作者注意
 以下の話は「二人?の異邦人」本編に深く関わっており、最終話まで読んでいない場合は重大なネタバレとなってしまいます。
 そのため、より楽しみたい方は本編終了後に閲覧される事をお勧めいたします。




















 これは歴史に記載されながらも、歴史から消えた物語である。

 しかし、消えたといえども、その歴史の中で人々は命のある限り千差万別の物語をつむぎだしてきた。

 さあ、今こそ語ろうではないか。確かに存在し、歴史の露と消えた一人の男の最後の姿。

 喜劇の裏に隠されし語られなかった一つの悲劇、終末の宴の始まりを――
 



二人?の異邦人IN麻帆良
第54話(裏) 『Doomsday Reverse』






「作戦はどうやら順調に行きそうネ」

「そうですね、田中さん部隊による魔法先生への牽制は順調です。また、鬼神部隊による6箇所の拠点制圧もまもなく終了します」

「残すところは強制認識魔法の発動のみ……か。ずいぶんとあっけなかったネ」


 夜空に浮かぶ飛行船の上で超とハカセは自分達の作戦の成功を確信していた。
 彼女達の目的は魔法の存在を全世界に認識させる事によって、未来を変える事。
 その実行に必要な儀式魔法を行うために彼女はハカセの協力の下、鬼神に制御機構をもうけ、6箇所の魔力拠点を制圧させたのだ。
 今、彼女を阻む物は誰もいない。
 学園の魔法先生や魔法生徒達は混乱する一般人の前で魔法を使うわけには行かず、ただ手をこまねいているだけだ。
 そして、最大の懸念であったタマモとネギは既に未来へと追いやることに成功している。
 それでも彼女は虫の知らせなのか、なにかもう一波乱あるのではと警戒していたようだが、どうやらそれも杞憂のようであった。
 彼女達が上空から麻帆良学園を見下ろしている中、ついに最後の魔力溜りの制圧が完了する。


「さあ、はじめよう……今この瞬間、歴史は変わる!」


 最後の拠点が制圧された事を確認した超は、誰もいないはずの観客達に向かって厳かに宣言すると、最後の仕上げとばかりに強制認識魔法の詠唱を始めた。
 この魔法が完成した暁には、世界は徐々に魔法の存在を認め、大混乱になるだろう。
 しかし、それこそが彼女の望み。確かに今まで気づかなかった新たな力が目の前に出てくるのだ、その混乱は激しい物となるであろう。
 だが、その熱が収まれば人類は気づくはずだ。新たなる道、魔法という名の超常の力をも利用した発展の可能性と、新たなる正しき神の教えを。
 彼女はそんな未来を夢想し、無情の喜びと共に詠唱を続けていく。
 そして30分後、ついに彼女は強制認識魔法の詠唱を完遂し、その発動を見届けると名残惜しそうに麻帆良学園を一瞥した後、後事をハカセに託して未来へと帰還することとなる。
 全てが終わった事を確信して――

 
 だが、全てが終わったはずのイベントは、まだほんの序章にすぎなかった。









「ちくしょう、いったいこれはどういうことだ?」


 横島はいつになくシリアスな表情に焦りを浮かべ、周囲を見渡していた。
 しかし、そんな彼の周囲ではそこかしこから悲鳴が聞こえてくる。
 これは尋常ではない。
 たしかに、ついさっきまで悲鳴は聞こえてきていた。主に脱げビームをくらった美女、美少女限定で。
 だが、今聞こえてくる悲鳴はそんな恥かしさから来る悲鳴なのではない。まさに、人が命の瀬戸際に発する絶望の悲鳴であった。

 今、この麻帆良学園で何が起こっているのか。
 それを単純に言えば、超が操るロボット軍団の暴走である。事実、鬼神の頭上で特等席とばかりに下着姿の美女達を堪能していた横島は、突然鬼神に振り落とされたのだ。
 横島はその原因を問いただすべく、超に何度か通信を送っているが、何故か返答は帰ってこない。
 この段階で超は既に麻帆良におらず、そしてハカセが完全に予想外の事態にパニックに陥り、とても返答できる状態ではない事を横島は知らない。
 そして、彼が呆然としているうちに周囲は阿鼻叫喚の様相を呈していく。
 魔法先生達は今もって尚、状況を把握していないせいで魔法を使うわけには行かず、少ない人数を総動員させて一般生徒や来場客を誘導する事しか出来ない。
 だが、横島は違った。彼は霊能者であり、魔法使いではない。オマケに元々超常現象の秘匿と縁遠い世界にいた男だ。
 そんな彼が助けを求める美女、または美少女を見捨てるだろうか。いや、否である。
 故に彼は文珠をはじめとした霊能力全開で助けを求める美女や美少女、そして子供達を優先的に、そしてそのオマケとして男達の危機を救っていく。
 だが、所詮は横島一人、いくら健闘しようとやがて限界が訪れる。既に彼は4体にものぼる鬼神を『痛』の文珠で屠り、幾多のロボット軍団を破壊という、美神たちが聞いたら天変地異の前触れかと大騒ぎするほどの大活躍をしている。しかし、その代償として横島の精神と体は既に満身創痍、気を抜くとそのまま倒れてもおかしくはない状態だ。 
 そして、周囲には自分を危険と判断したのか、雲霞のごとく湧き出る田中さんや多脚戦車に埋め尽くされ、すでに脱出も適わない。まさに八方塞という状態である。
 横島はこの段階で自分に似合わぬ活躍をしすぎたかと思わず後悔するが、すでに後の祭りだ。
 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。諦めたらそこで試合終了どころか、下手をしたら命が終わってしまうのだ。それだけに横島は真剣に脱出を図ろうとしていた。
 そしてちょうどそんな時、横島の耳に少女の悲鳴が聞こえてきた。
 横島は反射的にその悲鳴の聞こえてきたほうに目を向ける。すると、そこではあやかが鬼神によって破壊された建物の破片により、埋め尽くされようとしてる。
 それを見た瞬間、横島はストックの中から即座に文珠を取り出すと『転移』と込める。すでに文珠は残り少ないが、今ここで使うのを躊躇するわけには行かない。
 そして文珠が発動したと同時に、横島は新たな文珠を取り出すとそれに『防』と込めるのだった。




 あやかはつい先ほどまでタマモ達を探しつつ逃げ遅れた子供たちを誘導していた。
 しかし、それに熱中するあまり自分も逃げるタイミングを逃してしまい、頭上から降り注ぐ瓦礫に思わず悲鳴を上げて目を瞑る。
 頭上から自分に迫る大量の瓦礫の山、とてもではないが逃げ切れる物ではない。そんな状況に思わず死を覚悟したあやかであったが、いつまで待っても瓦礫が降り注いでこないのに気づき、そっと目を開ける。
 すると、まるで自分をかばうかのように、空に向かって手を広げた男の背中が視界一杯に広がっていた。

 
「よ、横島さん!?」

「ふう、なんとか間に合ったか……」
 
 
 あやかは横島が自分を助けた事に気づくと、思わず気の抜けた声を上げながら地面にへたりこむ。
 しかし、あやかはこの時ふと気づいた。
 よく見れば横島の服はそこかしこが破れ、血が滲んでおり、特に左肩の部分にいたっては服が血でドス黒くなっていることを。


「横島さん、そのケガは……まさか私を助けるために!?」

「いや、これはその前からだ。それにかすり傷だしな。心配無用……とは言え、ちと厳しいか」


 あやかは口元を押さえ、驚愕に目を見開きながらも横島の傷口に手を当てようとする。
 横島はそんなあやかに向けて大丈夫だと笑顔を見せるが、あいにくと額に浮かぶ脂汗がそれをやせ我慢だと告げていた。
 あやかは横島の変わり果てた姿に思わず目眩がしそうになるが、気丈にもそれを無理矢理押さえつけると、何も言わずに着ていた服の袖口を破き、左肩の傷口に包帯のように巻きつけていく。
 

「……ツッ!」

「少し我慢してください。この出血量で放って置いては危険ですわ」


 あやかは痛みで顔をゆがめる横島にそう告げると、傷口を少しきつめに縛っていく。


「とりあえず、これでしばらくは大丈夫だと思いますわ」

「ああ、ありがとうあやかちゃん」

「このぐらい、助けていただいた事に比べたらたいしたことはございませんわ……あの、ところでタマモさん達はご一緒じゃありませんの? それにネギ先生は……」


 あやかは横島への応急処置を終えると、今日一日ずっと姿を見せていないタマモのことを問い詰めていく。
 すると横島は少しだけばつが悪そうな顔をして大きくため息をついたが、すぐに顔を上げると頭をかきながらそれに答える。


「あーなんというか、朝から会ってないんだが……」

「そ、それじゃあ一刻も早く探さないと!」

「い、いや大丈夫……一応タマモ達はネギも含めてある意味一番安全な場所にいるはずだ」

「あの……それはどういうこでしょうか?」

「ぶっちゃけた話をすると、タマモ達は今……って文珠ー!」


 横島があやかに答えようとしたとき、建物の反対側から鬼神が姿を現し、その巨大な足でもって横島達を踏みつけんとばかりに足を振り上げるた。
 横島はそれに気づくとあやかを押しのけ、反射的に文珠を意識下から取り出すとそれを鬼神へと投げつける。
 すると、鬼神は文珠が発動したと同時に一瞬動きを完全に止め、全身をガタガタと震わせた後にまるで空気に溶けるかのように姿を消していった。


「こ、これはいったい……よ、横島さん!?」


 あやかは呆然と消えていった鬼神を見つめていたが、ふと気を取り直すと横島に視線を向ける。
 するとそこにはどういうわけかまるで全身を襲う激痛に耐えるかのようにやや内股気味になりつつ、同時に何故か片手で尻の部分を押さえている横島がいた。


「い、今のはやばかった……というかなんで俺は『葱』って込めちまったんだ?」
 

 横島は額に脱水症状になってもおかしくないほどの大量の脂汗を浮かべつつ、それでも気丈に立ち上がる。
 その姿はまさしく傷つき倒れても尚立ち上がるヒーローそのもの。ただし、お尻を押さえているのがちょっぴり情けない。
 ともあれ、肉体的にも精神的にも既に限界を超えていてなお、立ち上がった横島は改めて周囲を見渡し、残る鬼神があと1体であることを確認する。
 それと同時に嫌な記憶を振り払うように頭を振ると、呆然とした様子のあやかに振り向いた。


「ふう、さっきの質問だがとにかくタマモとネギ達は安全だ。というわけで、あやかちゃんは事態が収まるまでここでじっとしててくれ。それと追加の文珠な、危ないと思ったら迷わず使ってくれ」


 横島はあやかにそう告げると、すでに残り少ない文珠の一つに『護』と込めて手渡し、あやかが引き止める間もなく駆け出していく。
 横島としては正直後の事は魔法先生たちに丸投げしたいところなのだが、現実問題で自分が一番自由に動ける事を理解しているだけに、逃げるわけにもいかない。だからこそなけなしのシリアス分を消費しつつ、美女を救うヒーローとなるべく鬼神のもとへと向かうのだった。
 だが、横島は後にこの時の行動を最後まで後悔する事となる。





「あ、ちょ! 横島さーん!」


 あやかは説明もそこそこに駆け出していく横島の背中に声をかけるが、横島に届いていないのか彼は振り向く事もなく鬼神の下へとむかっていく。
 そして横島の背中が建物影に消えてしまうと、あやかは手にした文珠を見つめながら大きくため息をつく。


「まったく、けっきょくタマモさん達がどこにいるかわかりませんでしたわ。まあ、横島さんがああ言う以上、安全なのでしょうけど……それにしても、凄いですわね、この結界は……」


 あやかは自分を包み込む防御結界の桁外れな強靭さに思わず驚嘆する。なにしろ、先ほどからパラパラと落ちてくる瓦礫や、田中さん達の脱げビーム等の攻撃を完全に無力化しているのだ。
 いかくらあやかが魔法関係についての知識が無いとは言え、その強靭さに舌を巻くのも仕方が無いことだろう。
 ともあれ、タマモ達の居場所についての情報は手に入らなかったが、安全である事は確かなようだし、自分もこの中にいる限りは安全である。
 あやかはそう判断すると、とりあえずそこら辺の瓦礫に腰掛けながら周囲を見渡していく。
 見れば自分の向かい側の建物もかなり脆くなっていそうだ。このままここにいてはあの建物が崩れた場合、瓦礫が飛んできそうだと気づき、思わずこの場から移動しようと再び立ち上がる。
 だが、改めて考えればここにいる限り安全なのだからその必要も無いわけであり、その事に気づいたあやかは苦笑しながら再び腰を下ろそうとする。
 しかし、そんなあやかの耳に、どこからか子供の泣き声のような声が聞こえてきた。
 あやかはその声に気づくと周囲を見渡し、泣いている子供を見つけようとする。そしてあやかは気づく、その声は今にも崩壊しそうな建物の入り口から聞こえてくる事を。

 後はもうなにがなんだかわからなかった。
 あやかは気がつけばあれほど横島に出るなといわれた文珠の結界から飛び出し、今まさに崩れ落ちようとしている建物に駆け込んでいく。
 彼女を取り巻くのは強靭を誇った建造物の断末魔の悲鳴と、涙のごとき瓦礫。
 あやかは一歩間違えれば瓦礫が直撃する中を、ただひたすらに子供の泣き声を探してさまよっていく。


「あ、あれは……」


 そんな中、あやかはついに階段の下で泣いている小学3年生ぐらいの少年を見つけた。


「さあ、もう大丈夫ですわよ」


 あやかはただひたすらに泣いている少年に駆け寄ると、少年を守るように抱きしめる。するとその少年はようやく感じられた人肌と、あやかの母性に安心したのか徐々に泣きやんでいった。
 あやかは少年を抱きしめたまま、少年が落ち着くのをひたすら待つ。しかし、いつまでもここでこうしているわけにはいかないだろう。
 たしかにこの階段の下は瓦礫が落ちてこないが、すでに階段そのものからコンクリートの破砕音が聞こえてくる。おそらくそう遠くないうちにこの階段は崩れ去る事になるだろう。
 あやかはそう判断するとようやく落ち着いてきた少年を強く抱きしめ、出口の方向を見る。
 出口までの距離は20mも無い。子供を抱えているとは言え全力で走ればすぐに脱出する事が出来るだろう。
 あやかは抱きしめた少年に不安を与えないように微笑みかけると、瓦礫から守るように抱え込んだ状態で立ち上がった。


「さあ、私と一緒にここから出ましょう」


 正直、あやかは今にも気を失いそうなほど恐怖を感じている。
 しかし、それでも彼女は微笑を絶やさない。
 今この少年を助ける事が出来るのは横島でも刹那でも、ましてやタマモではない。自分にしかできないのだ。
 あやかは精一杯の勇気を振り絞り、少年を抱えながら出口へと歩もうとする。しかし、いかにあやかと言えども少年を一人抱えて足場の悪い床を走るのは不可能だ。
 故に彼女は少年を守りながら、一歩一歩確実に出口へと向かう。
 あやかが歩を進めるたびに、新たな瓦礫が彼女のすぐ脇を掠めていく。今まで幸運にもその瓦礫はまるであやかを避けるように落ち、彼女への直撃はない。
 しかし、そんなあやかの幸運もそこまでだった。
 出口まであと10歩、そこがあやかの幸運の限界だった。
 今、あやかの目の前で出口を塞ぐかのように天井から巨大な梁が落下し、それによって支えを失った天井がまるでスローモーションのようにあやかに降り注ぐ。


「くっ……ここまでですの……でも、せめてこの子だけでも!」


 あやかは無駄と知りつつも、それでも少年だけは『護』ろうと少年に覆いかぶさるようにして地面に伏せる。
 するとその瞬間、あやかの思いに反応した文珠『護』が発動し、轟音と共に降り注ぐ瓦礫を防いでいった。
 そして3分後。


「た、助かったんですの?」


 完全に崩壊し、ただの瓦礫の山となった建物の跡地にあやかはふらりと立ち上がる。
 周りを見渡せば自分達を中心にして、半径1.5mに渡って綺麗に瓦礫が避けられていた。


「ほ、本当に死ぬかと思いましたわ……そうだ、あの子は!?」


 あやかは自分が助かった事に安心したのか、力尽きたようにへたり込みそうになったが、少年の事を思い出すと地面に倒れたままの少年の安否を確認する。


「よかった……気絶しているだけみたいですわね。でしたら今の内に誰か助けを……」


 あやかは少年に目立った外傷が無い事に安堵すると、再び立ち上がると助けを呼ぶために結界の外に出る。
 このまま少年を放って置くのは心配だが、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。そのためにも誰かの手助けを得るために、手が傷つくのもかまわずに瓦礫をどけながら道を作っていく。
 そして――


「へえ……これは君のアーティファクトなのかい? かなり珍しい力を持っているね」


 ――次の瞬間、あやかの意識は漆黒の闇に包まれたのだった。









「さ、さすがに限界や……ちゅーか、他の魔法先生達はなにやっとんのじゃー! はよー助けんかーい!」


 横島はあやかと別れた後も、まさに獅子奮迅の働きで女性を中心に救助活動を行っていた。しかし、いかに横島の体力が常識外れとは言え、やはり限界がある。
 事実、横島の息は荒く、たった今多脚戦車を切り飛ばした栄光の手も出力が弱まっている。
 しかし、いかに限界が近かろうとも麻帆良に溢れる暴走ロボットの数は多く、その親玉とも言える鬼神も最後の一体が残っているのだ。弱音ばかりを吐くわけにはいかない。
 それになによりも、美女や美少女たちの危機なのだ。この程度の疲労で引くわけにはいかない。
 横島は煩悩を入れなおし、危機に陥る美女や美少女のために立ち上がる。野郎はあくまでもオマケだ。
 だが、横島が今まさに駆け出そうとした瞬間、彼の背後からピシャリと一滴の水音が響き渡った。
 横島は背後から水音が聞こえてきたと同時に、言い知れぬ寒気を感じ、反射的にその場から横っ飛びに飛び退る。
 すると、つい先ほどまで横島がいた大地を3本もの石の槍が貫いたのだった。


「なかなか素早い反応だね……」

「貴様……あん時の白ガキか!?」


 石の槍を間一髪で避け、背後を振り向いた横島が見た物は、修学旅行で自らを死の淵に追いやったあの白髪の少年であった。ただし、その顔の半分は何故か焼け爛れている。
 横島は少年からいっきに距離を取ると、栄光の手を構えて警戒する。
 
 
「白ガキとはずいぶんだね、これでも一応フェイトという名前があるんだけど」

「やかましい! 将来美形一直線の貴様なんぞの名前を覚えるほど俺の記憶領域は余ってねーんだよ! つーわけで、貴様は白ガキで十分だ!」

「……まあ、確かに君はバカっぽいしね、僕の名前も覚えられないようじゃ、脳の容量もフロッピーディスク程度かな?」

「どうせ俺はバカっぽいわ! というかいくらなんでもフロッピーはねえだろー!」

「……5インチかな?」

「どちくしょー!」

 
 周囲の建物が崩壊し、更地となった空間でフェイトと横島の二人は油断なく対峙していた。
 横島としてはフェイトが自分よりはるかに強いという事を知っているだけに、少しでも優位に立とうと心理的な揺さぶりをかけようとする。しかし、フェイトはむしろ嬉々として横島の揺さぶりを切り返して痛烈なカウンターを決めてしまうほどだ。


「と、ともかく……貴様いったいなんの用だ。こっちはただでさえでも美少女の危機に、似合わんシリアス分を使い尽くしてんだ、出来れば一昨日……来てくださると非常に助かるものと愚考いたしますです、はい」


 横島は自分がいかにバカであるかを自覚している。とは言え、こうまであからさまに、しかも美少年に罵られてはたまった物ではない。
 まあ、ここで美少年に罵られて喜ぶような性癖を持っていないのでまだましなのだろうが、脳みその中身が5インチフロッピーディスクとはあまりではないだろうか。
 横島はそんな思いに捕らわれながら、とりあえず精神衛生上のためにフェイトの発言をスルーし、再び油断なく栄光の手を構えてフェイトを問いただそうとするが、あいにくとフェイトに指先を向けられただけであっさりとヘタレてしまっていた。
 横島とフェイト、その力のヒエラルキーは修学旅行の段階ですでにトラと家猫ほどもあったが、今フェイトはとある事情でその実力をいっきに跳ね上げているため、像とアリほどの力の差がある。横島は弱き者としての本能故か、その実力差を正確に読み取ったのであった。
 

「そんなに脅えなくても、僕の聞きたい事に答えてくれたらすぐにでも退散してあげるよ」

「本当だろうな? 嘘だったら泣くぞ!? それはもう子供のように大声で!」

「ほ、本当になんでこんなバカがスクナを倒せたんだろうね……一応君に対しても警戒していたのがバカらしく思えてくるよ……」


 フェイトはあまりにも情けない横島の仕草に思わず頭痛を覚える。
 目の前で涙を浮かべながら脅えまくっている男は、たしかに京都であのスクナを滅ぼした男のはずだ。しかし、今のこの仕草を見る限りあの時見たのは何かの幻ではなかったのではないかとすら思えてくる。
 ともあれ、いいかげんこのやりとりもウンザリしてきたので、フェイトは本題に入る事にした。


「とにかく、僕の聞きたい事は一つ……タマモとかいったあの九尾の狐の娘はどこ?」


 その瞬間、確かに空気が凍りついた。
 フェイトは目の前で今にも土下座して靴を舐めるといった行為を敢行しかねいなかった男が、いっきにその体にまとう空気を変えたのを面白そうに見つめる。


「タマモ……だと?」

「そう、今朝からずっと探していたんだが見つからなくてね……おかげで彼女をいぶり出すためにこんな大掛かりなマネまでしたのに、一向に出てこないんだよ……ねえ、彼女がどこにいるか教えてくれないかな?」

「まさか……まさかこの惨状はお前が……」

「今頃気づいたのかい? まあ、強制認識魔法が発動したおかげで、魔法が公になって世界が混沌と化すのはもはや時間の問題、だったら鬼神が暴れまわる程度、別にたいした事じゃないじゃないか」

「て、てめえ!」


 横島は一瞬でフェイトとの距離を詰めると、栄光の手をフェイトに振り下ろし、不快極まる彼の口を塞ごうとする。
 しかし、フェイトは特に動きを見せることなく、ポケットに手を入れたまま障壁のみで横島の攻撃をいとも簡単に防ぐのだった。
 

「交渉は決裂……かな?」

「なにが交渉だ! たとえ知っててもタマモの事を貴様に教える気など、神父の髪の毛ほどもないわ!」


 横島は攻撃が障壁で防がれたのにも関わらず、それに怯むことなく全霊力を栄光の手に収束して障壁ごとフェイトを押し込もうとする。
 すると、栄光の手の力が障壁の力を上回ったのか、やがてじりじりとフェイトの障壁が押し込まれていく。
 フェイトは自身の障壁が押し込まれているのに気づくと、少しだけ目を驚いたように見開く。
 そしてついに障壁が破られ、フェイトは間一髪で栄光の手から逃れる。しかし、横島の渾身の攻撃はフェイトに確かに届き、火傷を負っていない方の頬を浅く傷つけた。


「なるほど、今の僕の障壁を上回るか……やはり君は警戒に値するようだね」


 フェイトは改めて横島を脅威と認識したのか、先ほどまでとはまとう空気を一変させると同時に、赤い線の入った頬に手を当てる。
 そして、手についた血をペロリと舐めると、静かに水の中にその姿を消そうとした。
 当然横島は逃がすまいと追撃を仕掛けるが、後一歩遅かったのか、その剣はむなしく空を切った。


「ちくしょう、ドコへ行きやがった……まさか逃げたか?」


 横島は左手に文珠を手にしたまま、油断なく周囲を見渡す。
 すると、突如として背後から水音が響き渡った。


「そこじゃー!」


 横島はふり返りざまにフェイトを叩き切らんとばかりに、全霊力を込めて霊波刀を振り下ろす。
 しかし、そんな彼の渾身の一撃もフェイトに届く事はなかった。


「……おしい、もう少しだったね」

「よ、横島さん……ごめんなさい……」

「あ、あやかちゃん!?」


 横島が放った攻撃は確かにフェイトに届かなかった。しかし、それはフェイトに防がれたからではない。
 横島は自らの手で、フェイトの手の中で脅えるあやかの寸前で霊波刀を止めたのであった。


「ちっくしょー! てめえ卑怯だぞ!」

「……少なくとも君にだけは言われたくないね。ヘルマンの話だと、君は躊躇なくネギ君を人質にしたそうじゃないか」


 横島は霊波刀を引き戻し、一瞬でフェイトから距離を取りながら泣き叫ぶ。
 しかし、いくら情けなく泣き叫んだところであやかが人質に取られている事には変わりはなかった。
 

「さて、とりあえずもう一度聞こうか……あの九尾の狐はどこだい? あ、それと君が持つ文珠とか言う不思議なアーティファクトをもらおうか……言う事を聞かないと……分かっているよね?」

「く……」


 フェイトは悔しそうに顔をゆがめる横島を見据えながら、あやかの首筋に氷の剣を突きつけている。
 フェイトの目は冷酷そのものであり、横島がおかしな行動を取れば間違いなくあやかは無事ではすまない。
 横島は歯軋りをしつつ、意識下から文珠を三つ取り出すとそれをフェイトに見せる。


「なるほど、これが彼女が言っていた文珠か……魔力は感じないけど、なにか不思議な力を感じるね……じゃあ、それをこっちに投げてもらおう」

「ち、わかったよ……ただし――」


 横島は悔しげに文珠を握り締め、観念したかのように悔しそうに顔をゆがめるとその顔を隠すようにうつむかせる。
 しかし、横島が素直にフェイトの言う事を聞くはずがない。
 横島は握り締めた拳の中で、文珠に『超加速』と文字を込め、それを発動させたのであった。


「――あやかちゃんは返してもらうけどな」

「な!?」


 それはまさに一瞬の出来事であった。
 フェイトは先ほどのやり取りで横島がただのバカではないと認識を改め、十分な警戒をしていた。しかし、それにも関わらず気がついた時には手の中にいたはずのあやかがいつの間にか横島に奪還されていた。


「これは……瞬動術? いや、その程度で僕が出し抜かれるはずが無い……いったいこれは……」

「ふう、ちゃんと発動するかどうかは賭けだったけど、なんとかうまくいったか……」


 フェイトは横島の謎の力に戸惑い、呆然としていた。
 その一方で、横島はなんとか文珠の三文字制御に成功したのに安堵したのか、左手でしっかりとあやかを抱き寄せながら額の汗をぬぐう。
 しかし、そんな横島の表情は次の瞬間に苦痛に歪んだのであった。
 

「ぐは……あ、あやかちゃん?」


 横島は突如として顔を歪め、助けたはずのあやかを突き飛ばした。
 よく見れば、あやかは先ほどまでと違って目を虚ろにさせ、いつの間に手にしていたのだろうか、彼女の手には横島の血で真っ赤に染まったナイフが握られている。


「どうやら、保険をかけておいて正解だったみたいだね」

「くそ……洗脳……いや、幻術か?」

「そういうことだよ。僕はちょうど最近幻術を覚えてね、ためしに彼女にかけてみたんだよ……どうやら大成功みたいだ」


 横島はあやかによって刺されたわき腹を押さえながら、フェイトを睨みつける。
 わき腹から流れる血の量はかなりのもので、すでに横島の服はもとより止血のために押さえつけている手も真っ赤だ。
 正直、即座に『癒』の文珠を使って怪我を治すべきなのだが、あいにくとフェイトの幻術に捕らわれているあやかの攻撃を避けるのに忙しく、とてもそんな暇は無い。


「ちょ、あやかちゃん正気に……くそ、やむをえんか」


 横島は傷口に顔をしかめながらも、まずはあやかを救う事が重要だと判断し、わずかな隙を突いて文珠に『覚』と込めるとそれをあやかに突きつけた。
 すると、あやかは急に動きを止め、手にしたナイフを取り落とす。
 横島の目の前で、文珠のおかげで幻術から解放されたはずのあやかの瞳に徐々に理性の光が見え始める。
 しかし次の瞬間、あやかは驚愕に目を見開きながら自らの手を信じられないという風に見つめ、泣き叫びだしたのだった。


「え……私は、私はなんと言うことを……横島さん、私……私……いやぁぁぁぁー!」

「な!? しまった、幻術に捕らわれてた間の記憶があるのか!?」


 横島は自らの傷を治療することも忘れ、泣き叫び混乱するあやかを取り押さえようとする。
 しかし、 あやかはただ「ごめんなさい」と泣くだけで、落ち着く気配は一向に見えない。
 このままではあやかの心は壊れる。そう判断した横島は既に残り二つとなった文珠のうちの一つを取り出すと、それに『忘』と込めてあやかに突きつけた。
 すると、あやかは先ほどまでの混乱が嘘のようにしばしの間呆然とする。


「……あ、私はいったい何を……ここは?」


 横島はあやかの記憶の消去に成功したのを確認すると、少しだけ気を緩め、改めて最後の文珠を呼び出してそれに『癒』と込めようとする。
 しかし、その一瞬の気の緩みが最初の悲劇を生み出す事になった。


「ありがとう、君のおかげで彼のことがだいぶ分かったよ……じゃあ、もう君は用済みだから退場してくれないかな?」

「え……」


 それは一瞬の出来事だった。
 おそらく瞬動術であろうが、フェイトは横島が知覚するよりも早くあやかの懐にもぐりこむと、その手のひらをあやかに向けると視界を多いつくすほどの光があやかを包み込んだ。
 

「あやかちゃん!」


 横島はあやかを助けようと手を伸ばす。
 しかし、あやかは横島の目の前で光に飲み込まれていく。そして、その光が収まった後には、あやかの姿はどこにも無かった。


「あ、あやか……ちゃん」 


 横島はわき腹から血を滴らせながら、あやかがさっきまでいたはずの場所に立つ。
 そこには先ほどまであやかがいたという痕跡などかけらも残っていない。まるであやかが最初からいなかったように。
 しかし、横島は霊能者であるが故に、あやかの霊体の叫びを聞き、あやかが肉体も残さずこの世から消え去った事を理解してしまった。


「瞬間移動に幻覚からの覚醒、そして記憶の消去、その上洒落にならないくらい強力な結界……どうやら君のアーティファクトはかなり厄介なようだね」


 フェイトは呆然とする横島に向けてサディスティックな笑みを浮かべながら、ただ淡々と横島の文珠の能力を検証していく。
 横島はその声に反応したのか、目を憎しみと怒りに染めながらフェイトのほうへと向き直る。


「なんで……なんで殺した……」

「何故と言われてもね……九尾の狐の行方については諦めるとしても、それ以外の情報は手に入れたから用済みだし、後は今の僕の力がどの程度なのか把握するためにも、怒りで力を底上げした全力の君と戦ってみたいと思ったから……じゃいけないかい?」


 ――ヤツはなんと言った。

 ――必要な情報は手に入れた? 彼女は用済み? 怒り狂う俺と戦ってみたかった?

 ――たった……たったそれだけのためにアイツはあやかちゃんを殺した……

 ――いいだろう、そんなに戦いたければ戦ってやる。ただし、その代償は貴様の命だ!


 横島の頭の中は現状を把握していくたびに徐々に怒りに染まっていく。
 そして、その怒りが頂点に達し、溢れる煩悩すら凌駕した瞬間、横島の中で何かが――


「貴様……貴様だけは絶対に許さねー!」


 ――切れた。












「俺って……時々ほんっとうにすげーな……」


 あれからどれぐらいたったであろうか、すでに学園結界が復活したのか、最後の鬼神は消え、大地に伏して完全に事切れたフェイトを見下ろしながら呆然と呟く。
 完全に頭に血が上り、どうやって戦ったのかすら覚えてはいないが、気がついたらフェイトは横島の足元で物言わぬ骸と化していた。
 おそらく、とどめは霊波刀によるものだろうか、フェイトの右肩から左わき腹にかけて袈裟懸けに切り裂かれている。
 横島はそんな変わり果てたフェイトを見つめながら、いつもとは違い、血のような真っ赤な色をした栄光の手を見つめた。


 ――ドサ!


 横島は自らの命が失われていく気配をヒシヒシと感じる。
 既に限界を超えていたのであろう、横島はフェイトのすぐそばで糸の切れた人形のように倒れ伏す。
 横島の体にはあやかのつけた傷だけでなく、数多の穴が開き、左腕は戦闘によってなのか、肘から先が切り飛ばされている。
 正直、何故これで生きているのか不思議なくらいなのだが、横島の無尽蔵とも言える生命力はいまだにその体に命の息吹を吹き込んでいた。
 しかし、それももはや限界であろう。
 流れ出す血と共に、彼の生命力は目に見えて衰えていく。


「あかん……もう、限界や……このままだと確実に死ぬ」


 横島はそう呟くと、最後に残された煩悩を振り絞り、まるで雑巾に残された水気の最後の一滴まで搾り取るかのように霊力をかき集め、かろうじて新たに文珠を作り出していく。
 後はこれに『癒』と込めて発動させれば、何とか命は助かるだろう。
 横島はなんとか最後の文珠が間に合った事に安堵しつつ、それを発動させようとする。
 しかしその瞬間、横島の耳に少女のか弱い泣き声が聞こえ、その動きを止めた。
 横島は自由になる首だけを動かし、声が聞こえた方を向く。すると、横島とフェイトの戦いの余波で崩れようとする建物のそばで動けず泣いている小学3年生くらいの少女がいる。
 横島が置かれた状況、それはフェイトに捕まる前にあやかが遭遇したのとまったく同じ状況だ。
 文珠を自分に使えば、自分は助かる。しかし、そのかわり危機にひんしている少女は瓦礫に押しつぶされ、助かることはないだろう。そして、その逆もまたしかりである。
 となれば、横島のとる行動はただ一つである。
 横島はほんの一瞬だけ文字の入っていない文珠を見つめ――


「……つくづく、こんなの俺のキャラじゃねーよなー」


 ――『護』と込めると最後の力を振り絞って少女へ向けて投げつけたのだった。








「横島君、しっかりしたまえ!」


 ガンドルフィーニ、明石、瀬流彦の三人は一般生徒達の救助や誘導を終え、ただ一人で戦っていた横島の救援のために戦場へと急行していた。
 しかし、ガンドルフィーニが到着した時はすでに全てが終わっており、そこには横島の文珠によって守られ、気絶している少女と、骸になったフェイト、そして瀕死の状態の横島がいるのみだ。
 

「……ガン……ドル先生……」


 横島はガンドルフィーニ達が来たことに気づいたのか、閉じていた目を開ける。
 しかし、その瞳に宿る生気はすでに乏しく、横島の命がまさに失われようとしているのをガンドルフィーニ達に伝えるのみであった。


「あの子は……大丈夫……」

「ああ、無事だ。今は気絶しているようだが、君のおかげで特に怪我もない」

「そうっすか……俺らしくない選択だったけど、無駄にならなくてよか……ぐはっ!」


 横島は少女が無事と聞き、少しだけ安心したような表情を浮かべたが、ふいに吐血すると顔を苦痛に歪める。


「いかん! 瀬流彦君、すぐに治癒魔法使いの手配を! 私達の治癒魔法では追いつかん!」

「これは……さすがに死ぬかな? なんとなくわかるんすよ……俺はもう助からないって……こういうの二度目っすから……」

「しゃべるんじゃない! 今治癒魔法の使い手がこちらに向かっている、だから……」

「あははは……正直心残りありまくりなんすけどね……せめて死ぬ前に美人の姉ちゃんがいっぱいの楽しいところで豪遊とかしたかった……」

「大丈夫だ、君は助かる! だから、治ったら私のおごりで一緒に行こうじゃないか!」

「はははは、約束っすよ……」

「ああ、約束だ……だから君も……」


 ガンドルフィーニと明石は必死の形相で横島に治癒魔法をかけていく。しかし、すでに横島の失血量は通常の致死量をはるかに超えており、魔法の効果もあまりない。
 それでも二人は冷静な部分が無駄だと告げているのにもかかわらず、魔法を使う事をやめない。
 その一方で、横島は自分が死ぬ事を不思議なぐらいあっさりと受け入れていた。
 横島は自分の性格ならば、死ぬ前に盛大にわめき散らし、それはもう見苦しい最後となると思っていたのだが、何故か心はひどく落ち着いている。
 確かにガンドルフィーニに向けて言った事ではないが、心残りはありまくりだ。それでも横島はあやかの仇を討てた事、そして未来ある美少女を救えた事に満足していたのである。
 しかし、死を受け入れようとする横島の心に、一つだけ心残りが浮かぶ。
 それは、今未来にいるであろうタマモと刹那を悲しませるであろう事に気づいたからであった。
 だから横島は心の中でタマモ達に謝ろうとする。
 しかしその瞬間、横島の脳裏に淡く光る蛍の光のようなものが瞬くと、横島は自分の間違いに気づく。


 ――ああ、こんなのは俺のキャラじゃないよな……俺は俺らしく、ルシオラ……サンキュ。


 今まで自分はどんな時でも最後まであがき、泥をすすっても生き残ってきた。それがどんなに醜く、無様であろうとも、だ。
 ならば、今自分がすることは生き残るための努力だ。
 しかし、いかに横島があがこうと霊力を使い果たし、文珠も無い横島が助かるすべは無い。たとえどんな横紙破りをしようと、横島の死は覆ることはないのだ。
 だが、横島はそれでもあきらめない。そして、薄れていく意識の中、横島はついにある一つの方法に思い至る。
 横島はその方法を実行するため、最後の力を振り絞って目を開ける。


「ガンドル……先生……タマモと……刹那ちゃんに伝言を……頼めますかね」

「待ちたまえ、伝言ではダメだ。君が……君が自分で伝えるんだ!」

「それは無理っす。なんかこう、目も見えなくなってきた……だから今の内に……今日から一週間後の未来に時間移動してくるアイツらに……アイツらがこの時間に帰って来られるように……」


 横島はガンドルフィーニの肩をがっしりとつかみ、血が溜まったせいで酷く喋りにくい舌を必死に動かす。
 横島が生き残る最後のあがき。それは自らの死を受け入れること。
 一見ひどく矛盾した事ではあるが、実はそれこそがこの策の肝だ。
 ならば、なぜ死を受け入れることが横島の死を回避することになるのか。それは未来にいるタマモ達に全てがかかっている。
 横島はタマモ達が今から一週間後に麻帆良学園に帰ってくることを知っている。ならば、そこで横島の死を知ったタマモ達がどんな行動をするであろうか。
 悲しみに暮れ、塞ぎ込むのかか。それとも横島の死を受け入れ、その悲しみを乗り越えて未来へと歩みだすのか。
 横島はそのどちらも違うと考える。
 タマモと刹那、そしてタイムマシンを持つネギなら、横島とあやかの死を認めるはずがない。必ずその悲劇を変えるべく、どんな手段を使ってでも元の時間に戻って来ることだろう。となれば、今ここで横島が死のうと歴史を変えれば死を免れる事ができるのだ。
 ならば、今ここで横島がタマモ達に残す言葉はただ一つ。
 横島は最後の力を振り絞り、動かぬ舌を懸命に動かしながらタマモ達へ全てを託す言葉を残す。


「早く……帰ってきて・・・・・・こっちを手伝いやがれ……これ以上の・・・・・・シリアスは……俺には・・・・・・似合……わ……ん」


 全てを未来に託した横島の手はガンドルフィーニの肩から離れ、ゆっくりと地面に落ちる。
 それがただ一人で戦い、最後まで死を諦めなかったこの世界唯一の霊能者、横島忠夫の最後の姿であった。


 その後、ガンドルフィーニ達は横島を人知れず埋葬すると、英雄として死した横島から受け取った言葉をタマモ達に伝えるため、与太話にすぎない時間移動について調査していく。
 そして一週間後、彼らはエヴァの家の前でただ静かに待っていた。


「あれから一週間、どうやらタマモ君達は横島君の言うとおり、ちゃんと帰ってきたようですね」

「……行きましょう、横島君の最後を伝えるために」

「そして、この悲劇に包まれた歴史を変えるために、全てを彼女達に託そう。私達はそのために惜しむ命など無い」


 ガンドルフィーニ達は扉の向こうで嘆き悲しむタマモ達へ向け、横島との約束を果たすためにその扉を開ける。
 彼らは最後までタマモ達を守り、全てをタマモ達に託してその命を散らしていくことになる。だが、それこそが彼らの本懐であった。







 本来の時間へ帰ったタマモ達は横島が言外に伝えた信頼に完璧をもって応え、悲劇しか残らぬ歴史を変えていくことになる。
 しかし、確かにタマモ達が帰ったことによって歴史は変わったのだが、あやかが殺され、横島が死んだ歴史は確かに存在したのだ。
 ならば、その歴史はいったいどうなったのであろうか。
 普通に考えるなら、そのまま歴史は進み、魔法が公となった世界で新たな歴史を紡いでいくことになるはずだ。
 しかし、タマモ達が変えた歴史の先、あの学園祭から一週間後に一つの奇跡となってその答えは示されることになる。


「さあ横島君、今夜は約束通り僕のおごりで君好みのいい娘がいる店で飲み明かすぞ」

「あれ、そんな約束しましたっけ? でも、確かにしたような気も……」


 ガンドルフィーニと横島、あの悲劇の中で交わされ、果たされることのなかった最後の約束は、歴史の融合という形で彼らの中に生きていたのであった。



 第54話(裏) end







(あとがき)
 皆様、「二人?の異邦人IN麻帆良 第54話(裏)」を最後まで見ていただき、本当にありがとうございます。
 本来ですと前回公開いたしました最終話でこの二人?の異邦人本編は完結となったのですが、これはその本編の中で確かに存在し、そして消えて行った一つの歴史の物語です。
 そして、この話をもってこの「二人?の異邦人IN麻帆良」は真のエンディングを迎える事ができたのです。

 さて、中身になりますが、この中では横島がらしくないほどかっこいいですが、いかがでしたでしょうか?
 この話のプロットの段階でこれはかなり悩みましたが、話の展開上横島には極限までのシリアスモードになってもらうしか無く、結局こういう形となりましたが、果たして良かったのか悪かったのか。完成した今でも不安でしょうがありません。
 ともあれ、この話を書いている中で一つだけはっきりした事があります。
 それは、私は戦闘描写が書けないという事です(苦笑
 もともと、横島とフェイトのガチンコ勝負を書く予定でしたが、あまりにも見苦しい文章と伝わらない迫力にもはやあきらめ、一番熱いはずの戦闘をあっさりすっとばして結果のみの描写となってしまいました。
 まあ、私としてはむしろこの方が横島がどんな戦い方をしたのか、想像を膨らませることができるので、いいのかなと思ってます。無駄な助長分が無くなりましたし。

 さて、再び長々とあとがきを書いてきましたが、今回はこの辺で終了とさせていただきましょう。
 次回は異邦人の外伝なのか、それとも新シリーズなのか未定ですが、ぜひまたお会いしましょう。


PS
 ギャグが一切ないシリアスってそういえば初めてなような気がします。




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