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 蝶を見た。

 一寸先も見えない暗闇の中、少女は気がつくと一人ぽつんと立っている。
 少女は一人でいる事に、そして周りをつつむ暗闇に脅えているのか、キョロキョロと首をめぐらし落ち着かない様子だ。
 そんな中、少女が周囲を見渡していると、遠くで淡く光る何かを見つける。その光はまるで自分を誘うかのようにユラユラと妖しく揺れており、少女の警戒感を増幅させる。
 しかし、いつまでもここにじっとしているわけにはいかないという事情もあり、少女はしばしの逡巡の後、やがて意を決してその光へむかっておずおずと歩いていくのだった。


「蝶?」


 少女が光の元へとたどり着くと、そこには淡い光を放つ蝶がその羽を羽ばたかせながら周囲を飛んでいた。その蝶は少女の存在に気がつくと、ユラユラと少女の周りを飛び始め、やがてゆっくりと少女が歩いてきた方向と逆へ向かって飛んでいく。


「あ、まって!」


 少女は暗闇につつまれた空間の唯一の光に離されまいとし、その蝶を追いかけていく。すると蝶はまるで少女が追いつくのを待っているかのようにその場に止まり、少女が近付くと再び同じ方向へ飛んでいく。
 その蝶の動きは、まるで少女に着いて来いと言わんばかりの動きであった。


 蝶を追い続けて数時間、実際には数分だったのかもしれないが、周囲の暗闇は少女にとって永遠に続く時間の迷宮に囚われたかのような錯覚を少女に及ぼしていた。だが、やがて時の迷宮も終わりを告げる。
 時の迷宮の終わりを告げたのは、少女の視界の向こうからさす光であり、蝶は少女を誘うようにゆっくりとその光へ向かって飛んで行き、少女はその光に誘われ、ゆっくりと光へむかって歩き出す。
 光の先に待つものはいったいなんであろうか、まだ見ぬ先に夢と希望を膨らませながら少女は自らを導く蝶についていくのだった。

 やがて、少女は光の発生源に着く。少女が目にした光の発生源、それは少女の周囲に無数に浮かぶ窓からさす光であり、よく見れば窓の向こうにはさまざまな映像が映りこんでいる。
 この時、ふと好奇心にかられた少女は手近にあった窓の一つに顔を近づけてみた。するとそこには――


「きゃー! ひったくりよー!」


「推参ー!」



 ――どこかで見たことのある金髪の少女が、『8』と大きくプリントされたランニングシャツを着て見覚えのある町並みを爆走していた。


「えっと、今のって……」


 少女は信じられないものを見たかのようにしばしの間呆然としていたが、やがて今見たものを記憶の彼方に封印すると、その窓を見ないように別の窓に視線を向ける。
 するとその窓の向こうには――


「河童……私が河童……あは、あはははは」



 ――これまたどこかで見たことのある黒髪の少女が、河童の格好をして虚ろに笑っていた。


「こ、これっていったい……」


 少女はその窓から後ずさりながら周囲を改めて見渡すと、ある窓にはクラスメイトの兄とよく似た人物が時給250円でこき使われていたり、その妹であるクラスメイトの少女が天下一武道会のような舞台で、これまた別の金髪の少女にハンマーを構えて対峙していたりと様々な世界が映り込んでいた。

 周囲を唖然と見渡していた少女はこの時、自分をここに連れてきた蝶が一つの窓の前で止まっていることに気付く。そして少女は自分の中の好奇心の赴くままに、その窓に近寄って中を覗きこんだ。
 すると、その窓の向こうにはファンタジー小説の中でしか見られない風景が広がり、エルフやドワーフと呼ばれる種族が町の中を闊歩し、酒場では冒険心にあふれる若い集団が自分達の冒険を肴に酒宴を開いている。窓の向こうに広がる世界、それはまさしく少女が本で見た剣と魔法の世界、夢と冒険のファンタジー世界であった。

 少女はワクワクする心を抑えられないまま、その窓に手をかけようとした時、何かが自分を強く引っ張るのを感じた。そして少女が気がつくと、あたりの情景はどんどんぼやけ、色を失っていく。
 少女は自分を引っ張る力に抵抗しようとするが、その力はあまりにも強く、やがて少女はその力に引かれ意識をフェードアウトさせていく。


 少女の姿が消えた暗闇の中、少女を導いた蝶、ナイトパピヨンがポツンと浮かんでいた。
 やがてその蝶は自らの主、夢幻の胡蝶レスフェーンの元へと従者を導くため、再び混沌の闇、意識と無意識の狭間、夢の世界を飛んでいくのだった。




「のどかぁぁぁー! 早く起きるです、なんか知りませんけどそっちの剣と魔法の世界へいっちゃダメですぅぅー!」


「ん……ゆえ?」


 ドラゴン騒動の翌日、宮崎のどかは寮の自分のへやで目覚めた。
 のどかが目覚めると、そこには目の前でやたらと息を荒くさせ、なにやら切羽詰った表情をしている綾瀬夕映がいる。頬が少々痛いのは、おそらくビンタで強制的に目覚めさせられたのであろう。


「ゆえ〜どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないです! のどかを起こそうとしたら目の前でのどかの体がどんどん透けていくから焦って起こしたですよ!!」

「あう〜ごめんなさい」

「と、とにかく間に合ってよかったです。さ、パルを起こして朝食にしましょう」


 夕映は状況はよく分からなかったが、後でネギに相談することに決め、今はとりあえず朝の準備をすることに意識を砕いていった。



 朝食の席にて。


「ふ〜ん、かわった夢を見たわねー、のどか」

「あんまり覚えていないんだけどね」


 のどか達は朝の出来事をハルナに話す。もっとも彼女に魔法がらみを知られるわけにはいかないので、体が透けていく云々は伏せていた。


「そういえば私も似たような夢を見たことあるなー」

「パルがですか?」


 ハルナはのどかの夢の話を一通り聞くと、ご飯を豪快にかき込みながら自分が見た夢の事を話す。
 夕映はハルナまでそんな怪しい夢を見たということを聞き、一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに気を取り直すと話を聞く体勢をとる。


「うん、私が見た夢はさ、暗闇の中で一人で締め切り前の修羅場を捌いている時に……」

「捌いている時に?」

「こう、空から人が降りてきたのよ。なんかベレー帽かぶって眼鏡かけたおじさんが。そんでそのおじさんが私の作品を見て言ったの」

「眼鏡にベレー帽ってまさかその人は……で、なんと言ったですか?」

「えっとたしか……そうだ『マンガを舐めるな!』って言われたんだった。あんまり腹が立ったもんだからそのおじさんにインクぶちまけて、ペンを手裏剣みたいに刺した所で目が覚めたんだけどね」


 ハルナは笑いながら答え、一声「ご馳走様」と言って手を合わせると、食器を片付けに流し台へと向かっていく。
 そして食卓に残った二人は互いに顔を見合わせ、持っている箸を振るわせながらか細い声を上げるのだった。


「のどか……パルが見た夢に出てきた人って」

「漫画の神さま、いやでもまさかそんな……あはははははは」

「そうです、まさかそんなわけ……あはははは」

「「あーはっはっはっは」」


 食卓で取り残されたのどかと夕映は二人で天を仰ぎ、ただただ乾いた笑いをうかべているのだった。



 女子寮の一室で乾いた笑い声が響いているころ。ここ、麻帆良学園の敷地内にある森の一角で、横島もまた虚ろな笑い声を響かせていた。
 なぜ横島が早朝のさなかにこんな場所にいるのか、それはここ最近定例となりつつある、罠にかかってしまったとある忍者からの救援要請が来たからである。そして横島は律儀にもその忍者、長瀬楓を助けるためにこの森に来たのだが、その森を見た瞬間、あまりの惨状に思わず地面に膝をついてしまう。
 横島の目の前に広がる惨状、それは苦心して仕掛けた罠がこれでもかというぐらいに破壊され、その周りにある木々も綺麗に切り倒されている。その惨状はまるでこの場所にピンポイントで台風でも来たかのようであった。


「あは、あはははは……俺の仕掛けたトラップが全滅……長瀬さん、俺になんか恨みでもあんの?」


 横島は虚ろに笑いながら、その惨状を作り出した張本人に目を向ける。するとそこには、地面の上に首だけ出した状態で完璧に地中に埋まっている楓が罰の悪そうな顔をして横島の視線から目を逸らしていた。どうやら楓は横島の設置した新兵器、その名も『自動式平安京エイリアンの術』にまんまと捕まってしまったようである。


「ちょ、ちょっと熱中しすぎたでござるな……」

「何をどう熱中すればこんな状態になるんじゃー! やっぱアレか? そのござる口調をしているやつは潜在的に猪突猛進癖でもあるっつーのか!?」

「いや、それは無いと思うでござるが」


 横島は冷や汗を浮かべて誤魔化そうとしている長瀬をしばしの間見下ろすと、つっと視線をその背後に回そうとして慌てて元に向き直った。
 この時、視界の端になにやら白と青のストライプ模様の何かと、肌色をした何かが見えたような気がしたが、すぐにその映像を厳重にプロテクトをかけた上でお気に入りに保存、もとい、永久に封印する。そしてその一連の作業を脳内にて一瞬のうちに終わらせた横島は、後ろを見ないようしながらこの惨状の元凶の片割れに声をかけた。


「で……刹那ちゃんはなんでここにいるのかな?」


 この惨状の元凶の片割れ、それは刹那であった。そして刹那は現在、両足を頑丈なロープで縛られ、空中に逆さ吊りになっている。彼女もまた楓と同じように横島のトラップに引っかかってしまったようだ。
 ちなみにこの時の刹那の格好は麻帆良学園の制服であり、その状態で逆さ吊りになっている今、彼女は必死になってスカートを押さえて下着が見えるのを防ごうと涙ぐましい努力をしている。


「えっと、それはその、楓が横島さんを煩わせているみたいなんで止めようとしたら……」

「止めようとしているうちに熱くなってつい全力戦闘やってしまったと」

「はい……」


 刹那はさすがに悪いと思ったのか、スカートを押さえながら叱られた子犬のような表情をして横島に答える。
 この時、もし横島が背後の刹那の表情を見たら、一発KO間違いなしというぐらい萌える仕草だったのだが、幸か不幸か横島は刹那のあられもない姿を目に入れないよう必死の努力をしているため、その破壊兵器の威力を堪能せずに済んでいた。
 
 横島はあまりにも予想外の展開に頭を痛めながら、側に生えている木の枝の一つをぐいっとつかんだ。すると、ポンという軽い火薬の爆発音と共に、首まで埋まっていた楓がその爆発で天空に射出される。どうやらあまりにも頻繁に楓が罠にかかるので、自動救出装置も組み込んでいるらしい。
 横島は楓を救出すると、次に刹那のまぶしい太ももを目に入れないようにしながら近づき、刹那が落下しないように抱きしめると足に絡み付いている紐を解いた。そして長時間逆さ吊りになって血が頭に上ったのか、まともに歩けない刹那に肩を貸しながら家に帰るのだった。


「なんか扱いに差が有るような気がするのは気のせいでござろうか……というかひょっとして拙者はこのまま放置でござるか?」


 一方、横島の手によって救出されたはずの楓は、木の枝に襟首が引っかかった状態で刹那と横島を微笑ましく見つめていた。
 彼女の感じた感想、それは決して気のせいではない。そしてこの日、楓は生涯初めての遅刻を経験するのだった。


 

第24話 「扉の向こうは楽園?」






「契約執行180秒間、ネギの従者、神楽坂アスナ、宮崎のどか、近衛木乃香!」


 ドラゴン騒動から数日後、現在ネギ達はエヴァの指導のもと、郊外で魔法の特訓を行っていた。そしてそんなネギの特訓風景をタマモと刹那は瓦礫に腰掛けながら見学している。


「そのまま契約執行と耐魔、耐物障壁を維持し、空に向かって魔法の射手180柱」


 ネギは必死に障壁を維持しつつ、エヴァの言葉に従いって空へ向かって魔法の射手を放つ。
 ネギの手から放たれた180もの魔法の矢は、空中を突き進みやがて障壁のようなものにあたり、キラキラと光を乱反射させながら消えていった。
 そしてその現象を引き起こしたネギは、空に散る魔法の残滓と同じように目をキラキラと輝かせてエヴァのほうを見つめる。その仕草はまるで飼い主褒めてとねだる子犬のようですらあった。


「ほう、ぼーやの限界を見極めようと思っていたが、まだまだ余裕がありそうだな」


 エヴァは正直驚いていた。先ほどネギに消費させた魔力の総量は、並みの魔術師をはるかに凌駕するものであり、ついこの前までのネギなら確実に魔力切れを起こし、ダウンしていたはずなのだが、今のネギはまだまだ余裕がありそうだった。


「ええ、まだ大丈夫です。ここ最近なんか体が軽いんですよね」

「そうか、それはおそらくこの前までやっていた横島兄妹の修行のおかげだろう。しかし魔力量をアップさせる修行とはいったいどんな修行だったんだ?」

「そういえばネギ、あんた横島さんとの修行の事ぜんぜん話さないけど、どんな修行だったの?」

「そ、それは……」


 ネギはエヴァとアスナの質問を受けると急に口ごもり、そしてそれと同時に先ほどまで眩しいぐらいに輝いていた両眼からみるみるうちに光が消えうせ、やがてその場に蹲ると地面に咲く小さな花に向かってブツブツとつぶやき出した。
 エヴァとアスナは顔を見合わせ、ネギに近づくとネギがつぶやく言葉に耳をそばだてる。


「アレハ修行ナンカジャナイ、拷問ダ。イヤ、拷問テウイヨリ死刑? ムシロ死ンダホウガ楽……ダイタイ人間ハ自転車デバイクヤ車ヲ追イ抜イタリ、ドコカノ手品師ミタイニ深海カラ大脱出シタリナンカデキナインダ。ソレニナニヨリ生身デ成層圏突破シテ、アマツサエソノママ大気圏再突入ナンテ正気ジャナイヨ……」

「「……」」


 エヴァとアスナはネギのつぶやきを聞き、そのあまりにも過酷な修行に言葉をなくす。
 しかし、ネギのつぶやきはまだ続いていた。


「アマリノツラサニ耐エカネテ気絶シタリ、死ニカケタリスルト文珠デ強制的ニ復活サセラレテマタ地獄ニ……僕ハドコゾノ戦闘民族ジャナインダ、タダ普通ニ魔法ガ使エルダケノ一般人ナノニ……いっそ、いっそ殺してぇぇぇー! いや、まて、待つんだ僕。そうだ、そうだよ今ならマスターという味方がいる。僕とマスターの力をあわせればきっとタマモさん相手でも勝ち目が……そうだ、これは聖戦なんだ! 時は今、敵は本能寺にあり、レッツ下克上ー!!」

「いや勝手に私を巻き込むな、それにそのセリフを言うと三日以内に恐ろしい事になると思うがな……」


 ネギのつぶやきは最後のほうでは絶叫と化し、なにやら本人を前にして危ない発言をかましていた。
 そこまでネギを追い詰めた元凶たるタマモはネギのどこかイッてしまった発言を聞くと、笑顔のままハンマーを取り出し、おもむろに素振りを始める。そしてそんなタマモに冷や汗を流しながら刹那はタマモを諌め、ネギの命を救う。
 ネギが失言をかまし、タマモの怒りを刹那がやんわりと諌める。ここ最近そんな役割分担が出来つつあるあるタマモたちであった。
 ちなみに、失言をかましたのが横島だった場合、いかに刹那でもタマモを抑え切れないばかりか、ともすれば刹那もタマモに便乗してちょっぴりお仕置きに参加していたりする。


「いったいどういう修行だったのよ……ていうかほんとに修行?」

「自転車で車を抜き、深海からの大脱出? それに生身で成層圏突破と大気圏再突入?……どこの冗談だ。おいタマモ、本当にそんな修行をしたのか?」


 密かに去ったネギの危機に安堵しつつ、アスナとエヴァはその実行者であるタマモにジト目を向ける。
 するとタマモはつっと目を泳がせ、ばつが悪そうに答えるのだった。


「ま、まあ確かに最後のヤツはちょっと厳しすぎたかもね。けど、そのおかげで地力は底上げされたんだから結果オーライってことで」

「最初とその次のも十分に厳しいと思うがな……」


 エヴァはなにやら自由なる神へむかって祈りを捧げるネギを、かわいそうなものを見るかのような瞳で見つめる。そしてその視線の先では、白い小動物が今まさにイケニエとして神への供物に捧げられようとしていた。


「確かにチョットやりすぎたとは思うんだけど、一応横島の経験を元にマイナーダウンさせたから大丈夫だと思ったのよ」

「ちょっとマテ! ということは横島は坊やがやった修行のバージョンアップ版を経験していると言う事なのか?」

「そうよ。横島が経験したのはトランクごと鎖でぐるぐる巻きにされて海に放りこまれたり、毎朝箱根や富士山まで散歩という名の長距離タイムアタックをやったり、あとは本当に宇宙空間から生身で大気圏突入をやらかして記憶喪失になったりとかね」

「本気で人類かアイツは……」


 エヴァはネギ以上の惨劇を経験している横島に戦慄を覚え、それと同時に未だに神に祈り続けるネギを見ながら弟子の行く末に涙するのだった。

 一方、そのころの木乃香と刹那はというと。


「せっちゃーん、ウチ新しい魔法覚えたんやで」

「本当ですか、まだ学び始めたばかりだというのに凄いですね」

「えへへ、今見せたげるな」


 木乃香は刹那に嬉しそうに微笑むと、両手を右側の腰の辺りにそろえて目を閉じる。おそらく精神を集中しているのだろう。
 刹那はどんな魔法が見られるのかワクワクしながら見ていると、やがて木乃香が目を見開き、力ある言葉を解き放った。


「マーファ玉ぁー!」


 木乃香の言葉と共に両の手のひらから放たれた黒い魔力の塊は、目の前の石柱を完全に打ち砕いていた。
 そしてそんな光景を口をあんぐりと開けて見ていた刹那は、やがて体を震わせると魂よ天に届けとばかりに絶叫する。


「いや、それはイロイロと違いますー! ていうかそんな魔法教えたの誰ですかぁぁー!」

「え? ネギ君やけど……」

「あ、あの人は……後でじっくりと話し合あう必要がありそうですね、主に拳で……」


 刹那はそう言うとネギを睨みつけ、拳を握り締める。あわれネギ、タマモの脅威から命が助かったのもつかの間、今度は刹那からの洗礼が彼を待ち構えることになるのだった。
 ネギの未来に幸あらんことを。





「ぼーやにこのか、お前達が持つ魔力は巨大だ」


 郊外での修行がうやむやのうちに終了してからしばらくの後、ネギ達はエヴァのログハウスで座学を受けていた。
 エヴァは妙な方向に気合が入っているのか、わざわざ眼鏡をかけて黒板に板書していたりしている。


「これは努力でどうにかなるものではない、両親に感謝するんだな。だが、今のままでは貴様達はただのでかい魔力タンクだ……って話を聞かんか貴様らぁー!」


 エヴァは魔法に関する講義をずっと行っていたが、なぜか最後のほうでは井桁を何個も額に張り付かせて怒鳴る。
 エヴァをそこまで怒らせる元凶、それは――



「ううう、せっちゃんそんなに怒らんでもええのに……ほんの冗談やったのに」

「僕はクー老師に修行をお願いしたんですよ、なのになんで横島さん達に……そりゃ結果的に基礎を底上げしてもらったのは感謝してますけど、アレは絶対に修行の範疇超えてます」


 ――講師役のエヴァを置き去りにして愚痴りつづけるネギと木乃香だった。


「まったく、今日はもう終わりにするぞ。ところでタマモ」


 エヴァは未だに部屋の隅で沈み込んでいるネギ達を意識から外し、本日のもう一つの目的を確認するためにタマモに目を向ける。


「なによ」

「ちゃんと約束どおり横島を呼んだんだろうな」

「もちろん、さっき電話かけておいたわよ。けど、私達を夕食に招待だなんてどういう風の吹き回し?」

「まあ、それはこういろいろとな……」


 タマモは、言葉を濁し明後日のほうを見るエヴァにジト目を向ける。その行動だけでエヴァがどのような思惑でいるのか見え見えであり、タマモとしても失笑を禁じえない。
 大体タマモは当初より、エヴァの固執する横島の弟子入りについては不干渉を貫いているのだ。ましてや仮に横島がエヴァへの弟子入りを承諾しても、それは横島にとって手札が増えることになり、なんら不利益は無いのだ。そしてその場合におけるただ一つの不安要素、それは横島の守備範囲が下の方向に拡大しすぎるというその一点のみであった。
 ただし、実際のところタマモのこの心配は杞憂でしかない。事実、横島は今日に至るまでエヴァの勧誘を鉄壁の守備をもって退け続けていたのだから。


「まあ、多くは聞かないけど……それにしたってアンタいったいなにをやったのよ、昨夜のアイツはかなり切羽詰まってたみたいだったけど」


 その鉄壁は実は紙に色を塗っただけなのかもしれないが、ここでそれに触れるのはよそう。
 ちなみに昨夜、横島がどんな状態だったかと言うと――




「俺は、俺はペドやないんやー! そりゃあ最近タマモとか刹那ちゃんといい感じで両手に花だとか、俺の存在意義もちょっぴり妥協もありかな? と思ったりもしないでもないかもしれないと前向きに検討したく……って何を言ってるんだ俺は。ともかく、俺はタマモ達ならともかくエヴァちゃんみたいなお子様にドキドキしたらだめなんやー!」


 横島はネギ達を救出した後、タマモが目を離した隙にエヴァの攻勢を一身に受け止めていた。しかも、中のいくつかは横島にクリティカルヒットしていたらしい。そして今、横島は己の存在意義のゆらぎのあまり、ひとしきり絶叫すると部屋の隅で膝を抱えてなにやらつぶやきだす。


「俺はペドじゃない、ペドはエヴァちゃん、エヴァちゃんは吸血鬼、吸血鬼はピート、ピートは美形、美形は……美形は俺の敵じゃぁぁぁー!」


 壁に向かってなにやら呟いていた横島は、突如その目を光らせると懐から定番の藁人形を取り出すと、その藁人形に怨嗟を込めて釘を打ち付けていく。
 ちなみに、横島が呪いを行った時、とあるログハウスで眠っていたお子様吸血鬼は、原因不明の痛みにのた打ち回っていた。これは美形を呪う横島の呪いの対象が不特定多数にわたった為、行き場失った呪いのエネルギーが横島の連想ゲームのごとくの思考を正確にトレースし、その対象者をこの世界にいる明確な存在、つまりエヴァに集中したせいであった。
 封印されて力が弱まり、さらには最近従者にいじくり倒されているとは言え、エヴァは真祖の吸血鬼。それすらも打ち倒す横島の呪いのエネルギーは、凄まじいの一言と言えよう。いや、この場合は美形に対する怨念だろうか。


「――ってなことが昨日あったのよ。まったく、あの横島をあそこまで追い詰めるなんていったい何をやったのよ」

「い、いや。別に何もやってないぞ。普通に弟子入するように説得しただけだ」

「ふーん、説得ねー」 


 タマモはエヴァを呆れたように見下ろす。すると、エヴァは何かを誤魔化すように手をわたわたと振りながら茶々丸に声をかけた。


「ま、まあとにかくそんな些細な事より私はホストとして準備をせねばならん。というわけで茶々丸、私は準備をしてくるから横島が来たら例の部屋に通せ、それとタマモに適当に服を見繕ってやれ」

「あ、待って。その夕食、刹那も同席していいかしら?」

「ん、刹那だと? どういうことだ?」


 エヴァは突如として話題を振られ、ビクリと体を震わせてエヴァを見つめる。すると、そんな刹那に微笑みながらタマモは刹那の背後にまわってその肩を押してエヴァの前につれて来た。


「あらためて紹介するわね、ウチの新しい助手の刹那よ。今日の誘いは横島事務所として受けたわけだから当然刹那もってわけでね」

「ふむ……まあそれはかまわんが……刹那、お前がな……茶々丸、では刹那も案内してやれ」

「了解しました」


 エヴァは上から下まで刹那を見渡すとニヤリと笑みを浮かべ、傍らに控えた茶々丸に視線を投じて刹那を着替えさせるように命じると、地下室へと消えていく。そして残されたタマモと刹那は、自分達にペコリと無表情にお辞儀をする茶々丸を見つめる。


「では今からお部屋にご案内いたします」


 茶々丸はそう言うとタマモ達先導して奥の部屋へと二人を案内していった。
 一方、場に取り残されたネギ、アスナ、木乃香はというと。


「へー、刹那さん横島さんの助手になるのかー。木乃香知ってた?」

「うん、今朝せっちゃんから聞いたよ。なんや嬉しそうやったわー」

「刹那さんって勇気がありますねー、自ら虎口に入るなんて……けど、もう少し自分を大切にしたほうがいいんじゃないでしょうか、何も好き好んで危険地帯に足を踏み込まなくても……」


 アスナと木乃香の二人は刹那の横島事務所参入を歓迎しているようであったが、ただ一人ネギは前回の修行がトラウマと化しているため、別の意味で刹那に感心していた。しかし、ネギの発言は少々うかつでもあったのだ。
 何故ネギの発言がうかつでなのか。それはこの場にいるとある少女、そう、刹那を文字通り影から応援する近衛木乃香がネギの失言に対して黙っているはずが無いのである。

 ネギは己の背後で一瞬のうちに膨れ上がった黒い気配に気付かぬまま、まるで刹那の冥福を祈るかのように某暗黒神へ祈りを捧げる。そして神への祈りが済んで振り返ると――



「ネ〜ギ〜く〜ん。今日の晩御飯は期待しててなー」



 ――どこまでも透き通るかのような笑みを湛えた女神が木乃香に乗り移っていた。

 ちなみにそのころ、アスナはネギから見えない場所で顔を青ざめさせ、カタカタと小刻みに震えている。
 そしてネギはこれから待ち受ける未来に気付かぬまま、木乃香に手を引かれてアスナ共々帰路へとつくのだった。

 ネギを待ち受ける末路がどのようなものだったのか、それは翌日の段階でネギが今日の記憶を完璧に失っていた事実をもって回答に代えさせてもらいたい。




「こんちゃーっす! ……って誰も来ない」


 タマモ達が家の奥に消え、ネギが何も知らないまま笑顔で家路についてから暫くの後、あらゆる意味で渦中の人物である横島がその姿を現した。だが、横島が玄関でいくら声を張り上げても誰も出迎えに来るものはいない。
 横島はしばしの間玄関で反応を待っていたが、ふとドアに手を触れると鍵がかかっていない事に気付いた。そのため、横島は玄関の中で待とうと思い、そのドアを開けて家の中へと入っていく。


「前に来たときも思ったがファンシーなつくりの家だなー」


 横島は家の中に入ると、あいかわらずぬいぐるみやら人形やらが大量においてある棚をなんともいえない表情で見つめていた。ちなみに、前回来た時というのはチャチャゼロを人?質にとった時のことだ。


「まさか美神さんが持ってたモガちゃん人形みたく動かないだろうな、アレは正直勘弁だぞ」


 横島は見渡す限り人形に埋めつくされた風景に、思わず以前美神令子が持っていたモガちゃん人形が生き人形化した事件を思い出して身震いする。
 と、ちょうどそんな想像をしていた時に、実にタイムリーな存在が横島に声をかける。


「ヒサシブリダナ」


 それはファンシーな人形の中でただ一つ異彩を放っている人形、エヴァのもう一人の従者であるチャチャゼロであった。


「うお! ってお前はチャチャゼロか、びっくりさせんな」

「別ニ驚カスツモリハナカッタンダガナ」

「いや、あまりにもタイミングがよかったから驚いただけだ。で、タマモはどうした?」

「アノ妖狐ナラ奥ニイルゼ、案内シテヤルカラツレテケヤ」

「おう、頼むわ」


 横島はそう言うとチャチャゼロを頭の上に乗せ、チャチャゼロの案内に従ってタマモ達がいるはずの奥の部屋へと向かっていくのだった。

 そしてそのころ、横島が向かった先ではタマモ達は茶々丸のアドバイスを受けながらドレスを見繕っていた。
 やはりタマモも刹那も年頃の女の子であり、部屋を埋め尽くすドレスに最初は圧倒されていたようだったが、今では二人して積極的にドレスを選んでおり、実に楽しそうな雰囲気である。


「タマモさんにはこちらの赤いドレスがよろしいかと」

「いいわね、じゃ試着してみるね。刹那はどれ着るか決めた?」

「私はこの濃紺のにしてみようかと思います」


 刹那は手に持ったドレスをタマモに見せる。それは濃紺を主体とし、ノースリーブの形をしているドレスであった。飾り気は少ないが、胸元の赤い花のアクセサリと緩やかに広がるスカートが髪を下ろした刹那に実によく似合いそうだ。


「派手さは無いけどなんか大人っぽく見えそうね、いいんじゃない。じゃ着替えましょう」


 タマモと刹那はお互いに着るドレスを決め、やがて着替えるために服を脱いでいく。すると、タマモは一度チラリと扉のほうに目をやった後、刹那の雪のような白い肌に見惚れながらしみじみと語りだした。


「そういえば修学旅行の時も思ってたけど、刹那って綺麗な肌してるわよねー」

「そ、そうですか? 自分では分からないんですけど」


 タマモは服を脱いで、いまや下着のみとなった刹那をじっと見つめる。
 しばし見つめた後タマモは何かに気付き、そして小さく笑みを浮かべると刹那にむかって背後から近づいていく。


「綺麗な肌よ、自慢してもいいと思うわ。けど……胸はまだまだみたいね」


 刹那の背後に回ったタマモはニヤリと笑うと、その手をゆっくりと刹那の白い肌の未成熟な部分へと伸ばす。


「ちょ、タマモさんどこ触ってるんですか! やめ……だいたいタマモさんだって似たようなもんじゃないですか」

「ふっふーん、私は大丈夫。だって京都の時私の成長した姿見たでしょ、あれなら横島は間違いなく私に飛び掛ってくるわよ。ああ、2〜3年後が楽しみだわ!!」


 タマモは刹那を挑発するように自分の胸と刹那の胸を見比べ、鼻で笑う。すると刹那はタマモのそのしぐさにすこしカチンと来たのか、ちょっとムっとしたような表情を浮かべながら両手で胸を隠してタマモから逃れる。


「な、ずるいです、今から将来のことが分かるなんて! 私だって今は年相応ですけど将来はきっと! それに烏族の女性はみんなスタイルいいんですよ!」

「でも半分は人間でしょ、案外胸だけ人間の血が強く流れてこのままなんてことになるかもね」

「う……それは可能性としてありえますが、負けませんよ私! よしんば胸で負けたとしても、女の魅力はそれだけで決まるものではありません!」

「けど、戦力の圧倒的な差って残酷なのよね。というわけで刹那の胸を大きくする為にはやっぱり……」

「ちょ! さっきからドコさわってんですか!!……やめ!……だめですったら……う、くぅ……」


 茶々丸がじゃれあう二人を微笑ましく見つめる中、いったい何をやっているのか刹那の声にやがて甘く艶っぽいものがまじりだしていくのだった。




 そのころ、横島はと言うと――


「オイ……イキテルカ?」


 ――真っ赤な板張りの床に沈んでいた。ちなみに、その赤い床はまるでエヴァの家を侵食するかのようにゆっくりと広がっている。



 彼にいったい何があったのだろうか、それを説明するために時間を少し戻そう。

 横島がチャチャゼロに案内されて部屋にたどり着き、そのドアノブに手をやると横島はその動きをピタリと止める。何故彼が動きを止めたのか、それは中からタマモと刹那の楽しそうな声が聞こえてきたからである。しかも、聞こえてくる会話から察するに彼女達は現在着替え中のようであった。
 これで中にいるのが高校生以上の女性なら、横島は迷わず部屋の中に飛び込んだのであろうが、あいにくタマモと刹那では中を覗くわけにはいかない。

 横島は魅惑のドアの向こうに少し心惹かれるものを感じながらも、心の内に生まれた煩悩を打ち払うように頭を振り、そしておもむろに気配を消すと――



 ――迷わずドアの隙間から中を覗き込んだ。




「ってマテ!!俺はいったい何をしている!!」


 だが、すぐに横島は間違いに気付きドアから顔を離す。


「覗キダロ、男ノサガッテヤツダナ」

「そりゃ確かにそうだが、タマモや刹那ちゃんの着替えを覗いたら犯罪だろ」

「誰ガ相手デモ覗キ自体ガ犯罪ダロウガ……」

「う、そういう場合もあるな」


 横島がチャチャゼロと無意味な論争を繰り広げようとしかけた時、横島の耳にはドアの向こうから再び刹那の声が聞こえてきた。


「ちょ! さっきからドコさわってんですか!……やめ!……だめですったら……う、くぅ……」


 横島はその声に思わず反応して扉に耳を当て、それと同時に意識下から文珠を取り出し、"覗"の字を込めた。
 この間わずか0.01秒の早業であった。


「スゴイ反応速度ダナ、今見エナカッタゾ」


「ってまた俺はいったい何をしているかぁー!」


 だが、再び横島は我を取り戻し自分にむかって突っ込む。しかし、その突っ込みの声をあざ笑うようにさらなる声が聞こえてきたのである。


「キャッ! ちょっと刹那そこは!」


 今度はタマモの声である。聞こえてきたタマモの声は妙に艶っぽく、それを認識した煩悩は横島にさらなる刺激を与えていく。
 そしてその煩悩に支配された横島は、視覚が伴わないだけにその想像力は限界を超えて18禁の世界へと突入し、目を血走らせながらゆっくりとその手をドアにかけようとする。
 しかし、その手がドアに触れた瞬間、まるで熱湯に触れたかのように手を戻し、目を覚ますかのように頭を振る。そしてやや引きつりながらも笑顔を見せ、チャチャゼロを振り返った。


「タマモに刹那ちゃんはいったい何をやってるんだか……チャチャゼロ、俺たちは向こうで待つか」


 横島は己を堕とそうとする煩悩を振り払い、頭をなんとか冷やしてこの場から離脱することをチャチャゼロに提案する。しかし、チャチャゼロはそんな横島を可哀想なものを見るかのような瞳で見つめながら横島にトドメをさすのだった。


「ソレハカマワナイガ……ナンデ文珠ヲ発動サセテルンダ?」

「……」


 沈黙する事10秒、横島はチャチャゼロに言われてようやく、自分が文珠を発動させていたことに気がついた。げに恐ろしきは横島の煩悩である。


「いかああああん! 体が勝手にぃぃー!」

「イロイロナ意味デ正直ナヤツダナ……」

「これ以上はやばいいい! チャチャゼロ、俺をここから連れて逃げてくれぇー!」

「無茶言ウナヨ、今ノオレハ動ケネエンダゼ。ソレニ自分デ逃ゲレバイイダロウガ」

「それが出来れば苦労してねー! タマモや刹那ちゃんは中学生、だから見ちゃだめなんだぁぁー!……けど二人とも最高に可愛いし……ああ、なんかその背徳感がたまんねぇぇー!」


 横島忠夫、彼はついに新しい世界の扉にたどり着き、その扉に手をかける。彼の現在の心境を表すなら『もう辛抱たまらんですたい』というただ一言であった。


 そして10秒後――


「オイ、イキテルカ?」


 ――横島は血の海に沈み、何かを達成した男の表情のまま意識を手放していた。








 横島が気がつくと、すぐ目の前に刹那とタマモの顔があった。


「おはよう、横島」

「横島さん大丈夫ですか?」

「お、俺はいったい何を……ってタマモに刹那ちゃん、女の子同士なんて不毛なのはやっぱダメだぁー! どうせヤるなら俺もー!」


 横島はガバッと跳ね起き、そして二人の手をとるとそのまま絶叫する。


「あの、いったいなんの話でしょうか?」


 だが、当の言われた本人、特に刹那は横島の言っていることの意味がわからず困惑の表情を浮かべるだけである。


「ヘ? いや、さっき部屋の中で……」

「タマモさんと一緒に着替えをしていただけですけど……あの、似合います?」


 横島は刹那に言われて初めて二人が着替えている事に気がつき、改めて二人を見た。
 刹那は髪を下ろし、濃紺を基調とした胸を強調するようなノースリーブのドレスを着ており、一方でタマモは燃えるような赤く、胸元が大きく開いたドレスをまとっていた。
 

「あー……うん、よく似合うよ二人とも。ってタマモお前さっきから何笑ってるんだ」


 横島が二人のドレス姿に見とれていると、さっきからタマモが必死に笑いをこらえている姿が目に入り、ジト目をタマモに向ける。
 するとタマモはあまりにも笑いすぎたからだろうか、目に涙を浮かべながら横島に微笑みかけた。


「ぷっくっくっくっく……いや、ちょっと笑いすぎてお腹が……ねえ、いい夢みられた?」

「いい夢っちゅーか、なんちゅーか、肝心な所は見えなったけどこの世の桃源郷を見たような気が……ってまさか今までのは!」


 横島はタマモの表情を見つめながら背筋に戦慄が走る。目の前で笑っている美少女は誰か、それは横島の義妹であり、そして強大な力を持つ九尾の狐の転生。そしてその九尾の転生であるタマモの得意とするのは幻術であり、何よりもこの小生意気な横島の言うところのお姫様は悪戯が大好きである。
 まるでパズルのピースがはまっていくかのように、次々と先ほどの事象に対しての答えが浮かんでは消え、そして最後に残った答えに顔を青ざめさせながら横島はゆっくりとタマモを見上げた。


「さーってと、我が愛しのお義兄様はいったいどんな幻を見たのかしらねー」


 タマモは邪笑を浮かべながら横島を見すえる。それはまさしく魔性の女と呼ぶにふさわしい笑みであった。


「そ、それは……貴様は俺を追い詰めて楽しいんかぁー!」

「すっごく♪」

「ドチクショォオオオオ!!」


 あまりにも間髪いれずに帰ってきたタマモの答えに、横島は絶叫し、それと同時に自分が何に対して足を踏み入れたのかを理解して泣きながら部屋の中でのた打ち回るのだった。


「あの、横島さんはいったい?」


 部屋の隅でのた打ち回る横島を尻目に、刹那は未だ事態についていけないのか、タマモに説明を求めた。


「ああ、気にしないで。横島に幻術かけただけだから」

「いったいどんな幻覚を見せたんですか……」


 刹那はのた打ち回るのをやめ、部屋の隅でつっぷしてサメザメと泣いている横島をあらためて見つめる。その姿は、まるで踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまった罪人のようであった。


「まあ色々とね。でも、これでたぶん堀は全部埋まったわ。後はこちらの装備が整い次第本丸を圧倒的な火力で堕とすだけよ。やっぱり城攻めには裏手からの援軍はかかせないわねー」

「どういうことです?」

「刹那のおかげでいろいろと順調だってことよ、結果的には横島はもとより私や刹那にとって幸せに続く道だし、今は素直に喜びましょ」


 タマモはわけのわからないという表情をする刹那の肩を押しながら横島の下に向かわせ、二人してへたり込んでいる横島を引き起こす。
 するとそのタイミングを見計らったかのように茶々丸が夕食の準備が整った事を告げ、二人はそのままなし崩し的に横島と腕を組む。


「それじゃあ横島、私達二人をちゃんとエスコートしなさいよ。こんな美女二人をエスコートできるんだから泣いて喜びなさい」

「あの、横島さん。私もお願いします……」


 刹那とタマモは戸惑う横島に華のような笑顔を見せると、二人して組んだ腕にそっと体を預ける。すると横島はしばしの間二人の笑顔に見惚れると、やがて諦めたかのように笑うと腕を組んだままゆっくりと茶々丸の案内に従って夕食の席へつくのだった。
 と、ここで終われば横島にとってはある意味幸せだったのかもしれないが、世の中そんなに甘くは無い。横島にとっての悪夢はむしろこれからであった。


「また命令形かよ……まあ、確かに嬉しいといやあ嬉しいんだが。その前に今更だが一ついいか?」

「なによ」


 横島は幸せそうに腕を組む二人を見下ろしながら、先ほど気付いた疑問について口にする。


「誰が俺を着替えさせたんだ?」


「「「……」」」


 横島の発言と同時にタマモ、刹那、茶々丸は同時に顔を見合わせ、横島からつっと目をそらす。
 ちなみに、横島の服装はこの家に来たときは普通のラフな格好であったのだが、今はいつの間にかしっかりとタキシードを着せられていた。

 横島は沈黙する全員を順番に見つめ、まずは自分の右側にいるタマモと目をあわす。

「タマモ……」


 横島と目を合わせたタマモは特に意識した風もなく、普通に横島を見返す。
 ただ、口元が微妙に笑っているのが少し気になる。


「茶々丸……」


 タマモの次に横島は正面にいた茶々丸と目を合わせる。だが、茶々丸はどこまでも無表情だった。
 ガイノイドだから当然なのだが、それにしても表情が読めない。


「刹那ちゃん……」


 横島は最後に左側にいる刹那を見つめる。だが、横島は刹那が犯人である可能性は低いと判断しているため、どこと無く視線がタマモ達の時と比べると柔らかかったりする。
 しかし、横島が刹那と目を合わせた瞬間、ボン! という音と共に刹那の顔が真っ赤に染まる。


「ってまさか刹那ちゃんが!」

「違いますー! タマモさんと茶々丸さんが言い出したんです!」


 刹那は顔を真っ赤に染めながら、信じられないものを見たような顔をする横島に必死に無実を訴える。しかし、それに伴って茶々丸とタマモを売った報いはすぐにその本人達から帰ってくるのだった。


「けど着替える時はちゃんと手伝ったじゃない」

「顔を赤くしながらもむしろ嬉しそうでしたが……」

「そ、それはそうですけど。けどタマモさんや茶々丸さんみたいにガン見したりしてませええん!!」


 刹那は心外とばかりに叫ぶが、やってることは結局タマモと同じである。そして事実を知った横島は体を震わせながら叫ぶのだった


「いやあああ、もうお婿にいけないいい!」

「大丈夫、ちゃんと責任とるから安心して」

「あ、タマモさんずるいですー! それなら私にも権利が!」


 刹那はタマモの発言に引きずられるように叫ぶが、後日この時の発言を思い出して恥ずかしさのあまり部屋でのた打ち回ることになる。


「あの、お料理が冷めてしまいますが……」


 混乱の坩堝の中、ただ一人冷静な茶々丸の声が廊下でむなしく響き渡り、それを慰めるかのように死神は茶々丸の肩をぽんぽんと優しく叩くのだった。





 その後、冷静さを取り戻した横島達は茶々丸の心づくしを存分に堪能し、それぞれ帰宅していく。そして茶々丸は横島たちを玄関まで見送った後、ささやかな宴の後片付けをしていた。


「オモシロイヤツラダッタナ、妹ヨ」


 すると、テーブルにチョコンと座っているチャチャゼロが声をかけてきた。チャチャゼロとしても、横島達と過ごすのは楽しかったのだろう。


「そうですね、横島さんたちは不思議なくらい場を和ませてくれます」

「ソウダナ……トコロデゴ主人ハドウシタ? サッキカラ姿ガ見エナインダガ」

「そういえばそうですね、おそらく深夜の散歩にでも出かけたのでしょう」

「ドコゾノ怪物三人組カヨ。シカシ深夜トイウニハ早スギナイカ?」


 茶々丸はチャチャゼロに言われて改めて時計を見ると、まだその針は午後8時をさしていた。


「そうですね、ではいったいどこに……それになにかを忘れているような気もしますが」

「思イ出セネエナラタイシタコトジャナインダロウ、ソンナコトヨリ今夜ハイイ月夜ダ、コノママ月見トイコウゼ」

「それもそうですね、今お酒と用意します」


 生き人形とガイノイド、二人の頭上に浮かぶ満月はやわらかく二人を照らし出していく。そして二人は何か大切なことを忘れたまま、エヴァの秘蔵の酒を酒蔵から取り出して夜空を堪能するのだった。






第24話 end





 そのころ、某所にて。


「さあ、これで準備万端だ。いつでも来るがいい横島忠夫!!」


 ここは満点の星空の下、海の波の音が聞こえる広場である。そこには漆黒のドレスをまとい、優雅な笑みをうかべた絶世の美女が料理がずらりと並んだテーブルに座っていた。
 その美しさはある意味成長したタマモと互角の勝負が出来そうなほどであり、もしこの場に横島がいたら間違いなくダイブをかましていたであろうことは想像にかたくない。


「今まで茶々丸との地獄の特訓を繰り返し、さらに107回にもおよぶ失敗のはて、ついに貴様の弱点をつかんだぞ!!」


 その美女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは今までの失敗から横島の決定的な情報を得る事に成功していた。
 そう、横島が徹底的に大人の女に弱いということを彼女は107回目にしてようやく悟ったのである。それに気付いたエヴァは茶々丸と練習を重ねていた最後のシーン。題して『108回目のプロポーズ』に全てをかけていた。
 エヴァはこの別荘に来ると、丸一日をかけて体を磨き上げ、極上の酒を用意し、最高の食材を使った料理も手配し、さらに寝室には雰囲気満点のBGMを流したりとまさに完璧な準備である。
 そしてあとは茶々丸が横島を案内してくるのを待つだけであった。


「くくくく横島忠夫、絶対に貴様を振り向かせて見せるぞ」


 横島を待つ傍ら、ワインを軽く飲みながらエヴァは一人つぶやく。
 そのセリフはすでに目的の方向性を見失っているような気もするが、それに突っ込みを入れる存在はここにはい。そしてエヴァは今回の作戦の成功を確信し、極上の笑みを浮かべながら沈み行く夕日をながめながら酒盃を重ねて行くのだった。









 そして静かに別荘の夜が明けた。


「おのれ横島忠夫ー! 最後は放置プレイかぁー!」


 一升瓶で形成されたピラミッドの上で踊るお子様吸血鬼の絶叫が、別荘を照らす朝日にむなしく吸い込まれていく。
 彼女の努力が報われる日は果たして来るのであろうか、それは誰にもわからない。



<解説>

夢幻の胡蝶レスフェーン
 これはソードワールドと同一世界に存在するクリスタニアと呼ばれる大陸にいる神獣です。
 神獣とは、古の神々が光と闇に別れて戦ったとき、中立の神達が闇の陣営がはなった神殺しの竜から逃れるため、自ら肉体を捨てて動物に魂を宿したものたちのことです。
 その獣は狼や虎、熊など多岐に渡り、クリスタニア大陸を守護しています。そしてその神々の信者達は獣化能力を持つ特性を持ち、それ以外にも様々なスキルを持っています。
 なお、このレスフェーンは幻の支配者と呼ばれ、夢や幻を司ります。また、一部では混沌をも司っているのではないかという考えもあります。


ナイトパピヨン
 上記のレスフェーンの眷属です。本来は違うのですが、私のSSにおいて、ナイトパピヨンは夢幻の世界へ才能のある信者を導こうとする行動を取ったため、のどかをアッチの世界へ導こうとしています。


マーファ玉
 出展は今は懐かしき「ようこそロードス島へ」からです。神聖魔法には「フォース」と呼ばれる単音節の呪文による気弾のような魔法があり、今回のこれはその「フォース」の魔法です。
 なお、本来のフォースは無色……のはず。
 追記:マーファとは同じくロードス、ソードワールドに出てくる大地母神のことです。



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