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 ヘルマンとの死闘が終わり、麻帆良の地にいつもと変わらぬ朝がやってきた。いや、正確にはまだ朝ではない、今はまだ朝日すら昇っていない時間である。そんな時間に横島邸の中でうごめく影があった。
 その影はゆっくりとある部屋の扉を開き、気配を殺しながらベッドへと近づいていく。そして影は枕元に近づき、ベッドの上で幸せそうに眠り続ける目標を確認するとその顔に微笑を浮かべ、両手に持った得物を顔の前に掲げると一切の躊躇も無く得物を振り下ろした。


「死者の目覚め!」


 がんがんがんがんがん!



「のわあああああ!」


 突然耳元で鳴り響いた音に反応し、ベッドで熟睡していた人物、犬上小太郎は悲鳴をあげて跳ね起きる。


「ん、ようやく起きたわね。おはよう小太郎」


 小太郎はいまだに頭の中で鳴り響く音に頭を振りながら声のした方向を見ると、そこにはフライパンとお玉を手にしたタマモが枕元にっていた。どうも小太郎を起こした音の元凶は、タマモが持つフライパンとお玉であるようだ。


「おう、おはようタマモ姉ちゃん……って突然なにすんねん! 心臓止まるかと思うたわ!」

「あら、『死出の眠り』の方が良かったかしら?」


 実際、お玉とフライパンのコラボレーションによる騒音は凄まじく、これを耳元でやられると本当に死者でも蘇りかねない騒音である。それだけにその洗礼を受けた小太郎はタマモに文句を言おうとするのだが、その目の前にピタリとハンマーを突きつけられると、とたんに冷や汗を噴出しながらカタカタと震えだした。


「イエ、トンデモゴザイマセン。オコシテイタダイテタイヘンカンシャシテイマス」

「ならいいのよ、じゃあ早く着替えなさい、着替え終わったら行くわよ」

「りょ、了解しました!」


 小太郎はベッドから跳ね起きながら思わずタマモに敬礼をしてしまう。本来なら誰にも従わぬ気概を持つ反骨の少年は、一晩にしてタマモに飼いならされていた。そしてタマモが部屋から出て行き、扉の向こうに姿を消した瞬間、力尽きたかのようにへなへなと崩れ落ちるのだった。


「あー、マジで今のは怖かった。とにかくタマモ姉ちゃんの怒りを買わんうちにはよう着替えよう……そういえば行くってどこへ?」


 小太郎はしばしの間床にへたり込んでいたが、タマモを待たせると後が怖そうなので首をかしげながらも手早く着替え、玄関へと向かっていった。


 そして5分後、小太郎は玄関に到着する。


「あの……兄ちゃんにタマモ姉ちゃん、これっていったいなんなんや?」


 小太郎は玄関に着くと、やたら嬉しそうな顔をしたタマモと、眠そうな顔をした横島に迎えられた。そして今、小太郎は訳の分からぬうちに自分に付けられた装備をひっぱりながら、横島を見上げている。


「んあ、わからんのか?」

「いや、これでわかれっちゅーても……つかそもそもなんでこんなもんつけるんや?」


 小太郎は訳が分からないといったふうに自分に付けられた装備を手にし、相変わらずあくびをしている横島を見上げる。そしてそんな小太郎に対して帰ってきた答えは、小太郎の予測を完全に超越していた。いや、正確には予想どおりであったのだが、自身の持つプライドがその答えをかたくなに否定していたのである。
 そんな小太郎のプライドを打ち砕く横島の答えはと言うと――


「なんでって、『散歩』の標準装備だろ? リードは……」


 ――散歩の定義について、小一時間どころか一日中問い詰めたくなるような答えであった。


「そんなこと常識じゃないの」


 さらにタマモまでどこか小馬鹿にしたような感じで小太郎に言う。


「どこの世界の常識やぁー!!」


 小太郎は自分の腰につながれた犬の散歩用のリードと、その接続先である横島の自転車を交互に見ながら叫ぶ。その額にはくっきりと青筋まで浮かんでいた。
 しかし、横島とタマモは小太郎の魂の叫びもどこ吹く風、いっさい気にせず自転車に飛び乗ると横島はペダルに足をかけ、タマモは後輪の足掛けに乗ると横島の肩をしっかりと掴む。そして怒りの表情を浮かべる小太郎に気付くことなく、きっぱりと宣言した。


「まあいいじゃない、そんな些細なことは。じゃあ横島、しゅっぱーっつ♪」

「おう、行くぞ小太郎!」

「ちょ! まちいや、なんでオレがこんなことずわあああぁぁぁー!」


 小太郎の制止もむなしく、横島が力強くペダルを踏み込んだ瞬間、土煙と共に全員の姿が消える。その場に残された物は、舞い上がった土煙と、小太郎の悲痛な悲鳴のみであった。
 この日より、麻帆良学園の都市伝説に『時速100kmで走る犬耳少年』という話が加えられることになるのだが、その真相は永遠に闇の中へ葬り去られるのだった。




第29話 「類は友を呼ぶ」





「横島さん……」


 ヘルマンとの死闘の翌日、ネギは横島の名前をつぶやきながら朝日を見つめ、世界樹前の広場でたたずんでいた。その表情にはわずかながら憂いが含まれている。
 おそらく、過去の悪夢の元凶と向かい合ったことに思いをはせているのだろう。けっして昨夜、チャンスだと思って横島ごとヘルマンを倒そうとした事を後悔しているわけでは無い――


「……あの魔法でもトドメを刺せないなんて。こうなったらマスターに『永遠の氷河』と『終わる世界』を教わらなきゃだめなのかな?」


 ――確かに後悔はしていないようだが、無駄にポジティブな方向に考えがまとまっているようである。しかも今のセリフを聞く限り、滅ぼす対象のメインはヘルマンではなく横島だったのかもしれない。
 
 ともかく、誰かに、特に横島に聞かれたら命の危険が指数関数的に跳ね上がるであろうセリフをのたまいながら、ネギは膝を抱えて朝日を見つめ続けている。そして、そんなネギを心配そうに見つめる人物達がいた。


「ネギ君、昨日からずっとあんな感じなんや」

「まあ、昨日の今日ですから……そっとしておくのが一番じゃないでしょうか」

「声かけづらいし、心配やわぁ」


 物憂げに朝日を見つめるネギを遠巻きに見つめる少女達、それはアスナと木乃香、それに刹那の3人であった。ただし、彼女達は遠くから眺めているため、ネギが何をつぶやいているかは聞こえていない。


「ネギ……あんたあの時、やっぱり横島さんを狙ってたのね……」


 いや、どうやらアスナだけは化け物じみた聴力を発揮してしっかりとネギが言ったことを聞き取っていたようだが、隣に刹那がいる以上それを漏らすわけには行かない。まかり間違って本人に伝わったら本気でネギの命が危ない。
 そのため、アスナはネギの呟きを記憶の奥底に封じ込め、聞かなかったことにする。しかし、記憶を封印したアスナが顔を上げて改めてネギを見た瞬間、アスナはそのかわいらしい顔を青ざめさせて硬直した。


「おーいネギー!」

「ん?」


 硬直したアスナの視線の先には、ネギを死地へといざなう地獄の使者、もとい、自転車に乗った横島と、自転車後部に横座りして背後から嬉しそうに横島に抱き着いているタマモ、そして完全にダウンして横島に米俵よろしく担がれている小太郎であった。
 そして彼らに声をかけられたネギはあからさまにビクッと肩を震わせると、恐る恐る振り返る。すると、横島は先ほどのつぶやきに気付いていないのか笑顔のままであった。


「横島さんにタマモさん……って小太郎君いったいどうしたの!?」

「おう、ネギか……いや、ちょっと朝の散歩をな、あははははははは」


 ネギは助かったとばかりにほっとしていたが、ここでようやく小太郎の様子がおかしいことに気付いた。小太郎はネギの前に立つと、魂が抜け出たかのようにへたり込み、虚ろに笑い出す。


「なっさけないわねー、この程度でへばるなんて。アンタそれでも人狼なの? 恥を知りなさい」

「正確には狗族っちゅーんやけどな、つか100m10秒台で30キロも走らされたら誰だってこうなるわい!」

「そうか? 以前いたシロって人狼は調子悪くても100m5秒台で100キロくらい軽く走ってたぞ、それに峠の下りは車顔負けだったからなー、秋名ではやたら速い白黒パンダトレノをリヤカーでぶち抜いたって自慢してたし」

「湾岸高速で黒いポルシェをぶち抜いて都市伝説になったこともあったわね」

「……そないなバケモノと一緒にせんでくれ、それにそいつ絶対に人狼じゃないわい」


 小太郎は横島の言う人狼の定義について力いっぱい否定する。しかし、事実は小説より奇なり、実際にそういう人狼がかつて横島の身近にいたのだから、小太郎の反論も横島達には届く事は無い。
 いや、むしろ横島達の視線は、小太郎のほうが本当に人狼なのか疑っているような節もあるぐらいだ。



「小太郎君、西に戻らなくて大丈夫なの?」


 そんな小太郎にネギは恐る恐る声をかける。
 すると、一休みしてようやく体力が回復してきたのか、小太郎はのろのろと体を起こす。


「ああ、そのことだったら大丈夫や。本山の反省室から脱走したのは今回の件でチャラになったんや」

「え、本当なの!?」

「ああ、昨夜のうちに横島の兄ちゃんが学園長とか言うのに掛け合ってくれたんや。それにこれからオレは兄ちゃんとこに世話になるんやで」

「横島さん達が?」


 ネギは予想外だったのか不思議そうに横島を見上げる。ネギにしてみれば横島とタマモは恐怖の代名詞と言い換えてもなんらおかしくない存在であり、自ら進んで虎口に飛び込む小太郎に信じられないという表情を向ける。
 しかし、虎口に飛び込んでいるはずの小太郎は何も知らないのか、それとも知っていてそれを考えまいとしているのか、とても嬉しそうに横島に懐いていた。
 横島家に居候、ネギにしてみれば考えただけでも身の毛もよだつ境遇に喜ぶ小太郎。話を聞く限りは昨夜のうちに横島がなにやら手を回したようだが、いったい何をすればあの小太郎がそこまで懐くのか、その秘密を語るには昨夜まで時をさかのぼる必要があった。







 ヘルマンとの死闘を終え、無事タマモを取り戻した横島と小太郎は、これに刹那を加えた状態であやかの用意した夕食に舌鼓を打っていた。
 あやかとしては、何故タマモが狙われたのか、そして横島の不思議な力についてその謎を早く知りたいと思うのだが、この団欒のひと時を邪魔するのも無粋とでも思ったのか、横島達にその話題を振ることはなかった。
 しかし、やがてその団欒も終わり、皆が茶をすすって一息ついたころ、横島が今までののほほんとした表情を一変させ、いくぶんか緊張をはらんだ表情で全員を見渡す。


「そろそろ始めるとするか……いいな、タマモ。それから刹那ちゃん」

「ええ、いいわ」

「はい……」


 タマモと刹那は先ほどまでとは打って変わって、顔をいくぶんか強張らせて横島に了解の意思表示をする。なにしろこれから一般人であるあやかに魔法のことを説明するのだから、その不安もひとしおなのだろう。


「あやかちゃん、まず確認するけど。これから俺たちが話すことを聞けば、最悪今日みたいに危険に巻き込まれる可能性が高い。出来ればこのまま何も無かった事にってのはだめかな?」

「申し訳ありませんが、それは出来ません。それに……もうすでに抜け出せないくらい関わってしまってますわ。それにタマモさんやネギ先生が狙われている事がはっきりした以上、私はタマモさんの親友として黙って見ているわけにはいけません」


 あやかは横島の提案を即座に却下すると、誤魔化しは許さないとばかりに身を机に乗り出す。実際の話、今回の敵はネギや横島の一味と目される全員の情報を持っていた。したがって、今回の騒動であやかが既に横島の一味として認識されている可能性が高いとも言えよう。となると、下手に誤魔化したり文珠で強引に記憶を奪ったりするよりも事の次第を説明したほうがより安全だろう。
 横島は無言のままそう結論付けると、改めてあやかを見つめた。


「ふう、しょうがないか……じゃあまずこれから話す事は他言無用でな……」

「はい、約束しますわ。決して誰にも言いません」


 横島ははあやかの言葉を聞くと満足そうに頷くと、今回の出来事について説明していくのだった。


 横島から聞かされた話、それはあやかの想像を絶する物だった。それは魔法がこの世に存在するという事、そしてネギが魔法使いであるという事、さらに横島が魔法とはまったく別系統の霊能という力を持っているという事など、普通なら正気を疑われるような話であった。
 しかし、あやかはヘルマンがタマモを連れ去った魔法、そして横島の文珠という不思議な珠を実際に見たのである。だからこそ、あやかは横島の話を事実として受け止める。
 そして一通りの説明を受けたあやかは、説明が終わるとその肩の力を抜き、思わずため息を漏らしていた。


「正直予測はしていましたけど、改めて聞くととんでもない話ですわね」

「ビックリするわよね、普通は魔法なんて言ったら頭がおかしいと思うし」

「とんでもありません、信用しますわ……ですが今の説明だとネギ先生が狙われる理由はわかるんですが、なぜタマモさんまであの男に狙われたんですの?」

「それは……」

 
 タマモがヘルマンに狙われた理由、それはタマモの正体が九尾の狐だったからであり、本来ならヘルマンがどういう経路でタマモが九尾だと知ったのか、それを早急に調査しないといけないのだが、今はそんな事はどうでもいい。
 今はあやかにそのことを説明するか否かが重要であり、それを説明する場合にはあやかにその正体を晒さなければならないため、横島は言葉に詰まると少し不安そうにタマモに目配せをした。すると、タマモはすぐに表情を引き締めるとあやかのそばに歩いていく。
 

「ねえ、アヤカ。私や横島に刹那、それに小太郎は皆異能を持っているわ。そしてこの力を使って戦っている」

「ええ、今回の事件のようにですね」

「そうよ、けどこう思わない、人間相手に戦うのに私達みたいな力がいるかしら?」

「それは……」


 あやかはタマモの言葉に口ごもる。たしかにタマモの言うとおり、人間相手なら横島達が持つ能力ははっきり言って必要ない。では何のために彼等の力が必要なのだろうか。
 あやかははしばしの黙考の後、とある考えに至る。


「人間は脆弱よ、そんな人間と戦うのにこんな力なんかいらないわ。むしろ銃や刀とかのほうがよほど使い勝手がいいわ。だけど私達みたいな力は必要なの、それは何故かというと……」

「同じ力を持った人間、もしくはその力をもってしか倒せない人間以外の存在がいる……ということでしょうか」


 あやかはタマモの言葉を途中でさえぎり、自分の考えを答えた。するとタマモは少し驚いたように目を見張ると、自嘲気味に小さく笑う。


「そうよ、そして今回の敵だったヘルマンっていうのは上位悪魔よ」

「悪魔ですか? じゃあなぜそんな悪魔がタマモさんやネギ先生を?」

「ネギ先生についてはネギ先生のお父さんが関わっているみたいよ、そして私は……」

「タマモさんは?」


 あやかは心持ち身を乗り出すようにタマモに迫る。どうやらタマモの言葉を聞き逃すまいと必死のようである。


「私は……ヘルマンと同じように人間じゃないわ。いわゆる妖怪っていうヤツなの、それも極めて強力な……」

「え……」


 あやかはタマモの口から発せられた言葉に呆然とした声をあげる。タマモの答え、それはあまりにも予想外の答えであった。この世に魔法という不思議な力がある、それは認めた。さらにネギやタマモの敵として悪魔がいる、これも認めよう、むしろ人質にされた時に感じた恐怖を考えれば納得しやすい。しかし、タマモが人外の存在であるという事。それはあまりにも予想外の話であった。
 タマモは沈黙し、呆然と自分を見つめるあやかの前に立つと少し悲しそうな表情をした。


「驚くのも無理ないわよね、それに私だけじゃないわよ、小太郎もそうよ」


 あやかは小太郎まで人間ではないと聞かされ、驚愕の表情で小太郎を見る。よく見ると小太郎の頭にはいつの間にか人間にはあるはずの無い耳がピョコンと突き出していた。
 小太郎はあやかと目が合うと、すこし寂しそうに笑いながら小さく頷く。しかし、あやかの驚愕はこれだけでは終わらなかった。


「雪広さん……私、私も人間ではありません……ここにいる皆、私、タマモさん、小太郎君、全員が妖怪と呼ばれる存在なんです」


 あやかを襲うさらなる衝撃、それは横島の隣に座っている刹那からもたらされた物だった。


「刹那ちゃん!?」

「大丈夫です、さっきタマモさんと決めたことですから……タマモさんが真実を話すなら私もって」


 刹那はやはり真実を話すのが怖いのか、少し肩を震わせ弱々しい声で横島に笑いかける。
 横島は心配そうに刹那を見つめていたが、やがて小刻みに震えている刹那の手をそっと握った。すると、刹那はその手のぬくもりに勇気付けられたのか、少しずつその震えが収まっていく。
 一方、そのやりとりを他所に、あやかとタマモは至近距離で見詰め合ったままじっとしていたが、やがてあやかはぎこちない笑顔と共にタマモの肩に手を置いた。


「そんな……タマモや刹那さん、それに小太郎君が妖怪だなんて……何かの冗談ですわよね」

「こんなこと冗談で言えないわよ。そうね、そんなに信用できないなら見せてあげるわ」


 タマモはそう言うと、あやかの前で目を瞑る。そしてポンという音と共にタマモの姿は煙に包まれあやかの視界から消えうせる。


「え? タマモさん!?」


 あやかは目の前で突如広がった煙に戸惑いながらも、タマモに声をかける。だが、タマモから返事は無かいかわりに、トンっと膝に何か小さな何かが乗る感触がした。
 あやかは突然の膝の感触にビクリとしながらも、視線を下に向けていく。すると、あやかの膝の上には九本の尻尾をゆらゆらと漂わせた子狐がつぶらな瞳であやかを見上げていた。


「もしかして、タマモさん?」

「そうよ、これが私の正体。私は妖孤、それもその中でも最上位の九尾の狐よ」

「……」


 あやかはタマモが狐に変わったことに驚愕の表情を浮かべ、口をぽかんと開ける。そしてあやかが呆然としていると、横島の隣に座っていた刹那が立ち上がり、制服のボタンを外すとその背中に真っ白な翼を広げたのだった。


「そして私は烏族という妖怪のハーフです」

「ワイは狗族とのハーフやで」


 タマモに引き続き、刹那と小太郎は己の正体をあやかに告げると、あやかは沈黙したまま驚愕の表情で全員を順番に見渡し、最後に膝の上にいるタマモに目を落す。
 この時、タマモは心なしか自分が乗っている膝が小さく震えていることを敏感に察知していた。


「まあ、しょうがないか。突然クラスメイトが妖怪だったと言われて平静でいられるわけが「可愛い……」へ?」 


 タマモは顔を落とし、諦めたかのようにつぶやくが、ふと聞こえてきた声に反応して再び顔を上げてあやかを見上げた。
 そしてそこでタマモが見たものは――


「可愛いですわぁぁぁー!」



 ――目をハートマークにして自分に抱きつこうとするあやかであった。


「ちょ! アヤカ落ち着いて、苦し……きゅぅぅぅぅぅ」


 あやかはタマモの静止もかまわず、子狐状態のタマモをぎゅうっと抱きしめる。この時、タマモは力いっぱい抱きしめられたせいで完全に目を回していた。


「あ、あの……横島さん……」

「あー、どうやらあやかちゃんは受け入れてくれたみたいだな」

「受け入れるって……タマモ姉ちゃん完全に目回しとるようやけど、助けんでええんか?」

「……お前行け、さすがに俺は怖くて近づけん」


 横島は気絶したタマモを抱きしめ、愛しそうに頬ずりをするあやかを見つめながら小太郎に答える。
 すると、その声が聞こえたのか、あやかは目をキュピーンとピンク色に光らせると、タマモを救出しようとした小太郎をタマモごと抱きしめるのであった。


「ずわあああ! あやか姉ちゃん苦しいー!」

「あああ、小太郎君も可愛いですわー! この小さな耳! パタパタと動く尻尾! もう、もう私たまりませんー!」


 横島はタマモを救出しようとして見事にミイラ取りがミイラになった小太郎を呆然と見詰めながら、ゆっくりとあやかから距離をとろうとする。しかし、その時自分の腕の中から消え入りそうな声が聞こえてきた。


「あの……横島さん」


 横島は聞こえてきた声に思わず顔を下に向けると、目の前に刹那のうなじが目に飛び込んできた。しかも、なにやら自分の胸の所でふさふさとした柔らかい感触がし、さらに自分の手に温かい人肌のような感触を感じていた。
 ここで横島は自分がどういう状況なのかを考える。先ほど横島は突然大声を出したあやかに思わず飛び退き、この時反射的に横にいた刹那を自分の手の中に抱きしめていた。となると、今感じているこのふさふさとした感触は刹那の翼であり、手のひらに感じる人肌の感触は翼を出すために、服をはだけさせた刹那のウエストの感触という事になる。横島はここに来てようやく自分が刹那の身体を後ろからしっかりと抱きしめているということに、遅ればせながら気付くのだった。


「……えっと……これはいったい……」

「あ、あの横島さん。べ、別に嫌というわけじゃありませんけど……さすがにちょっと恥かしいので……」

「あ、ご、ごめん!」


 刹那は顔を俯かせ、その恥かしさから顔どころかうなじまで真っ赤に染めると消え入りそうな声で横島に声をかける。
 すると、横島は即座に刹那から手を離し、壁際まで一気に飛び退いた。


「あ、いえ……恥かしかったですけどとても温かくて……その」

「それは俺も……こう、すっごく細くていい匂いがして。それに羽の感触がこれまたなんとも……」


 刹那は横島の方を振り向くと、はだけかけたシャツを手で押さえながら横島を見つめ、横島もまた顔を真っ赤にして自分でも何を言っているのかわからないまま、顔を俯かせる。
 なんとも初々しいというか、本来なら煩悩丸出しの横島には実に似合わないシーンであるが、横島の煩悩はヘルマンとの戦いで暴走したことによってかなりの量が昇華されたため、このような甘ずっぱい展開となっているようだ。
 しかし、その初々しい空間もやがて終わりを告げる。
 横島と刹那のストロベリーな空気に終わりを告げる使者、それは――


「ハァハァ……刹那さん。そのやわらかそうな白い翼……もう辛抱たまりませんわー!」
 
「ちょ! 雪広さん何を突然!」

「私のことはあやかと呼んでくださいー!」


 ――鼻血を滴らせ、目を完全に血走らせたまま刹那に背後から抱きついたあやかであった。


「ああ! このもふもふとした感触! 我が家の最高級羽毛布団のようですわー!」

「ちょ! あやかさん、羽毛布団って! それは洒落になってません、横島さん助けてー!」

「あー……うん、こういうのもあり……かな?」

「いーやー!」


 横島の目の前であやかに捕まり、思う存分にもふもふと羽を触られている刹那の悲痛な声が部屋に響き渡る。
 横島は美女二人、特に刹那の完全にはだけてしまったシャツから覗く真っ白い肌と下着に目を奪われながら、呆然と二人を見下ろすのだった。




「あいたたた、なんかお花畑が見えたわよ」

「うー、尻尾と耳がなんかごわごわしとる」

「……うううう、なんか汚されてしまったような気がします」

「ど、どうもすみませんでした。皆さんがあまりにも可愛かったものでつい……」


 最後の獲物、刹那があやかに捕まってから数分後、横島の文珠『沈静』を使用することによってやっと正気を取り戻したあやかは、皆の前で芸術的な土下座を披露していた。
 ちなみに、文珠一つで『静』と込めた時、文珠は効力を示さなかった事をここに記しておこう。雪広あやか、自他共に認めるショタコン癖のある少女の煩悩は、横島に比肩しうるのかもしれない。

 一方、危ういところで黄泉路から帰還したタマモは既に人間の形態に戻り、刹那と小太郎もタマモと同じように耳や翼をしまっている。
 そして全員で土下座をしているあやかをしばらくの間見つめていたが、やがてタマモはいまだに頭を下げているあやかの頭を上げさせて目を合わせる。
 互いに見詰め合うタマモとあやか、二人の瞳には先ほどまでの深刻さはなく、やがて二人はその顔に笑みを浮かべた。
 

「ねえ、アヤカ」

「なんでしょう」

「私は人間じゃないけど、まだ友達でいてくれるかな?」


 タマモは笑顔を浮かべながらあやかに質問する。だが、タマモはその答えについては聞くまでも無いと思っていた。タマモにとってこの質問はあやかに対する最後の確認にすぎないのである。


「見損なってもらっては困ります、アナタが妖孤であろうとなんだろうと私の友達、いえ親友であることに変わりはありませんわ。そしてそれは刹那さんや小太郎君も同じです。そりゃあちょっとビックリはしましたけど、むしろあの姿は非常に可愛くて……」


 あやかは先ほど狐形態のタマモを抱きしめた時の感触を思い出しているのだろうか、微妙に両手をワキワキと動かしながらタマモに答える。するとタマモは顔と首を押さえ、小太郎は思わず耳と尻尾を押さえ、刹那は横島に抱きついたりと少々過剰な反応を見せるが、すぐに気を取り直すとあやかに手を伸ばし、土下座をやめさせる。


「あははは、そう言ってくれるのは嬉しいけど。もう絞めないでね、本気で逝きかけたんだから」

「コホン、それはともかく。私にとっては妖怪というのはお父様の権力を狙ってくる人たちのことですわ。それにくらべたら狐に変化できたり、犬の耳が生えたり、まして翼があったりなんか些細な事です」

「まあ、たしかに人間って権力とかお金からむと妖怪じみてくるもんね」


 タマモには前世の記憶は無いが、それに絡んで自衛隊に追いかけられたという苦い経験があるため、あやか言葉に言いようの無い重みを感じていた。

 と、ここで終わればお互いの友情を深め合う少女同士の美談として話がまとまるのだが、ここにいる面子の中の約一名はそんな終わりを認めない。
 故に無意識のうちに終わったはずの地雷をしっかりと、それはもう他人が見たら意図的かと思うくらいピンポイントに踏み抜くのだった。


「しかし、あれだ。あやかちゃんって結構動物好きなのか? 今のはまるで俺を見ているかのようなすごい暴走っぷりだったしなー」


 地雷原に踏み込んだ勇者、その名は横島忠夫という。彼は自分が地雷原のど真ん中でコッサクダンスをしているにも等しいことをしでかしていることに気付いていない。
 故に、横島はタマモ達が一斉に部屋の隅に避難しているのにも気付かぬまま、無言のままうつむいているあやかをハテナマークを浮かべながら見つめていた。そしてあやかは横島の視線を受け、無言のまま顔を上げるとその目に妖しい光を宿らせて横島に指を突きつけるのだった。


「ふ……甘いですわ横島さん。確かに動物は好きですが、今回の事はそんな単純なことではありません」

「単純な事?」

「ええ、いいですか。今から私の言う事を想像してみてください」


 あやかはまるで催眠術でもかけるかのように横島の目をじっと見ると、指を一本立ててそれを横島の目の前に持ってくる。


「あなたの目の前にタマモさんがいます」


 横島は突然のことに目を白黒させながらも、つい反射的に普段の制服を着たタマモの姿を脳裏に浮かべる。


「そしてそのタマモさんの頭には大きめの狐の耳がぴょこんと……」


 あやかのセリフと共に、横島の脳裏に浮かんだタマモの頭に金色の狐の耳が飛び出す。横島はその映像があまりにもハマっていたため、思わず噴出しそうになるが、かろうじてそれをこらえた。


「さらに腰のところには大きくふさふさとした金色の尻尾」


 あやかの誘導と共に続いて浮かぶ映像、それは獣耳を装備した上にさらに狐の尻尾という萌えアイテムを装備したタマモだった。
 もはや横島は陥落寸前とばかりに鼻を押さえ、ゆっくりと肩膝を突く。しかし、横島はまだ倒れるわけにはいかないとすぐに身を起こし、どんな攻撃でも耐えて見せるとばかりに無言のままその手を広げた。


「そしてまとう服は振袖……」

「ぶは!」


 あやかの放った最後の矢、それは横島の萌えるハートをがっちりと射抜いた。
 横島脳裏には、普段の制服姿ではなく、赤を基調としたきらびやかな振袖纏ったタマモ(狐耳&尻尾装備)に完全に打ちのめされ、手で押さえた鼻からはたらりと血がもれ出ている。
 しかし、まだこの程度ではあやかのターンは終わらない。一の矢でし止められねば二の矢、三の矢という感じで矢継ぎ早に横島を追い詰めていくのだった。


「もう一つ行きますよ! あなたの目の前には刹那さんがいます」


 横島はただでさえでもタマモの萌え姿に打ちのめされ、思考能力が低下している所にさらなる追い討ちとばかりに刹那の制服姿を脳裏に浮かべさせられた。


「刹那さんは髪を下ろし、その頭には真っ白な猫耳が」


 あやかの誘導と共にもたらされる映像、それは髪を下ろし、普段とは全く違う柔らかい感じを受ける刹那の頭に純白の小さな猫耳カチューシャをつけた映像だった。
 横島はすでにこの段階でいいかげんやばいくらい鼻血を出し、それは致死量にも達しようというのだが、むしろ先ほどから横島の霊力メーターはがんがん上昇しているため命に別状はない。


「そして腰のところには柔らかそうな細い純白の長い尻尾、その背中に純白の翼」


 あやかのセリフと共に浮かぶ新たなる映像、それは横島にとってもはや犯罪的なまでに萌え狂える映像だった。
 もし実際に刹那がこの格好で顔を赤らめながら、招き猫のように手を顔の横で曲げ「ニャン♪」とでも言おうものなら、そのまま一気に昇天してしまうかもしれない。


「さらにまとう服はセーラー服(夏服)」

「ぶほああああ!」



 あやかの最後の一言、それは完璧な奇襲だった。頭の中に浮かんだ映像、それは確かに麻帆良学園の制服を着た刹那だった。しかし、その刹那に普段とは違う制服、それもセーラー服という聖衣を装備させたとき、今までの映像とは比べ物にならないほどの萌えがそこにあり、横島はたどり着いた理想郷に女神の姿を見た。
 雪広あやか、実に萌えと言うものを理解しているパーフェクトな女性である。


「でぃ、でぃもぉぉぉると……あやかちゃん、確かに……確かにすばらしいよ」

「わかっていただけて何よりですわ」


 萌え血の海に沈んでいた横島は、まるで悟りの境地にたどり着いた高僧のようにすがすがしい笑みを浮かべると、血の海からゆっくりとその身を起こし、あやかに向けて親指を立てる。
 そしてあやかは身を起こした横島の手をつかむと、まるで兄をいたわるかのようにそっと立ち上がらせるのだった。


「あやかちゃん、いいものを見させてもらった。ならばこちらもお返しせねばなるまい」

「お礼ですか?」


 あやかの手助けを借りて立ち上がった横島は、ここであやかの目をぐっと覗き込む。
 それはまるで先ほどのあやかのようでもあった。


「まず、あやかちゃんの前に小太郎とネギがいる」


 あやかは横島の目に引き込まれるようにその目を見つめ、彼の誘導の元ネギと小太郎のコンビが脳裏に浮かぶ。


「もちろん小太郎は尻尾も耳も標準装備、そしてネギには狐耳と尻尾をつけよう」


 ネギと小太郎にそれぞれ獣装備一式、それだけでもうあやかは膝をがくがくとさせ、まともに立てないくらいになる。
 しかし、横島の攻勢はそんなことでは終わらない。


「そしてまとう聖衣は小太郎には半ズボンにTシャツ、ネギには腰まである長い髪のカツラと、純白の膝上までしかない改造浴衣」

「はう!」


 横島の誘導した映像、それは美少年大好きの彼女にとってあまりにもピンポイントで萌え要素直撃させていた。
 獣装備をつけた腕白小僧の小太郎、それが半ズボン。少年の健康的な足が幻にも関わらずあやかの心臓の鼓動を早くする。そしてネギの狐娘、もはやあやかにとってその映像だけでご飯が三杯は軽くいけそうである。
 しかし、まだそれは序の口だった。横島は今にも天に登りそうなあやかを見つめるとその耳元に口を近づけ、トドメとばかりに囁いた。

「オプションに小太郎はサスペンダー、ネギはオーバーニーソックス」


 それは決定的な一言だった。
 あやかの耳に横島の声が届いた瞬間、あやかの脳裏で種のような何かがはじけとぶ。


「ああああ、ここは天国!? 見える、私には愛らしい小太郎君とネギ先生が見えますー!」


 3−A委員長、雪広あやか、彼女の覚醒はこの日から始まるのだった。


「ねえ、刹那……」

「なんでしょうタマモさん」


 色々と萌え狂う横島とあやかを遠巻きに見つめていたタマモ達だったが、ここでふとタマモが刹那に声をかけた。


「今ふと気付いたんだけどね……横島とアヤカって……似てない?」

「奇遇ですね。私もそんな気がしてた所なんです」

「刹那もそう思うわけね……」


 タマモは刹那が自分と同じ考えだったと知ると、再び沈黙し、あやかと横島をじっと見つめる。そしてしばしの沈黙の後、再び顔を向けぬまま刹那に声をかけた。


「ねえ刹那……同一存在って知ってる?」

「平行世界におけるそれぞれの同じ存在というヤツですか?」

「ええ……」


 タマモはそれだけを言うと、また沈黙する。しかし、刹那がタマモにその先を促そうとした時、タマモは自らその沈黙を破った。


「アヤカって、この世界の横島かもしれない……」


 タマモが沈黙を破って放った言葉、それは戦慄を持って刹那の全身をうがつ。


「そんなばかな!」

「ええ、今までなら違うって否定できた。けど……あやかが暴走したときの気配、文珠を二つも使わなければおさえられなかったその暴走、そして今の二人……もし横島が女で、家が裕福な上お嬢様として教育を受けたらああなってたかもしれないわね」


 刹那は驚愕の表情を浮かべたまま横島とあやかの顔を見比べ、なんとか否定しようとする。しかし、いくら刹那が否定しようと、今の二人は本当に同じ存在、もしくは兄弟にしか見えないくらいその存在が被っていたのだった。

 その後、タマモ達はなんとか横島とあやかを現世に戻すと、先ほどの推理を封印し、二度と表に出さぬことを互いに約束する。
 ともかく、こうしてあやかは皆の存在を受け入れ、今まで以上に親しい友、いや、身内と言ってもいい存在になるのだった。
 ちなみに話の流れでネギの秘密を話すことになったが、魔法のことをあやか知っているという事をネギには知らせない事にしていた。その理由は、ネギの負担の軽減、そして何よりもあやかの身の安全を確保するという意味合いが強かった。
 あやかが魔法の存在を知っている、そのことを知る人間は少ないほどいい、万が一ネギがこのことを知ればそれは自動的にアスナに、ひいては学園長にまで伝わりかねないと判断したためである。そしてそれを知る人間が増えれば、あやかが魔法がらみの事件に巻き込まれる可能性もまた飛躍的に高くなるという事である。

 あやかは当初不満げであったが、自分に戦う力が無い事、そしてタマモと横島の説得によりネギに対して沈黙する事に了解していた。タマモ達はあやかが了解した事により、話にひと段落がつき、横島と小太郎はタマモの入れたお茶を美味そうにすする。
 だが、それはまだ早計にすぎなかった。なぜなら、あやかが口にした言葉が再び食卓を騒動の渦に巻き込んだからである。


「それにしても、タマモさんが妖狐で刹那さんが烏族、小太郎君が人狼……じゃあ横島さんはなんの妖怪なんですの?」


 あやかの言葉に当の横島を含め、タマモと小太郎も箸を中空に漂わせたまま凍りついていた。
 しかし、あやかはその空気を読むことなく、顎に手をあてると中空を睨み、考えをめぐらせる。


「横島さんの常軌を逸した再生力から考えますと……そうですわ!」


 あやかは呆然としている横島を他所に、ポンと手を打つと嬉々とした表情で口を開いた。


「横島さんはトロールですね!?」



 あやかはズビシ! と横島を指差しながらそのモンスターの名を口にする。たしかにトロールというモンスターは人間をはるかに越えた常識外れの再生力を持っている、そう考えればあやかの発言もあながち間違いで無いような気もする。
 しかし、当の本人にとってはたまったものではない。故に横島はというと顔をうつむかせフルフルと小刻みに震えている。
 あやかはそんな横島を不思議そうな表情で覗き込もうとすると、横島はおもむろに顔を上げて叫んだ。


「俺は人間じゃぁぁー!」

「うそでしょ!」

「え、マジか!?」

「小太郎、貴様もかー!」


 なぜかあやかと同じように驚愕の表情を浮かべて横島を見つめる小太郎。横島はそんな小太郎の頭を両の拳でグリグリと挟み込み、目に涙を浮かべながらお仕置きを敢行する。


「あー……二人とも、信じられないかもしれないけど横島は人間だから……たぶん」

「たぶんってなんだ、たぶんって!」

「だって私も自信ないし」

「タマモさん、言いすぎですって。まあ、確かに私も正直横島さんが人類かと問われると自信を持って答えられませんが……」

「お、おのれら……人のことをいったいなんだと」


 その後、横島の正体をあれこれと推測するあやかと小太郎に、タマモと刹那は必死の説得を行って横島はトロールではないと納得してもらえたようであった。
 ただ、彼が本当に人間であるという点については保留ということになった。


「なぜじゃああああ!」

「だってアンタの再生力トロール以上じゃない、下手したらヴァンパイアも超えてるかも」

「お、俺に味方はいないのかよ……」


 タマモ達のあまりの言い分にうなだれる横島であったが、そんな横島の肩を死神がをポンポンと叩く。


「おお死神! お前は俺の味方だよな!?」


 横島は自分を見つめる死神に一縷の望みを見出したのか、死神に詰め寄るように顔を近づけていく。すると、そんな横島の目の前に死神は後ろ手に持っていたプラカードをズイっと突きつけた。


「ん、なんだこれ? なになに……『ナ・カ・マ(ハート)』……どちくしょおおおおー!」


 最後の希望を打ち砕かれた横島は、涙を流しながら家の外へ駆け出していた。


「いいんですの?」

「ちょいとからかいすぎたか」

「いいのよ、どうせすぐに戻って来るに決まってるんだから」


 横島の慟哭を他所に、懸案を片付けたタマモ達は食事を再開していた。
 ちなみにタマモの予想は5分後見事に的中したことをここに記しておこう。
 




 その後、少々の混乱はあったが無事食事が終了しあやかと刹那が帰宅しようとした時、タマモはふと小太郎に声をかけた。


「そういえば小太郎、アンタこれからどうするの? 西に戻る?」

「俺は……反省室から脱走しとるからな、西に戻ったらなんか罰があるんやろうな」

「アンタ脱走してたの?」

「せや、ネギとの決着をつけようおもて麻帆良まで来たんやけど、途中であのおっさんのたくらみを偶然聞いてな……後は姉ちゃん達も知っとるとおりや」

「あの、小太郎君のご両親はどうなさったのですか?」

「俺には両親おらへんのや。せやからガキのころからいろいろなことやって食いつないで来たんや」


 小太郎は自分の身の上をあっけらかんと話す。その話し方にはなんの憂いも感じられなかった。


「そんな……」


 小太郎の話を聞き、絶句するあやかを他所に、タマモはふと背後にいる横島へ振り返った。


「ねえ、横島。小太郎の事なんとかならない?」

「うーん、なんとかならないでもないが……取引材料もあることだし、ちょっと学園長に連絡とってみるわ」


 横島はそう言うと電話を手に取り、学園長の番号をダイヤルしていく。やがて学園長が電話に出たのか横島は早速小太郎の処遇について交渉を始めていた。
 最初学園長は横島の要求に渋っていたようだが、やがて横島の説得に応じたのか、横島の声音は明るいものになっていた。
 ちなみに交渉の途中でなにやら『修学旅行前の時計爆弾』やら『縛り』やら『写真』やらと、やたら物騒な取引材料があったことについてはタマモ達のあずかり知らぬ事であった。


「ふう、学園長のほうはOKだ。あとは学園長経由で西へ働きかけてくれるそうだ」

「本当!?」

「ああ、さんざん脅し……ゲフゲフ、心を込めて説得したからな。学園長も本気になって西を説得するだろう。というわけで小太郎はウチで暮らせるぞ」


 横島は何かをやり遂げたような清々しい表情で額の汗をぬぐうと、傍らで呆然としている小太郎の頭にぽんと手を置いた。


「えっと……兄ちゃん、ほんまに俺がここに居てもええんか?」

「ん、嫌だったか?」


 横島は自分を見上げる小太郎に笑みを見せると、安心させるように小太郎の頭をなでる。すると小太郎は少し不安そうな表情をして横島を見上げた。
 

「嫌やない……嫌やないけど、ほんまにええのか? 俺は妖怪とのハーフなんやで」

「ん? 何を今更。そんなもん気にしてたらタマモなんかハーフどころか九尾の狐だぞ、まして俺はお前とあやかちゃんが言うにはトロールらしいしな、だから気にするな」

「そうそう、私にしても弟が出来たみたいだし大歓迎よ」

「考えてみたら、この事務所の従業員で人間なのは横島さんだけなんですよね……」


 突然の境遇に変化に戸惑う小太郎に、タマモは小太郎に抱きついて歓迎し、刹那は改めて横島事務所の構成員の奇特さに引きつった笑みを浮かべる。
 こうして小太郎はめでたく横島家の一員として迎えられ、初めて仕事としての繋がりではない人間関係。つまり家族という絆を手に入れたのだった。


「あの……皆さん、私も一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」


 皆が小太郎を歓迎している中、ただ一人その輪の外から嬉しそうに笑う小太郎を至福の表情で見つめていたあやかが、その喧騒が終わるのを見計らって声をかける。


「お願いって……何?」

「あの、大変あつかましいお願いと思うのですが、できましたら私もこの事務所でお手伝いをさせていただきたいのです」

「えっと……それはウチの事務所で働きたいってことかな?」

「ええ、ぜひ私もタマモさん達のお手伝いをしたいんです。確かに私は皆さんのように強くありませんが、事務仕事や情報収集なら手伝えると思いますし」


 あやかの願い、それは横島の元で働きたいという事だった。
 確かに現在の事務所には事務仕事が出来る人間が居ない。さらに、入ってくる依頼も魔法関係やオカルト系のものは少なく、むしろまっとうな探偵のような業務ばかりだ。
 そしてここが肝心なのだが、あやかは雪広財閥の令嬢でもある。もしあやかを迎え入れた場合、この事務所は雪広財閥との強力なコネクションを持つ事になるのだ。
 横島は珍しく打算的なことを思い浮かべながら、あやかを見つめる。そのあやかの目は期待に満ちているのか、妙にキラキラと輝いていた。


「で、その本音は?」


 と、ここで横島とあやかのやり取りを横で聞いていたタマモは、なにやらいやらしい笑いを浮かべてあやかに問う。するとあやかはつい反射的にその本音を漏らしてしまった。


「学校ではネギ先生とご一緒でき、ここでは小太郎君と一緒に居られます。こんなおいしい環境を逃してなるものですか!」

「……」


 あやかの漏らしたあまりにも欲望に忠実な本音、それを聞いたタマモ達は一様に押し黙る。ここでタマモは先ほどの刹那とのやりとりを思い出し、とある条件をあやかに提示した。
 タマモの出した条件、それは――


「時給250円」

「やります!」

 ――過去、横島が美神によって提示され、長きに渡って苦しんだ契約の再現である。
 ちなみに、実際の時給は特に高くも無く安くも無い普通のものであったと申し添えておく。ともかく、今回の一連のやりとりにより、タマモと刹那は『あやか=横島』の疑惑をより一層深めるのだった。

 こうして横島家に小太郎が加わり、さらに事務所の従業員としてあやかが加わった事により、横島よろず調査事務所の戦力は一気に倍増し、やがてその名を高めていく事になるのだが、それはまだ先のことである。
 ともかく、動乱の一日であったこの日より、新生横島事務所の新しいスタートが始まったのである。





 回想終了



「……てなことがあったんや」


 小太郎はあやかの部分をうまく隠して昨夜のことをネギに語って聞かせた。その後、ネギが魔法拳士を目指すことを聞き、小太郎はネギに勝負を挑もうとする。
 ネギの言い分だと体中に激痛が走るため無理なようだが、小太郎はそんなことを気にすることもなくネギににじり寄っていった。


「仮病は許さんからなー!」

「あーん、小太郎君用事すんだんなら京都へ帰りなよー」

「なんやとー!」


 そのころ、ネギ達を遠巻きに見ていたアスナたちはそんなネギを笑顔を浮かべながら見つめていた。


「あはは、小太郎君いい友達になりそうやなー」

「そうですね、元気は出た様子です。悪友といった感じですが……」

「あれなら大丈夫そうね、まったく心配させてくれちゃって」


 上から木乃香、刹那、アスナの発言である。
 彼女たちはこれならネギは大丈夫だと確信したのか、その場を離れようとする。だが、その時彼女達の耳にただならぬ声が聞こえ、その足をピタリと止める。


「あー小太郎、せっかく熱くなってるところで悪いが、ちょっとネギと話をさせてくれ」


 小太郎とネギのやりとりに乱入した人物、それは横島であった。
 横島は先ほどから変わらない笑顔でゆっくりとネギに近付き、その肩をがっしりと掴む。この時、ネギは横島の笑顔の奥底に言い知れぬ恐怖、それこそすべての人間が持つ原始の恐怖を見出し、その手から逃れようとするのだがネギを掴んだ横島の手はびくともしなかった。


「あああの、横島さん、いったい何を……」

「いや、なにね……さっきお前さんが言ってた『永遠の氷河』と『終わる世界』を誰に使うつもりだったのか、ぜひとも聞きたいと思ってな」

「き……ききききこ、きこえ」

「うん、悪いんだがしっかり聞いたんだ。ちなみに、その前のトドメがどうのって言うのもしっかり聞いたぞ……」


 横島は暗い笑みを浮かべながら、ネギの肩を掴む手にゆっくりと力を込めていく。すると、ネギはそのあまりの激痛に声もなくあばれるのだが、もはやネギはくもの糸に絡まった虫と同じであり、彼に助けは無い。
 ネギが己の末路に絶望し、涙ながらに横島に許しを請おうとした時、横島は急にネギを掴んでいたその手を離す。ネギは何が何だかわからぬまま、突然解放された事に戸惑いながら横島を見上げた。すると、先ほどまで妖しい笑みを浮かべていた横島はその表情を一変させ、元の笑顔に戻っていた。


「さて、ネギをからかうのはこれぐらいにして……ネギ、あの時何故俺にトドメをさせなかったのかわかるか?」

「あ……えっと、火力が足りなかったから……ですか?」


 ネギは突然殺気をなくした横島に戸惑いながらも、反射的に横島の質問に答える。すると横島は満足そうに頷きながらネギの頭に手をポンと置いた。


「そうだ、火力が足りなかったからだ。では何故火力が足らなかったのか。それは何故だ」

「それは……マスターにはまだ戦い方の初歩しか習ってなくて、威力の高い攻撃魔法はまだ……」

「つまり、ネギはまだ新しい魔法を覚える地力が無いということなのか?」

「はい、まだまだ僕は新しい魔法を覚えるには修行が足りないそうです」

「そうか……ならば聞こう。ネギ、お前に今必要なのは何だ」


 横島は自らの修行不足に嘆くネギを見据えながら、ネギに問うその横島の目は真剣であり、それを受けたネギは横島の目をしっかりと見据えながら己の信念を賭けてそれに答えるのだった。


「それは……修行です。もっと……今よりもっとがんばらなくちゃ、僕は強くなれない」


 ネギの答えを聞いた横島は、満足そうに頷くとネギの肩にそっと手を置いた。


「よろしい、ならば修行だ! じゃあ……逝こうか

「へう!?」


 ネギはこの時、横島の歪んだ笑みを至近距離で見て硬直する。しかし、横島はそんなネギにかまうことなく、いつの間にか現われた死神と共にネギの両手を掴むとまるで政府の機関に連れ去られる宇宙人のごとく連行されるのだった。


「ちょ! 横島さんいったい何をする気ですか!」

「なにって、修行に決まってるじゃないか……今度は成層圏を越えて中間圏、いや、いっそのこと本当に宇宙空間からの大気圏突入がいいか?」

「い、いやああああ! 小太郎君助けてー!」

「ふははははは、これで昨日中途半端で終わった事件もこれでチャラじゃ。感謝しろよー」

「へ、へるぷみー!」


 ネギの命を賭した悲鳴が響き渡る中、二人のやり取りをぽかんと見つめていた小太郎は傍らにいたタマモを見上げた。


「なあ、ネギと兄ちゃんはいったい何をするつもりなんや?」

「ん、どうやらこれからネギ先生に修行をつけてやるみたいね……」

「ほんまか!? じゃあ俺も参加してええか?」


 小太郎はネギと横島が修行をすると聞き、好奇心に満ち溢れた表情でタマモに迫る。


「……本気?」

「ああ、もちろん本気や。ネギだけ兄ちゃんと修行するなんて抜け駆けゆるさへんで、俺も修行して強くなるんや!」


 タマモは目をキラキラとさせている小太郎に、これからネギに行われるであろう拷問、もとい修行のことを告げるべきか迷ったが、実際横島がやるであろう修行をこなせば強くなるのは間違いない。
 それに体についても文珠で何らかのケアを行うのだから、これについてもなんら心配は無いはずである。タマモはここまで瞬時に判断すると、横島が乗っていた自転車を引きながら改めて小太郎に向き直った。


「まあ、それだけ決意が固いのなら止めないけど、厳しいわよ」

「おう、そんなもんいくらでも耐えて見せるで!」


 小太郎は今この瞬間、自ら自分の死刑執行書にサインしたことに気付かぬままタマモの後について行くのだった。

 一方、このやり取りを遠巻きに見つめていたアスナ達は、泣き叫びながら連行されるネギを呆然と見つめながら互いに顔を見合わせる。


「……あははは、ほんまに小太郎君とネギ君はいい友達になりそうやな」

「なんというか、何も知らない小太郎君が哀れですね……まあ、確かにあれに耐えられたら自動的に強くなりそうな気もしますが……ところでいいんですかアスナさん、助けに行かなくて」

「さすがに命に別状はない……と思うわよ。とりあえずネギと小太郎君の無事を祈っておきましょう」

「そうですね、私達にできるのはそれぐらいですね」


 アスナ達は顔を強張らせたままそう言うと、完全に昇りきった朝日に向かってそれぞれ祈りだした。せめてネギと小太郎に命があることを祈って。


「神様……」

「仏様……」

「カーディスさま……」




「「え!!」」


 アスナと刹那はなにやら隣で聞こえてきた不穏当な神の名前に硬直する。そして聞こえてきた方を恐る恐る見ると、そこにはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべた木乃香がいた。


「どうしたん? 二人とも急に怖い顔して」

「いえ、何でもありません。私の気のせいのようです」

「そうよね、気のせいよね。空耳よね、あははは」

「そうです空耳なんですよ、きっと……あはははは」


「「あはははははははは」」


 まぶしい朝日が世界樹を照らし出す中、二人の少女の虚ろな笑い声が広場にこだましていった。そして自分が何を言ったのか理解していないのか、木乃香は頭にハテナマークを浮かべたまま虚ろに笑う二人を見守るのだった。




 第29話  end




 アスナ達が広場で虚ろな笑い声を響かせているころ、学園長は西の長へと電話をしている最中であった。


「これは婿殿、朝早くからすまんのう」

「いえ、かまいませんよ」

「そうか、時に昨日の件じゃが、あれはうまくいったかの?」

「ええ、なんとか部下の説得に成功しました」

「ほう! えらく簡単に話がついたのー」

「そのことですが、最初は難色を示した部下たちも事情を話したら納得してくれましたよ。もっとも今まで小太郎に親身に接していた数少ない人たちが反対の姿勢に回ってしまいましたが……」

「どういうことじゃ?」

「いえ、横島君とタマモさんが保護者になると話したら急にみな主張を180度変えてしまったんですよ、ですから賛成派が大多数になってしまって簡単にけりがついてしまったというわけです」

「……それはまたなんとものー」

「横島君とタマモさんの名前はこっちでは忌み名ですからね、一部では麻帆良の破壊神だの鬼姫だの呼ばれてますよ。彼らに預けるなら反省室に入れるよりよっぽど……ということなんでしょう」

「え、えらいいわれようじゃな。まあよい、実際の横島君たちなら小太郎君をまっとうに扱うじゃろうし、話が通ったのなら文句はないぞい。では世話をかけたの」

「いえ、お役にたててなによりです」


 学園長はそう言って電話を切ろうとしたが、その時窓から見える森の奥からドスンという音と共に何かが煙をなびかせながら天高く打ち上げられていくのをしっかりとその目で捉えた。


「「いやああああああああ!」」



 そして同時に聞こえるはずの無いネギと小太郎の声が脳裏に響いてくる。


「あの、お義父さんどうなさいましたか?」

「いや、なんでもないぞい。婿殿の部下はどうやら優秀のようじゃな……」

「それはどういう意味でしょうか?」

「気にせんでくれ、まあとにかくこの借りはいずれ精神的にの」

「期待せずにお待ちしています」


 学園長は会話が終わると静かに電話を机の上に置いき、おもむろに天井を見上げてつぶやいた。


「小太郎君にとっては西にいたほうが幸せだったかもしれんのー……」


 誰もいない部屋に、学園長のむなしい声が吸い込まれ。やがてもとの静けさに取って代わられていく。ともかく、これで昨夜から続く一連の騒動は終わりを告げ、新たなるメンバーも加わって次なる物語が始まるのだった。
 その物語の行き着く先は喜劇なのか、それとも悲劇なのか。それはまだ誰にもわからない。




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