「うふ、うふふふふふ」

「超さん、その笑い方はかなり怖いんですけど……」


 ここは麻帆良学園内のとある場所にある秘密基地。その中ではモニターの前で不気味に笑う完璧超人と、その姿にドン引きしているマッドサイエンティストがいた。


「うふふふ、さんざん回り道をしたガ、この動画さえあればついに目標を達成できる!」

「ほんっとーに回り道でしたねー」


 二人の少女、超とハカセは目の前のモニターに写る映像を感慨深げに見つめながら、脇に置いた杯を手にし、ついに達成した第一目標を祝うために乾杯する。ただし、その中身は当然ジュースだ。
 そんな彼女達の前では、ネギが獣化した小太郎の援護のもと『雷の暴風』をタマモに叩き込むシーンが映し出されている。その姿は『魔法の秘匿? でもそんなの関係ねえ』というくらい、いっそ清々しいほど魔法の秘匿を無視していた。
 二人はこの映像をもってすれば、いままで撮影した超絶ネタバトルも色あせ、超の思惑通りにネット世論を誘導できると確信していたのだが、事実はそこまで甘くは無い。
 では、超達が祝杯を上げている頃、日本のネットワーク上に存在する某掲示板のスレッドを事例として上げてみよう。


 117 :名無しさん:2002/06/10 12:12:32
  うおい、例の武道会で新しい動画がうpされてるぞ

 118 :名無しさん:2002/06/10 12:14:15
  ああ、アレか。見たけどどうみてもただのネタ映像じゃね?
 
 119 :名無しさん:2002/06/10 12:15:16
  あれがネタ? どうみても本物の魔法にしか見えんぞ

 120 :名無しさん:2002/06/10 12:18:45
  >>119
  いや、魔法って事態がまずありえんし。釣りならともかく本気で信じてるならPC-98の角で頭ぶつけてから病院行け!

 121 :名無しさん:2002/06/10 12:20:31
  だな、だいたいあの魔法モドキのCGはともかく、どうやったらただのハンマーで人間があそこまで空を飛べるんだ?
  物理法則を完全に無視してるぞ。それ以前にあの100tハンマーがありえん

 122 :名無しさん:2002/06/10 12:23:08
  >>221
  いや、だからそれが魔法だって。現実にありえんならなんらかの超常現象でしかないだろうが!

 123 :名無しさん:2002/06/17 12:25:46
  >>122
  えらいロングパスが決まったなw
  まあ茶でも飲んで落ち着け

  つ旦

 124 :名無しさん:2002/06/10 12:31:32
  おまいら、そんなことよりなんか東京上空でイーグルが2機撃墜されたらしいぞ
  しかも撃墜した不明機を追って空自が追撃中みたいだ

 125 :名無しさん:2002/06/10 12:33:31
  >>124
  マジ?

 126 :名無しさん:2002/06/10 12:35:10
  >>124
  おおかた中空SOCのシステムが書き換えられてたとかじゃないか?
  それで追いかけてる相手は実は撃墜されたはずのイーグルとか。

 127 :名無しさん:2002/06/10 12:36:54
  >>126
  いや、それどこのパト○イバーだよw

          ・
          ・
          ・
          ・
          ・

 221 :名無しさん:2002/06/10 17:32:45
  だから魔法……ぐすん(泣


 以上である。
 ちなみに、このスレッドは221の書き込みを最後にとうとう新たな書き込みは無かった。
 つまり、超のもくろみは見事なまでに粉砕されていたのだ。しかも、計画に組み込んだネギ達の行動によって。人知れず数多の魔法使い危機を救ったネギ、その功績はまさに『立派な魔法使い』と呼ぶにふさわしいのかもしれない。
 しかし、超達はまだこの事実を知らない故に、実に機嫌よく杯を交わしていく。


「さあ、ハカセ。歴史を変える偉大なる第一歩はなされた、後は輝く未来のために邁進するのみネ」

「ええ、がんばりましょー! さて、ネットに流した電子精霊達の動きは……」


 はたして彼女達の勝利の美酒が敗北のヤケ酒に変わるまで、長い時間は必要なかったようである。






第49話 「宴の果ての涙、届かなかった思い」








 
「ウィー……ヒック」

「あの、ハカセ……超さんはどうなされたのですか?」

「あははは、さっきちょっとショックなことが有りまして」


 日もとっぷりと暮れ、周囲に夜の帳がおとずれようとしているころ、完全にヤケ酒モードに入った超を茶々丸が珍しい物を見たかのような視線で見つめていた。
 超はあの後すっかり出来上がってしまい、酔っ払っているのを押して茶々丸たちと打合せをしようと外出した折に遭遇したクーに、見事なまでの酔拳を披露したりしたのだが、それがトドメとなって完璧に酔っぱらいオヤジと化してしまっていた。
 もはや茶々丸の前には在りし日に天才、完璧超人と謳われた超はいない、ただの酔っぱらいオヤジがいるだけだ。


「……とりあえず、この後はどうしましょうか?」

「えっと、本当でしたらここにネギ先生を誘導して、味方になるように最後の説得を行う予定でしたが……」

「ういー、老酒もう一杯なのネー」

「無理……ですね。というか、それ以前になんかこう、いろいろな意味でダメなフラグがたった今成立したような気がするのですが」

「なんか私もそんな気がしますね。気のせいだといいんですけどー」


 ハカセと茶々丸はこの時、何故か超の背後にトランクを担ぎ、特徴的な髪型をした目っぽいものがたくさんある女性の姿を幻視し、この計画の先行きにとんでもない不安を覚えたのだった。
 そんななんとも言えない空気が広がりだした時、それを打ち砕くかのように茶々丸、ハカセの携帯が一斉に鳴り出した。
 超を除いた二人は慌てて携帯を開き、受信記録を確認すると、桜子からのパーティー参加要請のメールであり、その内容は超を見つけたら確保して寮の屋上へ連行してくるようにとの事である。
 二人はそのメールを確認すると、お互いに顔を見合わせ、あいかわらず酔っぱらっている超にゆっくりと視線を向けた。


「ハカセ、どうしましょう?」

「さっき、クーフェさんに会ったときに転校する事を伝えてましたから、その関係に間違いないでしょうね」

「となると、行かないわけにも行きませんね……」

「でも、このままでは……」


 どうやらクーから超の転校の事実はクラス中に知れ渡ったらしく、このメールは間違いなく超のお別れサプライズパーティーへのお誘いであろう。
 故に、それをボイコットするわけにも行かないのだが、あいにくと超は酔っ払っている。いくらなんでも、この状態の超を衆目に晒すのはあまりにも気の毒であった。
 

「おお、そういえばこんなこともあろうかと強制酒精排出薬を開発していたんだった」


 と、そこにハカセが何かを思い出したかのように手をポンと叩き、ポケットをゴソゴソと漁る。


「あの、それは?」

「これは名前の通り、強制的に体内の血中アルコールを分解する秘薬なんです。これがあればどんな酔っ払いも5分以内にスッキリハッキリなんですが……」

「なにか問題でも?」

「ちょっと副作用がありまして……」

「副作用というと……もしかして、淫乱になったりとか性別が逆転したりとかですか?」

「いえ、さすがにそんなオモシロ副作用はありません。ただ……」

「ただ?」

「両腕両足がまずポキっと折れて、そこにろっ骨にヒビが入り、ちょっと苦しくてうずくまったところに曙のムーンサルトプレスが決まった感じの痛みが全身を襲うんです……5分の間」

「……」


 二人の間に再びなんとも言えない沈黙が広がる。
 もしこの場に横島がいれば、どこの韋駄天かと突っ込みを入れるのだろうが、あいにくとこの場に彼はいない。故にただひたすらに痛い沈黙が広がるだけだ。
 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
 茶々丸はそれを察すると、今にも酔いつぶれようとする超にゆっくりと近付くとその華奢な体を引き起こし、身動きできないようにしっかりと固めた。
 そして、ハカセは何が起こったのか事態がつかめず、呆然とする超に仏のような笑みを浮かべながら近付いていくのだった。


「まあ、超さんなら大丈夫かと思われます」

「ですよね。なーに超さんならこの程度軽い軽い」

「え? ちょっ、茶々丸? ハカセ、その薬はいったい……」


 その日、超の悲鳴が麻帆良の空に響き渡った。





「あ、曙……曙がぁぁー」

「えっと……いったい何があったの?」

「さあ? 特に存じませんが……」


 あれから30分後、パーティー会場に現われた超の姿にパーティー参加の全員が絶句していた。なにしろ、中夜祭パーティーを急遽変更して超のお別れパーティーとしてサプライズ形式をとったのに、超を確保してみれば当の本人は驚くどころか、何故か酷くうちひしがれ、魂が抜けかけている。その普段お目にかかれない姿に、逆にサプライズパーティーを仕掛けたほうがビックリだ。
 ともあれ、こういったトラブルにおいて、3−Aの先鋒を担うのは当然もっともヒーローに近いヒロインと呼ばれたアスナである。
 彼女は普段目にすることの出来ない超の姿に目を丸くしつつも、しっかりと超をつれてきた茶々丸に突っ込みを入れる。しかし、茶々丸はアスナの突っ込みをさらりとスルーしつつ、担ぎ上げた超を椅子に座らせた。


「と、とにかく……超りんのお別れパーティーはじめるよー!」

「お、おおー!」


 超が席に着くと、3−Aの面々はアスナの突っ込みになんとか普段の状態を取り戻したのか、それとも色々な何かを諦めたのか、いつもどおりテンションを上げ、予め用意していたコップを手に取り、乾杯を行おうとする。
 しかし、そんな彼女達に待ったをかける勇者がこの場にいた。
 

「ってまたんかー! 貴様等は飲み物の選択肢に酒以外のものはないんか! つーか、どうやって酒を手に入れたんだこの中学生ー!」


 火事と祭りに命をかける3−Aに堂々と待ったをかけた勇者、その名は横島忠夫という。
 彼はタマモと刹那の二人とデートしていたところにこのパーティーの連絡を受け、そのまま流れでこのパーティーに参加していたのだ。ちなみに、3−A以外の参加者として他にはあやかと食事をしていた小太郎も当然このパーティーに参加している。
 ともあれ、横島はなぜかこの場に用意されている『純米吟醸おりぜー』を手に、唯一の大人として魂の突込みを上げた。だが、そんな横島の肩を朝倉がぽんと叩き、ニヤリと笑う。


「大丈夫、大丈夫。長瀬や龍宮に買い物を頼んだら全然怪しまれなかったから」

「映画館では苦労するけど、こういう場合は重宝するね」

「そうでござるな。それにだいぶ安くしてもらったでござる」

「いや、そういう問題じゃないだろ。っていうか、このクラスは上はお姉様で下は幼女ってバリエーション多すぎだー」


 横島はニャハハと笑う朝倉や、すでにジョッキに満たしたビールをあおっている龍宮と楓に吠える。しかし、彼女達はそんなつっこみなどどこ吹く風と、特に気にした風もなくグビグビとジョッキを空にしていく。
 と、そこに横島が掴んでいた一升瓶をタマモが奪い、手にした枡になみなみと注ぐとそれを横島の目の前に掲げ、妖艶に笑った。


「まあまあ別にいいじゃない、みんなで楽しく過ごす。それには多少の酒は必要よ」

「お・ま・え・は・飲むなー!」


 タマモが今まさに酒を飲み干そうとした瞬間、横島は叫び声と共にタマモが持つ枡をひったくり、そのままいっきに中身をあおる。
 

「ちょ、酷いじゃないのよ!」

「どやかましい、お前は少し自分の酒癖の悪さを自覚しろ! あんな調子だといつか朝起きたら見知らぬ男が隣で寝ている事になるわ! つーか、お前はもう俺がいない所では絶対に飲むなー!」

「じゃあ今なら横島がいるからいいじゃない。それにたとえ酔ってたって、横島以外の男の隣で寝る趣味なんか私にはないわよ!」


 横島は酒を一気飲みした勢いにまかせ、タマモを怒鳴る。そしてタマモもまたせっかくのいい酒を直前で奪われたのだから黙っていない。
 後はもうひたすら微笑ましい兄妹喧嘩の出来上がりである。
 ただし、双方共に怒鳴り散らす内容は自覚しておらず、その惚気に等しい内容に周囲の少女達、特にチアリーダー三人組と亜子は思わず頬を染め、互いに頭を寄せ合うとヒソヒソと内緒話を始めていた。


「えっと、もしかしてタマモちゃんってもう大人?」

「ええ!? でも、二人は兄妹なんやないの?」

「一応戸籍上は兄妹だけど、血はつながってないらしいって……」

「じゃあ問題ないんじゃない?」

「そっか、それもそうだね……ってそういう問題じゃないー!」


 タマモの方をちらちらと見つつ、もはや惚気合戦となった口論を眺める釘宮達4人。彼女達の頭の中では、横島とタマモのただれた情事が浮かび上がり、大人の階段を駆け上ったと確信したタマモにギラリと獲物を狙うトラのごとくの視線を送る。
 おそらく、横島との口論が終わった後にタマモの身柄を確保し、大人の階段を登った過程を微に入り、細をうがって聞きだすつもりなのだろう。
 ちなみに、タマモの名誉のために言っておくが、横島はまだ魔法使いになる資格は失っていないことをここに記しておく。なお、ここで言う魔法使いが何かとは各自で調べていただくとありがたいのだが、あえて言えばネギのような魔法使いとはまったく別方向の物であるとだけ言わせてもらおう。

 ともあれ、いろいろな意味で早くも宴たけなわな状態になったこのパーティーだが、その一角では早くも勝負が始まろうとしていた。
 その勝負の当事者の一人である死神は額に『リベンジ再び』と書かれたハチマキを締め、どこからともなく取り出した1斗樽を刹那の目の前にドスンと置く。
 そしてタマモから借り受けた1kgハンマーを大きく振りかぶろうとしたところで――  


「貴様も自重しろー!」


 ――神速の速さで駆けつけた横島が、タマモから奪った100tハンマーを振りかぶり、死神ごと酒蓋をぶち抜いたのであった。
 横島の操るハンマーの直撃を喰らった死神はそのまま酒に浸かり、気絶でもしたのかぷかりと水面に浮かぶ。このまま蓋を閉め、一年ぐらい冷暗所で寝かしていたらさぞかしいい感じの神酒が出来上がることは間違いないであろう。
 だが、横島はそうはせずに酒に浸かった死神をひっつかむと、自らの目の前に持って来た。


「おい死神、確かに刹那ちゃんはタマモと違って酒は強い……」


 死神は横島の座った視線に耐えられなかったのか、微妙に目を逸らしながら『刹那なら大丈夫』とプラカードを掲げる。しかし、横島はそんなものに見向きもせずただ淡々と死神に語り聞かせるだけだ。


「だがな、強いとは言ってもあれでしっかり酔ってるんだ! この前なんか酔っぱらったせいで、普段とてもやらないよう色っぽい視線と仕草で俺にしなだれかかってきたんだぞ、しかも耳に甘いと吐息なんちゅーうれし恥かしな必殺技もプラスして! もし今日もそれをやられたら、俺はロリコンという汚名を引っかぶってでも飛びかかる自信があるぞ!」


 ギュピーン!


 横島の叫び声と共に、既にタマモを捕獲した釘宮達が再び目を光らせ、刹那をロックオンする。おそらく、刹那もまたタマモと同じように彼女達の酒の肴となるのは間違いないであろう。そして刹那はロックオンされているのに気付かぬまま、酒ではなく横島の惚気に酔い、頬を真っ赤に染めているのだった。 
 そんな魔女たちの饗宴が始まる中、本来なら少女達の暴走を止めねばならないネギはといえば――


「ささ、ネギ先生に小太郎君。フランスから取り寄せました最高級ワインはいいかがですか?」

「うわー、これは美味しいですねー……ヒック」

「うーん、俺はもうちょっと甘いほうがええなー。うぷっ」


 ――小太郎共々、あやかの手によってすっかり酔っぱらっていた。


「お前が真っ先に酔っぱらってどうする、この10歳児どもー! ほんであやかちゃんはさりげなくワインに睡眠薬を混ぜるんじゃありませーん!」」


 今日の横島の突っ込みは本当に冴えている。
 ほんのわずかな時間にタマモ、死神、あやか、小太郎、ネギの5人に突っ込みをかまし、すでにエースの座を獲得していた。


「すごい、本当に一人で突っ込みを入れているでござるな……」


 楓はそんな横島を呆然と見つめつつ、やはり自分の隣でワインを嬉々として飲んでいる龍宮に目を落とす。
 そして自らも手にしたワインをぐびりと飲み干すと、少し上気した顔で龍宮と目を合わせて微笑むと、二人して傍らにおいてあるワインの瓶を手に取った。
 すると、それを見ていた朝倉やザシをはじめとした少女達も楓が何をやろうとしているのか察し、手に手に酒瓶をもって横島のもとへ向かう。
 そう、彼女達はもうすでに酔っていた。それは酒に酔ったのか、はたまた雰囲気に酔ったのかは不明だが、彼女達は自らが望む場を作るために武器を手にする。
 彼女達が望むもの、それは宴会。そう、一心不乱の大宴会だ。それを邪魔する者にはなにを容赦する必要などあろうか。今ならどっかの少佐の演説すら正面きって行える。
 そんな決意を胸に秘めつつ、彼女達は横島の下に向かった。

 そして15分後。


「1番、横島忠夫! 脱ぎまーす!」

「脱がないでくださぁぁーい!」


 まあ、なんというかまさにサバトであった。






「ちょ、待つネ! それは反則ー!」


 横島が撃沈してよりすでに30分、止める者などない魔女たちの宴は天井知らずでテンションを上げていく。
 そして今、魔女達の新たなる贄として完璧超人の涙が捧げられようとしていた。
 彼女達の目の前では超が作ったくすぐりマシーンにより、笑いの極限へといざなわれる超の姿がある。
 まがりなりにもお別れ会の、しかもその主賓に対して行う余興としてはいかがなものかと思われるが、そんなことに頓着するようでは3−Aではやってはいけない。
 故に彼女達は一切躊躇することなく、ただ涙を見るという目的のためにくすぐりマシーンを操っているのだ。


「甘い、甘いわよあんた達」


 と、そこに既に顔を赤くし、すっかり酔っぱらったタマモがゆらりと立ち上がると傍らに控えた小太郎に合図を送る。
 すると小太郎は超をくすぐりマシーンから引きはがし、彼女を永遠の爆笑地獄から解き放つ。


「た、助かったヨ。ありがとうタマモさん」

「ん、礼はいらないわ。別に助けたわけじゃないから」

「む? それはどういうことネ?」


 ようやく助かったとほっとしていた超であったが、タマモの物言いに不吉なものを感じ、思わず飛び退る。しかしそんな彼女の手は酔っぱらった小太郎と刹那によってがっしりとつかまれ、もはや逃げ出すことはできない。
 そして、なにがなんだかわからないうちに超はタマモの合図とともに小太郎達によって十字架に磔にされてしまっていた。


「ちょ、タマモさん、これはいったい何かナ?」

「んー、みんながあんたの涙が見たいって言うからね。それでまあ私もやってみようかと……」

「ま、まさか……」


 超は己を待ち受ける未来、それこそハンマーに埋もれる自身を想像して顔を青ざめさせる。
 だが、タマモはそんな超に微笑むと今度はネギに合図を送った。
 ネギはタマモの合図を受けると、物陰に駆け込み、そこから先ほど超を拘束した十字架と同じ物が乗った車輪付の台座を嬉しそうに、それはもう満面の笑みを浮かべて超の隣に並べたのだった。


「うおい! これはいったいどういうことだー!」


 超の隣で磔にされた人物、それは先ほどのストリップの途中であやかによって締落とされた横島であった。


「ん、大丈夫よ。ちょっと超への本番にむけての練習だから。ちゃんと当てないようにギリギリを狙うから安心しなさい」

「ギリギリを狙うって……まさか!?」

「そ、まあ即席のダーツみたいなもんよ」


 タマモはそう言うと手にしたハンマーを片手で持ち上げ、いつでも投げられる体勢をとる。そして呼吸を整えるといっきに横島の顔面横50cmの箇所を狙ってハンマーを投げつけたのだった。
 タマモの考案した超の涙を見るためのイベント、それは最初は顔から離れたところにハンマーを投げつけ、5cm刻みで徐々に顔に近づけていくという、画期的なイベントであった。ただし、これを受ける側の心理的外傷について真っ向から無視している当たり、彼女はすでに完璧すぎるほど酔っている。
 酔っている以上、その狙いは微妙に狂うのがあたりまえなのだが、タマモのハンマーは完璧な軌道を描いて横島の顔面横50cmを目指して突き進んでいく。
 しかし、その時とあるアクシデントがおこった。


「へっくしゅんっ!」


 タマモのハンマーが壁に到達する直前、なぜか非常にわざとらしいクシャミが響き渡り、その瞬間横島が固定されたハンマーが50cmほど移動する。
 そして――


 ぐちゃ!


 ――何かがつぶれたような妙に水っぽい音が、静まり返った空間に響き渡った。


「あ、ごめんさい。急に冷え込んだみたいで……」


 なんとも静まり返った空間の中、台座が動かないように掴んでいたネギが鼻をすすりながらあっけらかんと笑う。ただし、その笑みはなんというかものすごく黒く、誰がどうみてもわざとやったと確信に至るほどの黒さをかもしだしていた。
 しかし、タマモは酔っているせいかそれに気付くことなく、むしろネギが風邪をひかないようにベストを羽織らせるといった優しさを見せつつイベントを進めていく。
 そしてその後、5回にわたってネギのクシャミが響き渡り、それと同じ回数だけ何かをひき潰したような音が響き渡るのだった。


「あは、あはははははは」


 超は横で真っ赤に染まったナニカを視界に収めつつ、虚ろに笑う。
 横にいる謎な物体は間違いなく自身の5分後の姿。その事実を悟った超はこんな形で自らの夢が破れ、計画が瓦解していく理不尽さに思わず天を呪う。
 運命とはかくも過酷な物なのか。この麻帆良に来て既に2年、目的を達成するために人脈を築き、資金を稼ぎ、ありとあらゆる策を弄してきた。そして明日、いよいよ満願成就の日が来ようとするこの日、よもやこんな形で膝を屈する事になろうとは想像だにしなかった。
 見ればタマモは何故横島にハンマーが当たったのか理解できないのか、首をかしげながらさらにワインを瓶から直接ラッパ飲みをしている。あの状態でハンマーを投げれば、たとえネギがやったように悪意をもって台座を動かさなくても、間違いなく自分に直撃する事は確実だ。
 超は到底認めることの出来ない運命を押し付けた天を呪いつつ、自らに近付く惨劇の足跡を聞きながらうな垂れ、あまりの悔しさにそっと涙をこぼしたのだった。


「泣いたー!」

「これで泣かなければ人間じゃないネー! 私、確かに魂を科学に売り渡したけど、人間までやめてないヨー!」


 超のこぼした涙、それは超にとってまさに救いの涙であった。
 本来ならばクラスの者が見たかったのは恐怖や悔し涙ではなく、感動の涙のはずであったが、涙を見るという目的のために手段を選ばなくなった結果、見事に主旨から逸脱した拷問イベントへと発展したあたり、実に3−Aらしいとも言えるのだが、当人にとっては迷惑極まりない。
 故に、涙を流した事によってなんとかタマモがハンマーを投げる直前に拘束を解かれた今、くやし涙どころかほとんどマジ泣きが入った状態で皆にくってかかるのだった。

 結局その後、なんとか平静を取り戻した超はあやかの進めにしたがって皆の前で別れの言葉を言う事になり、その際に宣戦布告とばかりに自らが火星から来たこと、そしてさらにネギの子孫である事を暴露したのだが、クラスの皆の反応はかなり微妙であった。
 超としてはネギ達はともかく、他の皆にはギャグとして受け止められ、笑い飛ばされると確信して言い放ったのだ。しかし、現実は異なり皆を見渡すとほぼ全員がなんとも言えない痛い人を見るかのような視線を投げかけていた。
 この時、クラスの大多数は先ほどの拷問イベントによって超の精神が病んでしまったのだと勘違いし、裕奈などは妙に生暖かい微笑と視線を交えて超の肩をポンと叩いた。


「うんうん、超りん。さっきは怖かったよね。でも、もうそれは終わったから。だからもうそんな現実逃避をしなくてもいいんだよ」

「ちょ、ギャグとして受け止めるならともかく、痛い人扱いは酷すぎるネー!」


 自他共に認める天才、超鈴音。
 とある時空においてはネギの前にたちはだかる巨壁であったが、どういう星のめぐり合わせなのか、ここではひたすら空回りする可哀想な陰謀家に成り下がっていたのだった。
 はたして彼女が本来の自分を取り戻し、ネギの前にたちはだかる事が出来るのか、その行く末は神のみが知っている。




第49話 end





 学園祭二日目、その夜は日付が変わろうとしている今もまだ終わる気配を見せない。
 学園都市のそこかしこではいまだに様々なパレードが行われ、各種イベントやアトラクションの数は昼のとまったく遜色は無い。そしてさすがにその客足は及ぶべくもないが、客の数も相当な物があった。
 ただし、やはり夜である以上、治安的な問題から高校生以下は夜9時以降のイベントへの参加許可は下りておらず、周囲にいるのはどこもかしこも大学生以上の大人ばかりだ。
 故に、龍宮神社で縁日を開いていた綿飴屋の男は、自分に無言のまま500円玉を差し出したフード姿の子供に小首をかしげた。
 まあ、確かに高校生以下は夜間外出禁止とは言え、保護者同伴の上、事前に許可を取っていれば別にかまわないので、この子もそのたぐいだろうと思い、店の男は愛想笑いを浮かべながら食い入るように割り箸の先を綿飴を見つめる子供に出来立ての綿飴を手渡す。
 この時、男はふとしたことからその子の首元にかかる札に気づき、ニヤリと笑う。そしてとある方向を指差しながらその場所を教えると手を振ってその子を送りだすのだった。




 それから1時間後。


「僕はいったい何をやってるんだろう……」


 ふと何かに気がついたフード姿の子供は、自らの姿に愕然とする。
 確かに自分は目的があってこの麻帆良学園に来た。しかし、今の自分の姿はあまりにもその目的から逸脱している。
 その姿は、額にメットマンのお面をかぶり、右手に金魚とりんご飴、左手には綿飴と焼きとうもろこしと、まさに対縁日完全装備の状態だ。
 しかも、首から下げた札『麻帆良祭スタンプラリー』にはアトラクションをコンプリートした証として、一つを除いて全てのマスに判が押されている。
 そう、その子は麻帆良祭の威容を前に何故か自らの意思と目的を完璧に忘れ、全身全霊でこの学園祭を楽しんでいたのだった。
 その事にようやく気づくと、がっくりと膝を突きながら天に昇った月を見上げる。
 そしていくらなんでも、こんな時間ではもう目的を達成する事など不可能だと悟るとゆっくりと立ち上がり――


「とりあえず……せっかくだからコンプリートしておくか」


 ――スタンプラリーを制覇するために最後のアトラクションへと向かうのだった。
 



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