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 物事には常に始まりと終わりがある。そのもっとも身近な例を言えば一日の始まりと終わりがあるだろう。簡単に言えば朝起きれば一日の始まりであり、寝てしまえばその日は終わる。しかし、逆を言えば眠らなければ終わりは無いのである。
 そのもっとも典型的な例を言うならば、この麻帆良学園の各地で行われている中夜祭がそうであろう。なにしろその主催が若き学生達なのだ、その有り余る若さのエネルギーと祭りの熱気は彼らまたは彼女達から睡眠欲という人間の三大欲求を一時的に忘れさせるほどなのだ。そう、学生達にとって眠らない限りこの楽しい学園祭一日目はまだ終わっていないのである。
 そしてご多分に漏れず、3−Aの面々もまた祭りの熱気に当てられたのか、深夜にもかかわらず学園内のとある建物の屋上で飲めや歌えの大騒ぎを実施し、その惨状はいつぞや横島邸で行われたサバトの宴に匹敵するものがあったという。酒も入ってないのに無意味に騒げるこの熱気、まさに若さの表れであろう。


「きゃはははははははははは!」

「くぉら誰だー、タマモに酒飲ませやがったのはー! つーかお前等いつの間に俺の秘蔵の酒を家からガめてきやがったー!」


 訂正しよう、しっかりと酒が入っていた上でのテンションであったようだ。
 普通ならアルコールの力に頼らなくても十分に騒げる彼女たちではあるのだが、昨夜横島邸でいかにも美味しそうなワインや日本酒を発見した以上、背伸びをしたくてやまない女子中学生にとって、それを飲まぬ手はないのである。そして今、かつてのように彼女達は真っ先にタマモを酔わせ、そのタマモの手によって通算三度目となるあやかの撃沈を始まりのゴングとして、サバトの宴が始まったのであった。


「19番、犬上小太郎! 酔っ払ったタマモ姉ちゃんの額に『肉』の字を書きます!」

「20番、ネギ・スプリングフィールド! 人間大砲行きまーす!」


 サバトの宴は時間を追うごとにその激しさを増し、横島は背後から聞こえる歓声と、おそらく返り討ちにあったのであろう小太郎の悲鳴、さらにネギが宙の彼方に射出された爆発音を肴に手にした酒瓶を見つめている。その表情には明らかにわかるほどの疲れが浮かんでおり、彼をもってしても圧倒させられるほどの若さのエネルギーの凄まじさが窺えた。
 もっとも、その疲労の大部分は突如始まった宴会芸選手権に突っ込み疲れたせいもある。そしてさらに横島の隣で繰り広げられている刹那VS死神の飲み比べ大会がその疲労感を倍加させていた。ちなみに、死神はまだこの世界に来て間もないころに刹那と行った飲み比べで負けた雪辱を晴らす気満々であり、すでに持ち込んだ1斗樽の4割が消費されている。
 横島は隣で繰り広げられる凄まじい戦いを視界に入れないよう、微妙に視線を上に固定したまま、何かを諦めるように酒盃に酒を注ぐとそれをゆっくりと飲み干す。


「……誰だネギと小太郎にまで酒を飲ましたヤツは」 

「うーあたしー……」


 横島が酒盃の注がれた酒を飲み干すと同時に呟いた一言に、背後から何者かが答え、それと同時に背中に柔らかく温かい感触が広がる。横島はその背中に当たる感触から振り返るまでも無くその人物を特定し、ため息と共に振り返った。


「やっぱりお前かタマモ……」

「えへへへへ♪」


 横島が振り返ると、そこには酒のせいで頬を赤く染め、横島の首に手を回してしなだれかかるように抱きついたタマモの顔が至近距離にあった。この時、横島はタマモの頬に明らかに酒精が原因ではない物理的な赤い色があるのに気付いたが、それについてはあえて無視する。そして心の中で小太郎の冥福を祈りながらため息をつくと、タマモをひょいと抱え上げ、自分の左隣に座らせようとする。すると、タマモは今更ながら酔いが回ったのか、小さくあくびをするとコテンっと横島の膝にもたれかかるようにうつ伏せで眠りだした。
 ちなみに、その背後では酔っ払ったせいで、手加減抜きの攻撃を喰らった小太郎が天国への階段を世界新記録で駆け上がろうとしていたが、それについては木乃香と朝倉がすぐに小太郎を物陰に連れ出し、癒しの魔法をかけたことによってことなきを得ていた。


「おいおい、散々引っ掻き回しておいてコレか……つーか、背後の惨状を何とかしようという気は無いんかい」


 横島は場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、宴会という名の戦場を駆け抜けたタマモを呆れながら見つめていたが、その内心は自分のフトモモに当たるタマモの胸の感触と、ほぼむき出しのフトモモの白さに目を奪われ、己の煩悩を必死で制御するのに手一杯であったりする。そして横島がかろうじて己の煩悩を押さえ込むことに成功した時、まるでタイミングを見計らったかのように第二次攻撃の幕があけたのだった。


「横島さん……」

「あ、刹那ちゃんか。死神との勝負は……聞くまでもなさそうだな」


 横島に投入された戦力、それは見事に死神を撃沈させるのに成功した刹那であった。彼女と死神の勝負の行方は、樽の中に半分ほど残された酒の海に溺死体のように浮かぶ死神の姿を見ればその結果は明らかだろう。ついでに、その横に綺麗に空になった樽が一つ転がっているが、それについては横島は再び無視を決め込んだ。
 横島は刹那の小さな体のどこにそれだけの量の酒が入るのか、その女体の神秘に戦慄するが、刹那はそれにかまうことなく横島の隣にペタンと座ると頬を上気させ、妙に色っぽい仕草で横島を見上げた。
 

「横島さん……私は勝ちました……だから褒めてください」

「いや、中学生が酒を飲む時点で褒められたことじゃ……」

「褒めてくれないんですか?……グス」

「い、いやあー刹那ちゃんはすごいなー! うん、お兄さんは尊敬するよ、ほんとに!」

「本当ですか!? じゃあ……飲みましょう!」

「何故にー!」


 横島は泣きそうな顔をする刹那を前にすると、乾いた笑い声を上げながら必死になだめる。すると刹那はとたんに泣き顔を笑顔に変え、どこからともなく取り出したビール用の大ジョッキに死神が浸かっている酒を酌むと横島に手渡した。


「あ、ありがとう。けど、明日もあるしさ。そろそろ寝たほうがいいんじゃないかと思うんだが……」


 横島は冷や汗を流しながらジョッキを受取ると、本日何度目か数えるのも飽きた盛大なため息をつくと共に、刹那に寝る事を進めた。だが、その一言が横島をさらなる苦悩の海へ叩き込む引き金になるとは、神ならぬ横島は知る由もない。


「そうですね……確かに寝ないと……じゃあ、着替えます」

「ボフォッ!」


 横島は刹那の一言に思わず口に含んでいた酒を盛大に噴出し、今にも服を脱ごうとする刹那を止めるべく立ち上がろうとするが、それを妨害するかのように眠っているタマモが横島に抱きつく腕の力を強くし、より眠りやすい体勢を求めて横島のフトモモに自らの胸を擦り付ける。


「う、うぅーん。よこしまー……」

「にゅぉぉー! フ、フトモモに微妙に柔らかい感触がぁぁー! って刹那ちゃんそれ以上脱いだらダメー!」


 横島はフトモモに感じるタマモのささやかな胸の感触のせいで、どうしても立ち上がることができないでいた。そして横島が己の煩悩と必死に戦っているうちに、気がつけば刹那はいまやブラウスのボタンを完全に外し、かわいらしいスポーツブラに手をかけようとしていた。
 横島はそれこそゲームの中で勇者に倒れに行く魔王のごとく己の煩悩と必死に戦いながら、刹那の小ぶりな胸がさらけ出されようとするその寸前で刹那を栄光の手を伸ばして絡めとることに成功していた。栄光の手に絡めとられた刹那は、特に抵抗することなく横島の胸に収まり、さすがに酔いが回ったせいか横島の腕の中で静かに寝息を立て始めた。


「あ、危なかった……今のは本当に危なかった……」


 横島はかろうじて持ちこたえた己の理性に賞賛を送りつつ、ブラウスを完全にはだけさせた状態で腕の中で安らかに眠る刹那に途方にくれるが、とりあえず騒動に一区切りがついたことに安心する。しかし、それはまだ早計に過ぎなかった。
 横島が安心して気を抜いた瞬間、自分のフトモモを枕に眠るタマモが再びもぞもぞと動き出したのだ。


「うーん、暑い……」

「ってタマモ!」


 タマモはゆっくりと体を起こすと、刹那と同じようにリボンを解き、ブラウスのボタンに手をかける。そしてこの時、動揺する横島にさらにトドメを刺すかのような事態が背後に発生していた。


「27番、長瀬楓! 脱ぐでござる!」

「あらら、楓さんったら……じゃあ私も」

「フ……スタイルでは負けないよ」

「ん゛な゛!」


 横島の背後で突如始まった3−Aが誇るTOP3によるストリップ。横島の耳は大きくはやし立てる少女達の歓声の中から、はっきりと楓、ちづる、龍宮の奏でる衣擦れの音を拾っていた。だが、横島はそんな極上のエサを背後に感知しつつも、その視線をタマモから外すことができないでいる。
 横島は夜景に照らされ、自ら煌々と輝く世界樹を背景に幻想的なまでに白いタマモの肌にその目を完全に奪われていた。


「う……な……」


 横島は声にならない声を上げながら、目の前で繰り広げられる光景が夢だと己の煩悩に言い聞かせる。しかし、それは背後から聞こえる衣擦れの音と、刹那の柔らかい感触がこれを現実だと横島に突きつけた。


「あは、あははははは……さて、俺も飲むか」


 横島は何かを諦めたかのようにひとしきり笑うと、ブラウスを完全に脱ぎ去り、再び横島のフトモモを枕に眠るタマモをそのままに栄光の手で死神の浸かった樽を引き寄せると、中身を一気に飲み干していくのだった。

 横島の記憶はここで途切れている。
 翌朝、横島は上半身裸のうえ、それぞれの腕でしっかりとタマモと刹那を抱きしめた状態で目を覚ます事になるのだが、その後の騒動については書く必要も無いであろう。あえて言うなら再び自らの愚息と喧嘩をし、両者同時KOとなったとだけ言っておこう。



第40話 「決戦前夜、覚悟完了!」





 青い空、白い砂浜、照りつける太陽、そしてビーチを彩る水着美女。横島の目の前では夏前にもかかわらず、常夏の南国リゾートの風景が広がっていた。
 

「水着姿を堂々と拝める上、俺以外の男はガキだけ。ある意味パラダイス……なんだけどなー」 


 横島はいまだに二日酔いが激しいのか、少し顔をしかめながら楽しそうにビーチバレーを繰り広げる美女たちを見つめる。ここで普通の状態の横島ならば、間違いなく水着美女達へむけて報われることの無いナンパ活動にいそしむ事になるのだが、あいにくと彼の目の前ではしゃぐ水着美女達はちょっと手を出すわけにはいかない年齢でった。
 そう、横島の目の前ではしゃぐ美女達――正確には美少女と表現するほうが正解であろう――はまだ中学生。つまり――


「横島ー! いつまでだらけてるのよ、早くこっちで遊ばない?」


 ――タマモ達である。
 
 タマモ達と行く南国リゾート、その正体はネギの修行地こと、エヴァの別荘であった。
 何故横島達がここに来たのかといえば、中夜祭で行われた大宴会でアスナと小太郎は朝の4時まで騒いでいたため、武道会の本戦の前にしっかりと休養をとる必要があったからである。エヴァの別荘なら外界と時間の流れが違うため、十分に休める。そのことを思い出したアスナは即座にそれを横島に提案し、横島とタマモも呑みすぎて二日酔い状態であったため、その案に即座に飛びついたのだった。
 ちなみに、刹那はあれだけ飲んだのにもかかわらずケロリとしており、横島は刹那の酒豪ぶりに戦慄を覚えると同時に何故か妙に安心したという。ついでに言えば、自分以外の男がいる前でタマモに酒を飲ませないことも密かに誓っていたりするが、それがどういう思いから発せられた誓いなのか、本人は全く自覚していなかったりする。
 横島はここにやってきた経緯を思い出しながら、自分を呼びつけるタマモ達を眩しそうに見つめる。その横島の視界には、スクール水着を着たアスナと木乃香、そしていつの間に買ったのか、シンプルな白いワンピースの水着を着たタマモと、おそらく木乃香の差し金であろう黒ビキニの刹那が自分に向けて微笑みかけていた。
  

「無茶言うなや、こっちはまだ少し頭が痛いんだ」

「だらしないわねー、それでも大人?」

「俺の覚えてる限り樽半分は一気に飲んだんだぞ、しかもそれを飲む羽目になったのは誰のせいだと思っていやがる」

「あは、あはははは。まあ、それはそれとして、はいこれ」

「なんだこれ?」


 横島はあからさまに話題を逸らしたタマモをジロリと睨みながら、手渡された棒の様な物に目を落す。その棒はよく見れば、なにやらえらく頑丈そうなロープが中央で結ばれており、そのロープの先に目を向けるとそこには小太郎がロープの片割れを持ってクラウチングスタートの体制をとっていた。


「おい……まさかこれは」

「小太郎、GO!」
 
「おっしゃぁぁぁー!」

「おわぁぁぁー!」


 横島が嫌な予感を感じてタマモを問い詰めようとしたその時、タマモの号令のもと、小太郎はそのロープを一気に引っ張りながらビーチを疾走して行く。その結果、横島はかつてのシロとの散歩と同じように、そのロープに引きずられて海へ向けて砂の上を滑走する事になるのだった。


「ちょ! まて、小太郎!」

「兄ちゃーん、もうすぐ海やからなー。用意しといてやー! ほい、姉ちゃんパス!」


 小太郎は横島の叫び声も気にすることなく、海へ向けて全力疾走して行く。そして海の中に入る直前、そのロープを刹那に投げ渡したのだった。
 刹那は小太郎からロープを受取ると、一瞬のうちにその背中に翼を広げ、空へと飛び上がるとそのまま海の上を低空で飛んでいく。
 

「せ、刹那ちゃんまでー!」

「横島さん、水上スキーの要領です。しっかりと棒を両手で掴んで足を踏ん張ってください」

「す、水上スキー? こ、こうか?」


 横島は海に引きずりこまれた後、しばらくは水中でもがいていたが、刹那の助言に合わせて少しずつ波に体を起こしていく。元来横島は運動神経は悪くはない、むしろ人より優れているといってもいい。なにしろ常に命の危険と背中合わせの職場で生き抜いたのだ、運動神経が鈍いようでは一日とて生きてはいられないはずである。
 そのため、横島はしばらくすると完全にコツを掴み、両足でしっかりと水面を掴むと水上スキーと同じように水面を滑っていくのだった。


「おおお、こりゃけっこう面白い!」

「どうやら慣れたみたいですね、じゃあスピードを上げますよ」

「おっしゃー、どんと来いー!」


 さすがは遊びのプロ、横島は状況に即座に順応すると二日酔いの痛みも忘れ、水上スキーを堪能していく。刹那はそんな横島の姿を後ろに、楽しそうに翼をはためかせるとスピードを上げていくのだった。


「兄ちゃんも刹那姉ちゃんも楽しそうやなー、後で俺もやってもらおうかな?」

「だめよ、残念だけどアレは私達だけの特権だから」

「そうなんか?」


 小太郎が羨ましそうに横島と刹那を見ていると、そのすぐ側にタマモがやってきて頭をなでながら小太郎を諭す。すると、そこにボールを持った木乃香とアスナもやって来た。


「残念やけど小太郎君はダメやなー。小太郎君はいつかいいんちょのクルーザーでやるとええなー」

「刹那さん楽しそう……もう自分がハーフだとか、そういった妙なこだわりは無いのかもしれないわね」

「そうみたいね」


 小太郎はなんとなく不満そうではあったが、タマモに頭をなでられると気持ち良さそうに目を細める。小太郎としては常に脅えるネギとは違い、タマモが怒り狂っていたり、直接戦ったりということがなければ基本的にタマモに懐いているのだ。もっとも、それ以上に横島に懐いているあたり、横島の無節操な人外キラーぶりが窺えるのだが、それはこの際関係ない。
 ともかかく、小太郎は自分が刹那と横島の楽しみを邪魔してはいけないんだと納得すると、新たなる楽しみを見つけるために周囲をキョロキョロと見渡した。すると、ちょうどその時別荘から新たな人影がやって来るのだった。


「おーい、ネギー! お前もようやく復活かー?」

「うん、ようやくね。でも……なんで僕はここにいるの? 小太郎君たちが連れてきてくれたの?」


 別荘から現われた新たなる人影、それはネギであった。ネギは酒のせいか、昨夜の記憶がすっぽりと抜けているため、目が覚めたらこの別荘にいたのだ。


「いや、ネギは俺らがログハウスに来たらもうおったで」

「茶々丸がえらく気合を入れて寝かしつけてたけど……ネギ先生覚えてないの?」

「ええ、それがまったく……」


 小太郎とタマモ、そしてネギが空白の時間に首をかしげているころ、その脇ではかろうじてサバトの宴を覚えているアスナと木乃香は苦笑いを浮かべてその三人を見ていた。
 アスナと木乃香はネギが自分達より先にここに来たのは、ネギの披露した自爆型宴会芸の一つである人間大砲がその原因であろうとあたりをつけたのだ。そしてそれは正解であったりする。


「まあ、細かい事は考えてもしょうがないわ。ネギ、あっちで本戦の対策を練るで。俺と違ってネギの場合はまだ最悪のパターンが残っとるんやから」

「あ……そうだった」


 ネギと小太郎は失われた記憶をあっさりと切って捨てると、明日の本戦の対策を練るために二人で連れ立って海辺へと走っていく。明日を生きるために少年たちは今、自らの力で道を切り開き始めたのだった。





「で、問題の相手は兄ちゃんとエヴァンジェリンか……刹那姉ちゃんの場合はどないすんや?」


 ネギと小太郎はタマモ達から少し離れた場所まで来ると、組み合わせ表を見ながらその対策に頭をひねる。ネギの反対側のブロックから勝ち進むのは小太郎の言うとおり、横島、刹那、エヴァの3人のうちのどれかなのは明らかであり、小太郎はその中でも最も当たり障りの無い刹那の名前を挙げた。


「刹那さんが相手だったら勝つにせよ負けるにせよ、全力で戦うだけだよ。マスターの場合は是が非でも勝たなくちゃいけど、カシオペヤが有るから前ほど無理に勝つ必要はなさそうなんだよね。横島さんの場合は……生き残るのが最終目標かなー……」

「なんつーか、相手によってえらく対応が違うなー……気持ちはよーわかるけど」

「兄貴、エヴァに負けた場合も楽観できねえぜ。たぶん限界まで吸われることになる……色々なものが」

「あううううー」


 カモと小太郎は組み合わせ表を見ながら、目を虚ろにさせて生き残る算段をぶつぶつと呟くネギを冷や汗をかきながら眺めていた。時々ネギの口から『闇討ち』とか『狙撃』といった、やたらと物騒な単語が飛び出しているのがさらに怖い。


「ま、まあエヴァや兄ちゃんのことはとりあえず後回しにしようで」

「そ、そうだぜ兄貴。何せ一回戦からエヴァと横島の兄さんが戦うんだ。うまくすれば両者KOの目もあるってもんだぜ」

「そうそう、とにかくトーナメントは一つひとつ勝つのが大切や。まずは一回戦の相手に勝ってナンボやで」


 小太郎達は、段々と闇のオーラを纏い始めたネギに慌てて話題転換を図る。すると今にもネギを包み込もうとしていた禍々しい邪気は一気になりを潜め、もとの屈託の無い子供の表情に戻った。
 

「そうだね、特に僕の場合は一回戦を勝つことが絶対条件だし……あ、そういえば横島さんとマスターばかり気にしてたからよく見てなかったけど、僕は一回戦は誰とだっけ?」
 
「まだ見てなかったんかい! まあええ、たしか高畑のおっさんやったな……ってネギ、どないしたんや!?」


 小太郎が組み合わせ表に目を落とし、ネギに対戦相手の名前を告げた瞬間、ネギの体がビシリと音を立てて凍りつき、その硬直が解けると同時に絶叫した。


「タ、タカミチー! 無理! 絶対に勝てないよー!」

「勝てないって、高畑のおっさんはそんなに強いんか?」


 小太郎は突然叫びだしたネギにビックリしたのか、尻尾を股の間に挟みこみ、頭の上に飛び出している犬耳をペタリと伏せさせる。だが、すぐに気を取り直すと、なにやら両手を振り回して動揺しまくっているネギの頭をはたいて落ち着かせた。
 そしてネギが落ち着いたのを見計らっていたのか、カモが予選の状況を思い出して二人に語って聞かせる。


「そう言えば、タマモの姐さんとエヴァの戦ってる横で地味にその他大勢を倒してたな……相手に手も触れずに」

「手も触れずにって……じゃあかなりの腕の魔法使いってことか」

「うーん、それはどうだろう。以前タカミチは自分のことを魔法使いとしては落ちこぼれって言ってたし……だけど」

「だけど?」


 ネギはここで何かを思い出すかのような遠い目をし、乾いた笑みを漏らしながらボソリと呟いた。


「以前ウェールズで会った時は笑いながら100mの滝を素手で割ってたよ」

「す、素手で100mの滝を……」

「そら間違いなく戦士系だな。それもとびっきりの」


 小太郎とカモは高畑の想像を絶したあまりの実力にもはや笑うことも出来ず、ただ乾いた笑いを浮かべて大地に膝をつくネギを呆然と見詰めている。
 ネギにとって祝福をもたらす組み合わせ表。エヴァと横島が相食み、反対側のブロックからは勝てないまでも害悪の無い人たちばかりであったはずのその組み合わせ表は、実はその入り口からネギに対して獰猛な牙をむき出した虎口の入り口であったようだ。


「ねえ木乃香……」

「なんやの?」


 ネギが組み合わせ表の実情を知り、涙を流しているころ。それを少し離れた場所でその会話を聞くとはなしに聞いていたアスナは傍らの木乃香にボソリと話しかけた。


「たしかに100mの滝を素手で割る高畑先生も凄いんだけど……」

「うん、凄いなー」

「でも……」

「でも?」


 アスナは先ほどのネギと同じように乾いた笑みを浮かべ、頭を抱えて対高畑対策を練っているネギと小太郎を見つめたまま木乃香にだけ聞こえるように呟く。


衛星軌道から生身で落下して生還しているネギと小太郎君も、十分に規格外だと思うのは私の気のせいかな?」

「アスナー、それは言っちゃあかんと思うえー」


 ネギ・スプリングフィールド並びに犬上小太郎、彼らは本人の知らぬ間に人類、いや、彼らの知る魔法使いや様々な妖怪や魔族もひっくるめた上でも、その規格を十分に逸脱している事に気付いてはいなかった。
 アスナはしばしの間ネギ達を複雑な表情で見つめていたが、やがて大きなため息と共にネギ達を規格外たらしめたその元凶へ責めるような視線をむける。もちろんアスナはネギ達の成長、いや逸脱が意図的なものではないということを重々承知しているが、それに伴うネギの歪みようを考えれば恨み言の一つも言いたくなるという物だろう。


「タマモちゃん。なんかこう、日を追うごとにネギが人類の範疇から逸脱してきているような気がするけど、何か言う事無い? ……っていない?」 


 アスナがタマモに目を向けた場所、つまり自分の左隣は先ほどまでタマモがいた場所であった。しかし、今その場所にはタマモの輪郭を表現する古典的手法である点線が残るのみであり、当の本人はどこにもいない。


「アスナー、タマモちゃんやったら向こうにおるよー」

「え、どこどこ?」


 アスナが忽然と行方をくらましたタマモを捜索すべく、キョロキョロと周囲を見渡していると、傍らにいた木乃香がアスナの腕を突っつきながら海のほうを指差した。
 するとそこには――


「刹那ー! 私も手伝うわよー!」

「あ、タマモさん。じゃあ、一緒に引っ張りましょう」

「ちょっと待て! さすがにこれ以上のスピードは無理ってどわぁぁぁー!」


 ――おそらく変化でもしたのだろう、背中に刹那と同じような翼を生やしたタマモが刹那と一緒にロープを掴み、先ほど以上のスピードで横島を引きずり回していた。


「い、いつの間に……」

「三人とも楽しそうやなー」

「そう? なんか横島さんの悲鳴がだんだん凄まじい事になってるけど……あ、こけた」


 アスナの視線の先では、あまりのスピードに耐えかねた横島が盛大な水しぶきを上げ、馬に引きずられた罪人のごとく水面をゴロゴロと転がっていた。ここで普通なら手を離してしまえば良さそうなものなのだが、既に刹那とタマモのスピードは軽く時速300キロを超えており、そこで手を離せばコンクリート以上の硬度となった水面に急激に叩きつけられ、無事ではすまない。
 そのため、横島は必死に棒を掴み、決して離すまいと力を込める。しかし、それももはや限界であった。
 刹那は横島がヤバイ状態にあるのに気付いていないのと、思う存分空を飛べる楽しさのせいでさらにスピードを上げている。その一方でタマモは横島の状態に気付いてはいるのだが、横島なら大丈夫であろうと言う無駄に強固な信頼からそのまま放置するどころか、むしろ刹那を煽ってさらにスピードを上げていた。
 横島は耐えた。それこそ20年の生涯においても、これ以上ないというぐらいに歯を食いしばって自身をさいなむ風圧、水圧に耐える。しかし、その努力は結局報われなかった。
 横島がついに耐え切れなくなって手を離したのか。否である。
 ならば何故横島の努力が報われなかったのか、それは横島より先に限界に来たものがあったからである。そう、いまや横島を支える命綱。タマモ達と横島をつなぐロープがその衝撃に耐えかねたからであった。


 ブツン



 横島の耳に風と水が奏でる轟音の他に、なにやらひどく不吉な音が響き渡る。そしてその意味を理解した瞬間、横島はまるで制御を失ったパワーボートのごとく水しぶきを上げながら水面を滑走し、海面に飛び出た岩礁へと叩きつけられたのだった。


「えっと、タマモさん……横島さんは?」

「ちょ、ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな? まあ無事だとは思うけど」


 刹那は突然無くなった横島の重みと、背後から聞こえる激突音に気付き、恐るおそる背後を振り返る。するとそこには、でっかい汗を額に貼り付けたタマモと、まるで艦砲射撃でも喰らったかのように原型を無くした岩礁が刹那の視界に飛び込んできた。
 刹那とタマモはしばしの間無言のまま海面を見詰めていたが、すぐに安否の確認のため海面へと向かおうとしたその時、突如として海面から水柱が立ち、そこから人影が飛び出してきた。


「あだだ……今のはさすがにやばかった。水中でおぼれかけると水面がどっちかわからなくなるって本当なんだな」


 水柱から飛び出した人影、それは額にでっかいタンコブをこさえた横島であった。横島はおそらく文珠でも使っているのだろうか、タマモ達と同じように空中に静止しながら水面を見ている。


「あの激突でタンコブ一つって……」

「いや、絶対に無事だって信じてはいたけど……なんというか非常識な男よねー」

「やかましいわ! 大体誰のせいだと思っていやがる!」


 横島はタマモ達のほうを振り向くと、即座にタマモ達を怒鳴りつける。タマモ達もさすがに今回は自分が悪いと承知していたため、すぐに横島に駆け寄ると謝った。


「ごめんなさい、さすがにロープが切れるとは思わなくってさ」

「あの、本当にすみませんでした。あんまり楽しかったものでつい我を忘れてスピードを上げてしまって……」

「いや、まあわかってくれたならいいんだけどな。今度やる時はもう少しゆっくり頼むよ……ってことでこの話題はここまで。さて、そろそろ陸へ戻るか?」


 横島もさすがに素直に頭を下げる二人をこれ以上怒る訳にもいかず、とりあえずその怒りを収めるとすぐに話題を変える。すると、すぐにタマモがポンと手を打ち、ニヤリと笑った。


「そうだ! せっかく三人で空を飛べる状態なんだから、今からゲームをしない?」

「ゲームですか?」

「まーたなにか悪巧みか?」

「違うわよ!」


 タマモは横島をキっと睨むと、刹那の手を取って横島の前まで羽ばたいていく。そして横島の前で止まると、再びニヤリと笑う。


「今からやるゲームはとってもシンプル、所謂『鬼ごっこ』ってやつね」

「鬼ごっこ?」

「そうよ、制限時間は15分で鬼は横島。その間に私達を捕まえたら……」

「捕まえたら?」

「今夜私と刹那でマッサージしてあげるわよ。健全なヤツだけどね」


 タマモはニヤニヤと笑いながら、横島の前で胸を強調するような扇情的なポースをとる。だが、あいにくとまだタマモは成長途上なため、それだけで横島を撃沈するにはいささか色気が足らないかのように見える。
 事実、横島は表情を特に変えることも無く、呆れたようにタマモを見つめたまま――


「で、俺が負けた場合はどうなるんだ? 俺がマッサージするのか? だったら俺は全身全霊で手を抜くぞ


 ――しっかりとタマモの挑発に乗っていた。
 横島忠夫二十歳、ここ最近すっかりタマモ達に関していろいろな防壁が破壊されているようである。いや、すでに陥落していた。


「んー、私はそれでもかまわないけど、さすがにそれじゃあ面白くないし。刹那にはまだ刺激が強そうね」

「そ、それもそうだな……」


 タマモは微妙にがっかりしている横島の姿に小さく笑いながら、自分の脇で何かを想像して顔を赤くしている刹那に視線を送る。


「やっぱここはペナルティらしく向こう三ヶ月横島の小遣い全額カット、その分をデート資金に当てるってことでどう?」

「な! ちょっと待て!」

「じゃ、コレで決まり! というわけでよーいドン!」


 タマモはあまりに無体な条件に目を白黒させている横島にゲームの開始を一方的に宣言すると、刹那の手を取って一気に高度を上げると高速で飛び去っていく。そして横島から十分に距離を取ると、突然の事にぼうっとしている横島へ向けて大声で叫んだ。


「横島ーしっかりと追いかけて来なさい! 捕まえることが出来たら、副賞として捕まったほうはお嫁さんになってあげてもいいわよー!」


 タマモは横島に向けて叫ぶと、再び顔を赤くしている刹那の手を取ると二人して横島の方を見つめて呟いた。


「横島さん、しっかりと捕まえてくださいね」

「でも……簡単に捕まってあげないんだから」


 二人は互いに顔を見合わせると、心の底からあふれ出るかのようなすっきりとした笑顔を見せる。そしてタマモの声を聞いて呆然としている横島を残して空へ向けて高く、高く飛び去っていくのだった。
 横島はしばしの間それを呆然と眺めていたが、すぐに気を取り直すと飛び去っていくタマモ達に目を向ける。


「まったく、二人して悪乗りしやがって……すぐにとっ捕まえてやるから覚悟しやがれってんだ」


 横島は飛び去っていくタマモ達をしっかりとその目で捉えながらそっと呟く。そしてパチンと頬を叩いて気合を入れると、一気にトップスピードに乗ってタマモ達を追いかけるのだった。


「……ねえ木乃香」

「なんやの?」


 アスナは壮絶なデッドヒートを繰り返す横島達の空中戦を見ながら、傍らにいる木乃香に話しかけた。


「なんだかんだ言ってさ、結局一番の規格外って横島さんなのよね……」

「せやなー。けど、せっちゃんが幸せそうやからええんとちゃう?」

「幸せ……なのかなー? 一応アレって三角関係なんでしょ?」

「幸せやと思うよー。だってタマモちゃんが言うとった条件なら二人で別方向に逃げればええのに、せっちゃんとタマモちゃんは一緒になって逃げとる。あれは自分達を捕まえてくれるのを待っとるのかもしれんなー」


 木乃香はタマモと共に楽しそうに空を飛ぶ刹那を眩しそうに見つめながら微笑む。その微笑みはまさしく聖女のように清らかであり、彼女は幼馴染の幸せを心の底から願っているのであろう。
 アスナはそんな木乃香の姿にヤレヤレと肩をすくめ、再びネギ達の方を向こうとした時、突如として隣で微笑んでいた聖女のまとう空気が変わったのに気付いた。アスナは汗ばむような南国の気温にもかかわらず、いきなり南極にでも放り込まれたかのような感覚に襲われ、カタカタと小刻みに震えだす。
 アスナは空気が変わった原因について、それはもうよく知っていた。ここ最近はなりを潜めていたため、すっかり油断していたのだが、それは決して消えたわけではなかったのだと悟ると、背筋を襲う寒気に必死に耐えながらアスナはゆっくりと自分の親友のいる場所を振り返った。
 するとそこには、先ほどまでと全く変わらぬ聖女のような微笑を浮かべた親友が、体の周囲に闇を纏わせて横島を見つめていた。


「あ、あの……木乃香?」

「せっちゃんはこれからたくさん幸せにならんといけん。せやから、万が一横島さんがせっちゃんを泣かしたら……」

「な、泣かしたら?」


 アスナは木乃香から一気に噴出してくる死の気配に泣き出しそうになりながら、それでも木乃香に先を促す。たとえそれがさらなる恐怖を引き起こす行為だとしても、アスナはその先を聞かずにはいられなかったのだ。


「ウチは怒るかもしれへんなー……心の底から

「よ、横島さん絶対に刹那さんを捕まえて……それとお願いだから浮気はしないでください……世界のためにも」


 アスナは願った。それはもう心の底から願った。その願いはアスナの生涯において最も真剣に祈った願いだった。そしてこれ以後、アスナは人知れず世界の平和を守るためにも、横島のナンパ行為及び浮気に対して容赦の無い制裁を加えることを決意する。
 3−Aが誇るバカレンジャーが一人、バカレッドこと神楽坂アスナ。今年で目出度く15歳になる彼女は、世界の崩壊がごく身近にあるということを骨の髄まで思い知ることになるのだった。






「ともかく、ネギは一回戦突破が絶対条件なんや。なんとか勝つ対策を立てんとな」

「一回戦で負けたら横島の兄貴がエヴァに勝たない限り、最終日に極限まで吸われるのは確定だからなー」

「それを期待するのはちょっと危険やろうなー」


 アスナが久しぶりに目覚めた『微笑みの闇巫女』に恐怖し、横島達が当事者の知らぬうちに世界崩壊がかかった空中戦を繰り広げているころ、ネギ達はいまだに頭を突っつき合わせて高畑対策を練っていた。しかし、ネギも小太郎も高畑の戦う姿を全く見ていなかったせいで、高畑の攻撃手段が全く不明であり、まともに対策の立てようも無い状態であった。


「こりゃあ作戦は当たって砕けろしか無いかもしれないなー」

「タカミチの場合文字通り砕けちゃうよー! 100mの滝を素手で割る人なんだよ、いったいどうやって対抗するってのさ」

「かといって棄権するわけにもいかへんしなー。無詠唱で使える魔法の矢は応用力はあるんだが、いかんせん決め手には欠けるし」

「無詠唱呪文がカギを握るのは間違いないんだが……どこまで通じるか」


 泣き叫ぶネギを他所に、小太郎とカモは頭をフル稼働させながらなんとか勝機を見出そうとする。しかし、相手の情報が無い以上これ以上考えても無駄である。
 そこで、小太郎はポンと手を打つとネギの肩に手を置いた。


「こうなったら相手のこと考えても仕方ないわ。付け焼刃になるかもしれへんが、勝てる確率を上げよう思うたら自分の引き出しを増やすしかあらへんな」

「引き出し?」

「せや、例えば俺の場合、兄ちゃんが持ってたスプリなんとかって漫画に載ってた技をヒントに、分身烈風拳っちゅーのを新たに開発したんやが……まあ、平たく言えば影分身による複数方向からの同時攻撃なんやけどな」

「そんな東洋の神秘できるわけないよー!」

「そうか? 漫画の中ではドイツ人がつこーてたけど」


 小太郎はそう言うと印を組み、一瞬のうちに6体の影を作り出す。小太郎が言うにはその影の全てが実体を持ち、敵を攻撃する事が可能なのだそうだが、あいにくとネギには不可能な技であるようだ。
 小太郎としても、さすがにこの技を一度見ただけで物にされたらそれこそへこんでしまうため、すぐに気を取り直すと次の技を見せる事にする。


「ほな瞬動術なんかどうや? こうやって気を、ネギの場合は魔力やな。これを一気に爆発させて瞬間的に移動するんや」


 小太郎はネギの前でわかりやすいように足に気を集中させると、次の瞬間には小太郎の姿がその場から消え失せ、気がつくと5m程離れた位置にその姿を現していた。
 

「あ、それなら僕にも出来るかも……」


 ネギはいとも簡単に瞬動術を使いこなした小太郎の姿に好奇心が沸いたのか、自分も足に魔力を通わせてみる。しかし、その魔力を解放した瞬間、ネギはその勢いに負けて止まる事も出来ずに海へと突っ込んでいくのだった。


「あかんあかん、止まる時はもっとギュって大地をつかむんや。まあ、こればっかは数をこなしてコツを掴むしか無いけどな」

「うーん、難しいなー」


 ネギは海の中からむくりと起き上がると、再び瞬動術を発動させる。当然、その術は一回やそこらで会得できる生易しい技ではないため、ネギは再び着地を失敗して吹き飛ばされてしまう。しかし、それでもネギは立ち上がると瞬動術を会得するために練習を続けるのだった。


「うーん、さすがに難しいか。いくら外と時間の流れが違うとは言え、明日には別荘を出んといけんし……ネギが兄ちゃん並みに避けるのが上手ければなんとか戦えそうな気もするんやけどなー」

「確かにそうだな……しっかし、なんで横島の兄貴はああ上手く攻撃がかわせるんだ? 正直動きだけなら兄貴のほうが速いぐらいなのに」

「俺も兄ちゃんに攻撃を当てられへんからなー。特にあの奇妙な歩法を使われた時なんかはかすりもせーへん」

「ああ、あのドムか……」

「たぶん回避の秘訣は瞬動術とは違って、常に両足を地面につけとるからどんな時でも自在に体勢を変えられるっちゅーことなんやろうけど……あれは反則やで」

「見たとこ瞬動術は連発は難しい上に途中の方向転換なんか不可能そうだしな。ひょっとして横島の兄貴の歩法は瞬動術の対極になる技なのかも」


 小太郎とカモはネギの練習風景を見つめながら、横島の謎の生態に首をかしげる。すると、ちょどタイミングを見計らったかのように横島が小太郎の背後から声をかけてきた。


「俺の歩法って『ゴキブリ歩法』のことか?」

「あ、兄ちゃん! ってゴキブリ歩法!?」


 小太郎は突然かけられた声に振り向くと、そこにはキョトンとした表情の横島と、妙に嬉しそうな表情をしたタマモが立っていた。タマモの向こうには顔を真っ赤にした刹那と、祝福するかのようにその刹那に抱きつく木乃香、心の底から安堵のため息をつくアスナの姿も見えるが、小太郎はそれに目を止めることなく横島を見上げる。
 

「ああ、美神さん……俺の元上司の命名だがな。なんでも俺がコレを使うとゴキブリにしか見えないからっつーわけでこんな名前がついちまった」

「実際どう見てもゴキブリだしね。なにせそれ使って垂直の壁さえもチョロチョロと動き回ってたし」

「まあ、名前はともかく便利だぞー。どんな場所でも氷の上みたいに滑っていけるし」


 横島は技を編み出し、美神に披露した時を思い出しながら複雑な表情をする。横島としてもこの名前には色々と思うところがあるらしいのだが、一度この名前で定着してしまったため、他の名前が一向に思いつかないようである。


「で、ネギ先生は何をしてるの?」

「ネギなら明日の準備で瞬動術の練習中やで……ってそうだ! おーいネギー、ちょっとこっち来んかーい」


 小太郎は何かを思いついたのか、瞬動術の練習をしていたネギを呼びつける。するとネギもいいかげん失敗ばかりにうんざりしていたのだろうか、吹き飛ばされた拍子に口の中に入った砂を吐き出すと横島の下へとやって来る。


「どうしたの? 急に」

「今からちょっと兄ちゃんの歩法を教えて貰おうと思うてな。せやから兄ちゃん、その歩法の原理、俺やネギにも教えてくれへんか? すぐに使えへんでも、何か応用が出来るかも知れへんし」

「横島さんの歩法って……ちょ、小太郎君! そんな危険なことに僕を巻き込まないでよー!」

「大丈夫やって、別に今すぐ修行をするわけやないで。技の原理を知ることができれば何かに使えるかも知れへんやろ」


 小太郎は今にも尻尾を振りそうな勢いで横島に迫り、期待に満ちた視線を送る。彼としては名前はともかく未知の技を会得するまたとない機会であり、この好機を逃すわけには行かないのである。
 もっとも、ネギにしてみれば以前の横島の修行という名の拷問に対して、でっかいトラウマがあるために小太郎の提案はありがた迷惑でしかない。しかし、そんなネギの心配を他所に、小太郎は気楽に笑うと横島を見上げた。
 横島はそんな小太郎の願いに対して首をひねって難しい表情をしていたが、やがて申し訳なさそうな声で小太郎の肩に手を置く。


「あー、期待してるとこ悪いが、それは出来ん」

「えーなんでやー?」

「いや、この際ぶっちゃけるが、正直俺もこの技がどういう原理なのかさっぱりわからん」

「は?」

「い、今まで技の原理も知らずに使ってたんですか!?」


 小太郎とネギは横島のあまりの答えに思わずマヌケな声を出し、表情を凍らせる。しかし、それは無理もないことであろう。なにしろ自分が使う技の原理がわからないなどと、世の格闘家達に喧嘩を売ってんのかと思いたくなるようなふざけた発言を面と向かってされたのである。それを思えば、間抜けな声の一つも出てきて当然であろう。


「ま、ある意味横島らしい答えではあるわね。確か神父の髪を滅ぼして、その報復に追われた時にあみ出した技だっけ?」

「ああ、あの時は本当に命がかかってたからな。なにせ気を抜いたら対戦車ミサイルや機関砲の嵐が俺を……アレは正直魔族よりも怖かった」


 タマモは小太郎とネギの姿に苦笑しながら、傍らにいる横島の肩を叩く。その横島はと言えば、当時を思い出したのかガタガタと明らかにわかるほど肩を震わせ、怯えていた。


「ともかく、あの時は命の危険が本当に危なかったからな。気がついたらこの歩法使って弾丸をかわしてたんだが……そうだ! 当時の状況を再現してみたら会得できるかもしれないな。文珠とタマモの幻術があれば精神世界で追体験できるぞ、当時の俺の状況が」

「そこで生き残れたら自動的に新しい技に開眼できるかもよ……生き残れたらだけど」


 横島はしばしの間震えていたが、すぐに気を気を取り直すと、いかにも名案を思いついたかのようにポンと手を打ち、二人に対して修行の方法を提案する。しかし、ネギ達が横島でさえ怯えるその状況を体験すれば、例え精神世界でも死は免れ得ない事は明白である。
 そのため、ネギと小太郎は生暖かい目で自分を見つめるタマモと横島に向かって、首が千切れんばかりに横に振り続ける。しかし、横島はそんな二人の肩を叩くと、いつぞやとは違って善意100%の笑みを浮かべた。
 そう、横島は今、ものすごく機嫌が良いのである。その理由については、先ほどの空中戦の結果があった故としか言えないのだが、ネギと小太郎にとって横島の提案はありがた迷惑どころか、自らを死地に誘う地獄の番犬が得物を前に笑っているようにしか見えない。
 それ故、二人は示し合わせるように瞬動術を使って横島から逃げ出そうとし、ネギも己の命が懸かっているとあって、見事なまでの集中力で瞬動術成功させていた。しかし、横島から距離をとったはずの二人の肩は、次の瞬間に何者かによってむんずと掴まれたのだった。
 ネギと小太郎の肩を掴んだ手、それが誰の手なのか今更説明する必要などないであろう。


「まー遠慮するなって、人間極限を体験すれば成長するもんだぞ」

「「い、いやぁぁぁー!」」






 ネギと小太郎が別荘全体に響くほどの悲鳴を上げてから10分後、そこには赤茶けた髪と、見事なまでの黒髪だった少年たちは見る影も無く白髪となり、二人で抱き合うようにガタガタと震えていた。


「いったいなんの騒ぎだ。人の別荘で勝手に騒ぐな」

「マ、マスター! 今僕はようやく吸血鬼が十字架を嫌う理由を理解しました」

「あ、あんなのにずっと追われたなんて……苦労してたんやな」


 ちょうどその時、別荘から姿を現したエヴァは、自分を見るなりすがり付いてくる二人に首をかしげ、おそらその元凶であろう横島とタマモを睨みつける。


「……あー、ちょっと聞くがぼーや達にいったい何をした?」

「いや、エヴァちゃんと戦った時に使った歩法を開眼した時の状況を追体験させただけなんだが……さすがに刺激が強すぎたか?」

「エヴァもやってみる?」


 エヴァは二人で抱き合って「神父怖い、十字架怖い」とつぶやき続けるネギと小太郎を見据えながら、タマモの提案を無言のまま断る。
 そしてそんなネギ達を木乃香、アスナ、刹那はそれぞれ額でっかい汗を貼り付けながらただ見ているのだった。


「えーっと、これってネギ君と小太郎君が吸血鬼になったちゅーことかな?」

「木乃香、それ絶対に違うから」

「ふ、二人とも一体何を見たんでしょうか……」


 全員が呆然とする中、横島もいまだに悪夢として蘇る恐怖を心行くまで味わったネギ達は、横島が与えた『忘』の文珠を使用するまでずっと震え続けていたという。しかし、いかな文珠とはいえ、深層心理まで埋め込まれた恐怖はしっかりと傷跡として残り、その後ネギ達は教会に近づくと原因不明の目まいと吐き気に悩まされ続けたそうである。

 かくして、問題はあったがネギ達の休養は終わり、色々な意味で心身をリフレッシュさせたネギ達はついに武道会本戦当日を迎える。
 はたしてネギは無事一回戦で勝利を飾れるのか、いや、それ以前に生き残ることができるのか。その運命の日がついに始まるのだった。



 
第40話 end




「チクショウ……エヴァンジェリンめ……」


 時は戻り、横島達がサバトの宴、もとい、中夜祭を存分に堪能しているころ、ここ麻帆良学園中等部女子寮の一室で一人の少女が涙に暮れながら一人パソコンをいじっていた。
 その少女の名前は長谷川千雨。彼女ははいよるゾンビのごとく自らに迫るサバトの宴から早々に逃れ、昼に行われたコスプレ大会のショックを引きずったまま、その反応を確かめるべくネットの海へと泳ぎだしているのである。
 昼に行われたコスプレ頂上決戦。それはいかなゲリライベントとはいえその観客の数は多く、ネットでの評判に少なくない影響を与えるであろう。そこで謎の少女マジカルキティことエヴァンジェリンにむざむざと敗れ、あまつさえ下着姿を晒したとあってはネットアイドルとしての『ちぅ』は終わったも同然なのだが、それでも一縷の期待をこめてコスプレ好きの集うサイトへのリンクをクリックするのだった。


「……あれ?」


 千雨はそのサイトのトップを見た瞬間、首をかしげて硬直する。
 千雨は一体何を見ていたのだろうか。彼女の視線の先、すなわちディスプレイ上に映し出されたとあるホームペジ。そのトップ画面には赤い極太フォントでこう書かれていた。


『ちぅちゃんさいこー!』
 

 これはいったいどういうことだろうか。千雨は自分の記憶を掘り返してみるが、どう考えても昼のコンテストは醜態でしかない。なのにこのHPでは何故か彼女を絶賛している。
 千雨は頭にハテナマークを浮かべながら、そのホームページ内にあるネットアイドルランキングへのリンクをクリックする。すると、昨日まではマジカルキティがぶっちぎりのトップであったはずなのに、何故か夕方ごろから大量の得票がなされ、見事に『ちぅ』がマジカルキティを抜き去ってトップに躍り出ていた。


「えっと……これはどういうことだ?」


 千雨は何かの間違いではないかと、何回もリロードしてみたが、その順位は決して変わることは無く、むしろリロードするたびに得票数が増えていっている。
 そしてことここに至り、千雨はこれが夢でも幻でもなく、れっきとした現実であることを認識した。


「これは……もしかして知らないうちに客のニーズにバッチリと答えてたってことか? さすが私だ。くくくくく」


 千雨は先ほどまで失意のどん底にいたことも忘れ、口元に邪悪な笑みを浮かべると手にしたマウスを握り締めた。


「くははは、ざまあみろエヴァンジェリン。素人がこのちぅ様に喧嘩を売ったのがいけなかったんだよ。まあ、素人にしては健闘していたがな……な゛?」


 千雨はあらゆる意味で煮え湯を飲まされ続けたエヴァに知らず知らずのうち勝利していたことを知ると、とたんに心の余裕を取り戻し、カップにコーヒーを注ぐとそれをぐびりと飲み干す。そして右手に持ったマウスを投票者達が書き込んだコメント欄を見るために、ポインタをそのボタンへと持っていき、その内容が画面に映りだした瞬間、千雨は完全に凍りついた。
 突然凍りついた千雨、彼女はいったい何を見たのか、それは――




『ぺったんもいいけど、ちぅちゃんの微妙さがなんともいえない』

『精一杯背伸びしたあの下着姿がたまらん』

『やはり幼女じゃ脱いでも意味ないもんなー』

『ハプニングさいこー!』

『脱げ女降臨!』


 ――自身の封印したい記憶のNO1を飾る、あの昼間の醜態について絶賛をしていた書き込みが8割以上を占めていたからであった。


「結局貴様らは脱げばなんでもいいんかー!」


 その夜、千雨の部屋からは破壊音と少女の魂の叫び声が女子寮全てを揺るがしたが、寮の住人は全員が中夜祭に出払っていたため、誰も気づくものはいなかったという。
 『ちぅ』こと長谷川千雨15歳、彼女はこの夜、本来の戦場で宿敵に勝利を収めながらも、人として生きる道でなにやら酷い敗北感にさいなまれるのだった。



「……千雨さん、あれだけの不利を覆した切り札、実に見事でした」

「サスガニアレハゴ主人ジャ無理ダカラナ」


 千雨が女子寮の一室で勝負に勝っていながら敗北を味わっているころ、森にあるログハウスの一室で従者姉妹が千雨が見ているのと同じホームページを見ながら、昼間に戦った強敵に対して敬意を表していた。


「需要があるとはいえ、幼女系統はやはり異端ですからね。勝負をかけるには危険すぎます」

「絶対数モ当然少ナイカラナ……ソノ分濃イガ」

「まあ、それはともかく。いよいよ明日は総仕上げです、組み合わせも実に好都合ですし……」

「ダナ、ツイニ待チニ待ッタ時ガ来タ」

「ええ、実に長かった」

「そうか、長かったか……」

「はい、マスターをなだめすかしながらお宝映像を収集したこの数ヶ月、それの集大成がいよいよ明日に……」


 茶々丸とチャチャゼロはこの段階に来るまでの苦労を思い出し、機械と人形にもかかわらず自然に苦笑しようとした時、第三者の声が会話にごく自然に混ざっていたのに気付いた。そしてそのことに気付いた二人は一瞬体を硬直させつつも、ゆっくりと後ろを振り返る。
 するとそこには――


「ところで茶々丸にチャチャゼロ、幼女の需要とはどういう意味だ?」

「マ、マスター!」

「ゲ、ゴ主人!」


 ――怒りに顔を歪ませた夜叉、もとい、彼女達の主であるエヴァが顔を引きつらせた笑みを浮かべながら、扉の前で腕を組んで仁王立ちをしていた。


「さて、二人とも何を企んでいるのかキリキリ白状「めてうぉすっとらぁぁぁぁぁいくぅぅぅー!」ぶぼも!」


 エヴァが顔を怒りに染め、茶々丸達を問い詰めようとしたその時。いつぞやの映像をなぞるように天から声が響き渡り、意味不明な叫び声と共にまだ修理中の壁の穴から弾丸となったなにかがエヴァにぶち当たり、そのままいつぞやのように庭までエヴァを吹き飛ばすと盛大な爆音と共にきのこ雲が森の中に浮かび上がった。
 その後、土煙が治まるとそこには頭に大きなタンコブをこさえたエヴァが完全に目を回しており、その枕元には何故か顔面を紅潮させ、ケタケタと笑うネギが無傷でたたずんでいた。


「ネギ先生、私の救世主……貴方に私の全てをささげます」

「あー茶々丸さんだー……あれ? マスター、こんなとこで寝てると風邪引きますよー……ひっく」


 茶々丸はネギへ向けて頭をたれ、まるで神に祈るかのごとく手を合わせる。当のネギは自分が何をしたのか最後までわからなかったようではあるが、茶々丸は多くを語ることなく、またエヴァも激突のショックで再び記憶を失ったために、ネギの偉業は誰にも語り継がれること無く闇へと葬り去られたのだった。
 


 




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