時は学園祭を二日後に控えた夜。ここ麻帆良学園女子中等部3−Aの教室では生徒全員が声を押し殺し、極力音を立てないようにしながらお化け屋敷の設営を行っている。
 本来なら下校時間はとうの昔に過ぎており、生徒が残っていていい時間ではない。まして前日以外の泊り込みは厳禁なのだ、もしここで先生、特に鬼と評される新田に見つかろうものなら、間違いなく朝までの説教コースが確定するであろう。しかし、それでも誰一人帰ろうとしない。
 実際の話、今日明日と徹夜でもしない限りとても間に合いそうも無いのだから、たとえ新田に見つかるリスクを犯そうとも、彼女達はその手を止めることは無いであろう。そして耳を澄ませば3−A以外の教室でも同じような状態なのだ。こうなったらもう死なばもろとも、一蓮托生とばかりに腹をくくって作業するしかない。
 しかし、ここにひとつの例外があった。


「あのー、僕はこれでも先生なんですけど……」

「ああああ、ネギ先生すみません。でも、手伝っていただけて嬉しいですわ」

「いえ、このくらい別にいいですけどね。けど、先生にばれたらいけないのに先生に手伝わせるって、本末転倒な気が……」


 ただひとつの例外、それは先生という立場にあるにもかかわらず、生徒達に混ざってトンカチを振るうネギの存在であった。まあ、ネギにしてもここで強権を発動して生徒を帰らせても、明日一日では間違いなく完成できないことは明白であるため、その辺は融通を利かせている。
 しかし、それでもクラス委員長たるあやかはネギの立場をおもんばかってか、涙ながらにネギに手をあわせ、ひたすら謝り倒すのだった。


「……で、俺は何でここにいるんだ? 夜の女子中学校と言う煩悩を刺激しまくる……もとい、微妙に煩悩を刺激する空間に男の俺がいるのはさすがにまずくないか?」


 そんな二人に憮然とした表情で話しかける男が一人、下からライトアップした不気味な顔を突きつける。その手には左手に懐中電灯、右手には角材やらコンパネやらが大量に抱えられ、その脇ではタマモが実に見事なハンマー捌きで外装を組立てている。


「手近にあんたみたいな貴重な戦力がいるのに使わない手はないでしょ。最悪見つかっても保護者の監督の下っていう錦の御旗が使えるしね」

「そうそう、それに横島さんの設営能力は期待しているよー!」


 タマモの冷静な切り返しとは別に、朝倉がニヤリと笑いながら横島の肩を叩く。確かに横島が設営に参加してからは、能率はグンと上昇しているのだ。タマモ達3−Aとしては、このように実に使い勝手のいい戦力をみすみす逃すはずはない。
 故に当初は設営の各班で横島の争奪戦が繰り広げられ、一部の充実した戦力――長瀬、龍宮、朝倉、早乙女、明石――による色仕掛けを仕掛けられようとしていたが、タマモと刹那の尽力と、刹那を支援する木乃香の無言の圧力、さらにあやかの強権により目出度く横島はタマモと刹那の班に組み入れられたのだった。
 ちなみに、ネギはタマモとあやかの裏取引の結果、あやかの班に組み入れられている。
 ともあれ、助っ人の参戦で活気付き、順調に設営が進んで行くかと思われたその時、突如廊下に足音が響き渡り、B組よりの伝令が駆け込んできた。


「敵性体Nを確認! 現在ベータ4にて進撃中、会敵予想時刻2005!」


 その報告がなされた瞬間、あやかは即座に立ち上がり、その伝令に了解の旨を伝えると皆を振り返った。


「みなさん、すぐに隠れてください!」

「ネギ先生、なに慌ててんの! すぐに隠れなさい!」

「ふえ?」


 あやかの号令のもと皆が一斉に隠れる中、ネギだけはついていけず、その場でオロオロとしていたが、それを見かねたタマモが比較的余裕の有るあやかの隠れている物陰に引きずり込んだ。
 そしてそれから3分後、今までとはうって変わって静まり返った教室に、規則正しい足音が聞こえてきた。その足音はやがて3−Aの教室で止まり、ゆっくりとドアを開けると懐中電灯の光を教室内に当てていく。
 あやかはその光が自分が隠れている付近を照らし出すと、反射的に奥に身を潜める。すると、その動きによって空間を詰められたネギは必然的にタマモに接近する事になり、その身長差もあいまって――


 ポス!



 ――小さな音と共にネギの顔がささやかなふくらみに包まれる。
 ネギはこの時、あろうことか女の子の胸にその顔をうずめるという偉業を達成したのだった。

 女性の胸に顔をうずめる。これは年頃の全ての男にとって夢ではあるのだが、いかんせんお子様のネギには刺激が強すぎる上、気恥ずかしさが先にたつせいか、顔を赤くさせて沈黙するだけであった。






 ――相手がタマモでなければ


 
 ネギは今まさに死の予感にその身をさいなまれている。その顔は赤くなるどころか、死者の顔すら生気に満ち溢れて見えるほど顔色をなくし、体は小刻みに震えている。
 これで相手がのどかであったら普通に顔を赤らめ、互いに気恥ずかしさを隠すように謝ればすむことなのだが、相手がタマモではそうはいかない。故にネギは志半ばで逝く事をくやみながら、その断罪の牙を待つのだった。



 ネギがこの世に別れを告げるために覚悟を完了させる少し前、 刹那はネギとは対照的に顔をこれ以上ないくらいに真っ赤に染め上げ、横島の腕の中で至福の時を味わっていた。
 なぜこのような事態になったのか、それはネギの陥った状況と比較的良く似ていたが、その呼び水となった行動についてそれが意図的かそうでないかという点で大きな差異があった。そしてこの状況を作り出した立役者、近衛木乃香は懐中電灯の光が自分達を照らしていないにもかかわらず、今もってなお刹那の背中を押し、強制的に横島の胸へと押し付けるのだった。
 もっとも、すでに茹で上がってる刹那は背中を押されなくとも横島の胸元から逃れることはなく、無意識での行動なのか意図的なのかは不明ではあるが、離れないように横島のシャツをしっかりと握りこんでいる。そして当の横島はといえば、そんな刹那に萌え狂いながら某女子寮管理人の東大生のごとく、抱きしめるべきか、抱きしめざるべきか葛藤するのだった。

 どれほど葛藤していただろうか、すでに新田は教室を去り、その足音は少しずつ遠ざかっていく。だが、刹那はそれでも横島から離れない。そしてついに横島も腹をくくったのか、ゆっくりと両手を刹那の背中に回そうとした時。


「ご、ごめんなさーい!」


 今まさに横島が刹那を抱きしめようとした瞬間、突如としてネギの声が上がり、横島は反射的に刹那から距離をとった。そして何かを誤魔化すように頭をふり、ネギの方を振り返ると、そこにはタマモに向かって土下座するネギの姿が目に入るのだった。


「タマモさん、ネギ先生を胸にうずめるだなんて嬉しハズかしハプニングを堪能するだなんて……お願いだから代わってください!」

「タマモさん、今のは決して意図的ではなく……お願いですから勘弁してください。お仕置きなら僕の代わりにカモ君を生贄に献上いたしますからどうか、どうか命ばかりはー!」


 タマモはハンカチを噛みながら悔しがるあやかに苦笑し、土下座しつつもカモを取り押さえ、恭しく差し出そうとするネギに冷たい視線を向けていたが、やがてその表情をくずすと可笑しそうに笑い出した。


「別にそこまでしなくていいわよ。今のは間違いなく不可抗力だしね」

「タマモさん、ありがとうございますぅぅー!」


 ネギは命が助かったことに感涙にむせび泣き、タマモにむかって深々と頭を下げる。そしてようやく立ち上がってその涙をぬぐうと、皆をうながして作業を再開するのだった。
 こうしてネギの命の危機は去り、すべてが元通りになるように見えた。しかし、真の災厄はまだ終わってなかったのである。


「ほほう、いいタイミングで邪魔してくれた上にタマモの胸に、か……」

「あの、横島さん?」


 刹那は淡々と作業に戻りつつも、どこか不気味に笑う横島に一瞬引いていたが、勇気をだして話しかけようとする。しかし、横島はそれに気付くことなく柱材に鉛筆で何かを書き込み、その真ん中に釘を合わせると無言のまま釘を打ち付けた。


 カーン!



 教室にひときわ高い金槌の音が響き渡る。そしてその音が部屋中に染み渡るころ、その異変は起こった。


「ハゥ……」

「キャー! ネギー!」


 横島が叩きつけた釘の音が響き渡ったその瞬間、ネギは突如として胸を押さえて倒れ、それに伴ってあやかとアスナがあわててネギを介抱しようとするが、ネギは一向に目覚めることはなかった。
 この時、刹那は一瞬なにが起こったのわからずにぼうっとしていたが、すぐに気を取り直すと横島が打ち付けた釘に懐中電灯を当てる。するとそこには、無造作に鉛筆で書いた人型らしき物の中心に5寸釘が深々と刺さっていたのだった。


「横島さん、これはいったい……」

「ん、刹那ちゃん何か問題でも?」

「いえ、何もありませんが……」


 刹那は横島の微妙に嫉妬に染まった目に怯み、ついその視線をそらしてしまう。そして横島はそんな刹那にかまうことなくニヤリと笑うと、脇においてあるあまり物の角材やコンパネに目を落とした。


「ならいいんだ。ところでこのあまり物の材料、もらっていいかな?」

「それはかまいませんが……いったい何を?」

「なに、ちょっと前夜祭用のイベントアイテムを作るだけだ。簡単だしすぐにすむよ。フゥゥハハハハハハハ!」


 刹那は不気味に笑う横島に冷や汗を浮かべつつ、ネギにこれから降りかかるであろう災厄を思い、そっと涙する。そしてそれと同時に、横島に嫉妬されるぐらい思われているタマモを羨ましそうに眺めるのだった。

 こうして学園祭二日前の夜はふけ、胸を押さえて苦しむネギのうめき声が金槌の音と共に教室に響き渡る。そしてネギは横島の隙をついて刹那が釘を抜くまでの2時間、地獄の苦しみをとくと味わうのであった。




第36話 「惨劇の予兆」




「やったー完成だー!」


 3−Aの教室に生徒達の歓声がこだまする。昨夜の徹夜のかい有ってか、彼女達の目の前には見事なお化け屋敷、いやむしろ遊園地のホラーハウスと呼んでもいっこうに差し支えないほどの施設が出来上がっていた。
 

「……自分も関わっててなんだけど、これって絶対に学園祭の範疇を超えてるわよね。このままデジャブーランドにも出せそうな気がするわ」

「た、たしかにそうですね……」

「横島さんも手伝ってくれましたし、それになによりも皆さんの努力の結果ですわ……もっとも、正直ここまでのものが出来上がるとは夢にも思いませんでしたけど」


 タマモと刹那、それにあやかはそこらの遊園地をはるかに凌駕するクオリティを持つ入場門を唖然としながら見上げる。もっとも、その感想はあくまでも入場門に関してのみであり、その内装はいまだに未完成だ。そして今、内装班は横島を最大戦力として内装の突貫工事を始めている。
 その横島はと言えば、コンパネに墨も打たずに正確に切り出したり、目視のみで寸法を決め、次々と基礎材料を作成したりしている。その手さばきは実に手馴れており、今からでもどこかの建築現場に行けば優遇間違いないであろう。いかに生き抜く上で必要だった技術とは言え、進む道を間違えたとしか言いようが無い。


「……本当につかえるヤツね」

「いったい今までどういう遭難遍歴をたどったんでしょうか」

「以前聞いた話では南極だとかアマゾンだとか言ってましたが……たぶんそれも氷山の一角なのでしょうね」


 タマモ達三人は入場門に向けていた視線を横島へとむけ、その技能の高さと、それを身につけた経緯を考え呆れたような表情をする。
 このことについては、横島に言わせれば建築技術や他の技能、それこそ霊能力にいたってまでも、生き残るために必要だったから身につけざるを得なかっただけのことであり、別段誇るような事ではないと言う。まったく呆れるほどの適応能力というか、究極の実戦派と言えよう。
 ともあれ、こうして外装については一段落し、部活組が抜け出した後の影響も横島のおかげで最小限で済んだため、クラスの皆の表情は一様に明るい。

「さて、それでは私もそろそろ剣道部のほうに顔を出してきますね」


 刹那は横島の下を離れるのが少し名残惜しそうであったが、自分も剣道部に所属している以上、顔を出さないわけには行かない。


「そういえば刹那は剣道部にも入ってたっけ。いったい何をやるの?」

「え? それはですね……女子部員がその、男装した執事喫茶なるものを……」


 刹那はよほど恥かしいのだろう、胸の前で指をモジモジとさせながら消え入りそうな声でタマモに答える。
 タマモはあまりに予想外だったその内容にしばし呆然としていたが、すぐに気を取り直すとやや呆れた口調で天をあおいだ。
 

「……またえらくマニアックなものを選択したわね。確かに集客は望めそうだけど」

「仕方がないんです、この学園祭で稼いで今度こそ部室に除湿機とオゾン脱臭装置をつけないと……」

「なんでまたそんなものを?」


 タマモは首をかしげながら刹那を見つめる。除湿機とオゾン脱臭装置、どちらも剣道にはまったく関係のない機械である上、それなりに高価な物だ。何故こんな物を女子部員達が欲しがるのか、タマモには皆目見当がつかないようだ。
 刹那はあっけらかんと聞いてくるタマモに顔をうつむかせ、どこと無く影を背負いながらゆっくりとタマモに近付く。タマモはその刹那から妙な迫力を感じて後ずさるが、その背中はすぐに廊下の壁に当たり、それ以上後退は出来なくなってしまった。


「タマモさん……貴方は剣道をやったことありますか?」

「いや、無いけど……それがなにか?」


 タマモは見た。この時刹那の背後の影がひと際大きくなり、揺らめいたのを。


「タマモさん、貴方は想像できますか? 練習後の手入れを忘れて放置し、気がついたら小手と面の内側にカビがびっしりと生えていたとか、練習が終わって気持ちのいい汗をかいた後、道着を着替えに部室に入ると凄まじいカビの匂いと汗の匂い、さらに数々の制汗スプレーの匂いがブレンドされた超空間が待ち受けているとか……」

「……えっと」

「そりゃあ私達はちゃんと手入れも掃除もしています。でも、歴代の先輩方が残した防具や道着、壁にしみこんだ匂いはもうどうにもならないぐらいになっているんですよ……そして何より!」

「……何より?」

「気がついたら私達3年を筆頭にしてほぼ全員がその環境に慣れちゃってるんです……もう、もう私達は乙女として引いてはいけない限界にまで達しているんですー!」


 刹那は思いのたけをぶちまける様に、腕を胸のあたりで組みながら叫ぶ。この刹那の叫びは剣道経験者ならおそらくその身を持って体験しているため、共感を示してくれるであろう。しかし、残念ながらタマモにはその経験は無い。故にタマモは廊下に崩れ落ちながらむせび泣く刹那をただ虚ろに眺めるだけであった。
 ちなみにあえて言おう、男子部室は女子部室の比ではないことを。


「さーて、後もう少しだ! 3時間で内装を仕上げるぞ、野郎ども、根性見せてみろー!」

「おおー!」


 教室からはなにも知らぬ能天気な横島の声が響く。今のタマモにとって、それは酷く遠い世界の出来事のようであった。







「結局、あの時の胸の激痛はなんだったんだろう?」

「愛の力って偉大やわー」

「愛……なのかな? もっとこう禍々しい怨念のような気がするけど」

「ああ、なんか思い出しただけでまた激痛がー!」


 刹那が運動部、それも武道系の宿命ともいえる命題に涙しているころ、ネギ、アスナ、木乃香の三人は広大な麻帆良学園の敷地を駆け抜けていた。
 もっとも、ネギは昨夜襲った原因不明の激痛に首をかしげ、その原因を横島の不気味な笑い声で察知したアスナは乾いた笑い声をあげる。木乃香は木乃香でなにやら教室に渦巻いた闇の気配――正確には嫉妬の気配――を察知でもしたのか、笑みを絶やさぬままウンウンと頷いていた。
 そんな彼女達の背景には茶々丸を模した巨大ロボや、恐竜型ロボがパレードのごとくのっしのっしと歩いており、ここはどこのテーマパークかと突っ込みを入れたくなるほどだ。
 ちなみに、例によって工学部研究棟からは爆発音が聞こえたり、中には「RXシリーズの三男を作らせろー! 俺達なら作れる、著作権がなんぼのもんじゃー!」とか「公国の06、それも赤くて角つけたヤツこそが我等の夢! 今こそ長年の夢を実現させるためにも著作権の壁を越える!」などといった叫び声が聞こえてくるが、それを実行した場合は怖い人たちがきっと大挙襲来し、彼らの夢は夢のまま終わるであろう。
 ともあれ、そんな悲喜こもごもな歓声が上がる大通りを駆け抜けていく3人であった。


「あ、ネギ先生、学園長が……どうさないました?」


 と、そこに書類の束を抱えた源しずなが現われ、悠然と笑みを浮かべながらネギに話しかけようとしたのだが、なにやら幻痛に苦しむネギの姿に思わずその声を途中で止める。


「いえ、ネギがとある人から断罪の刃を喰らっただけです。お気になさらないでください」

「そうそう、いつものことやしなー」

「そう……なの? っていつものことって……」

「……うふ、うふふふふ。そうなんですよね、いつもの事なんですよね。でも、慣れてきたと思ったらすぐに新しい刺激がくるから慣れるに慣れないんですよ……」


 あっけらかんと答えるアスナと木乃香に思わず納得しかけるしずなであったが、ネギの虚ろな瞳に思わず一歩引いてしまう。しかし、すぐに気を取り直すと――それでもネギと目をあわせないようにしながら――学園長が世界樹前の広場で待っていると伝えるのだった。
 ネギはそれを聞くとどこかふら付きながら、おぼつかない足取りで世界樹広場のほうへと歩き出す。その背中は妙な哀愁と影を背負っており、これから先の彼の行く末を物語っているかのようであった。


「ほ、ようやくきたかの」


 世界樹前の広場の中央に悠然とたたずむ翁が一人、それを取り巻くようにしていた数人の人影が広場に入ってきた少年に目を向ける。
 広場へ来た少年、それは当然ネギなのだが、ネギは広場の入り口で足を止めたまま呆然とその人影たちを見つめていた。しかし、それも無理ないことであろう。なにせネギの眼前には学園長、そして高畑をはじめとして一見してただならぬ気配を持つ猛者たちが勢ぞろいしていたのだから。


「よく来た、ネギ君まっとったぞ」

「……は、そうだ。この人たちはいったい?」


 ネギはしばし呆然としていたが、学園長の声に我を取り戻すと、ステージへ続く階段を駆け上がりながら学園長のとりまきを見渡した。


「うむ、まだネギ君には紹介してなかったの。ここに集まっているのは学園都市の各地に散らばる小・中・高・大学に常時勤務する魔法先生……と、一部魔法生徒じゃ。全員ではないがの」

「え、えぇぇぇー!」


 ネギとしても全員がただものではないと思っていた。しかし、まさかここにいる全員が魔法関係者だとはさすがに予想外だった。故にネギはしばしの硬直の後、己の魂が口から飛び出すほどの悲鳴を上げるのだった。


「さて、あとは横島君じゃな、彼が来たら皆に説明を……」


 学園長はネギが驚いているのを微笑ましく見つめていたが、呼び出したもう一人、横島が来ていないことに気付きヒゲをいじくりながら皆に振り返った瞬間、その動きを完全に止める。
 動きを止めた学園長の視線の先には、いつの間に現われたのだろうか、さきほど噂した横島が気配も感じさせず突然現われ、刹那が持つ夕凪ととよく似た刀を持つタイトスカートをはいた女性、葛葉刀子の手を取っていた。


「おお、見事なおみ足のお姉さま! 私は貴方に出会うために世界を渡ってまいりました。是非この後一緒に食事にでも、いや、いっそその足でふんづけて……へぶ」


 自体が把握できず、皆が呆然とする中、横島は欲望全開で刀子にせまろうとしていく。しかし、横島の行動は次の瞬間、すさまじい爆音と共に現れた巨大なハンマーが横っ面にめり込み、壁にたたきつけられることによって強制終了させられた。
 ちなみに、そのハンマーの速度は間近で目撃した刀子はもとより、高畑をもってしても視認できなかったという。
 ともかく、壁にめり込んだ横島を中心として、放射状にコンクリートにひび割れが広がっているのを呆然として見つめていた一同であったが、ようやく事態を把握しようとした時に凄まじい咆哮とともに金色の風がうなりをあげて横島を壁から引き剥がした。
 金色の風、つまりタマモは横島を壁から引き剥がすと、そのまま横島を地面にたたきつけ、憤怒の表情で横島をにらみつける。その彼女の背後からはよほど急いでいたのであろう、刹那と小太郎が息を切らせながら駆け込んでくる。
 

「こっの節操無しがー! 最近ナンパしなくなってきたから油断してたところで、よりによって私達の目の前でナンパ? そんなに綺麗な足がいいの? なら傾国の美女と謳われたこの私の足でふんであげるわよ、全力で!」

「タ、タマモさんそれぐらいで……なんか人払いの結界が殺気でゆがんで来てますよ。っていうか二人とも禁則事項な発言出しまくりですー!」

「タマモ姉ちゃん。兄ちゃんの出血がそろそろヤバイ。蘇生限界超えとるー」

「堪忍やー! ここ最近大人のお姉さまのフェロモン味わっとらんからつい反射的に。それにそろそろ煩悩補充しとかんと禁断の果実に手を出しそうで怖かったんやー!」


 タマモは横島の懇願も聞き耳持たず、容赦なく踏みつける。そのタマモをなんとか諫めようと刹那と小太郎はタマモに飛びつくが、よほど怒り心頭に来たのだろうか、タマモはそれにもかまわず顔面をこれでもかと踏みつけるのだった。
 そして横島は何故か、本当に何故かは不明だが、妙に至福、いや、眼福といった表情で意識を手放すのだった。ちなみにタマモの格好は制服のままなので、当然スカートだったと言っておこう。


「……」


 ようやく精神が復活しかけたところで再び眼前で繰り広げられた惨劇、その目撃者達は魂が抜けたように呆然としている。
 中でも年少の魔法生徒達は、あまりの惨劇に怯えまくっている。もっとも、シスター姿の少女がいち早く他の少女達を促して目と耳を硬く塞ぐという実に懸命な処置をとったため、かつてのネギのようにトラウマを背負わなくて済んだのはまさに僥倖といえるだろう。


「あの、学園長……」

「……とりあえず、見なかったことにして話をすすめるとしようかの」

「それが賢明かと思います。これ以上見るとなにか異界のものを見てしまいそうな気がしますし……」


 皆が硬直する中、いち早く復活したのは高畑と学園長だった。二人は顔を見合わせたままうなずくと、学園長はなにやら呪文を唱える。すると、横島達を覆うように暗闇が現れ、皆の視界から彼らを遮断することに成功する。
 そして何事もなかったかのように皆に振り向くと、背後から聞こえる打撃音と、いつの間にか加わった斬撃の音をBGMに皆を招集した本題へと話題を移すのであった。


「さて、今日は皆を呼んだのは他でもない、問題が起きておる。皆の力を貸してもらいたいのじゃ」

「いや、確かに問題は起きてますが、さすがに僕達じゃ無理じゃないかと」

「瀬流彦先生、あの中に入ったら最後、絶対に生きて帰れませんよ……せめて神の加護がなければ」


 学園長が事を説明しようとすると、顔を青ざめさせた瀬流彦とネギが及び腰になりながらわずかばかりの抵抗を試みる。


「違うわい、確かにアレも深刻じゃが、痴話喧嘩は放っておくに限る。今はそれとは別の……そう『世界樹伝説』のほうが重要じゃ」

「世界樹伝説……ですか? 確か恋がかなうとかいうヤツですよね?」

「うむ、大体その通りじゃ。しかし、問題なのはそれが事実ということなのじゃ」

「へ!?」


 ネギは一瞬学園長がボケたのかと正気を疑ったが、あいにく学園長の目は真剣であり、とてもボケているようには見えない。


「マジで願いがかなうのじゃよ、22年に一度じゃがな」

「ほ、本当ですかー! じゃ、じゃあ横島さんとタマモさんをどこかにやったり、僕の神様を降臨させたりとかできるんですか!?」

「い、いや……さすがにそれは無理じゃ。そういう即物的な物は無理じゃが、こと告白にかぎりその成就率は120%という恐ろしい数値をたたき出しておる。じゃから君達に頼みたいことは……」


 学園長はここで言葉を切り、全員を見渡す。そして全員が自分に注目していることを確認すると、背後から聞こえる断末魔の悲鳴を意識的に無視しながら目を見開いた。


「学園祭の期間中、特に最終日の日没以降に生徒による世界樹伝説の実行、つまり告白の阻止をしてもらいたいのじゃ」

「ほう……ということは、学際の期間中合法的にカップルの邪魔を出来ると……」

「まあ、ありていに言えばそうじゃな。とにかく君達はなんとしても告白の阻止を……」


 学園長は背後から聞こえてきた声に反射的に返事をしたが、ここでふと今の話をした全員が目の前にいることに気付き、戦慄する。背後から聞こえてきた声は間違いなく男の声、それも小太郎のように少年の声ではない。
 そして背後にいた人物といえばタマモ、刹那、小太郎、横島である。そうなると、必然的に消去法で今の声は横島だということに学園長は気付いたのだった。


「横島君……」

「なんすか?」

「いつの間に復活したのかね……」

「はっはっは、いやだなー学園長、あれぐらいの折檻で1分以上ダウンしているようじゃタマモの相棒なんて務まるわけないじゃないですか」


 学園長は皆が驚愕の表情を浮かべているのに妙に納得しながら、ここでようやく背後を振り返った。するとそこには傷ひとつ無い横島が笑顔でたたずんでおり、その背後にはタマモと刹那が何故か自分を責めるような目つきでにらみつけていた。
 ちなみに、小太郎は死神と共にタマモが使用したハンマーを布で磨いている。その布は何故か真っ赤に染まっていたが、それについては気にしたらおそらく負けであろう。


「時に横島君、話はどこまで把握しとるのかね?」

「ですから学園祭の期間中、告白を邪魔しろということっすね。いやー学園長、貴方は実にわかってらっしゃる。この世の真の敵、それは神でも悪魔でもない、カップルという名の怨敵! 今、俺は生涯最高の命令を得た!」

「……なぜ告白を阻止するかその理由については知っとるかの?」

「イチャつくカップルを滅ぼすのに何か理由が必要で? うふふふふ、あはははははははHAHAHAHAHAHAHA!」
 
「……まあ、ほどほどにの」


 どうやら横島は告白を阻止する理由について完璧に聞き漏らしたようであった。しかし、これは幸運であったといえよう。もし横島が世界樹伝説が真実だったと知れば、それにかこつけてナンパをすることは間違いない。故にタマモ達によって横島がシバかれ、肝心の部分を聞き逃したことはまさに僥倖であった。
 その後、箒をもった少女が監視者の存在に気付くなど想定外のハプニングがあったが、ともかくこれで今回の召集の目的は果たされた。


「と、とにかくコトは生徒達の青春にかかわる大問題なのじゃが、魔法の使用についてはくれぐれも慎重にの……では、かいさ……」

「学園長、話も終わったみたいだし、ちょぉぉっといいかしら?」

「な、何かの?」


 学園長が咳払いをしつつ、最後を閉めようとするその肩をタマモがポンと叩く。そのタマモの表情は笑顔のままではあったが、目はまったく笑っていなかった。
 その目がどんな感じかというと、神鳴流剣士がキレた時の目と同じ――といえば容易に想像できるだろう。


「それでは皆さん、どうやら話は終わったみたいですし、私と刹那はこれで……あ、横島はちょっと待っててね。すぐに済むから」

「ちょ、タマモ君、すぐに済むっていったい何が……老人はいたわってナンボじゃよ」

「いいからちょっと来なさい! 私も刹那もせめて一言いわなき気がすまないの!」

「学園長……迷わず成仏してくださいね」

「せ、刹那君。成仏っていったい……」


 タマモと刹那は皆が呆然として動けない中、学園長の襟首を掴むと二人して物陰に消えていく。そしてそれから10秒後――


「あたしの一世一代の告白計画を返せー!」

「どうしてくれるんですかー! せっかく勇気を振り絞って学園祭の世界樹伝説にあやかろうと思ったのにー!」

「ろ、老人虐待はんた……ぎゃああああー!」


 ――タマモと刹那の魂の叫び声と同時に、乙女の怒りを一身に受けた学園長らしき人物の断末魔の声が響き渡り、それと同時に人払いの結界が消える。すると、今までの静寂が嘘のようにいきなり人が増え、周囲は人の賑わいで埋まっていくのだった。



「くくくく、まさに今回の任務は天職、やっぱり天は人の行いをちゃんと見てるんだなー」

「……そうね」


 世界樹広場からの帰り道、横島は妙に張り切って上機嫌ではあったが、タマモは己の目論見が破綻したことによって失意のどん底にいた。ちなみに刹那と小太郎はネギと共に学園へと戻る途中だ。
 タマモの計画では、世界樹伝説が真実かどうかは別としても、その伝説を利用していい雰囲気を作り、その流れで告白することによって横島と自分達の関係を一歩前進させるという完璧な計画を立てていただけに、今回学園長より知らされた事実はショックであった。
 まあ、いっそのこと本当にそれを利用して横島をものにするという、タマモにとって魅惑的な案も浮かんだが、それは刹那の良識とタマモの九尾としてのプライドがそれを許さない。
 伝説はあくまでも伝説であり、それによる雰囲気は利用するが、呪いともいえる力によって横島を得るという手段はタマモの矜持に反するのである。そういった意味では、結果的にそれを未然に防いだ学園長にはむしろ感謝しないといけないくらいなのだが、それはそれ、これはこれ、乙女心は複雑なのである。


<横島さん、緊急事態です。いまどこに?>


 と、そこに刹那から仮契約カードによる声が聞こえてきた。横島はその声に一瞬ビクっとしたようであったが、すぐに仮契約カードの機能を思い出すとカードを取り出して頭に当てる。


<刹那ちゃん、何かあったのか?>

<はい、超さんが何者かに追われていて、先ほどネギ先生と小太郎君で影法師のようなものを撃退しました。しかし、追っ手の本体はそうとう手強いです>

<わかった、こっちもすぐに行くから待っててくれ>


 横島はここでテレパスを切ると、タマモを振り返る。するとタマモもカードを頭に当てている。どうやら先ほどの会話をリンクして聞いていたようだ。


「話はわかったわ。すぐに助けに行くわよ……こっちね!」


 タマモは妖狐特有の嗅覚で刹那を居場所を感じ取ると、横島を先導するように駆けていく。横島はその背後でタマモの背中を頼もしげに見つめながら、タマモの後を追うのだった。




「ふー、助かったヨ。ありがとネ」


 麻帆良学園市街地の一角のひっそりとした路地では、先ほど影法師を撃退したネギ達がその体を休めていた。
 超が壁に寄りかかり、一息ついている脇では刹那が仮契約カードを額に当て、横島と連絡を取っており、その隣では刹那を護衛するように小太郎が周囲を警戒していた。


「まだ安心は出来ません。あの影法師を操っていた本体が近くにいるはずです」


 と、そこに横島との会話を終えたのか、仕事モードに切り替わった刹那が表情を緊張させて周囲を警戒していく。その表情は先ほど学園長へ不満をぶちまけた怒りの表情とも、普段の穏やかな表情とも違っており、戦士としての気配を前面に出している。


「兄ちゃんとは連絡がとれたんか?」

「ええ、すぐに応援にくるとのことです。可能ならばこのまま身を隠し、横島さん達と合流するのがベストなのですが……」

「敵もそれを待っちゃくれんよなー」


 刹那と小太郎は周囲を警戒しながら、何とか現在の状況を打破しようとするが、敵もそうやすやすとこちらを見逃すはずが無いことは明白であった。
 しかし、そんな刹那や小太郎とは対照的に超は自らが追われているにもかかわらず、妙に明るい表情でいまだに戸惑いの表情を見せるネギに話しかけた。


「しっかしみんな強いネー、私驚いたヨ。この時代に機械のサポートもなしで、これだけの戦闘力を個人で発揮できる人間がこんなにたくさん残っていたとはネ。それに花火に紛れて魔法を撃つ手際も見事! さすがネギ先生」

「い、いえ。僕なんかまだまだで……って超さんは魔法使いのことご存知なんですか?」

「まあハカセと同じくらいにはネ」


 ネギは超が魔法のことを知っていることに驚愕の表情を浮かべるが、考えてみれば超はハカセと同じ工学部にも所属している。となると茶々丸がらみで魔法を知る機会は十分にあったと納得するのだった。


「あ、そういえば超さんはハカセさんと同じで茶々丸さんの作成にかかわってたんですよね……でも、なんでまた追われてたんです?」

「あは、あはははは。それはこう、やっぱり工学部がらみで産業スパイとか……」

「どこの世界に魔法を使う産業スパイがいるんですか……007ですら魔法を使いませんよ」


 ネギは超が何かを誤魔化そうとしているのに気付き、それを問い詰めようとする。しかし、その時周囲を警戒していた刹那と小太郎が警告の声を上げた。


「待ってください。どうやら敵はこちらの居場所に気付いたようです」

「数は3人やな……3対3、悪い賭けやあらへんけど……どないする? 兄ちゃん達の気配は近くまで来とるが少し遅れるみたいや」

「3方向から囲みに来てますね。左右に一人ずつ、屋根に一人……ネギ先生」


 刹那はネギの方を向き、視線で決断を促す。するとネギは壁に身を隠しながらしばらく何かを考え、自分達の状況を纏め上げた。


「ここは先手必勝でいきましょう。こっちから出向いて雑踏の中で決めます。刹那さんは上、小太郎君は左を。カモ君は念話を妨害して! あわよくば横島さん達と合流してそのまま敵ごと亡き者に……」

「コラコラ、兄ちゃん達を亡き者にしてどうする。つーか、それやったら間違いなく返り討ちやで」

「あう……でも、ここでなんとかしないと、なんかこの後深刻な被害をうけそうな予感がヒシヒシと……」

「ネギ先生、最近本当に生きることに貪欲になって来ましたね」

「ネギ先生って本当に横島さんとタマモさんが苦手ネ。まあ、気持ちはわかるガ」
 

 刹那たちは何故かカタカタと小刻みに震えるネギを生暖かい目で見つめながらつぶやく。しかし、刹那たちは後にこのネギの発言を思い出して戦慄するのだった。


「と、ともかくいきましょう! カモ君、妨害を!」

「おう、まかせとけって」


 ともあれ、ネギは何かを誤魔化すように皆に号令をかける。するとカモは即座に念話妨害のオコジョ魔法を使用し、それにあわせてネギ達は3方向に散ったのだった。


 ――タン!


 刹那は軽やかな音を響かせ、屋根の上に飛び上がる。そして屋根の上に着地と同時に愛用の夕凪を抜き放つと敵へと駆け出していく。この時、かつて月詠と戦ったときの教訓を生かし、対人用として取り回しの難しい夕凪だけでなく、横島と仮契約した時に手に入れたアーティファクト『シーカ・シシクロ』という名の小柄を呼び寄せた。
 刹那は屋根の上を駆け抜けながら敵を確認する、敵はスーツ姿の大柄な男で、その武器はどうやら拳銃のようだ。しかし、刹那は怯まない。拳銃はたしかに脅威ではあるが、神鳴流に飛び道具は通じないし、刹那も通じさせるほど未熟ではないとの自負がある。故に刹那は拳銃をものともせずに一息に間合いをつめると、その剣を振り上げ――


「……あなたは!?」

「き、君は!」


 ――たところでその動きを急停止させる。刹那の目の前にいたのは、先ほど学園長と共にいた魔法先生の一人、ガンドルフィーニであった。
 刹那は相手が敵ではないと知ると、その刀を下ろす。そしてガンドルフィーニもどこかほっとした表情で拳銃をおろそうとした瞬間、町中に響くような大声と共にガンドルフィーニが刹那の視界から消えた。




 思えば何がいけなかったのだろうか、それを後で考えるとタイミングが、運が悪かったとしかいえない。誰にとって運が悪かったかといえば、刹那の目の前で完全に気を失っているガンドルフィーニのことであるのは明白なのだが、刹那は何故か熱にうなされたような表情をしながら、今もって自分をかばうように立ちはだかった男の背中を見つめている。そして刹那は男の背中を見つめながら、先ほど目の前の男から発せられた言葉を天にも上る気持ちで反芻するのだった。


「俺の刹那ちゃんに何しやがる、この腐れオヤジがー!」








<俺の刹那ちゃん、俺の刹那ちゃん、俺の刹那ちゃん、俺の刹那ちゃん、俺の刹那ちゃん……>


 刹那の頭の中で何度でもリフレインするその言葉は、まるで脳をとろけさすような効果を持って刹那の耳朶を打った。そしてその言葉を発した本人、横島忠夫は刹那に銃を向けていたガンドルフィーニに神速の一撃を食らわし、彼が完全に気絶しているのを確認するとゆっくりと刹那を振り返った。


「刹那ちゃん、大丈夫だった?……って刹那ちゃん!?」

「俺の刹那ちゃん、俺の刹那ちゃん、俺の刹那ちゃん、俺の……あかんって横島さん、ウチはまだ……でも、横島さんが望むんなら……」


 刹那は熱にうなされたようにぼうっとした表情で何かをつぶやいている。横島の耳にはよく聞き取れないが、その口調は何故か木乃香と同じ京都弁のようなイントネーションに変わっていた。
 横島はいまだに心あらずといった感じの刹那の頬を無言のままむにゅっとつかみ、その頬を横へと引っ張った。


「ほへのせふなひゃん、ほへのせふなひゃん、ほへのせふなひゃん……」

「あかん、これでもだめか。いっそキスでもしたら正気に……ってガンドル先生!」


 横島は頬を引っ張っても正気に戻らない刹那に首をかしげていたが、ここでふと先ほど自分が打ち倒した敵が誰だったのか今更ながら認識し、顔を青ざめさせる。
 ちなみに、横島とガンドルフィーニは面識があり、方や気苦労の多い妻帯者として、方や気楽な独身なれど、腕白な義弟と気難しい義妹に振り回される毎日を過ごす苦労人の二人は、お互いの境遇を愚痴りながら過ごす良き飲み仲間であった。ちなみに飲み仲間としてお髭とサングラスが渋いダンディズムな男、横島曰く『フィネガン先生』こと神多羅木もいたりする。
 ともあれ、横島は己が攻撃した相手がガンドルフィーニであったことに気付くと、あわてて介抱すべくその頭を抱えあげた。


「キャァァァァー!」


 と、その時、絹を裂くようなタマモの悲鳴が響き渡り、それに驚いた横島は抱えあげていたガンドルフィーニの頭を落としてしまう。この時、なにやら鈍い音とくぐもった悲鳴が聞こえたが、横島はそのような些細なことには委細かまわず、視線の先でタマモの姿を認めながら呆然とするのだった。


 タマモに何が起きたのか、それを知るために少し時間を戻そう。


 刹那が屋根へと飛んだのと時を同じくして、ネギと小太郎は隠れていた路地から飛び出した。
 小太郎は雑踏の中を身を低くし、敵の視界から逃れながらすばやく近づいていく。そしてネギは小太郎とは対照的に、身体強化呪文である『戦いの歌』を唱えると足を強く踏み出し、雑踏を飛び越える。そしてその勢いのまま街灯を蹴って方向を変えると、敵の意表をつき、空中で呪文を唱えるのだった。
 ネギの唱えた呪文、それは『風花・武装解除』。その呪文は効果範囲にいる相手を問答無用で武装解除させる使い勝手のいい呪文ではあるのだが、とある筋では強制ストリップ魔法と呼ばれるくらい、敵の武装どころか服すらも強制的に解除するという恐ろしい魔法でもある。
 この時ネギは相手を無傷で追い返すことを主軸としていたため、その魔法を選択したのはむしろ正しい判断とも言えるのだが、それを使ったタイミングがあまりにも悪かったのだ。


「こっちや……」

「え? キャ!」


 小太郎はネギより先に敵、箒を持った少女の背後に取り付くと即座にその腕を取り、一気に担ぎ上げるとそのまま地面へとたたきつけた。


 ――ザク!

「うひぃぃぃ−!」


 と、その少女が背中をしたたかに地面へと打ちつけた瞬間、なにやら重い武器が突き刺さった音が響き渡る。少女はその音が自分のすぐ近くで発生したことに気付くと、背中を打ちつけた痛みを我慢しながらその目を開けた。すると、目の前――自分と1cmも離れていない場所――に死神の鎌のようなものが突き刺さってたのをはっきりと目撃し、思わず悲鳴を上げるのだった。
 そしてその悲鳴がすべてを狂わす元凶となる。


 今まさに魔法を解き放とうとしたネギは、その悲鳴に思わず視線を悲鳴がしたほうに向ける。するとそこには仰向けに倒れた少女の顔面のすぐ脇に、今や横島家の執事のような立場にいる死神がその鎌を振り下ろしていた。
 そしてネギと同じく、視線を少女のほうへと向けた敵――聖ウルスラの制服を着た少女――は思わずたたらをふみ、その過程でバランスを崩して転んでしまう。しかし、世の中は何が幸いするかわからないものである。その少女が転んだ瞬間、それまで少女の頭があった空間を金色の影が駆け抜け、凄まじいうなりと共に巨大な鈍器のようなものが頭上すれすれを通過していく。そしてその少女と金色の影の位置が入れ替わった瞬間、我に返ったネギの魔法が完成し、まるで某世界の世界法則である1/36の確率を突破した大成功のごとく見事にその金色の影の武装を解除したのであった。


「……」


 この場にいる無数の一般市民も含めて、すべての生物の時が止まる。その時間はほんの数瞬にすぎないのだが、その当事者はもとより、事態の目撃者にとっては永遠にも等しい時間であった。
 しかし、いかに永遠に等しいとはいえ、それはあくまで主観の話である。実際に時が止まるわけではない。故に事態を当人が把握した瞬間、今回の哀れなる犠牲者、公衆の面前で全裸を晒した金色の影、横島タマモは凄まじい悲鳴とともに腕で胸を隠し、地面へとへたり込むのだった。
 ちなみにこの時、その傍らにいた聖ウルスラの少女は、何故か全裸でうずくまるタマモの姿が人事ではないように感じたのだが、それが己の未来を暗示しているとはついぞ気付くことは無かったという。


「た、タマモさん!? え、なんで?」


 ネギはいまだに事態を把握していないのか、魔法を放った体勢のまま硬直している。思い返せばこの時逃げるなりなんなりすれば、少なくともこの後の悲劇は免れたのかもしれなかったが、今のネギはあまりにも予想外の展開のせいで逃げるどころか、タマモの体を隠すことすら思い至ることができないでいた。
 そしてその行動の遅れが、ネギにとって血よりも貴重な時間を浪費させていく。ともあれ、我に返ったネギがタマモの下へ駆け寄ろうとした時、ネギのそばを神速の影が通過し、タマモの下へとたどり着くとその足を止める。その影とはいまだに魂が抜けている刹那を抱えあげた横島であった。
 横島はタマモの下へとたどり着くと、へたりこむタマモに着ていたジャケットかけてやる。サイズは大きめだから、おそらくこれで重要な部分はすべて隠れるであろう。


「横島……」


 タマモは横島が自分にジャケットを与えてくれたのに気付くと、それを羽織りながら横島へと顔を上げる。そしてこの時、横島はタマモの目に光る雫が浮かんでいるのに気付いた。


「貴様ら……よくもタマモの……」


 横島が搾り出した声、それは全ての感情を廃した無機質な声であり、ともすれば以前タマモから感じた恐怖すら超えるほどの寒気をネギに感じさせる。そしてネギはこの時、横島の体の周囲を埋め尽くすように蛍の光のようなものが舞っていることに気付いた。


「お、お姉さま!」

「あれは……何?」

「よ、横島さん、それは!」


 ネギはそれが何であるか気付き、思わず言葉をなくす。 ネギはかつて今とまったく同じ状態の横島を目撃したことがある。そう、それはあの修学旅行の長い夜、リョウメンスクナと戦った時の横島とまったく同じであったのだ。
 とすれば、今横島の周りで蛍の光のごとくきらめく無数の光の玉は文珠ということになり、あのリョウメンスクナを滅ぼした悲劇の文珠『無限の聖痕』が今この麻帆良学園で一般市民相手に炸裂しようとしているということなのだ。
 当然、ネギとしてはそれを看過しえるものではない。しかし、それがわかっていてもあまりの恐怖にネギは足を踏み出すことも出来ない。そしてネギが何も出来ないうちに、横島は全ての準備が整ったのか、相変わらず無表情のまま周囲の人々を見渡す。
 横島達を囲む一般人達は横島の雰囲気に飲まれたのか、まるで蛇に睨まれた蛙のごとくその場を動けないでいる。そして横島はここでようやく感情を表に出し、憤怒の声を上げて彼らに文珠を解き放ったのだった。


「貴様ら、記憶を失えぇぇぇー!」
 

 周囲を飛びかう無数の文珠に込められた文字は『忘』。その『忘』の文珠はタマモの全裸を目撃した周囲の人物を一切の例外なく――当然ウルスラの少女も箒の少女も――襲い、その額へと取り付くと発動していく。そして文珠が全て発動し、その前後の記憶を消し去った時、横島はタマモと刹那を抱え上げて人気の無い路地裏へと消えていく。当然、その後は我に返ったネギと小太郎が追いかけていくのだった。


「ふう、これで良しっと。タマモ、大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫。横島、ありがとう……今変化するからこのジャケット返すね……」


 タマモは心配そうに見つめる横島にうつむいたまま礼をいう。しかし、お互いに気恥ずかしいのか、それ以後は会話が続かない。しかし、いつまでもこのままでいるわけにも行かないため、タマモは術を使って変化し、いつもどおりの麻帆良学園の制服をその身にまとった。


「ん、ようやくおちついたわ」

「ふう、あーよかった。いやータマモさんすみませんでした、まさかこんなことになるとは……しかし、横島さんの文珠ってやっぱりすごいんですねー」


 と、そこに空気がまるで読めていないネギの能天気な声が響き渡る。これがいつもの生きることに貪欲で、生存本能が研ぎ澄まされたネギであったなら間違いなく今の間に逃亡、それこそ麻帆良学園どころか確実に国外へと逃亡していたのであろうが、あいにく先ほどの横島の迫力に飲まれたせいか、自ら進んで地雷を踏みにいく。
 そしてその地雷は効果を存分に発揮し、横島の額に青筋が一本立つことになるのだった。


「く、くくくく。ネギ、よくものこのこと……大切なタマモを公衆の面前で裸に……記憶を消したとはいえ俺以外の男に!

「うえ!? でもそれは不可抗力で!」

「問答無用! あの後さすがに気の毒だったから使うのをやめた例のヤツの威力、存分に味わうがいい!」

「え、ちょ! いったい何を……刹那さん助け……」


 ネギは横島のに肩をギリギリと掴まれながらも、その手から逃れるべく良識派である刹那に助けを求める。しかし――


「ああ、横島さんそんな、給料三ヶ月分だなんてむりせんとウチはいつだって……子供は何人ほしい? ウチは男の子と女の子一人ずつがええなー」


 ――刹那は先ほどの事態にも気付かぬまま、相変わらず現世にもどってはいなかった。どうやらいつの間にかその妄想は婚約、そして新婚生活へと旅立っているようだ。


「せ、刹那さぁぁん! は、そうだ小太郎君と死神さん……っていない!」


 ネギは刹那がダメだと悟ると、この場にいる次点の良識派である小太郎と死神に助けを求めようとしたのだが、小太郎と死神は忽然とその場から姿を消していた。おそらく巻き込まれるのを防ぐため、早々に撤退したのだろうが、それは実に賢明な判断であるといえるだろう。


「じゃ、じゃあタ……マ……モさん?」


 ネギはもはや藁どころか、水に浮かぶチリにもすがる思いで最後に残ったタマモに助けを求めようとする。しかし、その視線の先では――


「大切な……大切な私……横島以外の男に見られたけど、それで怒ってくれる……」


 刹那と同じように顔を真っ赤に染め上げ、心ここにあらずといった表情で魂を天国へと飛ばしていた。


「さあ、観念するがいい! 悪いことしたガキにはお仕置きじゃー!」

「いーやー! カモ君を生贄に差し出しますからご勘弁をー!」

「ちょっ、兄貴! なんでおれっちが生贄に!? そんなことしてたら立派な魔法使いになれないっすよー!」

「何を言うんだカモ君、そもそも生きてなけりゃ立派な魔法使いになれないじゃないか、だから僕は生きるためにたとえ悪と呼ばれようと……」

「そーいうのは本末転倒って言うんですー!」

「やかましい! 俺は取引に応じるつもりは無い、今はただ神にでも祈って泣くがいいわー!」

「うわぁぁぁぁん!」


 ネギはことここに至って、もはや誰からも助けがいないことを悟ると涙を流しながら絶叫する。しかし、その抵抗もむなしく、文珠によって眠らされたネギは横島に米俵のごとく抱え上げられ、処刑場へと連行されるのだった。




「今のはいったい……やはり横島さんは脅威ネ、あの時の切り札、やはり使わなくてはならないようダ」


 気を失ったネギを抱え上げ、熱病にうなされたように潤んだ表情をする刹那とタマモを引きつれて去っていく横島を超は屋根の上から見つめている。先ほどの文珠は超がタマモの裸を見ていなかったため、超は対象外であったようだ。


「横島忠夫、彼を仲間に引き入れれば計画は磐石となる。なれば……ん? キミはさっきの死神、どうしたカ? ああそうだ、コレを後でネギ坊主に渡してもらえないかナ? なに、なんかネギ坊主があまりに気の毒だから、せめて学祭ぐらいは楽しめるようにってネ」


 超は傍らでいつの間にかたたずんでいた死神にびっくりしたようであったが、すぐに気を取り直すと、懐から複雑な懐中時計のようなものを取り出して死神に手渡した。すると死神は心得たとばかりにコクンとうなづくと、横島の後を追って空を飛んでいくのだった。


「さて、これで準備は整った。後はネギ坊主がどうでるか……すべては神の御心のままに」


 超は消えていった死神を見送ると、夕日を見つめてつぶやくその目には何かを決意した厳しい表情が浮かんでいた。
 超鈴音、3−Aが誇る天才の一人、彼女がなにを考え、なにを思うか、それは彼女にしかわからない。今言えることは――


「だ、誰か助けて、お願いぷりぃぃぃず!」


 
 ――ささやかにネギの冥福を祈ることだけであった。



 第36話  end



「みんなー、こっちこっちー! 早くしないと前夜祭始まっちゃうよー!」

「さあ、小太郎君はこちらへ。こちらですと花火が良く見えますわよ」


 お化け屋敷が無事完成し、一休みしていた3−Aの少女達は歓声をあげながら前夜祭の会場へと駆け込んでくる。その会場からは、湖の対岸から打ち上げられる色とりどりの花火が良く見えた。


「あ! みんな見て見てー! 世界樹が光りはじめとる」

「ほんと、綺麗ねー」

「すごーい、いつもは最終日にならないと光らないのにね」

「22年に一度ってありゃホントかもねー」

「うーん、なんか盛り上がってきたよー!」


 彼女達は前夜祭に合わせて光り始めた世界樹を前に、いよいよ始まる学園祭に思いをはせる。今彼女達にある思いはこれから始まる学園祭をいかに楽しむか、ただそれだけであった。


「さーて、いよいよ麻帆良祭の始まりだー! ……ってあれ?」

「ん、桜子。どうしたの?」

「いや、あれって横島さんじゃない?」

「あ、ほんとだ。何やってるんだろう」


 桜子が学園祭の始まりの景気づけとばかりに拳を振り上げ、気勢をあげようとした時、彼女はふと視界の端に映ったものに目を向ける。そしてそれは桜子の隣にいた柿崎もまた気付くのだった。


「さーさーただ今より横島よろず調査事務所の提供の下、突発的前夜祭イベントを始めます。このイベントはこの麻帆良学園でも有名なあのネギ先生の全面協力のもとお送りしますので、皆さんぜひご参加を!」


 桜子達の視線の先には、なにやら赤い布に包まれた巨大な円筒状のものの前で拡声器を片手に口上をのたまう横島がおり、その背後にはまるで二人で寄り添うように、心ここにあらずといった感じの刹那とタマモがたたずんでいる。


「ねーね、横島さーん。いったい何やってるの? ネギ先生の協力ってなに?」


 桜子は持ち前の好奇心を発揮し、無邪気な笑顔のまま横島の下へと駆けて行く。そしてネギがらみであると聞いた以上、他の3−Aのメンバーもまた黙っていない。彼女達は桜子の後を追うように、横島の下へとむかうのだった。


「お、みんなも来たか。いまから楽しいイベントをちょっとな。まあ見てくれ、これが燃える廃材を利用して作った傑作、ちなみに作成時間は約30分、わが珠玉の一作だ!」


 横島は3−Aを初めとして、観客が回りに集まったのを確認すると、仰々しい口上を述べながら円筒状のものにかけられた布を持ち、一気にそれを引いた。


「おおおおー!」


 それと同時に周囲の観客からはどよめきが上がる。そしてそれに気をよくした横島は嬉々として声を張り上げるのだった。


「これぞわが最高傑作、ネギのとうとい犠牲……もとい、ネギの協力によって完成した一品、名づけて『黒ネギ危機一髪!』さあ、皆さんどしどしご参加をー!」


 布が取り払われ、全貌を現したそれは、樽のようなものの側面にたくさんの縦長の薄い穴が開いており、たるの上には何故か猿ぐつわを噛ませられたネギが縛り付けられている。その姿はまるで中世カリブ海を荒らしまわった実在の海賊をモチーフにした有名なおもちゃとそっくりなものであった。


「ふご、もががががー!」

「ちょ、ネギ先生ー! 横島さん、何をなさっているんですかー!」

「ちなみにこの中で当りを引いた人は商品としてネギを持ち帰ってもOKだぞ……」

「横島さん、なんと素晴らしいイベントでしょうか! この雪広あやか、感涙で前が見えません!」

「むごー!」


 ネギの姿に思わず横島に食って掛かるあやかだったが、その商品の内容を聞いた瞬間、綺麗にその手のひらを返した。そしてこれを聞いた以上、他の3−Aメンバーも黙っていない。
 彼女達は次々に傍らに置いてあったおもちゃの剣を手に取ると、妙な殺気を撒き散らしながらゆっくりとネギの周りを包囲するのだった。ちなみに猿ぐつわをかませられたネギは、樽の上でなにやらもがいていたが、もはや誰もそれを気にしていない。


「穴の数は31個、めでたくネギが生き残ったら……もとい、誰も正解がなかったらみんなの負けだからな」


 その後、刹那とタマモを除いたメンバーで熾烈な順番争いのじゃんけんのもと、ついにこの前夜祭突発イベント『黒ネギ危機一髪』が始まることになる。
 そして彼女達は異様なまでの気配をかもし出しながら、一人、また一人とおもちゃの剣を樽に突き刺すのだった。


「わ、私で最後ですわね……残る穴は二つ、確率は1/2……」

「いいんちょーがんばれー!」

「あーん、あの時、グーを出さなかったらー!」


 3−Aのほぼ全員が参加するこのゲームは今、クライマックスを迎えようとしていた。樽に残された穴は残り二つ、穴に挿す剣はあやかが持つ一振りのみ、まさに勝者と敗者の分かれ道である。それゆえあやかは手にした剣を握り締め、目を血走らせながら先ほどから二つの穴を行ったりきたりしていく。
 しかし、いつまでもこのままではいられない。あやかは散々迷った挙句、右側にある穴に目標を決めたのか、ゆっくりと、確実に剣を突き刺していく。しかし、その剣を根元まで刺しても、あやかの手にはなんの手ごたえも帰ってくることは無かった。


「ふぇ……これも違うんですのー!」

「あちゃー、あやかちゃん残念だったねー。さて、これでお終い。今回は勝者なしということで解散だな」

「「「「ええー!」」」」


 あやか達は不満の声を上げるが、かといってもうこの場に剣はない。すでに刺した剣はどういう仕掛けなのか、先ほどから双子が抜こうとしているがいっこうに抜ける気配が無かった。


「まあ、運がなかったということで諦めるこった。さ、それじゃあ後片付けするから皆はほかのイベントを楽しんでくれ」


 横島がそう言って手を振ると、あやか達は口々に不満を言いながらも散っていくのだった。


「ふご、むごごご……ぶは! 横島さん、いったい何をするんですか!」


 と、そこに苦心の末ようやく猿ぐつわをはずしたネギが怒りの叫びを上げる。しかし、その手足はいまだに中央の支柱に縛られており、身動きは出来ない。


「なに、ちょっとしたイベントさ。楽しかったろ……」

「何が楽しいもんですか! とにかく終わったなら早くこのロープを解いてください」


 ネギは歯で器用にロープにかじりながら、なんとか逃げ出そうとする。しかし、そのロープは頑丈で子供の顎の力ではとてもはずせそうになかった。
 そして何よりも横島はまだそのロープを解く気などさらさら無いのである。故に横島は暗い笑みを浮かべながら、ネギへと振り返った。


「くくくくく、終わった? それはいったいなんのことだ?」

「え!? でも、剣はもう無いんじゃ……」

「タマモの裸を公衆の面前で晒したお前をこの程度で許すと思ったか? それはとんだ甘い考えだよボーイ。そして剣ならここにちゃんとあるぜ」


 横島はどこまでも笑顔のまま、その右手をネギに突きつける。その手は金色に光り輝く剣――霊波刀状態の栄光の手――へと変わっていた。


「まままま、まさかそれを……ていうか初めからそのつもりで!」

「俺は今回今までに無いほどの怒りを感じた。しかし、それでもお前はまだ子供、断腸の思いで許さないでもない。だから今回、俺はお前への処刑を神の手に委ねたんだ」

「それは……どういう意味ですか?」

「なに、簡単なことだよ。彼女達が使った普通の剣で当りを引けば、お前はほんの1m程度飛び上がるだけで済み、俺もお前を許そうと思った。だが、もし神がお前への制裁を望むなら……そう、彼女達が誰一人当りを引けなったのなら、この栄光の手をそれに刺し、それを契機として中に埋め込んだ文珠を発動させる。その効果は……想像できるよな?」

「な、ままままままさか!」

「ネギ、お前に日本のことわざを教えてやろう。二度あることは三度あるってなー!」

「いやあああああー!」


 横島は怒りで完全にいっちゃった顔のまま、ネギに見せ付けるようにゆっくりと栄光の手を穴に差し込んだ。そして次の瞬間、すさまじい爆発音と共にネギは天高く、三度空のお星様となるために飛んでいくのだった。
 ちなみに今回の高度目標は熱圏、上空80kmから800kmの範囲だ。もはや完璧に衛星軌道圏内なのだが、果たしてネギが無事に戻ってくるか、それはまさしく神のみぞしるというやつであろう。
 ともあれ、学園祭を明日に控えた目出度きこの日、お空の星にまたひとつ新たな星が生まれたのだった。
 



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