「あは、あはははは。なじむ、なじむぞー……ってあれ、ここどこー!?」
学園祭二日目、麻帆良武道会にて文字通り死闘を生き抜いたネギは、妙に心地よい夢から目覚めると即座に覚醒して目を丸くする。
そんなネギの眼下では雲海が広がっており、自らが高速で空を飛んでいることを意味していた。しかし、いかにネギが天才少年魔法使いとはいえ、眠っている状態で空中飛行が出来るほど器用な、いや、特異な才能は有していない。まして杖も使っていないというのに。
それゆえ、ネギは自らのおかれた状況を把握するため、なんとか眠る直前の事を思い出そうと記憶の海へダイブすると、眼前に広がる巨大なハンマーの姿がネギの脳裏に浮かんだ。
「あ……そういえば僕は決勝戦の後でタマモさんと戦ったんだっけ……」
ネギは武道会の決勝戦の後、小太郎と共にゲストとして招かれたタマモを相手に絶望とも言える戦いを挑み、ハンマーで弾き飛ばされた事を思い出した。しかし、ここでネギは何か違和感に気付き、自分の体をペタペタと触っていく。
「あれ? どこもケガしてない……これってどういうこと?」
ネギは自分がどこもケガをしていない事に気付くと、不思議そうに首をかしげる。
高畑の豪殺居合い拳にすら耐え切るネギではったが、あいにくと特定条件下――主に突っ込み時――ではそれをはるかに凌駕する威力を持つタマモのハンマーを受けて無事ですむはずがない。
これが横島のように衛星軌道への打ち上げであったなら、落下時の衝撃と摩擦熱による発火、高高度ゆえの酸素欠乏については魔法と気合、そして悲しい事に慣れでなんとか出来るのだが、超人硬度10を誇るタマモの突っ込みパワーの前では天才のネギをしても対応できないものなのだ。
ゆえに今回も防御する間もなくハンマーの直撃を喰らい、こうして望まぬ空中遊泳を楽しむことになっているのだ。そして打撃時に防御が間に合わなかった以上、いかに人類、いや、生物を超越する耐久力を誇るネギをもってしても、無傷ですむはずがなかったのだが、何故か今回は無傷ですんでいたのである。
「お、ようやく目覚めたか。目覚めて早々やが、自分の体をよーく見てみ。そうすればたぶん疑問が解けるで」
「えあ、小太郎君?」
と、そこに背後――ネギの真上――から小太郎の声が聞こえてきた。彼もまたネギと同じようにタマモのハンマーの餌食となっていたのである。
ネギは器用に背面飛行に切り替え、小太郎の方を向く。すると、小太郎の体が妙に光り輝いている事に気付いた。そして、改めて自らの体を見下ろすと自分の体を相反するはずの魔力と気が覆っている事に気がついた。
「こ、これは高畑先生がつかってた……」
「せや、咸卦法ってヤツらしいな。究極技法(アルテマ・アート)とも呼ばれとるで」
「これが? でも、なんで僕や小太郎君が突然そんな高度な技を?」
「……人間、死ぬ気になれば何でもできるっちゅーことなんやろうな」
「あー……なんか凄く納得できるや」
ネギと小太郎はお互いに顔を見合わせると、どこか遠くを見るかのように虚ろな表情を浮かべながら力なく笑った。
咸卦法、それは相反し合う気と魔力を融合させ身の内と外に纏い、強大な力を得る高難度技法である。その効果は広く、単純な気や魔力による肉体強化よりもパワーアップし、耐熱、耐寒、耐毒、そして疲労に打ち身、捻挫に神経痛、はてはリュウマチにすらよく効くまさに究極技法と呼ばれるにふさわしい高度な技である。
ネギ達は幸いにもその高度な技を武道会で見ることが出来、それに加えてタマモとの対戦の折に遭遇した最大レベルでの命の危機という、生物そしての極限状態から生まれた集中力により、こうして無意識のうちに究極技法を会得したのであった。
まったく、なんとも命冥加な少年達である。
「そうか、僕達はタマモさんのハンマーを喰らう直前でこれを会得したから助かったのか……ん、ということは僕達はもうタマモさんのハンマーに耐えられる。つまり、もうタマモさんを恐れる理油が無いということになるんじゃないかな?」
「いや、あのな……」
「そうだよ、僕は今力を、タマモさんを凌駕する力を得たんだ! これでもう誰も僕の命を脅かす事は出来ない。夢にまで見た平穏無事な、安全な学園生活をついに僕は手に入れたんだ!」
「えっと……これは言わんほうがええんやろうか……」
小太郎は感涙にむせび泣くネギを見つめながら、学園祭の少し前の事を思い出す。
その日、タマモは怒り狂っていた。その理由はといえば、タマモが月に一度の楽しみとしているインターネットで取り寄せた一枚数万円という超高級ブランドのお揚げをこともあろうに横島がつまみ食いしてしまったのがその理由である。
ある意味タマモらしいとも言える微笑ましい理由ではあるのだが、当のタマモにしてみればまさに怒髪天を突き、七代は祟らねば到底その怒りは収まる物ではない。
ゆえに、その日のタマモのハンマーはいつも以上の切れを見せ、必死に土下座する横島を情け容赦なく襲ったのである。
そしてそれを目撃した小太郎は、この時確かに聞いたのだった。
「極めたわ……」
凄まじい打撃音が台所に響き渡る中、小太郎は確かにタマモの小さな声を聞いた。そして恐る恐る目を向けると、そこにはハンマーの直撃を食らったはずの横島が無傷でたたずんでいたのである。
小太郎はあまりに予想外の事態に小首をかしげ、気配を殺しながらゆっくりと横島に近付き、あれからピクリとも動かない横島の背中を叩く。
するとその瞬間、横島は全身の穴と言う穴から血を吹き出し、声も無く床に崩れ落ちたのだった。
タマモの放った究極の一撃、それは本来なら攻撃対象を襲うはずの余分な衝撃を完璧にゼロにし、その攻撃エネルギーを純然たるダメージに変換して相手に叩き込むという、究極の技法であったのだ。
結局その日、横島はついに復活することなく台所を血で汚し、翌日の真夜中までかかってようやく完全復活を遂げたのである。連続攻撃ではなく、ただ一撃をもって横島にそこまでのダメージを与えたその技はまさに究極の一撃と言えるものであろう。
小太郎は回想を終え、相変わらず喜ぶネギを見つめ、タマモの打撃の意味を考える。
あの時、タマモは純粋にダメージのみを横島に叩き込むことが出来たのだ。ということはその逆、つまりダメージを与えずに衝撃のみを与える事も可能ではないのだろうかと。
小太郎は自分にハンマーが叩きつけられる時、狐のお面の端から見えたタマモの余裕の笑みを思い出す。
冷静に考えれば確かにタマモは怒っている時は怖いし、正直近寄ってはいけない最大級の危険物なのだが、普段のタマモはとても優しい。そして、ネギは怒り狂うタマモの姿の印象が強い故に気付かないようではあるが、いかに大会とは言えすぐに復活出来る壁や床に体がめり込む程度ならともかく、こんなに長時間にわたって空中遊泳するほどダメージが見込まれる打撃を自分達にするとは考えにくいのだ。
それを考えると、今回はダメージが残らないようにするのと、なおかつ場が盛り上がるよう絵的に派手な演出という意味を考えれば、先ほど考えた衝撃のみに特化した打撃を喰らったとするのが自然ではないだろうか。
小太郎は自らが喰らった攻撃を冷静に考え、その結論に達する。そしてその結論はまさに正解であった。
あの時タマモは横島を経由して超から全力で、なおかつ派手に戦うように指示を受け、それを忠実に実行したのである。ただし、けっして小太郎やネギに深刻なダメージが行かないように、なおかつ絵的に派手になるように配慮してその究極の一撃(衝撃のみ)をネギ達に叩きつけるに留めたのはタマモのささやかな優しさのあらわれとも言えよう。まあ、落下時のダメージを考えてないあたり、ちょびっとお間抜けなところはあるのだが、その辺は小太郎達が自力で何とかすると考えたのだと思いたい。
ともあれ、タマモの心境を正確に読み取った小太郎は、相変わらず背面飛行をしたまま感涙にむせび泣くネギを見下ろし、静かに呟く。
「これで調子に乗って、ネギが下克上とでも言い出したら命を張って止めなアカンのやろうな……タマモ姉ちゃんのアレはたぶん、いや確実に咸卦法でも受け切れん……」
「そうだ、僕は力を手に入れた! そして今こそこの不当な扱いを打破するために立ち上がる時なんだ! 行くぞ小太郎君、レッツ下克上! 今こそタマモさんを麻帆良の突っ込み連鎖の頂点から引きずりおろすんだー!」
「……OK、見捨てよう」
小太郎の心配を他所に、自らの力に酔うネギは安全な生活どころか、自ら好んで茨の道を歩もうとしている。小太郎はそんなネギを助けるべきか否か0.5秒ほど思案し、情け容赦なくネギを見捨てる決意をした。
友情を大切にする彼もまた命は惜しいのである。そしてその決断は決して誰にも責められる謂れはない、至極まともな決断であった。
ちなみにその頃、小太郎達からはるかに離れたとある場所では、三沢基地からスクランブルをかけた2機のF−15戦闘機が小太郎達に接近しようとしていた。
そのパイロットはレーダーに映る小さな光点を確認しながら、愛機の速度を上げる。すると、まもなく彼の進行方向上に二つの黒い点が浮かび上がった。
「トレボー、こちらウィザード01。目標、ワイバーンを視認。これより接近する」
F−15を駆るパイロット、神田ニ尉は管制に向かって無線で状況を報告すると、僚機に合図して目標へと接近していく。そして彼は目撃したのである。二人の子供が翼無き身であるにも関わらず、自分と同じ速度で空を飛んでいるのを。
神田はしばしの間呆然としていたが、あわてて速度計を見つめると、その速度はすでに音速を超えており、なおかつその数値が少しずつ上昇していた。
そんな信じられないものを目撃し、震える声で司令部へ連絡を取ろうとした時、彼は目標の一人である黒髪の子供と目を合わせてしまう。そしてその瞬間、彼の脳裏にはありえるはずの無い記憶が走馬灯のように浮かび上がったのだった。
神田の脳裏に浮かんだ記憶、それはバンダナをした冴えない男が箒にまたがって空を飛ぶ姿と、それを追うこれまた箒にまたがりライダースーツに身を包んだ亜麻色の髪の女の姿、そして極めつけは高速飛行中のコックピットに衝突し、ペコペコと謝る黒髪の巫女装束の少女の姿であった。
「いやぁぁー、俺もういやぁぁあ−!」
「隊長ー!」
神田はありえぬ記憶とありえぬ現実に錯乱したのか、なにやら絶叫しながら迷うことなく緊急脱出ボタンに腕をたたきつける。そして僚機、ウィザード02のパイロットもまた神田と同じ記憶を幻視し、神田と同じように緊急脱出ボタンを押したのであった。
その後、ネギ達は航空自衛隊の追撃を振り切って南下し、首都圏を通過して太平洋へと飛行を続ける。さらに小笠原諸島沖では司令部より連絡を受けたイージス艦『しばれる』の対空ミサイルを避け、ハワイ上空では米軍第七艦隊に所属する新型原子力潜水艦『シーモンキー』の発射した対空散弾ミサイルを避けるなど、世界中の国家の防空体勢を嘲笑うかのように自由に飛行を続け、同日午後6時35分に麻帆良学園都市内にある龍宮神社の北広場に落下したのであった。
第47話 「突きつけられた現実、崩壊する日常」
「脱ぐ、脱がない、脱ぐ、脱がない……」
麻帆良学園を席巻したド派手な決勝戦と、みなの期待と笑いを一身に背負った最終決戦が終了してより7時間、長谷川千雨はいまだに悩んでいた。
その悩みの内容はと言えば、アイドルとしての最終手段である『脱衣』を実行したライバル、マジカルキティことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに対抗すべく、自分も脱ぐか否かということであった。
ただし、本人のあずかり知らぬところではあるが、彼女も既にネギによってリーチがかかっており、もし脱ぐ事を選択した場合、漏れなくエヴァ、高音、メイの所属する『裸』一族に強制加入させられる事は間違いないであろう。事実、彼女の上空では既に『裸』の文字を書き終えて待機している死神と、横島を超える超感覚でめくるめく女体の神秘の匂いを察知したエロオコジョのカモが、死神の頭に乗っかって千雨が脱ぐのを今か今かと待ち構えている。
そんななんとも言えないカオスな空間が広がる中、まるで砲弾が落下するかのようなかん高い音が空気を切り裂いて千雨の耳朶を打った。
「脱ぐ、脱がない、脱ぐ……ってなんだこのお……っとー!」
「たぁぁぁぁっちだぁぁぁうぅぅんー!」
虚ろな表情をしていた千雨が異変に気付き、その音の発信源である空中に目を向けた瞬間、彼女の視界は金色の光と共にホワイトアウトする。そして訳のわからぬ内に遠くなる意識の中、彼女が最後に聞いた声は自らの担任の声によく似ていたのであった。
千雨が意識を失う少し前、麻帆良学園上空500mではロシア空軍と自衛隊機を振り切ったネギ達がゆっくりと高度を下げようとしていた。ただし、その行動は決して能動的なものではないということを追記しておく。
「……や、やっと帰ってこれたね」
「宇宙空間でないだけまだマシとは言え、結局地球一周したっちゅーことか……ま、ともかくそろそろ着陸やな。覚悟はええか?」
「うん、大丈夫だよ。さすがに不時着も4回目だからもう慣れちゃったし」
「喜んでええかどうか微妙なとことやな……」
ネギ達はお互いに乾いた笑いを浮かべると、ゆっくりと近付く地面に視線を向ける。もはやその高度は100mを切っており、その視線の先には麻帆良学園の夜景が広がっている。このままだと麻帆良学園の敷地内に着陸する事になるのは間違いないであろう。
ネギ達は森の中か、周りに被害の出ない広場に着陸できる事を願いつつ、迫り来る大地を見つめ、柔道で言う受身の体勢を取る。そしてついに地面へと接触しようとしたその瞬間、ネギは恐怖心を打ち払うかのように一瞬目をつぶり、大声で叫ぶのであった。
「たぁぁぁぁっちだぁぁぁうぅぅんー!」
「ぶげ!」
小太郎はネギが叫び声をあげる中、一足先に地面へ接触し、完璧なる前回り受身でもってその衝撃を殺し、見事に龍宮神社の北広場への着陸を成功させる。そしてどこにもケガがない事を確認して立ち上がろうとした瞬間、凄まじい爆発音となにやらカエルをひき潰したかのような声が響き渡り、小太郎は慌てて自分の後に着陸したネギのほうへと振り返った。
「あー……着陸ミスりおったな」
小太郎がネギの方へ振り返ると、そこには半径10mに及ぶクレーターが出来上がっており、その中心ではネギがどこぞの名探偵が解決する事件の被害者の如く両足を天に向け、頭から地面にめり込んでいた。まあ、目立った外傷は無い様なので特に慌てる必要もなさそうである。
「……ぷは!」
「オオ、ヤットデラレタ」
と、そこにエヴァによって埋葬され、自力で出の脱出が不可能となっていた茶々丸とチャチャゼロが地面からはい出してきた。どうやらネギの作ったクレーターによって、締固められた土砂が自力で脱出できる程度に緩んだようだ。
「お、茶々丸とチャチャゼロやないか。こないなところでいったいなにしとったんや?」
「いえ、ちょっとマスターの機嫌を損ねてしまい、姉さんといっしょに埋められてしまいましたので」
「コノママ化石ニデモナッチマウカト思ッタゼ」
「う、埋められた……」
「まあ、あまり細かい事は気にしないでください。ところで、小太郎君が私達を助けてくれたんですか?」
「助けたっちゅーか、偶然そうなったっちゅーか。ともかく、茶々丸達を助けたのは俺やのーて、そこで埋まっとるネギや」
「え、ネギ先生?」
茶々丸が小太郎の指差すほうを見ると、そこではいまだに上半身が地面から脱出できずにもがくネギの姿があった。
茶々丸がそんなネギの姿を呆然と見つめる中、地面から突き出したネギの下半身の動きが激しくなり、やがて小さく痙攣し始める。
「ネギ、おまーなにしとるんや?」
「あの、これはもしかしてネギ先生は呼吸が出来ない状態なのでは?」
「窒息ッテヤツダナ」
「そりゃー上半身が完璧に地面に埋まっとるからな、それで呼吸が出来るはずが……ってネギー、死んだらアカンー!」
ここに来てようやく状況に気がついた小太郎は、あわててネギのもとに駆け寄るとネギを掘り起こそうと土をかき分け始める。しかし、ネギの上半身は腰までしっかりと地面に埋まっているため、素手で掘っていてはとてもではないがネギの息が続くわけがない。
「どいてください、私が助けます!」
茶々丸はネギの周りの土を掘り起こそうとしている小太郎を脇にどけると、ネギの足を掴み力を込めるといっきに引き抜いた。
ゴキン!
その瞬間、不吉な、それはもうものすごく不吉な音が小太郎の耳朶を打つ。小太郎が聞いた不吉な音、それは人体を構成する200を超える骨の一部が破損した時の音によく似ていた。
「えっと……今の音は?」
「私ニハナニモ聞コエマセンデシタガ?」
「妹ヨ、ソノ喋リカタダト俺ト被ルカラヤメロ」
「いや、そういう問題やないやろ!」
焦る小太郎を他所に、急に動きがぎこちなくなった茶々丸と、何故かワクワクしているかのような表情を浮かべるチャチャゼロはゆっくりとネギの体を土中から引き上げ、泥を落としていく。
そんななんとも微妙な空気に包まれる中、小太郎が恐る恐るネギの顔を見つめていると、今まで死体のごとくピクリとも動かなかったネギが急に目を見開き、勢いよく立ち上がると首をゴキゴキと鳴らしながら体についた泥を落し始めた。
「あー、死ぬかと思った」
「いや、たぶんそんなことやないかと思ってたけどな……」
「本気デ命冥加ナガキダナ……」
「ん、どうしたの?」
「お前を引き抜こうとした時に、首のあたりからゴキって凄まじい音がしたもんやからな」
「思わず殺ってしまったと思いまして……」
「あはは、いやだなーみんな。あの程度でどうにかなるようなヤワな首だったら、とうの昔にタマモさんのハンマーで死んでますよ」
ネギはあっけらかんと笑いながら手を振り、無傷である事を見せ付けるかのように首をぐるぐると回す。なんというか、益々人類から逸脱しつつあるネギであったが、小太郎や茶々丸達にしてみれば妙に納得の行く話しでもある。
ただし、本人は気付いていないが小太郎も既にネギに準じる程度の耐久力を持っているため、おそらくネギと同じ状況に陥ってもムチウチ程度ですむことになるのだが、その点について突っ込むのはあまりにも気の毒と言えよう。
ともあれ、ネギは呆然とする小太郎達に微笑みかけながら、ちょうどよいとばかりに茶々丸に話しかけた。
「ま、それはともかくとして。ここで茶々丸さんと出会えたのは幸運でした」
「幸運と言いますと?」
「いえ、武道会が無事に終わった以上、以前約束していました野点に伺おうと思ってましたので」
「しかし、もうすでに野点の時間は過ぎていますが……」
茶々丸は周りが既に暗くなっているのを見渡しながら、ネギを不思議そうに見つめる。すると、小太郎はネギが何をするつもりなのか気付き、ポンと手を叩いた。
「そっかアレを使うつもりか」
「そう、カシオペヤだよ」
ネギは小太郎に微笑むと、事情がわからずに小首をかしげる茶々丸に手にしたカシオペヤを見せ、その機能を嬉しそうに説明した。
「それを使えば、過去に戻れるということなのですか?」
「うん、学園祭期間内限定だけどね。と、いうわけで武道会終了の時間に帰るからみんな僕に捕まって」
ネギは茶々丸に微笑みかけると、カシオペヤの針をいじくり、目標の時間を設定する。そして皆が自分の体にしがみついたのを確認すると、おもむろにカシオペヤのスイッチを押すのであった。
ただし、この時ネギの足の下に明らかに女性の物と思われる長い髪の毛が一房ほど地面から顔を出していたのに誰も気付く物はいなかった。
「よし、成功したみたいだね」
「せやな。時間的にはちょうど決勝が始まったころかな?」
ネギ達が時間移動を実行し、転移した場所は武道会の会場を見下ろす事が出来る小高い塔の上であった。
眼下では今まさに過去のネギと小太郎が対峙しているところであり、それを見ていたネギはあのころは幸せだったとばかりに過去を思いながら少しだけ涙ぐむ。
可能ならば今すぐにでも試合に乱入し、タマモが出てくる前に過去の自分達を助け出したい。
そう思うネギであったが、ここでふと心の中に浮かんだ違和感に気付き、空を見上げて瞑目する。
そして沈黙すること10秒の後――
「うん、同じ僕だけど……僕だけ怖い思いをするのは不公平だよね。それに万が一タマモさんの追っ手がかかったら、僕まで殺られるのは間違いないし」
――いっそ清々しいほどの笑みを浮かべながら、過去の自分達を見捨てたのであった。
己の安全の為には過去の自分ですら躊躇無く見捨てるネギと、目的のために躊躇なく他人を犠牲に出来る横島。はたしてどちらがより凶悪であろうか、まさに甲乙つけがたし、思案に苦しむところである。
「……ナントイウカ、悪ダナ」
「あれで本人はいまだに立派な魔法使いを目指しとるんやからな。自覚が無いだけにたちが悪いで」
「悪と言うよりもこの場合は黒と言うべきでしょうか……暗黒神を信奉するネギ先生にふさわしいと言えなくも無い様な気もしますが」
チャチャゼロ、茶々丸、小太郎の三人は過去の自分を待ち受ける未来に黙祷を捧げるネギを見つめながら、こそこそと3人で頭を寄せ合いつつネギに視線を送る。
と、そこで茶々丸はネギの足元に自分達以外の髪の毛の束を見つけた。その髪は長さからして明らかに女性の物である事が窺えるが、色からして茶々丸とは違う。そして何より、床のコンクリートからまるで植物のように生えているのが非情に気になる。
それゆえ、茶々丸は静かに祈り続けるネギをおもむろにその場所からどかし、コンクリートから生えている髪を掴むとすぐにDNA検査を始めた。
「……スキャン完了、これは千雨さんの髪の毛ですね」
「千雨さんの髪の毛ですか? でもなんでこんな所に千雨さんの髪の毛が生えてるんです?」
「原因はわかりかねますが、少し気になる事が……」
「気になる事ですか?」
「ええ、この真下。ちょうど髪の毛の先に、かなり微弱ですが人間一人分の生体反応が有ります」
「生体反応ですか……」
ネギは茶々丸の言葉を脳内で反芻しする。
コンクリートから生える千雨の髪の毛、その下にある生体反応。そして何より、ついさっきまで忘れていたが、着陸地点で千雨によく似た人物を見たような記憶もある。
そのことを総合的に勘案し、ネギの天才的な頭脳で処理した結果、はじき出された答えはただ一つ、某RPGにおいて全滅原因の3割近くを誇る転移座標設定の失敗による壁、もしくは床への出現であった。
「ってまさかこの床の中に千雨さんがー!」
「大丈夫ダ、リセットボタンヲ押セバマダ間ニ合ゾ」
「もうすでに書き込まれていると思われますので、リセットしても手遅れかと」
「んな事言うてるヒマあったらとっと掘り出さんかーい!」
事情を察知し、いっきにパニックに陥るネギ達。といってもすぐに千雨を助け出すために気やら魔法やらで床のコンクリートを手際よく破壊し、さほど時間をかけずに千雨を救出するあたり、実に手馴れている。
そしてようやく千雨を掘り起こし、状態を観察していた小太郎が千雨の口元に手を当てるといっきに顔を青ざめさせた。
「あ、あかん! この姉ちゃん息しとらん!」
「ああ、大丈夫だよ小太郎君。人間息をしてない程度で死んだりはしないから」
「兄ちゃんやお前やあるまいしそんなわけあるかー! とにかくまだ生命反応があるっちゅーんやから、とっとと人工呼吸でもせんかーい!」
焦る小太郎を尻目にどこからとも無くお茶を取り出し、枯れきった老人のように茶をすすりながら空を見上げるネギ。その姿は誰がどう見ても現実逃避以外何ものでもない。
小太郎は現実逃避するネギの頭を引っぱたいて正気に戻すと、人工呼吸するように促す。
ここでもしこれが横島であったのなら、苦悩しつつも率先して人工呼吸を行うのだろうが、あいにくと小太郎は横島のような煩悩の塊ではない。それゆえいかに救命行為とは言え、キスに類する事をするなどとてもではないが出来ないのだ。ついでに言えば、チャチャゼロと茶々丸は基本的に生物ではないので論外である。こうなるともはや千雨を助ける事が出来るのはネギしかいない。
ネギは茶々丸が内蔵されたAEDを準備しているのを視界に収め、覚悟を決めると大きく息を吸いこんで千雨の唇に自分の唇を重ねた瞬間、妙にくぐもった声が彼の耳に聞こえてきたのであった。
「か、仮契約げっとー!」
ネギが聞いた声、それは彼の使い魔兼ペットであるカモの声であった。その声が千雨の胸の辺りから聞こえてくるあたり、どうやらカモは千雨の服にもぐりこんでいるようだ。
実はカモはネギが千雨に突貫する直前、いつまでたっても脱ぐ事を決断しない千雨にしびれを切らしたのか、内なる声を装って千雨を誘導しようと彼女の服にもぐりこんでいたのだ。
結局カモの邪悪なその試みは奇しくも彼の主によって頓挫し、彼は千雨共々気絶していたのだが、彼の本来の存在意義である自動仮契約機としてのアイデンティティーゆえか、根性で気絶状態から復活し、ネギと千雨の仮契約を成立させたのであった。
「か、仮契約!? ってカモ君なんでそこに?」
「甘いですぜ兄貴。キャンセルされたとは言え死神の旦那とすら仮契約を成立させ、オコジョ妖精の中でもトップの営業成績を誇る俺っちがこんなチャンスを逃すと思うかい?」
「死神って、いつの間にそんな事を……ってそうだ、そんなことより千雨さんが」
ネギはしばしの間仮契約カードを持って歌い踊るカモを呆然と眺めていたが、ふと千雨の事を思い出して彼女のほうに目を向けると、人工呼吸と併用して行われたAEDによって息を吹き返す千雨の姿があった。
「ううーん……ここは? ていうか私は何をしてたんだ?」
目を覚ました千雨は、靄がかかったかのようにおぼろげな視界を頭を振る事によってはっきりさせると、自分が置かれた状態を把握すべく周囲を見渡す。
すると、自分を取り囲むように心配そうな顔を浮かべるネギ、茶々丸、小太郎の姿が目に入った。
「ネギ……先生、私はいったい」
「あ、ちょっと手違いがありまして、千雨さんは今まで気絶してたんですよ」
「気絶……そういえばネギ先生が天空ペケ字拳を放つ夢を見たような気がするな……あれ、ということは私はどれぐらい気絶してたんだ? 見たところかなりの時間が……」
千雨はまだ頭がはっきりしないのか、気絶する直前に見た幻を反芻しつつ、それを夢だと自らに言い聞かせる。そしてここに来てようやく、気絶する前は暗かったのに今は昼間である事に気付いた。
それゆえ、かなり長い時間気絶していたのかと不安になり、エヴァを影で操る不倶戴天の敵となった茶々丸に対して珍しく気弱な表情を見せた。しかし、それに対して茶々丸はあくまでも無表情のまま、淡々と事実を述べるのであった。
「ご安心ください。千雨さんが気絶していたのはほんの10分程度です」
「そっか、10分か。じゃあたいしたこと……ってちょっとまて」
「何か?」
「何かじゃねーだろ! さっきまで夜だったのに10分気絶していたらもう昼? ここはいったいどこの竜宮城だー!」
千雨は頭を抱えながら絶叫する。まあ、それも無理も無い事だろう。なにしろ気絶する直前まで夜だったのに、今は何をどう見ても真昼間。
しかし、何故か気絶していた時間はほんの10分程度。いったいどれだけ時間が加速すればこんな事になるというのだろうか、もはや千雨の頭の中は大パニックである。
ちなみに、この時点で千雨は今の時間が学園祭三日目の昼間であると思っている。だが実際は二日目の昼、時間が加速するどころかよもや巻き戻されているなどとは理解の範疇を完璧に超えていたのだった。
ともあれ、この事態はネギ達魔法使いにとって一大事である。
元々千雨は超人達がひしめく3−Aの中でも極めつけの現実主義者である上に、隠れネットアイドルである。これで魔法がばれようものなら、下手をすればその情報が広大なネット海に流出しかねない。
それゆえにネギ達はなんとかその場を誤魔化すべく、硬い笑みを顔に張り付かせながら千雨を説得しようと試みるのであるが――
「カタパルト射出!」
「「うぎゃぁぁぁー!」 」
――そんな彼らの努力を嘲笑うかのように、重力から解き放たれた過去のネギ達が千雨の目の前を通過して天へ向かって飛び立っていく。
「あー……なんかさっきネギ先生とそこの横島の弟が空を飛んで行ったんだが……」
「ああー! なんかもう、自分のことだけど僕のバカー!」
「俺のあほー! せめてもう少し上昇角度を上げんかーい! なんでよりにもよって俺らのすぐ上を通過するんやー!」
千雨は再び突きつけられた非常識な現実に目を丸くしつつ、空に向かって飛び立つネギ達を罵倒するネギ達を見つめる。
もはやなにがなんだかわからない。上を見ればネギ達が空を飛び、下を見れば頭を抱えながらなにやら叫ぶネギ達がいる。
さらに極めつけとして、ふと眼下を見ると自分が何かに苦悩し、傍らに生えてた花を摘み取ると、花びらを一枚ずつむしりとりながらなにやらブツブツと呟いている姿が目に入ってくる。その姿は明らかにエヴァの行った最終手段に対抗すべく、自らも脱ぐか否か葛藤する過去の自分であった。
同じ存在が同一時間軸にいるというありえない現実。しかし、いくら現実逃避しようとこれは夢ではない。何度目をこすり、壁に頭をぶつけようと眼下にいる過去の自分の姿は決して消えない。
そしてことここに至り、ようやく千雨はありえないこの現実を冷静に受け止める決意をする。そしてゆらりと表情を消して立ち上がるとネギの肩をがっしりと掴んだ。
「ネギ先生……ちょっと確認しますが、今の時間はひょっとして学園祭二日目の昼間ですか?」
「は、はい……」
「そして、さっき空に飛んで行ったのはネギ先生とそこの小太郎とか言う子供ですね。私の目の前にいるのにもかかわらず……」
「……そ、それはたぶん目の錯覚かと」
「そうですか、ではそこの広場にいる……我ながら何を悩んでいたのかと後悔しきりなんですけど、ともかく何かを思い悩んでいる私の姿も目の錯覚なんですね?」
「そ、そのとおりかと……」
ネギは最後の抵抗とばかりに目の錯覚であると主張するが、もはやそんなことで誤魔化しが出来るレベルではない。それになにより、ネギの顔に浮かんだ大量の汗と、ちっとも千雨と目をあわせようとしないその仕草がネギの発言が嘘だと証明している。
故に千雨はネギの肩をがっしりと掴むと、抑えに抑えたついに感情をついに爆発させたのであった。
「ふ、ふざけるなー! アレが夢? 幻? 目の錯覚? 誰がどうみても現実だろうがー! っつー事はなにか、私は過去にでも逆行でもしちまったのか? いったいなんだこの現実は、ネギ先生、アンタいったい何者だー!」
千雨はネギの肩を掴んだまま、力いっぱいネギの首を前後にゆする。そんな彼女の表情は色々な意味でいっぱいいっぱいなせいか、涙すら浮かんでいた。
いっそこのままどこぞのフルでメタルでふもっふなアニメのように、ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスホールドでもかけてしまえたらどれほど楽だろうかと千雨はネギの頭を振りつつ考えるが、あいにくとあのヒーローのようなヒロインの真似はとても出来ないため却下する。
もはや現場は大混乱、いっこうに収拾がつきそうに無い大パニックであったが、捨てる神あらば拾う神あり。この場を収めんと白き妖精ががついに立ち上がった。
「姐さん、落ち着いてくれ。今から説明すっから」
事態を収拾しようと立ち上がった勇者、それはカモでった。
千雨は突如ネギの肩の上に現われた喋るオコジョに驚愕し、ネギの肩から手を離すとそのまま距離を取る。
カモはそんな千雨を眺めながら、どこからともなく取り出したタバコを片手にニヤリと笑った。
「俺っちはオコジョ妖精のアルベール・カモミール。カモって呼んでくれていいぜ」
「オコジョが喋ってるー!?」
「カ、カモ君!?」
「兄貴、もうここまで来たら誤魔化すのは無理だ。だったら事情をきっちり説明して、秘密を守ってもらったほうがいいと思うぜ」
カモは戸惑うネギを諭すと、改めて千雨に目を向ける。するとそこではこれでもかと言うくらい、目を見開いた千雨の姿があった。
まあ、千雨の反応も無理も無い事であろう。なにしろ、夜だったのが突然昼になり、なおかつ過去の自分の姿まで見た上に、トドメと言わんばかりに喋るオコジョが登場したのだから、まさに驚天動地といった感じであろう。
もっとも、この程度で驚いていてはまだまだ甘いと言わざるを得ないのだが、その辺は後々の事として今は置いておこう。
ともあれ、カモは脅えた子猫のように警戒心むき出しの千雨に対して似合わないくらいにさわやかに笑うと、すこし真面目な表情をして話しかけた。
「さてっと、突然の事で頭パニックになっているだろうが、これから話すのは紛れも無い真実だからよーく聞いてくれ」
カモはここで言葉を切り、タバコに火をつけると口にくわえ、無駄に渋い仕草で煙を吐き出す。
そして、千雨がどうやら落ち着きを取り戻し、自分の話を聞こうとしているのを確認すると、おもむろに爆弾を放り投げるのであった。
「姐さん、あんたはついさっきまで死んでいたんだ」
「……は? ちょっと待て、それってどういう事だ」
「そのまんまの意味だよ。姐さんは事故で死んじまっててな、それを兄貴が魔法で助けたんだよ」
「ちょ、カモ君!?」
ネギはとんでもないことを言い出すカモに焦り、話に割って入ろうとする。しかし、カモはネギにだけ聞こえるように小さく囁くと、悪魔のごとくニヤリと笑った。
「大丈夫だって兄貴、俺っち任せてくれ。最初にドカンとインパクトを与えておいて、混乱した隙に言いくるめるって手法だ。ついでに兄貴が助けた事で恩も売れるし、なによりも一つも嘘をついてないだろ」
「で、でも……」
「まあ、任せてくれ。俺っちがちゃんと八方丸く収めるから。それになにより、うまく味方に引き込めば対タマモ姐さんへの戦力になるかもしれないだろ」
「カモ君、説得は任せたよ!」
「おうよ!」
カモはネギのお墨付きを受け、改めて千雨を見据える。
すると、ちょうど時を同じくして衝撃的な事実に意識を飛ばしていた千雨が現世に戻ってきた。
「わ、私が死んでた? それに魔法だと……そ、そんなファンタジーな話が現実に起こるわけ」
「でも、過去に戻ってきたのは姐さんが確認したとおり事実だぜ。そんな芸当が魔法以外で説明できると思うか? 少なくとも、今の科学じゃ無理な話だ。それになにより、オコジョの俺っちが喋ってる時点で十分にファンタジーだろ」
「ぐ……た、たしかに」
「よし、じゃあ納得したところで改めて、これは姐さんのカードだから大事にとっといてくれよな」
カモはいまだに完全に納得できないといった顔をする千雨の肩に駆け登ると、どこからともなく一枚のカードを差し、それを手渡す。それは千雨の絵が書き込まれた仮契約カードであった。
「これは? って私?」
「これは仮契約カードっつってな、魔法使いの従者の証であり、便利なアイテムを呼び出すキーなんだ。ま、絵を見てもらえばわかるだろうけど、それは姐さんのカードだぜ」
「ちょっと待て、ネギ先生が魔法使いだとか、時間移動したとかは納得できないけど理解した。だけどこのカードが私のってのはどういう意味だ!?」
「だーかーらー、姐さんは仮契約して兄貴の従者になったんだよ。最初に言ったろ、魔法で助けたって。その時に必要だったんだよ、仮契約が」
「……」
千雨は自分の絵が描かれた仮契約カードを手に取り、がっくりと肩を落とす。
何しろこのカードが意味するところは、本来ならごく普通に平和にすごすはずだった中学生生活との別離を意味しているのだ。それは現実主義と事なかれを第一とする千雨にとって、まさに青天の霹靂である。
まあ、便利なアイテムというくだりには何かしらそそられるものがある上に、話を聞く限りネギは命の恩人だ。だから本来なら礼を言うのが筋というものなのだが、あくまでもそれはそれ、これはこれである。
ゆえに千雨は親の敵とばかりにネギを睨み、寮に戻ったら匿名で魔法の存在を匂わすような事をネットに流してやろうと決意したのも無理もないことであろう。
だが、そんな千雨の思惑は彼女の肩に乗った白きオコジョの邪悪な笑みによって無残にも打ち砕かれるのだった。
「ってわけで、これで兄貴と姐さんは一心同体、一連托生ってわけだ。だから、魔法についてもしポロっと喋ってしまって誰かにバレたら、兄貴ともども姐さんもオコジョになるから気をつけな」
カモいっそ清々しいほどの邪悪な笑みをたたえたまま、千雨の肩をポンと叩く。
千雨はそれを受けると、うつろに笑いながらがっくりと膝をつく。それは長谷川千雨による無条件降伏の証でもあった。
「あは、あはははは……私の常識と日常を返せー! こんな非常識な現実は嫌だー!」
千雨は力なく顔を上げ、最後の抵抗とばかりに理不尽な現実を突き付ける神を呪う。すると、そんな千雨を気遣うかのように、彼女のライバルであるエヴァをプロデュースする茶々丸がそっと千雨に寄り添い、なんとか元気づけようと声をかけた。
「大丈夫です千雨さん」
「茶々丸……」
千雨は顔を上げ、自分を見つめる茶々丸と目を合わせた。すると茶々丸は無表情のまま、静かに腰を下ろすと千雨と同じように目を合わせ――
「高高度からのネギ先生の天空ペケ字拳をまともに喰らって五体満足でいる時点で、まことにお気の毒ですが既に貴方も十分に非常識かと」
――きっちりと千雨を地獄の淵へと叩き込むのであった。
エヴァの忠実なる従者茶々丸。彼女は現在のところマジカルキティの最大のライバルである千雨を葬るチャンスを逃すほどお人好しではないのであった。
「マスターをトップに押し上げるためにはこの茶々丸、容赦しません」
「イヤ、少シハ容赦シロヨ……」
千雨VS茶々丸の最初の直接対決の軍配はどうやら茶々丸に上がったようであった。
第47話 end
「あ、あの……千雨の姐さん?」
「オイ、そこの生モノ。いいからとっととこのアーティファクトの使い方を教えろ……具体的には茶々丸をギャフンと言わせる方法を」
あれからしばらくの後、茶々丸が一足先に野点に向かうと、取り残されたネギ達は失意の彼女に仮契約カードの説明を行った。
もっとも、その際に茶々丸の発言からネギが千雨をこの事態に追い込んだ張本人であることが発覚し、さらにひと悶着あったのだがその辺は割愛する。
ともあれ、現実を受け入れた――現実を諦めたとも言う――千雨は、渋々ながら説明を受けていたのだが、アーティファクトのくだりで異様に目を輝かせ、カモに迫っている。
どうやら先ほどの復讐をアーティファクトを使って行うつもりのようだ。
ちなみに彼女のアーティファクトの形態は、どこぞの魔女娘が使うようなハートのエンブレムがまぶしい魔法のステッキである。
「え、ええっと……そのアーティファクトは『力の王笏』って言って、電子精霊を操って情報の海の中にダイブできるやつみたいだな」
「情報の海? ってことはネットの中に直接入ることができるってことか?」
「ああ、もっともその際には呪文がいるんだが……ってもう聞いてねえし」
「そうか、これがあれば直接ネットの中へ……これで、これで茶々丸に一泡吹かせてやれる……ネットアイドルのトップの座はこの私、ちう様の物だ。茶々丸が後押しするエヴァなんかに負けてたまるかー!」
ネギと小太郎、そしてカモが見つめる中、千雨は不本意ながらもものごっつ使えそうなアイテムを手に狂喜乱舞する。
カモはそんな彼女をなんとも言えない表情で見ていたが、ふとアーティファクトの取扱説明書に目を落とす。それにはアーティファクトを使用する際の呪文と振り付けがこと細かに書かれているのだが、なんというか、実際に千雨がそれを使用するところを想像すると視覚的に実に痛い。
せめてあと5歳ぐらい幼ければ、それなりに微笑ましい絵面なのだが、15歳に手が届こうとする少女がやるにはあまりにも恥ずかしすぎる動作だろう。
「なんというか、魔法少女ってのはやっぱ10歳以下限定なのかね」
「むしろこの前みたいにネギが女装してやったほうが似合っとるな……千雨の姉ちゃんじゃちょっと……」
「なんというか、黒いオーラも見えますしねー」
「見ていやがれ、茶々丸。この私を敵に回したことを絶対に後悔させてやるからなー!」
魔法のステッキを手に天に向かって吠える千雨。なんのかんの言いながらしっかりと魔法を受け入れ、自らの利益のために利用するあたり、やはり彼女も十分に非常識であった。
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