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 時は移ろい、誰にも止められることなく過ぎていく。それは例えるなら川の流れ。
 川は高きから低きへ流れる。これは決して覆ることのない絶対の法則。されど、今ここに二人の少年がその時の流れを強引に逆送し、この世のありとあらゆる物理法則を真っ向から無視して過去へと戻っていた。
 過去への時間移動、それは少なくとも今の人類では決してかなうことの出来ない神代の奇跡。それを成し遂げた少年たちには、きっと何物にも変えがたい崇高な志があるのだろう。


「さーて、これで4回目の初日だ。張り切って学祭を回るよー!」


 きっと崇高な志が――


「よっしゃー! うまいもん食いまくるでー!」

「うんうん、最大の懸念が解消された今、僕らには開かれた未来が約束されているんだ! ここで楽しまなきゃ損だよ!」


 きっと――


「いやー、ほんまにあの組み合わせは神やったで」

「そうだね、ああ偉大なる我が神よ! これは今まで試練に耐え続けた僕への祝福なのですね。感謝しますぅぅ!」

「ま、まあ……お前の神さんはともかく、はよ行くで。生徒の出し物にも回らんといかんのやろ?」

「あ、そうだね。じゃあ、行くよー!」


 この少年二人、ネギと小太郎には崇高な志などかけらも無いようである。この二人にとっては、神代の奇跡を実現する宝具も便利なアイテムでしかないのかもしれない。イメージ的には未来からやってきた青狸の所有するタイムマシンのごとくである。


「えー! 本当に手伝ってくれるのー?」

「小太郎君も?」

「はい、担任ですから」

「んー、俺も姉ちゃん達には世話になっとるからな。ここらで恩返しせんと」

「そっか。じゃあコレ着て客引きお願いねー」


 その後、3−Aのホラーハウスへと到着したネギ達は桜子達に着替えを手渡され、それに着替えて客引きをすることになった。だが、ここは曲がりなりにも女子中学校、そこには男性用更衣室などという気の利いたものはない。
 故にネギ達は教室の片隅にあるカーテンで間仕切りされた簡易更衣室で着替えることになるのだった。


「ハァハァ……こ、この向こうでネギ先生と小太郎君が生着替え。見たい、ものすごく見てみたいですけど、委員長として覗きなどするわけには……」

「あの、アヤカ……」


 と、そこにどこからともなく女吸血鬼を模したようなコスプレをしたあやかが、ネギと小太郎の匂いをかぎつけたのか某煩悩青年のようなことを呟きながらカーテンの前で葛藤を始めた。そんなあやかの背後には複雑な表情をしたタマモが手にしたハンマーを振るうべくか否か、これまた葛藤していたりする。


「ハッ! これはもしや桜子さん達による私への罠? でも、でも、罠とわかっていてもエサは美味しそうですわ!」


 この時、あやかの脳裏には何故か子狐が油揚げの入った檻の前でウロウロしている映像が浮かび上がる。それはまさしく、かつて横島が貧乏神の呪を打ち破るべく引き起こした、結婚騒動の時に思い浮かべた映像とほぼ同じものであった。


「はいはい、横島みたいなこと言ってないでこっちへいらっしゃい。さすがに友人を覗きの現行犯で先生に突き出したくないわ。ましてハンマー使って横島みたいに無傷で復活しようもんならトラウマでも出来そうだし……」

「ああ、タマモさん。後生ですから、せめて1秒でもあのカーテンの向こうをー!」


 タマモは内心で『横島=あやか』疑惑を益々深くしながら、彼女の首根っこをひっつかむと奥へと消えていく。この時、タマモの右手には何故かロープが握られているが、それを何に使うかは謎である。


「あの……今いいんちょさんの声が聞こえたんですが」

「気のせいかアヤカ姉ちゃんに兄ちゃんが乗り移ったかと思うたけど、違うよな?」

「いいんちょならさっきまで居たんだけどね。タマモちゃんが用があるって向こうにつれてったみたいだよ。あ、よく似合ってるよー、二人とも」


 あやかがタマモに子牛のごとくつれられて奥へ引っ込むと、それと入れ替わるように着替え終わったネギと小太郎が顔を出した。その二人の格好はネギは子供版ドラキュラ、小太郎は着ぐるみちっくな狼男と、子供の可愛さを前面に押し出した見事な仮装である。
 こうして二人は桜子達の賞賛の声を背に、客引きのために外へ出て行く。すると、その可愛さのせいか、女性層を中心に明らかに客が増え始めるのだった。


「おや? なんかお客さんが増えてきたねー」

「むむむ、やはり子供の可愛さを全面に出したのは正解だったみたいだね。だったら次はこの格好を……」

「ただいま戻りましたー」

「おお、なんか行列が増えとるやないか」


 柿崎がなにやら悪巧みを思いう浮かべていると、ちょうどそこにネギ達が帰ってきた。すると、柿崎は即座に衣装棚からなにやら新しい服を取り出し、それをネギに手渡す。ネギ達はそれを受取ると着替えるべく再びカーテンの向こうへと姿を消していった。

 そのころ、教室の奥へと消えていったタマモとあやかは――


「ああ、ネギ先生と小太郎君がお帰りに! タマモさん、はやくこの縄を解いてくださいませー!」

「解いてあげたいのは山々なんだけどね、もう少し落ち着いてからじゃないととても解放なんて出来ないわ」


 ――教室の片隅、隔離された暗幕の向こうで、ロープでぐるぐる巻きに拘束されたあやかをタマモがなんとも言えない表情で見下ろしていた。
 タマモとしては友人をこんな風に扱いたくはないのだが、ネギと小太郎の安全を考えるとさすがに解放する訳にはいかない。そのため、タマモはせめて後で幻術でネギのコスプレ姿でも見せてあげようと仏心を出し、暗幕の向こう側へ顔を出した。
 すると、そこには子天狗の格好をした小太郎が狐娘の格好をしたネギに向かって腹を抱えて大爆笑しているシーンが目に入ってくる。


「ふーん、小太郎が子天狗でネギ先生は狐娘か……二人ともよく似合ってるけど、ネギ先生の格好は私への挑戦かしら? ここは妖狐の矜持にかけて本当の狐娘というものを見せてあげな……い……と……」


 ゾワリ!



 タマモは背後から言い知れぬ気配を感じ、その気配に戦慄する。そしてその気配は瞬く間に膨れ上がり、やがてその気配はタマモにとって非常に慣れ親しんだ物に変わる。だが、いかに慣れ親しんだ物でもそれはこの場では絶対にありえない、存在してはいけない気配であった。故にタマモはそれを自分の気のせいであると断じようとする。
 しかし、いくら内心で誤魔化そうとも、背後から感じるそれは紛れもなく本物であることをタマモは誰よりもよく知っていた。
 タマモが慣れ親しんだ気配、ともすればタマモですら恐れおののくほどのそれは一体なんなのだろうか。
 タマモはその答えを知っていながら、決してそれを認めようとはしない。いや、認めたくなかったというのがこの場合は正解だろう。しかし、それをこのまま放置すればその後の惨状は火を見るより明らかである。故にタマモは背後で感じる気配が気のせいである事を神と悪魔に願いながら、ゆっくりと背後を振り返った。



「狐娘のネギ先生ー! 子天狗の小太郎君ー! ああ、その暗幕の向こうには桃源郷がー!」

 

 タマモが振り返った先では、いつの間にかロープから完璧なまでの縄抜けを披露したあやかが、目を異様に光らせながらゆっくりと自分へと迫っていた。
 正直、タマモにとってここまではまだ予想の範囲内だった。ネギと小太郎への偏愛著しいあやかなれば、自分を縛るロープなどその気になればいとも簡単に抜け出すであろうことは十分に予想されてたのである。それゆえ、タマモはあやかをロープで拘束した後も見張りのために残っていたのだが、今のあやかはタマモにとって絶対に認めたくないオプションを装備ししていたのである。
 タマモが絶対に認めたくないあやかのニューオプション、それはもしこの場にタマモがいなければ誰も気付けないであろうほどの些細な変化。
 それはあやかの全身から吹き出すピンク色の霊気であった。ちなみに、その色は横島の霊気とまったく同じである事、そして同じ霊気を持つ人物はいないという前提条件を付け加えておく。


 『雪広あやか=横島忠夫』その証明がなされた瞬間であった。


 タマモは目の前の光景に目の前が真っ暗になるような気がしたが、それでも己を奮い立たせ、ゆっくりと一本のハンマーを手に取る。そのハンマーにはひらがなで「いちとん」と書かれているのが特徴的であった。
 もはや覚醒したあやかを止めるには、物理的な手段しか残されていない。正直この『いちとん』ハンマーであやかを止められるか自信がないが、かといって横島のように100tを使うわけには行かない。そのためタマモは神に祈るかのようにしばしの間瞑目し、心を落ち着かせるとゆっくりとそのハンマーを振りかぶり、今やその背中を無防備に晒しているあやかに向かって心の中で謝りながらそれを振り下ろしたのだった。


「ぼ、煩悩退散ー!」


 この日、人知れず世界を崩壊させるのに等しいほどの獣が新たに誕生したが、それは誕生したのと同時に人知れず葬り去られた。そして獣を撃退した英雄はコブを頭に作り、すっかり目を回したあやかの枕元で何度も何度も涙を流しながら謝っていたという。




第39話 「激突、最凶の二人」






「おおー、ここが会場かー!」

「なんかすごいことになってるね、M&Aだっけ?」

「どうやらそのスポンサーとやらが学園中の格闘大会を統合したようですね」


 ここは龍宮神社、そこに到着した小太郎とネギ、そして途中から二人に合流した夕映は目の前の光景を呆然と眺めていた。ちなみに、このネギはあれから横島達と別れた後、のどかとデートの末アスナとディープキスをかますなどといった、実に微笑ましいイベントをこなし、その後もう一度時間跳躍でパトロールをし終えたネギである。ついでに言うと、そのパトロール時に恐竜への憧れを木っ端微塵に打ち砕かれ、さらにトドメとばかりにトラウマおかわり状態となるイベントも経験していたりする。
 ともかく、あらゆる意味で濃い学園祭一日目を経験し、三度目の時間跳躍を行ったネギはその日の集大成としてここ、格闘大会の会場へと足を踏み入れたのである。
 そんな彼らの目の前では、鍛え上げた血の気の荒い男――少数ながら女性もいる――たちがまるで砂糖に群がる蟻のようにたむろしており、一種異様な異空間を形成していた。


「お、兄貴、あっちに人が集まってるぜ」


 と、そこに夕映の頭の上でくつろいでいたカモが人だかりのほうを指差した。その人だかりにネギ達は首をかしげながら近づいていくと、そこには掲示板のようなものに『賞金1000万円』と書かれていた。


「い、いっせんまんえんー!」

「い、いっせ……すごい賞金やなー」

「よーっしゃ! いけ、兄貴! 魔法使って即優勝だ! 撃て、雷の暴風!」


 カモは夕映の頭の上で旗を振り、目を$マークに変えながら叫ぶ。それはまさに金に目がくらんだという言葉を体現しているかのようであった。


「あ、ネギ! 何やってんのよこんな所で」

「なんか会場が変わったって聞いたんだけど……すごい人数ね」

「どうやらスポンサーが変わったらしいですね」


 ネギが常識外の賞金に目を白黒させていると、そこにアスナと木乃香、そして血まみれになった横島の右足と左足をそれぞ引きずっているタマモと刹那が姿を現した。
 横島が何故このようなことになっているのか、それについて多くを語る必要はないであろうが、ある意味嫉妬にまみれた男の末路と言えばおおよその想像がつくのではないだろうか。さらにその加害者が誰かにいたってはもはや説明する必要もないであろう。
 ともかく、タマモ達は血の跡を残しながら横島を引きずり、ネギのもとへとたどりつくとその手を離し、横島を覚醒させるべく頬をはたく。しかし、横島が意識を失ってよりすでに2時間、通常なら5分以内で目覚めるはずの横島はいっこうに目覚める事はなかった。


「横島! いいかげんに起きなさい」

「あの、タマモさん……私も参加しておいてなんですけど、さすがに今回はやりすぎたんじゃあ?」

「うーん、さすがにギガトン単位はきつかったかしら? ヒーリングしとく?」

「いや、普通にトン単位の時点で生きてるなんてありえないんだけど……」

「でも横島さんやしなー」


 気絶している横島の枕元で腕を組むタマモ達にアスナがため息と共に突っ込み、そこに木乃香がアスナを慰めているんだか、トドメを刺しているのかいまいちよく分からないことを言いながら肩をぽんと叩く。その視線の先ではタマモが横島の顔を手に取り、まるでキスをするかのように自分の顔を近づけるとピチャピチャと官能的な音をたてながら横島の傷口を舐めていた。
 その一方でネギはと言えば、この千載一遇のチャンスに横島を亡き者にでもしようと思ったのか、トドメとばかりに『雷の暴風』の呪文を詠唱しようとしたが、すんでの所で小太郎がネギを取り押さえていた。


「は、離して! 今が、今こそが最大のチャンスなんだ。 殺しきれないことはわかってる。でも、せめて学園祭の間だけでも動けなくなってくれれば、それだけで僕は幸せになれるんだー!」

「馬鹿のことはやめー、兄ちゃん倒したってその後は絶対にタマモ姉ちゃんと刹那姉ちゃんの復讐を喰らうだけや。 悪い事は言わんからおとなしゅうしとけって」

「いいかい、小太郎君。どういう形であれ、横島さんを病院なり保健室なりに放り込む事が出来たら、当然タマモさんと刹那さんはその間つきっきりで看病するんだよ。そうなれば三人の仲はもっと仲良くなって万々歳、必然的に僕はお咎めなし。さらにタマモさんは看病のために格闘大会は辞退、そうすれば僕と小太郎君の命は絶対に保障されるんだよ?」

「う……」


 小太郎はネギによる悪魔のごとき誘惑に一瞬心を奪われ、ネギを押さえる手を緩めそうになってしまう。だが、いくらそうすれば万事丸く収まるとはいえ、小太郎にとって兄と慕う横島を害するのは抵抗があった。
 家族を生贄に差し出すがごとくの行為によって得られる身の安全と、己を捨ててでも家族の命を守る漢としての矜持、この二つの感情が小太郎の中でせめぎ合い、もともと思慮深いたちではない小太郎は知恵熱でもだしたのか頭からブスブスと煙を上げ始める。そしてそこにトドメとばかりに、小太郎の手から抜け出したネギがまるで聖人君子のごとく神々しさと、聖者を誘惑する悪魔のごとき禍々しさを絶妙にブレンドさせた笑みを向け、小太郎の肩にそっと手を置き、彼にだけ聞こえる声でそっと呟いた。


「みんなで幸せになろうよう」



 小太郎はこの時、ネギの背後になにやら暗闇をまとった神のような影を見た。だが、同時に小太郎はその神の幻の背後にさらなる魔神が生まれたことを悟り、顔を青ざめさせながらゆっくりと後ずさる。そして小太郎が見ている前でその魔神はゆっくりとネギに近付き、その肩にそっと手を置いた。


「ほう、なかなか面白そうな話をしているじゃないか……今度はいっそのこと月まで行ってみるか?」


 ネギの背後に出現した魔神、それはいつの間にか完全復活していた横島であった。横島は実にいい笑顔を顔面に貼り付けながら、ネギの肩を掴むとゆっくりと力を込める。


「よよよ、横島さんいつのまに復活を!?」

「さっきタマモのヒーリングでな。 まあ、月うんぬんは冗談だから安心しろ、正直気持ちはわかるからな。しっかし……お前最近本当に黒くっつーか、たくましくなってきたな」

「ひ、必要にせまられまして……」
 

 ネギは命が助かった事に安堵したのか、地面へへなへなと崩れ落ちる。横島はそんなネギを呆れたように見つめながら、改めてタマモの方へと目を向けた。すると、そこではタマモがなにやら格闘大会のチラシを手にワナワナと肩を震わせてる。


「ん、どうしたタマモ?」


 横島が首をかしげながらタマモのもとへ戻り、その肩に手を置いて話しかけようとすると、タマモは即座にその手を引っつかんで横島を自分の顔の側へと引っ張る。そしてやや興奮した顔つきで横島の目の前に手にしたチラシを突きつけたのだった。


「優勝賞金一千万円? なんだこれ?」

「この格闘大会の賞金よ賞金! しかも参加者は時間ギリギリまで受け付けるって!」

「だから?」

「だから出場するのよ……アンタも刹那も」

「はい?」

「って私もですか!?」


 横島と刹那は突然の事に目を丸くし、二人そろってタマモに視線を集める。するとタマモはにっこりと笑って横島達に厳しい現実を突きつけた。


「借金1億……」

「ぐお!」


 横島は突きつけられた冷たい現実に思わず胸を押さえ、のた打ち回る。


「いい、横島。10分の1とはいえ、投資ゼロで一気に借金が減るこのチャンス、みすみす逃す手はないわ。幸い私と小太郎は既に登録済みだし、そこに横島と刹那が加われば一気に勝率が跳ね上がる。うまくすれば上位独占だって夢じゃないわ!」

「お、落ち着け……上位独占したって賞金は優勝者総取りだしあまり意味が……」

「どっちにしても、ウチの事務所の名前を知らしめるには都合がいいわ。とにかく、ウチの事務所はアヤカ以外全員参加、例外は認めないからね」

「い、いや。しかしだな、こうごっつい連中ばっかじゃ正直俺は勝てる気がせんのだが……」

「いいから出なさい! あんたの場合、相手が強かろうが弱かろうがあまり関係ないんだから。普段どおり適当にボケてれば相手が勝手に自滅してくれるわよ」

「そ、そういうもんか?」

「そういうもんよ。もちろん勝ったら後でちゃんとサービスするわよ。あ、美神さんみたいに騙しはないから期待していいわよー。刹那もいいわね?」

「まあ、そういうことなら私もかまいませんけど……そうですね、正直以前から横島さんとは戦ってみたいと思ってましたし、いい機会かもしれませんね」

「じゃ、決まり!」


 タマモはぽんと手を叩くと嬉しそうに飛び上がる。横島はそんなタマモの姿を見ながら、たまには格好いいところでも見せるかと戦う覚悟を決めた。ちなみに、決してタマモの言うサービスという言葉に反応したわけではない。そう、たとえその頬が赤く染まっていたり、微妙に顔がにやけていたりするように見えるのも目の錯覚なのである。
 一方、話に取り残された感のあるネギ達はというと――


「……小太郎君」

「なんや?」

生命保険って今から申請して間に合うかな?」

「……さすがに無理やと思うで」


 ――人生の不条理というものにうちひしがれ、魂が抜けたような表情で呟く。そんなネギの上では死神が格安の地獄めぐりツアーの片道プランが書かれたパンフレットを取り出そうとしていた。
 そしてそんなネギ達をアスナと木乃香はなんとも言えない表情で眺めている。


「ねえ、アスナ。これがやぶ蛇っちゅーやつかなー?」

「どうだろう? 突っつく前に蛇どころか虎が出たって感じが正しいような気がするけど」

「タマモちゃんやるき満々やし、横島さんもそれなりにやる気だしとる。この二人に当たったら……」

「無事ですみそうもないわね」


 アスナと木乃香、二人は互いにため息をつきながらネギと小太郎の行く末に幸あらんと密かに祈りを捧げる。


「ようこそ! 麻帆良生徒および学生および部外者の皆様! 復活した『まほら武道会』へ! 突然の告知に関わらず、これ程の人数が集まってくれた事を感謝します!」


 と、そこにマイクを片手にキャンペーンガールのような格好をした朝倉が神社の本殿中央部から姿を現し、周囲に群がる参加者へウインクをしながら口上を述べ始めた。


「優勝賞金一千万円! 伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んでください!」

「朝倉じゃないの……なにやってんのかしら?」

「司会……でしょうか?」

「うーむ、さすが3−AのNO.4。あのスタイルはあなどれんなー、本気で中学生というのが惜しい……いぎゃ!」


 突然現われた司会が自分達のクラスメイトであることにタマモ達は呆然としていたが、横島のたわごとを聞きつけるとタマモは即座に横島の足をぐりぐりと踏みつけ、強制的に黙らせる。そんな些細な波乱を含みつつも朝倉は司会を続け、最後にこの大会の主催者の紹介を行おうとする。
 会場はその声に静まり返り、誰もが朝倉を注視する。彼らはみな麻帆良学園全土に点在していた大小様々な格闘大会を統合し、新たに一千万円もの賞金を提示した人物が誰なのか興味があったようだ。


「では、今大会の主催者より挨拶を」


 朝倉の声と共に龍宮神社本殿中心部の扉が開き、その向こうに小柄な人影が姿を現す。そして誰もがその人影を注視する中、その人物はゆっくりとライトアップされた舞台へと進み出たのだった。


「超さん!?」

「なんで彼女が?」


 舞台中央へ進み出た人物、それはネギ達のクラスメイトの超鈴音であった。ネギは何故彼女がこんな大会を主催したのか、目を白黒させているが、その隣にいる夕映はむしろ納得していた。いや、むしろ彼女以外ありえないだろうとも結論付ける。何故なら超は学園全土に展開する超包子のオーナーであり、この学園祭期間だけでも数千万円規模の売り上げを見込めるのだ。それを考えればこの大会はそのさらなる宣伝と言う意味では納得できるのである。
 もっとも、超の実情をわずかなりとも知る刹那と横島はほぼ同時に首をかしげた。ただし、その内心は純粋に超の真意を読みきれなかった者と、超に組する事を約したはずなのにイベントについて何も聞いてなかった者、といったように全く別物なのだが、それは外見からはまったく区別できないでいた。


「私がこの大会を買収して復活させた理由はただ一つネ。表の世界、裏の世界を問わず、この学園の最強を見たい。それだけネ」


 超は横島達の疑問を他所に、この大会におけるルールを説明していく。その際、裏の世界について言及したり、はてはルールとして刃物、銃器の使用禁止、そして呪文詠唱の禁止を宣言していく。
 超の発言は裏の世界、特に魔法関係者からみれば十分な禁則事項的発言なのだが、この会場にいる大部分の者たちは表、とどのつまり一般の格闘愛好家、バトルジャンキー、脳筋オタクの猛者達が大部分を占めるために超の重大な発言をスルーしていった。
 一方、数少ない魔法関係者の一人であるネギは超の不穏当は発言に呆然としていると、そこに楓、龍宮、クーフェイといった3−A屈指の猛者たちが姿を現し、彼女達も参加を表明し、それを聞いたネギはこの格闘大会に対するモチベーションを極限まで下げていく。そして傍らにいる小太郎にアイコンタクトをしてこの場を逃げ出そうとした時、ついに真打が現われたのだった。


「ぼーや、どこへ行くつもりだ?」

「マ、マスター!」


 突如現われた真打、それはネギの師匠であるエヴァであった。この時、彼女の前に立っていた幾人かの参加者と思しき者達は口々に何かをささやきながらエヴァを驚愕の瞳で見つめ、ゆっくりと彼女の進路を空ける。そして彼女はまるでモーゼのように人の海をごく自然に分けさせ、傍らにヨチヨチと歩くチャチャゼロを従わせてネギに微笑みかけた。


「ぼーや、私に負けた時の約束は、貴様が不戦敗の場合でも適用されるのだが……よもや忘れてなどいないな?」

「い、いいえ! とんでもありません!」


 ネギは直立不動のまま敬礼をし、涙を悟られぬよう、やや上方に視線を固定しながらエヴァに答える。そしてさらに追い討ちとばかりに高畑までもが参戦を表明し、ネギの勝率がぐんと、それはもう世界大恐慌の始まりとなったニューヨーク株式市場のように急落していく。
 結局、この大会には横島事務所の4人をはじめ、ネギ、エヴァ、龍宮、楓、クーフェイ、高畑、そして高畑が参戦を決めた瞬間に反射的に自ら参加表明をしたアスナも加え、一千万円に目がくらんだ猛者たちの激しいバトルが繰り広げられようとするのだった。


「ねえ、小太郎君……」

「なんや?」

「今から逃げない? 遠くの国へ……」


 もはや勝利のかけらも見えない大会への参戦、大会最中はもとより、その後も続くであろう地獄の日々を思い、涙に濡れるネギが傍らにいる小太郎へむけて脅える子犬のような視線をむけ、なんとかこの死地を脱しようと小太郎を巻き込んで最後の抵抗を試みる。しかし、小太郎はそんなネギに無言で首を振り、その両肩にポンと手を置いた。


「ネギ……俺はもう逃げられへんのや。タマモ姉ちゃんがあれだけやる気になっとるんやで、これで逃げたら捕まった時にどうなるかは想像することもできんわい。せやから……」


 小太郎はここで何かを吹っ切ったかのように漢くさい笑みを浮かべ、ネギの頭をヘッドロックのように抱え込む。そして突然の事に目を白黒させるネギの耳元でそっとささやいた。


「みんなで不幸にならへんか?」


「いやだぁぁぁぁぁー!」



 全てを絶望に叩き込む小太郎の声、それに対するネギの答えは、なにやら25年前の大会の優勝者の名前を言う超の声を消し飛ばすほどの絶叫であった。


「少しわかったような気がします……」

「ん何がだ? ゆえっち」


 小太郎と共に抱き合い、涙を流すネギを遠巻きに見つめながら夕映がつぶやく。その唐突とも思えるつぶやきに夕映の肩に乗っていたカモが、首をかしげて夕映を見上げた。


「10歳と言えば小学4、5年生……好きな女の子がいてもおかしくはない年齢だと思っていたのですが……」

「まあな、普通の小学生ならいてもおかしくはないな」

「でも、ネギ先生はそんな余裕なんてないんですね。おそらくネギ先生は……」


 夕映はネギを見つめたまま、まるでまぶしいものを見るように目を細める。カモもまた、先ほどまであったネギとのどかのデートと、それに続く夕映とのやりとりを思い出し、そのまま沈黙して夕映のセリフを待つ。
 カモが沈黙してから10秒、ネギを見つめていた夕映はやがて沈黙に耐え切れなくなったのか、大きなため息と共にそっとつぶやいた。


「日々を生きるのに精一杯なんですね」


「ああ、それもタマモの姉さんが転校してきてからな……」


 カモと夕映、二人は夕日に照らされた真っ赤な世界の中、その中心で哀を叫ぶ少年に向かって静かに黙祷をささげるのだった。





 ネギの魂を絶叫もむなしく、ネギにとっては永遠に来て欲しくない時間がやってくる。そのネギの前では8つに別れた舞台が現われる。どうやら朝倉の司会によれば、くじ引きで8つのグループに別れ、そこでのバルロイヤルで生き残った2名が決勝に進出する事が出来るようだ。
 ネギはいい加減、腹をくくるしかないと悟り、せめて予選の段階でエヴァ達やタマモ達に当たらない事を神に祈りつつ、同時に自分と小太郎以外の全員が同じ予選ブロックで戦って潰しあってくれることを望むしかない。しかし、ネギの前でくじを引いていったタマモ以外の関係者は綺麗に各ブロック別れ、とても潰しあってくれるようには見えなかった。
 ちなみに、この大会においてネギはエヴァとタマモ、そして横島と直接対戦することなくエヴァよりも上の順位につかなくてはいけない。そしてそれを阻むのは刹那を初めとする3−A武闘派の4人に加えて高畑と、実に険しい山々が彼の前に聳え立っている。ついでに小太郎の場合は警戒すべきはタマモただ一人、できれば優勝するのがベストなのだが、横島や刹那と当たればむしろ進んで勝ちを譲ってもいいだけにネギと比べればはるかに気が楽だ。


「ああ、神様……お願いです。せめてマスターとタマモさん、そして横島さんのグループに当たりませんように」


 ネギは神に祈りながら、くじを引き恐るおそる目を向ける。
 クジに書かれたグループ名はB。それはまだ誰も関係者のいない奇跡のグループであった。それを目にしたネギは何回も目をこすって目の錯覚でない事を確認すると、感涙にむせび泣きながら舞台へと駆け上がっていった。
 これでまだくじを引いていない関係者はタマモただ一人、ネギと小太郎が注視する中、タマモはゆっくりとくじを手にし、その一本を一気に引き抜く。


 ゴクリ


 事態の重要さを知らない大部分の者達の歓声が聞こえる中、誰かが緊張で唾を飲み込んだ音が妙によく聞こえる。そして関係者の誰もが注視する中、タマモはゆっくりと舞台の一つへ歩みだしていく。


「ほう、横島タマモ……よもやこんなに早く貴様と決着がつけられるとはな」

「あら、エヴァもこのグループだったの? ごめんなさい、小さすぎて見えなかったわ」

「ぬが!」


 タマモの向かったグループ、それはエヴァがいるFグループであった。ちなみにエヴァの後ろには高畑もいるが、二人とも完全に眼中に入っていない。二人は互いに顔に笑みを浮かべたまま、されど全く笑っていない目でお互いを見つめながら闘気を高めていく。そしてその闘気はやがて周囲の光景が歪んで見えるほど高まっていった。


「優勝賞金一千万! くじによって20名そろったグループから順次試合開始です!」


 朝倉のアナウンスのもと、真っ先に試合が始まったのは龍宮とクーフェイがいるDグループであった。Dグループは試合が始まると、即座にクーフェイが縦横無尽の活躍で並み居る男の参加者を倒していく。その凄まじさはクーフェイの脇にいる龍宮が何もする必要がないほどであった。


「これは凄まじい! 小さな体にゴリラ並みのパワー! 前年度ウルティマホラチャンピオンのクーフェイ選手、まったく他の参加者を寄せ付けません!」


 朝倉が実況を続ける中、次々と参加選手が倒れていく。しかし、他の参加者もいかにモブキャラとは言え、この舞台に出る以上いささかの矜持がある。故に剣道部に所属する選手は刃物や銃器以外の武器は禁止というルールをフル活用し、防具に身を固め、必殺の木刀を持ってク−フェイと対峙する。
 それを見た観客席や他の参加者から卑怯などという声も上がるが、クーフェイは意にも介さずただ冷静に相手を見据え、一気に間合いを詰めると必殺の拳を相手の木刀と防具を粉砕しながら急所に叩き込むのだった。


「あー……武器を持つ者が絶対に有利ではないということが、よく理解できたかと思います」


 朝倉はクーフェイの凄まじさに内心舌を巻きながらも、冷静に司会と実況を続けていく。ともかく、これでDグループはほぼクーフェイと龍宮で決まりそうなため、朝倉は視線を他の舞台へと移す。
 するとそこには――


「そこのお嬢ちゃん、危ないからあっちへぺぎゅうぅぅー!」


 ――タマモがエヴァから視線を外さぬまま、一人の巨漢を100tハンマーでお空の星にするという光景が広がっていた。


「ちょ! タマちゃん、それ反則ー!」


「なによ、ルール違反はしてないしちゃんと手加減してるわよ」

「い、いや……でも」


 朝倉は思わず大音量で叫ぶが、タマモの切り返しで思わず口ごもる。事実、タマモの使用する武器は刃物や銃器に当たるわけではなく、ルールの範疇には入っている。もっとも、100tもある重量物を片手で振り回すといった、物理法則という世界のルールからは甚だ逸脱している事実を無視すればの話ではあるのだが、それについては今更の話でもある。
 ともかく、朝倉は100tハンマーの扱いに関して主催者である超にその判断をゆだねるべく視線をむけると、超は無言で頷き、100tハンマーの使用を認めた。


「えー……一応主催者からも問題ないということですので、このまま続行です。それと、ご存じ無い人もいるでしょうから説明しますが、ハンマー持った金髪の少女は『麻帆女の鬼姫』こと横島タマモさんですので、対戦される方はくれぐれもご注意ください」


 朝倉のアナウンスが広がると観客席はもとより、他の参加者、特にFグループからは先ほど以上の悲鳴が上がる。なにせ彼女と対戦する事はその得物から見ても死を意味しているため、誰もがタマモに恐れおののきながら距離を取る。そしてそんな彼らに対して無慈悲な高畑の見えない拳が、彼らの意識を刈り取っていくのだった。


「あー……確かに楽なんだけど、なんかこう、見せ場がなくなってしまったような……」


 高畑の寂しそうな声を他所に、他のグループでも次々と試合が始まり、ネギのいるグループではネギをつまみ出そうとした巨漢がネギの一撃で宙を舞い、そのまま次々と何かを叫びながら参加者を撃退して周囲をどよめかせてる。
 

「横島さんの変態ロリコンー! タマモさんのハンマーオタクー! マスターの大年増ー!」


 どうやらネギは日ごろの鬱憤をぶちまけるかのように、対戦相手を屠りながら己の心の内にある黒いもの、とどのつまりが横島やタマモ、そしてエヴァへの暴言を叫びながら戦っていく。涙ながらに一心不乱に戦う少年は、やがて最後の一人の放つ気弾を顔面に喰らいながらも意にも介さず一瞬で葬り去り、めでたく決勝進出を決めたのであった。
 ちなみに、ネギの暴言についてはまことに信じがたい事ではあるが、奇跡的にも周囲の喧騒とその対象者がそれぞれ極度の集中状態にいたため、聞きとがめられることなかったようである。幸薄き少年魔法使い、ネギ・スプリングフィールド。この幸運は日ごろ悲惨な目にあう彼へのささやかな神の贈り物なのかもしれなかった。

 ネギが無事決勝進出できた事に涙しているころ、他のグループでもぼちぼちと決勝進出を決めた選手が出始めていた。
 Cグループではセーラー服を着た二人の少女、アスナと刹那が順当に決勝進出を決め、そんな彼女達の足元では幾人かが胸を押さえてのた打ち回っている。ちなみに、胸を押さえてのた打ち回っているものの共通点は刹那のスカートの中身を見たものたちであり、その舞台の脇では誰にも見咎められない位置で死神が横島作成の人型に釘を打ち付けていた。
 そしてEグループでは――


「分身烈風拳ー!」


 ――最後に残った一人を小太郎が分身の術を駆使し、4方向からの同時攻撃で名も無き相手を沈め、楓と共に決勝進出を決めている。
 その他にも、Aグループでは黒いローブを纏った二人が決勝進出を決め、Hグループはサングラスをした巨漢と、ポチという名前の男が勝ち残っていた。これにより、残るはタマモとエヴァ、高畑のいるFグループと横島のいるGグループのみとなった。
 Fグループではもはやタマモとエヴァのにらみ合いの状態になっており、その他の参加者を葬り去った高畑は一人寂しくタバコを吸いながら二人の決着がつくのをただじっと待っている。一方、横島のいるGグループは突出した実力者がいないのか、未だに10人以上の人数が残り、乱戦の様相を呈していた。そこに試合を終えたアスナがGグループの異変に気付く。


「……あの、刹那さん。気のせいか横島さんの姿がどこにも無いような気がするんだけど」

「え? そんなばかな!」


 刹那はアスナに肩を突っつかれると、タマモとエヴァの無言の戦いの見学を中断し、横島のいるグループに視線をむける。すると、確かにいくら探しても横島の姿はもとより気配も感じられない。


「こ、これはどういうことでしょうか?」

「えっと……逃げた?」

「そんなばかな! 横島さんが逃げるだなんて……」


 刹那は必死にアスナの言を否定しようとするが、事実どこを探しても横島の姿は無い。刹那は目を見開きながら信じがたい事実を突きつけられ、思わず膝を突きそうになったその瞬間、乱戦の極みにあったGグループの試合が一気に動いた。

 ここで時間を少し戻そう。
 横島は試合が始まるといかにもやる気が無さそうにぼうっとしており、たまに自分を標的としてくる選手が現われると即座に乱戦の只中にまぎれて敵をやり過ごしていた。しかし、横島もいつまでもこうして逃げ続けることが出来るわけは無いという事をよく理解している。
 今でこそ人数も多く、突出した実力者もいないため大人数入り乱れての乱戦となっているが、やがて弱き者から順に淘汰され、いずれ戦わなくてはならないであろうことは明白である。ここでもし横島が小太郎のように戦いに楽しみを見出すような性格ならば、喜んで乱戦に加わって思う様戦うのだろうが、あいにく横島は戦いに喜びを見出すような少年誌の正統派主人公のような殊勝な性格はしていない。
 横島としては卑怯上等、泥をすすってでも生き残り、可能な限り危険は避け、叶うならば漁夫の利こそが最上という少年誌には実に似合わないことをモットーとしているため、今の横島はいかにこの場を安全に切り抜けるか、そのことに思考の大半を費やし、そのためのアイテムを使用するタイミングをはかっていた。


「げふぅぅー!」


 今、横島の目の前で一人の男が打ち倒され、周りの数人を巻き込んでハデに吹き飛んでいく。当然横島はその混乱を逃すはず無く、懐から一枚の板のような物を取り出すと一瞬でそれをくみ上げ、完成したものを頭からかぶり、周囲に完全に同化すると気配を消す。すると、それと同時に横島の存在は舞台の上から綺麗さっぱり消え去り、周囲の参加者は横島がいなくなったのにも気付かぬまま、戦いを続けていった。
 横島は完璧に気配を消し、戦いの輪を巧みに避けながら高みの見物とばかりに他人の戦いを見物していく。その姿はもし観客が横島の姿を認識していたら、きっとこう叫んでいたであろう。






 ――『スネェェーク!!』と。


 横島忠夫、彼は今、バトルロイヤルの最中においてダンボールの中で完璧なスニーキングミッションを披露していた。
 ちなみに、ちょうどそのころに試合を終えた刹那とアスナが行方不明の横島を探しているのだが、横島はそのことには気付いていない。


「おっけー、うまく行ったぞ。さーって、あとはこのまま最後まで隠れていれば……む!」


 横島はダンボールの取っ手穴から外界を覗き込んでいると何かに気付き、その視線をある一箇所に固定する。


「おお! あれはまさしく美女の尻! こ、これはたまらん……」


 横島の視線の先には、ぴっちりとしたタイツのような黒いズボンをはいた大学生ぐらいの女性の後姿があった。しかし、その横島的に実に美味しい映像はすぐに乱戦の中に消えてしまう。すると、横島はダンボール箱に身を隠したまま、チョコチョコと場所を移動し、美尻を拝むべくベストポジションを捜していった。


「うーむ、後姿しか見えんのがアレだが、実にたまらん。しっかし……周りの男どもが邪魔だな。よく見えねーじゃねえか」


 横島は乱戦で美尻が見えなくなるたびに場所を移動していくのだが、すぐにむさ苦しい男どもの筋肉にその視界が塞がれてしまう。そのため、横島はダンボール箱の中で次第に不満を募らせ、やがてその視界をやたらと装飾過剰な衣装を着た男の尻が埋め尽くした瞬間、横島は爆発した。


「いくぞ、3D柔術奥義ぐべ!」

「どやかましい! 美女の美しい尻が見えねーじゃねーか、その汚ねえ尻をとっととどけやがれー!」


 横島はダンボール箱から飛び出すと、なにやら必殺技を放とうとしたイケメンの男を一瞬で踏み潰し、視界を塞ぐ邪魔者どもを次々と排除していった。ちなみに、横島は自分が戦っているという自覚は無い、ただ未知なる女性の美を追求するために、それを邪魔する障害を排除しているだけである。


「おおーっと! これはいったいどういうことだー! 姿を消してたはずのバンダナの男が突然復活して次々に対戦相手を蹴倒してくー!」

「よ、横島さん!?」

「い、今急に姿が……っていうか、このダンボールは何?」


 朝倉の熱の入った実況を他所に、突然姿を現した横島に刹那は目を丸くし、アスナは目の前に落ちてきたダンボール箱を不思議そうにつまみあげる。そんな戸惑う刹那達を他所に、横島は一人、また一人と目をピンク色に光らせながら障害物を取り除き、気がつけば舞台の上に立っている者は横島を別にすれば空手着のようなものを着た中村という男と、くだんの美尻の女性のみとなっていた。


「ぐふ、ぐふふふふ」


 横島は手をわきわきと妖しく動かしながら、彼女にゆっくりと迫る。刹那はそんな横島の姿に試合場に乱入するべきか否か、苦悩していた。


「おや、彼女は……」


 と、そこに試合を終えた楓が刹那の後ろから顔を出した。


「楓、彼女を知っているのか?」

「彼女は確か大学の忍者部に所属している本物の忍者でござるよ、たしか風魔の『九能市氷雅』と言ったでござるか……」

「ふ、風魔? なんでそんな人が……って横島さん危ない!」


 刹那が横島の対戦相手の素性に驚愕していると、そこに横島の首を薙ぐように氷雅の手にした木刀が横島を襲う。すると横島はそれをいとも簡単に避け、それに警戒したのか彼女から距離を取った。


「よくぞ私の必殺の剣を避けましたね、貴方ならば全力でお相手するにふさわしい。ああ、この我が愛刀『ボクサツ丸』が貴方の血を求めていますわ」


 横島は彼女の声にも答えず、ただ口からフシュルルルと息を吐き出しながら、ゆっくりと体勢を低くしていき、やがて獣のように四つんばいとなる。そしてしばしのにらみ合いの後、木刀を大上段に構えた氷雅は裂帛の気合と共に一気に間合いを詰めると横島に襲い掛かった。しかし、氷雅の持つ木刀は横島の体を捕らえることはなく、ただむなしく横島の頭があったはずの場所の空気を切っただけであった。


「こ、これは瞬動!?」


 氷雅は突然消えた横島に一瞬呆然としていたが、すぐに背後から言い知れぬ寒気を感じた。事実、横島は氷雅の背後で今にも獲物に跳びかかる狼のような体勢で力を蓄えていた。目に見えぬほどの神速の動きを見せた横島、その動きは見るものが見れば瞬動術と呼ばれる動きであるとわかる。それを察知した氷雅は背後から感じる寒気に本能的に身の危険を感じ、反射的に手にした木刀のスイッチを押して禁断の封印を解く。


「美尻はいけ「いやぁぁぁー!」のわぁぁー!」


 横島が己の欲望のまま氷雅に跳びかかろうとした時、氷雅は手にした木刀を一閃させ、一気にその首を薙ぐ。その速度は、最初に横島と相対した時の速度とは比べ物にならないほどであった。しかし、それでも横島はその必殺の一撃を避ける。そして反射的に横島が彼女から距離をとった瞬間、朝倉の声が会場に鳴り響いた。


「九能市選手、反則負けです! 真剣を使ってはいけませーん!」
  

 氷雅の持っていた木刀『ボクサツ丸』それはいわゆる仕込刀と呼ばれるものであった。彼女は横島から感じた女性としての危機に、思わず仕込刀の封印を解いてしまったのだ。そして横島が勝ち名乗りを受けた瞬間、刹那は先ほどの横島以上の速度で舞台に乱入し、いまだに正気に戻らない横島の顔を自分の胸に押し付けるようにして取り押さえるのだった。ちなみに、それからたっぷり3分後、横島は至福の表情で意識を失った。


「えー……少々のハプニングがありましたが、これで残る予選はFグループ、戦場に残っている選手はデスメガネこと高畑先生と麻帆女の鬼姫、横島タマモ選手、そして彼女に相対するはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手です! さあ、この中から決勝に出るのは一体誰でしょうか!」


 朝倉の実況と共に、周囲を埋め尽くす観客たちは残された最後の試合会場に目を向ける。この時、一部観客席から何故かキティコールが湧き上がる。すると、それを耳にしたエヴァはニヤリと笑うと悠然とタマモを見据えた。


「ほう、この観客たちは良くわかっているじゃないか。この戦いに勝つのは私だと……」

「あらそうなの? ならその観客たちにはあとでお詫びをしないといけないわね、あなたの無様な負け姿を見せる事になるんだから。あ、さっきから糸を使おうとしているみたいだけど、私には丸見えよ」
 
「ふん、貴様の幻術も私には通じないぞ……私は知っているからな、戦いは甘くないという事を」


 エヴァとタマモ。二人はただ単純に長時間対峙していたわけではない。こうしてただ対峙しているだけでも、お互いに高度のフェイントやタマモの幻術、エヴァの鋼糸などを駆使し、少しでも有利な状況を作り出そうとしていた。
 特にタマモは幻術でエヴァの望む自分の姿、エヴァの攻撃にひれ伏し、敗れていく姿を見せようとしたのだが、百戦錬磨のエヴァはその幻術を見事に見破る。もっとも、エヴァもまた自分の使う鋼糸をタマモに見破られ、有利な体勢を作り上げる事ができないでいた。

 状況はまさに千日手、お互いに決め手を欠いた攻防が永遠に続くかと思われた時、最初に動きを見せたのはタマモであった。


「いつまでもこうしていても埒が明かないわね。まさかこんな場所でこれを見せる事になるとは思わなかったけど……見せてあげるわ、私の奥義を!」


 タマモはエヴァを睨みつけながらそう宣言すると、肩に担いでいた100tハンマーの柄を右手の中指と人差し指で挟み込み、ハンマーの頭の部分に飛び出している部分を左手で掴んで力を込めた。


「狐眼流『星流れ』……この技を受けきる度胸が貴方にあるかしら?」

「ふ……おもしろい。見え見えの挑発だが、あえて乗ってやろう。そもそも、この私に通じるとも思えんしな」


 エヴァはこの時、ニヤリと笑うとどこからともなく一本の鉄扇を取り出し、タマモの明らかな挑発にあえて乗ってみせる。それはいかに最弱状態とはいえ、最強種である吸血鬼の矜持がそうさせるのであろう。


「へえー、挑発とわかっててあえて乗ってくるとはね。でも……それが命取りよ!」


 タマモはエヴァに対抗するようにニィっと笑うと、左手を離し、無理やり押さえつけていたハンマーの運動エネルギーを一気に開放する。
 タマモ曰く『星流れ』というこの技の術理、それは簡単に言えばでこぴんと同じ要領をハンマーに応用した凶悪な技である。右手でハンマーの柄をあえて握り締めずに中指と人差し指で挟み込むことによって横方向の動きに制限をなくし、左手でハンマーの頭を押さえる事ででこぴんと同じようにその威力とスピードを増す。その凶悪ともいえる必殺の奥義が今、人間の知覚速度をはるかに超越した速度でエヴァの顔面に炸裂しようとしていた。


「甘いわ!」


 しかし、エヴァとて伊達に600年も生きる大年増はやっていない。彼女はその年月の大半を戦いに費やし、自分が力を発揮できない状況での戦い方を熟知している。そのため、彼女は自分に迫るまさに流れ星のごとくの攻撃を僅かの差で見切り、タマモの懐に飛び込むのに成功したのだった。


「これで終わりだ!」


 エヴァが一瞬のうちにタマモの懐にもぐりこみ、タマモが勝利を確信していた顔を屈辱にゆがめたその瞬間、エヴァは鉄扇の一撃を人体の急所、みぞおちへと叩き込む。しかし――


「なんだと!?」


 ――エヴァが鉄扇をタマモに叩き込んだ瞬間、まるで蜃気楼のようにタマモの姿が歪み、その姿を消していく。そしてそれがタマモの幻術であった気付いた瞬間、エヴァは背中に死の気配を感じた。
 タマモはエヴァにもっともらしく奥義などと言って特別な構えを見せ、エヴァを警戒させると安い挑発をあえて行い、エヴァが幻術に対して警戒を忘れたほんの一瞬の隙を突き、彼女を幻術の虜にしたのだった。そしてタマモは今、ゆっくりとエヴァの背後に回り、トドメを刺すべくハンマーを振りかぶっている。


「残念ね、それは私の幻……あなたの敗因は私の構えに気を取られたことよ」

「く、まだだ!」


 エヴァは背後を取られるという絶対的な不利にも関わらず、それでも勝利を諦めない。エヴァは勝利を確信した瞬間が、もっとも心の隙が生まれる瞬間であることを知っており、今まさに実体験したのだ。それゆえ、今こそ勝利を確信しているタマモの隙を突くことができれば、一発大逆転も可能なのだ。
 エヴァはタマモに背後を取られた状態のまま、舞台の上に張り巡らした糸を操作し、タマモを絡め取るべく360度全ての方向からいっせいに攻撃していく。しかし、それすらタマモの前では蟷螂の斧に過ぎなかった。

 エヴァの起死回生の攻撃、その糸による攻撃はタマモの体に触れた瞬間、全てが突然燃え上がり、タマモを絡め取ることなく無残に燃え尽きていく。そしてこの瞬間、エヴァは自らの敗北を悟り、静かにタマモによるトドメを待った。
 しかし、いつまで待ってもタマモによる攻撃は来ない。エヴァはタマモが自分に情けをかけているのかと憤りを感じ、思わずタマモの方を振り向いた。すると、タマモはハンマーを振りかぶったまま、どこか遠くにある何かを見つめていた。
 

「おいタマモ、貴様一体何を……」

「……これは……なに? イヤ! な、なによこれは!?」


 タマモはエヴァの見えている前でハンマーを取り落とすと、耳を押さえてうずくまる。しかし、すぐに立ち上がるとまるでエヴァに見向きもせず、舞台から飛び去って行った。


「な! おい、タマモ。貴様一体どこへ?」


 エヴァは突然戦場を後にしたタマモに声をかけるが、タマモはそれにかまうことなく神社の境内を飛び出して行き、そのすぐ後にはタマモの身を心配した横島と刹那が後に続いている。


「えーと、横島選手の突然の試合放棄により、Fグループの勝者は高畑先生とエヴァンジェリン選手の二人と決定いたします」


 と、そこに朝倉のアナウンスが会場に響き渡り、エヴァは朝倉によって勝ち名乗りを受ける。そしてエヴァはこの瞬間理解した、形はどうあれタマモに勝ちを譲られたのだと。


「さて、少々のハプニングがございましたが、これで各予選終了いたしました。本戦は明朝8時より龍宮神社特別会場にて行います! それでは、明日の本戦の組み合わせを発表します!」


 エヴァの内心の屈辱と葛藤を他所に、朝倉は予選の終了を告げ、それと同時に早くも本戦の組み合わせ表を発表する。




 Aブロック第一試合
 佐倉愛衣 VS 犬上小太郎

 Aブロック第二試合
 大豪院ポチ VS クウネル・サンダース

 Aブロック第三試合
 長瀬楓 VS 中村達也

 Aブロック第四試合
 龍宮真奈 VS 古菲

 Bブロック第一試合
 田中 VS 高音・D・グッドマン

 Bブロック第二試合
 ネギ・スプリングフィールド VS タカミチ・T・高畑

 Bブロック第三試合
 神楽坂明日菜 VS 桜咲刹那

 Bブロック第四試合
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル VS 横島忠夫



「や、やったぁぁー!」

「う、うおおお! これなら何とかなるかもしれへんでー!」


 組み合わせが発表された瞬間、ネギと小太郎はお互いに抱き合いながら叫ぶ。確かに小太郎のいるAブロックは楓に龍宮、クーフェイといった猛者がひしめいているが、見事にお互いで潰し合う形になっている。
 そしてネギにいたっては、最大の懸念であったエヴァと横島の直接対決が実現しているのだ。しかも、順当に行けばこの二人が次に戦うのは刹那であり、横島が勝てば刹那に本気で戦えるとは思えず、エヴァにしても横島と戦えばただではすまないだろう。うまくいけば両者共倒れ、そうでなくても刹那がきっと何とかしてくれる。そんな希望に満ち溢れた組み合わせ表であった。


「あの、ネギ君。緒戦は僕となんだけど……気付いてる?」


 二人で至上の幸運を分かち合う二人。そんなネギの背後に、ものの見事にスルーされ、なにやら物悲しさを背負った高畑の力ない呟きが会場の喧騒の中に消えていくのだった。




「おい、タマモ! いったいどうしたんだ?」

「タマモさん、何かあったんですか?」


 試合場を飛び出したタマモにようやく追いついた横島と刹那は、地面にぺたんと座り込むタマモを心配そうに見つめる。タマモはこの時になってようやく横島達に気付いたのか、力なく立ち上がるとぽつりとつぶやいた。


「悲鳴が……悲鳴が聞こえたの」

「悲鳴……ですか? 私にはなにも聞こえませんでしたが」

「俺もなにも聞こえなかったが……もしかして超感覚ってヤツか?」


 タマモは横島の推測に無言で首を振ると、何かを恐れるように自分の肩を抱きしめる。


「違う、普通なら誰にも聞こえない声、それこそシロにだって聞こえない声よ。でも、私にだけは聞こえたの。闇の底から聞こえる絶望に彩られた声が……それは助けてって、私に何度も助けてって言ってた。でも……もうその声は聞こえない」

「どういうことだそれは?」

「私にもよくわからない。私にわかるのは、助けを求める声がこの世界の中で私にだけ聞こえたということだけ。そしてその声は何かに怯えていたわ」

「……」


 横島は何かに怯えるように小刻みに震えるタマモを抱きしめると、背中にそっと手を回し、安心させるようにタマモの豊かな金色の髪をなでた。


「横島……」

「タマモ、お前がどんな声を聞いたのかは俺にはわからない。けどな、お前までその声と同じように怯える必要はないぜ。お前の隣にはいつだって俺や刹那ちゃんがいるんだからな」


 横島はタマモの髪を手ですくいながらも、照れくさいのかそっぽを向く。横島としても自分がこんなくさいセリフを言うガラではないということがよくわかっているのだが、今のタマモを見た横島はそれを言わずにはいられなかったのだ。
 タマモはそんな横島を見ていると、先ほどまで自分を襲った恐怖が綺麗に霧散していくの感じた。そしてしばしの間横島の胸のぬくもりと、髪の毛から伝わる横島の温かい手を堪能した後にくすっと笑うと少し背伸びをして横島の頬にそっとキスをする。


「お、おいタマモ……」

「これはお礼、私を元気付けてくれた事へのね。さ、会場へもどりましょ! 私は負けちゃったけど刹那や横島は当然勝ったんでしょ? だったら組み合わせを確認しなきゃ!」


 タマモは呆然とする横島の手からするりと体を抜け出させると、いたずらっぽく笑う。そして先ほどまでの怯えを感じさせぬ足取りで会場へと駆け出していくのだった。横島と刹那はそんなタマモの変わりように互いに顔を見合わせて同時に笑みを浮かべると、タマモの後を追うように会場へと再び入っていく。
 タマモだけが聞こえた謎の声、それがどういったものかは横島にはわからない。だが、横島はタマモに何かあった時、何が何でも彼女を守ろうと心に決める。それはかつて、自らの手で生きる道を閉ざしたただ一人の恋人、ルシオラの悲劇を繰り返さないという決意を示した瞬間だった。




「学園長、ちょっとよろしいでしょうか」

「なにかの、刀子君」


 波乱に富んだ学園祭一日目が無事終了し、学園内のあちこちで中夜祭が行われているころ、A4サイズの封筒を持った刀子が静かに学園長室の扉を開けた。


「那須から緊急の書類が来ています」

「なんじゃと?」


 学園長は那須と聞いて顔をしかめる。那須には裏の世界では有名なあの九尾の狐を封じた殺生石が有り、その封印の維持と警備のため関東魔法協会では数人の魔法使いを古くから派遣していたのである。
 その那須からの緊急連絡、それだけでもすでにただ事ではないことを意味しており、学園長は刀子から封書を受け取ると無言のままその封を解き、中の書類に目を通す。


「こ、これは!」

「学園長、それにはいったいなにが?」

「う、うむ。報告によれば本日の夕刻、何者かによって警備のものが殺害され、殺生石の封印が解かれたそうじゃ」

「な! それでは九尾の狐が!」


 刀子は最悪の妖怪が世に解き放たれたと聞き、思わず学園長に詰め寄る。その学園長の手には無残にも破壊された殺生石と、なにやら槍のような物に貫かれて絶命した一人の魔法使いの写真がった。


「確かに九尾の狐が復活したのならばただ事ではない。まさに日本の、いや、世界の危機じゃ」

「ならばすぐにでも魔法使いを派遣して撃退、もしくは再封印をしなければ!」

「落ち着くのじゃ刀子君。本当に九尾が復活したのなら、正直わしらだけでは手に負えん。最低でも西との合同作戦、できうるなら本国へも応援要請も検討しなくてはならん」

「し、しかしそんな悠長なことをしていては……」

「じゃから落ち着くのじゃ。まあ、神鳴流は一度九尾の狐によって壊滅しかけた歴史があるから無理もないかもしれんがの。とにかく、まずは調査じゃ。それにまだ復活したとは決まっておらん」

「それはどういう意味で?」

「うむ、この報告書を見る限り確かに殺生石から九尾は解き放たれた。しかし……本来ならあるはずの封印開放の兆候である魔力の乱流が観測されなかったのじゃ」


 学園長は報告書を指し示しながら、その部分を刀子に見せる。すると、刀子は学園長から報告書をひったくるように取ると一心不乱に読み始めた。


「ともかく、警備員が殺害され、殺生石がただの石になったのは事実じゃ。わしはこれからすぐに西と連絡を取り、調査隊を編成する予定じゃが……刀子君と神多羅木先生とで先行してくれると助かるのう」

「わかりました。すぐに那須へ向かいます」


 学園長は刀子の返事に無言でうなずき、彼女が退出するとゆっくりと席を立ち、窓から見える夜空を見上げる。そこから見える月は普段と変わらないはずなのに、何故かこの時の学園長にはそれが酷く不吉なものに見えた。


「どうやら、ただごとでは済みそうもないの……」


 誰もいなくなり、ただ一人残った学園長は言い知れぬ不安の中、ぽつりとつぶやく。そして学園長は席に戻ると、西へ連絡するために電話を手に取った。

 麻帆良学園全土で繰り広げられる生徒の祭典、誰もが笑い、心から楽しむ純粋な祭が行われるはずの敷地の中で、今まさに動乱始まりを告げる鐘が打ち鳴らされるのだった。





第39話 end







「くくくくく、エヴァンジェリンめ。見ていろよ、私こそが真のアイドルだということを思い知らせてやる」


 広大な麻帆良学園、その片隅にある図書館島の一室で行われる一つのイベント。それは公式プログラムに載っていないゲリライベントにも関わらず、その観客席は満員御礼の札が掲げられていた。
 ある意味学園祭恒例の突発イベント、それは『麻帆良マル秘コスプレコンテスト』と銘をうったものである。そして今、3−Aのクラスメイトにしてネットアイドルの一人、ちうこと長谷川千雨が物陰に隠れながら自分の出番を窺っていた。
 通常ならネット世界のみに生きるちうは、このような実際のイベントに参加することはまず無かったはずであった。しかし、最近の彗星のごとく現れた新人にその存在を脅かされたため、その危機感からとりあえず自らの主義主張を封印したのであった。


「さーて、お次は18番、ちうさん。キャラクターはビブリオン敵幹部『ビブリオルーランルージュ』です!」


 千雨は自らの順番が来ると、生来の上がり症を無理矢理押さえつけて舞台の中央に立つ。


「はう……」


 しかし、いかに気丈に振舞おうとそれが千雨の限界であった。
 千雨は観客の予想以上の数に緊張し、頭の中で組み立てていたセリフ回しや演技が全て真っ白になってしまうのを自覚する。
 このままではいけない、何かリアクションをとらなくてはと心の中で何度も自分を怒鳴りつけるが、体は動くことは無く、自分に集まる視線に思わず床にへたり込んでしまう。


「あ……うっ……わ、私……ご、ごめんなさい」


 しんと静まり返った会場の中、千雨のすすり泣きだけが聞こえる。こんな醜態を晒した以上、もはや優勝どころか入賞すら望めないことは明らかだろう。千雨は自分が自滅したことを悟ると、顔を覆い隠した手の間から一滴の涙が零れ落ちた。
 そんな時、会場に一つの声が上がった。


「カワイー!」

「え?」


 完全に観客が引いてしまったかに思えたその時、一人の観客が発した声と共に今まで以上の歓声が会場を埋め尽くす。その歓声の全てが千雨を称え、万来の拍手を送っている。


「これは素晴らしい! 敵幹部でありながら引っ込み思案な泣き虫ダメキャラを見事に表現! これには会場も大満足です!」

「えっと……あれ?」


 千雨はいまだに事態を把握していないのか、呆然と観客席を見つめていたが、やがて観客が自分に賞賛を送っていると悟るとようやく自分を取り戻していく。そして観客の反応を見る限り、自分の優勝は間違いないと確信した。


「それでは、優勝は……」


 司会が千雨の優勝を宣言しようとした時、何かに気付いたのかセリフを途中で止めて上を見上げ、それにつられて会場の誰もが天井を見上げる。すると、次の瞬間に会場の電源がいっせいに落ち、周囲は薄暗くなってしまう。そしてそのタイミングを図ったかのように、どこからとも無くスポットライトが天井の一角を照らしだした。
 スポットライトに映し出された影、それは一人の小柄な少女。その少女はまるで西洋人形のようなフリルをふんだんにあしらった服を着ており、会場の視線が自分に集中しているのを悟るとニヤリと笑い、掛け声と共に舞台へ向かって飛び降りる。そして舞台に飛び移った瞬間に、どこからともなく魔法のステッキのようなものを取り出すと、それを頭上で振り回した。


「チェイーンジ、メイクアーップ!」


 誰もが注視する中、その少女は突如杖から強烈な光を発し、観客たちはその少女の影しか見えなくなる。そしてその光が収まると、そこには西洋人形のような少女ではなく、どこから見ても立派な魔法少女が姿を現していたのだった。
 その少女の姿はオーバーニーソックスに、見えそうで見えない絶対領域を意識したギリギリのプリーツ付きミニスカート、さらに幼女特有のぺったんこな胸を逆に強調するかのような真っ赤なブラが実にまぶしい。そして極めつけは背中に生えた真っ黒な鳥の翼と、額に光るサークレットが幼女であるにもかかわらず何故か妖しい色気をかもし出させていた。い


「真打は常に最後、愛と正義と闇の使者、マジカルキティここに参上!」


 マジカルキティと名乗った少女は、最後に決め台詞と共にクルリと体を回転させ、ポーズを取る。すると、今まで時が止まったかのように静まり返っていた観客席から、先ほどの千雨以上の歓声が沸きあがった。


「おーっと、これは飛び入りです! しかもリアル魔法少女に、どういった仕掛けでしょうか、変身シーンまで忠実に再現しています! これは優勝間違いないでしょう」

「な、ちょっと待てー! 優勝は私じゃ……」


 千雨のむなしき叫び声を他所に、司会もまた飛び入りの少女のあまりのクオリティーに興奮気味だ。そして当然、審査員達も次々に最高得点をその少女に与え、ついに千雨の得点をぶっちぎりで抜き去って優勝を決めるのだった。
 

「サテ、コレデ第一段階ハ無事終了ダナ」

「はい、すべては計画通りです」


 周囲の観客の全てがマジカルキティことエヴァを崇め奉っているころ、密かにスポットライトを操作していた茶々丸とチャチャゼロが互いに顔を見合わせてほくそ笑む。


「アトハ最終段階ヲ残スノミカ……長カッタナ」

「ええ、幾多の困難を越え、ようやくここまでこれました。ああ、マスターのなんという愛らしいお姿。感涙で前が見えません……」

「マア、ソレハイインダガ……」

「何か問題でも?」

「チョット飲マセスギタカ?」


 茶々丸はチャチャゼロに促されるまま、背後を振り返る。するとそこには、先ほどまでエヴァを文字通り漬け込んでいた『吟醸ゆめざくら』の1斗樽が静かに鎮座していた。その中身は見事に空っぽであり、誰が飲んだかなど、今更説明する必要も無いだろう。
 そして舞台のほうを振り返ってみれば、色っぽく頬を紅潮させたエヴァが、観客達のリクエストに答えて数々のポーズを取り、それに負けじと千雨が対抗して凄まじい攻防戦を繰り広げていた。


「……とりあえず、このまま様子を見ましょう。効果時間が長いだけ有利ですし」

「ソレモソウダナ。ソレニ二人ガ対抗シテ面白イコトニナッテルシナ」


 チャチャゼロは空っぽになった樽から目をそらし、改めてエヴァと千雨のやり取りを面白そうに眺めだす。そしてその視線の先では、エキサイトしすぎた千雨が、動きの激しさから急造の服が耐えられなかったのか、見事に下着姿を披露していた。


「う、うぎゃあああー! 撮るな、そこのカメコー!」

「ああ、千雨さん。貴方はまさかそこまで捨て身に……やはり貴方は侮れませんね」


 千雨の絶叫と、何かを勘違いした茶々丸の呟きを他所に、単なるゲリライベントであったこのコスプレコンテストは学内でも屈指の大イベントとして盛り上がっていくのだった。
 ちなみに、その後正気に戻ったエヴァは綺麗さっぱりコンテストの事を忘れて格闘大会の予選に出場する。その時にキティーコールを巻き起こした観客たちの大部分は、このコスプレコンテストで観客席を埋め尽くしていた顔ぶれと同じであったことを追記しておこう。そしてそれは真祖の吸血鬼、誰もが怯える恐怖の具現者、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの新たなる呼び名『マジカルキティ』が正式に世に出た最初の事件であった。

 



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