「フン! フン! フン!」
扉を開けると、そこは魔窟だった。
「えっと……」
「フン! フン! フン! フン! フン!」
その魔窟に飛び込んだ人物、それは長く艶やかな髪をポニーテールにした年のころ25歳前後の美女である。もしこの場に横島がいたら、彼は迷わずその女性をナンパしたであろう。
しかし、この場には横島はいない。そのかわり、その女性の目の前に広がるのは、薄暗い部屋の中にある唯一の光源である蛍光灯に照らされ、幾人もの男達の汗が照り返すという視覚的にヤバイ光景であった。ちなみに、その男どもは彼女が入室した事にも気付いていないのか、一心不乱にスクワットを続けている。
「あの、院長……まもなくお客様が……」
「おお、そうか。もうそんな時間になったのか……では皆、今日はこれぐらいで切り上げるとしよう」
彼女はこの魔窟の光景と、部屋中に充満する汗のにおいに頭痛を感じるのだが、それを不屈の精神力でこらえ、その男達の代表らしい年配の男に声をかける。すると、その男はやたらと鍛え上げた胸板をそらせ、故人となった偉大なプロレスラーのごとく腰に手を当てると背後の男達に振り返った。
「健全なる精神は!」
「「「健全なる肉体に宿る!」」」
院長と呼ばれた男の声とともに、男達は整然と整列し、声の限りに叫ぶ。その声は部屋中に響き渡り、ビリビリとガラスを振るわせ、その声を至近距離で聞いた女性は思わず耳を押さえて蹲る。そして男達は蹲る彼女に気付くことなく、魂の叫びを続けていくのだった。
「常に鍛えよ!」
「「「我等に敗北は許されぬ!」」」
「我等のモットーは!」
「「「ゆりかごから墓場まで!」」」
「我が病院の医術はー!」
「「「世界一ィィィィィィィ!!」」」
男達の熱き魂が天に届くころ、彼らの儀式はようやく終わりを迎える。
「よろしい、では皆、行くぞ!」
「「「おう!」」」
院長と呼ばれた男は頼もしそう皆を見渡すと、パンッと手を叩いた。そしてそれが合図だったのか、皆ははじかれたように走り出し、部屋の片隅に置いた白衣を鍛え上げた素肌にかけ、カルテを手にすると一人、また一人と部屋を後にするのだった。
「……毎度思うけど、ここって病院よね?」
誰もいなくなった部屋の中にポツンと取り残された女性看護士が呟く。彼女の疑問ももっともだろう、なぜなら彼女の背後には無数のバーベルが転がり、さらに無数のトレーニング機器が並んでいる。だが、そんなものはまだ生ぬるい、患者のリハビリ施設としてなら病院に有っても不思議がないのだから。
では、この部屋を埋め尽くす機材の中で最も異彩を放ち、決して病院に有ってはならないものとはなんなのだろうか。それは――
――部屋の中央に鎮座する四角い聖地、三本のロープに囲まれた真新しいリングであった。
「今年の春から院長の提案で突然設置が決まったんだけど、いったいどうして……しかも他の先生達もどんどん染まっていくし」
看護士はぶつぶつと呟きながら目の前に鎮座するリングを見つめていたが、やがて無言のままその部屋を後にするのだった。ちなみに、この看護士はつい一週間前に、運び込まれたレスラーくずれのヤクザを強烈なラリアットで屠っているのだが、それを指摘する者は誰もいなかった。
ここで場面を変え、時をその日の朝までさかのぼる。
トゥルルル
中間テストも終わり、どことなく気だるい空気が漂う日曜の朝、突如横島邸の電話がまるで存在を忘れるなとばかりに自己主張を開始しだした。
「はい、こちら横島よろず調査事務所でございます。どのようなご用件でしょうか?」
この日は朝から事務所に詰めていた雪広あやかが電話を取り、澄んだ声で電話の応対を行っている。彼女がこの事務所に正式に参入してより約一週間、このわずかの期間で彼女は3−A委員長としての鍛え上げられたスキルを存分に発揮し、今や事務処理を一手に引き受ける敏腕秘書としてその存在を確立していた。
そのため、横島やタマモは仕事におけるスケジュール管理を完全にまかせ、今は刹那が入れた緑茶をすすりながら、まったりとあやかの美声を堪能している。ちなみに小太郎は庭で死神を相手に組み手の最中である。
「はー、中学生とは言え美少女に囲まれる生活……俺はある意味本懐を遂げたのかもしれんなー。贅沢を言えばもう少し大人の魅力のお姉さまたちがいれば、まさに言う事無しだが、これもまたよし!」
「ん? でも以前もシロやおキヌちゃん達がいたじゃない」
「確かにそうなんだが……なんかこう、あの時とは心の充実が違うというか……」
横島は手にしたお茶を机に置くと、ソファーに寝転んで雑誌を読んでいるタマモに視線をむける。
「それはあれじゃないですか? 以前は従業員でしたが、今はこうして一国一城の主なわけですし、そのぶん仕事にやりがいを感じているとか」
「まあ確かに借金まみれの事務所とは言え、俺の城って言えば確かにそうだな。けど……」
横島は以前のおキヌちゃんのようにお盆を抱えて微笑む刹那に答えると、ふとその視線を天井に向ける。たしかに今の立場は以前の丁稚とは違い、曲がりなりにもタマモの保護者であり、さらにこの事務所の主なのだ。そう考えれば以前の自分では考えもつかなかったこと。そう、家族であるタマモと小太郎だけでなく従業員の刹那やあやかを養わなければいけない『責任』というものが重く肩にのしかかっているのだ。
ならば横島はその責任の重さを心地よいと考えているのか。いや、それもきっと違うだろう。
(タマモが……刹那ちゃんがいてくれるから……なのかな?)
横島は心の中で呟き、いまや自分にとって共にいるのが当たり前の存在となった二人に目を向ける。
「なによ、急に真面目な顔して」
「いや、お前たちのニ〜三年後が楽しみだなーっと思ってな……ん? そうか、この未来への期待こそが充実感の正体なのか!」
タマモと刹那はなにやら妙な方向で自己解決した横島に苦笑すると、二人して示し合わせたように笑みを浮かべ、横島の左右の脇に移動する。そしてタマモは横島の机に腰をかけ、年齢に不相応な妖艶な視線で横島を見つめ、その手をそっと横島の頬に置く。
「じゃあ、せいぜい楽しみにしてなさい。私はあんたがビックリするような美人になってやるんだから」
刹那はしばしの間、タマモに迫られて焦る横島を見つめていたが、やがてタマモとは対照的に慎ましやかな笑みを浮かべながら横島の湯のみにお茶のお代わりを入れる。そしてその際に横島の耳元で頬を少し朱に染めながらそっと呟くのだった。
「クス……私も負けませんよ、だから……期待していてください」
「お、おお……」
右には天使の微笑みを浮かべる刹那、左には思わずごくりと唾を飲み込むほどに妖艶な瞳を向けるタマモ、これぞまさに横島にとって夢であった両手に華。されどその華は横島的にはまだ若く、手折るわけにはいかない。ゆえに横島は突如として始まった夢のような時を、ただひたすら苦悩して過ごすのにとどまるのだった。
「皆さん! 依頼が入りました、今からすぐにこの場所へ……って三人ともなにをやってるんですか」
と、そこに天の助け、もとい、あやかがメモを片手にやってきた。どうやら先ほどの電話は仕事の依頼だったようだ。
「あ、あはは……いつもの悪ふざけだから気にしないでくれ。で、今回はどんな仕事なの?」
「詳しくは依頼人と直接話してください。ただ、この依頼はB対応のようです」
「B対応の依頼!? じゃあ今回は大口なのね!」
タマモはB対応の依頼と聞き、思わず歓声を上げる。ちなみに、B対応とはいわゆる霊障や魔法関連の仕事の隠語である。当然危険度は通常の仕事とは比べ物にならないほど高いのだが、その分報酬も割高で実に美味しいのである。
「おっし、それじゃあ悪霊しばいて一攫千金! めざせ借金返済、横島事務所出動じゃー!」
「「「おおー!!」」」
春の心地よい陽気とやがて訪れる初夏の熱気がせめぎあうこの日、平和な麻帆良の地にまた一つ騒動の種が生まれた瞬間であった。
「で、これが今回の依頼人のいる場所なのか?」
「そう……みたいね……」
「兄ちゃん達どうしたんや? なんかアホみたいに口をあけて見上げ取るけど」
「あの、本当にどうしたんですか、いつもの横島さんなら飛び上がって喜ぶと思ったんですが……」
刹那は目の前にある建物を確認すると、予想とは違う動きを見せる横島にいぶかしげな表情をする。だが、刹那の目の前では横島どころか、タマモまで口をあんぐりとあけてその建物を見上げていたのだった。
「タマモ……」
「なによ」
「この建物の外観って見覚えないか?」
「あるわね……それはもうしっかりと」
「とすると、下手したら中にいるのは……」
「まさかと思うけど、同じ人かもね。あははははは」
「そんなわけ無いだろ、だってここは違う世界だもんな。あははははは」
「「あーっはっはっはっは」」
依頼人がいるであろう建物を前に、横島とタマモは乾いた笑みを顔面に張り付かせながらただ笑うのみであった。
刹那と小太郎は、建物を前に笑い続ける二人に首をかしげながら改めてその建物を見る。その建物の上と玄関には大きく白い字で建物の名が書かれている、それには『白井総合病院』と書かれていた。
「我が病院の医術はー!」
「「「世界一ィィィィィィィ!!」」」
と、そこに院内からとてつもない大声が響き、それを聞いたタマモと横島は二人同時にがっくりと、それはもう全ての希望を打ち砕かれたかのようにうなだれるのだった。
第31話 「きんぐだむほすぴたる」
「ようこそいらっしゃいました、私が院長の白井です。あなたの評判は水口社長から聞いておりますよ……ってどうかなさいましたか?」
横島たちの目の前には、白髪に口ひげを生やし、やたらと体格のいい男が鎮座していた。そう、彼こそが依頼人であり、ここ白井総合病院の院長である。
話によると、どうやら以前の依頼人である麻帆良レジャーセンターの社長から横島の話を聞いたようであるが、横島とタマモはというと二人とも呆然と院長の顔を見つめるだけであった。
「いえ、気にしないでください。ちょっと知り合いに似ていたものですからビックリしただけです」
タマモは白井院長が自分達を不思議そうに見ていることに気付くと、即座に営業用スマイルを顔に浮かべて対応する。
「横島さん、この方を知っているんですか?」
「いや、この人のことは知らないんだが。前にいたところで全く同じ名前と顔をした人と知り合いだったんでな」
「前のですか?」
「ああ、ちなみにその人は現代医学を過剰に信奉していて、病魔と戦うためにプロレス道場に入門したキワモノだったな」
「ほんまに医者か、そのおっさん」
「腕は確かだったんだよ、腕はな」
相変わらず呆然としている横島の態度に疑問を感じた刹那と小太郎が横島に話しかけると、横島はかつていた世界で世話になった医者について刹那達に話す。そう、横島の目の前にいる人物はかつて美神と共にさんざん世話になり、そして人類史上只一人、病魔に卍固めを喰らった人物とうり二つであった。
おそらく、いや間違いなく彼は横島の知る白井院長の同一存在なのであろう。
「依頼の内容についてですが、これは実際に見てもらったほうがわかりやすいと思いますのでご案内します」
あいかわらず営業用スマイルを振りまきながら白井院長の相手をするタマモを他所に、横島達は部屋の隅でヒソヒソと話していると、話が一段落したのかようやく仕事の話になり、白井院長が横島達を現場へ案内しようとする。横島はタマモと一瞬視線を交わし、諦めたように頭をふると、白井院長の後に続いて部屋を出行くのであった。
横島達は白井院長の後に従ってゾロゾロと廊下を歩いていく。
その集団ははっきり言って奇妙であり、行き交う患者やその見舞い客、はては看護士すらもその集団を目にすると立ち止まり、その集団が過ぎ去っていくまでずっと視界の中に収めようとする。
その理由はというと、第一にその集団の構成員のアンバランスさというものがある。
集団の先頭はこの病院では見慣れた院長である、これは別にかまわない、だがその後に続くのは冴えない青年と、その青年の両脇をガッシリと固めた見目麗しい金髪と黒髪の女子中学生、そしてその後方には小学生の男の子という構成は、他の病院に来る親子連れや兄妹などとはかけ離れている集団であった。だが、そんなことは些細な事かもしれない。
道行く人たちが足を止める最大の理由はというと、その構成要素でもなんでもなく、ただひたすらに血走った目で見目麗しい看護士に向けて視線を飛ばす冴えない青年と、その青年の右腕を抱え込む涼しい顔をした金髪の少女、顔を真っ赤にしつつも決して左腕を離そうとしない黒髪の少女、さらにその青年の腰に巻いたロープを手に持つ小学生という、ある意味夢に出てきそうな絵面が主な原因であった。
「いくらなんでもこれはあんまりだと思うんだが……」
「あんたの場合ここまでやっても気を抜いたら抜け出すでしょうが!」
「この手を離した後の横島さんって簡単に想像できるんですよね、でもこうしている間はある意味横島さんの身柄は無事なわけですし」
「何より私と刹那の役得も兼ねてるんだから大人しくしてなさい」
「俺に役得はないのかー!」
「兄ちゃん、気のせいか周りから感じる殺気がすさまじいことになっとるんやけど……」
独身、既婚者を含めて道行く男性患者及び見舞い客の嫉妬と怨念の中、横島はそれに気付く事無く己の境遇にただひたすらに涙するのであった。と、そこにともすればこの病院の廊下が異界化すほどの怨念の中、その元凶である横島たちに声をかける剛の者が存在した。
「横島忠夫一行か、妙なところで会うな」
それは茶々丸を伴った金髪の美少女吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルであった。
「おう、エヴァちゃんに茶々丸か。俺たちは仕事なんだが、エヴァちゃんこそ何でここに?」
「はい、マスターが季節外れの花粉症にかかりましたので町へ出たついでに薬をと思いまして」
「花粉症? エヴァちゃんが?」
「エヴァ……あんた本当に吸血鬼なの?」
「うるさい、それを言ったら横島なんぞ本当に人間なのか?」
和やかに話す横島と茶々丸を他所に、タマモとエヴァは小声で話し込む。
「で、さっき仕事と言っていたが、こんなところでか?」
「そうよ、あの人が依頼人」
タマモはそういいながら、相変わらず先頭を歩く白井院長を指差す。すると、エヴァは少し何かを考えるような仕草をすると、改めてタマモを見つめ返した。
「そうか、仕事か……ふむ、どうせこの後暇だったしな。面白そうだから見物してもかまわんか?」
「まあ、それくらいならかまわないけど、守秘義務は守ってよ」
タマモはそういうと再び横島と腕を組んで歩き出した。
その後、白井院長とエヴァが顔見知りであったこともあり、エヴァの合流はすんなりと認められることになった。ちなみにエヴァが横島たちに加わったことにより、周囲に満ちる殺気の濃度が20%増加していたりする。
白井院長はその後も黙々と先頭を歩き続け、やがて隔離病棟へ歩を進めていた。
「隔離病棟……ここでなにかあったんすか?」
「うむ、横島君にはある患者を見てもらおうと思っていてね、その患者がここにいるのだよ」
「その患者に何か問題が?」
「患者の症状は主に発熱と嘔吐、そしてある特定のものに対する重度の精神的障害が見受けられるのだが……」
白井院長は横島たちに患者の説明をしながら目的地へむかって歩き続けていたが、やがてある部屋の前でその足を止める。その部屋には『707号室』『面会謝絶』と書かれた札がかかっていた。
「俺たちは病気のことわかりませんけど」
横島はその部屋を見上げながらつぶやく。だが、白井院長は横島の言葉を気にした風も無く部屋の扉を空け、横島の前に部屋の全景をさらけだした。
「さっき言った症状の他にこのような症状が見受けられるのだよ」
開け放たれたドアの向こうには、どこにでもある普通の病室があった。だが、それはあくまでも病室の造りという意味である。ではその肝心の病室状態はと言うと――
「クケケケケケケケケ!」
――阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。
横島たちの目の前には、飛び交う花瓶、宙に浮くベッド、そして何よりもその極め付けは天井に張り付いた状態で奇声を上げ続ける男の姿である。そう、目の前で展開されるこの現象は、いわゆる『ポルターガイスト現象』であった。
「とまあ、このように少々やっかいな症状が定期的に出てくるのだよ……で、なぜそんなところで寝ているのかね、横島君」
白井院長が相変わらずの部屋の状態にため息をつきながら後ろを振り返ると、そこには廊下にうつぶせになって寝ている横島がいた。正確には寝ているのではなく、あまりにもどこかで見た光景にそっくりな状態が目の前に繰り広げられたためにずっこけたのだが、それは些細な事だろう。
ちなみにタマモと茶々丸は地に伏した横島を突っつき、刹那、小太郎、エヴァは口を開けて呆然と目の前の光景を見詰めている。
「やっかいな症状って、まごうことなき心霊現象やないかー!」
横島は地に伏せた上体から跳ね起きると、白井院長に詰め寄った。
「むう、たしかに少々不思議な症状だが心霊現象だったのか……なら納得だ」
「「「納得した!!」」」
エヴァと刹那、それに小太郎は予想外の言葉に思わず突っ込む。だが、白井院長はそれをいっこうに気にせず、ただ目の前の光景に頷くのみであった。やはり横島の知る白井と関連があるのかもしれない。
「で、私めにこれをどうにかしろと?」
「そう、水口社長からは君はどんな不思議現象も解決する有能な男と聞いているのだが……なんとかなりそうかね?」
「できなくはありませんけどね、とりあえずこの現象が収まるまで待ちますか」
横島と白井院長の話がまとまっていくのを他所に、その後ろではエヴァ達は頭を抱えていた。
「こ、こいつらは魔法の秘匿とか、神秘の秘匿というものを一体なんだと思ってるんだ」
「マスター、心中おさっしします」
「あはははは、私達神鳴流はその存在すら秘匿してるのに……」
「俺たちの苦労ってなんやったんやろうな」
「まあ、ある意味この人ならそうなるんじゃないかと思ってたんだけどね。概念にどういう形でも説明がつけば納得するタイプみたいね」
「クケケケケケケー!」
いまだに荒れ狂う病室の前でタマモ達の大きなため息と、患者の奇声があたりを包み込み、なんとも異様な絵面を形成する。ともかく、どんなにやる気をそがれようと依頼は依頼。故にタマモ達は頭痛に悩まされる頭を振りながら、事態の収束を図るのだった。
しばらくの後、ようやくポルターガイスト現象が収まり、あたりは静けさを取り戻していく。横島達は患者が力尽きて眠っているのを確認すると、ようやく部屋に入って行った。
「で、なんとかなりそうかね?」
「まあ、何とかなると思いますよ。タマモ、さっき頼んだやつを持ってきてくれ」
タマモは横島に呼ばれると、先ほど横島に頼まれて急遽作成したものを茶々丸を除く全員に手渡す。それは拳大の大きさで、なにやら白い紙に包まれている物だった。
「横島、なんだこれは?」
エヴァは手渡された物を不思議そうに見つめながら横島を見る。
「見学する気ならそれ食ってくれ。なに、毒じゃないよ……毒じゃ」
横島は何故か脂汗を顔面に浮かべながらエヴァに答え、そして震える手で包み紙を解いていき、天に祈るようにその目を閉じると、何かを振り切ったかのように一気にその中身に噛り付いた。
「う……」
横島は口に含んだそれを飲み込むと一瞬顔を青ざめさせ、そしてうめき声をあげながらゆっくりと床へ倒れこむ。
「横島さん!」
「兄ちゃん!」
「何、毒でも入っていたのか!? 茶々丸、調べろ!」
茶々丸は動揺して横島に駆け寄ろうとする刹那と小太郎を押しのけ、横島が手にしていたものを解析しだした。
「……解析完了、材料構成は主成分として小麦粉、砂糖、水飴、塩、酢、豆類、魚系たんぱく質、乳性発酵食品です、特に毒性物質は発見できませんでした」
解析を完了した茶々丸はその解析結果を淡々と報告する、だが誰一人その説明で納得するものはいなかった。只一人をのぞいて。
「ばかな! では何故横島が倒れているんだ」
「兄ちゃん死ぬんやない! あかん呼吸をしとらん!」
「そんな! く、こうなったら人工呼吸をするしか無い!」
「刹那、横島は今……」
「タマモさん、今は一刻を争います、申し訳ありませんが少し下がっててください。絶対に横島さんを助けて見せますから」
「いや、だからね……」
刹那は何かを言いたそうにしているタマモを他所に、横島の顔を両手で挟み、ゆっくりと顔を近づけていく。しかし、刹那の唇が横島の唇に触れるまさに寸前、刹那の目の前から横島が消えた。
「え? 横島さん……」
刹那は突如消えた横島に戸惑い、呆然としながら周囲を見回す。すると、タマモを除く全員がある一点を見つめて呆然としているのに気付いた。
刹那は首をかしげながらその方向を見ると、全ての予測を超越した光景が目に飛び込んできた。
「起きやがれこんチクショー! てめえ俺の体のクセに刹那ちゃんとキスしようだなんてうらやま……もとい、ふてえ野郎だ!
お願いだから俺と変わってくれやがれー!」
刹那達の視線の先で繰り広げられているのは、半透明の横島が意識の無い横島の胸倉を両手でつかみ、ユサユサと頭を前後に振っているというとてつもなくシュールな光景であった。
「兄ちゃんが二人いる……」
「横島さん……」
「おいタマモ、これはいったいどういうことだ?」
誰もが唖然としているなかで、いち早く我に返ったエヴァがただ一人平然と事態を傍観していたタマモに詰め寄った。
「どうしたもこうしたも、それは横島の霊体よ。早い話が幽体離脱しただけ」
「じゃあ、横島さんは無事なんですね?」
「無事よ、その霊体が体に入ったらすぐにでも元に戻るわ」
タマモは相変わらず自分の体へ怨念を込めている横島に頭痛を感じつつも、刹那達を落ち着かせるために説明する。
一方、刹那と小太郎はタマモの説明にようやく安心したのか大きく息をついた。ちなみに刹那の目には涙が浮かんでいたりもする、よほど心配だったのであろうか。
「しかしなぜ横島さんは突然幽体離脱を? そもそもどうやって?」
「そうだ! だいたい普通は幽体離脱を意識的に行うにはそれなりの準備と儀式が必要なんだぞ、なのにいったいどうやって!」
「この事態を収拾するのに必要みたいよ、どうやったのかについてはコレよ」
タマモは自分に詰め寄るエヴァを冷静に捌きながら、持っていた包みを開けて刹那達の前に突きつける。
「ハンバーガー……ですか?」
「そうよ、これがその名も高き幽体離脱バーガーこと『チーズ餡シメサババーガー』よ! ちなみに私のはさらに特別」
「「「「「なんだそれはー!」」」」」
全員の魂の叫びが病室にこだまする。
ちなみにそのころ横島は、いつの間にか作成した藁人形に自らの名前を書いて釘を打ちつけ、見事に自爆していた。
そして5分後。
「アレは本当に食い物か? 口に入れた瞬間本当ににあの世が垣間見えたぞ」
「エヴァンジェリンさんが死にかける食べ物っていったい……」
「俺たち本当に生きてるんやろか? ていうかなんで院長のおっさんがここにいるんや?」
「何を言う、たとえこれが心霊現象であろうと、これから行うのはれっきとした医療行為! ならば医者たるこの私が付き添うのは当然のことだ」
刹那たちは今、禁断のアイテム『チーズ餡シメサババーガー』を食し、幽体離脱して患者の体内に入り込んでいた。ただし、ハンバーガーを食べる事が出来ない茶々丸は横島達の体を守っているためこの場にいない。
彼等の目的はもちろんこの患者の引き起こす怪奇現象の原因、『病魔』を駆逐するためである。
『病魔』とは本来横島のいた世界では病気を患った人間に憑き、患者に力を使わせてやがては死に至らしめる凶悪な魔物(?)である。しかもこの魔物を倒す方法は、幽体離脱して体内から追い出すしか無いため非常にやっかいな魔物と認識されている。
ただし、先ほどの退治方法は一般のGSのそれであり、横島なら文珠と言う反則アイテムで簡単に退治できるものと思われていた。しかし、今現在横島達は患者の体内にいる。それは何故かと言うと、早い話が文珠が効かなかったからである。
横島は怪奇現象の原因が病魔であると見抜くと、即座に文珠で祓おうとしたのだが何故か効力を発揮しないのである。いや、正確には効力は発揮していた。しかし、それは一瞬のことであり、しばらくすると再び患者は『病魔』に侵されるのである。
横島は数回繰り返して文珠を使ったが、一向に効果が無いため文珠による除霊を諦め、体内から直接病魔の原因を排除しようと決心し、ここに至ったのである。
そして現在、肝心の横島はというと――
「えぐえぐ、お揚げが、お揚げがー」
「いい加減泣き止め、だいたいなんであのバーガーに油揚げ入れようなんて考えたんだ、死神が助けてくれなかったら本当にあの世に行く所だったんだぞ」
「だってそうすれば食べた後のエグみが消えると思ったの……なのにお揚げが、お揚げがあんなに不味い物に変わるだなんて」
――うごめく血管の上で泣いているタマモに抱きつかれて途方にくれていた。
どうやらタマモの言う特別というのは油揚げ入りということらしい。しかもその効能は、九尾の狐を死に追いやるほど強力だったようである。
横島は普段のタマモとのギャップに軽く萌えながらも、どうやってタマモをなだめようかと天を仰いで思案していると、横島の視線の先、つまり横島達の頭上に何か影のようなものが見えた。
「グキョキョキョキョー!」
その影は叫び声を上げながら横島の頭上めがけて落ちてくる。横島はそれに気付くと、即座にタマモを抱きかかえてその場から飛び退いた。
影は横島が先ほどまでいた場所に降り立つと、何故か演出効果のごとく煙が影を包み込み、その煙が晴れるとそこには丸い頭に直接虫のような足が6本生えている色違いの生き物が6体ほどたたずんでいた。
「病魔が6体も!?」
横島は一人の体に6体もの病魔がいたことに驚愕する。しかし、驚愕する横島を他所に刹那達は目の前にたたずむ病魔たちに拍子抜けしていた。
病魔の見た目は、バレーボールに顔を描いてそれに適当に足をくっつけただけ、正直そこらの小学生が夏休み最終日にあわてて作った工作程度の造形である。そのため、刹那達にはどんなに贔屓目に見ても強そうには見えなかったのである。
なんとも微妙な空気の中、病魔達が横島達に向かって一歩踏み出し、そして浪々とした声で名乗りだした。
「病魔ラッサ」
「病魔マールブルク」
「病魔デング」
「病魔エボラ」
「病魔ペスト」
「病魔インフルエンザ」
「我等こそはこの体に巣食う病魔六騎士なり、この体を開放したくば我等を倒し、そしてこの先におわす『病魔将軍』を打ち倒して見せるがよい!」
やたら凶悪な名前を持つ病魔達は、最後には6体でポーズをとった。すると、これまた何故か病魔達の背後で6色の煙を伴った爆発がおこる。
「えーっと、どっかの戦隊モノなんか?」
「戦隊モノだと普通は5人ですよね」
刹那と小太郎が呆然と目の前で起こっている事態を眺めていると、突然それまで彼女達の後ろにいた白井院長が病魔達の前におどりでた。
「君達が何者かはよく分からんが、この患者に害なすものである以上、医学界を代表してこの私が相手だ! 貴様達に現代医学の真髄を見せてくれるわ!」
白井院長はそう言うと病魔に向かって走りこみ、そして全身のバネを利用して大地を蹴る。
「喰らえ! 現代医学の真髄、この鍛え上げたドロップキックをー!」
「それが現代医学の真髄かー!」
エヴァの突込みを他所に、白井院長は現代医学の真髄と称してひねりまで加わった芸術的なドロップキックを放つ。しかし、そのドロップキックは病魔の一体に簡単に打ち落とされ、白井院長は病魔達に両腕を腕ひしぎ逆十字、足は四の字固め、首四の字固め、さらにトドメとばかりにストンピングの嵐にみまわれていた。
「のおおおー! ロープ、ロープ!」
「やっぱりこうなったか……」
「なんか以前話に聞いてた状況そのまんまね」
「いや、むしろ悪い方向にパワーアップしてる」
横島は目の前の状況に呆れながらも、白井院長を救出するために病魔達に近づこうとする。すると、突如として白井院長に群がっていた病魔がパッと離れ、横島から距離を取った。
しばしの間続くにらみ合い、それに終止符を打ったのは一体の赤い病魔であった。その病魔は横島達を見据えたまま、何かの合図をするかのように二本の足を振る。すると、突然空中から巨大ななにかが横島達と病魔の間に降ってきたのだった。
「こ、これは……」
横島は突如目の前に降ってきた物体に目を丸くして絶句する。
その物体は脊椎に寄り添うように4本の巨大な支柱に支えられた6層からなる高層物体であり、その各層の周囲を頑丈そうなロープで囲まれていた。
「えっと……これはリング?」
「リングやな……それもプロレスでつかうヤツや」
「なんで6層もあるんでしょうか……」
「……これはまさか悪魔6……ということはまさかこの上に……いや、まさかそんな……」
横島の背後にいたタマモと刹那、それに小太郎はあまりにも予想外の展開にただ目の前のリングを呆然と見上げ、エヴァはなにやらこの状況に心当たりがあるのか、リングを見つめたままブツブツと何かを呟いていた。
その一方で、白井院長はというと――
「おお! これは我が青春のバイブル、それも最も熱きあの名作の再現ではないか! 燃える、燃えるぞー!」
――どうやらこの状況がいたくお気に召したらしく、白衣を脱ぎ捨て、熱き炎をその身に纏わせながら全身の筋肉を震わせるのだった。
「クケケケ! 宿主を助けたくばこのリングに上がってくるがいい! 我等を全員倒した暁には、この上におわす病魔将軍様が姿を見せるであろう!」
病魔の一体がそう叫ぶと同時に、6対の病魔はそれぞれリングの各層に飛び込む。どうやらこれを何とかしない限り、本当にこの患者を解放することは不可能なようである。
「……なあ、この脊椎粉砕して上にいる病魔将軍ごと滅ぼしちゃダメか?」
「そんなことしたらこの患者は一生立ち上がること出来なくなるでしょうが!」
「はあ、しゃあないか」
横島は燃え上がる白井院長とは対照的に、実に気だるげな仕草をすると、やがて何かを諦めたのか、重い足取りのままゆっくりとリングへ向かうのだった。
1層目
病魔ラッサ VS 桜咲刹那
「喰らえ! 神鳴流斬魔剣!」
刹那の放った奥義により、1層目を守る病魔は一刀のもとに切り伏せられるのだった。
「うきょぉぉぉ!」
同時刻、白井総合病院707号室において、ベッドで眠っていた患者が突如跳ね起き、奇声を発していたがその原因は不明であった。
2層目
病魔マールブルク VS 横島タマモ
「狐火ー!」
開始早々にタマモの放った狐火は、目の前の病魔をこんがりと狐色に焼き尽くし、これにより横島達はいとも簡単に2層目を後にするのだった。
「あぢゃぢゃぢゃぢゃー!」
さらに同時刻、白井総合病院707号室において、患者が突如50℃の高熱にうなされる事になったのだが、その原因は不明であった。
3層目
病魔デング VS 犬上小太郎
「喰らえやー! 狼牙ー!」
これまた開始早々に放った小太郎の技が綺麗に決まり、病魔は脊椎に叩き付けられてその生涯を終えたのだった。
「おぼぇぁぁー!」
同時刻、三度707号室において、患者が原因不明の脊椎の痛みにのた打ち回り、ナースコールを連打するのだが、それに対しての反応は一切なかったという。
4層目
病魔エボラ VS マジカルキティ
「氷爆!」
どうやら幽体離脱中は呪いの効果が弱まるのか、小規模ながら魔法が使えるらしい。そしてそのことを知ったマジカル――もとい、エヴァはニヤリと笑みを浮かべると、無謀にも自分に襲い掛かろうとする病魔に対して一切の躊躇をすることなく、魔法をたたきつけるのだった。
「寒い……体の芯から寒い……」
同時刻、もはや説明不要だろうが、とある病室で一人の患者が原因不明の寒気に襲われるのだった。
5層目
病魔ペスト VS 横島忠夫
「あー……いくらなんでもコイツら弱すぎないか?」
「……ゴングが鳴る前どころか、上のリングにむかってサイキックソーサーを叩きつけたアンタが言うセリフじゃないと思うわよ」
「兄ちゃんって絶対にヒールや……」
横島はエヴァが4層目をクリアすると、おもむろに4層目のリングの中央に立ち、無言のままサイキックソーサーを5層目にたたきつける。その結果、5層目で横島を待っていた病魔ペストは、横島の姿を見ることもなく、己に何が起こったのかもわからぬまま天に召されたのだった。
「……」
同時刻、とある病室で死神の誘導のもと一人の男が今まさに天に召されようとしていたが、いつの間にかナース服を纏った茶々丸が的確に処置を行い、その男は命を取り留めるのだった。
6層目
病魔インフルエンザ VS 白井院長
「来なさい」
「ってちょっと待てーい! おっさん、アンタさっきぼろ負けしたろうがー!」
リングの中央で往年のストロングスタイルの象徴である黒いパンツにリングシューズを纏った白井院長に、横島はリングサイドで思わず叫ぶ。しかし、院長はそれを声援と受取ったのか、J鶴田を彷彿とさせるかのようにその右腕を上げ、アピールするのだった。
「さあ、来るがいい! 現代医学は決して敗北はせぬのだ!」
「ビョォォォー!」
病魔と院長はリングの中央で互いの手を組み、渾身の力比べをする。その力比べはしばしの間は互いに拮抗していたが、いかんせん院長はただの人間であり、ゆっくりと病魔に押され始めた。
病魔は院長が自分の力を支えきれなくなったと悟ると、落書きのような顔をニヤリと歪め、院長をロープへと叩き付け、自らも反対側のロープへと跳び、その反動を利用して6本の足を利用した強烈なレッグラリアートを叩きつけ、それをまともに喰らった院長をリングの中央に沈めるのだった。
「あーあ、やっぱりこうなったか……さて、次は誰がいく?」
横島はあまりにも予想通りにマットに沈んだ院長を早々に諦め、次の代表者を送り込もうとタマモ達に振り返ろうとしたその時、突如としてリングの中央で大の字にダウンしていた院長がムクリとその身を起こした。
「なかなかやるな、さすがに世界に名だたる病の名を持つだけの事はある。しかし……診察は終了した、ならば次はいよいよ治療に入る!」
白井院長はそう言うとメガネをキラリと光らせ、油断していた病魔の一体の足を掴み、そのままジャイアントスイングをかける。
「うおおおお!」
1回、2回、3回、回転を増すごとにそのスイングスピードは上がっていく。そしてそのスピードが限界値に達した時、白井院長は病魔を掴む手を離した。
それはまるで弓から解き放たれた矢のごとく、病魔は横島のいるコーナーポストへと叩き付けられるのだった。
「真の現代医学とは病の技を受け止めてなお、それを完膚なきまで叩きのめす事にある。貴様の陳腐な技など現代医学の前には児戯に等しい!」
白井院長はそう言うとゆっくりとコーナーに崩れ落ちる病魔に近づいていき、病魔の前い来るとその足を止める。そしてようやく動き出そうとする病魔を冷徹な目で見据えたまま、その右手をゆっくりと天にかざした。
「ビョ!」
「ふむ、さすがはしぶとい。でならば君に見せてあげよう、現代医学の奥義という物を!」
病魔の前に立ちはだかった白井院長は、天にかざした手をゆっくりと病魔に向ける。すると、その手はいつの間にか手首から先が血の様に真っ赤に輝きだす。
「では喰らうがいい! 現代医学の奥義、
『手術室の赤い雨!』」
「ビョォォォォー!」
「いや、ちょっと待て、そのネーミングはまずいー!」
横島が叫ぶなか、白井院長は真っ赤に輝く手刀を幾度も病魔にたたきつけると、その奥義を喰らった病魔はゆっくりとその姿を消すのだった。
「術式完了、現代医学の勝利だ!」
「「「「「さっきの技のどこが現代医学だー!」」」」」
「うぼあああ、耳が、耳がー!」
同時刻、もはや説明するのもめんどくさいが、さっきまで死の淵をさまよっていた男が、耳を押さえてのた打ち回っている。ちなみにその原因は横島達の突っ込みにあるだが、それを知るものは誰もいなかった。
ファイナルステージ
病魔将軍(金)& 病魔将軍(銀) VS 白井院長 & 横島忠夫
「さあ、行くぞ横島君! 君に現代医学の奥義を見せてあげよう」
「いや、もうなんでもいいです、はい……早く終わってくれ……」
やたら気合を入れている白井院長と対照的に、横島はやる気の欠片もないような表情でパートナーの白井院長を送り出す。しかしそんな横島の思いとは裏腹に、この戦いはやたらと熱い白井院長を中心として、まさに名勝負と呼ぶにふさわしい攻防を繰り広げるのだった。
「48の救命術式が一つ、
現代医学バスター!」
「喰らうがいい、掟破りの
霊安室の断頭台!」
「見よ、これが封印されし禁断の技、
誤診スペシャルー!」
白井院長曰く現代医学の奥義が炸裂する中、戦いは佳境を迎えつつあった。
現在、横島は白井院長と共に、すでにかなりダメージを負っている病魔将軍(金)&(銀)を抱え上げていた。
「さあ、いくぞ横島君、これぞ現代学の最終奥義だ!」
「……」
もはや返事をする気力もないのだろうか、無言のままの横島を他所に、白井院長は無言のまま病魔将軍(銀)の股をかつぎ、空中高く飛び上がり、病魔将軍(銀)の頭を逆さまにむけ、両腕に足を乗せる。すると、それと同時に横島は病魔将軍(金)を逆さまに抱え上げると、同じように空中高く空を飛ぶ。
そして二人の影は空中でゆっくりと重なり、二人がドッキングした瞬間、凄まじい閃光が周囲を包み込んだ。
「これぞ現代医学の最終奥義、
現代医学ドッキングだー!」
閃光の向こうで白井院長の声が響き渡る中、やがて凄まじい激突音が周囲を揺るがし、その衝撃波は患者の体内全てを駆け巡る。
光に目をやられたタマモ達がようやく視力を取り戻した時、マットの中央にはまるで塔のように白井院長と横島がドッキングし、下には白井院長が現代医学ドライバーを決め、その上では横島が現代医学バスターを決めていた。
こうして目出度く患者から病魔を駆逐することに成功した横島達であったが、その同時刻、白井総合病院の707号室では――
「うきょきょきょきょきょきょー!」
――色々な意味で終わってしまった患者が、茶々丸に生暖かい視線に見つめられながらゆっくりとベッドへ崩れ落ちるところであった。
5分後。
「あー、疲れた……あのおっさん、確実に向こうよりパワーアップしてたぞ」
「あは、あはははは、やっぱり世界が違うと色々違うのかも知れないわね……
そういえばアヤカと横島の同一存在疑惑は晴れていないし」
横島とタマモは幽体離脱を終え、体に戻るとお互いに冷や汗をかきながら遠巻きに白井院長の後姿を見つめていた。
一方、病室の脇では事態の推移に翻弄された刹那達がヒソヒソと話し込んでいる。
「しっかし現代医学って強いんやなー」
「小太郎君、それ絶対に違います」
「むしろあの男が現代医学を口にするのは医学に対する冒涜だと思うんだが」
「ですがマスター、白井先生の腕は確かですよ」
そんな彼女達を他所に、白井院長は患者の状態を確認するとにこやかに横島に話しかけた。
「横島君、君達のおかげで患者は完全に普通の状態に戻ったようだ、ありがとう」
「あはははは、俺達は何もしなかったような気もしますが」
「そんなことはない、君達がいなければ彼を助けることなどとても出来なかった」
「とろでさ、その患者はなんの病気なの?」
横島と白井院長の会話に割り込む形となったが、タマモは純粋に好奇心から患者の病名をたずねた。
「ふむ、正確に言えば彼は病気ではないのだよ」
「病気じゃないの?」
「うむ、この患者は以前警察病院に入院していたんだが、最近ウチに転院してきてね。どうやら以前そうとう強いショックを受けたららしく、何かに対してひどく脅えていたんだが、ある日を境にこのような症状を起こしたんだよ」
「警察病院?」
「そうだ、なんでもこの患者は……お、患者の意識が戻ったぞ」
白井院長は患者の説明をしようとしていたが、途中で患者の意識が戻りつつある事に気付いた。
「うーん、ここは? なにかひどい夢を見たような……」
「おお、目が覚めたようだね、気分はどうだい?」
患者は目を覚ますと、自体が把握できていないのか呆然としている。だが、だんだん意識がはっきりしてきたのか、キョロキョロとあたりを見渡すとある一点でその視線を固定させ、急激に顔色を無くしていた。
「君は今まで眠っていたんだが……どうした、気分でも悪いのかね?」
患者は白井院長の呼びかけにも答えず、相変わらずある一点を見つめている。
「き……」
「き?」
「金髪の悪魔ぁああああ! 兄貴ぃいいい助けてくれー!」
患者は見つめていた場所、すなわちタマモを見ると急に叫びだし、部屋の隅へ頭を抱えながら逃げ出していった。
「タマモ、おまえコイツになにかしたのか?」
「知らないわよ、こんなヤツには会った事ないわ」
タマモは何故か初対面にも係わらず、自分を見てひどく脅える患者に憮然とした表情を向ける。だが、その患者は明らかにタマモに脅え、そして決定的な叫び声を口から放った。
「ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤァアアアアア!」
「むう、これはいかん。すまんが横島君達は今日のところは引き取ってくれたまえ、報酬は明日にでも振り込んでおく」
横島はこの場にいても何も出来ないのと、何よりも患者が明らかにタマモに脅えていることもあるため素直に部屋を辞し、帰宅の途に着くのであった。
ちなみにタマモと横島はこの患者の事を完全に忘れているようだが、実はタマモ達はこの患者と面識がある。それは修学旅行からしばらくの後、横島邸への強盗を企み、寝ぼけたタマモ達に完膚なきまでに叩きのめされ、ゴミ捨て場に放置された二人組みの片割れであった。そして、彼が病魔に侵されたその原因は、やはり横島達との接触であったのだ。
病魔、それは本来なら横島のいた世界にいた悪魔の一種であり、この世界に病魔を持ち込んだのは紛れもなく横島とタマモの二人である。横島とタマモはこの病魔に対して耐性のようなものを持っていたため、病魔の影響下になることもなく、普通に過ごせ、なおかつその接触した人物達もあらゆる意味で常人を超越した者達ばかりなので表立って影響は出なかったのである。
しかし、その中で唯一の本当の意味での一般人であるこの男は見事に横島から病魔を感染させられ、なおかつ精神的に多大な影響のあるトラウマを持ったため、見事に発症したのだった。
ちなみに、横島の文珠が効かなかったのは横島の霊力に病魔が慣れてしまっていたことが大きい。
「ハンマーはイヤァァァアアアア!」
「ええいい、落ち着きたまえ。やむをえん、48の救命術式が一つ現代医学スパーク!」
「グヘ!!」
横島達がいなくなった病室でまた一つ現代医学の奥義が炸裂し、ネギま世界への侵食は主だった場所をはずれ、医学界の一角に一つの橋頭堡を作り出していたのだった。
第31話 end
「やれやれ、確かに面白いものは見れたがあの医者はいったいなんだったんだ?」
病院から家に帰ったエヴァは今日の出来事についてぼやきながら部屋でまったりと過ごしていた。そんなエヴァに茶々丸が声をかける。
「マスター、お食事の用意が出来ました」
「おお、もうそんな時間か、今行く」
エヴァはそういうと食卓向かい、席に着いた。
「今日のメニューは子牛のソテーに季節のサラダ、そして特製のデザートになります」
「ふむ、相変わらずいい出来だ」
「感謝の極み」
エヴァは舌鼓を打ちながら優雅に食事を進めていく。食事はオードブルから始まりメインディッシュへ進み、残すは最後のデザートのみとなった。
「本日のデザートはプディングでございます」
茶々丸は冷蔵庫から冷やしていたプディングをエヴァの前に置いた。そのプディングは綺麗なキツネ色に焼き上がり、とても食欲をそそる外観であった。
「ふむ、これは美味しそうだ。それでは……ム!」
パタリ
エヴァは目の前のプディングを口にすると急に顔を青ざめさせ、そのまま力尽きたかのように机に突っ伏した。
「成功……のようですね、やはりシメサバが決め手でしたか」
「オイ、妹ヨ。ドウイウコトダ」
チャチャゼロは急に倒れたエヴァにあわてながらも、その原因のような事を口にした茶々丸を問い詰める。
「いえ、今日タマモさんに珍しい料理のレシピを教えてもらいましたのでそれを私なりにアレンジしてみたんですが」
「イッタイ何ヲ食ワセタンダ?」
「カスタードプディングにジューサーにかけたシメサバと練からし、あとは酢とわさびで煮込んだ餡を加えたものなんですが」
「ソレハ本当ニ食イ物カ? マアドウセゴ主人ガ食ウンダカラ別ニイイケドナ」
「ともかくこれで幽体離脱プディングの完成です……ところでマスター、何をそんなに怒っているのでしょうか?」
茶々丸は手にした幽体離脱プディングを掲げながらエヴァの方を見る。
そこにはエヴァの体の脇に幽体離脱したエヴァが顔を真っ赤にして茶々丸たちを睨みつけていた。
「貴様の胸に聞いてみろー!」
その夜、麻帆良の森にすさまじい爆発音が響き渡ったという。
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