「なんやこれはー!」

「う、嘘……」

「そ、そんなバカな……」


 小太郎、タマモ、刹那が驚愕に目を見開き、信じられないといった表情をする。
 その周りでは、やはりネギ達をはじめとした全員がやはりタマモと同じような顔で、変わり果てた学園都市を見つめていた。
 そんな中、真っ先に復活したのは若干10歳にして幾多の修羅場を潜り抜けた猛者、我等が魔法先生ネギ・スプリングフィールドだった。
 彼はしばしの間呆然と変わり果てた学園都市を見つめていたが、誰よりも早く復活すると何故かタマモをキっと睨みつけ、天に届けとばかりに怒りの声を上げるのだった。


「タマモさん、貴方という人はなんという事をー!」


 その瞬間、時は止まった。


「ちょっと待ちなさい、なんでいきなり犯人扱いされなきゃいけないのよー!」


 ネギが叫んだ瞬間、見事に、それはもう見事にシリアスな空間は崩れ去り、刹那をはじめとしたほぼ全員がギャグ漫画のように綺麗にずっこけている。
 その中でもいち早く復活したのは、当然ながら濡れ衣を着せられたタマモである。だが、彼女はかつて横島と共に西の本山を壊滅させた前科があるため、皆の視線は何故か犯人を見るかのような目だ。


「なんで私が? というか、私達さっきまで一緒にエヴァの別荘にいたじゃないのよ!」

「そんなの証拠になりません! もしかしたら僕から奪ったカシオペヤで戻った未来のタマモさんがやった可能性が高いです!」

「なんというか、見えるでござるな……目を離した1時間の間にフリーダムな横島殿が次々と少女を毒牙にかける姿が」

「それで怒り狂ったタマモさんが暴走して麻帆良を破壊すると……ああ、私にも見えるです、ゴ○ラのごとく街を破壊するタマモさんの姿が!」

「となるとー、せっちゃんもその破壊活動に加わっとる可能性もあるなー」

「いや、私の場合それを止めるほうかと」

「ほんまに?」

「……たぶん」


 もはやシリアスの欠片も無いしっちゃかめっちゃかな雰囲気である。
 何しろタマモに前科がある上、横島ならたとえ1時間でもフリーな時間を作ってしまった以上、何をするのかわからない。
 タマモとしては確実に1時間は復活できないように調節して折檻を加えたはずなのだが、タマモの突込みが日々進化しているように、横島の受けもまた進化しているのだ。
 そうなれば、予想より早く復活した横島が、タマモ達がいないことを機に楓の言うように暴走した可能性も十分にある。そしてネギがカシオペヤという時間移動アイテムを持つ以上、横島が暴走したことを知ったタマモが過去に帰り、横島へ制裁を加え、その余波で麻帆良を破壊するという話は妙に説得力があった。
 ちなみにこの瞬間、この場にいるほぼ全員は目の前に広がる惨状とは裏腹に、横島以外の人的被害はゼロである事を確信するのだった。
 そして5分後。


「私? コレをやったのは私なの? ということはまさか借金のダブルアップ? せっかく少しは減らせたと思ったのにあんまりよー!」

「タ、タマモさん、大丈夫です。まだタマモさんは暴れていません、ですからもしそうなれば私がちゃんとタマモさんを止めますから」

「じゃあ、ウチがタマモちゃんやせっちゃんに代わって横島さんにお仕置きせなあかんなー。もし本当にせっちゃんを裏切ったんやったら……」

「ちょ、木乃香! お願いだから不気味に笑いながら仮契約カードを出さないでー! ってカードの封印が解けてるー!」

「ヒィィ! 来る、微笑みの闇巫女が再び来るですー!」

「あううう、ゆえゆえー怖いよー」

「もうしません、横島さんなんか狙いません、というかそっち系の妄想も慎みます。お願いですから命ばかりは……」


 なんというか、芋づる式というか、懐かしきぷよぷよ的連鎖というか、タマモがショックのあまり珍しく打ちひしがれていると、連鎖的に混乱が拡大していくのだった。


「えっと、これはいったいどういうことアルか?」

「なんというか、知らないほうが身のためのような気がするでござるな……特に木乃香殿については」

「そ、それが賢明のようですわね……」


 打ちひしがれるタマモ、それを必死に慰める刹那、さらになんだかとっても黒くなっているような気がする木乃香とそれに脅えるアスナ達。
 その事情を知らない残りのメンバーは頬に汗を一滴浮かべながら、彼女達を見つめているのだった。





第51話 「未来を取り戻せ!」








「えーっと、あの大時計の修理費は少なくとも200万から300万円ですね。それであっちの建物は途中で真っ二つになってて……」

「……なんというか、すごく嬉しそうね」

「ええ、なんでか知りませんけど、僕は今凄く楽しいんです!」

「そ、そうなの……」


 森の出口において混乱状態となったネギ達であったが、その後ネギの提案により、とりあえず無事っぽい中等部校舎に行ってみようということになり、こうして彼女達は麻帆良の街を学校に向かって歩いていた。
 そんな中、ネギは何故かとても嬉しそうに建築物や道路の破損状態をご丁寧に金額換算してそれを口にし、そんなネギの姿にアスナがでっかい汗を額に浮かべる。
 そしてそのたびにネギの手にあるロープにビクリと震えたような手ごたえが伝わってきた。
 ちなみに、そのロープの先にはまるで囚人のように後ろ手に縛られたタマモが繋がれており、その額にはご丁寧にも『御用』と書かれたお札が張ってあった。
 当のタマモはと言えば、もはやかつて鬼姫と称された面影は欠片もなく、ネギが嬉々として告げる予想負債額の多さに肩を落としてトボトボと歩くだけだ。
 そう、この瞬間、タマモはこの場にいる誰よりも弱かった。かつて麻帆良に巣くうナンパ男を撃退し、ネギと木乃香に恐怖のあまりトラウマを植え付け、ヘルマンをして二度と戦いたくないと言われ、麻帆良の突っ込み連鎖の頂点にたった彼女はもはやここにはいない。
 ここにいるのは未来に犯すであろう己の罪と、借金の重さに押しつぶされた一人のか弱き少女がいるだけだった。
 そんなタマモと対照的に、ネギは念願の下克上が成ったとばかりに実に上機嫌だ。
 何しろ別荘に行く前の宴会で横島を落しいれて粉砕し、そして今タマモは完全に無力化されたのだ。これによって、ネギはもはや己の生存権を脅かす存在がいなくなり、麻帆良学園における突っ込み連鎖の頂点に君臨したのだと確信に至ったのだった。
 

「1億円と2千万円までふーえーてーいーるー、八千万まで減ったと思たらまた増えてーしーまーうー」

「ね、姉ちゃんしっかり。大丈夫や、こんな借金なんか俺と兄ちゃんが頑張ればなんとかなるで」

「私も協力しますし、みんなで頑張ればきっと……」

「あ、あれの修理費なんか確実に億単位でしょうか」

「いやぁぁー!!!」


 もはや目も虚ろになり、必死に励ます小太郎と刹那の声も耳に入らず、ただうわごとの様になにかを歌うタマモ。
 その歌は何故か非情に物悲しさを誘うほどだ。だが、そんなタマモに対してネギの無慈悲な追い討ちが痛恨の一撃となって彼女を襲う。


「ネギ先生、凄く嬉しそうですわね」

「密かにガッツポーズも決めてますね……」

「その反面、横島がものすごい事になってるけどな」

「あの、この惨状は本当に横島さんと未来のタマモさんがやったんですの?」

「今のところその可能性が一番高いでござるな」

「なにしろ西の本山を壊滅させた前科持ってるアルね」

「というか、今現在麻帆良にいる中で、たった一時間でこれほどの破壊活動が出来るのはタマモ殿と横島殿以外考えられないでござる」

「そ、そうなのですか……」

「ったく、どこの破壊神だよ、あの兄妹は……」


 高音とメイは嬉々とするネギを唖然と見つめ、この惨状を引き起こしたと横島達の力に思わず寒気を覚える。
 そしてそこに楓とクーが過去に行われた惨劇を告げると、千雨は思わず天を仰いだ。
 数奇な運命のめぐり合わせで魔法という非常識に身を置く事になり、数々の不思議や魔法の理不尽さを短い間に実感した千雨であったが、すぐそばによもや魔法という非常識が霞むほど、存在自体が非常識な連中がいるとは思いもよらなかったのだ。
 ともあれ、そんな感じで教室に向かうネギ達であったが、その中でも一番冷静であった――現実逃避していたとも言う――千雨が最初に街の異変に気付いた。


「なあ、なんかおかしくないか?」

「何が……でござるか?」

「いや、妙に人が少なくないか? いくら三日目が始まったばかりとは言ったって、これだけの事件があれば必ずそこかしこに野次馬が出てくるはずだぞ」

「そういえば……野次馬がいないでござるな」


 楓はここで初めて野次馬がほとんどいないことに気づき、首をかしげる。
 普通これだけの事件が起これば、まず間違いなく野次馬が台所に生息するコードGのごとく大量に現われるのが常のだが、その気配も無く、道行く人々は瓦礫に注意しつつも特に気にした風もなく歩いているだけだ。
 これは明らかに何かがおかしい。
 この瞬間、タマモとネギを除いた全員がこの事件の裏に何かがあると確信したのだった。
 ただし、やはりその場合の第一容疑者はやはりタマモと横島である。
 やはり普段の行いは大切という見本であろう。
 ともあれ、皆は何かがおかしいと感じつつも、とりあえず情報を得るために学校へと急ぐ。
 そしてネギがやたらとツヤツヤとした顔に喜色満面の笑みを浮かべ、タマモが口から魂を吐き出すころ、彼女達はようやく3−Aの教室にたどり着いたのだった。


「「「ネギ先生ー!」」」

「あうー!」


 ネギが教室の扉を開けた瞬間、まき絵を筆頭としたクラスの全員がネギに抱きつき、大騒ぎを始める。
 それはこのクラスでは実に見慣れた日常の風景だ。だが、アスナ達はその見慣れたはずの風景に何故か違和感を感じてしまう。
 アスナ達は自分達が感じた違和感に戸惑い、首をかしげていたが、その答えを得る前にまき絵からとんでもない発言が漏れたのだった。


「それにしても、驚いちゃったなー。前から不思議だとは思っていたけど、まさかネギ先生が魔法使いだなんて」

「え?」


 それはまさに晴天の霹靂。
 ネギ達は最初まき絵の言った言葉の意味がよく分からず、きょとんとしていた。だが、それも長くは無く、すぐにまき絵の発言の意味を理解すると顔をいっきに青ざめさせた。
 なにしろ、まき絵の言った事をまともに受取るなら、彼女が魔法の存在を知っている事になる。ひるがえって周りの様子を見れば、まき絵だけでなく、ほぼ全てのクラスメイトが好奇心に満ちた視線をネギに向けていた。

 オコジョ確定。

 そんな文字がアスナの脳裏に走る。
 そして次の瞬間、アスナはネギを取り囲むクラスメイトの中で、魔法暴露の筆頭容疑者を確保するのだった。


「朝倉ー! あんたなんてことすんのよー!」

「ちょ、アスナ落ち着いて! 私じゃないって!」

「あんた以外のいったい誰がこの話を広められるっていうのよ!」

「だーかーらー、私じゃないって。なんか気づいたらいつの間にかみんな魔法の存在に気づいちゃったんだよ」

「いつの間にかってそんな!? っていうかたった1時間でどうやって?」


 アスナは朝倉の襟首を掴み、縦に首を揺さぶりながら問い詰めたが、どうやら朝倉が犯人ではないようだ。それ以前に、朝倉の言った事が本当だとするなら犯人がいるかどうかも妖しい。
 何かがおかしい。
 アスナの頭の中で何かが警鐘を打ち鳴らし続ける。そんな中、朝倉は何故かきょとんとした顔をしながらアスナに答えるのだった。


「1時間って……どういうこと? というか、あんた達今までいったいどこにいたのさ。こっちはこの一週間アスナ達が行方不明だからって大騒ぎだったんだよ? 三日目にはあんな大騒ぎになるし」

「……え?」


 朝倉が不思議そうな顔をしてアスナに問い詰めると、アスナはしばしの間その顔から表情を失ってしまう。周りを見ればいまだに魂を飛ばしているタマモを除いた魔法関係者は全員顔を青ざめさせ、互いに顔を見合わせていた。
 そしてその中で真っ先に動き出したのはやはりアスナだった。


「ちょ、ちょっと待って! 私達が行方不明ってどういうこと? いえ、それ以前に一週間って?」

「ちょ、アスナどしたの?」

「いいから説明して! というか、今日は何年何月何日なの!?」

「え? えっと、だから今日は学祭が終わって一週間後なんだけど……」


 朝倉から伝えられた衝撃の事実、それは今日はもう学祭が終わってから一週間もたっていたということであった。
 朝倉は呆然とするアスナに目を向けながら、事態を把握しきれてないせいか小首をかしげていたが、とりあえず話題を変えようとしたのか、アスナの背中をバンと叩きながら安堵したような声を上げた。


「それにしても、大丈夫だとは思ってたけど安心したよ。学祭の後、アスナ達が行方不明になったって伝えられた時はほんとに心配したんだから。あ、そういえばいいんちょはどうしたの? 姿が見えないんだけど?」

「……え?」


 アスナは三度呆然とした声を上げる。
 アスナは呆然としつつ、この時初めて最初に感じた違和感の正体に気づいたのだ。
 そう、最初にネギが姿を現した時、最初にネギに飛びついたのはまき絵だった。
 普通ならどんなに教室に入り口から離れていようと、真っ先にネギのもとにやってくるのはあやかのはずである。しかし、先ほどはまき絵が真っ先にネギに飛びつき、今もまた教室中を見渡すが、あやかの特徴あるタマモと並び称される綺麗な金色の髪は見えない。
 その事実に気づいた瞬間、アスナを初めとした全員が一様に沈黙する。


「え……ちょ、アスナ、冗談……だよね? もしかしていいんちょの事知らないとか……そんなのないよね?」


 アスナ達だけでなく、クラス全員が静まり返る中、 尋常ならざるアスナの表情に嫌な予感を覚えたのか――それとも認めたくないのか――朝倉は首を横に小さく振りながら少しだけ後ろに下がる。
 そんな中、真っ先に動き出したのはつい先ほどまで魂を吐き出していたタマモだった。
 彼女は即座に朝倉に詰め寄ると、金色の髪を逆立てながら朝倉の襟元を掴み、視線だけでも人が殺せそうな気配を滲ませながら朝倉を睨みつけた。


「アヤカにいったい何があったの? それ以前に学園祭の三日目にいったい何があったの!?」

「い、いや、その……こ、これ……」


 朝倉は凄まじい剣幕のタマモに怯みつつ、手にしていた学内新聞をタマモに手渡す。
 タマモはその新聞をひったくると、それを眼前に広げて紙面を追うのだった。


――『ロボット部隊の暴走! 電脳のバグが原因か?』


 タマモが新聞を広げた瞬間、大きな見出しが彼女の目に入ってくる。
 その内容は学園祭三日目に行われたゲリライベントに使われたロボット軍団が暴走し、街を破壊したことが書かれていた。
 タマモはその内容を追いながら、次の記事へと目を目を移していく。
 その記事には、何人かの怪我人の数と、今回の事件によって発生した16人の行方不明者を写真付で掲載してあり、タマモは無言のままその記事にある行方不明者の写真と名前に目を落とすと、その中に先ほど告げられたあやかの他に完全に予想外の人物の名前を見つけるのだった。


――行方不明者一覧――


綾瀬夕映

犬神小太郎

神楽坂明日菜

近衛木乃香

古菲

早乙女ハルナ

桜咲刹那

佐倉芽衣

高音・D・グッドマン

長瀬楓

長谷川千雨

ネギ・スプリングフィールド

宮崎のどか

雪広あやか

横島タマモ

横島忠夫

 
「な、なによこれ……」


 タマモが振るえる手で新聞握り締める。その彼女の視線は行方不明者の最後尾にある横島の写真に固定されていた。
 新聞に載っている横島の顔写真はおそらく朝倉が提供した物であろうか、学祭が始まる前に事務所の前で取ったもののようだ。
 その写真の中で、横島は能天気に笑みを浮かべている。その表情と記事の深刻さがあまりにも不自然で、どこか非現実めいた物をタマモに感じさせる。
 だが、全ては事実。現実に起こった事件であった。


「なんでアヤカが……それに横島まで」

「タマモさん、いったい何が? あやかさんと横島さんに何があったんです?」


 新聞を握り締め、呆然と呟くタマモに刹那が心配そうに話しかける。
 するとタマモは血の気が引いた顔をゆっくりと上げ、刹那の手を掴むと振り返ることなく教室の出口へ向けて走り出した。


「ちょ! タマモちゃん、いったいどうしたの!?」

「私は刹那と一緒にいったん家に帰る! だからアスナ達はなんでもいいから情報を集めて! 特に学園祭の三日目に何があったのか!」

「え? ちょ!」


 アスナを初めとして全員が戸惑う中、刹那がすれ違いざまにアスナだけに聞こえるように昼までに一度エヴァの家に集合するように告げると、そのまま彼女はタマモと共に姿を消す。
 残された皆、特にアスナ達魔法関係者は事態がただ事ではないと悟るのだった。






 タマモ達がアスナ達から別れてより5分後、二人は身体能力の限界を越えたスピードで走り続け、ようやく目的地である自宅兼事務所へとたどり着いた。
 いつもなら温かく彼女達を迎えてくれるはずの事務所であったのだが、何故か今の事務所はただ静かに佇むだけで、そこにあってしかるべきなにかが感じられない。
 タマモと刹那の心の中で嫌な予感が事務所の玄関に近付くたびに膨れがる。
 本来なら玄関をくぐれば横島の心地よい匂いが満ち、どこか自堕落な横島の気の抜けた声が自分達を出迎える。それがこの麻帆良で過ごした数ヶ月の日常だった。
 その日常の中に、刹那が加わり、その後にさらにあやかと小太郎が加わった。
 血のつながらない仲間達。だけどその仲間達は間違いなく家族だった。そんな家族とすごした温かい家が、今は何故か酷く冷たく寒い物に感じられる。
 タマモはそんな思いに囚われながら、ゆっくりと玄関の扉を開けた。




「おう、タマモ。おかえり」




 タマモの耳にいつもと変わらない横島の気だるげな声が聞こえた――ような気がした。


「あの……タマモさん?」

「大丈夫、大丈夫よ……」


 玄関を開けたまま、ただ立ち尽くすタマモに刹那が声をかける。
 するとタマモはすぐに顔を上げ、刹那というよりは自分に言い聞かせるようにただ大丈夫だと呟くと、奥の部屋へ向けて歩き出す。
 タマモは心配そうな顔をする刹那を背後に控えさせながら、廊下を歩いていく。
 この時、タマモは廊下を一歩進むたびに自らの霊感が警鐘を上げているの気づく。
 このまま進んではいけない。
 そんな声が内なる声として響き渡る。だが、それでもタマモは前に進み、やがて応接間の扉の前に立った。
 迷うことなく応接間の扉の前に立つタマモは何故か確信があった。この扉を開ければ、全ての謎が解けると。
 だが、その答えを得ると同時に何かを失ってしまう。そんな気がしてならない。
 それでもタマモは扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開けるのだった。


「遅かったですわね……タマモさん、刹那さん」


 タマモが扉を開けた瞬間、柔らかい女性の声が聞こえてきた。


「ア、アヤカ……」

「あやかさん!?」


 タマモ達が聞いた女性の声、それは行方不明となっていたはずのあやかの声だった。
 タマモ達はその声を聞くとすぐに部屋の中に飛び込み、彼女の姿を探す。すると、いつもなら横島が寝っ転がっている長椅子の所で佇むあやかの姿をすぐに見つけることが出来た。
 だが、そんな彼女を見た瞬間、タマモ達は気付いた。いや、気付いてしまった。片や妖怪として最高峰に君臨する九尾の狐として、片や半妖ながらも退魔に身を費やす者として、彼女達は気づいたのだった。


「……そ、そんな……嘘よ……」

「なんで……どうしてこんな事に……」


 タマモと刹那は驚きに目を見開き、おぼつかない足取りであやかのもとへと歩き出す。
 あやかはそんなタマモ達に悲しそうな表情を見せながら、衝撃の事実を告げるのだった。


「そうです、私はもう……死んでいますわ」


 タマモ達の目の前にいるはずのあやかの姿、その体は何故か体の向こう側が透けて見えている。そう、彼女は幽霊となってタマモ達の前に立っているのだった。






「あの時、タマモさん達のいない学園祭の三日目に何が起こったのか……それをお話します」


 あやかより驚愕の事実を告げられてよりしばらくの間、タマモは泣いた。
 その慟哭は凄まじく、感情が高ぶるあまり漏れ出した妖気は部屋を覆いつくしていく。
 刹那もまた嘆き悲しんだが、タマモから漏れ出る妖気からあやかの霊体を守るためにすぐに結界を張り、タマモが落ち着くのをじっと待った。
 そして今、ようやくタマモが落ち着きを見せると、改めてあやかは自分の身に何が起こったのかをタマモ達に告げる。


「あれは学園祭三日目の18:00ごろでした。湖の方から大勢の……大勢の田中さんが上陸しきましたわ」

「田中さん!? では、超さんが何か関わっているのですか?」

「ええ。ですが、これ事態はその後超さんの企画したゲリライベントであると超さん自身が放送していました……でも」

「でも?」

「その後、すぐにさらに湖から巨大な、10mくらいはある巨大なロボットみたいなものが現われ、暴走したのか田中さんと一緒に街をどんどん破壊して行きましたわ」

「その結果があの惨状なわけなのね。それでアヤカはいったいどうして……」

「はい、私はちょうどその時、逃げ遅れた子供を誘導していたのですが、そこに瓦礫が落ちてきたところで横島さんが……」

「横島!? そうよ、横島はいったいどうなったの!?」


 タマモはここで初めて横島の名前が出たため、思わず声を荒げてしまう。
 あやかはそんなタマモと、不安そうな顔をする刹那を見つめながら、悲しそうな表情をした。


「横島さんはその時、私を助けに来てくれましたわ。でも、この時すでに横島さんはケガをしていたのか、血だらけでした……そして私は横島さんに助けていただいた後、瓦礫の向こうで泣いている子供を見つけ、その子を助けようと横島さんの文珠の効果範囲から駆け出した後、光に包まれて意識を失いました。たぶんその時に私は……」

「そんな……嘘でしょ」

「嘘ではありません、れっきとした事実ですわ。とにかく、それからしばらくして、どういうわけかこうして幽霊になってしまったのですけどね……その後私はこんな体になりながらも横島さんを探したのですが、結局見つけたのはコレだけでしたわ」


 あやかは自分が死んだのにも関わらず、どこかあっけらかんとした口調で話を続ける。しかし、その話が横島の話になると声のトーンを落とし、どこか沈痛な表情を浮かべながらどこからともなく一枚の布を取り出してタマモの前に見せた。


「これは……横島のバンダナ!」


 あやかが差し出した物、それは横島が身につけていたはずのバンダナだった。
 そのバンダナには、持ち主の血のせいで元から赤かった布がどす黒く変色しており、その出血の多さを物語っている。
 タマモは血染めのバンダナを受取ると、その匂いから血が横島の物であると確信し、力が抜けたように床にへたり込む。
 刹那もまた、タマモと同じようにへたり込みそうになったが、彼女は唇をかみ締め、手を握り締めながらかろうじてそれに耐えていた。


「私が事件の現場で見つけたのはこのバンダナだけでした。後にはもう横島さんの姿はどこにも……それでも私は必ず帰ってくると信じて……タマモさんが帰ってくると信じてここで待ってたんです」


 あやかは告げるだけの事を告げるとタマモにすがりつき、静かに涙をこぼす。
 そんな中、へたりこんだタマモはバンダナを握り締めながら天井を呆然と見上げる。
 あやかが死に、横島もまた死んだ。
 自分達がエヴァの別荘で過ごした一日、ほんの一日程彼女達から離れただけで、外の世界は一変する。
 もう、ここには小太郎やネギと共に微笑むあやかはいない。もう、ここに刹那と共に愛した横島はいない。
 そんな現実がタマモを打ち据えていく。


「認めない……」

「タマモさん?」


 刹那はへたり込むタマモを介抱しながら、ぽつりとなにかを呟いたタマモを見つめる。タマモはそんな刹那にかまわず、ゆらりと立ち上がると、ふらふらとした足取りで外に出ようとする。
 刹那はそんな危なっかしいタマモの手を掴み、自らもタマモに負けないくらい心の中で荒れ狂う悲しみを必死に押し殺しながら、タマモを抱きしめた。
 だが、それでもタマモは虚ろな瞳のまま何かを呟き続ける。


「私は認めない……」

「タマモさん、お願いですからしっかりしてください。私だって、私だってこんな現実は認めたくありません。でも、でも……」


 刹那はタマモを抱きしめ、目に涙をためながら必死でタマモを正気に戻そうとする。
 そんな中、タマモはいつしか虚ろだった目に感情を取り戻し、しっかりと大地に立つと何かに宣言するかのようにはっきりと自らの思いを言い放った。


「私はこんな未来、絶対に認めない!」


 タマモはそれだけを言うと、落ち着きを取り戻し、不思議そうな顔で自分を見つめる刹那とあやかに目を向けた。


「刹那、私達にとって今日は何日なの?」

「え? 今日は学祭三日目から一週間後……」

「違う! 私達にとって、今日はまだ学園祭三日目よ!」

「タマモさん……」


 刹那はタマモが悲しみのあまり、現実を認められないのかと思い、タマモをぎゅっと抱きしめようとする。
 しかし、タマモはまぎれもなく正気だった。


「いい刹那、私達はエヴァの家に行った後、学園祭三日目を迎えるはずだった。でも、気がつけば今日は学園祭が終了してもう一週間もたっている。だったら、私達がいるこの場所は私達がいるべき『今』じゃない!」

「あの、タマモさん……それはいったいどういう……」

「単純な事よ、私達は過去に……いえ、私達が過ごすはずだった『現在』に帰るのよ! 私達がいるべき場所は過去でも未来でもない、『今』なのよ!」
 

 タマモは瞳を燃え上がらせ、拳を握り締めながら天に向かって吠える。
 そして刹那も遅まきながらタマモの言わんとしていることに気付いた。


「そうか……あの時間に、学園祭三日目の時間に帰る事が出来れば……」

「そうよ、アヤカの話では私達は確かに学園祭三日目にはいなかった。なら、あの時間に帰ることが出来れば確実に未来は変わる。そして私達にはあの時間に帰る手段を持っている!」

「ネギ先生のカシオペヤですね」

「そう、そして私達は必ず未来を変える。アヤカも横島も、誰も死なない未来を……ただし、もしそれが失敗してもそれを受け入れるわ。それが私達の経験した歴史ならね……でも、少なくともこの歴史はこの未来は私達は経験していない、だったら絶対に変えてやる! そうすればアヤカが死んだなんて未来は消えるはずよ!」


 タマモが見つけた歴史の空白、それはただの詭弁かもしれない。だが、少なくともタマモはそれに活路を見出し、この救いの無い世界を根本からやり直す事に決める。
 実際の話、タマモ達が学祭三日目に戻り、歴史を変えようとこの世界は消えずにこの先の未来がつむがれていくのかもしれない。しかし、この歴史の中にはタマモ達という、本来なら確実に加わるはずのピースが繋がっていない。つまり中央部に穴の開いたパズルのような状態である可能性が高いのだ。
 そして、この歴史を作り出す鍵としてタマモ達が重要な役目を果たすなら、中央部に空いた欠けたパズルのピースは大きいはずである。ならば、自分達が『帰る』事によってその中央に収まる絵を悲劇ではない別の物、誰もが笑って過ごせるハッピーエンドの絵に変えてしまえばいい。そうすればこの世界は歴史の繋がりからはずれ、消滅するか、もしくはタマモが変えた歴史に合流していく事になるだろう。
 タマモ達はその詭弁とも言える理論にすがり、この悲劇を回避するべく立ち上がった。
 あやかはそんなタマモ達をただ無言で見詰めていたが、ふと思いつめたような表情をすると、何かを決心したかのようにタマモに話しかけた。


「タマモさん、過去に……いえ、タマモさん達の『今』に帰るのですね」

「うん、私達は帰るわ……そして絶対にアヤカや横島を助けてみせる!」

「期待していますわ。では、あちらに帰るのでしたらコレを向こうの私に渡してください」


 あやかはそう言うと目を瞑り、手を掲げると何かに集中する仕草をする。
 あやかのその仕草は、横島が文珠を作る時の姿によく似ていた。


「え? あやか!?」

「私がこんな体になった時、何故か一部ですが横島さんの記憶が流れ込み、横島さんと一つになったような気がしました……そして私ならコレが作れると私の中の横島さんが告げています」


 あやかは集中を続けながら、自らの手に横島と同じように霊気を収束させていく。
 思えば、確かにあやかは横島と同一存在であることが確認されている。そうなれば、あやかに文珠を作る能力があったとておかしくは無い話だ。
 だが、あやかは横島と違ってなんの訓練もしておらず、普通ならとても文珠など作れないはずなのだが、事実としてはあやかは横島と過ごす事により、徐々にだが霊能力に目覚めつつあったのだ。
 自分とまったく同じ霊波を持つ人間と過ごす日々の中、あやかの霊力は無意識のうちに横島と同じように研ぎ澄まされていく。
 その能力の片鱗として、武道会の時点で小太郎と念話をつなげ、さらには横島以外書き換えることが不可能な文珠を書き換えたのだ。
 そして今、純粋な霊体となった上に、同一存在の横島の魂の一部を吸収したあやかは霊体の身であるにもかかわらず、文珠を作り出していく。
 そんな神秘的な光景の中、タマモの切羽詰った声が部屋に響き渡った。


「あやか、やめなさい! あなたは今霊体なのよ。そんな状態で文珠なんか作ったら霊体の維持が出来なくなるわ! ましてあやかは横島と違ってなんの訓練もしてないのよ!」

「大丈夫です、タマモさん……私は……ただの幽霊……なら、消えた……ところでなんの……影響もありません……わ」


 タマモが叫び、必死にやめさせようとすがりつく中、あやかの霊体はどんどん希薄になり、その代わりとばかりに文珠が少しずつ形になっていく。


「やめて、お願いだから今すぐやめて!」

「あやかさん、無茶をしてはいけません! すぐにやめてください!」


 タマモは首を振り、刹那を通してなんとか霊力をあやかに送り込みながら彼女の霊体を維持しようとする。しかし、そんな彼女の努力を嘲笑うようにあやかの姿は薄くなり、いまや文珠は完全な円形となり、最後の仕上げとばかりにうっすらと文字がかび始めた。


「タマモさん……必ず……必ず未来を……変えてください……タマモさんがいて……刹那さんがいて……横島さんがいる……そして、小太郎君と……私が……いつまでも笑える……」

「変える、必ず未来を変えてやる! でも、だからって……」

「楽しい……未来を……」


 タマモが涙を流し、あやかにすがりつく中、あやかは最後にタマモ達にむかって微笑んだ。そして消え入りそうな声と共にあやかが作り出した文珠に『思』の文字が込められた瞬間、あやかの霊体は全ての力を使い果たし、支えを失った文珠が床に零れ落ちた。


「アヤカー!!」


 タマモは床に落ちた文珠を震える手で拾い上げ、それに覆いかぶさるように蹲ると慟哭する。その声は悲しみに満ち溢れ、流れる涙はタマモの整った顔の上を川のように流れていく。
 どれほど時がたっただろうか、やはりタマモと同じようにショックを受けていた刹那が最初に立ち上がり、未だに悲しみに濡れるタマモに声をかけた。


「タマモさん……行きましょう」


 タマモはその声に反応し、ピクリと体を振るわせる。
 そしてタマモはもはや形見となった文珠を握り締め、涙をぬぐうと刹那と同じように立ち上がり、その瞳に炎のごとくの怒りを収めながら刹那と目を合わせた。


「刹那……」

「はい」

「私はこんな未来、絶対に認めない」

「私も認めません」

「だったら……」

「ええ、必ず……」

「私達の『未来』を取り戻す!」」


 タマモと刹那は最後に強く宣言すると、もはや後ろを振り返ることなく誰もいなくなった事務所を後にしていく。
 今、彼女達は彼女達にとっての歴史の空白、パズルのピースを埋めるため、本来過ごすはずであった時間へと帰ろうとする。
 結局今の段階では横島が死んだ直接の原因は不明のままだが、少なくともこの事件に超が関わっている事はわかった。ならば、その原因を徹底的に排除するだけだ。
 彼女達はそんな決意を胸に、ネギ達と合流するためにエヴァの別荘へと向かうのだった。


 第51話 END



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