「あの家か……」


 時は草木も眠る丑三つ時、暗闇に支配された世界の中で黒ずくめの男が車の中から目標の家を見ている。
 暗闇の中、街灯に浮かぶその家はまるで全てを拒むかのような雰囲気をかもし出し、それを見つめる男に言い知れぬプレッシャーを与える。しかし、黒ずくめの男はそのプレッシャーすら楽しむかのように笑みを浮かべると、助手席にいる小柄な男に目を向けた。


「で、調査は万全だろうな?」

「もちろんですぜ兄貴」


 助手席に座っているニットキャップをかぶった小柄な男は、すぐに手元の資料を黒尽くめの男に手渡す。
 そして男は懐中電灯の光が漏れないように注意しながら、そのファイルを読み上げていく。


「ふん、この家には若造に小娘だけか。どうやら簡単にケリがつきそうだな」

「まったくだ、しかも終わった後はその娘と……オイシイぜ」


 相棒の男は何か不埒なことを考えているのか、下卑た笑い声をもらす。


「ほどほどにしておけ……さ、仕事の時間だ」


 運転席の男はそう言うと車から降り、相棒と共に目標の家へと向かって歩を進める。その顔には自らの腕に対する絶対の自信がうかんでいた。





「ぎょえわぁぁぁー!」


「いぎゃぁぁぁおおううー!」




 10分後、二人が侵入した家の中から悲鳴が二回、立て続けに響き渡り閑静な夜空を引き裂いた。そしてさらにその10秒後、まるで巨大な何かを叩きつけたかのような音が響き渡る。
 ちなみに同時刻、とある場所にある地震観測所では、麻帆良学園都市を震源とした深さ0m、マグニチュード5.8におよぶ地震を観測し、学者達がそのあまりに不可解な出来事に首を傾げたが、これはいっさい物語に関係ない余談である。
 ともかく、夜中に突如襲った局地的地震が収まると、その震源地である玄関の扉が開き、ついさっき家に侵入した男の一人、運転席にいた小柄な男が必死の形相で外へ這い出そうとした。


「だ、誰か助け……」


 男の顔は見てはいけないものを見てしまったかのように恐怖にゆがみ、顔面蒼白となって助けを求めるかのように手を伸ばした。しかし、その動きはなんの前触れも無く止まり、男がいくら力を込めようとまったく前に進まなくなる。そして男は恐怖に顔をゆがめたまま恐るおそる後ろを振り返ると、そこには怪しく光る手のようなものが自分の足首を捕まえていた。


「な、なんだこれは……ヒッ! た、助けてくれぇぇー!」


 男はその叫び声を最後に、抵抗むなしくその腕に引きずられて家の中へと消えていき、男が家の中に入った瞬間にまるで家に飲み込まれたかのごとく玄関の扉が自然に閉まり、男は完全に外界から隔離されるのだった。そして静けさに包まれた玄関に残された物は男がはいずった跡と、引きずられるのに抵抗した痛々しい爪の跡だけが残されるのだった。


「うっぎゃぁぁぁー!」


 扉が閉まってから5秒後、男の絶叫と共に夜は元の静けさを完全に取り戻す。
 そしてその5分後玄関に明かりが灯り、男を飲み込んだ扉が開き、一人の少女が顔を出し、次いで眠そうな顔をした青年がのっそりと顔をだした。

 少女と青年は、それぞれ手にした赤黒いなにかをずるずると引きずりながら、玄関脇のゴミ集積所にそれを放り込む。そして二人して大あくびをした後、眠そうに目をこすりながら玄関をくぐり、家の中へと入っていった。

 やがて、雲から顔を出した月が星明りと共にその家の玄関を照らし出し、その淡い光が玄関の横に立てかけられた看板を照らし出す。
 月明かりは、看板に流暢な書体で書かれた『横島よろず調査事務所』と言う文字を一瞬だけ浮かび上がらせると、すぐに雲に包まれ、再び暗黒の世界が夜を支配した。
 ちなみにそのころ、ゴミ集積所に捨てられた赤黒いなにかの上で、死神が何かを待ち遠しそうに楽しげに阿波踊りを踊っていたが、それを見るものは誰もいない。



 麻帆良学園都市に原因不明の地震が襲った翌日、横島はタマモが焼いたトーストをかじりながら朝のニュース番組をぼうっと眺めている。
 その番組は定番のスポーツ特集やトレンド情報、天気予報を終えると、その日のニュースを放送しだしたが、横島は特に興味が無いのかただひたすらに眠気と格闘しているようであった。

 もはや朝食の席を彩るBGMと化したニュースがただ漫然と流れるの中、先ほどまでしかめっ面でニュースを読み上げていたアナウンサーが、突如表情を変えるとADから手渡された紙を読み上げ始めた。


「たった今入ったニュースです。先ほど、全国指名手配されていた連続強盗犯の二人組が本日未明に埼玉県麻帆良学園都市の郊外で逮捕されました。この二人組みは何者かに暴行を受けたのか酷く脅え、警察に自首したとのことですが詳細はわかっておりません。ただ、『金色の悪魔が来る』などとわけのわからぬ事を口走っており、覚醒剤等の薬物中毒の可能性もあるとのことです。つづいて……」

「むご!」


 今までニュースに興味が無かった横島だったが、突然麻帆良学園と言う身近な地名が聞こえた事にびっくりしたのか、思わず口にしていたパンを塊のまま飲み込んでしまい、その場でのた打ち回る。どうやら喉に詰まって呼吸が出来ないようだ。


「へー、この前ニュースで言ってたヤツ捕まったんだ……ってなにやってんのよ」

「タ、タマモ……み、水」


 横島が呼吸困難に陥りいまにも天に召されようとしたその時、麻帆良学園女子中等部の制服にエプロンといういでたちののタマモが、目玉焼きにベーコン、サラダと牛乳を乗せた盆を持ち呆れたように横島を見下ろす。
 そしてタマモは横島の状態を把握すると、手にした盆をテーブルに置くと横島のカップを手に取り、床でピクピクと痙攣している横島の横に座った。

 と、ここでタマモは何故か思案するような表情をすると、すぐに何か悪戯を思いついたのか、ニヤリと怪しく笑う。
 横島は朦朧とする意識の中、タマモが怪しく笑ったのを視界に捉えると、酷く嫌な予感が背筋を走りぬけたのを感じた。それは何故か直前に迫った死の予感よりも恐ろしく、このまま放置すれば肉体はともかく魂が、己の有り方が消えてしまう、そんな予感にさいなまれる。
 そして今にも消え入りそうな意識の中、横島ははっきりと見た。

 それは嬉しそうに横島のカップから牛乳を口に含み、ゆっくりと自分に迫るタマモの顔であった。
 横島はもはや窒息一歩手前という状態に陥りながらも、自分にゆっくりと顔を近づけるタマモから目を逸らすことが出来ないでいた。おそらくタマモは口移しで牛乳を飲ませるつもりなのであろうが、その口の端からこぼれる一滴の牛乳が妙になまめかしい。

 この時、横島はまさに命をとるか、それとも命を賭してロリコンヘの道を否定するかという瀬戸際に立たされていた。はたから見ればなんとも馬鹿らしい話であるが、当人にとっては死活問題であり、まさに人生を賭して求める続ける命題がそこにあったのだ。
 そしてゆっくりと迫るタマモを呆然と見つめながら、横島は選択する。


「も、もんひゅー(文珠ー)!」


 息も絶え絶えの横島は最後の力を振り絞り、文珠を意識下から取り出すと瞬時に『吐』の文字を入れて発動させる。そしてタマモの顔が目前に迫った瞬間、それを避けると同時に喉に詰まったパンが口から勢いよく飛び出すのだった。


「げほっげほっ! い、今のは本気でやばかった……命もやばかったけど思わず受け入れかけたところがさらにやばかった……

「むー!」

「な、なんだタマモ、不満そうだな」


 横島は咳き込みながら肺に酸素を取り込み、生を満喫する。そしてせっかくの口移しを避けられたせいでむすっとしているタマモを見下ろしながら、ちょっぴり惜しかったと心ひそかに後悔するのだった。
 一方、タマモは口に含んだ牛乳をコクンと小さく喉を鳴らして飲み込むと、すねた調子で横島を見上げる。


「……避けるなんてあんまりじゃない」

「ま、まあいいじゃないか助かったんだし。それに俺としてはロリコンに陥るわけにはいかんしな。あ、これもらうぞ。まだ喉になにか引っかかってる感じがする」

「あ……」


 横島はすねるタマモを他所に、タマモが持っていた自分の牛乳カップを引っつかむと中身をゆっくりと口に含んだ。そしてそれを見たタマモは小さく声を漏らすと、横島が口をつけている箇所をじっと見つめる。
 横島がカップを口を当てている箇所、そこはタマモが口移しをするためにその小さな唇を当てた箇所であった。


「ん、どうした?」

「ううん、なんでもない。さ、早く食べてしまいましょ」


 横島は自分を見上げるタマモに首をかしげるが、タマモは先ほどまでのぶすっと表情を一変させると、どこか嬉しそうにテーブルの上に朝食を並べていくのだった。


「ん、美味しい」


 そして横島はそんなタマモの後姿を見つめながら、また一口牛乳を飲むとそっとつぶやく。
 この時、その頬はどこと無く赤く染まっているようだったが、それを指摘できるただ一つの存在である死神は、まるでご馳走様といわんばかりに両手をそっと合わせ、ぺこりと頭を下げるのみであった。





 タマモと横島が自覚無きラヴ臭を振りまいているころ、とある総合病院では刑事らしき男が頭を抱えていた。
 そしてその刑事の背後の部屋では、先ほどから一向に鳴り止まぬ叫び声が廊下にまで響き渡る。


「いやだぁぁー! 来る、金色の悪魔が来るぅぅー! ハンマーはいやぁぁー!!」

「く、来るな! バンダナが、ライト○イバーは、ダル○ムはいやぁぁー!」


 昨夜、横島邸に進入した勇者。もとい、指名手配中の連続強盗殺人犯は現在、ベッドの上でミイラ男のごとく包帯を体中に巻いてうめいていた。
 そしてその叫び声をBGMに、頭を抱えていた刑事は傍らにいた医者に目を向ける。


「先生、二人からもう一度事情を聞きたいのですが……なんとかなりませんか?」

「無理だね、なにが原因か知らないがひどい精神的傷害を負っているようだ。というか、君はいったい何をやったんだね?」

「普通に調書とってただけなんですけどね……調書を取り終わったら突然今のような状態になってしまったんですよ」


 どうやら犯人の二人組は一度は警察の事情聴取を受けたが、その途中で発作を起こし、現在の状況のようになったようである。


「しっかしこれ以上事情が聞けないとなると、この調書を提出しないとならんのか……」


 刑事は先ほど、まだ二人が比較的まともだった状態の時に取った調書に目を落とす。


「家に侵入すると、どこからともなく巨大な鈍器の様な物を持った金色の悪魔が背後に現れ、命からがら逃げ出すとそこでは『光りの剣』を手にした青年に切りかかられ、さらに頭上にドクロの顔をした黒い影が舞い踊ったのを最後に記憶が無い……か、こんなもん提出できるかぁぁー!」


 刑事は調書をビリビリと破きながら天に向かって絶叫する。まあ調書の内容を考えれば、叫ばずにはいられない気持ちもよく分かるのだが、この時は場所が悪かった。


「病院は静かに!」

「ぐへ!」


 刑事はしばしの絶叫の後、院長のやたらと滞空時間が長い上に、ひねりまで加わったドロップキックにより沈黙する。
 この院長もかつて病魔に勝つためにプロレス道場に弟子入りした口かもしれないが、その真相はまだ誰も知らない。





第22話 「ドラゴンへの道」





「で、ネギ先生のエヴァへの弟子入りテストは茶々丸に一撃入れられれば合格ってわけなのね?」


 時は放課後、ネギとクーが組み手を行っている中、タマモは傍らでタバコをふかしているカモに話しかけた。
 ちなみにネギ達の横では刹那とアスナが剣術の練習をし、そしてなぜか佐々木まき絵までもが新体操の練習をしている。


「ああ、土曜日に改めて試験をやるって言ってたぜ……しっかし妙にエヴァンジェリンの機嫌が悪かったなー」

「それはあの日から横島を弟子にしようして、肝心の横島にその気がなくて振られ続けてるせいじゃないの?」


 タマモはカモに話しかけながら再びネギの方を見ると、そこではちょうどネギがクーに視界をふさがれ足払いをかけられるところだった。


「あれで大丈夫なの?」

「一応勝つ必要は無いからな。けど、あれでもだいぶマシになったんだぜ」


 タマモは草むらにへたり込むネギを見つめながら、頭の中でネギと茶々丸の戦闘をシュミレートしてみるが、どう考えても現在のネギが茶々丸に一撃を入れるのは無理という答えしか出てこない。
 正直タマモとしては、ネギがエヴァに弟子入りできるかどうかは全く関係のない話ではあるのだが、一生懸命がんばるネギの姿は彼女をしても思わず応援したくなるような気持ちにさせていたのだった。



「ふー、今日はここまでアルね」


 ひとしきり練習が終わったのか、クーがネギを引きつれタマモの元へとやって来ると、それに合わせるかのようにアスナ達も練習を終え、タマモの元へと集合する。
 そして、そのタイミングを見計らうかのように大河内アキラ、明石裕奈等が弁当を広げ、あたりはお茶会のような喧騒につつまれていった。


「ねえクーちゃん、ネギはなんとかなりそう?」


 弁当も食べ終え、ゆったりとお茶をすする音が響く中、アスナはふとクーに視線をむける。


「んー、ネギ坊主は反則的に物覚えがいいアル。普通なら2〜3ヶ月で覚える物を2,3日で覚えたアル」

「じゃあ、茶々丸さんとの試合もなんとかなりそう?」

「それは無理ネ、あまりにも時間が足りないアル。なんとか土曜日まで稽古はつけるアルが、結果は保証できないアル」


 アスナの質問にクーはすまなさそうに答える。
 確かにネギの動きは日に日に、いや、クーと手合わせするたびに見違えるほど良くなっていくのだが、いかんせんあまりにも時間が無さ過ぎる。
 それだけにこのままではネギの勝ち目は無いかのように見えるのだった。


「と、なると。せめて隠し玉になる必殺技か裏技でもないと難しい……か。なんとかしないといけないわね」


 ここでタマモはクーの言葉のセリフを引き継ぎ、食後の運動とばかりに型の練習をするネギを見つめる。


「そうアル、それでいくつか技の練習方法は考えているアルが、あまりにも時間がなさすぎネ」

「ちなみにどんな修行なの?」

「一応道具は持ってきているアルが……」


 タマモの言葉に、クーは持ってきていた巨大な風呂敷包を皆の前に広げてみせる。そしてそれを見た一同は一様に絶句するのだった。


「布団?」


 クーが風呂敷から取り出した物、それは一枚の布団であった。
 

「そう布団アル、これをこの木の枝に引っ掛けて……出来たアル」


 クーは布団を掴むと、それを傍らに生えている木の枝にかけ、誇らしげに胸をそらす。
 一方、やや取り残された感のあるアスナ達は、クーのやろうとしている事が一向に見えてこないため、ただひたすらに戸惑うのみであった。


「これで何をするの?」

「これは布団に拳を密着させた状態で打ち抜く修行ネ、これが出来たらどんな密着状態でも最大の打撃を打ち込めるアル」

「クーフェさん、それって虎砲じゃ……」


 クーの説明に刹那がつぶやく。どうやら刹那は修羅の名がつく格闘漫画を愛読しているようだ。


「そんなの無理に決まってるじゃないのー! まして土曜日までなんて絶対に無理!」

「まあまあ、アスアさん。面白そうですからちょっとやってみますね」


 アスナの叫びを他所に、ネギは好奇心を刺激されたのか吊るされた布団へと近づき、拳を布団に当てて打ち抜く。
 しかし、その拳は打撃音すら響かせることなく布団に埋まるだけであった。


「あははは、やっぱりダメでした」

「当たり前でしょ、だいたいそんなこと不可能に決まって……」


 ボッ!



 アスナは最後まで喋ることが出来なかった。
 なぜなら、その途中でアスナの背後から何かやわらかい物を打ち抜いた音が響き渡ったからである。


「……」


 一方、アスナの前にいた刹那、クー、ネギ、まき絵、カモはアスナの背後に視線を固定したまま目を大きくおっぴろげていた。その表情は皆一様に驚愕に染まっている。そしてアスナは背後からヒシヒシと感じるツワモノの気配に冷や汗を浮かべながらゆっくりと振り返るのだった。


「意外に簡単に出来るのね、それにけっこう面白い」


 アスナが振り返った先には、己の拳で完全に布団を貫通させたタマモがキョトンとした表情で自分達を見つめていた。
 考えてみれば、彼女の前世である玉藻の前は横島の深層意識下で横島に『菩薩掌』を決めている。それを考えればタマモが『虎砲』を使えてなんら不思議ではないような気もする。


「できるかぁぁぁー!」


 嬉々として布団に穴を開け続けるタマモを他所に、それを目撃した一同は天に向かって絶叫するのだった。






 次の日の朝、まき絵は練習場所の広場の前で呆然とつったっていた。さらにその隣ではネギが完全に硬直してカタカタと小刻みに震えている。いったい彼女達に何があったのだろうか。
 一方、そのまき絵達の視線の先には、笑みを浮かべながら自分達を見下ろすタマモと、その隣に眠そうな顔で大あくびをかましている横島がいた。

 本来ならこの早朝練習の場にいるのはネギの師匠であるクーフェイだけのはずなのだが、何故この二人がこの場にいるのだろうか。


「あ、あの……なんでタマモさんと横島さんがここに?」


 ネギは内心で吹き荒れる嫌な予感を必死に否定しながら、ハムスターのように小刻みに体を震わせてタマモを見上げる。
 するとタマモは腰に両手を当て、エヘンと自慢するかのように未だ発育途上の胸をそらす。
 

「私達がここにいる理由、それはネギ先生の特訓のためよ!」

「と、特訓って……今までクー老師とやってましたけど。それと違うんですか?」

「ええ、昨日あれからクーフェと話し合ったの。そしてその結果、やはり強くなるためには拳法の修行だけじゃなく、特訓が必要ということになったわ。と、言うわけで早朝練習は私達が、放課後はクーフェが実戦練習をすることになったからよろしくね」


 タマモはここでネギに向かってウィンクをしてみせる。彼女としては今回の行動はネギがエヴァの試験に合格できるよう真剣に考えた結果であり、善意100%からなる提案だったのだが、ネギにとってタマモが言った事はまさに死刑宣告に等しいことであった。
 ネギはタマモのウインクにも全く反応見せることなく、むしろ一瞬で死人よりも顔色を悪くさせるとタマモの傍らで笑っているクーフェイにすがりつく。
 

「く、クー老師、今タマモさんが言った事は本当なんですか? 冗談ですよね、日本ではエイプリルフールは旧暦で行っていて、それが今日だったんですよね!?」

「あいにくと私が知る限り日本にそんな風習はナイネ。というわけでネギ坊主、いや、我が弟子よ。生きて帰って来るのだぞ。と、言うわけで私はもう一度寝るアル」

「特訓って採石場に連れて行かれて、そこで巨大な岩を投げつけられたり、鉄球を受け止めたりするのはいやああー!」


 ネギはさっさと帰っていくクーフェイの背中を視界に収めながら目に涙を浮かべて絶叫する。ちなみに何故英国人である彼が伝統的な仮面ライダー系列の特訓方法を知っているかは謎である。

 しかし、救世主はネギにとって予想外の所から現われた。


「いや、それは俺が止めたぞ……いくらなんでも無茶だからな」


 それはタマモの義兄、ネギにとってはタマモと同レベルで畏怖すべき相手から差し伸べられた手であった。しかし、ネギとてただのお子様ではない、彼はこれでも一応天才というカテゴリーに属している。そのため、タマモ達の常套手段である希望を持たせておいて、その上で絶望に叩き込むと言う手法をまず警戒する。


「じゃ、じゃあ、体中に何とか養成ギブスをつけさせられたり、滝の上から流れてくる大木に向かって飛び掛るとか、あとはモンスター100匹を相手に勝てとかそういったのをやらされるとか?」

「それも止めたぞ……まあ、最後のは霊動シュミレーターが有ればやってたかもしれんがな。ともかく、今回の特訓は基礎訓練が目的だ」

「横島さん……僕は、僕は貴方を誤解してました!」


 横島は見る見るうちに生気が戻り、はては妙にキラキラとした視線で自分を見つめるネギを見下ろす。
 今、ネギにとって横島は間違いなく救世主であった。
 そして横島はなんともむずがゆい視線を送るネギに、一瞬気の毒そうな視線を送りながら元気付けるように頭をクシャクシャとなでる。


「まあ、そのなんだ……安心していいと思うぞ。それにどんな状態になっても、必ず文珠で元に戻してやるからな……生きていればの話だが……


 横島は最後にネギに聞こえないようにつぶやくと、タマモと共にネギの手を掴み、特訓の場所へ向けて歩いて行くのだった。



「あの……私は?」


 ネギ達が修行に向かい、取り残された少女がポツリとつぶやく。
 彼女の名は佐々木まき絵、新体操部に所属している彼女は顧問の先生に小学生の演技と評されたのを見返すために、ネギと共に練習をするはずだったのだが何故か急展開する場に取り残されてしまっていた。

 だが、天は彼女を見捨てなかった。この時、呆然とネギが消えた方向を見つめ続ける彼女の肩をポンポンと叩く者がいた。
 まき絵は一瞬ビクリとしたが、すぐに気を取り直すと後ろを振り返る。


「だれ?」


 彼女が振り返って見たもの、それはまき絵が先ほどまで持っていた新体操のリボンを自由自在に操り、優雅に、そして鋭く踊る死神であった。




「師匠ー!」



 その後、彼女の演技を見るものは、その演技の中に死神の鎌のような鋭さを見たと言う。











 一日目(水曜日)


「それではこれよりネギ先生の特訓一日目を始めるわよ!」


 横島の文珠により、とある場所に転移したタマモ達三人はタマモの宣言により今まさにネギの特訓を始めようとしていた。


「……あの、横島さん」

「なんだ?」

「ここは?」

「……海だな、それも日本海だ」


 ネギは横島の声が耳に入っていないのか、先ほどから目の前に広がる断崖絶壁、そしてその下にさかまく大海原を見つめながら呆然としている。ちなみにネギの着る服は、いつの間にか誰が着替えさせたのか海水パンツとTシャツといったいでたちに変わっていた。
 時はまだ4月、いかに温暖化が激しいと言われようと、これではあまりにも寒い。ましてその水温は言わずもがなといったところだろうか。


「なんで僕がこんな格好をとか、海が冷たそうだとか色々と突っ込みどころはあるんですけど。それ以前にこのTシャツに書かれている字が異様に気になるんですが……」


 ネギは自分が着ているTシャツに目を落す。そこには達筆な字で『海人』と書かれていた。


「それは沖縄の方言で『うみんちゅ』と読むらしいぞ。早い話が海の男といったところかな?」

「そうですか、『うみんちゅ』ですか。そういえばハルナさんの所で読んだボクシング漫画でそんな人出てましたっけ……あの人はすごかったなー」

「ああ、そうだな……」


 横島は気の毒そうな表情で虚ろに笑うネギを見下ろす。しかし時間も迫っている事だし、何時までもこんなことをしているわけにはいかない。横島は沈痛な表情でネギに特訓の内容を伝えるのだった。


「ネギ……特訓の内容だが……」

「まさかそのボクシング漫画にちなんでここから飛び込んで魚を取って来いとか?」


 ネギは表情の消えた顔のまま、横島が言おうとした特訓内容を先読みする。


「近いな……まあ、目的は中国拳法における最大の特徴である接近短打を有効に使えるようにするための特訓、早い話がスタミナ強化が目的なんだが……」


 ガチャ!



 横島はここでどこからともなく取り出した碇に鎖をつけ、呆然としているネギにその鎖を巻きつけて頑丈そうな南京錠をかけた。
 そしてその鍵をネギの見ている前で海に放り込む。


「……あの、横島さん……まさかアレを」

「ああ、と言うわけでとって来い。あ、安心しろ。ここは水深がいきなり深くなってるから海底に叩きつけられる事は無いからな」


 横島はそう言うと、涙を飲んでネギの肩をそっと押すのだった。


「いやぁぁぁー! 僕は魔法使いだけどマジシャンじゃないんだー!」


 絶叫をその場に残して海底に消えるネギに、横島は敬礼をして彼を見送るのだった。そしてその傍らではネギがいつ生還してもすぐに朝食が食べられるように、弁当を広げるタマモがいた。
 ちなみにこの修行方法を考案したのはタマモであるが、彼女には悪意は無い、紛れも無く善意100%である事をここに強調しておこう。

 二時間後、ネギは無事に鍵を探し当てて生還する。麻帆良学園3−A担任ネギ・スプリングフィールド、これをもって彼が横島の域に至る素質は十分であると言えよう。
 




 二日目(木曜日)


「よ、横島さん、もう僕限界です……」

「大丈夫だネギ、もう少ししたらその苦痛は消える」

「ほ、本当ですか……」

「ああ、人間限界を超えると脳内麻薬が分泌されて苦痛を取り除くように出来ているんだ。もっともその後は地獄の苦しみなんだが」

「はいはい二人とも、喋ってないでとっととこぎなさい! ネギ先生、スピード落ちてきたわよ!」


 ネギは現在、麻帆良学園を2時間にわたり時速80kmでお子様用自転車を走らせていた。
 普通ならお子様用自転車どころか、レーサー用を使用し、かつ峠の下りでもない限りは不可能な速度だが、自分への魔力供給と、昨日の特訓で培われたスタミナでかろうじてしのいでいるのだが、もはやそれも限界に近い。
 しかし、ネギはそれでもなおスピードを緩めることなく足を動かす。
 何故ネギはここまでして自転車をこぎ続けるのか、それはネギの乗る自転車にその秘密があった。


「いやだああ! もう無理ですー! 横島さん、お願いですからこれ解除してくださーい」

「あー……気の毒だが無理、タマモが乗り気な以上俺じゃ何も言えん。ネギ、食と金を握られたら男は何も出来んぞ」


 ネギはほとんど泣きながら自転車のサドルを見る、そこにはサドルから剣山のごとく針が伸びていた。しかもよく見ると、ネギの足も逃げ出せないように固定して逃げ出せないようにしていた。


「かつて俺が喰らった呪いだ……刺さると痛いからなー。ま、死ぬ事はないから文珠が切れるまであと一時間がんばってくれ」


 ネギの状況は、自転車から逃げ出せないようにされ、時速80km以下になるとネギの尻に剣山が突き刺さるという凶悪な呪いを文珠により自転車にかけられていたのだった。
 ちなみにこの修行の目的は昨日のスタミナ強化に引き続き、あらゆる格闘技において最重要である下半身の強化が目的である。


「な、なんで横島さんは平気なんですか……僕と同じだけ走っているのに……」


 ネギはすでに体力も魔力も限界なのだが、なんとか気力を振り絞りペダルをこぎ続ける。その一方、横島はタマモと二人乗りをしながら涼しい顔でネギと並走していた。おおよそ人間の体力では無い。


「なんでと言われても、慣れとしかいえないよなー」

「横島さん……前から……思ってたんですけど……貴方本当に……人類ですか?」


 ピキッ!



 ネギの言葉に横島は額に青筋を一つ浮かべると、先ほどまでの気の毒そうな表情を一変させて凶悪な表情で文珠を発動させた。


「はっはっは、まだ余裕がありそうだな、じゃ設定速度を10キロあーっぷ」

「そんなぁぁぁー!!」


 ネギの泣き声を他所に、容赦なく設定速度が上がった自転車はその速度をさらに上げて道行く車をぶち抜いていく。
 ちなみに、昨日に引き続きこの特訓はタマモの発案であるが、彼女に悪意は無い。それはもう100%善意からの行動である事を重ね重ねここで言及しておこう。

 その日、麻帆良を駆け抜ける二台の自転車が風になった。







 三日目(金曜日)


「あのー横島さん? タマモさん?」

「なんだネギ」

「僕はいったいこれから何をされるんでしょうか……ていうかこれはいったいどういうことですかぁぁぁー!」


 ネギはここ最近癖になりつつある絶叫をあげる。その表情はなんかこうイロイロといっぱいいっぱいのようだ。
 ちなみに現在のネギはどこから手に入れてきたのかゴツイ耐火服を着せられ、なにやら木製の円筒形のようなものに特殊な鎖でグルグル巻きにされている。


「明日はいよいよ本番でしょ、だから今日の特訓はネギ先生の基本防御力の強化が目的よ……一応」

「一応ってなんですか一応って! だいたいこれでどーやって防御力を強化するんですかぁぁぁ!」

「はっはっは安心しろ、ちゃんとその辺は考えてある。万が一のための文珠もバッチリストックしてあるぞ」

「それって重傷確定って意味ですか? 僕に死ねと言ってるんですね? ていうか横島さん絶対に楽しんでるでしょー!」


 ネギの絶叫を他所に、ネギとは全く逆にそれはもう嬉しそうに横島は哂う。昨日まではむしろネギに同情的なスタンスを取っていただけに、その変わり様は異様でもある。

 横島にいったいどんな心境の変化があったのか、その答えは絶叫を上げるネギの横でネギと同様に縛り付けられ、呆然としている白い小動物、オコジョ妖精のカモであった。


「あの、タマモの姐さん、横島の兄貴……なんでおれっちまでここに?」


 横島とタマモはここで今までと雰囲気をがらりと変え、おどろおどろしい空気を纏いながらカモを見下ろした。


「カモ……朝倉に聞いたけどまた下着ドロやったらしいわね……」

「しかもご丁寧に俺を犯人に仕立て上げてな……刹那ちゃんの下着を俺のベッドに置いていきやがって……ちょっぴり嬉しかったがそのおかげで、昨日タマモのアーティファクトの機能を存分に堪能する羽目になっちまったんだぞ」


 横島は腕を組みながら悠然とカモを見下ろす。この時、かなりの問題発言が出たのだが、言った当人はもとよりタマモまでもがそれを完全にスルーしている。どうやら怒りのあまり余計な事は耳に入らなくなっているようだ。


「というわけでカモ。お前はタマモの直接のお仕置きと、俺が行うネギのペット監督責任の不備にともなうお仕置……もとい、ネギの修行に付き合うのとどっちを選ぶ?」

「そんな究極の選択はいやだぁぁー!」

「今お仕置きって言ったー!」


 カモは命を賭した究極の選択に泣き叫び、その傍らでネギは自分の行く末に絶望する。


「ちなみに私のお仕置きは私のハンマーで叩き潰す予定だけど……食らってみる? 100ktハンマー、ちなみに1撃や2撃で終わるなんて思わないでね」

「な、なにか他の案は無いでしょうか……」

「ん、だったらどこぞの戦闘民族のように超重力場で散々ボロボロにした挙句に、文珠で体力だけ無理矢理復活させてそれをエンドレス……」

「ぐ……そ、それじゃあまだ横島の兄貴のお仕置き……もとい、ネギの兄貴の修行に付き合うぜ、まだそっちのほうが命があるかも」

「じゃあ決まりだな、それじゃあネギにカモ、この文珠を離すんじゃないぞ」


 横島はネギとカモに一つづつ文珠を手渡し、次いで円柱の下部にいくつもの文珠を埋め込んでいく。


「さてネギ、この修行が卒業試験だ! これはかつて俺がやったことだが、生きて帰ってくればかなりの耐久力がつく! それに俺の時と違ってちゃんと手加減してあるから大丈夫だ……たぶん」

「たぶんって何ですかぁぁー! それにそもそも僕達にいったい何をするつもりなんですか!」

「大丈夫だって、成層圏までしか打ち上げないから」

「成層圏てナニ?! ていうか本当に生身で大気圏突入やるんですかぁぁー!」

「成層圏って燃える! 普通に燃え尽きるー!」


 ネギとカモは己の末路に泣き叫びながら抵抗する。しかし、この時の横島はそれに耳を傾けることなく、ただ暗く哂うのだった。


「それでは逝ってこい、宇宙の海へ!」


 横島の言葉とともに円柱の中央に配置された"爆"の文珠が発動し、さらにその回りに配置された"翔"の文珠でその爆発力を受け継ぎ、ネギとカモを乗せた円柱は本物のロケットに比肩する加速力でグングン上昇していく。
 ちなみにネギとカモに渡された文珠は"冷"である。


「「いやぁぁぁー!」」

「打ち上げ成功ね」

「完璧だな、あれなら成層圏ぶちぬけるかもな」


 横島とタマモは上昇していくロケットを見上げる。


「カモ君のばかぁぁぁー! なんで僕がこんな目にー!」

「う、うおおー! 俺は生きる、あそこにはまだ俺の宝が眠ってるんだー!」


 ネギとカモは文字通り絶叫を天に届かせながら空へ、そして果て無き宇宙へと飛び立っていくのだった。
 ちなみに、今回の修行の発案者はタマモではなく横島だったのだが、彼に善意は無い。まごうことなき悪意、いや、復讐100%である事をここに記しておこう。


 3時間後、学校が始まる前に無事ネギは回収されたが、この日ネギの精神は放課後になるまで宇宙をさまよっていたと言う。







 当日(土曜日)


「ネギ・スプリングフィールド、弟子入りテストを受けに来ました!」


 ネギは世界樹前の広場でエヴァ達を待ち受けていた。今日はネギとしてもいろいろな意味で待ち望んだ試験当日である。
 そしてそんなネギの背後にはアスナ達はもとより横島にタマモ、さらにまき絵にアキラや亜子、明石達が応援に来ていたりする。


「よく来たなぼーや、では早速はじめよう。お前のカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れられれば合格、手も足も出ずくたばればそれまでだ」

「その条件でいいんですね?」


 ネギはエヴァの条件を聞くと不敵に笑う。彼にしてみればもはやエヴァの出す条件など、タマモ達と行った修行と言う名の拷問に比べれば天国ともいえよう。


「ん、ああ……なんか妙に自信ありげだな」

「この一週間の修行の成果を見せてあげます! 朝はタマモさんと横島さんの拷問のおかげで、午後のクー老師の修行が天国の安らぎに感じられるほどでした!」

「なあ、ぼーや……いつぞやは横島兄弟に修行つけられるのがイヤだから私の弟子になるとほざいてなかったか? 私の弟子になるために横島兄弟の修行を受けるというのは本末転倒と言わんか?」

「……成り行きです。ええ、成り行きだったんです! けど今日で、今日であの地獄とおさらばできます! 今日ここで合格する事が出来れば、もう生身で大気圏突入することも、自転車で車どころか峠の登りで伝説を残しそうなことももうないんですぅぅぅー!」

「よ、よく生きていたな……なんかお前がこの前言っていたことの意味がようやく理解できた気がするぞ……」


 ネギは今までの修行を思い出し、感極まったのか涙を流しながら神にむかって祈りだす。ちなみにネギが握り締める聖印は600年生きたエヴァでも見たことが無いものであった。


「まあ、お前の事情はともかく、そろそろ始めるが覚悟はいいな?」

「はい、いつでもどうぞ!」

「それでは始めるがいい!!」


 エヴァの号令とともに茶々丸とネギの壮絶な戦いが幕を開ける。それはまさに死闘と呼ぶにふさわしいものであった。


 4時間後

 戦いが始まって最初のうちはネギは自らに魔力供給を行う事で茶々丸と互角に近い攻防を繰り返していたが、戦闘開始後4時間が経過した今、ネギはもはや自分に魔力供給も出来ず、ただ気力だけで戦っていた。
 ネギの姿はすでに満身創痍となり、もはや戦う事は不可能にも見える。しかし、ネギの瞳に宿る炎、そしてその魂はまだ死んではいない。

 ネギは知っている。
 あの暗い海の底、呼吸すらまともに出来ない海の中で、たった一つの鍵を見つける集中力を維持する方法とスタミナを一日目に知った。

 ネギは立ち上がる。
 どんなに苦しくても、もはや一歩も足が動けない状況であろうとも、その足を動かさねばならない状況があるということをネギは二日目に知った。

 ネギは耐える。
 どんなに茶々丸の攻撃が激しくとも、あの大気圏突入の熱さには及ばない。それこそ問答無用で体が焼かれ、血が沸騰するあの感覚を三日目に文字通り体に叩き込んだのだ。

 あの三日間の修行に比べれば、茶々丸との打撃戦によるダメージなどまだまだぬるい。
 ネギはどんなに打ちのめされ、地面に叩きつけられても、まるでゾンビのごとくゆっくりと立ち上がり、その拳を茶々丸に向けるのだった。

 エヴァは幾度と無く茶々丸に叩きのめされてなお立ち上がるネギに戦慄する。確かにネギは才能豊かだが、あくまでも彼はお子様であり、どうしてもその根底には甘えがあった。しかし、今のネギにはそれが無い。今のネギの有り方、それはまさしく戦士である。
 エヴァはたった三日間でネギをここまで鍛えなおすタマモ達の修行に思わず涙を浮かべる。そしてそれはネギの相手をしている茶々丸も同様だった。

 茶々丸は自分の打撃を受けてなお立ち上がるネギを見据えながら考える。
 あのかわいらしいネギが、いったいどうやったらここまで悲壮感を浮かばせて自分に立ち向かってくるのだろうか。しかも、彼の動きを見るに、明らかに自分の与えた打撃以上の苦痛に耐えた経験がありそうだ。
 だからこそ茶々丸はネギのためにも早くこの戦いを終わらせようと容赦なく打撃を叩き込むのだが、それでもネギは立ち上がってくるのだ。

 やがて茶々丸はあまりのネギの悲壮さ、そしてネギが経験したであろう地獄の修行に思いをめぐらせ、そのあまりの哀れさに思わず動きを止めるのだった。


 ポコン!



 茶々丸が動きを止めたと同時に、全く力の入っていない打撃音が広場に響き渡る。


「え……」


 広場に響いた打撃音、それはネギが放ったパンチであった。


「や、やりました……これで僕は合格ですよね……」


 ネギは最後の力を振り絞り、笑顔を見せるとそのまま茶々丸に向かって崩れ落ち、それを茶々丸がすんでの所で抱きとめる。
 ネギを抱きとめた茶々丸の表情はとても柔らかく、まるで母親のようにネギをやさしく抱きしめてつぶやく。


「男の人は拳を交わして友情を深めると言います……そうですか、この感覚が男の友情と言うやつなのですか」


 彼女は今、本来ならここで知りえた母性を思いっきり勘違いし、それを拳を交わした男の友情としてインプットしたのだった。

 茶々丸の成長はともかく、これにてネギはエヴァの弟子入り試験に目出度く合格し、タマモ達の地獄の特訓から解放されるのだった。


「ううう……地球が赤い、お尻が……お尻が、お願いです一口でいいから酸素を……」


 ネギの心にぬぐいがたいトラウマも残したかもしれないが、それは気にしないでおこう。




第22話   end




「アチャー、もう終わったアルかー」


 ネギが力尽き、皆が寮に帰りついて、残されたのはエヴァ主従とアスナに木乃香、刹那と横島達となったころ、3−Aが誇る完璧超人、超鈴音がなにやら大荷物を抱えて広場に到着した。


「チャオ、どうしたの?」

「ん、ネギ坊主のために私の発明品を持って来たアルが間に合わなかたネ」

「発明品ねー……なんか発明品って聞くとろくでもないようなことが起こりそうな気がするけど」


 タマモは自分達のところに駆け寄ってくるチャオを胡散臭げに見つめる。まあ、彼女としては『発明品=失敗作』という図式がドクターカオスのせいで脳に刷り込まれているため、それも無理ないことではあるのだが、自らを天才と自負するチャオはその視線を挑戦と受取った。


「む、それは聞き捨てならないネ。ならば見るヨロシ!」


 チャオはそう言うと、抱えていた風呂敷を取り払うと誇らしげにそれを唖然とするタマモ達に見せた。
 それはまるで鋼鉄で出来た鎧。それもかなりSFちっくな物であり、関節の各所にはなにやら大きめの機械が埋め込まれ、背中には二本の突起がニョキリと伸びている。


「これこそ、こんなこともあろうかと急遽開発したパワードスーツね。これさえあればどんな敵にも楽勝ある!」

「……急遽開発しておいて、こんなこともあろうかとか無いでしょうに……それにそもそも間に合わなかったんだから二重で意味が無いじゃない」

「このスーツは使用者の意思に反応し、まるで自分の体を動かすように動かせるネ。本当なら装甲筋肉スーツを作りたかったが、オリハルコンが手に入らなかったからこれにしたネ」


 チャオはタマモの突込みを華麗に無視すると、自慢の発明品を説明していく。


「このスーツを装着すれば筋力は666倍、飛行機能もあり、瞬間的に音速すら超えることが可能ネ。そしてオプションで銃火器も装着可能。まさに時代を先取りしたパワードスーツある」

「666って不吉な数字ね……ていうか人間が音速って、そんなのこの形状でどうやって……」

「それは変形すれば可能ね。まあ、ロンよりツモある」


 チャオはタマモの突込みを聞くと、ニンマリと笑みを浮かべる。そして次の瞬間パチンと指を鳴らすと、どこからともなく白衣の集団が横島を取り囲んだ。


「ってマテ! 今お前等どこからわいたー!」



 横島の絶叫を他所に、その白衣の集団、麻帆良学園工学部一同は次々と横島にパワードスーツを装着していく。
 そしてタマモや刹那が呆然とする中、横島はついにそのスーツを完璧に着せられ、ここに『グレートヨコシマン』が誕生したのであった。


「まてや貴様等、人を勝手に弄繰り回しやがってー!」

「さて、このスーツの売りは遠隔操作も可能と言う事ネ ではトランスフォーム!」


 チャオは掴みかかろうとする横島をヒラリとかわすと、手にしたリモコンのスイッチを押した。
 そしてそれが悲劇の始まりであった。




「ぬぎょぇぇぁぁぁぁー!」


 ベキベキ、ボコ、グォキ!



 静かな夜空に横島の断末魔の悲鳴と、なにやら鳴ってはいけない音が響き渡る。
 そしてその横島は今、パワードスーツの変形に合わせて強引に体を変形させていくところであった。


「た、タマモさん。今横島さんが……」

「今、私の気のせいでなければ横島の腰と足首が180度回転して膝が肩の位置まで上がったわね……ついでに肩幅が半分くらいになってるけど……」


 もはやあまりの事態に呆然とすることしか出来ないタマモと刹那であったが、その脇では完全に熱くなったチャオがさらなるスイッチを押す。


「さあ、これで変形完了。それでは人類初の生身での音速突破の瞬間ね!」

「って待ってください! 今までテストしてなかったんですか!?」


 刹那の突込みもむなしく、押し込まれたスイッチはもはや人間の形態を逸脱して、飛行するのにふさわしい形状を取ったナニカが大空に飛び立つ。
 そして10秒後、音速突破の証拠である音の壁を突き破る音が響き渡るのだった。


「やったアル! これで実験成功ネ!」

「横島さぁぁぁん!」

「実はこれで横島は生身で音速突破したのは二度目なのよね……」


 タマモがむなしくつぶやくが、その声はチャオの歓声と、刹那の悲痛な悲鳴にかき消される。
 そして横島は10分後、思う存分音速の領域を堪能して彼女たちのもとへと戻ってくるのだった。


「横島さん、しっかり! 死んだらダメですー!」

「ああ、刹那ちゃんは優しいなー。だめだ……もう刹那ちゃんの顔が見えないよ……暗い……寒い……」

「横島さん、私はここです! 横島さんの隣にずっと一緒にいます、だから生きてくださーい!」


 刹那は何気に大胆な発言をかましながら、今にも天に召されそうな横島の顔をその発展途上の胸に掻き抱く。
 そして二人は事態の展開に呆然とするアスナ、呆れ顔でため息をつくタマモ、しっかりと刹那のセリフを録音している木乃香を他所に、演目『運命に引き裂かれた悲劇の二人』を演じていくのだった。
 ちなみにこの時、横島の顔は恍惚の表情と、何かに耐えるような苦悶の表情とに綺麗にニ分割されていたという。 


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