麻帆良武道会決勝とその後のイベントが終了し、とある少女が新たに手に入れた力と共に復讐を決意していたのとほぼ同時刻、いまだに武道会の興奮冷めやらぬ観客席の一角では4人の少女が呆然と空を見詰めていた。
 ちなみに、彼女らの視線の先には既に黒い点となったネギと小太郎が空中遊泳を存分に楽しんでいたりする。


「……えっと、今更ですが人間ってあそこまでダイナミックに空を飛べるものなんですね」

「ネ、ネギ先生ー!」

「あははは、なんかタマモちゃん妙に気合はいっとったからなー。いつもより余計に飛んどるみたいやー」

「いや、気合ってそういう問題なの? っていうかまるで魔法みたいに人があんなに簡単に空を飛んでるー?」


 既に点すら見えなくなったネギ達を見送る少女達、それは夕映、のどか、木乃香、ハルナの図書館探検部4人組である。
 この内、木乃香と夕映は魔法関係者ゆえにそれなりに慣れがあるせいか、ネギ達の行方を心配している様子は無い。
 故に、このメンバーの中で唯一魔法と関わりの無いハルナの発言が、しごくまともに聞こえるのは無理も無い事であろう。ちなみに、のどかの発言については愛ゆえにというヤツということで。
 ともあれ、夕映は驚愕の表情を浮かべているハルナをチラリと見上げ、腐っても、そう、腐っていても一般人であるハルナのために状況の説明をするのだが、この時の夕映もやはり多少なりとも動揺していたのだろうか、致命的な一言をもらしてしまった。


「いえ、魔法みたいに見えますけどアレはちゃんと物理法則にのっとってますよ、一応。もっとも、タマモさんの場合は物理法則に従いながらその物理法則を真っ向から無視しているあたり、ネギ先生の魔法と比べてどっちが非常識なのかと小一時間問い詰めたく……」

「ん、ネギ先生の魔法ってどういうこと?」

「……と、問い詰めたく」

「そういえば、あまりのネタ試合で気にならなかったけど、さっきの試合でネギ先生は明らかに呪文みたいなの唱えて魔法っぽいもの使ってたよね? オマケに小太郎君はなんか獣に変身してたし」

「と、問い詰め……」


 夕映は自らの肩を掴み、目を血走らせながら迫ってくるハルナを見上げながら沈黙する。
 ともあれ、今この麻帆良学園において、もっともバレてはいけない人間に魔法の存在がバレた瞬間であった。
 



「プラクテ・ピギ・ナル・アールデスカット」

「アデアット」

「おおおー、ほんとに魔法だー!」


 木乃香達は結局その後のハルナの追及をかわすことが出来ず、今はこの図書館島の一室にてそれぞれが所有するアーティファクトと魔法のお披露目会を開催し、ついでに各アーティファクトの効能も説明していた。
 

「つまり、ネギ君とキスすればステキな魔法のアイテムをゲットできると……」

「いえ、ただキスをすればいいと言う訳ではなくてですね」

「ああ、魔法! なんていう甘美な響き! しかもキスすれば不思議魔法アイテムを超ゲット!」

「だからただキスをすればいいと言う訳では……ってそもそものどかの目の前で何を堂々とネギ先生とのキス宣言をかますですかー!」

「あ……そうか、ごめんねのどか」


 ハルナはのどかの前で堂々と略奪愛宣言をかます。
 もっとも、ハルナにしてみればそこに愛などかけらも存在せず、ただアイテムをゲットするだけのスーパードライな感情があるだけだ。しかし、そんな即物的な彼女であっても、夕映の剣幕に遅まきながらも自らの失言に気付くあたり、やはり腐っても――何度も言うがたとえ腐っている女の子だとしても――親友である。
 故に、彼女はあっさりとネギとのキスを諦めるのだが、あいにくとアーティファクトを諦めたわけではなかった。


「というわけで、ネギ先生とのキスは諦めるとして……となると、次の狙いは横島さんかな? タマモちゃんのハンマーもアーティファクトみたいだし、横島さんでも可能ということでしょ?」


 ハルナはあっけらかんと笑いながら、次なる獲物を定めてニヤリと笑う。
 彼女にしてみればネギとのキスがダメだなら次点は横島と言うわけであり、そこに乙女としての恥じらいなど無い。アーティファクトを得るためならばキスの一つや二つ、野良犬に噛まれたと思えばいくらでも無視できるのだ。


 ピシリ!


 この時、夕映はたしかに何かがひび割れる音を聞いた。
 そしてその音の発生源を確かめる前に、追い討ちをかけるかのように押し殺した不吉な声が耳朶を打つ。


「アデアット」


 夕映が 聞いたその声はアーティファクトを召喚する呪文。
 この場にいるメンバーでアーティファクトを所有するのはただ二人、のどかと木乃香だけである。そして聞こえる声は明らかにのどかの声ではない。
 故に消去法でこの声を発しているのは木乃香となるのだが、それを木乃香だと断定するにはあまりにもおどろおどろしい声であった。しかし、どんなに否定しありえないと断定しても、残った答えが真実である。だから夕映は嫌な汗を背中に感じつつ、ゆっくりと背後を振り返った。


「あ、あの……木乃香さん?」

「ん、なんやの?」


 振り返った夕映は見た。いつもと変わらぬ底抜けの笑みを浮かべる木乃香を。
 しかし、同じなのはあくまでも表情だけであり、木乃香がまとう雰囲気も、そして服装すらもいつもの木乃香ではなかった。


「そ、その格好は……いや、それ以前に仮契約カードの絵がなんか変わってませんか?」


微笑みの闇巫女


 夕映が見た木乃香の格好、それはいつもの真っ白な陰陽師のような格好ではなく、深いスリットの入った漆黒のドレスを身にまとい、なにやら真紅の刃が禍々しいハルバードのようなものを手にしていた。
 そして、笑みが浮かぶその唇には紫色の口紅をつけ、同じく紫のアイシャドーが幼さの中に妖艶さをかもし出している。
 ここでふと木乃香が手にする仮契約カードに目を向けると、そこには今の木乃香と全く同じ絵が描かれていた。つまり、この変身は仮契約カードによるものだということになるのだが、その格好はあまりにも普段の木乃香とかけ離れていた。
 ちなみに仮契約カードをよく見ると、いつもの陰陽師のような格好をした木乃香の絵が剥離紙のようにカードの上端でかろうじてつながった状態で、ペラペラと風に揺られていたりする。
 ともあれ、夕映が絶句しているうちに、木乃香は相変わらず妄想を撒き散らしているハルナの背後に音も無く回り込み、その襟首をむんずと掴んだ。


「え、ちょ! こ、木乃香? なんなのその格好……って私をいったいドコに?」

「ええから……ちょぉぉっと頭冷やそうなー」

「い、いやー! なんか魔王っぽいものが降臨してるー!」

「魔王やないよ、これは女神様やー」


 夕映とのどかの目の前で降臨した微笑みの闇巫女は、暴れるハルナをいとも簡単に引きずりながら誰も入る事の無い資料室へ向かっていく。
 そしてバタンという音を最後に部屋中に沈黙が降りて10秒後、その資料室から鬼すら裸足で逃げ出すほどの恐怖に取り付かれた悲鳴が図書館島を席巻するのであった。




「遅れましたー……ってアレ、どうしたんですか皆さん?」


 微笑の闇巫女が降臨してより30分後、何も知らぬネギが扉を開け、周囲を見渡して首をかしげる。
 その部屋の中央にはいつもと変わらぬ微笑を浮かべる木乃香と、何故か真っ白に燃え尽き、いつでもロスト可能なくらい見事な灰になったハルナがいる。そしてその部屋の隅では、夕映とのどかが互いに身を寄せ合ってガタガタと子猫のように震えていたのだった。






第48話 「集いし騎士たちの聖戦」







「えっと、ここか……っつーかなんでこの建物から戦場の雰囲気が漂ってくるんだ?」


 どこぞのネズミの王国で発行されるようなパンフレットを片手に、バンダナをした冴えない青年こと横島がとある建物を見上げている。
 そんな彼の目の前には洋風の建築物の多い麻帆良学園内で異彩を放つ純和風建築の建物、武道場がいかにもどこぞの城といった感じでそびえたっていた。
 一方、横島が建物に染み付いたバトルな雰囲気にビビっているころ、その建物内では少女達が完璧な執事に扮して接客を行っている。
 彼女達が所属すのは女子剣道部。その出店内容は所謂『執事喫茶』というものであり、その営業成績いかんで部室環境の改善がかかっているために彼女達にとって会場はまさに戦場であった。


「いらっしゃいませ、お嬢様。只今お席へご案内いたします」


 店内に新たな客が入り、待機している執事の扮装をした少女の中で髪を左側にまとめたサイドテールの少女、刹那が客の前に進み出て接客をしていく。
 そんな刹那の仕草はまさに執事の見本と呼んでもいいくらい堂の行ったものがあり、見るものを引き込んでしまう程の凛とした美しさがあった。


「いやー、どうやらこの執事喫茶は大当たりかな?」

「みたいだね、特に桜咲さんの人気が高いみたいだよ」

「あー、それはわかるわ。背は小柄なのになんかこう、ものすごく凛々しいって感じだし」


 接客する刹那を眺める執事姿の少女達、彼女達は刹那と同じく剣道部に所属する部員達である。


「でも最近は凛々しいってだけじゃなくて、なんかこう妙に柔らかくなったというか、可愛いって感じがしない?」
 
「そういえばそうね……以前はめったにどころか全然笑わなかったのに、今では私達の前でも笑うし」

「うーん、それってもしかして男が出来たとか……」

「あ、そういえば私この前桜咲さんが翡翠みたいな玉のついた首飾りを大事そうにしまってたのを見たよ」

「桜咲さんの彼氏かー、どんな人だろう」

「きっとすっごく格好よくて、刹那さんと一緒に剣を持って戦うって感じの人じゃないかしら」


 彼女達はこの春ぐらいからの刹那の変化に改めて気付き、互いに顔を寄せ合いながら情報交換をしていた。
 そしてそんな彼女達が出した答えは刹那に彼氏が出来たという、女の子としては至極まっとうな結論へと収束していき、さらには勝手に刹那の彼氏像を決め付けていく。
 横島が店内に入ったのは、まさにそんな時であった。
 

「えーっと、刹那ちゃん……」

「あ、横島さん!」


 横島が店内に顔を出し、キョロキョロとしているとそこに素早く横島を見つけた刹那が駆け寄ると笑顔で彼を出迎え、そのまま手を引いて席へと案内していく。


「えっと、今の見た?」

「見た……アレが花が咲いたってような笑顔ってヤツ?」

「ってことは……あの人が桜咲さんの彼氏ということかな?」


 少女達は横島を前にして微笑む刹那に一様に驚愕の表情を浮かべる。しかし、次いでその微笑の対象である横島へと目を向けると、彼女達はなんともいえない表情でお互いに顔を見合わせた。


「なんか……冴えない感じの人ね」

「同感」

「正直、桜咲さんがすっごくもったいない」

「あ、どっかで見たことがあると思ったら、さっき武道会でネギを持った小学生の女の子にボロ負けした人だ!」

「うっわ、それって情けないわねー」


 彼女達が横島へと下した評価はなんとも情け容赦の無い物であった。しかも、それがほぼ事実なのだからさらに始末が悪い。
 なにせ横島はどう贔屓目に見ても、魂にまで刷り込まれた丁稚根性がにじみ出ているのだ。まあ、この場にいるのが女子中学生だけであるから、横島の煩悩がにじみ出てこないだけまだマシなのだが、その辺に関してはただ単にマイナスならないだけで決してプラス要素になったりはしない。
 一方、そんな評価を受けている横島達はというと――


「……どうせこんな評価だとは思ってたけどね……ちくしょう、なんだかとってもちくしょう!」

「あははは、気を落さないでください。実情を知らなければ、彼女達の見方も無理も無いですから」

「刹那ちゃん、それフォローになってないから」


 ――しっかりと部員達の評価を耳に入れていたのだった。
 横島は遠慮呵責のない評価に傷つきつつ、刹那が運んできたコーヒーに砂糖を入れて口に含む。しかし、本等なら苦いはずのそのコーヒーは何故かしょっぱい味がした。
 一方、刹那はといえば、心の中で次回の稽古時に神鳴流の誇る地獄の基礎訓練を部員達に叩き込むことを決めつつ、横島の涙をぬぐったりコーヒーのおかわりを注いだりとかいがいしく世話を焼いていく。
 横島にしても、悲しいかなこの程度の評価というか悪評に慣れがあるため、すぐに涙を止めると改めて刹那の執事姿を眺め、今度はちゃんと苦いコーヒーを口に含んだ。
 こうして二人は先ほどまでのやりとりを闇に葬り、しっかりといい雰囲気を作り上げていく。
 そして先ほど横島を冴えないと切り捨てた部員達とは別の、主に厨房を担当する部員達数名はそんな二人の姿をしっかりと写真に収め、後で刹那を追求する事を心に決めるのであった。





「つ、疲れました……」

「あー、お疲れさん」

「災難だったわね……」


 あれから1時間後、ようやく担当する時間が終わった刹那は部員達の執拗な追求に疲れ果て、可愛らしい顔に疲れを浮かべさせていた。
 神鳴流剣士をここまで消耗させる麻帆良学園女子中等部剣道部員達の手腕、実に侮れない物と言えよう。
 ともあれ、もとのセーラー服姿に戻った刹那は横島と共に、お化け屋敷で恐怖の館を再現していたタマモと合流し、改めて三人で学園祭を見て回っていく。
 そして横島達が見覚えのあるイベントエリアに到着すると、何故か自分達とすれ違う大部分の人間がジロジロと視線を送ってくるのに気がついた。


「えっと、なんか妙な視線を感じない?」

「そうですね、いったいどういうことでしょうか?」

「気のせいか野郎どもの殺気が俺に集中しているような……」


 タマモと刹那は最初のうちは自分たちを連れ歩く横島への嫉妬だろうと思っていたが、嫉妬を振りまく男だけでではなく、女性はもとより小さな子供達も自分達を見ていることに気づく。
 同時に、自分達に視線を送ってくるのは皆自分が向かう方向から来る人達だけであるということにも気づいた。

 
「この先ってたしか、以前私たちが……」

「何かあるのかしらね?」

「ま、行ってみるしかないだろうな」


 横島達は互いに顔を見合わせると、ハテナマークを頭に浮かべつつとりあえず先へ進む。
 そして5分後、横島達はついに問題の元凶となったものを発見するのだった。


「こ、これは……」


 それを見た横島は横島は絶句する。


「欲しい! これ欲しいですー!」

「はわー、綺麗ねー」


 と、同時に横島の懐から顔を出したちび刹那とちびタマモが思わず欲しいと叫ぶ。そしてそんな横島の隣では、刹那とタマモが顔を真っ赤にしてうつむいていた。
 横島が絶句し、ちび達が思わず顔をひょっこりと出してまで欲しいと叫ぶもの。それは以前タマモが横島に自分達が大人に見えるように幻覚をかけてデートした時に撮影した、タキシードを着た横島に抱きつくウエディングドレス姿のタマモと刹那の優に畳一枚分ぐらいはある巨大パネル写真であった。ただし、タマモ達は14歳verである。
 そのパネルは写真部のイベントブースの正面にこれでもかとばかりに自己主張激しく鎮座し、道行く人々の視線を奪っていく。
 それを見た女性達は最初はその写真の大きさに度肝を抜かれるが、やがて写真に写る二人、横島に抱きつき、ウィンクをしながらVサインをカメラに向けるタマモと、顔を真っ赤にしながらもしっかり横島に体重を預けるようにして腕を組む刹那の微笑ましい仕草に祝福を送る。
 ちなみに、写真に写っている横島はといえば、微妙に虚ろな目をしつつもしっかりとタマモと刹那の腰を抱き寄せており、周囲の男どもの怨嗟の視線を一身に集めているのだが、それは美少女を二人も侍らした者の宿命とでも思って諦めてもらうしかない。

 ともあれ、しばしの間無言のまま巨大パネルを見上げる横島達。そのパネルの横にはおそらくこの写真のタイトルであろうか、『祝ってやる!』という文字がやたらと禍々しく毛筆で書かれていた。
 そしてようやく再起動を果たした横島は今にも写真にむかって飛び出しそうなちび達を抑え、同時に写真のタイトルに目を向けると盛大なため息をつく。


「なんというか、まさかこれって誤字か? 祝ってやると書いてありながら、むしろ呪級の怨念が宿ってるぞ」

「祝福したいけど妬ましい、そんな複雑怪奇な感情がこの字からありありと読み取れるわね」

「これを書いた人って、書の歴史に名を残すかもしれませんね……」


 横島達は恥かしさゆえの現実逃避だろうか、パネルから視線を微妙に逸らし、あえてタイトルのみを話題にする。
 ちび達の反応を見る限り、恥かしがっていようとタマモと刹那は純粋にこの写真を欲しがっているようだが、ここまで晒し者となれば話は別である。
 今、この周りにいる人だかり全ては写真に魅入っているようだが、その写真に写っている本人がここにいると知ったらさぞかしステキな大パニックなることであろう。特に横島はもてない男どもに捕まれば、魔女狩りのごとく火あぶりの刑に処せられることはまりが無い。
 故に横島達は互いに顔を見合わせると、周りに気付かれぬようゆっくりとその場から離脱していく。
 しかし、そうは問屋がおろさないのは世の常、天の宿命、持って生まれた横島のサガである。
 

「あ! 来てくれたんですね!?」


 今まさにその場を離脱していようとした横島達に気付いた写真部の女の子が、手を振りながら大声で話しかけて来たのであった。


「え、えっと……」

「あ、これですか? よく撮れているでしょ。あんまりいい出来だったから思わずビッグサイズのパネルにして飾っちゃいました。それと、これがあの時皆さんが撮った写真全部です。いやー、憎いね、この色男」


 横島は周囲から集まる好奇の視線と膨れがる殺気――主に男どもが発生源――にビビりつつ、あっけらかんと笑う写真部の少女から写真が入った封筒を受取る。
 そして周囲を覆う殺気が最高潮に達しようとしたその瞬間、横島は迷うことなくタマモと刹那を抱き寄せ、小脇に抱えると脱兎のごとくその場を離脱するのであった。


「俺でもまだ彼女ができないのに、あんな冴えないヤツがなんで美少女を二人も……」

「あの男はモテない俺たちの最後の希望だったのに、あっさりと裏切りやがって……」


 その場に残された男達は横島が逃げていった方を見ながら、目をギュピンと光らせながら怨念を募らせていく。 特に、日ごろ横島のナンパ姿を目撃し、自分以下の人間がいるんだと安心、いや、油断していた男達は凄まじき嫉妬の炎でその身を焦がしていた。
 そして10秒後――


「「「粛清だぁぁぁぁー!」」」


 ――決壊した堤防のごとく、男どもの嫉妬の濁流が横島へと向かうのは無理も無い事であろう。
 ちなみに、それを見ていた周囲の女性達は例外なくドン引きしつつも、何かを決心したかのように携帯電話を取り出し、どこかへ連絡をとっていた。





「置いて行けー」

「おいていけー!」

「お〜い〜て〜い〜け〜!」

「だぁぁー、やかましいぞ貴様等! ていうか何時から貴様等は人間やめて置行堀の妖怪になりやがったー!」


 あれから30分、横島はいまだに逃げ続けていた。
 横島の背後ではもはや群体と化した嫉妬の塊が、周囲のモテない男を取り込んでどんどん巨大化していく。
 もはや文珠をもってしても浄化できない規模となったそれは、いかにタマモと刹那を抱えているとは言え、横島の逃げ足でも振り切る事が出来ないあたり、彼らの嫉妬の深さが窺える。
 ともあれ、こうして逃げ続けるのも限界がある。
 何しろ相手は周囲のモテない男を取り込む霊団のような存在である。まあ、実体があるだけまだマシなのだが、そのエネルギーはまさに無尽蔵だ。それを前にすればいかに横島でもやがて限界が来る事は間違いない。
 故に横島はなんとか状況を打開しようと周囲を見渡すと、とある建物の影から高校生ぐらいの少女がこちらに向かって手を振っているのが見えた。


「えっと、アレは?」

「なんか私達を呼んでいるみたいですね」

「とりあえず、行ってみる?」


 横島は他に代案も無い事から、とりあえず進路を少女のほうへと向ける。まあ、どう見てもその少女が背後の群霊の一味であるとは考えられないため、罠といったたぐいは無さそうだ。
 横島はそんなことを考えながら、少女のいる路地へと駆け込み、そこでようやくタマモと刹那をおろすと、自分達を呼び込んだ少女を不思議そうに見つめる。その少女はそんな横島に悪戯っぽく笑うと、横島達を先導するかのように先に走り出した。


「こっちへ! この路地を抜けたらそこの突き当りを左へ抜けてその先の部室棟に入って!」


 横島は頭にハテナマークを浮かべつつも、背後から迫る脅威から逃れるため、タマモ達の手を引きながら彼女のあと、いや横島的には少女の尻を追う。
 そして横島が少女の尻に続いて部室棟に駆け込むと、その入り口には幾人もの麻帆良学園の女生徒達が自分達を注視していた。


「えっと、これってもしかしてこの場でジョニー・B・グッドを歌えってことか?」

「んなわけあるか!」


 横島が状況を把握できずにとりあえずボケると、やはり状況を把握できていないタマモが突っ込みを返す。
 そんな中、周囲を囲む少女たちの中から見知った少女が顔を出した。


「いやいや、災難だったねー」

「朝倉!? なんであんたが?」

「これはいったいどういうことなんですか?」

「いや、うちの部員からタマちゃん達が襲われてるって連絡があってね。まあ、状況からして反撃も出来ないだろうと思ってたから、こうして救助チーム募ったんだけど……なんだかいろいろな方面に話が伝わったらしくて、結局学園規模の人数になっちゃって」


 朝倉は頭をかきながらタマモに事情を説明していく。
 どうやら、あの現場に居合わせた少女達が、追われる横島達を気の毒に思ったのかそれぞれに知り合いと連絡を取り、それを朝倉が取りまとめて一つのチームとしたようである。
 ここに来てようやく状況を理解した横島達であったが、それでもその表情に戸惑いは隠せない。
 特に横島にいたっては、今まで女性達の集団から蛇蝎のように嫌われ、軽蔑の視線を送られたことはあっても、このように微笑ましいというか、よき理解者といった優しい視線を受けるのは初めてのことであるため、その戸惑いはタマモ達を上回る。


「えっと、いったいなんでまた……」

「んー、最初はあんたの事を美少女を毒牙にかける最低の二股野郎と思ったんだけどね。後輩からメールでこれを見せられたらさ、なんか応援したくなっちゃって」


 横島が首をかしげていると、そこに大学生であろうか実に横島好みの女性が現われ、笑みと共に携帯の画面を開いてみせる。
 するとそこには買い物姿であろうか、横島の手を引くタマモと刹那の写真が収まっており、その写真に写る三人の眩しい笑顔が実に印象的であった。


「こ、これは……」

「実はあんた達って結構有名なのよ、『奇跡の正三角関係カップル』って」

「というわけで、後のことは私達に任せて」

「え? 任せるって?」


 横島が不思議そうに顔を上げた時、ズシンという音と共に凄まじい地響きが響き渡る。その音は徐々にこちらに迫っており、そう遠くないうちにこの建物の前に来る事は明らかであった。


「ち、ヤツらもうここを嗅ぎつけたか」


 朝倉は外に顔を出しすと、そこに現われたモノを確認し、悔しそうな顔をする。しかし、すぐに表情を元に戻すと廊下の奥に向かって横島の背中を押しはじめた。


「さ、早く裏口から逃げて」

「アイツらは私達が食い止めておくから」

「三人ともお幸せに♪」

「いい、彼女達を泣かせるんじゃないわよ」

「ナンパも程ほどにね」


 朝倉をはじめ、その場にいる少女達は戸惑う横島達を他所に、口々に祝福を送りながら手でアーチを作り、ある者は紙吹雪を横島達に向かって投げる。その光景はまるで結婚式のフィナーレを飾るライスシャワーのごとくであった。
 横島達はその光景にしばし戸惑っていたが、タマモと刹那がまず正気に戻ると表情を引き締めて横島の手を取り、そのアーチをくぐる。


「お、おい……」

「いいからここは好意に甘えておきましょ」

「大丈夫です、アレはたぶん彼女達には勝てませんから」


 タマモと刹那は横島の手を引きながら、何かを確信したかのようにはっきりと言う。すると、横島もようやく観念したのか、気恥ずかしさを感じながらも刹那達の手を握り返すとアーチをくぐっていく。


「あ、そうだ! ついでだからコレ!」


 横島達がアーチをくぐり、裏口から外に出ようとしたその時、後ろにいた朝倉から封筒が投げつけられ、横島はそれを無言でと受取ると視線で朝倉に問いただす。


「それはこの前とった写真だよ。そっちもいい感じに写ってるから、後でじっくり見てよ」


 朝倉から投げつけられた封筒には、学園祭一日目の朝に事務所の前で撮った写真が大量に詰め込まれていた。
 横島は足を止めることなく、封筒を掴んだ手を頭上に掲げる事で朝倉に返事をすると、そのまま裏口の扉を開け、左右を固めるタマモと刹那と共に光の中へとその身を投じていく。 
 朝倉はそんな彼らの姿が扉の向こうに消えたのを確認すると、表情を引き締め、自分を取り囲む数多の女騎士達を見回した。
 そう、この場にいる少女達は例外なく悪を滅ぼす勇敢なる騎士達。彼女達はけっして勇者の助けを待つお姫様でも、主人公を愛するだけの単純なヒロインではない。彼女達は自ら道を切り開き、主人公と共に物語をつむぐヒーローであった。


「さて、悪に追われる王子様……って言うにはちょっと足りないけど、ともかくお姫様達は無事に逃げたわ。後は私達がアレを倒せばハッピーエンドだよ!」

「おおー!!」
 

 朝倉が音頭を取り、気勢を上げる少女達。そんな彼女達の視線の先では極限まで肥大化し、瘴気すら纏い始めた終末のモノが蠢いているのだった。



 それから1分後、部室棟から夢に敗れし男達の悲痛な悲鳴があがる。
 いかに数多のカップルを引き離し、モテない男を取り込んで肥大化しようと、美少女達が放った『キモイ』というラピ○タ崩壊の呪文に匹敵する究極魔法の前に、あえなくその存在を維持できなくなり、崩壊していくのだった。


「ん、大丈夫みたいね」

「どうやら本当に撃退したようですね」

「……今、身につまされるような物悲しい悲鳴が……つーか、女って怖いなー」


 横島は背後から聞こえる物悲しい悲鳴に足を止め、後ろを振り返る。
 そこでは部室棟を取り囲んでいた瘴気が薄れ、コアとなっていた嫉妬の怨念が男達の悲鳴と共に粉々に砕けていく。
 横島はそんな光景に女の強さと怖さを再認識し、背筋に嫌な汗をかいた。

 ともあれ、こうして何だかわからない混乱は勇者達によって終息へと導かれ、後は初期の目的である学園祭めぐりを楽しむだけだ。
 横島は背後で血涙を流す男達に深々と黙祷を捧げながら彼らのことを思考のかなたへと追いやると、改めてタマモと刹那を振り返り、二人の頭をくしゃりとなでた。


「さて、それじゃ存分に続きを楽しむとするか……デートのな」
 

 横島は気恥ずかしさからか、頬をかきながら最後のデートの部分を小声で言う。しかし、タマモも、そして刹那もその声をはっきりと捉え、顔に満面の笑みを浮かべると横島の腕を取り、賑やかな祭りの喧騒へと駆け出して行くのだった。





第48話 end



 時は移り、学園祭二日目もたけなわとなった夜。
 とある広場のど真ん中では、やたらとおめかしした一人の少女が呆然と立ち尽くしていた。


「なんで……」


 少女は誰にも聞き取れないような小さな声で、ひっそりとただ呟く。うつむいた彼女の肩は泣いているのか、時折震えているようにも見える。
 そしてしばしの後、少女はがばりと顔を起こすと涙に濡れた目をぬぐいもせず、神を呪わんばかりに天へ向かって声を張り上げるのだった。
 

「なんで急に高畑先生とのデートがキャンセルになるのよー!」


 天に向かって吠える少女、その名は神楽坂明日菜。彼女は先ほど高畑から急な出張のため、約束していた学祭めぐりが出来ない事を携帯電話で彼女に告げていたのだった。
 とある時空では高畑とアスナは三日目にデートをするという約束を取り付けていたのだが、ここではアスナが三日目はあまりにも露骨過ぎると考えたため、二日目の夜に約束していたのだが、それが完璧に裏目に出たのであった。まあ、三日目に約束していても結果は同じなのかもしれないが、その辺はスルーしていただきたい。
 ともあれ、散々意識し、苦労してデートにこぎつけたアスナはその努力が水泡に帰したことをようやく理解し、力なく膝から崩れ落ちた。
 

「あれ? アスナさんじゃありませんか、こんな所でいったい何を?」

「い、いいんちょ!?」


 と、そこに小太郎を引き連れ、アスナとは対照的に満面の笑みを浮かべたあやかが通りかかり、不思議そうな顔でアスナを見つめる。


「お、そういえばネギが言っとったな。たしか今日、アスナ姉ちゃんが高畑のオッサンとデートするって」

「高畑先生とデート……ですか?」


 なんのかんの言いつつ、あやかとアスナの付き合いは長い。故にあやかはついにアスナの念願がかなったのかと、その顔に祝福の笑みを浮かべようとしたが、アスナの頬に浮かぶ一滴の涙の後に気付くと、その意味を察して言葉をなくす。
 アスナはそんなあやかの表情に気付くと、自嘲気味に笑いながら顔をうつむかせ、先ほどから握り締めたままの携帯電話をさらに強く握った。


「あはは、なんかさ高畑先生、急に出張が入ったって今連絡があって……学園祭の間は戻れないって……こっちが申し訳なるくらい何度も何度も謝ってた」

「アスナさん……」

「ま、お仕事なんだし、しょうがないわよ。今回はチャンスを逃しちゃったけど、まだ来年も、再来年も……」

「アスナさん……強がらなくていいですわよ」


 アスナが涙をこらえながら必死にあやかに向かって強がっていると、あやかはそれを見透かすかのようにアスナを抱きしめ、まるで母親のように優しく微笑みながらアスナの髪の毛をすくった。
 そしてそこまでがアスナの強がりの限界であった。


「ふ、ふええええん、いいんちょー」


 アスナはあやかに抱きついたまま、子供のように泣き続ける。
 あやかはそんなアスナをただ無言のまま抱きしめ、アスナが泣き止むのをじっと待った。
 アスナはそのまま5分間に渡って人目もはばからず泣き続けたが、やがてそれも収まり、泣き濡れた顔を上げる。


「気がすみましたか? ほら、これで涙をふいてください」

「あ、ありがとう……」


 アスナはあやかからハンカチを受取ると、涙をぬぐい、最後にトドメとばかりに鼻をかんだ。


「ちょ!? アスナさん!」

「あ、ゴメン……つい」

「まったく、しょうがないですわね。それは差し上げますわ」

「あははは」


 アスナは呆れたような顔をするあやかに笑って誤魔化していたが、ここでようやくあやかの隣で居心地悪そうにしている小太郎に気付いた。
 小太郎にしてみれば突然女の子が泣き出し、周囲の晒し者状態となっていたために、居心地が悪そうにしているのも無理もない。
 それに気付いたアスナは罰が悪そうに小太郎に謝ると、改めて二人が何故こんな所にいるのか問いただす。


「そういえばいいんちょはなんでこんな所に? それも小太郎君と一緒に……ってまさか小太郎君を毒牙にかけるつもりじゃないでしょうね」

「違います! ちゃんと横島さんの了解のもと、一緒に食事に行くだけです! まあ、チャンスがあれば狙わなくもありませんが……」

「狙うなー!」


 アスナはあやかと話しているうちに徐々に本来の調子を取り戻していく。しかし、付き合いの長いあやかはそれが空元気でしかない事を見抜いていた。


「まあ、小太郎君についてはとりあえず置いておくとして……アスナさん、これから一緒に食事に行きませんか?」

「な、なによ突然……」

「いえ、単なる気まぐれです。小太郎君も大勢で食べるほうが楽しいでしょうし」

「で、でも……」


 アスナは小太郎とあやかを交互に見ながら、あやかの誘いに躊躇する。なにしろあやかは明らかに小太郎とデートしているのだ。そこに自分が混ざればお邪魔虫以外何者でもない。
 しかし、そんなアスナにあやかは微笑むと、おもむろに鞄に手を突っ込み、あるもの取り出すとそれを構えた。


「心配なさらないでください。ちゃんと私にもアスナさんを誘うメリットがありますから……というわけでシュート!」

「ちょ、それってどういうこと? っていうかそれ以前にそのムチはいったいなんなのよー!」


 あやかは目を丸くするアスナの叫び声を華麗にスルーすると、手にしたムチを振り上げ、その先を自分たちの背後の茂み打ち込んだ。
 ちなみに、何故あやかがムチを持っているのかと言うと、それは以前小太郎とのデートに失敗したあやかを気づかい、首輪の同系統のアイテムということで手渡したものである。そして今、そのムチの力が存分に発揮される時が来た。


「へ、へう!」


 あやかの操るムチの先が鋭い音を響かせながら茂みに入り込むと、その奥から子供の声が響き渡る。
 あやかはムチに伝わる手ごたえから、完全に獲物を捕らえたことを確信するとニヤリと笑う。


「そぉい!」


 あやかの掛け声と共に、茂みの中から一人の少年がカツオの一本釣りのごとく見事な軌跡を描いてあやかの手元に引き寄せられる。
 あやかによって釣り上げられた少年、それはアスナの事が心配で様子を見に来たネギであった。あやかはネギに対する偏愛からか、しっかりと気配を消していたはずのネギの存在を感知し、見事に釣り上げたのである。


「というわけでアスナさん、ネギ先生の保護者として夕食にご招待させていただきますわ。あ、小太郎君、ネギ先生を逃がさないようにしてくださいね」

「ちょ、なんでネギがこんな所に……ってそれよりもネギの保護者だから招待ってどういうことよー!」

「どうもこうもありませんわ、ちょうどネギ先生も誘うつもりでしたから、折りよく出会えたので好都合という事で」

「いや、だからなんでそれで私まで!?」

「アスナさんが来ないのでしたら、それはそれでかまいませんが……いいのですか?」

「いいのですかってどういうことよ」


 アスナは完全に混乱した状況を何とか整理しようとバカレンジャー筆頭と呼ばれる頭をフル回転させるが、状況はいっこうに見えてこない。だからアスナはただひたすら困惑した表情を浮かべるだけだ。
 それに対してあやかは悠然とした態度のまま、小太郎とネギを抱き寄せるとアスナに向かってニヤリと笑うと、アスナを凍りつかせる一言を突きつけたのだった。


……食べてしまいますよ


 アスナはその一言で全ての意味を察し、凍りつく。その一方でネギと小太郎はなぜアスナが凍りついたのか訳がわからず、ただじっとアスナを見つめている。
 しばしの間、アスナとあやかの間で沈黙のとばりがおりる。しかし、それもすぐに終わり、アスナは呆れたように笑うとあやかに近付き、ネギを引き寄せた。


「まったく……わかったわよ、私も行くわ。行かなかったらネギが大変なことになりそうだしね」

「あら、残念でしたわ。あわよくばネギ先生と小太郎君に囲まれて幸せなひと時が過ごせると思いましたのに」

「そんな危険な空間にネギを一人で放り込めるわけないでしょうが。とにかく、せいぜい豪華な食事を期待させてもらうわよ!」


 アスナとあやかは言葉のトゲのある言葉の応酬とは裏腹に、二人とも顔に笑みを浮かべながら楽しそうに会話を続けていく。そして、一通りやりとりがすむとあやかが小太郎の手を取り、アスナがネギの手を取って目的のレストランへ向けて歩いていくのだった。
 あやかとアスナ、彼女達の関係は小学生の頃から続く腐れ縁、そしてお互いに対極となる趣味を要しながらも、互いを一番よく知る親友であった。



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