今日も今日とて、数名の例外を除いてこの麻帆良の地は平和な一日の終わりを告げる。しかし、この麻帆良学園本校女子中等部に所属する一部の生徒にとっては、これから迎える深夜にこそ活動期に入るというツワモノがいた。
そのツワモノとは誰か、ここで皆が思い浮かべるのはほぼ間違いなく麻帆良学園に潜む生ける伝説、悪の名を欲しいままにし、今現在従者にいじられまくっている悲劇の幼女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのことだろう。しかし、今回の主役は違う。
ならばそれは誰か、深夜に蠢く闇の壁チョロ、横島忠夫か。
――否!
彼は現在、タマモの手により三途の川往復(自由形)の新記録を樹立するべく一心不乱に魂を震わせている最中である。
ならば何も知らない無垢な小太郎とともに星となって天に召されたネギが、タマモと横島を討つべく神に祈っているのか。
――否!
今、彼の魂は地球の重力から解き放たれ、刻の涙を見ている。このままいけば、人類の新しい進化の形を体現できるのかもしれないが、今はとりあえず関係ない。
ならばいつも微笑みを絶やさぬ少女が、ほぼ無意識に大切な友人の願いがかなうよう、白いナマモノをイケニエに捧げているのか。
――否!
彼女は既に儀式を済ませ、同室の少女とともにスヤスヤと天使のような微笑を浮かべて眠っている。その枕元には、白いナマモノが久しぶりの出番に感涙にむせび泣きながら、数々の供物とともに磔にされている。ちなみにけっして自分の扱いに涙しているわけではない。
ならば本をこよなく愛する無口な少女が、今宵も寝ぼけて蝶に変身でもしているのか。
――否!
彼女は確かに寝ぼけているが、今日はどの仮面をかぶろうかと未だに迷っているだけで動こうとはしない。それにその背後には嫌な予感で目覚めた同室の少女が、今まさに飛びついて阻止しようとしている。
ならばいったい誰なのか、魔がうつろうこの深夜の時間、闇の眷属が好む月夜、そんな時間に活動するツワモノとは――
「くくくくく、さーて、今日アップした写真の反応はどうかな? ま、当然私がトップに決まってるけどな」
――メガネを異様に光らせた電脳戦士、長谷川千雨であった。
長谷川千雨、彼女は3−Aの中においてはその他大勢のあふれる個性に埋もれる地味な少女――のはずなのだが、今PCに向かって妖しく笑う姿は地味な少女どころか、3−Aにおいても突出した個性の存在をうかがわせている。
何故彼女はこんなにも生き生きとしているのか、それは彼女の壮大な大望が関係している。普段の学園生活は彼女にとっていわば世を忍ぶ仮の姿であり、その実体はネットの世界を席巻するコスプレネットアイドル『ちう』であったのだ。そして彼女は今、数多のネットユーザーが活動期に入る深夜のこの時間に自分がアップロードしたコスプレ写真の反応をうかがっているのである。
千雨はニヤニヤと笑いながらマウスを操作し、自らの渾身の傑作にして野望の牙城であるホームページを開いていく。
「……あれ?」
千雨はこの時我が目を疑った。
今回特に気合を入れ、数々の加工を施した最高傑作の写真をアップロードしてよりすでに6時間が経過している。本来ならこの時間になればカウンターが跳ね上がり、一気に万単位のアクセスがあるはずなのだが、なぜか今回は未だに千の単位でしかない。
これは、ネット界の女王として君臨する彼女にとって由々しき事態である。故に彼女はその原因を調査すべく、コスプレ愛好家が集う巨大掲示板のスレッドへとアクセスを開始した。
「ふむ……せっかくニューコスを披露したのに反応が薄いな……どういうことだ?」
千雨は掲示板に書き込まれた内容を読みながら、皆の反応が薄い原因を読み取ろうとしている。本来なら彼女がニューコスチュームを披露した後、この掲示板にはその更新報告と彼女を賞賛する書き込みで埋め尽くされていたのだが、今回はどうにも反応が薄い。
そこで千雨は原因を探るべく、改めてログを漁り始めた。すると、千雨の目にある一つの書き込みが飛び込んできたのである。
326 名前:名無し[] 投稿日:2003/05/17(土) 05:30:23 O
おい、おまいら黙ってこれ見てみろ。マジですごいって(≧∇≦)
ttp:○○○.****.com/kity.html
千雨が目をとめた物、それはとあるホームページへの誘導であった。彼女はその見覚えのないURLを即座にチェッカーに放り込み、ブラクラで無い事を確認すると、そのページへ飛んでいく。
すると、次の瞬間ディスプレイに花で覆われた豪華なトップページが表示され、ページの上段には大きなフォントで『マジカルKの秘密の小部屋』というタイトルが表示され、その中央に設置されたカウンターは開設して二日とたっていないにもかかわらず、すでに5万hitを超えていた。
「これは……そうか、強力なルーキー登場ってわけか。しかも動画がメインか」
千雨は新たなる敵の誕生を目の当たりにし、今現在もリロードするたびに3桁の単位で跳ね上がるカウンターを見つめて戦慄する。しかし、彼女とてこのままむざむざとぽっと出の新人に女王の座を奪われるわけには行かない。故に彼女はまずは敵を知る事が肝心とばかりに、このページのメインコンテンツである動画ファイルを開く。そして動画のダウンロードが終わり、ついに敵の姿が千雨の前に現したその瞬間、千雨は飲んでいたジュースをディスプレイに向かって盛大に噴出し、それと同時にキーボードに頭を打ち付けたのだった。
「私の名前はマジカルキティ、みんなよろしくねー!」
千雨がキーボードに顔をうずめている間にも、その動画の再生は止まることなく続いていく。
「エ、エヴァ、ええええええ!!」
千雨はしばしの間ピクピクとキーボードの上で痙攣していたが、やがて顔を起こすとディスプレイにかかったジュースを拭くのも忘れて画面を呆然と見つめる。その画面には、明らかに彼女のクラスメイト、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが魔法少女のコスプレをして踊っていた。
ここで千雨が少しでも冷静だったなら、画面上のエヴァの口の動きとスピーカーから聞こえる声が微妙に一致していない事に気付いたかもしれないが、今現在動揺の極みに達している彼女はそれに気付くことなく、ただ呆然と画面に見入るしかなかった。
次に千雨が気付いた時、画面上はすでに暗くなっており、動画の再生は終わっていた。
「い、今のは確かにうちのクラスの……」
千雨は暗転した画面を見つめながら呟く。ここで本当なら今すぐにでも部屋を飛び出し、担任であるネギをたたき起こしてエヴァの家の電話番号を聞き出して本人に直接確認をしたいのだが、それをするわけには行かない。
千雨にとってエヴァとは新学期になって転入してきたタマモや、非常識を体現する担任と繋がりが深い人物であり、それに接触するという事は必然的に自分もあちら側、非常識極まる連中と同列にみなされてしまう可能性がある。それは常識人を自認する彼女にとって耐えられぬ苦行であったのだ。
しかし、かといってこのまま放置はできない。今現在もトップページのカウンターは凄まじい勢いで跳ね上がっており、しかもリンクをたどれば某動画サイトにもすでに広がり大反響を呼んでいるのだ。もしこのまま放置すれば、ネット界の女王との座は確実に奪われてしまうだろう。
「そうか……認めようエヴァンジェリン、あんたは敵だ。それも極めて強大な。しかし、奇襲はもうこれで終わり、次は私の番だ! 私だって伊達にネットアイドルなんかやってない、数々のスレッドで世論を誘導し、確実に潰してやる!」
千雨は眼鏡を妖しく光らせ、薄ら笑いを浮かべながらキーボードを高速で叩いていく。
そして今この瞬間、『マジカルキティ VS ちう』の壮絶な戦いのゴングが鳴らされたのであった。
翌朝、千雨は真っ白な灰になって燃え尽きていた。
そして同時刻、森にひっそりと建っているとあるログハウスの中では――
「任務完了……」
――茶々丸が汗もかいていないのに、いい仕事をしたとばかりに額の汗をぬぐう仕草をしていたのだった。
そしてその頭の上にのっかっていたチャチャゼロが妹に声をかける。
「妹ヨ、チョット危ナカッタナ。アノ小娘ナカナカヤルジャネーカ」
「ええ、さすがは千雨さんです。チャオさんから借りた試作の誘導プログラムがなければ危ういところでした」
「フム、ナラバ今ノ内ニ次ノ準備ダ。アノ小娘ガダメージカラ回復スル前ニ徹底的ニ行クゾ」
「すでに準備は完了しています。今まで撮影してきたあらゆる写真、動画を編集し、さらに同時に収集していたマスターのあらゆる音声パターンを合成して編集済みです」
「イイダロウ、ナラバコレヨリオペレーション『マジカルK』ノ第二段階ニ移行スルゾ」
「了解しました、それではこれより作戦の第二段階に移行します。千雨さん……ついてこれますか?」
この日より、茶々丸達とショックから回復した千雨の壮絶な戦いが繰り広げられる事になり、その戦いはエヴァンジェリンのあずかり知らぬうちにその戦線を拡大していく事になる。
そして彼女たちのマスターであるエヴァンジェリンは今、夢の中で黒いローブを纏ったネギと従者達の悪夢にうなされているのだが、それはこれからの彼女の未来を暗示していたのかもしれない。
第30話 「中間テストパニック!」
「……というわけで、まもなく中間テストですから皆さんがんばりましょう! 特に今回3−Aはディフェンディングチャンピオンですからね」
「「「「おおー!」」」」
中間テストもいよいよ4日後に迫るなか、ネギの言葉を終礼のしめとした3−Aメンバーはおしゃべりをしながら各自で帰り支度をしていく。そんな彼女達にはなぜか迫り来るテストの恐怖と言ったものが感じられない。
その理由としては、麻帆良学園がエスカレーター式の進学システムを採用しているせいもあるのだが、彼女達の気質によるところも大きいのだろう。
ともかく、そんな全国の受験を控えた中学三年生が怨霊と化して呪いそうになるくらいにのほほんとした空気の中、彼女達の平穏を引き裂く声が廊下に響き渡るのだった。
「なんですって! 今度のテストで貴方達に負けたらネギ先生の担任が変わるですって!?」
太平の眠りを覚ましたその声の主、それは廊下で他のクラスの生徒を前にしたあやかであった。
「そうよ、前回は貴方達に負けたけど今度はそうは行かないわ!」
「私達だってカワイイ子供先生のほうがいいわよ!」
「3−Aばかりずるいわ!」
あやかの前に立つのは3年F組を筆頭にした少女達5人である。彼女達はなにやら団結し、ネギの処遇についての不満をあやかにぶちまけているらしい。
しかし、いくら彼女たちが不満をぶつけようと、3−Aの担任をネギとしたのは学園長の決定であり、これを覆す事はできない。故にあやかはネギを賭けの対象にするようなことを言う彼女達をたしなめるべくその口を開こうとした瞬間、意外な事実を知らされたのだった。
「とう言うわけで、今度の中間テストで貴方達3−Aが私達のクラスに負けたらネギ先生の担任は勝者のクラスに変更よ! ちなみに学園長先生の許可もあるわよ」
「「「なんですってぇえええ!」」」
あやかの声につられて廊下に顔を出した3−Aメンバーの声が廊下に響き渡る。その声は一様に切羽詰っているという感じであった。
「ちょっと! なんでイキナリそんな話になるのよ!」
「ネギ先生は私達の担任なのよ、なんでテストの成績で変更する必要があるんですか」
「ていうかネギ先生の授業はあんた達も受けてるんじゃないの?」
口々に皆が不満を言う中、3−A包囲網を形成したクラス代表達は一瞬悲しそうな顔を浮かべてつぶやいた。
「私達のクラスってネギ先生の担当じゃないのよね……」
「ウチのクラスなんて定年間近のおじいさんよ、そりゃあ教え方はうまいけど」
「私達にだって癒しと潤いがあったっていいじゃない!」
確かに中学校の授業形態は各教科ごとに担当の先生が決まっている。ここでもし麻帆良学園女子中等部の規模が小さく、クラスの数も少なければ3年生全員の英語をネギが担当していたかもしれない。しかし、実際の麻帆良学園のクラス数はハンパではなく、とてもネギ一人で3年生の全員の英語を教える事など不可能だ。
故に、3年生の英語を担当するのは4人の教師にそれぞれ割り当てられる事になっているのだが、ここに居る少女達のクラスはどうやらネギか外れたクラスらしい。
「だから私達は団結して学園長先生に嘆願したの、そうしたら……」
「「「そうしたら?」」」
「中間テストの結果次第で2学期から担任入れ替えをしてくれると約束しくれたわ!」
3−Fの委員長の声に、思わず皆は水を打ったように静まり返る。3−Aの少女達の心、それも怨念に近いものは今一つになり、学園長へと向かっていた。
「じゃあそういうわけでお互いにがんばりましょう、そうそう前回はマグレで負けたけどそちらのバカレンジャーに言っておいてね、せいぜいがんばりなさいって」
そういうと5人の少女達は微妙に勝ち誇った表情をしながらきびすを返し、自分達のクラスへと戻っていく。彼女達にしてみれば、万年最下位であるA組が優勝したのはマグレ以外何物でもなく、バカレンジャーがいる以上、彼女達の勝利は間違いないものと判断していたのだ。
そして、あやかは彼女達の真意を十分すぎるほど読み取ると、凄まじい殺気を振りまきながら背後を振り替えった。
「みなさん、聞きましたね! 極めて不本意ですが今回のテストの成績でネギ先生の処遇が決まってしまいます。なんとしても彼女達に勝ちますわよ!」
「「「お、おおー!」」」
「ネギ先生はわたさないよー!」
あやかの号令の元、気勢を上げる3−A、今彼女達の心は一つになった。ちなみに、けっして殺気を振りまくあやかが怖かったわけではないはずだ。
ともかく、あやかは気勢を上げる皆を頼もしげに見つめながら、ふとクラスの一角に目を止める。
「時に……バカレンジャーの皆さん、貴方たちは大丈夫でしょうね……」
「あは、あははははは」
「ご、ござ!」
「勉強嫌いなんですけど」
「ネギ君渡すのはイヤだけど自信ないなー」
「はっきり言って前回のような奇跡は無理なような気がするアル」
あやかの視線を受け、アスナ、楓、夕映、まき絵、クーはそろって視線をはずし、誤魔化すように笑うだけであった。
「あ、貴方達は……こうなったら貴方達はテストまで強化合宿ですわー!」
「「「「「えー!」」」」」
その日、廊下にあやかの叫び声と麻帆良が誇るバカレンジャーの悲鳴が廊下に響き渡るのだった。
「で、なぜか家で合宿と言うわけなのね……まあ私も楽しいからいいけど」
「タマモさん、ご迷惑をおかけしますけどご協力感謝しますわ、なにしろここですと学校が近いですから」
その日の放課後、バカレンジャーは元より、刹那、このか、あやか、のどか、ハルナ、ネギを含めた11人が横島の家に集合していた。
どうやら横島の家を合宿の拠点にするようである。
「ところで横島さんと小太郎君の姿が見えませんけど、どうなさったのですか?」
「ああ、横島たちなら今は仕事のはず……」
タマモは横島と共にいる半自律型の式神、ちびタマモに意識をつなぐ。すると、タマモに今現在のちびタマモの意識と視界が入り込んできた。
「そこのお嬢さん、僕と一緒にお茶でもどうですか! なんでしたらその後も……ぺぐう!」
横島は例によってライフワークとなっているナンパをしていたが、セリフを言い終えないうちに突然奇声を発して地面にめり込む。そして、なにか見えない力に引きずられるようにズルズルと建物の影へと消えていった。
その場に残された女性はしばし呆然としていたが、やがて建物の影から聞こえて来る斬撃の音と、鈍器のようなもので打ち付ける音、さらにトドメとして断末魔じみた悲鳴が聞こえてきた事により、その場をダッシュで逃げ出していくのだった。
「まったく……ちょっと目を離すとすぐにこれなんだから。ウチの台所事情考えるとここでちゃんと収入がないと厳しいのよ! そこのへんちゃんと理解している?」
「横島さん、今は仕事中なんですよ。お願いですからもう少し真面目にやってください」
路地裏で横島に制裁を加えていた謎の物体、それはちびタマモとちび刹那であった。二人の目の前には原型を留めていない肉塊がピクピクとうごめいている。
ここで普通なら刹那はタマモを止めるべく、涙ぐましい努力をするのだが、今回のちび刹那はちびタマモと同様に半自立型であり、ある意味自分の思いを素直に表せるようなっているため、タマモと同様に横島への折檻を敢行したのである。
「ちょっとくらいええやないかー! 仕事に忙殺される中のちょっとした息抜きも大事だろうに」
「ナンパと仕事の時間比率が9:1くらいなんですけど、もちろん仕事が1で……」
「だいたい今回の依頼主はアヤカが紹介してくれたのよ、しかも金持ちなのよ、セレブなのよ! ここでちゃんと依頼をこなして心証を良くしておけば、お得意様になるかもしれないのに!」
「そんなこと言われてもなー、今回の依頼はどうも勤労意欲が……」
横島はそう言うと、依頼人の姿を脳裏に浮かべた。その依頼人は女性であるが、そん所そこらの男を凌駕するたくましい体を持ち、さらにその顔は泣く子もヒキツケを起こして黙るほど威厳と迫力に満ち、その口からは「ふしゅるるるる」という息遣いが漏れていた。
具体的に言うと七月の悪夢、あの忌まわしき七夕の夜に現れた織姫と全く同じ姿である。
横島は脳裏に浮かんだ織姫、もとい依頼人の姿になんともいえぬ寒気を感じる。
「まあ、気持ちはわかるけどね。けど関わり持ちたくないのなら、なおのこと早く依頼をこなしてこの仕事から手を引くのよ」
「へいへいっと、ほんじゃあそろそろお仕事しますか」
横島はいかにも気だるそうに立ち上がると、体についた埃を払う。すると、宙に浮かんでいたちびタマモは即座に横島の胸ポケットに収まり、ぴょこんと顔を出すとむふーっと幸せそうな息を吐く。
ちび刹那はそんなちびタマモを羨ましそうに見つめていたが、ふと何かを思いついたのか両手をポンと叩くと横島のシャツに潜り込み、やがて胸のボタンの間からピョコンと顔を出した。
「「むふー♪」」
「いや、いいんだけどな……人が来たら隠れろよお前ら」
横島は自分の胸で幸せそうにしている二体の式神にぼやきながら、路地の奥へと歩を進めていく。すると、その時路地の奥から横島の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「兄ちゃーん! やっと捕まえたでー」
それは何か小さなものを両手で頭上に掲げている小太郎であった。小太郎はそのまま横島の下へたどり着くと、自慢げに手にしたものを横島に突きつける。
「おお、小太郎でかした!」
「へへへ、俺にかかればざっとこんなもんや」
横島は小太郎の頭をクシャクシャとやや乱暴になでると、小太郎は今までこういう風にほめられた事がないせいなのか、どことなく嬉しそうに横島を見上げていた。
「やったー、これでこの依頼は完遂よ! 実働1日で30万、くううう美味しすぎるわ。小太郎のお小遣い奮発するわよ」
「え、ほんまか!」
「やったな、タマモ。ぐふふこれで俺の小遣いも増えるぞ」
「横島の小遣いはカット!」
「何故にー!!」
「だってあんた、ほとんど働いてないじゃない。だから当然の査定ってやつよ。あ、でも心配しないでね、私や刹那とのデート代は別にちゃんととってあるから」
「ああ、それなら良かった……ってマテ! そのデート代ってのはなんだ!」
「だから、あんたが私や刹那とデートする時の資金よ。今なら高級ホテルのディナー宿泊付もOKだから」
「なんじゃそりゃー!」
ちび刹那は目の前で繰り広げられている血で血を洗う小遣い争奪戦にやや呆れながらも、小太郎の手から抜け出そうともがく小動物に話しかけた。
「さ、ご主人様の元へ帰りましょう。きっと今頃あなたの帰りを待ちわびてますよ」
「な〜う〜」
その小動物、具体的に言うと真っ白い子猫は、ちび刹那の言葉を理解したのか、一声鳴くともがくのをやめて大人しくなる。
「さて、ともかくいろいろな意味で定番のネコ探しはこれでおしまいです、皆さん帰りますよ」
「「「はーい」」」
「ニャ!」
横島達は大人しくなった子猫を小太郎の頭に乗せ、ちび刹那の号令のもと依頼人の家に向かって歩き出していくのだった。
「……横島と小太郎はもうすぐ戻ってくるわ、事情はもう説明しといたから問題ないわよ」
タマモは急に黙り込んだ自分を不思議そうに見つめるあやかを見上げながら答える。
「よかったですわ、なにぶん急でしたから」
あやかは横島の許可が得られた事に安堵し、ほっとしたような表情を浮かべた。
「じゃあ、最後の懸念も消えたことですし……皆さん、始めますわよ! 目標は平均75点です!」
「「「「「えええええ! 」」」」」
「おだまりなさい! ネギ先生を渡さぬためにも、今この瞬間が大事なのです!」
バカレンジャーの悲鳴を他所に、彼女達の悪夢とも言える強化合宿がここに始まるのであった。
――1日目
「そこはhaveです! 過去分詞くらい理解してください!」
「えーhaveって持つって意味じゃないアルか?」
「wasってなんだけ?」
「アスナさん……せめて過去形くらい覚えてください」
「じゃあまき絵さんこれを訳してください。I have now resuscitate to seek for vengeance and amulet」
「私は……持つ???」
「まき絵さん、それはこうです。『復讐とアミュレットを求め、我今蘇る』です」
「おー夕映どのはすごいでござるなー」
あやかを始めとした成績上位組の涙ぐましい努力の元、詰め込み式にバカレンジャーへと英語を教えていく。これでなんとか彼女達の成績が上がればあやかの努力も報われるのだが、現在のところまだテンションが上がりきっていないバカレンジャー一同はせっかく覚えた物もトコロテン式に忘れていっているようなので正直徒労の感が強い。
ともかく、まだ合宿は始まったばかりである。今は小休止とばかりに横島の入れたコーヒーをすすりながら合宿のスケジュールを纏めていく。
すると、そんな彼女にタマモ達のグループの声が聞こえてきた。
「タマモちゃんすごいなー、漢文や古文は完璧やね」
「まあこれはね……けど現国は正直きついわね。えーっと、次は……『やがて〜だろう』を使って短文を作りなさい」
「矢が鉄砲に勝てるわけ無いだろう」
「……ハルナさん、今のあってるんですか? いや、確かに矢で銃に勝つのは難しいですけど」
「甘い、ネギ君。日本語の言い回しは難しいのよ。そうね……ネギ君『うってかわって』を使って何か例文を作ってみて」
「え? えーっと……すいません、すぐには思いつきません」
「まあネギ君はイギリス人だししょうがないか。答えは『兄はクスリを打って変わってしまった』よ」
「へー、そうなんですかー」
ネギはなにやら深く感動したように頷きながら、新しい日本語の使い方をメモに取ろうとする。すると、いいかげんしびれを切らしたあやかの怒声が響き渡るのだった。
「ハルナさん、どこの楽しい国語ですか! それ以前にネギ先生に変な日本語教えないでくださーい!」
あやかが胃に深いダメージをうけているころ、横島と小太郎は目の前で繰り広げられている女子中学生達の熱気に完全に圧倒されていた。
「なあ、兄ちゃん。テストって大変なんやなー」
「まあ、お前も今にわかるさ。今編入手続きやってるから来週にでもその気分を味わえるぞ。俺は二度と味わいたくないがな」
「遠慮したいけどそうもいかへんのやろうな」
「諦めろ……さて、すまんが小太郎は風呂を頼む、俺はあの子達にメシでも作ってやるとするか」
「兄ちゃん料理できるんか?」
「高校のころから一人暮らししてたんだ、少なくとも食えるものぐらいは出来るさ」
横島はそう言うと腕まくりしながら台所へと向かっていく。そして冷蔵庫を漁り、今夜のメニューをパスタに決めると、つづいて鍋を用意するために棚を漁りだす。
「あの、横島さん。手伝いましょうか?」
そんな横島の背後から、誰かがおずおずと声をかけてきた。
横島はその声に振り返ると、そこには恥かしそうにうつむいた刹那がエプロンを身に着けて背後に立っていた。
「そりゃあ助かるけど、刹那ちゃんは勉強は大丈夫かい?」
「まあ平均的には……それにお嬢様があとで教えてくれますし。なによりもこれは息抜きも兼ねてます、息抜きは大事……らしいですからね」
横島は恥かしそうにうつむいている刹那を前にし、何故か薄ら寒いものを感じたが、それを気のせいであると判断する。
「あははは、まあ息抜きは大事だよな、うん。と言うわけで刹那ちゃんありがとう」
「はい、美味しいものを作りましょう」
刹那は横島の言葉に笑顔を浮かべると、二人して料理に取り掛る。二人が料理する後姿は妙に息が合い、そして刹那は終始笑顔を浮かべ幸せそうであった。
「むむ、臭う、臭うわよラブ臭が台所のほうからぷんぷんと!」
「はいはい、ハルナは邪魔しちゃいかんえー」
「木乃香、お願いだから離してー! なんか面白そうなネタがあの壁の向こうにありそうなのにー!」
「ええから……
黙っとき」
「ヒィ!」
一部の人間の喧騒を他所に、彼女達の勉強は滞りなく進んでいく。
ちなみにその日彼女達が入った後に風呂に入った横島は、一時間後に小太郎の手により血まみれで発見されていた。
どうやらいつものごとく壁に額を打ち付けて気絶したようであるが、何に対してそんなに苦悩したのか最後まで謎であった。ただし、横島の右手は何故かコップを握り締めていた事をここに記しておこう。
そして時間は深夜を回るころ、横島は痛む頭を押さえながら目を覚ました。
「あいたたた、俺はいったい……」
「やっと起きたわね」
「タマモか……すまん、心配かけちまったな」
横島が声のしたほうに目を向けると、そこには薄い黄色を基調とし、デフォルメされた子狐の絵が描かれたパジャマを着たタマモが自分を心配そうに見つめていた。
「まあ、何に苦悩して気絶したのかは聞かないでおいてあげるけど、心配してたのは私だけじゃないわよ」
タマモは少し安堵したように自分を見つめていたが、ここでふとある場所に目を向ける。と、同時に横島は自分の後頭部がなにやら妙に生温かく、柔らかい感触をしているのに気付く。
そして改めてタマモに言われた方、つまり天井のほうに目を向けると、そこには薄いピンク色を基調とし、袖のところにかわいらしいフリルのついたパジャマを着ている刹那が顔を真っ赤に染め上げ、所在無く両手を胸の所で握り締めていた。
ここで横島は無意識に視界の端に映る柔らかいナニカを手で触れながら、自分の状態を考える。
今、自分の後頭部にはとても柔らかく、温かい感触が広がり、なにやらいい香も漂っている。そしてふと見上げれば、刹那は益々顔を赤くしながら自分を見つめ、時々自分の手を動かすタイミングにあわせてピクリと震えていた。
横島はいつしか額の痛みも忘れ、髪を下ろし、顔を赤くした刹那も可愛いなと心ひそかに思いながら、ふと自分の現在の体勢に思い至る。そう、この柔らかく温かい感触は刹那のフトモモ、自分が手に触れるそれは刹那の細く締まったウェストである。そして横島はここでようやく、自分が刹那に膝枕をしてもらい、あまつさえ刹那のウェストに手を回しているのに気付いたのであった。
「え、えっと……これは!」
「あ、横島さん、まだ……まだ起きちゃダメです」
自分の状態に気付いた横島が体を起こそうとすると、刹那は真っ赤になりながらも横島の頭をそっと押さえ、戸惑う横島を見つめながら自分の膝に優しく乗せる。
「えー……その、なんだ……いいの?」
「はい」
横島はやや狼狽気味に刹那を見上げる。すると、刹那は緊張した表情を一瞬緩ませ、横島に微笑みかけるるとバンダナを外した横島の髪を優しくなでていく。そして横島は諦めたかのように全身の力を抜くと、刹那にされるがままその身を任せるのだった。
一方、タマモはしばしの間二人のやり取りを微笑ましそうに見つめていたが、ふと何か悪戯を思いついたかのようにニヤリと笑うと、膝立ちのまま横島の枕元に近付いていく。
「んふふふ、良かったわね刹那。この幸せな時間はまだ続くみたいよ」
「タ、タマモさん」
刹那はタマモのからかうような口調に抗議の声を上げるが、実際の話今の状態は刹那にとって望外のことであり、もう少しこの状態でいたいという思いが強いのであまり強くは出れないでいた。そしてタマモも刹那のその心理をよく読みとっているだけに、さらなる攻勢を加えていく。
「横島にも見せたかったわ、さっきまでの刹那の幸せそうな表情! それに、横島がお風呂から上がる前には大量に持ち込んだパジャマを真剣に選んでいた時の顔なんてもう、あまりにも可愛いもんだから同性ながら理性がやばかったぐらいよ」
「あああああ、そ、それはお嬢様がその……お風呂上りこそが勝負時と言って私に持たせた物で。いえ、かといってこう横島さんに普段と違う私を見てもらいたいと言う思いもないわけじゃなくて……」
刹那はただでさえでも横島を膝枕しているせいで緊張しているのに加えて、タマモの攻撃も加わり、自分でも何を言っているんだろうと言うくらい狼狽する。
その一方で、横島は狼狽する刹那に萌えメーターを刺激されながら、体の内より生まれ出でる衝動、そう、刹那を抱きしめてしまいたいと言う衝動に必死に耐えるのだった。
(あ、あかん……これ以上は俺の理性がもたん。恥らう美少女の破壊力がこれほどとは……くうう、抱きしめたい。それはもうこのままガバっと一気に。けど、それをやると俺はもうロリコンの道に完璧に足を踏み入れる事にー!」
「ん、いいんじゃない。けど、その時は私もちゃんと仲間に入れてよね」
横島が内心で苦悩していると、ひょいっとタマモが横島の間近に顔を出し、邪笑をうかべながら見下ろす。
「ああ、それはもちろん……ってタマモさん、今ひょっとして俺、声に出してました?」
「ええ、それはもうしっかりと」
横島は衝撃の事実に顔を一気に青ざめさせ、間近に迫ったタマモの顔から視線を外すと刹那に顔を向ける。すると、刹那は顔だけでなく、薄手のパジャマから見える首筋から上全てを真っ赤にしてうつむいていた。おそらく、服で隠れている部分もさぞかし赤くなっていることだろう。事実、横島の後頭部に感じる刹那の体温が確かに跳ね上がっているようにも感じられる。
「あらら、刹那ったら完全に茹で上がっちゃったみたいね。まったく、私でもそこまで言ってもらった事ないのに……ん、そうだ! ねえ刹那、横島の頭をちょっと押さえててね」
「あ、は、はい!」
タマモは何かを思いついたのか、横島の頭に回ると刹那に横島の頭を押さえさせ、その動きを封じる。そして全ての男魅入らせる微笑を浮かべると、横島の顔にゆっくりと自分の顔を近づけていった。
「お、おいタマモ。いったい何を……」
横島は無言のまま顔を寄せるタマモに戸惑いながら、それでもタマモの整った顔から目を離す事も出来ずにただゴクリと喉を鳴らし、次の瞬間、タマモの顔が視界いっぱいにひろがるのだった。
――
ピチャ……ピチャ
なにやら妙になまめかしい水音が部屋に響く。その音は静まり返った部屋によく響き、それを間近で聞く刹那は言葉もなくその音の発生源を見つめ続けている。
「タマモ……」
「ん、なに?」
タマモは横島に呼ばれると顔を横島から離す。この時、タマモは艶やかな唇から流れる銀色の雫をその細い指で掬い取り、妖艶な笑みを浮かべた。
「お前、いったい何を……」
「何って……ヒーリングよ、まだ額に傷が残ってたからね。それに……私ちょっぴり嫉妬してるみたいだわ、だから……今度は私の番」
タマモは微笑を浮かべたままチラリと刹那に視線を送ると、再び横島の額にその小さな舌を這わせていき、横島は至福のひと時と、内なる衝動を必死に抑える苦悶の時を同時に迎えるのだった。
そしてそのころ、ピンク色の空間を形成する三人とは別のメンバーはというと。
「ああ、せっちゃんそこでもう少し押さんとあかんえー。ほら、胸元のボタンを一つはずすとかせんと!」
「おお、刹那の顔が真っ赤アル!」
「おや、どうやらタマモ殿に対抗する決意を固めたようでござるな」
「はわわわ、一気に二つもボタンを……」
「のどか、これは後学のためにも目を逸らしちゃダメですよ。この合宿のチャンスにネギ先生にもぜひ!」
「おお、タマモちゃんは一気にブラを外してる……お、刹那さんも対抗するか! くうう、ネタ帳に書ききれないくらい新しいネタが浮かんでくるー!」
「あれ? なんか横島さんがだんだん痙攣してきてない?」
「って皆なにそろいもそろって覗いてんのよー!」
バカレンジャーに加えて夕映、のどか、ハルナの図書館組は今、扉に開いたわずかな隙間からトーテムポールのように顔を縦に並べて室内を窺っている。本来なら数名を除いて隠密行動はど素人のはずなのだが、この時ばかりは全員一丸となり、完璧なまでにその気配を殺し、刹那はもとよりタマモにすらその存在を隠し通していた。
げに恐ろしきは女子中学生の好奇心と言えよう。
そしてこの喧騒に巻き込まれていない唯一の人物、いいんちょこと雪広あやかは今、別の部屋で至福の時を味わっていた。
「むにゃむにゃ……おねえちゃん……」
「う……ん……あやか姉ちゃん……」
(ああ、ネギ先生だけでなく、小太郎君とまで添い寝できるだなんて……合宿最高ですわー!」
あやかは今、ネギと小太郎を両脇にはべらせ至福の睡眠時間を満喫していた。そして感極まった彼女は横島と同じように考えていた事を口にして叫んでしまうが、この日は結局邪魔も入ることなく、朝までネギと小太郎の寝顔をしっかりと堪能するのであった。
こうして始まった中間テスト対策の合宿は無事一日目を終え、これ以後数々の騒動を撒き散らしながら続いていく。
ちなみに、その騒動の一部を列挙すると、以下のようなことがあった。
――2日目
バタン!
「あー! アスナさんが倒れたー!」
「アスナさん、いったいどうしたんですか……ってなんですかこの熱は!」
「ん? アスナ、起き上がって大丈夫アルか?」
「■■■■■■■!!」
「ってなによこれ! まさか暴走!? いけない、みんな逃げてー!」
「ちょ、姐さんなんで俺っちの方に……ぶげらああああ!」
「ああ、カモ君がやられたー!」
「総員退避、急げー!」
知恵熱を出して暴走したアスナが周囲一帯を灰燼に帰させるという騒動があり、その騒動は横島の文珠によりかろうじて鎮静させることが出来たのだった。
――3日目
「さあ、もう時間はあまりありません。皆さんの苦手科目を重点的に行きますわよ!」
「あれ? 楓とクーちゃんは?」
「そういえばいませんね……」
「どうやら逃げた見たいね……横島、山狩りの準備よ!」
「あ、それなら大丈夫だろ」
「どういうこと?」
「いや、そろそろあれが発動するころだしな」
「???」
ZDOOOOM!
「えっと……今の爆発音は何?」
「ああ、俺の霊力から一定時間はなれると爆発する文珠を全員にしかけておいたからな、それが発動したんだろう。ああ、音と光だけで殺傷力はないから安心してくれ」
「ちょ! 長瀬さん、クー老師ー!」
家から離れる事100m、そこで突如起こったテロ騒ぎに麻帆良全市が戒厳令に突入するなどはた迷惑極まりない騒動もあったりした。
――そしてつに最終日
「さて、泣いても笑っても今日が最後です。ネギ先生のためにもここが最後のふんばりどころですわ!」
「「「「「おおー!」」」」」
あやかのセリフに合わせ、バカレンジャー達は腹をくくったのか気合の声を上げて勉強にいそしんでいく。けっして横島が逃走防止用に庭中にしかけた対人トラップが怖かったわけではない。
ともかく、あやかはその姿を満足げに見渡すと、今合宿で最後となる爆弾を投下した。
「というわけで今日はさらに助っ人としてしずな先生もお招きしてますからね」
「「な!」」
「まずい!」
アスナと刹那、それにタマモはあやかの言葉を聞くと一様に顔を青ざめさせた。
ピンポーン♪
そんな中、玄関の呼び鈴が部屋に響き渡る。
「おお! しずな先生、こんなむさ苦しい所へようこそ。ささ、どうぞ上がって下さい、なんでしたらこのまま寝室まで一気に……ぐじぇ!」
タマモはしずなの手を取り、強引に家に上げようとする横島の姿を確認すると即座に『こんぺいとう1号』を手にし、横島にたたきつける。そして刹那は無言のまま横島のもとにたどり着くと、ペコリとしずなに一礼し、血に染まった横島を引きずって奥の部屋へと消えていく。
「みんな、ちょっと煩くなるかもしれないけど気にせず勉強続けてね」
タマモはしずなと同じく、呆然とするあやか達に笑顔を見せると、刹那が消えた奥の部屋へとズンズンと肩を怒らせながら歩いていくのだった。
――そして30秒後
「と言うわけで喰らいなさい、今回は連載30回記念の大増量サービスよ!」
「ちょっとまて、その『30回記念大増量! 30Mt』って何だー…・・・みぎゃああああああああ!!」
横島の悲鳴がいつもどおり家中に響き渡るのだった。
「……あの、今のは一体?」
「あー、とにかく勉強を続けましょう。ささ、しずな先生よろしくお願いします」
「しずな先生、気にしないでいいですよ、いつものことですから」
「いつもの事って……」
いろいろな意味でたくましく順応したあやか達であった。
「あのー、タマモさん。何ゆえにこんな仕打ちを……」
横島邸のとある一室で横島はロープでぐるぐる巻きにされ、逆さ吊りにされていた。
「これからしずな先生がお風呂はいるのに、野獣をそのまましておくわけに行かないでしょうが!」
タマモは横島をうろんな瞳で見上げながら答える。
「何! しずな先生の入浴だと! タマモ、後生だから縄を解いてくれー!」
「やかましい! せっかく一日目からずっと良い雰囲気だったのに……とにかく、今夜はそこで大人しくしてなさい! 小太郎、見張りは頼んだわよ」
「まかしとき!」
タマモは小太郎の返事に満足そうに頷くと、横島をギロリと睨みつけた後、部屋を出て行った。
――5分後
「なあ小太郎、ちょっと頼みがあるんだが……」
「あかんで兄ちゃん、俺はタマモ姉ちゃんから兄ちゃんを絶対に離しちゃあかんって言われとるんや」
横島は小太郎の男気に最後の望みを託そうとしたが、どうやらあえなく撃沈したようである。だが、この程度のことで横島の野望は潰える事はなかった。
ポトリ
「ん?」
小太郎は背後で聞こえた物音に反応し、後ろを振り返る。すると、横島の真下になにか瑠璃色に光る玉が堕ちている事に気付いた。
「あ、しまった! すまんがその玉取ってくれないか、貴重なんで無くしたら大変なことになる」
小太郎はしばし横島を見上げるとその玉を手に取り、横島に渡そうとする。すると、その玉は急に光り始め、やがて小太郎は意識を失っていった。
小太郎の脇に転がるその玉、早い話が文珠には『眠』という文字が入っていた。
横島は小太郎が完全に眠ったのを確認すると、やがてもう一つの文珠を手の中で発動させる。その文珠には"軟"という文字が入っていた。
文珠を発動させた横島はまるで軟体動物のごとく拘束されていた縄をすり抜け、床にドサリと降り立った。
「ぐふふふ甘い、甘いぞタマモ! この俺がこの程度の拘束でどうにかなると思っていたのか! だいたい、この合宿中は色々な意味でやばかったんだ、ここで精神的な余裕を取り戻すためにもしずな先生を覗かないわけにはいかんのや! さあ、しずな先生、今貴方の横島が行きますからねー」
横島は口元に薄気味悪い笑みを浮かべ、そして気配を完全に遮断して音もなく拘束部屋から出て行った。彼の目標はもちろん聖地『バスルーム』であった。
「くくくく、どうやらタマモは完全に油断しているみたいだな」
横島は音もなく脱衣所の前に来ると、ゆっくりと扉を開けて中に進入する。そして彼は脱衣所の奥に続く浴槽の扉に近づくと、『覗』の文珠を発動させようと意識を集中させようとした。
「さて、それではお宝はいけ……べぎゅう」
だが、横島が文珠を発動させるより一瞬早く、横島の側頭部に強烈な打撃を加えた存在がいたのである。横島の即頭部に打撃を与えた人物、それはこの場にいないはずの少女であった。
「甘いのはアンタよ、私がその程度の行動を読めないとでも思ったのかしら?」
横島は妙に勝ち誇り『バスルーム直行便』と書かれた丸太を手にするタマモを目にしたのを最後に、その意識を手放して行くのだった。
「タマモさん……ずいぶんと用意がいいんですね」
沈黙した横島を呆れた表情で見下ろすタマモの背後、壁に増設された抜け穴から刹那が唖然とした表情で顔を出した。
「こいつの性格を考えればあってしかるべき装備よ。さ、コイツを運ぶの手伝って」
「わかりました……けど大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「このままだと夜にまた何かやりそうですけど……」
刹那は横島が目を覚ました後の展開を予想したのか、不安げにタマモを見つめる。だが、タマモはそんな刹那にニヤリと邪笑を浮かべ、安心させるように言い切った。
「大丈夫よ、その辺の対策はばっちりだから。後で手伝ってね」
その後、脱衣所であった騒乱に気付くこともなく、しずなは横島邸の風呂を満喫していたようである。
――そして数時間後。
「ぐ、あたたた。タマモのやつ本気で殴りやがって」
草木も眠る丑三つ時、横島は自分の部屋でようやく復活を果たしていた。
「これはイカン、今こそ絶好の時間ではないか! しずな先生、今度こそこの不肖横島が貴方の元にはせ参じます!」
横島はそういうと、押入れから脚立を取り出し、天井に仕掛けた客間直通の抜け穴の入り口を開けた。
メキョ!
横島が天井の抜け穴を開けると、その抜け穴から今までの中で最大の大きさを誇る球形の『こんぺいとう3号』が横島を完全に押しつぶす。その打撃を回避も出来ずにもろに喰らった横島はしばしの間手足をピクピクと痙攣させていたが、顔にハラリと何かが落ちて来たのに気付き、それに目やるとそれには人を小馬鹿にしたようなタマモのイラストと共にこうかかれていた。
<アンタの行動は全部お見通しよ、抜け穴は塞いだわ。おとなしく朝まで寝ていなさい>
横島はワナワナと震えながらその手紙を読み上げ、やがてそれを破り捨てて完全に復活した。
「ふふふ、甘いわタマモ! 抜け穴はこれ一つじゃないぜ!」
横島はそう叫ぶと、今度は床にある抜け穴の扉を開いた。
ZDOOOM!
横島が抜け穴の扉を開くと、今度はすさまじい爆発が横島に襲いかかり、横島を壁にたたきつける。
「ゲホッ! な、なんなんだいったい……」
煙にむせながら横島がつぶやくと、再び横島の目の前に再び紙がハラリと落ちてくる。
<あの、申し訳ありません。こっちの抜け穴もふさがせてもらいました。お願いですから大人しくしててください>
「せ、刹那ちゃんまで……おのれタマモ、お前の差し金か! 上等じゃねえか、ならば今夜は俺とお前達のどちらかが勝つか勝負だー!」
横島はその紙を破り捨て、天に向かってほえた。
その後、横島は部屋中の13個の抜け穴全てをチェックしたが、タマモの宣言どおり全てを閉鎖されていた。ならば横島は窓から外へ出ようとするが、これも窓枠に仕掛けられた高圧電流により撃沈してしまう。
横島に残された手立ては、もはやこの部屋唯一の出入り口、ドアからの正面突破しか残されていなかった。しかし、そのドアには真っ黒い紙に血文字のような色でこう書かれていたのである。
<このドアをくぐるもの、その一切の望みを捨てよ>
正直この先にあるのはタマモと刹那による想像絶する苦行が待ち構えているだろう。しかし、横島はその程度のことでへこたれるわけには行かない。そしてなにより、このまま煩悩を発散させずにいたら本当にタマモと刹那に手を出してしまいかねない。それを回避するためにも、横島は是が非でもしずなのもとへと向かわなければならなかったのだ。
「上等だ、いかなタマモと言えど命に関わるような凶悪なトラップは無いはずだ、まして刹那ちゃんも一枚かんでるなら間違いない。ならば受けてたってやろうじゃねえか」
横島はそう決意を固めると、全ての罠を食いちぎる勢いでその扉を開くのだった。
トス!
扉を開けた横島の目の前わずか1cmの箇所を細長い何かが通過し、床に突き刺さる。そこに恐る恐る目をやると、そこには鋭くとがった槍が三本ほど見事に床に突き刺さっていた。
「ちょっと早まったかも……いや、俺は退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! 今こそ桃源郷へ向けて一歩を踏み出すのだ!」
横島はそう叫ぶと、客間の方向に視線をロックし、雄たけびを上げながら廊下を突き進んでいった。
「ぬおおおおお! かかってきやがれこの有象無象どもがー!」
今ここに横島対タマモ&刹那によるガーディアントラップの戦いが火蓋を切って落とされたのである。
時は移り、横島は万余のトラップをくぐり抜け、目の前の客間に通じる扉を見つめていた。扉の前に立つ横島の姿はまさに満身創痍であり、もはや立っているのがやっとと言うような状況ではあるが、その目に宿る光に衰えは無い。
「つ、ついにここまでたどり着いたぞ……この向こうには桃源郷が、よしんば最後のトラップでしずな先生とタマモや刹那ちゃんが入れ替わっていてもかまわん! むしろ
大・歓・迎! もう俺を止める事は誰にも出来んのだー!」
あまたのトラップをくぐり抜けた疲労のせいか、もはや本末転倒なことを口走る横島であったが、とにもかくにも最後の扉をゆっくりと開き、部屋の中を確認する。その部屋の中は暗闇につつまれていたが、横島の目にはベッドで眠る人影をはっきりと視認していた。
「それでは、いただきまーす!」
もはや色々といっぱいいっぱいだったのだろうか、横島は部屋の中に入ると中の人物を確認する事もなく即座にベッドへ向けてルパンダイブを敢行するのだった。
「みぎょぇぇー!!」
横島がルパンダイブを敢行したその30秒後、横島の悲鳴が家全体に響き渡る。しかし、その声は誰にも届くことなく、ただひっそりと夜は更けていくのだった。
翌朝、バタンという音と共に客間の扉が開かれ、その部屋で寝ていた人物が顔を出した。
「あ、死神おはよう。昨夜はご苦労さん」
タマモは朝食の準備が出来た事を知らせるために歩いていると、ちょうど顔を出した死神に気付いて声をかけた。どうやら昨夜の横島最後の悲鳴は、死神に抱きついてしまった事が原因のようである。
死神はタマモの姿を確認するとシュタっと片手を上げて挨拶をし、ついで先ほどまで自分がいた部屋を指差した。
タマモはそっと客間のドアを開けると、ベッドの中央で塩の柱と化した横島の姿が鎮座しているのを確認する。
「アイツったらやっぱりここまで来たのね。まあ、あれなら昼ごろまでには復活するから心配いらないわ。さ、死神は小太郎とネギを起こしてきて、朝食の準備が出来たわよ」
タマモは横島を放置する事に決めたのか、そのまま扉を閉じ、死神に用事を頼むと自分はアスナ達を起こすため別の客間へと歩を進めて行った。
死神はそんなタマモにビシっと敬礼をし、小太郎を起こすためにフヨフヨと小太郎とネギが眠る部屋へ向けて飛んでいくのだった。
「まったく、一言でも好きだっていってくれれば私と刹那が中で待っててあげたんだけどなー」
ここでタマモは横島がいるはずの部屋を振り返り、小さく舌を出しながらぼやく。そしてその声は横島に届くことなく、ただひっそりと塩の柱と化した横島は朝の風に吹かれながら空へと舞うのだった。
その後、中間テストは滞りなく進行し、結果は3−Aの優勝であった事を記しておく。
第30話 end
「タマモ姉ちゃん達大丈夫やろうか」
今日は仕事が無いのか、横島と小太郎はこの前までタマモ達が勉強していた応接間でのんびりとくつろいでいた。
「まあ大丈夫だろう、あれだけ頑張ったんだからな。それにいくつか仕掛けもしておいたし」
「仕掛け?」
「んーまあ、小太郎なら教えても大丈夫か。種明かしはこれさ」
横島は頭をかきながらそう言うと、小太郎の目の前に瑠璃色の玉を突きつけた。
「あ、これはあの時の……」
「これは文珠って言ってな。俺の切り札の一つなんだが、この玉に込められた漢字をキーワードにしてその効果を発動する優れものなんだぜ」
「じゃあ、あの時俺が眠ったのは……」
小太郎は横島から渡された文珠を興味深そうに見つめながら昨夜の事を思い出していた。
「『眠』って漢字が込められていたから小太郎は眠ったってわけだ」
「なんか反則じみたアイテムやなー、じゃあこれを使った仕掛けってなんなんや?」
「ああ、それはこうやって使ったんだよ」
横島は意識下からもう一つ文珠を取り出し、それに文字を込めて小太郎に渡した。
「えっと、『集中』?」
「そう、これをタマモ達が勉強している間はこの部屋で発動させていたってわけだ」
「それで兄ちゃんはこの文珠を部屋に仕掛けるために、ちょくちょく出入りしとったんか」
「まあな……つーわけでタマモ達はこの部屋で勉強している間は、ものすごい集中力で勉強したってわけだ。これで結果が出ないわけないだろ」
「兄ちゃんってただのスケベと違うんやなー」
「やかましいわい!」
小太郎は横島の事を見直したのか、文珠を手の上で転がしながら尊敬の眼差しで横島を見上げる。横島は純粋な目で見つめる小太郎に気恥ずかしさを感じながら、ゆっくりと午後のティータイムを楽しむのであった。
「まったく横島ったら……」
「ああ、横島さん。なんという良い仕事を……おかげで私達は救われました」
「どうします? このまま部屋の中に入るのはちょっとまずいような気がしますけど」
応接間に続く部屋の前、そこにはタマモと刹那、それにあやかが部屋から漏れ聞こえる横島と小太郎の会話に耳をそばだてていた。
「まあ、しょうがないわね。ここは聞かなかった振りをしてもう一度玄関から入り直しましょう」
三人は扉から耳を離すと玄関に向けて音もなく歩き出し、改めて玄関にたどりつくと、お互いに顔を見合わせ、タイミングを合わせて声をはりあげるのだった。
「「「ただいまー!」」」
そう、この四日間の合宿に加え、もはやあやかと刹那を家族のごとく受け入れた横島とタマモは、あやかと刹那にこの家に入る時はただいまと言う様に言い含めていたのである。
「お、ようやくみんな帰ってきたか。さて、結果はどうだったんかな?」
「あ、俺迎えに行ってくるな」
「おう、任せた。それと小太郎」
「なんや?」
「さっきの話はタマモには内緒な」
横島は玄関へと駆け出そうとする小太郎を呼びとめ、人差し指を口元に持ってきながら小太郎に告げる。小太郎はそれに大きく頷くと、タマモ達を出迎えるべく玄関へと駆け出して行った。
その日タマモと刹那、さらにあやかも加えて全員が妙に機嫌が良く、かいがいしく横島にサービスしていたが、横島はそれが中間テストで3−Aが優勝したせいであると信じて疑わなかったそうであった。
Top
小説のメニューへ戻る
前の話
次の話