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「じゃ、じゃあいきますよ……」


 カーテンで光が遮られた薄暗い部屋の中、少女は緊張した声を漏らす。彼女の視線の先にいるのはベッドに横たわる一人の男。だが、その男は少女の呼びかけに応ずることなく、無言のままベッドで横たわるだけだった。
 少女は返事の無い男に少し落胆したようだったが、ともかく視線を男の上半身から下半身へと移すと、恐々と手を差し出す。その手が向かう先は両足の付け根。そこには天へ向かって雄々しく起立するブツがしっかりと自己主張しており、時折男の鼓動に合わせてビクっと卑猥に蠢いている。
 少女は脈動するブツに恐れをなしたのか、差し出した手を止め、胸元へと引き寄せる。しかし、少女は顔を赤らめながらも、再びブツに向かって手を伸ばした。


 ――ゴクリ


 静けさに包まれる部屋の中に、少女が唾を飲み込んだ音が響く。
 緊張からだろうか、少女は震える手を必死に伸ばし、脈打つそれをそっと握り締める。


「う……」


 少女がブツを握り締めた瞬間、男はうめき声を漏らし、ビクリと体を震わせる。それは男がこの部屋に来てから起こす、初めての反応だった。
 少女はようやく反応を見せた男に気を良くしたのか、徐々にブツを握る手に力を込め、その細く白い手をブツにそってゆっくりと動かし――


 シュポン!



 ――一気にブツを引き抜いた。


「ハゥ!」 


 少女がブツを引き抜くと、ベッドに横たわっていた男は先ほど以上の反応を示し、ベッドのシーツを握り締める。そして当の少女はと言えば、どこか誇らしげな表情でブツを掲げながら男にむかって微笑むのだった。


「ふぅ、やっと抜けましたよ、横島さん!」
 

 微笑む少女の名は桜咲刹那。
 彼女が握るのは幾たびの酷使にも耐え、名刀のごとく折れず、曲がらず、天へ向かって聳え立つ一本のネギ。名刀のごとく光り輝くネギは鞘である横島のとある部分から引き抜かれ、緑と白の絶妙なコントラストを衆目に晒している。そのコントラストは、それを作り出した農家の人たちのまさに汗と涙の結晶であり、その味も格別である事がうかがえた。しかし、鍋の具にすれば絶品の味をかもしだすはずであったそのネギは、哀れにもその味を知られぬまま処分される運命をただじっと待つのである。


「う……ううう……」


 一本のネギのこれからの運命はともかく、本人の意向を真っ向から無視され、エヴァによって強引にネギの鞘とされた血まみれの横島は、それを引き抜くと同時にネギによる呪縛から解かれたのか、ようやく復活の兆しを見せる。するとネギを脇に立てかけた刹那が、今までうつ伏せだった横島の体をそっとひっくり返して仰向けにさせた。


「横島さん、大丈夫ですか?」

「ネギ怖い、ネギ怖い、ネギ怖い……突くのは良くても、突かれるのはイヤやー!」

「あの、横島さん?」

「完璧にトラウマになってるみたいね……」

「それ以前にネギを抜いたとたんに復活するって、いったいどういう人体構造をしとるんや」

「あまり深く考えないほうがいいわよ、だって横島だし」

「その一言で全て納得できる自分が怖いで。いや、この場合は兄ちゃんの生き様のほうが怖いんか……」

「大概慣れてきましたけど、なんというか人体の非常識ここに極まれりって感じですね」
 

 刹那とタマモ、そして小太郎は復活すると同時に頭から布団をかぶり、かつてのネギのように震える横島をなんとも表現しがたい表情のまま見つめている。もっとも、このメンバーの中でもっとも横島と付き合いの長いタマモとは違って、刹那と小太郎は横島の非常識な生態に面食らっている感じだ。


「ネギは嫌、ネギは嫌、ネギは嫌、ネギは嫌、ネギは嫌、タマネギも嫌、ついでにイモリの黒焼きもイヤー!」

「なんというか、今回はかなり重傷っぽいわね。というか、横島がこれだけ追い詰められたのは初めて見たわ」

「アホな格好しとってもさすがは『闇の福音』っちゅーことか」

「どうします? さすがにこのままでは……」


 横島の精神に多大な傷を負わせたエヴァに対して微妙な賞賛を送るタマモと小太郎を他所に、刹那はなんとか横島を復活させようとするが、あいにくと刹那は妙案を思いつくことができないでいた。


「いくつか直す手段はあるんだけどねー」

「それは?」

「この場合、方法は二通りあってね。まず、記憶を封印、もしくは消去するってのと、記憶を上書きする方法があるわ」

「記憶の封印、または消去……何をするのか大概想像がつくわな」

「アレですか? 以前修学旅行で朝倉さんにやろうとしたみたいに100tで……」

「今回は傷が深そうだし、横島も耐性をつけてきてるから100t程度じゃ無理ね。たぶん100Mtぐらいの衝撃で消えるんじゃないかしら」

「まさに100Mショックってヤツやな……」

「ちなみに、横島さんが耐えられる最大値はいくつなんです?」

「今のところ5Gtが最大よ」
 
「なあ刹那姉ちゃん、兄ちゃんってほんっまに人間なんか?」

「も、黙秘権を行使させてください……」


 タマモの提案する第一案は、ある意味定番ともいえるショック療法だったが、その衝撃単位が人類の限界をはるかに超えているため、刹那と小太郎は虚ろに笑いながら互いに顔を見合わせる。それに対してタマモはといえば、いかにもこの方法がオススメとばかりに、その手にアーティファクトの『変幻突込杖』を取り出して100Mtハンマーに形を変えていた。


「で、どうする? ヤっちやっていい?」

「気のせいやろうか、なんや『ヤる』の部分が俺には『殺る』って聞こえたで」

「えっと……とりあえずもう一つの案を聞かせてください。記憶の上書きとはいったいどうするのですか?」


 刹那は殺る気まんまんのタマモをとりあえず押しとどめ、もう一つの案を聞こうとする。すると、タマモは急に顔を赤らめると刹那から微妙に視線を逸らしだす。だが、それも限界だったのか、タマモは顔を赤くしたまま刹那を手招きすると、ハテナマークを浮かべて近付いてきた刹那の耳に口を寄せ、何事かをボソボソと耳打ちした。


 ボン!


 タマモが何事か耳打ちした瞬間、刹那は見事なまでに真っ赤に染まった。


「タ、タマモさん。さすがにそれは……」

「でしょ、いくらなんでもさすがにコレは自分でもどうかと思うわ。かといって他の人に任すのは……」

「そ、それはイヤです」

「となると……どうする? 方法は二つに一つだけど」

「えっと……」


 刹那はしばしの間横島を見つめていたが、再びボンという音と共に先ほど以上に真っ赤に顔を染めると、消え入りそうな声でタマモに答えた。


「わ、私達はまだ中学生ですし……その、決して嫌と言うか、いずれはその時が来るかなと思ったりしないでもないですけど、せめてもう少しムードがあったほうが……じゃなくて、とにかく最初の記憶の消去する方法でお願いします!」

「ま、そうするしか無いわよね」

「なあ、姉ちゃん達はいったい何の話をしとるんや?」


 最後までタマモが刹那に何を言ったのか不明であったが、ともかく二人は互いに顔を赤くしながら、横島のトラウマの原因となった記憶を消去する事に決めた。その一方で、お子様の小太郎は二人の話に完全に置いてきぼりとなり、不思議そうな顔でタマモ達を見上げている。


「あ、小太郎君はこっちに来てくださいね。ネギ先生と違って慣れているとは言え、なんの拍子で神の世界を見てしまうかわかりませんから」

「お、おう……」


 刹那は方針が決定すると、話についていけなかったせいで戸惑っている小太郎の手を取り、部屋の外へと向かう。そして刹那が後ろ手に扉を閉めた瞬間、凄まじい破壊音と共に横島の悲鳴が響き渡ったが、二人は決して振り返ることなく涙を流しながら試合会場へと向かう。
 横島忠夫、彼は折檻であれ、治療行為であれ、どちらにしても惨劇の結末が待っているという数奇な運命の星の下に生まれた男であった。



第43話 「全力全壊! 犬上小太郎」




 
「皆様お待たせいたしました。試合場の修理、および血痕……もとい、汚れの清掃も終わりましたので、ただ今より二回戦第一試合を開始いたします!」


 あらゆる意味でアレであった一回戦が全て終了し、激しい戦いの爪跡や周囲に散らばる横島の血痕を麻帆良大学土木研究部および薬学部防疫部隊の獅子奮迅の活躍により、試合会場は完全に元の姿を取り戻している。
 そしてようやく始まった朝倉のアナウンスとともに、会場の上空には一回戦のダイジェスト映像が流され、次の試合を待ちわびていた血に飢えた――もとい、笑いに飢えた観客達は高音VS田中、ネギVS高畑、横島VSエヴァの戦いに大爆笑をし、今これから始まる二回戦への期待をいやが上でも高めていた。
 もっとも、主催者の思惑としてはまったく別の意味でこの映像を流していたのだが、あいにくとまともな試合が小太郎VS愛衣、クウネルVS大豪院、クーフェイVS龍宮といった一切の魔法臭が無いガチ勝負のみであったため、肝心の魔法戦闘は只のお笑い&ショッキング映像でしかなくなっていたりする。きっとこの映像をどこぞのテレビ局に持ち寄れば『衝撃の映像スペシャル』で大賞を受賞する事は間違いない。


「それでは、一回戦を勝ち抜いた勇者、犬上小太郎選手、クウネル・サンダース選手の入場です!」

「おっしゃー、いくでー!」


 朝倉に名前を呼ばれた小太郎は気合の声を声を上げると腕を振り回し、試合場へと歩を進めようとする。なりは小さくても心に潜むは戦士の魂、その表情にはネギのように脅えや、まして横島のように気だるげな様子など微塵も無かった。


「小太郎くーん、がんばってくださいましー!」

「今度こそちゃんと勝つところ見てるからねー、負けるんじゃないわよー!」


 と、そこにあやかとタマモの声援も聞こえ、小太郎はタマモ達の方へ向いて手を振ると改めて試合場へと向かい、対戦相手のクウネルをじっと待つのだった。


「タマモさん、小太郎君は勝てますでしょうか……」

「んー、なんかつかみ所無くてよくわかんないのよねー、あのクウネルってヤツは」


 アヤカは心配そうに試合場に立つ小太郎を見つめ、タマモもまたどうにも得体の知れない対戦相手に不安そうだ。これが試合とかでなく、実戦であったなら勝率を上げるために間違いなく罠の一つや二つ、いや十や二十ぐらい仕掛けてクウネルを精神的に追い詰めるぐらいはするのだが、あいにくと小太郎は真っ向勝負が大好物であるため、そんな事をすれば間違いなく嫌われてしまう。
 タマモとしてはそんな鬱な未来などゴメンこうむりたいため、特になんの手出しもすることなくただひたすら観客に徹していた。


「やはり相当強いのですね、あのクウネルという方は」

「たぶんね。というか、どうにも実体というか、存在が希薄に見えるのが気になるのよ……魔法か何か知らないけど匂いも無いし」

「あの方は魔法関係者なのですか!?」

「そうみたいよ、エヴァとも知り合いみたいだしね。ま、どっちにしても今の私達に出来るのは精一杯小太郎を応援するだけよ」

「そうですわね……」


 あやかはしばしの間、腕を組んで厳しい顔をするタマモを不安そうに見つめていたが、ここでふと何かを思い出したのか、手を叩くと話題を変えた。


「時にタマモさん……横島さんはアレからどうなりました?」

「かなりトラウマになってたみたいだから記憶は消しておいたわ。もっとも、ショックがあまりにも大きすぎたから完全復活できずにいて、今は医務室で天井のシミを数えてるみたいだけど」

「それって一人で放っておいていいんですか? フラッシュバックでも起こったら大変な事に……」

「今は私と刹那が自立型の式神、『ちびタマモ』と『ちび刹那』を監視につけてるから万が一の時はすぐに通報が来るわ。だから大丈夫」

「そういうことなら……あ、試合が始まりますわよ!」

 あやかが思い出した話題、それは横島のことであった。やはりあやかとしても親友の義兄にして、自らも所属する事務所の所長、そして奇妙なシンパシーめいた物を感じる人物があのようになれば人並みに心配するのも当然といえよう。
 そんなあやかの心配に対して、タマモは大丈夫とばかりに笑顔を浮かべると必要な手段を取っている事をあやかに伝える。するとあやかもようやく安心したのか、ほっと一息つくとあらためて試合場に目を向けた。 


「で、時にアヤカ……今度は興奮して首を絞めないでね」

「ど、努力いたしますわ」


 今まさに始まる小太郎とクウネルの戦い、それを前にして緊張するあやかの耳にタマモのなんともいえない冷たい声が聞こえてきたが、それに対するあやかの答えはなんとも自信がなさそうである。
 タマモはあやかの自信の無さそうな声を聞くと同時に深いため息をつき、万が一の時のために用意した八つ当たり用『ダミー横島君』をあやかとの間に置くのだった。
 




「それでは、二回戦第一試合……Fight!」


 ついに試合は始まった。
 小太郎は朝倉の宣言が終わると同時に構えを取り、じっとクウネルを見つめる。以前の小太郎ならば試合開始と同時に突っ込んだのかもしれないが、タマモと横島の薫陶なのか、戦いの中でも決して相手を侮ることなく、また戦いに際して相手の情報を得るためにじっとクウネルを見つめて構えや体重の配分などからどのような戦いをするのか見極めようとしている。しかし、小太郎の前に立つクウネルは特に構えを取ることなくフードの奥に光る目で小太郎を見つめたまま、ただじっとその場に立っているだけであった。
 小太郎と対照的になんの構えも取ろうとしないクウネル、一見無防備にしか見えないその姿であったが、冷静に状況を見極めようとする小太郎はクウネルの立ち姿に驚愕していた。
 ただ普通に立っているだけ。少なくとも二足歩行を行う人類ならば、なんらかの事情が無い限り誰でも行うことができる行為。しかし、今小太郎の前に立ちはだかるこの男の立ち姿は何かが違っていたのである。


「あかん……なんも読み取れん」


 小太郎は小さく舌打ちをしながら、誰にも聞こえないように呟く。
 ただ普通に立つだけ。それは言うなれば究極の自然体。一見無防備に立っているだけに見えながら、達人にしか不可能なその立ち姿を前に、小太郎はなんの情報も得る事が出来なかったのである。
 考えてみれば、構えを取るという事はそれだけで一つの情報を相手に与えるという事だ。構えの中の腕の配置、足の置き方や重心の位置、見る者が見ればそれだけでかなりの情報を得る事が出来る。しかし、クウネルが行っている自然体の前にそれは通じない。自分には到底できない立ち方、それを知った小太郎はクウネルは自分よりはるかに強いということを認識するのだった。


「アイツは強い……たぶん、いや確実に俺より強い。けど、ネギだって自分より強い高畑のオッサンに勝ったんや、俺かて負けられん。それに……」


 小太郎はクウネルの実力を認めながらも、それでも負けるわけには行かないと自分に活を入れる。そして徐々に気持ちを高ぶらせ、クウネルを睨みつけると体内で練った『気』を一気に開放しながら叫ぶのだった。


「アイツは兄ちゃんの仇や!」


 当然の話だが横島は死んでいないし、仇というならエヴァのほうがより適切だ。しかし小太郎は横島とエヴァが試合をする前に、クウネルと横島、そしてエヴァがなにやら話しているのを見ており、その際にクウネルの陰謀によってエヴァがあれほど暴走したのだと小太郎は見事なまでに勘違いをしていたのである。
 そしてそれが勘違いであると気付かぬまま、小太郎は強烈な殺気を兄を陥れた――と思っている――怨敵へと叩き付け、それと同時に一気にクウネルとの間合いを詰めた。


 ガシ!


 一瞬の交錯、その間に行われた目にもとまらぬ技の応酬。しかし、それでもクウネルの壁は小太郎にとってあまりにも高すぎた。
 小太郎の健闘むなしく、攻撃の合間のわずかの隙を突かれ、顎に強烈な一撃を喰らった小太郎は一気に観客席まで吹き飛ばされてしまう。しかし、それでも小太郎は戦意を失うことなくクウネルを睨みつけながら立ち上がるのだった。 


「くう、やっぱ強いで……」

「小太郎君と言いましたか、決勝でネギ君と戦いたいようですが、その願いはかなえてあげられないようです」

「それは俺がここで負けるっちゅー意味か?」

「はい、今の攻防でお分かりでしょうが、残念ながら今の貴方は私の足元にもおよびません」


 クウネルは膝を突く小太郎を静かに見下ろしながら、冷然と自らと小太郎の力の差を突きつける。しかし、その程度のことで小太郎の心は折れない。
 たとえ相手が自らの及ばぬ力を持っていようと、決して諦めない。これが実戦ならば逃げると言う選択肢もあるのだろうが、これはあくまでも試合だ。ならば刀折れ、矢尽きるまで戦い、己の全てを賭して戦うだけだ。そしてその心構えこそが、1%にも満たないであろう勝利を得る唯一の手段だと小太郎は本能で理解していた。
 

「ああ、たしかにあんたは俺よりも強い。せやけどな……強いヤツが必ず勝つとはかぎらんっちゅーことを俺はよーく知っとるんやー!」


 小太郎はクウネルとの力の差を実感しても、その闘志は微塵も揺るがない。その揺るがぬ闘志は小太郎の手に、足に、そして体を覆う『気』にまで伝わり、爆発的に力を高めながら影分身の影と共にクウネルへと突進していく。
 

「出たー! 出ました、各所で話題の分身の術がついに炸裂ー!」

 
 影分身という技、いや正確には術と表現したほうがいいのかもしれないが、それは自らの分身に仮初の実体を持たせる技である。しかし、所詮は影は影。小太郎が出した3体の影による同時攻撃は瞬く間にクウネルに迎撃され、その存在を消されていった。
 最後に残されたのは小太郎の本体のみ、そのあまりの実力差に誰もが小太郎の負けを確信し、会場は異様な沈黙に包まれる。しかし、それでも小太郎は諦めなった。
 圧倒的なまでの実力差を見せ付けられた小太郎は、それでも引く事は無く、むしろ好戦的な笑みを浮かべると一気に瞬動術をつかってクウネルに突撃する。それはかなわぬ相手でもせめて一矢報いようとする、小太郎の最後の抵抗にも思われた。


「無駄です、あなたの瞬動は見切って……」

「せやな、けど……これだけ近付けば見切られようが関係あらへんやろ?」

「な!」


 クウネルは突如として背後から聞こえてきた声に驚愕の声を漏らす。それはクウネルがこの大会で初めて見せた純粋な驚愕の表情だった。
 目の前には背後に現われた小太郎に気を取られた隙に致命的なまでに接近を許し、腹に手を当てられている。そしてその背後には勝利を確信した小太郎が、その手をクウネルの背中に当てていた。これにより、クウネルは前後を挟まれ、完全に死に体となってしまったのである。
 クウネルは観念でもしたのだろうか、特に動きを見せることなく静かに背後の小太郎へ向かって問う。


「まさか今まで本体だと思ってたのは……」

「俺の影や」

「いったいどうやって私の背後を?」

「影がお前を攻撃しているうちに、池の中に潜って後ろに回ったんや。それに俺、気配を殺すのは兄ちゃんと生活しとって必然的に鍛え上げられたから得意なんやで」

「普段アナタがどういう生活をしているのか実に興味深いですね……」

「まあ、世の中知らんほうがええっちゅーこともあるんや、ほなおしゃべりは仕舞いや!」


 小太郎は会話の終わりを一方的に告げると、練りに練り上げた気をその手に収束し、気の塊としてクウネルへと叩きつけた。その威力は凄まじく、小太郎の技の発動と共に出た爆煙は試合場すべてを包み込み、観客席から二人の姿を完全に隠してしまう。そしてようやくその煙が晴れた時、試合場に立っていた人影はただ一つ、クウネル・サンダースのみであった。


「な、何故や……なんで今のが……」


 小太郎は片膝を突き、呆然とクウネルを見上げている。つい先ほどまで、小太郎は勝利を掴もうとしていた。いや、もはや完全に掴んでいたと言ってもいい。しかし、現実にはこうして膝を突き、圧倒的な力を見せる相手をただ呆然と見上げているだけだ。
 そんな小太郎に対し、汗一つかいていないクウネルは小太郎を見下ろしたまま、さも感心したかのように賞賛の声を送る。しかし、それは誰がどう見ても勝者の余裕にしか見えなった。


「実に見事な攻撃でした。勝利への執念、私を欺いたその隠行、あなたを弱いと断じたのは素直に謝罪いたしましょう。しかし、私にも事情がありまして負けるわけにはいかないのです……ですから」

「いったいなんや」

「負けを認めてくれませんか? そうすれば無駄な怪我をせずにすみます」

「ふ、ふざけるなー!」


 クウネルの一言、それは純粋に小太郎の身を心配したが故に出た一言であったが、それは逆に小太郎の心に火をつける結果となった。
 小太郎にしても、ここまで力の差を見せ付けられた以上、どうあがいても勝ち目はないことを承知している。しかし、それがいったいなんだというのだ。
 たとえ勝てなくとも、自分はまだ立ち上がれる、まだ闘える。この手も、足も、そして体全体がまだ闘う事を諦めていない。それなのに目の前の男は負けを認めろと言うのだ。
 これが己の全てを出しつくし、本当に立ち上がれない状態でならまだ話は別だっただろう。しかし、今クウネルが見せた気づかい、それは小太郎が持つ戦士の魂にとって侮辱以外なにものでもない。それゆえ、小太郎は怒りに身を震わせ、獣のような視線をクウネルへと向けるとダメージで言う事を聞かない足を無理矢理従わせてクウネルへと跳びかかるのだった。





「も、もう見ていられませんわ」

「これは……さすがに勝ち目はないわね」


 試合場で行われる壮絶な戦い。いや、すでにそれは戦いとは言えないほど一方的な展開を見せていた。
 小太郎は幾度となくクウネルへと跳びかかり、それと同じ回数だけ床にたたきつけられている。しかし、それでも小太郎は立ち上がり、ボロボロになりながらもクウネルに挑む事を止めない。
 会場はすでに完全に静まり返り、今までのお笑い映像ネタバトルとは180度違うドシリアスな戦いに誰もが押し黙る。そんな会場に響き渡るのはクウネルが小太郎を打ち据える無慈悲な打撃音だけであった。


「お願いです、小太郎君。もう立ち上がらないでください……」

「無理ね、犬神系は総じて頑丈だし、小太郎の性格じゃまだ闘うのを止めないわよ」


 あやかは既にボロボロとなってしまった『ダミー横島』人形を放り出し、隣にいるタマモにすがりつきながら小太郎が打ち倒されるたびに目を伏せ、小さく震えながらこの試合が早く終わるように願う。しかし、そんなあやかの願いもむなしく、小太郎はボロボロの体に鞭打って立ち上がり、再びクウネルへ向かう。
 タマモの言うとおりなまじ犬神としての頑丈さと、普段のタマモと横島との生活によってネギほどとは言えなくても無駄なまでに耐久力が上昇している結果、小太郎は幾度となく立ち上がり、また立ち上がった回数だけ打ち倒されるという状況がすでに10分近く続いていた。
 

「でも、それじゃあ小太郎君は……そうですわ、それなら乱入なりすればこの試合を止められますわ!」

「だめよ、そんなことをしても決して小太郎は喜ばない」


 この時、あやかは自分達が試合場に乱入する事によって強制的に試合を止めようとするが、立ち上がろうとした瞬間にタマモによって腕を捕まれ、その動きを止めた。
 
 
「そんな! タマモさん、あなたは……あなたは小太郎君がどうなってもかまわないと言うんですか!?」

「そんなわけないじゃない! でも、今あの戦いに乱入したら小太郎は怒る。いえ怒るぐらいなら別にかまわないわ。けど、下手したら心が折れかねない」

「で、でも……」

「今闘っているのは小太郎よ。そして私達は傍観者だわ。戦いを始めるのも止めるのもあの二人にしかできないのよ」


 タマモは小太郎から目を離さぬまま、握っていた手をそっと離す。あやかは非情とも取れるタマモの言い方に反発し、思わずタマモを怒鳴りつけようとしたが、そのタマモの肩が震えている事に今ようやく気がついた。
 あやかは小太郎の闘う姿に気を取られ、今の今まで気付かなかったが、タマモもまた怒り、そして不安だったことにようやく気付く。そのことに気付いたあやかは荒れ狂う心を抑え、再びタマモの横に座るとタマモの手にそっと自分の片手を乗せた。


「アヤカ?」

「もうしわけありませんでした、心を乱してしまって……今の私達には小太郎君を応援する事しか出来ないのですね」

「ええ、残念ながらね」

「では、こうして黙っていても始まりませんわ、もっと声を出して精一杯応援しなくては! それに、私達が小太郎君の勝利を願わなくて、いったい誰が願うというのでしすか!」


 あやかは先ほどまでの剣呑な表情を収めると、タマモにむけて静かに微笑む。そしておもむろに立ち上がると、静まり返る会場をものともせず、大音声で叫ぶのだった。


「小太郎くーん、負けないでくださーい!」


 タマモは恥かしげもなく小太郎へ必死の声援を送るあやかを呆然と見上げていたが、やがてその顔に小さく笑みが浮かぶ。
 先ほどまで、タマモはともすれば暴走しそうになる自分を必死に抑えていた。いかに試合とは言え、もはや勝敗が完全に見えた戦いでただ負けるためだけに立ち上がる小太郎に怒りすら感じる。
 タマモは暴発しそうになる自分を、あやかを説得する振りをして必死に押さえつけていたのである。それゆえ、小太郎の勝利を願い応援するどころか、ただ沈黙して小太郎が無事に帰って来る事を願うだけだった。だが、そんなタマモの不安と心の揺らぎを吹き飛ばしたのは、先ほどまで暴発しようとしていたあやかであった。
 そして、あやかの一言で暗鬱な部分が吹き飛ばされると同時に、あやかと横島の奇妙な共通点をまた一つ見つけ出した。
 出会ったばかりのころの横島は実力があるにも関わらず、すぐにパニックを起こしていた。しかし、本当にヤバイ時は震えながら立ち上がり、ぎこちない笑いを浮かべて敵に立ち向かって行ったのである。その横島の姿にタマモは幾度となく勇気付けられ、不安を吹き飛ばしてくれたものだ。そして今、自分の不安を吹き飛ばしたあやかの微笑みは何故かその時の横島の笑みと重なる。


「まったく……いくら同一存在だからって、こんなとこまで似なくてもいいじゃない」

「え? タマモさん何かいいましたか?」


 小さく呟いたタマモの声に、あやかは不思議そうな顔をして振り向く。
 タマモはあやかになんでもないと首を振ると、おもむろに立ち上がり、あやかに負けないほどの声援を小太郎に送るのだった。


「小太郎ー! 負けたら晩御飯抜きだからねー!」






「へっ、あやか姉ちゃんもタマモ姉ちゃんも心配のしすぎや。俺はまだまだ負けへんで」

「まったく、呆れるほどの頑丈さですね。普通の人間なら確実に入院どころか、死んでもおかしくない状態ですよ」


 クウネルはフラフラになりながらも立ち上がってくる小太郎に正直辟易していた。なにしろ、確実に意識を刈り取る顎への打撃だろうがなんだろうが、勝ったと思った次の瞬間に小太郎は立ち上がり、無謀な戦いを挑んでくる。かといって、一撃で小太郎を葬り去るような攻撃は正直威力がありすぎて逆に使えない。そのジレンマがこの戦いを長引かせていた。
 もっとも、小太郎にしても幾度立ち上がっても触れることすら出来ない相手に心が折れる寸前だったのだが、その直前に聞こえてきたあやかとタマモの声援を受け、今再び立ち上がって静かに呼吸を整えていた。


「試合時間はあと5分、このまま行っても私の勝ちでしょうが、いくらなんでもあと5分も殴り続けるというのは些か良心が咎めます。ですから、ここらで終わりにしましょう」

「ようやく本気を出す決心がついたんか。ほな、俺もこれが最後の攻撃や!」


 小太郎は痛む体を無理矢理動かし、最後に残った気を集める。そして静かに佇むクウネルへ向け、最後の突撃を敢行するのだった。


 ズドン!


 小太郎がクウネルへと足を踏み出し、クウネルが小太郎へ向けて手を差し出した瞬間、小太郎はまるで見えない何かに押しつぶされたかのように床にたたきつけられた。


「な、なんやこれは……」

「小太郎選手、ついにダウンー! とにかく、カウントを取ります!」

「さて、これで終わりです。さすがにこれ以上打撃を加えたら深刻な怪我を負ってしまいます。ですから、このままカウントが終わるまで強制的にダウンしていただきます」


 会場に朝倉のカウントが響く中、クウネルは床でもがき続ける小太郎をどこか安心したような表情で見下ろしていた。
 今、クウネルが使った技、それは無詠唱で行った重力制御魔法だ。クウネルは上空で作り出した重力球を突進してくる小太郎にたたきつけ、その荷重で強制的に小太郎からダウンを奪ったのである。


「む、ぐが!」

「もがいても無駄ですよ、いくら小太郎君でもその状態から立ち上がることはできなでしょう」


 クウネルはようやく終わった戦いに安堵し、カウントがなされる中をゆっくりと控え室へと向かおうとする。しかし、次の瞬間、彼は信じられない物を見るのだった。


「ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎぎぎ! ぐがぁぁぁー!」

「?」


 なにやら背後から聞こえるただならぬ声に振り返ると、そこには重力球の中で鬼のような形相をしながら立ち上がっている小太郎の姿があった。


「こんなもの……」

「あれ?」

「こんなもの……」


 クウネルは小太郎のあまりに予想外というか、理解の範疇を超えた行動に呆然とする。そして小太郎はといえば、歯を食いしばり、床に足をめり込ませながらゆっくりとクウネルへと近付いていく。


「えっと……小太郎君、一応その重力球の中は通常の30倍の重力が発生しているんですけど。なんで立ち上がれるんです?」


 クウネルは信じられないとばかりに首を振り、逃げる事も、また小太郎を迎撃する事も忘れてただ呆然と立っている。
 ちなみに、30倍の重力とは小太郎の体重が仮に40kg程度だとした場合、重力球の中では1.2tもの体重になっているということで、どこぞの戦闘民族――初期ver――も真っ青な超重力空間である。
 普通ならこれほどまでに体重が増加すれば動く事どころか、そのまま自重で押しつぶされてしまうはずだ。そう、普通ならばである。
 あいにくと、小太郎は普通ではない。それゆえ、小太郎は呆然とするクウネルに近付き、完全に射程距離まで捕らえると、信じられない事にその超重力の空間の中で飛び上がりながら叫ぶ。
 

「30倍や100倍がなんや、俺やネギは常に100トン単位、兄ちゃんにいたってはギガトン単位の圧力に耐えてきたんや、今更体重が1t程度増えたぐらいで負けてたまるかー!

「あ、貴方は本当にいったいどういう生活を送ってるんですかー!」


 小太郎はクウネルの悲痛な突っ込みをものともせず、その極大までに増加した重力加速度も加えてクウネルへむけてダイブする。その小太郎の捨て身の技の美しさと、思わず突っ込んでしまったことによる時間のロスでクウネルは小太郎の攻撃を喰らってそのまま床へと押し倒された。
 小太郎はクウネルを押し倒すと、そのまま馬乗り状態となってクウネルの動きを封じ、掲げた両手に最後の気を集め、それを一気にクウネルの胸へ叩きつけた。


「俺は……俺は絶対に負けへんでー!」


 小太郎の思いと共に炸裂する最後の気弾、それは圧倒的な威力をもって確実にクウネルに直撃する。しかし、残念ながら小太郎の最後の攻撃もクウネルになんら効果を与える事はない。クウネルは自分に勝とうとする小太郎の思いを踏みにじることに罪悪感を感じながら、自らの体へと視線を向ける。
 今回も、そして小太郎が影分身を使ったときも、本来ならクウネルはかなりの手傷を負っていたはずだった。しかし、現実には今まさに炸裂している小太郎の攻撃をものともせず、小太郎の体を心配する余裕さえ見せている。
 何故クウネルに小太郎の攻撃が効かないのか、それはクウネルのこの体に秘密がある。今、小太郎と戦っているのは厳密に言えばクウネルではない。いや、正確に言えばクウネルの本体ではないのだ。
 クウネルはとある事情により本体が動けないため、魔法によって仮初の体を作り出して大会に参加していたのである。当然、このある意味究極の反則技な体により、クウネルには一切の攻撃が通用しないのだ。もっとも、その体が存在できないような問答無用の威力を持つ攻撃を喰らえば体が維持できなくなるのだが、あいにくと小太郎はそこまで破壊的な力は持っていない。そのため、小太郎がどんなにあがこうとクウネルに勝つことは不可能だったのだ。

 しかし、この時一つの奇跡が起こった。


<小太郎君! 負けたらタマモさんのハンマーが飛んできますよ!>
 

 何故か小太郎の脳裏にテレパシーのごとく響き渡ったあやかの声、それを聞いた小太郎はこのまま負けた場合の未来予想図に戦慄し、火事場のクソ力のごとく今まで以上の気をかき集めてクウネルに叩きつける。それはまるで燃え尽きる前にひと際大きく燃えるロウソクのごとくであった。


「う、うがあああ! 俺はお前を絶対に倒さなあかんのやー!」
 

 小太郎の文字通り必死の抵抗、それはあやかから受けた応援を引き金に新たな展開を見せ、より大きな奇跡へとつながっていく。この時、あやかのテレパシーを受けると同時に小太郎が常にかけている首飾りの先にある珠が光り始めた。
 小太郎の服の中で光る珠、それは横島から受取った文珠だった。文珠の中にある文字は『防』、小太郎が念を込めれば自動的に発動するはずのその文珠は今、小太郎が命の瀬戸際とばかりに燃え上がる気と思いを受けて明滅しはじめ、やがてその文字は『倒』の文字へと変わる。
 これは本来ならありえないはずの現象だ。文珠へ文字を込める事ならば、霊力を操れる人間ならば誰でも可能である。しかし、小太郎は気を操る事は出来ても、霊力を操る事はできない。その上、一度文字が入った文珠を書き換えることは横島にしか出来ないはずであった。
 本来なら決して起こるはずのない現象、それを総じて奇跡と呼ぶなら、今小太郎の身に人知れず起こったことはまさに奇跡以外何物でもない。そして文珠の明滅が終わり、文字が完全に『倒』の文字に入れ替わると、まるでそれを待っていたかのように文珠のかかっていたひもが切れ、小太郎の服の下を通ってクウネルの体へと落ちると、文珠はついにその効果を余すことなく発揮したのだった。


「小太郎君、残念ながらどんなにあがいても、あなたの攻撃では私の体に傷一つ……こ、これは!」

「おおっと! クウネル選手立てません! 意識ははっきりしているようですが、脳が揺らされて足にきてしまったのかー!」


 小太郎が文珠の発動に気付かぬまま、息を切らしながらクウネルから体を離すと、何故かクウネルは起き上がれずにもがき始め、当初の余裕など完全に消え去ったような焦りの表情を浮かべて小太郎を見つめる。そしてそんなクウネルに対し、ダウンしていると判定した朝倉は無情にもカウントを進めていくのだった。


「え、ちょっと待ってください、これはいったい……」

「ど、どや……なんやよーわからんけど、これで俺の勝ちや」

「こ、これは重力制御魔法? それならキャンセルすれば……キャ、キャンセルできない!?」


 クウネルはなんとか事態を打開しようと、この魔法と思しき効果を打消すために対抗魔法を発動させたが、あいにくとこの効果は文珠というクウネルにとって未知のアイテムによってもたらされたものであるため、いかにクウネルが魔法をキャンセルしようとしても効果がない。
 もっとも、もしここでクウネルが魔法をキャンセルしようとせず、それなりに魔力を使って問答無用で空中へ飛ぼうとすれば、文珠の効果から逃れられたのかも知れないが、クウネルがそれに気付く事はなく、ただ時間を浪費して無情なカウントが進むだけであった。





「7、8、9、10! 勝者、犬神小太郎ー!」

「や、やりましたわー!」

「今のは文珠……でも、小太郎が持ってた文珠は『防』よね、これはいったいどういうこと?」


 小太郎の勝利を告げる10カウントが鳴り響くと、それと同時にあやかは喜びのあまりにタマモに跳びかかり、タマモに抱きつきながら喜びをかみしめる。
 その一方でタマモは小太郎の持っていたはずの文珠と、発動した文珠の不可思議な効果に首をかしげていたが、喜ぶあやかの姿を見ているとそれもどうでもよくなったのか、あやかの手を取ると小太郎の勝利を祝福するために選手待機場へと向かうのだった。


「小太郎ー! すごかったわよー!」

「小太郎君、おめでとうございます! 途中ハラハラしましたけど見事な逆転勝利でしたわ」

「へへへ、どや、ちゃんと勝ったで!」


 小太郎が試合場から戻ってくると、そこでは満面の笑みを浮かべたあやかとタマモが待ち受けており、小太郎の勝利を祝福していく。小太郎もそれを受けてようやく勝利を実感したのか、子供らしい笑みを浮かべると腕を上げてタマモ達に答えた。


「あ、そういえば小太郎、あんた最後に急に力を上げたでしょ、あれはいったいどうしたの?」

「え、えう……」


 小太郎が自らの勝利をかみしめている中、タマモが純粋に好奇心から小太郎の勝利の引き金となった気の爆発のことを質問すると、小太郎は急に表情を凍てつかせ、カタカタと小さく震え始めるとなにかにすがるようにあやかを見上げる。


「ん、どうしたの?」

「い、いや……その、あれや。試合中になんや頭にあやか姉ちゃんの声が頭の中から聞こえて、そんで……」

「私の声がですか……ってまさかアレが聞こえたんですの!?」


 小太郎が体中から妙な汗をかきながら、なんとか当たり障りのないようにタマモに答えると、それを聞いたあやかは最初のうちはキョトンとした顔をしていたが、やがてその内容に思い至ったのか、一気に顔を青ざめさせる。その一方で、タマモは突然不審な行動を取る二人に首をかしげてあやか達を見据えた。


「ふーんアヤカの声がねー……ってどういうこと? アヤカが念話を? いったいどうやって? いえ、それ以前にそもそもいったいその内容はなんなの?」

「どうやってと言われましても……そ、そうですわ! この私の小太郎君への愛、このあふれる愛こそが空間を超え、私の思いを小太郎君に届けたのです! そして小太郎君は私の愛に答えてあのような奇跡を見せたのです!」

「せ、せやで! あやか姉ちゃんの言うとおりや! 俺とあやか姉ちゃんの愛が奇跡を生んだんや!」

「ちょ、わかった、わかったから二人とも落ち着いて! 恥かしいってば!」


 小太郎とあやか、二人はタマモを誤魔化し、互いの保身のために周囲の人間をものともせずにやたらと恥かしい単語を連発する。
 タマモはやたらと『愛』という単語を連発する二人を恥かしい思いをしながら、何故かふと納得してしまう。それはなぜかと言えば、あやかのセリフの中で『愛』という部分を『煩悩』という言葉に置換え、発言者を横島に変えた場合妙に納得できてしまう事に気付いたからであった。
 こうしてあやかにとっては本望なのだろうが、この時やたらと大きな声を出したのが災いし、これ以後二人は年の差を越えた熱愛カップルとして認識される事になるのだが、その悲哀を一身に受けるのは小太郎ただ一人であった。

 一方、試合とは別の意味で命の瀬戸際に立たされている小太郎を他所に、クウネルは試合場を呆然と見つめながら一人黄昏ていた。
 

「ど、どうしましょう……ナギとの約束が……いや、それ以前にこんな負け方をエヴァが見ていたら……」

「ククククク、ちゃんと見ていたぞ、貴様が無様に負ける所をな」

「エ、エヴァンジェリン……」


 クウネルが振り返ると、そこには実にいい笑顔をしたエヴァが元のゴスロリ系の服に着替えて仁王立ちしていた。


「ん、どうしたその顔は? おお、そうかさすがにショックだったか、あれほど余裕をかましておきながら、格下にいともあっさり負けてしまったのだからな」

「い、いえショックというかそういうのは……」

「しかし、久方ぶりに面白いものを見せてもらった、負けた時の放心したお前の表情、傑作だったぞ。いや、まったくこの勝ち負けを賭けの対象にしていなかったのが残念だ。もし賭けていたなら、貴様が負けた場合、私以上の屈辱を与えてやったというのに……」

「く、くうう普段からかっている相手にからかわれるのがこれほど屈辱だったとは……」

「くははは、そうだその表情が見たかったのだ! 泣け、喚け、この私の前で負けた事を呪うがいい!」


 エヴァは顔に満面の笑みを浮かべ、クウネルを見据える。エヴァとしては、かつてより自分をからかいまくるこの不埒者をいたぶるまたとない機会を得たのだから、その機会をみすみす逃す手はないのである。そしてここ最近、たまっているフラストレーションを発散するべく、エヴァはここぞとばかりにクウネルをいたぶり倒すのだった。
 クウネル・サンダース。本名アルビレオ・イマ、本来なら圧倒的な実力をもっていたはずの彼は、直接闘っていないにもかかわらず横島とタマモの暗躍によって敗れ去った可哀想な人であった。




 第43話 end






「なんじゃと! 高畑先生に続いて明石教授に瀬流彦君、それにガンドルフィーニ先生が負傷じゃと!」


 武道大会も2回戦に突入し、益々持って盛り上がっているころ、ここ学園長室ではシスター・シャークティがもたらした突然の凶報に学園長が驚愕の声を上げていた。
 シスター・シャークティは血圧が上がりそうなほどの大声を上げる学園長に対し、ただ淡々と事態の説明をしていく。


「はい、三人とも意識不明の重体で、ただいま医務室にて治療中です」

「むう、いったい何があったのじゃ……高畑君はいまだに精神的に完全復活しておらんし、この上ガンドルフィーニ先生達まで失うとは」

「詳細は不明ですが、これによって学園の警備体制に大きな穴が開く事になることは確実です」
 
「うぬぬぬぬ、只でさえでも那須の殺生石の件で人手がいるというのに」

「確かに人手不足も深刻ですが、気になる事が……」

「それはなにかの?」


 学園長は学園祭における警備や、那須への増援の主戦力になるはずの三人の突然の負傷に頭を抱え、頭頂部にしか無い毛髪がハラリと数本抜けていく。ただでさえでも九尾の狐の復活疑惑で心労が重なっている上、この事態であるのだからそれもある意味無理も無いかもしれない。そして、そんな学園長に追い討ちをかけるように、シスターはある懸念を学園長に告げるのだった。


「高畑先生の負傷はともかく、魔法使いの主力たる三人が一度に脱落、そしてほぼ同時期に起きた殺生石の破壊。偶然で済ますにはあまりにもタイミングが良すぎます」

「事は一つにつながっているということかの?」

「おそらくは調査の妨害のためと予測されます……」

「ふむ、ならば先行している神多羅木先生と刀子君の身も危ないかもしれんの……」


 学園長はしばしの間窓の外に目をむけ、学園祭でいつもより賑やかな学園都市を一望した。
 学園長室に大通りを通るパレードの賑やかな楽曲と、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。学園長はその喧騒にしばしの間耳を傾けていたが、ふと顔を上げると今までとは違う厳しい顔つきで振り返った。


「シスター・シャークティ」

「なんでしょうか、学園長」


 シスターは学園長の気配が変わったことに気付き、その顔を引き締める。今彼女の前にいるのはいつものとぼけた老人でも、この麻帆良学園の学園長でもなく、関東魔法協会の長であった。


「高畑先生と共に増援として那須へ向かってくれんかの。なに、いくら精神に傷を負っているとは言え彼も戦士じゃ、戦いの場に行けば己を取り戻すじゃろう」

「まあ、高畑先生と同行することについて異論はございませんが、それでは学園の警備体制や告白生徒への対応が……」

「その点については残留組にしわ寄せが来るが、そこは弐集院先生達にがんばってもらうとしよう。正直今はそれよりも九尾の狐のほうが重要じゃ。西も人員の派遣を承認し、協力体制も取り付けた今、九尾の狐が力を取り戻さないうちに封印、もしくは殲滅をせねばならん」


 シスターは学園長の命令に対して、主力要員がほとんど出払う事による学園の警備体制の空白に懸念を見せるが、それに対して学園長は九尾対策こそが最重要と結論付け、増員の決定をした。


「……わかりました。これより那須へ向かいます」

「いつ何時妨害があるかわからん、くれぐれも注意するのじゃぞ」

「ハイ……」


 シスターと学園長、二人はこれから起こりうる最悪の事態を想定しつつ、それが実現しないようにするため全力をつくす事を決意するのだった。

 一方、学園長とシスターがやたらとシリアスな話をしているころ、医務室では学園長達の話題に乗っている、明石、瀬流彦、ガンドルフィーニの三人がベッドの上で死人もかくやというほど顔色を悪くさせてダウンしていた。
 そんな彼らはうめき声も上げることなく、死人のように眠り続けており、そんな彼らの枕元では死神が額に汗して彼らのために小型の墓標を彫っている。そして、ようやく全員の墓標を彫り終わったのか、仕事をやり遂げた清々しい顔をした死神はそれぞれの枕元に出来上がったばかりの墓標を置いていく。
 彼らの枕元に静かに鎮座する墓標、その正面にはやたらと達筆な文字で明石に『玉壊』、瀬流彦には『玉砕』、そしてガンドルフィーニの墓標には『玉滅』の戒名が彫られており、その文字を見るだけで彼らの身の上に何が起きたのか理解できよう。
 そしてそんな彼らの隣のベッドでは――


「シクシクシクシクシク……」


 ――記憶が消えたのにもかかわらず、言い知れぬ悲しみに襲われて涙で枕をぬらす横島が、ちびタマモとちび刹那の二人に看病されつつ、いつまでも泣いていたのだった。
 ガンドルフィーニ達が復活するか否か、それは横島の復活に全てがかかっているが、それがいつになるか誰にもわからない。
 願わくば手遅れにならない事を切に願おう。


 そのころ、麻帆良学園の入場口にローブに身を包んだ小柄な人影が入場門をくぐり、巨大な麻帆良学園を酷く冷めた目で賑やかな大通りを見渡していた。


「麻帆良学園……もうすぐ、もうすぐ会えるよ、もう一人の君に……」




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