横島は焦っていた。
 先ほど、エヴァの別荘からネギたちと別れ、帰宅する途中に突然ちびタマモが元の紙に戻ったのである。これはタマモに何か重大な事態が発生していることを意味していた。
 しかも、いざ文珠で転移しようとしたその時、やたらハデなメイクをし、自分のことを我輩は悪魔だと名乗る魔族っぽい者が現われ、横島はそれの対応で貴重な時間を失ってしまう。
 そしてなんとかその魔族っぽい者を撃退すると、遅まきながら文珠で玄関まで転移し、靴も脱ぐのももどかしく家の中へと駆け込んだのだった。


「タマモ!」


 横島が扉を開いたその先には、壁には穴があき、そこかしこにハンマーが乱立する凄まじい光景が広がっていた。その後、横島は警戒しながら各部屋を見て周り、やがて二階にたどり着くと、そこに扉が無残に破壊された部屋に気付き、文珠を握り締めながらその部屋へと侵入する。
 すると、その部屋には壮絶な戦いの跡と共に、どこかで見覚えのある少年とあやかがが力なく横たわっていた。


「これは……いったい何があったんだ?」


 横島は部屋の状況にいぶかしがりながらも、とりあえずあやかを揺り起こす。すると、あやかはすぐに目を覚まし、どこか虚ろな目で横島を見上げた。


「う……ん…… 横島さん?」

「よかった、無事だったか。いきなりですまんが、いったい何があったんだ?」

「何がってさっき小太郎君とご飯を食べてて……は! タマモさん! タマモさんが!!」


 あやかは目を覚ますとすぐにさっきのことを思い出し、タマモを探そうとする。だが、いくらタマモの名を呼び、周囲を見渡してもタマモを見つけることはできなかった。


「おちついて、いったい何があったっていうんだ?」

「横島さん、私が……私のせいでタマモさんが……」


 あやかは横島に抱きつき、そしてそのまま泣きくずれる。
 

「ちょ! あやかちゃんおちついてくれ。タマモにいったい何があったんだ」


 横島は事情を聞くべく、あやかを必死になだめ、途切れ途切れながらその経緯を聞いていく。
 あやかから知らされた事態、それは京都以来の長い夜の始まりを横島に告げるのだった。



第28話  「明けない夜に act2」




「そうか、タマモが……」


 横島は自分にむせび泣くあやかを必死になだめながら、ふと後ろを振り向く。
 横島の視界には、外に面した壁が綺麗さっぱり消失し、激しい雨が部屋に吹き込んでいる。さらにその窓からちょっと外を眺めれば、そこには無数のタンスやベッド、ハンマーが大地に散乱し壮絶な戦いの跡を残していた。
 

「私があの男に捕まらなければこんなことには……横島さん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 あやかは一通り横島に事情説明しているうちに自責の念に捕らわれたのか、横島にすがりつくとまるでうわごとの様に謝り続け、どこか意識を遠く飛ばしたようなうつろな目で横島を見上げた。
 横島としては、本来ならすぐにでもタマモ救出のために飛び出したいのだが、あやかの自責の念は強く、このままにしておくにはあまりにも危うい。しかも、下手をすれば思いつめた挙句に自殺でもしかねない雰囲気であった。
 横島はむせび泣くあやかをどうしたものかと見下ろしながら途方にくれる。しかし、いつまでもこの状態ではタマモを助ける事もできない上に、先ほどから自分の胸に当っている柔らかいナニカがいいかげんヤバイ。いかな煩悩の塊である横島といえど、この状況で煩悩に流されたらまずいという事は十分に理解している。いや、それ以前に仮に暴走して事をしでかしてしまい、それをタマモに知られたら間違いなく命が無い。
 ゆえに横島は自分の内で解き放たれようともがく煩悩を必死で制御し、かろうじてその制御に成功するとあやかの肩にそっと手を置く。
 ちなみに、すでに中学生うんぬんという葛藤が無くなっている様な気もするのだが、それを指摘した場合いろいろな意味で横島の中の何かが終わりそうな気がするので、ここでそれを指摘するのは避けよう。
 ともかく、横島があやかの肩に手をやるとあやかは一瞬ピクリと肩を震わせ、ようやくその顔を上げた。


「あやかちゃん、タマモは大丈夫だって。アイツがそう簡単にどうにかなるわけないだろう」

「で、でも……」

「大丈夫だって、俺が断言する。だいたい想像できるか? あのタマモが囚われのお姫様よろしく助けを待っているだなんて。今心配するべきはむしろヘルマンとか言う変態ジジイの命のほうだ!」

「そ、それは確かにそうかもしれませんけど」


 あやかはあまりにも自信たっぷりに断言する横島に、思わず同調してしまう。 この時、あやかの脳裏にはハンマーを肩に担ぎ、ヘルマンを踏みつける絵面がリアルに浮かび上がり、そのあまりにもアレな絵面に思わず噴出してしまいそうになる。
 横島はそんなあやかを見つめながら、もう大丈夫だろうと確信したのかここでようやくあやかの肩から手を離した。


「だろ、それに……たとえタマモが自力で逃げ出せなくても、俺が必ず助け出して連れ戻す! だからあやかちゃんは安心してくれ」
 

 横島はタマモに持たされたハンカチをあやかに差し出しながら、あやかの髪をタマモと同じような感覚でなでる。するとあやかは横島の瞳をじっと見つめ、その瞳に宿る確たる決意を読みとったのか、ハンカチを受け取るとようやく笑みを浮かべるのだった。


「そうですね……私がここでいくら悔いてもタマモさんは取り戻せません、だからもう泣くのは止めます。そして横島さん、お願いします、タマモさんを必ず……」

「おう、任しとけって。すぐにタマモを取り戻して来るから待っててくれ……と、言うわけで今からタマモの所に……」

「あ、そういえば……横島さんってタマモさんのいる場所をご存知なのですか?」

「あ……」


 横島はここでようやくタマモの居場所がわからない事に気付き、勢い込んでタマモ救出に向かおうとしたその足を止める。考えてみれば、タマモを救出しようにも肝心の居場所がわからなければ話にならない。


「しもたー! タマモを助けに行こうにも、居場所がわからなきゃ話にならねー!」

「ご存じないのですね……」

「ああ、なんか視線が痛い!」


 あやかはうろたえまくる横島を見つめながら、ため息を一つ吐く。あやかにしてみれば先ほどの横島はものすごく頼もしく見えただけに、目の前で頭を抱えて転げ回る横島に思わず頭痛を感じてしまう。
 

「まったく……先ほどは思わず見とれるぐらい頼もしかったというのに……まあいいですわ、タマモさんは私が見つけ出します!」


 あやかはなにやらブツブツと呟きだす横島を尻目に、おもむろに携帯電話を取り出す。


「ん? なにか手がかりでもあるのか?」

「ええ、雪広財閥の総力上げれば世界のどこにいようと1時間以内にタマモさんを探し出して見せます! 場合によっては米軍のスパイ衛星をのっとって……」

「ああ、それは頼もし……ってちょっと待ったー!」

「きゃあ!」


 横島は今にもどこかに電話をかけようとするあやかに飛び掛り、なんとかその行為を阻止する。ただでさえでもあやかに魔法がバレたっぽいというのに、これ以上の人間がこの件に係るのは正直洒落にならない上、相手が魔法で姿を隠している場合は見つけることは不可能であろう。
 しかし、あやかにしてみればタマモを助ける手段をみすみす逃す横島を理解できるわけもなく、そのため怒りの形相を浮かべながら横島に詰め寄るのだった。


「いたた、横島さん突然何をするんです!」

「い、いや、事をあまり大きくするのはちょっとな……それに美神さんみたいなマネをさせるわけには」

「そんな悠長な! 美神さんという方がどのような人か知りませんが、今はそんなことよりも一刻も早くタマモさんを探す事が先決なんですよ!」

「い、いや……だからね……ん?」
 

 横島がなんとか場を誤魔化そうと無い頭をフル回転させようとした時、ふとあやかの右腕にかかる一本の金色の糸が目に入る。不思議と霊感にひっかるその糸を手にとってよく見ると、それは糸ではなくあざやかな金色の髪の毛であった。


「これは……髪の毛? あやかちゃんのとは少し違う色……ってこれはタマモの髪か! これがあればタマモの正確な位置がわかるぞ!」


 横島が見つけた一本の髪、それはタマモがヘルマンに拉致された後に出来た水溜りに浮かんでいた物であった。あの時、泣き叫ぶあやかが最後に見つけたその髪はタマモ探索のための切り札になる。
 横島はタマモの髪に残された霊力を対象として、文珠を二つ取り出し『探索』と文字入れる。すると、横島の脳裏に水球に閉じ込められ、意識を失ったタマモの映像が瞬時に浮かび上がった。


「見つけた! タマモは世界樹前のステージにいるみたいだ、気を失ってるけど命に別状は無いみたいだな」

「本当ですか!?……ん? ところでいったいどうやってそんな正確な情報を? それにさっきの光るビー球みたいなのはいったい?」

「……今の見た?」

「ええ、それはもうバッチリと……」


 横島はタマモ見つけたことにより、喜び勇んでそこに向かおうとした時、ふたたび決まった強烈なあやかの突っ込みにその足を止めると、ギギギギと錆びた歯車が回るような音を立ててあやかの方へ振り向いた。タマモ救出に焦るばかり、肝心の魔法――横島の場合霊力――の隠匿をすっぱりと忘れていたのだ。


「……えっと、事の次第はタマモを助けてから改めてって事でいいかな?」

「それはかまいませんけど、横島さんも不思議な力を持ってらしたんですねー」

「あは、あははは……」
 
「むぐ……うむむむむ」


 横島が色々と苦し紛れの笑いで誤魔化そうとしていると、その横島の後ろから少年の声が聞こえて来る。それはヘルマンにより気絶させられていた小太郎であった。
 小太郎は気絶から醒めると、首だけを動かしてぼうっと周囲を見渡している。それを見た横島はこれ幸いと小太郎の下に向かい、その頬をぺちぺちとはたいた。


「おっと、コイツのことを忘れてた。お前は西にいたやつだよな、確か……犬飼ポチだっけ? 」

「犬上小太郎やー! タマモ姉ちゃんといい兄ちゃんといい俺を何だと思うとるんや!」


 小太郎はガバッと跳ね起き、横島の胸倉を掴み上げる。だが、しばしの間その体勢で固まった小太郎は横島の顔を見ると、とたんに顔を青ざめさせ、ワナワナと震えだした。


「どうした?」

 
 横島は小太郎の突然の変容に首をかしげる。そんな横島を他所に、小太郎は横島から手を離すとゆっくりと距離をとり、そして横島を指差しながら叫んだ。


「お、お前は西の本山を壊滅させたバンダナの悪魔! ってことはタマモ姉ちゃんは金色の撲殺天使!」

「マテや、貴様開口一番で人の事を悪魔呼ばわりかー!」

「タマモさんのことは否定しないんですね……」

「否定できるか?」

「いえ、それは……」


 どうやら気絶した時のショックで記憶が戻ったらしい小太郎であったが、そのため今まで自分が一緒にいた人物が不落と誇った西の本山をわずか30分で灰燼に帰させ、あまねく術者達を恐怖のどん底に陥れた鬼姫とその相方だった悟ると、その恐怖のあまり部屋の隅で頭を抱えてプルプルと小動物のように震えだしていた。
 横島はそんな小太郎をなんとも言えない生暖かい目で見つめながら、自分達のことで西ではいったいどんな噂が流れているのか真剣に悩むのだった。


「なんつーかこう、いっそここまで脅えられると気持ちがいいな。それに一度俺らが向こうでなんと呼ばれてるか全調査する必要がありそうだな……ま、それはともかく……」


 横島は部屋の隅で頭をかかえながら脅える小太郎の襟首をひょいとつまみあげ、自分の顔の前に持ってくる。当然真剣に命の危険を感じた小太郎は手足をばたつかせながら抵抗するが、横島はそんな小太郎の耳元で小さくつぶやいた。


「タマモがさらわれた」

「な、なんやて! あのタマモ姉ちゃんが?」

「そうだ、本当だったら西から脱走してきたお前の身柄は学園長に預けんといかんのだが、手伝うか? というか手伝え、正直俺一人じゃどうにもならん」

「当然や! タマモ姉ちゃんには助けてもらった恩があるんや」


 横島は小太郎の答えを聞くと、満足そうに頷いて小太郎を地面に降ろした。


「よし、それでこそ漢だ。タマモの居場所は世界樹前のステージだ、すぐに出るぞ!」

「あ、横島さん、ちょっと待ってください」


 横島は小太郎の首根っこを掴むと、そのまま小太郎を引き連れて部屋を出ようとした時、あやかに呼び止められてその足を止める。
 あやかは横島の下に駆け寄ると、文珠で探索した折に地面に落ちたタマモの髪を拾い上げてそれを横島の右腕に腕輪のように結びつける。そして左腕には自分の長い髪を一本抜き取り、同じように手首に巻きつけた。


「これは?」

「お守りです、古来から女の髪の毛には魔力が宿ると言います。ですから……こんな気休めしか私には出来ませんけど、どうか……」


 あやかは小太郎の手首にも横島と同じように自分の髪の毛を巻きつけながら、顔を俯かせて答える。彼女は理解しているのだ、相手が人間でない事、そして横島が向かう先で尋常ならざる事態が待ち受けていることを。だからこそ彼女は自分にできる事、それが何の根拠も無いオカルトで気休めでしかない事であってもそれをせずにいられなかったのだ。


「ありがとう、必ずタマモをつれて戻るよ」

「おう! あやか姉ちゃん俺らに任しとき、すぐにタマモ姉ちゃんを助けて来るからな!」

「お願いします……それと、もちろん横島さんも小太郎君も無事に帰ってきてください」


 横島は祈るように懇願するあやかを安心させるように、彼女の肩をぽんと叩くと小太郎を引き連れ、今度こそ外に飛び出した。


「あ、横島さん! タマモさんが言ってました『信じてる』って」


 横島はあやかの声にも止まることなく走り出す、この時横島はただ右手を水平に上げ親指を突き出してあやかに答えたのだった。


「タマモさん、横島さん、小太郎君……皆さんどうかご無事で」


 横島の背が見えなくなるころ、あやかは静かに祈る。彼女が見上げる空はいまだ止まぬ雨が降り続いていた。









 横島達はタマモがいるはずの世界樹前の広場へと向かうべく、雨の中を疾走していく。この時、ふと横島たちの上空を何かが駆け抜けていく影に横島が気付いた。
 それは杖に乗って飛ぶネギの姿であった。ネギの向かう方向は自分達と同じであり、どうやらネギの方にもただならぬ事態が起こっているようであった。


「おーいネギー!」


 横島は上空を飛ぶネギに声をかける。するとネギは横島に気付き、地上へと降りて来た。


「横島さん、それに君は小太郎君!」

「ネギは無事みたいだが、どこへ行くつもりだったんだ?」

「そうだ! アスナさん達がさらわれました。それで世界樹前のステージに来いって」

「ん? アスナちゃん達ってアスナちゃん以外に誰がさらわれたんだ?」

「部屋を確認してみたらアスナさんの他に木乃香さん、刹那さん、のどかさん綾瀬さん、クーフェさんの姿が見えません! たぶん彼女達も……」

「な! 刹那ちゃんまでもか、どうりでさっき携帯で連絡とろうにも出なかったわけだ」


 状況は最悪だった、敵に先手を取られ続け、完全に主導権が向こうに取られ続けている。おそらく指定された場所にはなんらかの罠がある可能性が高いだろう。
 しかも、こちらはある意味最大戦力のタマモと刹那という切り札を既に失っているのである。


「横島さん達はどうしたんです?」

「こっちはタマモがさらわれた、たぶんアスナちゃんをさらったヤツと同じだろう……くそ、とことん後手を踏んじまった」

「そんな、タマモさんまで」


 ネギは"あの"タマモがさらわれたと聞き、戦慄した。今更ながら敵の強大さに気付いたのである。だが、横島にしてみればそれは今更のことであり、むしろネギという手札が増えたとも言えよう。
 もっとも、同時に人質も増えたのだから差引でマイナスの感は否めないのだが、そこはあえて無視する。そして横島はわたわたと混乱しているネギの頭をひっつかむと、おもむろに顔を寄せて底冷えのする笑顔を見せた。


「というわけで、俺達も救出に行くからその杖で連れて行ってくれ、一刻も早く、速やかに……」

「は、はいいいい!」


 ネギは横島から放たれる迫力に恐れをなし、反射的に敬礼をしすぐに持っていた杖にまたがると横島を促す。すると、横島は不気味な笑い声を響かせながら腰を下ろした。


「くくくく、ヘルマンとか言うクソジジイ、もしタマモや刹那ちゃんに指一本でも触れて見やがれ、通いなれたこの俺のじきじきの案内で生きたまま地獄へ叩き込んでやる……」

「に、兄ちゃん……頼むからその薄ら笑いをやめてくれや、正直怖いで。ってか地獄に通いなれてんのか?」

「これでもこっち来てから減ったんだぞ、それこそ当時はほぼ週に1回のペースで……」

「そ、それでは小太郎君に横島さん、行きますよ!」


 ネギは意識してかしてないのか不明だが、なにやらギリギリな発言をしようとする横島を遮ると、空へ一気に飛び立つ。
 今ここに、横島、ネギ、小太郎によるトリオが編成され、男だけの熱い戦いが始まろうとしていたのだった。


「くくくくくくく、見ていやがれ、もしタマモと刹那ちゃんになにあったらもう後先は考えん、己の持つ禁断の痛みすら込めて『痛』の文珠を食らわせてくれるわー!」

「兄ちゃん、その笑いかたやと本気で悪みたいやで……」

「何でだろう、味方が増えたはずなのに、さっきよりもそこはかとなく感じる死の気配が増えたような……」


 ネギと小太郎が互いに体を寄せ合って震える中、色々とぶちきれた横島の哄笑が雨の降る麻帆良学園の空を駆け抜けていくのだった。



 ネギと小太郎が背後に感じる黒い気配に脅え、ネギの肩に乗っていたカモがその黒い気に当てられて気絶するというアクシデントをこなしつつも、その後何事も無くネギ達は世界樹前のステージに到着し、ネギは上空からステージを見下ろす。すると、そのステージの中央には黒ずくめの男がネギ達3人を見上げているのに気付いた。


「あ、あの人は!」

「アイツや! アイツがヘルマンっちゅーオヤジや!」


 3人の中でヘルマンの顔を知るネギと小太郎は、ヘルマンを指差しながら横島にそのことを伝える。すると横島は目を細めてタマモ達の姿を探そうと周囲を見渡した。しかし、ステージにいるのはヘルマンただ一人であり、どこにもタマモ達の姿は見えなかった。


「野郎、タマモ達をどこへかくしやがった……」

「わかりません、仮契約カードで連絡も取れませんし」

「気配もないな……」

「そっか、なら話は早い。あのクソジジイを締め上げてとっとと居場所を吐かせちゃる。いくぞネギ、小太郎!」


 横島はネギ達に声をかけると、器用に杖の上で立ち上がるとその手に文珠を二つ取り出して念を込め、それをネギの駆る杖に押し当てた。


「それじゃ、喰らいやがれ! ミサイル発射ー!

「「へ?」」


 横島が文珠、それには『弾丸』と込められており、横島が景気よく叫ぶと同時にそれは発動する。そして杖に押し当てた文珠が発動すると同時に飛び降りた横島であったが、何も知らされていないネギと小太郎は杖にしがみ付いたまま――


「やっぱりこうなるのー!」


「一人だけ逃げるなんてずるっけー!」


「むおおー!」



 ――文字通り弾丸と化して一直線にヘルマンへと特攻をかますのだった。
 横島が文珠を使って安全に地面に降り立つころ、あまりにも予想外の攻撃をくらったヘルマンは見事にネギと小太郎の突撃をまともに喰らい、何故か火気も無いのに大きな爆発がヘルマンを中心にして巻き起こる。
 横島は地面に膝をついてその爆発をやり過ごすと、瓦礫に埋まったステージへとゆっくりと歩きだす。すると、その瓦礫の山の一部が動き出し、やがてそこからネギと小太郎がにょっきりとキノコのごとく顔を出した。


「横島さん、あなたいったいなにをする気ですかー!」

「なんかこう、さすがタマモ姉ちゃんの兄って感じやったな……」

「悪りい、あのジジイをぶちのめす事だけ考えてたから、お前たちの事は綺麗さっぱり」

「綺麗さっぱりじゃありませーん!」


 ネギ達は無理矢理瓦礫から這い出すとそのまま横島に食って掛かろうとする。その一方でネギ達はあれほどの爆発を受け、瓦礫に埋まったのにもかかわらず無傷で済むあたり、大概頑丈な体である。


 ガラ!



 ネギ達が横島に涙ながらに不満をぶちまけていると、背後にある瓦礫から再び何かが這い出すような音が響き渡る。その音に振り返ったネギ達が見た物は、服についた埃を振り払っている無傷のヘルマンであった。


「むう……さすがはタマモ君の義兄、そのデタラメさは凄まじいものがあるな。まあ、それ以前に私を倒すという目的のために、躊躇無くネギ君たちを犠牲にするとはね……正直君を見くびっていたといわざるを得ない」

「ち、やはりただの『弾丸』じゃだめだったか、いっそのこと無理して三文字で『核弾頭』とでもやったほうが良かったな」

「横島さん、あなたは味方ですよね? 僕達と力を合わせてアスナさんたちを救出するんですよね? もしかしてこの機会に僕をあの人と一緒に葬り去ろうとしてませんか!?」

「……そんなことはないぜ」

「最初の間はいったいなんですかー!」


 ネギは横島と合流してから刻一刻と増大する死の気配に打ち震え、横島に詰め寄る。敵よりも恐ろしい味方、しかもその味方がネギにとって最大戦力なのだから泣くに泣けない状況であろう。
 この時、横島はネギがもしいなくなったら将来の美形が一人減るんじゃないか、という考えが一瞬頭の中に浮かんだのだが、それはきっちりとスルーし、涙ながらに訴えるネギにかまうことなくヘルマンを睨みつけ、いつでも動けるような体勢をとって対峙する。


「貴様がヘルマンか……タマモ達をどこへやった」

「素直に言うと思うのかね? まあ、安心したまえ、彼女達に危害を加えるつもりはない」

「は、どこまで信用できるもんだか。だいたいお前の目的は何だ、タマモをさらってどうするつもりだ!」

「私の目的はそこのネギ君、ネギ・スプリングフィールドがどの程度戦えるのか見定める事だよ」

「ネギがどの程度戦えるか? ってことはアスナちゃん達はそのための人質か!」

「そのとおり、こうでもしないとネギ君は本気で戦ってくれないと思ってね……」


 横島は油断なく構えながら、ヘルマンの纏う雰囲気が一変した事を感じ取ると、つっとネギのもとに歩み寄り、ネギをかばうようにその肩に手を置いた。


「そっか……ネギの実力を見るために、か……」

「横島さん?」


 ネギは自分の肩をがっしりと掴んで離さない横島を不思議そうに見上げると、恐る恐るという感じで横島に声をかける。そして、それが合図であったかのように横島は動き出した。


 ブン!



 なにかライトセーバーちっくな音が至近距離で響き渡ったその瞬間、ネギは突然横島に抱え上げられ、その身動きを封じられてしまう。


「よ、横島さんいったいなにを!」


 ネギが事態を把握できずに横島の腕の中でもがいていると、首筋にチリチリと何かが当たる感触がし始め、そこでふと目を下に向けると横島の右腕が光り輝く剣に変化し、その剣がネギの首にピッタリと当てられていたのだった。


「さーて、これで条件は五分だ! ヘルマン、無事五体満足のネギと戦いたくば今すぐタマモ達を解放しろー!」

「横島さーん!」


 横島の高笑いと、ネギの泣き声が雨の夜空に響き渡り、なんともむなしい風がステージをひゅるると駆け抜ける。ネギは今、味方であるはずの横島によって、ヘルマンに対しての人質となったのである。
 ちなみに、小太郎はあまりの超展開についていけないのか、先ほどから口をあんぐりと開け、呆然とたたずむ事しかできないでいる。


「ふはははは、さすが俺! たとえアスナちゃん達という人質を取られようと、簡単に悪には屈せぬ! さあ、今すぐみんなを解放するんだ、さもないとネギの命は保障しないぞ! ちなみに俺は将来の美形を害するのに一切躊躇はせぬ!

「いやぁぁー! なんでこう毎回横島さんとタマモさんが絡むと僕ってこうなるのー!」

「悪だ……俺の目の前に悪魔よりあくどい悪がいる……」


 横島の哄笑とネギの悲鳴、小太郎のつぶやきがステージに消えていく。そしてこの瞬間、横島もまたかつての美神と同じような称号を得たのだった。いや、美神の場合は魔族自らが『魔族よりあくどい』と言ったのだから、まだ美神のほうが横島の上を行っているのかもしれない。
 一方、その超展開を目の前にしたヘルマンはというと、しばしの間呆然としていたが、やがて耐え切れなくなったかのように笑い出した。


「なにが可笑しい! とっととタマモ達を……」

「いやいや、笑ってすまなかった。君が実に合理的な考えをするもんで感心してしまったのだよ」

「なら……」

「だが、今の私にはその手段は意味を成さない」

「何だと!?」

「私の目的はネギ君と戦う事、そしてもう一つは九尾の狐であるタマモ君を我が主の下へ送り届ける事、そして最後にスクナを倒した横島忠夫、君と戦って力を見定める事だ」


 横島は冷然と自分を見つめるヘルマンに戦慄しながら、ネギを抱えたまま一歩後ずさる。するとヘルマンはニヤリと笑いながら余裕を持って横島を見つめた。


「さて、確かにネギ君を害されては困るが、タマモ君はすでに我が手にある。それに君自身を人質には出来まい? それに素直に戦って私に勝てば彼女達は無事解放してあげようというのだ、そう悪い取引でもないと思うのだがね」

「くそ……このハッタリは通用しなかったか」

「嘘だー! さっきの横島さんの目は本気だったー!」

「あれがハッタリやったらアカデミー賞で主演男優賞取れるで……マジに」


 横島は人質作戦が通用しないとわかると、悔しそうにネギを地面に下ろす。
 横島の作戦?は結局のところ、事態になんの進展も見せることなく終わり、むしろかつて純真だった少年にぬぐいがたい傷をまた一つ加えただけに終わったのだった。


「さて、なかなか面白い物も見せてもらった事だし、お礼の意味も込めて彼女たちと引き合わせてあげよう。君たちも賞品が目の前にあればより戦う意欲も増すというものだろうしね」


 ヘルマンは目の前でパーティー崩壊の危機を迎えている横島達を尻目に、指をぱちんと鳴らす。すると、ヘルマンの背後にある水溜りから二つの水球と、一人の少女の姿が浮かび上がった。


「あ、アスナさん!」

「タマモねーちゃん!」


 ネギと小太郎が争いをひとまず置いて振り返ると、そこには水球の中に気絶したタマモと刹那が捉えられ、もう一つには木乃香と夕映、のどか、朝倉、クーフェイがいる。そして、ヘルマンの真後ろにはなにやら触手ちっくなもので宙吊りにされたアスナが気を失っていた。
 一方、ようやくタマモの姿を確認した横島はというと――


「……」


 ――無言のまま両膝を突き、そのまま力尽きたかのように大地に崩れ落ち、いつの間に攻撃を受けたのか、横島を中心として真っ赤な血が石畳をぬらしていくのだった。
 そして横島が崩れ落ちるのと同時に、少女達の悲鳴が響き渡る。


「イヤー、横島さん見ないでー!」

「木乃香さんちょっと隠れさせてくださいー!」


 横島が崩れ落ちた原因、それは何故かド派手な下着姿のアスナと、素っ裸の朝倉、クーフェ、夕映、のどかをばっちりとその目に収めたからであった。
 ちなみに、タマモと刹那、木乃香はちゃんと服を着ているので、横島の視線に晒されずにすんでいる。


「ちょ! 兄ちゃんどないしたんや!?」

「やった! これで最大の敵が消えた!」

「敵? 兄ちゃんは味方じゃ……いや、ネギにとっては敵よりもたちが悪かったし無理も無いか……」


 ネギは横島が沈んだ事により、小さくガッツポーズをとる。ネギにしてみれば今日の被害はヘルマンよりむしろ横島のほうが大きかっただけに、そう考えるのも無理も無い事と言えよう。そして小太郎はそんなネギと横島を気の毒そうに見つめている。彼にとってはこのネギと横島のやりとりは人事に過ぎないのだろう、今はまだ。

 横島がいともあっさり無力化したことにより、アスナ達を救出するにはもはやネギと小太郎がヘルマンと戦うしかない。しかし、そのヘルマンの背後には新たに3人の少女の姿も見える。ぱっと見る限り年端も行かない少女の姿だが、ヘルマンと一緒に居る以上おそらく魔物である可能性が高い。
 しかし、このまま手をこまねいて見ているわけにも行かず、とりあえずネギ達は先手必勝とばかりにヘルマンへと駆け出していった。


「魔法の射手・光の一矢!」


 ネギが遠距離から放った光の矢は、狙いたがわずヘルマンへとむけ一直線に走り、そしてヘルマンに命中する直前になにやら障壁のようなもので完全に防がれてしまう。


「な! 結界?」

「いや、なんか吸収されたみたいだ」


 ネギは自分が放った魔法が掻き消えたことに驚愕し、その足を止める。すると、それを好機と見たのか、ヘルマンの背後に控えていた3人の少女がネギ達の下へと駆け込み、強烈な蹴りを叩き込んだ。
 カモが言うには彼女達はどうやらスライムと呼ばれる魔物のようだが、その攻撃力、外見ともにイメージから逸脱することはなはだしい。だが、いかに外見はどうあれ、彼女達が強敵なのは変わらない、故にネギは表情を引き締め、少女達の攻撃をクーフェから教わった中国拳法でうまく捌き、小太郎と連携して戦いを優勢に進めていった。


「なかなかやるやないか、いつの間に腕をあげたんや?」


 小太郎はネギと背中合わせになりながら、予想外の強さを見せたネギに話しかける。


「修学旅行から帰ってからずっと修行してたんだよ……それこそ命を削って……」

「なら大丈夫やな、あのスライムは俺にまかしとき、ネギはさっき渡したヤツつかってアイツを封じるんや」

「わかった、じゃあ行くよ!」


 小太郎とネギは合図と共にそれぞれの目標へと向けて走り出す。


「ふむ、横島君はまだ無理なようだね。ではまずはネギ君、君からだ」


 ヘルマンはゆっくりと拳を上げ、ボクシングの構えを取る。だが、ネギは直前で無詠唱の『魔法の射手』を放ち、それを目くらましとして脇をすり抜け、背後に回るとポケットから小瓶を取り出した。


「僕達の勝ちです」


 ネギは誇らしげに笑みを浮かべながら、その小瓶の封を開けてキーワードを唱えた。
 ネギが取り出した小瓶、それは封魔の瓶と呼ばれるマジックアイテムである。その効果はあらゆる魔をその瓶に封じ込める強力なものなのだが、ネギ達の切り札はヘルマンに通じる事はなかった。
 なぜなら瓶が発動した瞬間、アスナの悲鳴と共にその効果が完全に打ち消されたからである。


「どうやら実験は成功のようだね、放出系の魔法は完全に無効化するようだ」


 ヘルマンは封魔の瓶の効果が打ち消されるのを確認すると、スライム達を下げさせ、前にでる。
 ヘルマンの話によると、アスナの持つ魔法完全無効化能力を利用してネギの魔法や封魔の瓶を無効化させているらしい。事実、アスナは胸にかけられたペンダントに無理矢理能力を引き出されているせいか、ひどく苦しそうだ。
 その後、小太郎が放つ気弾も打ち消され、ネギ達は完全に遠距離の攻撃手段を失い、残る手段は拳による接近戦しかなかった。

 状況はどうにも不利であった。ネギ達はヘルマンが放つ魔法攻撃並みの威力を持つパンチに苦しめられ、徐々に追い詰められていく。
 途中、状況を打開しようと我らが勇者、白きナマモノたるカモミール・アルベールがアスナのペンダントを奪おうと画策するが、あえなくスライムに捕まり、めでたく百の器官を持つ某親族と同じ役立たずの称号を得、今は木乃香達と一緒の水球に放り込まれてしまっていた。そしてネギ達はその間にも観客席にまで追い詰められていく。


「ネギ君、君の力はその程度かね。これでは私が相手をするまでもなかったかな」


 ヘルマンは自らの攻撃によりダウンしているネギ達を冷然と見下ろしながら、がっかりしたかのように首を振る。


「いや、違うな。ネギ君、思うに君は本気で戦っていないのではないかね?」

「な、何を! 僕は本気で戦ってます」

「そうかね? 私はサウザンドマスターの息子がなかなか使えると聞いて楽しみにしていたのだがね。だが彼とはまるで正反対、戦いに向かない性格だよ」


 ヘルマンは動揺するネギにゆっくりと近づいていく。やがてネギの前に立つと、全てを見透かすようにネギの目を見据えたまま、嘘を許さない威圧感をかもし出しながらネギを問いただす。


「ネギ君、君は何のために戦うのかね」

「僕の神のためです!!」



 ヘルマンの質問にネギは間髪いれず答える。そのレスポンスは0.1秒を切るくらい早いものであった。


「……」


 時間にしてたっぷり10秒間、ヘルマンを含めて全員の時が止まった。

 
「ネギ君、ちょっと質問していいかね?」


 ヘルマンはあまりにも予想外のネギの答えに硬直していたが、誰よりも早く復活すると気を取り直したかのように頭を振る。だが、その後ろ頭には巨大な汗が流れているのがアスナからはっきりと見えていた。


「かまいませんけど」

「その神というのはなんだね?」

「麻帆良に来てから苦しんでいた僕に道を指し示してくれた自由なる神、ファラリス様ですけど」

「……」


 ヘルマンは不思議そうに自分を見上げるネギから視線をそらし、背後にいるアスナをちらりと見る。アスナはヘルマンの視線を受けると大きなため息を吐き、そして何か大事なものを諦めたかのように首を横に振った。そのアスナの仕草にはどことなく人生に疲れた人間の雰囲気が多分に含まれている。
 ヘルマンはそんなアスナを無言のまましばしの間見詰め、やがて天を仰ぐと改めてネギを見つめる。どうやら先ほどのネギの答えを無かったことにしたようだ。ある意味賢明な判断ともいえよう。


「ちょっと質問を変えよう、君はこれまで血のにじむような努力の末、今の力を手に入れた。だが、話を聞くに君はここ数ヶ月の間に今まで以上に驚くほどの成長を遂げている、それは何故かね? 何故そこまで貪欲に強くなろうとする「タマモさんから自分の命を守るためですー!」


 ネギは再び間髪いれず答えた。今度は先ほどよりもさらに早いレスポンスである。ちなみに、ヘルマンに答えるネギの表情は涙目だ。


「……」


 再び訪れた天使の沈黙、いや、この場合は悪魔の沈黙かもしれないが、事象の名前はともかく、再びなんともいえない微妙な沈黙が周囲を支配する。
 10秒後、ヘルマンはやはり先ほどと同じようにアスナの方を見る。するとアスナもまた同じようにため息をついて、首を大きく横に振った。


「まあ、なんとなく君の言わんとすることは理解できるよ、君はタマモ君の担任だしね……大変だっただろう」

「ううう、そうなんです。僕は強くならないと……少なくとも、爆弾の直撃を食らっても無傷ですごせるようにならないと、ここでは日々を生きていけないくらい厳しいんです……」

「……なかなか壮絶な日々を送っているようだね」

「正直日々生きていくだけで精一杯なんです……」

「なんというか、強く生きたまえ、生きていればきっといいこともあるだろう」

「うううう、ありがとうございますー!」

「ちょっとあんたら、なに敵同士で心温まる交流なんてやってるのよ! ネギー、さっさとその変態ジジイ倒して助けなさーい!」


 ネギとヘルマン、タマモの洗礼を受けた者同士の心の交流が生まれた瞬間であったが、それはアスナの一声で打ち破られるのだった。
 そして二人は改めて思い出したかのようにはっと顔を見合わせると、お互い同時に距離を取り、再び対峙する。
 この時一瞬交わった二人の思いは、二度と交差することなく、これより再び敵として相見えるのだ。


「さて、少々脱線してしまったが。ところでネギ君、君は6年前のあの時のことを覚えているかね?」


 ヘルマンはネギと距離をとると、唐突に話題を変えた。どうやら先ほどからの会話については無かったことにし、かろうじて再びシリアス空間を作るのに成功していた。


「6年前ですか?」

「そう、6年前のあの雪の日のことだよ」


 ヘルマンはゆっくりと帽子に手をやり、顔の前に帽子を持ってくる。ネギは帽子により一瞬隠されたヘルマンの顔を見ると、全身に鳥肌をたたせた。


「おい、ネギ! どうしたんや」


 小太郎は様子がおかしいネギの肩を掴むが、ネギはそれにすら反応しない。ただじっとヘルマンを見つめるだけであった。


「覚えているかね、ネギ君。私は君の村を滅ぼした悪魔の一人だよ。もっともあの老人にはしてやられたがね」


 帽子を降ろしたヘルマンの顔は、6年前ネカネの祖父スタンを石化させた悪魔となっていた。ネギは目を見開き、驚愕の表情を顔に浮かべる。


「どうかね、これで神とか自衛のためとかいうふざけた……自衛はまあ仕方なくも無いが、そんな理由ではなく、自分のため、それこそ復讐のために戦いたくなったのではないかね?」

「おいネギ、どうしたんや、しっかりせい!」


 小太郎は先ほどから硬直しているネギに声をかける。だが、ネギはそれに答えることなく瞬時にその場から消えていた。
 気がつくとネギは一瞬でヘルマンとの間合いを詰め、強力な打撃を叩き込む。ヘルマンはそれを防ぐ事が出来ず、空へ吹き飛ばされてしまった。だが、ネギの攻撃はそれで止まることは無かった。
 ネギはそのままヘルマンを追うように空中に飛び上がり、すさまじい連撃を叩き込んで行く。戦いの趨勢はいまやネギの圧倒的優勢へと移り変わっていた。


「魔力の暴走だ!」

「暴走ですか?」


 水球の中でネギの戦いを見ていたカモは、ネギの状況を見て今のネギは暴走状態にあると判断した。


「まだ修行不足で使いこなせちゃいねーが、兄貴の最大魔力は膨大だ。それが何かのきっかけで一気に解放されれば……」


 カモはいまだに空中で戦い続けるネギを不安そうに見つめていた。
 現在の状況は魔力の暴走による一時的な優勢に過ぎない。事実その連打はすべて力押しであり、最初の不意をついた攻撃以外は全てヘルマンのガードの上からの攻撃であった。
 このままではやがて魔力が尽きた時、いや、それを待つまでもない。ネギの攻撃が単調な攻撃である以上、力をいなされたら今の優勢は簡単にひっくり返されるだろう。そして今まさにヘルマンがネギの攻撃を見切ったのか、攻撃に転じようとしていた。
 ヘルマンは老人の姿から本来の悪魔の姿に戻り、そしてその口に強力な魔力が集中していく。だが、ネギはそれを見てもただ正面から突っ込むだけであった。このままではヘルマンの攻撃をまともに喰らうことになるであろう。
 しかし、ヘルマンが今まさに石化光線を放つ直前、小太郎がネギに飛びかかり、ネギを光線の射線から引き離すことに成功していた。
 小太郎とネギはそのまま地面にもつれるように落ちていく。


「あ……う……ぼ、僕は今?」

「あたたた」


 ネギと小太郎はしたたかに体を打ちつけたが、どうやら無事な様である。そしてネギは激突のショックで自我を取り戻したのか、自分の手を呆然と見詰めていた。


「この、アホかー!」

「へぶ」


 小太郎はネギが無事自分を取り戻したことに安心したが、すぐに拳を振り上げ、ネギの脳天へ振り下ろした。


「こ、こここ小太郎君!」

「このアホ! いくら力があってもあんなバカ正直な攻撃しとったら反撃喰らうんは当たり前や! ったく頭よさそうな顔しとるくせに、仇か知らんけどおっさんの挑発に簡単にキレよってからに!」


 小太郎はすさまじい剣幕でネギに迫る。ネギはその迫力に完全に押され、頬をつままれた状態で両手をぶんぶんと振り回すことしか出来ないでいた。
 小太郎はひとしきりネギをいじくり倒すと、気が済んだのかやがてその手を離す。そしてネギの胸をトンと軽く叩いた。


「共同戦線とゆーたやろ、二人であのおっさんをブッ倒すで」

「う、うん。そうだね、小太郎君」

「ふむ、もう終わりかねネギ君。いい仲間が出来たようだが、私に二人がかりで勝てるかね?」


 ヘルマンは再び元の老人の姿に戻り、ゆっくりとネギ達の下へと歩を進めていく。


「ネギ、今の最強モードみたいなのはまだいけるか?」

「今のは僕もどうやったのかぜんぜん……」

「ま、そうやろな。しかし……どないしよう」


 ネギ達がヘルマンに攻めあぐんでいると、ちょうどその時ネギの後ろでガサっと何かがうごめく気配がした。


「兄ちゃん?」


 小太郎が背後の気配に振り向くと、そこには先ほどから血の海に沈んでいた横島がゆっくりと体を起こす所であった。


「せや、兄ちゃんもいたんや! これで3対1や、なんとかなるかもしれんで」

「横島さん、目が覚めたんですね」


 ネギは今まで綺麗さっぱり忘れていた横島のことを思い出し、横島の元へと駆け寄る。だが、当の横島はまるでネギ達の姿が目に入っていないのか、地面を見据えたままその場から動かなかった。

 横島はゆっくりと起き上がると、顔についた血を腕でぬぐい、それをペロリと舌で舐める。その横島の視界に移るのは真っ赤に染まった地面であった。
 横島は無言のまま真っ赤な地面を見つめていたが、すぐにその視界を目の前で自分を不思議そうに見つめる少年達に向ける。しかし、その視界は血が映っていないにもかかわらず何故か真っ赤なまま、血の色に染まった世界が映し出されていた。
 何故このようなことになたのだろう、横島はぼうっとする頭で自分に何が起こったのか考える。しかし、その答えは出てくることは無く、先ほどから自分に声をかけてくる少年達を煩わしそうに振りほどくと、もう一人の老人の方を振り向く。
 そしてその老人の向こうに、赤く染まる世界の中でたった一つの白い何かを見つけた。



 ――赤い世界に映るたった一つの白い何か。


 ――思えばそれは引き金だった。


 ――その白いものを見た瞬間、赤と白は混じりあい。


 ――世界が一つの色に染まる。
 

 ――そして唯一つの色に染め上げられた世界の中で。


 ――1匹の獣が目覚めたのだった。



「フォォォォオオオオオー!!」



 この世の全てのしがらみから解き放たれたかのような横島の咆哮と共に、横島を中心としてすさまじい力の奔流が吹き荒れる。それは先ほどのネギの暴走すら上回るすさまじいものであった。


「ちょ! 横島さん一体どうしたんですか!?」

「バカ! 兄ちゃんに近づくんや無い、巻き込まれるで!」


 小太郎は横島に近づこうとするネギの襟首をつかみ、ネギを引きずりながら横島から離れる。ネギ達の見つめる先で雄たけびを上げる横島の目は、ピンク色に染まっていた。
 ネギ達が十分に横島から距離をとると、唐突に力の奔流は止み、それと同時に横島はヘルマンへ向かって唐突に動き出した。


「むう!」


 ヘルマンは自分に向かってくる横島を迎撃するが、横島は地面に両足をつけたまま滑る様にその攻撃をかわしていく。そして横島はヘルマンを自分の間合いに引き入れると、先ほどのネギをも上回るすさまじい攻撃を叩き込んでいった。


「むお! こ、この攻撃は……捌ききれん」


 ヘルマンは横島の無駄だらけながら圧倒的な攻撃の前に防御が追いつかず、じりじりと下がっていった。


「兄ちゃんすげえ、あのおっさんを圧倒している」

「でもどうしたんだろう、横島さん……それにピンク色のオーラが見えるんだけど」

「細かいこと気にすなや、これならいけるで! おお、あれは伝説の竜虎乱舞!」


 ネギ達が横島の豹変振りに驚いているころ、カモ達もまた驚愕に目を見開いていた。ただ、木乃香達は純粋に横島の強さに驚いているのだが、カモだけ事の重要さを理解しているのか、冷や汗を浮かべていた。


「や……やべえ」

「なんでやばいん、カモ君」

「このままなら勝てるんじゃないの?」


 カモの呟きを聞きつけた木乃香と朝倉が理由を問いただす。


「あれは暴走だ……」

「え! じゃあ横島さんもネギ先生と同じ状態になったの!?」

「はわわ、やばいんとちゃう?」

「タマモの姐さんから聞いた事がある、横島の兄貴の煩悩は無限だ、そして今その煩悩がなにかのきっかけで暴走したんだ」

「なにかのきっかけって……なに? ていうか煩悩!?」


 朝倉は何か嫌な予感がしたのか、両手で体をかき抱きながらカモに顔を近づける。するとカモは横島に対してなんとも気の毒そうな表情をすると、水の中にもかかわらずタバコをくわえてつぶやいた。


「たぶん、姐さん達の裸を見ちまったせいだと思うぜ。可愛そうに、ずっと禁欲してたんだろうな……エヴァンジェリンとこでもそうとう無理していたみたいだし」

「けど、横島さんの趣味はもっと年上の方のはずでは? 悔しいですけど私たちでは少々魅力に欠けるかと思いますが」


 夕映は以前タマモから聞いた横島の好みについて思い出す。そのことを考えると、自分達を見て煩悩を暴走させるというのはおかしいと思ったのだろう。


「たしかに失礼かもしれないが夕映の姐さん達じゃあ無理だ、だけど朝倉の姐さんなら年齢を別にすれば十分ストライクに入ると思うぜ」

「あ、アタシのせいなの!?」

「たぶんな」

「しかし、そうだとすると何故横島さんはあのヘルマンという人と戦ってるのでしょうか?」


 夕映はいまだにヘルマンを圧倒している横島を見ながら、先ほどから疑問に思っていることを口に出す。もし仮にカモの仮説が正しいのなら、横島はヘルマンなどに見向きもせず、自分達のところにやってくるのではないだろうか。夕映はそう思ったのである。だが、カモはその質問にも容易に答えを指し示した。
 まるで横島の事を完全に見抜いているように。


「ヘルマンと横島の兄貴、そんで俺っち達の位置関係を考えてみな」

「位置関係ですか? そうですね、今は私達の直線上にちょうどヘルマンさんと横島さんが並んで……ってまさか!」

「そう、そのまさかだぜ。たぶん偶然だろうが、ヘルマンのおっさんが兄貴の進路を妨害している形になっているからな」

「じゃ、じゃあもしヘルマンさんがやられたら……」

「障害物がなくなった以上、一直線にこっちに来るだろうな。そんで最悪の場合めくるめく18禁の展開に突入する可能性が高い……」

「「「「「……」」」」」


 カモの言葉に水球の中は重い沈黙につつまれる。特に朝倉は切実に身の危険を感じているのか、顔色が一気に青ざめて行った。


「横島さんを止める方法はありますか?」

「タマモの姐さんや刹那の姐さんが無事なら止められると思うが、あれじゃあな」


 カモは首を振りながらいまだに意識を失っているタマモと刹那を見る。その瞳にはなんとも言えないやるせなさが浮かんでいた。


「ちょ! タマちゃん起きてぇえええ! このままだとアタシの貞操がー!」


「せっちゃんはやく起きてー! 横島さんを止めんと大変な事にー! 横島さんとられてもええのー!?」

「取るかー!」


 次の瞬間、水球の中は一気にパニックにつつまれた。特に朝倉は事態が切迫しているため、かなりマジ泣きが入った状態でタマモを起こそうと水球を叩き続けている。
 だが、悲痛な朝倉達の叫び声はタマモ達に届くことはなかった。もはや彼女達の運命は当初と完全に別の意味で、ヘルマンが握っているのだった。


「ヘルマンさん横島さんをはやく正気に戻すです!」

「こらー! そこのおっさん気合入れて戦えー。あたしの貞操がかかってるんだぞー!」

「ああー! 足の運びが甘いアル、それじゃあ隙があああ!」


 いつの間にか敵味方の応援が逆転している中、やがてヘルマンと横島の壮絶な戦いは終焉へと向かって行く。横島の変幻自在の動きにようやく慣れたのか、ヘルマンは横島の一瞬の隙をつき、起死回生のカウンターを横島の顎に叩き込もうとした。
 その拳は吸い込まれるように横島に向かい、もはや横島は防御も回避も不可能な状況となる。そしてヘルマンは己の勝利を確信し、口元に笑みを浮かべながらその拳を振りぬいた。


 だが、その必殺の拳が横島に届く事はなかった。
 横島は拳が当たる直前、己の上半身を地面と完全に平行な状態にまでスウェーさせ、ヘルマンの拳をかわしたのだ。そして今、横島の目の前には必殺の攻撃を空振りし、むき出しの顎をさらけ出したヘルマンがいた。

 当然横島はその隙を逃す事はなかい。横島は上半身を寝かせた状態のまま、無意識に霊力を拳にまとわせ、ヘルマンの無防備な顎に叩き込んだ。
 ヘルマンはその攻撃をまともに喰らい、空高く吹き飛ばされる。横島は目の前の障害物がなくなったことを確認すると、ゆっくりと朝倉達の方を見る。


「フォォォォオオオオ!」


 横島は再び咆哮を上げ、怪しく光る目で朝倉達を見つめながら水球へ向かって突進していく。
 もはや横島を阻むものは何もなかった。





<フォォォォオオオオ!>


 何か聞き覚えのある声で、聞き覚えの無い雄たけびが聞こえる。
 タマモは水球を満たす水にたゆたいながら、眠りの園からゆっくりと目覚めつつあった。


<やべえ、完全にロックオンされた!>

<どどどどどうしましょう>

<どうするもこうするも、俺達は何も出来ねーぜ>

<そ、そこのスライムさん達。絶対に横島さんを食い止めてください!>


 水球の外からは、これまた聞き覚えのある声でなにやら切羽詰ったような声も聞こえるが、どうにも頭がはっきりとしない。
 しかし、それでもゆっくりとタマモは重たいまぶたを開け、外の情報を得ようとした。


「よこ……し……ま?」


 タマモが重いまぶたを開けると、その水球の向こうでは血に染まった横島が少女の姿をした魔物と死闘を繰り広げていた。


「助けに来てくれたの? 信じてた……信じてたよ、横島……」


 タマモはろくに言うことを聞かない体を何とか動かし、水球と外界の境界に手を当て、涙をこぼす。その視線の先では、今まさに横島が少女の姿をした魔物を蹴散らした所であった。
 横島は魔物を打ち倒すとゆっくりと歩を進め、タマモよりかなり手前でその足を止めた。


「え?」


 てっきり自分を助けてくれると思っていたタマモは、思わずマヌケな声を上げる。そしてもやがかかったかのようにはっきりとしない頭で、横島が止まった場所をよく見ると、そこには全裸の朝倉達が横島から逃げるように水球の端で縮こまっていた。


「……えっと……あれは朝倉? のどかに夕映、クー、それに木乃香もいる……それで横島はその前で目をピンク色に光らせて……ってまずい、横島が暴走してる! みんな逃げてー!」


 タマモはようやく状況を把握したのか、水球を叩きながら叫ぶが、魔法の効果がまだ完全に切れていないのか、その声に力は無かった。そしてタマモが見ている前で横島は、朝倉達を守る最後の砦、本来朝倉達を閉じ込めておくための水球を躊躇無く打ち抜いたのだった。





 全てを解き放たれた横島は、ただひたすらに本能、いや己の精神の大部分を構築する煩悩に従い、ただひたすら目的へ向けてまっすぐに前へ進んでいた。
 途中、なにやら自分の邪魔をするむさくるしいジジイ達が前に立ちはだかっていたが、それはもういない。そして己の煩悩の命じるまま、自分に脅える者たちにのいる水球を破壊し、ゆっくりと右手をその中の一人に向ける。
 その少女は確か朝倉という名前だったような気もするが、今はそんな些細なことはどうでもよかった。今はただ、この内なる衝動の命じるままその手をのばそうとしたその時、横島は何かに気付き、ピタリとその動きを止めた。

 横島が気付いたもの、それはピンク色に染まった視界の中で唯一別の色を持っているものだった。  
 横島が目を留めたそれは、ピンク色の世界の中でも決して色を失うことなく輝き続け、光の少ない夜にあっても輝きを失わぬ金色の髪。あやかによって右腕に巻きつけられたタマモの髪の毛であった。
 横島はまるで魅入られるかのように右手に結ばれた髪を見続け、そして恐る恐る左手でその髪を触った瞬間、横島の世界は全ての色を取り戻した。


 サクッ!



 と、横島が全ての色を取り戻したのと全く同時に何かが刺る音が周囲に響き渡り、さっきまで騒いでいた木乃香たちは一様に沈黙する。
 木乃香達は一体何を見て沈黙したのか。それは、横島の額に鎌をグッサリと突き刺している死神の姿を見たからであった。


 スポッ!



 死神は横島の動きが止まったことを確認すると、妙に軽快な音をたたせて鎌を引き抜く。すると、横島の額からはまるで噴水のごとく血が噴出した。


「いってぇえええええ! なんだこりゃ血、血がぁあああ!」


 横島は鎌が突き刺さった傷口を押さえながらのた打ち回る。だが、それも10秒もすると血は止まり、横島は頭を振りながら立ち上がった。


「てめえ死神、お前はなんちゅー事をしてくれるんだ。普通なら死ぬぞ!」


 死神は横島が正気に戻った事を確認すると、横島の文句を無視してゆっくりと消えていく。


「あ、こら! せめて理由をいいやがれ……って皆なんつー格好を!」


 横島は消えていく死神に怒鳴ろうとするが、その時になってようやく素っ裸の朝倉達と水に濡れたせいで服が微妙に透けている木乃香に気付き、即座に回れ右をして視界に入れないようにした。


「横島さん正気に戻ったん?」

「た、助かったー!」


 木乃香達は横島が正気に戻ったのを確認すると一様にへたり込む。そしてその奥ではタマモも同じように水球の中でへたり込んでいた。


「どういうことだコレは?」

「横島の兄貴、事情は後で話すけど。よーく皆に謝っといた方が良いぜ……命があればだけど」

「???」


 横島は暴走している間の記憶がないのか不思議そうな顔をしていたが、やがて水球の中でへたりこんでいるタマモと、気を失っている刹那を見つけると即座に彼女達の元へ向かい、彼女達を解放した。


「あ、そうだアスナ!」


 木乃香は朝倉が助かった事にホッとしつつ、アスナのペンダントのことを思い出し、アスナに駆け寄り、ペンダントをむしりとる。だが、その木乃香とアスナに復活したスライム達が木乃香に飛び掛る。しかし、それに即座に反応したのどかと夕映は、そばに転がっていた封魔の瓶を拾い上げ、キーワードを唱え、スライム達の封印に成功した。


「ネギ君! これでもう大丈夫や!」


 木乃香は自分達に駆け寄ってくるネギと小太郎に声をかける。これにより人質は全て解放され、もはやネギ達の懸念は何一つ無い。
 これで全てが終わればまさにめでたしめでたしなのだが、そうはとんやが降ろさないようだ。


「アスナさん大丈夫ですか?」

「うん、私は大丈夫よ……けど、まだ終わってないみたいね」


 ネギ達がアスナが見ているほうを向くと、そこではヘルマンがゆっくりと立ち上がっていた。


「むう、今のは実にいい攻撃だった。さすがスクナを倒しただけのことはあるな」

「なんやおっさんまだやるんか? おっさんの切り札はもう無いんやで」

「私はまだ君達の底を見ていないのでね、特にそこの横島君の力の秘密には大いに興味がある。それにタマモ君捕獲の命令がある以上引くわけには行かないのだよ」


 ヘルマンはゆっくりと歩きながら小太郎に答える。その足取りはいまだにしっかりとし、横島から受けたダメージは回復しているようであった。
 横島はまだ動けないでいるタマモと刹那をアスナ達の下に降ろすと、皆をかばうようにヘルマンの前に立つ。


「兄ちゃん、さっきの最狂モードみたいなのまだいけるか?」

「無茶言うなや、状況がさっぱりわからんというのに」

「ていうか却下ですー! 横島さんさっきのは二度と使わないで下さい!」

「横島……後でじっくりと話を聞かせてもらうわよ……うふふふふ」


 背後で喚いている夕映とタマモがなんだか怖かったが、横島は聞こえない振りをしてそれをやり過ごす。そして事の元凶たるヘルマンを睨みつけながら、なんとか事態を打開する策を考えていた。
 

「だめか……じゃあネギ、なんかいい手はないんか?」

「任せてよ、僕に考えがあるんだ。小太郎君に横島さん、しばらく前衛を頼めないかな。それで合図をしたら横島さんはアレを……」


 ネギは自分の考えた作戦を手短に話す。


「よっしゃまかしとき!」

「俺としちゃあ目的果たしたんだからとっとと逃げたいんだが……だめか?」


 横島は目の前にいるヘルマンを嫌そうな顔で見るが、向こうも素直に逃がしてくれないであろうことは明白である。


「だめなんだろうな、しゃあないか」

「じゃあ行くよ!」


 横島はため息をつきながら小太郎に引き続きヘルマンへと向かっていった。


「どきたまえ、小太郎君! 私の目的はネギ君と横島君だ」


 横島はサイキックソーサーを投げつけながら小太郎をサポートする。だが、ヘルマンは横島のソーサーをかわしながら徐々に小太郎を追い詰めていく。
 横島はこのままではまずいと判断し、少々不本意ながらも栄光の手を具現化させて接近戦へと移行していた。
 横島が加わった事により、ヘルマンは横島に攻撃の主体を置くが、その一瞬の隙を突いて小太郎が懐に潜り込み、強力なアッパーを叩き込んだ。横島はそれを千載一遇のチャンスと判断し、今まで日の目を見ることのなかった必殺技を使う事に決めた。
 横島は大きくのけぞるヘルマンの下に潜り込むと、ヘルマンが体を起こすのにタイミングを合わせてその攻撃を叩き込んだ。


「ピート、お前の技を借りるぞ! 喰らえ、ヴァンパイア昇龍拳ー!」


 横島は大地を踏みしめ、全身の関節を連動させて飛び上がるようにヘルマンの顎を打ち抜いた。
 横島が放った技、それはかつて友人であるヴァンパイアハーフのピートが滝を相手にあみ出した技である。技そのものはかつていた世界では日の目を見ることはなかったが、今横島の手により初めてその技が披露されたのであった。そしてさすが無敵と称された昇龍拳の名を持つ技である、その効果は絶大であった。


「むうう……」


 ヘルマンは足元をふらつかせ、一歩二歩と後退する。ネギはその瞬間を見極め、瞬時に間合いを詰めて無詠唱の『魔法の射手』を纏わせた頂肘撃をたたきつけた。


「横島さん今です!」

「お、おう……プラクテ・ビギ・ナル・アールデスカット!」


 横島は前もってネギに言われたとおり、杖も持たない状況で初級の魔法を唱えた。すると、横島の手のひらにエヴァの別荘の時と同じように膨大な魔力が集まりだし、今にも暴走しそうな状態になる。


「おいネギ、これでどうするんだ?」

「もう少しそのままでいてください。小太郎君、僕に合わせて攻撃して!」

「おう!」


 ネギは小太郎に声をかけると二人でタイミングを合わせ、強力な蹴りを叩き込んだ。





 ――横島の背中に向かって。



「のわぁああああ!」


 横島は予想外の方向から加えられた攻撃になすすべも無く吹き飛ばされ、ヘルマンともども観客席へと飛び込んでいく。そしてそのショックで横島の手に集められた膨大な魔力が解放された。


 ZDOOOOOOM!



 それはエヴァの別荘の時の爆発には劣るが、観客席全てを巻き込んで爆発していった。


「まだです! ラス・テル・マ・スキル・マギステル、来れ虚空の雷、薙ぎ払え」


 ネギはさらに容赦なく煙も晴れぬ内にトドメとばかりに呪文の詠唱を始め、そして力ある言葉と共に叩き込んだ。


 ――横島ごと。



「ネギ、ちょっとまて! お前さっきの復讐のつもりかー!」

「そんなことありませんよ、というわけで喰らえー『雷の斧』!」


 ネギは魔法を放つ瞬間、どことなく目を泳がせながら、されど全くの容赦なく、それこそ万感の思いを込め、今までで最大級の魔力を乗せて魔法を叩き込んだ。


「嘘をつけ……みぎゃあああああ!」


 雨がやんだ夜空に、横島の悲痛な悲鳴が響き渡る。そしてその悲鳴は長く厳しかった夜の終わりの始まりを告げるラッパであった。






「さて、私をどうするかね、ネギ君? 君の事は少々調べたが、確か私のような高位の魔物を滅ぼすための上位古代語魔法を覚えているはずだ。それを使えば村の仇である私を殺せるぞ。このままにしておけば私は召喚を解かれ、自分の国へと帰るだけだ」


 世界樹前のステージの中央でヘルマンは横たわっていた。その姿は度重なるネギ達の攻撃により、ゆっくりと煙となって消えようとしていた。


「僕は……僕はアナタを殺しません」


 ネギはしばしの逡巡の後、ヘルマンに答えた。


「ほう、それは何故だね。このまま放っておけばいずれ再び敵として君の前に立つことになるかもしれないのだよ」

「それでも、僕はアナタにトドメをさしません。それにアナタは悪人ではないと思います……正直横島さんよりよっぽど……」

「確かに彼は今現在の状態でも、十分に我らの仲間になれそうなくらい悪魔的ではあるが……まあいいだろう、ではいずれまた戦う事もあろう、その時を楽しみにしているよ。そしてタマモ君にも伝言を頼む『もう二度と君と戦いたくない』とね。もっとも君がこの後生きていたらの話だがね……」


 ヘルマンはその言葉を最後にその姿を完全に消滅させた。


「どういうこと?」


 ネギはヘルマンの言葉に疑問符を浮かべる。もはや戦いは終わったのに、ヘルマンの言葉だとまるでまだ続きがあるかのようないい方だった。
 ネギがヘルマンの言葉の意味がわからず、?マークを浮かべていると、そのネギの肩をぽんぽんと叩く者がいた。
 ネギは首をかしげながら振り返るとそこには――


「ネギ……話は終わったな、じゃあ……ちょっと逝こうか


 ――とてもいい笑顔を顔に貼り付けた横島がたたずんでいた。
 横島はいつぞやみたいに両手に霊波刀を具現化させ、どす黒いオーラを撒き散らしながらネギを見下ろしている。ネギはこの時、かつて横島のナンパを妨害し、5時間に渡って横島に追いかけられた悪夢を思い出していた。


「よよよよよ横島さん落ち着いてください!」

「落ち着いているさ、今俺の心はまるで地獄のマグマのように赤く澄み渡っている」

「ちっとも落ち着いてないじゃないですかー!」


 横島とネギはいつぞやと同じようなやり取りを繰り返し、そして横島はじりじりとネギを追い詰めて行った。


「それではネギ、貴様を閻魔大王に引き合わせてやろう。なあにヤツと俺は既に顔見知りだ、便宜を図るように言い含めておいてやる」

「ちょ! それって死刑宣告ですか!? 話を聞いてください!」


 横島はネギの言葉に耳を貸すことなく、親指を首に当ててかき切る仕草をすると、冷然と最後の言葉を言い放った。


「Kill them all!」

「い、いやああああああ! アスナさん小太郎君助けてぇええええ!!」


 ヘルマンを退け、激しい戦いが終わった今、ネギは再び次なる死闘「第二回リアル鬼ごっこ」に強制的に参加させられていた。





「なあ、アスナ姉ちゃん」

「何よ?」


 小太郎はネギを追いかけている横島を見ながら隣にいるアスナに声をかける。その声には多分に呆れと諦観が含められていた。


「なんで兄ちゃんはおっさんと同じ攻撃くらっとんのにピンピンしてるんや?」

「慣れなさい、あれは理屈で説明できるもんじゃないわ」

「そうなんか……」

「そうよ」


 アスナは何かを諦めたかのように首を振ると、小太郎の肩をがっしりとつかんで答える。
 そしてアスナと小太郎が人間の定義について疑問に感じているころ、横島とネギの鬼ごっこは佳境に入っていた。ネギは今まさに横島に追い詰められ、まるで小動物のようにカタカタと小さく震えている。
 横島はそんな保護欲をそそる姿すら意に介さず、ゆっくりとネギとの間合いを詰めていく。だが、その時横島の肩をぽんぽんと叩く者がいた。

 横島は反射的に振り返るとそこには――


「横島……ネギと仲良くじゃれあってる所で悪いんだけど、さっきの暴走の件の申し開きを聞かせてもらおうかしら?」

「タマモさん、くれぐれもほどほどに……やるなら皆にトラウマを残さない程度でお願いします」


 巨大な100Mtハンマーを担いだタマモと、夕凪を抜き放ちちょっぴり怒りを示しながらも、タマモを諌める刹那が佇んでいた。
 もっとも、刹那の発言は言い換えればトラウマを残さない程度なら存分にやれと言っているのと同義なのだから、いまいち諌めているとは言いがたいかもしれない。


「ちょ! タマモに刹那ちゃん落ち着け、それってどういうことだ」


 横島は暴走していた間の記憶が無いため、二人の言うことは全く寝耳に水であった。


「問答無用! 信じていたのに、信じていたのにぃー!」

「まてや! あやかちゃんが言ってた『信じてる』ってそういう意味かぁー!」

「横島さん……後で私がちゃんと看病してあげます。でも……今回ばかりは私も怒ってるんです!」

「うぎゃああああああああああ!」


 その後、横島は厚さ1cm未満にまで圧縮され、消し炭すら生ぬるいくらい黒くなるまで焼かれたという。



「なあ、アスナ姉ちゃん」

「何よ?」


  小太郎は徐々に人間の形から逸脱していく横島を見ながらアスナに声をかけた。


「タマモ姉ちゃんっていったい……」

「小太郎君、ここで生きていく上で絶対に守らなきゃいけないルールがあるの」

「ルール?」

「そう、ルールよ」

「で、その内容はなんなんや?」

「タマモちゃんを敵に回したらいけないってことよ」

「……せやな、俺ももう実感しとるし。けど俺がくろうたアレはホンマに5%やったんやな……」


 小太郎は心のノートに敵対してはいけない候補のトップに、タマモと横島の名前を書き加えたという。




 横島がタマモの手により黒焦げのノシイカにされているころ、それを見ていた朝倉がポツリとつぶやいた。


「いやー、それにしてもアタシって横島さんを悩殺できるぐらい魅力あったんだ」

「そんな気楽な、本当に危なかったんですよ」


 夕映はいまいち危機感がたりない朝倉にめまいを感じる。


「でも……横島さんは死神さんに止められる直前に動きを止めてましたよ……なんか腕を見ながらぼうっとしてた感じでした」


 のどかはあの時、恐怖のあまり目を閉じる事もできなかったせいで、死神が間に入る直前の横島の動きを見ていたのだった。


「それってどういうこと?」

「そういえばあのヘルマンという悪魔ですらあの時の横島さんには触れる事も出来なかったのに、死神さんはいとも簡単に止めてましたね」

「ひょっとして横島さん、あん時自力で正気取り戻しとったんかな。ウチらにひどいことせんように……」

「そうかもしれませんね。それにさっき気付いたんですけど、横島さんの腕に金色の髪の毛が腕輪みたいになってましたし、アレってひょっとしてタマモさんの髪の毛かも?」

「じゃあ、それを見て横島さんは正気に戻ったって事?」


 朝倉達は木乃香の言葉に改めて横島を見る。横島は既に消し炭と化し、ピクピクと小さくうごめいていた。
 刹那はさすがにやりすぎだと感じたのか、タマモを必死で押さえようとしているだが、タマモは友人を襲いかけた横島に本気で怒っているらしくいまだに攻撃を続けている。
 朝倉達は顔を見合わせ、大きく噴出す。その顔にはもはや横島への恐怖など微塵もありはしなかった。


「さて、そろそろタマちゃんを止めに行きますか。あれじゃあいくら横島さんでも大変だ」

「それでもたぶん10分もしたら復活すると思うです」

「ゆえー、朝倉さーん早くいかないとー」

「うーんってことはまだタマモちゃんがちょっぴりリードかー、こうなったらせっちゃんをもっと後押しして意識させんといかんなー」


 朝倉達は笑顔を浮かべ、タマモを止めるべく喧騒の中へと突入していく。そして最後に残ったクーはふと空を見上げた。
 その空はすでに雨が上がり、星空が見える夜空に彼女達の明るい笑い声が響いていく。あと数時間もすれば再びいつもと同じ朝を迎えることであろう。
 クーは今日の夜みたこと、特に弟子の成長と横島の意外な強さに思わず笑みを浮かべるのだった。




第28話  end




 あやかは誰もいない横島邸の食卓で一人祈り続けていた。あやかの目の前のテーブルには、すでに4人分、いやそれ以上の豪勢な料理が準備されており、タマモの帰りを今か今かと待ち構えている。
 ちなみに、ヘルマンとの戦闘によって荒らされた部屋は、すでに手の者を配備して完璧に元通りに修復している。

 あやかは不安にさいなまれ、心細さに押しつぶされそうになりながらも晩餐の準備を進める。
 その時、あやかの耳にガチャリとドアを開ける音が聞こえてきた。


「ただいまー」


 あやかは手に持ったボウルをテーブルに置くと、エプロンをつけたままの格好で玄関へと走り出した。そして玄関にたどり着くと、そこにはばつの悪そうな表情を浮かべたタマモがおり、その背後に横島が刹那と小太郎に支えられながらたたずんでた。
 さすがに今回の折檻は横島をして尚、いまだに完全復活が出来なくなるぐらい厳しいものだったらしい。


「タマモさん……お帰りなさい」


 あやかは笑顔を浮かべタマモを出迎える。その顔には無事タマモが帰ってきたという安堵に満ちていた。


「ただいま、アヤカ心配させてゴメンね」


 タマモはそんなあやかに謝るが、あやかはタマモに首を振って答えた。


「いいえ、タマモさん。元はと言えば私の……」

「ストップ! それ以上言ったらダメよ。あれは私の油断が招いた事なんだから」

「タマモさん……」


 あやかはタマモにゆっくりと近づき、そっと抱きしめた。


「タマモさん、本当によくぞご無事で……」


 あやかはタマモを抱きしめたまま、いつしか泣き出していた。


「うん、私は無事よ。もちろん見てのとおりネギ先生や小太郎、そして横島もね」

「あやか姉ちゃん、無事タマモ姉ちゃんを取り戻してきたで!」


 あやかがタマモを抱きしめていると、横島を支えていた小太郎が嬉しそうにあやかの前に顔を出す。その表情はまるで主人に誉めてもらいたくてうずうずしている子犬のようですらある。


「小太郎君もよく無事で……さあ、晩御飯の準備が出来てますわ。みんなでいただきましょう」

「本当! ありがとうアヤカ、助かるわ。あ、それと刹那もいるけどいい?」

「もちろんかまいませんわ。でも、桜咲さんがここにいると言うことは今回の事件にかかわりがあるということでしょうか?」

「うん、その辺のことも含めてちゃんと説明する」


 タマモと刹那は少し思いつめた表情で顔を見合わせると、あやかを見つめる。あやかは二人の表情を見て、ただ事ではないと感じるのだった。
 一方、横島はそんな二人を促しながら家に上がると、あやかとすれ違いざまそっと耳打ちした。


「あやかちゃん、お守りありがとう……あれのおかげで助かったよ、本当に……ありがとう」

「え? あ、はい……お役に立ててなによりです」


 あれから木乃香達の証言により横島が正気に戻った原因が告げられ、そのお守りのおかげで横島が助かったことを知ったタマモはちょっと罰が悪そうではあったが、横島は本気で危なかったと自覚しただけに心の底から感謝していた。
 そして横島は心の底からあやかに礼を言うと、タマモと刹那を伴って食卓へと向かう。
 ただ一人その場に残ったあやかは、これから始まるタマモの言う事情とやらに気を引き締める。しかし、あやかはすでに心の中で決めていた。たとえどんなに意外な事を告げられよと、自分はタマモを受け入れる。それはあやかの中で決して覆ることのない決意として焼き付けられているのだった。




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