「マスター……」

「ゴ主人……」


 時は深夜、森の中にあるエヴァの家の前で、メイド姿の茶々丸とチャチャゼロは自らの目の前で仁王立ちしているエヴァに当惑した声をむけた。


「茶々丸、それにチャチャゼロ……何か私に言う事はあるか?」


 前回、あらゆる意味で気合が入っていたにもかかわらず、見事なまでの放置プレイを味わったエヴァは金色の髪を蛇のようにうねらせ、剣呑な瞳で見据えている。その視線の対象者とは、もちろん自らの言いつけをこれでもかとばかりに完璧に無視してくれた、エヴァの忠実な(はずの)従者である茶々丸とチャチャゼロであった。
 だが、まさに鬼気迫るといった風に怪しいオーラをまとうエヴァに、茶々丸はあくまでも冷静に主の視線を受け止める。


「ひとつよろしいでしょうか?」

「言ってみろ」


 エヴァはせめて言い訳でも聞いてやろうと思い、茶々丸の発言を許す。すると、茶々丸は一呼吸置おくと表情を変えぬままその口を開いた。


「いつの間に横島さんの秘奥義、平安京エイリアンの術を会得したので?」

「イヤ、コレハドッチカッテートロードランナーノ術ダロウ」

「違うわこのたわけどもがー!」


 茶々丸とチャチャゼロ、二人の従者は見事なまでに地面から首だけだして埋められていた。その様はまるでフグ中毒の治療方法として知られる民間療法のごとくである。


「ではいったいなぜ私たちにこのような仕打ちを?」

「そうか……貴様等は自覚がないのか……」

「イヤ、自覚モナニモ本気デ心当アタリガナインダガ。少ナクトモ俺ハ」

「私もいったいなんのことか皆目……」


 エヴァは怒りを押し隠すようにうつむくと、その金髪の髪は主の怒りを代弁するかのように先ほどからうねり続ける。それはまるで意思を持つ生物の様でもあり、エヴァの沈黙の怒りの程を表しているのだが、いかんせんこの従者達はいっこうに悪びれた様子は無い。それだけにエヴァの怒りは深く静かに進行し、やがて何かに耐えかねたかのように肩を震わせると、火山の爆発のごとく怒りの声を上げるのだった。
 

「貴様らー、本気で忘れとるのかー! だいたい茶々丸には言ったはずだぞ、横島が来たら別荘に通せと! それにチャチャゼロ、お前にも横島が来たらタマモ達を牽制して足止めしろと命令したろうが! それを一緒になって楽しんでるとはどういうことだー!」

「つまりマスターは一人のけものにされて寂しかったと?」

「ナンダ、ソウナラソウト最初カラ言エバイイッテノニ」

「そんなわけがあるかー!」


 エヴァはあまりにも見当はずれな事を言う従者に脱力するが、横島達との交流によって鍛え上げた突っ込みはその程度で抑えられはしない。ゆえにエヴァは自分を小馬鹿にしたような顔をするチャチャゼロを女王様のごとくグリグリと踏みつけながら絶叫する。


「とにかく、主の言いつけを忘れ、横島とぬけぬけと楽しんでいた以上それ相応の罰を受けてもらうぞ!」

「わかりました、マスター。ですがもう一つよろしいでしょうか?」


 茶々丸はエヴァの言葉に観念したのか、はたまたチャチャゼロの様な目にあうのを恐れた結果か、甘んじて罰をうけるつもりのようだが、たった一つだけ先ほどから気になる事をエヴァに聞く。


「許す、言ってみろ」


 茶々丸はエヴァの許しをえると、エヴァのある一点を見つめて口を開いた。


「マスター、先ほどからその手に持っているものはなんでしょうか?」

「ん、これか? これはただのスイッチだ」

「では、そのスイッチから伸びている線のようなものは?」

「導火線だが」

「「……」」


 茶々丸とチャチャゼロは主が発した不穏当な単語に一瞬顔を見合わせると、そのまま沈黙する。そして沈黙する事10秒、いいかげんしびれを切らしたチャチャゼロがいっそトドメを刺してくれと言わんばかりに力の無い声を出す。


「ジ、ジャア、俺タチヲ取リ囲ンデイル物ニ導火線ガツナガッテイルノハ……」

「なんか箱にTNTって書いてありますね……」


 エヴァは器用に顔を青ざめさせる従者に向かって、底冷えのするような笑みを浮かべる。そして無言のままその手にしたスイッチを天に掲げた。


「くくくく、主を主と思わぬ従者たちへの断罪の牙、今こそ私の開発した新魔法をその身に受けるがいい!」

「マスター、いくら碌に魔法が使えないからといってそんな科学の産物を魔法みたいに……」

「貴様はその科学の塊だろうがー! 喰らえティルトウェイトー!」


 エヴァは茶々丸の制止を振り切ると、茶々丸達に見せ付けるようにそのスイッチを押す。すると、その瞬間まるで新しい太陽が生まれたかのような強烈な光が周囲を照らし、それにわずかに遅れて凄まじいエネルギーの奔流が吹き荒れた。
 その日の夜、森の奥で巨大な爆発音があたりに響き、未確認ながらきのこ雲が天に現われたと言う。






「妹ヨ……」

「なんでしょう、姉さん」


 雲ひとつない夜空、月明かりに照らされた二人の姉妹は無傷のままクレーターの中心でたたずんでいる。
 そして二人が見下ろす先には、至近距離で爆風をもろに受け、魔法障壁を突き抜けたエネルギーの直撃のせいでボロボロとなったエヴァが文字通り大の字で地面に突っ伏し、完全に気を失っていた。


「ナンカ最近ゴ主人ハ完璧ニギャグ属性ガツイテイルミタイダナ」

「おそらく横島さんたちの影響なんででしょうが……ここまで来るとむしろ新たなる呪いのような気もしますね。ここはやはりネギ先生に頼んでマスターを導いてもらわねば……」


 茶々丸とチャチャゼロは無言のまま無残な主の姿を見つめると、二人同時にため息をつく。


「マア、ソレハトモカク。チョット遊ビスギタカ……」

「そうですね、もうすこし楽しめると思ったのですが今回はここまでにしておきましょう」


 どうやらこの二人、最近エヴァをいじくり倒すのに生きがいを感じつつあるようである。


「ソウダナ、元ハ十分ニトッタシナ」

「ええ、マスターの貴重なコスプレ、爆笑動画、静止画、細大もらさず完璧に記録しておきました。いつでもDVDなどの記録媒体に焼く事が可能です」

「ウム完璧ダ、妹ヨ」

「感謝の極み」


 茶々丸はチャチャゼロの言葉を受けると、右手水平にして胸にあて完璧な礼を返すのだった。


「デ、次ハ何ヲスル?」

「そうですね、ネットアイドルとしてデビューさせるのはどうでしょうか」

「オオ、面白ソウダナ。ジャア手始メニ『○コ○コ動画』にでも……」


 二人の野望はまだ終わらない、それと同時にエヴァの悲劇、いや喜劇もまた終わらないのだった。




第25話 「南海のサバイバー」





 全ての日本人、特に学生が待ち望むゴールデンウイークを目前に控え、日本中で幾人もの人々が旅行計画に頭を悩ませているころ。ここ、麻帆良学園のとある場所でも例に漏れず、大量の女子中学生が集まって旅行プランを練っていた。


「最近家が賑やかになってきたなー」


 横島は集まったメンバーにお茶を配りながらボソっとつぶやく。実際の話、横島の事務所兼自宅は修学旅行が終わったあたりからタマモがクラスメイトをつれてくるようになり、その後学校と寮の中間点という立地条件とあいまって完全に3−Aの溜まり場と化してしていた。


「ご迷惑でしたでしょうか?」


 横島の呟きを聞きつけたのか、彼の近くにいたあやかが申し訳なさそうな表情で横島に話しかける。ちなみに、あやかの横島邸への訪問回数の順位は刹那、木乃香、アスナに次いで4位となっており、それだけに横島とは気軽に世間話をするぐらいには打ち解けているのだった。


「ああ、別に迷惑ってわけじゃないよ。ただ、タマモがクラスにちゃんと溶け込んでるみたいで安心しただけだよ。これでも最初のころは友達がちゃんと出来るかどうか不安だったからな」

「タマモさんでしたらすっかり馴染んでますわ。学校でも大概の騒動の中心にいますし、下級生からも注目の的ですわ」

「か、下級生からね……まさかお姉さま呼ばわりをされてるとか?」

「……」

 横島は冗談のつもりでそう言ったのだが、あやかから帰ってきたのは沈黙と微妙に逸らされた視線であった。そしてそれは横島の冗談が事実であるという証明でもある。


「あは、あはははは。アイツはいったい学校で何をやってるんだ、あれほど百合はいかんとこの前さんざん言ったのに」

「い、いえ。ちゃんと学外の男子生徒からも人気がありますよ。以前報道部が行なったランキングで上位に入っていましたし、野球部のキャプテンがタマモさんを狙っているという噂も……って横島さん?」


 あやかは急に無言になり、顔を俯かせてなにやらプレッシャーを放つ横島を不思議そうな顔で見上げる。すると横島はすぐに元の顔に戻ると、まるで誤魔化すかのように乾いた笑いを浮かべるのだった。
 ちなみにこの時、横島から無意識に放たれた霊力はその主の思いを忠実に実行し、その夜から、野球部のキャプテンは悪夢にうなされることになるのだった。


「そうか、タマモは野郎どもにも人気があるんだなー、あは、あはははははは」


 あやかとしては、タマモと横島が血のつながらない兄妹という事を知り、なおかつタマモの思いがどの人物に向けられているか理解しているため、横島のあからさまな挙動を微笑ましく見つめながら、横島を安心させるべくその口を開く。


「ええ、タマモさんは人気がありますよ。でも、タマモさんはそんなものに興味は無いようですわね。事実、ハンサムで有名なバレー部のエースからの告白を一刀両断にしてましたし、タマモさんから出る男性の話題と言ったら、いつも刹那さんと一緒に横島さんのことを話すぐらいですわ」

「そ、そうなのか……」


 横島はあやかのセリフに少し安心したような表情を浮かべ、それと同時に密かに心の中の黒い手帳にバレー部のエースの名前をしっかりと書き込んだ。
 あやかはそんな横島をしばしの間微笑ましく見つめていたが、やがてその話題の大元であるタマモの方に目を向け、それと同時に硬直する。


「あやかちゃん?」


 横島は急に故障したパソコンのごとくフリーズしたあやかの前で手を振るが、彼女は凍りついたまま一向に再起動する気配が無かった。
 いったいあやかは何を見てフリーズしたのか、その原因を探ろうと横島もまた彼女の視線を追い、その先を見据えるとそこには――


「そ、それだけは勘弁してくださーい!」

「ネギ君、今度はこの水着着てみようか♪」

「あ、桜子こっちが似合いそうだよ。くぎみーそこのカツラとってー」

「くぎみーゆーな! ってカツラってこれ?」

「着替えたらみんなで集まって写真取るわよ、ネギ先生いいかげん観念して大人しく着替えなさい……でないともう一回赤い地球を見るわよ」

「地球は青くなくちゃいやだぁぁー!」


 ――チアリーダー三人組+タマモによって女装させられ、女物の水着を着ているネギの姿があった。その姿はもともと女顔であるネギに実に似合っており、その筋の方が見たら即テイクアウト間違いなしという程である。
 そして横島が知る限り、この場にいる唯一のその筋の方であるあやかは、呆然とネギを見つめながらようやく再起動を果たし、感無量という感じでそっと呟くのだった。


「ハウ……パラダイス……」


 3−A委員長、雪広あやかはその言葉を最後に、鼻から萌血を噴出しながら大地に崩れ落ちていく。彼女にとって、今のネギの姿は完全にメモリーをオーバーしていたのだった。


「アスナちゃんといい、雪広さんといいなんか親近感わくなー。というかベクトルが違うだけで同系統なのか?」


 あたりの喧騒を他所に、横島は目の前で血の海に沈んだあやかを複雑な思いで眺めていた。
 ちなみにあやかの頭上では死神が鎌を研いでいたりする。どうやら狩る気満々のようだ。


「こら、死神! その子のは狩っちゃダメ!」


 死神は横島に止められると名残惜しそうにあやかから離れ、横島の頭上で消えていった。
 何気に横島はあやかの命の恩人だったりするかもしれない。





「申し訳ありませんでした、横島さん」


 あやか悶死の後、横島とタマモの懸命の介護により彼女は無事に現世に復帰する事ができた。


「あー気にせんでくれ、メインで介抱したのはタマモだから。ところでネギは大丈夫か?」

「ちょっと調子にのりすぎたかもね、ネギ先生むこうでいじけてるし……」


 横島はタマモが指差したほうに目を向けると、そこではネギが膝を抱えてどよーんとした空気をまとわせている。横島としては過去にエクトプラズムスーツで完璧に女性に化け、あまつさえ鏡で見た自分自身に惚れると言う、文字通りの自爆を経験した身としてネギの気持ちは痛いほどわかるのだが、いかな横島とて暴走する女子中学生の前ではどうする事も出来ず、いまはただネギの心の傷が少しでも早く癒える事を祈るのみである。


「結構重症だな……まあ、気持ちはわからんでもないが」

「どうするの?」

「ほっとこう、こればっかりは自分で封印するしかない。んで話は変わるがお前達はゴールデンウイークに旅行行くみたいだけどどこへ行くんだ?」


 横島はネギのことを早々に諦め、話題を変える。実際これ以上触ってもネギの傷を拡大するだけでもあるし、そういった意味で色々と経験豊富な横島は今はそっとしておくしか無いということをその経験から学んでいた。


「アヤカのとこが経営する南国のホテルだって。しかも貸切でプライベートビーチ付よ!」

「本当はネギ先生と二人っきりで行く予定だったのですが……」


 よほど南国のビーチというのが嬉しいのだろうか、タマモは顔をほころばせながら横島に答える。それとは対照的にあやかはまだネギと二人っきりのバカンスに未練があるのか、すこし残念そうでもあった。


「ま、朝倉にばれたのが運のつきだったわね、もっとも私としては嬉しいんだけどね」

「ばれた以上、皆で楽しもうと思い招待させてもらいましたの。それにそれはそれとしてネギ先生も参加する以上いくらでもチャンスが……」


 タマモはあやかを元気付けるかのように肩を叩くと、あやかはすぐに気を取り直し、いや、むしろ開き直ったかのように笑みを浮かべる。
 どうやら二人っきりではなくとも、ネギと旅行にいけるのに違いは無く、あわよくば旅先でそのまま一気にという思考に行き着いたようだ。やはり彼女は横島とよく似ているのかもしれない。
 一方、横島は二人を微笑ましく見つめながら、自分の過去を思い出して羨ましそうに二人を見つめる。


「へー南国のリゾートかー、いいなー俺はそんなところ行ったこと無いからなー」

「あれ? でも横島は何度か海外行った事無かったっけ?」


 タマモの記憶では横島は何度か仕事で海外への渡航経験があるはずだった。しかし、その内容はというと――


「ああ、海外へは行った事あるさ……北極で白熊と戦ったり、シベリアで狼の群れと食料を分け合って暮らしたり、水も食料もない状態でゴビ砂漠の横断、アフリカでは内戦に巻き込まれてなぜかゲリラから軍神として迎え入れられかけたよな……そういえばアマゾンでは朝目が覚めたらアナコンダの腹の中だったって事もあったな。はては南極でシャチに追われているペンギンを助けて、そのペンギンと二人で太郎さんと次郎さんと同じように越冬したっけ……」


 横島は昔を思い出し、心の汗を目から流しながら天を仰いだ。


「そ、そういえば金になるけどきつい場所の仕事って全部横島がやってたわね。その反対にリゾート地での仕事は美神と一緒に私達でやったっけ……」


 タマモは横島の当時の扱いを思い出し、冷や汗を流す。いかな不死身の横島とは言え、考えてみればよくもまあ無事だったものである。
 そしてタマモと同じように横島の壮絶な過去を聞いて呆然としていたあやかだったが、やがて意を決したように横島に向き直るとためらいがちにある提案をする。


「あの、よろしかったら横島さんもご招待しますけどいかがです? どちらにせよ私達中学生だけでは心もとないですから引率をお願いできませんでしょうか」


 この時、あやかはちらりとタマモに視線をむける。あやかとしては、この提案は先ほどいい物を見せてもらったタマモへのお礼の意味もあるのだ。そしてタマモはその提案を聞くと、実に嬉しそうに横島に飛びつくのだった。


「え、いいの? やった、一緒に南国リゾートへ行けるわよ!」

「えっと……マジでいいの?」

「はい」

「うおおおお! ついに本当の意味で南国でバカンスが過ごせるー!」


 横島はしばしの間信じられないという風に呆然としていたが、やがて彼もまた念願の南国リゾート地でのバカンスに行ける喜びに、思わず自分に抱きついているタマモをの背中に手を回すと、そのまま抱き上げて喜びを表現する。
 はたから見れば実に仲の良い恋人、もしくは兄妹という風景なのだが、この時の横島とタマモの心の中では――


<うおおおおお! これで水着のねーちゃん達と一夜のアバンチュールが! それにこれを機会に最近危なくなってきた俺の精神防壁を補充しなくては!>

<これはチャンスよ、刹那と言う強力な援軍を得て堀が埋まったとは言え相手は横島、その本丸はいまだに硬いわ。ならばここらで私達の魅力をちゃんと刷り込んで、少しでも防御力を削っておかないと>


 ――という打算と陰謀に満ちた思考に包まれていたのだった。


「仲がよろしくてうらやましいですわ……それに私もタマモさん達に負けてはいられませんわ、この機会にきっと……」


 タマモと横島の打算と陰謀に満ち溢れた笑いが響く中、まるでそれに引きずられるかのようにあやかもまた不気味な笑みを浮かべ、獲物を狙う肉食動物のごとくその目標を見据えるのだった。



 一方、横島達が打算と陰謀に包まれた妖しい異空間を形成しているころ、刹那はというと。


「あの、お嬢様。いったい何を……」

「せっちゃん、今まで着とったスク水もある意味マニアックでええけど。どうせ南国いくならやっぱ冒険せんとなー」


 木乃香によって今まさに部屋の隅に追い詰められようとしていた。
 刹那の目の前で妖しく笑う木乃香は、その右手に青地に赤いラインが入ったきわどいワンピース(背中に布地がほとんど無いような水着)を持ち、左手には定番とも言える白いビキニを手にして、それを刹那の前に突きつけながらゆっくりと彼女を追い詰めていく。


「なあ、せっちゃん。どっちにするん? ウチはこの水着がええと思うえ、なんせ無理なく寄せてあげる最新式のヤツやから」


 木乃香は刹那にそう言いながら左手の水着を突き出す。その水着はビキニとしてはオーソドックスな形状ではあるのだが、刹那の白い肌によく似合いそうである。しかもそれが寄せて上げる最新式とくれば、刹那としては実に興味を惹かれるものであるのだが、いかんせん女同士ならともかく、男性である横島に自分の肌をさらけ出すのは刹那としては深い抵抗がある。そのため、刹那はジリジリと部屋の隅に追い込まれながらも必死の抵抗を続けるのだった。


「いえ、ですから……」

「それにせっちゃん、うかうかしとったらタマモちゃんとの勝負に負けるえ。せやからここは一つ勝負をかけんと……ほら、あっち見てみ」


 刹那は木乃香に促され、示されたほうを見る。
 するとそこでは横島がタマモを抱き上げ、クルクルと踊っている姿があった。


「ただでさえでもせっちゃんはタマモちゃんと比べたら出遅れとるんやから、これからは遅れを取り戻すためにも積極的にいかんと」

「お嬢様、私は勝負とかその……」

「それにウチもせっちゃんのカワイイ水着姿見たいし、横島さんもきっと喜ぶんとちゃうかなー。しかもそれで迫れば一発や!」


 木乃香は戸惑う刹那になおも迫る。この時、木乃香のその瞳は妖しい光に照らされ、そこはかとなく魔力のような物も感じる。
 刹那はおかしいと感じながら、木乃香の目から視線を外す事が出来なくなっていくのだった。




 ――5分後。


「お嬢様! やはり南国へ行くなら積極的に行かないとダメですよね! この水着で私はがんばります!!」

「せっちゃんその意気やでー」


 そこには木乃香が持っていた水着をガッシリと両手に掴み、天に向かって拳を突き上げる刹那がいた。
 それを少し離れたところから見ていたアスナが木乃香にそっと耳打ちする。


「あの……木乃香、今のって洗脳じゃ」

「洗脳ちゃうで、占い研の先輩に教わったマインドコントロールや」

「いやいっしょだから、それ……それに先輩に教わったって……いや、いいわ気にしないで」


 アスナは相変わらずのほほんとした表情の木乃香を追求することを諦めた。
 決してなんか木乃香の目が怖かったとか、占い研の内情を聞くのが怖かったとかそういう理由ではない、きっと。

 そしてそのころ、ネギはというと。


「いいんだ、僕なんてどうせみんなのおもちゃなんだ。自由なる神様、最近加速度的に試練の難度が上がってませんか? もう生きて行くだけでお腹いっぱいです……こうなったら一刻も早く精神力抵抗ボーナスを……」


 いまだに部屋の隅でたそがれていた。
 ここ最近あらゆる意味で苦難を迎えるネギ、実は神の加護よりも横島の修行により精神力ボーナスではなく、生命力ボーナス+4を手に入れ、人間の限界を超えつつあるということを彼は知らなかった。いや、この場合は知らないほうが幸せなのかもしれない。








「ビーチだあー!」


 南国の強烈な日差しが照りつけるビーチに少女達が歓声を上げながら飛び込んでいく。
 青い空、白い砂浜、照りつける太陽、そしてビーチで波と戯れる少女達。ここはまさにパラダイスであった。
 ただし、絵面だけならという注釈がつくのだが、それを気にしてはいけない。


「ふう、やっとついたわね……に」

「ああ、ついたな」

「これからどうしましょう」

「ネギ、なんとかならないの?」

「いくらなんでも無理です……」

「も、もうしわけありませーん!!」


 上からタマモ、横島、刹那、アスナ、ネギ、あやかの発言である。
 彼らはいつの間にか水着に着替え、海に飛び込んでいる仲間を生暖かい目で見つめていた。


「……と、とりあえず食料と寝床の確保だな、コイツはさすがにもう使えん。下手すりゃ海に流されるしな」


 横島は必死に謝るあやかに後ろめたさを感じながら、話題を転換するかのように今後の方針を定めると、後ろを振り向く。
 そこにはボロボロの、まさに廃船一歩手前という大型クルーザーが暗礁に乗り上げていた。


 そう、横島達は遭難していたのである。


 なぜこのような状況になったのか、それを説明するために昨日の夜に時間をさかのぼる必要がある。

 彼らがホテルに到着したその日、夕食は大型クルーザーでの立食パーティーとなり、例によってのドンチャン騒ぎで気がつくと沖合いに船が流されるといった事態が発生していたのだ。その原因は船の係留が不十分である事だった。
 しかも、食事は調理済みのものが最初に船に運ばれ、ボーイやコックなどが乗船していなかったことが事態の発見を遅らせる原因となっていた。
 これにより、彼女達3−Aメンバー+横島のみを乗せた船は、波間を漂流していく事となったのだ。

 この事実にいち早く気付いたのは、遭難経験が最も多い横島であった。
 横島は船が漂流している事に気付くと、中学生が飲んではいけない飲み物を飲んでダウンしているメンバーの中からシラフであったタマモと刹那を引っ張り出し、自分達の現状を伝える。
 その事実を知ったタマモ達は慌てて視線を海に向けると、そこには暗闇もあいまってもはや陸など影も形も見えなくなっていた。


「ど、どどどどどうしましょう横島さん」

「刹那、落ち着きなさいって。ほら、空を見れば方角がわかるからそれを頼りに……」

「雲が覆ってて星なんか全く見えないけどな……このままじゃ間違いなく俺たちは遭難だ」

「うそぉぉー! どうするのよ、島のコテージにはお弁当に持って来た秘蔵のお稲荷さんがあるのにー」

「ええい落ち着け、俺に考えがあるから大丈夫だって……って首を絞めるな、刹那ちゃん助けてー!」


 タマモは島に帰れないと知り、横島に噛み付くように掴みかかる。彼女としては、よほど残してきた秘蔵のお稲荷さんとやらが心残りなのであろう。
 一方、刹那によって救出された横島は刹那に礼を言いつつ立ち上がると、なにか考えがあるのか自信に満ち溢れた表情をして操縦室へと向かうのだった。


「横島……もしかしてこれ、運転できるの?」

「運転だけなら何とかなるけどな、けどどっちが陸かわからん以上意味が無いわな」

「ふーん、ってそれでいったいどうするのよー!」

「タ、タマモさん落ち着いて、とにかくそのハンマーをしまってください」


 横島は荒れ狂うタマモを必死に抑える刹那に感謝の視線を送りながら改めて計器を見渡し、ついで意識下から文珠を一つ呼び出した。


「文珠……ですか? これでいったいどうやって?」

「ま、見ててくれ」


 横島は期待に満ちた目で自分を見つめる刹那に気恥ずかしさを感じながら、文珠に念を込めると操縦席に押し当てるように『命』という文字の入った文珠を発動させる。


「お前に……命を吹き込んでやる」


「D−L○VE?」


 タマモの突っ込みを他所に、発動した文珠の光は船を包み込むと、ドクンという命の鼓動のような振動と共に船が震えだし、誰も触れていないのに計器に次々と明かりが灯り、エンジンが甲高い音を響かせていく。


「さて、これでこのクルーザーは命を持った。あとはこの船が体で覚えた航路に従って帰るだけっと」

「横島さん、すごいです!」

「へー、やるじゃない。さっすが横島!」


 頼もしいエンジンの振動が船に響き、やがてゆっくりと船が動き出すと、刹那とタマモは横島に尊敬の眼差しを送る。
 正直、もし横島がここにいなかったらこんな反則的な裏技を実行するどころか、それを考える事すら出来ずにただ遭難しただけであったろう。それだけに横島に送る尊敬の視線は純粋で、混じりっけの無いものであったのだが、それは次の瞬間見事に裏切られるのだった。


 ドクン!



 船がゆっくりと旋回し、とある方向に舵を固定させた瞬間にそれは起こった。
 なにやら再び船の鼓動が操縦室に響き渡ると、まるでそれが合図であったかのように横島達の前に置かれた大型ディスプレイにスイッチが入る。そしてひと際甲高いエンジン音鳴り響いた瞬間、そのディスプレイが赤字の巨大なフォントで埋め尽くされるのだった。

 

「YAAAAHAAAA!」



 その文字がディスプレイに浮かび上がると、まるでそれに呼応するかのように船はロケットのごとく急加速し、それに耐え切れなかった刹那とタマモは横島にのしかかるように倒れ、三人ともその衝撃で気を失ってしまう。
 残されたのは抱き合うように気絶する横島達三人と、やたらハイテンションに明滅を繰り返すディスプレイのみであった。
 ちなみに、何故横島により命を吹き込まれた船がこのような行動をとったのかというと。それはこの船が長い間係留され続け、海に出ていないフラストレーションを溜め込んでいたからであった。これがもし他の船なら横島の思惑通りに無事に港に帰りつけたのかもしれないが、この船は久しぶりに満喫する自由に雄たけびを上げながら漆黒の海を我が物顔で疾走するのだった。

 そしてその後、文珠が切れるとタイミングを見計らったかのように大型の低気圧に捕まり、彼らを乗せた船は沈没寸前までダメージを負った上、翌朝奇跡的にどこかの島の浜辺に打ち上げられ、現在に至っている。
 ちなみに、無線機やGPSなどの装置は見事に水をかぶり、現在使用不可能となっている。そのため、救援を呼ぶ事も、自力で脱出する事もできない状態になったのである。


 そして時は現在に戻る。


「それじゃあ俺は寝るところ確保してくるから、皆はこれで水と食料の確保を頼むな」


 横島は皆がひとしきり上陸の喜びを堪能したのを確かめると、いつのまにやら廃材で作成していたバケツと、船の中から見つけた釣竿を皆に配っていった。


「水はさっき向こうの方向で鳥が大量に飛び立っていたからあっちにあると思う、地形を見ても間違いないはずだ。長瀬さん、何人か引き連れてお願いできるかな」

「あいあい、了解したでござる」


 横島は長年のサバイバル経験を生かし、水源のありかを予測すると、この中で最もサバイバル能力が高い楓にバケツを渡す。
 楓は桶を受取るとアスナ、刹那、クー、裕奈、アキラを引きつれ森の中へ入っていった。

 横島は森に入っていく楓たちを見送ると、残ったメンバーを見渡して次々に指示を与えていく。


「ほんじゃ次っと。タマモはあやかちゃん、それに鳴滝姉妹と一緒に食えそうな木の実を採ってきてくれ。残りは魚釣りだ、さあ、気張っていかないと今夜のメシが無いぞ!」


 横島の号令で皆は一斉に動き出す。こんな状況の中唯一の救いは誰一人遭難した不安でパニックに陥るものがいないということであろう。


「さてと……ほんじゃいっちょがんばりますか。しっかし、俺ってなんでここまで遭難に縁があるのかねー」


 横島はそう言うと腕を回し、森の中へ入っていく。彼にとっては極めて不本意ではあるが、己の生存権を確保するために鍛え上げたそのスキルがもっとも生かされる瞬間であったのだ。




 横島により水汲みを頼まれたメンバーは、現在楓を先頭に森の中を歩いていた。


「ねえ、アキラ。私達これからどうなるんだろう」

「裕奈……大丈夫だってすぐに助けが来るよ」


 森の暗がりに不安そうにつぶやく裕奈をアキラは元気付けるように励ます。確かに船が無くなって一夜明けた今、ホテルでは彼女達の救助要請を行っているだろう。
 だが、自分達の居場所を救助側が把握していない以上、それは雲を掴むような話であった。


「大丈夫ですよ、きっと助かります」

「そうネ、横島さんもいるし絶対助かるアル」

「あ、ついたでござるよ。しかし横島殿はすごいでござるな、ぱっと見ただけで水源地を当てるとは、拙者も見習わなくてはいかんでござるな」


 楓はそう言うと後ろを歩く刹那達に目的地に到着した事を伝える。すると、刹那たちは楓を追い抜いて森の向こうに到達すると、一様に感嘆の声を上げるのだった。


「すっごーい! 本当に水があるー!」

「水鳥がたくさん……綺麗」


 刹那達の目の前にはこんこんと湧き出る泉と、そこで戯れる水鳥の群れという風景が広がっており、森に刺し込む光の効果もあいまってまるで芸術的な絵画のような世界を構成していた。


「さあ、早く水を汲んで帰るでござる。あと最低でも5往復はするでござるよ」

「「えー!」」

「ま、しょうがないアルな」

「私達なら大丈夫ですけど明石さんたちではつらいかもしれませんね……」


 楓の言葉に幻想から一気に現実に引き戻された裕奈とアキラは悲鳴を上げる。その一方で、刹那とクー、アスナはおもむろに桶を水辺に浸し、せっせと水を汲んでいくのだった。





 タマモ達は木の実を求めて森を歩いていた。


「みなさん、このような事になってしまって本当に申し訳ありませんでした……」

「いや、アヤカのせいじゃないわよ。こればっかは運が悪かったとしか言いようが無いわ……うん」


 タマモとしては今回の遭難の原因の一端に横島が係っている以上、その責任を一身にかぶるあやかが気の毒でしょうがないのだが、かといって横島の霊能のことを説明するわけにはいかないため、微妙な空気のままアヤカを元気付けようとしている。
 そしてそのタマモの努力は一緒に行動している双子の姉妹にも通じたのか、二人はタマモと同じようにあやかを元気付けるのだった。


「そうだよ、いいんちょ。それに私達はカエデ姉とキャンプしてたりするから、こういうのも楽しいよ」

「そうです、こう見えても私達こういうのに慣れてるんですよ」

「しかし……」

「だからあやかのせいじゃないって、それに横島がいるんだから私達は絶対に助かるわよ」

「タマモちゃんってお兄さんのこと信頼してるんだねー」

「まあね、それにアイツはこういうのに慣れてるし」

「慣れてる……ですか?」

「そう、アヤカは出発する前に家で聞いたでしょ、アイツの遭難遍歴」


 タマモはあやかを元気付けるように横に並び、手をとりながら歩いて行く。


「そ、そういえばシベリアとかアフリカとか砂漠とか言ってましたわね」

「ねえねえ、タマモちゃんどういうこと?」

「横島はサバイバル能力が高いのよ、山や海はもとより砂漠で遭難してもちゃんと生きて帰ってるから」


 風香達はあやかの言ってる意味がわからないのか、姉妹二人して首をかしげる。するとタマモは、あやかや鳴滝姉妹を安心させるように、横島の遭難体験を面白おかしく語って聞かせる。
 すると、あやか達はタマモの話を聞いているうちに気持ちが楽になってきたのか、いつしか笑顔が浮かんできだしていた。


「タマモちゃんのお兄さんってすごいんだねー」

「まあね。さ、おしゃべりはコレぐらいにして早く食料を見つけるわよ!」

「「「おおー!」」」


 普段の明るさを取り戻したあやかを先頭に、彼女達は再び森の中を捜索していくのだった。







 そのころ、ネギ達はというと。


「やったー! また釣れたー!」

「ネギ君すごーい、これで10匹目!」

「あらあら、私達も負けられないわね」

「魚のヌルヌルイヤー!!!」


 遭難した事など忘れたかのように釣りを堪能していたのだった。彼らの釣果は既に20匹を越えている。どうやらこの島の周辺は潮の流れがいいせいか、実にたくさんの魚が生息しているようである。


「よーし、もっとがんばるぞー!」


 ネギは大漁に気を良くしたのかポイントを変え、岸辺から身を乗り出して竿を振るう。だが、その時ネギの足元が崩れた。


「へ?」


 ネギはそのままバランスを崩し、海の中へまっ逆さまに落ちていく。そしてその落下音はかしましい少女達の歓声に紛れ、誰にも気付かれる事無くネギは海に沈んでいくのだった。

 暫くの後、和泉亜子がようやくネギの姿が見えないことに気がついた。


「アレ、ネギ君は? まき絵知らへん?」

「さっきまでそこにいたけど……いないね」

「そういえば、今さっき向こうでなにかが海に落ちる音が聞こえたけど……」

「まさか……」


 亜子達と図書館組は音のしたあたりを見つめる。そこには既に消えた波紋と、ネギが持っていたはずの釣竿がプカプカと浮かんでいるだけであった。


「「「「きゃああ! ネギ君が海に落ちたー!」」」」




 そのころ、チアリーダー三人組はネギ達からすこし離れたところで竿をたらしていた。


「結構楽しいわね、釣りって」

「楽しいかもー! あれ、くぎみーはまだ釣れないの?」

「くぎみーゆーな! 見てなさいよ、絶対に大物釣り上げてやるんだから! ってアレ?」


 すでに5匹を釣り上げている柿崎と桜子とは対照的に、釘宮は未だに一匹も釣ってはいない。そのため、釘宮は少々ムキになって竿を振り回していると、今まで感じた事の無い手ごたえを釣竿を通して感じた。


「どうしたの?」

「来た、来たわよー! 大物よこれは!」


 釘宮は待望の手ごたえに歓喜しながらリールを巻いて行く。すると、そのリールの動きにあわせて竿は大きくしなり、その手ごたえは明らかに大物であると彼女に告げている。


「すごい! 逃がしちゃダメよ、慎重に巻き上げて!」

「まかして、逃がすもんですか!」

「あ、見えてき……た……よ……」


 苦心してリールを巻き上げ、やがて三人の前に浮かび上がる獲物の姿は人型をしていた。
 具体的には10歳ぐらいの男の子の姿を。


「えっと……ネギ先生?」


 柿崎が呆然とつぶやく。彼女の視線の先、釘宮が持つ釣竿の糸の先にはネギが見事に釣り上げられていた。


「これって、もらっていいのかな?」

「魚拓とる?」

「ってあんたら早くネギ先生を助けなさーい!」


 あまりの事態にボケる柿崎と桜子に。釣り上げた当の本人である釘宮がいちはやく現実に復帰し、ネギを救助しようとする。


「みんなー大変よ! ネギ先生が海に流されて……」


 ちょどその時、まき絵たちが血相を変えてこちら走ってきた。だが、釘宮たちに釣り上げられているネギを目にすると、全員が硬直する。そしてそれを見たのどかは卒倒し、このか、ハルナ、夕映は指を震わせながら柿崎たちを指差し、叫んだ。


「あわわわわネギ君、がエサになっとるー!」

「まどかー! あんたネギ君エサにして何釣り上げるつもりなのよ!」

「いいんちょを釣るんじゃあるまいし何を考えてるですかー!」

「「「誰がネギ先生をエサにするかー!」」」

「ところでみんな、ネギ先生に人工呼吸せんとまずいんとちゃう?」


 亜子の言葉で彼女たちの時は止まった。たしかにネギを見れば、その顔は見る見るうちに青ざめていき、いかにもやばそうであった。

 その後、誰がネギに人工呼吸するかで喧々諤々の問答が発生したという。



 ネギはおぼろげな意識の中、唇に何か暖かい感触を感じた。


(あれ、僕はいったい……そうだ、さっき海に落ちて……あれ、唇があたたかい……これってキス?)


 ネギはゆっくりと目を開け、目の前で心配そうな顔をしている人影をじっと見つめた。
 まぶしい日差しがネギの目を焼く中、しだいに目の前の人影がはっきりと見えていく。その人影はネギが覚醒したのに気づくと、大きくパッチリとした目を見開き、きれいな歯並びの歯を光らせて微笑んだ。
 だが、ネギは目の前の人物を確認して硬直するのだった。



「し、死神ぃぃぃー!」


 死神はネギが砂浜から跳ね起きるのを確認すると、ウンウンとうなずき、そして微妙に頬を染めながらゆっくりと消えていく。


「あれ、ネギ君気がついた?」

「えー、せっかくじゃんけんに勝ったのにー!」


 いまだに誰がネギに人工呼吸をするかでもめていた彼女たちは、ネギの覚醒になぜか残念そうな声を上げたという。
 ちなみにじゃんけんの勝者は桜子であった。


「よっしゃー、仮契約カードゲットだぜー!」


 ネギが目を覚まし、少女たちにもみくちゃにされているころ、とある岩影では白いナマモノが久しぶりの仮契約に嬉し涙を流していた。
 そのナマモノが手にするものは、ラブリーな笑みを浮かべた死神が凶悪な鎌を掲げており、そのドクロとあわせて実に不気味な絵が描かれている。
 この時、5万オコジョ$という大金が入ることに喜びに満ちていた白いナマモノ、つまりカモは背後に生まれた気配に気付くことなく、ただ何気なく後ろを振り返った。


「うお! ってアンタか、脅かすなよ」


 カモが振り返った先にはいつの間に現われたのか、死神が空洞の瞳でカモを至近距離で見つめていた。そしてカモはそんな死神に気安く話しかけながら、たった今作成された仮契約カードを手渡す。


「ほい、これがマスターカードだ。死神の旦那、これからも兄貴を頼むぜい」


 死神は無言ままカードを受取り、しばしの間まじまじとカードを見つめていたが、やがて手にしたカードをペイっと地面に叩きつけ、そのまま鎌をふるって地面ごとカードを真っ二つに切り裂いた。


「ああ、なんてことを! せっかく兄貴と仮契約したのにー!」


 カモは無残な姿を晒す仮契約カードを手にしたが、やがてそのカードは空気に溶け込むかのように消えていく。これはネギとのパートナー関係が解消された事を意味し、それと同時にカモが手にするはずだった5万オコジョ$がキャンセルされたことを意味していた。


「な、なんでこんなことを……せっかく入るはずだった5万オコジョ$が……って死神の旦那、なんでその鎌を構えてるんだ? え、横島の兄貴じゃなきゃイヤ? ってそんなことで強引に仮契約をキャンセルしなくても……」


 死神は涙に濡れるカモを見据えながらゆっくりとその鎌を構えなおし、怒りのマークが記されたプラカードを掲げると、断罪の鎌をカモに振り下ろすのだった。


「ぎやぁぁー!」


 南海の孤島に白きナマモノの断末魔の叫び声が誰にも気付かれる事無く響き渡り、まるでそれが合図であったかのようにゆっくりと太陽が沈んでいくのだった。





 やがて時がたち、日が暮れるころには全員が最初のビーチに集合していた。


「こ、これって本当に横島さんがつくったんですか?」

「そうだが、なんか変だったか? やっぱ半日じゃこの程度が精一杯でな。ま、ガマンしてくれ」


 ネギ達は横島渾身の作を前にし、皆一様に言葉を失っていた。
 そのネギ達の前にでんと聳え立つログハウスもどきが鎮座している。それはぱっと見る限り、とてもたった半日で作り上げたとは思えないほど本格的な造りであった。


「いえ、十分すぎます……でも、よく一人でできましたね」

「慣れだ」

「慣れって、慣れでこんなの作れるってどういうことです?」

「聞くな、思い出すだけで泣けてくるから……」


 横島は過去を思い出したのか、目に浮かんだ涙をぬぐう。


「サバイバル技術が高いのは知ってたけど、まさかここまでとは私も知らなかったわ」


 タマモもまた目の前に鎮座する建築物は意外だったのか、皆と同じように呆然とつぶやく。


「ま、普通はお世話になるスキルじゃないからな。さて、そろそろ日が暮れるから夕食の準備をするぞ!」

「「「「「「はーい」」」」」」


 横島の号令で、皆自分を取り戻し、皆がかき集めた食料を調理するため散っていった。


 調味料や食器は船の中に残ってたものを使い、鍋などは横島が鉄板を物陰に持っていくと文珠や栄光の手で加工して作っていく。さらに実際の調理はタマモと刹那が物陰で火を起こしてそれを薪に移し、調理するという手法を使っており、その光景はなんら普通のキャンプと変わらないものであった。

 ひと時の忙しさと、皆でとる野性味あふれる食事に、しだいに皆の心の中にあったしこりのような不安が削られていく。
 だが、それでも遭難した事実は皆の心に重くのしかかっていた。


「ねえ、私達本当に助かるのかな」


 村上夏実は膝を抱え、心の中に生まれた不安を口にする。すると、まるでそれが伝染したかのように皆が不安の色を浮かべた。
 いかに明るく振舞おうと、彼女達はまだか弱い女子中学生であり、一度心を覆った不安は容易に取り除く事はできない。


「大丈夫よ、きっと助かるわ」


 だが、そんな夏実をちづるがそっと抱きしめる。


「でも、もし救助がこなかったら。私達ずっとここに……」


 それでもやはり不安なのだろう、夏美はちづるにすがりつきながら不安に包まれた表情で皆を見渡した。すると、その中で明らかに皆と違う異質の空気をまとう集団に目を留める。
 それは横島と、その両隣に座っているタマモと刹那であった。この三人以外でも楓やクーはまるで何も考えていないかのようにのほほんとしているが、この三人はそれとは違う空気を纏っていたのだ。
 実際、横島は文珠を使えば確実に皆を助ける事が出来るからこその余裕であったのだが、それを知らない夏美にとっては横島の余裕は不思議でしょうがなかった。だからこそ、夏美は一心不乱に食事を続ける横島をじっと見つめ、他の皆もまるでそれに釣られるかのように横島に視線を集中させていく。
 横島は自分を見つめる少女達の視線に気付くと、その顔を上げて頭をかく。この時、一瞬クセになりそうな快感を心の中に押し隠しながら、不安そうな皆を元気付けるようにその顔を向けた。


「あー大丈夫だって、さっき飯食う前に狼煙用の装備一式を岬に設置しておいたから、船や飛行機が見えたらすぐに合図を送るさ」

「そうですよ! きっと今頃は救助隊が探しています!」


 横島の後を引き継ぐように、刹那もまた皆の顔を見渡しながらなんとか元気付けようとする。
 だが、横島や刹那の言葉は彼女たちにとっては気休めにしか過ぎず、重苦しい空気は一向に晴れることは無かった。それを敏感に感じ取った横島はこうなったら自らヨゴレ役をと、タマモに目配せを送ると普段なら決して言わないことを口にする。


「そうそう、それにここは水も食料も十分にあるしな、俺が今まで遭難してきた中でも格別の環境だぜ。その気になれば年単位で生活できるさ。そして何より!」

「何より……ってなんなの?」


 横島はタマモに促されると、ぐっと拳を握り、心の中でこれは演技であると必死に言い聞かせながら力強く宣言した。


「今回の遭難は皆美少女ばかり! 今は手が出せないが、来年以降なら全員十分に守備範囲だ。いや、むしろ今からでもバッチコイ、ってわけでこのまま遭難してハーレムをー!」


 横島が拳を天に突き上げると共に発したセリフは、月が照らす空に吸い込まれて消えていく。そしてそれと同時に周囲はしんと静まり返り、なんとも痛い沈黙が当りを包み込んだ。
 横島としては、ここで間髪いれずに来るであろうタマモに期待したのだが、この時タマモは先ほどの目配せを深読みし、本来なら速攻で加えるべき突っ込みを控えていたのだった。実に見事に思惑がすれ違った結果、横島の捨て身のギャグは見事に彼女達の頭の上を滑っていく。
 だが、ここで一人の少女が救世主のごとく立ち上がった。


「じゃあ、私などはかなり危険でしょうか?」

「それはもう、那波さんなら来年といわずそれこそ今からでもー!」


 それは3−Aにおいてトップのスタイルを誇る少女、どう見ても中学生どころか、化粧をすれば大学生でも通じる容姿を持つ那波千鶴嬢であった。
 彼女が微笑を絶やさぬまま横島に話しかけると、横島はそのあまりのスタイルについ反射的にいつもどおりの行動をしてしまう。横島のいつもどおりの行動、それは当然ルパンダイブであるのだが、この時服を脱ぐまでに至っていないのは辛うじて残っている理性のせいかもしれない。
 そして、横島がいつもどおりの行動をする以上、彼の相方であるタマモもまたいつもどおりの行動をする。すなわち、愚か者への制裁であった。


「貴様の頭にはソレしかないんかー!」

「ぶげらぁぁー!」


 タマモはこれまたいつもどおりに横島はハンマーで吹き飛ばす。通常ならこれで終わるのだが、今回はここからこそが本番であった。タマモは吹き飛ばされた勢いを利用して逃げる横島を確認すると、周囲を埋め尽くすほどのハンマーを取り出し、それを呆然と見ていた皆にひょいと投げていく。


「えっと……これは?」

「さあ、今こそ皆であの女の敵を倒しに行くわよ! 目標は我が義兄、横島忠夫ただ一人、下す指令は見敵必殺! 鬼に会っては鬼を切り、仏に会っては仏を切る。我らはこれより修羅に入る!」


 タマモは呆然とする皆の前に仁王立ちになると、皆の気勢を一気に盛り上げた。そして、どんな状況であれこういったお祭り的な騒動に3−Aが黙ってみているだろうか。いや、無い。
 故に、皆は次々とハンマーを手に取ると、そのハンマーを天に掲げてときの声を上げる。
 タマモはそんな皆を見渡して満足そうに頷くと、自らのハンマーを天に掲げて彼女達の先頭に立った。その姿はまるで中世の英雄、兵を率いて英国軍打ち破ったジャンヌ・ダルクの様でもある。


「それでは、黒色槍騎兵団、全軍突撃ー!」

「「「「おおおー!」」」」

「横島さん、今こそあの時の恨みを晴らします、復讐するは我にありー!」


 タマモが号令と共に横島が逃げていった方向にハンマーを突きつけると、皆はまるで解き放たれた矢のごとく一気に駆け抜けていく。約一名、かなり私怨くさいセリフを吐いていた小坊主がいたが、それを気にしてはいけない。そしてここに横島忠夫ハンティングがこの南国の島において開催されたのだった。
 ちなみに、手に持つ武器が槍ではなくハンマーであり、騎兵ではなく歩兵じゃないかという無粋な突っ込みをする人間はここにはいない。


「えっと……徒歩でハンマーを持ってるのに槍騎兵って……」


 いや、いた。
 それはあまりの超展開についていけなかったただ一人の少女、桜咲刹那であった。彼女は一人ぽつんと取り残され、誰も聞いていない的確な突っ込みをつぶやく。


「ちょっと待てタマモ、いくらなんでもやりすぎだぁー!」


 それと同時に、なにやら横島の叫び声が海のほうから聞こえてきたが、もはや刹那にはどうすることも出来ない。刹那は後で横島を元気付けようと心密かに誓うと、横島の冥福を天に祈るのだった。


「ってマテや! いくらなんでもこの扱いはあんまりやぁぁー!」

「やかましい! 一晩そこで反省してなさい!」

「横島さん、これ置いとくね」

「てめ! こらそこの双子! カニなんか目の前に置くんじゃね、イテ、鼻があああ!」


 その夜、人海戦術と横島の逃走経路を読みきったタマモの的確な指揮により、横島は抵抗むなしく捕らえられ、今は砂浜に首だけ出して波打ち際に埋められていた。そして、この一連の騒動の結果、皆はいつしか遭難の恐怖がどこかに吹き飛び、当初の横島の狙い通りの結果となるのだが、横島としてはどこか納得がいかない結末であろう。


「くすくす、横島さん。お疲れ様でした」


 騒動に加わった皆が寝静まり、横島がカニと必死の攻防を繰り広げていると、そこに本日初めて披露した水着姿の刹那がその隣にちょこんと座ると、横島の顔に張り付いていたカニを引き剥がして離れた所にそっと置いてやる。 


「刹那ちゃんか、いい所に来てくれた。ここから出してくれー」

「ダメです、いくらみんなを元気付かせるためとは言え、那波さんに飛び掛るのはちょっとやりすぎですよ」


 刹那は私は怒ってますという風に、少しむくれた感じで座ったまま横島を見つめる。すると横島はどこか安心したように微笑んだ。


「なんだ、刹那ちゃんにもばれてたのか」

「私以外でもほとんどの人が気付いていたと思いますよ」

「そっか、バレバレだったか……」

「ええ、バレバレでした」


 二人はそのまま無言になり、ただ波の音が聞こえる中、満天の星空を見上げる。そこには南国の空に浮かぶ星が、まるで手を伸ばせばそこにあるかのように幻想的に光り輝いていた。
 横島はこの時、ふと隣にいる刹那を見上げる。そこには幻想的な星明りに照らされた一人の少女が、無言のまま星空を見上げていた。そして横島は一瞬魅入られたかのように刹那を見つめ、それと共に刹那の背中に今は無いはずの白い翼を幻視する。
 横島の視界に映るのは星空を見上げ、自分の隣で翼を休める一人の少女の姿。それはどこまでも幻想的であり、横島は刹那に魅入られたまま心の中に浮かんだ言葉をポツリともらした。


「綺麗だな……」

「ええ、綺麗な星空です」


 横島の呟きを聞きつけた刹那は、それが星空の事だと思い、空を見つめたまま横島に返し、それを聞いた横島は思わず苦笑してしまう。


「あの……なにか?」

「いや、なんでもない。確かに綺麗だよな……」


 横島は苦笑する自分を不思議そうに見つめる刹那に誤魔化すように笑うと、改めて刹那と共にいつまでも飽きることなく夜空を見上げるのだった。



「うんうん、横島に見せる幻術はこんなもんでいいわね。後はこのまま乱入するのもいいんだけど、夜はいつも私のほうが横島と一緒にいるんだし、今日は刹那に任せるとしますか」


 横島と刹那が何気にいい雰囲気を作っているころ、とある岩影でタマモが二人を面白そうに眺めていた。どうやら横島が見た刹那の翼はタマモの幻術によるものらしい。
 タマモはしばらくの間二人を微笑ましく眺めていたが、ここでふとあることに気付き、誰とも無く呟く。


「けど、生首と少女って絵面的にはむちゃくちゃシュールな光景ね……」


 横島と刹那の状態を改めて冷静に考えると、傍目から見たら『生首に話しかける少女』というサイコスリラーちっくな絵面であり、どう見ても恋人同士のそれには見えない。
 まして必要だったとは言え横島を埋めたのは自分であり、今更悔いても仕方が無いため早々にその部分のフォローを諦め、タマモは二人の世界を作っている横島達に背を向け、皆が眠るログハウスもどきへ足をむけ――


「で、木乃香。あなたもそんなとこで出歯亀やってないでさっさとこっち来なさい」


 ――かけたところで、すぐそばの岩影で横島並みの隠行を行っていた木乃香の襟首をひっつかみ、ずるずると引きずっていく。


「えう! タマモちゃんなんでわかったん?」

「横島の隠行を見つけるのに日々訓練している私の目は誤魔化せないわ。さ、二人はこのままにして帰るわよ」

「えー!」


 木乃香の未練がましい泣き声にやや頭痛を感じながら、タマモは最後に横島達を一瞥して微笑むと渋る木乃香を引きずったままログハウスへと戻るのだった。


「えーん、タマモちゃんもっと見させてー!」

「ダメ!」


 ある意味最強と呼んでもいい漆黒のなごみ系、近衛木乃香をしてもやはりタマモの前には赤子に等しいのかもしれない。



 そして三日後、彼女達は無事発見され救出されることになる。
 その間、なぜか横島たちが遭難した無人島は、水道施設が完備し、シャワー、バス、トイレも完備した快適空間へと様変わりしていたという。
 げに恐ろしきは横島のサバイバル能力であった。




第25話  end





「ふ、むなしいぜ……」


 白い妖精、オコジョのカモは口にタバコをくわえながら波を眺めている。
 ここは横島たちが遭難していた南の島。横島たちが救出されてからすでに三日、カモは波間に沈む太陽を見ながらたそがれていた。


「兄貴ー! よりによってなんでおれっちを置いて行くんですかー!」


 最近の出番の少なさのせいか、完全に忘れ去られたオコジョの悲哀に満ちた声が夕日に吸い込まれていく。
 その後、この島では白いオコジョが生態系の頂点に君臨し、海を渡ってきた7匹のねずみと死闘を繰り広げることになったという。


「ノ○イ、貴様は絶対に倒してやるー!」

「俺っちはノロ○じゃねえええ!」


 ちなみに一週間後、文珠により転移してきた横島に無事救助されたことをここに付け加えておこう。





<解説>

ティルトウェイト
 ウィザードリィシリーズにおいて最強を誇る魔法のことです。その威力は絶大で敵の集団に対して原子融合の核爆発を叩き込みます。



「お前に……命を吹き込んでやる」
「D−L○VE?」

 このくだりは皆川亮二氏の漫画が元ネタです、この漫画の主人公はばどんな乗り物でも瞬時にシンクロして乗りこなすスーパーマルチドライバーで、マシンに乗り込む際、上の「お前に〜」のセリフを言います。
 ちなみに、この主人公も横島と同じように赤貧にあえいでいたりします。もっとも、横島ほど凄まじい時給ではありませんが……


「ノ○イ、貴様は絶対に倒してやるー!」

 今は懐かしき「ガンバの大冒険」が元ネタです。まあ、白いイタチ=白いオコジョつながりで思いついたネタでした。



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