「おのれ……おのれ横島ブラザーズめ、よくも私をコケにしおってー!」
麻帆良大橋での決戦より二時間後、エヴァは他所らに浮かんだ月に向かって吠えていた。
そんな彼女に従う従者、ガイノイドの茶々丸と不思議人形のチャチャゼロは、エヴァの背後で自らの主を心配そうに見つめている。
「ああ、マスター。そんなに気を高ぶらせたら……」
茶々丸は血管も切れよとばかりに叫ぶエヴァの体を案じ、なんとか諌めようとするが、エヴァはそんな茶々丸にかまうことは無かった。
「私は冷静だ! だいたいあの横島忠夫とかいうやつはなんなんだ。特にあの非常識な動きは!」
「結局、一撃モカスラナカッタモンナ……落チブレタカ? ゴ主人」
ただでさえでもいらついているエヴァに、チャチャゼロの放ったセリフはまさに火に油だった。
エヴァは即座にチャチャゼロの頭をむんずと掴み上げ、自らの視線に持ってくると、怒りの矛先をむけるのだった。
「やかましい! そもそもお前が人質なんぞになるからだ、チャチャゼロ!」
「ソンナコト言ッテモナ、訳ノワカラナイウチニ捕マッテタカラナー。シッカシ、アノ横島トカ言ウ男、結構イイセンスシテタゼ、目的ノタメニ手段ヲ選バナイ所ナンテ、マサニ悪ダゼ」
「何が悪だ! ああいうのはただの小悪党と言うんだ、誇り高きこの私と同列にするんじゃない!」
「ケド、ソノ小悪党ニシッカリト負ケタンダヨナ、シカモアノ坊主ニモ魔法デ押シ負ケルシ。本気デ老ケタナ」
「老けた言うなー!」
ヒートアップしたエヴァは止まらない、その怒りで顔をゆがめる様はまさにお子様。しかも完璧にチャチャゼロに遊ばれているような感もあるだけに、この場に限定すれば主としての威厳は地に落ちていた。
「あの、マスター。そろそろ就寝のお時間なのですが……」
「うるさい! こんな気分で眠れるか、ええいまったく忌々しい。妹が妹なら兄も兄だ! 両親の顔が見てみたいわ!」
茶々丸はなんとかエヴァを落ち着かせようと先ほどから努力しているようだが、その効果は一向に出てこない。
「ですが、明日の学校が大変になりますが……」
「そもそもなんなんだ。兄の方は自分は魔法使いでないというし、かとって気功使いというわけでもない」
エヴァは考えに没頭しだしたのか、茶々丸を無視して独り言を続ける。
「ゴ主人ハタダノ一般人ニ、イイヨウニアシラワレタトイウコトカ」
「ええい! さっきから人の神経を逆なでしおって、お前なんかこうしてやる!」
「あの、マスター……」
茶々丸を無視して、エヴァとチャチャゼロのじゃれあいはエキサイトしていくのだった。
茶々丸は考えた。このままだとマスターであるエヴァンジェリンは、明日の朝に起きる事ができずに遅刻してしまう。
ましてや登校地獄の呪いがかかっているのだ、遅刻したときのエヴァの苦痛はいかほどだろうか。
茶々丸は思案した、どうすればエヴァが眠ってくれるのだろうかと。
その時、茶々丸の頭に天啓のように、とある言葉が頭の中に浮かんだ。
茶々丸はその言葉に従った場合と、従わなかった場合をコンマ5秒でシュミレートし、自らの行いは正しいものであると結論づける。
そう、これは正しいのだ。マスターは眠らなければならない。
眠らなければ健康も損なってしうし、せっかく受ける予定のネギ先生の授業を受けられなくなってしまうかもしれない。
茶々丸はこう考え、エヴァを眠らせるために近づいていく。
この時、茶々丸はある意味エヴァの従者であるという繋がりから解放されていたと言えよう。
「マスター……そろそろ眠らないと」
茶々丸はエヴァに対して最後の呼びかけを行う。
これで自分の言葉に反応してくれなかったら、もはや最終手段しか残されていない。
「ええい、このどぶドールがー!!」
だが、茶々丸の最後の望みは絶たれた。
ここに来て茶々丸は最終手段を行使することを決定し、ゆっくりと音も立てずにエヴァの背後に回った。
「マスター、お休みなさいませ」
グォキ!
「くけ……」
茶々丸は一瞬で決めた芸術的なスリーパーホールドで、エヴァを眠りの園へといざなっていった。
「オ、オマエ……正気カ?」
チャチャゼロは、妹の突然の強行にしばし呆然としていたが、やがてその真意を問いただすべく話しかけた。
それに対して茶々丸はチャチャゼロの眼光をしっかりと見据え、はっきりと宣言するように答えたのだった。
「私は正常です、なぜなら……」
「ナゼナラ?」
「昨日事が終わった後に、ネギ先生が
『汝がなしたいようになすがよい』と教えてくれましたから……なにか問題でも?」
「ウム、何モ問題無イゾ。妹ヨ」
ネギま世界の真ヒロインと、不思議人形が侵食された瞬間だった。
第9話 「修学旅行前夜」
ネギとアスナはエヴァとの決戦の翌日、学園内のオープンカフェで談笑していた。
特にネギは、綺麗さっぱり忘れてたとは言え、懸案の一つが解決されたことによってかなりご機嫌のようだ。
「昨日はありがとうございました、アスナさん」
「まったくよ……もっとも後半はなんかこう、理不尽というか不条理というか……訳わかんない展開になったけど」
「あはははは、いつも思うんですけど。横島さんってなんで死なないんですかねー」
「ネギ、私ようやく悟ったの。横島さんのことは深く考えちゃダメよ」
どうやらアスナは横島の生態について、深く考える事を止めたようだ。
まったくもって正解である。
ネギ達はいささか問題のある発言も交えながらも、テーブルに着こうとしたが、その時バッタリと茶々丸を従えたエヴァに出会う事になった。
「こ、こんにちは、エヴァンジェリンさん」
「ふん、気安く挨拶を交わす間柄になった覚えはないぞ」
エヴァは不機嫌そうに返事しながらもネギと同じ席につき、ネギと話を進める。
必然的にその話題は主にネギの父親、サウザンドマスターについての昔話が中心となる。
もっともネギはエヴァの話す昔話で、自分の父親に対する幻想を木っ端微塵に砕かれていたのだが、それはあくまでも余談である。
「まあとにかくアイツは、サウザンドマスターは私の呪いを解く事もなく10年前にくたばった……おかげで私はこのぬるま湯の生活だ」
「で、でも僕は父さんに会ってます。あの六年前の雪の日に」
「な、じゃあサウザンドマスターは生きているというのか……そうか、殺しても死なない男だと思っていたがやはりそうだったか」
エヴァはネギから聞いたサウザンドマスター生存の情報に狂喜し、その礼とばかりにネギにサウザンドマスターの情報を教える。
「京都だ、京都に行ってみろ。そこにヤツが一時期住んでいた家があるはずだ。手がかりがあるとすればそこだ」
「京都ですか……京都って言ったら西日本で、えーっとどこでしたっけ? あうーお金も……」
ネギはエヴァからもたらされた父親の情報に喜びながらも、なにぶん日本の地理に疎いためいささかとまどう。
そんなネギにアスナは苦笑しながらつぶやいた。
「京都かー、ちょうどよかったじゃない。私達の修学旅行の行き先は京都よ」
「ホントですかー!」
ネギはアスナからもたらされた情報に、今にも神に祈りをささげそうな勢いで喜びだす。
いや、実際にネギはアスナやエヴァの目の前で、見たことも無い聖印を切りながら神に祈りだした。
この時、茶々丸がひっそりとネギと同じ聖印を切っていたが、それを見咎めたものは誰もいなかった。
アスナはそんなネギを諦観を込めた目線で見つめていたが、やがて本当に諦めたのか、ため息を一つ吐くと、話題を変えるべく先ほどから疑問に思った質問をエヴァにぶつけてみた。
「ところでエヴァちゃん」
「なんだ? 神楽坂アスナ。今なら機嫌がいいから大概の質問には答えてやるぞ」
エヴァはサウザンドマスター生存の情報がよほど嬉しかったのか、少なくともアスナが見たこともないような笑顔を浮かべながら、体全体を使ってアスナに振り向いた。
「……じゃあ、遠慮なく聞くけど。エヴァちゃんひょっとして首怪我した? まさか昨日ネギと戦ったのが原因?」
アスナは、エヴァが朝からずっと首を横に向けているエヴァが気になっていた。
その行動を観察していると、誰かに呼ばれて振り向いた時は、先ほどのように首を動かさないように体全体を使って振り向くなど、明らかに行動がおかしい。
「……知らん、朝起きたらこうなっていた。昨日の夜はなんとも無かったのだが、朝起きたら首がこれ以上うごかんのだ。というか昨日は一体いつ寝たんだ、私は」
「茶々丸さんはなにか知ってる?」
アスナはエヴァのケガの原因がネギではないと知って、少し安心する。
そして昨夜寝る前の出来事なら、茶々丸が何か知ってるのではないかと、今度は茶々丸に水を向けてみた。
「いえ、おそらく寝違えたんだろうと推測します。昨日はだいぶお疲れのようでしたから」
サラっと明日菜の質問をかわす茶々丸。
原因は間違いなく自分なのに実にいい度胸である。
結局エヴァの首はただの寝違えと言うことになり、その日のやり取りは終了するのであった。
「えー修学旅行が中止ー!」
翌日、ネギの絶叫が学園長室にこだました。
「いや、正確に言うと違うんじゃが。向こうの関西呪術協会がちと難色を示しておってのー。まあ、こっちはワシが何とかするとして」
学園長の話によると、学園長は関東魔法協会の理事でもあり、関西呪術協会と関東魔法協会は長年の対立を繰り返してきた組織であるということだった。
「ワシとしては魔法じゃ、呪術じゃとか西とか東とかこだわる気はないんでの、いいかげん仲良くやっていきたいんじゃ。そこで、ネギ君に特使として西の長にこの親書を渡してもらいたい」
学園長は机の中から封筒を取り出すと、ネギに手渡す。
「では、たのんだぞ。ネギ君」
「わかりました。必ずこの親書を西の長にとどけます」
ネギはそう答えると、懐に親書をしまい退出した。
「フォフォフォ、ネギ君もいい顔をするようになったわい。横島君たちの影響かの……時々目がうつろになるのがちと気にかかるがの」
ネギが消えていった扉を見ながら学園長はつぶやき、そしてネギの熱にやられたような目を思い出しては一抹の不安を覚えるのだった。
修学旅行を目前に控えた日曜日、タマモは横島を引きずりながら原宿へとやってきていた。
「うーん、こっちの原宿もいいわねー」
「なあ、タマモ。いいかげん手を離してくれ、さすがにちと恥ずかしいぞ」
「あんたをこの町で放し飼いにするほど愚かじゃないわよ。ほっといたらすぐにナンパの名を騙ったセクハラするんだから。いつか警察に捕まるわよ」
タマモは駅についてすぐにナンパをしだした横島に天誅を加えた後、ずっと横島の手を引っつかんで引きずりまわしていた。
「わーったって、もう逃げないから……まったく、せっかく美人のねーちゃんが大量にいるのに……てコラッ抱きつくな」
タマモは横島のつぶやきを聞きつけると、少し不満げな顔をした後、突然横島の腕に抱きついた。
微妙な胸のふくらみが横島の腕に押し付けられ、横島の理性はちょっと危ない方向に傾きかけた。具体的には"ロ"のつく方向に。
「いいじゃない、虫除けも兼ねてるんだから。それに……いや?」
この時タマモは、頬を少し赤く染め、上目使いになるように横島を見上げる。
ちなみにこの仕草は、密かにこの日のために鏡の前で猛練習を行い、完璧に身に着けたものだったりする。
「ぐお……」
タマモの積極的な攻勢の前に、横島の理性はがけっぷちに追い込まれた。
横島の脳内
ここは横島の意識下、阿頼耶識と呼ばれるそこには神々しい光をまとった人物と、禍々しい闇をまとった12枚の翼を持った影がTVを見ながらコタツに入って蜜柑を食べていた。
<往生際がわるいですねー、早く堕ちたほうが傷も浅いですよ……モグモグ>
<せやけど、妹に手を出すのは人間の倫理としてはまずいんちゃうか? あ、キーやんワイにも蜜柑とってくれ>
<何を言うんです、"血のつながらない妹"このフレーズに萌えない男は漢にあらず。ここは正しき日本男児らしくこのままいっきに>
<せやけどなー……>
<それに、タマモさんなら"ツンデレ"要素もふんだんにあります。そう、タマモさんは"血のつながらないツンデレな狐の妹"これに萌えなければ人間では、いや生物ですらありません。さあ、横島さん! 神の祝福は貴方と共に、いざ逝かんぬか喜びの野へ!!!>
<キーやんそれは系統がちがうで……なんにぬか喜びなのか具体的に聞きたいところやけど>
<サっちゃん……横島さんの幸せは大きいほど堕としがいがあると思いませんか?>
<横っち、悪いことは言わん。今ならまだ引き返せる、よーっく考えるんや……時間の問題かも知れけどな>
もはやどっちが光なのか闇なのか具体的な描写は避けよう。
「だから何度も人の脳内で漫才やってんじゃねー! しかも神と悪魔が完全に逆転してんじゃねーかー!」
横島は、自分の意識の奥で再び繰り広げられた神魔最高指導者による脳内会議に大声で突っ込んでいた。
もっともその突っ込みのおかげで彼はがけっぷちから持ち直したのだが、それに感謝すべきかどうかは微妙である。
<チッ>
「まてや神! 今舌打ちしたろ!!」
<気のせいや、気のせい。さっキーやん帰るでー、横っちまたなー>
「二度と来るんじゃねー!」
横島は魂よ天に届けとばかりに絶叫した。
ここで思い出してほしい、今現在横島がどういう状況でどういう場所にいたかと言うことを。
そう、ここは原宿のど真ん中であり、さらに本人曰く絶世の美少女であるタマモが抱きついている状態である。
必然的に横島は周囲の耳目を一身に集めることになるのだが、その視線はなにか痛い者を見るような視線が80%であった。
ちなみに残り20%は男どもの醜い嫉妬の視線である。
「ちょ……横島頭大丈夫なの?」
「へ?」
「と、とにかく、なんか注目されてるから行くわよ」
「え……おい」
さすがに恥かしくなったのか、タマモは横島をひっぱってこの場から離脱した。
ただし、それでも決して横島の腕を放さないところはさすがである。
横島とタマモは雑踏の中から離れ、公園にやってきていた。
「もう、横島のせいであまり買い物が出来なかったじゃない」
「あーすまん、ちょっと神と悪魔の定義について思うところがあってな……」
「まあ、いいけど。今度来る時はちゃんと買い物手伝ってよね」
ちゃっかりと次回の買い物を約束する当たり策士である。
この時、タマモは視界の隅に怪しい人影が映った。
だが、横島はそのタマモより早く、怪しい影の正体を特定した。
「あれ? あそこにいるのって柿崎さんたちじゃないか?」
タマモが改めて横島の指差すほうを見ると、たしかにそれは柿崎、釘宮、椎名のチアリーディング部の三人組だった。
「あ、本当……けど、なんであんな格好してるのかしら?」
タマモの視線の先には、セーラー服や学ランを身にまとった三人組が、何かに隠れるように植え込みの影から何かを覗いていた。
「さあ? なにかの儀式か?」
「何かを覗いているような感じね……」
「いや、それは違うだろう。覗きにしては気配を殺しきれていない、あれじゃあすぐに見つかるぞ」
「……気配を殺すって、そんなの普通の中学生に出来るわけ無いでしょうが」
「そうか? 覗きをやる以上必須能力だと思うんだが……」
「それはアンタの常識だし、その目的が違うでしょうがー!」
タマモはあまりにもアレな発言をする横島に頭痛を感じながらも、やがて気を取り直したように彼女たちに近づいていくのだった。
「ねえ、何をしているの?」
「んーちょっとネギ先生たちの尾行を……ってタマモさん!」
突然話しかけられ、びっくりする三人だが、すぐに横島たちに静かにするように口に指を当て、植え込みの向こうを指差す。
そこには、木乃香に膝枕をされて眠るネギの姿があった。
「へー、ネギ先生と木乃香ねー。いい雰囲気じゃない」
「でしょ。出来れば応援してあげたいけど、委員長から妨害命令がでてるのよねー」
「それでそんな珍妙な格好をしているわけね」
「あはははは、で……タマモさんは何をしてたの?」
「あ、私達は買い物よ」
タマモは釘宮の質問に、手にした袋を掲げることで答えた。
「ふーん兄妹仲いいんだねー……って横島さん一体何をやろうとしてるんです?」
タマモは桜子の声に反応して、すぐに横島のほうを振り向いた。
そこでは横島が懐からいつぞやの人形を取り出していた。
「ちくしょー不公平だぞー! やっぱりガキとはいえ美形がいいんかー! 神のバッキャーロ!!」
<横島さん、それを打ち付けた瞬間アナタを男として終わらせます。その覚悟はおありですか?>
横島がいざ釘を人形に打ち付けんとしたその時、横島の頭に禍々しい警告の声が響いた。
「……おのれネギ。相手が中学生とはいえ男の夢の膝枕で眠るとは……しかもうつ伏せで。許せん!」
横島はしばらく硬直していたが、やがてそそくさと人形を懐にしまうと、怨嗟の対象をネギに集中した。
やはり男として終わるのは怖かったのだろう。
一方、それを見ていたタマモは、何か面白いことを考え付いたのか、ニンマリと笑うと横島の手を取る。
「ねえ、横島。そんなに羨ましいなら後でやったげるわよ……」
「え、マジ? だったら是非に……って違う、違うんだ。そりゃータマモの膝枕はとっても魅力的だし嬉しいが、俺はロリコンじゃない……と思う」
横島はタマモの爆弾発言に一瞬反応しかけたが、すぐに我を取り戻し、自分に言い聞かせるようにつぶやきだす。
もっとも微妙に弱気なのはやはりタマモの魅力のなせる業なのだろうか。
ともかく、横島はなんとか平静を保とうと天を見上げていた横島に、追い討ちを掛けるように悪魔のささやきが聞こえてきた。
<横島さん、アナタは魔神すら退けた英雄じゃないですか。英雄の行う行動は全て神の名のもとに正義となります。さあ、欲望のままに快楽の世界へ赴くのです>
<横っちー、諦めえ。こうなったら行くとこまで行かへんとキーやん止まらへんで。古から悪魔の誘惑に勝てるヤツはおっても、神の誘惑に勝てるヤツはおらへんかったからなー>
<横島さん、アナタにこの言葉を送りましょう『汝、欲望に忠実であれ』と>
<横っちほどその言葉を体現できてる人間は歴史上おらへんからなー。横っちのためにあるような言葉やで>
「消えろこの脳内神どもー! つーか神の誘惑が悪魔よりたちが悪いってどういうことだー!」
<誘惑だなんて人聞きの悪い、祝福と呼んで下さい>
「いいからしゃべるな、とっとと出て行け!」
<えー、せっかく別荘も建てて光回線導入したのにー>
「誰がそんなこと許可しやがったー!」
<え、サっちゃんですけど>
「貴様もグルかー!」
<工事は魔王総出でやったんや。汎魔殿にも負けない規模やでー、大変やったけどええ仕事やったわー>
「貴様んとこの魔王たちは土木技術なんぞ持っとるんかい!」
<そらーもうみんなバッチリと魔界認定の国家資格持っとるで>
<ちなみに私が設計しました。これでも一級建築士なんですよ。それに私のところの陣営はほぼ全員国土整備や営農、経営とか大得意ですし、特に仏教系の神たちはそのへん強いですよねー>
「どこの土建屋だ貴様らー!」
横島は散々叫んだ後、崩れ落ちるように膝をついた。
タマモ達は突然始まった横島の一人芝居に目を丸くするが、すぐに気を取り直して横島を黙らせようとする。
だが、時すでに遅く、ネギと木乃香はこちらに気付いてしまったようだった。
「あれ? タマモちゃんたち……どうしたん?」
「え、タマモさんたちですか?」
その時、公園の入り口の方からアスナと委員長が走って来た。
「木乃香、ネギ、あんたたちやっぱり……」
「木乃香さん、ネギ先生に膝枕なんて……私がやりたいですわー!」
3−A委員長、雪広あやか。彼女にもこの言葉を送ろう『汝、欲望に忠実であれ』と。
その後、ネギと木乃香の関係を誤解しかけたアスナたちに、ネギと木乃香は一日早い誕生日プレゼントを贈り、誤解は解けた。
そして現在、公園にいたメンバーでアスナの一日早い誕生パーティーを開催中である。ただし、なぜか横島のおごりで行うことになってしまっている。
横島は苦悩していた。
何に苦悩していたのか?
おごらされた事による出費か?
いや、横島はこの前の報酬でかなりリッチな状態のため、この程度のおごりは苦ではない。
では何だというのか。
自分の背後で行われているサバトか?
いや、もはや酒を誰が持ってきたとか、中学生が酒を飲むんじゃねーとか突っ込む気も失せていた。
ちなみに、皆を制止する唯一のスキル持ったあやかは、開始3分でKOされている事をここに記す。
それならば、部屋の隅っこで自分に被害が及ばないように神に祈りをささげているネギのことか?
いや、それには慣れた、というか諦めた。
だったら何に苦悩しているのだろうか、それは……
「こら、横島。じっとしてなさい」
横島はタマモに膝枕されていた、しかもタマモの右手には耳掻きが握られている。
「あのータマモさん……いくらなんでも皆の前ではさすがに恥ずかしいのですが……」
などと言いつつ横島の手はしっかりとタマモの膝をさすっている、だが、それはきっと本能のなせる業なのだろう。
「じゃあ、やめる? こんなチャンスめったに無いわよ」
「いや、確かに嬉しいし、やめるのはもったいないんだが……ってそういうわけじゃなくてな」
「嬉しいんならいいじゃない、それにせっかくサービスしてあげてるんだから素直に受取るのが男ってものでしょ」
横島はタマモの妖艶とも言える視線を受け、一瞬魅入られたかのように硬直するが、ふとあることに気付いた。
「タマモ……お前酔ってるだろう……」
「酔ってなんかいないわよ」
この時、タマモはプイっと顔を横島から見えないようにそらせる。
だが、横島の目にはタマモの耳が真っ赤になっているのがしっかりと映っていた。
「いや酔ってるって、耳まで真っ赤じゃねーか!」
「じゃあ、酔ってるのね。酔っ払いのいうことは素直に聞くものよ、おとなしく膝枕されてなさい」
タマモは横島の発言を封殺すると、嬉々として耳掻きをはじめた、彼女の顔は朱に染まっているが、はたして本当に酒によるものか、それとも他の理由によるものなのか判別できなかった。
横島は気恥ずかしさを感じながらも観念し、心地よい感触に身をゆだねる。
そしてその感触はまさに天国だった。
グォリ!!
「ギャー!!!」
30秒後に絶叫を上げるまではの話だったが……
「動くな! 大きいのが奥にあるんだから!!」
タマモの膝枕はいろんな意味ですごかったらしい。
そのころ、横島の背後でサバトを繰り広げていた魔女達はと言うと……
「ねえねえ、桜子。写メとった?」
「うん、バッチリ。背後のショット、それに正面からのショットもバッチリだよ」
「ナイス桜子、この写真を朝倉あたりに渡せば面白いことに」
「……それよりさ、横島さんの体がだんだん痙攣してきたんだけど、ほっといていいの?」
「んー、大丈夫ちゃうん? なんかタマモちゃん嬉しそうやし」
上から柿崎、桜子、釘宮、アスナ、木乃香の発言である。
彼女たちは横島の悲鳴を他所に、そのタマモの膝枕の絵面をしっかりと堪能するのであった。
そしてその彼女立ちの背後では、いつの間にか復活したあやかが、ちゃっかりとネギを膝枕して喜悦に浸っている。
彼女にとって至福のひと時は、横島の絶叫が収まるまで続いたと言う。
第9話 end
「マスター、首のお加減はいかがでしょうか?」
その夜、エヴァは未だに首が治っていないのか、相変わらず横を向いたまま器用に食事を取っていた。
「見ての通りだ、朝よりましなったとは言え、これ以上は動かん。まったく、不死身の吸血鬼であるこの私が寝違えとは情け無い」
「ケケケケ、風邪引キニ花粉症、アノガキモ言ッテイタガ、本当ニ吸血鬼カ?」
「やかましい、黙れうが!!!!」
チャチャゼロのからかうようなセリフに反射的に反応したエヴァは、首が痛いのも忘れてチャチャゼロの方を向いたため、あまりの痛みに椅子から転げ落ち、首を押さえてのた打ち回る。
ただし、その仕草はなぜか哀れみを誘うより、なぜか微笑ましさが多分に含まれており、密かに茶々丸は己のメモリーにエヴァの様子を記録していたりする。
「大丈夫ですか? マスター」
茶々丸はエヴァに駆け寄り、あらゆる角度で涙目のエヴァを記録しながら彼女に手を差し伸べる。
エヴァは茶々丸の手を取りながら体を元に戻す。
「く……くそ、こんな目にあうのも、あの横島兄妹のせいだ。そもそもあの時邪魔をしなければ、今頃こんなケガなど一瞬に回復したものを……」
「ケケケ、本気デ情ケネエナ、アノ横島トカ言ウヤツダッタラ今頃ソンナ怪我治ッテルゼ」
「黙れチャチャゼロ、あんな化け物と一緒にするな!」
真祖の吸血鬼に化け物呼ばわりされる横島だったが、あいにくとここでは誰もそのことに突っ込む者はいない。
むしろ茶々丸など、先ほどから無言で頷いていたりする。
「マスター、そんなに辛いのでしたら私が直しましょうか?」
「何、直せるのか? というか、なんでもっと早く言わなかった」
茶々丸はあまりにも不憫なエヴァに見かねたのか、エヴァの首を直そうと提案してきた。
「はい、その技術は私のメモリーにインプットされています。ですが、本来なら自然に治るのを待ったほうがいいですし、それに多少荒療治になりますが、それでもやりますか?」
「かまわん、いいかげんこの首では生活がままならん、この際多少の荒療治もやむをえん」
「では……」
茶々丸はエヴァの許可を得ると、おもむろに彼女の背後に立ち、その細い手をそっと首に回した。
この時、チャチャゼロはエヴァの背後、いや、正確には茶々丸の背後に黒い影が浮かぶのを見た。
その影は、見るものが見たら横島に取り憑いている死神と気付くのだが、チャチャゼロにそれはわからない。
「オ、オイ……」
チャチャゼロはなにやら感じる嫌な予感に従い、茶々丸を止めようとしたが、その声は間に合わなかった。
「では逝きます!」
グォキ!!!
エヴァの頚椎の音が静かな部屋に響き渡る。
「…………」
沈黙するチャチャゼロの目には、あまりの痛みに気絶したエヴァと、無表情な茶々丸。さらには真祖の吸血鬼の魂という、極めてレアな代物を回収し損ね、悔しそうな表情を浮かべる死神が映っていた。
その後、気絶するエヴァを部屋にそっと寝かせると、意気投合した従者達と死神は夜遅くまで宴会を繰り広げていたと言う。
Top
小説のメニューへ戻る
前の話
次の話