「超、受け取りなさい! これが私たちの……」

「ネギ先生と皆さんの宣戦布告です!」


 タマモと刹那が気勢を上げると、ネギは今まで以上に気合いを入れてカシオペヤのスイッチ押す。
 すると、周りの魔力が渦を巻くように彼女達を取り込む。そして次の瞬間、タマモ達は過去の世界へと飛び立つのだが、いつもは一瞬で目的の時間に移動するはずなのに、今回はいつもと違い、光がタマモ達を包み込んだ。


「な、なにこれ? いつもと違う!?」

「みんな、手を離しちゃダメよ!」


 目の前に広がる光景は時間移動を初めて経験するタマモはもとより、幾度も時間移動を行ったネギと小太郎でさえも顔を恐怖にゆがめる。
 しかし、彼女達はそれでも互いに握りしめた手を離すことなく、お互いの手をより力強く握りしめると荒れ狂う魔力の嵐の中を過去へ向って飛んで行こうとしている。
 そしてついに出口であろうか、彼女達の目の前に自分たちを包み込む光と別の光が見えてきた時、タマモの耳に誰かの声が聞こえてきた。


『ミ……ツ……ケ……タ……』

「!?」


 タマモはその声を聞いた瞬間、思わず顔を上げ、周囲を見渡すが両隣りにいるアスナと刹那はもとより、誰もその声が聞こえたような動きは見せない。
 そしてタマモが逡巡している間に、その声の正体を確かめる機会は失われることになる。
 タマモのみが聞こえた謎の声。
 その声がどこか懐かしいものであることに気づいたのは、タマモが時のトンネルを潜り抜けた瞬間であった。




第53話 「15人目の戦士」





 シュパッ!


 空気を切り裂いたかのような音がネギ達の耳に届いた瞬間、それまで彼らの目にしていた空間はその景色を一気に変える。
 彼らは多少の異変はあったようだが、ついに光と魔力の渦巻く空間を超え、現実空間へと帰還したのであった。
 となれば、あとはこの時間が学園祭最終日であるかどうかを早急に確認するだけなのだが、今のネギ達にそんな心の余裕などはない。
 本来ならとてつもなく重要な確認事項であるのに、なぜそれをする余裕がないのか、それについて説明するには、彼らの出現位置がどこであるかについて述べなくてはならない。
 タマモをはじめとしたほぼ全員が余裕をなくすその出現位置、それは――


「し、死ぬー、死んじゃうー!」

「え、えーっと……さすがにクシャッっといくとウチでも治せへんなー」

「おーちーるー!」


 ――彼女達の出現位置が麻帆良上空500mの地点であるからであった。
 現在、ネギ達はまさに地上へ向けてパラシュート無しのスカイダイビングを実行中である。さすがにこの状況に置かれて悠長に今の時間がいつであるか確認しようなどという豪の者など存在しない。


「く……こうなったら」

「みんな私か刹那に捕まって! 今空を飛ぶから!」


 刹那とタマモはそれぞれ状況を確認すると互いにアイコンタクトをかわし、刹那は翼を出そうとし、タマモも刹那と同じ様に翼を出せる状態に変化しようとする。
 しかし、その試みはネギによって中断させられることとなった。


「刹那さん、タマモさん! 大丈夫です……」


 ネギは今まさに変身しようとしているタマモ達に声をかけ、その行動を制止する。
 そして、いぶかしげな顔をする二人に向かって安心させるかのように純粋な笑顔を向け、自らの考えを述べるのであった。


「大丈夫です、このぐらいの高さなら受け身をとれば全然平気ですよ」

「せやな、コレぐらいなら楽なもんやで」


 皆の中で唯一あわてることなく落ち着いていたネギと小太郎。彼らは幾度にわたって天高く打ち上げられた結果、その感覚がすでに常人とかけ離れていることにまったく気づいてはいなかった。


「んなわけあるかー!」

「受け身云々以前の話よ! いいから魔法なりなんなりで落下速度落としなさーい!」


 当然ながら地上500mの高さから自由落下して無事である人間など、この場にはネギと小太郎以外いない。ゆえに彼女達は口をそろえてネギ達に抗議し、あまつさえアスナに至っては空中でありながらその姿勢を完全に制御し、虚空瞬動モドキのようなものを使ってネギのそばに移動すると、渾身の力をこめてハリセンでネギの頭を叩くのであった。
 突っ込みの拍子に瞬動術を上回る高等技術を会得するアスナ、彼女もまた別の意味でネギと同様常識はずれであると言えよう。


「き、気のせいかさっきのが今までで一番命の危険を身近に感じましたです」


 結局あの後ネギはアスナの突っ込みによってなのか、それとも一週間におよぶ時間移動を無理矢理行って魔力が枯渇したせいなのか、あっさりと空中で気絶するとそのまま地上へ向けて自由落下し、現在は見事なまでにまっ逆さまになりながらコンクリートの床に突き刺さっている。
 そしてアスナ達はしっかりと刹那やタマモ、そして高音やメイに捕まりながらゆっくりと地上へと降り立っていた。ちなみに小太郎は有言実行を旨としているせいか、特に魔法による助力をうけることなく、本当に受身のみで無事着地していたりする。
 ともあれ、過去に帰還して真っ先にこうむった命の危機から脱すると、夕映をはじめとした戦闘を主体とするメンバー以外の少女達は顔を青ざめさせながらほっと息をつく。
 そんな中、タマモは周囲を見渡して時間移動が成功したかどうか確認する作業に余念が無い。


「どうやら、ちゃんと学園祭の期間中に戻って来れたようね」

「ああ、間違いない。今は三日目の午前9時だ」


 タマモに引き続き、千雨は手にしていたPCをネットにつなげると改めて日付を確認している。
 そして千雨の発言の意味を理解した皆は、溢れんばかりの笑みを浮かべながら歓喜の声を上げるのであった。


「これで……これで横島さんとあやかさんを助ける事が出来るんですね」

「ええ、でもこれでやっとスタートラインに立っただけよ」

「それでもスタートラインに立ちさえすればこっちの物よ。なんてったって私達には麻帆良最凶の鬼姫、タマモちゃんがいるんだから! 絶対に超さんの計画をぶち破って、横島さんといいんちょも助けてみんなでハッピーエンドにきまってるじゃない!」


 歓声を上げる皆を他所に、刹那は静かに平和を謳歌している学園の風景を見渡しながら胸の前でぎゅっと手を組んで呟く。その横にいたタマモもまた厳しい視線を崩さぬまま、これから始まる厳しい戦いに気を引き締めた。
 そんな思いつめたかのように厳しい顔をするタマモ達を元気付けるためなのか、アスナは背後から二人に抱きつくと楽観的とも言える未来予測を二人に語って聞かせる。しかし、タマモ達は自分達に抱きつくアスナの腕が微妙に震えているのに気づくと、その腕を優しく包んだ。
 いかにもお気楽な、あまりにもいつもどおりのアスナのように見えるが、彼女とて不安なのだ。
 これから起こりうる未来、その果てには今まで幾度となくぶつかり合ってきた親友とも言えるあやかの死が待っている。それをなんとしても阻止しなくてはならないのだから、そのプレッシャーはかなりの物であろう。
 アスナは己の心を襲うプレッシャーに必死に耐えながら、それでもいつもどおり明るく振舞っている。まるでそれこそが自分の役目であると理解しているかのように。


「あの……皆さん、それよりネギ先生が痙攣してますけど……」


 だが、そんな悲壮なアスナを他所に、ネギはほんのわずかなプレッシャーすら感じさせることなく、ナチュラルにいつもの行動をとっていたりする。
 そして、ネギの体をはったいつもどおりの行動のおかげなのか、タマモ達以外のメンバーはいい意味で体の力を抜く事が出来たのだった。


「あれだけ見事に埋まれば、当然呼吸が出来ないのではござろうか?」

「あの高さから魔法の補助も無しに落下して、その上で呼吸うんぬんというレベルで済むあたり突っ込みどころ満載ですわね」

「まあ、慣れてるからこそアルね」

「気のせいか? なんかどこかで見たことのある光景のような気が……」

「ああ、そういえば千雨姉ちゃんに体当たりした後にこうなっとったな」

「ネ、ネギ先生ー!」

「あんた達ちょっとは緊張感ってもんを持ちなさいよー!」


 結局その後、せっかくのシリアス空間を台無しにされたアスナの絶叫とともに放たれた突っ込みによって、ネギは床をぶち抜いて下の階に落下する事で一命を取り留めることになる。
 ただしその突っ込みのせいなのかは不明だが、ネギは完全に意識を無くしており、目覚める気配は無い。


「とりあえずネギは魔力が回復するまで休ませるとして……」

「体力のほうにもトドメが入ったような気もしますが……」

「そっちのほうはたぶん大丈夫よ。ネギだって伊達にこの厳しい麻帆良で生き抜いてきたわけじゃないわ」

「いつからこの麻帆良学園は極北の大地やサハラ砂漠になったんですか」

「えっと……タマモちゃんが転校してきてからかな?」


 のどかと夕映が完璧に気絶しているネギを介抱している中、ネギの事情というかその生存環境を未だに理解しきれていない高音はネギにトドメをさしたと思われるアスナにジト目を向ける。
 アスナは高音の視線を受けて頬に一筋の汗を浮かばせるが、アスナが言っている事は紛れもない事実であるために高音とメイ以外のメンバーは一様に頷くだけだ。
 ともあれ、そんなアスナ達を他所にタマモはポンと手を叩くとこれからの事について皆に指示を出していく。


「ネギ先生は戦闘要員じゃない千雨と図書館組に任せるとして、私達は一刻も早く超の身柄を確保しないといけないわね。それと刹那、横島につけてたちび達と連絡が取れる?」

「先ほどアクセスしてみましたが、やはり電源を切っているか電波の届かないところにと……」

「あんにゃろう、この肝心な時にいったいどこをほっつき歩いてんのよ!」

「あの時みたいに文珠で探せないのですか?」

「私の分はあの時使ったし、小太郎は大会で使ったでしょ。それで刹那のは……」

「ドラゴンの炎を防ぐ時に使ってしまいましたね。ということは……」

「文珠を使って横島を探すのは不可能ってわけね。まあ、幸いな事にまだ超が動き出すまでに時間があるから、ナンパスポットを中心に探していけば見つかると思うわよ」

「横島さんの行動って読みやすいですからね」

「今回ばかりはそれに助けられるわ。というわけで、刹那は横島の事をお願いしていいかしら? 私はこのまま教室へ行ってアヤカを確保するつもりだけど」

「はい、任せてください」

「よし、それじゃあ残りの高音さんとメイ、それに楓とクー、小太郎とアスナはペアを組んで超の山狩りよ! いい、生死は問わないから必ず捕まえてるのよ」

「りょ、了解でござる」


 タマモは皆の配置を決めると炎を背負いながら気勢を上げ、そのあまりの迫力に超の捜索に振り分けられたメンバーは思わず一歩後ろに下がってしまう。
 この時、皆は心の中で静かに超の冥福を祈るのだった。




 あれからしばらくの後、タマモは皆と別れると3−Aの教室に向かう。
 本来のタイムスケジュールなら、この時間のあやかは3−Aのお化け屋敷で幽霊役をやっているはずだ。
 それがわかっていてなお、タマモはあやかに会いに行くのが怖かった。この時間なら確実に無事であるはずなのに、未来で経験したあやかの霊体が消えていく様を思い出すと思わず足を止めそうになる。
 そんな時、タマモは未来のあやかから託された物、この世にただ一つの横島以外の力によって作られた文珠を握り締めると、それに勇気付けられるかのように再び教室を目指して歩を進め、やがて教室の前にたどり着くのだった。
 タマモが教室の前にたどり着くと、そこで人員整理を行っている桜子が目ざとくタマモを見つけ、笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。


「あ、タマモちゃんいらっしゃーい。どうしたの? タマモちゃんの当番はもう少し後だけど」

「ん、ちょっとアヤカに用があってさ……」

「いいんちょに? なら今は奥で休憩中だよ」

「ありがと。じゃあちょっと行ってくるわね」


 タマモは桜子にあやかの居場所を確認すると、すぐに彼女と別れて教室の中に入る。そして入り口と裏方を仕切る暗幕の前に立つと大きく深呼吸をし、やがて覚悟を決めたのかその暗幕の中入った。


「あら、タマモさん。いらっしゃいませ」

「アヤカ……」


 タマモが暗幕の中に入り、顔を上げた瞬間に目に入ったのは笑顔で出迎えるあやかであった。
 タマモの前で静かに微笑むあやか。その顔に浮かぶ微笑みは、未来であやかが消える瞬間に浮かべた微笑みと全く同じもの。
 そんなあやかの微笑みを目の当たりにしたタマモの頬には、本人も気づかぬうちに一滴の涙が零れ落ちている。
 そして次の瞬間、タマモは静かにあやかに抱きついた。まるで迷子の子供が母親に抱きつくかのように。


「あの、タマモさん? どうなさったのですか?」

「……ごめん、もう少し……もう少しだけこのままでいさせて」


 タマモはあやかの細い腰に腕を回して抱きつくと、涙を隠すようにあやかの胸に顔をうずめる。
 対してあやかは普段とてもお目にかかれないタマモの姿にしばしの間目を白黒させていたが、すぐに気を取り直すと母親のように優しくタマモを抱きしめた。


「……気がすみましたか?」

「うん、もう大丈夫よ」

「で、何があったんですか?」


 あやかはタマモが落ち着いたと見ると、改めて何があったのかと問う。なにしろあれほど気丈なタマモが自分を見た瞬間に涙を見せたのだ、それだけでもただ事でない事態が起きたであろうことは想像するにたやすい。
 あやかはこの時一瞬だけ横島が暴走してタマモに暴挙を働いたのかとも思ったが、それは無いとすぐに打ち消す。
 横島の事務所を手伝いだしてまだ一月程度とは言え、その間に彼の人となりは把握しているのだ。
 そして何よりも、どこか自分と似通った部分もあるだけに、横島がタマモと刹那ををとても大切にしている事を理解している。そう、あやかがネギと小太郎を大切にしているのと同じぐらいに。

 
「場所を移しましょうか、ここでは話せないお話のようですし」

「うん……」


 あやかは事情を察するとタマモを連れ、使われていない教室へと移動する。そして改めて人が誰もいない事を確認すると、タマモが事情を打ち明けるのをただひたすら待つ。
 するとタマモもしばしの逡巡の後、何かを吹っ切ったかのように顔を上げるとあやかと目を合わせた。


「アヤカ、今からする話は紛れも無い事実よ。だから……」

「わかっています。タマモさんがどんなにとっぴな事を言おうと、私はそれを信じますわ」

「ありがとう、じゃあ言うわね……私達はたった今、未来から……一週間後の未来から帰って来たの」

「未来から……ですか? いったいどうやって?」


 あやかは横島達と過ごす事により、魔法や霊能を初めとした今までの常識では考えられない現象がこの世にあるということを理解している。
 それだけにすでにちょっとやそっとでは驚けない体質にはなっているのだが、それでも今回のタマモの告白にはさすがにその整った顔に驚愕の表情を浮かべる。
 タマモはそんなあやかに、ネギが持つカシオペヤの事を伝え、それにあわせて未来で知りえた事実。あやかと横島が一週間後の未来では既に死んでいる事をあやかに伝えるのであった。


「そう……なんですか。私と横島さんは今日……」

「ええ、そしてこれはアヤカから、未来のアヤカから貴方に渡すように頼まれた物よ」

「これは……」


 タマモは未来のあやかから託された文珠をあやかに手渡す。
 その文珠に書かれた文字は『思』。
 それは未来のあやかの霊力を結集した、文字通りの思いの結晶である。
 あやかは静かに文珠を手にすると、それを両手で包み込み、胸の前に持ってくると目を閉じて文珠を発動させた。そしてタマモが静かに待つこと一分、あやかは目を開けるとその頬に一滴の涙を流した。


「どうやら、私は最後まで私を貫けたのですね……未来の私からの思い、確かに受取りましたわ」


 あやかは自分が泣いている事に気づくと、苦笑しながら涙をぬぐう。
 タマモはここであやかが事態の全てを把握したと確認すると、彼女にすがるように襟元をつかんで懇願した。


「アヤカ、これから私達は超と戦う。そしてあんな悲しい未来を絶対に変えてやるわ。だからアヤカはその時が来たら横島の家に行って絶対に外に出ないで! あそこなら巻き込まれずに済むはずよ」

「ですが……皆さんが戦っているのに私一人何もしないというのは」

「お願い、アヤカ……私は万が一にもあなたを巻き込みたくないの! もし、嫌だというなら無理矢理に眠らせてでもこの麻帆良から遠ざけるわ」

「タマモさん……」


 あやかは自分を巻き込まぬために、悲壮な決意を固めるタマモを悲しそうに見つめる。
 しかし、あやかは自分に戦う力がないことをよく理解していた。だからあやかは何かを諦めたかのようにため息をつくと、元の優しそうな笑みを浮かべてタマモの頬に手を当てる。


「わかりました、それでタマモさんが安心できるなら……私は絶対に危険な場所には近付きません。この雪広あやかの名に誓って」

「ありがとう……そしてごめんね」

「気になさらないでください。それに……タマモさんはまだ横島さんも助けなくてはいけないのでしょう? 早く行ってあげてください」

「うん、そうするわ。あやか、それじゃあ全てが終わったらまた……」

「ええ、家でまた夕食を作ってお待ちしてますわ。ですからタマモさん達も無事に帰ってきてください」

「ええ、約束するわ。私達は誰一人欠けることなく必ず帰ってくる!」


 タマモはあやかの言質を取って安心したのか、今までの泣きそうな顔とは打って変わっていつもどおりの笑みを浮かべ、あやかに必ず帰ると約束すると横島の下へ向かうために廊下に向かって走り出す。
 あやかはそんなタマモの後姿が見えなくなるまで彼女を見送り、タマモの姿が視界から消えると静かに頭を下げた。


「ごめんなさい、タマモさん。確かに私は戦うことであなたのお手伝いは出来ません」


 既にいないタマモに向かって己の無力を謝るあやか。だが、その声には弱々しい響きなど欠片もなく、むしろこれから戦いに赴く戦士のように声には覇気が満ちている。
 

「でも……私にしか出来ない戦い方というものがございますのよ」


 しばしの後、頭を上げたあやかの目にははっきりとした決意が浮かんでいる。そう、彼女は決意したのだ。これからタマモが行うであろう戦いに介入する事を、それも自分にしか出来ない方法で。
 あやかは既にいないタマモに向かって己の決意を示すと、改めて窓際に移動し、平和な学園の町並みを見渡す。そして静かに目を閉じると誰に言うでもなく、まるで自分自身に言い聞かせるかのようにそっと呟く。


「だから安心なさい、未来の私……今度こそ、私は足手まといになんかなりませんわ」


 時は既に10時30分、超の攻勢が始まるまで残り数時間。これからの事を考えると時間はもうあまり無い。
 あやかは誰もいない教室を後にすると、携帯電話を取り出しながら目的の場所へと向かうのだった。






「さて、状況開始まで後3時間か……ようやくここまでこぎつけたネ」

「ほんっとーにここまで長かったですねー。あ、そういえばさっき龍宮さんが今回の依頼は辞退すると連絡してきましたよ、なんでも鳴滝さん達に対して責任を取らなくちゃならないとか……」

「……だ、大丈夫ネ。一人ぐらいいなくても計画に支障は無い」

「ついでに言うと、この前のタマモさん達の襲撃で田中さん達が500ほど食われてしまってますが……」

「……タマモさん達は化物カ?」

「否定できませんよねー」


 もはや今更説明する必要もないであろうが、あえて説明しよう。
 ここは麻帆良学園のどこかにある超の秘密基地。その中にあるホールのような巨大な部屋で、超が時計を確認すると感慨深げに部屋を見渡す。
 その視線の先には自律機動型の田中さんの群れと、多脚戦車のようなガードロボットもどきが部屋を埋め尽くしているのだが、あいにくと彼女達にあまり余裕は無い。
 なにしろ、タマモ達は自分達が意図していないところで確実に超の戦力を削ぐ事に成功しているのだ。これによって超達は深刻な戦力不足へと陥っている。
 しかし、それでも超は怯まない。なにしろその諸悪の根源は既にいないと確信しているのだから。


「とにかく、もはや最大の不確定要因であるタマモさんをネギ先生ごと未来に送った今、私の行く手を阻むものなど誰もいないヨ」

「たしかに、タマモさんを未来に追いやることには成功したようですが……ある意味もっとたちの悪い不確定要因がすごく身近にいるんですけど……」


 部屋を埋め尽くす田中さん達を前に超は不気味に笑っていたが、ハカセは額に汗を浮かばせながら部屋の中のとある場所に視線を向けた。


「おおお、脱ぐんだな!? こいつらのビームがあれば、ピチピチのねーちゃん達はみんな裸になってウハウハの桃色天国な空間にー!」


 ハカセの視線の先にいるのは、なにやらやたらと興奮してマッチョな田中さんに熱い視線を送る男が一人。なお、あえて言及しておくが、彼は決して男色の趣味などない。彼の興味の中心はあくまでも田中さんが装備している男の究極の夢のアイテムの一つ、脱げビームである。
 ここで説明するまでもないだろうが、一応説明しておこう。この男の名は横島忠夫、どんな状況にあろうと己の煩悩を忘れないとっても素敵でドスケベなナイスガイだ。
 

「えっと、本当に彼をこの計画に参加させるんですか?」

「ハカセ、彼の役目はあくまでも保険ネ」

「保険……ですか?」

「そう、万が一タマモさんがこちらに帰ってきて計画が失敗した場合、彼を生贄に差し出して逃げるという保険ヨ」

「も、ものすごく後ろ向きな保険ですね」

「うふふふ、命は大切ネ」


 ハカセは先ほどから額に浮かべていた汗をさらに大きくし、なんとも言えない苦笑いを浮かべる。
 なにしろ普通こういった場合の保険といえば、失敗を防ぐための保険の事を指すはずなのだが、今回の超の保険のかけ方はむしろ失敗を前提とした保険と言えよう。
 麻帆良最強の頭脳を持つ少女、超鈴音。彼女は横島やタマモと接触しているうちに、本人も気づかぬほどすっかりヘタレてしまっていた。


「しっかしあれだな、なんでわざわざタマモ達を未来なんぞに送ったんだ? 俺が言うのもなんだが、この前みたいに借金肩代わりとか、最高級のお揚げとかで引き込んだらかなりの可能性で味方になると思うぞ」


 そんな中、ようやく興奮状態から覚めた横島が超の隣にやって来るとタマモへの対処に小首をかしげる。
 ちなみに、そんな横島の顔にはちび達のしわざであろうか、若干の切り傷と青痣が浮かんでいた。  


「横島さん……混ぜるな危険という言葉を知ってるカ?」

「タマモは塩素系漂白剤かよ」

「その場合の反応触媒は間違いなく横島さんだと思いますけど」

「えらい言われようやな……」

「とにかく! ただでさえでも横島さんで手一杯なのに、この上でタマモさんも抱えたら絶対に何か理不尽極まる理由で計画がぐだぐだになるのは目に見えているヨ。その上で敵に回したらさらに厄介極まりないネ」

「というわけで、私達はほとんど苦肉の策でタマモさん達をネギ先生もセットで未来に送ったわけなんです……というか、そもそも横島さんを味方に引き入れた事事態が失敗だったような気が……」
 
「けど、その場合最悪だとネギ先生つながりで横島さんとタマモさんの両方が敵に回るネ。そうなったらなったで、やっぱり酷く理不尽な理由で計画が台無しになる気がするヨ。まったく……私は横島さんとタマモさんを使いこなしていた美神という人を本当に尊敬するネ、というか絶対にその人人間じゃないヨ!」

「本人を前にしてほんっとーにえらい言いようやな……」


 横島がなんとも微妙な表情をする中、超は目に涙を溜めながら己の心の内にある不安と、今までに受けた計画の妨害に対する不満をぶちまける。
 そのすべてにおいて横島達がからんでいるあたり、まさに彼等は敵にするには怖く、味方にしてなお恐ろしい。
 超はその事実を実感しつつ、同時に横島から聞き出したかつて横島達の上位に君臨した美神という所長に対して、心の底から畏怖を感じるのであった。
 状況開始まであと3時間、肝心の準備を全て終えた超達はかつてない恐怖の魔王達がすでに帰還している事をまだ知らない。







「あの……タマモさん、こんな方法で本当に横島さんが見つかるんですか?」

「たぶん……いや、あいつの生態を考えればこれ以上の手は無いはずよ」


 超が全ての準備を終えようとしている頃、麻帆良学園でも有数のナンパスポットとされる麻帆良中央公園ではタマモと刹那が公園内のとある場所をじっと見つめている。
 その視線の先にはどうやって手に入れたのか、人一人がすっぽり入るほどの巨大さを誇るザルと、それを支える支柱がある。よく見ればその支柱にはロープが結ばれており、その先はタマモがしっかりと握り締めていた。
 麻帆良中央公園に突如として出現したこの謎のオブジェ。それはあえて説明する必要が無いほど有名な古典的な鳥獣捕獲用のトラップであった。


「し、しかしいくらなんでもこんなバレバレの手に……」

「いいえ、そんなことは無いわ。なにしろあのトラップにはエサとして、横島ですらそのあまりの品薄さに所有を断念した巫女物剣道少女のグラビアと、獣娘のコスプレ写真集を配置したわ。アイツが煩悩のプロである以上、コレに手を出さないはずが無いのよ!」


 いろいろな意味で不安そうな刹那を他所に、タマモは完璧に熱意の方向を間違えて横島の捕獲に執念を燃やす。
 とはいえ、朝から捜索していっこうに横島が見つからず、ただ時間ばかりが経過する以上、その焦りを考えれば無理も無いとも言える。
 しかし、この時間帯の横島はあいにくと超の秘密基地に詰めているために、当然ながらこんなふざけた罠にかかるはずがなかった。


「……かかりませんね」

「こない……わね」

「超さんの侵攻まであと2時間、もう時間がありません」


 タマモ達がトラップを設置してより既に一時間、その間彼女達は一縷の望みをそのトラップに託して横島を待つが、彼はいっこうに現われない。
 このまま超の侵攻までに横島が見つからなければ、最悪の場合自分達は横島を助けられないかもしれない。その思いが焦りとなって彼女達を襲い、そしてついに彼女達の中で何かが切れた。


「あーもう、こうなったら最後の手段よ! 刹那、今から脱ぐわよ!」

「ええ、こんな二次元の写真集じゃなくて、私達の全ての魅力をもって横島さんを誘い出して見せましょう!」


 あらゆる意味で切羽詰った二人の目は、もはや正気ではない。故にタマモ達は一切の躊躇もセーラー服に手をやると、おもむろに脱ぎだした。


「公衆の面前で何やろうとしてんのよー!」

「姉ちゃん達いったい何やっとんのやー!」


 刹那とタマモが服を脱ごうとし、その健康的な白い肌がお腹まで晒され、今にもブラが見えようとした直前、公園中に響き渡るほどの大声でアスナと小太郎の声が響き、それに負けぬほどの大音量のハリセンが炸裂した音が響き渡る。
 そして周囲の男達の舌打ちが響く中、アスナ達は間一髪でタマモ達の暴挙を止めると、タマモ達を担ぎ上げながら物陰へとダッシュで逃げ出すのだった。


「……え? 私達はいったい?」

「どうやら正気に戻ったみたいね」


 アスナと小太郎は二人が正気に戻ったと確信すると安堵のため息をつく。
 しかし、タマモ達は正気に戻ったとは言え、よほど横島の事が心配なのだろうか、その顔色はまるで死人のようだ。


「アスナ……超は見つかった?」

「ごめん、だめだったわ。この前潜った地下にも行ってみたけどもぬけの殻、クーや高音さんも手がかり無しみたいよ」

「そう……こっちもダメ。横島の影も形も見えやしない」

「もう時間がありません、こうなったら超さんの確保は諦めて軍勢が出現した段階で水際防御。これしか私達のとれる手段はありません」

「でも、こっちは本屋ちゃんや木乃香達を入れて14人よ。それなのにあっちは2000体って話でしょ」

「2000対14か……泣きたくなるんを通り越して笑える戦力差やな」

「明らかに戦力が足りませんね……」


 未来においてガンドルフィーニよりもたらされた情報により敵の戦力はわかっている。しかし、それに対抗するための戦力はあまりにも乏しい。
 その戦力差を覆すために事前に超を確保しようとしたのだが、もはやタイムリミット。残り時間でできることは文字通り水際防御の準備ていどだ。
 そしてそれはたった14人で2000に及ぶ敵戦力と戦うことを意味している。その上麻帆良学園全域には学生をはじめ、学園祭目当ての一般客がひしめいているのだ、それらを守りながら戦うのは尋常ではない。
 もはや笑う事しか出来ない絶望的な状況。そんな誰もが絶望に囚われる中、バカレンジャーの筆頭を誇るアスナが何かに気づき、小首をかしげた。


「あれ? そういえば今回の事件が起こることを学園長に伝えたっけ?」

「あ……」


 アスナの一言とともに沈黙が周囲を支配する。
 そう、彼女達は横島と超の確保に焦るあまり、麻帆良においての最大戦力、数多くの魔法オヤジや魔法生徒達を率いる学園長の存在をこれでもかとばかりに綺麗さっぱり忘れていたのだった。


「えっと……完全に盲点だったわね」

「というか、なんで気づかなかったんでしょうか?」

「と、とにかく、足りない戦力の当てはついたわ。というわけで学園長のところに討ち入りよ! あ、アスナと小太郎はみんなと連絡を取って湖のほうに集合しといて!」

「それはええけど、討ち入りしてどないすんねん」

「本気で勢いのまま学園長を討ちかねないから怖いわね。まあ、とりあえず戦力についてはこれで何とかなりそうね」

「せやな……」


 アスナと小太郎は何かを誤魔化すように走り出すタマモ達を呆然と見詰めながらも、とりあえずわずかながらも光が見えたことに一安心する。
 しかし、それはまだ早計にすぎなかった。









「ちょ! 協力できないってそれはどういうことよ!」


 学園長室にタマモの怒声が響き渡る。
 時は既に午後5時30分、超の侵攻開始までもはや30分を切っていた。
 そんな中、学園長に助力を求めようとしたタマモは、遅々として進まない話に怒りをあらわにしているが、目の前の妖怪ジジイはただ飄々として笑うだけだ。


「とはいってものー、いくら超君に妖しい動きがあると言われても、証拠も無いのにはいそうですかと超君を捕まえる事が出来るわけなかろうて」


 怒髪天を突くタマモを他所に、学園長は現状ではタマモに協力することは不可能だと告げる。
 その解答は刹那とタマモにとって全く予想外のものであり、横島の命が、ひいては全魔法使いの危機だというのに学園長は特に慌てるでもなく、手元の書類を眺めるだけだ。


「そんな! このままだと横島さんが危ないんですよ! それに、これを放っておいたら全魔法使いにとって深刻な危機に陥るのは自明の理じゃないですか!」

「で、君等は危険だからとクラスメイトである超君を予防拘束しろとでもいうのかね」

「それで危険が防げるのなら安いもんじゃない。なんでそれが出来ないのよ!」

「じゃから、超君を拘束するためには彼女が何かを企んでおるという明確な証拠が必要なんじゃ! いくら超君が要注意生徒でも、証拠もなしにそんなことはできんわい」

「証拠って……だから私達は一週間後の未来を見てきたって言ってるじゃない!」

「それが証拠になるようじゃったら世の中に裁判所はいらんわ! というか、時間移動じゃと? そんな便利な魔法があったらワシが真っ先にお目にかかりたいわい」


 学園長とタマモ達、三人の白熱した言い争いは益々ヒートアップしていく。しかし、その熱さ故か互いの主張は完全に平行線だ。
 もっとも、学園長の判断も冷静に考えれば無理も無い。
 なにしろ、時間移動で未来から帰ってきたと突然言われても、常識的に考えればそれはただの世迷いごとだ。
 その上にタマモ達は無自覚なのだろうが、本来なら超の妖しい行動の裏付となる事象のいくつかをタマモ達自身が潰していたため、超は学園側からほとんど無警戒の状態であった。
 タマモ達は今まで武道会における流出ビデオの無力化や龍宮の遊兵化など、無自覚に超の計画を潰してきた。しかし、そのツケがめぐりめぐってタマモ達に不利な状況としてのしかかってくるとは、実に皮肉な事と言えよう。


「あんた私と横島が異世界から来たのはあっさり信じたのに、なんで時間移動を信じないのよ!」

「そんなもん実際に信じとるわけなかろうが! とにかく、君達が悪人ではないと言う事はこれまでの事件で理解しておるが、今でも君らの事は継続調査している上に、本国ではむしろ君達のほうが超君以上の要注意人物指定なんじゃぞ!」


 タマモと学園長はもはや取っ組み合いに近い状態になっており、もはや話しに収拾がつきそうに無い。
 刹那は少し醒めた頭で時計を見ると、もはや時間がほとんど残っていない事に気づき、強引にタマモと学園長の間に割り込むと学園長の目を見据えて懇願した。


「とにかく、もう時間がありません。超さんのことはいいですから、せめて人員をこちらに回してください」

「すまんが、それも無理じゃな」

「そんな!?」

「そんなに睨まんでくれ。なにしろ高畑先生を初めとした主力のほとんどが麻帆良の外に出向いておるからの、そのせいで告白生徒対策の人員でギリギリなんじゃ」
 
「告白生徒対策って……そんな場合じゃないのよ!?」

「告白する生徒や受ける生徒達にとっては大事じゃわい。何しろ下手すればそれで人生が決まってしまうのじゃからな。とにかく、君等の要請は却下なんじゃが……とは言え、こちらのほうでも超君に監視をつけて警戒しておくから、君達はまあ最終日を楽しんだらよかろうて」

 
 学園長は自分を睨みつけるタマモに自らの顎鬚を触りながら飄々と笑う。
 タマモはそんな学園長を親の仇のごとく睨みつけていたが、諦めたかのように肩を落すと顔を床に向け、静かに呟いた。


「現場から遠退けば遠退くほど、現実は楽観主義に取って代わる……そして組織のトップは慎重であるが故に時にその楽観主義に囚われてしまう……戦争が始まり、それに負けている時は特にそうよ」

「何の話じゃ? というか、戦争などという物騒なもんが始まるはずなかろう」

「始まってるわよ、もうとっくに。 気付くのが遅過ぎたわ……学園祭が始まってから、いやその遥か以前から超はこの日のために、学園との戦争のために準備してきたのよ」


 タマモは顔を上げると、不思議そうな顔をして自分を見つめる学園長を静かに見つめ返す。
 しかし、その顔からは完全に表情が消えており、元々が美女と形容される造詣を誇っているだけに異様な不気味さを感じさせる。
 学園長はそんなタマモになにか異様さを感じたのか、脅えたように椅子の背もたれにのけぞった。
 そしてちょうどその時、学園長室の扉がノックもなく乱暴に開かれ、顔を青ざめさせた魔法先生が部屋に乱入すると、その用件を学園長に伝えたのだった。


「が、学園長! たった今湖のほうからロボットの大群が上陸を始めました!」

「な、なんじゃと!?」


 タマモはその報告を聞くと、うろたえる学園長の前に無言のまま立ちはだかる。
 そして彼女は拳を握り締めたまま振り上げ、その双眸を怒りで金色に輝かせながらいっきに拳を机の上にたたきつけるのだった。


「だから! 遅すぎたと言っているのよ!」







「結局、私達は未来を知っているアドバンテージをほとんど生かせなかったということか」

「大丈夫です、タマモさん。まだ……まだ私達は負けたわけじゃありません」


 超の侵攻開始の知らせが届いた後、タマモ達は生徒や一般来場客の誘導手配に奔走する学園長に見切りをつけ、既に戦いが始まっているであろう湖に向けて急いでいる。 
 しかし、彼女達の表情は浮かないままだ。
 なにしろ、せっかく未来を知っていたというのに、あやかの避難以外は有効な手をほとんど打つことが出来ず、場当たり的にロボット軍団との戦闘に突入することになるのだ。それだけに己に対する怒りは大きい。
 しかし、それでも諦めるわけにはいかない。ここで諦めてしまえば、未来のあやかと約束した事が嘘となる。それを理解しているが故に、彼女達は最後の望みを託して勝利のために戦場に赴く。
 タマモ達がそんな決意を秘めた時、ふとタマモと刹那は背後から自分達を追う存在に気づき、足を止めると背後を振り返る。
 そして彼女達は目撃する。未来において全てを託し、命がけで自分達を送り出した人物の姿を。


「タマモ君、刹那君。こんな所でぼやぼやしている場合じゃないぞ」

「どうしたんだい? そんな呆然とした顔をして」

「さあ、湖へ急ごう! もうネギ先生とアスナ君達は戦闘に突入しているようだ」


 タマモ達が驚愕に目を見開く中、ガンドルフィーニ、明石、瀬流彦はタマモ達の前に来ると呆然とする彼女達の手を引いて湖の方角へと駆け出していく。


「ガ、ガンドルフィーニ先生……な、なんでここに?」

「何故って、君達を手助けするために決まってるじゃないか」

「あの、生徒や一般来場客の避難誘導はよろしいのですか?」

「ああ、その件ならこれを見たまえ」


 ガンドルフィーニは走りながらポケットから一枚のチラシのようなものを取り出すと、それをタマモに手渡す。
 タマモは首をかしげながら、刹那とともにそのチラシを見つめ、二人同時にその顔を驚愕に染めるのだった。
 
 タマモ達が見たチラシの内容、それにはこんなことが書かれていた。


『雪広グループ主催、ご来場者感謝祭開催のお知らせ』



時:本日午後5時30分
場所:麻帆良学園南部森林公園特設駐車場、他4箇所
内容
1.取れたての新鮮野菜の無料配布(先着2000名様)
2.麻帆良大学農学部無農薬栽培コシヒカリ10kgの無料配布(先着2000名様)
3.麻帆良学園内限定食券100000円分(抽選にて2000名様 抽選に漏れた方は残念賞として食券1000円分進呈)
4.麻帆良戦隊マホレンジャー カードバトル大会(賞品、各種レアカードフルセット)
5.報道部協賛、麻帆良学園美少女コレクションプライベート写真集オークション(限定3セット)
6.各種ブランドバッグ、高級化粧品抽選会(1000名様)
7.大人気、モガちゃん人形展(おしゃべりモガちゃんが貴方と遊びます)


 タマモ達は無言のままチラシを穴が開くほど見つめている。
 ご来場者感謝祭というイベントの内容はなんとも庶民的なものであったが、その集客力はすさまじい。
 なにしろ『野菜』『無料』『先着順』という言葉は確実に主婦層を捉え、さらにそれに続くコシヒカリ10kgは家族連れのお父さん達を捉えて離さない。
 その上で食券で学生達の食欲を捉え、子供たちには人気のトレーディングカードや人形で釣っている。さらに、若い女性向けの化粧品や、男性向けとして美少女が多いと評判の麻帆良学園の美少女プライベート写真のオークションが行われるのだ。
 これに参加しないという手は無い、まさに水も漏らさぬ完璧な集客イベントであった。


「どうも生徒達や一般客のほとんどがこの突発イベントに流れているようでね、しかも幸いな事に会場は全て郊外だ。おかげで誘導に必要な人員は最小限ですむというわけなのだよ」

「後は誘導を終え次第、弐集院先生が後詰を率いてやってくる手筈になってるよ。さあ、早く行こうか」

 明石は苦笑しながら自分もポケットからチラシを取り出してその内容を改めて読み、瀬流彦はタマモ達を安心させるように笑うと彼女達をせかす。
 その一方でタマモは誰の主催で、どんな思惑でこのイベントを開いたのかを正確に読み取り、感極まったかのように肩を震わせると空に向かって叫ぶのだった。


「アヤカ……あんたってばほんっとうに最高よ!」







「そろそろ……始まる頃ですわね」


 視界を埋め尽くすほどの客が集まる中、ここ麻帆良学園の郊外にて急遽設置されたイベント会場の壇上であやかは静かに呟く。
 あやかの見つめる先には無数の老若男女、この麻帆良学園に来たほぼ全ての来場客と生徒達が集結していた。
 あやかはタマモと別れた後、父親はもとよりあらゆる所に連絡し、時には頭を下げてこの突発的イベントを実行に移すために尽力する。
 それもこれも全てはタマモを勝利させるためだ。
 未来のあやかの記憶でははっきりとしてないが、未来において自分が横島の足手まといなったのは間違いない。そしてそれは逃げ遅れた全ての一般人にも言えることだ。
 ならばそれを知ったあやかはどうするべきか。
 簡単である。自分を含め、足手まといになる全ての要因を物理的に排除すればいいだけのことだ。あやかはそれを可能にする手段と権力、財力を持っている以上、それを使わぬ手は無い。そして、これこそがあやかの、魔法も霊力も使えぬただの一般人としての雪広あやかの戦い方であった。
 あやかは益々ヒートアップする会場の熱気にあてられるかのように頬を上気させ、タマモ達がいるであろう空の下を見つめ、鷹のごとく表情を鋭くさせるとはっきりと宣言する。
 

「さあタマモさん、足手まといの人間は私も含めて全て遠ざけました。そして超さん、遅ればせながらこの私、雪広あやかもこの戦いに参加させていただきますわ!」


 今ここにネギ達はもとより、超すらも知らぬ15人目の戦士が産声をあげる。それはタマモと刹那以外、誰も知らない最も弱く戦えない戦士。
 しかし、その戦えぬ戦士は誰よりも強く、そして誰よりも誇り高い戦士であった。



第53話 end




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