夢を見た。

 その夢はすでに過ぎ去った過去であり、幾度もやり直しを望もうと決して適う事はない。しかし、それでも夢を見る。



 ――あの時こうすればよかった。

 ――あそこに行かなければよかった。

 ――もっと他に道はなかったのか。



 夢を見るたびに後悔し、時には残酷な運命を押し付けた神すら呪った。しかし、事は既に起こり、結果は示されている。後はただひたすら決められた結末へ向けて、まるで映画のようにストーリーが続くだけだ。
 結果の見えた未来、いや、すでに起こってしまった過去。それは決して覆すことの出来ない運命。
 もう幾度この夢を見ただろう。それはたとえ現実ではかなわなくとも、せめて夢ぐらいは幸せな結末を望むが故なのかもしれない。しかし、今までの全ての夢は常に情け容赦なく現実を突きつけていく。そう、これはけっして覆すことの出来ない運命なのだと。


 カッカッカッカッ



 背後から足音が聞こえる。それは運命の足音、希望という僅かな光を絶望へといざなう闇の使者。
 夢の中ですら希望にすがることができないのか。理不尽な怒りにその身を燃やしながら、それでも運命に抗うために走る。運命にその肩をつかまれる前に、目の前に見える希望へと続く扉をくぐれば今まで見ることの出来なかった世界へ行けるのだ。
 だから走る。たとえこの足が折れようと、決して足を止めない。しかし、運命の足音は確実に迫ってくる。希望の扉に一歩近づくたびにヤツは二歩迫ってきた。
 もう扉は目の前なのに、手を伸ばせばすぐに届きそうなのに、あと一歩、いつものようにあと一歩のところで残酷な運命は、まるであざ笑うかのように肩を叩いたのだった。











「横島君、覚悟は出来ているね?」

「ちょ、神父! だからあれは事故だと!」


 ああ、今回もまた残酷な運命につかまった。もう少しで美神さんの所に逃げられたのに、その直前で俺は唐巣神父に捕まってしまったのだ。神父は俺の肩をがっしりと掴み、メガネを異様に光らせながら俺を睨みつけている。その姿は普段の温厚な神父とは完全に別物で、まるでたちの悪い悪霊に支配されているかのようだ。そして何よりも、右肩に構える対戦車ロケットRPG−7が怖い。
 俺は蛇に睨まれた蛙のようになりながら、もう戻ることの出来ない過去を後悔する。


 あの時、美神さんのお使いを承諾しなければこんなことにならなかったのでは?
 厄珍の所から商品を受け取った帰り道でナンパしなければ?
 あえなく撃退され、吹き飛ばされた時に、もう1cmでも落下地点がずれていれば?


 今思えば全ては本当に些細なことだ。そのどれか一つでもかなえば、悲劇の運命から逃れられたのだ。
 そう、あの時厄珍から受け取った『超強力永久瞬間脱毛スキンケア』の中身をナンパして吹き飛ばされた拍子に、たまたま通りかかった神父の頭にぶちまけるという悲劇から逃れられたのだ。
 しかし、結局今回の夢もその結果は変わらず、事務所へ逃げ込もうとするも、その直前で俺は捕まってしまった。
 神父は太陽を背にし、今すぐにでも仏教へと宗旨替えできそうな頭を光り輝かせながら、ミサイルの照準を俺にぴったりと合わせる。


「塵は塵に、灰は灰に、禿は禿に……神もこんなこともあろうかなどと夢にも思ってはいなかったろうが、我の復讐のために一丁の対戦車ミサイルを与えたもうた」

「ま、待てやオッサン! あんたいったいどこからそんなものを! つーかあんたの神は復讐に対戦車ミサイルを使うんかー!」

「横島君、私の髪はすでに死んだんだよ……毛根まで全部。私はその仇を討たねばならない。さあ、我が聖槍ロンギヌスの威力、とくと味わいたまえ」

「みみみ、美神さん、おキヌちゃん。このさいシロでもタマモでもいいから助けてくれぇぇ!」


 俺は無駄だとわかっていても、扉をドンドンと叩く。しかし、帰ってきた反応はガチャリという鍵の音だけだ。いかに傍若無人を体現し、後さんに美神に匹敵する突込みを会得するタマモですら、この時の神父は怖かったのだろう。


「我は髪の代理人、毛伐の地上代行者。我が使命は髪に逆らう愚者をその毛根の最後の一片まで絶滅すること――Amen」


 神父は震える俺の目の前で光り輝く頭の上で十字を切ると、ゆっくりと引き金に手をかける。俺は結局今回もこの運命から逃れられなかったことを悔やみながら、それでも一縷の生を求めて絶叫した。せめて少しでも早くこの悪夢から逃れられるように。


「いいい、いやだぁぁー!!」



 ガバッ!


 思い出すも忌まわしい悪夢、それを見た俺は全身に冷や汗を浮かべながらベッドから跳ね起きた。
 寝ぼけた頭で周囲を見渡すと、そこは星明りに照らされた薄暗い見覚えの無い部屋だ。そして俺はベッドから降りようとしたときに下半身が妙に重いことに気が付き、視線を下に向ける。
 
 星明りだけが照らす薄暗い部屋の中、俺はそこに天使の寝顔を見た。



第38話 「夢の後先」





 夢を見た。

 夢の中で私は事務所で横島さんと談笑し、学校ではタマモさんやお嬢様と普通の女の子がするような会話をして日々を過ごしている。その光景はどこにでもある当たり前の日常。私が憧れ、どんなに望んでもけっしてかなう事は無いと思っていた宝石より貴重なひと時。
 そんな幸せな夢の中で時は過ぎ行き、私は気がつけば横島さんと二人っきりで夕暮れの街中を歩いていた。たぶんデートの帰りなのか、普段の私ではとても想像出来ないような可愛い服を着て横島さんと腕を組んでいる。それはたぶん私の願望の現われなんだろう、何しろ普段なら横島さんとデートをするような時は必ずタマモさんも含めて三人で行くはずなのに、夢の中の私達は二人っきりだ。それになにより、私の胸のサイズが明らかに大きくなってる。具体的にはCカップぐらいに。
 うん、泣いちゃダメ。いいじゃないか、せめて夢の中くらいはこんな幸せも有りだと思う。だから私は笑顔を崩さないま、横島さんに話しかけた。


「横島さん、今日は誘ってくれてありがとうございました。とても楽しかったです」

「ああ、楽しんでもらえれば何よりだ。また、一緒に行こうな」


 横島さんは気にするなと言わんばかりに手を振ると、少し照れたようにそっぽを向く。やはり調子に乗って腕に胸を押し付けたのはやりすぎだったかも。でも、いいですよね? 夢の中でぐらい、これぐらい大胆になっても。


 ――二人でただ腕を組んで街を歩く。たったこれだけのことが私に幸せを感じさせてくれる。
 
 ――二人で語らい、笑いあう。たったこれだけのことで私の心は翼が生えたように空へと飛んでいく。

 ――横島さんの大きな手が私の髪に優しく触れる。たったそれだけで私の鼓動は早鐘のように早くなる。

 ――横島さんの手が頬に触れ、私を優しく見つめる。たったそれだけで私の体に電気が走り、もう横島さんの顔しか見えなくなる。


 夢の中で私は少しずつ大胆になり、こうなったらいいなと願望を思い浮かべる。すると夢は私の願いを忠実に実行し、気がつけば私は星明りの照らす部屋の中で横島さんと向かい合っていた。
 そして私は願う。


 横島さんに告白し、彼とキスをすることを。
 

「横島さん、貴方が……好きです……貴方の側に、ずっといさせてください」


 私はゆっくりと顔を横島さんに近付け、そっとささやく。そしてそのまま私の唇を横島さんへと重ねた。

 口づけの時間はほんの一瞬。だけどそれは甘い、とても甘いキス。


「大好きです、横島さん……」


 私は夢の中なのに妙に温かい感触を唇に感じながら、横島さんから離れ際にもう一度自分の思いを告げる。そして我ながらあまりの大胆さに思わず赤面し、顔をうつむかせたまま答えを待った。横島さんの答えを待つ間、私は早鐘のように鳴り続ける心臓を無理矢理押さえつける。


 ――しずまれ、しずまれ


 私は胸をぎゅっと押さえつけながら、ずっと答えを待った。だけど、いくら待っても横島さんの答えは返ってこない。私はだんだんと心の中を覆う不安を懸命にこらえながら、もう一度横島さんの顔を見るためにうつむいていた顔を上げた。


「え……」


 私は目を疑った。
 張り裂けそうな心臓を必死に押さえつけながら顔を上げると、そこにはさっきまで私に微笑みかけていた横島さんの姿が忽然と消えていた。
 慌てて周囲を見渡すと、先ほどまで星明りに照らされた部屋の中に居たはずなのに、いつの間にか周囲は暗闇に包まれ、何も見えなくなっている。


「これはどういうこと? 横島さんは?」


 もう何が何だかわからない。さっきまであれほど幸せな夢だったのに、今はまるで悪夢だ。
 心まで吸い込まれそうな漆黒の空間の中、私は横島さんを求めて走り出す。すると、暗闇の中に光がぼうっと浮かび上がり、その光の中にお嬢様の姿を見つけた。


「お嬢様、横島さんの姿を見かけませんでしたか?」


 私は藁にもすがる思いで嬢様に横島さんの行方を聞くと、お嬢様はその顔に微笑を浮かべたまま、ゆっくりとある方向を指差した。そこに視線をむけると、あれほど探しても見つからなかった横島さんが私に背を向けたまま、ある一点を見つめている。その視線の先には、光の中にトンネルのような何かが浮かび上がっていた。


「横島さん、待ってください!」


 私はなにか言い知れぬ嫌な予感を感じながら、彼のもとに向かおうとする。だけど私の足は急に後ろに引っ張られるような感覚と共に、歩みを止めた。


「お、お嬢様?」


 私が足を止めた理由。それはいつの間にか私の左手を掴んでいたお嬢様だった。私は手を掴んで離そうとしないお嬢様を不思議そうに見つめる。お嬢様は先ほどと変わらない笑顔を浮かべていたが、まるで私に行かないでと言っているように私に感じさせる。
 私はいったいどうすべきなんだろう。混乱した頭のまま、私は助けを求めるように横島さんの方を見る。すると、横島さんはまるで私に気付いていないかのように、光のトンネルへと歩き出した。
 このままでは二度と会えなくなる。何故か私は根拠もないのにそう感じ、焦燥に駆られるまま横島さんに手を伸ばす。だけど、いくら叫ぼうと横島さんは決して振り返ることも、その足を止める事はなかった。

 
「待って、私も……私も行きます! だから……だから置いて行かないでください!」


 私の手を捕まえて離さないお嬢様の細い手。それはほんの少し力を加えるだけで私を解き放つ、か弱い戒め。だけど、その戒めは私にとってこの世のどんな鎖よりも強固な戒めだった。
 お嬢様の手を振りほどけないまま、立ち尽くす私の前からゆっくりと遠くなっていく横島さんの背中。いつしか私は目に涙を浮かべながら横島さんの背中へむけて届くはずのない手を伸ばす。心が張り裂けそうな悲しい声を上げながら、その背にむかって叫ぶ。だけど横島さんはけっして振り返ることなく、ゆっくりと光のトンネルへと足を踏み入れようとしていた。


 そんな時だった。私の手のひらにとても優しい温もりを感じたのは。


「大丈夫、どこへも行かないから……俺はここにいる」


 私の手のひらを包んだ温もり。それは光のトンネルに消えようとしていた横島さんだった。
 私は涙で顔をクシャクシャにして横島さんの胸に飛び込み、そのぬくもりを全身で感じながら胸の中で彼の名前を呟き続けた。そして私はお嬢様の手と横島さんの手を離す事のないまま、ゆっくりと意識を暗転させていく。

 夢を見た。

 その夢はとても幸せで怖い夢。だけど――最後はとても温かい夢だった。









「刹那ちゃん!?」

「え、あ、はい!」


 横島は心ここにあらずといった感じでボーっとしていた刹那の肩をゆする。すると刹那はすぐに我に返り、横島を見上げた。


「大丈夫か? もしかしてどこか具合が悪いとか」

「あ、大丈夫です。ちょっとボーっとしてただけですから」


 刹那はなんでもないと手を振りながら改めて周囲を見渡す。そんな刹那の隣ではカモネギコンビが自分達の状況について話し込んでいる最中であった。
 横島たちはあの不思議な出来事の後、とりあえず外へ出てみたところ、そこではすでに一度見た光景、麻帆良祭開幕の光景が広がっていたのだ。そして今、横島たちは学園内にあるカフェテラスでその原因を特定すべく、こうして頭をつつき合わせていた。


「こうなった原因はもうアレしか考えられねえって」

「ねえカモ君アレって?」

「時計だよ、死神の旦那を経由してもらったあの時計もどき」

「あ、そういえばあの時なんかこれが動いたような気が……」


 ネギは何か心当たりがあるのか、懐からその時計を取り出してカモに手渡す。するとカモはそれを机に置き、しげしげと眺めだした。


「うーむ、確証は無いがやっぱこいつが怪しいな。となるとこれが原因で戻ったと考えるしかねえな。たぶんこれは噂に聞くアレの実物だろう」

「いや、カモ君。さっきからアレとか戻ったとか……いったいどういうこと?」


 ネギはいまだに事態を把握していないのか、頭の上にハテナマークを浮かべいる。ちょうどその時、ようやく復帰した刹那と横島が話に入り込んだ。


「アレですか。しかし……信じられません。それは東西問わずどんな魔法使いにも不可能だった言われる術の一つでは?」

「まあ、不可能かどうかはともかく……時間移動したのは間違いなさそうだな」

「……じ、時間移動モガー!」


 ネギは理解の範疇を超えた現象に思わず大声を上げかけたが、ギリギリで横島がその口を手で強引にふさいだ。


「大声出すな、ここには一般人もいるんだぞ」

「で、でも時間移動って今まで人類で誰一人成功したことの無い大魔法なんですよ? だいたいなんで横島さんはそんなに落ち着いて確信してるんですか!」

「まあ、事故とはいえ経験者だしな。俺の時は中世ヨーロッパで魔女狩りにあったり、平安時代の京都で検非違使に追いかけられて平安京エイリアンの術に開眼したりとかだったからな。それに比べれば一日前の同じ場所なんだ、そんなに騒ぐ必要ないだろ。あと、なんで確信してるかと言えば……今お前の後ろに俺がいるのが何よりの証拠だと思うんだが」

「へ?」


 ネギは一瞬洒落にならない言葉を聞いたような気がしたが、己の精神安定のためにそれをスルーし、とりあえず後ろを振り向いた。するとそこには――


「そこのお姉さまー! 僕と一緒に学園祭を回りませ……げべら!」


 ――いつものようにナンパをしようとしたところを、刹那に服を掴まれて撃墜される横島の姿があった。


「……そういえばこの時間の横島さんはナンパしてたんですよね、私の目の前で」


 刹那はその時の怒りを思い出したのか、微妙に殺意のこもった視線を横島に向ける。横島はさすがにばつが悪いと感じたのか、その視線から逃れるように目を逸らす。その一方でカモは先ほどの横島の発言に首をかしげていた。


「中世ヨーロッパ? 平安京? 横島の兄貴っていったいどんな人生を送ってきたんだ?」

「ねえ、カモ君知ってる?」

「なんですかい?」


 カモが横島の謎多き生態に頭を悩ませていると、完全に光を失ったうつろな目をしたネギがカモに語りかけた。


「以前タマモさんに聞いたんだけどさ、僕の体験した悲惨な目って、ほぼ全て横島さんが過去に経験した事らしいんだって」

「そ、それってどういう意味……」

「別に深い意味は無いんだ。ただ……」

「ただ?」

「僕もいずれ、中世ヨーロッパや平安京に送られることになるのかなーって思ってね……あは、あはははははは」


 カモは虚ろな笑い声を上げるネギに対して、それを否定するどころか、むしろ『ありえる』と判断したのは今までの経験からして無理もないことであった。同時に、いかにすれば自分が巻き込まれずにすむか考えをめぐらす当たり、実にしたたかである。


「と、とにかく。このタイムマシーンもどきについて急いで超ってのに確認する必要があるな。というわけで横島の兄貴に刹那の姐さん……って何をやってんですかい!」


 カモはとりあえず今後の行動を決め、それを横島達に伝えるべく彼らのほうを向くと、そこではいつの間に注文したのか、ショートケーキの苺をフォークに刺した横島がそれを刹那の口元へと差し出しているところであった。


「い、いや。これは刹那ちゃんがこうしたら許してくれるって!」

「ああああの、これはその! 横島さんがなんでもするって言うので……いえ、別にチャンスと思ったわけでは!」


 二人はほぼ同時に手を振りながら慌てて誤魔化そうとするが、いかんせん顔を真っ赤にしていてはいまいち説得力というものに欠ける。それ故、カモとネギの視線は生暖かいどこか、微妙に冷たかった。ネギにしてみれば、自分の未来に恐怖している隣でこんな幸せ空間を作られたらたまったものではない、というところであろう。


「と、とにかく! 今は一刻も早く超さんを見つけましょう!」

「だな!」


 横島と刹那は顔を赤くしたまま、おもむろに立ち上がるとカフェテラスを後にしようとする。しかし、横島とタマモの影響により、ヘタレた肉食獣に成長したネギはこの降ってわいたチャンスを逃すつもりは無かった。


「じゃあ……変装しないといけませんね。この時間の僕達に見つからないように。ウフフフフフフフフ」

「あ、兄貴……」


 カモは見た。この時、テーブルの上で腕を組んで口元を隠したはずのネギの口元がはっきりと嗤っているのを。






「……で、この格好はなんだ?」

「よく似合ってますよー。そうれはもう業が深そうで……」

「ファッションの評価で業なんて言葉が出たのは、たぶん俺が人類最初なんだろうな」


 横島は目の前でウサギの着ぐるみ着て笑うネギの声を聞きながら、呆然とつぶやく。横島が着ているのは所謂着ぐるみというヤツなのだが、ネギの着ているウサギとはまったく違うものである。
 横島は沈痛な表情を浮かべながら、鏡に映る己の姿を見つめた。
 その姿は全身が毒々しい緑に彩られ、その頭頂部はテカテカと光っている。そして視線を僅かに下に向ければ、頭部から下は傘のようにキュっとくびれ、そこから下は太い胴体のようになり、表面はまるで脈打つかのような血管がいく筋も走っている。さらに極めつけとして、背中にはまるで触手の様なギミックが取り付けられ、それが不気味にウネウネと蠢いていた。
 横島は深いため息をつきながら傍らのネギに目を向ける。


「……なあネギ、なんでこの格好を選んだんだ?」

「やはり横島さんにはこれが一番ふさわしいんじゃないかと」

「ほう……」


 横島は声のトーンを下げ、額に青筋を浮かべる。そしてネギから視線をはずさぬまま、背中のギミックを器用に操作してネギの手足を絡めとり、そのまま絶叫するのだった。


「するってーとなにか、俺はこのご立派様の化身だとでも言うつもりか!? つーかてめえは10歳だろうが、それが何でこんな歩く18禁の魔王を知ってるんだー!」

「横島さんのあだ名は『セクハラ魔人』じゃないですか。だったらこの『魔王マーラ』以外いったいどういう選択肢が……」

「どやかましー! こんなんで歩いてたら速攻で警察行きじゃー!」

「僕としてはむしろそうなったほうがよっぽど……」

「確信犯か!? 確信犯なんだな? ええいこのまま触手で絞め殺してやるー!」

「ちょ、横島さんやめ……アッー!」


 貸衣装屋の更衣室にて、一人の男と少年の叫び声があがったが、その中でどういう攻防が繰り広げられたのかについては最後まで謎である。そしてそれから数分後、横島は結局狸の着ぐるみ着て更衣室を出るのだった。

 横島達が騒動の末、更衣室を出ると、そこにはすでに着替え終わった刹那が顔を赤くしながら壁にもたれかかって横島を待っていた。


「お、刹那ちゃん待たせたみたいだ……な」
 
「あ、いえ。私も今着替え終わったところですけど……あの、あまり見ないでください」


 刹那は恥ずかしそうにうつむいていたが、やがておずおずと横島を見上げた。そんな刹那はむき出しになった白く健康的な太ももと、おへそが丸出しとなった格好、所謂バニーガール系統の格好であった。


「ぐお……」

「あ、刹那さんよく似合ってますよー」


 刹那の格好に萌を刺激され、言葉を失う横島とは対照的に、ネギはどこまでもニコニコと笑顔を浮かべたまま刹那を褒める。もっとも、そのおかげでさらに刹那が照れてしまい、それを見た横島がさらに萌狂いそうになるのを必死に抑えるという悪循環がここに形成されていた。
 ちなみに、この状況はネギによって意図的に作られた状況であり、刹那の格好もネギが店員に交渉して実現させたものである。麻帆良にその名をとどろかせる子供先生ことネギ・スプリングフィールド、彼は齢10にしてこの策略を考え付くまでに成長していたのであった。


「さあ、横島さん。刹那さん。早く超さんを探しに行きますよー」

「ちょ、ネギ先生! なんで私がこんな恥ずかしい格好を……あ、待ってくださーい!」


 ネギは地面でのた打ち回る横島を一瞥してニヤリと笑うと、顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ刹那を尻目に、超を探すために各種イベントエリアへと足を踏み入れる。そして刹那は必死に煩悩を制御しようとしている横島の手を引きながら、その後を追うのだった。


 そして30分後。


「お! 刹那ちゃん、あっちにウォータースライダーが有るけど行ってみない?」

「ええ、楽しそうですね。その後はあっちの飛行船に乗ってみませんか? すごく眺めが良さそうですよ」

「あの……横島さん、僕達は超さんを探さないといけないんじゃあ……」

「ありゃあ二人とも完璧にそのこと忘れて楽しむ方向に回ってるな」


 横島と刹那はネギとカモを完璧に置き去りにし、二人で学園祭のイベント堪能しまくっていた。
 当初はむしろネギのほうが学園祭を堪能するためにはしゃいでいたのだが、色々なものを吹っ切った横島と刹那は開き直ったかのようにイベントに積極的に参加していく。その姿は恋人同士がデートしているようにしか見えず、その傍らにいるネギは完璧に置き去りにされているのだった。


「ほほー、上から見る麻帆良学園ってのもまたいいものだなー。今度はタマモと三人で夜の空を飛んでみるのもいいかもしれんな」

「そうですね……きっと幸せな時間がすごせると思いますよ」


 アレから横島たちはウォータースライダーで心行くまで楽しんだ後、こうして飛行船でゆったりと麻帆良の空を堪能していた。
 横島は窓から見える麻帆良学園の風景を面白そうに眺めており、その隣で刹那は翼を羽ばたかせた自分と、変化したタマモを両脇に従えた横島と共に、夜の麻帆良学園を空中散策する姿を思い浮かべて幸せそうなため息をつく。
 それはほんの二ヶ月前まで空想も出来なかった光景。自分の本当の姿をさらけ出してなお、共にすごすことの出来る幸せな世界である。そしてその世界は刹那が願えばすぐにでも実現するのだ。そう、刹那の隣に横島とタマモがいる限り、それは決して夢ではないのである。
 刹那は横島の隣で幸せをかみ締めると共に、ここでふと先ほど見た夢を思い出して身震いする。もし、自分の隣に横島がいなかったら自分はどうなったであろうか。いや、横島だけではない。タマモを初めとしてアスナ達、そして木乃香の存在。このどれが欠けても今の幸せは無かっただろう。
 刹那はそう考えると、夢の怖い部分を忘れようとするかのように頭を振り、少しでも温もりを得ようと横島へそっと体重を預けた。


「ん、どうした? その格好は寒かった?」

「いえ、そういうわけではありません。でも……こうしてるとあったかいです」


 飛行船のラウンジの片隅で、二人が甘酸っぱい空間を形成しているころ、そこから少し距離を置いた場所でネギとカモはその光景を呆然と眺めていた。


「あのー、もしかして僕達ってお邪魔?」

「いや、むしろ完全に存在を忘れ去られてるな……まあ、幸せそうだからいいんじゃないか?」

「……確かにそうなんだけどね。でもさ、気のせいか最近横島さんが幸せになればなるほど、相対的に僕に不幸が降りかかってるような気がするんだけど」

「……」


 カモはネギに肯定も否定も出来ず、ただ沈黙するしか出来ない。そしてそんなカモの視線の向こうでは、横島と刹那が恋人同士にしか見えないような雰囲気を振りまいているのだった。


「ふふふ、楽しんでいるようネ」


 ネギが自分に不幸が降りかからぬよう、神に祈り始めていると、その背後から特徴のあるイントネーションで声をかけて来る人物がいた。その声に振り返ると、そこには超包子のエプロンを身にまとった超鈴音が笑みを浮かべてたたずんでいた。


「ちゃ、超さん!」

「過去への旅はいかがカナ? まずは体験してもらうのが一番と思ってたが……早くも役に立って何よりだったネ」

「あ、いえ。本当にありがとうございます。これが無かったら僕はとんでもないことになるところでした」


 ネギは超の手を取ると、目をキラキラとさせながら感謝の言葉を送る。実際の話、もしこのタイムマシンもどきが無かったら、ネギの命は今頃無かったことは確実のため、その感謝はひとしおである。
 しかし、感謝するネギとは別に、その肩にいるカモは難しい表情をしたまま超を睨みつけた。カモにとっては、時間跳躍を可能にするこの得体の知れない機械を有する超は警戒すべき存在であった。


「一つ聞きたい。時間跳躍術――タイムマシンなんてのはいかな天才だろうとフツーの人間にどうこう出来るもんじゃねえ……お前は一体何者だ?」

「何者だと聞かれても、ネギ先生の生徒でナゾの天才中国人発明家、そして人気屋台『超包子』のオーナーであるとしか言いようが無いネ」

「そうだよカモ君。超さんの正体がどうであれ、とりあえずタマモさんや横島さんみたいに僕に直接の被害が無ければ些細なことじゃ……」

「ん? どうしたネ」


 超は急に沈黙したネギを不思議そうに見つめて首をかしげると、ネギは何かを確認するように目をギラつかせながら超に迫った。


「超さん、ちょっと確認しますけど……このタイムマシンってどの程度の時間跳躍が可能なんです?」

「え、あ……一応この懐中時計型タイムマシン『カシオペヤ』は使用者とそれに密着した同行者を時間跳躍させることが可能だが、その跳躍範囲は魔力に比例するから一人の魔法使いの魔力だとせいぜい24時間が限度ネ」

「それ、本当ですね? 間違っても中世ヨーロッパへ跳んだりとか、平安京へ跳んだりとかは無いですよね?」

「そ、それは無いと思うが……しかし、二年半ぶりに動かすけど上手くいって良かったヨ。なにせ失敗したら、どことも知れぬ異空間にはまり込んで漂流とか考えられたネ」


 ネギは不吉なことを言う超に一瞬戦慄したが、よく考えれば漂流するだけならどうにかすれば帰ってこられる目があるだけましだと思い、すぐに気を取り直す。こういった思考の切り替えがすぐ出来るあたり、伊達に悲惨な目にはあっていないとも言える。いや、この場合はむしろそう思えるだけ悲惨な目にあっている立場に涙するべきかもしれない。
 ともかく、ネギはすぐに思考を切り替えると目をキラキラとさせながら超の手を取った。


「まあ、それはともかく。これでのどかさんを待たせたりせずに出来ます。こんなすごいものを貸していただいて、本当にありがとうございました」

「これぐらいならいくらでも協力するネ。あ、これ説明書だからよく読んで使うといいヨ」

「あ、どうもありがとうございます。じゃあ、僕はこの辺で!」


 ネギは超から説明書を受け取ると、嬉しそうに駆け出していく。超はそんなネギを微笑ましく見つめながら手を振っていたが、ネギの姿が通路の端に消えると同時にその表情を引き締め、ゆっくりと振り返った。


「で、大変いい雰囲気な所を邪魔して悪いが、二人ともいいかげんコッチに帰って来るといいネ」

「……超さん!? いつの間に!」


 超の視線の先では、いまだに二人で寄り添いながら下界を見つめている横島と刹那がいた。そのため、超はため息をつきながら刹那の肩をポンと叩くと、ようやく二人は超の姿を認識したのだった。どうやら二人の空間に入り込みすぎて、超の存在にまったく気付いていなかったようである。


「まったく、あの刹那さんがこんなに可愛くなるなんてネ。女は恋をすれば変わるというが、これはちょっと変わりすぎじゃないカナ?」

「え、いや、これは……ってネギ先生をどこにやった!?」


 刹那が我に帰るとネギの姿は消えており、そのため一気に警戒度を上げて超を睨みつける。刹那は即座に距離をとると、その手に仮契約カードを取り出していつでも戦えるように構えを取る。その一方で、横島は事態についていけずに傍観するのみであった。


「いや、ネギ坊主ならあのタイムマシンの説明書をあげたら向こうの方に走っていっただけネ。というか刹那さん、そんな可愛い格好ですごまれてもナー」

「う、うるさい! この格好はその……」


 超は恥ずかしがってうつむく刹那に笑みを浮かべながら眺めていたが、やがて安心させるようにその肩を叩いた。


「大丈夫ネ、ネギ坊主は血のつながった私の大切な人、いや、血のつながりを無視しても大切な人ヨ。だからネギ坊主に酷い事するわけが無いネ」

「なん……だと?」

「大丈夫、嘘つかないネ」


 刹那は聞き捨てに出来ないことを聞いて、その顔を上げると超を睨みつける。しかし、超は刹那の眼光をあっさり受け止めると、笑みを浮かべたまま横島へと向き直った。


「ところで横島さん。二人で話が有るけど、ちょといいカナ?」

「俺と?」

「そうネ。大事な話だから誰にも聞かれないようにお願いしたいネ。あ、そうそうネギ坊主は一人で向こうへ行ったけど、この飛行船の内部は広いから誰か迎えに行かないと迷子になってるかもしれないヨ」


 横島は不安そうに自分を見つめる刹那に大丈夫だとうなずく。すると、刹那はしぶしぶとネギを探しにその場を後にする。そして刹那が廊下の向こうに消えたのを見計らって横島は超に向き直った。


「で、俺に話っていったいなんだ?」

「単刀直入に言えば、横島さんに私の主催するイベントを手伝ってもらいたいという話ネ」

「イベント? それは事務所への正式な依頼と考えていいのか?」

「今の所は横島さんへの個人的なお願いネ。場合によっては事務所への正式な依頼としてもかまわないヨ」


 横島は少し考えるように顎に手を当てていたが、その手を下ろすと今までののほほんとした雰囲気を一変させて超を睨みつける。この時、横島の霊能者としての勘がこの依頼はただ事ではないと告げていたのだった。


「その依頼を受けると、とんでもないことに巻き込まれそうな気がするな。それに……俺は刹那ちゃんと同じで君に気を許すつもりは無い」

「それは……どういうことカナ?」


 横島は超を睨みつけたまま、ニヤリと笑う。その横島の表情は普段のボケボケとした表情からは想像もつかないほど迫力に満ちており、超は背中になにやら冷たいものが走るのを感じていた。


「俺は過去に二度時間跳躍を行ったことがある。そのどれもが意図しない事故だったが、どれも一人の人間でどうにかなるエネルギーじゃない。それこそ神の領域の奇跡だ。だけど、超ちゃんはいとも簡単にあの時計もどきで実現させている。もう、それだけで十分胡散臭い話だ」

「ほほう、横島さんは只者じゃないと思ってたが、時間跳躍の経験者とはネ……どうやって帰ってきたか興味はあるが、それはとりあえずおいておくとして。何故、そこまで警戒するのカナ? 胡散臭かろうと、私としては善意であの道具をネギ坊主に渡しただけネ」

「俺としてはその出どこが気になるんだよ。まあ、それ以前に俺のモットーは『触らぬ神に祟り無し』だからな、好んで危険に首を突っ込む気はない」


 横島と超は互いに目をそらさぬまま、じっと動向をうかがう。しばらくの間その均衡が続いていたが、最初にその均衡を打ち破ったのは超だった。


「確かに好んで危険に首を突っ込むのは馬鹿ネ。そういう意味では横島さんは実に賢明ヨ。だけど……その危険に見合う報酬を払う用意があるといったらどうカナ?」

「報酬だと……」


 超はニヤリと笑うと懐に手を入れ、そこからICレーコーダーを取り出し、スイッチを入れる。横島はそのレコーダーから聞き覚えのある声を聞くとビシリと固まった。


『なんかよーわからんがタマモは俺のだー!』

『黙れこのロリコンども! うちのお姫さんたちは誰にもやらん! だいたい刹那ちゃんはニ、三年後にはものごっつい美人になるんだ、それをむざむざ渡してたまるか!』


 それはかつて横島が超包子の前で大乱闘をした時に言い放ったセリフであった。超は横島がそれを聞いたことを確認するとスイッチを押して再生を止め、ニヤニヤと笑いながら横島を見上げる。


「んーよく録れてるネ。さて横島さん、私に協力してくれればこれのマスターデータとコピーを全部差し上げるヨ。でも……協力してもらえなかったらその悲しみのあまり、思わずこれをタマモさん達に聞かせてしまうかもしれないネ」


 超の手段、それは紛れもない脅迫であった。超は横島ならこのレーコーダーに録音されたセリフをタマモ達に聞かせたくないはずであると予測し、それを交渉の切り札としていたのである。
 しかし、勝利を確信する超を他所に、横島はさしてこたえたふうも無く、頭をかきながら超を見下ろすだけだった。


「あー、勝ち誇ってるとこ悪いが、それに類することはもう言っちゃってるんだな、これが……」

「は!?」


 超はあまりに予想外な横島の反応に、思わず目を点にして間抜けな声を出す。


「横島さんはロリコンだったカ?」

「ロリコンちゃうわ! ほれ、超ちゃんがガンドル先生達に追われた時があったろ、あの時に思わず、こう……な」

「あ、あの時よく聞こえなかったケド、叫んでたのはそれだったのカ!」


 超はあの時ガンドルフィーニ達に追いつかれた時点で、ネギ達にその対応を任せてかなり距離をとっていたので横島の叫び声を聞いていなかったようであった。そしてこれは超の勧誘計画を根底から覆す事態でもある。
 超は今の状況をその明晰な頭脳で分析し、このレコーダーの内容が取引材料にならないと判断すると、対タマモ&刹那用の勧誘材料を取り出した。もし、これで横島が自分の味方にならなかった場合、それは超にとって油断のならない不安材料が敵に回ることを意味しているだけに、その表情は真剣そのものだ。


「な、ならコレはどうカナ? 私に協力しなければ、コレをタマモさんと刹那さんに渡すけど、それでもいいカナ?」


 超は今度こそとばかりに懐から二枚の紙を取り出すと、それを横島の眼前に突きつける。それは以前横島が酔っ払って書いた婚姻届であった。


「さあ、タマモさんのことだから、コレを渡せば嬉々として自分の名前を書いて結婚を迫るのは必定ネ。そうなれば必然的に対抗して刹那さんも書かざるを得ない。それが嫌なら私に協力するのが賢明ヨ」


 超は今度こそとばかりに胸をそらして勝ち誇る。しかし、横島はそれに対してただポツリとつぶやくだけだった。


「いや、むしろバッチ来い?」

「……横島さん、貴方真性のロリコンだったカ?」

「ちゃうっつーとるやろうが! 書いても出すのは来年以降だ! だったら問題まったくねーだろうが」

「な!」


 超はあまりにもあっさりと刹那とタマモを受け入れた横島に愕然とし、打ちのめされたようにひざを突いた。そしてしばしその体勢で瞑目した後、ゆっくりと立ち上がると大きくため息をつく。


「こ、これでもなびかないとは……こうなったら後の取引材料と言えば、せいぜい『超包子』の綺麗どころを紹介するぐらいしか出来ないネ。けどそこまでタマモさん達を思っている以上、あまり効果は……」

「何なりとご命令くださいませ、ご主人様」

「はへ?」


 超本人もまったく期待していなかった取引材料をつぶやいた瞬間、横島は実にあっさりとそれを受け入れ、片膝をついて恭しく超へ頭を下げた。その姿はまるで主に忠誠を誓う騎士のようでもあったが、その全身からにじみ出る煩悩が禍々しい妖気となって横島を取り巻いていたため、とても騎士には見えないでいた。


「マイマスター、確認しますが、その綺麗どころとは当然高校生以上の?」

「一応、ミス麻帆良にもノミネートされる大学部の人達ヨ……」

「よっしゃー! ついに俺の時代が来た! まだ見ぬ美女達よ、今この横島忠夫が貴方の前に行きますよー!」

「あーうん、自分で勧誘しといて何だが……実に邪な人ネ。刹那さんもタマモさんも苦労しそうネ」


 超は目の前で鼻息を荒くして叫ぶ横島を見つめながら、この男を勧誘して良かったのか早くも後悔する。しかし、とりあえず最大の不確定要素を取り込めた今、彼女はまた一歩自分の計画へと近づいたのであった。




「横島、なにボーっとしてんのよ。さっさと行かないと遅れるわよ。 それとも、そんなに刹那とのデートが楽しかったの?」


 飛行船を降りてより2時間後、横島たちは服装を元に戻すと、クラスの仕事を終えたタマモと合流して対告白用のパトロールをするために担当区域へ向かっていた。
 周囲はすでに夕暮れに染まり、夕焼けに浮かび上がった世界樹は淡く光り輝いている。毎年の統計によるとこの時間帯がもっとも告白する生徒が多いらしい。


「いや、確かにデートは楽しかったが。色々と事件があって頭がいっぱいいっぱいなだけだ」

「ならいいんだけどね。まったく……タイムマシンか、便利かもしれないけどとんでもないアイテムよねー」

「あの、ひょっとして超さんの話でなにか?」


 刹那は心配そうに横島を見上げると、横島はなんでもないとかぶりを振った。


「いや、イベントを協力してくれと頼まれたんだが、その話は断った。どうも霊感が騒いだんでな……」

「イベント? 超は何かやるつもりなの?」

「さあ? 詳しいことは聞かなかったからな……」


 横島は特にあせるでもなく、普通の表情でタマモ達の質問を受け流す。もしここでばれたら芋づる式に超との契約内容まで白状させられるのは確実なため、横島は身命をそそいでタマモ達をだまくらかす。もっとも、実際のところ、横島はいまだに詳しい依頼内容を聞いていないため、その点においてはタマモ達に嘘はついていない。
 超の話だと、必要な時が来たら改めて連絡するとのこではあるが、横島はその後ろめたさに早くも後悔していた。


「ん、あっちのほうに告白生徒が出たみたいよ! 横島、急がないと!」

「さあ、横島さんいきましょう!」

「お、おう!」


 横島達三人は互いに頷きあうと、告白を阻止すべく現場へ向けて駆け出していく。
 彼らの思いは三者三様、一人は傍らの二人を手にしつつも、己の性癖のためかそれ以上を望んで罪悪感を感じてしまう。また、もう一人は常に傍らの男とある事を望む。
 そして最後の一人は、もう一人と同じように傍らの男と共にある事を望むが、それと同じぐらい他の少女たちとの絆を望む。そんな彼ら、彼女達の行く末はまだ何も見えなかった。


第38話 end




 夢を見た。
 
 その夢はまさしく悪夢、けっして現実にありえないはずの事象。されど、その悪夢はそれがまるで現実だとばかりに異常なまでのリアリティーを私に伝えてくる。
 私は幾度となくこの夢が覚めることを願った。しかし、その願いはかなうことはなく、目の前では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる。飛び交う瓦礫、そこかしこで上がる悲鳴。ああ、ここは地獄だ。


「た、助けてくれ、化け物だー!」


 目の前で男が一人、悲鳴を上げて逃げ出す。その後ろにはおそらくその男の恋人であろうか、一人の少女が膝をついて男に助けを求めているが、男はそれにかまうことなく少女を置き去りにして逃げ出していく。
 そして私の眼前で、また一つの悲劇が生み出されていくのだった。








 


「こーこーかー!」

「うひぃぃー!」


 私の視線の先、レミントンライフルのスコープの向こう側では工学部謹製アパトサウルスの頭に乗った男が、目を血走らせてそこらじゅうのカップル追い回していた。
 うん、これは夢だ……たちの悪い夢だ。私はまだ温かい布団の中で眠っていて……


「コラー! 横島、いい加減落ち着きなさい! あんたどうやってその嫉妬に狂った恐竜の霊を召還したのよー!」

「横島さんーん! いいかげん正気にもどってくださーい! ていうか、どうやって霊をそのロボットに乗り移らせたんですかー!」

「フゥハハハハ! 感じる、感じるぞブラザー! かつて別のお前は俺を裏切ったが、今のお前はけっしてそんなことはしない。人が限界を超えてなおガマンしとると言うのに、のうのうと中学生に手を出し、あまつさえコレ幸いとタマモと刹那ちゃんに告白かまそうとするロリコンどもを殲滅するんだー!」


 グルォォォーン!


 OK、わかった。これは紛れもない現実だ。ならばそれ相応の対応をさせてもらおう。このままでは私の区域まで侵攻されて報酬に響きかねないからな。
 私、龍宮真名は荒れ狂う精神を静め、ゆっくりと照準を恐竜の頭の上で踊り狂う横島さんにあわせた。なあに、この弾丸は麻酔弾だ、10分もすれば目を覚ます。もっとも、その後学祭の間中体は麻痺してろくに動けないだろうが、その時はタマモと刹那がかいがいしく看病してくれるだろう。
 刹那、これをチャンスとしてしっかりとアピールするといい。

 私は照準をぴったりと合わせるとゆっくりと息を吐き、そのまま引き金を絞る。そして弾丸が射出された手ごたえを肩に感じると同時に、私の放った必殺の一撃は確かに横島さんの側頭部に命中した。


「フゥハハハハハ! さあ、泣け、叫べ、踊れ! 俺以外の全てのロリコンに死を、タマモと刹那ちゃんに手を出す野郎どももまとめて殲滅じゃー!」


 ……うん、やはりこれは悪い夢だ。私の放った弾丸がまったく効いてないなんてありえない。だから私は今寝ていても決して間違ってない。さあ、こんな悪夢じゃなくもっといい夢を見ようか。


「い・い・か・げ・んにしろー! 喰らえ必殺1Gtハンマー! 」

「横島さん、ごめんなさい! 神鳴流奥義、雷鳴剣ー!」


 ほら、これで悪夢は終わった。後はこんな悪夢をすぐに忘れて幸せな夢を見よう。そう、あの楽しかった昔を思い出しながら……

 夢を見た。

 その夢は悪夢のような現実、現実のような悪夢。けっして現実なんかじゃない。だからそこで震えているネギ先生、タイムマシンで逆行してきたかどうかは知らないが、君もはやく思考を切り替えて眠るといい。


 ――ああ、今度こそいい夢がみられそうだ。



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