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 ここはエヴァの別荘。
 ついさっきネギの過去を見たアスナ達は、酒も入っての大宴会をしていた。もしこの場に3−Aの良識派?たるあやかがいれば、全力を上げてこの宴会を阻止していただろう。いや、結局いつも通りタマモに撃沈される可能性が高いかもしれない。
 ともかく、魔女達の宴はいまや最高潮に達していた。そんな中、アスナは一人騒ぎの中心から外れて自分の仮契約カードを取り出し、それを眺めている。そしてそれを目ざとく見つけたのは3−Aにおいて、おそらくもっとも好奇心あふれる存在である少女、朝倉和美であった。
 朝倉は普段と明らかに違うアスナを見て、記者魂を揺さぶられたのかゆっくりと背後からアスナに声をかけた。


「アスナ、何やってんの?」

「うきゃ! って朝倉か、なんでもないわ。ただ私に何が出来るか考えていただけ」

「ネギ先生のお父さんのことだね、まあこればっかは今の私達の力じゃどうしようもないしね。出来る範囲で助けてあげる事しか出来ないんじゃない?」

「それもそうね……くやしいけど」


 アスナとしてはネギの危うさの一端を見ただけに、なんとかネギに手助けできないかと考えていたのだ。しかし、いくら仮契約をして魔法という神秘の一端に触れようと、彼女達は社会的にまだ中学3年生の少女であり、出来ることは限られている。
 そしてアスナはそれが理解できるだけに、自分の力の限界に釈然としないものを感じるのだった。もっとも、父親の問題が解決しても、もう一つさらに別の意味で危ないものがあるのだが、それについては考えない事にしている。

 ともかく、アスナは朝倉と話しながら無理矢理現状を納得することに決め、先ほどまで穴が開くほど見つめていた仮契約カードを懐にしまおうとする。


「お、それはアスナの仮契約カードじゃん。ちょっと見せて」


 と、その時朝倉はアスナのカードを目ざとく見つけ、アスナの持つカードを覗きこむ。
 改めて朝倉がアスナのカードを見ると、そこには制服姿のアスナが体の至る所に包帯を巻いて巨大な剣を持って立っている絵が描かれていた。


「アスナのカードって剣士風なんだね、ところでこの称号のとこはなんて書いてあるの?」


 朝倉はアスナの背後からカードを覗き込みながら、名前の下にラテン語で書いてある称号の部分を指差す。


「『傷だらけの剣士』って書いてあるらしいわよ」

「傷だらけねー、ある意味アスナらしいといえばアスナらしいか、他の皆はどんな称号なの?」

「木乃香は『癒しなす姫君』、本屋ちゃんは『恥かしがりやの司書』でしょ。それから刹那さんは『翼ある剣士』、タマモちゃんは『断罪の突っ込みマスター』だったはずよ……ちなみに裏木乃香は『微笑みの闇巫女』


 アスナは以前ネギから聞いた皆の称号を記憶の彼方から掘り起こす。ただ、最後のほうは自分に言い聞かせるように小さくつぶやいただけなので、幸いにも朝倉に聞こえることはなかった。


「みんなそれっぽい称号だね……ってタマちゃんそのまんま!」

「契約者の本質なわけだから間違ってはいないんだけどね……」

「ふむー、じゃあ私が仮契約したらなんて出るかな?」

「朝倉だとあれね、『深遠の探求者』ってところじゃない」

「お、それかっこいいじゃない!」


 朝倉とアスナがカードを片手に称号談義をしていると、テーブルの食料に群がる人の山の中から木乃香がやってきた。
 見れば、ようやくサバトが一段落したのか、皆でテーブルを片付けながら一人、また一人とこちらにやってくる。


「アスナー、なにやってるん?」

「ん? ちょっと仮契約の称号の話をね。朝倉だとどんな称号になるかってね」

「へー面白そうやなー」


 その後結局全員がアスナの回りに集まり、クラス全員の称号を予想していくという遊びに興じるのだった。




「横島!  もう我慢できん、いい加減覚悟を決めろ!」

「だからいやじゃっちゅーに!」


 そんな中、部屋の隅からエヴァと横島の声が響き渡った。
 のどかのアーティファクトで横島の表層意識を見た後、なにやらショックを受けていたエヴァだったが、どういう思考の迷路をたどったのか唐突に復活し、性懲りも無く横島を弟子にしようと説得を続けているらしい。


「そんな言葉を言っていられるのも今の内だけだ。貴様の弱点はもう把握している!」


 エヴァはそう言うと口元に小さく笑みを浮かべ、なにやら呪文を唱えた。そして横島はこの日初めて本気で驚愕する。


「な!」

「どうだ、コレなら貴様もイヤとは言えまい」


 エヴァが呪文を唱え終えると、そこにはいつもの幼女ではなく、横島のストライクゾーンど真ん中の美女が立っていた。
 横島はあまりにも予想外の出来事に言葉をなくす。


「改めて言おう、私の弟子になれ、そうすれば貴様の望むものをくれてやろう。なんならこの私を好きにしてもかまわん」


 エヴァは妖艶に笑うと横島の頬に右手を当て、耳元でささやく。その声は脳を蕩けさすほどに甘く、横島の煩悩をビンビンと刺激していた。


「エヴァンジェリンさん、何をやっているんですか!」

「横島、そのエヴァは幻術で作られた幻よ、騙されちゃダメ!」


 エヴァが横島に色仕掛けで迫っていると、刹那とちびタマモが即座に割り込んで来る。だが、エヴァはそんな二人を気にすることなく横島を誘惑していった。


「さあ、答えを聞かせてもらおうか」


 横島は呆然とエヴァを見詰めていたが、やがてため息を一つ吐いて頭を振るとエヴァに答えるべく口をひらく。


「あのなエヴァちゃん、その成長したお姿にはものごっつ魅力を感じるんだが。本体がチビジャリじゃあ俺を誘惑するにはパンチ力不足だぞ」

「そうなのか? だが血涙流してまで我慢する事は無かろう。それに……」


 実際の話、そうとう無理をしているのであろうか、横島の目には血涙が浮かんでいる。 だが、そんな努力をしている横島を他所に周囲の空気はどんどん凍りつきはじめていた。
 冷気が充満する原因、それは当然刹那達であるのだが、さらにその根本的原因はというと。


 ――エヴァを横抱きに抱え、いわゆるお姫様抱っこをして寝室へと歩を進めようとしている横島であった。


「体は正直だな」

「いかーん! 体が勝手にぃいいい!」


 エヴァはほんの少し頬を染め、横島の胸に寄りかかるようにその顔をうずめる。そしてそのような行動をとった場合、黙っていられない人物もまた二名。


「横島ー、アンタというやつはー!」

「エヴァンジェリンさん、幻術で横島さんを惑わすとは卑怯な! むしろその魔法を教えて……もとい、横島さんを今すぐ解放して下さい!」


 刹那とちびタマモ、二人は横島の暴走を食い止めるべく駆け出し、ここに少女2名+式神1体による横島争奪戦が勃発するのだった。




「横島さん達って人生楽しんでますよねー」

「なに10歳で達観してんのよ」


 ネギは部屋の隅で行われている横島達のコントを生暖かい目で見てた。そんな中、同じように横島を見ていた木乃香がぽつりとつぶやく。


「アスナー、もし横島さんがネギ君の従者やったらどんな称号かなー」

「横島さんが? うーん、『人間を超えた人間』?」

「たしかにあの不死身さというか、非常識さはあらゆる意味で人間を超越していますね」


 ネギ達があれこれと横島の称号を考えていると、これまたいつの間にか会話に参加していた夕映がぽつりとつぶやいた。


「Heart of the Maelstrom……」

「なんなのそれ?」

「いえ、とあるゲームのサブタイトルなんですけど横島さんの称号にはこれがぴったりじゃないかと思いまして」

「ちなみに日本語だと?」


 夕映はアスナの質問に一瞬目を閉じ、しばしの間虚空を見つめる。そして皆の視線が十分に集まっていることを確認すると、右手の人差し指を立て、歌うようにその小さな口から横島にふさわしいとされる称号を口にした。


「『災禍の中心』です」



 夕映の言葉を受け、ネギ達はいまだにコントを続ける横島をみる。
 そしてしばしの沈黙の後、まるで示し合わせたかのようにシンクロして叫んだ。


「「「それだぁあああ!」」」






「横島、いいかげんエヴァを降ろしなさい!」

「降ろしたくても体が言う事を聞かんのじゃー! ああ、むしろこのまま一気に」

「何を一気にやるつもりですかー!」

「誰か、誰か俺を止めてくれー! このままじゃ俺は結果としてロリコンにいいいいい! へぶし……」


 やがて、何かを叩きつける音と共に横島の絶叫はやむ。周囲に残るのは刹那とちびタマモの荒い息遣いと、エヴァの悔しそうな舌打ちのみであった。
 ちなみに、この時横島は最後まで変身したエヴァを手放す事はなく、ある意味"漢"を貫いたとも言えよう。




第27話 「明けない夜に act1」






 横島達がエヴァの別荘で騒いでいるころ、タマモとあやかは珍妙なものを拾っていた。


「タマモさん、あの犬はどこに行ったんでしょうか?」

「そうねー、どこに行ったのかしら。とりあえず今はこの子を何とかするのが先だと思うわよ。なんだか熱があるみたいだし」


 あやかの疑問に、やや棒読み気味で答えるタマモの目の前には、素っ裸の少年がうつ伏せでダウンしていた。




 時間を少し戻そう。
 タマモは学校が終わるとあやかと共に女子寮へ向かおうとしていた。 だが、その途中で雨に打たれて気を失っている黒い犬を見つけたのである。


(これは……人狼? ちょっと違うわね、素性はわからないけどほっとくわけにはいかないか)


 タマモはすぐにその犬が普通の存在ではないと見抜き、服が汚れるのも気にせずその犬を抱き上げる。
 抱き上げた犬の体温はひどく冷たかった。


「タマモさん、その野良犬をどうするつもりですか?」

「アヤカ、ごめんけど今日は行けなくなったわ。この子をほっとくわけにはいけないし、ウチにつれて帰るね」


 タマモはそう言うと、傘を放り出し、雨にぬれたまま家に向かって歩き出す。


「あ、タマモさん待ってください。そのままじゃ濡れますわよ、私も行きますわ」


 あやかはすぐにタマモの傘を手に取り、タマモに追いすがって傘の中にタマモを入れる。その後、横島の家に着くまで、傘を打つ雨の音だけが二人をつつんでいた。


「ふう、けっこう濡れたわね。付き合ってくれてありがとうアヤカ」

「これぐらいかまいませんわ」


 二人は家に着くと、即座にバスタオルで犬をつつみ、物置から引っ張り出した湯たんぽを犬の下に敷く。
 タマモはとりあえず犬のことが一段落つくと、雨に濡れたせいかひどく体が冷えている事に気がついた。


「とりあえずシャワーでもあびましょ、体が冷えてきたわ。アヤカもはいりましょう!」

「ちょ! タマモさんひっぱらないでください、それに着替えが」

「大丈夫だって、私の貸してあげるから」


 タマモは嬉しそうにあやかの腕を引っ張り、バスルームへと消えていく。そしてその後、バスルームからはタマモとあやかの歓声が聞こえ――


「……」


 ――ていたが、途中から何故かタマモは沈黙していた。


「いいお湯でしたわねー」

「ええ、そうね……」


 30分ほどして、二人は湯気を漂わせて風呂場から出てきた。だが、なぜかタマモの表情が優れない。


「どうかしましたか?」

「なんでもないわよ、あ、そうだお茶持ってくるわね。あの犬にも暖めたミルクでも飲ませてあげないと」


 あやかはタマモの様子がおかしい事に気付き、心配そうな顔をするが、タマモはすぐに笑顔を取り戻し、台所へ駆け込んで行った。
 この時、タマモの表情が何故優れなかったかと言うと。


「大丈夫、あの時成長した私はあやかに決して負けないスタイルだったじゃない。たとえ今圧倒的なスペックの差があってもそれは絶対じゃないわ、それに横島の好みは……巨乳だったわね……あうううう」


 台所でミルクを温めながら一人つぶやくセリフで全て察してもらおう。
 ちなみに、横島のナンパした女性達の胸の平均サイズを統計すると、修学旅行以前と以後で明らかにワンサイズ下がっているのだが、それを知るのは死神ただ一人であるため、それを知らないタマモは早く成長するように天に祈り、牛乳に夢を託すのだった。



「きゃあああああ!」


 タマモが柄にもなく神に祈り、ようやく心の平穏を取り戻したころ。突如としてあやかの悲鳴が響き渡った。
 タマモはその悲鳴を聞くと、すぐに火を消し、あやかの下へと走り出す。


「アヤカ! 何があったの?!」


 タマモが応接間に飛び込むと、そこには地面を指差してへたり込むあやかがいた。


「タ、タマモさん。あれを……」


 あやかが指差す場所を見ると、そこにはさっきまでいたびしょ濡れの犬の代わりに、黒髪の10〜12歳ぐらいの少年が裸でうつぶせに倒れていた。


(しまった、なんたるうかつ! でも人間の姿に戻るってどういうこと? 力尽きて本来の犬の姿にもどったんじゃないのかしら、それともこっちの姿が本体なの?)


 タマモは己の見通しの甘さを悔やみ、そして同時に自分の知る人狼の生態と違うことに疑問を感じる。だが、とりあえず今の急務はあやかをいかに誤魔化すかということであった。


「タマモさん、あの犬はどこに行ったのでしょうか?」

「そうねー、どこに行ったのかしら。とりあえず今はこの子を何とかするのが先だと思うわよ。なんだが熱があるみたいだし」


 タマモはとりあえず、あやかの追及を少年の看病をしてごまかす事に決めたようである。


「とりあえずベッドに運んだほうがよさそうね、横島の部屋まで運ぶからアヤカは足のほうを持って」


 タマモはそう言うと少年をベッドに運ぶべく少年の体を起こそうとする。だが、その瞬間少年は目を覚まし、一瞬で体を起こしてタマモから離れた。


「こ、ここはどこや」

「ここは私の家よ、何を警戒しているのか知らないけど、ここにはあなたを傷つける人なんていないわよ」


 少年は熱のせいか、ややふらつきながら体を起こし、虚ろな目で不安そうに見つめているタマモとあやかを睨みつけ、なんとか状況を把握しようとしている。
 タマモはそんな少年を刺激しないようにゆっくりと近づきながら、まるで脅えて威嚇する子犬をいたわる様に優しく声をかけた。


「ねえ、あんたの名前は? それに一体何があったの?」

「なんやて、名前……? 俺の名前はなんなんや?」

「どういうことですの?」

「記憶喪失ってやつね。演技じゃなければ」


 タマモとあやかが顔を見合わせ、改めて少年を見ていると少年は熱にやられたのか一瞬足元をふらつかせる。
 だが、少年は頭を一振りして持ちこたえると小さくつぶやいた。


「そうや、俺はこんなことしとる場合じゃ、アイツに会わな……ネギ」

「え? ネギ先生のことをご存知ですの!?」


 あやかは少年がつぶやいたネギ当言う言葉に反応し、少年に詰め寄った。しかし、その行動は事態を把握し切れていない少年にとって警戒すべき行動であり、そのため少年は反射的に爪を出し、その鋭い爪をあやかに向ける。


「ち、近寄るな!」

 
 だが、その手があやかに届くことはなかった。


「記憶を無くして不安なのは分かるけど、女の子に手を上げるのはどうかと思うわよ」


 あわやあやかに振り下ろされようとしていた手は、タマモによってがっちりとつかまれていた。


「な、なにすんねん! 俺に触るなー!」


 少年は今度はつかまれた方とは反対の手でタマモを押しのけようとする。しかし、タマモはそれを難なくかわすと、いつの間にか取り出したのか100tハンマーを片手に少年を奥の部屋へと引きずっていく。


「まったく、これはちょっとお仕置きが必要ね」

「な、何すんねん! 離せ、は〜な〜せ〜!!」


 ことここに至り、少年は動物の本能で己の身に降りかかる危機を察知したのか、全力を挙げてタマモに抵抗しようとするが、熱のせいで力が思うように出ないためタマモのなすがまま、ずるずると地獄への扉へ一歩、また一歩と近付いていくのだった。


「あ、あのタマモさん。ほどほどに……」

「大丈夫、ちゃんと手加減するわよ」


 タマモはあやかに笑顔で答えると、部屋の扉をパタンと閉める。ちなみに、タマモは確かに手加減はするつもりでいた。だが自分の大切な友達であるあやかを害しかけたその罪は重い。
 故に――


「さーて、それじゃあ記憶喪失からの回復も兼ねていってみましょうか♪ 普通なら3%からいくんだけど特別サービスで5%からいくわよー」

「5%って何? てか姉ちゃんなにをするつもりや、そのえらく馬鹿でかいハンマーはいったい……」


 ――通常の体験コースは対横島用を100%とした内の3%が目安なのだが、哀れ少年は2%増しである5%の折檻をその身に受けるのだった。
 ちなみに5%と3%、その差は微々たるものに思えるかもしれないが、基本値が桁外れに大きいため、その違いは計り知れない。ここでどれほどの差があるかといえば、ど素人のパンチと全盛期のマイク・タ○ソンほどの違いがあったりする。


「うぎゃああああああああああ!」


 やがて、少年の叫び声が横島の家に響き渡った。







「はむむむむ、ふも、ふぐぐぐ、ほむほむ」

「喋るか食べるかどっちか一つにしなさいよ」

「タマモさん、なんか手馴れてませんか?」

「まあ、前にいたところでコイツと同系統のヤツと友人関係にあったからね」


 その後、気絶した少年が目を覚ますとなぜか完全な健康体になっていた。どうやら汗を流すことによって熱が引いたらしいのだが、その汗の大部分は冷や汗であったらしい。
そして現在少年は、タマモとあやかの手による料理を只ひたすら胃の中に収めることに没頭していた。


「ところでこの子はどうしますの?」

「どうしたもこうしたも、記憶が戻んないんじゃ話にならないわ。まあ、訳ありみたいだからウチで預かるって話に持っていくしかないわね」

「勝手に決めてしまっていいのですか?」

「横島のことなら大丈夫よ、あれで結構お人好しだからね。すくなくともコイツを放り出すようなことはしないわよ」

「だったらいいのですけど……」

「はむはむはむ、ふもももも、ずぞぞぞ!」


 少年の今後の身の振り方を心配するあやかを他所に、当の少年は相変わらす食事に没頭している。
 その食べっぷりは飢えた横島やかつての同僚であるシロを彷彿とさせ、タマモの顔は本人も意識しないうちに笑みを浮かべていた。


「まあ、その辺は横島が帰ってきたら話すわ。それよりも名前どうしよう?」

「この子の名前ですか?」

「そ、いつまでもコイツ呼ばわりじゃあ気の毒だしね。とりあえず……クロというのはどうかしら?」

「ぶふっぅ! ぐはぅ!……な、なんやねんその犬みたいな名前は!」


 食事に没頭しながらもしっかりと聞いていたのだろうか、あまりにもアレな名前に少年は思わずむせてしまう。


「あら、ぴったりじゃない。それにこの名前は私の友人の名前にちなんだ由緒正しい名前よ」

「姉ちゃんは人のことをなんだと思うとるんや! つーかその友人っていったいどんな名前や!」

「犬塚シロ、猪突ぎみの暴走少女だったけどいい友達だったわ……ってわけであんたの名前はクロに決まり、なんなら姓もあわせて横島クロにする?」

「なんちゅー名前やそれは、普通女子でそんな名前付けたらグレるぞ! それに俺には犬上小太郎っちゅー名前がちゃんとあるわい!」


 タマモのあまりの言い分に抗議するべく、テーブルに両手を着いて少年は吠える。
 その時、あやかは少年が自分の名前を叫んだ事に気がついた。


「あなた、記憶が戻ったのですか?」

「あれ? そういえば何でやろ、急に名前が浮かんできたんや」

「さっきのアレが効いたのかも、もう少し強めにやれば案外完全に戻るかもしれないわね。じゃあ今度は8%ぐらいで……」


 タマモは笑顔でそう言うと再びハンマーを手にし、腕まくりをしながら小太郎に近づいていく。


「いややー! もうそのハンマーはいややー、タマモ姉ちゃん堪忍してぇー!」


 小太郎は自分に迫ってくるタマモを確認すると、壁際まで一気に飛び退き、目に涙を浮かべイヤイヤという風に首を振る。タマモとしては冗談のつもりで言ったのだが、当の小太郎にとってはまさに命の危機であり、正直洒落にならない。


「タマモさん、冗談もほどほどにしてあげなさい。小太郎君本気で脅えてますわよ」

「そうね、ごめんなさい調子に乗りすぎたわ」

「あうううう、あやか姉ちゃーん」


 よほど怖かったのであろう、小太郎は微妙に幼児退行を引き起こし、尻尾を股の間に挟みながらあやかの膝に泣きつく。あやかはその姿に母性本能を刺激されたのか、微妙に満ち足りた表情で小太郎の頭をなでていた。
 タマモはそんな二人をしばしの間微笑ましく見つめていたが、ふと何かに気付いたように急に顔をこわばらせると、事務所へと続く扉をにらみつけ、次いで小太郎もタマモにしばし遅れたが何かの異変に気付く。


 パリンッ!



 その時、タマモと小太郎の耳に、小さいが確かにガラスが割れるような音が聞こえ、それと同時にタマモと小太郎は人外の、それも魔が放つ濃密な気配を感じ取る。


「なんなの、これは?」

「なんや!」


 タマモと小太郎は異変にいち早く気付き、即座にあやかを後ろにかばう形で前に出た。
 タマモ達が事務所とつながる扉を警戒していると、やがてその扉がゆっくりと開き、タマモ達の視線の先に黒ずくめの老人が悠然と姿を現す。だが、その老人が見かけどおりの老人ではない、すなわち人の姿をしたなにかだということをタマモは己の超感覚で感じ取っていた。


「やあ、狼男の少年。元気だったかね?」

「お、お前は!」


 小太郎はその老人に見覚えがるのか、その出現に驚愕しながらも即座に飛びかかる。だが、男はまるで見透かしたかのように小太郎の拳をかわすと、カウンターで強烈な右をたたきつけた。
 小太郎はそれをまともに喰らい、部屋の隅まで吹き飛ばされる。

 
「さて、少年。瓶を渡してもらおうか」


 男は床に横たわる小太郎を見据えたまま、ゆっくりと小太郎に向かって歩いていく。だが、その時唐突に男の目の前に巨大なハンマーがずいっと差し出され、男はその歩みを止めた。


「小太郎とあんたがどんな関係があるか知らないけど、人の家に土足で上がりこんでただで帰れると思ってないわよね」

「これはこれは、少年を追っていてこんなところで君と会うとはなんという幸運。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。そして君は横島タマモ君だね」

「あんた……何者!?」


 タマモはヘルマンと名乗った老人に対してハンマーを構えたまま目をすっと細める。


「私はただの使いだよ……とある方が君の事をいたく気にいっていてね、ぜひとも君を手元に置きたいと言うんだよ。それで私は主の命に従って君を迎えに来た、というわけだ」


 ヘルマンは伯爵という爵位のとおり、紳士ぜんとした表情でやわらかい笑みを浮かべるとタマモに向かって手を伸ばした。すると、タマモは芝居がかったヘルマンの仕草を冷徹に見つめながらくすりと小さく笑う。


「私を迎える、ね……あんたの主はとんだ物好きねー」

「いや、タマモさん自分でそれを言うのはどうかと……」


 タマモは背後から来るあやかの突っ込みを華麗にスルーしつつ、ヘルマンから目を離すことはない。


「まあ、確かに我が主は少々変わっているが、それは今はどうでもいい。ともかく、君が我々と同じく『こちら側』の存在である以上、君の本当の居場所はここではない。我が主のところへ来れば君はもうそのように自分を偽る必要もなく、ただ己のあるがままでいられるのだ。さあ、来たまえ我が主のもとへ、君の隣に立つのは我が主こそがふさわしい」


 ヘルマンはタマモを見据えたまま手を伸ばし、ゆっくりとタマモに向かって歩き出す。そしてタマモまであと一歩まで近付いた時、タマモはもうガマンできないという感じで腹を抑えて笑いだした。
 ヘルマンは突然のことに一歩後ずさり、狂態を見せるタマモの様子を見る。そしてタマモはひとしきり笑うと、笑いすぎて目に浮かんだ涙をぬぐいながらヘルマンを睨みつけた。


「あんたの主が私にふさわしい、か……そうね、確かに私が背中を預けることが出来るのは並大抵のヤツじゃ不可能だわ」

「そうだ、だからこそ我が主の下へ……」

「じゃあ聞くけど、その主とやらは人間として生身で大気圏突入をやらかして無傷で生還したり、生身で音速の壁をぶち破ったり、そして碇を抱かされて無装備で深海へ潜ったりできる? あ、そうそう、核攻撃並の爆発から生還ってのもありね」

「……君はふざけているのかね。いくらなんでもそれは無茶と……」

「私の義兄、横島忠夫ならやるわよ。ていうかやったし」

「……」


 ヘルマンはタマモのあまりの言い分に沈黙し、横島という男に戦慄を覚えた。そしてタマモはそんなヘルマンを見据えながら腕を組んで胸を張る。


「でもね、それよりももっと大事なことがあるわ。あんたはさっき主とやらの所に行けば自分を偽る必要がないって言ってたわね。けどお生憎様、私は少なくとも横島の前で自分を偽ったことなんて無い、いえ偽る必要すらないの。だから私は自分が好きな場所、アイツと一緒に居られるここを選ぶ!」

「ふむ……それは主の誘いを断るということかね?」

「そうよ、私が背中を預け、そして預けられるのは私が選んだ男、横島忠夫だけよ! だから……」


 タマモはここで組んでいた腕を解き、その細く白い腕をヘルマンに突きつけ、握りこぶしから指を一本おっ立てた。


「一昨日きなさい!」


 それは年頃の女性としていろいろと問題のある仕草ではあったが、何故か背景に炎を背負ったタマモにはよく似合っていた。そしてタマモに真っ向から拒否されたヘルマンは、しばしの間放心するかのようにタマモを凝視していたが、やがて諦めたように首を振る。


「やれやれ、これはとんだお嬢さんだ……だが、私も子供の使いではないのだよ。君が拒否するという以上、不本意だがそれ相応の手段をとらせてもらう」

「腕ずくでもってことかしら? 強引なだけの男は嫌われるわよ」


 タマモとヘルマンはお互いに隙を見せることなく対峙し、タマモはノーマルハンマーではなくアーティファクトのハンマーを構える。ちなみに、ヘルマンの言い分にちょっと怒っているせいか、その重量表記は『1Mt』にランクアップしていた。
 ともかく、タマモが得物を構えたままゆっくりと距離を取り、そしていざそのハンマーの力を存分に振るおうとしたその瞬間、今まで気絶していた小太郎が起き上がり、タマモの影からヘルマンに踊りかかる。
 

「タマモ姉ちゃんどくんや!」


 しかし、ヘルマンは小太郎が起きている事に気付いていたのか、小太郎の奇襲を冷静に捌き、やがて強烈な蹴りを小太郎に叩き込み、小太郎を壁際まで吹き飛ばすとそのまま小太郎を踏みつけて動きを封じる。


「ふむ、なかなか見事な攻撃だ。幼さの割りに君は非常に筋がいい。だがそれでもまだ私には及ばない」

「なんやて」

「それに私は今タマモ君と大事な話をしているのだよ、だから君には気の毒だが少し黙ってもらおう」


 ヘルマンは小太郎を冷然と見下ろしながらその口を開く。すると、ヘルマンの口になにやら魔力が集中しだす。
 それは明らかに小太郎への攻撃であり、その効力がどれほどなのかはわからないが、ヘルマンのセリフから察するに小太郎を無力化させるのに十分な威力秘めているであろう。だからタマモは小太郎を助けるため、ヘルマンの意識が小太郎に向いた一瞬の隙を突いて手にしたハンマーをこうぺいとう1号の形状に変化させると、それを渾身の力でもって投げつけた。
 タマモより放たれたこんぺいとう1号は唸りを上げてヘルマンに迫り、今にも怪光線を放とうとしたヘルマンは間一髪でそれを避ける。そして目標を見失ったハンマーはそのまま壁に突き刺さり――


「甘い、追尾開始ー!」


 ――かけた所で急停止し、くるりと向きを変えるとまるで意思があるかのようにヘルマンを追尾していく。
 そしてその隙にタマモは床で蹲る小太郎を抱え、後ろで呆然と事態を見つめていたあやかの手を取ると、脱兎のごとく逃げ出すのだった。

 
「アヤカ、早くこっちへ!」

「タマモさん、今の人はいったい?」

「説明はことが全部済んだら存分にしたげるわよ、でも今は早く逃げなきゃ、私じゃアイツと真っ向から戦っても勝ち目はないわ!」


 タマモはあやかの手を引きながら玄関へ向かって走る。しかし、次の瞬間に目の前の壁が破裂し、そこから無傷のヘルマンがのそりと姿を見せた。


「そう簡単に逃げられると思っていたのかね。確かに先ほどの攻撃は驚嘆に値するが、すぐに地面に落ちて動かなくなるようでは私の足止めにはならないよ」

「ちい! やっぱりボケキャラ以外には追尾効果が薄いか」

「なんやねんそれは!」


 タマモの所有するアーティファクト、その名も『変幻突込杖』は所有者の思いのままに自由にその形状を変化させ、さらにそれを投擲すれば命中するまで目標を自動追尾する凶悪なアーティファクトである。しかし、このアーティファクトがもっとも効力を発揮するのはその名が示すとおり突っ込みとして使用された時であり、ボケ要素のないヘルマンに対しては些か相性が悪い武器でもあった。
 ちなみに、このアーティファクトに最も相性がいいのは、言うまでもなく横島である。

 ともかく、ヘルマンによって行く手を塞がれたタマモ達はその足を止めることなく即座に方向を変え、行く手にある階段を登り二階へと駆け上がった。そしてヘルマンは逃げ場のない二階へと駆け上がったタマモを見送ると、慌てることなくタマモを追い詰めるべくその階段に足をかけ、タマモ達に聞かせるかのように足音を響かせながら階段を登って行く。
 タマモは二階にたどり着くと担いでいた小太郎を下ろし、あやかを背中にかばうとヘルマンを待ち構えるように階段の上で彼を見下ろす。


「タマモさん、二階に逃げたら逃げ場が……」

「大丈夫、もうすぐ横島が帰ってくる。だから私達はそれまで持ちこたえればいいわ。それに……客間に通じるここはいわば私の空間、ここなら誰にも負けない!」


 タマモは不安そうなあやかを安心させるように笑顔で答えると階段の降り口に戻り、そしてヘルマンが階段の中ごろまで来たその時、タマモはまるで中国拳法のような動きを見せ、凄まじい震脚で床を踏みしめた。
 タマモの震脚は家を揺るがし、そして――


 パタン!



 ――ヘルマンの足元から綺麗に階段が消え、滑り台のように綺麗な斜面になった。


「ぬおおお!」


 あまりに突然の事にヘルマンは完全に足を取られ、まるでコントのように綺麗に階段を滑り落ち、そのまま壁に激突してしまう。そしてヘルマンが壁に激突した瞬間、天井に穴が開き、そこから金属製のタライがヘルマンを襲う。しかし、ヘルマンはそのタライの奇襲をギリギリで避ける。


「ふむ、ちょっと驚いたが、こんな使い古された旧世紀の手法なぞ、この新世紀には通用しな……いぃぃ!」


 ぐちゃっ!



 ヘルマンの悲鳴の後、なにやら妙に水っぽい音が響き渡る。それはヘルマンが冷静にタライを避けた瞬間、まるでその動きを読んでいたかのように避けた先の天井に再び穴が開き、そこから振り子式の巨大なハンマーがヘルマンを壁に撃ちつけた音だった。


「やりい、決まった! どうかしら、新世紀の手法の味は?」

「なにかこう、この前桜子さんが持って来たDVDで見たような展開が目の前で……」

「ワイはよー知らんけど、なんか懐かしい気がするなー……」


 タマモは背後で顔を見合わせて呆然としている二人を無視すると、見事に決まった罠に快哉を上げる。


「ぐ、ぐむ……今のは些か効いた。しかし、これで私を止められない以上、もはや時間の問題だ」


 ヘルマンは壁とハンマーの隙間から何とか這い出すと、自分を笑うタマモを睨みつける。しかし、おびただしい鼻血を出しているその姿は、今までかもし出していた紳士ぜんとした雰囲気も、そしてタマモを狙う謎の老人というミステリアスな雰囲気を綺麗に粉砕していた。
 そしてタマモはそれを知るが故に、階段の上からヘルマンを余裕たっぷりに見下ろしながら答えた。


「あら、そんな事ないわよ。時間稼ぐだけならそれこそ手段は色々、そしてあなたに言っておく事があるの」

「私にかね?」

「そう、ようこそ『こちら側の世界』へ」

「……どういうことかね?」


 タマモが宣言すると同時に、ヘルマンの横の壁が轟音と共にぶち破られる。そしてその穴からは先ほど力を失ったはずのこんぺいとう1号が空中に浮かび、その刺々しい頭の部分をヘルマンにピッタリとロックオンしていた。しかも、それだけに留まらず、いつの間にかヘルマンのいる廊下全体の壁がスライドし、そこにある全ての罠――ありとあらゆるハンマーやこうんぺいとうシリーズ――が顔をのぞかせていた。
 

「……こ、これは先ほどの、それにこの罠の数は……」

「そ、私のアーティファクトと横島用のお仕置きトラップ。そして改めていらっしゃい、美神流が真価を発揮する世界へ。と、言うわけで攻撃開始ー!」

「な! ちょ、ちょっと待ちたまえ、むおおおー!」


 タマモの号令と共に、宙に浮かんだこんぺいとう1号は先ほどとは全く別物と言えるキレとスピードでヘルマンへ迫る。それはヘルマンがまぎれもなくボケの世界へと誘われているという事を意味し、さらにトドメとばかりにヘルマンを囲む全周囲から射出されたハンマー群がヘルマンを覆い尽くしていく。
 ちなみに、タマモの言う美神流とはシリアスな相手をギャグの空間に引きずり込み、徹底的にいたぶるという彼女の元保護者、美神令子が得意とした戦術のことである。


「さてっと、これでかなり時間が稼げるわ。今のうちに防御を固めるわよ……ってアヤカに小太郎、なによその顔は」


 タマモが階下で聞こえる悲鳴と打撃音に満足げに頷きながら振り返ると、そこにはあやかと小太郎が口をあんぐりと開け、呆然とした表情でタマモを見つめていた。


「タ、タマモ姉ちゃんって顔は美人なのになんちゅうえげつないことを……」

「タマモさん、いくらなんでも横島さん用のトラップというのはあまりにも……」


 二人はもはや完全なギャグキャラに堕ちてしまったヘルマンに対して、敵ながら同情を隠せないようである。タマモは二人のあまりの言い分にやや顔を引きつらせながら、階下から音が聞こえなくなったのを確認すると二人の手を取って廊下の奥へと走り出すのだった。


 ギシ……ギシ……


 タマモ達が奥へと姿を消してからしばらくすると、なにやら階段を這い上がるような音が二階に響く。そしてその音が二階に近付き今にも得体の知れない何かが姿を現そうと瞬間――


 ツルッ! ゴン! ぐしゃ!


「むご……」


 ――なにやら再び何かが滑るような音と、何かが壁に激突する音、さらにえらく重量感のある物が何かを叩き潰すような音が聞こえる。しかし、その音の発生源はそれにもめげず再び未踏の頂を目指し、ゆっくりと這い上がる。そして今度こそ、三度目にしてようやく彼、ヘルマン伯爵は横島邸の二階の床にその手をかけたのだった。


 プス! ツルッ! ゴン! ぐしゃ!


「……」


 そのすぐ後になにやら手のひらに無数の針が刺さる音と、再び滑降、激突、圧壊の音が響き渡った。そしてそれから5分後、ヘルマンは艱難辛苦の末ようやく本当の意味で二階へとたどり着くのだった。
 二階にたどり着いたヘルマンは服についた埃はらうと、タマモが逃げたであろう方向を見つめ余裕を持って歩き出す。しかし、その歩調は今までの悠然とした威圧的な歩調から、どことなくイラツキを隠せない神経質な歩調へと変わっていた。そしてヘルマンは廊下の先にある部屋の前にたどり着き、行く手を塞ぐドアのノブを掴むと――


 ジュっ!


「ぬおおおお!」


 ――分厚い皮手袋越しにも感じる凄まじい熱が手のひらを襲い、そのあまりの熱さに廊下にのた打ち回る。そしてしばらく右手を押さえて蹲っていたが、やがてムクリと起き上がると、右足を扉へ向けて叩きつけて扉を完全に破壊して部屋へと進入した。
 するとそこには、壁際に座り込むあやかを守るように両手を広げて立ちはだかるタマモと小太郎がおり、ヘルマンはついにタマモを追い詰めたと顔に喜色を浮かばせ、タマモを睨みつける。この時ヘルマンの目は今まで味わった事の無い屈辱を連続で浴びたことにより完璧に血走っていたが、主からの命令は『タマモを無傷で捕らえよ』という事なので何とかその怒りを制御していた。


「あら、ずいぶんと遅かったじゃない。私の歓迎はお気に召したかしら?」

「中々趣向を凝らした歓迎だったが……しかし、あのような攻撃など私には蚊が刺したほどにも感じないよ」

「……鼻や額から血を流しながら言うセリフじゃないわね」


 タマモはヘルマンを挑発するように鼻で笑う。しかし、現状は甚だまずい状況だ。
 タマモの背後には、未だに状況を把握しきれていない一般人のあやかがいる。そのため、うかつに魔法のことがばれる行動を取るわけにはいかない。もっとも、本当にやばい状態になれば狐火等の能力を使わざるをえないのだが、正直いかなタマモとて真っ向からヘルマンと戦っても勝ち目は見えない。
 だからこその時間稼ぎでもあったのだが、肝心の横島は未だに現われない。まさに八方塞の状況であった。
 ヘルマンはこの時、タマモの挑発の裏に潜む不安を正確に見抜き、ハンカチで血をぬぐうとようやく元の余裕の表情を取り戻した。そしてヘルマンは追い詰めた鼠をいたぶるかのように冷たい視線のままゆっくりと、より恐怖を感じさせる迫力をかもし出させながらタマモ達に近付こうと足を踏み出した瞬間――


「おおおわあぁぁぁー!」

 ベシャ!



 ――踏み出した先の床が消失し、そのまま泥だらけの地面へと落下して行った。

 部屋の隅に追い詰められたかのように見えたタマモ達、それはタマモの得意とする幻術が見せた幻であった。
 タマモは二階のベランダの一部を破壊すると、そこに通じる窓を開け放ち、その空間を覆うように壁を拡張させて脅える自分達の幻を見せていたのだ。
 さらにこの時のヘルマンは今までに喰らったふざけた歓迎に平静さを失っており、いとも簡単にタマモの幻術にかかり、あるはずの無い床へと足を踏み出し、見事に地面へと落下したのだった。
 だが、タマモの攻撃はこの程度で終わらない。
 

「やった! 今よ、総員一斉攻撃開始ー!」


 タマモの号令の元、クローゼットに隠れていた小太郎とあやかは手にした花瓶、フライパン、タンス等を次々と真下のヘルマンヘ投下していき、さらにトドメとばかりにタマモはどこからとも無く取り出した大量のノーマル100tハンマーをヘルマンへと叩きつけていく。そして見る見るうちにヘルマンはハンマーと家具に埋没し、やがて完璧にその姿を消した。


「やったで! これでもう終わりやろ」

「タマモさん、本当にこれであの人を倒せたんでしょうか?」

「んー、さすがにこれだけの攻撃で無傷ってことは無いでしょう。とりあえず私は下へ確認に行くから、小太郎とあやかはここで待ってて」


 タマモはしばしの間ベランダから小山のようにうずたかく盛られたハンマーの山を見ていたが、やがてヘルマンの状態を確認すべく部屋を出ようとしたその時、凄まじい爆発音と共に小太郎のくぐもった声とあやかの悲鳴が部屋に響き渡った。


「い、今のはさすがに効いたよ……まったく、私も結構長い間生きていたが、ここまで私をコケにしてくれたのは君が初めてだよ」


 タマモが振り返って見た物は、部屋の隅で蹲り完璧に気絶している小太郎と、ヘルマンに捕らえられ、その白く細い首をわし掴みにされたあやかであった。


「あんた……アヤカをどうするつもり?」

「この少女をどうするかは君次第だよ。私としても不本意ではあるが、この後の事もあるし私も時間が切迫しているのでね、効率を重視させてもらう」

「人質……ってわけね」

「そういうことだ、おっと動かないでくれたまえ。今の私は些か機嫌が悪くて力加減が上手く出来ないようだ。だから君のちょっとした動きで思わずこの細い首を握り撫してしまいかねない」

「クッ……」


 ヘルマンは顔中血まみれになり、怒りを必死に我慢しているせいか頬がピクピクと震えている。そしてその手は先ほどの言葉の通り、タマモのちょっとした動きでも本当にあやかの首を握り潰してしまうだろう。
 タマモはこの時、みすみすあやかを人質に取られたうかつさを呪いながら、あやかの救出方法をその脳裏に浮かべる。しかし、浮かんでくるどの案もあやかを救出する事は不可能であった。となると、残された手段はこのまま抵抗を諦めるか、もしくは何とか時間を稼ぎ、横島の乱入を待つという二択しかないのだが、ヘルマンはタマモの思惑を読み取ったのか薄ら笑いを浮かべた。
 

「タマモ君はどうやら横島君が来るまで時間を稼ごうかと考えているだろうが、それは無駄な事だと忠告しておこう。今、横島君は閣下自らが足止めをしているから彼がここに来るにはもう少し時間がかかる。それに先ほど言ったとおりこの後の予定も詰まっていてね、この少女を見捨てるか、それとも大人しく私に捕まるか選んでくれたまえ」


 タマモはもはやあやかを助ける手段がただ一つしか残されていない事を悟ると、持っていたハンマーから手を離し、一縷の望みを信頼するパートナーに託してゆっくりとヘルマンの下へと歩いていく。


「どうやら覚悟を決めたようだね」

「ダメです! タマモさん、私のことはいいから逃げてください!」


 あやかは得体の知れない男に命を握られた事に恐怖していた。しかし、それ以上に大切な友人であるタマモが、自分のせいで捕まってしまうことに耐えられなかった。
 だから、あやかは恐怖に打ち震えながら必死にヘルマンの腕から脱出しようとあがく。だが、自分の首を握り締めるヘルマンの手はびくともせず、自力で脱出するにはあやかはあまりにも非力であった。


「こんなことに巻き込んじゃってゴメンね。アヤカだけは絶対に助けるから」

「タマモさん……ダメです、ダメ……お願い、逃げて……」


 あやかはどうあがいても逃げられない事を悟ると、タマモに逃げるように懇願する。この時、あやかの目には涙が浮かび、目の前にいるタマモの姿がどんどん霞んで行く。
 そしてタマモはあやかの前に立つと、その涙を手でそっと救い、安心させるかのように笑顔を見せると、その顔を引き締めてヘルマンを見上げた。


「ねえ、約束して。私が大人しくついていくから、アヤカは必ず無傷で解放して」

「……よかろう、君が素直に私の手に落ちてくれるならヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵の名に賭けて彼女は無事に帰そう」


 タマモはヘルマンがあやかの解放を確約すると、安心したかのように一息つき、あやかの方へ振り返る。そして自分を何とか翻意させようと必死で名前を呼ぶあやかに微笑みかけた。


「アヤカ、ゴメン。それから……ありがとう」

「タマモさん、私のことはいいんです、逃げて……お願い、逃げてー!」


 あやかがタマモに手を伸ばしながら必死に叫んだその時、今まで万力のように首を締め付けていたヘルマンの手が離され、あやかはタマモを助けようと必死に手を伸ばす。しかし、その手がタマモに届くことはなかった。


「横島……信じているからね」


 あやかの手がタマモの体に届こうとした瞬間、タマモの周囲に水の壁が立ち上がり、その水に飲み込まれるようにタマモは姿を消す。その場所に残されたのは、ほんのわずかな水溜りと、一本の金色の髪の毛のみであった。


「タマモさん、タマモさん……いやああー!」


 あやかはたった今までタマモがいた場所にへたり込むと、水溜りに浮かぶ金色の髪に気付きそのまま泣き崩れる。その慟哭は絶望に染まり、そんなあやかの絶望をヘルマンは心地よさげに眺めていた。


「さて、これで任務の一つは完了した、次はネギ少年と横島君か……さて、彼らもどれだけ私を楽しませてくれるかな」

「ネギ……ネギ先生に何をするおつもりですか!? それに横島さんまで!」


 あやかはヘルマンがつぶやいたネギという言葉に反応してつかみかかる。 だが、そんな彼女にに強烈な眠気が襲い掛かった。


「君を人質にしてしまったことは謝ろう、せめてよい夢を見てくれたまえ」


 あやかはヘルマンの声を最後に意識を失っていく。後に残されたのは、気絶している小太郎、そして涙を流して眠るあやかだけであった。






第27話 end





 横島は焦っていた。
 先ほど、エヴァの別荘からネギたちと別れ、帰宅する途中に突然ちびタマモが元の紙に戻ったのである。これはタマモに何か重大な事態が発生していることを意味していた。
 しかも、いざ文珠で転移しようとしたその時、やたらハデなメイクをし、自分のことを「我輩は悪魔だ」と名乗る魔族っぽい者が現われ、横島はそれの対応で貴重な時間を失ってしまう。
 そしてなんとかその魔族っぽい者を撃退すると、遅まきながら文珠で玄関まで転移し、靴も脱ぐのももどかしく家の中へと駆け込んだのだった。



「タマモ!」


 横島が扉を開いたその先には、壁には穴があき、そこかしこにハンマーが乱立する凄まじい光景が広がっていた。その後、横島は警戒しながら各部屋を見て周り、やがて二階にたどり着くと、そこに扉が無残に破壊された部屋に気付き、文珠を握り締めながらその部屋へと侵入する。
 すると、その部屋には壮絶な戦いの跡と共に、どこかで見覚えのある少年とあやかがが力なく横たわっていた。


「これは……いったい何があったんだ?」


 横島は部屋の状況にいぶかしがりながらも、とりあえずあやかを揺り起こす。すると、あやかはすぐに目を覚まし、どこか虚ろな目で横島を見上げた。


「う……ん…… 横島さん?」

「よかった、無事だったか。いきなりですまんが、いったい何があったんだ?」

「何がってさっき小太郎君とご飯を食べてて……は! タマモさん! タマモさんが!!」


 あやかは目を覚ますとすぐにさっきのことを思い出し、タマモを探そうとする。だが、いくらタマモの名を呼び、周囲を見渡してもタマモを見つけることはできなかった。


「おちついて、いったい何があったっていうんだ?」

「横島さん、私が……私のせいでタマモさんが……」


 あやかは横島に抱きつき、そしてそのまま泣きくずれる。


「ちょ! あやかちゃんおちついてくれ。タマモにいったい何があったんだ」


 横島は事情を聞くべく、あやかを必死になだめ、途切れ途切れながらその経緯を聞いていく。
 あやかから知らされた事態、それは京都以来の長い夜の始まりを横島に告げるのだった。



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