「あれ、ここはどこだ?」


 気がつくと横島は赤い世界にいた。


「突然なにを言っているのよ、ヨコシマ。デートの雰囲気が台無しじゃない」

「デート……?」

「そう、約束したでしょ。すべてが終わったらまた一緒に夕日を見ようって」

「ああ、そうだったな……ルシオラ」


 横島は隣にいる女性が視線を向けている方向に目をやった。そこには真っ赤な夕焼けが世界を染め、今にも沈んでいくところだった。
 横島はふとルシオラに視線を戻す。だが彼女の顔は夕日の影に隠れてよく見えない。
 ただショートボブの髪型に触覚らしきもの。それに慎ましやかな体のラインが見える程度だ。


(これは夢だ)


 横島は今見ているのが夢だと認識した。そしてそれと同時にあることに気付く。


(なんでルシオラの顔が見えないんだ)


 夢の中で自分とルシオラが夕日を背に恋を語らう、しかし横島にはどうしてもルシオラの顔を見る事ができなかった。


(なぜだ! ルシオラの顔が見えない、いや、思い出せなくなっている?!)


 夢の中の二人はやがて抱き合い、口付けをかわすかのように顔を近づける。しかし横島にはまるで映画を見ているように客観的に見ることしかしかできなかった。
 そして二人の輪郭がだんだん薄れ、夕焼けと同じ色に染まっていく。


(これは、目を覚ますのか?)


 横島は自分が目を覚まそうとしていることを自覚したのか、最後にルシオラのいるほうを名残惜しそうにむいた。


(ルシオラ……俺はもうお前の顔すら忘れてきているのかもしれない。それはもう俺の中ではお前は思い出になってしまったということなのか……)





 横島は鼻腔をくすぐるいいにおいに目を覚ました、台所からトントンというリズミカルな音が聞こえている。


「んん? なんかひどく懐かしい夢を見たような気がするけど……どんな夢をみてたんだっけ?」


 すっかり目が覚めた横島は顔を洗うために洗面所に向かう、そこで横島は鏡に映る自分を見て驚いた。


「涙? どういうことだ、ひょっとしてさっき見た夢のせいか? ともかく、こんな顔はタマモに見せられないな」


 鏡の中の横島は確かに大粒の涙を流していた。顔にも涙の跡が残っている。
 横島は顔を洗い、鏡で目が赤くなってないか確認するため鏡をじっと見る。






 そして5分後




「私は美しい……」







 洗面所に上半身裸の怪しいポーズを決めた、口に血で紅をさしたおぞましい物体が降臨していた。
 どうやら鏡を見つめすぎて南の妖星っぽいものが降りてきたようだ。


「なに気持ちの悪いことをいっとるかー!!!」

「あべし!!!!」


 いつまでたっても洗面所から出てこない横島を呼ぶためにやってきたタマモが、横島の後頭部をフライパンで叩きのめした。


「かんにんやー! 3分以上シリアス続けるとソコでボケろという電波が!!」

「そんな毒電波受信するな! 朝食できたからさっさと食べなさーい!」

「へーい」


 横島たちが麻帆良へ来てすでに二週間、今日も相変わらずにぎやかな朝だった。





第4話 「Blood Festival(血祭り)」





 本日の朝食はお揚げの味噌汁に白米、海苔と焼き魚。
 学園長の伝で入居してからは、タマモが台所を占領していた。
 この世界に来るまでは朝食どころか、三食をまともに食う事が出来なかった横島にとって夢のような食生活であった。
 少々油揚げ等の豆腐製品の比重が大きい気もしたが、それに対して文句を言うのは贅沢と言うものだろう。

 食卓についた横島はむさぼるように食べ、タマモはゆっくりとお揚げを咀嚼する。
 しばらくして散々食い散らかした横島が一息つき、改めてタマモの方を見る。


「なによ」

「いや、今日から学校だなーと思ってな」


 タマモは麻帆良学園女子中等部の制服を身にまとっていた。


「人間の学校って初めてだから楽しみだわ」

「時間は大丈夫なのか? 初日だから早めに行かないとまずいだろう」

「そうね、そろそろ行って来るわ」


 タマモは席を立ち、身支度を整えると玄関へ向かっていった。


「あ、そうだ横島、食器洗っといてね」

「ああ、タマモ……」

「なに?」

「まあ、なんだ……楽しんでこい」


タマモは横島の言葉に笑顔で「当然!」と答えると学校へ向かった。


「さて、今日もお仕事がんばりますか」


この家に来てから1週間、今日も変わらず一日が始まる。






「タマモさん、それでは僕が声をかけたら教室に入ってくださいね」


 新学期の定番である始業式も終わり、タマモとネギは3−Aの教室の前に来ていた。
 ネギはタマモの紹介の段取りを決め、教室に入っていく。
 
 廊下で待つタマモはしばらくの間暇をもてあましていたが、やがて教室の中から少女達の大きな声が響き渡った。


「「「「「3年A組、ネギ先生ー!!!!」」」」」


 廊下まで響き渡る声にタマモは後頭部に汗を一筋たらす。


(なんか無駄にテンション高そうな連中ねー)


 タマモの内心の思いを他所に、教室でネギが挨拶を続けていた。


「それでは皆さん、突然ですが今日から新しいクラスメイトが来ますので仲良くしてあげてください。タマモさんどうぞ」


 ネギの呼びかけと同時に、開いた扉からタマモが教室に入る。するとそれまでざわついた教室がシーンと静まり返った。

 タマモは教卓のそばで足を止め、教室を見渡す。


「タマモさん、自己紹介をどうぞ」

「横島タマモです、よろしく」

「あの、タマモさん……それだけですか?」

「他になにかいるの?」


 ひどくそっけない自己紹介に冷や汗をかくネギ、しかしその時。


「「「「「きゃー!!綺麗ー!!!」」」」」


3−Aメンバーが爆発したかのように騒ぎ出し、めいめいでタマモに質問をあびせる。


「その髪型変わってるねー、どうやってセットしてるのー?」

「綺麗な金髪ー、手入れ大変?」

「どこからきたのー?」


 あまりの喧騒にタマモは質問に答える事もできず、ネギは生徒を静かにさせようとするがそれもかなわずにいる。
 ちなみにこの時のタマモは心の中でこんなことを考えていた。


(なんというか、量産型シロ? こっちの女子中学生ってみんなこんな感じなのかしら?)


 なにげに女子中学生というものを誤解し始めている。確かに興奮したら話を聞かなくなる点はシロに通じるものがあるだろうが、いくらなんでも言いすぎであろう。


「はーい、はい、みんなタマモちゃんが引いてるじゃない。質問はあたしに任してちょっと座った座った」


 
 その生徒の呼びかけに答え、教室は今までの喧騒が嘘のように静まり返る。ネギでも治められなかった騒動を治める当たり、かなり人望があるのかもしれない。
 教卓の裏でネギが「僕はいらない先生なんだ……」といじけていたのが少々気になるが、そこは見えない振りをしておくのが大人の判断というものである。


「質問は別にかまわないけど、あなたは?」

「あ、名前は朝倉和美、よろしくねタマモちゃん」

「で、質問は?」

「まずは……タマモちゃん寮で姿を見ないけどドコに住んでるの?」

「都合で寮じゃなくて家から通ってるわ。それに近くだし」


 朝倉の質問攻勢が始まった。
 朝倉の質問に対しよどみなく答えるタマモ。いつしか時がたち、朝倉が最後の質問を投げかける。


「それじゃ、これが最後の質問ね。ズバリ彼氏いる?」

「気になるヤツならいるわよ」


 朝倉の最後の質問に間髪入れず答えるタマモ、むしろ質問した朝倉が固まっている。
 朝倉の思惑としては、あわよくばタマモの恥じらいの顔を写真にとってやろうと思っていたのだが、恥じらいもなく即座に切り返されてはイマイチ面白さに欠ける。


「それはどんな人?」


 クラス中の好奇心に満ちた視線がタマモに集中する。


「んー……一緒にいると退屈しないのは確かね。私が全力で燃やしても無傷で復活するから楽しいわよー、時々人類かどうか疑うけど」


((((ちょ! 燃やすってどういうこと? それに人類かどうかって何?))))


 クラスの心の中の突っ込みが一致する。

 ちなみに、この時ただ一人この会話の内容を理解できる存在がいた。
 そう、桜咲刹那である。彼女はタマモの話を聞くと、それが横島の事を言っているのだと即座に理解すると、何度も首を縦に振りながら頷くのだった。

 その時、教室内にドアが開く音が響き渡る。
 沈黙につつまれた教室に突然響き渡った音に反応して振り返ると、そこにはしずなが笑顔でたたずんでいた。


「みなさん、そろそろ身体測定の時間ですよ。準備してください」


 どうやら今日行われる身体測定の連絡に来たようだ。


「あ、そうでした。みなさーんすぐ服を脱いで準備してください」


 ネギの言葉に静まり返る教室。双子の姉妹を筆頭に何人かはニヤニヤとネギを見ている。


「「「「キャー、ネギ先生のえっちー!!!」」」」

「あうー間違えましたー!!!」


 ネギは恥ずかしさのあまり教室を飛び出していく。


「甘いわね、横島ならここで自分も脱ぐくらいのリアクションはするわよ」


 タマモは飛び出していくネギを見ながらポツリとこぼした。
 実際にやりかねないだけに、彼を知る存在がこの場にいたら大いに頷くことであろう。




 ネギの失敗を他所に、身体測定の準備を進めていく3−Aメンバー。
 中にはスタイル勝負をしているのもいるが、トップクラス3人は我関せずと黙々と準備を進める。


「ねーねー、そういえば最近桜通りで吸血鬼が出るってさー」


 そんな中、吸血鬼の話で盛りあがる集団がいた。黒板にはなぜか南米の吸血生物が描かれてたりする。
 タマモは吸血鬼の話には特に興味はなかったが、退魔の仕事をしている刹那にそれとなく聞いてみた。


「ねえ、刹那。吸血鬼がでるって本当?」

「いえ、まだ噂があるとしか聞いてませんが、なぜです?」

「うーん、もし本当なら横島に退治させてキツネうどんをねだろうかなっと」

「もし何かあれば正式に依頼がありますよ、しかし横島さんは吸血鬼に勝てるんですか?」

「大丈夫なんじゃない? まあ、勝てなくても死ぬ事は絶対にないしね」

「横島さんっていったい……」


 その時、横島について刹那と話していたタマモは視線を感た。
 その方向を見ると、そこには長い黒髪のかわいらしい子と、長い髪を二つにまとめた元気娘がいた。
 タマモは刹那との話を打ち切るとその子の方に向かっていく。


「えっと、なんか用? 私のほうをずっと見ていたみたいだけど」

「あ……なんでもないんや、ただせっちゃんと知り合いだったのかなって」

「ああ、刹那のこと? この前森で道に迷ったところを助けてもらったからね」

「そうやったんか。あ、ウチは近衛木乃香よろしくなー」

「よろしく木乃香、そっちは?」

「あ、私は神楽坂明日菜よ、よろしく!」


 神楽坂明日菜と名乗った少女は、タマモに自己紹介をすると、握手を求めて右手を差し出しだす。
 タマモは笑顔でそれに応じ、アスナの手を握り返す。
 そしてふと、タマモと明日菜は視線を合わせ、その数秒後、ガシィ! という音と共にお互いの腕をクロスさせる二人の姿があった。


「ちょ、突然どうしたん? 明日菜にタマモちゃん」

「んーなぜだろう、急にこう、親しみというか、仲間のような感じが……」

「私もなんか急に親近感が」


 どうやらお互いに突っ込みキャラということで、魂が共感したのか、急速に仲間意識が芽生えたようである。
 その後、何故か10年来の友のように語り合う二人だったが、タマモは教室の片隅から聞こえてきた言葉に意識をとらわれてしまった。


「あ、そういえば吸血鬼とは違うけど一週間前から現れた謎の生物って知ってる?」

「あー知ってる、夜になると大学や高校の女生徒の前に現れて飛び掛ってくるってヤツでしょ。なぜか一発でもパンチあびせたら逃げ出す見たいだけど」

「似たような話私も聞いたよ、大学部の女子寮の外壁をゴキブリのようにカサカサと逃げていく姿を見たって話だったよ」

「私も聞いた事あるー!」

「私もー!!」


 タマモは聞こえてくる噂話が、自分のよく知る人物がとる行動と非常によく似ていることに思い至り、激しいめまいを感じて床に膝をついた。


「タ、タマモちゃんどうしたの?」

「なんでもない、ただの立ちくらみよ」

「ならいいけど、顔色悪いよ」

「なんでもないったら……」

「そ、そう?」


 明日菜の追求を交わしながら、心の中に浮かんだ容疑者、いや、最高裁の判決を待つまでもなく犯人確定の人物への折檻を誓うタマモであった。

 
 

「た、たいへんやーまき絵がー! まき絵がー!!」


 タマモが立ちくらみから立ち直り、横島への制裁を思案していた時、廊下から叫び声が聞こえてきた。
 突然の叫び声に、全員が廊下の窓を開けて外をみる。
 すると、そこには息を切らして教室に走ってくる和泉亜子と、自分達のほうを呆然と見上げるネギがいた。
 ちなみにこの時、着替え中であったこともあってか、ほぼ全員が下着姿である。


「うわわー!!」

「ネギー! あんたわー!」


 突如現れた下着姿の少女達にパニックを起こすネギの声と、下着姿をこれでもかとばかりに見られたアスナの怒鳴り声が廊下に響き渡るのであった。








そのころの横島


「うおおおおおおおん、結局男は顔なのか、金なのかー!」


 このセリフで何をやっていたのかご理解いただけると思う。
 ともかく、麻帆良学園女子中等部で少女の黄色い悲鳴が上がるのと同時刻に、横島は血涙を流して世のはかなさを呪っていた。
 後日、この行動も「時速200キロで走り去る赤い目の男」として都市伝説の1ページを担う事になるのだが、ここでは関係のない話である。






 その日の夕方。はやくも日は落ち、あたりは夜の帳が下りている。
 横島は学園内を見回り、不審者やサボリなど不届きな生徒を取り締まるための巡回を切り上げ、帰宅の途につく途中だった。
 まあ、一番の不審者は横島だということは言わないでおいたほうがいいだろう。

 横島が桜通りに差し掛かったとき、小さく悲鳴が聞こえてきた。


「今のは……悲鳴? それも女の人の!」


 横島はその悲鳴が女性のものであると判断すると、すさまじい速さで現場に急行する。
 もちろん頭の中はその女性を助け、できればお近づきに、などと不届ききわまることを考えていたが、それは彼にとっては呼吸するのと同じようにごく自然な思考の帰結だった。

 横島が現場に着いた時、そこにはマントをまとった金髪の少女と、黒髪の少女を抱えたネギが対峙していた。

 金髪の少女は突然現れた横島を見ると姿を翻し空へ飛んでいく。


「ネギ……先生。いったいなにがあったんんだ?」

「タマモさんのお兄さん? いや、あの……ハッ追いかけないと。すみませんこの子僕の生徒なんです、ちょっとお願いします!」

「おい、何を突然」

「では!!!」


 ネギは腕の中の少女を横島に託すと、魔法で強化して走り出し、あっという間に横島の視界から消える。


「まったくいったい俺にどうしろと……ブハッ」


 横島は託された少女の姿を見て鼻血を出した。
 しかし、それも無理もないことであろう。なぜなら少女の格好は申し訳程度の布が張り付いているだけの、ほぼ全裸のような状況である。
 いや、むしろ肝心なところが微妙に隠れているだけに、視覚効果は全裸よりも破壊力が大きいかもしれない。
 
 横島は鼻血を片手で押さえると、少女を視界に入れないように空を見上げながら精神統一の呪文を唱えていく。


「俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない……けどちょっと見てみたい……ってちがーう!」


 ほぼ全裸の少女を抱きかかえ、夜空を見上げながらぶつぶつとつぶやく横島の姿は、人が見たら一発で通報間違い無しであった。


「あー!!本屋ちゃん!!!!」

「へ?」


 横島がようやく精神統一を終了させ、現世に帰ってくると、背後から少女の怒鳴り声が響いた。
 振り返ってみると、そこには長い髪を二つにまとめた少女と、黒髪の大人しそうな少女、そしてさらにその背後に横島のよく知る金色の髪をした少女が目に入った。


「あんた誰よ! 本屋ちゃんを放しなさい!!」


 髪を二つにまとめた少女、神楽坂アスナは横島か目を逸らさずに一歩前にでる。
 本屋とは、どうやら横島が抱えている少女のことのようだが、横島は突然の事態にパニックに陥りかけており、そこまで頭が回らない。
 

「へ、本屋って?」

「はわわー吸血鬼がって男やったんかー」


 横島が戸惑っていると、今度は黒髪の少女、近衛木乃香がなにやら横島の事を吸血鬼と言い出した。


「マテ、誰が吸血鬼だ!」

「じゃあ痴漢?」

「違うわー!」


 横島は必死で否定するが、木乃香の誤解は益々深くなり、それに伴ってアスナの目はどんどん険しくなっていく。

 横島は、もはや自分では説得は不可能と悟り、彼女たちの背後にいる唯一の味方、タマモに助けを求めようするが、状況の変化はそれを許さなかった。


ブチィ!!



 横島の耳に、なにかが引きちぎれたような音が聞こえてきた。
 そしてその後、地の底から響くような冷たい声が横島の耳朶をうつ。


「横島……」

「た、タマモか、助かったこの子達に説明してくれ」

「説明? クスクスクス、貴方の性癖についてかしら……」

「まて、何を言ってるんだタマモ」


 横島はタマモが何を言っているのか理解できなかった、いや、理解したくなかったというのが正解かもしれない。
 だが、とまどう横島を他所に、タマモはアスナ達を押しのけて横島の目の前に立ちはだかる。
 横島を睨みつけるその目は妖しく輝き、横島を縛り付ける。
 

「横島……あなたはついに堕ちたのね、けど私に見向きもしないでその子に手を出すってどういうこと?」

「ちがーう! 俺はネギ先生にこの子を頼まれただけだー」


 横島はタマモの誤解を解こうと、叫びながらネギが向かった先を指差していた。
 アスナと木乃香はネギの名前が横島の口からでたことで横島への警戒を解くが、タマモはそれが聞こえないのか、その目の光は些かも衰えることなく、横島を射抜いている。


「アナタはいつも言ってたわね、俺はロリコンじゃないって。けどこれはどういうことなの?」

「話を聞けー!!!」


 横島とタマモの周りは南極並みに温度が下がっていく。
 そんな中に取り残されたアスナ達は、お互いに抱き合いながらガタガタと身を震わせていたが、アスナは先ほど横島が指差したネギが向かった先が気になり、立ち上がる。


「あは、あははははは……こ、木乃香、私はネギを追いかけるわね。ゴメンけど、あとはよろしく!」

「明日菜にげんといてー」


 明日菜は木乃香の悲鳴を振り切り、ネギのほうに向かった。
 決してタマモが怖くなって木乃香をイケニエに逃げ出したわけではない、たぶん。


 アスナと木乃香が悲劇の別れを演じているころ、横島たちはというと。


「……でもね、いきなりロリコンを通り過ぎてペドにまで堕ちるのはどうかと思うわよ。それにペドまで堕ちたら、せっかく私がいろいろと自覚して、さあこれからと決心したのに意味がないじゃないのよー!」

「だれがペドかー! ていうか決心ってなんだー!」


 漫才が続いていた。


「横島、私はそこまで堕ちたお前は見たくなかったわ……」

「いや、だから堕ちてねーって!!」

「安心して、貴方を殺した責任はちゃんととるわ」


 タマモは言葉と共にどこから取り出したのか、巨大なハンマーを手に氷のような微笑を浮かべた。


「マテ、殺すってなんだ、それにセリフが微妙に違う! それにそのハンマーは今どっから出した! ていうか100トンって書いてあるけどまさかそれは!」

「さようなら、横島」


 タマモは横島の突っ込みに耳を傾けることなく、その100tハンマーを振りかぶる。

 横島はこの時、タマモの背後でまるでタマモを応援しているかのように、旗を振りながら踊っている死神の姿を見た。


「だから話を聞けー! それにその後ろの死神ちっくな影はなんだー!」

「問答無用! くらえー!!!」


「うぎゃー!!!」


 タマモがハンマーを横薙ぎに振りぬくと、グチャっという湿った音と共に、横島の断末魔の声がドップラー効果を残し麻帆良の空に響き渡った。


「ウチはなにも見ていない、ウチは何も見ていない、ウチは何も見ていない・・・・」


 その脇で、一人の少女にトラウマを与えたかもしれないが、それには触れないでおくのが優しさというものであろう。




 魔界からからくも脱出する事に成功したアスナは、屋根の上で戦っているネギと二つの影を捉えた。

 よく見ると二つの影はネギを追い詰め、影の一つがネギを羽交い絞めにしている。
 アスナは急いで建物の屋根に登り、ネギにつかみかかってる小さな影に向かってとび蹴りを敢行した。


「こらー! ウチの居候になにやってんのよー!」


 とび蹴りは見事に小さな影を捕らえ、その影はネギを離して吹き飛んでいく。


「あんたたち、誰か知らないけどこんなことしていいと思ってるの!」

「ふん、神楽坂アスナか……まったくとんだ邪魔がはいりおって。茶々丸!」


 明日菜の背後に忍び寄った茶々丸とよばれた影が、明日菜を羽交い絞めにして捕らえる。


「あ、貴方達はエヴァンジェリンさんに茶々丸さん! これはどういうことなの? 離しなさいよ!!」


 月明かりに照らされた少女は、アスナのクラスメイトであるエヴァンジェリンという生徒だった。


「そこでおとなしく見ていろ、これ以上邪魔されてはかなわんからな。茶々丸、離すなよ」


 茶々丸につかまった明日菜は、必死にもがくがその手を振り解くことができない。



ああああああ!



「さあ、とんだ邪魔が入ったが、改めて血をすわせてもらうぞ」

「ううううう」

 エヴァそう言うと、身動きの出来ないネギを取り押さえ、ゆっくりとその小さな口をネギの首筋にうずめていく。
 アスナはエヴァの言動から、『桜通りの吸血鬼』というのはエヴァの事だと悟るのだが、もはやアスナにはどうする事も出来ないで開いた。



ああああああ!




「うん?」


 ネギに覆いかぶさって血を吸おうとしたエヴァだったが、どこからともなく聞こえてきた声に、顔を上げて周囲を確認する。
 しかし、周囲はなんの変化もなく、ただ月明かりに浮かんだ町並みが見えるだけである。
 しかし、その声は何故かだんだんと大きくなっており、何かが近づいてくるのは明らかだった。


「マスター、上です!」


 その時、茶々丸の緊迫した声が響き渡る。



ああああああああああああああ!!!



 エヴァが茶々丸の声に反応して空を見上げると、そこには弾道軌道を描いて落下する、バンダナをした見知らぬ男の顔が目の前まで迫っていた。


「うわぁあああああああ!!」

「へぶぅぅぅ!!!!」


 エヴァは謎の男のフライングヘッドバットをまともにくらい、屋根の上から男と一緒に落下していく。


「ああ、マスター!!」


 茶々丸がアスナを放り出してエヴァを救出に向かうが、残されたアスナ達はあまりの展開に魂が抜けかけていた。


「あたたた、いったいなんなんだ今のは」


 エヴァは魔法障壁のおかげでたいしたケガもなくすぐに気が付いたのだが、体の上になにか乗っているのか、体を起こす事が出来ない。


ゾクゥ!!!!


 何とか身を起こそうともがくエヴァは、突如身の毛もよだつ寒気を感じた。


「な、なんだこの悪寒は? 震えている……この私が恐怖しているとでもいうのか?」


コツコツコツ


 男が自分に覆いかぶさっているため視界が確保できないが、なにやら足音が自分に近づいてくる。
 そしてそれと同時に感じた事のない強力なプレッシャーが己の身を包み込んでいく。


(ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ……)


 エヴァの生物としての本能が、この場所からの撤退を強く主張する。
 しかし、エヴァは身動きが取れないのと、己の吸血鬼としてのプライドに賭けて逃げるという選択肢を消していく。

 足音が自分の前でとまり、なにかが自分の方に向かって強力な殺気を放つ。それは今まで感じた事もない強力な殺気だった。


「クスクスクス、寝たふりをしてもだめよ、横島……さあ、起きなさい」


 言葉だけを聞いたならまるで恋人を優しく起こすときのようにも聞こえるが、実際は地獄の鬼達も裸足で逃げるような迫力の声だった。


「まて、タマモ冤罪だ!!!」


 さっきまで死んだようにピクリとも動かなかった男、つまり横島がエヴァから身を起こしタマモに弁解する。
 だが、それは完全に逆効果だった。
 タマモはさらに濃密な殺気を放ちはじめていく。



 横島はわけがわからなかった。
 何故タマモはあれほどまで怒るのか、自分には理解できない。

 特に麻帆良に来て、二人で生活するようになってからは、タマモはむしろ今まで以上に機嫌がよかったはずである。
 まあ、少々今までより突っ込みが過激になったような気もするが、それは誤差の範囲であろう。

 ともかく、横島はなんとかタマモの怒りを静めようとその目を見た。
 すると、横島はタマモが自分の目を見ていないことに気付く。
 横島はタマモの放つ殺気にビビリながらも、タマモの視線を追っていくと、その視線が自分の腰に集中しているのに気付いた。

 そして横島は、ここに至ってようやく自分の腰の辺りになにかがまとわりついているのに気付いた。


「えっと……なんで小学生のお子様が?」

「誰が小学生のお子様だー!」


 横島の腰に抱きついていたお子様……もとい、エヴァはあらん限りの声で横島のお子様発言を否定した。
 だが、その姿はまるで1960年代に一世を風靡したダッコちゃん人形のようであり、その姿で怒鳴られても迫力どころか、むしろ微笑ましさの方が増すというものである。

 なぜエヴァが横島に抱き付いていたのかといえば、おそらく初めて感じた恐怖のせいで、近くにあったものにしがみついただけなのであろうが、その行動はあまりにも軽率というほかはなかった。
 事実、横島とエヴァを取り巻く殺気はどんどん濃くなっていく。
 
 エヴァはここにきてようやく自分が横島にしがみついていることに気付き、すぐに身を離すが、それはすでに遅かった。

 横島の前にたたずむタマモは、ゆっくりと横島に近づきながら死刑宣告を読み上げていく。


「そう、そうなのね。……あなたはさらに深みにはまっていくのね」

「だから深みってなんだー!!!」


 横島の叫び声はもはやタマモには届かない。
 タマモはまるで詠うかのごとく、澄んだ声で言葉をつむぎだしていく。


「横島……昔のあなたは死んだわ、もう昔の横島は返ってこないの」

「人を勝手に殺すなー!!!」

「ええ、アナタはまだ生きている。やはりこれでは貴方を殺しきれなかったわね……」


 タマモは手にしていた100tハンマーを虚空に戻し。再びどこからともなく巨大な武器を取り出した。

 その武器は100tハンマーと同様、かつて新宿に名をとどろかせたセクハラ男を撃退するため幾たびも使用され、そしてついこの間正式にタマモに譲渡されたものだった。
 ゆえにその効果はセクハラ男にとっては、回避不能・防御不能の絶対的な宝具となり、その対象を滅ぼしていく。


「さあ、横島……お祈りは済ませたかしら? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする準備はOK?」

「だからいろいろとマテや、そもそもその武器はどっからだしたー!」


 タマモは横島の制止の声に耳を貸すことなどなく、ただおもむろに手に下得物を振り上げ、横島に向かって叩き落した。



「くらえー!! こんぺいとう1号ー!」





「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 麻帆良の夜空に本日二度目の断末魔が響き渡った。


 エヴァと茶々丸、アスナとネギはこの世に現界した地獄絵図を前にフリーズしていた。


「アスナさん、タマモさんっていったい……」

「ネギ、私は何も見ていないわ、いえ何も見えないわ」

「でも、人があんなに平べったく……」

「見るな!」


キュッ!


「クケ!」


 アスナは、ネギにこれ以上残酷シーンを見せるわけには行かないと判断すると、即座にスリーパーホールドを決め、一瞬でネギの意識を奪うのだった。

 一方、その傍らでは一組の主従が呆然と惨殺劇を見入っていた。


「ハハハハ……茶々丸、あの血は完全に致死量超えてるよな」

「ハイ、彼の体型から推察した血液量の5分の4がすでに流出しています」

「ならなんで生きているんだ、あの男は?」

「いくつか可能性がありますが、おそらく彼はマスターと同じ吸血種である可能性がもっとも高いかと」

「あ、あんなプライドも誇りもなさそうな間抜けな男が吸血鬼だと!? そんな馬鹿な話があるかー!」


 エヴァの絶叫をBGMに、横島は文字通り血に染められていく。

 麻帆良で始まる血の宴は始まったばかりであった。



第4話 end



「ウチはなにも見ていない、ウチは何も見ていない、ウチは何も見ていない・・・・」


 そのころ、桜通りで取り残された木乃香は、ブツブツと地面に向かっていまだに呪文のように同じ言葉を繰り返しつぶやいていた。
 そしてしばらくすると、木乃香のものとに竹刀袋を持った少女、桜咲刹那が息を切らせて駆け込んできた。
 どうやら木乃香がいまだに寮に帰っていないのを不審に思い、学園中を探し回っていたようだ。


「お、お嬢様! いったい何があったんですか!」


 刹那は木乃香の肩を掴みながら、うつろな目をした木乃香に話しかける。
 すると、木乃香は突如刹那の腕を掴む。
 その力はとても強く、刹那をもってしても振りほどくことが出来ない。

 木乃香は刹那の腕を掴んだままゆっくりと顔を上げ、そして顔を覆い隠した髪の間から妖しく光る目で刹那を見る。


「せっちゃん……ウチは何も見とらんよなー」


 木乃香はゆっくりと刹那に顔を近づけ、底冷えのするような声で刹那に迫るのだった。


 その後、刹那は木乃香を眠らせて寮に帰るのだが、その後しばらくの間悪夢にひどくうなされていたという。



次の日の教室


「ねーねー、昨夜、壁をカサカサ走り回る真っ赤な謎の生物と、巨大なとげ付きハンマーを振り回すハンターが出たんだってー」

「なんでもヨコタマー!とか呪文を唱えながら走り抜ける影が出たそうだよ」

「あ、それとなんだか桜通りに貞○が出たって噂もあるよー」


 麻帆良学園に新たな怪談が書き加えられたようだが、その原因は今日も元気に麻帆良学園を駆け抜けるのだった。



あとがき
 チョコチョコと改訂しております。
 ちなみに、タマモと横島の会話で出てきた自覚うんうんとか、100tハンマー入手秘話は36話までUPしたら外伝の形で公開しようと思います。
 
 
 
 
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