「ふむむむむむ……」


 とある日の夕方、小太郎は机に向かいながら頭を抱えていた。何故小太郎が頭を抱えているのか、それは本来肉体派である少年が宿題に頭を悩ませているという、ごく自然な現象――とはまるで違う理由からであった。
 小太郎はうなり声を上げながら、机の上に置いた紙を再度読み返す。どうやらその紙に書かれている内容こそが小太郎をして苦悩させている原因のようなのだが、いかんせん何遍読み返そうと、その紙に書かれた内容は変わる事は無い。


「うーん、これはタマモ姉ちゃんや兄ちゃんに見せんとアカンのやけど、もしこれを見せてもうたら……」


 小太郎は目の前に置いてある紙を見つめながら、その紙を横島とタマモに見せた事によって引き起こされる事象をシミュレートしてみる。


「……あかん、ぜったいにただじゃすまんわ。下手したらいろいろな意味で何かが終わってまう」


 いったい何を想像したのだろうか、小太郎は怖気を振り払うかのように頭を振ると、机の上に広げていた紙をゆっくりと掴み、その紙を教科書の間に挟んで引き出しの中にしまう。


「これでよしっと、ここなら万が一にも見つかる事もないやろ、下手にゴミ箱に捨てると余計にヤバそうやしな」


 小太郎は自分の考えた隠し場所に満足そうに頷くと、椅子から立ち上がってお気に入りのニット帽をひっつかみ、玄関へ向かって走り出していくのだった。


「タマモ姉ちゃん、俺はネギのとこにいってくるからなー!」

「6時には戻ってきなさいよー」

「わかっとるって、ほんじゃいってくるでー」


 小太郎はタマモに答えると元気よく飛び出して行く。その表情はその直前まで普段使わない頭を酷使した反動のせいか、それともこれから始まるネギとの勝負に対する戦闘民族的思考からなのか、とてもさわやかであった。
 




「行ったな……」

「行ったわね……」


 小太郎の姿が見えなくなったころ、玄関から横島とタマモがひょっこりと顔を出す。横島達は小太郎の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、主のいなくなった部屋、つまり小太郎の部屋へと向かって行く。


「小太郎ったら私達に隠し事するなんて水臭いわねー」

「俺たちに見せたらやばいものか、なんだろうな?」

「案外横島の大好きな系統だったりしてね」

「まさかいくらなんでも……いや、俺もあれぐらいのころにはもう1、2冊持ってたな」


 横島は己の過去を思い出しながらも歩を進め、子供の成長を生暖かく見つめる父親のような表情をしながら小太郎の部屋の前に到着する。その一方で、タマモは子どもの部屋を掃除(家捜し)する母親気分を満喫するかのように横島の後でスキップをしていた。
 どっちにしても、対象となる子供にとってははなはだ迷惑極まりないのだが、ここでそれを言うのも些か野暮であろう。ともかく、小太郎の部屋に到着した二人は互いに視線を交わすと無言で頷き、即座に状況を開始するのだった。
 ちなみに、横島が探す場所は定番であるベッドの下はもとより、辞書のケース、デスクマットの裏、引き出しの裏、はては押入の天井裏といった所を的確に捜索し、タマモは小太郎の教科書をめくりながらも横島の想定した隠し場所をしっかりと心に書き留めていたりする。そしてこれが後の悲劇につながるのであった。


「さーて、本当にそっち系の本があったらやっぱり基本に従って机の上においておくべきよね」

「鬼かお前は、アレは本当につらいんだぞ。しかもその時の帰り際のおキヌちゃんの笑顔といったらもう……」


 横島はその昔、おキヌが自分の部屋を掃除して帰った後、コタツの上に鎮座する系統別に整理された多数の宝物を目にした時の悪夢を思い出していた。
 ちなみにあとでチェックしてみると、宝物の中から50%以上を占めていた巨乳系のものが姿を消していたが、その犯人は今でも不明である。いや、不明であったと思いたいというのが横島の心情であろう。


「冗談よ、本当にそんなことするわけないじゃない。それよりさっさと探すわよ」


 タマモは過去の悪夢を思い出して震えている横島を他所に、小太郎の机を物色していく。


「あれ、これって……」


 タマモは引き出しにしまってあった教科書の中から一枚の紙を見つけた。それはまさしく小太郎が隠したものであった。


「何か見つけたのか?」

「ねえ、これ見て」


 横島はタマモによって目の前に突き出された紙を改めて見る。それは当然横島の大好きな系統のものでもなく、いたって普通の書類であった。
 横島とタマモは二人で顔を寄せ合いながらその紙に書かれた文字を読んでいく。


 その紙には上のほうに大き目の強調文字でこう書かれていた『授業参観のお知らせ』と。


 後に死神はこう語っている。その連絡文書を見つけた時の二人の顔は新しいおもちゃを見つけた子どものようであったと。ともかく、これにより小太郎の学校生活はまさに乱世の様相を迎えるのであった。





 第32話 「新しい家族、その絆」






 横島達による家捜しより二日後、小太郎は学校で平和を謳歌していた。学校で受ける授業は小太郎にとっては退屈だし、ネギのように『強敵』と書いて友と呼べるような相手もいない、しかしここにはまさしく平和が存在していたのである。
 ちなみに二人とも『生贄』と書いて友と読んだほうがより適切なような気もするが、そこは小太郎とネギの精神安定のためにも触れないでおくほうが正解であろう。ましてやなんに対しての『生贄』なのかにいたっては詮索厳禁だ。
 ともかく、小太郎は横島邸で繰り広げられる日々の騒動から開放されるかのように平穏な学校生活を堪能している。そして現在の時間は昼休み、小太郎はタマモ謹製の弁当を食べ終わり、昼休みの喧騒から外れた自分の席でまどろみに身を任せていた。そんな中、小太郎に話しかける女の子がいた。
 

「ねえねえ、小太郎君」

「んあ……なんや?」


 小太郎は眠たそうに顔を上げると、そこには小太郎が転校してからなにかと世話を焼いている少女が目の前に立っていた。


「今日の参観日は誰が来るの? お父さん? それともお母さん?」


 その少女は笑みを浮かべながら小太郎に聞く。それに対して小太郎はその質問に少々戸惑いながら目を逸らすが、やがてためらいがちに口を開いた。


「俺には両親はおらんのや、せやから……」

「あ……ごめんなさい、その……」


 少女は触れてはいけない話題と気付き、申し訳なさそうな顔をして小太郎を見上げる。だが、少女が見上げる小太郎の表情はいつもどおりであった。事実、小太郎は一人であった時間が圧倒的に多く、彼にとって両親がいないということはもはや当たり前の事であり、傷として残っているわけではない。
 しかし、その質問をした少女としては、小太郎のそんな事情を知るよしもなく、そのため触れてはいけない物に触れたよう目を見開くと、小太郎に頭を下げた。


「ええんや、気にしとらんから。それに今は兄ちゃんと姉ちゃんに世話になっとるからな」

「じゃあ、今日はお兄さんが来るの?」

「来いへんよ、知らせとらんからな」

「どうして?」

「聞かんでくれ、いろいろと事情があるんや」


 小太郎はそう答えると、話は終わりとばかりに再び机に突っ伏して再び惰眠をむさぼり始める。少女はそんな小太郎に近づきがたい何かを感じ、これ以上会話を続ける事もなくゆっくりと小太郎の机から離れていく。そして誰も小太郎に近づこうとしない中、小太郎はゆっくりとまぶたを閉じ、今度こそ小太郎は誰にも邪魔される事なく、つまり話しかける友人もいないまま眠りの園へと旅立ってゆく。
 小太郎が転校してよりすでに5日、まだ小太郎はクラスに馴染んではいないようだった。
 





 小太郎が一人惰眠をむさぼっているころ、タマモは食事を終えると鞄をひっつかみ、赤い帽子をかぶった配管工のヒゲ親父も真っ青の速度で廊下を駆け抜けていく。ちなみに今の時間はタマモが昼食を終えたことからわかるように昼休みであり、廊下には他の生徒達がひしめき合い、とても高速で駆け抜けるスペースなどはない。しかし、タマモの走る姿を確認した他の生徒は、即座に巻き込まれないように道を空けるので、まるでモーゼの十戒のような様相がそこかしこで見られる状態となっている。
 何故このような現象が起こるのか、それはタマモが3−A以外の一部生徒からはそのクールな外観もあいまって『女帝』として本人のあずかり知らぬところで崇拝され、さらに他校の生徒からは『麻帆女の鬼姫』と呼ばれるなど、その数々の異名を持つがゆえとしか言えない。故にタマモの姿を目撃した生徒達は目をキラキラとさせながら――少数ながら恐怖に顔を歪ませる生徒もいたが――タマモに道を開けるのだった。
 そんな『女帝』タマモに無謀にも叱責の声をかける勇者が存在した。


「タマモさん、廊下は静かに! そもそも帰り支度をしていったいどうしたんですか!?」


 タマモに声をかけた人物、それは3−A屈指の良心であり、同時に起爆剤でもあり、さらにタマモの親友と言うポジションに収まったいいんちょこと雪広あやかであった。


「あ、アヤカいいところに。私は早退するからネギ先生に伝えといてね」

「早退って、そんな突然……いったいなにがあったんですの?」


 タマモはあやかに早退の理由を手短に話そうとすると、3−Aの方から一陣の風がタマモに追いすがってきた。


「タマモさん、教室を急に飛び出して何かあったんですか!? もしかして敵が!」


 その風の正体は夕凪を手にし、いつでも戦闘態勢に移行できるようにしている刹那であった。どうやらタマモの突然の行動に、何か緊急事態が発生したものと勘違いしているようである。


「落ち着いて刹那、何も無いから。ちょっと時間が押してるだけ」

「時間ってなんなんです?」

「今日はこれから小太郎の授業参観があるのよ。それで私はそれに出るために早退するの」

「小太郎君の授業参観ですか? でもそういうのは普通横島さんとかが行くんじゃ?」

「刹那……あの横島が一人で授業参観に行ったらどういう行動するか想像できない?」


 刹那はタマモに言われてあらためて横島の行動をシミュレートしてみた。
 小太郎はまだ10歳の小学生、ならばその同級生の親はまだ30代前半、下手をしたら20代の奥様もいるであろう。ましてや新任の若い女教師などもいるのである、それを前にした横島のとるであろう行動は一つしかなかった。


「……タマモさん、私も行きます!」


 刹那はタマモの両手をがっしりとつかみ、目を異様に光らせながらタマモに迫る。それはタマモをして思わず後ずさりしそうになるほどの迫力が込められていた。


「べ、別にかまわないわよ、うん。というわけでアヤカ……ってどうしたの黙りこんじゃって?」


 タマモは刹那の迫力に冷や汗を垂らしながらも、ともかく小太郎の下へと向かうために早退すべくあやかに伝言を頼もうとしたのだが、当のあやかは何かを考えことをしているのか、先ほどから顎に手を当て、何かを考えるような仕草をして沈黙している。あやかはそのまましばしうつむき加減で何かを考えていたようだが、やがてふと顔を上げると先ほどの刹那と同じようにタマモの手をがっしりとつかみ、刹那以上の鬼気をまとわせながらタマモに迫った。


「えっと……アヤカさん?」

「タマモさん……ぜひともお願いがあるのですが」


 タマモは刹那おも凌駕しそうなその迫力にかなりビビっていたが、九尾の矜持にかけて後ろに下がるわけにはいかないため、なんとかその場所に踏みとどまることに成功し、心の平静を装いながらあやかの言葉を待つ。もっとも、もしタマモがシロのように尻尾を常時出していたなら間違いなくその尻尾は股の間に仕舞われていたことだろう。


「お願い?」

「あの……私も同行してよろしいでしょうか」


 タマモをビビらすほどの迫力を込めたあやかの願い、それは小太郎の参観日に自分も行きたいということであった。タマモとしてはいささか拍子抜けの感のある程度の願いではあるのだが、もしここでそれを断ったら明日の朝日が拝めなくなるような気がする。タマモは本能的にそう察知すると、やや戸惑いながらあやかに了承の意を伝える。


「それは別にかまわないけど、なんでまた?」

「小太郎君には両親がいないのですから私もと思いまして……いえ、けっして横島さんが小太郎君の兄として不服とかそう言うわけではでは無いんですが」


 あやかはまるで何かに言い訳するようにワタワタと両手を振りながらあわててタマモに答えるが、その内容は支離滅裂であり、いまいち要点をえない。そんなあやかを生暖かく見つめていたタマモだったが、何かに気付いたのか急に意地の悪い笑みを浮かべてあやかに話しかけた。


「で、本音は?」

「それはもちろん小太郎君の勇姿を見るついでに美少年達の園に……」


「……」


 誘導尋問ですらないタマモの素朴な問いに、あやかは己の本音――建前も本音もないのかもしれないが――を漏らし、タマモとあやかの間に微妙な沈黙の幕が降りる。
 

「……あやか……あんた最近本気で横島に染まってない?」

「……なんかこう、精神的な意味で私たちの誰よりも横島さんに近いのかもしれませんね」


 しばしの沈黙の後、タマモはがっくりとうなだれ、刹那もまた呆然としたままつぶやくのだった。
 この時二人は思った。もしあやかが横島に対して好意を持ってしまったら最大のライバルになると――


「さあ、早く行きますわよ! 小太郎君の勇姿を見るためにも一刻も早く!」


 ――もっとも、それは杞憂にすぎないだろう。ともかく、三人はその後ネギへの伝言を残し、小太郎の下へと向かうのだった。


「タマモさぁぁぁぁん!」


 ネギの絶叫を背にしながら。



 ネギは昼食を終えると気分転換の為に散歩をしようと思い立ち、廊下を歩いていた。
 すると突然ネギの目の前、わずか5cmのところを何か巨大なものが通過し、その直後に自分のすぐ脇ですさまじい破壊音が響き渡った。
 ネギは突然の事態にしばし硬直していたが、やがてゆっくりと顔を破壊音がしたほうへ向けた。


「こここここれは……」


 ネギの視線の先には巨大なハンマーが壁に深くめり込んでいた。


「なんでハンマーが……ってこんなことが出来るのはタマモさんしかいませんよね」


 ネギは一瞬誰が犯人かと思案しそうになったが、こんな芸当が出来るのはタマモのみであることに思い至り、ため息をついて事態を収拾しようとハンマーの側に近寄った。すると普段なら『100t』と書いてある部分になにやら別の文字が描かれていることに気付き、ネギはその文字を声にだして読む。


「ネギ先生へ。私と刹那とアヤカは所用で早退します、あとはよろしく。by横島タマモ PS 壊れた壁は直しといてね♪……タマモさぁぁぁぁん!」


 ネギの叫び声が廊下に響き渡るころ、当のタマモ達は廊下を駆け抜け、今まさに校門から外へ出るところであった。





 昼休みが終わりに近づくにつれ、生徒の父兄が教室の中に入ってくる。それゆえ教室内のざわめきは父兄が現れるたびにだんだんと大きくなっていく。そんな喧騒につつまれる教室片隅で、小太郎はただひたすらに一人で惰眠をむさぼっていたが、そんな気だるい午後は一人の青年の登場により終わりを告げようとしていた。
 その青年、つまり横島忠夫は小太郎の教室の前に立ち、廊下の窓から教室の中を覗き込んでいる。
 

「えっと小太郎はっと……お、いたいた」


 横島は小太郎の姿を確認すると扉を開け、ゆっくりと小太郎に近づいていく。横島は気配を殺したまま、眠っている小太郎のすぐそばに立つと、おもむろに拳をふりあげ、それを小太郎の頭に向けて振り下ろした。


 ゴチン!



 子ども達の喧騒に包まれた教室の中に、実に痛そうな音が響き渡り、その音源の主は即座に目覚め、頭を押さえて立ち上がった。


「いってえ! 何すんねん……って兄ちゃん!」

「おう、起きたか。しかし小太郎、子供の癖に昼休みに寝るとは覇気がないなー」

「な、なんで兄ちゃんがここに?」

「なんでって、今日はおまえの授業参観だろ。なら当然じゃないか、あとタマモも来るって言っていたからもうすぐ来ると思うぞ……って言ってるそばから来たみたいだな」

「な、なんやてー!」


 小太郎は横島の言葉を聞いてあわてて廊下の方を向くと、そこにはちょうど教室へ飛び込んできたタマモと刹那、そしてあやかが大きく息をつきながら入り口を占拠していた。
 タマモはしばらく教室内をキョロキョロと見回していたが、横島と小太郎の姿を見つけると手を振りながら横島のもとへと走ってくる。


「やっほー、小太郎来たわよー!」

「タマモ姉ちゃんまで……あかん、終わった。さようなら俺の平和な学校生活……」


 小太郎はタマモの姿を認めると頭抱えながらゆっくりと机に突っ伏した。その姿はまるで開幕スタートダッシュを失敗した某球団の監督のごとく悲哀に満ちていたという。
 タマモはそんな小太郎の姿に小首をかしげるが、気を取り直してあらためて横島の方へ振り返る。その表情は嘘を許さぬ地獄の獄卒、いやむしろ閻魔大王を背後に背負っているかのようであった。


「ところで横島」

「なんだ?」

「あんた私たちが来るまでに先生とか他の母親にセクハラしてないわよね……」


 タマモは背後にゴゴゴゴといった擬音を背負いながら横島を問い詰める。その姿はまさに夜叉のごとく迫力に満ち、周囲の父兄および生徒たちは即座に横島たちから距離をとっている。そんな周囲を暗黒空間に引きずり込むような空気の中、横島が答えた回答はタマモはおろか刹那やあやかの予想を完全に覆すものであった。


「んなことするわけないだろうが、俺だってその程度の常識は……ってアヤカちゃん、なんでそこで距離をとるの? それにタマモと刹那ちゃん、その手にした得物をいったいなんに使うつもりだ?」


 横島はハンマーと鞘つきの夕凪を手にしたタマモと刹那に不穏な気配を感じてじりじりと後ずさるが、やがて窓枠に背中が当たり、それ以上後ろにいけなくなってしまう。
 

「横島……」

「横島さん……」

「な、なんでございましょうか」


 横島はゆっくりと自分ににじりよる二人に恐怖しながらも、一縷の望みをこめて声をかける。だが、それは次のタマモのセリフではかない望みだったと思い知るのであった。


「あんた偽者ね! 横島がこんなに女の人を前にしてセクハラしないなんて、ネギと小太郎を前にしたアヤカがなにもしないくらいにありえないわ!」

「本物の横島さんを返してくださーい!」

「タマモはともかく刹那ちゃん君もかー!!」

「ちょ! タマモさんそれはいったいどういう意味ですかー!」


 横島の叫びもむなしく、にじり寄った彼女たちは本来の横島を取り戻さんと偽?横島に制裁を加えていくのだった。もっとも、その制裁はさすがに周囲の目を意識したせいか、普段と比べれば5割は優しいものであったのだが、それでも初見の一般人にはいささか辛いものであった。


「こ、これやから知らせとうなかったんや」

「まあ、気持ちはわかりますが、横島さんもタマモさんもちゃんと小太郎君のことを心配して見に来たんですよ」

「せやろうか?」

「そうですよ、タマモさんなんか一刻も早くここに来るためにいろいろと無茶してましたし」


 あやかは頭を抱える小太郎のそばに立つと、励ますように声をかけ、タマモがここに来るまでの経緯を話して聞かせる。すると小太郎は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべ、相変わらず制裁を加え続ける二人を見た。


「もっとも、この様子ですと明日からの学校生活は大変かもしれませんね……」


 あやかは小太郎を微笑ましく見つめながらも、横島への魔女裁判を行なっている二人を改めて見て小太郎の行く末にそっと涙を流していた。その後、授業開始のチャイムが鳴り響くまで横島は釜茹でに逆さ磔、さらには電気椅子といった責め苦にさいなまれたという。





「まったく、俺がセクハラせんかったらいかんのか」

「あははは、ごめんなさい、あまりにも予想外だったからさ」

「も、申し訳ありませんでした、しかし今までの横島さんの行動を考えるとつい……」


 あれから数分後、横島たちは教室が壊滅したために急遽授業が体育に変更され、現在は校庭で小太郎達がサッカーをするのを眺めていた。


「だいたいなんでセクハラしなかったの? セクハラしない横島なんてお揚げとうどんの無いキツネうどんみたいなもんじゃない」

「えらい言われようやな、俺だって大人なんだからさすがにこんな席でセクハラやったらヤバイつーことぐらいわかるわ、それに子どものころ同じ状況で親父にえらい目にあわされたこともあったしな」

「横島さんのお父様ですか?」

「そういえば横島の両親って私も良く知らないのよね、どういった人なの?」


 タマモと刹那は横島を育て上げた両親に思いをはせる。まあ、今の横島を見れば簡単に想像が付くのだが、息子よりパワーアップしてるのか、それともパワーダウンしているのか実に興味がそそられる。それゆえタマモ達は微妙にワクワクしながら横島の答えを待つのだった。
 横島は妙に目をキラキラとさせている二人に戸惑いながらも、頭をかきながら自らの両親について話した。


「んー親父はまあアレだ、俺と同等以上の煩悩を持ってて、尚且つど素人の癖に気合で低級霊を粉砕する化け物だな、正直今でもガチで勝負したら勝てるかどうかわからん。オカンは美神さんと互角以上の勝負を繰り広げてたぞ、そして俺じゃあ絶対に勝てん……」

「き、気合で低級霊を粉砕って、しかも横島さんでも勝てないなんて……」

「あ、あの美神と互角以上! 本気で化け物ファミリーねあんたの一族は」


 刹那とタマモは常識破りの横島の両親の話を聞き、そのあまりにも人間離れした在り様に冷や汗を流していた。


「まあ、ヨコシマの両親が化け物というのは判ったけど、それと今回のセクハラ未遂がどんな関係があるの?」

「言ったよな、俺の親父は俺と互角以上の煩悩を持ってるって……」

「まさか横島さんのお父様は参観日に……」


 刹那は横島が言わんとしている事に気づいたのか、顔を硬直させながら横島を見つめる。


「そのまさかだよ、あのクソ親父は俺が小学生の時に珍しく参観日に来たと思ったら、当時の担任とダチのオカンを授業中にもかかわらずナンパしやがって。しかもそのすぐ後にオカンが乱入してきて授業はメチャクチャ……子供心にアレは恥ずかしかった」

「な、なんとも壮絶な子供時代だったんですね」

「ああ、おかげで俺は誓ったね、俺が子供の授業参観に行くときには絶対にセクハラはしないって……」

「どうせなら普段の行動にもその誓いを立ててほしいもんだけどね」


 タマモはそんな誓いを立てながらも普段の行動において反省の色のない横島に、諦めを大量に含んだため息をついた。ちなみに、横島が話した過去には続きがある。
 横島は両親が引き起こした騒動の結果、しばらくのあいだクラスメイトにからかわれ続け、当時はまだ比較的純真だった横島の心に少なくない傷を負うことになったのである。だが、横島はそれを両親に言うこともなく耐え続け、そして二ヵ月たった後運命の日が訪れる。


 今、その当時を知るものがいれば、あの時のことをこう言ったであろう――


 ――『その時歴史は動いた』と。


 その日、彼のクラスメイトが目にしたのは、同級生のスカートをめくり、高笑いを続ける横島の姿であった。どうやらあまりにもからかわれ続けたストレスからの自己防衛のためなのか、それとも血による因果なのかは不明だが、横島はその日、ついにセクハラ魔人への第一歩を歴史に記したのだった。
 そしてそれが横島の眠っていた偉大なる煩悩が開花し、ひいては後の世に世界を救った英雄モドキが生まれた運命の一日であった。



 横島の過去話が佳境に入るころ、肝心の小太郎はあやかの声援を受けながらグラウンドを走り回っていた。だが、その動きはなぜか精彩を欠き、どこか遠慮しているふうに見受けられる。
 小太郎はボールを取ると、一気にゴール前へ走りこんでいくが、誰も小太郎についてくる者がおらずやがてボールを取られてしまっていた。


「どうしたんだ小太郎のやつ、本気を出せないといってもいくらなんでも動きが悪すぎるぞ」

「手加減の感覚がわからないんでしょうか?」

「ねえ、さっきから見てて気づいたけど、小太郎ってなんか孤立してない?」


 タマモは横島と話をしながらも小太郎をずっと見ていたのか、小太郎と他のクラスメイトとの間になにかぎこちなさがあることに気付いた。もっともそれはイジメといた陰湿な感じではなく、ただ小太郎も含めてお互いにどうやって接したらいいのかわからないと言った風な感じである。
 普通に考えるならいかにも腕白小僧という感じの小太郎はすぐにでも打ち解けそうな感じがするのだが、実際には小太郎が今まで同年代の子供との付き合ったこが無いと言う経験不足と、さらに小太郎は自分より格下の者を見下してしまうと言う悪癖もあいまって、小太郎は孤立したような状況となっているのである。しかし、これは小太郎にとって無理も無いことであった。
 今までは子供でありながら自力で生活の糧を得るために大人と同等の扱いを求め、本来子供の楽しみというものと無縁だった小太郎にとってクラスメイトの少年達はどう接したらいいか分からない存在であった。
 そういう意味ではネギと小太郎は非常に良く似た存在でもある。また、だからこそこの二人は好敵手として互いに認め合う存在たりえるともいえよう。


 「ふむー、どうしたもんかなー」


 横島はタマモの言うとおり小太郎が孤立していると認めると、なにやら思案顔となる。そしてしばしの時間の後、横島は何か良い考えが浮かんだのか、外野で審判をしている担任に向かって歩いていく。そして担任となにやら話すと今度は他の保護者の下で何か相談しだし、しばらくすると話がまとまったのか、数人の男親と共にグラウンドに入る。


 そして5分後――




「さあ小太郎! この俺を超えて見せるがいい! ちなみにお前達が勝ったら全家族参加での焼肉パーティーな」

「いくらなんでも大人相手にガキばっかで勝てるかー!」
 

 ――いつのまにか体育の授業参観は、横島を含めた大人11人 VS 子供全員(30人)という変則試合が始まっていた。

 普通ならいかに人数的ハンデがあろうとも大人相手に子供が勝てるわけないのだが、さすがは食べ盛りのお子様達である、勝てば焼肉パーティーと聞いて一部の生徒のやる気は一気に上昇し、その気勢はまさに天に昇らんばかりである。
 だが、それでも大人と子供、その運動能力の差は明らかであり、さらに始末の悪いことに社会人サッカー部に所属している親も3人ほどいるため、小太郎達はどうしても大人陣営に攻め込む事が出来ないでいた。
 そんな中、やがて試合は動き出し、ボールを持った横島が非常識極まりない機動で子供陣営に攻め込んでいく。
 他の親は子供相手ということもあり、十分に手加減しているようだが横島だけはどうやら本気を出しているらしく、普通の子供では何人束になってかかろうともボールに触れることさえ出来ないでいた。だが、そんな横島の前に立ちはだかり、その動きを止めた子供がいた。そう、小太郎である。
 小太郎は横島の前に立ちはだかると、横島が持つボールを奪わんと果敢に挑んでいく。しかし、横島はそれに対して非常識極まりない動きで小太郎を翻弄しながらゴールへと突き進んで行った。

 ちなみにこの時の横島の動きを具体的に言うと。


 1 ボールを胸にトラップしたままボールを落とさずに走り抜ける。

 2 ボールを足に挟んだままの逆立ち行進。

 3 ポケットに忍ばせた"操"の文珠でボールを自由自在に制御


 はっきり言ってすでにサッカーではなくなっているような気もする。特に最後の文珠使用については反則以外何者でもないであろう。
 ともかく、あまりにも非常識かつ汚い横島に、周りで小太郎と横島の一騎打ちを呆然と見ている子供たちからだんだんと横島への罵声が聞こえ始め、そしてやがてそれは孤軍奮闘する小太郎への声援と変わっていく。中には小太郎に加勢する子の姿も見られるようになってきた。
 やがて横島は小太郎を含めた5人の子供たちに完全に包囲され、動きが取れなくなるまで追い詰められていた。


「や、やっと追い詰めたで……」

「むむむ、なかなかやるじゃないか。だがこのままただで負けると思うなよ!」


 横島はそう言うと最後の賭けとばかりに小太郎へ向かって突進する。だが、小太郎は横島の動きを冷静に見切り、そして二人は交差した。


 ――その時、グラウンドを埋め尽くす歓声があがった。


「今や! 全員攻めあがれー!」

「「「おおー!」」」
 

 横島から見事ボールを奪った小太郎は、号令をかけると一気に大人陣営へと攻め込んでいく。その後には、サッカー部を中心として大勢のクラスメイトが小太郎をフォローすべく後につづいていた。
 ちなみにそのさらに後方には、子供たちに押しつぶされ、踏みつけられた横島がグラウンドの肥やしとなっていたのだが、それをいちいち気にする者などここにはいない。


「小太郎君、うまくクラスに溶け込めそうですわね」

「共通の敵を作り出して仲間意識を持たせる……横島さんはこうなる事を狙ってやってたんでしょうか?」

「さあね、アイツは素でそういうことをやってのけるから判断は難しいけど、今回は狙ってた感じね、でなければこんなイベント考え付くはずないし」


 グラウンドの脇でタマモ達はクラスに溶け込みだした小太郎を微笑ましく見つめており、あやかにいたっては身を挺して小太郎をクラスになじませた横島に対して、涙を流さんばかりに感動していたりする。


「しかし、これで小太郎君はもう大丈夫みたいですね。あとはこの試合に勝てば小太郎君は確実に受け入れられるでしょう」

「そうね……けど勝つのは簡単にじゃなさそうだわ、まったく横島ったら目的は達したんだから何も同レベルで張り合わなくてもいいのに」

「意外と勝負事に熱くなるタイプなんでしょうか?」
 

 タマモ達は改めてグラウンドを見ると、そこにはいつの間にか復活した横島が再びボールを奪い取り、高笑いを上ながら子供たちから逃げ回っていた。実に大人気ない姿である。


「アイツを相手にするには小太郎一人じゃきついってことか……刹那、私達も出るわよ」


 タマモはそう言うと刹那を伴い、小太郎に加勢するためにグラウンドに出ようとする。しかし、そのタマモの行動をあやかが止めた。


「タマモさん待ってください、まさかその格好でサッカーをやるつもりですか?」


 タマモはあやかに言われて改めて自分達の格好を見る。その服装は学校から直接来たため、いまだに女子中等部の制服のままであった。たしかにこの格好でサッカーをすればいろいろ大変な事になるであろう。


「あ、それなら大丈夫。私達スパッツはいてるから。というわけでアヤカ、応援よろしくね」


 タマモはそう言ってスカートをチラリとめくり上げ、自分のはいているスパッツをあやかに見せると、改めて刹那を伴いグラウンドへ駆け込んでいった。ちなみに、タマモがスカートをめくり上げたその瞬間、横島の動きが一瞬ピタリと止まったのだが、その原因は不明であった。


 そのころ、小太郎は横島を封じるために全力を尽くしていたが、横島の動きに翻弄され、どうにもならない状態になっていた。そんな小太郎の所にタマモと刹那が駆け込んでくる。


「小太郎、加勢してあげるわよ」

「タマモ姉ちゃん、それに刹那姉ちゃんも」


 小太郎は突如乱人してきたタマモ達に驚いたが、即座に強力な味方が出来た事を理解する。そして小太郎は即座に横島への追撃を始めようとしたが、タマモに押しとめられ、なにやら作戦会議のようなものを始めることになった。
 どうやらタマモになにか策があるらしい。


「……という戦法なんだけどいいわね?」

「姉ちゃん、それってジェットス○リームアタック……」 

「タマモさん、いくら三人いるからってそんなネタに走らなくても」

「違うわよ! ガン○ムにいとも簡単に破られたショボイヤツじゃなくて、これは日本固有の妖怪の動きをヒントにした戦法なのよ」


 タマモはいまいち理解していない二人に再び先ほどの作戦を説明していく。


「つまり、最初に私が横島さんの動きを止めて」

「ほんで俺がボールを奪い」

「そして最後に私が横島を介抱する……名づけてカマイタチアタック!」


 どうやらタマモは昨晩読んだ金色の雷獣と、槍を持った少年が九尾のキツネと戦う漫画からこの戦法を思いついたらしい。 
 

「なんかタマモさんが美味しい所総取りのような気がしますが……」

「気のせいよ」


 タマモはジト目で自分を見ている刹那から視線をそらし、明後日のほうを見ながらつぶやくのだった。
 そんな中、試合は一進一退を繰り返し、やがて試合時間は残り3分を切っていた。そしてボールを持って高笑いを続けながらグラウンドを走り回る横島の前にタマモ達が立ちはだかる。


「横島さん、行きますよ!」


 刹那はそう言うと、後ろに小太郎とタマモを従えて一直線に横島の下へと向かっていく。


「おお、ジェッ○ストリームアタックか! いいだろう受けてたってやる、だからそっちも定番のセリフを忘れるんじゃないぞ!」


 横島は向かってくる刹那をかわそうともしない、どうやら完全に受けてたつきでいるようだ。そして二人の距離は近づき、横島がネタに従って刹那を飛び越そうとした瞬間、一瞬早く刹那が横島の頭上を飛び越えた。


「ぬお!」


 それはまったくの偶然だった、刹那はただ単に横島が自分の頭上を飛び越そうとしているのに気付き、それにいち早く対応して飛び上がったに過ぎない。だが、その結果として横島の目はスパッツごしとはいえはだけたスカートからのぞく刹那の健康的な脚線美を逃さず捕らえていた。


「もろたでー!」


 横島が刹那の脚線美に魅入られ、動きを止めていると、即座に刹那の後に続いていた小太郎が横島に強烈なスライディングをかまし、そのままボールを奪い取って攻めあがっていく。残されたのは地面にしたたかに顔面を打ちつけ、鼻血を盛大に噴出して気絶している横島だけであった。


「そして最後はこの私!」


 タマモは最後に負傷した横島をヒーリングすべく横島に近づいていく。タマモのヒーリングは負傷箇所を舐める事によって発動するため、横島の体を起こし、少々顔を赤らめながら横島の顔に自分の顔を近づけていった。


「あー、タマモさんずるいですー!」
 

 背後で刹那の声が聞こえるが、タマモはそれを見事に黙殺して横島に顔を近づけ、そしてあと少しでその唇が横島の鼻に触れようとした瞬間、一陣の風がグラウンドを通り過ぎ、それと同時にあやかの悲鳴が聞こえてきた。


「キャッ!」


 その風はちょうど近くにいたあやかのそばを通り過ぎ、あやかのスカートをふわりとめくり上げていく。そしてその悲鳴に誰よりも早く反応した男がいた。そう、それは先ほどまで完全に気絶していた横島であった。
 横島はあやかの悲鳴が響き渡ると即座に身を起こし、視線をあやかの下へと持っていく。それは横島にとっては意識しての行動ではなく、ほとんど条件反射と言ってもいい行動なのだが、あまりにもそのタイミングが悪かった。
 横島が目を覚ましてすぐに目にしたものは、まぶしい肌色をした太ももと、その奥にある真っ白い下着であった。しかし、横島はそれがあやかのものであると気付くと即座に視線を逸らして顔を正面に持ってくると――


「横島……」

「いや、ちょっと待て! 今のは条件反射……」


 ――そこには金色の鬼がいた。


「横島の馬鹿ー!」

「ぐべべー!」 


 タマモはものの見事にキス?をかわされ、その理不尽な怒りをハンマーにのせて横島に叩き込み、横島を遠い空の星へと追いやっていった。
 それと同時に小太郎はゴールを決め、クラスメイトにもみくちゃにされながら共に喜びを分かち合う。そしてあたりに試合終了を告げる笛が響き、小太郎達は歓声につつまれて授業参観を終えるのだった。






 結局約束どおり焼肉パーティーを開くことになり、何故か会場となった横島邸の広い庭には子供たちとその保護者たちがひしめき合っていた。
 ちなみに費用は各保護者で割り勘である。
 そんな騒々しい横島邸の一角で、刹那と横島が肉が入った皿を片手に談笑していた。


「なあ刹那ちゃん、タマモはなんであんなに怒ってるんだ? そりゃああやかちゃんのを見ちまったのは全面的に俺が悪いんだが」

「知りません!」


 刹那は私は怒ってますとばかりにプイッと顔を逸らすが、横島のそばから離れる気配は一行にない。横島はやれやれとばかりに首を振り、そして自分の背後にいる人物に声をかけた。


「なあタマモ、いいかげん機嫌直してくれ。 ほら、この前行きたがってた遊園地つれていってやるからさ」

「知らないもん!」

「ったく、俺にいったいどーしろって言うんだよ」


 横島は明らかに怒っているのに、やはり刹那と同じように自分から離れずに自分と背中合わせに座っているタマモに頭を抱えていた。しかし、その風景はたから見たらなんとも微笑ましい兄妹、もしくは恋人同士のやり取りにしか見えず、それを遠巻きに見ている保護者達は自分達の若いころを思い出しながら微笑ましく眺めていた。
 酒の肴にしているという面もなきにしもあらずではあるが。

 一方、小太郎はと言うと、クラスメイト達と壮絶な肉の奪い合いを繰り広げては、それをあやかにたしなめられるといったことを繰り返していた。小太郎はあやかにたしなめられながらも終始楽しそうであり、ネギとは違う普通の友達が出来た事が本当に嬉しかったのであろう。
 そしてさんざん食べ、お腹いっぱいなると小太郎達はトランプ等で遊び続けるなど、実に子どもらしい遊びに熱中していく。

 やがて楽しい時間は終わり子供達は一人、また一人と保護者と共に家路についていった。そして後片付けが終わると刹那とあやかもまた寮へと帰っていく。
 後に残ったのは、先ほどまでの騒々しさが嘘のように静まり返った居間でくつろぐ横島達だけであった。
 そんな静けさの中、小太郎が横島そばにポスンと座り横島に話しかけた。


「なあ兄ちゃん……」

「なんだ?」

「いろいろとありがとうな」

「気にするな、子供は元気に遊んでるのが一番いいんだよ。それに楽しかったろ?」


 横島は自分の横にちょこんと座っている小太郎の頭をクシャクシャとなでながら小太郎に笑いかけた。


「うん、楽しかったで。 あんなに遊んだんは初めてや」

「そうか、じゃあ今度また友達を連れてきて遊ばないとな」

「ええんか? またつれてきても」

「そんなもん家族なんだから当然だろ、それに今度はネギも一緒に誘ってやれ、きっと楽しいぞ……あとな……」

「あと?」


 小太郎は何故か言いよどむ横島を不思議そうに見上げながら、横島の言葉を待った。


「お前さえ良かったら……横島小太郎を名乗るつもりは無いか? 俺やタマモの弟としてな。もちろん断ってもかまわん、たとえお前が犬上小太郎だろうが横島小太郎だろうが、もう弟なのは変わらないしな」

「え……」


 横島が小太郎に投げかけた言葉は、小太郎にとってあまりにも予想外な一言であった。小太郎はしばらくの間呆然と横島を見上げていたが、やがて顔をうつむかせて小さく呟く。


「兄ちゃん……ゴメン……」

「そっか……」


 小太郎にとって横島の提案はまるで砂漠の中で飲んだ一杯の水のごとく、乾いた小太郎の心を満たしていく。小太郎にとって家族とは、もはやおぼろげな記憶の彼方にある幻のような者に過ぎない。それだけに横島が自分を家族として受け入ようとするその提案に、表現しがたい魅力を感じる。
 しかし、それでも小太郎は横島の提案を拒否した。
 小太郎にとって、『犬上』の姓はおぼろげな記憶の向こうにある両親から受け継いだ姓に過ぎない。しかし、逆に言えば孤児である小太郎にとって、最後に残されたたった一つの両親との繋がりでもあるのだ。それゆえ、小太郎は横島の提案に魅かれながらもそれを受け入れるわけにはいかなかったのである。たとえ、この決断で横島の不興を買ったとしてでも。
 横島は顔をうつむかせ、泣いているようにも見える小太郎の頭にそっと手を置いてやさしくなでる。


「別に謝るなって、さっきも言ったろ。横島を名乗ろうが犬上を名乗ろうが、お前はもう家族なんだって」

「ええんか? 兄ちゃんがせっかく……」

「それだけお前にとって『犬上』が、両親が大切だって事だろ。なら俺が言う事はもう何もないさ、それに……ん、そうだな」


 横島はふと何かを思いついたのか、手をポンと叩くと文珠を一つ取り出し、『護』の文字を入れて小太郎に手渡した。


「ほんじゃこれは『横島』の代わりに家族の証な。これはタマモにも渡してるし、危ない時にはお前を守ってくれる。これなら受取ってくれるか?」

「兄ちゃん……」

「ま、家族の証つっても、刹那ちゃんやあやかちゃんにも渡してるんだから、どっちかっつーと仲間の証かもしれんが、まあ細かい事は気にしないって事で」


 小太郎は気恥ずかしげに頭をかく横島を感動の眼差しで見上げ、渡された文珠を大事そうにしまうと、横島にもたれかかりながら嬉しそうに笑った。
 ちなみに、横島が渡した文珠のことだが、タマモに言わせればれっきとした家族の証でもあるそうだ。なぜなら刹那は自分と共に横島の下へ行くのはほぼ確定しているし、あやかは小太郎が気に入っているようなので、このまま行けば将来十分に家族として迎え入れる可能性はあるとのことらしい。


「えへへへ」

「鳴いたカラスがもう笑ったか……いや、この場合は子犬かな?」


 横島としては女性にもたれかかってもらう事こそが至上なのだが、基本的に子煩悩――煩悩魔人だけあって子煩悩さも人一倍――な性格であるだけに懐かれて悪い気はしない。故に横島は小太郎の頭をなでながら兄としての気分を満喫するのだった。


「……兄ちゃん、ほんまにありがとな……」


 小太郎は横島が頭をなでるのに身を任せ、やがてその心地良さから睡魔に囚われていく。そして小太郎は横島の膝にかぶさるようにうつぶせになり、眠りの園へと旅立っていった。
 そしてそのタイミングを見計らったかのように、台所で洗い物を終えたタマモがピンク色のエプロンを身につけたまま横島のもとへとやってくる。


「あれ、こいつ寝ちまったか……さて、どうしたもんかねー」

「あらら、しっかり横島のスソを掴んでるわよ。懐かれているわね」

「さすがに起こすには可愛そうだしな、しょうがないから俺はここで寝るわ」

「じゃあ布団を持ってくるわね」


 タマモはそう言うと布団を取りに出て行き、やがて大きなかけ布団と枕を三つ手にして戻ってきた。


「さて、これで良しっと。じゃあ横島、電気消すわね」

「マテ……なんで枕が三つあるんだ」

「あら、私をのけ者にする気? それに兄妹三人川の字になって寝るのもいいもんでしょ」

「普通川の字って言ったら親子じゃないんかい」

「だったら本当に親子でもいいわよ、もちろん私たちは夫婦で」

「5年、いや10年早いわ!」


 横島は自分を見つめるタマモに多少ドキドキしながらも、結局タマモに押し切られ小太郎を間に挟んで一つの布団に入って眠りにつく。そして聞こえるのは互いの息遣いと小太郎の寝息だけの中、タマモが小さな声で横島に声をかけた。


「ねえ、さっき10年早いって言ったけど。なら10年たてば私は横島の隣にいることができるのかな? もちろん夫婦で」

「……まあ、夫婦かどうかはわからんが、お前が俺好みのスタイル抜群な美女に育ったらとても手放すとは思えんな、もっとも今の状況を見るに美女には育つだろうがはたしてスタイルはどうしたもんかねー」

「言ったわね、この前も言ったけど本当にスタイル抜群な美女に育って見返してやるわ!」

「へいへい、まだ見ぬ10年後を楽しみにしてますよっと。ほら、あんまり騒ぐと小太郎が起きちまうぞ、とっとと寝てしまえ」


 横島はさも本気にしてないとばかりに布団に潜り込み、静かに寝息を立てる。
 

「まったく、結構本気なんだけどな。10年、いえ2、3年後に泣いて後悔しても遅いんだから」


 タマモはそんな横島を呆れた表情で横島を見つめるが、やがて横島と同じように布団に潜り込んで静かに目を閉じた。しかし、すぐにタマモはその眠りから醒める事になる。

 それは横島がポツリとつぶやいた言葉だった。


「これでもけっこうガマンしてんだ、だからそんなに焦るなって……つーか、お前も刹那ちゃんも魅力ありすぎ……」

「……え! ちょっと横島、今なんて言ったの!? 起きなさい、ていうか起きろー!」


 タマモは横島を起こそうと体をユサユサとゆするが、横島は起きる気配がなく、その言葉がただの寝言なのか、それともタマモに対して言った言葉なのかついに確認できなかったという。


 そして翌朝。


「じゃあ言ってくるでー!」

「おう、気をつけて行けよー」


 小太郎が元気よく家を飛び出し、それを横島は微笑ましげに見つめている。そしてその隣では――


「ふぁぁぁぁぁぁ」


 ――百年の恋も冷めよと言わんばかりの大あくびをしているタマモが眠そうに目をゴシゴシとこすっていた。
 どうやら昨夜のアレから横島の言葉が気になって一睡も出来なかったらしい。


「じゃあ、横島……私も学校行ってくるわね……くぁ……」

「お、おう。なんかきつそうだが無理するんじゃないぞ」

「大丈夫、学校で寝るから……」


 タマモは学生としては本来あるまじき事を言いながら目をこすり、ヨロヨロと玄関を出て行く。横島は珍しい事もあるもんだと首をかしげながらタマモを見送るのだった。
 そしてタマモは道中、眠さを必死にこらえながら決意するのだった。

 昨夜横島は寝言なのかは不明だが、自分や刹那のことを魅力的だと言ったのだ。もしこれが事実だった場合、横島の嗜好が変化してきているという事に他ならない。それゆえ、タマモは早急に横島の嗜好の変化について早急に確証を得るために、とある計画を発動することを決めたのであった。


「うふふふふ、そうよ、これを調べれば横島の嗜好なんて一発じゃない。ならば善は急げ、さっそく刹那と一緒に……あ、死神にも手伝わせないとね」


 タマモは徹夜のせいか異様に目を血走らせ、妖しく笑うとスキップをしながら学校へと向かうのだった。その計画を実行した場合、横島を絶望の淵に追いやると言う事に気付かぬまま。
 




 第32話 end






「じゃあ行って来るけど、本当にタマモは行かないのか?」

「これから刹那と宿題をしないといけないからね、だから小太郎と二人で楽しんでって」

「まあ、それならしょうがないか、じゃあ行って来るぞ」


 小太郎の参観日から数日後、タマモは横島と小太郎を超包子に送り出した。



「行きましたか?」

「行ったわね……」


 横島の姿が道の向こうに消えると、玄関の脇から刹那と死神がヒョイと顔を出した。そしてタマモはそのまま踵を返すと、刹那を引き連れて横島の部屋へと向かっていく。


「あの……本当にこんなことをして良いのでしょうか」

「大丈夫よ、それにこれは横島の好みを把握するための重要なリサーチよ」


 あの日の夜から横島のセリフの真意に悶々とするタマモであったが、このままではいけないと思い立ち、横島から主導権を取り戻すために刹那を巻き込んで今回の作戦を実行するに及んでいた。そしてタマモ達は横島の部屋に入るとキョロキョロと部屋の中を見回す。


「意外と片付いてますね」

「まあ私がけっこううるさく言ってるからね、だから週一で掃除はしているみたいよ。さて、それではこれより作戦名『プロジェクトH』を実行します、と言うわけで家捜し開始ー!」


 タマモは横島の部屋に入ると即座にベッドの下をはぐり、まるで麻薬捜査官のごとく横島の部屋中を捜索して行く。タマモの捜索するその場所は、数日前に横島と共に小太郎の部屋を家捜しした時に横島から得た知識をふんだんに利用し、的確に目標があるであろう場所を押さえていく。
 刹那はタマモを止めようとするが、その努力もむなしく5分後にはタマモは目的の物の一部を発見していた。


「見つけた! 本棚の雑誌に紛れ込ますなんてのは今の私には通じないわよ」


 タマモが手にしたものは数冊の雑誌であった。ただし、それは本来18歳未満は購入はもちろん、読むことすら厳禁な雑誌であった。


「たたたた、タマモさん」

「まだまだこんなもんのはずは無いわ、天井裏にも何かありそうね。刹那、ちょっと手伝って」

「あ、はい!」


 刹那はタマモの勢いに押され、タマモの言うがまま手伝っていく。そして1時間後、タマモ達の目の前には数十にもおよぶ大量の雑誌が山になっていた。


「これで全部みたいね、さーてそれじゃあ刹那、チェックするわよー!」


 タマモは顔を真っ赤にしてうつむいている刹那を他所に、目の前につまれた雑誌の一つを手に取り、それに一通り目を通すと脇に置いて次の雑誌を手に取った。そして次々に目を通した雑誌を分類するかのように床に置いて行く。どうやら系統別に分類しているようである。
 そんな中、意を決した刹那が雑誌を手にし、それに目を通すとボンと音を立てて顔をトマトのように赤くさせていく。しかし、その視線は雑誌から離れることなく、やがて次の雑誌へとその手を移していくのだった。


 そして1時間後。
 

「たたたたタマモさんこれ、こんなこと……」

「うわー、横島ったらこんなの読んでるんだ。あ、これは金髪系ね、こっちは獣耳ってやつかしら?」

「翼とかは無いんでしょうか?」

「どうかしら……あ、漫画とかでならあるわね、しかもけっこう刹那に似てるし……あら、意外と巨乳系にかたよってるわけじゃないのね」

「本当ですか!」

「本当よ。ほら、この子なんか刹那に似てない? あ、こっちは私に似てる……」

「ああああああ!」


 何かを吹っ切ったかのようにいけない雑誌を熱心に読みふける乙女が二人、横島の部屋に鎮座していた。タマモ達の目の前にあった山と積まれた雑誌はその姿を消し、タマモ達の脇に整然と系統別に整理されていく。



「さて、結果としては金髪系35%、黒髪清純系30%、巨乳系20%、残りがその他。そして全体的に若い子の物が多いっと」

「部分的にネコ耳とか犬とかキツネとかコスプレって言うんですか? そういったのもありますしね。これってどうなんでしょうか?」

「んー、このまま育てば私たちは十分ストライクになるってことかしらね。いい傾向だわ……やっぱりあの時のは本音だったのね」


 タマモと刹那は互いにハイタッチを交わすと、横島の部屋を後にして自分達の部屋へと帰っていく。後に残されたのは床いっぱいに系統別に整理された雑誌の群れと、横島が帰ってきた時の状況を想像して涙する死神だけであった。


「ぬおぉぉぉぉぉー!」



 2時間後、横島の悲痛な叫び声が横島邸に響き渡ったという。





 余談

 そのさらに1時間後『超包子』にてネギと共にクダを巻いている横島の姿が目撃され、多数の若者が死屍累々と横たわっていたが、その原因と顛末は最後まで不明であった。




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