島の剣幕に押され気味のタマモ、その姿に横島は微妙に萌えながらも、タマモをゆっくりと部屋の隅へと追い込んでいった。
 タマモは横島が前に出た分だけ後ろに下がっていたが、やがて壁に背中が当たり、部屋の隅に追い詰められていた事に気付く。
 タマモはここにいたりようやく観念したのか、顔を真っ赤に染めながら、横島の言うとおりにしようとするのだが、どうしても恥かしさが先にたってしまう。


「お……お……おにい……言えるかー!!!」


ゴオォォォ!!!


「うぎゃー!!!!」


 やがて、タマモは恥ずかしさの極地に至ったのだろう、真っ赤になりながら狐火を放射する。
 横島は消し炭状態となり再び沈黙した。


「…………」


 学園長は目の前で繰り広げられる事態に、脳の処理能力が追いついていないようだが、なんとか気を取り直して話を進めようとする。


「あのー、話の続きはまだあるんじゃが……というか人を待たせとるんでソロソロ先に進みたいんじゃがのー」

「あ、ごめんなさい」

「うむ」


 学園長は横島を可能な限り視界に入れないよう話を続ける。その後頭部にはでっかい汗が流れていたが、それを気にした負けであろう。


「では続きじゃが、先ほど言った会わせたい人物の事でな。タマモ君の担任に引き合わせようと思ったのじゃよ」

「あ、そうなの? じゃあ早く会わせてよ」

「うむ、今呼んだところじゃ」


 その時、扉をノックする音が響き渡る。


「ネギです。学園長よろしいですか?」

「うむ、はいってくれネギ先生」


 タマモは扉を開け、部屋に入ってきた人物を見て声もなく驚く。
 その人物はどうみてもタマモよりも年下で10歳くらいの男の子にしか見えなかった。
 だが、タマモは横島を筆頭にして、あらゆる意味での非常識に対して極めて強力な耐性を持っていた。
 そのため、子供の教師というていどの非常識など彼女にとっては『そんなこともあるか』という程度である。


「学園長、彼女が新年度から僕のクラスに編入する人ですか?」

「そうよ、よろしくね」

「うむ、彼女は横島タマモ君といっての」

「あ、僕は3−Aの担任をするネギ・スプリングフィールドっていいます。宜しくお願いします。」

「で、そこにいるのはタマモ君の兄の横島忠夫君じゃ」

「え?」


 ネギは学園長のさす方向を見るが、横島忠夫というような人物の姿は見当たらない。そこには真っ黒いただの消し炭しかない。


「あの、僕ら以外誰もいませんけど……」

「アレよ……」


 ネギはタマモが指差す方向を見るが、そこにはやはり消し炭しかない。
 そのため、ネギは不思議に思い、その消し炭をよく見てみると、それは人の形をしていることがわかった。
 ネギは後頭部にでっかい汗をたらしながら学園長を振り返ると、学園長は沈痛な表情でネギにうなずいた。
 するとネギは、みるみる表情を青ざめさせ、消し炭に駆け寄った。


「うわー消防署、いや警察、いや救急車ー!!」


 やはり耐性のないネギには、些かショッキングな絵面であったせいか、早くもパニック状態である。


「大丈夫よ、死んではいないから。むしろ彼を殺しきれる存在がいたら私はその人を人間と認めないわ」

「そんな問題じゃ、あぶぶぶぶ」


 その時、ノックと共に女性が学園長室に入ってきた。かなりの美人である。


「学園長、そろそろ会議のお時間ですが……」

「うむ、しずな君今行く」


 その時消し炭状態だった横島が瞬時に起き上がり、体にまとわりついた消し炭をはたき落とすと、伝説のルパンダイブを敢行しながらしずなにとびかかった。


「生まれる前から愛してましたー!!」


 あまりの事態にしずなも、ネギも全く反応できずただ呆然とする。
 だが、一人だけまるでこの事態を予想したかの様に瞬時に対応した人物がいた。

 ただ一人対応した人物、すなわちタマモは即座にしずなの前に立ちはだかかった。
 そしてタマモは脇にあった来客用のソファーをむんずと片手で掴み、ゆっくりとその椅子を振り回し始める。
 ちなみにその椅子はどう見ても、女子供が片手で持てるような代物でない事をここに記しておこう。

 タマモは横島の落下速度にタイミングを合わせ、遠心力も加算してソファーを振り上げる。その光景は古の女神もかくやという神々しさをかもし出していた。
 そして全ての乙女の怒りを代表し、何故か美神令子の気持ちに共感しながら、ついでにちょっぴりと自分に興味も示さない横島への不満も込めて、そのソファーを横島の顔面に叩き込んだ。





「曲がりなりにも私の兄を名乗るなら、ちょっとは節操という言葉をおぼえなさーい!」

「ぶげらぁぁぁぁ!!」





 タマモのソファー攻撃を顔面にまともにくらい、横島は壁際までふっとび、ビシャっという水をぶちまけたような音が部屋に響く。
 ちなみに、今この瞬間の学園長室を漢字一文字で表すなら『赤』である。

 タマモは横島が動かなくなったことを確認すると、ようやく一息つき、手にしたソファーをその場に置く。 
 しずなはそれを呆然と見ていたが、やがてゆっくりと床に倒れ伏していった。
 やはり女性には少々酷な絵面であったようだ。


「わーしずな先生ー!」

「ネギ君、うかつに動かすでないぞい」

「で、でも!」

「わかっとる、じゃがそれより先に一刻も早く横島君を病院に……」

「あ、そうでした」


 学園長とネギが横島を助けようと横島が叩きつけられた壁を見ると、そこにはあれほど『赤』かった壁が元通りになっており、そして当の横島の姿はどこにもいなかった。


「あれ? 横島さんはドコに?」

「さっきまでその壁にめり込んでおったのにの……」


 その時、ネギ達の背後で人が動く気配と、男の声が聞こえてきた。


「ああ、お名前は存じませんがそこの見事なバストを持ったお姉さま、今この私が心臓マッサージと人工呼吸を……」


 ネギ達が振り返ると、そこにはしずなの傍らで両手をワキワキと動かしている横島がいた。
 ちなみにその体にはなんら外傷の跡は見ることが出来ない、どうやら再び完全復活したようである。


「横島さんなにやってるんですかー! ていうか何故生きてるんですか、しかも無傷で!」


 横島はネギの突っ込みを完全にスルーしてゆっくりとしずなに近づいていく。
 その目には、もはやしずなの見事な乳しか映し出されていなかった。


ポンポン


 その時、横島の肩を誰かが叩く。
 横島は最初はそれを無視していたが、二度目になるとさすがに気になったのか、その手を止めてゆっくりと振り返った。



「横島……」


 横島の肩を叩く人物、それはタマモだった。
 タマモは、金色の髪をまるで意思があるかのようにたなびかせながら横島に話しかける。


「タ、タマモ……」

「ねえ横島、私は今ようやく理解したわ」

「な、なにを?」

「美神のキ・モ・チ……曲がりなりにも身内になる人間があまりにも情けないと怒りを通り越して笑いがこみ上げてくるわよ」


 タマモの表情はその言葉の通りに笑みを浮かべていた。
 しかし、その目はまったく笑っておらず、背後に背負う巨大な狐火とともに映る姿はまさに夜叉である。


「今までならこういった場合の折檻は美神の役目なんだろうけどさ、どうやらこの場には私しかそれが出来る人間がいないみたいだし……まあ、案外このために私もセットでこの世界に呼ばれたのかもしれないわね」

「タ、タマモ。落ち着け……とにかくその物騒な狐火を……」

「あら、落ち着いているわよ。けどね、目の前にこんなにかわいい美少女がいるのに、それを無視して。あまつさえ他の女に目を向けられると、やっぱりこの私のプライドが黙っていないのよ」

「まて、お前が美少女なのは認めるし、時々ドキっとするような場面も……もとい、ともかく美神さんにするような事をお前にしたら犯罪だろうが!」

「アンタが今やろうとしていることも立派な犯罪よ! というわけで喰らいなさい、この私のなんだかよくわからないフラストレーションと宇宙意思の裁きを!」

「そんな人為的な宇宙意思があるかー! ていうかフラストレーションって思いっきり個人的な感情じゃないか!」

「やかましい、くらえぇえー!」


 タマモは話は終わりとばかりに狐火を最大火力で横島に叩きつける。
 ちなみに横島のそばにいたしずなは、いつの間にかネギと学園長の手により避難させられていた。


「うぎゃああー!」


 麻帆良学園の学園長室に、とある世界では日常茶飯事となっている絶叫が響き渡る。まるでそれが物語の開始のベルであるかのように。
 そして主役はそろった、物語は横島の絶叫とともに幕開けるのだった。



第3話 end





「学園長……担任辞退していいですか?」

「だめじゃ……」


 後にネギは、この時のことを思い出して、何故もっと強く学園長に願わなかったのだろうかと後悔する事になるのだが、未来を知る事の出来ない人間には無理な話である。

 ともかく、ネギの知る昨日までの常識は、今この瞬間に完膚なきまでに打ち砕かれた事は間違いない。
 そして今日から学ぶ常識は、この世界では決して発動する事ない純粋な『ギャグ』という名の常識であった……むしろこっちのほうが世界の危機かもしれない。




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