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「天にまします我らが神よ、どうかこの哀れな子羊に慈愛の恵みを与え下さい。」


 ネギはその日の早朝、東の空に輝く星に向かって祈っていた。


「偉大なる魔法使いの試練としてどんな苦難も耐えて見せます。今なら悪魔だってドラゴンだって、まして『この世の全ての悪』だろうが、戦えと言われれば戦って見せます。」


 その祈りはどこまでも清らかであり、どんな苦難にも打ち勝とうとする男の決意も秘められていた。


「けど……」


 ネギはここで1回祈りを切り、瞑想するかのように目をつぶる。
 そしてしばしの瞑想の後、その目を見開いて叫んだ。






「新学期になってからの試練はイロイロとあんまりじゃないでしょうか! 具体的にはタマモさんが転校してきてから! もうお腹いっぱいです!」


 ネギの魂の叫びと共に、ベランダに止まっていた鳥たちが驚いて逃げ出していく。
 朝の清らかなひと時は、ネギの絶叫により終わるのだった。


「切羽詰ってるわねー」

「モガモガモガ(いや、姉さん。ネギの兄貴の気持ちはよーくわかりますぜい)」


 東のはてでうっすらと見える金星に向かって絶叫しているネギのかたわらで、アスナとミイラのように包帯を巻いたオコジョが生暖かくネギを見つめていた。

 『まだまだ序の口やでー』という声も聞こえたような気もしたが、それはきっと幻聴にちがいない。


「うわああああん!」


 ネギの泣き声が響き渡る、どうやら幻聴ではなかったようだ。それにそもそもキリスト教圏の人間が『明けの明星』に祈るのもどうかと思われるが、それは気にしないでおこう。

 ともかく、横島の呪いが蓋を開け、ネギの願いが天に通じたことにより、世界の侵食はついに神の世界まで到達した。




第7話 魔女達の饗宴





 土曜日の昼下がり、学園都市のカフェテラスで横島はへたれていた。
 その理由はというと、今朝になってようやく警察から解放され、家に帰ればタマモに焼かれ。
 さらにトドメとして、昨日いい感じだった美女に再アタックしたら、悲鳴を上げて逃げられるといったコンボを喰らえば無理もないと思われる。


「くぅうううう、昨日は唯一のチャンスやったのに……あかん、今日はなんもする気がおきん」


 本来なら警備と称して学園の覗きポイントのチェック等にいそしむのだが、本日はテンションが下がりまくっており、いっこうに動く気配がない。


「まあ、今日は依頼もないし家でのんびりとしますか」

「あれ? タマモさんのお兄さんですよね?」


 横島がいい加減帰ろうと立ち上がろうとすると、後ろから声をかけられ、振り向く。
 そこには中学生らしい三人組が横島に向かって手を振っていた。


「あー君達は? 話の感じだとタマモのクラスメイトかな?」

「あ、そうです。私は柿崎美砂、こっちは椎名桜子、んでこっちは釘宮円」


 柿崎たち三人は横島に自己紹介すると、横島の座っているテーブルに座りだす。


「じゃあ、改めて俺は横島忠夫。一応タマモの兄をやっている」

「今日はタマモさんはどうしたんですか?」

「ん? ああ、今朝へそを曲げちまってな。今頃家でねっころがってるんじゃないか?」

「あっれー? なにかタマモちゃんを怒らせちゃったんですか?」

「いや、ちょっと燃やされただけだよ」

「燃やされたって……」


 釘宮と桜子の質問に素で返す横島。
 柿崎は横島の「燃やされた」発言が少々気になったようだが、すぐにあのタマモならやりかねないと納得する。
 ちなみに柿崎の脳裏には、磔にされた横島が火あぶりにされるシーンが明確な映像と共に浮かび上がっていた。

 その後、柿崎達はいつのまに注文したのか、大量のパフェを相手に格闘を始め、横島はそのあまりの量に絶句しながらも横島は愛想良く彼女たちと談笑を続けていく。
 ちなみにこの時の横島の内心は、目の前の三人が消費するパフェについて、奢るべきなのかそれともワリカンにするべきか葛藤しており、とても普段の煩悩を発揮できるような状態でなかった事を添えておく。

 横島はしばしの間、何故か感じる周囲の男たちの嫉妬の視線と格闘しながら葛藤を続けていたが、やがてころあいを見計らって席を立つ。


「さて、それじゃあ俺はそろそろ帰るかな。タマモの機嫌も直ってるだろうし」

「「「あ、ご馳走さまでしたー」」」

「やっぱり俺が奢るわけなのね……」


 横島の期待は裏切られ、懐の福沢諭吉さんに別れを告げながら内心涙する横島だっが、そんな感情は微塵も表に出さないのはやはり成長した証であろう。
 そんな横島の心のうちを知らない彼女たちは、横島に感謝しながら横島に話しかける。


「あ、そういえば。横島さんたちはドコに住んでるんですか?」

「ああ、この近くだよ。それがどうかした?」

「桜子、釘宮。ちょっとこっちに……」


 柿崎が二人を横島からすこし離し、ボソボソと話し出す。


「ねえ、今からタマモさんとこ行ってみない?」

「え? タマモちゃんとこ?」

「そうそう、もしかしたら噂の禁断の園が見られるかも知れないし」

「でも男の人のところへ行くのはまずくない?」


 どうやら柿崎は「突撃、隣の晩御飯」よろしくタマモの家に行きたいようだった。もっとも釘宮は少々不安そうでもあるが、逆に桜子は好奇心満載の笑みを顔に浮かべている。
 
「タマモさんもいるし大丈夫なんじゃない? それに心配ならいっそのこと歓迎会ってことにして他の皆と押しかければ安心でしょ」

「あ、それナイス!!」

「んーそれならいいか」


 三人の話がまとまったのか、柿崎は横島に声をかける。


「横島さん、今日これからおじゃましていいですか?」

「へ、どうして?」

「タマモさんの歓迎会をまだやってなかったんで。いい機会かなと思って。よかったら今からクラスの皆を呼ぼうと思うんですけどいいですか?」

「んー、いいんじゃないか? タマモも喜ぶだろうし」

「あ、スペースは大丈夫です? 下手したら30人ぐらい来ますけど」

「大丈夫だよ、なんか無駄に部屋が広いし。それに庭もあるしな」

「それなら遠慮なく」


 横島のGOサインを合図に、柿崎たち三人は3−Aメンバーの電話をかけ、集合を促した。




 そして30分後。


「「「「「「じゃ、横島さん案内よろしくー!!!」」」」」」

「いくらなんでも行動早すぎないか……」


 横島の目の前には、手に手にパーティーグッズを持った3−Aメンバーが集合していた。
 ネギと明日菜他数名の連絡がとれなかったようだが、それでも軽く20人近くいる。
 その結果、美少女中学生の集団を率いる冴えない男という、レアな絵面を構成することになり、自然に周囲の視線を横島に集中させる事になるのだが、この時横島は自分に集まる視線の量に反射的にボケるべきかボケざるべきか苦悩していた。
 こういった思考の動きは、やはり笑いの本場、関西人の血がなせる業なのだろうか。それとも横島個人の性格によるものだろうか、それは誰にもわからない。

 ともかく、横島が真剣にいかに彼女たちの『つかみ』をとるか苦悩していると、やがて心のうちからなにやら声が聞こえてきた。


 横島の内なる世界


<ここは彼女達のつかみをとるためにも、一つ強力なボケをやったほうがいいですねー>


 内なる世界で神々しい光が横島に語りかける。


<せやけど今この状態でボケろっちゅーても、肝心のつっこみ役がおらんと片手落ちやで>


 もう一つの12枚の翼を持った禍々しい影が同じく語りだす。


<大丈夫です、彼のボケなら世界の修正力で突っ込みキャラがその場に生まれるはずです、具体的には隕石とか隕石とか隕石とか>

<メテオストライクでもかます気かいな……>

<さあ、横島さん。今こそそのボケの神に魅入られた才能を発揮し、彼女達に見せ付けるのです。具体的には服を脱ぎながら飛び掛るとか>

<いや、それやったらさすがにまずいやろ>

<何を言うんですか、美(少)女に埋め尽くされてもみくちゃにされる。これは横島さんの夢だったんじゃないですか。私が許します、さあ今こそ自由なる神の翼をはためかせるのです、このままロリコンの世界へGO!>

<キーやん、この前の呪い事まだ恨んでるんか?>

<ソンナコトアリマセン、呪いで集中力乱されて50万近く負けたことなんて気にしてません。ましてそのせいで我が母に折檻されたことなど気にするはずがないじゃありませんか!>

<めっちゃ気にしとるやん>

<サっちゃん……ボケない横島さんはただの馬鹿なんですよ>

<んなどこぞの豚じゃあるまいし……って否定できんな>

<でしょ、それに想像できますか? 横島さんがボケずにまともに彼女たちの相手をするシーンなんて。なにより、そんなんじゃ面白くありません。それに横島さんがボケなくちゃ私が突っ込みできないじゃないですか。せっかく宇宙の彼方から取り寄せた白色彗星が無駄になります>

<白色彗星ってキーやん……それまさか彗星の中身に都市があったり、さらにその中にでっかい宇宙戦艦があったりせんよな?>

<…………>


 キーやんと呼ばれた光は沈黙をもってその問いに答え、サっちゃんと呼ばれた影は諦めたかのように首を振り、横島に話しかける。


<横っち、香典3千円でいいか?>




 現実世界


「貴様らー人類の運命をなんだと思ってやがるー! つーか地球を滅ぼす気か、そこの神ー! それにそこの悪魔、諦めるの早すぎじゃー、せめて体をはってそこの馬鹿を止めやがれー!」


 どうやらこの前の呪いでチャンネルがつながりやすくなったようだが、神を馬鹿呼ばわりとは実にいい度胸である。


 一方、急に叫びだした横島を見ながら3−Aメンバーは新しいおもちゃを見つけたような邪笑をうかべていた。




「ふわー、結構大きい家なんですねー」

 
 横島の絶叫から15分後、横島の案内で家の前に到達した柿崎が驚嘆の声をあげる。
 まあ、でかいといっても雪広あやかの実家とくらべたら月とすっぽんなのだが、それは比べることが間違いであろう。


「ただの借家だよ、学園長の好意でな。事務所も兼ねてるんだ」

「へー、事務所ですか? あ、看板だ『横島よろず調査事務所』……なんですかこれ?」

「ああ、探偵というか便利屋というか、まあ、そんなもんだ。さ、入った入った」

「あ、まって。みんな隠れてちょうだい。タマモさんをびっくりさせないと」


 横島は柿崎のアイディアに苦笑しながら扉をあけ、中にいるであろうタマモに声をかけた。


「うおーいタマモ、帰ったぞー」

「うー……お帰りー……」


 横島の声が玄関に響き渡ってしばしの後、ペタペタと気だるげな足音と共にタマモの声が返ってきた。
 タマモの声から判断するにもう怒りは治まっているようだが、横島を叩き出した後、不貞寝でもしていたのだろうか、タマモは眠そうな声で玄関にやってくる。
 そしてガチャリという音と共に、玄関へ続く廊下にタマモが姿を現した。




 Yシャツ一枚で。





 タマモのあまりの姿にそれを隠れてみていた柿崎達は絶句し、横島は頭痛を覚えつつ、視線を逸らそうと努力しながらもタマモを注意する。
 もっとも、その視線は努力の甲斐なくタマモのむき出しのフトモモを自動追尾している。


「おまえまだ寝てたのか、それにその格好はどうかと思うぞ。つかお客……」

「んーいいじゃない。だれも見てないし……」


 タマモは寝起きなのか、本来なら気付くであろう柿崎達の存在に気付かない。


「いや、だから……ていうか本気で今まで寝てたのか、いくらなんでも寝すぎだろう」

「ふぅぁぁ、しょうがないじゃない、昨日は横島の(帰りが遅かった)せいであまり眠れなかったんだから……」




「「「「「「「えー!!!!!!!」」」」」」



 タマモのまるで誤解してくださいと言わんばかりの発言で、3−Aのテンションは上がりまくりであった。「スクープだー!!!」という発言も聞こえてくる。


「え、なに? どうしたの? というかなんでみんなが?」


 タマモはここに至ってようやく覚醒するも、時すでに遅く。タマモの発言で朝倉を筆頭に質問がとびかっていた。


「タマモ……お前責任をもって誤解を解けよ」


 横島は自分の背後で、自分の存在を否定する発言に頭痛を覚えつつタマモに修正を促す。
 具体的には「禁断の園の噂は事実だったー!」とか「タマモさん進んでるー!」などといった発言が胸に痛い。


「解かなきゃダメ?」

「当たり前だ! 俺の全人格が問われているんだぞ!」


 タマモは少し考えながら騒いでるクラスメイトを順に見つめ、何かを思いついたかのように横島を見る。
 そしてタマモは横島に対してコクンと頷くと、誤解を解くべく話しかけた。













「責任とってネ♪」



 タマモは横島に向かって両手を組み、その組んだ手を頬にあてながらねだる様に横島に擦り寄った。


「なんの責任だー! 無用な誤解をさらに拡大させるんじゃねー!」


 まだ宴は始まってもいないのにテンションだけは天井をつきぬけ、天に届かんとしていた。





 宴が始まってすでに二時間,時間はすでに夕暮れとなり、本来なら彼女達を帰宅の途に付かせないといけないのだが。横島は彼女達を帰すわけには行かなくなっていた。

 なぜなら……





「「「「「キャハハハハハハハハ!」」」」」


 横島の背後ではサバトが繰り広げられていた。

 事のおこりは横島が学園長からの電話で席を外した隙に、誰かが持ち込んだ酒をタマモにのませ、それによって暴走したタマモが、冷蔵庫から横島秘蔵の酒をジュースに混ぜたのが原因だった。

 その風景はまさに魔女の宴であり、横島の背後にはタマモによって討ち取られた幾人もの勇者たちの屍があられもない格好で横たわっていた。


「横島さん、すみません。騒がしくしてしまって」


 横島は背後を振り返りたいという原初の欲求を振り払うために、夕日をみながらイロイロと現実逃避をしていたが、そこに、ある一部の事をのぞいて極めて常識人である雪広あやかが話しかける。


「まあ、賑やかなのは嫌いじゃないしな、かまわないよ……飲酒についてはどうかと思うが、俺も人のこと言えんしなー」

「も、申し訳ありません」

「まあいいよ、今夜はみんなで泊まるといい。学園長経由で事の次第は寮に伝えてあるから大丈夫だ、もちろんお酒の事は話してないから安心してくれ」

「重ね重ね本当にお手数かけます」


 横島はあやかとの話が一段落付くと、再び煩悩を振り払うかのように急いで夕日を見つめた。
 けっして振り返った拍子に、大河内アキラの健康的な白いフトモモと、酒のせいか頬を赤く染めたあやかが目に入ったからではない。


「横島さんは夕日を見るのが好きなんですか?」


 あやかは、先ほどから夕日を見つめ続けている横島を不思議そうに見つめる。


「ん、いやこれはちょっと煩悩を振り払うために……もとい、まあちょっと昔を思い出していただけだよ」

「昔ですか?」

「ああ、詳しい事は言えないけど、お兄さんも色々とあるのだよ」


 横島は顎に手を当て、大人ぶったような物言いであやかに答えるが、はっきり言って似合っていない。
 一方、あやかは横島の物言いになにか引っかかるものを感じたが、それはあくまでも横島のプライベートであると理解しているのでそれ以上踏み込む事はなかった。

 横島とあやかは、ふと途切れた会話の中で沈んでいく夕日をみつづける。
 だが、そんなしめやかな雰囲気はサバトの魔女達に粉砕された。


「あれー、いんちょったらネギ君からタマモちゃんのお兄さんに鞍替えー?」


 その魔女とは椎名桜子だった。
 彼女は完全に酔っ払ってるのか、顔を真っ赤にしてあやかの前に迫る。


「な、何を言うのですか! この私がネギ先生以外の方を愛するなどありえませんわ!」

「そうなの? ちぇー、タマモちゃんといんちょの戦い見たかったなー」


 桜子は残念そうにそう言うと、横島とあやかを交互に見渡し、最後に笑顔をうかべていつの間にかあやかの背後に回った人影に声をかけた。


「というわけでタマモちゃん、遠慮いらないからやっちゃって!」

「おっけー♪」


 その人影とはタマモだった。
 タマモは桜子があやかと横島の注意を引いている隙に背後に回りこみ、そして手にしたワインの瓶をあやかの口に差し込んだ。


「タ、タマモさん、もががががががが!」


 タマモが手にした瓶の中身は見る見るうちにあやかの胃の中に消えて行き、やがてすべて飲み干していく。
 その間わずか1分、悪酔い必至の飲み方である。


「タ、タマモさんいったい何を……」



 あやかはぐるぐると回る視界にふらつきながらタマモの肩に捕まろうとするが、やがてそのまま倒れるように眠りにつく。
 本来なら急性アルコール中毒の恐れもあるのだが、どうやら大丈夫なようである。
 
 一方、桜子はあやかが撃沈したのを確認すると、おもむろにその足を掴み、ズルズルと部屋の奥へと引きずっていくのだった。
 この時、あやかのスカートはほぼ限界近くまでめくれ上がっており、そのため健康的なフトモモがむき出しとなっていたが、すかさずタマモがあやかと横島の間に立ち、その視界をさえぎる。
 この辺の連携は実に見事と言えよう。


「タ、タマモ……いくらなんでも今のはひど過ぎないか?」


 横島はあまりの展開の速さに呆然としていたが、やがてなにかを諦めたかのように頭を振るとタマモに注意すべく話しかける。
 

「んー、だっていいんちょって飲み方が足らないみたいだったしー」

「飲み方がって……おおよそ中学生がしていい発言じゃないぞ」

「そんなこと言ったって私は狐だもーん、人間と違ってお酒は二十歳うんぬんはキャッ!」


 横島はかなりヤバイ発言をしかけたタマモを自分に引き寄せ、その発言を強引に止める。
 タマモの発言を封じた横島は、しばらくの間誰かに聞かれなかったかと周囲を警戒していたが、目に映るのは死屍累々と転がる女子中学生たちと、サバトの魔女たちのみである。

 横島は誰にも聞かれなかった事を確認すると、安堵のため息をはくと、改めてタマモに注意しようと視線を戻した。


「タマモ、お前飲み過ぎだぞ。いくらなんでも今の発言はヤバ……」


 横島はそこまで言ったところで絶句する。
 なぜなら、タマモの顔が自分のすぐそばに迫っていたからであった。






「そんなこと言ったって私は狐だもーん、人間と違ってお酒は二十歳うんうんはキャッ!」

 それはまさに不意打ちだった。
 タマモは突然座っていた横島に引き寄せられ、抱きしめられるような体勢で横島にすがり付いていた。

 タマモは酒の所為で朦朧とする頭で現在の状況を考える。
 自分は今、横島に抱きとめられ、さらに目の前には、焦ったような顔をしてキョロキョロ周囲を警戒する横島の顔がある。

 この時タマモはふと、以前にもこんな状況があったことを思い出した。



 それはまだ、この家に移り住んで間もないころだった。

 タマモは、横島に内緒で美神令子の事務所があるはずの場所へ向かったことがある。
 だが、そこには美神の事務所など無く、ただ空き地が広がっているだけだった。

 それまでタマモは、ここは異世界であることは理解していた。
 だが、それはあくまで頭で理解しただけのことであり、自分がいた世界と似すぎたこの世界が、まったくの別世界という実感がわいてこなかったのである。
 だからそれを確かめるために、タマモはわざわざ電車を乗り継いでここまで来たのだが、その結果は、ここが異世界であるという現実をタマモに突きつけただけだった。

 タマモはその後、かつて自分が生活していたはずの町並みをトボトボと歩いていた。
 目の前の角を曲がれば馴染みにしていた豆腐屋がある、その先にはおキヌとよく買い物に行った商店街だ。
 ここが自分のいた世界なら店主が自分に声をかけ、ともすればオマケでお揚げを頂いたりするのだが、ここでは誰も自分に声をかけたりはしない。
 
 タマモが現実に打ちひしがれながら歩いていると、見覚えのある公園に出る。
 そこは良く横島がシロに散歩と称して引きずられ、水を求めてダウンしていた場所だった。

 この時、タマモの目にある風景が浮かんだ。
 それはベンチに疲れて横たわる横島と、それを心配そうな視線で見つめるシロ、その脇で呆れたような顔をして横島に水を与える自分の姿だった。

 頭の中でそれは幻覚だと理解していた、だが、タマモはゆっくりとその幻覚に近づいていき、その手を伸ばす。
 そしてその手が触れるか触れないかの所で、その幻覚は消え去ってしまう。

 タマモは伸ばしていた手をじっと見つめ、目の前のベンチに座り込む。
 そしてタマモは、ここは自分の知らない町だということを実感したのだ。

 この公園は知っている、その先にある家も、この町のどこのキツネうどんが美味しいか、それも全て知っている。
 だが、この町の人間、いや、この町すべてがタマモを知らない。
 ましてや本来なら感じ取れる相棒のシロや、横島の匂いといった慣れ親しんだ物は何一つ無かった。


 『知っているけど知らない町』こんな言葉がタマモの脳裏に浮かぶ。


 タマモが現実に打ちひしがれてぼうっとしていると、すぐ近くで足音がした。

 タマモがその気配に気付き、顔を上げると、そこにはいつの間にやって来たのか、横島がやや咎める様な顔で自分を見つめていた。どうやらわざわざ文珠を使ってタマモを探していたらしい。

 タマモは横島を確認すると、ゆっくりとベンチから立ち上がり、そのまま横島に抱きつく。
 突然抱きついたせいか、横島がちょっとうろたえているが、タマモはそれにかまわず横島の胸に顔をうずめ、その匂いをかぐ。

 横島からは感じる匂いには、横島を始めとして美神やおキヌ、それにシロや自分の匂いも感じられる。
 それはとても慣れ親しんだ匂いだった。
 
 タマモは自分の良く知る匂いにつつまれながら、もう戻る事の出来ない過去を振り返る。
 そこでは美神に折檻される横島、おキヌの料理をがっつく横島、シロに散歩と称した限界チャレンジレースに連れて行かれる横島etc……数々の記憶がその匂いと共に脳裏に浮かんでくる。
 そしてその記憶の全てに、横島の脇で呆れたような目で横島を見つめるタマモの姿があった。

 その記憶の中のタマモは、時には美神と共に横島を折檻したり、時にはヒーリングし。またある時は、おキヌに教えてもらった料理を毒味と称して横島にあたえ。さらに律儀にシロの散歩に付き合う横島を馬鹿にしながら、それに付き合う自分の姿があった。
 
 ここでタマモは気がつく。
 あの時、タマモは横島を馬鹿にしながらも結局は横島のそばにいる事、そしてそれが妙に楽しかったことを思い出したのだ。

 タマモはこの段階で抱きついていた横島からゆっくりと離れ、そして自分を心配そうに見つめる横島を見上げながら自分は一人ではないと実感する。
 そして再び横島に抱きつき、うろたえる横島の反応を楽しみながら横島の匂いを胸いっぱいに吸い込むのだった。





「タマモ、お前飲み過ぎだぞ。いくらなんでも今の発言はヤバ……」
 

 タマモが長い回想から復帰すると、そこには自分を咎めるような視線で見つめる横島がいた。
 たしかに少しはしゃぎすぎたのかもしれないが、まあ皆も楽しんでいることだし別に気にすることもない。

 この時、タマモはちょっとした悪戯を思いついた。
 そして思い立ったら即実行とばかりにタマモはゆっくりと背伸びをし、突然の事態に硬直する横島の顔へ自分の顔をゆっくりと近づけていった。
 横島は一瞬魅入られたようにタマモを見つめ、そしてその唇が重なる瞬間に反射的に目を閉じた。


ペロッ


 横島は突如鼻の頭に湿ったやわらかい感触を感じた。
 驚いてタマモから体を離すと、そこには酒のせいか頬をやや赤く染めたタマモがしてやったりという表情を浮かべて自分を見上げていた。


「タ、タマモ……おまえ」

「うふふ、もしかしてキスするかと期待した?」
 
「な! そそそそんなこと無いぞ」

「嘘ばっかり、横島は嘘をつくときは鼻の頭にしわがよるからすぐわかるわよ」

「なに!」


 横島はあわてて鼻の頭に手を当てる。だが、その手にはしわの感触など伝わってこない。


「ふーん、やっぱり期待してたんだー」

「な!」


 横島はここでようやくタマモの誘導尋問に引っかかったことに気付く。
 タマモは悪戯に成功した子供のような笑顔を浮かべ、対する横島はしばしの間呆然としていたが、やがておもむろに立ち上がって叫んだ。 


「期待したよ、ああ期待しちまったよ! けどタマモの顔が目の前にあって、ほんでキスするみたいに顔がよってくれば期待するのが男の性やないか! ドチクショー、俺のドキドキを返せー!……って俺はドキドキなんかしてねー!」


 横島の叫びの最後の部分に微妙に悪あがきを感じるのが実に彼らしい。
 ともかく、横島は開け放った窓からひとしきり叫ぶとようやく落ち着いたのか、そのまま座り込んだ。

 タマモは横島が落ち着いたのを見計らい、座り込んだ横島の横にちょこんと座ると、その体重を横島に預ける。
 先ほどまでは大丈夫だったが、悪戯が成功して気を抜いたせいか、酔いが回りひどく眠い。


「タマモ……いくらんなでも悪戯がすぎるぞ」

「いいじゃない、ちょっとは役得あったんだし。それに私とキスしてたらアンタの言うロリコン確定だけどそれでよかったの?」

「う……」


 横島はタマモに誤魔化された様に感じながらも、その口を閉じるしかなく、苦笑しながらタマモを見つめる。
 タマオはそんな横島を満足そうに見上げながら、ふと小さくあくびをもらした。


「なんだ、眠いのか?」

「うん、飲みすぎたのかな……なんだか眠くなっちゃった」

「じゃあ部屋までいけるか? きついなら皆と一緒にここに布団をしくが」

「ん……ここでいい」


 タマモはそう言うとゆっくりと目をと閉じ、横島の膝にうつぶせに寄りかかりながら小さく寝息を立てはじめた。


「お、おいタマモ……ってもう寝てやがる。なんちゅう寝つきの良さだ」


 横島は寝息を立て始めたタマモに少々呆れながらも、起こそうとはしない。むしろその寝姿に魅入られたように優しげな視線を向けている。
 
 横島は自分の膝で眠るタマモを起こさないように髪をなで、静けさにつつまれたテラスで沈みゆく夕日を静かに眺めるのだった。


「まったくこいつは……最近本気でクラっとくるぞ、つーかこれでコイツが中学生でなかったら本気で転んでたかもしれんな……なあルシオラ、もしその時が来たら俺はお前の事を思い出にしてしまっていいか?」


 横島は夕日と共に思い出したかつての恋人にそっとつぶやくと、そのまま気持ち良さそうに眠るタマモの髪をなで続けるのだった。






 ちなみに、この時、横島達の背後はシーンと静まり返り、さっきまでの喧騒が嘘のような静けさにつつまれていた。
 全員酔いがまわって撃沈したのか? それは否である。

 事実、横島達の背後にはランランと光る目で彼等を見つめる数多の存在がじっと息を殺していた。
 それは先ほどまで騒いでいた桜子や、報道部の朝倉、はては撃沈していた面々であり、その顔には満面の笑みを浮かべている。

 今現在撃沈しているのは、ついさっきタマモにトドメを刺された雪広あやかただ一人であった。

 これにより、タマモのブラコン説は完全に肯定され、その噂は麻帆良学園全土にとどろくのだが、それは本編の進行には一切かかわりの無い話である。 






 桜咲刹那は横島邸の屋根の上で静かに周囲を警戒していた。
 彼女はこの場にいる重要人物を護衛するためにこの場にいるのだが、下から聞こえてくるあまりの喧騒に少々呆れ気味だった。


「タマモさん、いくらなんでもワイン一本一気は危ないと思いますが……」


 刹那は下から聞こえてくる気配の中で、ついに最後の砦であるあやかが撃沈されたのを確認すると、重いため息をつくのだった。


ポンポン


 その時、誰かが刹那の肩を叩いた。

 刹那は自分に気配も感じさせず背後をとった者に戦慄しながら、反射的に夕凪を抜き放ち、相手の胴があるべき場所を横薙ぎに切りつける。
 だが、その剣はむなしく空を切るだけだった。

 刹那は自分の剣をかわした存在に驚愕しながら相手を改めてみると、そこには自分の目の前で大吟醸『宵の月』と書かれた一升瓶と二つのグラスを手に持った死神がふよふよと浮かんでいた。


「……え?」


 刹那は目の前にいる明らかな人外を驚愕の瞳で見つめていたが、ふとタマモから横島に憑いた死神の話を思い出す。


「あ、あの……あなたはもしかして横島さんの死神ですか?」


 刹那が恐る恐るといった感じで死神に聞くと、死神はコクンと頷き、そのグラスの一つを刹那に差し出した。
 どうやら呑めと言いたいらしい。


「え? え?」


 刹那はわけのわからぬまま反射的にグラスを受けとると、死神はそのグラスに一升瓶の中身を注いでいく。
 そして死神は自分のグラスにも酒を注ぐと、まるで乾杯をするようにグラスを掲げ、ぐいっとその中身を飲み干すといまだにグラスを手に持ったまま困惑している刹那を見つめた。
 
 刹那はわけのわからぬままグラスを手に持っていたが、自分に新たな酒を注ごうと瓶を手に待ち構えている死神の無言の圧力に負け、少しの好奇心と共にその中身をゆっくりと飲み干していく。


「ぷは……おいしい」


 刹那は中身を飲み干した刹那を満足そうに見つめると、再びグラスに瓶の中身を注ぎ、次いで自分のグラスにも注いでいく。
 死神と刹那、このめずらしい取り合わせの二人は、その後3時間にわたり無言のまま酒を酌み交わすのだが、やがて死神が撃沈されたことによりその酒盛りも終焉する。

 桜咲刹那、彼女はなにげに酒豪だった。










第7話 end






 ネギは朝の祈りの後、急に泣き叫んで杖に乗って飛び出し、森に逃げ込んでいた。
 アスナとカモは、そのネギを捜索するために森の中で一晩中さまよい歩いていたが、ついさっきネギを見つける事ができ、安堵のため息をつく。

 ようやく見つけたネギは昨日までの落ち込んだ表情ではなく、どこか吹っ切れたようないい表情をしており、その表情を見ただけでアスナ達はネギの問題は解決したと感じて安心する。
 だが、今は自分達をさんざん心配させたネギに注意するのが先だった。


「まったく兄貴、心配しやしたぜ。早く帰りやしょう」

「ネギ、ドコをほっつき歩いていたのよ。心配したじゃない」
 
「アスナさん、カモ君。心配かけてスミマセンでした。もう大丈夫です!」


 アスナとカモに注意されたネギは、申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、何か決意を秘めた目をしてアスナ達を見る。


「大丈夫なの?」

「ハイ! あれからずっと考え続け、答えが出ました!」

「答え?」


 アスナは、あれほど落ち込んでいたネギが見つけたという答えに好奇心を刺激される。
 

「ええ、日本古来からの修行方法をまねて滝に打たれていたら……」

「打たれていたら?」

「内なる声が聞こえてきたんです」

「声?」


 ネギはここで一つ言葉を切り、ゆっくりと目を閉じる。
 そして胸で見たこともない祈りの印を切りながらアスナに告げたのだった。


「汝のなしたいようになすが良いって……」



「「ちょ! その声を聞いちゃダメー!」」


 どうやら神界つながりで、どこかの暗黒神とチャンネルがつながってしまったようだ。


 
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