「よ、よこ……」


 エヴァは現在進行形で切羽詰っていた。顔は羞恥で朱に染まり、緊張のあまり言葉もろくに出てこない。
 さすがのエヴァも、こんな事は生まれ出でてより600年とんと経験した事が無いため、現在の精神状態はそのあまりの緊張で、ともすれば前方に立っている人物の顔すらよく見えないほど不安定となっていたのである。
 だが、いつまでもこの状態で醜態をさらすのはエヴァの矜持が許さない。
 エヴァは顔を朱に染めながらも、前方の人影に向かって思いのたけをぶちまける。


「よ、横島忠夫! どうかわた、私の弟子になってくれ!」


 頬を染め、視線を逸らしながらであったが、エヴァはなんとか予定していたセリフを一息に言う事が出来た。
 後は答えを待つのみである。

 だが、エヴァの前に立つ人物は小さくため息をつくとかぶりを振り、そして申し訳なさそうに答えるのだった。






「カット……もう一度です、マスター」


 エヴァの前に立つ人物、茶々丸はシナリオを丸め、メガフォンのようにしながら淡々とエヴァを見据える。


「今のどこがいけないというんだ!!」


 エヴァは茶々丸のダメ出しに不満なのか、茶々丸につかみかかる。その仕草はその外観のおかげで駄々っ子そのままであり、とても600年を生きた大年増には見えない。
 一方、エヴァに掴みかかられた茶々丸はエヴァをひょいと顔の前に持ち上げると、さきほどのエヴァの仕草について批評していく。


「マスター、頬を染めてツンデレ風味を出すのはポイントが高いのですが、もうすこし感情を込めてください。あと、単純に視線を逸らすのではなく、いかにも気にしていると言う感じでチラ見するのがベストです。というわけでシーン25『伝説の木の下の告白』をもう一度」


 茶々丸は情け容赦なくエヴァの改善点を指摘すると、エヴァを地面に降ろしてダミー横島君人形の元へとエヴァを押しやるのだった。
 ちなみに、ダミー横島君人形とは茶々丸が昨夜のうちに作った横島そっくりの等身大人形である。

 一方、エヴァは2時間にもおよぶこの苦行にいい加減辟易していたのか、茶々丸を恨めしげに見上げる。


「ぐぐぐぐ……だいたいなんで横島忠夫を弟子にするのに私がここまでしないといかんのだ! この私が弟子に迎えてやると言ってるんだぞ、感涙にむせび泣いて弟子になるのが当然じゃないのか!」

「しかし、現実問題としてマスターが考案した29件の作戦はこれ以上ないぐらい見事に失敗しています……だからこそ次は失敗しないようにこうやって練習をしているのです」

「む……」


 エヴァは茶々丸の冷静な突っ込みに言葉をなくし、押し黙る。しかし、エヴァとしては正直納得できないものがあるだけに、茶々丸に食い下がるしかない。


「だ、だが何故こんな練習をしなくてはいけないのだ!? それもシチュエーションを変えてまで!」

「マスターもご存知とは思いますが、練習で100の力が出せてようやく本番で10の力が出せます。ですからあらゆる場面を想定して練習することでより確実に横島さんを弟子にすることが出来るというわけです」


 茶々丸はエヴァの刺すような視線も意に介さず、ただ淡々といかに横島を弟子にするために練習が大事なのかを説いていく。
 エヴァとしては正直こんな練習などほうり出したいのだが、横島を弟子にするためには、ひいては自分の呪いを解くためにここは我慢するしかなかった。


「と、言うわけで先ほどのをもう一度です、まだまだこの後は『ドキッ! 登校中の交差点で衝突して一目ぼれ』略して『学園エヴァ』や『おねがい先生』それに『ああ、破壊の女神様』などシェチェーションはたくさんありますから急いで仕上ますよ」

「なんだそのやたらとピンポイントな題名はー!!!」


 茶々丸はエヴァの叫びを無視し、逃げようとするエヴァの首根っこを掴むとずるずるとエヴァを引きずっていく。
 茶々丸の視線の先には、無数の服――それこそ古今東西ありとあらゆるコスチューム――が山と積まれ、そこにむかって引きずられていくエヴァの姿はまるで売られていく子牛の様であり、ドナドナがBGMとして聞こえてきそうであった。








 そして1時間後。


 「次はスク水の上にセーラー服を着て、さらにメガネと猫耳をつけてさっきのをもう一度」

 「いいかげんにしろぉぉぉー!」


 エヴァの従者茶々丸、彼女の暴走は止まらない。これは以前スケバンエヴァに付き合わされたときの意趣返しなのかもしれないが、茶々丸の心の内は誰にもわからないのだった。




第23話 「地下迷宮の宝物」





「おっかしいなー……」


 時はネギがエヴァの弟子入りのため、修行と言う名の拷問を堪能していたころ放課後、麻帆良女子中等部3−A、出席番号3番朝倉和美は寮の廊下を首をかしげながら歩いていた。


「どうしたのよ、朝倉」


 ちょうどその時、朝倉の背後からたまたま寮に遊びに来ていたタマモが声をかける。
 すると朝倉はビックリしたような顔をしながらタマモのもとへ駆け寄った。


「あ、タマちゃんどうしたの? 寮に来るなんて珍しいじゃない」

「アヤカからお茶に誘われてそれでね」

「そっか、最近いいんちょと仲いいもんねー」

「そういうこと、そっちは何かあったの? 不思議そうに首をひねってたけど」

「いやーなんか洗濯してたらちょっとね。その……下着が無くなったみたいで」


 朝倉はタマモの質問に一瞬言いにくそうに目を逸らすが、すぐに思い直すと右手で頬をかきながらその理由を説明する。


「下着が?」

「そう、確かに干してたはずなんだけどなー……それも乾燥室に。ま、誰かのにまぎれちゃったのかもしれないし、もうちょっと探して見るわね」


 朝倉はそう言うと再び廊下を歩き出した。
 タマモはその後姿を見ながら、犯人として一瞬とある人物を思い浮かべたが、すぐに否定するとあやかの部屋へと向かっていくのだった。

 このなんでもないやり取り、それが後の大事件に発展する事になるのだが、神ならぬタマモはそれを知るよしもなかった。





「タマちゃん、ちょっといいかな?」


 次の日の放課後、タマモがネギの修行内容を考えながら歩いていると、朝倉に声をかけられ、その足を止めて振り返る。
 すると、朝倉はなんとも表現しがたい表情でタマモを見つめていた。


「昨日のことなんだけどさ、あれから調べてみたらなんか他にも被害者がいたみたいでね……ウチの寮だけでも桜咲さんや龍宮さん、それにチアリーディング三人組も被害にあったみたいなのよ」

「ということは……やっぱり下着ドロ?」

「たぶんね、しかもウチとこの寮だけじゃなくて他の高校や大学でも被害があったみたいでさ、もっともそっちは下着だけじゃなくて他のも盗まれてるみたいだけど」

「そう……ウチだけじゃなく、他の高校も……うふ、うふふふふ」


 タマモは高校生以上が被害にあっていたと聞き、昨日思い浮かべたバンダナをした容疑者の有罪を確定する。
 ちなみに、その容疑者はタマモの想像の中で色とりどりの下着の海で高笑いをあげながらクロールをしていた。

 一方、朝倉は唐突に顔をうつむかせ、含み笑いをしだしたタマモに若干引いていたが、すぐに気を取り直すと本来の用件を切り出す。


「あ、あのさタマちゃんとこって確か探偵やってたよね、それで犯人を……」

「犯人を捕まえろってわけね、まかして! 犯人の目星ついてるし明日には解決してるわよ」


 タマモは俯いていた顔を上げると、目を妖しく光らせながら意気揚々と腕まくりをしながら帰っていくのだった。


「いや、片手間に調べてもらうだけでよかったんだけどな……犯人も気の毒に……」


 朝倉はそうつぶやくと、頭をかきながらタマモを見送る。今となってはもう手遅れかもしれないが、もはや犯人の冥福を祈るしか朝倉にできる手段は残されていなかった。






 時は移り、タマモが自宅で哀れな子羊に対して憤怒の炎を燃え上がらせているころ、その対象である横島忠夫は待ち受ける未来に気付かぬまま処刑場、もとい、己の城である筈の自宅へと歩を進めている。
 そしてその傍らでは、木乃香の策略により交差点の出会い頭で遭遇すると言うベタな展開をかました刹那が、俯きながら横島と微妙に距離をとりながら歩いていた。
 刹那としては、最近色々と気になる存在である横島と一緒に町を歩くことが出来るのは嬉しいのだが、いかんせんこの手の経験値が圧倒的に不足しているため、どうにも会話が続かず、途方にくれている。
 その一方で、横島もまた刹那と同じように途方にくれている。本来なら年上である彼が会話をリードしなければいけない状況なのだが、彼もこういう状況における経験値は刹那とそんなに変わらないため、どういう話をしたらいいのかわからないのである。
 しかし、それでも二人はお互いになんとなく心地よい感覚を覚えながら歩を進め、やがてとある交差点にたどり着く。その交差点は横島の家に続く道と、駅へ続く道の分かれ道であった。


「えっと……じゃ、じゃあ俺はこっちだから」
 
「あ……」


 横島が刹那に別れを告げて家に向かおうとすると、刹那は小さく声をあげ、名残惜しそうな視線をむける。刹那にとってはたとえ会話の続かない時間であっても、横島の隣に並んで過ごす時間は木乃香と過ごす時間とはまた別の意味で大切な時間に思えたのだ。
 そしてその時間は今終わりを告げ、刹那の視線の先では横島の背中がだんだんと遠くなり――

 ――そうになった瞬間にピタリと横島の足が止まった。

 と、同時になにやら後ろ頭にでっかい汗が浮かんでるのが見え、さらにはカタカタと小刻みに震えだす。
 刹那は横島の身になにかあったのかと心配になり、思わず声をかけようとした瞬間、横島は神速の速さで刹那に近付き、キスでもするかのように顔を至近距離に寄せると、突然の事態に顔を朱に染めている刹那にかまわずその手を取った。


「せ、刹那ちゃん。この後暇だったら家でお茶でも飲んでいかないか?」

「へ? あの……」


 刹那は自分の置かれている状況がよく分かっていないのか、それこそ鳩が豆鉄砲を喰らったかのごとくぽかんと口を開けて横島を見つめる。すると横島はどこか切羽詰ったような表情をしながら悲しそうにつぶやいた。


「ダメ……かな?」

「い、いえ、ダメだなんてそんな! イエスです、喜んでお受けします!」


 刹那はしばしの間呆然としていたが、横島が悲しそうな顔をしているのに気付くと慌てて返事をする。すると横島はホッとしたような表情を浮かべぶると、刹那の手を離し――


 ――かけたところで慌てて刹那の手を握りなおすと、そのまま自宅へと歩を進めるのだった。

 この時、刹那の顔は気恥ずかしさと、横島と過ごせる時間が増えたことに対する喜びで赤く染まり、その一方で横島は顔を青ざめさせてキョロキョロとあたりを窺っていた。


 横島のこの不審な行動、その原因は何なのか。それを解明するために時間を交差点にたどり着いた時点に巻き戻す必要がある。


「えっと……じゃ、じゃあ俺はこっちだから」

「あ……」


 横島は交差点にたどり着くと、先ほどまでの沈黙を打ち破るように刹那に別れを告げる。正直横島としては、美少女と過ごす時間は何物にも変えがたい貴重な時間であり、名残惜しくはあるのだが刹那は寮に帰らなくてはならないことだし、そこは妥協せざるをえない。
 ここでもし刹那が高校生以上なら横島はなんの躊躇もなくお茶、もしくはデートに誘ったのであろうが、残念ながら刹那はまだ中学生。最近著しく揺らぎまくっているとは言え、己の存在意義のためにもナンパと目される行動を刹那にとるわけには行かない。ゆえに横島は断腸の思いで刹那に背を向けると、後ろ髪引かれながら一人寂しく帰路に着くのだった。
 もっとも、『断腸の思い』という描写がある時点ですでに何かが終わっているような気もしないでもないが、肝心の本人はそのことに気付いていない。

 ともかく、横島は色々と心理的葛藤を内包しながらのほほんと歩を進める。そして刹那から5m程離れた時、その事件が起こった。


 ゾワ!



 横島は突如として感じた寒気に一瞬足を止める。しかし、すぐに気のせいだと思い直して再び歩き出した。



 1歩


 ゾワ!



 2歩


 ゾワワ!



 3歩


 ザクリ!



 横島が感じた寒気、それは決して気のせいなどではなかった。事実、彼が一歩、また一歩と刹那から離れていくたびにその寒気はどんどん強くなり、とうとう三歩目には刃物が突き刺さるかのような明確な死の気配が横島を貫いた。
 横島はこのまま次の一歩を踏み出せば、間違いなく黄泉路をたどる事になると気付くとその足を止める。しかし、それでも彼を包み込む濃密な死の気配は薄まるどころか、刻一刻と濃くなっていく。
 もはや追い詰められた小動物のごとくカタカタと震える事しか出来ない横島であったが、ここで刹那と出合った時に一緒にいた少女の言葉を思い出した。

 それは何のことはないただの挨拶だった。しかし、その言葉には彼の知らない重要な意味が含まれていたのである。


「横島さん、せっちゃんを『くれぐれも』よろしくなー」


 横島はあの時少女が言った言葉を思い出しながら、ダメ元でゆっくりと一歩後退する。するとどうだろう、あれほど自分を包み込んでいた死の気配が臨死体験の気配にまで薄まったのである。
 横島は事ここに至って彼女が自分達をどこからともなく見守っている事を確信する。そして現状を打破するために、今後自分がとるべき行動をはじき出すとゆっくりと天を仰いだ。


「……うん、イヤじゃないな」


 横島は誰にも聞こえないように呟き、覚悟を決めると神速の速さで刹那の元へ引き返し、その手を取る。
 そして自分が堕ちた事に涙しながら、今まで禁忌としていた封印を解くのだった。


「せ、刹那ちゃん。この後暇だったら家でお茶でも飲んでいかないか?」


 それは煩悩を丸出しにしているか否かの違いはあったが、横島にとっての禁忌、中学生に対するナンパを決行した歴史的瞬間であった。
 その後、刹那は少々戸惑っていたが、やがて横島の誘いを承諾する。これにより、刹那はGS世界、ネギま世界の両世界において本当の意味で横島のナンパを承諾した第一号となったのであった。

 横島は刹那が自分の誘いを承諾した事により一安心すると、自分が先ほどからずっと刹那の手を握っていた事に気付く。すると横島はどうにも気恥ずかしくなったのか、刹那の手を離そうとした瞬間――


 ゾワリ!



 ――再び死の気配が横島に襲い掛かった。

 自分を包み込む死の気配、それを感じた瞬間に横島は再び刹那の手を握りなおすと、戸惑う刹那にかまわずその手を握ったまま自宅へと歩を進める。その姿は横島の内心はどうあれ、初々しい恋人同士のそれと呼んでも差し支えないものであるといえるだろう。



 横島と刹那が手を握りながら歩き出し、やがてその姿が曲がり角で見えなくなると、物陰から二人の少女がひょっこりと顔を出した。


「んー、せっちゃんかわええーなー。あんなに赤くなってもうて」

「木乃香……さっき横島さんの行動がものすごく不審だったけど何か心当たり無い?」

「んー、なんもないえー」


 物陰から飛び出した少女、そのうちの一人である神楽坂明日菜が傍らで笑みを浮かべている少女、近衛木乃香を不審そうに見つめる。
 木乃香はアスナの視線をうけても全く動じず、全ての人間を癒し空間に引きずりこむその微笑みを崩す事は無い。しかし、木乃香のとある事情を知る唯一の人間であるアスナは、その微笑の向こうに何か薄ら寒いものを感じて思わず肩をすくめると、横島達への追跡を再開しようと渋る木乃香を強引に寮へと引っ張って帰るのだった。




 アスナが必死に木乃香を牽制しているその一方で、横島と刹那は相変わらず沈黙したまま家に向かっている。先ほどまでは横島と刹那は手をつないだ状態であったのだが、横島が虫の知らせで身の危険が去ったのを察知した後はその手は既に離されている。
 この時、刹那が少し名残惜しそうな表情をしていたため、それを直視した横島はマスクステータスである『萌え』と『ロリ』にボーナスポイントを加算することになったのは秘密である。


「あ、あの……横島さん、そういえば最近お仕事はどうなんですか?」


 横島の内心の移ろいはともかく、刹那は先ほどから続くこの沈黙空間を何とかしようと話題を振ってみる事にした。
 刹那としては、横島の隣でただ歩いているだけでも心が温かくなる感じがするのだが、どうせなら会話も楽しみたいと言う欲求に駆られてしまう。


「ああ、本業のほうは最近ポツポツと依頼が来はじめたよ」

「それはやっぱりこの前みたいな依頼なんですか?」

「いや、オカルト系はあれだけだな。今のところ来る依頼はそれこそ猫の捜索とかそういったたわいないのばっかだよ」


 横島は刹那に答えながらここ一週間の仕事を思い浮かべ、そのショボさに涙する。


「じゃあ今日も何かの依頼で?」

「いや、今日は学園長と契約した定例の警備と、森に仕掛けたトラップの点検。その帰り道に刹那ちゃんに出会ったってわけ」

「そうだったんですか……って森にトラップって、一般の人が間違ってそれに引っかかったりしたら危険じゃないんですか?」


 刹那は横島の物騒な発言にびっくりしたのか、その足を止めて問い詰めるかのように視線をむける。しかし、横島は刹那の視線を受けると問題ないといわんばかりに手を振るのだった。


「大丈夫だって、トラップは一般人が入って来ないような山奥にあるしな。せいぜいかかってるのは猪や狸や熊と……」


 刹那はどうやら一般人には影響がないと安心したのか、その表情を柔らかくすると再び歩き出そうとして――


「あとは忍者が三日おきにかかってるぐらいだな……」


 ――その足を再び止めた。 


「……横島さん」

「な、なんでしょうか」

「今、気のせいか忍者が罠にかかってると聞こえたんですが……」

「気のせいじゃないぞ、実際に忍者が罠にかかってる」


 刹那は先ほど聞こえてことが気のせいであって欲しいと願ったが、その思いは横島のセリフによって無残にも散る事となる。そしてそれと同時にあるクラスメイトの顔が脳裏に浮かんできた。


「あの、まさか罠にかかかってる忍者ってウチのクラスの……」

「そう、長瀬さんだよ。どうやら一度罠にかかったのが悔しかったらしくてさ、最近しょっちゅう俺が仕掛けたトラップゾーンをクリアしようとしているみたいなんだ」


 横島は刹那の想像を肯定すると、困ったように頭をかいてため息をつく。


「しかも、トラップにひっかっかったらどこで調べたのか、俺の携帯電話に救援要請が来るからそれで助けに行くってわけなんだが……って刹那ちゃん聞いてる?」


 横島は携帯を取り出し、その着信履歴を刹那に見せる。するとそこにはズラリと長瀬楓の名前が上から下まで並んでおり、それを見た刹那は表情を凍らせて俯いてしまう。


「私もまだ横島さんの携帯番号を知らないのになんで楓が……それに暗い森の中で二人っきりに、もしかして楓も横島さんを。いや、でもそんなそぶりは……」

「刹那ちゃん、もしもーし」

「もし万が一楓が横島さん狙いならそのスタイルはまさに凶器……ってはい、なんでしょうか?」


 刹那は横島にも聞こえないぐらい小さな声で呟いていたが、横島に肩をつかまれて揺さぶられると顔を赤くしながら我を取り戻す。


「帰ってきたか……ともかく、仕事は主に探偵もどきといった感じで細々とやってるよ。ん……そういえば木乃香ちゃんからも依頼があったっけ」

「え、お嬢様からですか!?」


 横島は刹那が現世に帰還したのを確認すると、これ以上この話題は不味いと察知し、冷や汗を流しながら話題を元に戻す。
 一方、刹那はまだ横島に物問いたげな視線を向けていたが、木乃香の依頼と聞いては黙っていられない。そのため長瀬への追求は遼に帰ってからじっくりと行うことに決めたようである。


「ああ、この前木乃香ちゃんがウチに来てさ、それで……」

「それで?」


 刹那は木乃香が横島にどんな依頼をしたのか興味津々と同時に、何故自分を頼りにしてくれなかったかと少し悲しくなる。
 横島はそんな刹那の内心を見抜いたのか、刹那を安心させるかのように小さく笑う。


「木乃香ちゃんが言うには、白い羽の小鳥さんがまたどこかに行かないようにちゃんと捕まえといてくれって事だったけど、いまいち意味ががよーわからんのだよなー。問い詰めても笑うだけだったし」

「白い羽の小鳥……」


 横島は本当に木乃香が言った意味を理解していないのか、首をかしげながら改めて木乃香の依頼を思い出す。
 一方、刹那は木乃香の依頼の意味を理解したのか、頬を染めてそっとつぶやく。


「ん? 刹那ちゃんなんか心当たりある?」

「い、いえ……その……お嬢様の依頼、達成できるといいですね」

「ま、なんかよーわからんが、木乃香ちゃんの期待を裏切るわけにはいかんしなー」
 

 横島は顔を赤くしている刹那を不思議そうにしながらも、木乃香のよく分からない依頼をどうやったら達成できるか思案し始める。
 そして刹那は何とか平静を取り戻すと小走りに横島の前に回り、鞄を両手で後ろ手に持ちながら横島を見上げた。


「横島さん……」

「ん?」

「その白い羽の小鳥、ちゃんと捕まえてくださいね」
 

 訳のわからなそうな表情をしている横島を見上げる刹那の顔には、今までのどこか遠慮していたような感じとちがい、何かをふっきったかのように晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。
 横島はそんな刹那の笑顔を直視したせいか、一瞬見とれてしまったかのように呆けたような表情をしたが、すぐに気を取り直す。 


「あ、ああ……ともかく、まずはその小鳥とやらがどんなのか木乃香ちゃんに聞かないとな」

「大丈夫ですよ、ちゃんとすぐ側にいます……」


 横島は刹那の言っている意味がよく分かってないせいで、ますます首をかしげる。刹那としてはそんな横島の表情の一つ一つが微笑ましく、そして横島と過ごすこの時間がずっと続いて欲しいと思った。
 しかし、刹那にとって至福の時間は、次の瞬間に起こったとある事件で終わりを迎えるのだった。

 

 ドサ!



 刹那が横島を微笑ましく見つめていると、突然背後になにかが落下したような音が響き渡る。
 二人があわててその音の原因の方に目を向けると、そこには一羽のカラスが道路に横たわり、ピクピクとうごめいていた。


「えっと……木乃香ちゃんが言ってた小鳥ってこれってオチは……」

「いや、これは小鳥じゃありませんし、そもそも白くないんですが」


 横島のつぶやきに冷静に突っ込む刹那だったが、彼女も一体なにが起こったのか状況を把握できていないようだ。
 ともかく、横島はカラスが空から落ちてきた原因を探ろうと周囲を見渡すと、いつの間に20mほど奥に我が家が見えていることに気付くと天を仰いでそっとつぶやく。


「ジーザース……」


 横島の隣にいた刹那は急に硬直した横島に気付き、次いで横島が視線を向けている方向に目を向ける。
 するとそこには、あまりにも濃い瘴気で歪んで見える横島の事務所兼自宅が佇んでおり、しかも家から発生する瘴気に当てられ、次々に空を飛ぶ鳥が落ち、樹木が同心円状に枯れ始めている。もはやただ事ではすまない事態が起こっているようだ。


「あの、横島さん。家からなんかものすごい瘴気がでてますけど……これっていったい……」

「なんか家を中心として半径20mが異界化してるな、原始風水盤でも起動したような感じだ……ってボヤボヤしてる場合じゃない。家の中にはタマモが!」


 横島は家の中にいるはずのタマモのことを思い出して家へと走り出すと、それに続くように刹那もあわてて横島を追う。
 やがて横島は玄関に到着し、蹴破るようにドアを開け、家の中に飛び込んだ。


「タマモ、大丈夫か!」


 横島は家の中に飛び込み、タマモに呼びかけたが反応は無い。いや、正確には反応はあったのだ。ただ、返ってきた反応が横島の予想を超えていたため、それを認めたくなかっただけだったのだ。


 ご〜りご〜りご〜り



 横島が叫ぶと同時に返ってきた反応、それは廊下の奥から何か重いものを引きずる音だった。横島と刹那はその音を確かめようと廊下の奥を見据える。
 廊下の奥は明らかに家の外より濃い瘴気が充満し、日の光すら差し込まない暗闇となっていた。そして祖の暗闇の向こうで、キィィィというドアが開く音がすると今まで以上の瘴気が辺りを包み込み、それと同時に廊下の向こうから、何かを引きずりながら歩く金色の髪をした小柄な人影が見えた。


「タ、タマモか?」

「タマモさん、ご無事で……ヒィ!!」


 刹那は廊下から出てきたのがタマモと分かり一瞬安心するが、そのあまりの鬼気に悲鳴を上げて横島にしがみつく。
 一方、横島は刻一刻と強くなってくる死の予感に、自分にしがみついて脅える刹那にも気付かぬままガタガタと震えだす。そしてタマモが玄関に立ちはだかると、なけなしの勇気を総動員して夜叉と化したタマモに声をかける。


「タ、タマモ、なんかわからんがとにかく落ち着け、いったい何があった」

「何があったですって? 私に恥をかかせておきながらよくもその口で」

「恥?どういうことだ」


 横島はタマモの言っている事の意味がわからず困惑する。
 一方、タマモは横島の態度にしびれを切らし、懐からあるものを取り出した。それは一枚の布であり、その形状は三角形に近い形をしている。


「横島の部屋でコレを見つけたわ、これでもまだしらを切る気?」


 タマモが横島に突きつけた青と白のストライプの布、早い話が下着だが、それに反応したのは横島ではなく刹那であった。


「そそそそ、それは私の……」


 刹那は真っ赤な顔をしてタマモから即座にその布を奪い、ポケットにしまいこむ。
 どうやらタマモが怒り狂っている理由は、横島の部屋で刹那の下着を見つけたからのようなのだが、横島には一向に心当たりは無い。


「さてヨコシマ、なにか申し開きはあるかしら?」

「ちょっとマテ! 全く話が見えんのだが……つーかなんで俺の部屋に刹那ちゃんの下着が」

「往生際が悪いわね、他にも龍宮や朝倉達のも盗んだみたいだけど、そんなものはどうでもいいわ。私が怒っているのはそんな些細な事じゃないの」


 横島はなんとかタマモの説得を試みようとしたが、いかに横島に心当たりが無かろうと、こうやって明確な証拠物件が見つかっている以上、もはやどんな申し開きも意味を成さないことを横島は長年の経験で身にしみていた。
 そしてタマモの誤解が解けないと悟ると、あらゆる打撃に耐えられるよう全身の筋肉を弛緩させ、どんな衝撃でも逃がせるような体勢をとる。


「いや、タマモさん些細な事って……」


 もはやあらゆる意味で覚悟を完了させた横島とは別に、些細な事扱いをされた刹那はタマモの発言に突っ込みを入れるが、タマモは気にした風も無くいったん目を閉じ、そしてしばらくするとクワッと目を見開き横島に告げた。




「刹那の下着を盗んでおきながら、私の下着に手をつけないとはどういうことよー! せっかく勝負用にイロイロ取り揃えてたのにぃいいいい!」

「イロイロと突っ込みどころはあるが貴様は俺をなんだと思うとるんやー!」

「タマモさん、それは一体どういう意味ですかぁー!」


 怒り狂っている理由のベクトルが当初と微妙に変わっているタマモであったが、横島に降りかかる災厄は変わりない。
 その後、タマモの暴走は刹那の命がけの制止にもかかわらず、横島が動かなくなるまでつづいたそうである。




「あー死ぬかと思った……」


 30分後、横島はいつものセリフで何事も無かったかのように復活していた。
 そして横島が復活すると、多少なりとも冷静さを取り戻したタマモに改めて身の潔白を主張する。横島としては高校生や大学生の下着を盗んだという疑惑を向けられるのならまだしも、中学生の下着を盗んだという汚名はこの上ない屈辱であったのだ。


「確認するけど、本当にやってないのね」

「当たり前だ、いくらなんでも中学生の下着ドロなんかするか! なんなら文珠で俺の心でも見るか?」


 横島はさも心外であると言わんばかりにタマモに答える。タマモとしても、文珠を使用してまで潔白を主張する横島に説得力を感じ、それと同時に本来の横島の嗜好からすれば確かに今回の事件はおかしいと感じるまでに冷静さを取り戻していた。


「でしたら犯人はいったい誰なんでしょうか? ご丁寧に横島さんを犯人にしたてあげるだなて」

「横島の性癖を知っていて、こんなことをするヤツといったら……」


 この時、タマモ、刹那、横島の頭の中にはまったく同時に白い小動物の姿が浮かんだ。


「アイツっきゃいねーわな。捕まえたらオコジョ鍋確定だな」

「横島、オコジョとかイタチ系列の肉はくさいからちゃんと血抜きをしないとね」

「横島さんにタマモさん、ほどほどに……ってタマモさんオコジョとか食べたことあるんですか!?」

「狐ってイタチとかも食べるのよね……くくくく」


 横島とタマモは暗い笑みを浮かべながらカモへの制裁を検討していた。


「この際だ、飼い主の監督責任もまとめて明日の修行で上乗せしてやる」


 この時、翌朝のネギの運命。すなわち生身での大気圏突入が決定したという。


 その後、横島がネギ&カモ打上げ用ロケットの作成に入ると、その横島の作業風景を微笑ましく見つめていた刹那にタマモが話しかけた。


「ねえ刹那、横島のこと……心の整理ついた?」

「え!?……私は……そうですね、もう答えは出ています」


 刹那は突然のことに一瞬返答に詰まったが、やがて顔を赤くしながらもしっかりとタマモの眼を見据えながら答える。
 

「私……私は横島さんと一緒にいたいです。横島さんと過ごす時間はなんというか安心するというか、あったかいというか、とにかく私が今まで感じた事のない温かさを感じる事が出来るんです」


 刹那は自分の心の中の思いを口にすることで、今まではっきりとしていなかった横島への思いを改めて確認する。そしてその答えを受けたタマモは刹那の恥ずかしさと緊張で赤く染まった顔を見つめながら、やがてクスクスと小さく笑い出した。


「もう、タマモさん! 何がそんなにおかしいんですか」

「ごめんごめん。刹那が言ったセリフがさ、前にいたとこのおキヌちゃんって娘が言ってた事と同じだったもんだからさ」

「前のというと異世界のですか?」

「そう、ちなみにそのおキヌちゃんって娘は横島にぞっこんだったわよ。つまり刹那もおキヌちゃんと同じくらい横島にメロメロってわけだ」


 刹那はタマモの言葉の意味を悟ると、ただでさえでも赤かった顔がさらに赤くなり、沈黙していく。
 そしてそんな刹那を微笑ましく見つめながら、タマモは何かを思いついたのか、悪戯っぽく笑いながら刹那の肩に手を置いた。


「ねえ刹那、提案があるんだけど」

「え、提案ですか?」

「うん、今思いついたんだけどね。私と横島は兄妹とってことだから一緒に住んでるんだけど、刹那は木乃香のこともあるし寮から出られない上に、なんていうか、横島と過ごす名目ってのが無いでしょ、そういうのはフェアじゃないと思うの。だから……」

「だから?」

「だから……ウチの事務所のメンバーに正式に入らない?」


 タマモの提案、それは刹那を『横島よろず調査事務所』の所員として迎えるという提案であった。たしかに刹那が事務所のメンバーとなれば、刹那は毎日横島の事務所に来る名目を得られ、それにより横島と過ごす時間は今までよりずっと多くなるだろう。
 刹那にとってタマモの提案はまさに渡りに船といった感じである。だからこそ、刹那は躊躇することなくタマモの提案に乗るのだった。


「い、いんですか?」

「もちろん、私としても刹那の参入は大歓迎だし……で、答えは?」

「お、お願いします!」


 タマモは刹那の答えを聞いて満足そうにうなずくと、改めて二人は微笑みと共に握手を交わし、庭でロケットを作り続ける横島を見つめ続けるのだった。





 そして翌朝、ネギとカモは星になった。


「ぐふ……まだだ、まだ終わらねえぜ。あの場所がある限り俺っちは何度でも蘇る!」


 焼け焦げて真っ黒になった白いナマモノ、その野望はいまだ費えていない。





 翌週の月曜日


「タマモちゃん! ネギがぁぁー!」


 朝早く電話でたたき起こされたタマモが聞いた第一声、それはアスナの叫び声であった。
 アスナの話によると、エヴァの弟子入りが正式に認められた後、図書館島に父親の手がかりがあると言うことを夕映たち図書館組が見つけ、ネギはアスナに黙ってソレを探しに行ったらしい。
 しかも木乃香の通報によると、夕映とのどかもそれに参加しているようであった。
 状況はあらゆる意味で最悪であり、タマモはともすれば今にもネギを救出に突貫しかねないアスナを引きとどめるのに苦労するのだった。


「とにかく、探しに行かないとマズイわね、ネギとカモだけなら大丈夫でしょうけどのどか達がいるんじゃあ心配だわ」

「私、今から探しに行ってくる!」

「待ちなさい! 今から横島と行くから一緒に探しに行くほうがいいわ、図書館島で集合しましょ。だから絶対に一人で突っ走るんじゃないわよ」

「わ、わかったわ」


 タマモは即座に電話を切ると刹那にも連絡し、横島をひきつれ図書館島へ急行するのだった。




「でか……」


 図書館島を初めて見た横島の感想である。
 現在、図書館島の前にはネギ捜索隊として横島、タマモ、刹那、アスナ、木乃香の5人が集結していた。


「そんなのどうでもいいわよ、アスナ、ネギ先生が向かった場所はわかる?」

「わからない、地下のどこかだとは思うけど」

「く、霊気の臭いをたどるしかないか……けどここって妙に魔力が集中してるからかぎ分けるのが難しいわ」

「なあ、アスナちゃん。仮契約カードの念話は試した?」

「試したわよ、とっくの昔に! けどなぜか通じないのよ!」


 ネギがよっぽど心配なのか、すでにアスナは泣きそうなほど冷静さを失っている。
 そんなアスナの肩を木乃香と刹那がつかみ、なんとか落ち着かせようと先ほどから努力していた。


「アスナさん、落ち着いてください。とにかく中に入りましょう」


 アスナは刹那の言葉でやや落ち着きを取り戻し、皆と顔をあわせると図書館島の中へと入っていく。
 そしてそれを追うように横島たちもまた深遠の迷宮、へと足を踏み入れるのだった。



「なんつーかこう、ここは本当に図書館か?」

「ここに来る人はみんなそう言うんやで」


 図書館島の中は横島とタマモの想像を絶していた。それは本棚で作られた廊下、数々のトラップ。図書館という定義に真っ向から喧嘩を売ってるとしか思えないような構造であった。


「タマモさん、ネギ先生の場所はつかめましたか?」

「うーん、この下にいるのは間違いなさそうだけど。完全には特定できないわ」


 どうやらタマモをしてもネギを捕捉することは難しいのか、先ほどから鼻をヒクヒクとさせてネギの臭いを探っているが、いっこうに効果はないようである。
 となると、タマモの鼻があてにならない以上残された手段は原始的な作業、つまり足で探すしか残されていないため、横島達は図書館島、いやもはや迷宮と呼んでもさしつかえない空間へと足を踏み入れるのだった。


「なんだこれ? 何か書いてあるぞ……」

「あれ? ウチらこんな通路知らんよー」


 どうやら横島たちが踏み込んだ場所は図書館探検部も把握していない未発見の通路だったらしい。
 この時、ふと天井を見上げた横島は天井になにか書いてあるのに気がついた。


「Here is Proving Grounds of the Mad Overlord ……なんだこれ?」

「こっちにもなんか書いてあるわね。しかも日本語で、えーっと『18歳以下の子供は大人および司祭と同行し……』なんなのかしらこれは?」


 タマモと横島は天井に書かれている文字を目で追いながら歩いていると、突然カチリと何か機械が作動した音が響き渡る。
 その音は静けさに包まれた迷宮に響き渡り、嫌な予感を横島に覚えさせた。


「……タマモ、おまえ何を踏んだ?」

「私じゃないわよ、アスナじゃないの?」

「私でもないわよ! なんかものすごいイヤな予感がするんだけど」


 横島は否定するアスナを他所に今度は刹那を見る。


「わ、私でもありませんよ。ところでなんかさっきからゴゴゴって音が聞こえませんか?」

「言われてみれば確かに聞こえて……ってこれはまさか!」

「お約束どおりなら石の玉が転がってくるとか言うトラップなんでしょうけど」


 横島達はこの後に続く展開を冷や汗と共に予測し、恐る恐る背後に目を向ける。すると横島たちの期待を裏切ることなく、巨大な石玉が横島の背後にボトンと落ちて来るのだった。


「総員走れぇぇー!」

「あははは、ゴメン。ウチがスイッチ踏んだみたいや」

「「このかぁぁー!」」


 なぜか笑みをうかべている木乃香の告白にタマモとアスナはそろって突っ込むが、事態はその突っ込みに費やす時間すら惜しいくらいに切迫している。そして横島たちの背後には今まさに彼らを飲み込もうと、巨大な岩がゴロゴロと迫ってくる。
 もはや事態に一刻の猶予も無い。


「しゃべってる暇があれば走れぇー! これは洒落にならんぞー!」

「横島さーん! 文珠でなんとか出来ないんですかぁぁー!」

「無茶言うな、こんな状態で文珠に念をこめとる暇があるかー!」

 あれから5分、横島達はいまだに石から逃げるため全力疾走していた。
 木乃香はすでに体力的に限界であるのか、現在は横島に米俵のように担がれている。そして永遠に続くかと思われたその追跡劇は唐突に終わりを迎えるのだった。


 カチッ!



「へ?」


 追跡劇の終幕、それは再びなにかが作動する音と共に横島たちの足元から地面が消えたのが原因であった。


「うそおおおおおお!」


 横島達の悲鳴と体をを飲み込んだ落とし穴は暫くたつと元通りに閉まり、その上をゴロゴロと巨石が通過していくと迷宮の通路は再び元の静けさを取り戻していく。





「あたたたた……みんな大丈夫か?」


 自分の手のひらも見えない暗闇の中、横島はすぐに意識を取り戻しタマモ達の安否を確認する。


「私は大丈夫よ、刹那達は?」

「私も大丈夫です、ですがアスナさんとお嬢様がショックで気絶してるみたいです」


 横島はすぐそばでタマモと刹那の声が聞こえた事に安堵すると、自分達が落ちてきた穴を見上げるが、暗闇のためその深さすら把握できない。
 ただ一つわかることは、落ちた時間から判断するにかなりの深さまで落ちた事は間違いないようである。


「それにしてもえらく深いところまで落ちたな、よく怪我も無く無事だったよ」

「なんか足元が妙にやわらかいですね、クッションでもあるのでしょうか?」

「なんか妙に手触りもいいしな。ま、いま明かりをつけるから待ってな」


 横島はそう言うと、文珠を取り出し『明』と込め発動させる。すると、今までの暗闇の世界が一気に昼間の世界へと代わっていった。


「ここここここれは!」

「なんなのここは……」

「……」


明るさに慣れ、視力が戻った横島達の目の前に広がる光景は、部屋を埋め尽くす女性用の下着の山だった。
あまりの光景に呆然とするタマモと刹那であったが、本来ならここで真っ先に反応するであろう横島はいまだにうつむき肩を振るわせるだけであった。


「あの、横島さんどうしたんですか?」


 横島の反応を不審に思った刹那は横島に話しかけえる。すると横島は顔を上げ、部屋中に響く声で叫んだ。




「宝の山やぁぁぁー!」


 刹那はあまりにもアレな横島の絶叫に下着の海の中に頭からダイブし、タマモもまた頭を手で押さえ、頭痛に耐えるかのような仕草をする。


「横島さん真面目にやってくださーい!」

「おお、これはなんとも色っぽい黒! しかもこれはD!」


 刹那の絶叫も意に介した風も無く、横島は下着を物色しつづけ、その一方でマモはあまりにも予想通りの出来事に呆れて言葉も出ないでいた。


「タマモさん、アレいいんですか。ほっといて」

「良いも悪いも横島の病気みたいなもんね、とりあえずほっときましょう。ちゃんと後で没収しとけば問題ないでしょう」

「そうですね」


 刹那は横島の行動に少々幻滅気味に横島を睨みつける。だが、しばらくしてため息をつくとタマモにしたがってあたりの捜索を始めようとしたその時、横島の声が再び刹那の耳に飛び込んできた。


「こ、これはG、いやHか! すげえ!タマモや刹那ちゃんとは比べ物にならんなーこの迫力は!」


 ピキ!



 この時、刹那とタマモの額にくっきりと青筋が浮かぶ。


「横島……あんたよっぽど命がいらない見たいね……」

「横島さん……確かにGとかHとかは無理でしょうけど、これでもまだ成長途中なのに……」


 二人はゆっくりと横島の背後に回ると、喜色満面で下着をずた袋に回収している横島を見下ろしながら暗い笑みを浮かべた。
 そしてタマモはそんな横島を見据えながら定番のハンマー。いや、この時はアーティファクトのメガトンハンマーを取り出してゆっくりと構え、しばしの黙祷の後一気にそれを振り下ろすのだった。


「うぉぉこっちのはIカップ、ここは天国やー!……ぐじぇ」


 横島はその叫び声を最後に、地面に突き刺ささって沈黙するかに見えた。しかし、横島はいい加減タマモの突っ込みに対して耐性を備えたのか、ゆっくりとタマモのハンマーを押し上げながら起き上がろうとする。


「甘い……いいかげんワンパターンのこの攻撃はもはや俺に通用しなぶげええー!」


 横島が起き上がろうと身を起こそうとした瞬間、タマモの放ったハンマーの衝撃波が返って来るタイミングに合わせて、刹那の持った100tハンマーが無言のままタマモのハンマーの上から横島に叩き込まれる。
 それは偶然なのか、理論的には『二重の極み』と呼ばれる究極の打撃技法にかなったものとなり、それにより横島は完璧に沈黙するのだった。


「フン! さあ、タマモさん行きますよ!」


 刹那はパンパンと手の埃を払うと、タマモを引きつれ扉の外を捜索するために下着部屋から出て行くのであった。後に残るのは横島の頭部と共に壁にめり込み、まるで親子亀のように縦に並んだ二本の巨大なハンマーであった。

 結局横島が復活した後、刹那の機嫌は後日何か奢るという事で決着を見るまで直る事は無かったという。
 もっとも当然のようにタマモにも奢らされる事も決定していたが、それも当然だろう。



「あ、アスナさん怖かったぁああああ!!!!」


 横島が気絶から復活してから5分後、タマモ達は通路の奥の部屋でネギ達を発見していた。ただ、発見したネギ達はなにかにひどく脅えており、ネギはアスナの姿を見るとまるで迷子になった子供が母親にすがりつくかのようにアスナに抱きつく。


「カモ、いったい何があったんだ?」

「いや、この通路の出口でドラゴンが居座りやがってな……おかげで脱出できなかったんすよ。俺っちだけなら体が小さいから秘密の抜け道通ってなんとか出来たけど、兄貴達は……」

「そうか……ってドラゴンがなんでこんな街中の地下に?」

「そんなもん俺っちが知るわけ無いでしょうが! それよりも今は脱出方法を考えないと!」


 横島の疑問も確かにあるが、カモの言う事ももっともである。だが、ここでタマモがカモの言葉に違和感を感じた。そしてそれはカモにとって地獄への片道切符が切られたことを意味している。


「ねえカモ、今秘密の抜け道って言わなかった?」

「確かに言ったっすよ。けどそれは俺っちしか通れないような小さな穴ですぜ」

「それはさっき聞いたわ、私が疑問に思ったのは何でその道がある事を知ってるのかって言う事なんだけど」

「……」


 カモはタマモの質問に沈黙し冷や汗を流す。これでは何かを隠してますと白状しているようなもんである。


「そういえば、カモさんがこの部屋に案内してくれました」

「妙にこのへんの部屋に詳しかったです」

「そ、それは……」


 さらに追い討ちをかけるかのように、のどかと夕映がカモを追い詰めていく。


「そういえばこの部屋って食料も水も十分にあるわね、しかもごていねいに電気まで引いて」

「タマモさん、これって朝倉さんが言ってた大学部研究棟から盗まれた非常食じゃないですか?」


 タマモと横島は刹那の持つレーションを見る。するとそこにはしっかりとマジックで『麻帆良大学 工学部 非常用』と書かれていた。


「カモ……」

「なんでしょう姐さん」

「もう一つ聞くけど、三つ向こうの部屋の中にあるやつはアナタの仕業?」

「な、なんのことでしょうか、俺はもう下着ドロからすっぱりと足を洗いましたぜ」

「誰も部屋の中に下着があるなんて言っていませんが……語るに落ちたとはこのことですね」

「NOOOOOO!!!」


 タマモと刹那の冷たい視線がカモを刺し貫く。
 やがてカモはあまりの視線の痛さに耐えかね、唯一の味方であるはずの横島に一縷の望みを託す。だが、横島はカモの視線を受け止めるとゆっくりとかぶりを振り、どこからか取り出したのか香典袋に先ほどガメておいた下着を詰め込みだした。


「ちょ! 横島の兄貴それはどういう意味ですか!!」

「まあ、なんだ……ちょっと季節は早いかもしれんが川で泳ぐのは気持ち良いぞ」

「川ってなんですかぁー!」

「んなもん三途の川にきまってんじゃん」

「さて、カモ……覚悟はいいかしら?」


 カモは背後から響き渡るタマモの声に一瞬動きを止め、その後脱兎のように逃げ出そうとする。だが、その前に刹那が夕凪を抜き放ちカモの前に立ちはだかる。


「せ、刹那の姐さん」

「カモさん、逃げてはダメですよ。この際ですからしっかりと罰を受けましょう……まったくGだとかIだとかそんなのばっかり、私だって成長すればそれなりに……」

「というわけで、乙女のフラストレーションを一身に受けなさい! ついでにこの騒ぎの元凶としての罰も一緒に!!」

「ちょ! 騒ぎの罰がついでって……ぶぎゃああああー!」


 カモの悲鳴は、タマモと刹那による公開処刑が終了するまでやむ事は無かったという。






 一方ネギ達はというと。


「アスナさん、木乃香さん、ドラゴンよりもやっぱりタマモさんの方が怖いんですね」

「せっちゃんもやるなー、横島さんの言葉に反応するとこはかわええなー」

「ネギ、もう無茶しちゃダメよ。でないとドラゴンにどうこう以前の問題になるわよ」

「ゴメンなさい、でも……」

「でもじゃない! アンタはまだ10歳のガキなんだから、ちょっとはパートナーの私や木乃香を頼りなさい!」


 ネギはアスナの言葉を聞くとしばし目をつぶり、何かを考える。そしてやがて目を開け、アスナの目をじっと見返した。


「そうですね、僕達はパートナーですもんね……アスナさん、木乃香さん心配をかけてすみませんでした」

「わかればいいのよ、今度から何かあったらちゃんと言うのよ!」

「ハイ!!」


 木乃香はアスナに頭をなでられながらも、元気よく返事をするネギを微笑ましく見つめ、次いでいまだに折檻を続けるタマモと刹那に目を向ける。


「なんやタマモちゃんや横島さんが来てから、ウチら本当に賑やかで楽しくなったなー」

「ちょ、木乃香ちゃん。刹那ちゃんとタマモの状況を見て微笑ましく笑うのはいかがなもんかと思うが」

「ん、なんか変やった?」

「いや、いいんだけどね……」


 横島は聖母のごとく微笑続けている木乃香に、なぜかこの時薄ら寒さを感じたという。







 一方、のどかと夕映はというと


「うふふふふふ、タマモさんて……ああ、カモさんがだんだん赤く」

「のどか! しっかりするです、あれは見ちゃダメですー!!」


 夕映はなにやらトラウマを背負い込んだのどかを現実に引き止めるのに精一杯であった。


 その後、横島は夕映とのどかに見つからないように『転移』の文珠を使用し、なんとか地上に戻る事が出来たそうな。







第23話 end





「マスター、これでシーン108すべて終了しました。これでもう完璧です」


 ここは深夜のエヴァの家。
 延べ三日間に及ぶ『横島忠夫弟子入り大作戦』のリハーサルはつつがなく終了した。


「そうか、完璧か! あははは、これでどんな状況になっても完璧だ! 横島忠夫覚悟していろよ、明日になれば貴様は私の前にひれ伏すのだ」

「その意気です、マスター」

「うむ、今宵は前祝だ。うまい酒とつまみを頼むぞ茶々丸!!」

「お任せを、ただいまご用意いたします」

「くくくく、横島忠夫!明日になれば貴様は私の弟子だ!喜ぶがいい。あーっはっはっは!!!」


 茶々丸はエヴァの命令に従い、ゆっくりと台所へ向かう。エヴァはそんな茶々丸を見すえながら感極まったかのように高笑いを続けるのだった。





「オイ妹ヨ……」


 台所に向かう途中、チャチャゼロが茶々丸を呼び止める。すると茶々丸は足を止めてチャチャゼロを見下ろす。


「なんでしょうか?」

「コノ報告書、ゴ主人ニ渡サナクテヨカッタノカ?」


 チャチャゼロは脇に置いた報告書のようなものを取り上げる。そこには表紙にこう書かれていた。


『横島忠夫に関する嗜好その他の調査結果 by 死神』


「コレヲ読ム限リ、ゴ主人ガ大人化シテセマッタラ一発ジャナイノカ?」


 チャチャゼロは報告書の中のとあるページを突きつける。そこには横島の嗜好に関することが、事細かにびっしりと書き連ねてあった。


「姉さん……」


 だが、茶々丸はチャチャゼロの言葉にも全く動揺した風も無く答える。


「ナンダ妹ヨ」






「黙ってたほうが面白いと思いませんか?」



 エヴァの従者茶々丸、彼女はこれまでの経験から喜怒哀楽全ての感情を学習し、今また主で遊ぶという素敵な行動をするまでにAIが育ったようである。


「ソレハタシカニソウダガ……イイ性格シテイルナ」


 どうやらチャチャゼロも同類らしい。


「姉さんほどでは……それに今回のことでマスターのレアな姿も最高画質で記録できました。いいことづくめです」

「後デオレニモ見セロヤ」

「ええ、A4サイズでプリントしておきます」


 エヴァの従者の二人、この会話を聞く限り、彼女達がエヴァの従者と信じるものは誰もいないだろう。


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