「なんで……なんで私がこんな目に……」

「この世に神などいないのですね……」


 ここは龍宮神社の片隅にあるとある場所。そこでは放心したような表情で虚空を見上げ、この世の厳しさとわびしさを一身に背負った二人の金髪の少女が膝を抱えて座っていた。
 誰も来ないような場所で沈みこむ二人、そんな彼女達が背中に背負うは『裸』の一文字、胸に抱くは『王』と『皇』。共に某暗殺拳の長兄と同じ読みの二つ名を背負ってしまった彼女達は、ともすれば口からエクトプラズムを吐き出すかのように放心したまま何かを呟き続けている。


「いったい何がいけなかったのでしょうか……私はただ、立派な魔法使いにあるまじき事をするネギ先生を懲らしめようとしただけなのに……」

「何故だ……何故私が公衆の面前でコスプレをしたり、裸を披露したりするハメになるのだ。せっかく茶々丸達を封じたというのに、これでは意味が無いではないか……」


 周囲をも巻き込んで暗く沈みこむ二人の少女、つまるところエヴァと高音は、互いに背負った『裸』の一文字のショックからいまだに立ち直れていないようだ。
 まあ、しかしそれも無理もないことであろう。なにしろエヴァはともかく高音は名実共にうら若き乙女であり、エヴァにしても信じていた茶々丸達にさんざんいじくられた末に、トドメといわんばかりに全裸を披露したのだから、そのショックは想像を絶するものがある。そしてそのショックを共有する二人は同時に呟くのをやめると、互いに顔を見合わせ、ひしと抱き合う。
 『同病相哀れむ』今の二人を現すのに、これほどふさわしい言葉はないであろう。そして魔法界出身にして聖ウルスラに所属する高音・D・グッドマンと、魔法界にてナマハゲのごとく恐れられている真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、これを期に種族と偏見を超えた交流が始めることになるのだった。


「……」


 互いに同じ傷を背負った少女二人が無言のまま友情を深め合っているころ、その上空では死神が腕を組み、小首をかしげながらふよふよと空に浮かんでいた。
 死神はコミカルなドクロを微妙に歪ませながら、視線を何故かエヴァに固定する。そしてしばしの逡巡の後、懐から紙を取り出すとその紙になにやら筆で字を書いていき、それを書き上げると気配を消したままひっそりとエヴァの背中に回り、エヴァの背負った『裸』の文字をはがすと、『壊』と書かれた紙を気付かれぬように貼り付けるのだった。
 死神はエヴァの背に新たに貼り付けた紙の字がエヴァの背中に宿るのを確認すると、そのまま満足そうに頷き、ゆっくりとその姿を消していく。そして残された二人、特にエヴァは自らが背負った業を書き換えられたのにも気付かぬまま、高音と傷を舐めあ合っている。

 世界意思とも言える業を背負った二人、その背中に背負うは『裸』と『壊』の一文字、胸に抱くは『王』と『皇』。くしくも幼きころに引き離された某暗殺拳の長兄と次兄と同じ読みの二つ名を背負った二人は、この世の理不尽さを呪いながらいつまでも泣き続けている。そしてそんな彼女達の頭上では、昼であるのに関わらず、本来なら見えるはずのない北斗七星の脇にある呪われた宿星が自己主張をしていたのだった。




第46話 「風速40mの悪夢」






「ひぃぃぃ、MPが、MPがぁぁぁー!」

「な、なんでいつもこんな目にー!」


 麻帆良学園全体をカバーする地下空間、その中でも特に広大さを誇り、学園都市の上下水道局ですら全体を把握していないと噂されている広大な下水道のさらに地下で、箒を持った少女とハリセンを持った少女が何故か服の一部を脱がされながら、必死の形相で逃げ続けていた。
 広大な地下水路をひた走る少女、神楽坂明日菜と佐倉愛衣はともすれば止まってしまいそうな足を無理矢理動かしながら、なんでこんな事に巻き込まれたのかとその思いを過去へと飛ばして行くのだった。




「うふ、うふふふふふふ……」

「あは、あはははははははははははは……」

「お、お姉さましっかりしてくださーい!」

「えっと……これってエヴァンジェリンさんについては私のせいでしょうか?」

「刹那のは完全に不可抗力よ。まあ、最後の攻撃にすこーし気合が入りすぎてたみたいだけど……」

「高音さんについては満場一致でネギのせいよね。なにしろ本屋ちゃんとのデートの時も脱がしてたし……」

「え? 僕のせいなんですか!?」

「あんた以外のいったい誰のせいだと思ってんのよ!」


 刹那とエヴァの静かなる戦いと、その後の激しい戦いが終了してより5分後。姿を消してしまったエヴァをようやく見つけたタマモ達は、変わり果ててしまったエヴァと高音を前に途方にくれていた。特に、いつの間にやらタマモ達と合流し、高音を捜索していたメイなどは高音を見つけた瞬間に飛びついたのだが、高音がいっこうに現世へと戻ってくる気配がないため、その意気消沈振りはすさまじいものがある。
 そして、いまいち自分の罪を自覚していないネギの頭をアスナがハリセンでひっぱたくと、それを見ていたタマモが何かに気付いたように刹那のほうに向き直った。


「ねえ刹那……女性に対する物理的被害だけで見たら、実はネギ先生の方が横島よりたちが悪いんじゃないかしら?」

「え、えっと……否定できません……ね……話に聞けばアスナさんを初めとしてかなりの人が被害にあったようですし」

「そ、そんなー! 刹那さん、そこはちゃんと否定してくださーい! 僕は英国紳士として、命がかかっていない限りちゃんと女性は大事にしています!」

「どの口がそれを言うか、このエセ紳士がー! そもそもその『命がかかっていない限り』って枕詞は一体なんなのよー!」


 ネギが微妙に間違った方向の紳士としてのあり方を宣言すると同時に、ネギの保護者たるアスナは即座にハリセンで突っ込みをかまし、スナップの効いた鋭い音が周囲に響き渡る。
 タマモがそんな二人のやり取りをため息と共に見つめている時、ふとポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。


<おー、やっとつながった。タマモくん、ワシじゃ>

「学園長? いったいどうしたのよ、私に電話するなんて」


 タマモが電話に出ると、その相手は学園長であった。


<いや、本当は横島君に警備体制の変更を知らせようと思ったんじゃが、何でか知らんが電波の届かんところにいるらしくての。それでやむをえずタマモ君にかけた次第じゃ>

「電波の届かない所って……横島は医務室にいるはずだけど、電源でも切っているのかしら……ん?」

<どうしたんじゃ?>


 学園長は急に押し黙ったタマモに不安を覚えたのか、その声が一段下がる。タマモはしばしの間眉をひそめた様な表情をすると、すぐに刹那へと向き直った。


「刹那、今すぐにちびの方に連絡を取ってみて」

「え!? わ、わかりました……」


 刹那はタマモに言われると、少々戸惑いながらちび刹那に精神をつなげようとする。すると、刹那の脳裏にちび刹那の映像が浮かび上がり、笑顔のままペコリと刹那へ向けて頭を下げると――





<おかけになった式神はー電波の届かないところにいるか、電源が入っていませんー。申し訳ありませんけど、しばらくたってからかけなおしてくださいー>


「電波ってなんですかー!」



 ――ちび刹那の声で、圏外の携帯電話のような声が刹那の頭に響いてきた。そのあまりにも予想外な返答に刹那は思わず叫んでしまうが、その後いくら式神とリンクしようとしてもいっこうにつながる事はない。


「刹那……あなたも変なのが聞こえたのね?」

「タマモさんもですか?」

「ええ……ねえ、これってもしかしてあの式神の仕様なの? だとしたらこの術式を開発した人って別の意味で凄いわね」

「仕様……なんでしょうか? 私もこんな事態初めてですし……」


 タマモもまた思考の斜め上を行く式神の回答に頭痛を感じるのか、携帯を握ったまま額を押さえる。すると、耳から離したせいか、妙にか細い声で学園長が説明を求めてきた。


<あのー、タマモ君。いったいどうしたのじゃ? 話がいっこうに見えんのじゃが……>

「あ、ごめんなさい。今横島に連絡とろうとしたんだけど、つけていたはずの自立型の式神にリンク出来ないのよ。これってどういうこと?」

<なんじゃと!>


 タマモが学園長に慌てて事情を説明すると、学園長は何故か大声で怒鳴り、タマモはそのあまりの大声に耳を押さえながら再び携帯を耳から離すと、そのままマイク部分に向かって文句を言う。
 すると、学園長も即座に自分の失態を悟ったのか、タマモに謝るとすぐに大声を出した事情を説明し始めた。


「えっと……今、学園の魔法がらみの教師達を襲っている者達がいて、横島もそれに巻き込まれたということ?」

「うむ、あくまでも推測じゃがな。なにしろ既にガンドルフィーニ先生、瀬流彦先生、明石教授が何者かに襲われ、戦列を離れておる。すまんが、大至急横島君の所在を確認してくれんか」


 学園長は深刻そうな声で、魔法教師達の被害をタマモに知らせると、それを聞いたタマモは通話を終え、すぐにその内容を刹那へと伝える。ちなみに、ガンドルフィーニ達を再起不能にした下手人はタマモの目の前でエクトプラズムを吐いている真っ最中なのだが、あいにくとその時の唯一の目撃者たる弐集院が、あまりにもエヴァが不憫であったために仏心を出して真実を隠蔽したおかげで、学園長はもとより誰もエヴァが犯人とは知らない。そのおかげで騒ぎが無駄に大きくなっているのだが、弐集院はそのことにとんと気付いていないため、今現在お気楽に学園祭を楽しみまくっていたりする。
 ともあれ、二人して横島がいるはずの医務室向かおうとした時、その方向から顔を青ざめさせた小太郎が何かを叫びながら走ってくるのが見えた。


「た、大変やー! 兄ちゃんが、兄ちゃんがー!」
 

 小太郎はタマモ達のもとに来ると、医務室がもぬけの空。正確に言えば、未だに目覚めていないガンドルフィーニ達と共にいるはずの横島がどこにもいないことをタマモに告げた。


「横島さんが医務室から消えた?」

「そ、そうや。それもベッドごと!」

「匂いはたどったの?」

「匂いもたどれへん。ベッドがあった場所から突然匂いが消えてるんや!」


 タマモは小太郎の話を聞くにつれ、どんどん嫌な予感が増してくるのを感じる。これがもし学園長の話を聞く前だったのなら、どこかにナンパにでも言っているのだろうと当たりをつけ、怒りはするが心配はしなかっただろう。しかし、学園長の話を聞き、看病のためにつけていた式神とも連絡が取れない今、横島の身にただ事ではない何かが起こっているのではないかと考えてしまう。
 タマモが横島の所在について思考の海に意識を沈ませようとしたその時、いまいち状況を把握しきれていないアスナがタマモの肩を揺さぶった。


「タマモちゃん、いったいどういうことなの!?」

「あ、アスナ……横島がどこにもいないのよ、式神にもリンクできないし」
 
「式神ってあのちびたち?」

「ええ、破られたわけでもないみたいだし……いったいどういうこと?」

「どういうことって私に言われてもね……おおかた横島さんのことだから、そこら辺でナンパでもしてるんじゃないの?」

「あのちび達を振り切って? それならその前に必ずちび達から連絡があるわよ」

「あのー……タマモさん。ひょっとして横島さんは文珠を使って式神から逃げたんじゃあ……」


 アスナが首をかしげ、刹那が心配そうにうつむき、タマモがいらつくように髪をかきむしっていると、そこに話を聞いていたネギがおずおずとタマモに声をかける。するとタマモ達は互いに顔を見合わせ、じっとネギの方を振り向いた。


「文珠かー、確かに何でもありのアレなら可能よね」

「でも、それなら今までもナンパ防止のために憑けてた時にやってるんじゃないですか。やはり横島さんの身になにかあったと考えるのが妥当では」

「それもそうよね……ん?」


 タマモ達はしばしの間キョトンとした表情をするネギを見つめた後、再び顔を寄せ合って話を続ける。しかし、その中でタマモは何かに気付いたのか、何かを考えるように人差し指を額に当てると、ポンと手を叩いた。


「そうよ文珠よ! このさい横島が消えた理由や方法は後回し、この文珠に『索』って入れれば横島の行方を探ることが出来るわ!」


 タマモは嬉々として文珠を取り出すとそれを額に当てて念を込め始める。ちなみに、タマモの持つ文珠は刹那や小太郎が持つ文珠と違って何も文字が込められていない。これはタマモが刹那とは違い、霊力を主として扱うからである。
 ともあれ、タマモが文珠に念を込めると、文珠には『索』という文字が浮かび上がり、タマモの手からふわりと浮かぶとタマモ達を誘導するかのように、ゆっくりととある方向へと飛んでいく。


「さて、これでよし! アスナ、万が一の時のために手伝って」

「それはかまわないけど……刹那さんはどうする? この後ネギと準決勝でしょ」

「もちろん棄権します! というわけで、ネギ先生と小太郎君。朝倉さんに伝えといてください!」

「それはかまへんけど、俺は手伝わんでええんか?」

「それは大丈夫。というわけで、せっかく決勝まで行ったんだから優勝しなさいよ。目指せ一千万だからね!」

「お、おう……」


 タマモは小太郎とネギをその場に残すと、すぐに文珠の後を追おうとする。しかし、その瞬間にふと足を止めると、相変わらず高音の頭を揺さぶり続けるメイの肩をむんずと掴んだ。


「ちょうどいいわ、メイって言ったわよね。小太郎の代わりにアンタも手伝いなさい。魔法使いなんだから戦えるんでしょ?」

「え? それは確かに戦えますけど……私はここでお姉様を正気に戻さないと……」

「いいからアンタも来なさい。横島がいればあの程度のトラウマなんかすぐに治せるわよ」

「あ、ちょ! お姉様ー!」


 タマモは有無を言わせぬまま襟首を引っつかみ、刹那達と共にメイの悲鳴を響かせながら文珠の後を追う。そして、残された小太郎とネギはエクトプラズムを吐き続ける高音とエヴァを見ないようにしながら呟く。


「えっと、これって俺とネギが決勝を戦うってことか?」

「……そう、なるのかな?」


 なんだかわけのわからない内に、準決勝をすっとばして決勝を戦うことになった二人は、あまりにも速い展開に置いてきぼりになりながら呆然と佇んでいる。
 そして10秒後、ネギと小太郎が己の幸運に気付いた時、二人は互いに目に涙を浮かべながらお互いの無事と、命の危険の無い本当の試合が出来る事に気付いたのだった。







「さて、どうやらこの中に横島がいるみたいね」


 文珠を追う少女4人。彼女達は文珠に誘導され、学園の外れにある大きな地下水路の入り口に到着していた。タマモ達を誘導した文珠はその入り口付近に到着すると、効果が切れたのかそのままゆっくりと明滅し、消えていく。
 アスナは消えて行く文珠を見届けると、なんとも嫌そうな表情で入り口を見上げた。


「なんというか、図書館島といい、最近私達は妙に地下に縁があるわね」

「ううう、何か出てきそうです……」

「今度は4人ですね」

「馬車は無いけどね。とにかく、文珠がここを指し示した以上、横島は間違いなくここにいるわ」

「やはり何かの事件に巻き込まれたんでしょうか?」

「こんな所にナンパできる相手がいるはずないし、そう考えるのが自然ね。となれば後は突貫あるのみ! 行く手を遮る物は全て滅殺、十万億土へ送ってやるわ!」


 タマモは心配そうな顔をする刹那に答えると、ハンマーを取り出していまいちテンションの上がりきらないアスナと、いまだに高音の身を心配し続けるメイの方へ振り返った。


「いやさ、行くのはいいんだけど……なんで戦うことが前提なの? というか、十万億土って何?」

「あううう、お姉様ー」

「細かい事は気にしない、それに戦う云々は言葉のあやよ。とにかく、私達の目的は横島の身柄を確保することだから、もし敵がいても戦うのは最後の手段、ちゃんと回避するわよ」

「そ、それならいいんだけどね……」


 アスナはタマモの言う事に一応の納得したようであったが、何故かこの水路の中に入ると大変なことになってしまいそうな気がしてならない。なんというか、いまだに龍宮神社でエクトプラズムを吐いている二人の少女と同類項になってしまうのではないかという、妙に具体的な未来予想図まで浮かび上がって来るのである。
 それだけにアスナはなんとかこのパーティーから抜け出そうとしていたのだが、あいにくと横島奪還に燃えるタマモと刹那の決意は固く、とても抜けることは出来そうに無かった。後はもう、完全に巻き込まれてしまったメイ共々、せめて自分の身は自分で守るしかないと腹をくくるしかない。そのため、少々やけっぱちになりながらハリセンを取り出すと、死なば諸共とばかりにメイの襟首をひっつかみ、水路の中へと足を踏み入れるのだった。




 どこまでも続くかに思える地下水路網。そこに入ったタマモ達パーティーは武器を構え、まるで冒険者のごとく周囲を警戒しながら歩いていく。これがもしどこぞのRPGなら一歩進むごとに方眼紙を塗りつぶし、ついでに壁を蹴っ飛ばすのだが、あいにくとこれは現実である。そのため、タマモ達は周りを警戒するだけで特に足を止めることなく奥へと進んでいく。
 ちなみに、本来なら複雑にして広大な地下水路網に入るのなら水路地図は必須なのだが、その点に関しては妖狐たるタマモの持つ嗅覚と超感覚によるオートマッピング機能があるため、道に迷う事は無い。もっとも、ただ一人その事情を知らないメイは道に迷うことを心配していたが、やがて諦めたのか涙を流しながらタマモ達の後をついていく。
 ともあれ、薄暗い地下水路の奥へむけて進むタマモ達に変化が訪れたのは、地下水路に進入してから10分後のことであった。


 バッタリ


 タマモ達に訪れた変化、その時のことを文章で現すならこれ以外表現しようが無いであろう。
 三叉路に到達し、そこを曲がろうとしたタマモ達は、そこで初めて自分達以外の存在に遭遇する。そして、そのあまりにも予想外にして、唐突なその出会いは、出会ったと同時に振り回したタマモのハンマーによって終わりを告げるのだった。
 タマモによって文字通り粉砕され、動かぬ骸と化したもの。それは2m近い大きさで、四本足を持ったロボットのようなものであった。


「えっと……これってなに?」

「なんかガードロボットって感じですね……」

「やはり何かがここにあるのね」


 アスナはロボットモドキの頑丈そうな装甲ごと完膚なきまでに破壊された姿を見て、それを実行したタマモの攻撃力に改めて戦慄を覚える。同時に、その絶大な攻撃力を持つそのハンマーの直撃を食らってなお生きている横島とネギ、そして小太郎に対しても言い知れぬ戦慄を覚えた。
 そして、すでに確実に手遅れである横島はともかく、まだかろうじて人間の範疇に入っていそうな気がするといいなと、希望的観測をもつネギと小太郎に対して、早急に手を打つ必要があると決意するのだった。
 ちなみに、アスナはこの時小太郎が狗族のハーフであること、つまり明確な意味での人間では無いことを綺麗さっぱり忘れている。その原因としては、彼女がバカレッドだからという訳ではない。彼女が小太郎が人間では無いという事実を忘却の彼方に追いやった理由において最大の原因は、間違いなく横島の存在である。つまり、人間でありながら余裕で人間としてのカテゴリーから逸脱している横島に比べれば、妖怪のほうがよっぽど人間っぽいという理由からであったりする。
 ともあれ、アスナが誰にも、特にタマモには言えない決意を固めているころ、ロボットモドキを調べていた刹那が何かに気付く。そしてほぼ刹那と同時にそれに気付いたタマモがゆっくりと顔を上げ、通路の奥へ視線を向けた。


「タマモさん……」

「ええ、何かが来る。それもたくさん」


 タマモ達はこの時、通路の向こうからやってくるガードロボットの大群をはっきりと目に収めた。そして、ガードロボットの群れとタマモ達の距離が10mを切った瞬間、呆然としているアスナとメイを取り残したタマモと刹那が一気にその群れへと突撃していくのだった。


「かかって来なさい! この有象無象どもー!」

「てぇぇぇーい!」


 ガードロボットの群れへと飛び込んでいく二人。タマモがハンマーを一振りすれば、その回転半径+2m以内にいる敵は問答無用で圧殺される。そして刹那の放つ神鳴流の奥義はタマモのとりこぼした敵を確実に葬っていく。
 かつて横島はデートのおりに二人の事を金と白銀の天使と称したが、こと戦場においてこの二人は天使どころか破壊神のごとくである。そして、その二人の後を追う形でついて行くアスナとメイは、ロボット達の群れの向こうになにやら扉のような物を見つけた。


「か、神楽坂さん! あそこ、あそこになんか扉みたいなのが!」

「ほんとだ! タマモちゃんあっち! あのロボットの向こうになんか扉が!」

「ナイスアスナ! でぇぇりゃぁぁー!」


 メイが見つけた扉をアスナがタマモに伝えると、タマモは雄たけびを上げながら手にしたハンマーをその方向に向けて一気に投げつける。そして凄まじい破壊音が地下空間に響き渡ると、ハンマーが通った直線上にいたロボット達はその姿を消し、ただ無残な残骸が扉へ向けて異様な花道を作っていた。


「よし、道は出来たわ。刹那、殿はお願いね! いっくわよー!」


 タマモによって切り開かれた道を彼女たちは走りぬけ、その一番最後に刹那が続く。そして距離にして20m程度を走り抜けると、タマモ達は扉の前にたどり着き、中を確認するのももどかしいとばかりに扉の向うに駆け込んだ。
 タマモは殿の刹那を待ち、刹那を招き入れると即座に100tハンマーで扉を完全に塞ぎ、扉が開かないように固定すると、ここでようやく一息ついたのか額の汗をぬぐった。


「ふう、さすがに数が多かったわね」

「タマモちゃん……戦いは避けるって言ってたんじゃなかったの!?」

「だから避けたわよ、可能な限り」

「あのロボットモドキが大量に来る以上、その先には必ず何かがあります。ならば行く手を遮るものは殲滅あるのみです!」


 タマモが額の汗をぬぐい、刹那が奥義の使用で乱れた息を整えていると、そこにアスナが不満そうな表情でタマモに話しかける。だが、タマモはそれを気にすることなくきっぱりと切り捨てた。
 アスナはそんなタマモの物言いに力尽きたのか、がっくりと項垂れると最後の希望とばかりに刹那を見上げる。しかし、その刹那から帰って来た答もまた、アスナの体力を著しく削ぐものであった。
 がっくりとうな垂れるアスナと、そんな彼女を元気付けようとするメイを他所に、タマモ達は部屋の中を探索する。
 タマモ達が駆け込んだ部屋は、何かの休憩室であろうか、給湯施設が完備され、部屋の中心に円形の机と椅子が配置されている。アスナはその椅子に力尽きたかのようにどかりと座ると、自分をこんな目に合わせた天を呪う。すると、そんな彼女に妙に目をキラキラと輝かせたメイが反対側の椅子に座った。


「神楽坂さん……」

「何?」


 アスナはその動物的勘からか、メイの仕草にただ事ではない気配を感じてしまい、背中に嫌な汗を浮かべる。そしてそのアスナの勘は正しかった。


「タマモさん……いえ、タマモお姉様のことでお話が……」

「お、お姉さま!?」


 嫌な予感が見事なまでに的中したアスナは、乾いた笑みを浮かべながら微妙にメイから距離を取る。この時、アスナはメイが高音のことも『お姉様』呼ばわりをしていたのを思い出し、メイがそっち系の趣味を持っているのかと疑いだしたのだ。
 子犬のような可愛らしさを持つ美少女のメイに『お姉様』と呼ばれる。そっち系の趣味を持つ者なら感涙にむせび泣き、メイを優しく抱きしめたのかもしれない。しかし、それはアスナにはとうてい理解できない価値観であり、またタマモも明らかにそんな趣味を持っていないことを知っている。それゆえアスナは顔を引きつらせつつ、自分の疑問がなにかの間違いであって欲しい天に祈る。
 しかし、そんなアスナの健気な祈りは、何故か頭に浮かんだ腹を抱えて笑い転げる神っぽい者の映像と共に裏切られるのだった。


「あの、タマモお姉様の好みのタイプはどんな」

「ちょっとまって! ねえ、本気なの? 何かの間違いとか、気の迷いとかじゃなくて? ていうか、たしかにそれっぽかったけど、佐倉さんってそんなキャラだったの!?」


 アスナはメイの危険なセリフを強引に遮り、なにかの間違いであって欲しいと最後の望みを託してメイの目をじっと見つめる。しかし、それに対してメイは無言のまま頬を染めてうつむく事で返答した。
 アスナはメイの仕草の意味を理解すると、絶望と共に机につっぷしてしまう。この時、アスナはなんでこう厄介ごとが次から次へと、それも解決の見通しどころか、特大の火薬庫になりかねない案件が起こるわが身の境遇を呪うと同時に、自らの性癖をカミングアウトしたメイの行く末を思い、そのかなわぬ恋にそっと涙するのだった。
 ちなみに、あえて言及しておくがメイに元々そんな性癖があったわけではない。たしかに高音のことを『お姉様』と呼んでいたが、それはあくまでも自分を導き、公私にわたって指導してくれる先輩を純粋に慕っていたからに過ぎない。ならば、何故今回このようなことになったのか。その原因はめぐり合わせが悪かったとしか言えない。
 なにしろ姉として、先輩として慕っていた高音が無残に打ちのめされたため、メイ自信も気付かぬうちに心に大きな不安を宿す事になったのだ。そして、その傷も癒えぬ内にタマモによって強引に今回の探索に借り出され、周りが知らない者だらけという不安と、暗い地下空間で出現した強大な敵。見事なまでに吊橋効果の条件が出揃った時点で、その敵をいとも簡単に蹴散らしたタマモの雄姿。幾多の条件が出揃い、複雑に絡み合って相乗効果を生み出したそれは、暗く沈みこんでいたメイにとって希望の光にも見え、やがてメイは地下空間でも輝きを失わぬ金色の髪をした破壊神に心を奪われていくのだった。


「えっと、あの……佐倉さん、悪い事言わないから考え直した方が……」

「あ、いえ。私は決して刹那さんとタマモお姉様の間を邪魔するというわけではなく、ただ純粋にタマモお姉様のお側にいられたらと」


 なにやら危ない方向に目覚めてしまったメイは、アスナのセリフを遮ると目をキラキラと輝かせながらその身を乗り出す。アスナはそんな彼女の姿に絶望と共に再び机につっぷした。
 アスナは願う、誰か助けて、と。この歪みまくった愛に目覚めた少女と、ナマハゲのごとく殺気をふりまきながら部屋を捜索する金と白銀の破壊神に囲まれたこの時空から逃れられるのなら、魔王とだって契約してやる。
 アスナがそんな思いに囚われていると、やがて彼女はどこか夢のような空間で関西弁の魔王っぽい者が嬉々とした表情で契約書を取り出している夢を見る。アスナはぼうっとしたまま、その契約書に血判を押そうとしたその瞬間、凄まじい破壊音が響き渡り、アスナはようやく正気に戻った。
 ちなみに、アスナが正気にもどると同時に、どこからともなく舌打ちが響き渡ったが、それはきっと気のせいであろう。


「見つけたわよ! 隠し階段だわ!」

「タマモさんナイスです!」


 正気に戻ったアスナが顔を上げると、食器棚が100tハンマーによって背後の壁ごと無残に粉砕され、その向こうにはさらなる地下へといざなう階段が口をあけている。
 どうやら、タマモの超感覚によって人の出入りをトレースしてこの階段を見つけたようだ。


「さて、みんな休憩は終わり。先に進むわよ!」

「ハイ! タマモお姉様」

「横島さん、今助けに行きます!」


 タマモがハンマーを掲げながら階段へ一歩踏み出すと、メイが恍惚とした表情でタマモを見つめながら続き、刹那もまた捕らわれの横島を助けるために己に活を入れる。アスナは三者三様にテンションを上げまくる彼女達を視界に収めながら、気だるそうに、それはもう本当に気だるそうに立ち上がると、自分をこんな事態に巻き込んだ諸悪の根源である横島を打ち滅ぼす決意を胸に秘め、暗い笑みを浮かべながらタマモ達の後に続くのだった。




 いったいどれくらい時がたったのだろうか。あれからタマモ達は幾多の障害を乗り越え、もはや水路どころか地下迷宮と呼んで差し支えのない空間と化した迷宮を踏破して行った。この時、わけのわからぬうちに何故か手に入った青いリボンに首をかしげたり、はては途中にあった玄室でわけのわからない事を喋る魔法使いっぽいじーさんをぶち倒してアミュレットを手に入れたりと、それこそ漢字非対応の8ビット機ロムカセット一個分に相当する壮大な大冒険を繰り広げていた。
 しかし、それでも彼女達の目的である横島はどこにもいない。
 目の前に群がる敵を打ち倒し、横島を探して三千里、気分はまさに不思議な地下のタマモ。終わりの見えない探索に、さすがのタマモにも疲れが見える。そして、当然タマモが疲れる以上、刹那はもとよりアスナとメイもそろそろ体力の限界が近い。


「えっと、タマモちゃん。とりあえずさっき見つけたエレベーターで上に戻らない? ほら、昔の偉い人は『まだ行けるはもう危ない』って言ってたし……イエ、ナンデモアリマセン」


 アスナはタマモに横島救出作戦の一時中断を具申するが、あいにくとかの戦国時代において奥州の覇者となった伊達政宗の実母にして最上義光の妹と同じ異名を持ったタマモには通じない。ただ全てを射殺す視線に射竦められるだけである。
 ともあれ、そんな話をしつつも彼女達は奥へ向かって探索を続け、やがて物々しい扉の前にたどり着く。
 

「うん、いかにもボス戦って感じの扉ね」

「いや、ボス戦って……」


 タマモはその扉を前に、嬉々としてハンマーを構えると刹那へ目配せをする。刹那はタマモの視線の意味を把握すると、気配を消したままゆっくりと扉に近付き、一気に扉を開けた。
 刹那が扉を開けた瞬間、一陣の風となったタマモが、計測すれば瞬間最大風速は40mを超える暴風を撒き散らしながら部屋へと飛び込む。今度こそ横島がいると願いながら。
 だが、天はそんな些細なタマモの願いを聞き届ける事はなかった。


「えっと、これは……」


 タマモに続いて部屋に入った刹那は、呆然と周囲を見渡す。そんな彼女の視界には、巨大なホールを埋め尽くす無数のガードロボット達と、高音に大きなトラウマを背負わせた田中シリーズが静かに整列していた。


「どうやら電源は入っていないようね」

「これは田中さん? ってことはここは工学部がらみの建物でしょうか?……キャ!」

「刹那!」


 タマモと刹那は部屋を埋め尽くすロボットに唖然としながら歩を進めていたが、刹那が次の一歩を踏み出した瞬間、彼女の足元から床が消える。それに気付いたタマモがとっさに刹那を助けようと駆け寄ろうとすると、そのタマモの足元も刹那と同じように消える。
 部屋に残されたのは、突然の事態に対応する事も出来ず呆然としているアスナとメイ、そして落とし穴にはまって姿を完全に消したタマモと刹那の悲鳴だけであった。


「え、ちょ! タマモちゃん、刹那さぁぁーん!」

「タマモお姉様、桜咲さーん!」


 アスナとメイは事態に気付くとようやく動き出し、タマモ達が消えた場所にたどり着く。しかし、タマモ達を飲み込んだ穴はすでに元通り塞がり、いくら蹴ろうが叩こうが、はては魔法をぶちかまそうがいっこうに開く事はない。


「えっと……佐倉さん、どうしよう? 一端帰る?」

「タマモお姉様を置いてですか?」

「い、いや、私達でこれ以上先に進むのは無理なんじゃないかなーと思ってさ……」


 アスナは完全に取り残された事に気付き、不安そうな表情でメイに帰ることを提案するが、メイは既にタマモ救出に燃えているため、とても同意しそうに無い。しかし、それでも一縷の望みを込めてメイを説得しようとしたが、ここでアスナは重大な事に気付いた。
 アスナが気付いた重大な事、それはあまりにも迷宮深く入り込んだため、帰り道がわからないということである。往年のRPGファンを嘆かせる元凶にして、最近のRPGの必須機能でもあるオートマッピング機能を搭載していたタマモがパーティーから失われた事、それは帰ることが不可能であるという事である。
 かといって、このまま二人でこの迷宮探索を続行する事はあまりにも危険だ。たしかに、戦闘はほとんどタマモと刹那が行っていたため、メイの魔力残量はほぼ満タンを維持しているし、アスナも歩きつかれただけだから多少休憩すれば十分に戦える。しかし、とてもではないがタマモ達のように無人の野を行くがごとく快進撃は不可能であろう。
 アスナ達の置かれた状況は、くしくも先ほどタマモに言った『まだ行けるはもう危ない』という言葉にピッタリと当てはまっていた。しかし、何時までもこのままここにいるわけには行かない。
 行くも地獄なら引くも地獄。同じ地獄ならば選ぶ選択肢はただ一つ。
 アスナはこの逆境においてなお、持ち前のポジティブさ――やけくそとも言う――を発揮し、正直決めたくも無い覚悟を完了させておもむろに立ち上がろうとしたその時、アスナの耳に低い機械音が響き渡った。


 ブン――


 アスナの耳に聞こえた小さな機械の起動音。その音に何故か嫌な予感を刺激されつつ振り返ると、そこにはプロトタイプであろうか、他の田中シリーズとは違い、両耳の部分に茶々丸と同じようなアンテナを装備し、白と黒を基調とした塗装の胸の部分に大きく漢字で『零』と書かれた田中さんが、サングラスの部分を光らせながら立っていた。
 

「これは……零?」

「System Normal Typ-ZERO Stand by」


 アスナとメイが恐る恐るそのプロトタイプ田中さんに近付こうとすると、まるでタイミングを見計らったかのようにサングラスが赤く明滅し、なにやら合成音声のような声が響き渡る。
 二人は突然の事に動きを止め、呆然と田中さんを見つめていると、田中さんはゆっくりと首だけをアスナ達の方にむけ、まるで何かに反応しているかのように信号音を出しながらサングラスを赤く明滅させる。そしてゆっくりとアスナ達のもとへ向かって歩き出すと、突然顔が上下に別れ、その奥から赤いレーザー照射装置が顔を出した。


「「い、いやぁぁぁぁぁー!」」


 麻帆良学園の地下深くで、二人の少女の悲鳴が響き渡る。
 互いに恐怖で抱き合い、かろうじてプロトタイプ田中さんの攻撃を避けた二人の視線の先では、まるで二人の悲鳴が呼び水になったかのように、ホールを埋め尽くす田中さん達とガードロボットの目が赤く光り、ゆっくりと動き出そうとしている。
 最大の攻撃力を持ち、どんな状況であれ共にいるものに勝利を確信させる狐の少女と、華麗に戦場を舞う白銀の烏は既に無く、残されたのはハリセンを手にした突っ込み少女と、目覚めてはいけない方向へと覚醒してしまった魔法少女のみ。目の前を埋め尽くすは女にとって天敵のごとくの『脱げビーム』を装備したロボット達。
 まさにロボット7分に床3分。視界を埋め尽くすロボットに完全に包囲された彼女達の選択肢は、大人しく『裸』の一文字を背負うか、力の限り抵抗して『裸』一文字を背負うかしかない。
 どちらを選んでも背負う文字はただ一つ。しかし、それでも少女達は諦めない。どちらを選んでも同じならせいぜい悪あがきを、たとえその先に待つ結果がわかりきっていようと、それでも奇跡を求めて彼女達は選択し、武器を手にする。



 そして5分後。


「ひぃぃぃ、MPが、MPがぁぁぁー!」

「な、なんでいつもこんな目にー!」


 なんとか包囲を突破しつつも、状況的にはまったく変わっていないどころか、むしろ悪化した二人が地下迷宮のさらなる奥へ向けて逃げ続けているのだった。






 アスナ達がタマモと刹那から引き離され、ロボットに追われる少し前。どこぞの司令室っぽい場所では、一人の少女が床に両手両膝を着き、見事なまでの失意のポーズを披露していた。
 そんな彼女の前のモニターでは、破竹の快進撃を続けるタマモ達が映っている。


「……なんでこうなるのネー!」

「あー超ちゃん、気を落すな。というか、その語尾だけはやめたほうがいいぞ。下手したらどこかの役立たずが取り憑くから……」




 モニターの前で失意の涙を流しているのは、まほら武道会の主催者、超鈴音。彼女は魔法の存在を世に知らしめるため、その下地として映像資料を公開するためにこの武道会を主催したのだが、その思惑は現在のところ見事なまでに外されまくっている。
 そして、起死回生の一手としてタマモを準決勝で乱入させようと画策したのだが、その肝心のタマモはもとより、もう一人の準決勝出場者である刹那までもが試合を棄権し、この地下秘密基地へ向かって快進撃をしているのだ。それもその原因は自分が横島を拉致したせいなのだから、まさに泣くに泣けない状況である。
 そんな超の背後では、笑顔のちび刹那とちびタマモを両肩に乗せた横島が思わず飛び出た超の語尾に何かを思い出したのか、額にでっかい汗を浮かばせている。語尾一つがちょっと違っただけで、本来なら完璧超人である超が何故かとっても役立たずに見えるのだから、経験に基づく思い込みとは恐ろしいものである。


「なんというか、ここまで思惑を外してくれると、いっそ気持ちがいいですねー」

「気持ちよくなんか無いネ! とにかく横島さん! この事態をいったいどうしてくれるヨ」

「いや、どうしてくれるって……それ以前に俺のせいなんか!?」


 超と共にモニターを見ていたハカセは乾いた笑みを浮かべながら、超を元気づけようとしているが、その行動はむしろトドメをさしているようにしか見えない。
 ハカセの言葉の刃は見えない剣となってぐっさりと超を貫き、彼女は今まで見せたことのないほどの勢いで再び床にひざまづく。しかし、超とて伊達に完璧超人と呼ばれる存在ではない。
 超はすぐに復活すると、なんとかこの事態を収拾しようと横島では及びもつかない高度な計算を巡らせていく。もっとも、そのさなかでもきっちりと、自分の思惑を外してくれた諸悪の根源である横島に恨みがましい視線を送るのも忘れない。


「ところで、本気でどうします? 会場ではネギ先生と小太郎君の決勝戦が始まっちゃいましたよ」

「うむー、こうなってはもうタマモさんを乱入させるのは不可能ネ」


 超とハカセはなにか策がないかと頭をひねるが、3−Aが誇る二人の天才少女をもってしても良い案は浮かんでこない。
 二人の少女が最高峰の知能をフル回転し、今にも煙を噴きだそうとしているとき。この混乱を間接的にも、また直接的にももたらしたその根源である横島は、すでに煙が立ち込めつつある二人を気のない表情で眺めながらポツリとつぶやいた。


「なあ、そんなにタマモとネギ達を戦わせたいのか?」

「それは当然ネ! 何しろ、今までの戦いは誰かさんのおかげで、すっかりネタ大会になってしまったヨ。それを打開するためにも、真の意味で命を賭した真剣勝負が必要だったネ」

「まあ、実際タマモと戦ったら命の保証はできんわな」

「そのとおりネ。だからこそ、タマモさんとネギ先生か小太郎君のどちらかが戦ってほしかった。真の意味での命がけの戦いこそが、この大会に命の火を灯すはずだったヨ」

「ふむ……じゃあさ、こうすればええんでないか。ようは――」


 横島はいかにも悪だくみをしていますといった邪悪な笑みを浮かべると、二人に自分の考えた作戦を伝えていく。

 そして3分後。
 二人の天才と一人のバカが、実によく似た表情で高笑いを続けると、改めて作戦を実行すべくタマモと刹那をこの場に誘い込むために落とし穴のトラップを発動させるのだった。
 横島は二人が無事落とし穴に引っかかったのを確認すると、改めて彼女たちのもとへと向かう。そして残された超とハカセは作戦の成功を確信し、互いに目配せをするとニヤリと笑う。
 そんな彼女達の後ろのモニターでは、ハカセが開発した『H−OS』に標準搭載されている暴走システムをいかんなく発揮したロボット達が、アスナ達を冥府魔道へと誘おうとしていた。
 ちなみに、暴走のトリガーとなったのはタマモの突入時に発生した瞬間風速40mの暴風であり、その暴風が迷宮に反響した結果、そのことによって発生した超音波が見事にロボット達をプログラム通り暴走さていたりする。
 ともあれ、ハカセと超はモニターから鳴り響くアスナ達の悲鳴にも気づかぬまま、マッドサイエンティストの見本として教本に乗せたくなるような見事な高笑いを響かせていくのだった。むしろ、どっかのカエル型宇宙人が行う共鳴と言ったほうがより正解かもしれないが。




 
 あれからすでに30分。
 タマモ達から引き離され、親が見たら思わず泣いてしまうほど着衣と顔を乱れさせた二人の少女ことアスナとメイは、いまだかろうじてその服の命脈を保っていた。
 もっとも、服の命脈よりも先にすでに体力と魔力が限界を突破しているが、そこは乙女の尊厳をかけて最後の一滴すら余さず絞り出している。
 しかし、それでも彼女達は人間である。けっしてタマモや刹那、小太郎やネギ、まして横島のごとく人外の体力は持っていない。約二名、純粋な人間のはずの人物が事例として名前が出たような気がするが、その辺は気にしてはいけない。もしアンケート調査を行えば、間違いなく某二名は人外としてカテゴライズされることは間違いないのだから。
 ともあれ、人間である以上、限界越えの火事場の底力も長くは続かない。もはや彼女達を待ち受ける運命はただ一つしかない。だが、それでも彼女達は必死にその運命にあらがう。たとえ彼女達の背後に、脱げビームを装備した田中シリーズとガードロボット達が埋め尽くしていたとしても。


「か、神楽坂さーん、なんとかしてください! 私はもうネギ先生に脱がされてるんですから、次脱がされたら大変なことにー!」 

「私だってリーチよ、リーチ! 今度裸になったら間違いなくエヴァちゃん達と同じように『裸』の一文字を背負うことになるのよー!」


 アスナとメイ、二人はすでにネギによって一度脱がされ、裸をさらしている。となれば、今回脱がされれば共に同じ字を背負うことになり、もはや彼女達には後がない。
 そして、その事実を裏付けるかのごとく、彼女達の上空では死神が自分の出番はまだかと、ワクワクしながら彼女達を温かく見守っていた。


「って死神ー! アンタちょっとは助けようって気はないんかー!」

「か、神楽坂さん……私……もう、もう……限界です……ああ、なんか地下なのに北斗七星の脇に光る星がはっきりと……」

「ちょ、佐倉さん! その星見ちゃダメー!」


 アスナはいろいろな意味でリーチがかかってしまったメイを正気に戻すためなのか、それとも天より与えられた高貴なる突っ込みの血がそうさせるのか、思わず足を止めてメイに突っ込みを入れてしまう。
 その突っ込みによりメイはかろうじて正気に戻ったようだったが、その代償として二人は完全に包囲されることになる。メイの魔力は付き、アスナの体力もすでに限界。まさに刀折れ矢尽きた二人。そんな二人の上空では死神が硯を取り出して、墨をすり始めている。


「もう、ここまでなの? ああ、高畑先生ごめんなさい。私はもうお嫁に行けない体に……」


 もはや準備万端、覚悟完了。アスナ達を包囲するロボット達はそれを感じ取ったのか、一斉に口を開き、脱げビームを放とうとする。
 しかし、二人の乙女としての尊厳が今まさに失われようとしたその時、救世主は舞い降りたのだった。


 ZDOOOM!


「ほえ?」

「おおー、間に合ったみたいだな。いや、この場合は男として間に合ったほうが残念だったのかな……イギャ!」


 アスナが裸の一文字を背負う覚悟をし、思わず目をつぶった瞬間、すさまじい爆発音とどこかのんびりとした聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
 その声に顔を上げると、そこには何故か刹那に足を踏みつけられ、肩に座っているチビ達に頬を引っ張られて顔をしかめている横島がおり、その周囲には自分たちを包囲していたロボット達が屍をさらしていた。


「よ、横島さん?」

「アスナちゃん、どうも心配というか、巻き込んじゃったみたいですまんかった……」

「ふぇぇーん、横島さぁぁーん!」


 アスナはしばしの間呆然としたまま周囲を見渡していたが、やがて自分が助かったのを理解すると、感極まったのか涙を流しながら横島へと抱きつく。
 当然、半脱ぎセーラー服の状態で。
 いかに気丈なアスナとて、まだ中学三年生の女の子。暗い迷宮の奥深くに取り残され、乙女としての矜持が崩壊するような事態に追い込まれれば、当然その恐怖は彼女の心を捉えて離さない。
 しかし、今のアスナの目の前には、自分ではどうすることも出来なかった恐怖を取り除いた救世主がいるのだ。ここで緊張の糸が切れ、涙を流して抱きつくという弱みを見せてしまったのも無理も無い事と言えるであろう。もっとも、もう一方の当事者たる横島にしてみれば、この事態は嬉しいやら困るやら、なんとも微妙な事態でもある。

 突然アスナに抱き疲れた横島は、反射的にアスナを抱きとめたまま硬直するしかなく、どうしたものかと刹那を振り返る。しかし、刹那へと振り返ったその顔は、女の子特有の甘いにおいとその柔らかさをじかに感じたせいか、完全にニヤケてしまっていた。なにしろ中学生とは言え、ともすればかつて同僚であったオキヌとも十分互角の勝負を繰り広げられそうなアスナが抱きついたのである。それを考えれば横島の反応は当然とも言え、ましてや半脱ぎセーラー服という、マニアック極まりない格好で抱きつかれたのだから、これで顔が緩まない男は男ではない。これが横島ならなおさらである。
 かといって、ここで己の内にある煩悩という名の獣を解き放つわけには行かない。既に堕ちてしまった横島にとってロリコンであるかどうかはを別にしても、現在横島に泣きつくアスナはどこかしらかつての同僚であるオキヌに通じるものがあるため、もしこの状況で煩悩を開放してしまえば鬼畜以外何者でもない。そして何よりも、少し目を吊り上げて自分を睨みつけている刹那と、肩の所でハンマーと夕凪の素振りをしているちび達が怖かった。


「あー、落ち着いた?」

「あ……ご、ごめんなさい。私ったら……」


 横島は自分の内で暴れ狂う煩悩を必死に説得しつつ、アスナが落ち着くのを待つ。そして3分ぐらいたった時であろうか、ようやく落ち着いたアスナが目をこすりながら顔を赤くさせ、横島の腕の中から体を離す。
 横島から離れたアスナは、隣にいた刹那に右手を顔の前に持ってくるとペコリと謝り、改めて横島を見上げた。


「あの、横島さん……無事だったんですか?」

「ああ、おかげさまでね。連絡が行ってなかったせいでだいぶ迷惑かけちゃったみたいだけど」

「あ、いえ! 迷惑だなんてそんな……でも、結局どう言う事だったんですか?」


 横島は不思議そうに自分を見るアスナを頬をかきながら見下ろすと、ため息と共に事情を説明するのだった。
 横島の説明によると、保健室で眠っていたら突然ベッドごと落とし穴のような物に落とされ、超一味に拉致られたのだという。さらにちび達と連絡が取れなかったのは、どうやらこの迷宮が特殊な結界に覆われてた為ということだそうだ。
 そして、肝心である拉致された理由は、どうやら上で行われている武道会について、相談事があったからと説明する。当然、その説明はほとんど事実に基づいているため、それを聞いたアスナもはた迷惑な手段を用いた超に呆れはするが、特に疑うことも無かった。


「そうだったの……それにしても、この迷宮はなんなの? それにあのロボット達は何?」

「秘密基地だそうだ。なんでも地下深くにある秘密基地と、それを守るガーディアンはマッドサイエンティストの本懐だとか言ってたな」

「マッド……なんかそれを聞いただけで十分納得できそうな自分が怖いわ。でも、それにしたってあの数はなんなの? かなり広い部屋を埋め尽くす田中さん達っていいったい何のために……」

「あー、それは間違えて試作の段階で量産型を作っちまったとか言ってたな。量産型の名を冠する以上、量産しなければいけないとかなんとか」

「そ、そういえばハカセもそんなこと言ってわね……試作量産型って」


 アスナは田中と高音の戦いのおり、ハカセが嬉々として解説していたことを思い出し、頭を抱える。その隣では刹那も事前に同じ説明をうけていたせいか、アスナの気持ちがよく分かるとばかりに苦笑している。


「あ、そういえばタマモちゃんはどんしたんですか?」

「タマモはちょっと用事が出来てな。今頃もう上に戻ってるよ」

「用事?」

「アスナさん、上に行けばわかります……」


 アスナはしばしの間クラスメイトのマッドぶりに頭を抱えていたが、色々と脳内で妥協する事でその問題にけりをつける。だが、ここでふとタマモの姿が無い事に気付くと、小首をかしげながら横島を見上げる。
 すると、横島は苦笑し、刹那は額に汗を浮かべながらアスナの疑問に答える。
 アスナは横島と刹那の表情にハテナマークを浮かべるが、とりあえずこれで帰ることが出来る安堵したのか、横島からシャツを受取ると、ぶかぶかのそれを羽織り、地上へ向けて歩き出そうとする。だが、そんなアスナの歩みを刹那の一声が止めた。


「あ、アスナさん! 佐倉さんはドコに? なんか姿が見えませんけど」

「え!? 佐倉さんならさっきまで私と一緒にそこで……」


 アスナはメイの姿が見えないことに気付き、周囲を見渡す。すると、なにやら残骸の山の影で何者かのか細い声が聞こえてきたため、アスナは恐るおそる残骸の山の裏に回った。


「あは、あはははは……すごくきれいなお花畑が……素敵な香りの白い花がいっぱーい」

「ちょ、佐倉さーん、そっち行っちゃダメー!」


 残骸の裏でアスナが見たもの。それは完全に素っ裸になり、背中に『裸』の文字を背負った少女が、うつろな目で何もない空中を見つめているシーンであった。
 そんな彼女の上空では、筆を持った死神がいい仕事をしたとばかりに、さわやかな笑顔とともに額の汗をぬぐっていたりするが、アスナはそれに気づいていないようである。
 

「えっと……間に合わなかったみたいだな」

「そうみたいですね。なんか深刻なトラウマも背負ったみたいですし。とりあえず、後で文珠を使って記憶を消すしかないでしょうね。高音さんと一緒に」

「だな……ところで刹那ちゃん」

「なんでしょうか?」

「いいかげん手を目から離してくれないか。佐倉さんのは見ないからさ」


 横島はアスナの悲鳴を聞いて駆け付けた瞬間、事態を察知した刹那によって後ろからしっかりと手で目隠しをされている。
 ちなみに、刹那の身長は平均よりやや小柄なため、少し背伸びをしながら目隠しをしており、はたから見たら刹那が後ろから横島に抱きついているようにしか見えない。横島は背中には刹那のつつましやかなふくらみを敏感に感じながら、己の理性が音を立てて崩れそうになるのを必死で防御している。
 横島は内心このままではイカンと焦りつつ、なんとか刹那に手を離してくれるよう説得するのだが、刹那はそんな横島の心理を見透かすようにクスリと笑うと、横島にしか聞こえないようにそっと囁いた。


「そうですね……じゃあ、この迷宮から出るまで私をずっと見て、あと腕を組んでくれるなら離してあげます」

「そ、それはさすがに恥かしいのですが」


 刹那は横島の背中がピクリと動いたのを敏感に感じ取り、再び小さく笑みを浮かべる。
 それは刹那にとってめずらしい悪戯心の表れでもあった。


「ふふ、冗談ですよ。今死神さんが羽織るものを探していますから、それが終わったら離してあげます。ですから、もう少し我慢しててくださいね」


 横島は刹那に目を覆われたまま、すごくもったいない事をしたんじゃないかと後悔するが、それも後の祭りである。そして微妙に気落ちした彼の思考を見抜いているちび二人は、どことなくニヤニヤと笑いながら横島の顔をポンと叩いた。


「残念だったわね、横島」

「せっかく期待していただいたのに、すみませんでしたー」


 ちびタマモはクスクスと笑いながら横島を見つめ、ちび刹那は心の奥を見抜かれて焦っている横島の耳に口を寄せ、主である刹那に聞こえないよう注意しながらそっとささやく。


「今、私の本体はこうしてるだけでも幸せなんですよ。だからもう少しこのままでいてあげてくださいねー」
 
「……そうだな。もう少しこのままでいっか」


 横島がポツリと呟き、体から力を抜くと、刹那が背伸びしなくてもすむようにガードロボットの残骸に腰かけ、少しだけ背中の刹那に体重を預ける。だが、体重を預けたその瞬間、後頭部がささやか膨らみに包まれたのに気付いて即座に体を離そうとするが、刹那の手によってがっちりと頭を押さえられ、それはかなわなかったりする。
 そして刹那は少しだけ頬を染めつつ、タマモが悪戯を思いついたような表情をしたまま、少しだけ力を入れて横島の頭を自分の胸にかき抱く。それから5分間、横島は死神がボロキレをどこからか探してくるまでの間、至福と葛藤に包まれた幸せな時間を謳歌するのだった。


「ああ、あそこにいるのはお姉様とエヴァンジェリンさん……私もいまそちらに行きますからねー」

「ちょ! 佐倉さん、そっちはダメ! 帰ってきて、今ならまだ間に合う、ていうかその二人まだ生きてるからー!」


 心に深刻なダメージを残した少女と、何かと気苦労の多い少女の悲鳴が迷宮にこだまする。彼女達が落ち着きを取り戻すのは、死神が帰還し、横島が開放された後メイに『眠』と『忘』の文珠を使用するまでしばしの時を待たねばならない。
 その後、横島は定番のごとく『転移』の文珠を使って迷宮を脱出するのだが、この時メイを背負ったアスナには肩に捕まらせただけであったが、刹那とは手をしっかりと握り合い、そのことをちび達にさんざんからかわれたのは余談である。

 ともあれ、こうして様々な問題と一部少女達の心と衣服に重大な傷を残した『横島救出作戦』は、目出度く成功の内に終了した。
 とある時空ではこれに類する事件で、超の企みの一部が露見し、学園側がさらなる警戒をすることになるのだが、この時空ではそのようなことはない。それが今後どのように事態を変遷させるのか、未来へ続く道はもはや神にもわからない。
 そして、世界のあり方をかなりのレベルで変えてしまった二人の異邦人は、自分達が引き起こした罪に気付かぬまま、心の底から幸せそうに時を過ごすのであった。









 ――終わりの日がすぐそこに迫っている事にも気付かずに。
 





第46話 end

 



「ははははは! 楽しい、楽しいよ小太郎君。命のかかってない純粋な試合がこんなに楽しいだなんて初めて知ったよ!」

「それは俺もや! さあネギ、もっと楽しもうで!」


 横島が地下でアスナ達と合流しているころ、その頭上では大会史上もっとも熱き戦いが繰り広げられていた。
 ネギはついに得た命のかかっていない真の意味で安全な戦いに歓喜の表情を浮かべながら、一般人が喰らったら間違いなく寺と葬儀屋に電話しなくてはならなくなるような攻撃を小太郎に放つ。戦いに歓喜震える今のネギの表情を横島が見たら、きっとかつてのバトルジャンキーな友人の姿を重ね合わせるであろう。ネギはそれほどまでに、安全な戦いに飢えていたのだ。もっとも、放つ攻撃の威力はけっして安全なんてものではない。
 一方、小太郎もまたネギと同じように歓喜の表情を浮かべながら、自らの全てを出しつくさんとばかりに、気弾はもとより影分身を駆使してネギと戦っていく。

 人類を完璧に逸脱――超越ではない――した耐久力と、魔法の拳を持つネギ。対するはネギに及ばないまでも、元から人類を越えている上にタマモによってその種族特性すら上回る耐久力をもった小太郎。
 常識というか、人間としての限界をどこかに置き去りにした二人は、笑みを浮かべたまま戦う。今の二人に会話は要らない、ただお互いに交わす視線と、その体に受ける拳が言葉の代わりとなる。
 もはやシッポの生えた宇宙人が出てくるような格闘漫画のような戦いを繰り広げている二人の戦いは、いつまでも続くかに見えた。

 ネギは耐久力に勝り、小太郎は技術に勝る。そんな二人の戦いはまさに千日手。何時果てるともない戦いが、息を呑む観客達の目の前で繰り広げられていく。
 永遠に続くかに見えた二人の戦い。しかし、その戦いもやがて終わりに近付く。
 それは決してどちらかが優勢になったからではない。ただ純粋に試合時間が終わりに近付いただけだ。
 この武道会はルールとして試合時間は15分と定められている。そしてその試合時間が過ぎた場合、観客の投票によって勝者が決められるのだ。


「ネギ、名残惜しいけどどうやら次が最後みたいやな」

「そうだね。正直もっと戦いたいけど、時間が来たみたいだ」

「まったく無粋なルールやな。せっかくの楽しい時間がもう終わるやなんてもったいないわ」

「それこそルールなんだからしょうがないよ」

「せやな……ま、愚痴ってもしゃあないか」

「だね……じゃあ、行くよ小太郎君!」

「おう、かかってこいやー!」


 タイムアップを前に、わずかに動きを止めた二人。しかし、それは互いに次の動きへの準備であった。
 お互いに理解しあい、拳で心を通わせた二人にもはや小細工はいらない。ネギは自分の出せる最大本数の魔法の矢を拳に秘め、ただ純粋に小太郎へと突貫する。対する小太郎は今までで最大量の気を拳に纏わせ、同じようにネギへと突貫する。
 二人が交差し、光が試合場を埋め尽くす。その光が収まり、観客席が見たものは、地に倒れ伏すネギと小太郎の姿であった。


「こ、これはダブルノックダウーン! そして同時にタイムアーップ! 試合結果は観客による投票にゆだねられましたー!」


 試合会場全てに朝倉のアナウンスが響き渡り、その上空に映し出されたホログラムにはネギと小太郎の激突の瞬間が何度もリプレイされる。
 観客達は興奮した表情で全力をつくして戦った二人の少年に惜しみない拍手を送りつつ、自らが証人となった激闘の勝敗を決めるべく投票していくのだった。



「開票結果を発表します。有効票数2536票、その厳正なる開票の結果、このまほら武道会の栄えある優勝者は……」


 試合が終わってより15分ほどたったころであろうか、ようやく投票の集計も終わり、朝倉は投票結果の書かれた紙を手にし、笑みを浮かべながら激闘を繰り広げた二人を見つめる。
 そして、ネギ達はもとより観客全てが息を飲んで優勝者を継げる時を待ち構える中、朝倉は厳かに今大会の優勝者の名を告げた。


「ネギ・スプリングフィールド! 並びに犬上小太郎! なんと皆様からの投票の結果は完全なドロー。これにより大会規定により両者優勝となりました!」


 朝倉のアナウンスが終了する共に、観客席は驚きと優勝者を祝福する歓声で湧き上がる。
 当の二人はといえば、ようやく朝倉の言った意味を理解したのか、お互いに顔を見合わせると、まったく同時に涙を見せながら抱き合う。幾多の障害と思惑が渦巻く大会を生き抜いた二人は、今まさに感動のフィナーレを迎えようとしていた。
 数々の名勝負を生んだ大会を年端も行かない少年が駆け抜け、互いに死力をつくして戦い、敗者無き素晴らしき戦いを見せてくれた二人に観客達は惜しみない拍手を送る。そしてその盛り上がりが最高潮に達した時、マイクを握っていた朝倉はなんとも気の毒そうな微妙な表情を浮かべると、二人の肩にそっと手を置いた。


「さて、両者優勝となった結果、賞金は二人で山分けという事になりますが……ここで大会本部から急遽提案です。この後こちらのゲストと戦い、勝てばなんと賞金のダブルアップが可能です。ちなみに二人でタッグを組んでもいいですよ」


 朝倉はこの時、ネギ達二人に向かって目で『受けるな、今すぐ荷物をまとめて逃げろ』と訴えていたが、あいにくとそれを受けとった二人は朝倉のサインに気付くことは無い。
 これがもし普通の状態のであったのなら、半強制的に鍛え上げられたその生存本能がなんらかの警告を発していたのだろうが、命のかかっていない安全な試合に臨んだおかげで、研ぎ澄まされたはずの生存本能はすっかりとなまっている様だ。
 それゆえ、ネギ達は互いに顔を見合すと、むしろ嬉しそうに朝倉に了承の意を伝える。


「タッグか……ネギ、面白そうやないか」

「そうだね。僕も正直もっと戦ってみたいし……」

「えっと、本当にいいんだね……それでは、ダブルアップチャンスへの挑戦が決まりました。只今より対戦者の入場です!」


 朝倉はこの先に待ち受けるネギ達の末路を案じつつ、されどそれを決して表に出さないという見事なプロ根性を発揮し、最後の引き金を引く。すると、それを合図に入場口付近から一気に煙が巻き起こり、ネギ達の視界を隠す。その煙の向こうにはおそらく対戦者であろうか、妙に小柄なシルエットが見え隠れしていた。
 そしてネギ達が無言のまま待つ会場に、ゆっくりと煙をかき分けながらついにそのシルエットの正体が姿を現すのだった。

 試合会場に現われた特別ゲスト、ネギ達の賞金ダブルアップを賭けて戦う勇者は誰か。観客の誰もが息を呑み、対戦者の姿を見つめる。
 その対戦者の姿は少女のように小柄、いや、まごうことなき少女であった。
 その少女は白地のハーフパンツに淡いピンクのブラウスといったシンプルな装いをし、とてもこれから戦うような姿には見えない。そして、少女は正体を隠すためなのか、狐のお面をかぶり得物を肩に担いだまま悠然とネギを見つめる。
 だが、正体を隠しているその少女の姿を見た瞬間、ネギと小太郎は冷水を浴びせられたかのように硬直し、一気に顔を青ざめさせる。何故ネギ達が一気に顔を青ざめさせたのか、それはネギ達がその少女の正体を看破したからに他ならない。
 彼らがいかにしてその少女の正体を看破したのか、それは外見によるものが大きかった。

 まず、いかに顔を隠そうとその少女の豊かな金髪がまず、人物を特定する上でその条件を狭めていく。もっとも、金髪であるだけならこの麻帆良はもとより現代日本ではそんなに珍しくは無い。都会に行けば染めた者や自前の者も含め、それこそ町を歩けばすぐに見つけることが出来るだろう。この場合、彼女の正体を特定する上でキーポイントなったのは髪の色ではなく、その九本に分かれた髪を後ろで一つにまとめるという、漫画のような髪型であった。
 そして、さらに彼女を特定する上で重要な要素がある。それは彼女が持つ武器であった。彼女が持つ武器、それは彼女の肩の部分で燦然と輝き、喰らったら死は免れないであろう究極の武器。そう、それは100tと書かれた神器ともいえる巨大なハンマーであった。
 ナインテールとハンマー、これが一つだけならただの偶然という事も出来るだろう。だが、二つ重なるとなればその答えは一つしかない。そう、そのナインテールとハンマーは、隠し切れない隠し味となってその正体をネギ達に伝えているのだった。


「ちょっと待てー! なんでタマモ姉ちゃんがここにおるんやー!」

「私はタマモなどという絶世の美少女ではないわ。私の名はレディフォックスよ!」


 もはや我慢の限界に来たのだろう、小太郎は思わず耳たれさせ、尻尾を股の間に挟みつつもさすがは横島の身内とばかりにタマモに突っ込む。しかし、それに対してタマモはバレバレの正体をなおも隠し通すつもりのようだ。
 何故この場にタマモがいるのか、それは横島が落とし穴に落ちたタマモと刹那を迎えに行ったおり、魔法がらみの事情説明を省いた上で1000万の成功報酬を提示したためであった。
 その提案を受けたタマモは借金返済に燃え、目に¥マークを浮かべながら二つ返事で了承したという。横島はこの時、タマモの背後に美神令子の生霊を目撃し、美神のもとで常識を学んだのは失敗であったかと後悔したのだが、そのへんの事情はネギ達に一切関係はない。
 ネギ達にとって重要なのは、これからタマモと戦うことになるという、絶望的な事実のみであった。


「いや、どう見たってタマモさんでしょ! って待って、ということは僕達とタマモさんが戦うのー!」

「だから私はタマモという究極の美少女じゃないって」

「嘘付けー! タマモ姉ちゃん以外でそんな物騒なもん扱えるわけないやろがー!」


 小太郎は叫び、ネギは脱兎のごとく逃げ出そうとする。しかし、その程度でタマモから逃げられるわけがない。タマモは逃げ出そうとするネギに向かってハンマーを投げつけると、そのハンマーはネギの鼻先1cmを通過して地面に突き刺さる。
 そして、そんなネギ達に朝倉が死刑台送られる囚人を見送るかのような視線で、厳しい現実を告げた。


「あー……すっごく言いにくいんだけど、ネギ君たちが試合放棄したらレディフォックスさんへの報酬もなくなるらしいよ。そうなったら後でどうなるか……想像つくよね?」

「あう……」

「ついでに言うと、この試合、途中ギブアップも無いから……あ、ただし禁じ手は全て解禁だそうだよ。つまり呪文もOK」


 もはや完全に包囲されてしまったネギ達。彼らの境遇はまさに袋のネズミ。前に進むも死、後ろに引くも死。どちらを選んでもその結果は変わらない。ならば前に進むのみ。
 

「ねえ、小太郎君。たとえ明日に死が待ってても、今日を生き抜くってのはダメかな?」

「言っとくが、俺を囮に逃げようなんて許さへんからな。死なば諸共、一蓮托生や……」

「やっぱり戦うしかないんだね……学園祭前におねえちゃんの写真を見ながら、この学園祭が終わったら故郷に帰るんだって言ったのが失敗だったのかな」

「完璧な死亡フラグやったな……ほな、そろそろいくで」


 あらゆる意味で覚悟を決めた二人。彼らはわずかな生を掴むため、命をかけた最後の戦いに臨もうとする。そして迎え撃つタマモはハンマーを大上段に振りかぶりながら、少年達を待ち受ける。
 今ここに少年達の戦い、この麻帆良での生存権をかけた最後の戦いが始まろうとしている。
 そんな彼らの向かう未来は光か闇か、それは誰にもわからない。彼らの真の戦いは今まさに始まったばかりであった。














「カタパルト射出ー!」

「「うぎゃあああー!」」



 彼らの戦いが始まってより五分後、小太郎は獣化し、ネギは呪文詠唱を加えた最大級の魔法を放ったにも関わらず、彼らは艦載機のごとく強制的に運動エネルギーを加えられ、翼無き身であるにもかかわらず天高く旅立って行く。
 ちなみにこの日、航空自衛隊はレーダーにて首都圏に接近する二つの国籍不明機を確認し、これをコールサイン『ワイバーン01』『ワイバーン02』と呼称。直ちに小松基地より『プリースト01、02』、百里基地より『ウィザード01、02』の要撃機を発進させた。
 記録によると、百里基地より発進したウィザードが目標を補足したが、パイロットは謎の言葉を残してベイルアウト。管制室は直ちに小松より出撃したプリーストに撃墜命令を下したが、プリーストはこれの補足に失敗し、成果を残すことなく帰還することになったと言う。
 後にこの事件は自衛隊内で『幻の空爆』と呼ばれ、ベイルアウトしたパイロットの証言並びにフライトレコーダーは厳重に封印される事になる。そして、事件より50年後、当時のことを取材した記者は病床のパイロットに一言だけコメントを得る事に成功する。


「子供が音速で空を飛んでいた」


 パイロットが残した謎の言葉は、様々な憶測を呼ぶことになるのだが、その内容はオカルト関係の怪しい書籍にしか載ることはなかったという。






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