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 澄み渡る空の下、どこまでも続く草原の中を一人の少女が駆け抜けていく。
 一心不乱に草原を駆け抜ける少女、彼女の名はアンナ・ココロウァ。ネギの幼馴染であり、親しい者達からはアーニャと呼ばれる少女は今、走り続ける苦しさを感じつつも、けっして足を止める事はなく、むしろその顔には期待に満ち溢れていた。
 何故ここまでして少女は走り続けているのだろうか。その答えは少女の行く手にある大木の木陰で、少女に向かって手を振る金髪の女性がカギを握っているのだった。


「ネカネさーん、たっだいまー!」

「あら、アーニャちゃんお帰りなさい。それにしてもついさっき連絡したのに、来るのが早かったわねー。そんなにネギの手紙が見たかったのかしら?」

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」


 アーニャはどことなくアスナに似ている女性に駆け寄ると、そのまま彼女に抱きつき、ようやく一息を入れるが、そのあまりのはしゃぎようにネカネと呼んだ女性にあっさりと本心を見透かされ、慌ててそれを否定する。
 しかし、ネカネと呼ばれた女性は特に慌てることなく、懐から封筒を取り出すとそれをアーニャに見せ付けるように顔の前に持ってくる。


「あらあら、それじゃあコレはここで読むのやめようかしら? 後で私一人でじっくりと……」

「あーもう! 気になります! ネギが日本でどんな生活してるのか気になるから私にも見せてー!」


 アーニャが観念するのを微笑ましく見つめている女性、彼女の名はネカネ・スプリングフィールド。その名が示すとおり彼女はネギの縁者であり、幼いネギから姉として慕われる存在であった。そしてその彼女に、日本から幾度目かになるネギからの手紙が届いたのである。
 ネカネは超高速便でやって来たネギからの手紙を受け取ると、即座にそれを明らかにネギを意識しているアーニャに知らせ、当のアーニャはその連絡受けたその日のうちにネカネのもとへとやって来たのである。


「うふふ、意地悪はこれぐらいにしてっと……さっそく見るとしましょうか」

「はい!」


 ネカネは自分の隣に座り、目をキラキラさせながら自分の手元を見つめるアーニャに笑いかけながら、手にした手紙の封を切って中の便箋を広げる。すると、その便箋の中央部からゆっくりとネギの姿が浮かび上がり、まるでテレビ画面のような映像が標示される。
 一般人が見たら驚愕物の無駄に高機能な手紙、それは魔法界で広く伝わる映像通信手段、つまりはビデオレターであった。そしてネカネとアーニャは一般人ではなく、ネギと同じ魔法使いであるため、特に驚く事もなく普通に画面上に表示されている再生ボタンに指を当てた。


<ネカネお姉ちゃん、元気ですか? 僕は日々戦いながら戦場を生きています>


 映像の中のネギは微妙に疲れたような表情を浮かべながら、ネカネに向かって笑いかける。ネカネとアーニャは一瞬ネギの不穏当な発言に眉をしかめたが、話に聞く以上に子供が教師としてやっていくのが難しいのだろうと推測する。
 もっとも、先ほどのネギの発言は言葉どおりの意味なのだが、あいにくとネカネとアーニャはそれを知る事はなかった。


<ロンドンにいるアーニャはどうしてるのかな? 向こうでちゃんと占い師をやってるといいんだけど>

「うふふ、ここで一緒に手紙を見ているわよ」

「ふん! ネギに心配されるまでもなくちゃんとやってるわよ。これでも近頃評判の占い師なんだから」


 アーニャはネギが自分を気にしていると知り、少し頬を染めながらそっぽを向く。ネカネはそんなアーニャを微笑ましく見つめていたが、次のネギのセリフに表情を凍らせるのだった。


<そうそうアーニャといえばさ、この前話した小太郎君とロンドン上空を飛んだ時、チンピラみたいなのと大喧嘩してたのを見たんだ。アーニャは大丈夫かな? 怪我とかしてない? 本当はその時村の上も飛んでみたかったけど、軌道の関係で見えなくて残念だったよ>

「なんであんたがそれを知ってるのよー!」

「アーニャちゃん……」

「し、仕方ないじゃない! だってあいつらがショバ代よこせって因縁吹っかけて来るんだもん……っていうか軌道って何?」

「さあ、なにかしら?」


 アーニャとネカネはわけのわからぬ事を言うネギに首を傾げるが、とりあえず疑問は先送りする事にしたのか、再生を続ける。


<こっちではいよいよ明後日、学園祭って言う学園全体をつかったお祭りがあって。みんなその準備で大忙しなんだ。あ、僕のクラスはお化け屋敷をやるんだって>

「日本のお祭りかー、いいなー」

「日本のお祭りってたしかトレイを頭の上に持って、死者を迎えるために踊り狂うって言うのよね」

「死者を迎えるって……そんな気味の悪い風習があるの?」

「以前お爺様がそんなことを言っていたような気が……」


 アーニャにとって東洋の未知の国、日本の祭りと聞いて羨ましそうにする。それに対するネカネの答えはかなり誤解を含んだ物があるのだが、所詮東洋の島国の知名度などこんなものであろう。
 日本のミステリアスな風習に顔をしかめるアーニャを他所に、ネギはネカネに向かって近況を報告していく。格闘大会に出ることを説明した時には、ネカネは心配のあまり気絶しそうになったりと、いろいろなハプニングも起こりかけたが、やがてネギは全てを終え、その顔を急に真面目な物に変えると腕をぎゅっと握り締める。
 

<ねえ、お姉ちゃん……長い間僕を育ててくれてありがとう。出来ればもう一度会いたいけど、それはかないそうもないし……でも、僕は諦めない。最後まで戦うよ……立派な魔法使いになるために、そして日々を平穏無事に生き抜くために!>

「え? どういうこと?」

「たぶん格闘大会のことを言ってるんじゃないかな? そっれにしてもたかが格闘大会に大げさねー。やっぱネギは弱虫だわ、私がいないと何にもできないんだから」

「そのわりにはものすごく深刻そうな気がするけど……」


 ネカネは急に変わったネギの口調に心配そうな表情をするが、アーニャの言う事ももっともだと納得し、表情を元に戻す。ちなみに、この手紙を吹き込んだ時点のネギにとって、この格闘大会は本気で命がかかっているのだが、それについては神ならぬ二人は知る由もなかった。


<もし、無事に学園祭が終わったら、もう一度手紙を出すね。僕はそのために精一杯戦うよ、だから遠いウェールズから僕を応援してくれると嬉しいな。じゃあお姉ちゃん、そろそろさようなら。いつまでも元気でいてください。僕は遠いお空の星になっても、いつまでもお姉ちゃんを見守ってます。最後に……もう一度お姉ちゃんの入れた紅茶が飲みたかったよ……>


 ネギは最後に手紙の向こうではかなく笑いかけると、それが最後だったのか、その手紙は静かに再生を終える。そして手紙の再生が終わるとしばしの間、ネカネとアーニャは無言のまま時を過ごした。 


「えっと……これってもしかして遺書?」

「はぅ……」

「キャー! ネ、ネカネさーん!」


 沈黙に耐え切れなくなったのか、アーニャは恐る恐るネカネを見上げ、手紙の感想を漏らす。すると、ネカネは一気に顔から血の気を失せさせ、静かに卒倒していく。そんな彼女達の上空を流れ星が駆け抜け、はるか上空で文字通りお星様となったネギが混乱する二人を見守っているのだった。
 それはネギが死闘を行う一日前、日本では前夜祭が行われている時間に起きた、事情を知らぬ少女二人の喜劇であった。




第41話 「開眼、ネギ・スプリングフィールド」





「おお、えっらい客がはいっとんなー」

「ううう、今日という日が永遠に来なければ良かったのに……」

「ネギ、あんたいいかげん覚悟決めなさいよ」


 龍宮神社の境内に設置された『まほら武道会』の本戦会場を前に、一人の少年はこれから始まる戦いに胸を躍らせ、もう一人の少年はまるでこれから死刑にでもかけられる囚人のごとく震えている。このえらく対照的な二人、それは学ランを着て気合入りまくりの小太郎と、やたらとかさばるフード付のローブをまとったネギであった。ちなみに、その後ろには呆れた表情のアスナが続いているが、彼女は格闘の素人にもかかわらず特に緊張したようには見えない。
 3人はそのまま会場の門をくぐると、選手控え室のある部屋へと向かい、扉の前に立つ。


「し、失礼しまーす」


 ネギは今まさに虎穴に入らんとしているかのように脅えながら、覗き込むように扉を開いた。その扉の向こうには既に何人かの参加者が見て取れ、悠然と腕を組むサングラスをした巨漢やら、拳法着を着た濃い顔の男、そして教え子である龍宮、クーフェイ、楓の3人、さらに極めつけとして明らかに私は怪しいですと全身全霊で主張しながら、フードで顔を隠している参加者が約3名ほどいる。
 この時、ネギは龍宮がなにやらチラチラとしきりに楓の顔をうかがっているのに気付いたが、今はそれよりもこれから行う本戦の方に意識が集中しているため、龍宮たちを気にすることなくキョロキョロと部屋の中を見渡す。


「おはよう、ネギ君」

「タ、タカミチ……」


 ちょうどその時、いつもと変わらぬスーツ姿の高畑が姿を見せ、ネギに微笑みかけたが、昨日のネギとのあまりの変わりように小首をかしげた。


「昨日とは顔つきが違うね……というか、なんでそんなに怯えているんだい?」

「き、気にしないで。現実は厳しいって思い知らされただけだから……」

「そうなのかい? まあとにかく、ようやくあれから君がどれだけ成長したか見られるんだね」


 高畑はネギの答えに首をかしげていたが、すぐにその疑問をうっちゃると、感慨深げにネギを見つめる。それはまるで父親が息子の成長を見守るような柔らかい視線であった。
 ネギは高畑のその視線を受けると、ゴクリと唾を飲み込むと高畑を見上げる。


「タカミチ、僕は勝つよ……明日を生きるために!」

「明日を生きるって、大げさだなー。そこまで緊張する事も……」


 ネギにとって高畑という山を越えられるか否かは文字通り生死に直結しているため、その緊張もひとしおなのだが、あいにくと高畑はネギの切羽詰った状況を知る由もなく、気楽そうな笑みを浮かべるだけだった。


「タカミチ、僕にとって一回戦は全てを賭けた戦いなんだ、だから……」


 ネギはぐっと腹に力を入れると、勝気な瞳で高畑を見上げる。すると、高畑もネギの言わんとすることを理解したのか、気楽そうな顔を一転させ、真面目な顔に戻る。


「わかった、僕は手を抜かな「お願いだから手加減してね♪」……」


 この場にいた誰もが緊張した面持ちで二人のやり取りを見つめていたが、ネギの言葉を聞いた瞬間に例外なく全員がすっころんだ。それはもう盛大に。


「な、何をふざけた事言うかこのガキはー! 話の流れが台無しじゃないのよー!」

「ア、アホかー! そこは普通『手加減すな』って言うのが男ってもんやろーが!」

「で、でも! 手加減抜きのタカミチに勝てるわけないじゃやないか! それにマスターも『勝敗は戦う前に既に決まってるって』言ってたんだよ。だから僕は教えを守って試合前にこうやって勝つ算段を……」

「意味が違うわー!」


 誰もが床にすっころび、ネギの予想外すぎる発言に衝撃をうけていたが、このメンバーの中で最もネギをよく知るアスナが真っ先に復活し、即座にハリセンを召喚するとそれをネギの頭にたたきつけ、続いて復活した小太郎がネギの襟首を掴みながらガクガクとゆする。そしてちょうどその時、ガラリと音を立てて扉が開き、新たな人影がその姿を現した。


「おい、これはいったいなんの騒ぎだ?」


 マヌケな空間の中に進入した新しき風、それは格闘大会という場においてえらく不釣合いな人形のような少女、エヴァンジェリンであった。彼女はわけのわからない混乱が続く部屋を見渡し、やがてネギに視線を止めると全てを察したのか軽くため息をつく。
 そんな時だった、エヴァの背後に音も立てず人影が現われ、その人影が無言で彼女の小さな肩をつかんだのは。


「エヴァ、ちょっと向こうで話があるんだが……」

「ちょ! なんだそのえらく怒りに満ちた顔は!」

「いやね、ネギ君の指導方針について話があってね……主に拳で」

「ま、待て! 今の状態で貴様とまともにやりあったら私は不利……というか、あのぼーやの性格について私は一切関知していない……って咸卦法を使うなー!」

「HAHAHAAHAHAHAHA!」


 一瞬のうちにエヴァの背後を取った人影、それは怒りで頬を引きつらせた高畑であった。彼はそのままエヴァの襟首をネコのように掴むと、異様な笑い声を響かせながらエヴァの抵抗を気にすることなく物陰に消えていく。


「えっと……何があったんだ?」

「なにか奥から破壊音がしますけど……」


 そしてちょうどその時、最後の参加者が部屋に到着し、物陰から響く破壊音に首をかしげる。最後の参加者の名は横島忠夫。彼はタマモと共にネギの性格を劇的に変えさせた張本人であり、彼はその罪深さに気付くことなく、傍らの刹那と共にいつまでも首をひねっていた。






「ただいまより、まほら武道会本戦を開始いたします!」


 満員御礼となった観客席を前に、朝倉は定刻と同時に本戦の開会を告げる。そして同時に本戦におけるルールの説明も加えていく。それによれば、本戦においては試合時間は15分、10カウントダウン、同じく10カウント場外、気絶、ギブアップにおいて決着となり、時間超過をした場合は観客の投票によって勝敗が決まるというルールであった。


「あ、アヤカー! こっちこっち!」


 朝倉が観客にルールを説明しているころ、観客席の最前列ではタマモがジュースを両手に持ったあやかに手を振り、隣の席を勧めている。あやかはその席に落ち着くとタマモにジュースを手渡し、改めて会場を見回した。


「それにしても、すごい観客ですわねー」

「なんか予選の戦いが評判になってるらしいわよ。気だとか遠当てだとか、私達にしてみれば今更の話なんだけどねー」

「タマモさんたちの場合、気とかそういうレベルじゃないような気もしますが」

「横島にいたっては霊能力って枠からも逸脱してきているしね」


 タマモはジュースにポップコーンという、試合観戦における完璧な装備を手にしつつ、試合開始を待つ。すると、選手入場のアナウンスが響き渡ると同時に、選手入場口から小太郎と黒いローブで顔を隠した小柄な少女が姿を現した。


「ん? あの子はたしか……」

「小太郎君の対戦相手をご存知なのですか?」


 確かにタマモは対戦相手の少女、佐倉愛衣を知っていた。もっとも、それはただ単に顔を知っているだけであり、名前についても今始めて知ったのだが、同時に公衆の面前で素っ裸にされた出来事を思い出したため、その顔を微妙に歪ませる。


「ちょっと前にゴタゴタがあってね……まあ、それはともかく。あの子も魔法使いらしいから油断は出来そうにないわね」

「あの子も魔法使いなんですの? だったら小太郎君は大丈夫でしょうか?」

「んー、私も魔法についてはいまいちよく分からないんだけど、たぶん大丈夫だと思うわ」

「だといいのですけど……」


 あやかは両手を胸元で組み、不安そうに愛衣と対峙する小太郎を見つめている。それとは対照的にタマモは小太郎の勝利を疑っていないのか、ポリポリと可愛らしくポップコーンをかじりながら試合開始を待ち構えていた。


「それでは、まほら武道会1回戦、犬上小太郎VS佐倉愛衣。試合開始!」

「ああ、始まりましたわよ!」


 朝倉の号令のもと、ついに第一回戦が始まった。
 あやかは緊張のせいか、目の前にある手すりを握り締める。あやかとて小太郎の強さは十分に知っているのだが、やはり戦いに送り出すにはあまりにも幼いせいか、どうしても不安が先にたつのだ。
 そんな彼女の心配を他所に、小太郎は特に動きを見せることなく、じっと対戦相手を見つめている。すると、にらみ合いにしびれを切らしたのか、愛衣は先に動きを見せ、どこからともなく箒を取り出すとそれを構えた。


「あ、あれはなんですの!?」

「アーティファクトってやつじゃないのかな? 魔法使いの従者のパワーアップアイテムみたいなもんよ」

「そんな! 危険はありませんの?」

「アイテムごとに効果は違うからよくわかんないんだけど、ここで出してくる以上、ただの箒じゃないことは確かね。案外箒ではいたらそのまま空の彼方へ放り出されたりして」

「な! 小太郎君がなんでそんな目にあわないといけないのですか!」

「いや、だからもしかしたらの話であって……って落ち着いてアヤカ、首が……キュウ」


 あやかは小太郎を心配するあまり、目を血走らせながらタマモの襟首をつかむと柔道経験者も真っ青な技術で正面から的確に頚動脈を絞めていく。そして今まさにタマモが落ちようとした瞬間、バンっという凄まじい地響きと共に少女の悲鳴が会場中に響き渡った。


「え?」


 あやかはタマモの頚動脈を絞めたまま、呆然と空を見上げる。そのあやかの目には、空高く吹き飛ばされた愛衣が手足をばたつかせながらなんとか落下を免れようと、無駄な努力をしている姿が映りこむ。当然、人間は手足をばたつかせたぐらいで空を飛べるように出来てはいないため、愛衣はそのままボチャリと試合場を取り囲む池の中に落下していった。


「あぶぶぶ! 私、泳げないんですー!」

「おおっと! これは愛衣選手おぼれている、このままテンカウントで小太郎選手の勝利だー!」

「ああ、タマモさん見てください! 小太郎君が、小太郎君が勝ったみたいですよ!」

「……」


 会場に朝倉のカウントが響き渡り、小太郎の勝利が確定すると同時にタマモの視界は暗転し、麻帆良学園において武道会予選に引き続き通算三度目の敗北を経験する事ことになったのである。
 雪広あやか、彼女はタマモの親友にして天敵。彼女は麻帆良学園史上最凶と呼ばれる少女を相手に、正面から二度も撃墜した真なる強者であった。
 




「タマモ姉ちゃん、あやか姉ちゃん。まずは一回戦突破や!」

「おめでとう。でもごめんね、勝った瞬間はちょっと事情があって見られなくってさ」

「も、申し訳ありませんでした。つい興奮してしまいまして……」


 タマモが気絶してから十数分後、第二試合どころか、Aブロックの試合全てが終わったところでようやくタマモは息を吹き返し、こうしてあやかと共に小太郎を激励に選手待機所の裏手に姿を現している。
 ちなみに、Aブロックの勝者は小太郎、クウネル・サンダース、長瀬楓。そして何故か動きに精彩を欠き、終始押され続けていた龍宮真名を判定で破ったクーフェイが見事に2回戦にコマを進めていた。

 
「ま、それはともかく次の二回戦はそこのチキン屋さんとやるんでしょ? 気をつけなさいよ、彼の呪は某虎の球団を十年以上にわたって優勝から遠ざけるほど強力らしいから。特に優勝したかったら水の中には絶対に沈めちゃダメ」

「いや、姉ちゃん。それサンダース違いやから……」

「じゃあ米軍の新兵訓練の教官?」

「軍曹でもありません!」


 タマモは特にあやかを責めるでもなく、どこぞの都市伝説を思い浮かべながらピントの外れた助言を小太郎に与え、速攻で小太郎とあやかに突っ込まれていた。もっとも、それによってあやかの狼藉は見事にうやむやとなり、さらに二回戦へ向けて気負っていた小太郎の肩の力をいい意味で抜けさせる効果があった。タマモがはたしてその効果を意図したものなのか、それは本人以外誰にもわからない。
 なにはともあれ、こうしてタマモ達が和気あいあいと話している最中にも試合会場では壮絶な戦いが続いている。
 現在の対戦は第5試合、サングラスの巨漢田中と、愛衣と同じくタマモ全裸事件に深く関わっていた少女、高音・D・グッドマンが試合場で互いににらみ合っていた。


「そこの図体のおデカイ筋肉の人! 生半可な格闘技では、本気を出しませんと私には勝てませんよ!」

「……了解シマシタ。デハ、初動カラパワー全開デ」


 パクン!


 試合開始の声と共に田中は口を大きく開け、そこから何か機械のようなものを覗かせる。そして高音があまりに予想外の事態に対応できないうちに口からビームが射出され、彼女は間一髪でそれをかわした。



「えっと……今、気のせいか筋肉のお人の口からビームが……」

「あ、ロケットパンチもつこーとる」

「どうやら茶々丸と同じロボットみたいね。ほら、あそこに3−Aが誇るマッドサイエンティストがいるし」


 タマモは呆然とするあやかと小太郎の肩を叩くと、解説席のほうを指差して見せた。すると、そこにはいつの間に現れたのか、アナウンサーがわりをしている茶々丸の隣でハカセがマイクをもってなにやら解説をしている。


「機体番号T−ANK−α3、愛称『田中さん』工学部で実験中の試作先行量産型ロボット兵器です。ちなみに、本来ならこの大会は彼の兄である機体番号RT−ANK−α1、愛称『あーる田中イチロー」が出場予定でしたが、学園祭準備期間中に光画部の襲撃によって機体を持ち去られてしまい、急遽三号機の田中さんの出番となりました」

「ロボットなんですか!?」

「はい、機体パワーは1トンの重量物を片手で持ち上げることもでき。OSは私が開発した次世代OS、なんと搭載するだけで3割はパワーアップするという『HOS(Hakase Operation System)』を搭載しています。そして極めつけは工学部研究棟の中庭に設置した箱舟と連動し、風速40mの風を当てれば自動的に暴走する機能もついたお買い得の一品です!」


 次々とビームを放ち、高音を追い詰める田中に製作者としての喜びを感じているのか、ハカセは嬉々として田中の機能を説明していく。その一方で、タマモ達はなんとも気の抜けた表情で試合を眺めていた。


「世間一般では試作型をいきなり量産するものなのでしょうか?」

「あやか姉ちゃん、それ突っ込みどころが違うと思うで」

「まさか必殺技は抜き手とか言わないわよね?」

「いや、だからタマモ姉ちゃんまで……普通ここは暴走機能が標準装備という点を突っ込むんやないんかい!」

「だってハカセだし……」

「むしろ自爆装置がついていない事のほうが驚きなのですが……」

「あ、あの姉ちゃんはいったいどーゆー人間何や」
 

 小太郎がハカセの人間像に頭をかかえている最中、試合場では本人にとってはマジでも、傍目に見たら喜劇にしか見えない攻防が繰り広げられている。特に、田中の攻撃を一身に受ける高音はまるで横島のように無様に転げまわりながらビームを避けていた。だが、それも限界がやってきた。
 高音がビーム連打を間一髪で避けた瞬間、今までの回避パターンより高音の回避方向を予測した田中はその方向へ向けてロケットアームを放ち、ついに高音の足をその手に掴み、彼女の動きを封じる事に成功していた。そして次の瞬間、ついに高音の身に田中が放つビームの洗礼が突き刺さったのだった。


「おおっと! 高音選手、ついにビーム兵器の直撃を食らったー!」


 会場に朝倉の実況と高音の悲鳴が響き渡り、それと同時に高音の姿は煙の中に消えていく。この時、会場の誰もが彼女の身を案じ、煙が晴れたときに現われるであろう惨状を予測して押し黙る。そして今まさに煙が晴れようとしたその瞬間、会場中に異様な音が響き渡った。


 

グチャ!



 その音は妙に湿っぽい音だった。そう、具体的に言えばスーパーで買ってきた肉の塊をすりつぶす時などに聞こえる音だ。
 

「ん? なんや今の音は?」

「なんか妙に水っぽいナニカを潰したような音でしたわね……」


 小太郎とあやかは突然聞こえてきた異音に首をかしげ、周囲を見渡す。そして次の瞬間、その音の発生源がなんだったのか、二人は全く同時に理解したのだった。
 二人の視線の先、そこには先ほどまで刹那の隣で彼女が止めるのもかまわず、かぶりつきで高音のパンチラを覗いていた筈の横島が、無残にも肉塊に変わって試合場をとりかこむ池の中ほどに浮いていたのだった。
 何故横島が突如として肉塊に変わったのか、それは試合場の中で戦う高音にその答えがある。彼女は、田中のビーム兵器の直撃を食らったのだが、残念ながら――開発者曰く――出力不足で殺傷力はゼロであったため、その身に全く影響はなかった。しかし、影響がなかったのはあくまでも身体のみであり、纏っている服にはしっかりと影響があったのだ。
 そう、ビームの直撃を食らった彼女は今、ほぼ全裸で試合場の中央部でたたずんでいたのだった。そして彼女のその姿を見た小太郎とあやかは横島の身に何があったのか正確に理解したのだった。


「よ、横島さん! さっきまで私の隣にいたのにいつの間にそこに!?」


 小太郎達の耳に、横島を助けようと叫ぶ刹那の声が響く。どうやら刹那ですら横島に何があったのか理解していないようだ。そしてそんな刹那の脇で、エヴァは只一人呆然と横島を見詰めてナニカを呟いていた。


「わ、私は見た……高音とかいうのに踊りかかろうとする黒い影と、それを一瞬のうちに打ち倒した金色の影を……」


 エヴァは呆然とつぶやきながら、ゆっくりと背後を振り返る。するとそこには、小太郎達の後ろで血に染まったハンマーを懐にしまいこむタマモの姿が目に飛び込んで来るのだった。


「えー試合場では大変なハプニングがありましたが……」

「いや、朝倉さん。試合場の外ではもっと凄いハプニングが! 横島さん沈んじゃダメェェー!」


 結局試合は全裸を晒した高音の乙女の恥じらいMAXパワーによる攻撃で田中を文字通り沈め、高音は女としての尊厳を引き換えに貴重な勝利を得る事に成功していた。もっとも、その勝利が失った物に見合うだけの価値があるかと言えば、甚だ疑問を抱かざるをえない。
 そして試合場の外では、朝倉が高音の勝ち名乗りを微妙なテンションで告げるのとほぼ時を同じくして、横島もまた深く静かに池の底へと沈んでいき、それをなんとか助けようとする刹那の悲痛な声が会場に響き渡るのだった。
 

「なんつーか、タマモ姉ちゃんが本戦に出てなくて本当に命拾いしたわ。今の動きはホンマに見えへんかったで」

「私には最初の横島さんの動きすら見えませんでしたが……」

「それは俺も同じや。つーか、この会場で兄ちゃんとタマモ姉ちゃんの動きを目で追えたのはたぶんエヴァンジェリンと高畑のおっさんだけやで」

「そうなんですか……あ、そういえば次はネギ先生と高畑先生の試合ですわね」


 あやかと小太郎は沈み行く横島を救出し、刹那を差し置いて人工呼吸をする死神を尻目に、修理中の試合会場をじっと見つめるネギに視線を移す。ちなみに、タマモはと言えば柵を乗り越えて選手待機場に飛び移り、今は刹那となにやら談笑している。


「ネギ先生、大分緊張していらっしゃるようですわね」

「せやな、あれじゃあ自分の力の半分もだせへんで。あやか姉ちゃん、俺ちょっとネギんとこ行って来るわ」


 小太郎は試合を前にした緊張で青ざめているネギを見ると、静かにため息をつき、ネギのもとへと向かった。そのネギはといえば、頭に『必勝』と書かれたハチマキを巻こうとしているが、緊張のせいか手が振るえ、上手くハチマキを巻くことが出来ないでいる。


「ネギ、ちっとは落ち着け。そんなザマじゃあ瞬殺やで」

「こ、小太郎君か……でででも、次が僕の試合だと思うとなんだかこう手が振るえて……」


 ネギは小太郎に突然声をかけられ、少しビックリしたようだが、すぐに気を取り直すと震える手を小太郎に掲げて見せた。


「いいかげん腹をくくれって。ほら、よく言うやろ。当たって砕けろって」

「砕けるわけには行かないからこんなに緊張してるんじゃないかー!」


 試合を前にしたネギは色々と切羽詰っているのか、目に涙を浮かべながら小太郎に食ってかかる。小太郎はそんなネギを前に処置無しとばかりに、無言で空を見上げていたが、そこに龍宮との戦いで軽症を追ったクーフェイとその付き添いのアスナが医務室から帰ってきた。


「ネギ、あんた次の試合なんでしょ? いつまでそうやって悩んでいるのよ。いいかげん腹をくくってシャッキリとしなさい」

「うむ、ネギ坊主は今まで十分すぎるほど修行をがんばったネ。もう少し自信をもっていいアルよ。ネギ坊主なら修行の成果を十分に出せば勝つ可能性は十分に出てくるアル」

「そ、そうでしょうか? 今の僕じゃあとてもタカミチと戦える要素なんて……」


 ネギは不安そうにアスナ達を見上げながら弱音を漏らす。ネギにとって、高畑はいつかは越えなくてはならない壁だ。だが、こんなに早く、しかも文字通り命がかかっている状態でその壁を越えなくてはならないのだからその不安もひとしおなのであろう。
 ちなみに、今のネギの心境をイメージするならば、壁に手を書けた状態でぶら下がり、その足元では腹をすかした肉食獣の群れが獲物が落ちてくるのを待っているという絵面を想像すればわかりやすい。
 アスナはいまいち踏み切れないでいるネギにため息をつくと、元気付けるようにネギの背中を叩いた。


「ほら、シャッキリとしなさい。だいたいエヴァちゃんも言ってたでしょ、人生は常に準備不足だって。だったら、自分が出せるだけの力で高畑先生にぶつかりなさいよ」

「アスナさん……」

「せやで、当たって砕けろっちゅーけど。そうやって腹をくくればそう簡単に砕けはせーへんもんや」

「小太郎君……」

「ネギ坊主は自分が思っているよりはるかに強くなってるネ。あとは戦場に立つ勇気だけアル」

「クー老師……」

「ほら、みんなアンタを応援してるのよ。それにネギ、アンタ前に私に言ってくれたじゃない、ほんの少しの勇気が最高の魔法なんだって。今がその勇気を出す時よ!」


 ネギは自分を勇気付けようとするアスナ達を見上げながら、心に響く激励に魂を揺さぶられる。ネギにとって、これほど心を揺さぶられる応援は実に久しぶりだった。
 それゆえ、ネギは先ほどまで脅えた子猫のように震えていたのが嘘のように止まり、恐怖で荒れ狂っていた心がゆっくりと澄み渡っていくのを感じる。


「アスナさん、小太郎君、クー老師。僕、がんばります。そうだよ、マスターだって言ってたじゃないか。自分に何が出来て、相手に何が出来ないのか常に考えろって。僕に有利でタカミチに不利な点、そこに必ず勝機があるはずなんだ……」


 ネギはアスナ達に勇気付けられ、先ほどまでのネガティブな思考からようやく脱却し、勝利の道を探し始める。それがどんなに細く険しい道だとしても、その道は必ずあるはずなのだ。それを思い出したネギは朗らかに微笑むと、アスナ達にペコリと頭を下げて礼を言う。


「うん、がんばんなさい。なんたってこの私が高畑先生じゃなくてアンタを応援してやろうってんだから、絶対に勝ちなさいよ!」

「ハイ!」


 アスナはそのネギの素直な仕草が照れくさかったのか、少し頬を染めながら、それを誤魔化すように先ほどとは違って少し強めに背中を叩く。


 

ドサッ



 アスナがネギの背中を叩いた瞬間、アスナの手には妙に固い感触と、なにやらえらく重量感のある落下音がネギの足元から響き渡った。
 

「なんやこれ、妙な筒やな……」


 微妙な沈黙が続く中、小太郎はネギの足元から過剰なまでに装飾の施された筒のような物を拾い上げ、それをネギに見せる。するとネギは嬉々としてその筒の説明をし始めるのだった。


「ん、これは僕のコレクションの一つで『マジックカノン・一撃必殺うぇるかむフォックス君2号』英国伝統の狐狩りにも使われた対狐用の魔道砲だよ」

「なんでこんなもんを? まさかと思うが、銃がダメやから砲を持って来たっつーオチか? というか、明らかに禁断の誰かを狙い撃ちにしたような一品やな」

「試合じゃ使わないよ。それはただの護身用」

「ちなみにこれを使う場合に想定しとる敵について聞いてええか?」

「聞かないほうがいいと思うよ……」


 小太郎はそのマジックカノンとかいう物をこわごわと見つめていたが、すぐにそれを地面に置き、とりあえず見なかったことにしようと心に決める。その小太郎の隣では、クーフェイがネギの足元からやたらとゴテゴテとした装飾のほどこされたハンマーをひょいと持ち上げた。


「ネギ坊主、このやたらとゴテゴテとした物騒なハンマーは何アルか?」

「あ、それも僕のコレクションで『マジックハンマー・GOGOヘヴンちゃん』ですよ。タマモさんのおかげでこの手の武器もOKみたいですし、助かりましたよ」

「ちなみに効果はナニアルか?」

「確率1/36で対象を天国へ送ります」

「残りの35/36は?」

「地獄への超特急ですね」

「ものごっついロシアンルーレットやな……」


 クーフェイと小太郎はタマモのごとくハンマーを振り回すネギを想像し、一気に背筋を寒くさせていると、そこにアスナがネギの足元に落ちた最後の一品を拾い上げた。


「ネギ……このいかにも禍々しい気配を放つこんぺいとうシリーズみたいなのは何?」

「それは僕の切り札で『マジックモーニングスター・おはようマイマザー一番星君グレート』って言うんです。これをつかえばどんなお寝坊さんも一発で目が覚める優れものですよ。伝説では死者すら目が覚めたとか」

「ちなみに、それの一撃を叩き込んだ相手が寝ていなかったら?」

「死あるのみです!」

「……」


 アスナ達は目の前で拳を握り締め、何かを決意したかのように目に炎を浮かべるネギに対して、沈黙をもって答えた。するとネギもようやく空気を読んだのか、先ほどまでの勇気あふれる視線が揺らぎ始め、不安そうにアスナ達を見上げた。


「あの、どうしました?」

「没収ー!」

「なんでー!」


 こうしてネギは事前に取り揃えたいくつもの一撃必殺アイテムを没収され、それと同時に無情ともいえる試合開始準備が整った事をつげる朝倉の声が響き渡るのだった。
 余談だが、タマモの持つハンマーの方がもっと凶悪じゃないかとアスナが気がついたのはネギの試合が終わってからであった。





「さて、やろうか……ネギ君、君がどれだけ成長したか見させてもらうよ……全力で」

「あうううううう」


 全ての武器を奪われ、アスナによって無理矢理試合会場に投げ込まれたネギはなけなしの勇気を総動員して高畑の前に立っていた。そんな彼の前には、前日よりさらに気合の入った高畑が試合開始をいまや遅しと待ち構えている。
 どうやら、控え室での一件は完璧に火に油を注いでしまった感じである。


「それではみなさま、お待たせしました。第六試合……Fight!」


 朝倉の声と共に、麻帆良学園最強との呼び声も高い恐怖の広域指導教員、デスメガネこと高畑と、麻帆良学園で話題の子供先生、ネギ・スプリングフィールドの試合がついに始まった。
 観客達は純粋な意味で最も注目度の高いこの試合を心待ちにしていたのか、会場を揺るがす大声援を送っている。ちなみに、その声援の内容のほとんどはネギに対するものであり、高畑はどちらかといえば怨嗟の声のほうが多い。だが、それも無理もないことであろう。なにしろ、可愛い子供と、むさいおっさんが戦っていれば10人中9人は間違いなく子供を応援するのが人の心理というものだ。
 そんな中、試合場で対峙する二人を見ていたエヴァと横島が感心したかのようにぼそりと呟いた。


「ほう、さっきまであれほど脅えていたというのに、試合が始まればいっぱしの男の顔をするようになったじゃないか」

「ネギも伊達に修羅場くぐってないからなー。正直俺よりよっぽど肝が据わってるんじゃないか?」


 次の次で対戦する横島とエヴァ、二人は特にそれを意識することなく、普通に会話をしながら雰囲気をがらりと変えたネギを見つめている。その横島の隣では刹那もまた、ネギの雰囲気が戦う者のそれへと変わったことに驚きを隠せないでいた。


「元々天才と呼んでいいだけの才能もありましたし、それに加えて修学旅行などで経験した実戦。その経験はしっかりとネギ先生の糧になっているのですね」

「しかも高畑のおっさんが妙に気合が入れてるせいか、さっきから実戦と変わらない殺気がビシバシと飛んでくるからな。ネギにとっては試合なんかじゃなく、生き死にをかけた実戦と同じなんだろうな」

「100の練習より1つの実戦、それに生き残れば1000の練習すら超える。ヤツにとってこの茶番もまた実戦と同じという事か……」

 
 横島達三人は戦士として目覚めたネギに対して口々賞賛を送る。特に彼らは、試合が始まる前のヘタレたネギを見ているだけに、そのギャップもあいまってネギの評価は急上昇だ。
 しかし、彼らは肝心なことを見落としていた。

 たしかにネギは試合開始と共に高畑から叩き付けられた殺気を受け、戦士としての顔になった。そこまでの認識は正しい。だが、そこにいたるまでの経緯に関して大きな齟齬があったのである。
 考えても見て欲しい、ネギが今まで経験した修羅場はいったいいくつあったろうか。
 たしかにネギの経験した修羅場は10歳という年齢を考えれば信じられないほど豊富である。その内容としてはエヴァとの戦い、修学旅行での木乃香奪還作戦、ヘルマンとの死闘。横島達が上げるネギの経験した修羅場は主にこの三つ。その内容はどれも一歩間違えば命を失っていたかもしれない過酷な戦いだ。だが、彼らは肝心なものを忘れている。
 ネギはこの学園祭が開催される前、タマモによって半ば強制的にこの格闘大会に参加させられ、失意のうちに遺書をしたため、それを故郷にいる姉、ネカネに送った。その遺書の中でネギは自分の目的をネカネに言及しており、その内容は日々を平穏無事に生き抜くことと言っていたのである。
 つまり、逆説的に考えればネギは日々を平穏無事に生きていないということになる。そのことに思い至れば、ネギの普段の生活がどれだけ過酷なのか思いいたるであろう。
 そう、ネギにとって麻帆良学園の日々の生活がすでに命がけの修羅場なのである。
 横島とタマモがネギと接触し、日々が修羅場と化してより3ヶ月、日数に直せば約90日。これだけの日々を実戦と同じ、いや実戦以上の環境に身を置いて成長しない人間などいるだろうか、いやない。もっとも、普通なら成長する前にデッドエンドに突入する可能性がはるかに高いのだが、そこはネギが早期のうちにアビリティ『生き汚さ』を獲得したため、なんとかここまで無事に生きてこれたのである。

 さらに、ネギが高畑を前にして戦士の顔となったのにはもう一つの理由がある。
 さきほどから高畑から感じる殺気、それは確かにネギに対して凄まじいプレッシャーを与えている。しかし、その殺気はあくまでも試合用のものに過ぎない。それに対するネギはそれ以上の殺気、それこそその殺気を浴びただけで死に至ってもおかしくないほどの濃密な殺気を経験していたのである。
 思えばネギが経験した死の気配、それはリアルの死神との幾度も邂逅し、神の御姿をかいま見た原初の恐怖。その殺気は自分に向かって放たれていないのにも関わらず、余波だけで自分を恐怖させる。その殺気の主の名は横島タマモ。
 ほんのわずかな失言や失敗が死を招くことを教え、幾たびも天高く打ち上げられた。その時にネギに叩き付けられた殺気と、それに伴う恐怖はタマモに匹敵する。その殺気の主の名は横島忠夫。
 この二人による殺気をそれこそ日常的に感じているネギは、正直高畑が放つ試合用の殺気など台風とそよ風ほどにも差があったのである。
 ついでに言えば、ネギは今まで高畑と戦う事に恐怖していたわけではない。
 あくまでもネギは高畑と戦って敗れることを恐れ、なおかつ勝ったとしてその先に待つ横島、もしくはエヴァとの対戦に恐怖していたのである。そして試合が始まったことにより、ようやく目の前の対戦相手である高畑に意識を集中させる事ができ、こうやって戦士としての顔を見せる事が出来ていたのだった。


「さて、ぼーや。お前がどれほど成長したのか見せてもらおう。私が日々教えた事を忘れていなければ、お前は十分に戦えるはずだ」


 エヴァは悠然と腕を組みながら、自らの弟子の戦いぶりを見つめている。
 一方、師匠の熱い期待を一身に受けるネギは高畑を前にして攻めあぐんでいた。


「うー、万が一の切り札も没収されちゃったし、どうしよう……ただでさえでも大人と子供じゃ基本的に体力もリーチの差もすでに絶望的……ん?」


 ネギは先ほどから顔に何かがぺちぺちと当たっているのも気にせず、高畑という壁をどうやって乗り越えるか思案していたが、ふと何かを思いついたのか、手をポンと叩く。
 それに対する高畑は、先ほどから両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、じっとネギの動きを待っている。だが、この時の高畑の顔は何故か驚愕の表情が浮かび、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「うん、これだ! これなら僕にも勝ち目が有る……いくよタカミチ!」


 ネギはそう言うとぐっと拳に力を入れ、大地を思いっきり蹴った。その動きは小太郎に教わった瞬動という技で、それを発動させた瞬間、ネギはまるで瞬間移動したかのように高畑の懐に迫っていた。


「おお、懐に飛び込んだ!」

「上手い、あの場所なら高畑先生はすぐに反撃できない!」


 ネギの出現位置は高畑の左脇。ここに移動すれば高畑の左腕は完全に殺される上に、振り返るまでのタイムラグの間に一撃を入れることも可能だ。
 それに対して高畑は懐に飛び込まれるとようやく両手をポケットから出し、ネギに対して迎撃体勢を取る。その速さはさすがに歴戦の戦士だけあり、ネギは死角をとったにも関わらず攻撃するタイミングをつかめないでいた。
 ネギは高畑に対して千載一遇とも言えるチャンスを逃した。その感想は高畑はもとより、選手待機場で二人の戦いを見ている誰もが抱いた感想である。
 この時、ネギは奇襲が失敗した以上、即座に高畑から距離を取るべきだった。しかし、ネギは奇襲に固執したのか、その場にとどまる。だが、その選択は明らかな失策だった。
 今やネギの目の前には、完全に迎撃体制をとり、その硬い拳を振り上げた高畑がいる。高畑はその拳をネギに向かって振り下ろす、たったそれだけの動きでネギの敗北は確定するだろう。会場の誰もがネギの敗北を確信し、エヴァにいたってはふがいない弟子のざまに舌打ちを漏らす。
 高畑もまた、ネギの瞬動に驚愕しながらも少し物足りなさを感じつつ、ネギに一撃を放つ。だが、その拳がネギに触れる直前、高畑はまるで凍りついたかのようにその拳を止めた。

 高畑が拳を止めた瞬間、会場は水を打ったかのように静まり返り、誰もがその拳の先にいるネギを見つめ、驚愕をその顔に浮かべる。
 そんな彼らの視線の先には、頭を抱え、小動物のように脅えるネギが目に涙を浮かべながらじっと高畑を見上げていた。


「ううう、いぢめる?」

「んな……」

「おおーっと、これはネギ選手脅えています! その姿はまるで獰猛な犬を前にした子猫! これは殴れません、もしこのネギ選手を殴れるとしたらそれは人ではない、鬼だー!」


 朝倉のハイテンションな実況が拳を振り上げた高畑をさらに追い詰める。目の前にいるネギははっきり言ってスキだらけ、どこを攻撃しても必ずKOできるほど無防備な状態だ。
 だが、それでも高畑は攻撃できないでいた。今、目の前にいるネギは見た目だけなら無力な子供以外何物でもない。その実態はといえば十分に戦士といえるだけの力量を備えているはずなのだが、観客はそれを知るはずもない。それゆえ、もしこの状態のネギを攻撃しようものなら児童虐待以外何物でもないのである。
 児童虐待、その言葉はまがりなりにも教師である高畑にとって、絶対にやってはいけない禁忌である。それゆえ、高畑はその拳を止め、攻撃を躊躇する。しかし、その躊躇こそがネギの真の狙いであった。
 ネギは高畑が躊躇している間に4本もの無詠唱『魔法の矢』を精製し、それを拳に込めると躊躇なくその拳を高畑のみぞおちに叩き込んだのだった。
 完全に油断し、気持ちが切れていた高畑その攻撃をまともに喰らい、まるで水面を跳ねる石のように幾度も水面の上を跳ねて観客席まで吹き飛んでいった。


「か、賭けだった……タカミチが拳を止めてくれるかどうか、分の悪い賭けだったけど、僕はその賭けに勝ったんだ!」

「ちょ、高畑せんせー! ネギー、アンタ高畑先生になんてことすんのよー!」


 静まり返る会場を他所に、勝利を確信し、拳を握り締めるネギに対してアスナは今にもネギに噛み付くかのように絶叫している。そして視線を横島達に転じれば横島は腕を組み、ネギの勇姿を肯定するかのようにウンウンとしきりに頷いていた。
 

「上手いなー。大人と子供の体力差のハンデを大人と子供の立場の差に置き換えて対抗するとは……あれじゃあ殴れんな。つーか、美神さんに匹敵する悪どさだぞ」

「た、確かにあれはネギ先生というか子供にしかできない戦い方ですけど……あの純粋だったネギ先生がこんな戦い方をするなんて……」

「あは、あはははははは……私の、私の弟子がこんな誇りも何もない無様な戦いを……」


 なにやら妙な感心の仕方をしている横島とは対照的に、刹那は呆然としてかつてのネギの姿――まだ純真だったころのネギの姿――を思いうかべて涙し、その隣でエヴァは虚ろに笑っている。
 特にエヴァは常々ネギに対して誇り有る悪について語っていただけに、そのショックはこの場にいる誰よりも大きい。


「す、すさまじい攻撃が決まったー! でも、それでいいのかネギ選手。限りなく卑怯臭い戦い方に観客はドン引きしているぞー!」

「こっちは勝つか負けるかが生死に直結してるんですよ、卑怯かどうかはまず生き残ってから考えます!」


 朝倉の突っ込みに思わず答えるネギであった。しかも、その反論がまた微妙に正論っぽいために朝倉は答えに窮してしまう。朝倉はネギの裏事情を知っているだけにネギの気持ちが十分によく分かるのだった。


「とりあえず、カウントをとります。ワーン、ツー……」
 

 そんな彼女がとるべき行動、それはネギの行動の是非はともかくとし、粛々と試合を進めるだけであった。
 






「いい感じに開き直ってるわねー」

「ね、ネギ先生?」

「確かに戦いは奇麗事だけじゃないのは正しいんやけど、人としてアレはなー」


 朝倉の場外カウントが響き渡る中、タマモとあやか、それに小太郎は試合場で拳を天に突き上げるネギを見つめている。タマモはネギの手段を選ばないその戦い方に純粋に感心し、小太郎は首をかしげながらネギの戦い方にうんうんと唸っている。そしてあやかはと言えば、先ほどから言葉もなく呆然とネギを見つめているのだった。
 

「まあそう言わないの。なにしろネギ先生はパワー、スピード、身長に体重、そして経験。全てが高畑先生より劣ってるのよ。その中で見つけたほんの僅かな隙、それも自分が子供という本来不利にしかならない条件を完璧にひっくり返したその発想は正直すごいと思うわ」


 タマモは正々堂々と戦うことを好む小太郎に対して、ネギがいかに不利な状態な中でその作戦を実行したのかを説明していく。
 タマモにしてみれば、横島や美神と共に生き残ってナンボのヤクザなGS家業を経験していただけに、勝つことのみを目標としたネギの戦い方は純粋に賞賛を送るに値する戦い方なのである。


「そ、そういうもんやろうか?」

「そういうもんよ。ネギ先生にしても、正々堂々戦えるならこんな手は使わないと思うわ。この作戦はネギ先生が勝つために、必死になって考えに考え抜いた末に至った答えなのかもしれないわね」

「そっか……そういえばこの試合、ネギにとっちゃ試合じゃのーて、死合みたいなもんだしなー」


 小太郎はしばしの間納得できないといった顔をしていたが、彼もまた一歩間違えばネギと同じ境遇にいただけに、すぐに理解を示す。
 だが、小太郎と違ってあやかはショックが大きかったのか、呆然としたまま動くことは無かった。


「ねえアヤカ、大丈夫? ネギ先生もこうするしか手が無かったからああいう戦いかたをしただけだから、そんなに気にしないほうがいいわよ」

「あ、いえ……大丈夫ですわ。ただ……」

「ただ?」

「高畑先生は大丈夫なのでしょうか? 魔法とか詳しいことはわかりませんが、正直普通の人間なら確実に葬り去ることが可能な凄まじい打撃でしたけど……」

「あ……」


 あやかに言われてようやく高畑のことを思い出したのか、タマモは高畑が吹き飛ばされた場所に目を向ける。するとそこでは、高畑が激突した衝撃で立ち込めていた水煙がようやく晴れようとしているところであった。


「あれ? 高畑のおっさんがおらん」

「もしかして沈んだかな?」


 水煙が晴れると、そこには静かな水面のみがあり、どこにも高畑の姿は無い。タマモと小太郎はしばしの間高畑の姿を求めて会場中を見渡してみたが、どこを探しても高畑の姿は無かった。


「えっと……ということはネギ先生の勝ちかな?」

「せやろうな……もうすぐテンカウントだし」

「や、やりましたわネギ先生! おめでとうございますー!」


 タマモ達が高畑を捜索している間にカウントは7まで数えられている。つまり、あと三つのカウントでネギの勝利が決まるのだ。それを知ったあやかは歓喜の声を上げ、それと同時に彼女の脳内では勝利の喜ぶネギが自分に向けて抱きつくシーンを思い浮かべる。
 と、同時にタマモはあやかに内蔵されている煩悩メーターが動き出したことを感知し、いつぞやのように強制的にあやかを沈黙させるべきか否か悩み始めるのだった。しかし、その悩みはすぐに晴れ流事になる。


 パシャリ


 タマモがあやかを止めるかどうか思案したのと時を同じくし、突如として朝倉のカウントのみが響き渡る会場に水音が響き渡る。突如として響き渡ったその音に朝倉はカウントを止め、音がしたほうを見ると、そこには仄暗い水の中から一本の手がニュっと突き出していた。
 

「こ、これは……手? ってまさか!」


 朝倉がその手の正体に思い至ったその時、水の中から突き出した手は試合場の床を掴むとぐっと力を込め、その全身を水上にひっぱりあげる。その腕の正体、それは先ほどネギに吹き飛ばされた高畑であった。
 

「い、今の攻撃は本当に効いたよ、ネギ君……一瞬本当に気絶してたからね、水の中に沈まなかったらあのまま負けていたかもしれない」

「タ、タカミチ……」


 ネギは体を試合場に上げ、濡れた髪をかき上げる高畑を呆然と見上げる。ネギとしては先ほどの攻防の中で放った打撃は、あの時間のうちに出来る最大限のものだった。よってそれをつかっても倒せなかった以上、もはやネギには勝ち目は無い。
 ネギは気を抜けば絶望の中に沈みそうな意識をかろうじてつなぎとめ、高畑に最後の抵抗を試みようとする。先ほどの手はもう使えない。こうなった以上、もはや真の意味での捨て身の攻撃しかネギに選択肢は無かった。だが、ネギのそんな悲壮な決意とは裏腹に、高畑はうつろな笑みを浮かべると静かにネギに語りかける。


「で、時にネギ君。今の戦法は自分で考えたのかい?」

「う、うん……マスターに常々悪の魔法使いとして戦い方と、自分に何が出来るか、相手に何が出来ないか考えて戦えって言われてたからこうして考えたんだけど。あ、それと相手の弱みを見つけたら徹底的にそれを狙えとも……」

「そうか、そうなのか。やはりエヴァが……あは、あはははははHAHAHAHAHAHA!」

「ちょ、ちょっと待て! 確かにそう教えたが意味が違……」


 高畑はネギの答えを聞くと、静かに肩を震わし、やがて会場中に聞こえるほどの哄笑を響かせていく。そしてネギの答えに不服のあるエヴァのセリフを途中でさえぎると、それこそまるで死の魔眼を放つがごとくの視線をエヴァに向けた。
 エヴァはこの時、全身をさいなむ静かな殺気に思わず恐怖を覚え、沈黙する。その殺気の主、高畑の目は自分に対して雄弁に物語っていたのだ「君がネギ君を歪ませたのか」と。
 高畑の視線の意味を正確に感じ取ったエヴァは誤解だとばかりに手を顔の前でパタパタと振り、それと同時に全力で首を横に振る。その様はまるで横島がいた世界で南部グループの謀略にはまり、横島とおキヌが人質にされた際に美神と横島の間で交わされたブロックサインの様であった。


「あ、あの……タカミチ?」

「ああ、ゴメンよネギ君ちょっと興奮してしまってね。さ、仕切りなおしといこうか、今度は本気で行くよ。今までも決して手加減をしていたというわけではなかったけど、それでもネギ君が怪我をしないように心がけてきたつもりだ。でも……」

「でも?」

「僕のあこがれたナギの息子にそれは実に失礼だった。だから僕は……本気で君と戦おう! ちなみに、もし怪我をしたり死んだりしてもそれは事故だからね」

「ちょ! タカミチー!」


 ネギの絶叫を他所に、完全にブチ切れた高畑はうろたえるネギの前で右腕と左腕にそれぞれ気と魔力をまとわせると、それを胸の前で合わせて合成する。
 気と魔力、本来なら相反するこの二つの力を肉体という媒介をへて合成する技術。その名は咸卦法と呼ばれ、使い手は身体能力を爆発的に上昇させることが可能なのだ。


「さて、一撃目から本気でいくよ……なぜか君には僕の居合拳が通じないみたいだし」

「て、手加減ぷりぃぃーず!」

「却下だ!」


 高畑は咸卦法でのパワーアップを終えると、今までと同じように両手をポケットに突っ込み、ネギを見据えている。ネギと高畑、二人の戦いの本番は今これから始まるのであった。
 そのころ、選手待機所の後ろの客席では、あやかが高畑の戦い方に首をかしげていた。


「ねえタマモさん、なぜ高畑先生はずっと手をポケットに入れていらっしゃるのですか? あれでは戦いにくいでしょうに」

「あれは居合と同じ原理を利用しているみたいね。ポケットを刀の鞘と同じようにして目にも留まらぬパンチを出してるのよ。妖狐の私でもなんとか見える程度だから、ネギ先生にはまるで見えないでしょうね」

「そ、そんな技が……ネギ先生……」

「安心して、試合開始からネギ先生は顔面に何回も直撃食らってたのに、気付いてもいないくらいだからダメージゼロよ。まあ、だからこそ高畑先生もなんかへんな技使ってパワーアップしたみたいだけど」


 タマモは不安そうなあやかを元気付けるように、高畑の攻撃が効いていないことを告げる。だが、タマモにしても咸卦法という未知の技がどれほど高畑をパワーアップさせているのか不明なため、いまいち説得力に欠けていた。
 そして二人の不安を裏付けるかのように、タマモ達の目の前でまるで大砲の着弾音のような音が響き渡り、ネギの足元の床が破壊される。


「こ、これは……」

「えっと……さすがにこれは勝ち目が無いかな。直撃食らったら死亡確定かも……ってアヤカしっかりー!」


 あやかは高畑の攻撃の凄まじい威力と、その直撃を食らった状態のネギを想像したのか、タマモの見ている前でパタリと倒れてしまう。そんな彼女達の騒動の後ろでは、ネギが今まさに命の瀬戸際へと追いやられているのだった。


「うわあああ、凄まじい攻撃がネギ選手を追い詰めていく! ネギ選手、もはや万事休すかー! ってネギ君あぶなーい!」


 朝倉もさすがにヤバイと感じているのか、実況の中にもちらほらと私情が入っている。そして当のネギはと言えば、瞬動術まで交えて繰り出される大砲並みの威力をもった居合拳に完全に翻弄され、反撃の糸口すら見えないでいた。
 ネギは自らも瞬動術を使い、なんとか直撃を避けていたが、それもやがて限界に近づき、ついにそのバランスを崩してしまう。そして高畑はその決定的な隙を見逃すほど甘くは無かった。


 

ゴン!



 会場に今まで以上の凄まじい着弾音が響き渡る。そしてその瞬間、この会場にいる全ての人間は高畑の超絶居合拳がネギに直撃したのを目撃したのだった。


「ちょ、直撃ー! これは決まってしまったか……ってネギ君大丈夫ー!?」


 朝倉は直撃を食らったネギに思わず駆けよろうとする。ネギは朝倉の見る限り、完全に虫の息のようにも見えた。だが、次の瞬間朝倉どころか高畑を含めた会場全ての人間が驚愕の声を上げることになるのだった。


「あれ? 痛くない……なんで?」


 なんとネギは朝倉が駆け寄ろうとしたその瞬間、まるで何事も無かったかのようにむっくりと起き上がったのだ。しかも、何故助かったのか自分でも理解していないようである。


「ちょ! 無事なの?」

「ええ、衝撃はすごかったけど。ダメージはそんなにありません、たぶんぎりぎりでかわせたのかな?」

「いや、今のはたしかに直撃してたみたいだけど……」


 ネギは体を起こすと、何事も無かったかのように服についたほこりを掃い、高畑のほうを向く。すると、高畑は普段のクールさをかなぐり捨てたかのようにあんぐりと口を開け、呆然とネギを見つめていた。


「ネギ君……本当になんともないのかい?」

「ええ、特にダメージはありませんけど」

「い、一応この『豪殺居合拳』は10tトラックの直撃並みの威力があるんだけどね……どうやって防いだんだい?」


 高畑は自分の必殺技の一つがいとも簡単に防がれたことに驚愕する。一方、ネギはと言えば高畑がなんとなく漏らした一言を聞き付け、自分が助かった理由に思い至った。


「えっと……これってひょっとしてタマモさんと横島さんのおかげ?」


 ネギは誰にも聞こえないようにそっとつぶやきながら自分の体を見下ろす。
 考えて見ればネギは普段からタマモからの攻撃、それも100tハンマーの直撃をそれこそ日常茶飯事として受けていたのだ。しかも、それに加えて横島からは三度にわたって成層圏、中間圏、熱圏と地球の衛星軌道まで打ち上げられ、地球に生還するときは摩擦熱で燃えながら大地と強烈な抱擁を繰り返しているのだから、たかだか10tトラックの直撃程度の攻撃でどうにかなるはずが無いのである。
 そしてネギがこの事実に気付いた瞬間、彼は自らのよって立つべき戦い方を初めて見つけ出したのだった。
 

「さあ、タカミチ。仕切りなおしだよ! 時間ももう無いし、今度こそこの一撃で決める!」


 ネギはいまだ動揺覚めやらない高畑に対し、最後の勝負を持ちかける。その挑発はネギが掴んだ最後の勝機、いまだ高畑がネギの特性を掴んでいない今だからこそ出来る戦い方だ。
 高畑がこの挑発に乗って勝負を受けてくれれば良し、受けてくれなければおそらく判定で負けるのは確実だろう。だが、ネギは高畑がこの挑発を絶対に受けると確信していたのだった。


「いいだろう、このまま判定で終わっても不服だしね。今度こそ君をしとめる!」

「おおっとー! 両者フィニッシュ宣言だ。確かに制限時間の15分が迫っています!」


 ネギと高畑が互いにフィニッシュ宣言を行うと、ネギの後ろにいた観客は巻き添えを恐れてこぞって左右に分かれ始める。この予想外の事態は高畑にとって好都合だった。
 今までは観客が巻き添えにならないよう、一度空中に飛び上がってから下方に打ち下ろすように豪殺居合拳を放っていたのだが、これによって十分な足場のもと確実に最大威力の打撃が放てるようになったのである。しかし、高畑のその思惑はネギもまた十分に承知していたのだった。


「じゃあ、いくよタカミチ!」


 ネギは試合開始前の怯えようが嘘のようにしっかりとした足取りで高畑へ向かって歩き出し、自ら虎口へと飛び込んでいく。そのネギに対して、高畑は今度こそ本当の、掛け値なしで必殺の威力を持った居合拳をネギに向かって放つのだった。



 ネギは自分に向かってくる凄まじい威力をもった拳を見つめながら考える。
 自分と高畑の差、その実力はどう考えても天と地ほどの差がある。それを覆すには僅かでも勝る部分を見つけ出し、それに付け込むしかない。実際、この戦いの前半はそれでもってなんとか高畑に対抗できたのである。
 最初、ネギは子供としての立場を利用するしか、高畑に付け入る隙は無いものと考えていた。しかし、今のネギはもう一つ自分が高畑に、いや、約一名を除いた全ての人類に対して勝っている部分があることを知ったのだ。


 ネギが高畑に対して勝る部分、それはパワーか。

 ――否

 ならばスピードか。

 ――否。


 人が戦いにおいて重要視する部分、この全てにおいてネギは高畑よりはるかに劣る。
 だが、たった一つ。全ての戦うものにとって最も基本的なことであると同時に、最も獲得しにくい要素であるもの。そのたった一つがネギの最後の武器だった。

 ネギが土壇場で得た最後の武器、それは打たれ強さであった。

 ネギには高畑の攻撃をかわすスピードも、高畑を一撃で倒すパワーも無い。だが、その打たれ強さをもって相手の打撃を完全に無効化するというのなら話は違ってくる。


 高畑が放つ必殺の一撃、それをかわすスピードが無い。

 ――ならば避けなければよい。

 高畑を一撃で倒すパワーが無い。

 ――ならば高畑が確実に無防備になる瞬間に急所に打撃を叩き込めばよい。


 ネギの選択した戦い方。それはまだ格闘技と呼ばれるものが存在し得なかった原初の戦い。数千年の時をへて編み出した技に対する究極のアンチテーゼ。つまり、敵の打撃を正面から受け止め、強力無比の打撃を正中線に叩き込むということである。
 そして、その戦法に必要な最後の要素。相手の打撃を正面から受けるという無謀な策において必要不可欠なもの。それはネギの中にすでに有り、試合前のアスナ、小太郎、クーフェイによって呼び覚まされた最後の力がネギを前に進ませる。


「ほら、シャッキリとしなさい。だいたいエヴァちゃんも言ってたでしょ、人生は常に準備不足だって。だったら、自分が出せるだけの力で高畑先生にぶつかりなさいよ」

「せやで、当たって砕けろっちゅーけど。そうやって腹をくくればそう簡単に砕けはせーへんもんや」

「ネギ坊主は自分が思っているよりはるかに強くなってるネ。あとは戦場に立つ勇気だけアル」

「ほら、みんなアンタを応援してるのよ。それにネギ、アンタ前に私に言ってくれたじゃない、ほんの少しの勇気が最高の魔法なんだって。今がその勇気を出す時よ!」


 ネギはアスナ達の言葉を思い出しながら、その思いをかみ締める。
 ネギがアスナ達から受け取った宝物、その名は『勇気』。それを胸に秘めたネギは今、迫り来る必殺の拳を見据えたまま、9本もの無詠唱『魔法の射手』を浮かび上がらせると、その拳に向かって瞬動術を発動させたのだった。








「1、2、3、4!」

 会場にいる誰もが静まり返り、厳かに見守る中で朝倉のカウントだけが響き渡る。
 

「5、6、7」


 試合場に立つ人間は朝倉を除けばただ一人、もう一人は静かに大地に倒れ、沈黙して何も語らない。


「8、9……」


 ダウンした人物はピクリとも動くことなく、もはや立ち上がる気配は無い。今ここに、ネギと高畑の死闘はついに決着を見たのだった。


「10! ネギ選手勝利! 10歳の子供先生が二回戦進出決定です!」


 ネギは勝利した。
 その勝利はこのトーナメントにおけるほんの一回戦でしかない。しかし、その勝利の価値はネギにとってこの世の全ての黄金よりも貴重であった。
 ネギは勝利の感慨に浸りながら、ゆっくりと視線をいまだにダウンしている高畑へと向けると、そこでは敗者たる高畑がうつぶせに倒れたまま、完全に白目をむいていた。


「タカミチ、今日の戦いは忘れないよ……僕は今、自分の力で超えられないはずだった壁を越えたんだ……へう!」


 

ザクリ!



 ネギは沈黙したままの高畑に別れを告げ、颯爽ときびすを返そうとしたその瞬間、すさまじい殺気と共にネギの足元に巨大な剣が突き刺さった。


「ネギー! あんた高畑先生になんてことすんのよー!」

「ア、アスナさん!?」


 巨大な剣の持ち主、それはアスナであった。彼女は鬼の形相でネギに駆け寄るとその首を一気に絞め上げながらガクガクと揺さぶっていく。その彼女の背後では、刹那はもとより、顔を青ざめさせた横島と小太郎までもが高畑へ駆け寄ってその安否を確かめていた。


「こ、こりゃあアカン。致命傷だ!」

「そ、そんな!」

「ネギ、おまーなんつーとこを……」

「と、とにかくタンカだ! 早く医務室へー!」


 横島は係員にタンカを持ってくるように告げると、最悪の場合も考えて文珠を取り出す。そしてそうこうしている間に小太郎はタンカを受け取ると高畑をそれに乗せ、横島と共に医務室へと駆け出すのだった。
 高畑の身に何があったのか、それは結論から言えばネギの攻撃を喰らったからというのが答えなのだが、その場所が問題であったのだ。
 考えても見てほしい、ネギが高畑に勝利する前提条件として、自らの最大の攻撃を急所に叩き込む必要がある。そのため、ネギは完全に防御を捨て去った捨て身の攻撃でそれを選択したのだが、その急所が集中する正中線において、ネギが狙える急所はその身長差のためにかなりの制限を受けるのだ。

 まず、高畑の胸から上の急所、これはネギが飛び上がりでもしない限り狙うことは出来ない。ならば、その残りの急所で代表的なものは水月などがあるが、これは試合開始早々に狙ったために相手も警戒している可能性が高い。
 ならば、ネギが狙える範囲で最も効果が高く、最も防備が薄い場所はどこか。
 ネギが選択したその場所は本来なら心理的な意味でも最も狙いにくく、また本来なら攻撃方向が下方からしかやってこないために防御も容易な場所である。しかし、ネギと高畑の身長差を考慮した場合、ネギならばその急所を正面から狙えるのである。
 
 ネギが選択した必殺の急所、それは『金的』であった。

 ネギは攻撃箇所を決めると、高畑の拳を受けてなおそれを意にも介さず攻撃を敢行し、自らの放つ最大威力の攻撃を一切の躊躇も無く高畑の、いや、この世の全ての男性が恐怖する絶対の急所に叩き込んだのであった。


「ネギー! 高畑先生が終わっちゃったらどうしてくれんのよ! あんた責任取れるの? っていうか、なんつー所を狙うかー!」

「あぶぶぶぶ、で、でもタカミチを確実に勝つにはアノ場所が僕には一番攻撃しやすくて……」

「だからってあそこはないでしょうがー! っていうかちょっとは躊躇しなさい、アンタも男でしょうが!」

「でも、マスターは戦うと決めたら一切の躊躇は禁物だって……情け容赦なく、冷酷に、必要とあれば涙を飲んで攻撃しろと」

「あ、あんたは一度徹底的に教育しなおさないといけないようね……二回戦、見ていなさいよ……絶対に勝ち進んでアンタをこらしめてらるんだからー!」


 こうしてネギは最大の壁であった高畑の待つ一回戦を勝利した。しかし、それと同時に新たなる修羅を呼び起こす結果となり、いまだにその戦いに予断は許されないのである。
 自らの戦い方に目覚めた少年、ネギ・スプリングフィールド。彼の受難はまだ終わらない。




第41話 end



「なんというか、凄まじい戦いでござったな……」

「ま、まあこれが命を賭けた実戦と思えばこういうのも有りと思うアルが……」


 楓とクーフェイ、彼女達は横島達と共に医務室へ急行し、高畑のそのあまりの惨状とネギの所業に現実逃避に走っていた。


「小太郎、高畑先生のブツはどうなってる?」

「あ、あかん完全にめり込んどる」

「よ、横島! なんか高畑先生が痙攣しだしたわよ」

「ちょ、口から泡が……っていうかだんだん顔色が死人みたいにー!」


 現実逃避を続ける楓達の背後では、横島と小太郎、それに刹那とタマモが切羽詰った声を上げている。ちなみに救急の場合の魔法使用も考えて養護教諭はすでに追い払っている。


「ところで楓、ちょっと聞きたい事が有るネ」

「なんでござろう?」

「今日の真名はずっと精彩を欠いていたアルが何か心あたりが無いアルか? 控え室でもずっと楓のことを気にしていたみたいだったアル」


 楓はなにやら問い詰めるような視線をクーフェイから受けると、何かを考えるようなしぐさをする。


「よ、横島。なんとかならないの?」

「こうなったら文珠で直すしかないか……でもこんなめりこんだ状態のヤツはどんな漢字をこめりゃいいんだ? 『起』か?」

「いや、それですと高畑先生もその状態で直った時というか……目が覚めた時に非常に気まずいような……」

「ここは普通に『癒』でいいんじゃないの?」


 楓は背後から聞こえてくる惨状を極力意識しまいとしながら、クーフェイに再び向き直った。


「心当たりが有ると言えば有るでござるが……」

「何があったアルか?」

「いや、ただ単に朝起きたら拙者と真名が裸でござったから、それを利用して少しいたずらをしただけでござるが」

「具体的には何アル?」

「真名が起きた時に拙者と真名が褥を共にしたと言っただけでござるよ……何しろ拙者たちのブロックでは正直真名が頭一つ抜けているでござるからな。正面から戦いたかったクーフェ殿には悪かったでござるが、勝率を上げるためにも真名には早々に脱落してもらったでござる」

「心理作戦というヤツあるか……でも、私としては万全の真名と戦いたかったアル」


 クーフェイは少し不満そうに楓を見上げるが、楓も謝っているので次の二回戦で楓と存分に戦えることで良しとする。だが、それと同時に新たな疑問がムクムクと頭をもたげるのだった。


「しかし楓……そもそも何で裸になってたアルか?」

「んー、それはまあ拙者も少々酒に当てられすぎたせいでござるな。それに……」


 楓はここでチラリと背後の横島のほうを向くと、いたずらっぽく笑って見せると横島たちに爆弾を投下した。


「横島殿を少しは誘惑してみようという魂胆もあったでござるからな……もっとも、横島殿は見向きもしてくれなかったでござるが」


 楓が見事に爆弾投下を成功させた瞬間、横島達はピタリとその動きを止める。中でも横島は驚愕の視線で楓を見つめながらあうあうと意味不明な声を漏らしていた。


「横島殿、拙者はそんなに魅力が無いでござるか?」

「し、仕方ないやないかー! そりゃあ確かにあの時長瀬さんの裸が背後にあったけど、あの時は目の前でタマモと刹那ちゃんが脱ごうとしてたんだぞ! そんなの見せられたら目が離せるわけないやないかー!」

「よ、横島!?」

「横島さん!?」


 楓のセリフで完全に混乱している横島は、ものの見事に自分の内心をしっかりと暴露し、それを聞いたタマモと刹那は一様に顔を真っ赤に染め上げると夢心地の様な表情で放心してしまっていた。


「なんかナチュラルに惚気られたアルな……」

「まあ、わかっていたでござるが……これは失恋でござるかな?」

「本気だったアルか?」

「まあ、オヤツを餡蜜にするか肉まんにするか迷うのと同じ程度には真剣だったでござる」

「微妙な真剣さアルね……」


 クーフェイはなんとも微妙な顔をしつつも、楓の背中をポンと叩き、二人して動揺しまくっている横島達を見つめていく。楓にしても、正直刹那やタマモほど横島を身近に感じていないため、結局この感情はただの好意と好奇心が主であるとけりをつけたようだ。
 そしてそんな彼女達の横では――


「ちょ、死神! 高畑のオッサンの魂は持って行ったらあかーん!」


 ――高畑の魂が死神の手によって今まさに天に送られようとしているのだった。



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