「うっううう……僕は、僕はダメ先生でダメ魔法使いなんですぅー!」


 ここは『超包子』3−A所属の超鈴音が経営する移動式レストランである。そこでは今、ネギが間違って甘酒を飲んで酔っ払い、その勢いで隣に座っている高畑に鬱屈した思いを吐き出していた。古来より泣く子と酔っ払いには道理は通じぬと言うが、それがダブルで来た日にはもはや始末に負えない。
 何故ネギがそのようになったのかと言えば、それはやはり3−Aの担任と言うまっとうな大人ですら100%ストレス性胃炎にかかるような過酷な労務をこなしている事が大きかった。ちなみにさらに直接的な原因はと言えば、押し迫った学園祭の出し物で危うくノーパンにさせられかけ、それにトドメとばかりに新田による説教を受けたことにある。
 そのため、ネギが酒を飲んで普段の鬱屈した思いを吐露するのは無理も無いことであり、またそのおかげで多少なりともストレスが発散できれば僥倖と言えるだろう。もっとも、その愚痴を聞かされる方にとっては迷惑極まりない事には変わりはない。


「ねえタカミチ、なんで僕ばかりこんな目にあうの? 元々2−Aのころから色々と問題が山積みだったのに、そのうえ進級してからはタマモさんのおかげで命の危機が日常茶飯事に。おかげでここ最近本当に夢枕に死神が立ってるんですよ!」

「そ、壮絶な日々をおくってるんだね……」

「当事者の一人の私が言うのもなんだと思うガ……神にでも祈るしかないネ……なんだったら私のほうから神に祈っておくヨ」

「うわああああん! 神様、お願いですから僕に平穏をくださいぃぃぃ!」


 どうやら鬱屈した思いを吐き出しすぎて泣き上戸からからみ酒にランクアップしたようだが、チャオにトドメをさされて机に突っ伏すように泣き崩れてしまった。その背中には、場末の飲み屋でクダを巻いているサラリーマンの悲哀をも感じさせ、同席していた新田はそんなネギにそっと涙するのであった。


「あ、いらっしゃいませー」


 そんな微妙な空気が漂う店に、新たな客がやってくる。その客は店員の挨拶にもかまわずネギの隣に座ると、そのままガバっとネギの肩を掴んで話しかけた。

 
「わかる! その気持ちはよーく分かるぞ!」

「横島さん?」


 新たに来た客とは一時間ほど前に、小太郎と共に家に帰ったはずの横島だった。


「横島さんどうしたネ? なにか忘れものカ?」


 チャオは横島がなにか忘れものをしたのかと聞くが、当の横島は顔をうつむかせ、そのままの姿勢で肩を震わせていく。そしてしばらくの後、横島はガバっと顔を上げて叫んだ。


「うおおおおん、酒や! 酒もってこーい!」


 横島は高畑が持っていた酒を奪い取り、その酒を一気に飲み干すとさらに酒を要求し、そのままグビグビと飲んでいく。その飲みっぷりはとても二十歳かそこらの若造には見えないほどだ。


「よ、横島君。いくらなんでもそれは飲みすぎじゃあ」

「やかましい、これが飲まずにいられるかー!」


 横島は高畑の制止も振り切り、やがてチャオの差し出した一升瓶をラッパ飲みで飲み干していく。そして横島は傍らで自分と同じように酔いつぶれつつあるネギに、自分がいかに命の、そして男としての尊厳の危機に瀕しているかを語って聞かせた。その内容は麻帆良に来る前から始まり、やがてついさっきタマモから受けた仕打ち、つまりいけない雑誌の整理整頓へと収束していく。


「横島さん、あなたも苦労しているんですね……」

「ネギ、おまえなんか俺にくらべればはるかにマシだ、俺なんか、俺なんか……あんの性悪狐がー!」

「元気を出してください、明日はきっといいことがありますよ。なんでしたら僕と一緒に神の御許へ……」

「それは遠慮しておく……ともかく、明日こそ、明日こそきっといい事がある。いやぜったいにそうだ!」


 横島とネギは妙に意気投合したのか、そのまま杯をかわしつづけ、何かを愚痴るごとに杯を空にしていく。そんな横島たちを呆れる様に見ていたチャオだったが、ふと何かを思いついたのか店の奥から何か書類のようなものを持ってきて横島の前に広げた。


「横島さん、ちょっとコレにサインをするネ」

「んあ、外泊証明書かなんかか?」


 横島はチャオから差し出された書類を確認もせずにサインしていく。その姿はかつて妙神山最高級難度の修行契約をしたときのことを彷彿とさせるが、当然酒に酔った横島はそれに思いたることもなく、無警戒にサインどころか霊力を込めた血判までしてしまっていた。
 チャオは横島のサインがなされた書類を受け取ると懐にそれをしまいこみ、誰にも見られぬ角度でニヤリと笑みをうかべると、一升瓶を飲み干した横島に上機嫌で新たなる酒を棚から取り出し、それを横島に手渡そうと振り向いた。


 ザッ! 


 チャオが横島の方を向くと同時に、新たな客が姿を見せる。ここで本来ならチャオを始めとしてそこにいる店員はその客に対して挨拶をするべきなのだが、この時チャオを始めとした全員がそのあまりの光景に言葉を失っていた。何故皆が言葉を失い、硬直したのか、それは横島が裸踊りをしているわけでも、ネギが暗黒神の召喚でもしているわけでもない。ただ、そこにはまるで横島を半包囲するかのように数十人の屈強な男達がたむろしていたのだった。
 普通なら、ここで店のバウンサーでもあるクーがすわ乱闘かと喜び勇んで飛び出していくのだが、この時の男達の纏う気配は乱闘一歩前特有のギスギスした感じではなく、むしろどこかの木の下で一世一代の大勝負を賭ける時のような気配をかもし出しているため、それを察知した店員一同および荒事担当のクーはただ息を潜め、事の成り行きを見つめようとしているのだ。

 やがて、いろいろな意味で横島に危機が迫る中、その横島の背後にいた中の一人がまず一歩を踏み出し、いまだに酒を飲み続けている横島に声をかけた。


「あの……ちょっとお尋ねしますが、あなたはひょっとして横島忠夫さんですか?」

「確かに俺は横島忠夫だが……ってなんだお前らは!」


 横島が背後を振り替えると、そこには口々に横島の名を呼びながら自分ににじり寄ってくる多数の男たちがいることにようやく気付き、それと同時に横島はピキリと音を立てて硬直してしまう。そしてその一瞬のスキを突き、横島に声をかけた男がうやうやしく横島の前でひざまずいてその手を取ると、妙にキラキラと下目で横島を見つめながら叫ぶのだった。


「今日より貴方をお兄様と呼ばせてください……」


「………………」


 沈黙する事10秒、横島は最初相手が何を言っているのか理解できなかった。いや、理解したくなかったというのがより正確な表現かもしれない。
 ともかく、横島はあまりに自分の理解の範疇を超えた言動をしてくる男の目を見つめ、そして気付いた。いや、思い知ったのだ。



 こいつはマジであると。




 横島は今この瞬間が自らの天王山であると認識するとともに、その全力をあげて目の前の男を排除しようと椅子から立ち上がろうとする。しかし、その行動は完遂される事なく、途中で止まることとなる。
 なぜなら、背後にずらりと並んでいた男たちが横島にいっせいにつかみかかったからであった。


「あ、この野郎抜け駆けしやがって! 横島さんこんなヤツより俺の方が貴方の弟としてふさわしいはずです!」

「何寝言ってやがる、俺のほうが!」

「いいや俺だ!」


 まるでどこぞのゾンビ映画のごとく横島に群がる男達。そのあまりの男臭さに横島は耐えられるはずなく、屋台のカウンターへ逃れるとクーから手渡された重量級の錘を振り回し、涙ながらに叫ぶ。しかし、男どもはその程度でひるむはずもなく、その手を横島へと伸ばすのだった。


「俺にそんな趣味はねーぞ! く、来るな、それ以上近寄ったら舌噛んで死んでやるー!」


 横島は武器を手にしながらも、もはや目の前の男どもを排除するどころではなくなっていた。その目には涙をうかべ、そして遠目からでも分かるぐらいに全身に鳥肌を立てて泣き叫ぶ姿はまさに身の危険に打ち震える小動物のごとくである。
 だが、神はそんな横島をまだ見捨てていなかった。いや、おもちゃを手放したくは無かったというほうが正解だろう、なんせこの場合神とはキのつくアレのことなのだから。ともかく、ネギの背後に回って小動物のごとく震える横島に救いの言葉がかけられたのである。


「「「お願いです! タマモちゃんを俺にください、お兄様!」」」



 今度の沈黙は先ほどよりはるかに長かった。実際にその沈黙は1分、体感では3分は確実にあっただろう。ともかく、横島はその長い沈黙の果てにようやくギギギと音を立てながら自らに迫ろうとする男どもを見渡す。そしてまず、自分の身の危険が去った事に気付いて安堵するが、それと同時になんだかよく分からない感情が心の内より生まれ出で、そしてそれが何か理解する事もなく横島はブチリと何かが切れる音を自覚しながら叫ぶのだった。


「なんかよーわからんがタマモは俺のだー!」



 横島はそう叫ぶとネギの背後から飛び出し、目の前の男どもをなぎ倒していく。その姿はまさに一騎当千、どこぞの無双シリーズを彷彿とさせるかのように群がる敵を屠っていく。
 そして1分後、横島の背後には夢破れた男達の屍が山となっていたという。


「……た、タマモちゃんがだめならせめて桜咲刹那ちゃんを我が手にぐべ!」

「黙れこのロリコンども! うちのお姫さんたちは誰にもやらん! だいたい刹那ちゃんはニ、三年後にはものごっつい美人になるんだ、それをむざむざ渡してたまるか!」


 横島は最後まで抵抗していた男を情け容赦なく踏みつけ、ふしゅるるるとどこかの織姫のように息を吐き、獰猛な笑みを浮かべると再び席にもどり酒に身を任せ、やがてそのまま酔いつぶれていくのだった。


「横島さんって思いのほか強かったネ、正直ビックリヨ」

「そ、そうだね……でも以前タマモ君から横島君は戦うのを嫌がると聞いてたんだが、さっきのあの目はまるでどこぞの狂戦士みたいだった」

「…………」

「どうしたんだい、何か思い当たる事でも?」


 高畑は急に沈黙したチャオに不審そうな目を向ける。


「いや、茶々丸からおすそ分けでもらったお酒を毒見役も兼ねて横島さんに渡しただけネ……そう言えばあの時茶々丸は飲んだ人の性格が変わるほどの美味しさと言っていたが、本当だったとは……」

「ど、どういう酒なんだそれは……」


 チャオと高畑はお互いに顔を見合すと、『純米からじし』の一升瓶を枕に眠っている横島を見つめ、深い、とても深いため息をつくのだった。そして眠る横島の背後には無謀なる勇者達の屍が死屍累々と転がり、まさに死して屍拾う者無しという絵面ではあったが、今夜も麻帆良の夜は平和であった。そしてこの事件より以後、チャオは二度とその酒を店に出す事はなかったという。





 閉店後、チャオは誰もいなくなった店内で先ほど横島がサインした書類と、なにやらICレコーダーのようなものを取り出してつぶやいた。


「なんというか色々とアレな事は起こったが、予想外のところで予想外な取引材料が手に入ったネ……」


 チャオは書類を広げながらレコーダーを再生する。


『なんかよーわからんがタマモは俺のだー!』

『黙れこのロリコンども! うちのお姫さんたちは誰にもやらん! だいたい刹那ちゃんはニ、三年後にはものごっつい美人になるんだ、それをむざむざ渡してたまるか!』


 チャオはレコーダーの再生を止めると改めて書類に目を落とす。


「まったく、二人にこれを聞かせたらどんな顔をするのか楽しみネ、そしてこの『婚姻届』も切り札になる」


 チャオが手にしている2枚の書類とは俗に言う婚姻届というものであり、その記入欄にはしっかりと横島の名前が記されていた。ちなみに、その婚姻届からは横島の霊力を込めた血判のせいか微量な霊力が流れており、一種の霊的契約書になっているのだが、神ならぬチャオはそれを知ることもなく、ただ純粋にいい取引材料が手に入ったと喜ぶのだった。
 それが引き起こす悲劇に気付かぬまま――










第33話 「ダンジョン再び」









 麻帆良学園都市のすべてを巻き込む大イベント『麻帆良祭』を目前に控えたある日、麻帆良学園女子中等部のとある教室で季節外れの幽霊騒動が巻き起こっていた。そのとある教室とは当然3−Aであり、話題の渦中の人物もとい、幽霊は現在階段の踊り場に追い詰められていた。
 追い詰められた幽霊、それは何故かクラス名簿に『相坂さよ』としっかり記載されている少女の幽霊である。さよはネギ達が学園祭の出し物であるお化け屋敷を作成している最中に、3−Aの皆と友達になろうとその能力の一部を解放したのだが、これがまた見事なまでに裏目に出てしまうことになってしまったのだ。
 結局彼女は皆に悪霊であると認識された結果、カモによって用心棒と化した龍宮と刹那により絶体絶命の危機に瀕しているというの現状である。
 しかし、そんなさよに救いの手が差し伸べられた。それは今まさに彼女に引導をわたさんとした時、ネギと朝倉が彼女の元に急行したのである。
 ネギ達はさよが悪霊ではなく、友達を欲しているだけという事に気付き、二人はさよに友達になろうと手を差し伸べる。するとさよは涙を浮かべながらその姿を徐々に薄くしていき、やがて完全に成仏したのか、その姿はまるで空気に溶けるかのように消えていく。
 こうして3−Aを恐怖の坩堝に叩き落した幽霊騒動は、さよが成仏した事によってめでたく大団円を迎えたのだった。
 

 ――そして一時間後。


「で、さよちゃんだっけ? 彼女は成仏できなかったというわけか」


 あれだけの騒動を引き起こしたにもかかわらず、さよは結局成仏できなかったようであった。そして刹那の提案によりネギ、アスナ、木乃香を伴って横島の家に来ていたのだった。ちなみに、この中でさよを視覚的に確認できるのは横島、タマモ、刹那の三人だけである。


「そうなんです。けど、友達がほしいというだけなんで無理して成仏する必要は無いかもしれませんけどね」

「本当は成仏したほうが良いんだが、俺だと文珠でも使わない限りしばき倒さんと成仏させられんからなー……ってさよちゃんそんな事しないから隠れなくていいって」



 さよは横島の「しばき倒す」発言に脅え、反射的にソファーの陰に隠れようとするが、横島がなにもしないとわかると目に涙を溜めながら恐る恐る顔を出した。


「とにかく、害が無いならこのままでも別にいいとは思うんだが、ここに来たということは何か頼みがあるということか?」

「ええ、さっきも言ったように彼女は友達がほしいだけなんですけど、あいにく誰も彼女を見ることが出来ないんで横島さんならなんとかなるかもと思ったんですが」


 横島は目の前にある茶をグビリと飲むと、何かを考え込むように腕を組み、めったに使わない頭脳をフル回転させていく。しかしその途中、今まで何かに耐えるかのように沈黙し、ブルブルと震えていたアスナが突如その顔を上げると横島を引っつかみ、部屋の隅へと駆け出していく。


「ちょ! アスナちゃん、突然何を……色仕掛けならお兄さん大歓迎だけど、せめてあと1年まって……」

「何を言ってるのよ、そっちこそ私が色仕掛けをするには10年足りません! ともかく、ちょっと聞きたいことがあるのよ!」

「ぐええ、ギブギブ! 答えるから離して!」


 アスナはたわごとをほざく横島を睨みつけて黙らせると、その襟首をギリギリと締め上げる手を離し、その手をビシリと今まで横島がいた場所へと向ける。
 そこにいるのはお盆を片手に、何故か先日教室で身に着けていた正統派メイド服を纏ったあやかが、横島の飲み干したお茶におかわりを注ぎ足しているところだった。ちなみに、タマモと刹那も事務所に帰るなり、あやかとおそろいのメイド服に着替えているため、この部屋は実にメイド比率の高い空間となっており、木乃香は朝倉が乗り移ったかのごとく歓声を上げながら刹那のメイド姿をデジカメに納めている。


「何でいいんちょがここにいるのよ……」

「何でって、一応うちの事務所の助手として雇ったから、ここにいるのは当然なんだが……」

「へ!?」


 アスナは予想外の答えにマヌケな声を上げると、しばしの間ほうけたような表情をする。しかし、すぐに気を取り直すと怒り狂うタマモもかくやというほどの鬼気を纏わせると、透き通るような笑顔を浮かべ、されど目がまったく笑っていない表情で無言のまま横島の襟首を再び締め上げる。
  

「ぐええええ!」

「よ・こ・し・ま・さん……いったい何を考えてるのよー! いいんちょに魔法がばれるでしょうがー! 魔法がばれたらオコジョよオコジョ、それちゃんと理解してます!?」


 アスナは横島にしか聞こえないように小声で叫ぶと言う器用な小技を披露しながら、今度はその首を前後にガクガクとゆすり始めた。


「い、いや俺が使ってるのは別に魔法じゃないし、だいいち魔法がばれたってネギがオコジョになるだけで俺に一切影響は……」

「私から見たら霊力も魔法も同じよ! むしろ横島さんの文珠のほうがよっぽど魔法より魔法っぽいじゃない。だいいちこの際ネギのことよりも、いいちょにもしものことがあったらどうするのよ!」

「いや、別に俺はあやかちゃんに手を出す気はないんだが……たしかに美人だし将来有望だけど、本気でタマモに殺される」

「そっちのもしもじゃありません! 魔法がらみの事件にまきこまれたら危ないって言ってるのよ! ともかく、納得のいく説明をしてもらえるでしょうね?」


 アスナはいつしか横島を揺さぶる手を止め、真剣な表情で横島を見つめる。その瞳には一切の誤魔化しも、嘘も通用しそうにない。
 横島はようやく収まった揺さぶりにから脱出すると、首をコキコキと鳴らすとアスナ見つめ返した。


「アスナちゃん、うちの事務所は確かに魔法がらみの事件もあつかっている。けど、一応うちは何でも屋なわけでそれ以外のトラブルも当然あるわけだ……」

「それで? 結局は魔法がらみがある以上、危険性には変わりないじゃない」

「たしかにそうなんだが……アスナちゃんはウチの台所事情を知ってるよね? 億単位の借金があることも……」

「そういえば、修学旅行の時に木乃香の実家を壊滅させてましたっけ」

「そう、つまり俺はその借金を返すためにもこの仕事をがんばらにゃならんのだが……今現在うちの収入の8割強があやかちゃんからの紹介だ」

「それってどういうことよ?」

「あやかちゃんとこは雪広財閥だっけ? そこにからんだトラブル解決とか色々仕事があってさ、正直な話その系統の依頼が生命線なんだよ……マジな話で。だから今更辞めさせる訳にはいかんのだ」

「……」


 アスナは自らも借金というか、学園長からの好意による援助を返済するためにアルバイトしているぐらいだ。だからこそ横島の借金、それも自分が想像もつかない億という単位の借金を抱えた横島の苦しさがよく分かった。
 そしてそれがわかるからこそ、アスナは横島に強く言えない。しかし、それでもアスナは最後の念押しとばかりに横島に詰め寄った。


「事情はわかったわ……でも、いいんちょには魔法はバレてないでしょうね?」

「その辺は大丈夫だ。その系統の依頼がきた時はあやかちゃんに席を外してもらっているし、文珠で完全に遮断しているから覗かれる事もない。それにあやかちゃんにやってもらっているのは主に経理関係だからばれる事はない」

「本当ですね?」

「ああ……」


 実際はすでにバレているのだが、それをおくびにも出さず横島は真剣な表情でアスナを見返した。すると、アスナはようやく納得したのか、横島から体を離すと何故かやたらと脅えているネギのもとへと向かう。そして横島は、ともすれば後頭部と背中がくっつきそうになるくらいゆるくなった頚椎をわずか3秒で回復させると、改めて皆の元へ向かうのだった。
 その一方で、ネギは先ほどまで横島のほうから聞こえてきた、骨を粉砕するかのような音にガタガタと震えていたが、横島が無傷であることに気付くと深いため息をつきながら横島を見上げた。


「あの……横島さんとアスナさんはいったい何を?」

「ああ、あやかちゃんがなんでここにいるのかちょっと問い詰められてただけだ。まあ、詳しい事はアスナちゃんに聞いてくれ」

「はあ、そうなんですか……でも今はそれよりもさよさんの事を……」


 ネギはまだ何か納得いかないという表情を浮かべるアスナの方を向き、キョトンとした表情を浮かべていたが、やがてその表情を引き締めると場を元の問題、さよの事について横島に何か言い案はないかとせまる。すると、横島は頭をかきながら申し訳なさそうな表情をその顔に浮かべた。


「悪いけど無理だな。文珠を使えば話は別だがそれは一時的なもんだし……しっかしさよちゃんは本当に存在が希薄やなー、そこにいるとわかっててなおかつ相当気合いれないと見えないなんて」

「横島さんでも見えないんですか?」

「ああ、普通にしてたらまず気がつかなかったろうな……ところでタマモ、お前はいつまでそこでいじけてるんだ」


 ネギとしては幽霊がらみである以上、プロの横島ならなんとかしてくるのではと思ってここに来ただけに、その答えにがっくりとうな垂れていたのだが、ここでふと横島に言われて改めて今まで一度も発言していないタマモの方に視線を向ける。するとそこには刹那とあやかと同じようにメイド服はしっかりと身に着けていたが、どこか横島の隣で憮然とした表情をし、不機嫌のオーラを滲ませながらやたらと脅える小太郎の髪をいじくっているタマモがいた。
 何故タマモがこんなに不機嫌なのか、今日はなにも失言をかましていないネギとしては不思議でしょうがなかったが、そういえば放課後からなにやら機嫌が悪かった事に思い至る。そして次の横島とタマモのセリフでその謎は氷解したのだった。


「屈辱だわ……この私がさよの存在に気付けなかったなんて」

「タマモ、いくらお前でもここまで存在が希薄だと無理だって」

「私の超感覚をごまかせる幽霊なんて聞いた事無いわよ、それに何よりもエヴァが気付いていながらこの私が気付けなかったなんてなんか気に入らない。アイツったらこの私を鼻で笑ったのよ! こんなのも気付かなかったのかって!」

「くやしいのはエヴァちゃんに負けたからかよ……」


 タマモはエヴァに負けたことがよほど悔しかったのか、学校から帰ってよりこのかたずっと横島の隣でいじけていたのである。
 もっとも、それは見方によれば横島に甘えている風にも見えなくも無く、さらにいじけるメイドとそのご主人というレアな構図のため、横島としてはそのマニアックなシチュエーションに心の奥底をくすぐられるものがあるのもまた事実だった。そして刹那はそんなタマモを羨ましそうに見ていたりする。
 ただし、小太郎にとっては髪を三つ編みにされたり、リボンを付けられたりとひたすら不遇ではあったが、それを気にしてはいけないだろう。事実、それに突っ込む無慈悲な者はこの場にはおらず、むしろハートマークを目に浮かべた少女が、何故か黒い笑みをうかべた木乃香より手渡されたデジカメを使って一心不乱にシャッターを切っていたりするぐらいなのだから。
 その一方で、今回の問題における真の当事者たる幽霊、相坂さよはと言えば、元来がよほど律儀な性格だったからなのだろうか、タマモの機嫌が悪いのは自分のせいだと感じたのか、涙ながらにタマモの前でペコペコと頭を下げるのだった。


「あううう、ごめんなさい。私って幽霊の才能が無いものですから60年間誰にも気付かれずに地縛霊やってたんですー」

「相坂さん、あなたが地縛霊というのは本当ですか?」


 と、ここでこの混乱に参加していなかった刹那はさよが自分のことを地縛霊と言った事に疑問を感じたのかさよを問い詰める。すると小夜は3−Aの地縛霊ではあるが、学園内ならある程度自由に動けるとのことらしい。
 刹那はその説明を聞いて納得したようだが、散々小太郎をいじくり倒したせいか、今度はいつの間にか復活していたタマモがさよを問い詰めだした。


「ねえさよ、それって3−Aじゃなくてこの学園そのものに括られてるんじゃないの?」

「えっと、それってどういうことなんでしょうか?」

「幽霊の才能が無くて成仏もせずに60年もさまよっていたか……どっかで聞いた事あるような話だなー」

「普通なら自我なんかなくなってるわよね、けど自我どころかポルターガイスト現象まで引き起こすぐらい力あるし」

「普通そうだよなー、案外あれかな? ほら、おキヌちゃんみたいに地脈堰のシステムに組み込まれてるとか?」

「それこそまさかね、大体こんな学園都市にそんな地脈とかを操るシステムなんか……」


 タマモと横島は不思議そうな表情をするさよを置いてなにやら真剣に話していたが、ふと途中で急に会話をやめ、ゆっくりとさよの顔を見て沈黙する。
 

「あの、横島さんどうしたんですか?」


 ネギは急に沈黙した横島たちを不思議そうに見つめていると、やがて二人してボソボソと皆に聞こえないように何かを話し始めた。


「ここってアレよね、なんだかよく分からないけど妙な魔力を放つデカブツがあったわよね」

「あの世界樹とかい言う木だよな」

「ええ、それに以前アスナから聞いたけど図書館島の地下迷宮にはこれまた魔法の本やら、陽光あふれる不思議な地下空間とかあったみたいよ」

「そういえばここは不自然なくらい妙な力場が集中して魔力が集まってるんだよな……」

「ねえ、横島……この麻帆良に自然に魔力が集まったように思える?」

「どうだろう、どっちかっていうと人為的に集めたという説明のほうがしっくり来そうだな。となると益々おキヌちゃんとの類似点が出てきたな」

「そうね、それにさよもおキヌちゃんと同じ天然系だし」

「ああ、あの娘はまごうことなき天然だ……」


 横島とタマモは再び会話を止めて空中に浮かんでいるさよを見。そして全員が注目する中、横島はゆっくりと立ち上がった。


「さて……行くか」

「横島さん、行くっていったいどこに行くつもりなんですか?」


 先ほどから二人の会話に口を挟めないでいた刹那が横島に問いかける。すると横島は、改めて自分を不思議そうにみているネギ達を見渡して宣言した。


「図書館島へ行くぞ!」


 ガタン!



 横島が行き先を宣言すると同時に、すさまじい震脚の音が鳴り響く。そしてそれと同時になにやら小さな影が部屋の出入り口に向かって凄まじい速さで駆け抜けようとする。


「小太郎!」

「おう!」


 タマモはその影を確認すると、即座に傍らにいた小太郎に声をかける。小太郎は名前を呼ばれるというただそれだけのことで全てを理解し、そしてタマモの意に沿った行動を起こした。そして小太郎は自分の目の前で今まさに扉に手をかけ、外に逃げ出そうとしている小さな影の腰に猛然とタックルをしかけ、その影を捕らえることに成功する。


「ネギー逃がさへんでー!」


 小太郎が捕まえた影、それはドアのノブに手をかけ、今まさに逃走せんとしていたネギであった。


「こ、小太郎君お願いだから見逃してー! 今逃げないと絶対に大変なことに、それにあそこには竜王様がー!」

「やかましい、兄ちゃん達の言う事はよーわからんけど俺が巻き込まれることはもう確定しとるんやからお前も来い。こうなったら呉越同舟、一蓮托生やー!」

「いやあああー!」


 どうやらネギは被捕食者としての動物的勘からか、己の身に危機が迫っている事を敏感に感じ取って逃げ出そうとしていたらしい。しかし、結局彼はあえなく小太郎に捕まってしまい絶望のあまり地面に涙の池を作り出していく。小太郎はそんなネギを哀れと思ったのか、拘束を緩めてネギの耳元でささやいた。


「ネギ、お前ドラゴンに焼かれるのとタマモ姉ちゃんを敵に回すのとどっちがマシだと思うんや?」


 泣いていたネギは、そっと耳打ちされたこの発言にピタリと動きを止めると、小刻みに震えながら天空を見上げ、同じく小さな声で小太郎に耳打ちする。


「それは……ドラゴンかな?」

「せやろ、タマモ姉ちゃんを前にしたら絶対にドラゴンもまたいで通るで」

「そうだね、うん……」

 
 ネギは小太郎の説得力あふれる言葉に思わず納得してしまう。ネギにしてみれば、どちらも敵に回せば死が待っている究極の選択なのだが、それでもネギは同じ敵対するならタマモよりドラゴンを選ぶ。それは両方に対峙した事のあるネギの、いや、人としての本能が自然にどちらがより強者なのかを瞬時に見出し、わずかでも生存確率の高いほうを選んだ結果だった。麻帆良学園にきて約4ヶ月、その経験値は確実にネギを生きるのに貪欲なダイハードな男へと成長させているのだった。
 しかし、この時ばかりはその選択こそが命取りであった。ネギは忘れていたのである、ネギをしてドラゴンより怖いと言わしめた存在、それは狐の化身であり、人間をはるかに凌駕する聴力を持っている事を。


「何、このプレッシャーは?」


 ネギは突如背後から生じたプレッシャーに、心臓をわしづかみされたような感触を受けた。ここで本来ならそのあまりに不吉なプレッシャーから逃れるべく何か行動をしないといけないのだが、この時のネギはそのあまりに強大なプレッシャーに逃げ出すことも出来ずにいた。
 そんなネギに出来る事は、己の無事を暗黒神に祈りながらゆっくりと振り返る事だけである。そして脂汗をたらして硬直している小太郎と共にゆっくりとその視線を上に向けると、そこには――


「あんたら、黄泉路の水先案内人は雇ったかしら?」


 ――もはや説明不要だろうが、そこにはメイド姿をした冥途の使者がいたのだった。


「あータマモ、ほどほどにな……」

「「兄ちゃん(アスナさん)助けてー!」」

「わりい、無理だ!」

「ネギ、せめて迷わず成仏してね」

「ネギ先生、小太郎君。後でちゃんと介抱してあげますわ……心を込めて、手取り足取り……」

「大丈夫です、もし死んでも生きられますよ」

「「いやああああー!」」



 横島は懐かしいセリフを耳にしながら――同時にあやかが妙に染まりつつある事に戦慄を覚えながら――ネギと小太郎の冥福を祈っていると、いつの間にかタマモと交代するように横島のそばに陣取っていた刹那が横島の真意を問いただしてきた。


「横島さん、先ほどのことはいったいどういうことなんでしょうか?」

「ああ、さっきも言ったとおり今から図書館島へ行くんだよ」

「なぜ図書館島へ?」

「それは前にいた所でおキヌちゃんって言う子がさよちゃんと同じような状態だったんだよ、まあ部分部分ではかなり違うけどなんというか条件的に同じような気がしてな」

「300年間幽霊をやってて生き返ったという同僚の方ですね、では横島さんは相坂さんも同じだと?」

「勘だけどな、つーわけでこの学園の中で一番怪しい図書館島へ行こうってわけだ」


 刹那は横島の説明に納得したのか、ひとしきり頷くと再びネギ達の方を見る。するとそこでは今まさにネギに向かってタマモのハンマーが唸りを上げて迫るところだった。このままいけばネギはほぼ間違いなくお空の星となることだろうが、ここには回復役として木乃香も、そして横島もいるのだから特に心配する事はないだろうとその運命の一瞬を何とはなしに見つめていた。
 しかし次の瞬間、刹那はそのあまりの光景に絶句する事になるのだった。


 ネギは迫り来るハンマーをなにやら達観した思いで見つめる。


 ――いったいどうしてこうなったのだろう。

 ――このままいけばもうすぐ僕はお空の星になってしまう。

 ――ああ、下手したらまた大気圏コースかな……

 ――大気圏……赤い地球……迫り来る大地。

 ――ああ、もう何もかもが懐かしい……いっそこのまま美しい地球を見ながら神の御許へ行くのも良いかもしれない。

 ――でも、それでも僕は……

 ――生きていたいんだ!


 この時、ネギの深層意識の中でなにやら種の様な物がはじけ飛び、それと同時に手近にあった物を引っつかむと自分と迫り来るハンマーの間に滑り込ませた。
 かつて魔王に頭突きをかました女傑の口にした魔法の言葉を唱えながら。


「小太郎君、お願い!」


「お願いじゃねぇぇぇー!」


 ネギはハンマーが激突する瞬間、逃げようとしていた小太郎の襟首をひっつかみ、自らの盾としたのだった。そして盾とされた小太郎は怨嗟の声を上げながら、死神が開け放った窓から弾道軌道を描いて空へと射出されるのだった。


「うっわえげつねえ……」

「ネギ……あんた絶対に立派な魔法使いになるのは無理よ」

「ネギ先生もしっかり横島さんの影響を受けているみたいですね……」


 星になった小太郎を見上げながら、横島達はネギの意外な行動に戦慄を覚える。特に横島はかつて美神に同じ事をされただけに、すでに頂点を越え、滑空体勢をとりつつある小太郎に同情を禁じえないでいた。
 そしてその張本人たるネギは、身を挺して自らをかばった小太郎に敬礼をもって見送っていたが、ふと背後で感じるプレッシャーが少しも減じていなかった事に今更ながら気付いたのである。
 確かにネギは先ほどの攻撃をとっさの機転で被害を受けずに済んでいた。しかし、それはお仕置きを受ける順番が入れ替わったに過ぎない事に今更ながら気付いたのである。


「ネ〜ギ〜先生〜♪ せっかく二人仲良く送ってあげようと思ってたけど、小太郎を一人でいかせるだなんて酷いじゃない」

「タ、タマモさん!」

「だから……次はちゃんと貴方がお空の星になりなさい」

「ちょ! タマモさん待って、まだ障壁が……あ、これだぎゃぴ!」


 あくまでも笑顔のまま、タマモはゆっくりとハンマーを振りかぶると、間一髪で障壁が間に合ったネギにハンマーを叩き込む。するとネギはまるで空母からカタパルトで射出される戦闘機のごとくふわりと浮き上がると、小太郎以上のスピードで翼無き身を天へといざなうのだった。その手に障壁代わりにされたカモを握り締めながら。






「さて……鬼が出るか蛇が出るか。できれば美人のねーちゃんが出てきてほしいもんだが」


 あれから一時間後、ネギと小太郎を回収した横島達は、再び夜の図書館島に到着し、かつてネギ救出するために潜った入り口より地下へと向かい、前回の罠を慎重に避けながら奥へと進んでいく。そして今、彼らの前には今度こそ未踏の階層への入り口が不気味な姿を晒している。
 ちなみに、あやかは危なくなった時点で引き返すという条件でこの場に同行している。


「あううう、またドラゴンに遭遇したらどうしよう」

「まあそん時は全力で逃げるしかないな」

「兄ちゃんでも勝てないんか?」

「無茶言うなや……怒れる龍は本気で洒落にならんのだぞ」


 横島はかつて妙神山修行場を壊滅させた小竜姫の姿でも思い出したのか、肩を震わせると青ざめた顔をネギと小太郎に向ける。ネギにしても、いかにタマモよりましとは言え、正直ドラゴンに遭遇するのは御免こうむりたいと言うのが本音だ。
 その一方で刹那、タマモ、あやか、木乃香はダンジョンの入り口にあるプレートを見つけ、それに書いてある文字に目を走らせていた。


「えっと……『これより先は善と悪が織り成す階層、悪もしくは中立の者はこの扉を開け、善なる者は別の入り口を探せ』……どういうことでしょうか?」

「エヴァみたいな悪じゃないとこの扉から入る事はできないっていう意味かしら?」

「善の入り口といっても、この階層には他に下へ続く道はありませんでしたわね」

「とりあえず、入ってみてみたほうがええんとちゃう?」

「そうね……横島ー!」


 タマモはネギ達と話している横島を呼ぶとその扉を開けさせ、まずは横島からゆっくりとその入り口に足を踏み入れた。すると――


 ――汝、悪なり。


 横島がその扉をくぐった瞬間、なにやら厳かな声が周囲に響き割った。どうやらこの扉はくぐった人物の属性をスキャンするようだ。



「まあ、確かに横島は善って感じじゃないわね」

「むしろ納得ですね」

「やかましー! お前等もとっとと来やがれー!」


 横島はなにやら言いたい放題のタマモと刹那に叫ぶ。 すると刹那とタマモはクスリと笑うと、タマモがまずは扉をくぐり、それに刹那が続く。


 ――汝、悪なり。

 ――汝、中立なり。


 扉はタマモを悪、刹那を中立と見立てたようだ。そしてそれを見ていた小太郎達も面白そうにその扉をくぐるのだった。
 その結果、小太郎とアスナは中立となり、次はあやかが恐る恐るその足を踏み入れようとしていた。
 すると――


 ――汝、善なり。これより進む事あたわず。


 なにやらクイズで間違えた時のような音が鳴り響くと同時に、あやかの目の前でその扉が音を立てて閉まった。


「え!? ちょ、タマモさん開けてください」


 あやかは目の前で閉まった扉を叩くが、その扉は押しても引いてあやかの手では開く事はなかった。


「どうやらいいんちょさんは善みたいですねー、予想通りでしたけど」

「せやなー、じゃあ次はどっちが行く? ウチから行こうか?」

「うーん、とりあえず僕から行きます。けど、どうせ僕もいいんちょさんと同じになりそうな気もしますけど」

「せやな、ネギ君は立派な魔法使いを目指しとるしなー」


 ネギと木乃香は扉をたたき続けるあやかを後ろに下がらせると、改めてネギはその扉を開き、急に閉まる扉を警戒しながらゆっくりと足を踏み入れた。
 すると――


 ――汝、悪なり。

「ちょっと待って、なんで立派な魔法使いを目指す僕が悪なの!?」


 実にすんなりとネギは受け入れられ、思わず叫びながら盛大にずっこけ、なんとかその身を起こすと審判の扉に向かってなにやら文句を言い出す。しかし、扉は黙して語ることなかった。しかし、次の瞬間まるで扉の代わりに答えるかのようにとある声がネギの頭に響いてきたのだった。


<せやかてなー、どう考えても今の坊主の属性は悪やからなー、友好的なのを相手にしすぎたんとちゃうか? やっぱ日ごろの行いは大切やで>

<むしろこのまま行けば立派な『悪』の魔法使いを目指せるかもしれませんよ>

「いやだぁぁー、せめて中立にー!」


 ネギはその声によってまさにトドメをさされ、大地に膝をつき両手を天に掲げるように大きく突き出しながら泣き叫ぶのだった。


「あー……まあ、予測は出来てたな」

「修学旅行では灰になった私を亡き者にしようとしたりしてたしね」

「そういえば、この前は横島さんごとヘルマンという悪魔を葬り去ろうとしてましたっけ」

「しかもアレはあのエロジジイより横島さんを殺るほうがメインの目的だったみたいよ」

「ついさっきは俺を盾にしよったしな……」
  

 横島達は涙にぬれるネギに生暖かい視線を送りながら、どうしたもんかと悩んでいたが。約十秒間に渡る視線の会話の後、見なかったことにすることを全員一致で採択していた。


「じゃあ、最後はウチやなー」


 と、そこにまだ扉をくぐっていなかった木乃香が笑顔でその扉をくぐろうと、こちらに向かってくる。そしてそれを見たアスナは一気に顔を青ざめさせると、木乃香に見つからないように扉の影に身を伏せ、木乃香が審判の扉の前に立つのを待った。


 ――汝はじゃあ


 バタン!


 扉が全てを言い終わる前に、アスナは一気に扉を閉め、それが決して開かないように全身の力で扉を押さえつけた。


「ちょ、アスナちゃん。いったい何を?」

「いいから黙っててください!」


 横島は突然のことに目を丸くし、必死に扉を押さえつけるアスナに声をかけたが、アスナはそれにかまうことなく扉の向こうにいるであろう木乃香に声をかけた。


「どうやら木乃香も善だからダメみたいねー、しょうがないからいいんちょと一緒に先に帰っててー!」

「えー、ウチもダメなんー」

「そうそう、木乃香は誰がどう見たって善の属性だし、こればっかはしょうがないじゃない」

「うーん、ほなウチはいいんちょと帰るけど、みんな気をつけてなー」


 アスナは扉の向こうで木乃香があやかを伴って引き返し、その気配が完全になくなるのを確認すると、深いため息をつきながらずるずると大地に崩れ落ちるのだった。
 大地に崩れ落ちアスナはこの時、すべての力を使い尽くしたマラソンランナーのごとくゲッソリとやつれ、その表情には深い憂いを含んでいたという。

 一方、アスナの突然の行動をただ呆然と見ていたタマモと刹那はと言えば――


「ねえ刹那……」

「はい、なんでしょうか」

「今、あの扉は『汝はじゃあ』って言ってたわよね……」

「そう……ですね。確かにそう聞こえました」


 刹那はすでにタマモが言おうとしている内容に気付いているのか、何か信じられないようなものを見たかのように顔色を青くさせ、虚ろな目で扉を見ながらタマモに答える。
 そしてタマモはそんな刹那を気の毒そうに眺めながらも、あの扉が言おうとしていた事をその明晰な頭脳で再構成し、刹那に突きつけるのだった。


「あれって、ひょっとして『汝は邪悪なり』って言おうとしてたんじゃあ……」

「……」

「刹那?」

「気の……気のせいです。うん、きっと空耳なんですよ。だって下手な天使よりも神々しいお嬢様が悪、しかも邪悪だなんてそんなはずが……」

「……そ、そうよね。私の聞き間違いよね、うん」


 刹那とタマモ、二人はどうやらこの一連のやりとりを気のせいということにし、心の奥底に封印することに決めたようであった。
 そして二人はやがてお互いに顔を見合すと、虚ろな、それこそ魂が抜けそうなほど虚ろな笑い声を上げるのだった。



 結局その後、横島達は精神的復活にしばしの時間を要していたが、やがて気を取り直して――正確には記憶の奥に封印して――数々のトラップを乗り越えて迷宮を突き進んでく。
 その間には当然横島がトラップに引っかかったり、笑うお釜に遭遇したり、はてはネギが兎に首をはねられそうになったりとノベライズ一冊分にもおよぶ隣り合わせの灰とナニカがあったが、大筋では関係ないのでここでは省略する。
 ともかく横島達は今、迷宮の最下層とも思える地下10階のような場所にたどり着いていた。


「よ、ようやく最下層っぽいところに出たな。あとは魔力が不自然に集中している場所を探せば何とかなるな。タマモ、わかるか?」

「うーん、この階層自体魔力が集まっててよく分からないわね」

「やっぱしらみつぶしに調べていくしかないか」


 横島はそう言うと奥に向かって探索を再開していき、やがて巨大な広間にたどり着く。そこは部屋中を淡く光る木の根が覆っており、幻想的な雰囲気をかもし出していた。


「うわー、凄いですねー」

「綺麗ねー」

「すげえー」


 ネギ、アスナ、小太郎が幻想的な光景を前にして呆然としてる間に、横島達は三人はさよを引き連れて部屋を調べていた。


「タマモ、なにかわかるか?」

「うーん、確かにこの部屋にも魔力は集まっているけど、それはこの木の根そのものが魔力を発しているからみたいね」

「ということはまだ奥があるって言う事なんでしょうか?」

「たぶんね、あっちの方に通路もあったし本命はそこよ」


 バサリ……ズシン!


 横島達が今後の探索方針を話し合っているその時、何か巨大なものが羽音と共に横島たちの背後に降り立った。そしてそれと同時に何か獣のうなり声のような低い重低音が部屋中に響き渡る。


「……刹那ちゃん、何か今後ろでものごっつ不吉な音がしなかったか?」

「き、気のせいだと良いんですけど私にも聞こえました」


<ぐるるるる!>


「幻聴にしてはリアルな唸り声よね」

「きっと風の音だと思うな、是非そうであってほしいんだが」

「あの、皆さん後ろにおっきなトカゲが……なんか口から火が漏れてますー」


 横島以下の三人は必死に背後から感じる不吉な気配と、聞こえてくる唸り声を気のせいとして片付けようとしていたが、傍らにいた天然の少女、相坂さよが全てを台無しにしていた。横島達はこの段階で全てを諦め、一種の諦観と共に覚悟を決めるとゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには横島達の予想通りの、そして決して認めたくない圧倒的な存在が横島達を睨みつけていた。


<ぐるるるる!>


「まごうことなきドラゴンだな……」

「せ、西洋龍!」


 横島と刹那は目の前にたたずむドラゴンの迫力に怯んだのか、後ろに下がろうとした。しかし、この三人の中でただ一人ドラゴンの出現にも冷静さを失わなかったタマモがその行動を制した。


「二人とも退いちゃダメよ、退いたらヤツはすぐにでも襲ってくるわ」

「し、しかしタマモ……」


 タマモは戸惑う横島達を他所に、すでに対横島専用と化したような感のあるアーティファクト、『変幻突込杖』を取り出して使い慣れたハンマーの形にするとドラゴンの前に一歩を踏み出した。そして小さなタマモと巨大なドラゴンは、目を逸らしたほうが負けと言わんばかりに壮絶な戦いを繰り広げる。

 それはまさに竜狐の戦いを髣髴とさせる戦いであった。
 あまりの事態に呆然とする横島と刹那、部屋の入り口でやはり同じように事態の推移を見守っているネギ達の目にはタマモとドラゴンの背後にそれぞれ巨大な九尾の狐と、何故か龍っぽい角の生えた赤髪にヘアバンドをして剣を手にする女性の姿が映し出されていた。


「ちょっとマテ、なんで小竜姫様が!」


 横島の突っ込みの声が上がるが、二大怪獣の決戦はそれにかまうことなく続いていく。
 5分後、いや実際には1分程度かもしれないが、濃密な戦場の気配漂う空間が支配する中、タマモがついに動き出した。
 

「……でっかいトカゲの分際で、九尾たるこの私にガンつけるなんて良い度胸じゃない」

<ぐる!>


 タマモはドラゴンから視線を外すことなく、ゆっくりとドラゴンに向けて一歩を踏み出した。するとドラゴンは一瞬怯んだように長い首を後ろに引こうとしたが、すぐに持ち直してタマモと同じように一歩を踏み出す。
 双方の距離は一歩、また一歩と近づいていき、やがてお互いを必殺の間合いに捕らえまでになって行く。そしてお互いの歩みが止まった時、耐えかねたかのようにドラゴンが天に向かって吠え、タマモを踏み潰さんとするかのように巨大な足を持ち上げた。


「危ない!」


 それは誰の声だったのだろうか、横島か刹那か、いや、それは全員の声だったのかもしれない。しかしタマモは自分に迫る危機を前にしていても一向に動ずることなく目の前の巨獣を睨みつけていく。そしてドラゴンの足がタマモを踏み潰そうとするその瞬間、再びタマモの氷のようなするどい視線がドラゴンの目を射抜いた。





<ぐる!>


 ドラゴンはいらついていた。
 今まで自分の前に立ちはだかった存在はいない、そして自分はこの地下空間の中では絶対の強者として君臨してきた。
 自らの前に立つ存在は全て自分の姿を見ると脅え、命乞いをし、そして最後には無様に逃げ出していく。

 今回も自分のテリトリーに侵入してきた不遜な存在を排除しようとこの広間に降り立ち、目の前の取るに足らない小さな存在を排除しようとした。しかし、今回の小さき者は今までのどの侵入者とも違っていた。
 その小さな存在は自分を見ても脅えもせず、ましてや背を向けて逃げる事など考えていないかのように自分と目を合わせたままその場を動かない。だが、何よりも自分をいらつかせるものは、目の前の小さな存在と対峙したときより感じる感情であった。
 
 それは生まれ出でてより感じた事の無い不快な感情であった、その感情は小さな存在が自分に近づいてくるにつれて大きく心を乱していく。一瞬その感情に身を任せてしまおうという誘惑に駆られるが、自らの存在意義にかけてその感情をねじ伏せ、逆に小さき者を追い詰めるべく足を踏み出す。しかし、それでも小さき者は怯むことなく自分の前に立ちはだかり、不遜にも自らを睨みつけている。
 ドラゴンはだんだん大きくなる感情に抗いながら、威嚇も込めて天に向かって吠え、そして自らの巨大な足をもって目の前の不遜な存在を排除せんと持ち上げていく。そしてその時、ドラゴンは見た。いや、見てしまったと言ってもいいだろう。
 それは自らを射抜く氷のような視線だった。
 そしてドラゴンは理解した、先ほどから心の中で荒れ狂う暴風のように騒いでいる感情、それは――


 ――『恐怖』であると。


 ドラゴンがそれに気付いた時、ドラゴンはその足を目標の直前で止め、まるでまたぐように小さき者を避けていた。
 
 
  









「あ、本当にまたいだ……」



 地響きと共に静まり返った空間にアスナの決して大きくない声が響く。その視線の先にはどことなく目に怯えの色を浮かばせたドラゴンが、まるでタマモを避けるように足を大きく踏み出していた。


「わかります、ドラゴンさん。その気持ちよーくわかります」

「むしろ今までよー耐えたと褒めてやりたくなるくらいや」


 その傍らにいるネギと小太郎はさもありなんとばかりに大きく何度も頷きながら、ドラゴンにむけて同情を多分に含んだ視線を向けていた。
 一方、横島と刹那はあまりの事態に大口を開けて呆然としていたが、耐性があるのかいち早く正気に戻った横島が傍らにいた刹那を小脇に抱え、ついでドラゴンのそばにいるタマモも逆の腕で小脇に抱えてネギ達の下へと全速力で駆け出した。


「ちょっと、何するのよ」

「馬鹿野郎、ドラゴンが正気に戻る前に逃げるぞ!」

「タマモさん無茶しすぎです!」


 タマモ達を抱えたまま横島はネギ達と合流すると、そのまま元来た道を走り抜けていく。しかし、それは失敗であった。
 逃げるのならドラゴンが入って来れないような狭い道を選ぶべきであったのである。しかして今、横島達が駆け抜けている回廊は巨大なドラゴンをしても、飛ぶことは出来ないまでも容易に進入可能な広さを持っていた。そのため、横島達に遅れる事数瞬の後、ドラゴンはまるで過去の汚点を消し去らんとばかりに怒り狂い、横島達を猛然と追い詰めようとしていた。
 しかし、その足は遅く、軽量とはいえ女子中学生二人を抱えてなお100mで記録を狙えそうな速度で走り抜ける横島にジリジリと突き放されていく。そしてもう少しで逃げ切れるかと思われた時、横島の耳に少女の悲痛な叫び声が聞こえてきた。 


「いやあー! 待ってくださいー、置いてかないでー!」



 それは逃げ遅れたさよの魂の叫びであった。さよの声に振り返った横島が見たものは、今にもドラゴンに追いつかれそうになっているさよの姿だった。
 横島はタマモと刹那をその場におろし、ほとんど反射的にさよの元へと引き返していく。そして今にもさよに向けて炎を吐き出そうとするドラゴンの前に立ちはだかると、自らの切り札を取り出して発動させた。 


「も、文珠ー!」
 

 それは『防』の文字が入った文珠であった。
 その文珠は存分に効果を発揮し、今にもさよをつつまんとしていた炎を完璧に防ぐ。


「あうう、よごじまさーん」


 さよはあまりの恐怖に涙に濡れ、そのまま横島にしがみつく。


「ちょ、さよちゃん今の内に逃げなきゃ」


 横島は自分にしがみつくさよをなだめながら、さよを先ほどのタマモ達のように小脇に抱えてタマモ達に追いつくべく駆け出す。しかし、既にドラゴンと横島の距離は10mを切っており、完全に逃げ切るのは不可能と思われた。
 だが、その時横島の行く手でネギの声が響き渡った。


「横島さんこっちです!」


 横島が顔を上げると、そこには回廊の脇にあった部屋の扉を開け、自分を心配そうに見つめるネギの姿があった。
 横島は渡りに船とばかりにその部屋に飛び込み、即座に扉を閉める。するとそれと同時に扉の前を怒り狂ったドラゴンブレスが回廊を焦がしていった。

 横島は背後の扉に『固』の文珠を使用して扉を完全に固定して一息つこうとしたが、しかしそれは一瞬の事だった。怒り狂ったドラゴンは決して横島達を逃がそうとはせず、横島達が逃げ込んだ部屋に猛然と体当たりをしていく。このままでは5分と持たずに文珠の効果が切れ、ドラゴンが部屋の中に進入してきてしまうだろう。
 横島は扉をぶち破ろうとする音が響く中、薄暗い部屋を見渡した。
 部屋の中には全員が逃げ込んでおり、次の避難先を探していたがこの部屋の中には通常の扉はもとより隠し扉すらありそうになかった。


「あううう横島さんどうしましょう、僕達追い詰められたんじゃ」

「大丈夫ですよ、ネギ先生。死んでもこんなに元気です!」

「うわあああん!」

「さよちゃん、あなたは幽霊だから大丈夫なんだろうけどさ……」


 切羽詰ったかのように横島に泣き付くネギをさよがなだめようとするが、その効果もむなしくむしろトドメをさしていた。しかし、そのやりとりを見ていたタマモがあることに気付いた。


「ねえ、アスナにネギ先生。ひょっとして今さよの姿が見えてない?」

「あれ? そういえばさっきから見えるような気が」

「あ、私にも見えてる」


 アスナとネギは今更のようにさよを普通に視認していたことに気付いた。


「どういうことでしょうか?」

「ひょっとしてアレか? さっきの切羽詰った状況で火事場のクソ力のごとく幽体の密度っていうか存在力が上がったということか?」

「ある意味さっきの悲鳴は魂の叫びと言ってもいいのかもね、実際なんか安定してきてるし」

「ええ! じゃあこれで皆に気付いてもらえるんですね!?」

「たぶんな」

「ということは謎は謎のままだけど一応最低限の目標は達成したということかしら?」

「でも結局ここから逃げ出せないと意味が無いような……」

 さよは望外の事態に喜びの声を上げるが、一方ネギ達は暗く沈んでいた。だが、そんなネギにタマモが光明を照らした。


「それには考えがあるわよ、皆横島の文珠のこと忘れてない?」

「え、文珠ですか?」

「そうよ、文珠に『転移』と込めればここから逃げ出す事なんか簡単に……」


 タマモはまるで自分のことのように誇らしげに横島の文珠による脱出プランを説明していく。しかし、その説明は最後まですることは出来なかった。


「あータマモ……」

「何よ」

「悪いが文珠はもう無いんだが……」


 横島のセリフが終わると、周囲を生ぬるい風が吹くと共に沈黙が場を支配した。


「どういうことよー!」


 10秒後、タマモの切羽詰った声が部屋中に響き渡る。


「だからここに来る前にネギと小太郎の回復に二個、ほんでトラップ脱出のために三個、さらに今さっき二個つかったからもう手持ちはゼロ」

「なんですって、じゃあ手の打ち用が無いじゃない……ってちょっと待って」


 タマモは横島の説明に一瞬納得しかけたが、あることに気付いて横島を睨みつける。


「ねえ、横島……」

「な、なんでございましょう」

「最近文珠のストックを使い切るような大きな事件ってあったかしら?」

「な、無かったような」

「そうよね、無かったわよね……ということは横島、あなた『覗』いていたわね!」


 横島は図星を指されたためか、ビクリと体を小さく振るわせる。タマモはその動作で全てを察したのか、氷のような笑みを浮かべながら横島ににじり寄っていく。まさに横島にとって前門の狐、後門の竜という状況であった。しかし、そんな横島に天の助けとも言える声が傍らからかけられた。


「タマモさん、今はそんなことよりここからの脱出方法を考えるべきです」


 それは横島の傍らにいた刹那の声であった。タマモは刹那の言い分に納得したのか、その矛を収めて脱出方法を思案していく。


「刹那ちゃん、ありがとう。助かったよ」

「いえ、気にしにないでください。それに……」

「それに?」

「あとでじっくりとお話しましょうね」


 横島は後に語った、刹那の顔に浮かんだ笑みはタマモに勝るとも劣らぬほど綺麗な氷の微笑みであったと――

 横島はしばらく恐怖のあまり硬直していたが、やがて気を取り直してネギ達と共に脱出方法を検討していく。しかし、刻一刻とタイムリミットが迫る中、ネギの魔法を含めても有効な手段は無いように思えた。やがてネギ達が提案した全ての意見が却下されると、ネギ達の顔に絶望の二文字が浮かんでくる。
 横島はそんなネギ達を一通り見渡すと、やがて重いため息をつきながら最後の手段を使う決心をした。


「ふう、これは使いたくなかったんだが……」

「何か手があるんですか!」


 ネギは最後の希望とばかりに横島に詰め寄る。すると横島は冷静にネギを引き剥がしながら立ち上がると、静かに目を閉じて集中していく。


「横島さんは何をするつもりでしょうか?」

「さあ、まあなんだかんだ言いながらも最後には何とかしてくれるヤツだし信用してもいいかもね」


 刹那は横島を完全に信頼しているタマモを羨ましそうに見ていたが、やがて気を取り直したように横島を期待に満ちた瞳で見つめていく。
 横島はよほど深く集中しているのか、目を閉じたままピクリとも動かない。そして永遠とも感じられる時間が過ぎた後、横島はクワっと目を見開いて叫んだ。


「煩 悩 全 開!」



「「「だああー!」」」

「横島さん真面目にやってくださーい!」


 横島の叫び声と共にタマモを除く全員がその場でコケ、刹那の悲痛な声が部屋に響き渡る。しかし、横島はそれにも全く動じることなく自らの煩悩を解放していった。
 横島の脳内には今まで出会った数々の美女があられもない姿で次々と浮かんでは消えていく。
 
 ワルキューレ、美神令子、小笠原エミ、六道冥子、机妖怪の愛子、小鳩、巫女服をはだけさせたおキヌなどそれは実に多岐にわたっていた。
 そして浮かんでは消えていく美女達の姿と共に横島の霊力はグングンと上昇して行き、もう少しで文珠を精製できるくらいに高まっていく。


「すごい、横島さんに力が集まっていく」

「もう少し、あと少しだ!」 


 横島はさらに深く煩悩解放していく。
 横島の脳内には先ほどの美女達に加えてさらに新たな人影が浮かんでくる。
 それは麻帆良で出会った数々の美女に加え、さらに源しずなや大人verのエヴァ、茨の冠をかぶった神々しい姿をした人影、12枚の翼を持った角のある魔王、小動物のごとく潤んだ瞳で自分を見上げるネギと小太郎へと続いていた。


「なし! 今のなし! なんか変なのイター!」


 横島は高まりつつあった霊力を一瞬のうちに霧散させながら頭を抱えて叫ぶ。
 タマモ達はすさまじいまでに高まりつつあった霊力が一瞬でゼロどころか、マイナスにまで落ち込んだことに戸惑いを隠せないでいたが、横島の心を読めない以上何が起こったのか不明のままであった。
 一方とまどいを隠せないタマモ達を他所に、横島は気を取り直して再挑戦をかけようとしていた。
 

「OK落ち着け俺、今のは何かの間違いだ。もう一度心を清流のごとく改めて……」


 横島は先ほどの見えた何かを意識の外に放り出し、再び集中していく。そして先ほどよりも深く、静かに意識の底へ潜って行き、やがてその根源とも言える何かを感じ取ると再び目を開けて叫んだ。 


「ふおおお萌え上がれ俺の煩悩! 真 煩 悩 全 開!


 もはや誰も突っ込もうとしない中、横島は己の真の煩悩を覚醒させていく。
 それは今までの完全解放をはるかに凌駕していた。先ほどを上回る圧倒的な霊力の上昇に、タマモ達は言葉もなく横島を見つめるだけであった。


 横島の意識の中はいまやピンク色に染まっていた。その空間の中には、数々の美女が横島の前に現れては消えていく。そしてその中でも一番横島の近くに現れ、そして消えること無く存在し続ける影があった。
 それは麻帆良学園の制服を着たタマモと刹那、おそろいのパジャマを着て上目遣いで見つめるタマモと刹那、ワイシャツ一枚で傍らに座るタマモと刹那、ビキニを着て笑いかけるタマモと刹那、私服姿ながらも凛とした表情で自分の左右に立つタマモと刹那、潤んだ瞳をして下着姿で迫って来るタマモと刹那etc……


「ちょっとマテ! 今のなし、確かに萌えるものがあるが、これ以上は18禁ー!」

 
 横島はあわてて正気に戻ろうとしたが、あふれる煩悩、いや妄想はすでに抑えが効くようなものではなく、気がつくとその脳内の映像はやがてモザイク処理が必要な世界へと羽ばたいて行き、脳内にてエンディングロールが流れる頃には横島の手に5個の文珠が精製されていた。


「やったわね! これで脱出出来るわ!」

「やったー、これで帰れますー」


 皆の喜びの歓声を他所に、横島は落ち込みまくっていた。その影はまるで部屋を飲み込まんとするかのようである。


「お、俺ってヤツは……」

「あの、横島さんどうしたんですか?」


 刹那は妙に落ち込んでいる横島を心配そうに覗き込む。


「あ……いや、なんでもない。うん、なんでもないんだよ刹那ちゃん。俺は、俺は……将来ならともかく、今の刹那ちゃんとタマモに手を出しちゃいけないんだー!」
 

 横島は突然目と鼻の先に現れた刹那に顔を赤くしながらも、何かを言い訳するように弁解していく。そして刹那はそんな普段見られない横島の様子に戸惑いを感じながらも、横島の腕を取るとタマモ達の下へと横島を引っ張っていった。
 その後、タマモ達は横島の復活を待ち、『転移』の文珠を使用して地上へと戻るのだった。


<ぐるおおおおお!>


 再び誰もいなくなった迷宮の奥深くに、やり場の無い怒りを含んだドラゴンの咆哮が響き渡っていた。





 第33話 end



 横島達が図書館島で死闘を繰り返していたその夜、麻帆良学園の敷地内の森にあるログハウスの中ではとある宴が催されていた。
 その宴の参加者はこの家の持ち主でであるエヴァンジェリン、そしてその従者である茶々丸&チャチャゼロコンビであった。


「きゃははははははは! 茶々丸ー、お前も飲んでいるかー? ほら、この酒は美味しいぞー」

「ありがとうございますマスター、私もちゃんと飲んでおります。それよりも、先ほどお願いしていたことですが、コレを……」


 茶々丸は酒のせいか、頬を紅潮させて自分を見つめるエヴァの前にとあるものをうやうやしく差し出した。すると、エヴァはそれを一瞥すると気恥ずかしさからなのか、さらに頬を赤くさせるが、それでも威厳を持って茶々丸に答えた。


「いいだろう、お前が求めるのなら私はかまわないぞ」

「ありがとうございます、マイマスター……」


 茶々丸はエヴァに深々と頭を下げると頭にチャチャゼロを乗せ、準備一式が取り揃えてある奥の部屋へとエヴァをいざなうのであった。




 そして2時間後。


「ふう、堪能しました……」


 撮影会という名の宴を終えた茶々丸はベッドの上で眠るエヴァをやさしく見つめながら、そっとつぶやく。すると、それまで茶々丸の頭の上で大人しくしていたチャチャゼロがわずかに身じろぎをした。


「妹ヨ、ウマクイッタヨウダナ……」

「はい、古今東西のあらゆる魔女っ子はもとより、月の水兵戦士、はては虎縞ビキニ鬼娘などありとあらゆる素材が手に入りました。しかもやや潤んだ瞳の表情に加え、本人によるアフレコまで……まさに完璧です」

「ウム、コレデ例ノ計画ニマタ一歩近ヅイタ……トコロデ……」

「なんでしょうか?」

「ナンデアノゴ主人ガスンナリ言ウ事ヲ聞イタンダ?」


 チャチャゼロは時々顔をしかめ、うなされているエヴァを見下ろしながら今日のエヴァの行動を振り返る。
 今日のエヴァは確かにどこかおかしかった。いや、酒を飲んで酔っていたのだからある程度はおかしいの当たり前なのだが、それでも異常すぎる。なにせ今日のエヴァは茶々丸の言う事をすんなりと聞き、あまつさえ普段のエヴァならお仕置きとして極大級の魔法を放ちかねないような衣装を恥ずかしがりながらも、自らの意思でそれを着たのである。これを異常と言わずして何を異常というのだろうか。
 チャチャゼロがエヴァの行動の異常さに首をかしげていると、茶々丸は頭上のチャチャゼロをやさしく両手でつかみ、そっと机の上に置いた。


「ナア妹ヨ、今回ハ一体ドウヤッタンダ?」

「いえ、大したことはしていません。ただ……」

「タダ?」


 チャチャゼロが答えを待ちながらつぶらな瞳で茶々丸を見つめていると、茶々丸はそこにどこから取り出したのか、一本の一升瓶をドンと目の前に置く。その一升瓶にはラベルに大きな字で『吟醸ゆめざくら』と記載されていた。


「例のHPの常連さんで、ソウルでハッカーな人達がこの性格改変のお酒を大量に送ってくれまして……この『吟醸ゆめざくら』というお酒を呑むとその人の性格は『友愛』に変わるそうなのです」


 茶々丸はその酒のほかに数種類の一升瓶を取り出し、それぞれの効能を書いた説明書をチャチャゼロに見せる。


「サッキゴ主人ガ飲ンデタノハソイツカ……」

「はい、チャオさんに飲んだら『獰猛』になる『純米からじし』をおすそ分けして実験してもらった結果、効果は保証されましたの使ってみました。結果はご覧のとおりです」

「ナルホド……」


 チャチャゼロは茶々丸の手管に感心し、ひとしきり頷いていたが、やがてふとある事に思い至り、その顔を上げた。


「ソウイエバ妹ヨ……」

「なんでしょうか?」

「オマエモ『本醸造百六十二代』トカ言ウノヲ飲ンデナカッタカ? シカモソレノ効果ハ飲ンダラ『狡猾』ニナルソウダガ……」

「そう……みたいですね」


 茶々丸とチャチャゼロはしばしの間その目を互いに合わせ、なんとも言えない沈黙が周囲を覆う。しかし、その沈黙も長くは続くことはなく、チャチャゼロはその目をそらすと、どこか達観したような表情をするのだった。


「飲ンデイヨウガ、飲ムマイガオ前ノ性格ガ変ワッテイナイヨウナ気ガスルノハ俺ノ気ノセイカ?」

「……気のせいだと思いますよ」


 この時、チャチャゼロは確かに見た。冷静に、どこまでも無表情に返事をした茶々丸であったが、その頬からまるで汗のように冷却水が漏れているのを。



解説

 ※性格改変のお酒は女神転生シリーズのデビルサマナー・ソウルハッカーズのアイテムです。各お酒の効果は下記のとおり。

     純米からじし 仲魔の性格を「獰猛」に変える(短)
     本醸造百六十二代 仲魔の性格を「狡猾」に変える(長)
     吟醸ゆめざくら 仲魔の性格を「友愛」に変える(短)




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