「ふう、今日もドタバタの一日だったわね」
大浴場で起こった「ドキッ!水着だらけでネギを元気付ける会(ポロリもあったよ)」を無事に治め、アスナはネギを引き連れて部屋に入ろうとしていた。
「でもみんなのおかげで元気が出ましたよ」
「ネギ、さっきまでの状況でそのセリフは子供のうちだけにしときなさいね」
「は、ハア……」
ネギはアスナの言った事の意味がよく分かっていないのか、生返事を返すだけにとどまった。
もっとも、これが理解できるようなら、今日の騒動は問答無用で抹殺対象に入るのだが、幸いネギはまだお子様だった。
アスナはそんなネギに苦笑しながら部屋のドアをあけると、どこからともなくネギを呼ぶ声が聞こえてきた。
<景気悪そうな顔してんじゃんか大将、おれっちの助けがいるかい?>
聞こえてきた声にアスナとネギは部屋を見渡すが、その姿はどこにもない。
「だ、誰!!」
「ここさ、俺っちだよ。アルベール・カモミール、久しぶりさー」
ネギたちが足元を見ると、そこには水着をくわえた真っ白いオコジョが尻尾を振りながらネギ達を待ち構えていた。
「カモ君ー!?」
どうやらネギの知り合いのようだ。
カモと名乗るオコジョによると、5年前カモが罠にかかった時、ネギが彼を助けたのが付き合いの始まりであり、今回の来日はネギの姉ネカネのお願いでネギのパートナー探しを手伝いにきたということらしい。
ネギはそれを聞くと、嬉しそうにカモの手を振りながら部屋中を踊りだした。
ここ最近はいろいろと物騒な事件もあることだし、カモの協力はネギにとってはまさに渡りに船というヤツである。
「これでパートナー探し楽になるかもー、後でお姉ちゃんにお礼の手紙かかなきゃ」
「あー兄貴! そんなの書かなくてもいいですって」
ネギは嬉しさのあまり、カモを送り出してくれたネカネにお礼の手紙を出そうとするが、何故かカモはあせったようにネギを制止する。
「なぜ?」
「え……あの……実はめぼしい相手はもう見つけてるんでさ」
「え、どの人なの?」
「これです! この人です! 俺のしっぽセンサーがビンビンですぜい! あの啖呵の切り方に惚れやした!」
カモはネギの生徒名簿描かれた写真の中から一人を指差す。
「「…………」」
だが、ネギとアスナは、その示された少女の写真を見て顔を青ざめさせ、絶句するだけだった。
「あの、兄貴達はどうしたんだい?」
カモは硬直した二人を不思議そうに眺めていると、二人はギギギと音がするかのようにぎこちなく首を動かしてお互いの目を合わせる。
「たしかにこの人がパートナーになれば、エヴァちゃん相手でも大丈夫なのかも知れないけど……ある意味究極の選択?」
「エヴァンジェリンさんどころかドラゴンとか、魔王級の悪魔でも撃退できそうな気がしますね」
「でも、別の意味でネギの命の保障ができないと思うなー」
「カモ君……僕はまだ死にたくないんだ……」
「ど、どういうことで? ここにもほら『最凶?』って書いてあるじゃないですか。あ、これ字が間違ってますよ」
名簿を指差しながら、ネギと明日菜のまったく予想外の反応にとまどうカモだったが、ネギとアスナはそんなカモを置き去りにしてうつろな目のまま何事かつぶやいていく。
ちなみに、名簿に書かれた字は決して誤字ではないことをここに記しておく。
「ねえ、アスナさん。あの人をパートナーにする最低条件ってなんだと思います?」
「……人間辞めるしかないんじゃないかなー。少なくとも私には無理だわ、絶対に」
「ですよねー」
「だから兄貴、いったいなんの話なんですか。俺ッちにもわかる様に話してくれー」
ネギとアスナは、ここでようやくカモに視線を合わせると、まるで示し合わせたかのようにタイミングを合わせてカモに答えた。
「「だって……」」
「だって?」
「「タマモちゃん(さん)の相方は横島さん以外不可能よー(ですー)!」」
カモが短い前足で示した箇所には、特徴的な髪型をした金髪の釣り目がちな少女の写真が追加で貼り付けられていた。
第6話 災厄の日々
翌日の放課後、カモはネギについて学校へ来ていた。
「まったくネギの兄貴はどうかしているぜい。せっかくちょっとは戦力になりそうなのを選んだってのに……はやいとこ行動もおこさにゃならんし、ここはいっちょ俺が後押ししてやりますか」
カモはどうやら昨日の事をまだ諦めていないようだ。
だが、カモは知らなかった。これから起こすその行動は、自身の死刑執行書にサインしたことと同義であるというとを。
その日の放課後、タマモは下駄箱の中で面白そうなものを見つけた。
「ん、手紙? これがラブレターってやつかしら? でもここって女子校よね、私そっちの趣味はないんだけどなー」
タマモは下駄箱の中に入っている手紙を手にしながら、盛大な勘違いをしていたが、やがてその手紙の封を切り、その内容を確認していく。
<横鳥ヌマモさま、放科後のりょーの裏でまてます。ぼくのパートナーになてください ねぎ>
「ふーん、ネギ先生からねー。でも、この手紙からはネギ先生の匂いはしないわね。むしろ獣? これは調べる必要がありそうね……」
どうやら手紙はネギが出したように装われたようだったが、タマモはわずかに残された匂いからネギのものではないと気付いた。
この時、タマモの瞳は何か面白いものを見つけたかのように輝いていたという。
そのころ、ネギは放課後の広場をトボトボと歩いていた。
「はあ、今日もなんとか無事に終わったぞ、エヴァンジェリンさんは今日もいなかったし……正直タマモさんの方が怖いような気もするけど」
何気にタマモに聞かれたら弱突っ込みぐらいは喰らいそうなことをのたまっていたが、ここにはタマモはいないため、ネギの身の安全は保障されている。
「でも教師として生徒のサボリを容認すっていうのもなー……命はおしいしけど……」
「兄貴ー! てーへんだー!!」
微妙にヘタレているネギだったが、そのネギに遠くからカモが叫びながら走ってきた。
「どうしたのカモ君。ってカモ君ここは学校なんだよ、しゃべっちゃだめじゃないか」
ネギはカモの元に走りよると、周囲をキョロキョロと確認しながらカモを胸に抱き上げた。
だが、カモはよほど急いで来たのだろうか、ネギの注意も意に介した風もなく、息も絶え絶えにネギに用件を伝えるのだった。
「そ、そんなことより大変っすよ、例の横島さんがー!」
「えー! タマモさんが不良を囲んでカツアゲしているってー!」
「い、いや逆っすよ兄貴……だいたい一人でどうやって囲むんすか」
なにやらボケたことを言うネギに一瞬放心するカモだったが、すぐに気を取り直してネギに説明していく。
カモの話によると、何故か寮の裏でタマモが不良の集団に襲われ、カツアゲをされているというのだ。
この時、ネギが少しでも冷静だったら、タマモが不良ごときにどうにかなる存在でないことや、ましてや寮の裏庭で、どうやったら不良の集団が入り込んでカツアゲなんぞ出来るのかと、色々と突っ込みどころ満載の話を信用するはずはないのだが、この時は何故か疑いもなく信用してしまっていた。
「じゃあ、なおさらタマモさんを止めないと……いくよ!カモ君!」
もっとも、この時のネギはタマモの身の心配なぞかけらもしていなく、むしろ相手の不良の身の安全に心を砕いていた。
ある意味妥当な判断ともいえよう。
「い、いったい横島の嬢ちゃんってどういう人なんですかい……」
ネギは杖にまたがり現場に急行するが、カモはネギにつかまりながら、ネギのタマモに対する評価に冷や汗を流していた。
「あ、いた!!!」
しばらくするとネギは寮の裏でタマモの姿を見つけ、地上に降下する。
そこには不良の集団なぞは影も形も見えず、ただ制服姿のタマモが驚愕を秘めた目で自分をじっと見つめているだけだった。
「タ、タマモさーん!!」
「ネギ先生?」
「ふ、不良は無事ですか!?」
「不良? 何のこと?」
「あれ? 不良を襲ってたんじゃ……」
「ネギ先生、貴方が普段私のことをどう思っているかよぉぉぉっく分かったわ」
「はうううう、ごめんなさーい」
ある意味おもいっきり正しい評価でもある。
タマモはしばらくネギを睨みつけていたが、ふとネギの肩に乗るオコジョの存在に気がついた。
タマモは、そのオコジョの匂いが手紙に残った匂いと同じものであると気付く。
「まあ、いいわ。で、そのイタチだかなんだかの小動物をつかってまで人を呼び出して何の用なの? パートナーがどうとか書いてあったけど」
「え? パートナーですか?」
ネギはまるで身に覚えがないため、その場でオロオロしていると、カモがネギにこっそりと話しかけた。
「へへ、兄貴のパートナー選びのために一つ芝居を打たせてもらいやした」
「カ、カモ君……君はなんてことを」
ネギはここに至り、ようやくカモが何をやったのか気付き、顔を一気に青ざめさせる。
だが、カモはネギが微妙に震えているのにも気付かず、得意げに話を続けていく。
「パートナーといっても誰でもいいわけじゃありやせん。お互いの背中を守る重要な存在だから、その力だけじゃなくお互いを信頼してないとつとまらねえ。その点この嬢ちゃんなら器量もよく、腕っ節も強そうだ。信頼は兄貴なら十分これから勝ち取れるでしょうから、パパッと仮契約のキスをいっちょう……兄貴、聞いてますか?」
ネギはカモの口上が耳に入ってないのか、うつむきながらブツブツとなにかをつぶやいている。
「あ、兄貴。どうしたんで?」
「カモ君……」
ネギはまるで死者のような、いや、むしろ死者のほうがよっぽど血色がいいと感じるほど色を失った顔でカモの体をそっと掴む。
「なんでございやしょう?……それよりちょっと力を緩めてもらえないでしょうか、なんかだんだん苦しくぐぐぐぐ」
ネギはカモの体を掴む手にだんだんと力を入れながら、ギリギリと締め上げる。
そしてクワっと目を見開いて絶叫した。
「だからカモ君、君はそんなに僕を殺したいのー!」
「ぐえええええ死ぬ、死ぬー!」
「だいたいよりによってなんでタマモさんなのさ! 僕なんかがタマモさんの突っ込みくらって五体満足でいられると思ってるの? 無理に決まってるじゃないか、僕なんかタマモさんのハンマー喰らったら5分で復活どころか、そのまま『あの世へGO!』に決まってるじゃないかー!」
ネギはだんだんエキサイトしてきたのか、カモの尻尾を持つとそのままぐるぐると振り回し始める。
「それにもし本当にタマモさんをパートナーにしたら、間違いなくエヴァンジェリンさんに殺られる前にタマモさんのハンマーの餌食になるに決まってるじゃないかー!」
何かが壊れたのか、タマモを目の前にしているのに危ない発言を連発するネギだった。
ちなみにこの時、タマモは額に青筋をうかべながら半眼でネギを睨みつけていた。
さすがにここまで言われるの心外なのだろう。
「ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤ、ハンマーはイヤァァァァァァァ![プツッ]……」
ネギは魂を吐き出すかのような絶叫をし、そして何かが切れたような音とともに倒れ伏した。
「アタタタ、ネギの兄貴は一体どうしたって言うんだい……」
ようやくネギの手から開放されたカモは、突然の事態にわけがわからず、倒れ伏したネギを呆然と見つめていた。
だが、その行動はカモにとって命取りの行動であった。
カモの取るべき行動は、ネギの手から逃れた時点でわき目も振らず逃げ出す事であった。
実際には逃げ切れるかどうかは分の悪い賭けであったかもしれないが、それでもわずかに、ほんのわずかなりとでも助かる道があったのだが、カモは自らその道を閉ざしてしまっていた。
カモは血よりも貴重な時間を呆然とする事で浪費していたが、ここでようやく己の立場の危うさに気付き、逃げようとする。
ジャリ
だが、その時背後から聞こえてきた足音と、体を覆う粘つくようなプレッシャーに囚われ、もはや動くに動けない状況だった。
早い話が『動いたら殺られる』という状況である。
カモはしばらくの間現実逃避をしていたが、やがて背後から迫るプレッシャーに耐えかね、ゆっくりと振り返る。
「今回の騒動はアンタが原因なわけね……」
そこには、炎をまとった阿修羅がカモを睨みつけていた。
「オコジョの分際で裏でやってくれたみたいね、これを書いたのも貴方でしょ、それに仮契約とかキスとか言ってたけどどういうことかしら?」
「いえ、あの……嬢ちゃん。俺ッちはネギの兄貴のために……」
カモはまるで狐に追い詰められたオコジョのように身をすくめ、ガタガタと震えだす。
「どうやらろくでもないことみたいね。ネギ先生にも色々と言いたいことが有るけど、とりあえず……あんたを滅ぼすことに決めたわ」
「ウヒー!!!」
カモは恐怖の極限に達したのか、己の限界を超えた速度で逃げ出した。
「な、なんなんだあの嬢ちゃんは!? とにかく逃げないとマジで命が……あ、アスナ姐さん、助けてくれー!!」
カモは視界の隅にアスナの姿を見つけ、助けを求めるべく駆け寄った。
だが、カモの思惑ははずれ、アスナは近寄ってきたカモを踏みつける。
「ぐええええ、姐さん一体何をー」
「このエロガモ、ネギのお姉さんから手紙が来てたわよ! アンタ女性の下着2000枚も盗んで指名手配されてるじゃないの!」
「あ、姉さん、今はそれどころじゃ」
「アスナ、そいつ捕まえててくれたのね」
カモがアスナに捕らえられていると、やがてタマモがゆっくりとアスナに近づいてきた。
タマモのその表情はまさに氷の微笑と呼ぶにふさわしく、まとう空気には一切の容赦というものが感じられなかった。
「あ、タマモちゃん! ってことはカモ、アンタまさか……ネギは無事なの?」
「無事よ、体には傷一つついてないわ。ともかく、そこのオコジョを渡してもらえるかしら」
「いいわよ。で、ネギは?」
「いやだー!」
明日菜はタマモの言葉に引っかかりを覚えつつも、カモの叫びを無視してタマモに引き渡す。
「向こうよ」
タマモはアスナからカモを受取ると、にっこりと笑いながらネギのいる方向を指差した。
明日菜はすぐさまその方向へ走り出す。
「さて、カモとか言ったわね……あなたはどんなお仕置きがお望み? 私の手にかかれば圧殺、撲殺、焼殺……その他モロモロで合計12に及ぶお仕置きがあるんだけどどうする? 全ての要求に完璧に答えて見せるわよ」
「で、できれば無罪放免というわけには……」
「キャー! ネギー、しっかりしてー!」
カモが何とか無罪を勝ち取ろうとタマモに交渉しようとすると、裏庭のほうからアスナの切羽詰った悲鳴が響き渡った。
「今回のネギ先生は完璧に被害者ね、それで加害者はアンタ。そしてこの判決は1審制で弁護士無し、そして上告は不可能よ! というわけでアンタの刑はここに確定、要望が無いみたいだからフルコースでいくわよー!」
「いやだああああああー!」
その日、12回にわたってオコジョの絶叫が麻帆良の空にすいこまれたという。
翌日、アスナ、ネギ、カモが今後の対策をねっていた。
もっともネギとカモは、隅の方で膝をかかえてブツブツと何かをつぶやいているだけに視覚的に非常に痛い。
「コラー! あんたたちいい加減に現世に帰ってきなさーい」
「アスナさん……僕、どうしたらいいんでしょう」
「元600万ドルの賞金首に加えてタマモの姐さん。勝ち目なんかねーですぜ」
昨日のタマモの折檻と、今日学校で起こったエヴァとのやりとりで二人とも自信を完膚なきまでに粉砕されてた。
「だからタマモちゃんは敵じゃないって! むしろ味方よ!」
「ほんとうですか?」
「そ、それなら勝ち目が見えるかもしれねーです」
「ホント! カモ君!」
タマモが敵ではないと聞かされようやくネギとカモが現世に復活した。
「兄貴、ここは一つあの吸血鬼に体を差し出す何なりして同盟することができれば、あのタマモ姐さんをなんとか出来るかも……」
「そうか、僕一人でどうにかできないなら、それに対抗できる力を持つ人と協力できればあのタマモさんを……」
いや、やはり二人はまだどこかおかしかった。
もっともネギが言ってる事は原則的には間違っていない、むしろ全てを背負い込む傾向のあるネギにとっては、目から鱗が落ちるかのような発想なのだが、いかんせん発想のベクトルが180度間違っている。
「コラコラー! エヴァちゃんと協力してタマモちゃんをやっつけてどうしようって言うのよ! 逆でしょ逆!」
「あ、そういえば……」
「姐さん、むしろエヴァンジェリンよりタマモ姐さんの方が脅威と思うんだが……」
グシャ!
カモの目の前で、アスナは手にしたスチール缶をいとも簡単に握りつぶす。
これは、これ以上場を混乱させるなら握りつぶすというアスナの意思表示だった。
カモは完全に変形した缶を視界に入れながら、ようやく対エヴァンジェリン戦について具体的に策を練っていくのだった。
「ここここ、ここは一つ、兄貴と明日菜の姉さんとで仮契約してもらって。向こうの茶々丸とかいう従者を2対1でぶちのめす。そしてその後にエヴァンジェリンを倒すのが上策と愚考いたします!」
カモは器用に敬礼しながらアスナに自分の考えを披露していく。
もっとも、その策にタマモが関わっていないのは、やはり『さわらぬ神にたたりなし』という思いが強いせいなのであろう。
「う……仮契約」
ネギはカモの仮契約という言葉に少しひるむ。どうやらトラウマがまた一つ追加されたようだ。
「仮契約ってこの前言ってたやつでしょ、なんかキスをしないといけないとかなんとか」
「兄貴! 男なら覚悟を決めてください。これしか勝ち目がねーんです」
「だから素直にタマモちゃんと協力したら?」
ネギとカモはアスナの提案が聞こえないのか、いやそれとも聞こえない振りをしているのか、そのまま話を続けていく。
「……わかったよカモ君。アスナさんお願いします! 僕と仮契約をしてください!!」
「ちょ……ネギ、本気なの? エヴァちゃんと戦えるの?」
「ハイ! タマモさんと敵対するぐらいならエヴァンジェリンさんと戦ったほうが数倍マシです!」
「ネギ……いまの発言は聞かなかったことにしておくわね。気持ちはわかるけど」
ネギとカモは、どこか熱にうなされたようないっちゃった目でアスナを説得していたが、ここに至ってとうとうアスナは観念したかのように両手を挙げる。
「しょ、しょうがないわね一回だけよ」
ネギ達の説得についに明日菜は折れ、ネギの額にキスをした。仮契約(仮)の成立であった。
ネギ達はその日茶々丸の後をつけ、チャンスをうかがっていた。
ちなみに、茶々丸の聖人のような行動に、感動の涙を流しているのは気にしないでおくほうが幸いである。
「うう、いい人だ」
「だめ、私には彼女と戦うなんて出来ない!」
「兄貴ー! だめっすよー! これしか手段ないんですからー」
カモは必死でネギたちを促し、戦いの舞台を整える。
今、茶々丸はネコたちに餌をやり一人になっている。あたりに人影もない。
茶々丸を襲うなら今しかないのだが、明日菜たちは自分達こそ悪役なんじゃないかと葛藤していた。
やがて、ネギが覚悟を決めたのか茶々丸の前に立つ。明日菜はそれに続いていった。
「油断しました、でもお望みなら戦います」
「茶々丸さん、僕を狙うのをやめてもらえませんか?」
「残念ですが、マスターのご命令は絶対ですので」
「そうですか、茶々丸さんごめんなさい」
その言葉を合図にネギは明日菜に魔力を供給し、自身は「光の矢」の呪文を唱える。
ネギは明日菜によって作り出された茶々丸の隙をついて「光の矢」を発動させた。
その矢は完璧に茶々丸を捕らえ、茶々丸がそれに気付いた時はもはや回避不可能な状態であった。
「マスター。すみません、私が動かなくなったらネコたちの餌を……」
ネギの魔法をかわせないと悟った茶々丸がつぶやく。
「う……やっぱりダメー!」
ネギは魔法が命中する直前、その罪悪感から魔法を茶々丸への命中コースからそらせた。
「アンギャー!!!!!!」
と、魔法が逸れた方向から人の断末魔の絶叫が聞こえてきた。
「「「へ?」」」
沈黙が周囲を支配する中、いち早く正気に戻ったアスナが声のした方へ向かって走り出す。
ネギ達もあわてて絶叫がした方へ向かって走り出し、絶叫の発信源にたどりつくと、そこには血染めの横島が倒れ、そのそばから顔を青ざめさせた女性が逃げていくところだった。
ちなみに茶々丸はネギ達の意識が逸れた時点で離脱済みである。
「よ、横島さんごめんなさーい」
「横島って、この人はまさか……」
「そのまさか、タマモちゃんのお兄さんよ」
カモは横島がタマモの関係者と聞いて逃げ支度を整えだした。
「あ、兄貴はやく逃げやしょう。でないとあの金色の夜叉がまた」
「だめだよ、どっちにしても逃げられないよ」
「逃げる相談の前に早く救急車よびなさーい!!」
この時、アスナは横島から伸びる魂の緒のような物を見た。
その尾を追っていくと、やがて鎌を持った影がその尾を切らんと鎌を振り上げるのが目に入った。
「ちょ、横島さん早く起きてー! なんか上に死神っぽいものがー!」
アスナが絶叫した瞬間、間一髪で横島の魂らしきものが体内に収納され、鎌を空振りした影が恨めしそうな表情をしながら消えていく。
「う……」
横島がうめきながら目を覚まし、当たりを見回すと明日菜たちが目に入った。
「横島さん、大丈夫ですか?」
「あれ? さっきの美女は?」
「え、さっきの人ならあっちのほうに行きましたけど」
「なにー!」
横島は跳ね起き、絶叫する。
「とにかく、無事でよかったですー」
「まったくよ、なんか死神みたいな影も見たような気もするけど気のせいだったみたいだし。」
「いやー、一瞬死んだかと思いやしたぜ。さあ、姐さん、兄貴帰りやしょう」
ネギ達は乾いた笑いを浮かべながら横島から距離をとり、逃げようとしたが、それは既に遅かった。
「貴様ら……」
地の底どころか、地獄の果てから聞こえてくるような声がネギ達を呼び止めた。
ネギは振り返ってはいけないと思いつつ、その迫力に負けゆっくりと振り返るとそこには……
血涙を流した黒い羅刹がいました。
「108人……」
「「「へ?」」」
横島の意味不明なつぶやきに戸惑うネギたち。
横島はそれにかまわず歌うように両手を広げ、笑顔を浮かべながらゆっくりとネギ達に近づいていく。
だが、ネギ達は気付いた、いや、気付いてしまった。横島の目がちっとも笑っていないということを。
「今日108人目にしてようやく……ようやくいい感じだったのに」
「「「ああああ、あの横島さん落ち着いてください」」」
「落ち着いているさ、今俺の心はまるで地獄のマグマのように赤く澄み渡っているさ」
「「「それ、ちっとも落ち着いてないじゃないですかー!!」」」
「貴様ら、現世への別れは済ませたか?」
横島は両手に霊波刀を顕現させ、ネギ達を見る。その瞳は血涙のせいか、血の様に赤く光っていた。
「「「ちょ、まって、話を……うわー!」」」
「ダーイ!」
ネギ達は恐怖のあまり脱兎のごとく逃げ出し、横島は往年のジャックニコルソンを髣髴とさせる笑い声を響かせながら彼らを追いかけていった。
「ちょっとまって、なんでこうなるのー! 本来なら、茶々丸さんとなんかいい感じになるフラグが立つはずなのにー!」
「ネギ、訳わかんないこと言ってないで早く逃げるわよー!」
「ちょ、兄貴まってくだ……ぶぎゃあああああああああ!」
「ああ、カモ君がやられたー!」
「ネギ、エロガモの死を無駄にするんじゃないわ、そのためにも少しでも遠くに逃げるのよー!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
ネギ達の逃走劇は、その後5時間に渡ってつづけられた。
「「いやあああああ!!」」
ネギ達が逃げ切れたかどうかは、神のみぞ知る。
麻帆良学園、4月になってから新たな都市伝説がダース単位で増殖しつつある学園都市は今日も平和だった。
第6話 end
「ちょっとまて! なんで俺がこんなとこに捕まってるんだ!」
鉄格子を揺らしながら叫ぶ横島。
「女子中学生を襲っていた変態を確保したのはいいが、どうする?」
「身元引受人は麻帆良学園の妖怪爺さんだそうだ、一晩預ってくれだとさ……」
どうやらネギの逃走劇は、警察の介入により終了したようだった。
「俺をだせー!」
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