「ふは、ふははははは!」


 横島邸にてネギに引き続き、木乃香まで異界の神に魅入られていたのが判明したころ、エヴァンジェリンは帰途に着きながら高笑いを続けていた。
 その理由は何故か、それは横島からのプレゼントが大きな原因である。

 横島は今夜の騒動で危うくエヴァの弟子にさせられかけたため、それを回避するために実験的にとあることを行ったのである。
 そしてそれはエヴァにとってまさに自分が望む最高の効果をもたらすものであった。


「マスター、嬉しそうですね」

「これが喜ばずにいられか、15年にわたって苦しんだこの呪いから限定的にとは言え解放されるのだぞ、これを喜ばずになにを喜ぶというのだ!」


 茶々丸は子供のようにはしゃぎまわるエヴァを微笑ましく見つめながら、その原因を作った横島に思いをはせる。


「しかし、横島さんはすごいですね。あのサウザンドマスターの呪いを簡単に誤魔化すなんて……学園長ですらマスターを修学旅行に送るのに5秒に1回書類に印鑑を押し続けるという苦行を味わったというのに」

「まったくだ……しかし、今回のことでアイツの本質が理解できた。確かに文珠という未知のアイテムを作り出す能力は凄いが、それを十全に使いこなす発想力、それこそがアイツの真の恐ろしさだ。それに比べたら文珠なぞ副次的なものに過ぎん」


 エヴァははしゃぐのをやめると、その歩調を落して虚空を見つめる。そしてそれに伴って夕食時における横島とのやり取りを思い出すのだった。






「なあ、エヴァちゃん。俺が弟子入りすのは確定なんか?……モグモグ」

「何を今更、貴様が魔法を理解しなければ呪いを解く事が出来ない以上、これは決定事項だ……なにか不満でもあるのか?」


 横島邸における晩餐の席上にて、その家の主である横島は口の中のものを咀嚼しながらエヴァに問う。そして横島の対面に座すエヴァはというと、横島とは対照的に口の中のものを飲み込み、優雅にワインを飲み干すと妖艶な視線を横島にむける。
 その仕草は600年を生きた年の功なのか、実に男心をくすぐるものであったが、その視線を受けた横島はとある事情により全く反応を示す事は無かった。


「いや、正直不満だらけんなんだが……ただでさえでもこの調査事務所の経営とか、例の借金とか色々と頭の痛いことが山積みしとるのに、これ以上頭痛の種を背負い込むのは遠慮したい」

「しかしだな」

「まあまて。そこで提案があるんだが……んぐ」

「……提案だと?」


 横島はさらに言い募ろうとするエヴァを途中でさえぎると、意識下から文珠を取り出し、うろんに自分を見つめるエヴァの前でその手を広げる。


「文珠……それをどうするつもりだ? いかな文珠でも私の呪いは解けないはずじゃなかったのか?」

「いや、ちょっと思いついたんだが。エヴァちゃんって修学旅行はその呪いの精霊とかいうのをだまくらかして京都にいったんだったよな?」

「ああ、そのせいでじじいは腰を痛めたらしいがな」

「まあ、学園長はこのさいどうでもいいんだが。今回重要なのは呪いの精霊を騙せるって事だ」

「ほう……」


 横島は真剣な表情でエヴァを見つめると文珠を握り締め、それに念を込める。


「エヴァちゃんがかかっている呪いは『登校地獄』、そのあまりにふざけた呪いは強力無比で解除不可能、そしてその呪いを受けた者は学校への登校を強制される。それも永遠に……」

「そうだ、だから私はもう15年もノーテンキな中学生どもと極めて不本意な学生生活を送っている」

「そう、エヴァちゃんは15年にわたって学校に登校し続けた……ならば……ゴクン」

「ならば?」


 横島はここで言葉を切ると、自分を見つめるエヴァの目の前で文珠を握り締めた手を開く。




「下校しちゃえばいいんじゃないか?」


「それだぁぁー!」




 横島の手のひらには、『下校』という文字が入った二個の文珠が転がっていた。

 その後、横島は文珠を発動させ、エヴァの呪いの精霊を誤魔化すことに成功する。その結果、エヴァは限定的に登校地獄の呪いから解放され、強制的に学校へ行く必要が無くなったのであった。
 そしてこのことと引き換えに、横島はエヴァの弟子入りを免れることになったのである。もっとも、エヴァとしてはここまで使い勝手のいい男を手放す気は更々なく、彼をいかに自陣営に引き込むか思案するのであった。


「ふむ、これでもう学校へ行く必要がなくなったわけか。なんかえらくあっけないものだが、まあそれはともかく……」


 エヴァは呪いが変化した具合を実感できないためか、しばらくの間自分の体を確認するかのように手で触れていたのだが、やがてそれを止めるとうろんな視線で横島を見上げる。
 その視線には多分に困惑、もしくは呆れの感情がこれでもかというばかりに込められていた。


「お前等、もう少し空気を読むとかそういうのはないのか?」

「言うな、頼むから言わんでくれ。これでも必死に気にしないように自制しているんだから……ムゴッ」

 
 横島は何かを思い出したかのように頭を抱え苦悩する、しかしそんな状況であっても彼の口は食べ物を咀嚼する事を止める事はない。
 エヴァはそんな横島を呆れたように見つめながら、その視線を横島の右側に移した。


「はいはい、せっかく作ったんだからちゃっちゃと食べてね。残したら承知しないわよ」

「タマモ……貴様は俺をいじくって遊んでないか? というかいい加減その格好はやめい!」


 エヴァの視線の先、横島の右側の席にはメイド姿のタマモが嬉々とした表情で横島の右腕を掴み、その口にエビフライを放り込んでいる。
 どうやら、先ほどからセリフの端々で聞こえてきた横島のうめき声はこれが原因らしい。

 エヴァはそのあまりの絵面にため息を一つつくと、視線をその反対側――横島の左側――に向けた。


「あ、あの……横島さん。次はコレを、これは私が作った分です……」


 横島の左側の席には、これまたタマモとおそろいのメイド服を纏った刹那が顔を真っ赤に染め上げながらも、自分が作った肉じゃがを横島の口にそっと差し出していた。
 エヴァは正直刹那の変わり具合に困惑していた。タマモだけを見れば、ある意味いつもどおりのやり取りといえなくもない。しかし、その空間に今回は刹那までもが新規参戦しているのだ。さらに、タマモはそんな刹那を歓迎しているようなふしもある。それは全くもって不可解な現象であった。

 一方、刹那に手ずから食事を食べさせてもらっているという幸福を一身に受けている横島は、エヴァ以上に困惑しており、さらにただでさえでも萌える魂を制御するダムを今にも破らんとするタマモと刹那のメイド姿は横島に心理的圧迫を加えている。その結果、彼の心のダムは今まさに萌える魂で決壊寸前にまで追い詰められていた。


「いや、あのね刹那ちゃん。自分で食べられるからその……」


 チャキ!



 横島はこれ以上はヤバイと本能的に察知したのか、なんとか刹那の攻勢をかわそうとするが、その思惑は首に当たる冷たい感触でご破算となるのであった。 
 横島が恐る恐る振り返ると、そこにはタマモ達と同じメイド服を身に纏った死神が研ぎ澄まされた鎌を横島の首に当て、彼に最後通牒を叩きつけている。どうやら彼に刹那の料理を拒否するという選択肢は無いようである。


「い、いやー、これは美味い! 刹那ちゃんって料理が上手だなー、刹那ちゃんをお嫁にもらう人は幸せだ! ウン」


 もはやヤケとばかりに横島は冷や汗を浮かべながら刹那の差し出す箸に喰らいつき、刹那はそのたびに皿からさまざまなオカズを横島に差し出しつつも、横島のセリフにさらに頬を染め上げるのだった。

 世の男どもが見たら嫉妬に狂いそうな状況となりながらも、横島は必死に現状の打開策を考えていた。
 彼としては現在の状況は本来なら望んでも決して得られぬ夢の状況なのだが、彼の両脇にいるのは二人とも中学生であり手を出すには色々と問題がある。さらに自分はロリコンではないという矜持を守るためにも、彼はなんとしてもこの状況を打破する決意を固めたのである。もっとも、その決意にいたるまでかなりの苦悩と葛藤、具体的には後ろ髪が引かれる思いがあったのは彼だけが知る心の動きであった。


「では次はこれを……これは私の得意の料理なんです」

「あ、あのー刹那ちゃん?」

「なんでしょう?」


 次第に慣れてきたのか、むしろタマモと同じように嬉々とした表情を浮かべはじめた刹那に、横島はなんとも言えない表情で刹那に話しかける。
 すると、刹那は小首をかしげ、上目遣いで横島を見上げる。それは本人が全く意識していない自然な行動なのだが、メイド服という聖衣を纏った刹那がそれをやった場合、その破壊力はまさにビッグバン。その攻撃をまともに受けた横島は、脳のリミッターが外れそうになるのをかろうじて耐え切るのであった。

 
「何故に突然こんなことを? いや、正直ものごっつ嬉しいんだけどここまでしてもらう心当たりが……」

「こ、これはその……そう、さっきの惚れ薬、惚れ薬の影響が今になって出て来たからなんです」


 刹那は突然の質問に不意を突かれたのか、横島の前でわたわたと両手を振ると、顔を真っ赤にして自分が惚れ薬の影響下にあると力説する。


「えらい時間差のある薬やな。まあ、ともかく惚れ薬の影響なら『覚』の文珠で……」

「い、いえそんな貴重なものを使わなくても! それに私としてはむしろこのまま……ってそうじゃなくて、薬の影響が無くてもどうせ同じというか、薬のせいにすれば普段恥かしくてとても出来ない事もやりやすい……いえ、その、あの……むしろ薬の影響で横島さんが気になるというというか、そういった感情が強化されただけでかえって好都合とってああああ!」

「刹那、あなた本心が漏れてるわよ……ていうか、今ものすごく大胆な発言したんだけど気付いてる?」

「あああああ!」


 もはや刹那自身も自分が何を言っているのか把握できてないようである。
 そしてドツボにはまったように混乱する刹那、それを困惑する表情で見つめる横島、さらにその二人を面白そうに見つめるタマモ、その三者三様の思いを他所に、混乱はさらに加速していくのだった。




「本当にあの男、横島忠夫は侮れんヤツだ……」

「あの夕食はいろいろな意味でご馳走様としか言えませんでしたね」

「まったくだ、よもや刹那までもがあのマヌケな空間にとらわれるとはな……正直失望だ」


 横島とのやり取りを思い出したついでに、そのあまりの印象深さから刹那達の騒動までもが脳裏に浮かんだエヴァは忌々しそうに舌打ちを浮かべる。
 彼女としては、不幸を背負った刹那に共感めいたものを感じていただけに、今夜の刹那の腑抜けぶりには忸怩たる思いがあるのだろう。


「まあ、刹那達の事はもう置いておくとして、重要なのは明日からもう学校へ行かなくてもいいということだ! まだ魔法は封印され、学園から外にでる事は適わぬが、それは横島を引き込めばいずれ解決する。茶々丸、今後は横島忠夫を我が陣営に引き込む事に全力を傾けるぞ。お前はアイツを引き込むためにアイツの嗜好、その性格に到るまで全てを調べ上げろ」

「了解しました、マスター」

「ふは、ふはははは! 横島忠夫、待っていろ、私はいずれ貴様をこの手にしてやるー!」
 

 天に向かって高笑いを続けるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。彼女はまだ横島の真の姿、その有り方を知らない。
 横島忠夫、彼はたしかに乱においてはその真骨頂を発揮し、周囲を混乱に巻き込みながらも最後には事件を解決させる有能な男である。しかし、平時においての彼は、むしろ混乱の発生源でもある。そしてその引き金はえてしてしょうも無い失敗、勘違いなどからである。

 エヴァンジェリンが横島に施された『登校地獄』改め『下校地獄』、それがはたして彼女に望みどおりの幸福をもたらすことになるのか、それは誰にもわからない。
 ただ一つ言える事は、もしこの場に横島の事を最もよく知る美神令子がいれば、彼女にこう助言したであろう。


「常に最悪の事態を想像しろ、横島は常にその斜め上を行く」



 闇の福音、最強の真祖の吸血鬼、その数々の異名持つ彼女を待つ運命は、まだ誰も知らない。そして翌日、彼女は横島の真の恐ろしさを体験するのであった。







第21話 「幽霊と嫉妬とロリコンと」







「ふわぁあああああ」

「すっごいあくびね、アスナ」


 横島邸で騒動から一夜明けたその日の放課後、アスナは百年の恋も冷めようかというすさまじいあくびを連発していた。


「アスナさん昨夜眠れなかったんですか?」

「うん、なんか昨日は寝付けなくてね」


 アスナは心配そうな刹那の言葉に、あいまいに答える。
 その顔には何故かでっかい汗が浮かんでおり、彼女としてはなにやら思うところがあるらしい。


「アスナー大丈夫? いくら今日は配達が休みゆーたかて、夜更かしはいかんえー」

「あ、大丈夫だって。授業中寝てたからだいぶ楽になったわ」


 アスアは学生として問題のある発言をかましながら、心ひそかに思う。


(原因はアナタよ……木乃香)


 その心の内のつぶやきを表に出さないように用心しながら、彼女は自分を心配そうに見つめる木乃香に笑顔を向ける。

 彼女の寝不足の原因、それは昨夜のカードのことであった。
 アスナはその後それとなくタマモに修学旅行でネギのもとに現われた女神っぽいものについて聞くことにより、それがかの破壊神であると確信にいたってその心労はさらに倍加していたのである。
 しかし、そのことを当の本人である木乃香に教えるわけにはいかない、アスナにとって木乃香は太陽のように朗らかに優しく包み込む女神のような存在なのだ。けっして某破壊神につかえる巫女ではない。
 そして木乃香は見たところその自覚も無く、いつもどおりなだけに彼女としては昨夜判明した事実を決して本人に悟られてはならないと決意するのだった。
 

「そんならえーけどなー、きつかったら今日のボーリング中止する? せっちゃんやタマモちゃん、また今度でええか?」


 修学旅行の事件で念願であった刹那と分かり合い、本日は昔日の寂しさを取り戻すためにも刹那と遊び倒そうと思っていたのだが、アスナの体調が悪いようなら彼女を捨てておくわけには行かない。
 アスナは自分を心配そうに見つめる木乃香に少しホッとしたような表情を浮かべると、すぐに大丈夫だと言わんばかりに鞄を振り回す。


「大丈夫だって。それに刹那さんやタマモちゃんってボーリングやったこと無いんでしょ、それならなおのこと中止なんかするわけ無いじゃない」

「そんならえーんやけどな。あ、せや! どうせなら後でネギ君も誘っていこーな」

「別にいいけど、ネギって確か世界樹前でクーちゃんと待ち合わせしてるんじゃなかった?」

「ならそこにいけばええやん、なんやったらクーちゃんも誘って行ったら楽しいえー」


 まだどこと無く心配そうな木乃香であったが、すぐに気を取り直すとネギを誘っていこうと提案する。
 ちなみにネギは、授業中にクーを世界樹広場に呼び出すということをしでかし、今の時間ならばクーとなにやらやっているころであろう。
 だが、木乃香は思い立ったが吉日とばかりに、ポンと両手を合わせると世界樹広場へと向い、取り残されたアスナ、刹那、タマモは顔を見合わせて苦笑を浮かべるのだった。







「さて、ある意味これが初仕事か。さー借金返済へむけてがんばるぞっと……一億円かー遠いなー」


 横島は今、麻帆良に来て初めて学園長を通さない仕事を始めようとしていた。
 お忘れになった人もいるだろうが、通常は学園長と横島個人で麻帆良学園の警備という形で契約を結んでいる。だが、それ以外でも『横島よろず調査事務所』という探偵まがいの何でも屋も開業しているのである。そして今日は目出度くその最初の出動なのであった。
 
 横島としては警備の仕事だけでも、今までならば十分な生活が可能だったのだが、さすがに一億もの借金を抱える身として、収入増額のためにも事務所経営に力を入れざるを得ない状況である。そのため、修学旅行の問題が片付いてより今日まで、さまざまな場所で営業活動にいそしむ横島の姿が見受けられることになった。
 もっともそのせいで、ライフワークともいえるナンパが出来ないという弊害もあったのだが、そのおかげでこうして依頼があったのだからその苦労も報われたと言えよう。


「はてさて、どんな依頼なのかねー。できれば美人のねーちゃんが依頼主だったら言う事無いんだけどなー」


 横島はそうつぶやくと、あらためて依頼人のいるであろう建物を見上げる。
 そこには巨大な看板と電飾で『麻帆良総合レジャーセンター』書かれていた。








「なんかえらく大事になっちゃったわね……」

「クラスの半数が集まってますね、これは」


 アスナと刹那が呆然とつぶやく中、3−Aの過半数がここ、『麻帆良総合レジャーセンター』へと集合していた。
 なぜこんな事態になったのかと言えば、世界樹広場でクーごとネギを確保した後、なぜか委員長以下三名がボーリングに参加する事になり、さらにその話を聞いたクラスのメンバーが多数名乗りを上げたことが原因であった。げに恐ろしきは女子中学生の行動力、そして組織力といえよう。


「ま、賑やかでいいんじゃない?」


 タマモは初めて見るボーリング場に好奇心を刺激されたのか、さっきからあたりをキョロキョロと見回し、落ち着かない感じだ。そしてそれは刹那もまた同じである。
 さらに、この場にいる数名、具体的には委員長である雪広あやか、バカピンクこと佐々木まき絵がクーに対してプレッシャーを撒き散らし、そしてそれに当てられたように本屋こと宮崎のどかがわたわたと混乱するのであった。

 あやか、まき絵、そしてのどか。彼女たちの共通点はネギに対して一方ならぬ思いを持っている事、そしてそのプレッシャーの対象者であるクーはまさにネギから告白を受けていたともくされているだけに、彼女たちの内心は千々に乱れ、舞台はまさに一色触発の様相を呈している。
 そんな悲喜こもごものさまざまな思いと緊張を秘め、各レーンでゲームが始まるのだった。




「やっぱりあきらめきれませーん!」


 暫くするとなにやらレーンの向こうで委員長の叫び声と共に、予想通りネギを賭けた女の勝負が始まったようであるが、タマモは我関せずとばかりに真剣にゲームに集中していた。
 ちなみに、現在3フレーム終了でアスナ26、刹那11、木乃香18、タマモ2のスコアである。
 アスナと木乃香はストライクが取れないながらも、素人の女子中学生としては十分なスコアと言えるし、刹那も最初にガターに放り込んでからは感覚を掴んだのか、2フレーム目に5ピン、3フレーム目は6ピンと順調に点数を稼いでいる。
 しかし、タマモはどうにも精彩を欠き、1フレーム目にかろうじて2本を倒した後、連続でガターを決めていた。そして今、4フレーム目のタマモの第1投である。


「タマモちゃーん力ぬいてー、腕に余計な力入りすぎ!!」

「無理にスピード出す必要ないでー」

「タマモさんがんばってください」


 アスナ達の声援をうけ、タマモはピンを見据えたまま、ゆっくりと助走を始めていく。その表情は真剣であり、ともすれば目に炎も見え隠れしている。
 しかし、ボールがタマモにとって重すぎたのだろうか、バックスイングをしたところでボールが手からすっぽ抜け、アスナ達のほうへと飛んできた。


「「キャア!!」」


 あわてて木乃香とアスナはそのボールを避け、刹那は冷静にボールの軌道を見極め、木乃香達に当たらないことを確認する。


「あちゃー、ごめんねみんな」

「大丈夫よ、でもタマモちゃん。やっぱりそのボール重過ぎるんじゃないの?」

「そうかもね、ちょっと腕がしびれちゃったから交換してくるわ」


 タマモはそう言うと足元を転がるボールを片手で引っつかんできびすを返した。
 その時、アスナは何か違和感を感じた。
 最初は気付かなかったが、今やその違和感は最高潮に達し、タマモがボールを持つ手、右手をじっと見つめる。ボールの色は黒っぽい青、これはこのボーリング場で16ポンドの重量をあらわしている。そのことはいい、普通に転がすだけなら女性でも16ポンドのボールでも可能だ。だが、なにか違うのだ、喉の奥に小骨が引っかかったのように答えが出てこない。
 しばらくの間、アスナは首をかしげながらタマモとそのボールを見つめていたが、ここでようやくその違和感の正体に気がついた。
 アスナが感じた違和感の正体、それはタマモの手のひら、いや、正確にはボールを掴む手そのものであった。
 違和感の正体に気付いたアスナは一瞬信じられないものを見たかのように表情をゆがめてタマモを見つめてたが、やがて恐るおそるタマモに話しかける。


「タマモちゃん、ちょっと確認するけど今までどうやってボール投げてたの?」

「え? 普通にこうやってボールをつかんで投げただけよ、アスナと同じように」


 タマモはそう言うとボールを下にしたまま、アスナにボールの握りを見せた。
 そしてそれを見たアスナ、木乃香、刹那は一様に押し黙る。周囲の喧騒、そしてネギをめぐるあやか達の声、さらにホールに流れるBGMすら跳ね返す沈黙空間の完成である。


「「「……」」」

「ちょっとどうしたのよいったい」


 自分のボールの握りを見て押し黙るアスナ達を不思議そうな顔で問いただすタマモであったが、それに対する答は酷くかわいそうな人を見るような3対6個の瞳であった。


「あのさ、タマモちゃん。ボールは親指と中指と薬指を穴に入れて持つんだよ」

「タマモちゃんって力持ちなんやなー……」

「あの、いくら初めてだからってそれはあまりにもベタな……というか今までその握りでどうやってバックスイングしてたんですか」


 アスナ達の多分に呆れを含んだ瞳、それはタマモの手に集中する。そしてそこにはタマモがボールを片手でつかんでいた、それも握力だけボールを持つという非常識な方法で。









「よくぞ来てくださいました。私がオーナーの水口です」


 横島はオーナー室で依頼主のあいさつを受けていた。
 残念ながら横島の願いもむなしく、依頼主は男性であったが、人のよさそうな笑顔が好感をもたせている。


「あ、どうも。『横島よろず調査事務所』所長の横島忠夫です。さっそくです依頼の件を」

「おお、そうですな。私どもは皆さんに完璧な娯楽を提供するため日夜がんばっております、ごらんのとおりそのためには金に糸目もそして手段も選びません」


 オーナーはどこかで聞いたようなセリフを言いながら、依頼内容を説明していく。
 それによると、二週間ほど前からボーリング場の13番レーンで不思議な怪現象が起こっているという。その怪現象とは、たとえプロでもストライクやスペアーが取れなくなるという事態が頻発しているというのだ。


「そのプロが下手くそだったってオチじゃないんすか?」

「そんな事はない、そのプロは去年の全日本のチャンピオンだ。そしてそれを抜きにしてもそのレーンで二週間にわたってストライクがゼロと言うのはありえん。それにこのビデオを見てくれたまえ」


 オーナーはそう言うと、机の引き出しからビデオテープを取り出して再生する。
 するとそこにはプロらしき男が、なにやらやたら気合を込めてボールを投げる姿が映し出されていた。
 ボールは緩やかなカーブを描き、確実にストライクを取れるであろうコースに乗っている。すると男はストライクを確信し、小さくガッツポーズを取る。
 そしてボール確実に1番ピンと2番ピンとの間に吸い込まれ、そして――



 ガン! という音と共にピンにはじかれガターへと落ちていくのであった。



「……なんなんすか? これは……」

「だからその原因を調査してもらいたいのだよ、そして出来れば解決をしてほしい。我々はあらゆる手を尽くした。設計レベルからもレーンを見直し、はては局地的な地震でもあったのかと調査したが、結局原因は分からずじまい。もはや藁にもすがる思いで君に頼んでいるのだよ、君の事は麻帆良の学園長から有能だと聞いている。頼む! なんとかしてくれ! このままでは来週の大会がー!」


 オーナーは最後には頭をかきむしりながら絶叫する。どうやらストレスがここに来てピークに達したらしい。


「ま、まあ依頼については分かりました……ではさっそく現場へ行って見ます」

「おお、受けてくれますか。お願いします!!」


 オーナーはまさしく最後の希望という感じで横島の手を握り締め、横島を問題のレーンへと案内するのだった。






「勝っちー!!!!」


 委員長達の勝負がついたのか、奥のほうで歓声が上がっている。
 一方、タマモ達はというと。


「んーけっこう楽しいわねー」

「あははは……タマモちゃんプロ目指せるんじゃないの」

「タマモちゃんすごいなー」

「あの、ピンが砕けてましたけど……それになんかあそこで店員が泣いてますが」


 正しい投げ方を身に着けたタマモは、怒涛の快進撃を見せたようである。そしてそれにともなってこのボーリング場の備品に深刻なダメージが与えられたようだ。
 しかし、いったい何キロ出せばピンが砕けるんだろう。


「あれ? タマモも来てたのか」


 そんなタマモ達に声をかける存在があった。そう、オーナーを引き連れた横島忠夫である。


「横島!? なんでここに?」

「仕事だ仕事」


 横島の突然の登場に加え、普段見ることの出来ないスーツ姿の横島に戸惑うタマモと刹那であったが、横島はタマモ達に手を振るとそのままオーナーと仕事の話を続ける。


「横島君、この子達は?」

「ああ、俺の妹とその友達です」


 一方、横島とタマモ達の関係をいぶかしがるオーナーに手短にタマモ達を紹介する。オーナーとしては客に余計な不安を与えないためにも事を秘密にしておきたかったのだが、横島の身内と聞いて安心したようである。


「で、仕事ってここで?」

「ああ、ちょっとこの先で問題があってな。水口さん、タマモも一応うちのスタッフなんで状況を話しますけどいいっすか?」

「かまわんが、その代わり他言無用でお願いしますよ」


 横島はオーナーの許可を得て、仕事の内容をタマモに説明する。するとタマモは興味深そうにその話に聞き入り、その後とある場所をそっと指差す。


「ふうん、謎の13番レーンねー……それってアイツが原因じゃないの」


 タマモが指差した場所、そこには問題の13番レーンがあり、さらにその脇には男がたたずんでいた。

 その男はまだ若く、20代前半のやたらとマッソーな体躯に反して、血色の悪そうな顔でじっと閉鎖されたレーンを見続けている。そしてその男の最大の特徴はというと、背後に背負っている鬼火の群れであった。
 そう、男はまごうことなき幽霊であったのだ。


「……間違いなくアレだな、犯人は」

「でしょ」

「私もさっきから気になってたんですけど、特に害意は無いようですから放っておいたのですが……」


どうやら刹那も幽霊の存在には気付いていたようである。


「いったい何を話しているのかね」

「あ、いえこっちの話でしてね、ちょっとピンのところを見てきます。あ、タマモはフォロー頼むな」


 横島はオーナーにそう言うと、首をかしげるオーナーをその場に残し、幽霊に近づき話しかけた。
 なお、はたから見れば何も無い空間に話しかけるという、なんとも電波な絵面だが、タマモの幻覚によりうまい具合に横島がレーンを調査しているように見せていた。


「あーそこの超兄貴な幽霊、何が心残りなのか知らんが、こんな営業妨害はやめて素直に成仏してくれないか?」


 横島が幽霊に話しかけると、その幽霊は横島に向き直り、血涙を流しながら横島にせまる。


「うおおおおお! 憎い! 憎い! 憎い! ボーリングがすべていけないんだー!」

「お、落ち着け、ボーリングが憎いのは分かったから、とにかくその理由を話せ!」


 男は横島の言葉に多少なりとも落ち着きを見せると、自分の身の上を話していく。
 それによると、男はかつてこのボーリング場で意中の女性とデートにこぎつけたが、その日は調子が悪くいっこうにストライクが取れなかったらしい。
 さらに間の悪い事に、たまたま来ていたその女性の知り合いの男が、まるで見せ付けるかのように隣のレーンでストライクを取り、結局女性は幽霊男を見捨て、その男といっしょに帰っていったそうであった。
 あわよくば告白するつもりであった男は、そのあまりのショックで意識が朦朧としているところで事故にあい、治療の甲斐なく天に召され、以来女性にフられる原因となったこのレーンで邪魔しているというわけである。

 実にくだらない、くだらなすぎる上に逆恨みもはなはだしいことでではあるが、それを聞いた横島はというと――



「うううう、わかる! お前の悔しさはよくわかるぞ! この世の全てのイケメンは敵じゃー! 彼女がいるやつは滅びろー!」


 ――幽霊に共感していた、それはもう涙を流さんばかりに。



「そうか、わかるか! お前なら俺の悔しさを理解してくれると信じていたぞ!!」


 幽霊男と横島はお互いにシンパシーを感じたのか、涙を流しながら互いの肩を叩きあう。その姿はまるで10年来の友に出会ったのかのごとく親しげであった。


「「太陽のバッキャーロー! 夏なんか大ッ嫌いだー!」」


 やがて、夏でもないのに、まして室内なのに横島たちの目の前には、夏の太陽に照らされた海が広がっていく。おそらく彼らのあふれる嫉妬心、そしてその同病相哀れむといった感情が共鳴し、このような不思議現象を引き起こしたようであるが、幸いにもその効果は横島と幽霊男のみに限定され、他の客やオーナー達はその影響下から逃れていた。


「あの、横島さん。さっきから一体何を……」

「横島、アンタいつまで遊んでるのよ、さっさとしないと幻術解けるわよ」


 やがて幽霊と肩を組みながら世界を呪いだした横島にしびれを切らしたのか、刹那とタマモが話しかける。すると、それが合図であったかのように一瞬で常夏の海岸が消え去り、変わって吹きすさぶ吹雪に覆われる暗い平原が姿を現す。
 そしてそれと同時に、幽霊男はまるで親の仇のごとく横島を睨みつけると、横島から距離をとる。


「貴様! さっきこの世のすべてのカップルを呪うと俺に誓ったあの言葉は嘘だったのか!」


 幽霊男は横島を睨みながら、血涙と共に魂の叫びを大音声で横島に浴びせかける。彼としては唯一の仲間、それも心ひそかに自分よりもてないと確信していた横島に、心配そうに横島を見つめる少女達がその傍らに立ったのだから収まらない。
 一方、横島は突然豹変した幽霊男を何とか説得しようと必死に語りかける。


「まて、何を突然……タマモは俺の妹だし、刹那ちゃんはその友達だ!」

「ええい、そんな世迷言信じられるか! それにその金髪の女が妹だと!? 明らかに血がつながっていないであろうが! 血のつながらない妹をはべらし、さらにその友人まで毒牙にかけているとは……許せぬ、俺より冴えない風采で明らかに女縁に乏しそうなくせになんと生意気な!」

「マテや!!人聞きの悪い事を言うなー! それになんだそのジャイアニズムな発言は!」

「聞く耳もたん! それにその状況でタダの妹だと? その友人だと? そんなこと信じられるかー!」


 横島は幽霊男の言葉に、改めて自分の状況を見た。
 すると、タマモが自分の右腕にしがみつき、震えていた。さらに刹那は横島の背に隠れるように、顔を真っ赤に染めておずおずとしがみついている。
 この時、タマモは横島に見えないように笑っていた。どうやらなにやか悪巧みをしているようであり、その表情はまさに悪戯狐、その本領発揮の瞬間である。
 そしてタマモとは対照的に本当に戸惑いの表情を浮かべている刹那は、横島に聞こえないようにタマモに問いただす。ただし、彼女はどんなに戸惑い、恥ずかしそうにしながらも決して横島から手を放す事は無かった。今の状況はあるいみ彼女にしても本望なのかもしれない。


「あの……タマモさん、なぜこんなことを?」

「いいから、いいから。この後きっと面白くなるわよー」


 どうやら刹那までタマモの悪戯に参加しているのは、タマモに押し切られたからのようである。

 一方、はたから見ればむくつけき男から少女二人をその背後にかばっているような状況になってしまった横島は、友となりえたかもしれない幽霊男と不毛なやり取りを続けていた。


「貴様は俺を裏切った! せっかく同好の士と思い、俺の無念の思いを託せる男と思っていたのに!!」

「だから誤解だとなんども……マテ、同好の士とはどういう意味だ?」

「そんなこともわからないのか、俺は貴様と同じように中学生以下にしか興味ないのだ!」

「人聞きの悪い事言うんじゃねー! ってまて、お前中学生以下にしか興味が無いって言うと、さっき言ってた意中の女性って……」


 幽霊男の言葉に、横島は天に届けとばかりに絶叫するが、途中でふとあることに気付き、嫌な予感にさいなまれる。


「うむ、それはこの子だ」


 嫌な予感に襲われ、すでに逃げ出す算段をしている横島を他所に、幽霊男は懐から写真を取り出し、横島に見せる。
 なぜ幽霊が写真を持っているのかは謎ではあるがそれは気にしないでもらいたい。


「「「……」」」


 横島達は差し出された写真を見て絶句した。


「彼女が俺の天使だ!」


 そして絶句する横島達を他所に、幽霊男はどことなく誇らしげに胸をそらしている。


「……オイ、まさかと思うが。この写真の娘と一緒に帰っていった男ってのは……」

「彼女のクラスメイトだそうだ」

「そうか……」


 横島は幽霊男の言葉に再び写真に目を落とす。
 その写真に映し出されている女性は、はちきれんばかりの笑顔をし、友達とおしゃべりをしていた。
 その写真の風景は明らかに盗撮されたような感じではあるのだが、それはこの際些細なことだ。この写真にはそれよりももっと重要なこと、それこそ横島にとって何があっても決して譲れない一線を越えた物が写っていた。
 
 横島は内心に吹き荒れる嵐を必死で押さえ、その写真に再び目を落す。そこには小学生5〜6年生の少女が写っていた。


「さて……殺るか」



 横島はそうつぶやくと感情の抜け落ちた能面のような顔を上げ、右手に霊波刀状態の『栄光の手』を具現化させるとゆっくりと幽霊男に迫っていく。その右手は霊力の飽和現象が起こっているのか、なにやらバチバチと放電するかのような音が聞こえてくる。
 一方、その目標である幽霊男は迫り来る危機に気付かぬまま、横島を弾劾し続けていた。


「貴様なら……同好の士である貴様にならわかるだろう、世間から迫害され、後ろ指差されながらも夢を追い続けた俺の気持ちが! そして俺の目の前で夢を実現させている者への嫉妬が! さらにたった今、友に裏切られたこの気持ちが!」

「勝手に貴様と同類にするんじゃねー、俺はロリコンの瀬戸際にいようとも決してペドには堕ちぬわー!」


 横島は目の前で血涙を流しながら絶叫する幽霊男に、全力を込めて『栄光の手』を叩き込むのだった。










「事務所の初仕事がけっきょくアレか……」


 横島はあの後、無事報酬を受取り、トボトボと帰りの途へとついている所である。
 彼としては刹那達も見ていることもあり、もっとこうGSとして颯爽と事件を解決したかったのだが、いかんせん除霊対象がアレではギャグにしかならない。
 まして事務所としての初仕事がアレでは色々と思うことがあるのだろう。


「まあいいじゃない、無事終わったんだから」


 とぼとぼと歩く横島の横でタマモが横島を元気付けるように背中を叩き、そのすぐ後ろでは刹那が微笑ましげに二人を見つめていた。
 刹那としては、タマモと同じように横島の横に並んで歩きたいという思いがあるのだが、昨夜と違って惚れ薬という免罪符がない以上、なかなかその勇気が出ない。

 一方、その刹那の隣にいる木乃香は、しばしの間刹那と横島を交互に見比べていたが、やがてポンと手を打つと刹那に向き直る。


「なあ、せっちゃん」

「……あ、なんでしょうお嬢様」

「あんな、そういえばせっちゃんに京都でのお礼をしとらんかったなーと思うてな……」

「お礼……ですか? そんな、アレは当然のことを」

「ええからええから。と、いうわけでせっちゃん、がんばるんやでー」

「え?」


 ――トンッ


 刹那は背中を急に押され、前によろめく。そして転ぶまいと反射的に手を突き出した彼女は、目の前の何かに抱きつくのであった。


「うぉ!? って刹那ちゃん?」

「……よ、よよよ横島さん! こ、これはその……急に足がもつれて、いえ、決してこうしたくないわけではなく……」


 刹那が抱きついた何か、それは横島の広く大きな背中であった。
 刹那は横島の背中に抱きついたことで、何かに暖かいものに包まれるような感覚を覚えたのだが、その一瞬後に自分の状態を把握すると、一気に顔面を朱に染め上げ、昨夜のように支離滅裂な状態に陥ってしまうのだった。


「うふふ、やっぱせっちゃんはかわええなー」

「ねえ、木乃香……刹那さんってひょっとして横島さんのことを?」


 木乃香が顔を赤くしながら言い訳を続ける刹那を微笑ましく眺めていると、その傍らにいたアスナが何かを確認するように話しかける。


「そうみたいやな、せやからウチはせっちゃんを応援するえー」

「でも、横島さんってタマモちゃんが狙ってるんでしょ、ちょっと分が悪いんじゃあ……」

「んー、けど結構大丈夫みたいや。ほら、アスナ見てみ」


 アスナが指差す先に目をやると、そこにはタマモが先ほどまで自分が組んでいた横島の腕に刹那の腕を組ませ、自分はその反対側の手を組もうとしているシーンであった。
 夕日に照らされた三人の姿、それは妙に絵になる一コマである。そして横島と腕を組む二人の少女はどこまでも幸せそうであり、その対象者である幸せ者は己のアイデンティティーを維持するために必死に己を制御するのであった。


「なんか知らんけどタマモちゃんもせっちゃんを受け入れてるみたいやし、となると後は横島さんの気持ちだけや」

「そ、そうみたいね……」
 

 アスナは目の前の三人、そのどこか微笑ましい絵面に思わず笑みを浮かべた。
 そして木乃香はそんな三人を見つめながら、ポンと手を叩くとアスナに向き直る。


「さ、アスナ。せっちゃんの恋を成就させるためにも、今夜は横島さんへのアタック作戦を考えるんや。そうやなー、まずはやっぱかわえー服着て落とすのが基本やな」


 木乃香はそう言うと嬉しそうにアスナとネギの手を引き、寮へ向かって駆け出すのだった。


「ちょと木乃香……まったくあんたは刹那さんのことになったら……あ、横島さん私達は先に帰りますね」

「せっちゃん、門限には時間有るからゆっくり帰ってくるとええで。あ、それと横島さん、ちゃんとせっちゃんを送ってあげてなー。それともし門限に遅れるようやったらせっちゃんを泊めたげたってな」

「ちょ、お嬢様!」


 刹那の声を他所に、木乃香達は横島達を残して夕方の麻帆良を走り抜ける。その木乃香の表情はどこまでも明るく、かけがえのない友人の恋を応援する少女そのものであった。













 その夜


「うーん、やっぱせっちゃんには猫耳セーラー服は基本やなー。あ、それと巫女さんも捨てがたいわー」

「ちょ、木乃香、しょっぱなからいくらなんでも濃過ぎるって!」

「大丈夫や、むしろこれぐらいせんと横島さんは堕とせんと思うえ」

「木乃香、今さっき落ちるっていう響きがなんか違わなかった?」

「……気のせいや」

「……」


 その夜、麻帆良女子中等部女子寮の一室で、アスナはさらなる苦悩に身もだえしたと言う。
 近衛木乃香、彼女が闇の巫女として目覚める日は近い……かもしれない。



第21話 end




「ええい、横島忠夫にはまだつながらんのか!」


 エヴァは自宅でさっきからずっとウロウロと部屋を行ったりきたりしている。何故彼女がここまでイライラしているかというと、それは先ほどから茶々丸に横島へ電話をかけさせているのだが、それが一向につながらないからであった。
 

「あの、マスター」

「なんだ茶々丸」

「横島さんと電話がつながりました」


 茶々丸の言葉にエヴァは即座に茶々丸が持つ電話のもとへと移動する。
 その速度は、茶々丸をもってしても目で追えないほど速かったほどだ。


「はやい!」

「横島忠夫! 貴様いったい私に何をしたー!」


 茶々丸の呟きを他所に、エヴァは電話の向こうの横島に向かって吠えた。


<ぬお! いきなり耳元で吠えないでくれ。つーかいったい何があった>

「やかましい、貴様のおかげで今日の私はえらい目にあったんだぞ!」


 エヴァはアンティークの受話器に噛み付くように吠えながら、戸惑う横島に今日の顛末を伝えるのだった。

 エヴァの話によると、彼女は今日から『登校地獄』から解放されたことにより、昼まで惰眠をむさぼる予定でいたのだが、朝8時15分を迎えたところで全身に耐え難い苦痛が襲い掛かったのである。
 それはエヴァにしてみれば15年前、呪いに散々抵抗しようとして味わった苦痛『登校地獄』によってもたらされる苦痛であった。
 彼女は全身を襲う苦痛にのた打ち回り、横島の文珠が失敗したことを悟ると横島への報復を心に決め、茶々丸に言いつけて即座に着替えて学校に向かう。もはやこの状態では、学校に登校するしかこの苦痛から逃れる方法がないのである。
 だが、エヴァは甘かった。
 横島の引き起こした事態、それは単純に呪いの改変が失敗したと言うだけではない。いや、むしろ成功したとも言えた。しかし、それだけに事態はまさに喜劇、エヴァにとっては悲劇の様相を迎えるのである。

 横島が文珠により『登校地獄』を『下校地獄』に書き換えた。それが成功した場合、エヴァは学校に行かなくていいものと考えていたのだが、それは間違いであったのだ。
 考えてみて欲しい、登校と下校、その相反する言葉の意味を。そして下校するためにはある一定の条件が必要なのだということを。

 
 そう、下校するためには、まず登校する必要があるということなのだ。


 この段階で、文珠による呪いの改変、それは結果として前となんら変化の無い状態となっているように思えるが、それは早計である。
 横島によって改変された『下校地獄』その真の恐ろしさはその登校後にあるのだった。

 エヴァは学校に到着すると、全身をさいなむ痛みから解放され、ほっと息をつく。しかし、それは一瞬でしかなかった。エヴァが安心して力を抜いた瞬間、再びエヴァに耐え難い苦痛が襲い掛かったのである。
 エヴァはこの段階で横島が引き起こした事態を正確に看破した。そう、『登校』した以上、次は『下校』しなければならなかったのである。

 その後、エヴァは寄り道も出来ずにまっすぐ家に帰り、そして家に帰ると授業時間のために再び『登校』の呪いが発動してのた打ち回り、学校に着くと今度は『下校』の呪いが発動する。そしてエヴァは放課後の時間になるまで延々と自宅と麻帆良学園を往復する事になったのだった。
 


「……あー悪い」

「悪いですむかー! 失敗するならまだしも、変に呪いを強化するとはいったいどういう了見だ! もどせ、元にもどさんかー!」


 エヴァはあい変わらす受話器の向こう側に絶叫し、やがて酸欠になったのかゲホゲホと咳き込む。
 一方、怒鳴られた横島は電話の向こうで戸惑ったような声を上げる。
 

<んー、元に戻すだけなら文珠に『戻』とでもぶち込めば大丈夫だとは思うが……下手したらまたどんな効果が出るかわからんぞ? 最悪昼だけでなく夜もとか、さらに休日とかも関係なく学校に行かなきゃならん場合もあるかもしれんしな。ここは大人しく文珠の効力が切れるまで待ってたほうが賢明だと思うが……>

「く……そ、そうかそれならば仕方が無い……ってちょっとマテ、文珠の効力に期限があったなんて初耳だぞ!」

<そりゃあ今はじめて言ったからな>


 横島はエヴァの追求に対しあっけらかんとして答える。どうやら横島はなにやら意図的に文珠の効力に時間設定があるということを隠していたようである。
 そしてエヴァは、ここにいたって横島の思惑を正確に看破したのだった。


「そうか、貴様さては私の弟子になるのがイヤで、継続的に呪いを書き換える事と引き換えに私の修行から逃れるつもりだったな!?」

<……>


 横島からの答え、それは沈黙であったが、この場合それは肯定を意味している。そしてエヴァは横島の詐欺師顔負けの悪辣さに絶句し、言葉をなくすのであった。


「……貴様とはいずれとことん話し合わなければならんようだな、主に魔法で……まあ、今回のことは私へ弟子入りが確定し、今後私に余すことなく奉仕するということで水に流してやる。ともかく、その文珠の効力とやらはいつまでもつ?」

<……さあ?>

「まて、さあって何だ! 貴様自分の能力のクセにそんなことも把握しとらんのか!?」

<いや、だってその呪いがあまりにも複雑怪奇っていうか、ものすごく強力なわけだからなー。正直明日なのか一週間後なのか想像も付かん。まあ、俺の勘だけど三日といった所かな?」

「三日、三日もこの地獄を味わえと言うのか!」

<まあ、今回は運が悪かったと思って諦めて三日間過ごしてくれ、事情はタマモを通してネギに伝えとくからな、じゃあお休みー>

「こら、マテ、またんかー!」


 ほぼ一方的に電話を切られたエヴァは、受話器を持ったまま呆然と佇む。そしてゆっくりと受話器を元に戻すと、顔をうつむかせて肩を振るわせる。


「マスター、横島さんはいかがでしたか?」

「クク、ククク……」


 茶々丸はエヴァの様子を気づかって声をかけるが、エヴァは顔をうつむかせたままである。
 やがてエヴァから小さな笑い声が聞こえてきた。しかもそれにあわせてエヴァの長い金髪がウネウネとまるで意思を持つかのように動き出す。
 どうやらエヴァは怒り心頭に来ており、もはやぶち切れる寸前という感じであった。

 茶々丸はエヴァが切れかけていると悟ると、傍らにいたチャチャゼロを抱きしめ、脱兎のごとくエヴァの側から逃げ出していく。
 そして部屋にぽつんと残されたエヴァは、暗い笑みを浮かべ、目を異様にぎらつかせながら天に向かって吼えるのだった。


「ナギといい横島忠夫といいよくもこの私をコケに……横島忠夫、貴様は絶対に私の弟子にして地獄すら生ぬるいくらいしごいてしごきぬいてくれるわー!」


 真祖の吸血鬼、闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、愛称キティち○ん。彼女が横島を弟子に出来るか否か、それは神のみぞ知ることであった。




<解説>

「常に最悪の事態を想像しろ、横島は常にその斜め上を行く」

 出展はハンター×ハンターの作者の連載、「レベルE」よりの出展です。これは悪戯という言葉すら生ぬるい極めて破天荒な異星人の王子の御守をするチームリーダーが、王子の引き起こす騒動の際に部下達に言った言葉です。
 ある意味この言葉は実に横島ににあっている言葉なのではないでしょうか。


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