「さて、いいかげん本当の事を言ったらどうなんだ? 嘘をついても何にもならないぞ」
狭く薄暗い部屋の中に、低い男の声が響き渡る。その声は何度もこのやり取りを行ったせいなのか、酷い苛立ちが感じられる。そしてその問いを受ける相手もまたかなりイラついているのか、手をギュっと握り締め、ギシリと歯軋りを漏らすとこれまた幾度も繰り返したであろう答えを返した。
「私は何も知らん……」
「嘘をつくんじゃない! 君が知らなければ一体誰がやったと言うんだ、ええ!? 答えろ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!」
男は相変わらずの答えに業を煮やしたのか、机をバシンと強く叩くと、傍らにおいてあったスタンドライトを尋問していた人物、エヴァの顔に押し当てた。
エヴァを尋問する男、その名はガンドルフィーニ、麻帆良学園に在籍する魔法教師の一人だ。彼は今、学園祭で行われたまほら武道会で引き起こされた惨劇に対しての調査をし、その第一容疑者に尋問をしているのだった。
「だから、私は嘘などついていない! ぼーやのあの性格形成に、私は一切関わりがないと言ってるだろうがー!」
「何を世迷いごとを……もう調べはついているんだ」
エヴァはいいかげんこの理不尽な扱いに痺れを切らしたのか、押し付けられるライトを押しのけるとガンドルフィーニにむかって吠える。しかし、ガンドルフィーニはそんなエヴァに対して冷然な目を向けると傍らに置いた書類を取り出し、それを読み上げ始めた。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。ネギ君との最初の積極的な接触は4月の学園一斉メンテナンスの約一週間前より始まる。その時点でのネギ君の動向は極めておかしく、何かに脅えているようだったとの証言も有る。そしてメンテナンス時に君がネギ君と戦闘を行って以後は、ネギ君の言動の中に妖しい神を引用する発言が目立ち始めている」
「ちょっと待て、それは……」
エヴァはとんだ濡れ衣に思わずくってかかろうとするが、ガンドルフィーニはエヴァの制止を完璧に無視し、さらに書類をめくると淡々と読み上げ続けた。
「修学旅行時には特に問題は見られなかったようだが、その後ネギ君はどういうわけか君に弟子入りし、それ以後ネギ君は君の修行のせいか酷く衰弱、日々の生活においても常に何かに怯え、時には数日間行方不明になったこともある。そして……」
ガンドルフィーニはここで書類を机に置き、脇に押しやるとメガネを取り、涙をぬぐうような仕草をする。そして再びメガネをかけなおすと、十分に殺意のこもった視線をエヴァに向けた。
「そして今日、ネギ君は高畑先生に対してあの様な凶行を行った……聞くところによれば、ネギ君は何が何でも高畑先生に勝たねばならず、負ければそれは即死を意味していたらしい。そしてネギ君の言によれば、彼の行った戦い方は全てエヴァンジェリン、君に教わったというじゃないか。君は、君はいったい何をどう教えたらあんなに純粋だったネギ君をここまで歪ませる事が出来たんだね! あの時学園長が止めなければむざむざ君にネギ君を任せるようなことはせず、私かフィネガン……もとい、神多羅木先生の直弟子にするはずだったのに!」
ガンドルフィーニは自分のセリフにだんだんとエキサイトしてきたのか、机を平手でバンバンと叩きながらエヴァに顔を近づけていく。それに対してエヴァも負けじと両手で机を叩きながら反論する。
「だから待て! 確かに私はぼーやに色々と教えた。しかし、その大部分はあくまでも魔力向上の基礎訓練と誇り有る悪の魔法使いとしてのあり方、そして実戦で戦う上での心構えを教えたに過ぎん!」
「その悪の魔法使いというのが間違ってると私は言っているんだ! そもそも『立派な魔法使い』を目指すネギ君を『悪の魔法使い』にひきずりこんでどうする!」
「そんなものぼーやが私に弟子入りした以上当然だ! だいたいなんで私だけが犯人扱いなんだ、ぼーやに影響を与えたというか、歪ませた諸悪の根源は間違いなく横島兄妹だろうがー!」
エヴァはガンドルフィーニにしっかりと反論しながら、ネギの性格を歪ませた張本人の名を暴露する。それを聞いたガンドルフィーニはさも驚いたといわんばかりに目を見開いたが、すぐにアメリカ人がやるような仕草で肩をすくませると額に手を置きながら笑い飛ばした。
「何を言うんだか……確かに横島君は女性にだらしないところもある。だが、彼は高校時代から人々を救うために金銭もほとんど受取らずに退魔士の助手になり、そのわずかな金銭で自活していた苦学生だったそうじゃないか。そしてどういう事情があったのかは知らないが、今は師匠や両親とも引き裂かれ、借金に苦しみながらたった一人の妹の面倒を見るために危険な退魔の仕事に挑み、さらに身寄りのない少年を引き取って大切な家族として面倒を見ている実に立派な青年だ」
「いや、マテ……」
「横島君だけじゃない、タマモ君だって学生生活があるのに部活もせずに兄を助けるために事務所を手伝い、授業だって積極的で先生方からも非常に評判がよく、後輩からも慕われ、あの問題児の多い3−Aをまとめている委員長の雪広あやか君も認めている程の人物なのだよ。そして何よりもネギ君が君に弟子入りする時には、そのテストに合格できるように兄妹そろって身を粉にして修行につきあったというじゃないか……君はこんな素晴らしい兄妹に濡れ衣を着せようというのか! 見損なったぞ、エヴァンジェリン」
「だからちょっとマテ! 二人の行動については間違ってない、確かに間違ってないんだが、その評価は絶対にナニカが間違ってるー!」
ガンドルフィーニは横島の実体を知るものがいたなら、思わず腹を抱えて大笑いしたくなるような事を真剣な表情で涙ながらにエヴァに語って聞かせる。確かにガンドルフィーニの言っていることに嘘は無い、何一つ無いのだが、真実全てでもないという事をエヴァはその本人達から聞いてよく知っていたのだった。
高校時代から人々を救うために金銭もほとんど受取らずに退魔士の助手になった。
――確かに横島は金銭はほとんど受取っていないらしいし、結果として依頼人を助けているのだから人助けでもある。しかし、横島が金銭を受取っていないのは雇用主の性格と本人の過度のセクハラ、とどのつまりが自業自得である。
わずかな金銭で自活していた苦学生。
――確かに横島はわずかな金銭で自活していた苦学生だったらしい。ただし、せっかくもらったその数少ない金銭をエロの方向に差し向けなければもう少しマシな生活も営めた事も確かだろう。
今は師匠や両親とも引き裂かれ、借金に苦しみながらたった一人の妹の面倒を見るために危険な退魔の仕事に挑む。
――師匠や両親との経緯は知らないが、借金の原因はハルマゲドン級の壮絶な兄弟げんかの末、西の本山を壊滅させたのが原因であり、しかもその原因は横島が刹那に襲い掛かったとタマモが勘違いしたせいのはずだ。
タマモにいたっては学生生活があるのに部活もせずに兄を助けるために事務所を手伝う。
――只単にタマモが横島に惚れてるから一緒にいようとするだけだ。
授業は積極的で先生方からも非常に評判がよく、後輩からも慕われている。
――タマモの正体は平安時代に生きた九尾の狐だ。それを考えれば時代を超えた学問がタマモの好奇心を刺激しただけだろう。そして後輩については、百合のかほりがほのかに漂って来るのは気のせいだろうか。
あの問題児の多い3−Aをまとめている委員長の雪広あやか君も認めている程の人物。
――確かに雪広あやかはタマモを認めている、というか完璧に親友状態だろう。だが、その委員長たる雪広あやか本人が、最近3−Aの枠を超えるほどの問題児なる可能性を見せている事についてなにか言う事は無いのか。
何よりもネギ君が君に弟子入りする時には、そのテストに合格できるように兄妹そろって身を粉にして修行につきあった。
――確かに二人は親身になってぼーやを鍛え上げた。その事は否定しない。だが、その修行内容は碇を付けて崖の上から海に放り投げられたり、自転車で車を抜くほどのスピードを数時間にわたって維持し続けさせられたり、あげくのはてにほぼ無装備で成層圏まで打ち上げられたという、おおよそ人間の限界を真っ向から無視したものだったのだが。というか、その修行こそがぼーやを歪ませた原因の一つに間違いないのだが。
エヴァは不当なまでに高いガンドルフィーニによる横島兄妹の評価に、内心で思いついた突っ込みを敢行すべく立ち上がろうとするが、ガンドルフィーニはエヴァの肩を掴んだまま、いかに横島が苦労し、ネギに親身になって協力しているのかを語って聞かせている。
(何故だろう、裏に存在する事実を知らなければ、横島とタマモが聖人君子にしか見えなくなってくるのは気のせいだろうか……)
エヴァはあまりに熱心に語るガンドルフィーニにを呆れたように見つめながら、ともすれば実体を知る自分すらも横島達について勘違いしそうになるガンドルフィーニの熱い語らいを脳のメモリーから追い出していく。そしてエヴァは親切にもガンドルフィーニの勘違いを正すべく、実力を持って横島の実体を知らしめようとしたその瞬間、事態は新たな局面に動き出した。
「ガンドルフィーニ先生……」
「瀬流彦先生、どうしました!?」
エヴァが立ち上がろうとした瞬間、尋問室の扉が静かに開かれ、そこから若い優男風の教師、瀬流彦が姿を見せる。部屋に入った瀬流彦は部屋の中を見渡し、ガンドルフィーニに目を止めると彼に向かって歩を進め、緊張した面持ちで彼の前に立った。
「高畑先生の件ですが、良い知らせと悪い知らせがあります」
どうやら瀬流彦は医務室からの伝令らしく、高畑の状態についてわざわざ御注進に来たようである。しかし、彼からもたらされる情報はなんとなく不吉な予感が漂っており、ガンドルフィーニはエヴァと一瞬顔を見合わせてから改めてその先を促す。
「……では、まず良い知らせから聞こうか」
「高畑先生は命を取り留めました……」
「おお!」
「では悪い知らせとは何だ」
瀬流彦からもたらされた情報、それは事前に感じた嫌な予感に反して望外に良い情報であった。それゆえ、ガンドルフィーニは思わず拳を突き上げて喜びを示している。しかし、それとは対照的にエヴァはあくまでも冷静であり、瀬流彦が持つもう一つの情報を促す。すると、瀬流彦は肩を震わせ、ポロポロと涙をこぼしながら驚愕の事実をエヴァ達に告げたのだった。
「高畑先生は本日をもって入道なされました……」
「瀬流彦君、それはいったいどういう事かね」
「待て、何故突然タカミチが仏門などに……っておい、まさかタカミチは……」
入道、それは出家し俗世間を離れて仏の教えに従うことを意味する。ガンドルフィーニはその入道と言う仏教用語の意味がわからなかったようだが、エヴァはさすがに日本に対して詳しいだけあり、すぐさま瀬流彦の告げた入道と言う言葉の裏の意味を察したのだった。
「タカミチは助からなかったのか……」
「はい、高畑先生はかの上杉謙信のごとく生涯不犯を貫く決意を固められました……極めて不本意ながら」
「ば、ばかな……まだ若いのに何故そんな……説得できなかったのかね?」
「高畑先生の決意は固く、すでに名も『無玉』と改められ、ただ今剃髪の準備中です」
「そ、そんな……」
「ものすごくタイムリーな法名だな……名は体を表すとはこのことか」
ガンドルフィーニは瀬流彦に高畑を止められなかったのかと責めるような視線を向けるが、それに対して瀬流彦は首を振り、いかに高畑の決意が固いかを語っていく。その一方で、エヴァは法名が物語る高畑の無念さを感じ取り、思わず天を仰ぐ。
そしてその時、エヴァは部屋の温度が急激に下がり始め、自身に対して強烈な殺気が向けられている事に遅まきながら気付いたのだった。
「さて、エヴァンジェリン、君がネギ君を教育し、その性格を歪ませた結果がこれだ……この責任はいったいどうやって取ってくれるのだね?」
「まて、だから私は違うとあれほど」
瀬流彦とガンドルフィーニ、二人はいつしか泣くのをやめ、強烈な殺気をまとわせたままエヴァのほうへと顔を向ける。そのあまりの迫力と、まがりなりにも自分の弟子がしでかした事の大きさの罪悪感で思わず三歩後ずさった。
「みんな、朗報だ! 高畑先生が還俗なされたぞ!」
エヴァが壁を背にしつつ魔法で戦うべきか否か思案し始めた時、先ほど瀬流彦が入ってきた扉からまた新たな人物が派手な音共に現れ、新たな情報を告げる。すると、ガンドルフィーニ達は足を止め、新たな乱入者たる人物、明石教授へと振り返った。
ちなみに、還俗とは仏門に入った人間が俗世に戻る場合の仏教用語である。
「明石教授、それは本当ですか!」
「しかしどうやって? 高畑先生のは完膚なきまでに破壊され、学園の治癒魔法の専門家すらさじを投げたのに」
「彼が……横島君がやってくれたよ。詳しいことは彼が人払いしたせいでわからないが、ともかく彼の魔法のおかげで高畑先生は男を取り戻し、還俗なされたんだ!」
「なんと! さすがは私が見込んだ青年だ。もしかしたら彼こそが次代の魔法会を担う人物『立派な魔法使い』にもっとも近いのかもしれないな」
「そうかもしれませんね。彼が救ったのはたった一人、だけどそれと同時にこの世の全ての男性を救ったんです!」
「まさしくだ、この偉業はかのサウザンドマスターに匹敵する英雄的行動だ!」
エヴァは呆然と立ち尽くしたまま、今まさに伝説が誕生する瞬間をうつろな目で眺めていた。そして、同時にサウザンドマスターの名前が出た瞬間に、かの男の人となりが妙に今のネギの所業に被るのを思い出して戦慄するのだった。
「まさかとは思うが……ぼーやのあの性格、実は地なんじゃないだろうな……勝つために手段を選ばない所はナギに良く似ているが……いや、まさかそんな」
エヴァ自らの仮説を必死に否定しつつも、その妙に説得力のある仮説に思わず寒気を感じて自らの肩を抱きしめる。そんな時だった、エヴァの肩に優しく誰かの手が置かれたのは。
「エヴァンジェリン……」
「なんだ弐集院か、というかお前今まで何をしていた!?」
エヴァの肩を優しく叩いた人物、それはやや太目の魔法先生、弐集院光であった。実は彼は最初からずっとこの部屋にいたのだが、特に会話に加わることなく一心不乱に机に向かっていたのだが、ここにきて初めて彼は動きを見せたのである。
エヴァは一瞬、弐集院なら自分にかけられた嫌疑と、横島の不当なまでの高評価を覆す証言をしてくれるのではと期待し、希望に満ちた目で弐集院を見上げる。すると彼はエヴァの肩に手を置き、どこからともなく取り出した銀色の箱を開くと、その中に入っていたものをエヴァのいる机の上にそっと置く。そしてまるで全て理解している言わんばかりの生暖かい視線と共に、彼はエヴァの頭をなでながら彼女に声をかけたのだった。
「カツ丼食うか?」
「……よこせ」
真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。彼女がこの日取調室で食べたカツ丼は、何故かしょっぱい味がしたそうな。
第42話 「茶々丸の野望、革新PK!」
「あううううう、アズナざーん、もう降ろしてくださーい」
「やかましい! アンタは次の試合が始まるまでそうやって反省してなさい!」
高畑とネギの壮絶な死闘が終わった後、ネギは怒り狂ったアスナの手によって軒先に逆さまに吊るされていた。ついでに言えば、体を伸ばした状態だと顔面が水に浸かってしまうように高さが調節してあるため、ネギは常に腹筋に力を込めて上半身を起こさないといけないという、実に凶悪なお仕置きである。
もっとも、これとてタマモのお仕置きと比べればはるかに優しいとも言える。
「ふう、ただいまっと……ってネギ、お前また器用な訓練やってるなー、修行もいいがほどほどにせんと体壊すぞ」
「だ、誰が好き好んでこんな修行なんかモガガガガ!」
と、そこに高畑の治療を終えた横島が選手席に戻り、修行僧のごとく荒行を行っているネギにむけて呆れたような声を漏らす。するとネギは反射的に反論しようとするのだが、その瞬間に力尽きたのかあえなく水に頭を漬け、もがき始めた。
「やっぱお仕置きか……アスナちゃん、高畑先生は無事だからそろそろネギを解放してやったらどうだ?」
「え、本当ですか!?」
「ああ、さすがにショックがでかかった様だけど、今は元通りなはずだ」
「そういうことなら……ネギ、あんた二度とあんなことすんじゃないわよ!」
アスナは高畑が助かったと聞くと、ようやくネギを水中から引き上げようとしたのだが、その時ちょうど舞台の修理が終わったのか、アスナと刹那は更衣室に呼び出されてしまい、横島はやむなくアスナに変わってネギを水中から引き上げた。
「あうう、横島さんありがとうございました……」
「アスナちゃんの前でアレをやったのが失敗だったな」
「でも、タカミチに勝つにはあの方法しか無かったんです。ベストではないにしても、あの時点ではアレが最高の選択だったんです。それにアスナさんも応援してくれるって言うから、遠慮なく……」
「まあ確かにそうなんだが……ていうか、あの惨劇の引き金を引いたのはある意味アスナちゃんだったのか……」
「あううううー!」
横島はアスナが真実を知ったら発狂しそうな事実を胸にしまい込むと、水をしこたま飲んだせいか、むせているネギの背中をさすってやる。その姿は幾度となくネギを空高く打ち上げたような人物にはとても見えない。
横島の性格は美女と自らの利害が絡まなければ基本的にお人好しであり、そのせいか子供にも好かれる性質である。だからこそ、ネギに対する嫉妬心やタマモや刹那が特にからんでいない現在の状態では、どこからどうみても優しいお兄さんにしか見えなかったりする。結局、この辺のギャップがガンドルフィーニの誤解を生んでいるのだが、神ならぬ横島は自らがネギをさしおいて『立派な魔法使い』に祭り上げられようとは知る由もなかった。
「まあ、俺もあれほどえげつなくはなかったが、勝つために観客からブーイング食らいまくった経験があるから気持ちはわかるがな」
「横島さんも目的のためには手段を選びませんからねー。僕を人質にしたり、チャチャゼロさんを物質にしたり、僕と小太郎君を弾丸代わりに突っ込ませたり……」
「勝つためには必要だったからな……」
「勝つ事って大事ですよね、負けたら全部失っちゃいますし」
「まあ勝って失うものもあるがな、というわけでネギにはかつて俺が言われた言葉を送ろう……『女性ファンはあきらめろ』と」
横島はネギを元気付けるかのように背中を叩き、笑いながらフォローしてるのか、トドメをさしているのか、いまいちよくわからない事をほざく。だが、その横島の表情は次の瞬間には修羅の顔に転じたのだった。
「キャー! ネギ君こっち向いてー!」
「ネギ君ってやっぱりかわいいよねー、それに高畑先生に勝つぐらい強いんでしょ?」
「高畑先生は気の毒だったけど、大人と子供じゃ仕方ないよねー」
横島の地獄耳が捉えたそれは、戦前よりもむしろファンを増えたと思われるほどのネギへの声援だった。横島はそれを聞いた瞬間、ネギの頭をがっしりと掴むと、薄気味悪い笑い声を響かせながらだんだんと手に力を込めていく。
「……うふふふふふ」
「あの、横島さん?」
「俺が雪之丞とやった時は不意打ち程度なのに女性ファンを大量に失い、ネギは全世界の男を敵に回す禁断の秘儀を使ってなお女性ファンを増やしたか……」
「ちょ! 横島さん落ち着いて! それに横島さんはどうせ僕と違って元々女性ファンなんて一人も……指が、指が頭にめり込んでギリギリって音があうううう!」
ネギは自らの死刑執行書にサインしたことにも気付かぬまま、ギシギシと鈍い音を響かせる横島の腕から逃れようともがくが、横島の握力はその程度のことではびくともしない。
それゆえ、ネギはこのままいけば4回目の宇宙遊泳を覚悟する羽目になると思い、目に涙を浮かべながら横島を見上げた。だが、次の横島の行動はネギの想像をはるかに凌駕したものだった。
「さて、ネギ……高畑のオッサンの苦しみ、お前も体験してみるか?」
「そ、それは謹んで遠慮します。あと、僕を見逃してくれたら横島さんに耳寄りな情報をあげますから」
今回の横島が選んだ嫉妬によるネギへの理不尽極まるお仕置き、それは『痛』の文珠であった。横島の発言から察するに、その文珠に込められた痛みは間違いなく股間を痛打したものであろう。
それを察したネギは顔面を蒼白にさせながら、己が助かるためにたった一つの取引材料を横島に提示するのだった。
「ほう、それはなんだ?」
「さっきアスナさんと刹那さんは朝倉さんに呼び出されましたよね」
「ああ、確か控え室の奥にある更衣室だったな……ってまさかお前は俺に刹那ちゃんの着替えを覗けという、素晴らしい提案でもするつもりか!?」
「横島さんがそれをやりたいと言うなら止めはしませんが、今回は違います」
「じゃあなんだ」
横島は己の煩悩をくすぐりまくる実に魅力的な提案に、思わずネギを放り出して更衣室に直行しそうになったが、体内に残されたわずかな理性を総動員してそれを何とか抑えることに成功していた。だが、このことによってもはや横島の数少ない理性は完全に疲弊してしまい、もう一度魅力的な誘惑をなされたらもはや抵抗はできないであろうことは明白だった。
そして、いくたびの修羅場を潜り抜け、経験をつんだネギは、横島のそんな弱みを見逃すほど愚かではなくなっていたのである。
「カモ君の姿がさっきから見当たらないんです」
ネギが勝利の笑みと共にもたらした情報、それはネギの使い魔のオコジョ妖精の消息だった。
「カモ? あのオコジョがどうしたって……ってまさかアイツ!」
「おそらくそのまさかかと……そしてこの情報こそが僕を見逃してくれる見返りです」
「なるほど、こいつは確かに極上の情報だ……ネギ、恩にきるぞ」
ネギのもたらした情報により、カモの目的を正確に察した横島は、最近ごく自然に表立ってきた刹那への独占欲からか、普段の己の行為とは180度逆の方向への使命感――覗き阻止の念――を燃やし、ネギの頭を放り出すとカモという姦賊を討つべく風となって更衣室へ向かうのだった。
――ぎゃぁぁぁぁー!
横島の姿が消えてから1分後、なにやら更衣室の手前の廊下からカモの悲鳴が聞こえたが、ネギはそれにかまうことなく静かに神へと祈り続けていたという。
「それでは、第七試合の選手入場です!」
ネギと高畑の壮絶極まる戦いの傷跡の修復も終わると、朝倉は相変わらずのテンションで選手入場を告げる。すると、選手入場口から今まさに闘わんとする二人の乙女が装いも新たにその姿を現す。すると周囲を埋め尽くす観客達は天にも轟かんばかりの歓声をあげ、二人の戦女神の降臨を祝福するのだった。
ちなみに、試合場に立つアスナは、今や萌えという言葉の代名詞となったメイド姿であり、刹那はアスナとは対照的にやや地味な和風メイド姿である。もっとも、刹那の頭にある追加装備『ネコ耳』によって、トータルバランスはアスナのメイド姿に決して劣らない萌えを演出しているあたり、その衣装を選択した人物は実に萌えというものを理解しているといえよう。
「朝倉ー! この格好はなんなのよー!」
「んー、なにせ二人とも前評判的にどうしても地味だからねー、ここは衣装だけでもハデに行かなきゃ盛り上がらないでしょ?」
「だからってメイドはないでしょうがー!」
アスナが今にもハリセンを持って朝倉にたたきつける様を見せているころ、その脇ではカモに『痛』の文珠を叩き込み、清々しい表情をしている横島と、横島とはまったく対照的にいかにも疲弊した感の有るエヴァがアスナ達を眺めていた。
「どうしたんだエヴァちゃん? なんか覇気がないぞ」
「ついさっき、お前が『立派な魔法使い』になるために必要な手続きをとろうとしていた馬鹿者どもを実力で殲滅したからな、ちょっと疲れているだけだ」
「そっか、ならいいんだが……それにしても刹那ちゃんとアスナちゃん、美少女同士の対決って言っても、刹那ちゃんの勝ちは確定だな」
「ほう、貴様もそう見るか」
エヴァは横島も自分と同じ考えに至っていた事に少し驚くが、考えてみれば神鳴流の達人である刹那と素人のアスナとでは、その実力の開きは誰が見ても一目瞭然であるのだから特に驚くには値しないと気付く。だが、真にエヴァを驚愕させたのは次の横島の発言だった。
「ああ、確かにアスナちゃんも可愛いが、あのミニスカ和服メイド+猫ミミの刹那ちゃんの魅力には一歩足らんな」
「き、貴様は……私が言うのは純粋な戦闘力の話だー!」
「なんだ戦闘力か、だったらアスナちゃんが有利だな」
エヴァはてんで的外れなことを言う横島に思わず怒鳴りつけるが、横島は特に気にした風もなく腕を組んだまま鷹のような目で刹那達を見つめ続け、エヴァの評価とは真逆の結論を口にした。
ちなみに、アスナはこの時フードを被った男、クウネルと何かを話しているようだったが、突っ込みに熱中するエヴァはそれにまったく気付いていない。
「ちょっと待て、何をどう見たら神楽坂アスナの方が有利になるんだ!」
「そんなの二人を見れば一目瞭然だろ。悲しいかな今の刹那ちゃんの胸と、アスナちゃんの胸ではアスナちゃんに軍配があがらざるをえん。もっとも、18歳verの刹那ちゃんはボリュームという点では少々戦闘力が低いが、全体のバランスは十分に魅力的でそれがまたなんとも……イイな」
「誰が胸の話をしとるかー! っていうか何故貴様は気の毒そうな視線を私に向ける! 確かにこの状態では私の胸は無いに等しいが、大人の姿になれば凄まじいだろうが!」
「でも、あれって結局幻覚だろ、それじゃああまり意味が……」
「刹那のもどうせ年齢詐称薬かタマモの幻覚だろうが!」
「甘いなエヴァちゃん、永遠の幼女が夢想する幻の巨乳と、3年後に確実に実現するであろう刹那ちゃんの美乳とでは意味が全く異なる」
「誰が永遠の幼女だ。それ以前に、胸の話からいいかげん離れろー!」
「でも、元々話をふってきたのエヴァちゃんじゃないか」
「ちっがーう! 私は純粋にこの試合でどっちが勝ち進むかという話をしているんだー!」
「あ、なんだそっちか。じゃあ刹那ちゃんの勝ちで決まりだな」
エヴァは額に青筋を浮かべ、牙をむき出しにしながら横島に向かって吠えると、ここでようやく横島はエヴァの言わんとすることを察したのか、手をポンと叩く。そしてさも当然とばかりに、刹那が勝つと太鼓判を押したのだった。
「それはどうでしょうかね……アスナさんでしたら戦い方によっては十分勝ち目がありますよ」
と、そこに横島達の背後から突如としてクウネル・サンダースが会話に割り込んできたのだった。
「き、貴様は……」
エヴァはクウネルの事を知っているのか、驚愕の表情を浮かべてクウネルを見上げる。すると、当然クウネルとはなんの面識の無い横島は小首をかしげながらエヴァの頭を小突く。
「ん、エヴァちゃんはコイツの事知ってるの?」
「ああ、コイツはぼーやの父親の友人で名をアル……」
「クウネル・サンダースで結構ですよ、トーナメント表のとおりにクウネルとお呼びください。あ、エヴァは昔のようにクーちゃんと呼んでもかまいませんよ」
「誰がいつそんな名で貴様を呼んだかー! というか、貴様が何故神楽坂アスナについて知っている!」
エヴァは先ほどから続く突っ込み地獄のせいで、既に体力の何割かを気疲れで失っている。しかし、それでも生来の突っ込み属性ゆえか、彼女は身を削りながら涙ながらにクウネルに突っ込みを敢行するのだった。
もっとも、クウネルは横島とは違い、エヴァの突っ込みも柳に風とばかりにごく自然に受け流すだけである。
「おや、ご存知ないのですか。別に教えて差し上げてもかまわないのですが……そうですね」
クウネルは今にも噛みつきそうなエヴァをほったらかしたまま、何かを考えるようなしぐさをする。エヴァにしてみればこのクウネルという男のふざけた性格を知り尽くしているだけに、嫌な予感をひしひしと感じるのだが、それでも真祖の吸血鬼としての矜持でその場に残る。
一方、二人の会話に完全に取り残された横島は、実況席にいる茶々丸となにやらアイコンタクトを取ったチャチャゼロになにやら耳打ちをされ、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるのだった。
「エヴァンジェリン、私と今から賭けをしませんか?」
「何、賭けだと?」
「ええ、賭けです。刹那さんが勝てばエヴァンジェリン、貴方にアスナさんの素性をお話しましょう。ですが、もしアスナさんが勝てば貴方にはスク水の上にセーラー服とメガネ、さらに猫ミミを装備して次の試合を戦ってもらいましょうか」
クウネルはフードの奥で薄ら笑いを浮かべながら、魔法でも使ったのかどこからともなくスク水にセーラー服、メガネに猫ミミと萌えという言葉を集約させた究極のアイテムをエヴァの前に並べていく。
当然エヴァとしてはそのような屈辱的条件など飲めるはずが無く、先ほど横島との突っ込み合戦で見せた以上にぶっとい青筋を額に浮かべ、実力をもって排除しようとしたその時、今まで会話に加わってこなかった横島が突如として会話に割り込んできた。
「クウネルとか言ったな。アンタわかってるじゃないか……エヴァちゃんの幼女としての萌え要素を完璧に満たすそのチョイス、実に侮れん。だが、俺はその衣装のエヴァちゃんはすでに堪能済みだ」
「ほう、既にこのコスプレを実見済みでしたか……貴方も中々やりますね。ならば貴方にも十分この賭けに加わる資格があります」
「ふ、褒めても何も出んぞ。ともかく、ある意味誰もが考えるその衣装より、ここは新境地を開拓すべく俺はこの試合、刹那ちゃんに賭ける! だから刹那ちゃんが勝ったらエヴァちゃんにはコレを着てもらおうか」
「そ、それは!」
この時、横島はチャチャゼロが密かに手渡した衣装セットをまるで聖典のごとく高々と掲げ、その神々しいまでの姿を衆目に晒す。そしてその衣装の華々しさと、それを纏ったエヴァを想像したクウネルは驚愕の表情を浮かべ、この青年が実に侮りがたい強敵であると心に刻むのだった。
一方、完全に二人に取り残されたエヴァはといえば、そのあまりの怒りと想像の斜め上を行く展開にしばしの間茫然自失となっていたが、なんとか二人の話がまとまる前に復活し、抗議の声をあげる。
「ふざけるなー! お前達の賭けなのになんでペナルティが全部私に来るんだ! だいいち3人だともう賭ける対象が無いぞ!」
エヴァは身命をとした抗議を上げ、なんとか事態をうやむやにしてしまおうと画策するのだが、あいにくと目の前にいる二人はあらゆる意味で並みではない。二人は初対面であるにもかかわらず、即座にアイコンタクトで完璧に意思疎通を果たし、ゆっくりとエヴァの方へと振り返った。
「あるじゃないですか、引き分けという選択肢が。それにこの賭けを受けるのでしたら、追加でネギ君の父親、サウザンドマスターの情報をつけましょう」
エヴァは後になぜあの時さっさと逃げなかったのかと、終生にわたって後悔する。だが、今のエヴァはクウネルからもたらされた賭けの上乗せ、ナギの情報という言葉に思わずその動きを止めてしまう。そして動きを止めた瞬間、気配を完全に消し去った横島が即座にエヴァの背後に回り、エヴァを逃がさぬようその細い肩を掴むと同時に、さらなる追い討ちをする。
「じゃあ俺が賭けに負けた時は文珠三つをエヴァちゃんにあげよう。これなら不足は無いと思うが? というか、まさか真祖の吸血鬼にして『闇の福音』と恐れられた悪の首魁が挑まれた勝負から逃げるなんてしないよな?」
「な! ナギの情報に文珠を三つもだと!」
エヴァは二人の破格ともいえる提案に驚愕し、横島の拘束から逃れようともせずに頭の中で利害の計算をはじめる。
アスナが勝った場合。
クウネルの提案する屈辱的な格好をしなくてはならないが、横島からは問答無用の理不尽アイテムである文珠を三つもせしめる事が出来る。その文珠を使えばアスナとナギの情報をクウネルから引き出す事も出来るだろうし、屈辱に耐えればある意味賞品の総取りコースとも言える。
刹那が勝った場合
横島が提案する屈辱的な格好をしなくてはならないが、最重要項目であるアスナとナギの情報が手に入る。ただし、文珠は手に入らないので旨み的にはアスナが勝った時よりも劣る。
引き分けの場合
問答無用で情報と文珠の総取り。言うまでも無くこうなるのが一番望ましいのだが、問題はそうなる確率が極めて低い事。
エヴァは起こりうる三つの事象を冷徹に計算し、この賭けに参戦すればどの選択肢になってもほぼ確実にナギの情報が手に入ると結論づける。となれば、後はいかに自分のリスクを小さくするかということに意識を集約するだけだ。
しかし、エヴァはその思惑がすでに横島達によって完璧に把握されていたのを知らなかった。それゆえ、横島達はエヴァが思考の海に浸かった段階ですでに己の勝利を確信し、互いにサムズアップを交わしていたりする。
横島とクウネル、こと人をおちょくることにかけては天才的な閃きと実行力を持つ二人が手を組んだ今、エヴァの末路は既に悲劇、いや喜劇しか残されていなかったのだった。
エヴァは横島達が既に勝利の美酒を酌み交わしている事に気付かぬまま、チラリとクウネルを見上げる。
「一つ聞くが、貴様は本気で神楽坂アスナが勝つと思っているのか?」
「これは異な事を、私がむざむざ負ける賭けをすると思いますか? それなりに根拠があっての提案ですよ」
「ふむ、つまり貴様が何かをすると言う事か……いいだろう、その賭けに乗ってやる」
エヴァはこの時、クウネルがアスナに対してなんらかのテコ入れするものと看破し、それと刹那が一般人の前では神鳴流を封印するだろうという思惑から十分に引き分けの目もありうると判断し、ついにその賭けに乗ってしまった。そしてこの瞬間、エヴァは自らの手で喜劇の幕を開けたのだった。
ちなみに、エヴァの脇ではチャチャゼロが小さくガッツポーズをし、実況席にいる茶々丸は手を合わせ、神に祈るような仕草をしながら内蔵されたカメラのエラーチェックを始めている。
真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。彼女がどうあがこうと、もはや茶々丸達の描いたシナリオは蜘蛛の糸のようにエヴァを捕らえて離さず、後はシナリオに記された俳優が壇上で喜劇――エヴァにとっては間違いなく悲劇であろう――を演じるだけであった。
「それでは第八試合の選手入場です!」
結局、試合は刹那の勝ちだった。
アスナは当初クウネルの助言を念話で受け、ド素人にも関わらずなんと高畑の使った咸卦法を使いこなして試合を優勢に進めていた。もっとも、その助言の内容はといえば――
<あ、観客席に渋いオジサマが!>
「え、どこどこ?」
――と、内情を知れば実に気が抜けるやり取りで刹那の剣をかわしていたりする。
だが、そんなアスナの健闘も刹那が神鳴流の封印を解いた事で、戦いの趨勢ははっきりと刹那に移り、結果として下馬評どおり刹那が二回戦にコマを進めたのだった。
そして今、入場を促すアナウンスと共に、ついに横島VSエヴァの戦いが始まろうとしている。
「さあ、まず入場してきたのはこの麻帆良学園で起こる騒動のほぼ全てに関わっている男。はたして彼が騒動を呼ぶのか、騒動が彼を呼ぶのか、まさにあらゆる意味でこの麻帆良学園の台風の目。いつしか彼を知る者はこう呼んだ『災禍の中心』、Heart of the Maelstrom 横島ー忠夫ー!」
「やかましー! 俺だって好き好んで騒動に関わっとらんわー!」
横島は入場すると同時に響き渡る選手紹介に怒りの叫びをあげるが、横島を知るものは――刹那とタマモもふくめて――全員がうなづき、朝倉の的確すぎる人物紹介に拍手を送る。
「さて、続きましては人形のような外観にもかかわらず、あの『麻帆女の鬼姫』と互角以上の戦いを予選で繰り広げた猛者、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手です……ってあれ?」
朝倉は横島の怒鳴り声をまったく気にせずスルーすると、そのまま対戦相手のエヴァの紹介を始める。しかし、エヴァはいつまで待っても影も形も見えなかった。
「えっと……これって試合放棄かな?」
朝倉が首をかしげながら入場口を見つめる。すると次の瞬間、会場中に響き渡るほどの大音量で妙に耳に残る曲と共にエヴァの声が聞こえてきた。
「あらっつぁっつぁ〜やりびだびりんらば りったんりんらばれんだんどぅ〜」
その曲が流れた瞬間、一部の観客達は急にざわめきだし、それと共に入場口へと視線が集まる。そして誰もが入場口に視線を向けたその時、満を持してエヴァが姿を現したのだった。
ウオォォォー!
エヴァが姿を現すと同時に、地鳴りのような歓声が周囲を埋め尽くし、その音量に驚いた鳥たちがいっせいに飛び立っていく。
入場してきたエヴァの姿、それは横島が指定したものである。
その姿はまず髪に目を向ければ、いつもは輝く金髪を素直に下ろしているだけだったのに、今はアスナのように見事にツインテールに整えている。
そこから視線を下に向けると、袖の無い灰色のノースリーブのシャツに緑色のネクタイを締め、その両腕には二の腕まで覆い隠すグローブのようなものをはめ、スカートはミニのプリーツスカートをはき、太ももまで届くオーバーニーソックスと合わせて完璧なる絶対領域を形成していた。
エヴァのその姿に、一部のコアな客層は拍手喝采を送る。しかし、その元ネタを知らぬ大部分の観客達はエヴァの格好よりも、右手に持つ一本の武器に視線を注いでいた。
エヴァが持つ武器、それはなんなのか。その武器は日本人なら誰もが知る有名な物、それは聖剣のごとく神々しき光を放つ一本のネギであった。
彼女はそれを上下に振りながらとあるフィンランド民謡を歌って入場し、ネギに視線を集めていた観客はやがてそのネギの単調な動きと、妙に耳に残る曲調もあいまって洗脳でもされたかのように誰もがエヴァに向かって大声援を送るのだった。
エヴァは観客席からあがる声援に答えながらゆっくりと試合場へ向かい、やがて横島の前に立ち華のような笑顔を見せる。そして、曲が終わると共に持っていたネギを高らかに掲げ、左手を腰に当てると最後の決め台詞を口にする。
「みっくみくにしてやんよー!」
エヴァが決め台詞を決めた瞬間、再び地鳴りのような歓声が試合場を包み込む。しかし、まるでそれが合図であったかのように、エヴァは故障したロボットのごとくピタリと動きを止めた。
賢明なる読者の皆様は既に気付いているであろうが、ここで改めてエヴァの状況を説明しておこう。
エヴァの現在の状況、それは明らかに普通ではない。いくら賭けで負けたとはいえ、屈辱は屈辱。たとえその格好をすることがナギの情報を得る第一条件だとしても、エヴァにとってこんな格好で戦うのは不本意極まりないのである。
そんなエヴァに、チャチャゼロは持ってきていた水筒の蓋を開け、コップに中身を注ぐと「酒でも飲んで景気つけて行け」とエヴァを気遣う。エヴァとしても、正直酒でも飲まなければやってられない状態なので、当然疑いもせずにそれを一気に飲み干してしまった。
しかし、それこそがまさに茶々丸&チャチャゼロの最後の罠であったのだ。
チャチャゼロが勧めた酒、それはもはやエヴァのコスプレ時の定番となった性格改変酒『吟醸ゆめざくら』、飲んだ者の性格を友愛にかえるそれは見事にエヴァの性格を変え、チャチャゼロの指示に忠実に従うことになったのだ。
そしてエヴァは酒によるものだが、あくまでも自らの意思で着替え、さらにオマケとばかりにチャチャゼロから手渡されたネギを持って試合場に向かったのである。だが、この程度のことは茶々丸達はすでに何度も実行しているため、罠でもなんでもない。
彼女達が張り巡らせた真の罠、それはエヴァに飲ませた酒を水で薄めていたと言うことであった。
茶々丸達は性格改変酒を水で薄め、これによってその効果時間の短縮を図り、なおかつ凶悪ともいえる追加効果を加えたのだった。
「みっくみく……」
エヴァはネギを天に掲げたまま、呆然と先ほどの決め台詞の一部をつぶやく。そう、彼女は決め台詞を言った瞬間に、完全に正気に戻っていたのである。しかも、今までは酒の効果が出ている間の記憶を失っていたのだが、酒を薄めたことによって今はしっかりと酒の効果に囚われていた間の記憶を持っている。
すなわち、エヴァはこれ以上ないほどの生き恥を自らの手で衆目に晒したのを、しっかりと覚えていたのだった
「ぶは、ぶはははははははははははははははは!」
「これです、このマスターが見たかった! 確かにコスプレをして観客に愛想を振りまくマスターもいいのですが、その絶頂で正気に戻ったマスターが見せる絶望と恥辱、これこそがコスプレをするマスターの真の姿です!」
「みっく……みっく……」
試合場では横島は腹を抱えて大爆笑をし、実況席から飛び出した茶々丸は何かを叫びながら、あらゆる角度からエヴァを撮影していく。そんな中、エヴァは顔を真っ赤に染め上げ、恥辱のあまり唇をかみ締め、爪が食い込んで手から血が出るほど強く手を握り締めながら震えていた。
ブツン!
この時、騒がしいはずの会場の誰もがナニかものすごくイケナイものが切れたような音を聞いた。
「みっくみくにー!」
次の瞬間、エヴァは手にしたネギに魔力を集め、強力な武器に作り変えると、笑いすぎて呼吸困難に陥っている横島にむけて奇声をあげながら攻撃するのだった。
「ちょ、タンマ! 笑い過ぎて呼吸がぐべらぁぁー!」
エヴァは横島の制止の声を完璧に無視し、横島を組み伏せて馬乗り状態になるとその顔面へ向けて幾度もネギと拳を振り下ろす。いつしか横島を殴打する鈍い音は妙に湿った水気の有る音に変わり、その時間経過と共にあれほど盛り上がっていた会場はあまりに凄惨な試合内容に水を打ったように静まり返っていた。
だが、それでもエヴァは攻撃の手を緩めない。彼女は横島がこの程度の攻撃でくたばるなどと夢にも思っていなかった。おそらく、これほど痛めつけたところで、エヴァが離れた瞬間にしょうもないギャグと共に復活するのは明らかだ。それゆえ、エヴァはほぼ時間いっぱいまで横島をボコり続け、最後の仕上げとして、修学旅行のおりに判明した横島の弱点『刺突に弱い』という属性をつくために横島をひっくり返すと、手にしたネギを横島のとある部分に力いっぱい突き刺したのだった。
ビクン!
それまで、幾度と無く復活の兆しを見せていた横島は、エヴァの最後の攻撃を喰らった瞬間、体をビクリと震わせるとその動きを最後に完全に沈黙する。この瞬間、エヴァはついに600年にわたる生涯の中で出会った、最大の敵に勝利したのだった。
「えっと……第8試合、エヴァンジェリン選手の勝利です!」
こうしてエヴァは死闘を制し、勝利を得た。しかし、その勝利と引き換えに彼女は『悪の魔法使い』としてあるべき大切なナニカをいくつも失う苦い勝利であった。だが、それでもエヴァは泣かない。
今、現在進行形でコスプレという生き恥を晒しているこの最中、泣いてしまったら最後にすがるべくプライドすら瓦解してしまうだろう。だからエヴァは朝倉の勝ち名乗りも受けず、ただゆっくりと更衣室へと帰るだけだった。ただし、その心の中では数百年ぶりに涙を流していたが、その事実は彼女に忠実なはずの従者すら気付くことは無かった。
エヴァのいなくなった試合場に乾いた風が吹く。
その中央には乙女のプライドをズタズタにした血まみれの犯罪者が、尻にネギを突き刺されたまま、まるでエヴァの代わりとばかりに心の底から泣いているのだった。
「き、気の毒に……」
試合を観戦していた刹那は、そのあまりの展開に茫然自失といった感じで敗れた横島を見つめる。
「こ、この場合どっちが気の毒なんでしょうか……」
「間違いなくエヴァね、あれじゃしばらく表歩けないわ」
「兄ちゃんやったらどうせすぐに復活するからな、ショックはでかいやろうけど」
刹那に続きあやかもまた呆然とした表情で、明らかに背中で泣いていたエヴァの方を見つめていた。すると、そこにタマモと小太郎がさも呆れたかのような声であやかに続く。そして深いため息をつくと、タマモ達は全員で横島のもとへ行くと治療するために横島を医務室へとはこんでいくのだった。
ともあれ、こうして一回戦の試合は全て終了した。その内容はかなりアレではあったが、見ごたえのある試合に観客も大盛り上がりだ。ただし、約一名だけ思惑と違った盛り上がりと試合展開に首をかしげている人物がいた。
「アレ? この試合を利用して魔法を知らしめる下地にする予定だったのに、何故こんなにイロモノの大会になったカ?」
自分の思惑の斜め上を行く展開に首をかしげる人物、それはどこぞの地下空間で試合内容をインターネット上に流すべく編集している超鈴音であった。
今までの試合で、確かにいくつか魔法と思しきものが見受けられるのだが、ネギと横島を筆頭にしたネタバトルの試合に完全に食われてしまい、とても魔法の存在を流布する資料として使えそうもない。結果、超は2回戦以後の試合に期待することとし、1回戦の映像は面白投稿動画サイトへの投稿分として分類されることになる。
こうして、横島は誰もまったく気付かないレベルで魔法界の危機をとりあえず救い、味方であるはず超の思惑を完璧にぶち壊した。だが、超は諦めない。自らの目的のため、超は決して後ろを振り返るわけにはいかない、たとえその先にあるのが喜劇しかなかったとしても、彼女はもはや前に進むしか無いのだった。
第42話 end
「な、なんつー戦いだ……というか、エヴァのヤツはさらにパワーアップしてやがる」
横島がタマモ達の手によって医務室に運ばれている頃、観客席で一人試合を観戦していた『ちぅ』こと長谷川千雨はエヴァンジェリンの捨て身のコスプレに驚愕の声を漏らす。
彼女は今日の朝、差出人不明のまま送られてきたこの大会のチケットを利用し、話の種とばかりに試合を見に来たのだが、その内容は完璧に彼女の理解を超えていたのである。そんな彼女の横では、思う存分エヴァの姿をカメラに収めた茶々丸が満足のため息をつき、実況席に戻るために彼女のすぐ脇を通る。
「千雨さん、これでまた一歩リードです……」
「んな!」
千雨は茶々丸がすれ違いざまに囁かれた内容に驚愕し、一瞬動きを止める。そして彼女は額に浮かぶ嫌な汗をぬぐうと、ゆっくりと背後を振り返る。すると、そこでは実況席に着いた茶々丸が机の上で腕を組み、口元を隠しながら千雨に向かってチラリと視線を送っている。
この時、千雨はなぜか見えないはずの茶々丸の口元が笑っていることを確信する。
「そうか、そうだったのか……私は戦う相手を間違えていた。真の敵は茶々丸、お前だったのか!」
千雨はたった今、今まで見えてこなかった真の敵を完全に捕捉し、はっきり言って試合場で戦っている選手達以上の殺気を撒き散らしながら茶々丸と対峙する。
一方、茶々丸は静かに椅子から立ち上がると、その殺気を真っ向から受け止める。
片やネットアイドルとしてのプライドとコスプレイヤーとしての意地を賭け、真の敵を見据える千雨。
片や己のマスターをいじくり倒しつつ、千雨の強力なライバルとしてエヴァをプロデュースする茶々丸。
この二人の戦いはいまだ終わらなかった。
第42話 茶々丸の野望、確信PK(プロジェクトK) end
<作者注意>
横島と戦ったエヴァのコスプレの元ネタがわからない方は「初音ミク ネギ」をキーワードにYAHOOでぐぐってみようw
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